【課題を解決するための手段】
【0012】
前記のように、グルカル酸を生合成することができる形質転換体を開示した特許文献1でさえ、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を当該形質転換体に導入することはなく、また当該活性に特別の注意を払うことはなかった。
【0013】
しかしながら、特許文献1の予想に反して、本発明者らは、グルカル酸生合成のための形質転換体においてイノシトールモノフォスファターゼ活性が重大な役割を持つことを発見した。とりわけ、イノシトールモノフォスファターゼ活性を強化することにより、そのような形質転換体のグルカル酸生産能が数十〜百倍も向上したことは驚愕に値する。
従って、本発明の第1の局面は:
(1)グルカル酸の製造方法であって、以下の工程:
1) イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体であって、該形質転換体内での機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産又はイノシトールモノフォスファターゼの活性化を誘導する遺伝子組換又は変異を有する形質転換体を用意する工程;
2) 前記形質転換体の生育及び/又は維持に適した条件下で、該形質転換体と該形質転換体によりグルカル酸に変換され得る炭素源を接触させる工程;及び
3) 前記2)で得られた培養物からグルカル酸あるいはグルカル酸塩を分離する工程、
を含む、前記製造方法である。
より特定的には、イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体を用いたグルカル酸の製造方法において、前記形質転換体が、機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産又はイノシトールモノフォスファターゼの活性化を誘導する遺伝子組換又は変異を有する形質転換体であることを特徴とする、前記製造方法である。
【0014】
本発明のグルカル酸の発酵生産においては、イノシトール‐1‐リン酸合成酵素(前記の活性2)の基質であるグルコース‐6‐リン酸の生成に適した化合物を含んだ炭素源を培養基材として用いることが好適である。従って、本発明の好適な態様は:
(2) 前記炭素源が、前記形質転換体内でグルコース‐6‐リン酸へと変換され得る化合物を含む、上記(1)に記載の製造方法;及び
(3) 前記炭素源が、D‐グルコース、スクロース、オリゴ糖、多糖、でんぷん、セルロース、米ぬか、廃糖密、及びD‐グルコースを含有するバイオマスからなる群から選択される1つ以上である、上記(2)に記載の製造方法である。
【0015】
大腸菌に代表される原核微生物は、その迅速な生育能力や発酵管理の容易さ故に工業的発酵生産の観点から極めて魅力的であるとともに、遺伝子組換技術の適用における実績、確立した安全性の観点からも利点を有する。また、グルコースからミオイノシトールを経てグルカル酸を生合成する経路を持たない多くの原核微生物は、遺伝子組換技術と連携した合成生物学的手法を用いることで、グルカル酸生産性を制御しやすいという利点を持つ。殊に大腸菌などの原核微生物宿主は、グルカル酸生合成経路の中間体であるミオイノシトールを資化する能力(分解能)を持たないため、合成生物学的手法の適用をいっそう容易にする。従って、本発明の好適な態様は:
(4) 前記形質転換体が、ミオイノシトール資化能を有さない微生物に由来することを特徴とする、上記(1)から(3)のいずれかに記載の製造方法;及び
(5) 前記形質転換体が、大腸菌、バチルス属細菌、コリネバクテリウム属細菌、ザイモモナス属細菌からなる群から選択される細菌に由来する、上記(1)から(4)のいずれかに記載の製造方法を含む。
【0016】
宿主微生物が内因性イノシトールモノフォスファターゼ活性を有しているか否かに関わらず、該細胞内でイノシトールモノフォスファターゼを過剰生産させることで、該細胞のイノシトールモノフォスファターゼ活性を強化できる。様々な公知の技術を適用して細胞にイノシトールモノフォスファターゼを過剰生産させることができる。従って、本発明は以下の態様:
(6) 前記イノシトールモノフォスファターゼの過剰生産が、前記形質転換体に対して、
a) 外来イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入する、
b) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子のコピー数を増加させる、
c) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域に変異を導入する、
d) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を高発現誘導性外来調整領域で置換する、又は
e) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を欠失させる、
ことにより誘導される、上記(1)から(5)のいずれかに記載の製造方法;及び
(7) 前記イノシトールモノフォスファターゼの過剰生産が、前記形質転換体に対して外来イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入することにより誘導される、上記(6)に記載の製造方法を含む。
【0017】
また、宿主細胞が内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を有している場合は、以下の態様によっても該細胞のイノシトールモノフォスファターゼ活性を強化できる。
(8) 前記イノシトールモノフォスファターゼの活性化が、前記形質転換体に対して、
f) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子に変異を導入する、
g) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部又は全部を置換する、
h) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部を欠失させる、
i) イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる他のタンパク質を減少させる、
j) イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる化合物の生成を減少させる、
ことにより誘導される、上記(1)から(5)のいずれかに記載の製造方法。
【0018】
また、本発明は、前記グルカル酸の製造方法に用いるための形質転換体も意図する。従って、本発明の第2の局面は:
(9) イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体であって、該形質転換体内での機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産又はイノシトールモノフォスファターゼの活性化を誘導する遺伝子組換又は変異を有する形質転換体である。
より特定的には、イノシトール−1−リン酸合成酵素遺伝子、イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子、ミオイノシトールオキシゲナーゼ遺伝子及びウロン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を保有する形質転換体において、機能的なイノシトールモノフォスファターゼの過剰生産又はイノシトールモノフォスファターゼの活性化を誘導する遺伝子組換又は変異を有することを特徴とする、前記形質転換体である。
【0019】
また、本発明の第1の局面について記載した態様は、本発明の第2の局面についても当てはまる。それらの態様は:
(10) 前記形質転換体が、ミオイノシトール資化能を有さない微生物に由来することを特徴とする、上記(9)に記載の形質転換体;
(11) 前記形質転換体が、大腸菌、バチルス属細菌、コリネバクテリウム属細菌、ザイモモナス属細菌からなる群から選択される細菌に由来する、上記(9)又は(10)に記載の形質転換体;
(12) 前記イノシトールモノフォスファターゼの過剰生産が、前記形質転換体に対して、
a) 外来イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入する、
b) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子のコピー数を増加させる、
c) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域に変異を導入する、
d) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を高発現誘導性外来調整領域で置換する、又は
e) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の調整領域を欠失させる、
ことにより誘導される、上記(9)から(11)のいずれかに記載の形質転換体;
(13) 前記イノシトールモノフォスファターゼの過剰生産が、前記形質転換体に対して外来イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子を導入することにより誘導される、上記(12)に記載の形質転換体;及び
(14) 前記イノシトールモノフォスファターゼの活性化が、前記形質転換体に対して、
f) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子に変異を導入する、
g) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部又は全部を置換する、
h) 内因性イノシトールモノフォスファターゼ遺伝子の一部を欠失させる、
i) イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる他のタンパク質を減少させる、
j) イノシトールモノフォスファターゼ活性を低下させる化合物の生成を減少させる、
ことにより誘導される、上記(9)から(11)のいずれかに記載の形質転換体である。