(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記光検出領域の位置を移動する工程に於いて、前記光検出領域の位置が、前記発光プローブと結合した標的粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動される請求項1〜5のいずれか一項に記載の標的粒子の計数方法。
前記検出された光から、個々の発光プローブと結合した標的粒子からの光信号を検出して、前記発光プローブと結合した標的粒子を個別に検出する工程に於いて、検出された時系列の光信号の形状に基づいて、1つの発光プローブと結合した標的粒子が前記光検出領域に入ったことが検出される請求項1〜6のいずれか一項に記載の標的粒子の計数方法。
前記発光プローブが、互いに近接しているときに蛍光エネルギー移動現象を発生するエネルギー・ドナー部位とエネルギー・アクセプター部位とを有し、且つ、前記発光プローブが前記粒子に結合した状態と、前記発光プローブが前記粒子に結合していない状態と、の間で前記エネルギー・ドナー部位と前記エネルギー・アクセプター部位との距離が異なり、
前記発光プローブが前記標的粒子に結合した状態と、前記発光プローブが単独で存在している状態と、で、前記発光プローブから放出される光の発光特性が異なる請求項1〜7のいずれか一項に記載の標的粒子の計数方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のFCS、FIDA、PCHなどの光分析技術では、概して述べれば、計測された蛍光強度の時間的なゆらぎの大きさが統計的処理により算出され、そのゆらぎの大きさに基づいて試料溶液中の微小領域内に出入りする蛍光分子等の種々の特性が決定される。従って、上記の光分析技術に於いて有意な結果を得るためには、試料溶液中の観測対象である蛍光分子等の濃度又は数密度は、平衡状態に於いて、秒オーダーの長さの一回の計測時間のうちに統計的処理が可能な数の蛍光分子等が微小領域内を入出するように、好適には、微小領域内に常に一個程度の蛍光分子等が存在しているように調製されていることが好ましい(典型的には、コンフォーカル・ボリュームの体積は、1fL程度であるので、蛍光分子等の濃度は、1nM程度若しくはそれ以上であることが好ましい。)。換言すれば、試料溶液中の観測対象粒子の濃度又は数密度が統計的処理の可能な程度よりも大幅に下回るとき(例えば、1nMを大幅に下回るとき)には、観測対象物が微小領域内に計測時間のうちに稀にしか進入しない状態が発生する。すると、蛍光強度の計測結果に於いて、観測対象物が微小領域内に全く存在していない状態が長期間に亘って含まれると共に、有意な蛍光強度の観測量が少なくなる。その結果、上記のような蛍光強度の統計的なゆらぎに基づく光分析技術では、有意な又は精度の良い分析結果を得ることが難しい。
【0008】
特許文献5、6に記載された、共焦点顕微鏡の光学系を用いた蛍光性物質の検出方法では、上記のような蛍光強度のゆらぎに関する統計的処理を行うことなく、数秒間に亘る計測時間に於ける有意な強度の蛍光信号の発生の有無により、試料中に於ける観測対象である蛍光分子等の有無が特定でき、有意な強度の蛍光信号の頻度と試料中の蛍光分子等の粒子数とに相関が得られることが開示されている。特に、特許文献6では、試料溶液中を攪拌するランダムな流れを発生させると、検出感度が向上することが示唆されている。しかしながら、これらの方法に於いても、拡散により又はランダムな流れにより確率的に微小領域内に進入する蛍光分子等の存在を検出することに留まっている。すなわち、微小領域内の蛍光分子等の粒子の振る舞いを把握することができず、例えば、粒子のカウンティングや粒子の濃度又は数密度を定量的に算出する技術は開示されていない。また、特許文献7に記載された技術は、フローサイトメータに於けるフロー中の蛍光微粒子又は基板上に固定された蛍光微粒子の存在を個別に検出する技術であり、試料溶液中に通常の状態にて溶解又は分散している分子やコロイドなどの粒子、即ち、試料溶液中にてランダムに運動している粒子の検出を行うための技術ではない。すなわち、試料溶液中に溶解又は分散した粒子の濃度又は数密度を定量的に算出する技術は開示されていない。また、特許文献7の技術は、フローサイトメータに於ける計測或いは基板上への蛍光粒子の固定化処理といった過程を含む。そのため、検査に必要な試料量は、FCS、FIDA、PCHなどの光分析技術の場合に比して大幅に多くなるとともに、実施者に於いて複雑で高度な操作技術が要求される。
【0009】
かくして、本発明は、FCS、FIDA、PCHなどの光分析技術にて実行されているような、統計的処理を含まず、観測対象粒子の濃度又は数密度が上記の光分析技術で取り扱われるレベルよりも低い試料溶液中の観測対象粒子の状態又は特性を検出することが可能な新規な光分析技術により、試料溶液中にて分散しランダムに運動する標的粒子を、より短時間の測定時間で検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
ここで、試料溶液中にて分散しランダムに運動する粒子を、この粒子と結合した発光プローブから放出される光を指標として間接的に検出する場合において、発光プローブと結合した粒子の検出を、走査分子計数法を用いて行うことにより、試料溶液中の観測対象の粒子の濃度が、FCS等の従来の光分析技術により検出される場合よりも低い場合であっても、感度よく発光プローブと結合した粒子を検出することができることが見出された。さらには、走査分子計数法による測定の前に、予め試料溶液中の観測対象粒子の濃度を高めておくことにより、より短時間の測定時間で標的粒子を検出し得ることが見出された。
ここで、走査分子計数法は、特願2010−044714に於いて提案されている新規な光分析技術である。
【0011】
本発明の第一の態様によれば、標的粒子の
計数方法は、
標的粒子に結合した状態と単独で存在している状態とで放出される光の発光特性が異なる発光プローブを用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する粒子を
計数する方法であって、
(a)被検試料を、前記被検試料中の標的粒子の濃度を高めるように、濃縮する工程と、
(b)前記工程(a)において濃縮された被検試料と、前記標的粒子に結合する発光プローブとを含む試料溶液を調製し、前記試料溶液中で、前記標的粒子と前記発光プローブとを結合させる工程と、
(c)前記工程(b)において調製された試料溶液中に存在する、発光プローブと結合した標的粒子の数を計数する工程と、
を有し
、
前記工程(c)における発光プローブと結合した標的粒子の数の計数は、
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて、前記試料溶液内において前記光学系の光検出領域の位置を移動する工程と、
前記試料溶液内において前記光学系の光検出領域の位置を移動させながら、前記光検出領域中の前記標的粒子と結合した状態の前記発光プローブから放出される光信号を検出して、発光プローブと結合した標的粒子を個別に検出する工程と、
前記個別に検出された発光プローブと結合した標的粒子の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記標的粒子の数を計数する工程と、
により行われ
、
前記光検出領域中の前記標的粒子と結合した状態の前記発光プローブから放出される光信号の検出及び前記発光プローブと結合した標的粒子の検出を、
検出された光の時系列の光強度データを生成し、生成された時系列光信号データに対してスムージング処理をした後に時間についての一次微分値を演算してピーク存在領域を特定し、前記特定されたピーク存在領域におけるスムージングされた時系列光信号データに対して釣鐘型関数のフィッティングを行い、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの発光プローブと結合した標的粒子に対応する光信号おいて想定される範囲内にあると判定された信号を、一つの発光プローブと結合した標的粒子に対応する信号であると判定することによって、一つの発光プローブと結合した標的粒子を検出することにより行う。
【0012】
本発明の第二の態様によれば、本発明の第一の態様に係る標的粒子の
計数方法において、前記工程(c)における試料溶液中の標的粒子の数密度が、前記光検出領域の体積(Vd)当たり1分子以下である。
【0013】
本発明の第三の態様によれば、本発明の第一の態様又は第二の態様のいずれかの態様に係る標的粒子の
計数方法において、前記標的粒子が核酸分子であり、前記工程(a)が、前記被検試料から核酸分子を精製し、濃縮する工程である。
【0014】
本発明の第四の態様によれば、本発明の第一の態様又は第二の態様のいずれかの態様に係る標的粒子の
計数方法において、前記工程(a)が、前記被検試料から、標的粒子を特異的に回収し、濃縮する工程である。
【0015】
本発明の第五の態様によれば、本発明の第一の態様から第四の態様のいずれかの態様に係る標的粒子の
計数方法において、前記光検出領域の位置を移動する工程に於いて、前記光検出領域の位置が所定の速度にて移動される。
【0016】
本発明の第六の態様によれば、本発明の第一の態様から第五の態様のいずれかの態様に係る標的粒子の
計数方法において、前記光検出領域の位置を移動する工程に於いて、前記光検出領域の位置が、前記発光プローブと結合した標的粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動される。
【0017】
本発明の第七の態様によれば、本発明の第一の態様から第六の態様のいずれかの態様に係る標的粒子の
計数方法において、前記検出された光から個々の発光プローブと結合した標的粒子からの光信号を検出して、前記発光プローブと結合した標的粒子を個別に検出する工程に於いて、検出された時系列の光信号の形状に基づいて、1つの発光プローブと結合した標的粒子が前記光検出領域に入ったことが検出される。
【0018】
本発明の第八の態様によれば、本発明の第一の態様から第七の態様のいずれかの態様に係る標的粒子の
計数方法において、前記発光プローブが、互いに近接しているときに蛍光エネルギー移動現象を発生するエネルギー・ドナー部位とエネルギー・アクセプター部位とを有し、且つ、前記発光プローブが前記粒子に結合した状態と、前記発光プローブが前記粒子に結合していない状態と、の間で前記エネルギー・ドナー部位と前記エネルギー・アクセプター部位との距離が異なり、前記発光プローブが前記標的粒子に結合した状態と、前記発光プローブが単独で存在している状態と、で、前記発光プローブから放出される光の発光特性が異なる。
【0019】
本発明の第九の態様によれば、本発明の第一の態様から第八の態様のいずれかの態様に係る標的粒子の
計数方法において、前記標的粒子が核酸分子であり、前記発光プローブが、前記標的粒子と特異的にハイブリダイズし、且つ、前記標的粒子が、蛍光エネルギー移動現象におけるエネルギー・ドナーを構成する蛍光物質及びエネルギー・アクセプターを構成する物質の少なくとも一つが結合している1本鎖核酸分子である。
【0020】
本発明の第十の態様によれば、標的粒子の検出方法は、
標的粒子に結合した状態と単独で存在している状態とで放出される光の発光特性が異なる発光プローブを用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する粒子を
計数する方法であって、
(a’)被検試料と標的粒子に結合する発光プローブとを含む試料溶液を調製する工程と、
(b’)前記工程(a’)において調製された試料溶液中で、前記標的粒子と前記発光プローブとを結合させる工程と、
(c’)前記工程(b’)において調製された試料溶液中に存在する、発光プローブと結合した標的粒子の数を計数する工程と、
を有し
、
前記工程(c’)における発光プローブと結合した標的粒子の数の計数は、
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて、前記試料溶液内において前記光学系の光検出領域の位置を移動する工程と、
前記試料溶液内において前記光学系の光検出領域の位置を移動させながら、前記光検出領域中の前記標的粒子と結合した状態の前記発光プローブから放出される光信号を検出して、発光プローブと結合した標的粒子を個別に検出する工程と、
前記個別に検出された発光プローブと結合した標的粒子の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記標的粒子の数を計数する工程と、により行われ、
前記光検出領域中の前記標的粒子と結合した状態の前記発光プローブから放出される光信号の検出及び前記発光プローブと結合した標的粒子の検出を、
検出された光の時系列の光強度データを生成し、生成された時系列光信号データに対してスムージング処理をした後に時間についての一次微分値を演算してピーク存在領域を特定し、前記特定されたピーク存在領域におけるスムージングされた時系列光信号データに対して釣鐘型関数のフィッティングを行い、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの発光プローブと結合した標的粒子に対応する光信号おいて想定される範囲内にあると判定された信号を、一つの発光プローブと結合した標的粒子に対応する信号であると判定することによって、一つの発光プローブと結合した標的粒子を検出することにより行い、
前記工程(a’)の後又は前記工程(b’)の後に、前記試料溶液中の標的粒子の濃度を高めるように、濃縮処理が行われる。
【発明の効果】
【0021】
上記の標的粒子の検出方法において用いられる走査分子計数法では、蛍光強度のゆらぎを算出するような統計的処理が実行されない。そのため、上記の標的粒子の検出方法により、解析対象である標的粒子が、FCS等の従来の光分析技術によっては検出不可能なほど微量にしか試料中に存在していない場合であっても、試料中の前記標的粒子を検出することができる。さらに、上記の標的粒子の検出方法では、走査分子計数法による測定の前に、濃縮処理により試料溶液中の標的粒子の濃度が高められるため、濃縮処理が行われない場合よりも、より短時間の測定時間で標的粒子を検出することができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
まず、走査分子計数法について説明する。走査分子計数法は、微小領域により試料溶液内を走査しながら、試料溶液中に分散してランダムに運動する光を発する粒子(以下、「発光粒子」と称する。)が微小領域内を横切るときに、微小領域中の発光粒子から発せられる光を検出し、試料溶液中の発光粒子の一つ一つを個別に検出して、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度に関する情報を取得する技術である。走査分子計数法では、FIDA等のような光分析技術と同様に、測定に必要な試料が微量(例えば、数十μL程度)でもよい。また、走査分子計数法では、測定時間が短く、しかも、FIDA等の光分析技術の場合に比して、より低い濃度又は数密度の発光粒子について、その濃度又は数密度等の特性を定量的に検出することができる。
【0024】
なお、発光粒子は、蛍光、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する粒子を意味する。本発明の標的粒子の定量方法においては、標的粒子と発光プローブとが結合した粒子が、発光粒子である。
【0025】
本発明及び本願明細書において、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、それらの顕微鏡において光が検出される微小領域である。対物レンズから照明光が照射される場合には、その照明光が集光された領域が微小領域に相当する。なお、この微小領域は、共焦点顕微鏡においては、特に対物レンズとピンホールとの位置関係により確定される。
【0026】
試料溶液内において光検出領域の位置を移動させながら、即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、逐次的に、光の検出が行われる。そうすると、移動する光検出領域が、ランダムに運動している粒子に結合又は会合した発光プローブを包含したときには、発光プローブからの光が検出される。その結果、一つの粒子の存在が検出される(実験の態様によっては、発光プローブは、一旦、検出したい粒子(標的粒子)と結合した後、光の検出時には、検出したい粒子から解離している場合もあり得る。)。そして、逐次的に検出された光において発光プローブからの光信号が個別に検出されて、これにより、粒子(発光プローブと結合した粒子)の存在が一つずつ個別に逐次的に検出され、粒子の溶液内での状態に関する種々の情報が取得される。具体的には、例えば、上記の構成において、個別に検出された粒子を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された粒子の数が計数されてもよい(粒子のカウンティング)。上記構成によれば、粒子の数と光検出領域の位置の移動量とを組み合わせることにより、試料溶液中の粒子の数密度又は濃度に関する情報が得られる。特に、任意の手法により、例えば、所定の速度にて光検出領域の位置を移動させて、光検出領域の位置の移動軌跡の全体積を特定すれば、粒子の数密度又は濃度が具体的に算定できる。勿論、絶対的な数密度値又は濃度値が直接的に決定されずに、複数の試料溶液又は濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比が算出されてもよい。また、走査分子計数法においては、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動するよう構成されている。そのため、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液において機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しない。その結果、検出対象となる粒子が力学的な作用の影響を受けることなく安定した状態にて、光の計測を行うことができる。なお、試料溶液中に振動や流れが作用すると、粒子の物性的性質が変化する可能性がある。そして、試料溶液を流通させる構成を備える必要がないので、FCS、FIDA等の場合と同様に微量(1〜数十μL程度)の試料溶液にて計測及び分析を行うことができる。
【0027】
上記の粒子を個別に検出する工程において、逐次的に検出される光信号から、1つの粒子に結合した発光プローブが光検出領域に入ったか否かの判定は、時系列に検出される光信号の形状に基づいて行われてもよい。なお、上記の粒子を個別に検出する工程では、1つの発光プローブが1つの粒子に結合している場合、複数の発光プローブが1つの粒子に結合している場合、及び、実験態様によって1つの粒子に結合した後、粒子から解離した発光プローブである場合も含まれる。実施の形態において、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する光信号が検出されたときに、1つの粒子に結合した発光プローブが光検出領域に入ったと検出されてもよい。
【0028】
また、上記の光検出領域の位置を移動する工程において、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、粒子に結合した発光プローブの特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更されてよい。粒子に結合した発光プローブから検出される光の態様は、その特性又は試料溶液中の数密度又は濃度によって変化し得る。特に、光検出領域の移動速度が速くなると、1つの粒子に結合した発光プローブから得られる光量は低減する。そのため、1つの粒子に結合した発光プローブからの光が精度よく又は感度よく計測されるように、光検出領域の移動速度は、適宜変更されることが好ましい。
【0029】
更に、上記の光検出領域の位置を移動する工程において、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、検出対象となる粒子に結合した発光プローブ(本発明の標的粒子の定量方法においては、標的粒子と結合した状態の発光プローブ)の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。上記に説明されているように、走査分子計数法では、光検出領域が、1つの粒子に結合した発光プローブが存在する位置を通過したときにその発光プローブから発せられる光を検出して、発光プローブを個別に検出する。しかしながら、粒子に結合した発光プローブが溶液中におけるブラウン運動によりランダムに移動して、複数回、光検出領域を出入りする場合には、1つの発光プローブから複数回、光信号(検出したい粒子の存在を表す光信号)が検出される。そのため、検出された光信号と1つの検出したい粒子の存在とを対応させることが困難となる。そこで、上記のように、光検出領域の移動速度を粒子に結合した発光プローブの拡散移動速度よりも高く設定する。具体的には、標的粒子と結合した状態の発光プローブの拡散移動速度よりも速い速度にて移動されるように設定する。これにより、1つの粒子に結合した発光プローブを、1つの光信号(粒子の存在を表す光信号)に対応させることが可能となる。なお、拡散移動速度は、粒子に結合した発光プローブによって変わるので、上記のように、粒子に結合した発光プローブの特性(特に、拡散定数)に応じて、光検出領域の移動速度は適宜変更されることが好ましい。
【0030】
光検出領域の位置の移動のための光学系の光路の変更は、任意の方式で行われてよい。
例えば、レーザ走査型光学顕微鏡において採用されるガルバノミラーを用いて光路を変更して光検出領域の位置を変更してもよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、例えば、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択されてもよい。
【0031】
走査分子計数法では、その光検出機構自体は、FIDA等の光分析技術の場合と同様に、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光検出領域からの光を検出するよう構成されている。そのため、試料溶液の量は、FIDA等の光分析技術の場合と同様に微量でよい。しかしながら、走査分子計数法においては、蛍光強度のゆらぎを算出するといった統計的処理が実行されない。そのため、走査分子計数法の光分析技術は、粒子の数密度又は濃度がFIDA等の光分析技術で必要とされるレベルよりも大幅に低い試料溶液に適用することができる。
【0032】
また、走査分子計数法では、溶液中に分散又は溶解した粒子の各々が個別に検出される。そのため、その情報を用いて、定量的に、粒子のカウンティング、試料溶液中の粒子の濃度又は数密度の算定、又は濃度又は数密度に関する情報の取得を行うことができる。すなわち、走査分子計数法によれば、光検出領域を通過する粒子と検出された光信号とを1対1に対応させて粒子が一つずつ検出されるため、溶液中に分散してランダムに運動する粒子のカウンティングを行うことができる。そのため、従来よりも、精度よく試料溶液中の粒子の濃度又は数密度を決定することができる。実際に、標的粒子と結合した状態の発光プローブを個別に検出しその数を計数して粒子濃度を決定する上記の標的粒子の検出方法によれば、試料溶液中の標的粒子と結合した発光プローブの濃度が、蛍光分光光度計やプレートリーダーにより計測された蛍光強度に基づいて決定可能な濃度よりも更に低い濃度であっても、標的粒子を検出することができる。
【0033】
更に、光学系の光路を変更して試料溶液中を光検出領域で走査する態様によれば、試料溶液に対して機械的振動や流体力学的な作用を与えずに、試料溶液内が一様に観測され、或いは、試料溶液が機械的に安定した状態で観測される。そのため、例えば、試料に流れを発生させる場合に比して、定量的な検出結果の信頼性が向上する。また、試料溶液中の検出対象となる粒子に対して力学的な作用による影響又はアーティファクトが与えられない状態で計測を行うことができる。なお、試料に流れを与える場合には、常に一様な流速を与えることが困難であると共に、装置の構成が複雑となる。また、必要な試料量が大幅に増大すると共に、流れによる流体力学的作用によって溶液中の粒子、発光プローブ若しくは結合体又はその他の物質が変質又は変性する可能性がある。
【0034】
<走査分子計数法のための光分析装置の構成>
走査分子計数法は、
図1Aに模式的に例示されているように、FCS、FIDA等を実行することができる共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせて構成される光分析装置により実現することができる。
図1Aに示すように、光分析装置1は、光学系2〜17と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ18と、から構成される。光分析装置1の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様の構成でよい。光源2から放射されシングルモードファイバー3内を伝播したレーザ光(Ex)が、ファイバーの出射端に於いて固有のNAにて決まった角度で発散する光となって放射される。レーザ光は、コリメーター4によって平行光に変換され、ダイクロイックミラー5、反射ミラー6、7にて反射され、対物レンズ8へ入射する。対物レンズ8の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル10が配列されたマイクロプレート9が配置される。対物レンズ8から出射したレーザ光は、試料容器又はウェル10内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。試料溶液中には、観測対象物である粒子と、このような粒子と結合する発光プローブ、典型的には、蛍光色素等の発光標識が付加された分子が分散又は溶解されている。発光プローブと結合又は会合した粒子(実験の態様によっては、粒子と一旦結合した後に粒子から解離した発光プローブ)が励起領域に進入すると、その間、発光プローブが励起され光が放出される。放出された光(Em)は、対物レンズ8、ダイクロイックミラー5を通過し、ミラー11にて反射してコンデンサーレンズ12にて集光され、ピンホール13を通過し、バリアフィルター14を透過する。この際、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。さらに、放出された光は、マルチモードファイバー15に導入されて、光検出器16に到達し、時系列の電気信号に変換された後、コンピュータ18へ入力される。そして、後に説明される態様にて光分析のための処理が施される。なお、上記の構成に於いて、ピンホール13は、対物レンズ8の焦点位置と共役の位置に配置されている。そのため、
図1Bに模式的に示されているようなレーザ光の焦点領域、即ち、励起領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、励起領域以外からの光は遮断される。
図1Bに例示されたレーザ光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置に於ける光検出領域であり、コンフォーカル・ボリュームと称される(典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス型分布又はローレンツ型分布となる。実効体積は、光強度が1/e2となる面を境界とする略楕円球体の体積である。)。また、走査分子計数法では、1つの粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブからの光、例えば、一個又は数個の蛍光色素分子からの微弱光が検出される。そのため、光検出器16としては、好適には、フォトンカウンティングに使用することができる超高感度の光検出器が用いられる。また、図示しない顕微鏡のステージには、観察するべきウェル10を変更するために、マイクロプレート9の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置17aが設けられていてもよい。ステージ位置変更装置17aの作動は、コンピュータ18により制御されてもよい。上記の構成により、検体が複数在る場合にも、迅速な計測を行うことができる。
【0035】
更に、上記の光分析装置の光学系においては、光学系の光路を変更して試料溶液内を光検出領域により走査する機構、即ち、試料溶液内において焦点領域(光検出領域)の位置を移動するための機構が設けられる。このような光検出領域の位置を移動するための機構としては、例えば、
図1Cに模式的に例示されているように、反射ミラー7の向きを変更するミラー偏向器17が採用されてもよい。このようなミラー偏向器17は、通常のレーザ走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様の構成でもよい。また、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するべく、ミラー偏向器17は、コンピュータ18の制御の下、光検出器16による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい。或いは、光検出領域の位置の移動軌跡は、コンピュータ18におけるプログラムにおいて、種々の移動パターンから選択されてもよい。なお、図示していないが、対物レンズ8を上下に移動することにより、光検出領域の位置が上下方向に移動されてもよい。上記のように、上記の光分析装置は、試料溶液を移動する構成ではなく、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動する構成を備える。そのため、試料溶液内に機械的な振動や流体力学的な作用が実質的に発生せず、観測対象物に対する力学的な作用の影響を排除することができ、安定的な計測を行うことができる。
【0036】
粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが、多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光が放出されるので、ピンホール13は、除去されてよい。また、粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが、化学発光や生物発光現象により励起光によらず発光する場合には、励起光を生成するための光学系2〜5が省略されてよい。粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが、りん光又は散乱により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。更に、光分析装置1においては、図示するように、複数の励起光源2が設けられ、粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブを励起する光の波長によって適宜、励起光の波長が選択できるように構成されてもよい。同様に、複数個光検出器16が設けられ、試料中に波長の異なる複数種の粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが含まれている場合に、それらからの光が波長によって別々に検出されてもよい。
【0037】
<走査分子計数法の光分析技術の原理>
FIDA等の分光分析技術は、従来の生化学的な分析技術に比して、必要な試料量が極めて少なく、且つ、迅速に検査が実行できる点で優れている。しかしながら、FIDA等の分光分析技術では、原理的に、観測対象粒子の濃度や特性は、蛍光強度のゆらぎに基づいて算定される。そのため、精度のよい測定結果を得るためには、試料溶液中の観測対象粒子の濃度又は数密度が、蛍光強度の計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域CV内に存在するレベルであり、計測時間中に常に有意な光強度(フォトンカウント)が検出されることが要求される。もし観測対象粒子の濃度又は数密度がそれよりも低い場合、例えば、観測対象粒子がたまにしか光検出領域CV内へ進入しないレベルである場合には、有意な光強度(フォトンカウント)が、計測時間の一部にしか現れないこととなり、精度のよい光強度のゆらぎの算定が困難となる。また、観測対象粒子の濃度が計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域内に存在するレベルよりも大幅に低い場合には、光強度のゆらぎの演算において、バックグラウンドの影響を受けやすく、演算に十分な量の有意な光強度データを得るために計測時間が長くなる。これに対して、走査分子計数法では、観測対象粒子の濃度がFIDA等の分光分析技術にて要求されるレベルよりも低い場合でも、観測対象粒子の数密度又は濃度等の特性を検出することができる。
【0038】
走査分子計数法の光分析技術では、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構(ミラー偏向器17)を駆動して光路を変更し、
図2A及び
図2Bにて模式的に描かれているように、試料溶液内において光検出領域CVの位置を移動させながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。
そうすると、例えば、
図2A及び
図2Bに示すように、光検出領域CVが移動する間(
図2B中、時間t0〜t2)において1つの粒子(
図2A中、発光プローブとして蛍光色素が結合している。)の存在する領域を通過する際(t1)には、
図2Bに描かれているように有意な光強度(Em)が検出される。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出が実行され、その間に出現する
図2Bに例示されているように、有意な光強度が一つずつ検出されることによって、発光プローブの結合した粒子が個別に検出される。そして、その数がカウントされることにより、計測された領域内に存在する粒子の数、或いは、濃度若しくは数密度に関する情報を取得することができる。このような走査分子計数法の光分析技術の原理においては、蛍光強度のゆらぎの算出のように、統計的な演算処理が行われず、粒子が一つずつ検出される。そのため、FIDA等では十分な精度にて分析することができない程度に、観測されるべき粒子の濃度が低い試料溶液でも、粒子の濃度若しくは数密度に関する情報を取得することができる。
【0039】
また、走査分子計数法のように、試料溶液中の粒子が個別に検出され計数される方法によれば、蛍光分光光度計やプレートリーダーにより計測される蛍光強度から蛍光標識された粒子の濃度を測定する場合よりも、より低い濃度まで測定することができる。蛍光分光光度計やプレートリーダーによって蛍光標識された粒子の濃度を測定する場合、通常、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例すると仮定される。しかしながら、その場合、蛍光標識された粒子の濃度が十分に低くなると、蛍光標識された粒子から発せられた光による信号の量に対するノイズ信号の量が大きくなる(S/N比の悪化)。その結果、蛍光標識された粒子の濃度と光信号量との間の比例関係が崩れ、決定される濃度値の精度が悪化する。他方、走査分子計数法では、検出された光信号から個々の粒子に対応する信号を検出する工程において、検出結果からノイズ信号が排除され、個々の粒子に対応する信号のみを計数して濃度が算出される。そのため、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例するとの仮定の下で濃度を検出する場合よりも低い濃度まで検出することができる。
【0040】
更に、観測対象粒子の1つに複数の発光プローブが結合する場合には、走査分子計数法のように試料溶液中の粒子を個別に検出し計数する方法によれば、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例するとの仮定の下で濃度を決定する従前の方法よりも、粒子濃度の高い側における粒子濃度の測定精度も向上する。観測対象粒子の一つに複数の発光プローブが結合する場合において、或る量の発光プローブが試料溶液に添加されているとき、観測対象粒子の濃度が高くなると、相対的に粒子に結合する発光プローブの数が低減する。その場合、一つの観測対象粒子当たりの蛍光強度が低減するために、蛍光標識された粒子の濃度と光量との間の比例関係が崩れ、決定される濃度値の精度が悪化する。他方、走査分子計数法では、検出された光信号から個々の粒子に対応する信号を検出する工程において、一つの粒子当たりの蛍光強度の低減の影響は少なく、粒子数から濃度が算出されるので、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例するとの仮定の下で濃度を検出する場合よりも高い濃度まで検出することができる。
【0041】
<走査分子計数法による試料溶液の光強度の測定>
走査分子計数法の光分析における光強度の測定は、測定中にミラー偏向器17を駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)を行う他は、FCS又はFIDAにおける光強度の測定工程と同様の態様にて実行されてもよい。操作処理において、典型的には、マイクロプレート9のウェル10に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置した後、使用者がコンピュータ18に対して、測定の開始の指示を入力する。すると、コンピュータ18は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラム(試料溶液内において光検出領域の位置を移動するべく光路を変更する手順と、光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出する手順)に従って、試料溶液内の光検出領域における励起光の照射及び光強度の計測を開始する。このような計測が行われている間、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下において、ミラー偏向器17は、ミラー7(ガルバノミラー)を駆動して、ウェル10内において光検出領域の位置の移動を実行する。同時に光検出器16は、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ18へ送信する。コンピュータ18では、任意の態様にて、送信された光信号から時系列の光強度データが生成されて保存される。なお、典型的には、光検出器16は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器である。そのため、光の検出は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BINTIME)に、例えば、10μ秒毎に光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行されるフォトンカウンティングでよい。また、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータでよい。
【0042】
光強度の計測中の光検出領域の位置の移動速度は、任意の速度でよく、例えば、実験的に又は分析の目的に適合するよう設定された所定の速度でよい。検出された観測対象粒子の数に基づいて、その数密度又は濃度に関する情報を取得する場合には、光検出領域の通過した領域の大きさ又は体積が必要となる。そのため、移動距離が把握される態様にて光検出領域の位置の移動が実行される。なお、計測中の経過時間と光検出領域の位置の移動距離とが比例関係にある方が測定結果を容易に解釈することができるので、移動速度は、基本的に、一定速度であることが好ましい。しかしながら、移動速度は、これに限定されない。
【0043】
ところで、光検出領域の位置の移動速度に関して、計測された時系列の光強度データからの観測対象粒子の個別の検出、或いは、観測対象粒子の数のカウンティングを、定量的に精度よく実行するためには、上記の移動速度は、観測対象粒子(より厳密には、粒子と発光プローブとの結合体又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ、本実施形態においては、発光プローブと結合した標的粒子)のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定されることが好ましい。走査分子計数法の光分析技術の観測対象粒子は、溶液中に分散又は溶解されて自由にランダムに運動する粒子であるので、ブラウン運動によって位置が時間とともに移動する。従って、光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、
図3Aに模式的に描かれているように、粒子が領域内をランダムに移動する。そのため、光強度が
図3Bに描かれているようにランダムに変化する(既に触れた如く、光検出領域の励起光強度は、領域の中心を頂点として外方に向かって低減する。)。その結果、個々の観測対象粒子に対応する有意な光強度の変化を特定することが困難となる。そこで、好適には、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。そうすると、
図4Aに描かれているように、粒子が光検出領域を略直線に横切る。そのため、時系列の光強度データにおいて、
図4Bに例示するように、個々の粒子に対応する光強度の変化のプロファイルが略一様となる(粒子が略直線的に光検出領域を通過する場合には、光強度の変化のプロファイルは、励起光強度分布と略同様となる。)。その結果、個々の観測対象粒子と光強度との対応を容易に特定することができる。
【0044】
具体的には、拡散係数Dを有する観測対象粒子(より厳密には、粒子と発光プローブとの結合体又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)がブラウン運動によって半径Woの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δtは、平均二乗変位の関係式
(2Wo)
2 =6D・Δt …(1)
から、
Δt=(2Wo)
2 /6D …(2)
となる。そのため、観測対象粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2Wo/Δt=3D/Wo …(3)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、かかるVdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されればよい。例えば、観測対象粒子の拡散係数が、D=2.0×10
−10m
2/s程度であると予想される場合には、Woが、0.62μm程度であれば、Vdifは、1.0×10
−3m/sとなる。そのため、光検出領域の位置の移動速度は、その略10倍の15mm/sに設定されればよい。なお、観測対象粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々に設定して、光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
【0045】
<走査分子計数法による光強度の分析>
上記の処理により試料溶液の時系列の光強度データが得られると、コンピュータ18において、記憶装置に記憶されたプログラムに従った処理(検出された光から個々の発光粒子からの光信号を個別に検出する手順)が行われ、下記のような光強度の分析が実行されてよい。
【0046】
(i)一つの観測対象粒子の検出
時系列の光強度データにおいて、一つの観測対象粒子が光検出領域を通過する際の軌跡が、
図4Aに示されている如く略直線状である場合、その粒子に対応する光強度の変化は、
図6Aに模式的に描かれているように、光検出領域の光強度分布を反映したプロファイルを有する。なお、この光検出領域は光学系により決定される。光検出領域の光強度分布を反映したプロファイルは、通常、略釣鐘状を示す。そこで、観測対象粒子の検出の一つの手法では、光強度に対して閾値Ioが設定され、その閾値を超える光強度が継続する時間幅Δτが所定の範囲にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの観測対象粒子の検出が行われる。光強度に対する閾値Io及び時間幅Δτに対する所定の範囲は、光検出領域に対して所定の速度にて相対的に移動する観測対象粒子と発光プローブとの結合体(又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)から発せられる光の強度として想定されるプロファイルに基づいて定められる。なお、具体的な値は、実験的に任意に設定されてよく、また、観測対象粒子と発光プローブとの結合体(又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)の特性によって選択的に決定されてよい。
【0047】
また、観測対象粒子の検出の別の手法では、光検出領域の光強度分布が、
ガウス分布:
I=A・exp(−2t
2 /a
2 ) …(4)
であると仮定できるときには、有意な光強度のプロファイル(バックグラウンドでないと明らかに判断できるプロファイル)に対して式(4)をフィッティングして算出された強度A及び幅aが所定の範囲内にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの観測対象粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの観測対象粒子の検出が行われる。強度A及び幅aが所定の範囲外にあるときには、ノイズ又は異物として分析において無視される。
【0048】
(ii)観測対象粒子のカウンティング
観測対象粒子のカウンティングは、上記の観測対象粒子の検出の手法により検出された粒子の数を、任意の手法により、計数することにより行われる。しかしながら、粒子の数が大きい場合には、例えば、
図5及び
図6Bに例示された処理により行われてもよい。
【0049】
図5及び
図6Bを参照して、時系列の光強度(フォトンカウント)のデータから粒子のカウンティングを行う手法の一つの例では、上記に説明された光強度の測定、即ち、光検出領域による試料溶液内の走査及びフォトンカウンティングを行って時系列光信号データ(フォトンカウントデータ)が取得された後(ステップ100)、この時系列光信号データ(
図6Bの最上段「検出結果(未処理)」)に対して、スムージング(平滑化)処理が行われる(ステップ110、
図6Bの中上段「スムージング」)。粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブの発する光は確率的に放出され、微小な時間においてデータ値の欠落が生じ得る。そのため、このようなスムージング処理によって、前記のようなデータ値の欠落を無視できる。スムージング処理は、例えば、移動平均法により行われてよい。なお、スムージング処理を実行する際のパラメータ、例えば、移動平均法において一度に平均するデータ点数や移動平均の回数など、は、光信号データ取得時の光検出領域の位置の移動速度(走査速度)、BIN TIMEに応じて適宜設定されてよい。
【0050】
次いで、スムージング処理後の時系列光信号データにおいて、有意な信号が存在する時間領域(ピーク存在領域)を検出するために、スムージング処理後の時系列光信号データの時間についての一次微分値が演算される(ステップ120)。時系列光信号データの時間微分値は、
図6Bの中下段「時間微分」に例示されているように、信号値の変化時点における値の変化が大きくなるので、このような時間微分値を参照することによって、有意な信号(ピーク信号)の始点と終点を有利に決定することができる。
【0051】
その後、時系列光信号データ上において、逐次的に、有意な信号(ピーク信号)が検出され、検出されたピーク信号が観測対象粒子に対応する信号であるか否かが判定される。
具体的には、まず、時系列光信号データの時系列の時間微分値データ上にて、逐次的に時間微分値を参照して、一つのピーク信号の始点と終点とが探索され決定され、ピーク存在領域が特定される(ステップ130)。一つのピーク存在領域が特定されると、そのピーク存在領域におけるスムージングされた時系列光信号データに対して、釣鐘型関数のフィッティングが行われ(
図6Bの下段「釣鐘型関数フィッティング」)、釣鐘型関数のピーク強度Imax、ピーク幅(半値全幅)w、フィッティングにおける(最小二乗法の)相関係数等のパラメータが算出される(ステップ140)。なお、フィッティングされる釣鐘型関数は、典型的には、ガウス関数であるが、ローレンツ型関数であってもよい。そして、算出された釣鐘型関数のパラメータが、一つの粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが光検出領域を通過したときに検出される光信号が描く釣鐘型のプロファイルのパラメータについて想定される範囲内にあるか否か、即ち、ピーク強度、ピーク幅、相関係数が、それぞれ、所定範囲内にあるか否か等が判定される(ステップ150)。こうして、
図7左に示されているように、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブに対応する光信号おいて想定される範囲内にあると判定された信号は、一つの観測対象粒子に対応する信号であると判定される。その結果、一つの観測対象粒子が検出された判断され、一つの粒子としてカウントされる(粒子数がカウントアップされる。ステップ160)。一方、
図7の右側に示されているように、算出された釣鐘型関数のパラメータが想定される範囲内に存在しないピーク信号は、ノイズとして無視される。
【0052】
上記のステップ130〜160の処理におけるピーク信号の探索及び判定は、時系列光信号データの全域に渡って繰り返し実行される。そして、一つの観測対象粒子が検出される毎に、粒子としてカウントされる。そして、時系列光信号データの全域のピーク信号の探索が完了すると(ステップ170)、それまで得られた粒子のカウント値が時系列光信号データにおいて検出された観測対象粒子の数とされる。
【0053】
(iii)観測対象粒子の数密度又は濃度の決定
観測対象粒子のカウンティングが行われると、時系列光信号データの取得の間に光検出領域の通過した領域の総体積を用いて、観測対象粒子の数密度又は濃度が決定される。しかしながら、光検出領域の実効体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に依存して変動する。そのため、観測対象粒子の数密度又は濃度を設計値から算定することは、一般に困難である。従って、光検出領域の通過した領域の総体積を算定することも簡単ではない。そこで、典型的には、粒子の濃度が既知の溶液(参照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、粒子の検出及びカウンティングが行われ、検出された粒子の数と参照溶液の粒子の濃度とから、光検出領域の通過した領域の総体積、即ち、観測対象粒子の検出数と濃度との関係が決定されてよい。
参照溶液の粒子としては、好ましくは、観測対象粒子が形成する粒子及び発光プローブ結合体(又は観測対象粒子に結合後遊離した発光プローブ)と同様の発光特性を有する発光標識(蛍光色素等)でよい。具体的には、例えば、粒子の濃度Cの参照溶液について、その粒子の検出数がNであったとすると、光検出領域の通過した領域の総体積Vtは、
Vt=N/C …(5)
により得られる。また、参照溶液として、複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtとして採用されてよい。そして、Vtが与えられると、粒子のカウンティング結果がnの試料溶液の粒子の数密度cは、
c=n/Vt …(6)
により与えられる。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて、例えば、FCS、FIDAを利用して得られてもよい。また、本実施形態の光分析装置は、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な粒子についての濃度Cと粒子の数Nとの関係(式(5))の情報がコンピュータ18の記憶装置に予め記憶され、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるように構成されてよい。
【0054】
<標的粒子の検出方法>
走査分子計数法は、分子が離散的な状況において、発光粒子を一粒子毎に測定することができる測定方法である。そのため、pMオーダー以下の濃度が比較的低い発光粒子に対しても測定を行うことができる。このため、上記の標的粒子の検出方法により、試料溶液中の解析対象の標的粒子の濃度が非常に低い場合であっても、発光プローブと結合した標的粒子を高感度に計数することができる。
【0055】
一方で、走査分子計数法は、走査される共焦点領域(すなわち、光検出領域)中で発光粒子からのシグナルを捕らえることにより検出が行われる上に、検出対象となる発光粒子が離散的に存在している溶液中で検出が行われる。このため、光検出領域に発光粒子を捕らえるまでに多くの時間を必要とする場合がある。特に、極めて希薄な発光粒子を検出する場合、前記光検出領域に充分なシグナルを捕らえるまで、測定を続ける必要がある。測定時間が短い場合には、解析対象である発光粒子からのシグナルを獲得する頻度が不足し、この発光粒子のみを正確に測定することが困難である。換言すれば、走査分子計数法の測定時間は、測定対象の濃度に依存し、発光粒子が極めて希薄な試料溶液を測定する場合、測定時間が長くなる。
【0056】
上記の標的粒子の検出方法は、試料溶液中にて分散しランダムに運動する標的粒子を検出する方法である。上記の標的粒子の検出方法では、試料溶液中の標的粒子を発光プローブで結合させて標識させ、さらに走査分子計数法によって発光プローブと結合した標的粒子を計数することにより、試料溶液中の標的粒子を検出する際に、試料溶液中の標的粒子の濃度が濃縮処理により高められる。上記の標的粒子の検出方法では、走査分子計数法による測定の前に、濃縮処理により試料溶液中の観測対象粒子の濃度が高められるため、より短時間の測定時間で標的粒子を検出することができる。
【0057】
測定溶液中の標的粒子の濃度を高める濃縮処理は、走査分子計測法による測定の前であれば、いずれの時点で行われてもよい。具体的には、発光プローブと混合して試料溶液を調製する前の被検試料に対して濃縮処理を行ってもよく、調製後の試料溶液に対して濃縮処理を行ってもよい。
【0058】
具体的には、本発明の第1の態様の標的粒子の検出方法(以下、第1の検出方法)は、試料溶液中にて分散しランダムに運動する粒子を検出する方法であって、下記工程(a)〜(c)を有する。
(a)被検試料を、前記被検試料中の標的粒子の濃度を高めるように、濃縮する工程と、(b)前記工程(a)において濃縮された被検試料と、前記標的粒子に結合する発光プローブとを含む試料溶液を調製し、前記試料溶液中で、前記標的粒子と前記発光プローブとを結合させる工程と、
(c)前記工程(b)において調製された試料溶液中に存在する、発光プローブと結合した標的粒子の数を計数する工程。
また、前記発光プローブが前記標的粒子に結合した状態と、前記発光プローブが単独で存在している状態とで放出される光の発光特性が異なる。
【0059】
本実施形態において、「試料溶液中に分散しランダムに運動する粒子」とは、試料溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はそれらの凝集体などの粒子(発光する粒子又は発光しない粒子のいずれであってもよい。)であって、基板などに固定されず、溶液中を自由にブラウン運動している粒子を意味する。
【0060】
標的粒子は、試料溶液中にて分散しランダムに運動する粒子であって、試料溶液中の濃度を定量するための粒子である。標的粒子としては、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、核酸類似物質、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の生物学的な対象物又は非生物学的な粒子(例えば、原子、分子、ミセル、金属コロイドなど)等が挙げられる。核酸は、DNAであってもよく、RNAであってもよく、cDNAのように、人工的に増幅させた物質でもよい。
核酸類似物質としては、DNAやRNAのような天然型ヌクレオチド(天然に存在するヌクレオチド)の側鎖等がアミノ基等の官能基により修飾された物質や、タンパク質や低分子化合物等で標識された物質等が挙げられる。より具体的には、例えば、Bridged nucleic acid(BNA)や、天然型ヌクレオチドの4’位酸素原子が硫黄原子に置換されているヌクレオチド、天然型リボヌクレオチドの2’位水酸基がメトキシ基に置換されているヌクレオチドやHexitol Nucleic Acid(HNA)、ペプチド核酸(PNA)等が挙げられる。
【0061】
本実施形態において用いられる発光プローブは、標的粒子と、特異的又は非特異的に結合又は吸着する物質であって、標的粒子に結合した状態と、単独で存在している状態と、において、放出される光の発光特性が異なる物質であれば、特に限定されない。例えば、標的粒子と特異的又は非特異的に結合又は吸着する物質に、発光物質を結合させた物質であってもよい。発光物質としては、典型的には、蛍光物質であるが、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する物質でもよい。蛍光物質としては、特定の波長の光を放射することにより蛍光を放出する物質であれば特に限定されず、FCSやFIDA等で使用されている蛍光色素の中から適宜選択して用いることができる。
【0062】
例えば、標的粒子が核酸又は核酸類似物質である場合には、発光プローブは、標的粒子とハイブリダイズするオリゴヌクレオチドに蛍光物質等の発光物質を結合させた物質、蛍光物質等の発光物質を結合させた核酸結合性タンパク質、核酸に結合する色素分子等が挙げられる。オリゴヌクレオチドとしては、DNAであってもよく、RNAであってもよく、cDNAのように、人工的に増幅させた物質であってもよく、天然の核酸塩基と同様にヌクレオチド鎖や塩基対を形成することが可能な核酸類似物質を一部又は全部に含む物質であってもよい。また、標的粒子がタンパク質である場合には、発光プローブとしては、標的粒子に対する抗原若しくは抗体、標的粒子に対するリガンド若しくはレセプターを、蛍光物質等の発光物質で標識した物質を用いることができる。なお、核酸やタンパク質等の標的粒子と特異的又は非特異的に結合又は吸着する物質への発光物質の結合は、常法により行うことができる。
【0063】
本実施形態において用いられる発光プローブは、標的粒子と非特異的に結合等する物質であってもよい。標的粒子の検出・定量の精度の点からは、特異的に結合等する物質であることが好ましい。なお、標的粒子と特異的に結合する発光プローブとしては、物理的又は化学的性質が標的粒子と類似した他の物質に対する結合よりも、標的粒子と優先的に結合する物質であればよく、標的粒子以外の物質と全く結合しない物質である必要はない。例えば、標的粒子が核酸である場合には、発光プローブとして用いる発光物質で標識したオリゴヌクレオチドは、標的粒子の塩基配列と完全に相補的な塩基配列を有していてもよく、当該標的粒子の塩基配列とミスマッチを有する塩基配列を有していてもよい。
【0064】
また、発光プローブが標的粒子に結合した状態と発光プローブが単独で存在している状態とにおいて、発光プローブの発光特性が異なるとは、発光プローブが標的粒子に結合した状態と発光プローブが単独で存在している状態とで、特定の波長の光の強度が異なることを意味する。発光プローブが単独で存在している状態と、発光プローブが標的粒子と結合した状態とで、特定の波長の光の強度を異ならせる(例えば、蛍光強度を異ならせる)ことにより、走査分子計数法において両者を区別して検出することができる。
【0065】
標的粒子がタンパク質である場合には、タンパク質と結合して周囲環境が変化することにより蛍光強度や蛍光波長が変化する色素(例えば、疎水性プローブANS、MANS、TNSといった蛍光色素)を、発光プローブとして用いることができる。また、発光プローブは、それ自体が発光していなくてもよい。例えば、標的粒子が核酸又は核酸類似物質である場合には、発光プローブを標的粒子とハイブリダイズするオリゴヌクレオチドとし、試料溶液中に発光プローブとともに、2本鎖構造に特異的に結合する蛍光性2本鎖核酸結合物質を添加しても、発光プローブが単独で存在している状態と、発光プローブが標的粒子と結合した状態とで、発光特性を異ならせることができる。2本鎖構造に特異的に結合する蛍光性2本鎖核酸結合物質としては、蛍光性インターカレーターや、蛍光物質を結合させたグルーブバインダー等が挙げられる。
【0066】
その他にも、例えば、発光プローブとして、少なくとも二つの構成要素から成る物質であって、標的粒子に結合することにより、前記の少なくとも二つの構成要素の互いの位置が変化して蛍光を発する物質が採用されてもよい。そのような物質の例としては、或る粒子に結合すると、構造変化して強い蛍光を放出するようになる蛍光性タンパク質や、或る粒子に結合すると、集合して蛍光性金属錯体を形成する分子(錯体の配位子)が挙げられる。このような構成によれば、いずれの場合も、発光プローブ単体若しくは標的粒子に結合していない発光プローブは、殆ど発光しないか、発光しても、標的粒子及び発光プローブの結合体と波長が異なるため、標的粒子及び発光プローブの結合体からの光を選択的に検出することができる。
【0067】
また、蛍光エネルギー移動現象(FRET)を利用することにより、試料溶液中に於いて単独で存在している発光プローブと、標的粒子に結合した状態である発光プローブとの発光特性を異ならせることができる。例えば、標的粒子と結合する物質に、FRETにおけるエネルギー・ドナーと成る蛍光物質及びエネルギー・アクセプターと成る物質(蛍光物質や消光物質)を、発光プローブが単独で存在している状態ではFRETが生じ、標的粒子と結合した状態ではFRETが生じなくなるように結合させた物質を、発光プローブとして用いることができる。標的粒子と結合した発光プローブからは、FRETが起こらないため、エネルギー・ドナーと成る蛍光物質から蛍光が放出される。一方で、単独で存在している発光プローブからは、エネルギー・ドナーと成る蛍光物質から放出される蛍光は検出されないか、もしくは減弱している。そこで、エネルギー・ドナーと成る蛍光物質から放出される蛍光を検出することにより、発光プローブと結合した標的粒子を、単独で存在している発光プローブと区別して検出することができる。
【0068】
例えば、標的粒子が核酸又は核酸類似物質である場合には、1本鎖核酸分子の状態の際に分子内構造体を形成するオリゴヌクレオチドに、FRETにおいてエネルギー・ドナーと成る蛍光物質とエネルギー・アクセプターと成る物質とを、1本鎖核酸分子の状態ではFRETが起こり、他の1本鎖核酸分子とハイブリダイズして形成された会合体の状態ではFRETが起こらないように結合させた分子ビーコンプローブを、発光プローブとして好ましく用いることができる。本実施形態においては、3’末端側にエネルギー・ドナーと成る蛍光物質又はエネルギー・アクセプターと成る物質が結合されており、5’末端側に残る一方が結合されており、かつ3’末端側の領域と5’末端側とに互いに相補的な塩基配列を有し、これらの塩基配列において塩基対を形成することによって、分子内構造体(いわゆるステム−ループ構造)を形成する物質が好ましい。なお、分子ビーコンプローブの分子内塩基対を形成する互いに相補的な領域は、標的粒子とハイブリダイズする領域を挟むようにして存在していればよい。そのため、3’末端側の領域及び5’末端側の領域は、それぞれ、3’末端又は5’末端を含んでいる領域であってもよく、含まない領域であってもよい。また、塩基対を形成する領域の塩基数や塩基配列は、形成された塩基対の安定性が、標的粒子との会合体の安定性よりも低く、且つ測定条件下で塩基対を形成し得る程度であればよい。
【0069】
また、2本鎖構造に特異的に結合する蛍光性2本鎖核酸結合物質を用い、蛍光性2本鎖核酸結合物質と発光プローブを標識した蛍光物質との間にFRETを起こすことによっても、単独で存在している発光プローブと、標的粒子と結合している発光プローブとを区別することができる。すなわち、蛍光性2本鎖核酸結合物質と発光プローブを標識する蛍光物質のいずれか一方がFRETのエネルギー・ドナーと成り、他方がFRETのエネルギー・アクセプターと成る。単独で存在している発光プローブからは、発光プローブを標識する蛍光物質から放出される蛍光が検出される。これに対して、標的粒子と結合している発光プローブには蛍光性2本鎖核酸結合物質が結合するため、結合体からは、FRETにより放出される蛍光が検出される。その結果、単独で存在している発光プローブとは区別して検出することができる。
【0070】
なお、発光プローブと標的粒子との会合体の塩基対の間に入り込む蛍光性インターカレーターの量が多すぎる場合には、FRETにより放出される蛍光を検出する際のバックグラウンドが高くなりすぎ、検出精度に影響を及ぼす可能性がある。このため、発光プローブと標的粒子との会合体中の2本鎖を形成している領域が、400bp以下となるように、発光プローブを設計することが好ましい。
【0071】
その他、本実施形態においては、2種類の発光プローブが使用されてもよい。例えば、標的粒子が核酸又は核酸類似物質である場合に、2種類の発光プローブを、標的粒子に対して互いに隣接してハイブリダイズするように設計し、一方の発光プローブをFRETにおけるエネルギー・ドナーと成る蛍光物質で標識し、他方の発光プローブをFRETにおけるエネルギー・アクセプターと成る物質で標識させる。この場合、単独で存在している発光プローブではFRETは起こらないが、標的粒子に結合することにより、2種類の発光プローブは互いに近接し、FRETが起こる。このため、FRETにより放出される蛍光を検出することにより、発光プローブと結合した標的粒子を検出することができる。
【0072】
また、本実施形態に供される被検試料は、標的粒子を含むことが期待される試料であれば特に限定されず、生体試料でもよく、人工的に調製された試料でもよい。標的粒子が核酸分子の場合には、被検試料としては、例えば、細胞や組織、細菌を可溶化し、核酸成分を液中に分散させた溶液、PCR法により増幅した核酸成分を含む溶液等が挙げられる。
【0073】
以下、工程ごとに説明する。
まず、工程(a)として、被検試料を、被検試料中の標的粒子の濃度を高めるように、濃縮する。濃縮方法は特に限定されず、標的粒子と同種の物質を濃縮、単離、又は精製する際に用いられている公知の化学的・分子生物学的手法等を適宜利用することができる。例えば、加温・加熱又は減圧等により溶媒を蒸発又は蒸散させる方法、限外ろ過により溶媒を除去する方法等により、被検試料中の溶媒のみを除去し、標的粒子の濃度を高めてもよい。また、被検試料中から標的粒子のみを、又は標的粒子を標的粒子と物理的又は化学的性質の近似する物質と共に単離・精製した後、単離・精製前の被検試料の容量よりも少ない容量の適当な溶媒に溶解又は分散させることにより、濃縮された被検試料を調製することができる。単離・精製された標的粒子を溶解等させる溶媒は特に限定されないが、走査分子計数法による標的粒子と結合した発光プローブの検出を阻害しない溶媒であることが好ましい。この溶媒としては、例えば、水、PBS(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.4)等のリン酸バッファーやトリスバッファー等が挙げられる。
【0074】
走査分子計数法においては、測定溶液中に、自家蛍光を有する物質を初めとする様々な物質が含まれている場合、非特異的なシグナルの発生や透過する光路の阻害等の障害の原因となる。このため、本実施形態においては、単に溶媒を除去して濃縮するよりも、被検試料中から標的粒子のみを、又は標的粒子を標的粒子と物理的又は化学的性質の近似する物質と共に単離・精製することによって濃縮するほうが好ましい。
【0075】
標的粒子が核酸分子の場合には、被検試料から核酸分子のみを選択的に回収し、回収された核酸分子を適当な溶媒に溶解させることにより、濃縮された被検試料を調製することができる。被検試料からの核酸分子の選択的な回収方法は、特に限定されず、公知の核酸精製方法の中から適宜選択して用いることができる。例えば、エタノール沈殿法により核酸分子を選択的に沈殿させ、得られた沈殿物を水等の適当な溶媒に溶解させてもよい。また、被検試料を無機支持体に接触させることにより、被検試料中の核酸分子を無機支持体に吸着させた後、吸着させた核酸分子を無機支持体から溶出させてもよい。
【0076】
上記の無機支持体には、核酸分子を吸着することができる公知の無機支持体を用いることができる。また、無機支持体の形状も特に限定されず、粒子状でもよく、膜状でもよい。無機支持体としては、例えば、シリカゲル、シリカ質オキシド、ガラス、珪藻土等のシリカ含有粒子(ビーズ)や、ナイロン、ポリカーボネート、ポリアクリレート、ニトロセルロース等の多孔質膜等が挙げられる。さらには、フェライト等の金属粒子表面にポリスチレン等のポリマーがコートされた磁性粒子を用いた場合にも、磁性粒子の表面の化学修飾が施され、核酸分子を吸着させることができる。吸着させた核酸分子を無機支持体から溶出させる溶媒としては、これらの公知の無機支持体から核酸分子を溶出するために通常用いられている溶媒を適宜用いることができる。この溶出用溶媒としては、特に精製水が好ましい。なお、核酸分子を吸着させた無機支持体を適当な洗浄バッファーを用いて洗浄した後に、無機支持体から核酸分子を溶出させることが好ましい。
【0077】
被検試料からタンパク質等の核酸分子以外の分子を除去して、核酸分子が濃縮された被検試料を調製することもできる。例えば、被検試料にカオトロピック塩、有機溶媒、界面活性剤等の、通常タンパク質の変性剤として用いられている化合物を1種類又は2種類以上添加して被検試料中のタンパク質を変性させた後、遠心分離処理により、変性タンパク質を沈殿させて上清のみを回収することにより、被検試料からタンパク質を除去することができる。前記無機支持体を用いて、得られた上清から核酸を回収することにより、濃縮された被検試料を調製することができる。回収された上清の容量が、タンパク質の変性剤を添加する前の被検試料の容量よりも少ない場合には、この上清をそのまま濃縮された被検試料として用いてもよい。
【0078】
タンパク質の変性剤として用いられるカオトロピック塩としては、例えば、塩酸グアニジン、グアニジンイソチオシアネート、ヨウ化ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、及びトリクロロ酢酸ナトリウム等が挙げられる。タンパク質の変性剤として用いられる界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤であってもよく、陰イオン性界面活性剤であってもよく、陽イオン性界面活性剤であってもよい。非イオン性界面活性剤として、例えば、Tween80、CHAPS(3−[3−コラミドプロピルジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート)、Triton X−100、Tween20等が挙げられる。陰イオン性界面活性剤としては、例えば、SDSに代表されるアルキル硫酸ナトリウム、コール酸ナトリウム、N−ラウリルサルコシン等が挙げられる。陽イオン性界面活性剤としては、例えば、CDABに代表されるアルキル4級化アンモニウム等が挙げられる。タンパク質の変性剤として用いられる有機溶媒としては、フェノールであることが好ましい。フェノールは中性であってもよく、酸性であってもよい。酸性のフェノールを用いた場合には、DNAよりもRNAを選択的に水層に抽出することができる。
【0079】
その他、被検試料にタンパク質除去剤を用いてタンパク質を凝集させた後、固液分離処理によって液体成分を回収することによって、核酸分子が濃縮された被検試料を調製することができる。具体的には、被検試料にタンパク質除去剤を添加した後、攪拌若しくは静置することによってタンパク質を凝集させた後、遠心分離処理を行い、上清を回収する。
タンパク質除去剤としては、例えば、イオン交換樹脂等のタンパク質に対して親和性の高い物質を用いることができる。
【0080】
また、被検試料から標的粒子を特異的に回収することで、工程(a)における濃縮を行うこともできる。例えば、ゲルろ過法、限外ろ過法、HPLC法、電気泳動法といった一般的な化学的・分子生物学的手法を用いることにより、被検試料から標的粒子を特異的に回収することができる。その他、被試験料を標的粒子と特異的に結合する物質を保持した担体に接触させることにより、被検試料中の標的粒子を担体に結合させた後、担体から標的粒子をリリースすることにより、標的粒子を特異的に回収することができる。リリース後の標的粒子を、元々の被検試料の容量よりも少ない容量の適当な溶媒に溶解又は分散させることにより、濃縮された被検試料を調製することができる。標的粒子と特異的に結合する物質としては、例えば、標的粒子が核酸分子の場合、標的粒子とハイブリダイズするオリゴヌクレオチドが挙げられる。また、標的粒子がタンパク質分子の場合、標的粒子と特異的に結合する物質としては、標的粒子と抗原及び抗体、又はリガンドと受容体の関係にある分子が挙げられる。
【0081】
工程(a)において調製された濃縮された被検試料中の標的粒子の濃度は、濃縮前の被検試料中の標的粒子の濃度よりも高ければよい。予め被検試料を濃縮することにより、続く工程(b)において、標的粒子の濃度がより高い試料溶液を調製することができる。前述のように、走査分子計数法における測定に要する時間は、測定に供される試料溶液中の標的粒子の濃度に依存する。つまり、第1の検出方法では、予め被検試料を濃縮しない場合よりも、より短時間で測定を行うことができる。
【0082】
次いで、工程(b)として、工程(a)において濃縮された被検試料と、前記標的粒子に結合する発光プローブと、を含む試料溶液を調製し、この試料溶液中で、前記標的粒子と前記発光プローブとを結合させる。具体的には、まず、濃縮された被検試料に発光プローブを添加して、試料溶液を調製する。この際、必要に応じて、適当な溶媒をさらに添加してもよい。この溶媒は、走査分子計数法による標的粒子と結合した発光プローブから放出される光の検出を阻害しない溶媒であれば、特に限定されず、この技術分野において一般的に用いられているバッファーの中から、適宜選択して用いることができる。
このバッファーとしては、例えば、PBS(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.4)等のリン酸バッファーやトリスバッファー等が挙げられる。
【0083】
工程(c)における試料溶液中の標的粒子の濃度又は数密度は、特に限定されない。走査分子計数法の測定時間短縮の点からは、試料溶液中の標的粒子の濃度は高いほうが好ましい。但し、濃度が高すぎる場合には、逆に測定精度が低下する可能性がある。このため、試料溶液中の標的粒子の数密度が、前記光検出領域の体積(V
d)当たり1分子以下となるように、工程(b)において試料溶液を調製することが好ましい。例えば、試料溶液中の標的粒子の濃度X
T(M)は、X
T・N
A・V
d≦1(N
Aはアボガドロ定数)を満たすことが好ましい。また、測定時間を十分に短縮するため、試料溶液中の標的粒子の濃度X
T(M)は、1×10
−4≦X
T・N
A・V
d≦1を満たすことが好ましい。例えば、V
dが1fLであった場合、試料溶液中の標的粒子の濃度X
TはpMオーダーの濃度であることが好ましい。
【0084】
標的粒子と発光プローブとを同じ溶液中に共存させるだけで、両者を結合させることができる場合には、試料溶液を調製した後、必要に応じて所定時間、試料溶液をインキュベートするだけで、試料溶液中で、標的粒子と発光プローブとを結合させることができる。
【0085】
一方で、標的粒子や発光プローブが二本鎖構造の核酸分子又は核酸類似物質である場合には、試料溶液中の核酸等を変性させた後、標的粒子と発光プローブとを会合させることが好ましい。なお、「核酸分子又は核酸類似物質を変性させる」とは、塩基対を解離させることを意味する。例えば、分子ビーコンプローブ中の互いに相補的な塩基配列によって形成された塩基対を解離させ、分子内構造を解いて1本鎖構造にすることや、2本鎖核酸分子を1本鎖核酸分子とすることを意味する。なお、発光プローブがPNA等の核酸類似物質を含むオリゴヌクレオチドである場合、標的粒子が二本鎖核酸分子であったとしても、特段の変性処理を行わずに、発光プローブと標的粒子とからなる会合体を形成することができる場合がある。
【0086】
変性処理としては、高温処理による変性(熱変性)又は低塩濃度処理による変性等が挙げられる。中でも、蛍光物質等の発光物質への影響が比較的小さく、操作が簡便であるため、熱変性を行うことが好ましい。具体的には、熱変性では、試料溶液に対し高温処理を施すことにより、試料溶液中の核酸分子等を変性させる。一般的には、DNAで90℃、RNAでは70℃で数秒間から2分間程度、保温することによって変性させることができるが、標的粒子の塩基の長さ等により変性する温度は異なり、変性することが可能であれば、この温度は限定されない。一方、低塩濃度処理による変性は、例えば、精製水等により希釈することによって、試料溶液の塩濃度が十分に低くなるように調整することによって行うことができる。
【0087】
必要に応じて変性を行った後、前記試料溶液中の標的粒子と発光プローブとを会合させる。
熱変性を行った場合には、高温処理後、試料溶液の温度を、標的粒子と発光プローブとが特異的にハイブリダイズできる温度まで低下させることにより、試料溶液中の標的粒子と発光プローブとを適宜会合させることができる。また、低塩濃度処理による変性を行った場合には、塩溶液を添加する等により、試料溶液の塩濃度を、標的粒子と発光プローブとが特異的にハイブリダイズできる濃度にまで上昇させることによって、試料溶液中の標的粒子と発光プローブとを適宜会合させることができる。
【0088】
なお、2本の1本鎖核酸分子が特異的にハイブリダイズできる温度は、標的粒子と発光プローブとからなる会合体の融解曲線から求めることができる。融解曲線は、例えば、標的粒子と発光プローブとのみを含有する溶液の温度を、高温から低温へと変化させ、溶液の吸光度や蛍光強度を測定することにより求めることができる。得られた融解曲線から、変性した2本の1本鎖核酸分子が会合体を形成し始めた温度から、ほぼ全てが会合体となった温度までの範囲の温度を、両者が特異的にハイブリダイズできる温度とすることができる。温度に代えて、溶液中の塩濃度を低濃度から高濃度への変化させることで、同様にして融解曲線を決定し、2本の1本鎖核酸分子が特異的にハイブリダイズできる濃度を求めることができる。
【0089】
2本の1本鎖核酸分子が特異的にハイブリダイズできる温度は、一般にはTm値(融解温度)で代用することができる。例えば、汎用されているプライマー/プローブ設計ソフトウェア等を用いることにより、発光プローブの塩基配列情報から、標的粒子とハイブリダイズする領域のTm値(2本鎖DNAの50%が1本鎖DNAに解離する温度)を算出することができる。
【0090】
また、非特異的なハイブリダイゼーションを抑制するために、会合体を形成させる際に、試料溶液の温度を比較的ゆっくりと低下させることが好ましい。例えば、試料溶液の温度を70℃以上にして核酸分子を変性させた後、試料溶液の液温を、0.05℃/秒以上の降温速度で低下させることができる。
【0091】
また、非特異的なハイブリダイゼーションを抑制するために、予め試料溶液中に、界面活性剤、ホルムアミド、ジメチルスルホキシド、又は尿素等を添加しておくことも好ましい。これらの化合物は、1種のみを添加してもよく、2種類以上を組み合わせて添加してもよい。これらの化合物を添加しておくことにより、比較的低い温度環境下において、非特異的なハイブリダイゼーションの発生を防止することができる。
【0092】
その後、工程(c)として、調製された試料溶液中の発光プローブと結合した標的粒子の数を、走査分子計数法により計数する。具体的には、標的粒子を発光プローブと結合させた後の試料溶液を、前記の走査分子計数法のための光分析装置に設置する。そして、前記の手法により、標的粒子と結合した状態の発光プローブから放出される光を検出し解析することにより、発光プローブと結合した標的粒子の数を計数する。計数された標的粒子数が、測定試料中に含まれている標的粒子の数である。
【0093】
また、本実施形態の標的粒子の検出方法においては、被検試料と発光プローブとを含む試料溶液を調製した後に、試料溶液に対して濃縮処理を行うことにより、試料溶液中の標的粒子の濃度を高めても、第1の検出方法と同様の効果が得られる。
具体的には、本発明の第2の態様の標的粒子の検出方法(以下、第2の検出方法)は、試料溶液中にて分散しランダムに運動する粒子を検出する方法であって、下記工程(a’)〜(c’)を有する。さらに、本発明の第2の態様の標的粒子の検出方法では、工程(a’)の後又は工程(b’)の後に、試料溶液中の標的粒子の濃度を高めるように、濃縮処理が行われる。
(a’)被検試料と標的粒子に結合する発光プローブとを含む試料溶液を調製する工程と、
(b’)前記工程(a’)において調製された試料溶液中で、前記標的粒子と前記発光プローブとを結合させる工程と、
(c’)前記工程(b’)において調製された試料溶液中に存在する、発光プローブと結合した標的粒子の数を計数する工程。
【0094】
工程(a’)及び(b’)は、前記工程(b)と同様にして行うことができる。また、工程(c’)は前記工程(c)と同様にして行うことができる。
【0095】
工程(a’)の後に行う濃縮処理は、続く工程(b’)において行われる標的粒子と発光プローブとの結合を阻害しない処理であれば特に限定されず、標的粒子と同種の物質を濃縮、単離、又は精製する際に用いられている公知の化学的・分子生物学的手法等の中から適宜選択して用いることができる。工程(b’)の後に行う濃縮処理は、工程(b’)において形成された標的粒子と発光プローブとの結合体を損なう又は減少させることなく濃縮可能な処理であれば特に限定されず、標的粒子と同種の物質を濃縮、単離、又は精製する際に用いられている公知の化学的・分子生物学的手法等の中から適宜選択して用いることができる。
【0096】
具体的には、例えば、加温・加熱又は減圧等により溶媒を蒸発又は蒸散させる方法、限外ろ過により溶媒を除去する方法等により、被検試料中の溶媒のみを除去し、標的粒子の濃度を高めてもよい。また、被検試料中から標的粒子及び発光プローブを、単独で単離・精製した後、又は標的粒子及び発光プローブと物理的又は化学的性質の近似する物質と共に単離・精製した後、単離・精製前の試料溶液の容量よりも少ない容量の適当な溶媒に溶解又は分散させることにより、濃縮された試料溶液を調製することができる。
【0097】
標的粒子と発光プローブがいずれも核酸分子である場合には、工程(a’)の後又は工程(b’)の後に行われる濃縮処理は、前記工程(a)において、標的粒子が核酸分子である場合に例示された濃縮処理と同様にして行うことができる。
【0098】
工程(c’)における試料溶液中の標的粒子の濃度又は数密度は、特に限定されない。第1の検出方法における工程(c)と同様、走査分子計数法の測定時間短縮の点からは、試料溶液中の標的粒子の濃度は高いほうが好ましい。但し、濃度が高すぎる場合には、逆に測定精度が低下する可能性がある。このため、試料溶液中の標的粒子の数密度が、前記光検出領域の体積(V
d)当たり1分子以下となるように、試料溶液を濃縮することが好ましい。例えば、試料溶液中の標的粒子の濃度X
T(M)は、X
T・N
A・V
d≦1(N
Aはアボガドロ定数)を満たすことが好ましい。
【実施例】
【0099】
次に実施例等を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0100】
[実施例1]
被検試料中の標的粒子をそのまま走査分子計数法により検出した場合と、被検試料中の標的粒子を濃縮した後に走査分子計数法により検出した場合とで、計数される標的粒子を比較した。
一本鎖核酸分子を標的粒子とし、一本鎖核酸分子と相補的な塩基配列を有し、かつ5’末端にATTO(登録商標)647N(ATTO−TEC社製)を結合させた一本鎖核酸分子を発光プローブとし、標的粒子と発光プローブとがハイブリダイズした蛍光標識二本鎖核酸分子(800bp)を、発光プローブと結合した標的粒子として用いた。
【0101】
まず、蛍光標識二本鎖核酸分子の1nM溶液を被検試料として調製した。蛍光標識二本鎖核酸分子溶液を、2本の1.5mLチューブに200μLずつ分注した。各チューブに3Mの酢酸ナトリウム溶液を20μL加えて攪拌した後、500μLの99.5%エタノールを加えて攪拌した後、室温で10分間静置した。その後、各チューブを20,000×gで10分間遠心分離処理し、上清を除去した。得られた沈殿に70%エタノールを500μL加えて攪拌した後、20,000×gで10分間遠心分離処理し、上清を除去した。一方のチューブに得られた沈殿には200μLのTEバッファーを加え、他方のチューブに得られた沈殿には20μLのTEバッファーを加えて、それぞれ攪拌し、沈殿を溶解させた。200μLのTEバッファーから調製されたものを通常検体、20μLのTEバッファーから調製されたものを濃縮検体とした。
各検体を試料溶液とし、蛍光標識二本鎖核酸分子の分子数を、走査分子計数法により計数した。また、対照として、TEバッファーのみを試料溶液として計数した。具体的には、計測に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用いた。そして、上記の各試料溶液について、時系列のフォトンカウントデータを取得した。その際、励起光は、633nmのレーザ光を用いて、回転速度6,000rpm、300μWで照射し、検出光波長は、バンドパスフィルターを用いて660〜710nmとした。アバランシェフォトダイオードから得られるシグナルを、BIN TIMEを10μ秒とし、測定時間は、2秒間又は20秒間とした。
測定によって得られた時系列データをSavinzky−Golayのアルゴリズムでスムージングした後、微分によりピークの検出を行った。ピークとみなされた領域のうち、ガウス関数に近似できる領域をシグナルとして抽出した。
【0102】
計数結果を
図8A、
図8B及び表1に示す。
図8Aはフォトン数の測定結果を示す。
図8Bはピーク数の測定結果を示す。
図8A、
図8B及び表1中、「バッファー」は対照としたTEバッファーのみを試料溶液として計数した結果を示す。この結果、濃縮検体の2秒測定のフォトン数・ピーク数は、濃縮していない通常検体の20秒測定に相当する。すなわち、同じ被検試料であったとしても、走査分子計数法による測定の前に予め濃縮することにより、測定時間を短縮できることが明らかである。
【0103】
【表1】
【0104】
[実施例2]
実施例1で用いた蛍光標識二本鎖核酸分子を発光プローブと結合した標的粒子として用い、被検試料中の標的粒子をそのまま走査分子計数法により検出した場合と、濃縮した後に走査分子計数法により検出した場合とで、計数される標的粒子を比較した。
まず、TEバッファーを用いて、200fMの蛍光標識二本鎖核酸溶液を5mL調製した。このうち60μLを、そのまま走査分子計数法による計測の試料溶液(濃縮なし)とした。残った全量(4940μL)を、Wizard SV Gel and PCR
Clean−Up Kit(Promega社製)を用いて精製し、60μLのTEバッファーで溶出した溶液を、走査分子計数法による計測の試料溶液(濃縮あり)とした。濃縮倍率は約82.3倍(4940μL/60μL)である。
次いで、実施例1と同様の測定条件で、各試料溶液中の蛍光標識二本鎖核酸分子の分子数を、走査分子計数法により計数した。また、測定は各試料について5回行い、その平均と標準偏差を算出した。
【0105】
ピーク数の計数結果を
図9及び表2に示す。この結果、濃縮なしの試料溶液を2秒測定した場合には、ピーク数が少なすぎたが、20秒測定した場合には、充分なピーク数が検出された。これに対して、濃縮した試料溶液では、2秒測定によって、濃縮なしの試料溶液を20秒測定した場合よりも多い、充分な数のピークが検出された。また、濃縮なしの2秒測定の結果得られたピーク数と、濃縮ありの2秒測定の結果得られたピーク数とを比較したところ、濃縮ありの2秒測定で得られたピーク数(930)を濃縮倍率(約82.3倍)で除すると、約11.3であり、濃縮なしの2秒測定の結果得られたピーク数とほぼ同等であった。つまり、濃縮倍率に合致するピーク数の増加が見られた。これらの結果から、従来の測定ではピーク数が不足する検体であっても、濃縮することで、より正確な検出が可能となることが確認される。なお、濃縮した後に2秒測定した場合には、SD値が大きく、バラツキが大きくなる。しかしながら、CV%は、濃縮なしの試料溶液を20秒測定した場合で8.9%、濃縮ありの試料溶液を2秒測定した場合で11.8%であり、大きな差はなかった。
【0106】
【表2】
【0107】
[実施例3]
実施例1で用いた蛍光標識二本鎖核酸分子を発光プローブと結合した標的粒子として用い、被検試料中の標的粒子をそのまま走査分子計数法により検出した場合と、濃縮した後に走査分子計数法により検出した場合とで、計数される標的粒子を比較した。
まず、血漿(馬血漿)を含むSTEPバッファーを用いて、100fM、1pM、10pMの蛍光標識二本鎖核酸分子溶液を5mLずつ、3本のチューブに調製した。このうち1本のチューブ中の60μLを、そのまま走査分子計数法による計測の試料溶液(精製なし)とした。残る2本のうちの1本のチューブ中の全量を、Genomic−tip 20/G(QIAGEN社製)を用いて精製し、5mLのTEバッファーで溶出した溶液を、走査分子計数法による計測の試料溶液(精製あり、濃縮なし)とした。残る1本のチューブ中の全量を、Genomic−tip 20/G(QIAGEN社製)を用いて精製し、500μLのTEバッファーで溶出した溶液を、走査分子計数法による計測の試料溶液(精製あり、濃縮あり)とした。
次いで、実施例1と同様の測定条件で、各試料溶液中の蛍光標識二本鎖核酸分子の分子数を、走査分子計数法により計数した。また測定は各試料について5回行い、その平均と標準偏差を算出した。
【0108】
計数結果を
図10及び表3に示す。
図10及び表3中、「+P」は試料溶液(精製なし)をそのまま2秒測定した結果を示す。また、「+P精製」は試料溶液(精製あり、濃縮なし)を2秒測定した結果を示す。また、「+P精製、20秒測定」は試料溶液(精製あり、濃縮なし)を20秒測定した結果を、「+P精製、濃縮」は試料溶液(精製あり、濃縮あり)を2秒測定した結果を示す。この結果、試料溶液(精製なし)を2秒間測定した結果は、試料溶液(精製あり、濃縮なし)を2秒測定した結果よりも非常にピーク数が多かった。これは、試料溶液中の血漿により、非特異的なシグナルが多く形成される結果、バイアスがかかってしまったためと推察される。また、試料溶液(精製あり、濃縮なし)を2秒測定した結果、濃度依存的なピーク数が得られたが、最も薄い濃度である100fM(0.1pM)では、ピーク数が不足した。これは、試料溶液中の蛍光標識二本鎖核酸分子の濃度が非常に薄いため、蛍光標識二本鎖核酸分子を検出する機会が少ないためと推察される。一方で、同じ試料溶液にも関わらず、試料溶液(精製あり、濃縮なし)を2秒測定した結果よりも、試料溶液(精製あり、濃縮なし)を20秒測定した結果のほうが明らかに検出されたピーク数が多かった。つまり、測定時間を長くすることにより、ピーク数(検出の機会)は増加した。これに対して、試料溶液(精製あり、濃縮あり)を2秒測定した結果では、全ての濃度において、試料溶液(精製あり、濃縮なし)を20秒測定した結果よりも多くのピーク数が検出され、かつ検出されたピーク数は濃度依存的に増加していた。すなわち、計測前に予め被検試料を精製かつ濃縮することにより、短時間で十分なピーク数を獲得することができ、測定時間を短縮することができた。
【0109】
【表3】
【0110】
[実施例4]
一本鎖核酸分子および2つのプローブと結合した標的粒子を用い、被検試料中の標的粒子の濃度を変えずに走査分子計数法により検出した場合と、濃縮した後に走査分子計数法により検出した場合とで、計数される標的粒子を比較した。
一本鎖核酸分子を標的粒子とし、一本鎖核酸分子と相補的な塩基配列を有し、かつ5’末端にATTO(登録商標)647N(ATTO−TEC社製)を結合させた一本鎖核酸分子(プローブ1)、または3’末端にビオチンを結合させた一本鎖核酸分子(プローブ2)を発光プローブとして用いた。また、標的粒子と発光プローブとがハイブリダイズした蛍光標識二本鎖核酸分子を、発光プローブと結合した標的粒子として用いた。これらのオリゴヌクレオチドは、シグマジェノシス株式会社に依頼して合成した。一本鎖核酸分子および発光プローブの塩基配列を表4に示す。
【0111】
【表4】
【0112】
先ず、トリスバッファー(10mM Tris−HCl,400mM NaCl,0.05% Triton X−100)を用いて、一本鎖核酸分子が1fM、プローブ1が20pM、プローブ2が200pM、Poly(deoxyinosinic−deoxycytidylic)acid(Sigma−Aldrich社)が0.1U/mL(1Uは、水中(光路長は1cm)で260nmの吸光度が1.0となる量)となるように試料溶液(300μL)を調製した。一本鎖核酸分子を含まない試料も用意した。それらの試料溶液を95℃で5分間加熱した後、平均0.1℃/分の速度で冷却し25℃にした。
次に、上記試料溶液に0.1% BSA(ウシ血清アルブミン)を1μL加え、ストレプトアビジンでコートした磁気ビーズ(Invitrogen社,Cat.no.650)10μgと混和し、25℃で90分間、振とうさせながら反応させた。続いて、磁石を使って、500μLのトリスバッファー(10mM Tris−HCl,400mM NaCl,0.05% Triton X−100)を用いて3回洗浄した。その後、30μLおよび300μLの溶出バッファー(10mM Tris−HCl,0.05% Triton X−100)を加え、50℃で5分間放置した。磁石で磁気ビーズを集めた後、上清を回収した。回収した溶液を走査分子計数法による計測の試料溶液とした。30μLで溶出した溶液を“濃縮あり”とし、300μLで溶出した溶液を“濃縮なし”とした。
次いで、実施例1と同様の条件で、各試料溶液の標的粒子を走査分子計数法により計数した。また、対照として、トリスバッファーのみを試料溶液として計数した。但し、励起光は、回転速度9,000rpm、1mWの励起光で照射した。また、測定時間は、60秒間および600秒間の2条件で行った。また、測定は各試料について5回行い、その平均と標準偏差を算出した。
【0113】
ピーク数の計数結果を
図11及び表5に示す。この結果、濃縮なしの試料溶液を60秒間測定した場合には、充分なピーク数が検出されなかった。しかし、600秒間測定した場合には、充分なピーク数が検出された。これに対して、濃縮した試料溶液では、60秒間の測定によって、濃縮なしの試料溶液を600秒間測定した場合と同等の充分な数のピークが検出された。また、濃縮なしの試料溶液を60秒間測定した結果得られたピーク数と、濃縮ありの試料溶液を60秒間測定した結果得られたピーク数とを比較した。その結果、濃縮ありの試料溶液を60秒間測定して得られたピーク数を濃縮倍率(10倍)で除すると、約22.5であり、濃縮なしの試料溶液を60秒間測定した結果得られたピーク数とほぼ同等であった。つまり、濃縮倍率に合致するピーク数の増加が確認された。これらの結果から、実施例2と同様に、従来の測定ではピーク数が不足する検体であっても、濃縮することで、より正確な検出が可能となることが確認された。なお、濃縮した後に60秒間測定した場合のCV%は、11.7%であり、濃縮なしの試料溶液を600秒間測定した場合の14.0%と、大きな差はなかった。
【0114】
【表5】