(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記試料溶液又は前記生体試料からのタンパク質の除去を、前記試料溶液又は前記生体試料中の核酸分子を、無機支持体に吸着させた後、吸着させた核酸を無機支持体から溶出させることにより行う請求項1又は2に記載の核酸分子の検出方法。
前記核酸プローブは、単独で存在している状態では蛍光エネルギー移動が起こり、かつ他の1本鎖核酸分子と会合体を形成した状態では蛍光エネルギー移動が起こらないように、エネルギー・ドナーと成る蛍光物質とエネルギー・アクセプターと成る物質とが結合されており、
前記核酸プローブを含む会合体から放出される蛍光は、前記エネルギー・ドナーと成る蛍光物質から放出される蛍光である請求項1〜4のいずれか一項に記載の核酸分子の検出方法。
前記光検出領域の位置を移動する工程において、前記光検出領域の位置が、前記会合体の拡散移動速度よりも速い速度にて移動される請求項1〜8のいずれか一項に記載の核酸分子の検出方法。
前記検出された光から、個々の会合体からの光信号を個別に検出して、会合体を個別に検出する工程において、検出された時系列の光信号の形状に基づいて、1つの会合体が前記光検出領域に入ったことが検出される請求項1〜9のいずれか一項に記載の核酸分子の検出方法。
前記試料溶液が、界面活性剤、ホルムアミド、ジメチルスルホキシド、及び尿素からなる群より選択される1種以上を含む請求項1〜10のいずれか一項に記載の核酸分子の検出方法。
前記核酸プローブが、DNA、RNA、及び核酸類似物質からなる群より選択される2以上の分子が結合して構成されている請求項1〜12のいずれか一項に記載の核酸分子の検出方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、走査分子計数法について説明する。走査分子計数法は、微小領域により試料溶液内を走査しながら、試料溶液中に分散してランダムに運動する光を発する粒子(以下、「発光粒子」と称する。)が微小領域内を横切るときに、微小領域中の発光粒子から発せられる光を検出する。すなわち、走査分子計数法は、試料溶液中の発光粒子の一つ一つを個別に検出して、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度に関する情報の取得を可能にする技術である。走査分子計数法は、FIDA等のような光分析技術と同様に、測定に必要な試料が微量(例えば、数十μL程度)であってもよい。また、走査分子計数法は、測定時間が短く、しかも、FIDA等の光分析技術の場合と比較して、より低い濃度又は数密度の発光粒子について、その濃度又は数密度等の特性を定量的に検出することができる。
【0016】
発光粒子は、観測対象となる粒子と発光プローブとが結合又は会合した粒子を意味する。「発光プローブ」とは、観測対象となる粒子に結合又は会合する性質を有し、且つ、光を発する物質(通常、分子又はそれらの凝集体)である。発光粒子は、典型的には、蛍光性粒子であるが、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する粒子であってもよい。本実施形態の核酸分子の検出方法において用いられる核酸プローブは、発光プローブに相当する。
【0017】
本発明の実施形態において、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、それらの顕微鏡において光が検出される微小領域である。対物レンズから照明光が与えられる場合には、その照明光が集光された領域に相当する。なお、上記の領域は、共焦点顕微鏡においては、特に対物レンズとピンホールとの位置関係により確定される。
【0018】
試料溶液内において光検出領域の位置を移動しながら、逐次的に、光の検出が行われる。即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、光の検出が行われる。そうすると、移動する光検出領域が、ランダムに運動している粒子に結合又は会合した発光プローブを包含したときには、発光プローブからの光が検出される。これにより、一つの粒子の存在が検出される。実験の態様によっては、発光プローブは、一旦検出したい粒子と結合した後、光の検出時には、粒子から解離している場合もあり得る。そして、逐次的に検出された光において、発光プローブからの光信号が個別に検出される。これにより、(発光プローブと結合した)粒子の存在を一つずつ個別に逐次的に検出し、粒子の溶液内での状態に関する種々の情報が取得される。具体的には、例えば、上記の構成は、個別に検出された粒子を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された粒子の数を計数するように構成してもよい(粒子のカウンティング)。上記の構成によれば、粒子の数と光検出領域の位置の移動量と組み合わせることにより、試料溶液中の粒子の数密度又は濃度に関する情報が得られる。特に、任意の手法(例えば、所定の速度にて光検出領域の位置を移動するなどして、光検出領域の位置の移動軌跡の全体積を特定する手法)によれば、粒子の数密度又は濃度が具体的に算定できる。勿論、絶対的な数密度値又は濃度値を直接的に決定するのではなく、複数の試料溶液又は濃度もしくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度もしくは濃度の比が算出されるように構成してもよい。また、走査分子計数法は、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動するよう構成されている。そのため、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液において機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しないので、検出対象となる粒子が力学的な作用の影響を受けることなく安定した状態にて、光の計測ができる(試料溶液中に振動や流れが作用すると、粒子の物性的性質が変化する可能性がある。)。そして、試料溶液を流通させるといった構成が必要ではないため、FCS、FIDA等の場合と同様に微量(1〜数十μL程度)の試料溶液にて計測及び分析が可能である。
【0019】
上記の粒子を個別に検出する工程において、逐次的に検出される光信号から、1つの粒子に結合した発光プローブが光検出領域に入ったか否かの判定は、時系列に検出される光信号の形状に基づいて行ってよい。なお、本実施形態において、「1つの粒子に結合した発光プローブ」とは、以下の場合を含む:
・ 1つの発光プローブが1つの粒子に結合している場合。
・ 複数の発光プローブが1つの粒子に結合している場合。
・ 実験態様によって1つの粒子に結合した後粒子から解離した発光プローブである場合。
本実施の形態では、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する光信号が検出されたときに、1つの粒子に結合した発光プローブが光検出領域に入ったと検出されるように構成してもよい。
【0020】
また、上記の光検出領域の位置を移動する工程において、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、粒子に結合した発光プローブの特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更されてよい。当業者において理解されるように、粒子に結合した発光プローブから検出される光の態様は、その特性又は試料溶液中の数密度又は濃度によって変化することがある。特に、光検出領域の移動速度が速くなると、1つの粒子に結合した発光プローブから得られる光量は低減する。そのため、1つの粒子に結合した発光プローブからの光が精度よく又は感度よく計測できるように、光検出領域の移動速度は、適宜変更されることが好ましい。
【0021】
更に、上記の光検出領域の位置を移動する工程において、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、検出対象となる粒子に結合した発光プローブ(即ち、本実施形態の核酸分子の検出方法においては、核酸プローブを含む会合体)の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。上記に説明されているように、走査分子計数法は、光検出領域が1つの粒子に結合した発光プローブの存在位置を通過したときにその発光プローブから発せられる光を検出して、発光プローブを個別に検出する。しかしながら、粒子に結合した発光プローブが溶液中でブラウン運動することによりランダムに移動して、複数回、光検出領域を出入りする場合には、1つの発光プローブから複数回、光信号(検出したい粒子の存在を表す光信号)が検出されてしまい、検出された光信号と1つの検出したい粒子の存在とを対応させることが困難となる。そこで、上述したように、光検出領域の移動速度は粒子に結合した発光プローブの拡散移動速度よりも高く設定される。具体的には、移動速度は、核酸プローブを含む会合体の拡散移動速度よりも高い速度にて移動されるように設定される。これにより、1つの粒子に結合した発光プローブを、1つの光信号(粒子の存在を表す光信号)に対応させることが可能となる。なお、拡散移動速度は、粒子に結合した発光プローブによって変わるので、上述したように、粒子に結合した発光プローブの特性(特に、拡散定数)に応じて、光検出領域の移動速度を適宜変更することが好ましい。
【0022】
光検出領域の位置の移動のための光学系の光路の変更は、任意の方式で為されてよい。
例えば、レーザ走査型光学顕微鏡において採用されているガルバノミラーを用いて光路を変更して光検出領域の位置が変更されるように構成してもよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよい。例えば、光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能である。
【0023】
走査分子計数法の光検出機構は、FIDA等の光分析技術の場合と同様に、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光検出領域からの光を検出するよう構成されている。このため走査分子計数法で用いる試料溶液の量は、FIDA等の光分析技術と同様に微量であってよい。しかしながら、走査分子計数法においては、蛍光強度のゆらぎを算出するといった統計的処理が実行されない。そのため、走査分子計数法の光分析技術は、粒子の数密度又は濃度がFIDA等の光分析技術に必要であったレベルよりも大幅に低い試料溶液に適用できる。
【0024】
また、走査分子計数法は、溶液中に分散又は溶解した粒子の各々を個別に検出するように構成されているので、その情報を用いて、定量的に、粒子のカウンティングや試料溶液中の粒子の濃度又は数密度の算定又は濃度又は数密度に関する情報が取得できる。すなわち、走査分子計数法は、光検出領域を通過する粒子と検出された光信号とを1対1に対応させて粒子を一つずつ検出する。そのため、溶液中に分散してランダムに運動する粒子のカウンティングが可能となり、従前に比して、精度よく試料溶液中の粒子の濃度又は数密度が決定できる。実際に、核酸プローブを含む会合体等を個別に検出しその数を計数して粒子濃度を決定する本実施形態の核酸分子の検出方法によれば、試料溶液中のこれらの会合体の濃度が、蛍光分光光度計やプレートリーダーにより計測された蛍光強度に基づいて決定可能な濃度よりも更に低い濃度であっても、核酸分子を識別できる。
【0025】
更に、光学系の光路を変更して試料溶液中を光検出領域にて走査する態様は、試料溶液に対して機械的振動や流体力学的な作用を与えずに、試料溶液内を一様にあるいは試料溶液が機械的に安定した状態で観測する。そのため、例えば、試料に流れを発生させる場合と比較して、定量的な検出結果の信頼性が向上する。それは、流れを与える場合には常に一様な流速を与えることは困難であると共に、装置構成が複雑となるからである。また、流れを与える場合には、必要な試料量が大幅に増大すると共に、流れによる流体力学的作用によって溶液中の粒子、発光プローブもしくは結合体又はその他の物質が変質又は変性してしまう可能性があるためである。また、試料溶液中の検出対象となる粒子(本実施形態においては、核酸プローブを含む会合体等)に対して力学的な作用による影響又はアーティファクトの無い状態で計測が行える。
【0026】
<走査分子計数法のための光分析装置の構成>
走査分子計数法は、基本的な構成において、
図1Aに模式的に例示されているように、FCS、FIDA等が実行可能な共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせて構成される光分析装置により実現できる。
図1Aに示すように、光分析装置1は、光学系2〜17と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ18とから構成される。光分析装置1の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様であってよい。この光学系では、光源2から放射されシングルモードファイバー3内を伝播したレーザ光(Ex)が、ファイバーの出射端において固有のNAにて決まった角度にて発散する光となって放射され、コリメーター4によって平行光となる。この平行光は、ダイクロイックミラー5、反射ミラー6、7にて反射され、対物レンズ8へ入射される。対物レンズ8の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル10が配列されたマイクロプレート9が配置されている。対物レンズ8から出射したレーザ光は、試料容器又はウェル10内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。試料溶液中には、観測対象物である粒子と、前記粒子と結合する発光プローブが分散又は溶解されている。典型的には、蛍光色素等の発光標識が付加された分子が分散又は溶解されている。発光プローブと結合又は会合した粒子(実験の態様では、粒子と一旦結合した後に粒子から解離した発光プローブ)が励起領域に進入すると、その間、発光プローブが励起され光が放出される。放出された光(Em)は、対物レンズ8、ダイクロイックミラー5を通過し、ミラー11にて反射してコンデンサーレンズ12にて集光され、ピンホール13を通過し、バリアフィルター14を透過する。光(Em)が、バリアフィルター14を透過するとき、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。そして、特定の波長帯域の光成分のみが選択された光は、マルチモードファイバー15に導入されて、光検出器16に到達する。光検出器16に到達した光は、時系列の電気信号に変換された後、コンピュータ18へ入力され、後に説明される態様にて光分析のための処理が為される。上記の構成において、ピンホール13は、対物レンズ8の焦点位置と共役の位置に配置されている。これにより、
図1Bに模式的に示されているレーザ光の焦点領域、即ち、励起領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、励起領域以外からの光は遮断される。
図1Bに例示されたレーザ光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置における光検出領域であり、コンフォーカル・ボリュームと称される。レーザ光の焦点領域は、典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス型分布又はローレンツ型分布となる。さらに、レーザ光の焦点領域の実効体積は、光強度が1/e2 となる面を境界とする略楕円球体の体積である。
また、走査分子計数法では、1つの粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブからの光、例えば、一個又は数個の蛍光色素分子からの微弱光が検出される。そのため、光検出器16としては、好適には、フォトンカウンティングに使用可能な超高感度の光検出器が用いられる。また、顕微鏡のステージ(図示せず)には、マイクロプレート9の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置17aが設けられていてよい。このステージ位置変更装置17aは、粒子等を観察するためのウェル10を変更するために用いられる。ステージ位置変更装置17aの作動は、コンピュータ18により制御されてよい。上記構成により、検体が複数在る場合にも、迅速な計測が達成できる。
【0027】
更に、上記の光分析装置の光学系は、光学系の光路を変更して試料溶液内を光検出領域により走査する機構が設けられている。即ち、試料溶液内において焦点領域(即ち、光検出領域)の位置を移動するための機構が設けられる。上記の光検出領域の位置を移動するための機構としては、例えば、
図1Cに模式的に例示されているように、反射ミラー7の向きを変更するミラー偏向器17が採用されてよい。上記ミラー偏向器17は、通常のレーザ走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様であってよい。また、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するために、ミラー偏向器17は、コンピュータ18の制御の下、光検出器16による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい。また、コンピュータ18におけるプログラムにおいて、種々の移動パターンが選択できるように構成してもよい。なお、図示していないが、対物レンズ8を上下に移動することにより、光検出領域の位置が上下方向に移動されるように構成してもよい。上記のように、試料溶液を移動するのではなく、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動する構成によれば、試料溶液内に機械的な振動や流体力学的な作用が実質的に発生することがなくなる。そのため、観測対象物に対する力学的な作用の影響を排除することが可能となり、安定的な計測が達成される。
【0028】
粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光の放出があるので、ピンホール13は、除去されてよい。また、粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが化学発光や生物発光現象により励起光によらず発光する場合には、励起光を生成するための光学系2〜5が省略されてよい。粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブがりん光又は散乱により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。更に、光分析装置1においては、図示のように、複数の励起光源2が設けられていてもよい。また、光分析装置1においては、粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブを励起する光の波長によって適宜、励起光の波長が選択できるように構成してもよい。同様に、光検出器16は複数個備えられていてもよい。また、光検出器16は、試料中に波長の異なる複数種の粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが含まれている場合に、それらからの光を波長によって別々に検出できるように構成してもよい。
【0029】
<走査分子計数法の光分析技術の原理>
FIDA等の分光分析技術は、従前の生化学的な分析技術に比して、必要な試料量が極めて少なく、且つ、迅速に検査が実行できる点で優れている。しかしながら、FIDA等の分光分析技術では、原理的に、観測対象粒子の濃度や特性は、蛍光強度のゆらぎに基づいて算定される。そのため、精度のよい測定結果を得るためには、試料溶液中の観測対象粒子の濃度又は数密度が、蛍光強度の計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域CV内に存在するレベルであり、計測時間中に常に有意な光強度(フォトンカウント)が検出されることが要求される。もし観測対象粒子の濃度又は数密度がそれよりも低い場合(例えば、観測対象粒子がたまにしか光検出領域CV内へ進入しないレベルである場合)には、有意な光強度(フォトンカウント)が、計測時間の一部にしか現れず、精度のよい光強度のゆらぎの算定が困難となる。また、観測対象粒子の濃度が計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域内に存在するレベルよりも大幅に低い場合には、光強度のゆらぎの演算において、バックグラウンドの影響を受けやすく、演算に十分な量の有意な光強度データを得るために計測時間が長くなる。これに対して、走査分子計数法では、観測対象粒子の濃度がFIDA等の分光分析技術にて要求されるレベルよりも低い場合でも、観測対象粒子の数密度又は濃度等の特性が検出できる。
【0030】
走査分子計数法の光分析技術において、実行される処理は、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構(ミラー偏向器17)の駆動による光路の変更である。
図2にて模式的に描かれているように、試料溶液内において光検出領域CVの位置を移動しながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。
そうすると、例えば、
図2Aのように、光検出領域CVが移動する間(図中、時間t0〜t2)において1つの粒子(図中、発光プローブとして蛍光色素が結合している。)の存在する領域を通過する際(t1)には、
図2Bに描かれているような有意な光強度(Em)が検出される。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する
図2Bに例示されているような有意な光強度を一つずつ検出することによって、発光プローブの結合した粒子が個別に検出される。個別に検出した前記粒子の数をカウントすることにより、計測された領域内に存在する粒子の数、あるいは、濃度もしくは数密度に関する情報が取得できる。前記走査分子計数法の光分析技術の原理においては、蛍光強度のゆらぎの算出のように、統計的な演算処理は行われず、粒子が一つずつ検出されるので、FIDA等では十分な精度にて分析ができないほど、観測されるべき粒子の濃度が低い試料溶液であっても、粒子の濃度もしくは数密度に関する情報が取得できる。
【0031】
また、走査分子計数法のように、試料溶液中の粒子を個別に検出し計数する方法によれば、蛍光分光光度計やプレートリーダーにより計測される蛍光強度から蛍光標識された粒子の濃度を測定する場合よりも、より低い濃度まで測定することができる。蛍光分光光度計やプレートリーダーによってある蛍光標識された粒子の濃度を測定する場合、通常、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例すると仮定される。しかしながら、その場合、蛍光標識された粒子の濃度が十分に低くなると、蛍光標識された粒子から発せられた光による信号の量に対するノイズ信号の量が大きくなり(S/N比の悪化)、蛍光標識された粒子の濃度と光信号量との間の比例関係が崩れ、決定される濃度値の精度が悪化する。他方、走査分子計数法は、検出された光信号から個々の粒子に対応する信号を検出する工程で、検出結果からノイズ信号が排除され、個々の粒子に対応する信号のみを計数して濃度を算出する。そのため、走査分子計数法は、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例するとの仮定により濃度を検出する場合よりも低い濃度まで検出できる。
【0032】
また、観測対象粒子の1つに複数の発光プローブが結合する場合には、走査分子計数法のように試料溶液中の粒子を個別に検出し計数する方法によれば、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例するとの仮定の下に濃度を決定する従前の方法よりも、粒子濃度の高い側での粒子濃度の測定精度が向上する。観測対象粒子の一つに複数の発光プローブが結合する場合である量の発光プローブが試料溶液に添加されているとき、観測対象粒子の濃度が高くなると、相対的に粒子に結合する発光プローブの数が低減する。その場合、一つの観測対象粒子当たりの蛍光強度が低減するために、蛍光標識された粒子の濃度と光量との間の比例関係が崩れ、決定される濃度値の精度が悪化する。他方、走査分子計数法は、検出された光信号から個々の粒子に対応する信号を検出する工程で、一つの粒子当たりの蛍光強度の低減の影響は少なく、粒子数から濃度を算出する。そのため、走査分子計数法は、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例するとの仮定により濃度を検出する場合よりも高い濃度まで検出できる。
【0033】
<走査分子計数法による試料溶液の光強度の測定>
走査分子計数法の光分析における光強度の測定は、測定中にミラー偏向器17を駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)を行う他は、FCS又はFIDAにおける光強度の測定工程と同様の態様にて実行されてよい。操作処理において、典型的には、以下の手順が行われる。すなわち、マイクロプレート9のウェル10に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置する。その後、使用者がコンピュータ18に対して、測定の開始の指示を入力する。指示が入力されたコンピュータ18は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラムに従って、試料溶液内の光検出領域における励起光の照射及び光強度の計測を開始する。このプログラムは、試料溶液内において光検出領域の位置を移動するべく光路を変更する手順と、光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出する手順とを含む。前記計測中、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御のもと、ミラー偏向器17は、ミラー7(ガルバノミラー)を駆動して、ウェル10内において光検出領域の位置の移動を実行する。これと同時に光検出器16は、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ18へ送信する。コンピュータ18は、任意の態様にて、送信された光信号から時系列の光強度データを生成して保存する。なお、典型的には、光検出器16は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器である。光の検出は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BINTIME)に、実行されるフォトンカウンティングである。例えば、光の検出は、10μ秒毎に光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行される。また、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータであってよい。
【0034】
光強度の計測中の光検出領域の位置の移動速度は、任意に、例えば、実験的に又は分析の目的に適合するよう設定された所定の速度であってよい。検出された観測対象粒子の数に基づいて、その数密度又は濃度に関する情報を取得する場合には、光検出領域の通過した領域の大きさ又は体積が必要となるので、移動距離が把握される態様にて光検出領域の位置の移動が実行される。なお、計測中の経過時間と光検出領域の位置の移動距離とが比例関係にある方が測定結果の解釈が容易となる。そのため、移動速度は、基本的に、一定速度であることが好ましいが、これに限定されない。
【0035】
ところで、光検出領域の位置の移動速度に関して、計測された時系列の光強度データからの観測対象粒子の個別の検出、あるいは、観測対象粒子の数のカウンティングを、定量的に精度よく実行するためには、前記移動速度は、観測対象粒子のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定されることが好ましい。観測対象粒子とは、より厳密には、粒子と発光プローブとの結合体又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブである。
走査分子計数法の光分析技術の観測対象粒子は、溶液中に分散又は溶解されて自由にランダムに運動する粒子であるので、ブラウン運動によって観測対象粒子の位置が時間と伴に移動する。従って、光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、
図3Aに模式的に描かれているように、粒子が領域内をランダムに移動する。これにより、光強度が
図3Bのようにランダムに変化し、個々の観測対象粒子に対応する有意な光強度の変化を特定することが困難となる。なお、前述したように、光検出領域の励起光強度は、領域の中心を頂点として外方に向かって低減する。
そこで、好適には、
図4Aに描かれているように、粒子が光検出領域を略直線に横切るように設定されるとよい。これにより、時系列の光強度データにおいて、
図4Bに例示のように、個々の粒子に対応する光強度の変化のプロファイルが略一様となり、個々の観測対象粒子と光強度との対応が容易に特定できるように、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。なお、粒子が略直線的に光検出領域を通過する場合には、光強度の変化のプロファイルは、励起光強度分布と略同様となる。
【0036】
具体的には、拡散係数Dを有する観測対象粒子(より厳密には、粒子と発光プローブとの結合体又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)がブラウン運動によって半径Woの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δtは、平均二乗変位の関係式
(2Wo)
2 =6D・Δt …(1)
から、
Δt=(2Wo)
2 /6D …(2)
となるので、観測対象粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2Wo/Δt=3D/Wo …(3)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、前記Vdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されてよい。例えば、観測対象粒子の拡散係数が、D=2.0×10
−10m
2/s程度であると予想される場合には、Woが、0.62μm程度だとすると、Vdifは、1.0×10
−3m/sとなるので、光検出領域の位置の移動速度は、その略10倍の15mm/sと設定されてよい。なお、観測対象粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々設定して光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
【0037】
<走査分子計数法による光強度の分析>
上記の処理により試料溶液の時系列の光強度データが得られると、コンピュータ18において、記憶装置に記憶されたプログラムに従った処理により、下記の如き光強度の分析が実行されてよい。
【0038】
(i)一つの観測対象粒子の検出
時系列の光強度データにおいて、一つの観測対象粒子の光検出領域を通過する際の軌跡が、
図4Aに示されているように略直線状である場合、その粒子に対応する光強度の変化は、
図6Aに模式的に描かれているように、光検出領域(光学系により決定される光検出領域)の光強度分布を反映したプロファイル(通常、略釣鐘状)を有する。そこで、観測対象粒子の検出の一つの手法において、光強度に対して閾値Ioが設定される。その閾値を超える光強度が継続する時間幅Δτが所定の範囲にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定される。また、前記閾値を超える光強度が継続する時間幅Δτが所定の範囲にあるとき、一つの観測対象粒子が検出されるように構成してもよい。光強度に対する閾値Io及び時間幅Δτに対する所定の範囲は、光検出領域に対して所定の速度にて相対的に移動する観測対象粒子と発光プローブとの結合体(又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)から発せられる光の強度として想定されるプロファイルに基づいて定められる。プロファイルの具体的な値は、実験的に任意に設定されてよい。もしくは、プロファイルの具体的な値は、観測対象粒子と発光プローブとの結合体(又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)の特性によって選択的に決定されてよい。
【0039】
また、観測対象粒子の検出の別の手法として、光検出領域の光強度分布が、
ガウス分布:
I=A・exp(−2t
2 /a
2 ) …(4)
であると仮定できるときには、以下のような手法が用いられる。有意な光強度のプロファイル(バックグラウンドでないと明らかに判断できるプロファイル)に対して式(4)をフィッティングして算出された強度A及び幅aが所定の範囲内にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの観測対象粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの観測対象粒子の検出が為されてよい。なお、強度A及び幅aが所定の範囲外にあるときには、その光強度のプロファイルは、ノイズ又は異物として分析において無視されてよい。
【0040】
(ii)観測対象粒子のカウンティング
観測対象粒子のカウンティングは、上記の観測対象粒子の検出の手法により検出された粒子の数を、任意の手法により、計数することにより為されてよい。しかしながら、粒子の数が大きい場合には、例えば、
図5及び
図6Bに例示された処理により観測対象粒子のカウンティングが為されてよい。
【0041】
図5及び
図6Bに示すように、時系列の光強度(フォトンカウント)データから粒子のカウンティングを行う手法の一つの例においては、上記に説明された光強度の測定、即ち、光検出領域による試料溶液内の走査及びフォトンカウンティングを行って時系列光信号データ(フォトンカウントデータ)が取得された後(ステップ100)、前記時系列光信号データ(
図6B、最上段「検出結果(未処理)」)に対して、スムージング(平滑化)処理が為される(ステップ110、
図6B中上段「スムージング」)。粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブの発する光は確率的に放出されるためであり、微小な時間においてデータ値の欠落が生じる可能性がある。しかしながら、前記スムージング処理によって、前記データ値の欠落を無視できる。スムージング処理は、例えば、移動平均法により為されてよい。なお、スムージング処理を実行する際のパラメータは、光信号データ取得時の光検出領域の位置の移動速度(走査速度)、BIN TIMEに応じて適宜設定されてよい。なお、前述したパラメータとは、例えば、移動平均法において一度に平均するデータ点数や移動平均の回数などである。
【0042】
次いで、スムージング処理後の時系列光信号データにおいて、有意な信号が存在する時間領域(ピーク存在領域)を検出するために、スムージング処理後の時系列光信号データの時間についての一次微分値が演算される(ステップ120)。時系列光信号データの時間微分値は、
図6B中下段「時間微分」に例示されているように、信号値の変化時点における値の変化が大きくなるので、前記時間微分値を参照することによって、有意な信号(ピーク信号)の始点と終点を有利に決定することができる。
【0043】
その後、時系列光信号データ上において、逐次的に、有意な信号(ピーク信号)を検出し、検出されたピーク信号が観測対象粒子に対応する信号であるか否かが判定される。
具体的には、まず、時系列光信号データの時系列の時間微分値データ上にて、逐次的に時間微分値が参照される。次に、一つのピーク信号の始点と終点とが探索され決定され、ピーク存在領域が特定される(ステップ130)。一つのピーク存在領域が特定されると、そのピーク存在領域におけるスムージングされた時系列光信号データに対して、釣鐘型関数のフィッティングが行われ(
図6B下段「釣鐘型関数フィッティング」)、釣鐘型関数のピーク強度Imax、ピーク幅(半値全幅)w、フィッティングにおける相関係数(最小二乗法の相関係数)等のパラメータが算出される(ステップ140)。なお、フィッティングされる釣鐘型関数は、典型的には、ガウス関数である。また、フィッティングされる釣鐘型関数は、ローレンツ型関数であってもよい。そして、算出された釣鐘型関数のパラメータが、一つの粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが光検出領域を通過したときに検出される光信号が描く釣鐘型のプロファイルのパラメータについて想定される範囲内にあるか否か、判定される(ステップ150)。即ち、この判定では、ピーク強度、ピーク幅、相関係数が、それぞれ、所定範囲内にあるか否か等を判定する。このようにして、
図7左に示されているように、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブに対応する光信号おいて想定される範囲内にあると判定された信号は、一つの観測対象粒子に対応する信号であると判定される。これにより、一つの観測対象粒子が検出されたこととなり、一つの粒子がカウントされる(粒子数がカウントアップされる。ステップ160)。一方、
図7右に示されているように、算出された釣鐘型関数のパラメータが想定される範囲内になかったピーク信号は、ノイズとして無視される。
【0044】
上記のステップ130〜160の処理におけるピーク信号の探索及び判定は、時系列光信号データの全域に渡って繰り返し実行され、一つの観測対象粒子が検出される毎に、粒子としてカウントされる。そして、時系列光信号データの全域のピーク信号の探索が完了すると(ステップ170)、それまで得られた粒子のカウント値が時系列光信号データにおいて検出された観測対象粒子の数とされる。
【0045】
(iii)観測対象粒子の数密度又は濃度の決定
観測対象粒子のカウンティングが為されると、時系列光信号データの取得の間に光検出領域の通過した領域の総体積を用いて、観測対象粒子の数密度又は濃度が決定される。しかしながら、光検出領域の実効体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に依存して変動するため、設計値から算定することは、一般に困難である。従って、光検出領域の通過した領域の総体積を算定することも簡単ではない。そこで、典型的には、粒子の濃度が既知の溶液(参照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、粒子の検出及びカウンティングを行い、検出された粒子の数と参照溶液の粒子の濃度とから、光検出領域の通過した領域の総体積、即ち、観測対象粒子の検出数と濃度との関係が決定されるように構成されてもよい。
参照溶液の粒子は、好ましくは、観測対象粒子が形成する粒子及び発光プローブ結合体(又は観測対象粒子に結合後遊離した発光プローブ)と同様の発光特性を有する発光標識(蛍光色素等)であってよい。具体的には、例えば、粒子の濃度Cの参照溶液について、その粒子の検出数がNであったとすると、光検出領域の通過した領域の総体積Vtは、
Vt=N/C …(5)
により与えられる。また、参照溶液として、複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtとして採用されるように構成されてもよい。そして、Vtが与えられると、粒子のカウンティング結果がnの試料溶液の粒子の数密度cは、
c=n/Vt …(6)
により与えられる。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて与えられる。例えば、FCS、FIDAを利用するなどして、総体積が与えられてもよい。また、本実施形態の光分析装置においては、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な粒子についての濃度Cと粒子の数Nとの関係(式(5))の情報をコンピュータ18の記憶装置に予め記憶し、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるように構成されてもよい。
【0046】
<核酸分子の検出方法>
本実施形態の核酸分子の検出方法は、特定の塩基配列を有する核酸分子を解析対象とし、当該核酸分子と特異的に結合する核酸プローブを用いて、当該核酸プローブと解析対象の核酸分子(以下、標的核酸分子、と称することがある。)とをハイブリダイズさせ、形成された会合体の量に基づいて解析対象の核酸分子を検出する方法である。さらに本実施形態は、会合体の検出を、上記の走査分子計数法により測定する。走査分子計数法は、分子が離散的な状況において、蛍光を有する粒子を一粒子毎に測定することができる測定方法であることから、pMオーダー以下の比較的低濃度の核酸分子に対しても測定できる。このため、本実施形態の核酸分子の検出方法により、試料溶液中の標的核酸分子の濃度が非常に低い場合であっても、形成された会合体を高感度に計数することができる。
【0047】
本実施形態において、「核酸プローブが、標的核酸分子と特異的に結合する」とは、当該核酸プローブが、その他の1本鎖核酸分子とよりも、当該標的核酸分子と優先的にハイブリダイズすることを意味する。具体的には、当該標的核酸分子が1本鎖核酸分子の場合は、その他の1本鎖核酸分子とよりも、当該1本鎖核酸分子と優先的にハイブリダイズすることを意味する。また、当該標的核酸分子が2本鎖核酸分子の場合は、当該標的核酸分子を構成する2本の1本鎖核酸分子のうちの一方と優先的にハイブリダイズすることを意味する。このため、核酸プローブは、標的核酸分子の塩基配列と完全に相補的な塩基配列を有していてもよく、ミスマッチを有する塩基配列を有していてもよい。
【0048】
本実施形態は、標的核酸分子と特異的にハイブリダイズする核酸プローブを用いる。標的核酸分子と核酸プローブとをハイブリダイズさせ、形成された会合体を検出することにより、生体試料中に含まれるその他の核酸分子と区別して、標的核酸分子を検出できる。生体試料中に標的核酸分子が存在していた場合には、当該生体試料と核酸プローブとを混合させた試料溶液中から、当該核酸プローブを含む会合体が検出される。一方で、当該生体試料中に標的核酸分子が存在していなかった場合には、当該試料溶液中から当該核酸プローブを含む会合体は検出されない。
【0049】
なお、本実施形態において用いられる核酸プローブは、DNAからなるオリゴヌクレオチドであってもよい。また、核酸プローブは、RNAからなるオリゴヌクレオチドであってもよい。また、核酸プローブは、DNAとRNAとからなるキメラオリゴヌクレオチドであってもよい。また、核酸プローブは、天然の核酸塩基と同様にヌクレオチド鎖や塩基対を形成することが可能な核酸類似物質を一部又は全部に含む物質であってもよい。核酸類似物質としては、DNAやRNAのような天然型ヌクレオチド(天然に存在するヌクレオチド)の側鎖等がアミノ基等の官能基により修飾された物質や、タンパク質や低分子化合物等で標識された物質等が挙げられる。より具体的には、例えば、核酸類似物質としては、Bridged nucleic acid(BNA)や、天然型ヌクレオチドの4’位酸素原子が硫黄原子に置換されているヌクレオチド、天然型リボヌクレオチドの2’位水酸基がメトキシ基に置換されているヌクレオチドやHexitol Nucleic Acid(HNA)、ペプチド核酸(PNA)等が挙げられる。また、解析対象とする核酸は、DNAであってもよい。また、解析対象とする核酸は、RNAであってもよい。また、解析対象とする核酸は、cDNAのように、人工的に増幅させたDNAであってもよい。
【0050】
本実施形態は、核酸プローブが単独で存在している状態と、他の1本鎖核酸分子と会合体を形成している状態とで蛍光強度を異ならせることにより、走査分子計数法において、核酸プローブ及び他の1本鎖核酸分子から形成された会合体と、会合体を形成していない核酸プローブとを区別して検出することができる。
【0051】
また、本実施形態は、分子ビーコンプローブを、核酸プローブとして用いることもできる。分子ビーコンプローブは、1本鎖核酸分子の状態の際に分子内構造体を形成するオリゴヌクレオチドであり、FRETにおいてエネルギー・ドナーと成る蛍光物質とエネルギー・アクセプターと成る物質(蛍光物質や消光物質)とを、1本鎖核酸分子の状態ではFRETが起こり、他の1本鎖核酸分子とハイブリダイズして形成された会合体の状態ではFRETが起こらないように結合させたプローブである。会合体を形成している核酸プローブからはエネルギー・ドナーと成る蛍光物質から放出される蛍光が検出される。それに対して、単独で存在している核酸プローブからは、エネルギー・ドナーと成る蛍光物質から放出される蛍光は検出されないか、もしくは減弱している。そこで、エネルギー・ドナーと成る蛍光物質から放出される蛍光を検出することにより、核酸プローブを含む会合体を、単独で存在している核酸プローブとは区別して検出することができる。
【0052】
本実施形態において核酸プローブとして用いる分子ビーコンプローブとしては、標的核酸分子とハイブリダイズが可能な塩基配列を有しており、かつ3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列を有しているオリゴヌクレオチドが挙げられる。本実施形態の分子ビーコンプローブは、好ましくは、3’末端側にエネルギー・ドナーと成る蛍光物質又はエネルギー・アクセプターと成る物質が結合されており、5’末端側に残る一方が結合されており、かつ3’末端側の領域と5’末端側とに互いに相補的な塩基配列を有し、これらの塩基配列において塩基対を形成することによって、分子内構造体(いわゆるステム−ループ構造)を形成する。なお、分子ビーコンプローブの分子内塩基対を形成する互いに相補的な領域は、標的核酸分子と相補的な塩基配列からなる領域を挟むようにして存在していればよい。例えば、3’末端側の領域及び5’末端側の領域は、それぞれ、3’末端又は5’末端を含んでいてもよい。また、3’末端側の領域及び5’末端側の領域は、それぞれ、3’末端又は5’末端を含まなくてもよい。また、塩基対を形成する領域の塩基数や塩基配列は、形成された塩基対の安定性が、標的核酸分子との会合体の安定性よりも低く、且つ測定条件下で塩基対を形成できる程度であればよい。
【0053】
なお、蛍光物質は、特定の波長の光を放射することにより蛍光を放出する物質であれば特に限定されず、FCSやFIDA等で使用されている蛍光色素の中から適宜選択して用いることができる。また、核酸プローブの蛍光物質による標識は、常法により行うことができる。
【0054】
また、蛍光性2本鎖核酸結合物質との間でFRETが起こる蛍光物質により標識された核酸プローブを用いることによっても、核酸プローブを含む会合体を、単独で存在している核酸プローブと区別して検出することができる。すなわち、蛍光性2本鎖核酸結合物質と核酸プローブを標識する蛍光物質のいずれか一方がFRETのエネルギー・ドナーと成り、他方が当該FRETのエネルギー・アクセプターと成る。単独で存在している第1核酸プローブ等の核酸プローブからは、当該核酸プローブを標識する蛍光物質から放出される蛍光が検出される。これに対して、会合体には蛍光性2本鎖核酸結合物質が結合するため、会合体からは、FRETにより放出される蛍光が検出される結果、単独で存在している核酸プローブとは区別して検出することができる。
【0055】
2本鎖構造に特異的に結合する蛍光性2本鎖核酸結合物質としては、蛍光性インターカレーターや、蛍光物質を結合させたグルーブバインダー等が挙げられる。なお、会合体の塩基対の間に入り込む蛍光性インターカレーターの量が多すぎる場合には、FRETにより放出される蛍光を検出する際のバックグラウンドが高くなりすぎ、検出精度に影響を与える可能性がある。このため、会合体中の2本鎖を形成している領域が、400bp以下となるように、核酸プローブを設計することが好ましい。
【0056】
その他、本実施形態は、2本以上の核酸プローブを用いて、標的核酸分子を検出することもできる。例えば、2本の核酸プローブは、標的核酸分子に対して互いに隣接する状態で特異的にハイブリダイズするように設計する。特異的にハイブリダイズした2本の核酸プローブは、一方の核酸プローブを蛍光物質で標識し、他方の核酸プローブを一方の核酸プローブを標識している蛍光物質との間でFRETが起こる蛍光物質もしくは消光物質により標識する。2本の核酸プローブをそれぞれ標識することによって、核酸プローブを含む会合体を、単独で存在している核酸プローブと区別して検出することができる。すなわち、標的核酸分子に、2本の核酸プローブが互いに隣接してハイブリダイズするため、これら3者からなる会合体ではFRETが起こる。このため、当該FRETにより放出される蛍光を検出することにより、核酸プローブを含む会合体を検出することができる。
【0057】
本実施形態の核酸分子の検出方法は、具体的には、下記の工程(a)〜(c)を有し、下記工程(c)の前に、下記試料溶液からタンパク質を除去する工程、又は下記工程(a)の前に、下記生体試料からタンパク質を除去する工程、を有する:
(a)標的核酸分子(解析対象の核酸分子)と特異的にハイブリダイズする核酸プローブと、生体試料とを含む試料溶液を調製する工程。
(b)前記工程(a)において調製された試料溶液中の核酸分子と前記核酸プローブとを会合させる工程。
(c)前記工程(b)の後、前記工程(a)において調製された試料溶液中の、前記核酸プローブを含む会合体の分子数を算出する工程。
【0058】
まず、工程(a)は、核酸プローブと生体試料とを含む試料溶液を調製する。具体的には、核酸プローブと生体試料を適当な溶媒に添加して、試料溶液が調製される。該溶媒は、以下のような溶媒であれば、特に限定されるものではなく、当該技術分野において一般的に用いられているバッファーの中から、適宜選択して用いることができる。すなわち、溶媒は、核酸プローブによる会合体の形成、及び、走査分子計数法による会合体の検出を阻害しなければよい。該バッファーは、例えば、PBS(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.4)等のリン酸バッファーやトリスバッファー等である。
【0059】
核酸プローブを含む会合体の検出に、2本鎖構造に特異的に結合する蛍光性2本鎖核酸結合物質を用いる場合には、核酸プローブ等と同様に、蛍光性2本鎖核酸結合物質は試料溶液中に添加される。
【0060】
本実施形態において提供される生体試料としては、生体から採取された組織片などが挙げられる。具体的には、血液、リンパ液、骨髄液、腹水、滲出液、羊膜液、喀痰、唾液、精液、胆汁、膵液、尿等の体液、生体から採取された組織片、糞便、腸管洗浄液、肺洗浄液、気管支洗浄液、又は膀胱洗浄液等が挙げられる。また、生体試料は、細胞を分離回収した細胞成分であってもよい。具体的には、生体から採取された後、遠心分離処理、クロマトグラフィー法等により分離回収された細胞成分、組織片の結合組織を分解して細胞をばらばらにした溶液、組織片をばらばらにした後に分離回収された細胞成分等が挙げられる。当該細胞成分としては、血液から分離回収された血漿や血清等が挙げられる。また、生体試料は、生体から採取された組織片をパラフィン包埋した後、作製されたパラフィンブロック又はその切片を脱パラフィンすることによって得られた試料であってもよい。なお、生体からの採取、遠心分離処理、クロマトグラフィー法、パラフィン包埋、及び脱パラフィンは、常法により行うことができる。
【0061】
生体試料は、予め、タンパク質分解酵素処理を行っていてもよい。当該タンパク質分解酵素としては、例えばプロテイナーゼK等が挙げられる。なお、通常、前処理としてタンパク質分解酵素処理を行った場合には、酵素反応後、当該酵素の不活性化処理が行われる。例えば、プロテイナーゼKの場合、一般的には、50〜60℃で30分間〜数時間の酵素反応を行った後、70℃で5〜15分間の不活性化処理が行われる。しかしながら、本実施形態では、当該不活性化処理を省略することができる。
【0062】
次いで、工程(b)では、工程(a)において調製された試料溶液中の核酸分子を会合させる。試料溶液中の核酸分子が二本鎖核酸分子である場合には、会合させる前に、変性させることが好ましい。本実施形態において、「核酸分子を変性させる」とは、塩基対を解離させることを意味する。例えば、1本鎖核酸分子中の互いに相補的な塩基配列によって形成された塩基対を解離させ、分子内構造を解いて1本鎖構造にすることや、2本鎖核酸分子を1本鎖核酸分子とすることを意味する。なお、核酸プローブがPNA等の核酸類似物質を含むオリゴヌクレオチドである場合、核酸分子が二本鎖核酸分子であったとしても、特段の変性処理を行わずとも、当該核酸プローブを含む会合体を形成することができる場合がある。
【0063】
本実施形態は、蛍光物質への影響が比較的小さいことから、高温処理による変性(熱変性)又は低塩濃度処理による変性を行うことが好ましい。特に、操作が簡便であるため、熱変性を行うことが好ましい。具体的には、熱変性は、当該試料溶液を、高温処理をすることにより、当該試料溶液中の核酸分子を変性することができる。一般的には、DNAは90℃で数秒間から2分間程度、保温することによって変性させることができる。また、一般的には、RNAは70℃で数秒間から2分間程度、保温することによって変性させることができる。しかしながら、核酸分子を変性させる温度は、標的核酸分子の塩基の長さ等により変性する温度は千差万別であり、変性することが可能であれば、上記温度に限定されるものではない。一方、低塩濃度処理による変性は、例えば、精製水等により希釈することによって、当該試料溶液の塩濃度が十分に低くなるように調整することによって行うことができる。
【0064】
本実施形態は、必要に応じて変性させた後、前記試料溶液中の核酸分子を会合させる。熱変性を行った場合には、高温処理後、当該試料溶液の温度を、核酸プローブと標的核酸分子とが特異的にハイブリダイズできる温度にまで低下させることにより、当該試料溶液中の核酸分子を適宜会合させることができる。また、低塩濃度処理による変性を行った場合には、塩溶液を添加する等により、当該試料溶液の塩濃度を、核酸プローブと標的核酸分子とが特異的にハイブリダイズできる濃度にまで上昇させることによって、当該試料溶液中の核酸分子を適宜会合させることができる。
【0065】
なお、核酸プローブと標的核酸分子とが特異的にハイブリダイズできる温度は、標的核酸分子と核酸プローブとからなる会合体の融解曲線から求めることができる。融解曲線は、例えば、核酸プローブと標的核酸分子のみを含有する溶液の温度を、高温から低温へと変化させ、当該溶液の吸光度や蛍光強度を測定することにより求めることができる。得られた融解曲線から、変性した核酸プローブと標的核酸分子が会合体を形成し始めた温度から、ほぼ全てが会合体となった温度までの範囲の温度を、核酸プローブと標的核酸分子とが特異的にハイブリダイズできる温度とすることができる。温度に代えて、溶液中の塩濃度を低濃度から高濃度への変化させることによっても、同様にして融解曲線を決定し、核酸プローブと標的核酸分子とが特異的にハイブリダイズできる濃度を求めることができる。
【0066】
核酸プローブと標的核酸分子とが特異的にハイブリダイズできる温度は、一般にはTm値(融解温度)で代用することができる。例えば、汎用されているプライマー/プローブ設計ソフトウェア等を用いることにより、核酸プローブの塩基配列情報から、標的核酸分子とハイブリダイズする領域のTm値(2本鎖DNAの50%が1本鎖DNAに解離する温度)を算出できる。本実施形態においては、好ましくは、試料溶液の温度を、核酸プローブ中の標的核酸分子と相補的な塩基配列を有する領域のTm値±3℃の温度程度まで低下させる。
【0067】
また、非特異的なハイブリダイゼーションを抑制するために、会合体形成させる際に、試料溶液の温度を比較的ゆっくりと低下させることが好ましい。例えば、試料溶液の温度を70℃以上にして核酸分子を変性させた後、当該試料溶液の液温を、0.05℃/秒以上の降温速度で低下させることができる。
【0068】
その他、非特異的なハイブリダイゼーションを抑制するために、工程(c)の前に、予め試料溶液中に、界面活性剤、ホルムアミド、ジメチルスルホキシド、又は尿素等を添加しておくことが好ましい。これらの化合物は、1種のみを添加してもよく、2種類以上を組み合わせて添加してもよい。これらの化合物を添加しておくことにより、比較的低い温度環境下において、非特異的なハイブリダイゼーションを起こりにくくすることができる。これらの化合物は、工程(a)において試料溶液を調製する際に試料溶液に含ませてもよい。また、これらの化合物は、工程(b)の後、工程(c)の前に、試料溶液に添加してもよい。
【0069】
生体試料中に含まれている自家蛍光を有するタンパク質を初めとする様々な夾雑物は、走査分子計数法による測定において、非特異的なシグナルの発生や透過する光路の阻害等の障害の原因となる。本実施形態においては、工程(c)における走査分子計数法による測定を、生体試料由来のタンパク質を除去した状態で行うため、生体試料由来の夾雑物による影響が顕著に抑制され、低濃度の標的核酸分子を精度よく検出することができる。
【0070】
生体試料由来のタンパク質の除去は、工程(c)における走査分子計数法による測定の前に行われていればよい。例えば、本実施形態は、工程(a)において、生体から採取後にタンパク質の除去処理がなされた生体試料を、核酸プローブと混合して試料溶液を調製してもよい。また、工程(a)の後工程(b)の前に、試料溶液に対してタンパク質の除去処理を行ってもよい。また、工程(b)の後工程(c)の前に、試料溶液に対してタンパク質の除去処理を行ってもよい。本実施形態は、試料調製の手間や時間を削減することができるため、以下の場合に、試料溶液に対してタンパク質の除去処理を行うことが好ましく、工程(a)の後工程(b)の前の試料溶液に対してタンパク質の除去処理を行うことがより好ましい:
・ 工程(a)の後工程(b)の前の場合。
・ 工程(b)の後工程(c)の前の場合。
【0071】
タンパク質の除去処理は、当該技術分野において公知の手法の中から適宜選択して用いることができる。例えば、核酸プローブと混合する前の生体試料、工程(a)において調製された試料溶液、又は工程(b)の後の試料溶液(以下、生体試料等)を、無機支持体に接触させることにより、生体試料等に含まれていた核酸分子を当該無機支持体に吸着させた後、吸着させた核酸分子を無機支持体から溶出させることにより、タンパク質が除去された生体試料等が得られる。
【0072】
当該無機支持体は、核酸分子を吸着することができる公知の無機支持体を用いることができる。また、当該無機支持体の形状は特に限定されるものではなく、粒子状であってもよく、膜状であってもよい。当該無機支持体として、例えば、シリカゲル、シリカ質オキシド、ガラス、珪藻土等のシリカ含有粒子(ビーズ)や、ナイロン、ポリカーボネート、ポリアクリレート、ニトロセルロース等の多孔質膜等がある。吸着させた核酸分子を無機支持体から溶出させる溶媒は、これらの公知の無機支持体から核酸分子を溶出するために通常用いられている溶媒を適宜用いることができる。当該溶出用溶媒としては、特に精製水であることが好ましい。なお、核酸分子を吸着させた無機支持体を適当な洗浄バッファーを用いて洗浄した後に、当該無機支持体から核酸分子を溶出させることが好ましい。
【0073】
本実施形態においては、タンパク質の除去処理を行う前に、生体試料等に含まれているタンパク質を変性させてもよい。タンパク質の変性は、公知の手法で行うことができる。例えば、生体試料等にカオトロピック塩、有機溶媒、界面活性剤等の、通常タンパク質の変性剤として用いられている化合物を添加することにより、生体試料等中のタンパク質が変性できる。生体試料等にカオトロピック塩、有機溶媒、界面活性剤等を添加する場合には、1種類の化合物が添加されてもよく、2種類以上の化合物が添加されてもよい。生体試料等に含有させることができるカオトロピック塩として、例えば、塩酸グアニジン、グアニジンイソチオシアネート、ヨウ化ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、及びトリクロロ酢酸ナトリウム等が挙げられる。生体試料等に含有させることができる界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤であることが好ましい。該非イオン性界面活性剤として、例えば、Tween80、CHAPS(3−[3−コラミドプロピルジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート)、Triton X−100、Tween20等がある。生体試料等に含有させることができる有機溶媒としては、フェノールであることが好ましい。フェノールは中性であってもよく、酸性であってもよい。酸性のフェノールを用いた場合には、DNAよりもRNAを選択的に水層に抽出することができる。
【0074】
変性させたタンパク質は、例えば、遠心分離により、変性タンパク質を沈殿させて上清のみを回収することにより除去することができる。また、クロロホルムを添加し、ボルテックス等により充分に攪拌混合させた後に遠心分離を行い、変性タンパク質を沈殿させて上清のみを回収することにより、単に遠心分離を行う場合よりも、より完全に変性タンパク質が除去できる。得られた上清を前記無機支持体にさらに接触させ、さらにタンパク質除去処理が行われてもよい。
【0075】
その他、生体試料が血漿や血清等のように、比較的タンパク質含有量が少ない生体試料である場合には、タンパク質除去剤を用いてタンパク質を凝集させた後、固液分離処理によって液体成分を回収することによって、タンパク質を除去することができる。具体的には、生体試料にタンパク質除去剤を添加した後、攪拌もしくは静置することによってタンパク質を凝集させた後、遠心分離処理を行い、上清が回収される。タンパク質除去剤としては、例えば、イオン交換樹脂等のタンパク質に対して親和性の高い物質を用いることができる。
【0076】
その後、本実施形態は、工程(c)として、試料溶液中の、核酸プローブを含む会合体の分子数を、走査分子計数法により算出する。具体的には、会合体を形成させた後の試料溶液を、前記走査分子計数法のための光分析装置に設置し、前記手法により、会合体から放出される蛍光を検出し解析することにより、会合体の分子数が算出される。算出された会合体の分子数が、測定試料中に含まれている標的核酸分子の数である。すなわち、当該会合体を検出することにより、標的核酸分子が検出できる。
【実施例】
【0077】
次に実施例等を示して本発明の実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明の実施形態は以下の実施例等に限定されるものではない。
【0078】
[試験例1]
試験例1は、一本鎖の標的核酸分子及び核酸プローブとして、人工的に合成したオリゴヌクレオチドを用い、これらをウマ全血又はウマ血漿に添加した試料を、生体試料の摸擬試料とし、当該摸擬生体試料中の標的核酸分子を走査分子計数法により検出した。
測定に用いた標的核酸分子A及び核酸プローブAの塩基配列を表1に示す。核酸プローブAは分子ビーコンプローブである。下線が付された塩基は、分子内構造体を形成する際に互いにハイブリダイズする領域である。
【0079】
【表1】
【0080】
<試料溶液の調製>
試験例1は、標的核酸分子A及び核酸プローブAを、それぞれ50pMとなるようにトリスバッファー(10mM Tris−HCl、1mM EDTA、100mM NaCl、pH8.0)中で混合することにより、50pM核酸プローブ溶液を調製した。また、標的核酸分子A及び核酸プローブAを、それぞれ5pMとなるように前記トリスバッファー中で混合することにより、5pM核酸プローブ溶液を調製した。得られた核酸プローブ溶液を、95℃で10分間、70℃で10分間、60℃で10分間、50℃で10分間、20℃で10分間のアニーリング処理し、標的核酸分子Aと核酸プローブAとからなる会合体を形成した。
一方で、50μlのウマ全血又は50μlのウマ血漿から、核酸抽出キット(製品名:QIAamp DNA Micro kit、QIAGEN社製)を用いて核酸抽出液を調製した。当該核酸抽出液は、本発明の実施形態におけるタンパク質除去処理後の生体試料に相当する。また、核酸抽出キットによる処理前のウマ全血又はウマ血漿は、タンパク質除去処理前の生体試料に相当する。
調製された核酸抽出液に、それぞれ50μlずつ、アニーリング処理後の50pM核酸プローブ溶液又は5pM核酸プローブ溶液を添加し、試料溶液を調製した(試料調製(+))。また、50μlのウマ全血及び50μlのウマ血漿に、それぞれ50μlずつ、アニーリング処理後の50pM核酸プローブ溶液又は5pM核酸プローブ溶液を添加し、試料溶液を調製した(試料調製(−))。さらに、対照として、50μlの前記トリスバッファーに、それぞれ50μlずつ、アニーリング処理後の50pM核酸プローブ溶液又は5pM核酸プローブ溶液を添加し、試料溶液を調製した(Control)。
【0081】
<走査分子計数法による計数>
試験例1は、各試料溶液中の標的核酸分子A及び核酸プローブAからなる会合体の分子数を、走査分子計数法により計数した。具体的には、計測においては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用い、上記の各試料溶液について、時系列のフォトンカウントデータを取得した。その際、励起光は、543nmのレーザ光を用いて、回転速度6,000rpm、300μWで照射する。また、検出光波長は、バンドパスフィルターを用いて560〜620nmとした。アバランシェフォトダイオードから得られるシグナルは、BINTIMEを10μ秒とし、測定時間は、2秒間とした。
測定によって得られた時系列データをSavinzky−Golayのアルゴリズムでスムージングした後、微分によりピークが検出された。ピークとみなされた領域のうち、ガウス関数に近似できる領域は、シグナルとして抽出される。
【0082】
計数結果を
図8及び表2に示す。
図8中、各濃度は、各試料溶液中の標的核酸分子Aの濃度を示す。生体試料を添加していない試料溶液(Control)において計数されたピーク数が、生体試料由来の夾雑物による影響を受けていない信頼性の高い計数結果である。タンパク質除去処理を行わなかった生体試料を添加した試料溶液(試料調製(−))の場合には、血液と血漿の両方において、試料溶液中の標的核酸分子の数とは無関係に、試料溶液(Control)よりも顕著にピーク数が多かった。これは、生体試料中の夾雑物により、走査分子計数法による測定で非特異的なシグナルが発生し、ピークが増加したためと考えられる。これに対して、タンパク質除去処理を行った生体試料を添加した試料溶液(試料調製(+))の場合には、生体試料を添加していない試料溶液(Control)と同程度のピーク数が計数された。これらの結果から、走査分子計数法による測定で非特異的なシグナルの発生原因と成る可能性がある生体試料由来の夾雑物は、予めタンパク質除去処理を行うことにより除くことができ、より正確な測定が可能になったことが示唆される。
【0083】
【表2】
【0084】
[実施例1]
実施例1においては、蛍光標識されたプライマーと非標識のプライマーを用いてPCRにより得られたPCR産物のうち、非標識のプライマーから伸長した一本鎖核酸分子を標的核酸とした。蛍光標識されたプライマーから伸長した一本鎖核酸分子を核酸プローブとした。これらをパラフィン包埋組織切片から脱パラフィン処理により得られた生体試料に添加したものを擬似生体試料とし、当該擬似生体試料中の標的核酸分子を走査分子計数法により検出した。
【0085】
<標的核酸分子B及び核酸プローブBの調製>
実施例1においては、プラスミドpUC19(タカラバイオ社製)を鋳型とし、TAMRA標識のオリゴヌクレオチドプライマー、蛍光物質で標識されていないオリゴヌクレオチドプライマー、及びPCRキット(製品名:AmpliTaq Gold、Applied Biosystems社製)を用いて、800bpの鎖長からなるPCR産物を調製した。Wizard SV Gel and PCR Clean−Up System(Promega社製)を用いて、当該PCR産物から未反応のオリゴヌクレオチドプライマーを除去した後、電気泳動装置Bioanalyzer(Agilent社製)を用いた電気泳動により、PCR産物の有無及び濃度を測定した。トリスバッファー(10mM Tris−HCl、1mM EDTA、100mM NaCl、pH8.0)を用いて、当該PCR産物の濃度が2pM、20pM、又は200pMとなるように調整したPCR産物溶液をそれぞれ調製した。なお、当該PCR産物を構成する2本の1本鎖核酸分子のうち、蛍光標識されている核酸分子を核酸プローブBとした。また、蛍光標識されていない核酸分子を標的核酸分子Bとした。
【0086】
<試料溶液の調製>
実施例1においては、ラット肝臓及び腎臓の4%ホルマリン固定パラフィン包埋組織切片を、キシレンによる脱パラフィンした後、プロテイナーゼKを添加し、56℃で10分間酵素反応処理を行った。酵素反応処理後の溶液は、プロテイナーゼK処理済生体試料溶液とした。
プロテイナーゼK処理済生体試料溶液と、各濃度のPCR産物溶液又は前記トリスバッファーとを等量ずつ添加し、PCR産物濃度が0、1、10、及び100pMの試料溶液をそれぞれ調製した(タンパク質除去処理無し)。各試料溶液は、さらに、95℃で10分間、55℃で10分間、その後室温に維持することにより、アニーリング処理を行った。
一方で、プロテイナーゼK処理済生体試料溶液をさらに70℃で10分間処理した後、等量のPCR産物溶液又は前記トリスバッファーをそれぞれ添加し、PCR産物濃度が0、1、10、及び100pMの試料溶液をそれぞれ調製した。各試料溶液に対しては、さらに、試料溶液(タンパク質除去処理無し)と同様にアニーリング処理を行った。その後、核酸精製キット(製品名:MinElute PCR purification kit、QIAGEN社製)を用いて、前記アニーリング処理した試料溶液を精製し、得られた核酸抽出液を測定試料とした(タンパク質除去処理あり1)。
また、70℃で10分間の処理を行うことなく、プロテイナーゼK処理済生体試料溶液と、各濃度のPCR産物溶液又は前記トリスバッファーとを等量ずつ添加し、PCR産物濃度が0、1、10、及び100pMの試料溶液をそれぞれ調製した。各試料溶液に対しては、さらに、試料溶液(タンパク質除去処理あり1)と同様にして、アニーリング処理を行った後、核酸精製キットを用いて精製し、得られた核酸抽出液を測定試料とした(タンパク質除去処理あり2)。
対照として、各濃度のPCR産物溶液と前記トリスバッファーとを等量ずつ添加し、PCR産物濃度が0、1、10、及び100pMの試料溶液をそれぞれ調製した(Control)。各試料溶液に対しては、さらに、試料溶液(タンパク質除去処理無し)と同様にアニーリング処理を行った。
【0087】
<走査分子計数法による計数>
実施例1においては、試験例1と同様にして、走査分子計数法により、上記の各試料溶液中に存在する標的核酸分子Bと核酸プローブBからなる会合体の数を計数した。
計数結果を
図9及び表3に示す。さらに、
図9において、各試料溶液における標的核酸分子の濃度と、計数されたピーク数の関係の近似直線を表4に示す。生体試料を添加していない試料溶液(Control)において計数されたピーク数が、生体試料由来の夾雑物による影響を受けていない信頼性の高い計数結果である。試料溶液(タンパク質除去処理無し)では、試料溶液(Control)と比べて極端な高値を示した。また、試料溶液中の標的核酸分子の濃度と検出されるピーク数との関係は、試料溶液(Control)と比較して、著しく直線性が失われていた。一方で、試料溶液(タンパク質除去処理あり1)及び試料溶液(タンパク質除去処理あり2)は、いずれも試料溶液(Control)とほぼ同等のピーク数が検出されており、いずれも測定試料中の標的核酸分子を定量的に精度よく検出できることが示された。特に、プロテイナーゼK処理後の酵素失活処理を省略した試料溶液(タンパク質除去処理あり2)は、試料溶液(タンパク質除去処理あり1)と同様に精度よく標的核酸分子を検出できることから、本発明の実施形態の核酸分子の検出方法により、酵素の失活処理等を省略した場合であっても、走査分子計数法による計測ができることは明らかである。
【0088】
【表3】
【0089】
【表4】
【0090】
[実施例2]
実施例2においては、蛍光標識されたプライマーと非標識のプライマーを用いてPCRにより得られたPCR産物のうち、非標識のプライマーから伸長した一本鎖核酸分子を標的核酸とした。蛍光標識されたプライマーから伸長した一本鎖核酸分子を核酸プローブとした。これらをウマ血漿に添加した試料を擬似生体試料とし、当該擬似生体試料中の標的核酸分子を走査分子計数法により検出した。
【0091】
<標的核酸分子C及び核酸プローブCの調製>
実施例2においては、プラスミドpUC19(タカラバイオ社製)を鋳型とし、ATTO647N標識のオリゴヌクレオチドプライマー、蛍光物質で標識されていないオリゴヌクレオチドプライマー、及びPCRキット(製品名:AmpliTaq Gold、Applied Biosystems社製)を用いて、800bpの鎖長からなるPCR産物を調製した。Wizard SV Gel and PCR Clean−Up System(Promega社製)を用いて、当該PCR産物から未反応のオリゴヌクレオチドプライマーを除去した後、電気泳動装置Bioanalyzer(Agilent社製)を用いた電気泳動により、PCR産物の有無及び濃度を測定した。トリスバッファー(10mM Tris−HCl、1mM EDTA、100mM NaCl、pH8.0)を用いて、当該PCR産物の濃度が2pM、20pM、又は200pMとなるように調整したPCR産物溶液をそれぞれ調製した。なお、当該PCR産物を構成する2本の1本鎖核酸分子のうち、蛍光標識されている核酸分子を核酸プローブCとした。また、蛍光標識されていない核酸分子を標的核酸分子Cとした。
【0092】
<試料溶液の調製>
実施例2においては、1.5mlのチューブに、ウマ血漿と、実施例1で調製した2pM、20pM、又は200pMのPCR産物溶液又は前記トリスバッファーとを等量ずつ添加し、PCR産物濃度が0、1、10、及び100pMである試料溶液100μlを、2本ずつそれぞれ調製した。
2本ずつ調製した試料溶液のうち、1本にはタンパク質除去剤(製品名:BindPro(登録商標)、Biotech Support Group社製)を200μl加え、懸濁させた。一方には、PBS(pH7.2)を200μl加え、懸濁させた。その後、各試料溶液を10分間静置した後、16,000×gで5分間遠心分離処理を行い、上清を分取した。
【0093】
<走査分子計数法による計数>
実施例2においては、励起光として633nmのレーザ光を用い、検出光波長を、バンドパスフィルターを用いて660〜710nmとした以外は、試験例1と同様にして、走査分子計数法により、上記の各上清中に存在する標的核酸分子Cと核酸プローブCからなる会合体の数を計数した。
計数結果を
図10及び表5に示す。
図10中、「除去なし」はタンパク質除去剤に代えてPBSを添加した試料溶液の結果(タンパク質除去処理無し)を示す。また、
図10中、「除去あり」はタンパク質除去剤を添加した試料溶液の結果(タンパク質除去処理あり)を示す。
また、
図10中、濃度は、各試料溶液中の標的核酸分子の濃度を示す。この結果、タンパク質除去処理を行わなかった試料溶液では、標的核酸分子の濃度に関わらず、いずれも顕著にピーク数が多かった。これに対して、タンパク質除去処理を行った試料溶液では、標的核酸分子の濃度が0pMの場合にはほとんどピークが検出されず、かつ、1〜100pMにおいて、標的核酸分子の濃度に依存したピーク数の増加が確認された。これらの結果から、走査分子計数法による測定の前に、生体試料由来のタンパク質の除去処理を行うことにより、非特異的なシグナルが消失し、標的核酸分子を精度よく検出できることが明らかである。
【0094】
【表5】