特許第6012703号(P6012703)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6012703
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】グルカル酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/58 20060101AFI20161011BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20161011BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20161011BHJP
【FI】
   C12P7/58ZNA
   C12N1/21
   C12N15/00 A
【請求項の数】4
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2014-500708(P2014-500708)
(86)(22)【出願日】2013年2月19日
(86)【国際出願番号】JP2013053958
(87)【国際公開番号】WO2013125509
(87)【国際公開日】20130829
【審査請求日】2014年7月22日
(31)【優先権主張番号】特願2012-39129(P2012-39129)
(32)【優先日】2012年2月24日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100151448
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 孝博
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100203035
【弁理士】
【氏名又は名称】五味渕 琢也
(74)【代理人】
【識別番号】100185959
【弁理士】
【氏名又は名称】今藤 敏和
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】小西 一誠
(72)【発明者】
【氏名】今津 晋一
【審査官】 厚田 一拓
(56)【参考文献】
【文献】 特表2011−516063(JP,A)
【文献】 Metab. Eng. ,2010年,Vol.12, No.3,pp.298-305
【文献】 Appl. Environ. Microbiol.,2009年,Vol.75, No.3,pp.589-595
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 − 15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルカル酸の製造方法であって、以下の工程:
1) イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する、大腸菌に由来する形質転換体であって、該形質転換体内での機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産を誘導する遺伝子組換を有する形質転換体であり、該形質転換体は、イノシトール−1−リン酸合成酵素をコードする核酸を含む発現カセット、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子をコードする核酸を含む発現カセット、ミオイノシトールオキシゲナーゼをコードする核酸を含む発現カセット及びウロン酸デヒドロゲナーゼをコードする核酸を含む発現カセットの4つの発現カセットを保有することを特徴とし、但し、イノシトール−1−リン酸合成酵素、ミオイノシトールオキシゲナーゼ及びウロン酸デヒドロゲナーゼのための足場ペプチドを発現する形質転換体を除く形質転換体を用意する工程;
2) 前記形質転換体の生育及び/又は維持に適した条件下で、該形質転換体と該形質転換体によりグルカル酸に変換され得る炭素源を接触させる工程;及び
3) 前記2)で得られた培養物からグルカル酸あるいはグルカル酸塩を分離する工程、
を含む、前記製造方法。
【請求項2】
前記炭素源が、前記形質転換体内でグルコース−6−リン酸へと変換され得る化合物を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記炭素源が、D−グルコース、スクロース、オリゴ糖、多糖、でんぷん、セルロース、米ぬか、廃糖密、及びD−グルコースを含有するバイオマスからなる群から選択される1つ以上である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する、大腸菌に由来する形質転換体であって、該形質転換体内での機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産を誘導する遺伝子組換を有する形質転換体であり、該形質転換体は、イノシトール−1−リン酸合成酵素をコードする核酸を含む発現カセット、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子をコードする核酸を含む発現カセット、ミオイノシトールオキシゲナーゼをコードする核酸を含む発現カセット及びウロン酸デヒドロゲナーゼをコードする核酸を含む発現カセットの4つの発現カセットを保有することを特徴とし、但し、イノシトール−1−リン酸合成酵素、ミオイノシトールオキシゲナーゼ及びウロン酸デヒドロゲナーゼのための足場ペプチドを発現する形質転換体を除く、形質転換体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルカル酸の製造における遺伝子組換技術の応用に関する。
【背景技術】
【0002】
グルカル酸(テトラヒドロキシアジピン酸)は、植物や哺乳動物に古くから見出されていた化合物である。
【0003】
近年、米国国立再生エネルギー研究所は、バイオマスから作るべき高付加価値化学品についてのレポート(非特許文献1)の中で、グルカル酸をトップ12以内の化合物として挙げている。更に、当該レポートは、グルカル酸を原料として調製し得るグルカル酸誘導体として、グルカロ‐γ‐ラクトン、グルカロ‐δ‐ラクトンやグルカロジラクトン等のラクトン類(溶剤としての用途が期待できる。)、ポリヒドロキシポリアミド類(新規ナイロンとしての用途が期待できる。)等を例示している。また、当該レポートは、既知のグルカル酸製造方法として、澱粉の硝酸酸化反応や、塩基性漂白剤の存在下での触媒酸化反応が利用できるとしている。
【0004】
更に、ごく最近になって、特許文献1によりグルカル酸を生合成することができる形質転換体が開示された。すなわち、当該特許文献では、それぞれ、ミオイノシトール‐1‐リン酸合成酵素(Ino1)、ミオイノシトールオキシゲナーゼ(MIOX)及びウロン酸デヒドロゲナーゼ(udh)をコードする3つ遺伝子が大腸菌宿主にトランスフェクトされた。そして、そのようにして得られた形質転換体は培地内に0.72〜1.13g/Lの濃度でグルカル酸を生産したとされる。しかしながら、特許文献1の発明者らは、当該特許文献の形質転換体に対してイノシトールモノフォスファターゼ(suhB)遺伝子の導入は不要であるとした。
【0005】
すなわち、グルコースを基質としてグルカル酸を生合成する経路には、理論上、
活性1: 適当な炭素源からグルコース‐6‐リン酸を生成させる活性;
活性2: グルコース‐6‐リン酸をミオイノシトール‐1‐リン酸へ変換する活性、つまり、イノシトール‐1‐リン酸合成酵素活性;
活性3: ミオイノシトール‐1‐リン酸をミオイノシトールへ変換する活性、つまり、ミオイノシトール‐1‐リン酸を基質としたフォスファターゼ活性;
活性4: ミオイノシトールをグルクロン酸へ変換する活性、つまり、ミオイノシトールオキシゲナーゼ活性;及び
活性5: グルクロン酸をグルカル酸へ変換する活性、つまり、ウロン酸デヒドロゲナーゼ活性、
の5つ活性が必要である。しかし、実際には、活性1の生成物であるグルコース‐6‐リン酸は、原核微生物が普遍的に生成する代謝中間体であるので、当該活性を原核微生物に付与することは必須ではない。
【0006】
また、活性3についても、少なからぬ微生物株が内因性イノシトールモノフォスファターゼを発現しているか、ミオイノシトール‐1‐リン酸を基質とできる汎用モノフォスファターゼ活性を有していることが知られている。従って、特許文献1の形質転換体にもイノシトールモノフォスファターゼ遺伝子が導入されなかったことは頷ける。
【0007】
しかして、特許文献1は、作製した形質転換体の代謝解析に基づき、グルカル酸を生合成するための形質転換体にはイノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入する必要がないと結論している。すなわち、特許文献1は、「我々がsuhB遺伝子または相同のフォスファターゼを過剰発現させなかったこともまた、注目すべきである。しかし、培養産物の中にミオイノシトール‐1‐リン酸は検出されず、一方、ミオイノシトールは蓄積した。従って、我々は、フォスファターゼ活性は、経路を通る代謝の流れ(flux)を制限しないと結論付けた。」(第33頁、第2〜5行)と記載している。
【0008】
従って、グルカル酸を生合成するための形質転換体にイノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入する明確な動機付けは存在していなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO2009/145838号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Top Value Added Chemicals from Biomass Volume I−Results of Screening for Potential Candidates from Sugars and Synthesis Gas””、http://www1.eere.energy.gov/biomass/pdfs/35523.pdf、T.Werpy及びG.Peterson編、2004年8月発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、有意に改善されたグルカル酸生産能を有する形質転換体の作製とその利用である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記のように、グルカル酸を生合成することができる形質転換体を開示した特許文献1でさえ、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を当該形質転換体に導入することはなく、また当該活性に特別の注意を払うことはなかった。
【0013】
しかしながら、特許文献1の予想に反して、本発明者らは、グルカル酸生合成のための形質転換体においてイノシトールモノフォスファターゼ活性が重大な役割を持つことを発見した。とりわけ、イノシトールモノフォスファターゼ活性を強化することにより、そのような形質転換体のグルカル酸生産能が数十〜百倍も向上したことは驚愕に値する。
従って、本発明の第1の局面は:
(1)グルカル酸の製造方法であって、以下の工程:
1) イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体であって、該形質転換体内での機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産又はイノシトールモノフォスファターゼの活性化を誘導する遺伝子組換又は変異を有する形質転換体を用意する工程;
2) 前記形質転換体の生育及び/又は維持に適した条件下で、該形質転換体と該形質転換体によりグルカル酸に変換され得る炭素源を接触させる工程;及び
3) 前記2)で得られた培養物からグルカル酸あるいはグルカル酸塩を分離する工程、
を含む、前記製造方法である。
より特定的には、イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体を用いたグルカル酸の製造方法において、前記形質転換体が、機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産又はイノシトールモノフォスファターゼの活性化を誘導する遺伝子組換又は変異を有する形質転換体であることを特徴とする、前記製造方法である。
【0014】
本発明のグルカル酸の発酵生産においては、イノシトール‐1‐リン酸合成酵素(前記の活性2)の基質であるグルコース‐6‐リン酸の生成に適した化合物を含んだ炭素源を培養基材として用いることが好適である。従って、本発明の好適な態様は:
(2) 前記炭素源が、前記形質転換体内でグルコース‐6‐リン酸へと変換され得る化合物を含む、上記(1)に記載の製造方法;及び
(3) 前記炭素源が、D‐グルコース、スクロース、オリゴ糖、多糖、でんぷん、セルロース、米ぬか、廃糖密、及びD‐グルコースを含有するバイオマスからなる群から選択される1つ以上である、上記(2)に記載の製造方法である。
【0015】
大腸菌に代表される原核微生物は、その迅速な生育能力や発酵管理の容易さ故に工業的発酵生産の観点から極めて魅力的であるとともに、遺伝子組換技術の適用における実績、確立した安全性の観点からも利点を有する。また、グルコースからミオイノシトールを経てグルカル酸を生合成する経路を持たない多くの原核微生物は、遺伝子組換技術と連携した合成生物学的手法を用いることで、グルカル酸生産性を制御しやすいという利点を持つ。殊に大腸菌などの原核微生物宿主は、グルカル酸生合成経路の中間体であるミオイノシトールを資化する能力(分解能)を持たないため、合成生物学的手法の適用をいっそう容易にする。従って、本発明の好適な態様は:
(4) 前記形質転換体が、ミオイノシトール資化能を有さない微生物に由来することを特徴とする、上記(1)から(3)のいずれかに記載の製造方法;及び
(5) 前記形質転換体が、大腸菌、バチルス属細菌、コリネバクテリウム属細菌、ザイモモナス属細菌からなる群から選択される細菌に由来する、上記(1)から(4)のいずれかに記載の製造方法を含む。
【0016】
宿主微生物が内因性イノシトールモノフォスファターゼ活性を有しているか否かに関わらず、該細胞内でイノシトールモノフォスファターゼを過剰生産させることで、該細胞のイノシトールモノフォスファターゼ活性を強化できる。様々な公知の技術を適用して細胞にイノシトールモノフォスファターゼを過剰生産させることができる。従って、本発明は以下の態様:
(6) 前記イノシトールモノフォスファターゼの過剰生産が、前記形質転換体に対して、
a) 外来イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入する、
b) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子のコピー数を増加させる、
c) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域に変異を導入する、
d) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を高発現誘導性外来調整領域で置換する、又は
e) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を欠失させる、
ことにより誘導される、上記(1)から(5)のいずれかに記載の製造方法;及び
(7) 前記イノシトールモノフォスファターゼの過剰生産が、前記形質転換体に対して外来イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入することにより誘導される、上記(6)に記載の製造方法を含む。
【0017】
また、宿主細胞が内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を有している場合は、以下の態様によっても該細胞のイノシトールモノフォスファターゼ活性を強化できる。
(8) 前記イノシトールモノフォスファターゼの活性化が、前記形質転換体に対して、
f) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子に変異を導入する、
g) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部又は全部を置換する、
h) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部を欠失させる、
i) イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる他のタンパク質を減少させる、
j) イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる化合物の生成を減少させる、
ことにより誘導される、上記(1)から(5)のいずれかに記載の製造方法。
【0018】
また、本発明は、前記グルカル酸の製造方法に用いるための形質転換体も意図する。従って、本発明の第2の局面は:
(9) イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体であって、該形質転換体内での機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産又はイノシトールモノフォスファターゼの活性化を誘導する遺伝子組換又は変異を有する形質転換体である。
より特定的には、イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体において、機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産又はイノシトールモノフォスファターゼの活性化を誘導する遺伝子組換又は変異を有することを特徴とする、前記形質転換体である。
【0019】
また、本発明の第1の局面について記載した態様は、本発明の第2の局面についても当てはまる。それらの態様は:
(10) 前記形質転換体が、ミオイノシトール資化能を有さない微生物に由来することを特徴とする、上記(9)に記載の形質転換体;
(11) 前記形質転換体が、大腸菌、バチルス属細菌、コリネバクテリウム属細菌、ザイモモナス属細菌からなる群から選択される細菌に由来する、上記(9)又は(10)に記載の形質転換体;
(12) 前記イノシトールモノフォスファターゼの過剰生産が、前記形質転換体に対して、
a) 外来イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入する、
b) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子のコピー数を増加させる、
c) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域に変異を導入する、
d) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を高発現誘導性外来調整領域で置換する、又は
e) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を欠失させる、
ことにより誘導される、上記(9)から(11)のいずれかに記載の形質転換体;
(13) 前記イノシトールモノフォスファターゼの過剰生産が、前記形質転換体に対して外来イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入することにより誘導される、上記(12)に記載の形質転換体;及び
(14) 前記イノシトールモノフォスファターゼの活性化が、前記形質転換体に対して、
f) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子に変異を導入する、
g) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部又は全部を置換する、
h) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部を欠失させる、
i) イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる他のタンパク質を減少させる、
j) イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる化合物の生成を減少させる、
ことにより誘導される、上記(9)から(11)のいずれかに記載の形質転換体である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、微生物培養技術による工業的グルカル酸生産の効率化が達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】INO1遺伝子のコード領域を示す(配列番号1)。
図2】suhB遺伝子のコード領域を示す(配列番号3)。
図3】miox遺伝子のコード領域を示す(配列番号5)。
図4】udh遺伝子のコード領域を示す(配列番号7)。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の課題は、イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体中で、イノシトールモノフォスファターゼ活性を強化することにより解決される。
【0023】
本発明の形質転換体は様々な宿主微生物細胞を用いて作製し得る。特に、原核微生物を宿主にすることは、当該宿主細胞内にグルカル酸生合成経路を新たに構築(つまり、既存の内因性経路の影響がない。)することを可能にするので、合成生物学的手法の適用において極めて魅力的である。例示される原核微生物は:エッシェリシア、シュードモナス、バチルス、ゲオバチルス、メタノモナス、メチロバシラス、メチロフィリウス、プロタミノバクター、メチロコッカス、コリネバクテリウム、ブレビバクテリウム、ザイモモナス及びリステリア属の細菌である。工業的発酵生産において好適な原核微生物の非限定的な例示は、大腸菌、バチルス属細菌、コリネバクテリウム属細菌、ザイモモナス属細菌を含む。大腸菌は、その迅速な生育能力や発酵管理の容易さ故に特に好ましい本発明の宿主微生物の例である。
【0024】
また、本発明の宿主細胞として利用できる細胞株は、通常の意味での野生型であってよく、或いは、栄養要求性変異株、抗生物質耐性変異株であってもよい。更に、本発明の宿主細胞として利用できる細胞株は、上記のような変異に関する各種マーカー遺伝子を有するように既に形質転換されていてもよい。これらの変異や遺伝子は、本発明の形質転換体の作製・維持・管理に有益な性質を提供し得る。好ましくは、クロラムフェニコール、アンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリン等の抗生物質に耐性を示す株を用いることにより、本発明のグルカル酸生産を簡便に行うことができる。
【0025】
合成生物学を指向する本発明においては、宿主細胞において新たなグルカル酸生合成経路を構築するために、宿主細胞が内因性イノシトール‐1‐リン酸合成酵素を発現しない場合には、外来イノシトール‐1‐リン酸合成酵素遺伝子を導入する。なお、本明細書において、「外来」ないし「外来性」という用語は、形質転換前の宿主微生物が、本発明により導入されるべき遺伝子を有していない場合、その遺伝子によりコードされる酵素を実質的に発現しない場合、及び異なる遺伝子により当該酵素のアミノ酸配列をコードしているが、形質転換後に匹敵する内因性酵素活性を発現しない場合において、本発明に基づく遺伝子ないし核酸配列を宿主に導入することを意味するために用いられる。
【0026】
イノシトール‐1‐リン酸合成酵素遺伝子は公知であり(例えば、GenBank Accession Nos.AB032073、AF056325、AF071103、AF078915、AF120146、AF207640、AF284065、BC111160、L23520、U32511)、そのいずれも本発明の目的に使用することができる。特に、配列番号1で示されるコード化領域ヌクレオチド配列を有するイノシトール‐1‐リン酸合成酵素遺伝子は、本発明において好適に使用することができる。但し、本発明に利用できるイノシトール‐1‐リン酸合成酵素遺伝子は上記のものに限られず、他の生物に由来するものであっても、或いは人工的に合成したものであっても、前記宿主微生物細胞内で実質的なイノシトール‐1‐リン酸合成酵素活性を発現できるものであればよい。
【0027】
従ってまた、本発明の目的に利用できるイノシトール‐1‐リン酸合成酵素遺伝子は、前記宿主微生物細胞内で実質的なイノシトール‐1‐リン酸合成酵素活性を発現できるものであれば、自然界で発生し得るすべての変異や、人工的に導入された変異及び修飾を有していてもよい。例えば、特定のアミノ酸をコードする種々のコドンには余分のコドン(redundancy)が存在することが知られている。そのため本発明においても同一のアミノ酸に最終的に翻訳されることになる代替コドンを利用してよい。つまり、遺伝子コードは縮重しているので、ある特定のアミノ酸をコードするのに複数のコドンを使用でき、そのためアミノ酸配列は任意の1セットの類似のDNAオリゴヌクレオチドでコードされ得る。そのセットの唯一のメンバーだけが天然型酵素の遺伝子配列に同一であるが、ミスマッチのあるDNAオリゴヌクレオチドでさえ適切な緊縮条件下(例えば、3xSSC、68℃でハイブリダイズし、2xSSC、0.1%SDS及び68℃で洗浄)で天然型配列にハイブリダイズでき、天然型配列をコードするDNAを同定、単離でき、更にそのような遺伝子も本発明において利用できる。特に、ほとんどの生物は特定のコドン(最適コドン)のサブセットを優先的に用いることが知られているので(Gene、Vol.105、pp.61−72、1991等)、宿主微生物に応じて「コドン最適化」を行うことは本発明においても有用であり得る。
【0028】
しかして、本発明においても、イノシトール‐1‐リン酸合成酵素遺伝子が「発現カセット」として宿主微生物細胞内に導入されることにより、より安定的で高レベルのイノシトール‐1‐リン酸合成酵素活性が得られることを当業者は理解するであろう。本明細書において、「発現カセット」とは、発現対象の核酸または発現対象の遺伝子に機能的に結合された転写及び翻訳をレギュレートする核酸配列を含むヌクレオチドを意味する。典型的に、本発明の発現カセットは、コード配列から5’上流にプロモーター配列、3’下流にターミネーター配列、場合により更なる通常の調節エレメントを機能的に結合された状態で含み、そのような場合に、発現対象の核酸または発現対象の遺伝子が宿主微生物に「発現可能に導入」される。
【0029】
プロモーターは、構造性プロモーターであるか調節プロモーターであるかに拘わらず、RNAポリメラーゼをDNAに結合させ、RNA合成を開始させるDNA配列と定義される。強いプロモーターとはmRNA合成を高頻度で開始させるプロモーターであり、本発明においても好適に使用される。lac系、trp系、TAC又はTRC系、λファージの主要オペレーター及びプロモーター領域、fdコートタンパク質の制御領域、解糖系酵素(例えば、3−ホスホグリセレートキナーゼ、グリセルアルデヒド‐3‐リン酸脱水素酵素)、グルタミン酸デカルボキシラーゼA、セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼに対するプロモーター等が、その宿主細胞の性質等に応じて利用可能である。プロモーター及びターミネーター配列のほかに、他の調節エレメントの例として挙げられ得るのは、選択マーカー、増幅シグナル、複製起点などである。好適な調節配列については、例えば、”Gene Expression Technology:Methods in Enzymology 185”、Academic Press (1990)に記載されている。
【0030】
上記で説明した発現カセットは、例えば、プラスミド、ファージ、トランスポゾン、ISエレメント、ファスミド、コスミド、又は線状もしくは環状のDNA等から成るベクターに組み入れて、宿主微生物中に挿入される。プラスミド及びファージが好ましい。これらのベクターは、宿主微生物中で自律複製されるものでもよいし、また染色体により複製されてもよい。好適なプラスミドは、例えば、大腸菌のpLG338、pACYC184、pBR322、pUC18、pUC19、pKC30、pRep4、pHS1、pKK223−3、pDHE19.2、pHS2、pPLc236、pMBL24、pLG200、pUR290、pIN−III113−B1、λgt11又はpBdCI;桿菌のpUB110、pC194又はpBD214;コリネバクテリウム属のpSA77又はpAJ667などである。これらの他にも使用可能なプラスミド等は、”Cloning Vectors”、Elsevier、1985に記載されている。ベクターへの発現カセットの導入は、適当な制限酵素による切り出し、クローニング、及びライゲーションを含む慣用の方法によって可能である。
【0031】
上記ようにして本発明の発現カセットを有するベクターが構築された後、該ベクターを宿主微生物に導入する際に適用できる手法として、例えば、共沈、プロトプラスト融合、エレクトロポレーション、レトロウイルストランスフェクションなどの慣用のクローニング法及びトランスフェクション法が使用される。それらの例は、「分子生物学の最新プロトコル(Current Protocols in Molecular Biology)」、F. Ausubelら、Publ.Wiley Interscience、New York、1997、またはSambrookら、「分子クローニング:実験室マニュアル」、第2版、Cold Spring Harbor Laboratory、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、NY、1989に記載されている。
【0032】
驚くべきことに、本発明者らは、内因性グルカル酸生合成経路を持たない宿主微生物内にグルカル酸生合成経路を導入して得られる形質転換体では、イノシトールモノフォスファターゼ活性が重大な役割を持つことを発見した。前記のように、これまでの研究は、イノシトールモノフォスファターゼ活性に特別の注意を払うことはなかった。しかしながら、予期せぬことに、イノシトールモノフォスファターゼ活性を強化することにより、そのような形質転換体のグルカル酸生産能が大幅に向上した。
【0033】
従って、本発明の一態様は、イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体中で、イノシトールモノフォスファターゼを過剰生産させることを包含する。
【0034】
本発明で意図される、イノシトールモノフォスファターゼとは、イノシトール‐1‐リン酸に対して高い基質特異性を示すものの他にも、広範な基質に対して作用し得るリン酸モノエステル加水分解酵素活性を示すことにより、イノシトール‐1‐リン酸を実質的に加水分解化できるタンパク質を含む。典型的なイノシトールモノフォスファターゼとしては、例えば、イノシトール‐1‐モノフォスファターゼが知られており、多くの生物由来の当該遺伝子(suhB遺伝子)はGenBank Accession Nos.ZP_04619988、YP_001451848等で公表されている。特に、大腸菌由来のsuhB遺伝子(配列番号3:AAC75586(MG1655))の使用は、大腸菌を宿主細胞とする場合に便利である。
【0035】
本発明の形質転換微生物が有するべき次の生物活性は、ミオイノシトールオキシゲナーゼ活性である。当該酵素は、典型的には以下の反応により、ミオイノシトールをグルクロン酸に変換する。
【化1】

【0036】
種々のミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子が公知且つ利用可能である。例えば、WO2002/074926号パンフレットにはクリプトコッカス及びヒト由来のミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びその異種発現が開示されている。その他にも、特許文献1に開示されたミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子が本発明に使用し得る。更に、例えば以下のGenBank Accession番号が付与された、多くの生物由来のミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子が公知であり、本発明において有用であり得る。
ACCESSION No.AY738258(Homo sapiens myo−inositol oxygenase (MIOX))
ACCESSION No.NM101319(Arabidopsis thaliana inositol oxygenase 1 (MIOX1))
ACCESSION No.NM001101065(Bos taurus myo−inositol oxygenase (MIOX))
ACCESSION No.NM001030266(Danio rerio myo−inositol oxygenase (miox))
ACCESSION No.NM214102(Sus scrofa myo−inositol oxygenase (MIOX))
ACCESSION No.AY064416(Homo sapiens myo−inositol oxygenase (MIOX))
ACCESSION No.NM001247664(Solanum lycopersicum myo−inositol oxygenase (MIOX))
ACCESSION No.XM630762(Dictyostelium discoideum AX4 inositol oxygenase (miox))
ACCESSION No.NM145771(Rattus norvegicus myo−inositol oxygenase (Miox))
ACCESSION No.NM017584(Homo sapiens myo−inositol oxygenase (MIOX))
ACCESSION No.NM001131282(Pongo abelii myo−inositol oxygenase (MIOX))
特に、配列番号5で示されるコード化領域ヌクレオチド配列を有するmiox遺伝子の使用は便利である。
【0037】
本発明の形質転換微生物が有するべき最後の生物活性は、ウロン酸デヒドロゲナーゼ活性である。当該酵素は、典型的には以下の反応により、NADの存在下でグルクロン酸をグルカル酸に変換する。
【化2】

【0038】
種々のウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が公知且つ利用可能である。例えば、特許文献1に記載された緑膿菌やアグロバクテリウム属細菌のウロン酸デヒドロゲナーゼが本発明においても使用できる。更に、例えば以下のGenBank Accession番号が付与されたudh遺伝子が公知であり、本発明において有用であり得る。
ACCESSION No.BK006462(Agrobacterium tumefaciens str. C58 uronate dehydrogenase (udh) gene)
ACCESSION No.EU377538(Pseudomonas syringae pv. tomato str. DC3000 uronate dehydrogenase (udh) gene)
特に、配列番号7で示されるコード化領域ヌクレオチド配列を有するudh遺伝子の使用は便利である。
【0039】
イノシトール‐1‐リン酸合成酵素遺伝子について記載した、変異や修飾及びコドン最適化、並びに発現カセット、プロモーター等のレギュレーター配列及びプラスミド等とそれによる形質転換の説明は、全て本発明のイノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子についても当てはまることを当業者は容易に理解するであろう。従って、本発明の形質転体は、イノシトール‐1‐リン酸合成酵素をコードする核酸を含む発現カセット、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子をコードする核酸を含む発現カセット、ミオイノシトールオキシゲナーゼをコードする核酸を含む発現カセット及びウロン酸デヒドロゲナーゼをコードする核酸を含む発現カセットの4つの発現カセットを保有し得る。好適な本発明の形質転換体は、配列番号1で示されるヌクレオチド配列を有する核酸を含む発現カセット、配列番号3で示されるヌクレオチド配列を有する核酸を含む発現カセット、配列番号5で示されるヌクレオチド配列を有する核酸を含む発現カセット、及び配列番号7で示されるヌクレオチド配列を有する核酸を含む発現カセットを保有している。
【0040】
上記の4つ発現カセットは、1つのベクター上に配置されて宿主微生物にトランスフェクトされてよい。或いは、そのうちの任意の2つ以上の発現カセットが配置されたベクターと残りの発現カセットが配置されたベクターが宿主微生物にコ‐トランスフェクトされてもよいし、各々の発現カセットが配置された4つのベクターが宿主微生物にコ‐トランスフェクトされてもよい。更に、上記4つの発現カセットのうちの任意の1つ以上が宿主微生物のゲノムに組み込まれ、残りの発現カセットはプラスミドとして当該形質転換微生物内に存在してよい。例えば、イノシトール‐1‐リン酸合成酵素コード化核酸(INO1)を含む発現カセット及びイノシトールモノフォスファターゼをコードする核酸(suhB)を含む発現カセットの双方を染色体上に有する大腸菌AKC−018株(FERM P−22181として、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許生物寄託センターに2011年10月25日に寄託されている。国際寄託番号:FERM BP−11514)に対して、ミオイノシトールオキシゲナーゼをコードする核酸を含む発現カセット及びウロン酸デヒドロゲナーゼをコードする核酸を含む発現カセットを配置したプラスミドをトランスフェクトすることも可能である。
【0041】
更にまた、多くの微生物細胞は本発明で意図されるイノシトールモノフォスファターゼ活性を発現している(つまり、イノシトールモノフォスファターゼ活性をコードする内因性遺伝子を有している)と考えられる。従って、本発明におけるイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産は、内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子のコピー数を増加させる;内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域に変異を導入する;内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を高発現誘導性外来調整領域で置換する;及び内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を欠失させることによっても誘導し得る。具体的にイノシトールモノフォスファターゼの過剰発現を達成するためには、内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を含むか、或いは当該内因性遺伝子のコード化領域に好適な調整領域を付加した発現カセットを含む構築物により前記宿主微生物を形質転換して、当該形質転換体内での当該イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子のコピー数を元の宿主細胞に比べて実質的に増加させるか、内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を有する元の宿主細胞に関して、染色体の変異、付加及び欠失を公知の遺伝子組換え技術により実施するか、あるいは、変異剤などを用いて染色体にランダムに変異導入を行うことで達成することができる。イノシトールモノフォスファターゼの過剰生産の確認には、公知のSDS−PAGE分析法などを用いることができる
【0042】
更に、イノシトールモノフォスファターゼ活性を強化するための本発明の別の態様は、宿主微生物細胞においてイノシトールモノフォスファターゼの活性化を誘導することを含む。その目的のために、1)内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子に変異を導入する、2)内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部又は全部を置換する、3)内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部を欠失させる、4)イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる他のタンパク質を減少させる、及び/又は5)イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる化合物の生成を減少させる、といった手法を例示できる。
【0043】
上記イノシトールモノフォスファターゼ活性を強化するための1)〜5)の手法に関して、具体的には、イノシトールモノフォスファターゼの遺伝子に変異、付加あるいは欠失を施した後に当該遺伝子をコードするイノシトールモノフォスファターゼの活性を評価することで、イノシトールモノフォスファターゼ活性の強化されたイノシトールモノフォスファターゼを得ることができる。
【0044】
上記のようにして得られる形質転換体は、本発明のグルカル酸生産のために、前記形質転換体の生育及び/又は維持に適した条件下で培養及び維持される。各種の宿主微生物細胞に由来する形質転換体のための好適な培地組成、培養条件、培養時間は当業者に公知である。
【0045】
培地は、1つ以上の炭素源、窒素源、無機塩、ビタミン、及び場合により微量元素ないしビタミン等の微量成分を含む天然、半合成、合成培地であってよい。しかし、使用する培地は、培養すべき形質転換体の栄養要求を適切に満たさなければならないことは言うまでもない。更に、前記形質転換体と該形質転換体によりグルカル酸に変換され得る炭素源を接触させるために、本発明の培地は、究極的にグルカル酸生産の基質として利用可能な炭素源、すなわち形質転換体内でグルコース‐6‐リン酸へと変換され得る化合物を含有すべきである。炭素源は、D‐グルコース、スクロース、オリゴ糖、多糖、でんぷん、セルロース、米ぬか、廃糖密であり得、更にD‐グルコースを含有するバイオマスであり得る。好適なバイオマスとしては、トウモロコシ分解液やセルロース分解液を例示できる。また、培地は、形質転換体が有用な付加的形質を発現する場合、例えば抗生物質への耐性マーカーを有する場合、対応する抗生物質を含んでいてよい。それにより、発酵中の雑菌による汚染リスクが低減される。
上記、セルロースや多糖類などの炭素源を宿主微生物が資化できない場合は、当該宿主微生物に外来遺伝子を導入するなどの公知の遺伝子工学的手法を施すことで、これら炭素源を使用したグルカル酸生産に適応させることができる。外来遺伝子としては、例えば、セルラーゼ遺伝子やアミラーゼ遺伝子などを挙げることができる。
【0046】
培養は、バッチ式であっても連続式であってもよい。また、いずれの場合にも、培養の適切な時点で追加の前記炭素源等を補給する形式であってもかまわない。更に、培養は、好適な温度、酸素濃度、pH等を維持しながら継続されるべきである。一般的な微生物宿主細胞に由来する形質転換体の好適な培養温度は、通常15℃〜45℃、好ましくは25℃〜37℃の範囲である。宿主微生物が好気性の場合、発酵中の適切な酸素濃度を確保するために振盪(フラスコ培養等)、攪拌/通気(ジャー・ファーメンター培養等)を行う必要がある。それらの培養条件は、当業者にとって容易に設定可能である。
【0047】
当業者に公知の方法を組み合わせることにより上記の培養物からグルカル酸を精製できる。例えば、その目的のために有用なグルカル酸の検出や定量方法は、特許文献1に具体的に記載されている。
【0048】
以上の説明を与えられた当業者は、本発明を十分に実施できる。以下、更なる説明の目的として実施例を与え、従って、本発明は当該実施例に限定されるものではない。なお、本明細書において特に断りのない限りヌクレオチド配列は5’から3’方向に向けて記載される。
【実施例】
【0049】
実施例1:プラスミドの構築
1−a)イノシトールモノフォスファターゼ発現カセット
大腸菌株W3110(NBRC 12713)をLB培地中(2ml)で37℃にて振盪培養した。培養終了後、培養液から菌体を回収し、Nucleo Spin Tissue(製品名、MACHEREY−NAGEL社製)を使用してゲノムDNAを抽出した。抽出したゲノムDNAを鋳型に用い、以下のプライマーによりPCR増幅し(PrimeSTAR Max DNA Polymerase(製品名、タカラバイオ製) 反応条件:98℃ 10sec,55℃ 5sec,72℃ 20sec,28cycle)、suhB遺伝子のコード領域(配列番号3)をクローニングした。
【化3】


得られたsuhBコード領域は下記配列のプロモーターの下流に転写可能に挿入した。
【化4】


すなわち、プラスミドpNFP−A51(FERM P−22182として、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許生物寄託センターに2011年10月25日に寄託した。国際寄託番号:FERM BP−11515)のマルチクローニングサイトにターミネーター配列及び前記プロモーター配列を挿入した。導入されたプロモーター配列の下流に上記でクローニングされたsuhBコード領域をライゲーションして、pNFP−A54を構築した。構築したpNFP−A54を、塩化カルシウム法(羊土社 遺伝子工学実験ノート 上 田村隆明著、参照)により大腸菌AKC−016株(FERM P−22104として、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに2011年4月20日に寄託した。国際寄託番号:FERM BP−11512)にトランスフェクトした。SDS−PAGEにより当該大腸菌の可溶性画分でのイノシトールモノフォスファターゼの高発現を確認した。
【0050】
1−b) イノシトール‐1‐リン酸合成酵素発現カセット
酒精酵母の培養液から菌体を回収し、Nucleo Spin Tissue(製品名、MACHEREY−NAGEL社製)を使用してゲノムDNAを抽出した。抽出したゲノムDNAを鋳型に用い、以下のプライマーによりPCR増幅し(PrimeSTAR Max DNA Polymerase(製品名、タカラバイオ製) 反応条件:98℃ 10sec,55℃ 5sec,72℃ 20sec,28cycle)、INO1遺伝子のコード領域(配列番号1)をクローニングした。
【化5】


得られたino1コード領域は下記配列のプロモーターの下流に転写可能に挿入した。
【化6】


すなわち、上記プラスミドpNFP−A51のマルチクローニングサイトにターミネーター配列及び前記プロモーター配列を挿入した。導入されたプロモーター配列の下流に上記でクローニングされたino1コード領域をライゲーションして、pNFP−D78を構築した。構築したpNFP−D78を、塩化カルシウム法(羊土社 遺伝子工学実験ノート 上 田村隆明著、参照)により大腸菌AKC−016株(FERM P−22104として、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに2011年4月20日に寄託した。国際寄託番号:FERM BP−11512)にトランスフェクトした。SDS−PAGEにより当該大腸菌の可溶性画分でのイノシトール‐1‐リン酸合成酵素の高発現を確認した。
【0051】
1−c) ミオイノシトールオキシゲナーゼ発現カセット
ミオイノシトールオキシゲナーゼ(miox)遺伝子は、配列番号5のヌクレオチド配列を有するDNAを人工合成により作製し、当該DNAを鋳型にして以下のプライマーによりPCR(PrimeSTAR Max DNA Polymerase(製品名、タカラバイオ製) 反応条件:98℃ 10sec,55℃ 5sec,72℃ 20sec,28cycle)を行うことで得た。
【化7】


得られたmioxコード領域は配列番号11のプロモーターの下流に転写可能に挿入した。すなわち、前記pNFP−A51のマルチクローニングサイトにターミネーター配列及び前記プロモーター配列を挿入した。導入されたプロモーター配列の下流に上記でクローニングされたmioxコード領域をライゲーションして、pNFP−H26を構築した。構築したpNFP−H26を、塩化カルシウム法(羊土社 遺伝子工学実験ノート 上 田村隆明著、参照)により大腸菌株FERM P−22104にトランスフェクトした。SDS−PAGEにより当該大腸菌の可溶性画分でのミオイノシトールオキシゲナーゼの高発現を確認した。
【0052】
1−d) ウロン酸デヒドロゲナーゼ発現カセット
ウロン酸デヒドロゲナーゼ(udh)遺伝子は、配列番号7のヌクレオチド配列を有するDNAを人工合成により作製し、当該DNAを鋳型にして以下のプライマーによりPCR(PrimeSTAR Max DNA Polymerase(製品名、タカラバイオ製) 反応条件:98℃ 10sec,55℃ 5sec,72℃ 20sec,28cycle)を行うことで得た。
【化8】


得られたudhコード領域は配列番号11のプロモーターの下流に転写可能に挿入した。すなわち、前記pNFP−A51のマルチクローニングサイトにターミネーター配列及び前記プロモーター配列を挿入した。導入されたプロモーター配列の下流に上記でクローニングされたudhコード領域をライゲーションして、pNFP−H45を構築した。構築したpNFP−H45を、塩化カルシウム法(羊土社 遺伝子工学実験ノート 上 田村隆明著、参照)により大腸菌株FERM P−22104にトランスフェクトした。SDS−PAGEにより当該大腸菌の可溶性画分でのウロン酸デヒドロゲナーゼの高発現を確認した。
【0053】
1−e) 形質転換のためのプラスミドの構築
上記で作製したpNFP−D78をSalIで消化し、平滑末端化及び5’末端脱リン酸化した。pNFP−A54中のsuhB発現カセットをクローニングして、pNFP−D78にライゲーションした。pNFP−D78中のINO1発現カセットと順方向にsuhB発現カセットがライゲーションしていたpNFP−G22を取得した。次いで、pNFP−G22をSalIで消化し、平滑末端化及び5’末端脱リン酸化した。実施例1で作製したpNFP−H26中のmiox発現カセット及びpNFP−H45中のudh発現カセットをクローニングして、両発現カセットをpNFP−G22にライゲーションした。pNFP−G22中のINO1発現カセット及びsuhB発現カセットと順方向にmiox発現カセット及びudh発現カセットがライゲーションしていた本発明のプラスミドを取得した。
【0054】
実施例2:
2−a) 発現カセット含有プラスミドでトランスフェクトした形質転換体によるJar培養槽を用いたグルカル酸の生産
上記の手順に従って構築した本発明のプラスミドを、大腸菌AKC−016株(FERM P−22104として、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに2011年4月20日に寄託した。国際寄託番号:FERM BP−11512)に塩化カルシウム法(羊土社 遺伝子工学実験ノート 上 田村隆明著、参照)を用いてトランスフェクトした。
得られた形質転換体を、アンピシリン(100mg/L)含有LBプレート上で、37℃、一日間培養して、コロニーを形成させた。アンピシリン(100mg/L)を含むLB培地30mLを150mL容のフラスコに入れ、上記プレートからコロニーを白金耳で植菌し、37℃で、3〜5時間、OD(600nm)が0.5程度になるまで180rpmで培養を行い、これを本培養のための前培養液とした。
1000mL容のJar培養装置(丸菱バイオエンジ社製)に、10g/Lのグルコースと、100mg/Lのアンピシリンを含む合成培地(表1)を300mL入れ、6mLの前培養液を添加し本培養(Jar培養装置を用いたグルカル酸生産試験)を行った。培養条件は次のとおり培養温度 32℃;培養pH 6.0〔下限〕;アルカリ添加 28%(重量/容量)アンモニア水;攪拌 850rpm;通気 1vvm。原料となるグルコースフィード溶液(表2)は、培養液中のグルコース濃度が0〜5g/Lとなるように適宜添加した。
【表1】


【表2】


上記の培養液を、4℃で、10,000g×10分間遠心分離して上清を回収し、培養上清のグルカル酸濃度を測定した。具体的には、Shim−Pak SCR−H(ガードカラム)及びShim−Pak SCR−101H(いずれも商品名、島津ジーエルシー社製)を連結して、HPLC分析(検出器:RI、カラム温度:40℃、流速:1mL/min、移動層:0.1% ギ酸)を行うことで、培養上清中のグルカル酸濃度を定量した。
【0055】
その結果、本発明に従ってイノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体中で、イノシトールモノフォスファターゼ活性を強化することにより、当該形質転換体の培養上清中に約73g/L(培養時間68時間)ものグルカル酸が生産された。
【0056】
参考例:
イノシトールモノフォスファターゼを過剰生産しない形質転換体を作製し、当該イノシトールモノフォスファターゼ非強化株を用いた以外は、上記実施例2に従ってグルカル酸生産試験を行ったところ、培養時間68時間で0.26g/Lしかグルカル酸を生産しなかった。
【0057】
本明細書で言及したプラスミド及び微生物は、それらが寄託されていると記載されている場合、いずれも、(寄託機関の名称)「IPOD 独立行政法人 製品評価技術基盤機構特許 微生物寄託センター(IPOD、NITE)」;(寄託機関のあて名)「日本国 郵便番号305−8566 茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6」に寄託されている。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、グルカル酸の工業的発酵生産に利用できる。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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