(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1の装置であって、前記第一及び第二の経路が循環経路であり、前記第二の経路に沿った前記光検出領域の位置の移動周期が前記第一の経路に沿った前記第二の経路の位置の移動周期よりも短いことを特徴とする装置。
請求項1乃至3のいずれかの装置であって、前記光学系の光路を変更することにより前記第二の経路に沿って前記光検出領域の位置が移動され、前記試料溶液の位置を移動することにより前記第一の経路に沿って前記試料溶液内に於ける前記第二の経路の位置が移動されることを特徴とする装置。
請求項1乃至6のいずれかの装置であって、前記信号処理部が、前記個別に検出された発光粒子からの光を表す信号の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記発光粒子の数を計数することを特徴とする装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のFCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いた光分析技術では、計測される光は、蛍光一分子又は数分子から発せられた光であるが、その光の解析に於いて、時系列に測定された蛍光強度データの自己相関関数の演算又はヒストグラムに対するフィッティングといった蛍光強度のゆらぎの算出等の統計的処理が実行され、個々の蛍光分子等からの光の信号を個別に参照又は分析するわけではない。即ち、これらの光分析技術に於いては、複数の蛍光分子等からの光の信号が統計的に処理され、蛍光分子等について統計平均的な特性が検出されることとなる。従って、これらの光分析技術に於いて統計的に有意な結果を得るためには、試料溶液中の観測対象となる蛍光分子等の濃度又は数密度は、平衡状態に於いて、一回の秒オーダーの長さの計測時間のうちに統計的処理が可能な数の蛍光分子等が微小領域内を入出するレベル、好適には、微小領域内に常に一個程度の蛍光分子等が存在しているレベルである必要がある。実際、コンフォーカル・ボリュームの体積は、1fL程度となるので、上記の光分析技術に於いて使用される試料溶液中の蛍光分子等の濃度は、典型的には、1nM程度若しくはそれ以上であり、1nMを大幅に下回るときには、蛍光分子等がコンフォーカル・ボリューム内に存在しない時間が生じて統計的に有意な分析結果が得られないこととなる。一方、特許文献6〜8に記載の蛍光分子等の検出方法では、蛍光強度のゆらぎの統計的演算処理が含まれておらず、試料溶液中の蛍光分子等が1nM未満であっても蛍光分子等の検出が可能であるが、溶液中でランダムに運動している蛍光分子等の濃度又は数密度を定量的に算出するといったことは達成されていない。
【0007】
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、観測対象となる発光粒子の濃度又は数密度が、FCS、FIDA等の統計的処理を含む光分析技術で取り扱われるレベルよりも低い試料溶液中の発光粒子の状態又は特性を定量的に観測することを可能にする新規な原理に基づく光分析技術を提案した。かかる新規な光分析技術に於いては、端的に述べれば、FCS、FIDA等と同様に共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いるところ、試料溶液内に於いて光の検出領域である微小領域(以下、「光検出領域」と称する。)の位置を移動させながら、即ち、光検出領域により試料溶液内を走査しながら、光検出領域が試料溶液中に分散してランダムに運動する発光粒子を包含したときに、その発光粒子から発せられる光を検出し、これにより、試料溶液中の発光粒子の一つ一つを個別に検出して、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度に関する情報の取得を可能にする。この新規な光分析技術(以下、「走査分子計数法」と称する。)によれば、測定に必要な試料がFCS、FIDA等の光分析技術と同様に微量(例えば、数十μL程度)であってもよく、また、測定時間が短く、しかも、FCS、FIDA等の光分析技術の場合に比して、より低い濃度又は数密度の発光粒子の存在を検出し、その濃度、数密度又はその他の特性を定量的に検出することが可能となる。
【0008】
上記の走査分子計数法に於いて、発光粒子のカウンティングや発光粒子の濃度又は数密度の検出を主な目的とする場合、溶液中のできるだけ多くの発光粒子を検出すれば、より精度の高い結果が得られることとなる。特に、発光粒子濃度の低い溶液の場合には、できるだけ多くの発光粒子の検出をするために、より広い領域又はより長い距離の経路に沿って光検出領域を移動できることが好ましい。その際、より信頼性のある検出結果(発光粒子の検出数又は数密度)を得るためには、光検出領域の移動中に、同一の発光粒子を別の粒子として検出しないようにすると共に、光検出領域の寸法や形状が変化しないようにすることに注意すべきである。[同一の発光粒子を別の粒子として検出したり、光検出領域の寸法や形状が変化すると、発光粒子の検出数又は数密度の精度が悪化する。]
【0009】
かくして、本発明の主な課題は、上記の走査分子計数法に於いて、できるだけ同一の発光粒子を別の粒子として検出する可能性を低くし、且つ、光検出領域の寸法や形状をできるだけ変化させない態様にて、光検出領域を移動して、より広い領域又はより長い距離の経路に沿って試料溶液内の走査を可能にする新規な手法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一つの態様によれば、上記の課題は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析装置であって、試料溶液内の平面内に於いて顕微鏡の光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動部と、光検出領域からの光を検出する光検出部と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出部にて検出された光検出領域からの光の時系列の光強度データを生成し、時系列の光強度データに於いて発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する信号処理部とを含み、光検出領域移動部が、第一の経路に沿って位置が移動する第二の経路に沿って光検出領域の位置を移動することを特徴とする装置によって達成される。
【0011】
かかる構成に於いて、「試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子」とは、試料溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はそれらの凝集体などの、光を発する粒子であって、基板などに固定されず、溶液中を自由にブラウン運動している粒子であれば任意の粒子であってよい。かかる発光粒子は、典型的には、蛍光性粒子であるが、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する粒子であってもよい。共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、それらの顕微鏡に於いて光が検出される微小領域であり、対物レンズから照明光が与えられる場合には、その照明光が集光された領域に相当する(共焦点顕微鏡に於いては、特に対物レンズとピンホールとの位置関係により確定される。発光粒子が照明光なしで発光する場合、例えば、化学発光又は生物発光により発光する粒子の場合には、顕微鏡に於いて照明光は要しない。)。なお、本明細書に於いて、発光粒子の「信号」という場合には、特に断らない限り、発光粒子からの光を表す信号を指すものとする。
【0012】
上記から理解される如く、本発明の基本的な構成である走査分子計数法に於いては、まず、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動しながら、即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、逐次的に、光の検出が行われる。そうすると、試料溶液内にて移動する光検出領域が、ランダムに運動している発光粒子を包含したときには、発光粒子からの光が検出され、これにより、一つの発光粒子の存在が検出されることが期待される。従って、逐次的に検出された光に於いて発光粒子からの光の信号を個別に検出して、これにより、粒子の存在を一つずつ個別に逐次的に検出し、粒子の溶液内での状態に関する種々の情報が取得されることとなる。その際、光検出領域の位置は、典型的には、或る閉じた経路に沿って周回する態様にて移動されていたところ、発光粒子の拡散運動が比較的遅いときには、同一の発光粒子を周回毎に検出される場合があった。また、光検出領域の位置の移動経路が三次元的に展開すると、光検出領域移動部の機構が複雑になると共に、対物レンズの形式によっては、光軸方向の光検出領域の位置によって光検出領域の形状や寸法に変化が生じ得る。さらに、1分子を検出するような高感度な共焦点光学系で用いられる対物レンズは動作距離が短いため、試料
溶液への接近方向が容器底面からに限定されるマイクロタイタプレートへの適応が難しい。
【0013】
そこで、上記の本発明の装置に於いては、光検出領域の位置が、試料溶液内の平面内に於いて、第一の経路に沿って位置が移動する第二の経路に沿って移動される。かかる構成によれば、光検出領域の位置が
第一の経路に沿って移動する第二の経路の位置が移動されることによって、少なくとも第一の経路に沿った第二の経路の位置の移動が完了するまでは、試料溶液内に於ける光検出領域の位置の移動経路は、(瞬間的に経路が交差する場合を除き、)同一の領域を通過しないこととなり、同一の発光粒子を二回以上検出する可能性が大幅に低減されることとなる。また、光検出領域の位置が試料溶液内の平面内で移動されることにより、光検出領域の位置の形状や寸法の変化が最小限に抑えられることとなる。
【0014】
上記の構成に於いて、光検出領域の形状や寸法の変化をできるだけ最小限に抑えるためには、光検出領域の位置は、対物レンズの視野内であって、収差の小さい範囲に制限されるべきである。一方、観測対象物は、ランダムに運動している発光粒子であるので、一旦検出された発光粒子が拡散して別の場所に移動するのに十分な時間の経過後であれば、光検出領域の位置は、同一の位置を通過してもよいと考えられる。そこで、光検出領域の位置の軌道である第二の経路と、第二の経路の位置の軌道である第一の経路とは、それぞれ、循環経路であってよい。その場合、試料溶液を基準にした光検出領域の位置の軌道を容易に把握して、光検出領域の位置が短時間の内に同一の領域を連続的に通過しないことを確認しやすくするために、第二の経路に沿った光検出領域の位置の移動周期が第一の経路に沿った第二の経路の位置の移動周期よりも短く設定されてよい。また、第一及び第二の経路を循環経路とした場合に、光検出領域の位置が同一の領域を通過することをできるだけ回避するために、好ましくは、光検出領域の位置の移動周期τ1と第二の経路の位置の移動速度v2と光検出領域の直径dとが、
v2・τ1>d
を満たすよう、光検出領域の位置の移動周期τ1と第二の経路の位置の移動v2とが設定される。これにより、光検出領域の位置が第二の経路を一周する間に第二の経路が少なくとも光検出領域の直径に相当する距離を移動することとなるので、光検出領域の位置の連続する周回に於いて光検出領域が前回の周回で通過した領域に重複することが回避されることとなる。
【0015】
上記の共焦点光学顕微鏡の光学系に於ける試料溶液内に於ける光検出領域の位置の移動は、具体的には、顕微鏡の光学系の光路の変更か、試料溶液を含む容器の移動のいずれかにより実行可能である。そこで、本発明に於いては、典型的には、光検出領域の位置の第二の経路に沿った移動は、顕微鏡の光学系の光路を変更することにより実行され、第二の経路の位置の第一の経路に沿った移動は、試料溶液の位置を移動することにより実行されてよい。換言すれば、この態様によれば、光学系の光路を変更することによる光検出領域の周回運動と試料溶液の周回運動とを組み合わせることにより、より広く或いはより長い距離にて試料溶液内を走査できることとなる。ここで、顕微鏡の光学系の光路を変更することによる試料溶液内での光検出領域の位置の第二の経路に沿った移動は、任意の方式で為されてよい。例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いるなどして、顕微鏡の光学系の光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。顕微鏡の光学系の光路を変更して光検出領域の位置を変更する態様によれば、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液に於いて機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しないので、検出対象となる発光粒子が力学的な作用の影響を受けることなく安定した状態にて、光の計測が可能である点で有利である。第二の経路は、具体的には、円形又は楕円形であってよい。一方、第一の経路の形状は、円形、楕円形又は直線であってよい。なお、試料溶液の移動は、好適には、既に触れたように、顕微鏡のステージを移動するなどして試料溶液の容器ごと移動するようになっていてよい。その場合、溶液内に流れが発生しないので、試料溶液の発光粒子への影響が低減されると考えられる。
【0016】
更に、上記の装置に於いて、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更となっていてよい。当業者に於いて理解される如く、発光粒子から検出される光の態様は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度によって変化し得る。特に、光検出領域の移動速度が速くなると、一つの発光粒子から得られる光量は低減することとなるので、一つの発光粒子からの光が精度よく又は感度よく計測できるように、光検出領域の移動速度は、適宜変更となっていることが好ましい。
【0017】
また、更に、上記の装置に於いて、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、検出対象となる発光粒子の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。上記に説明されている如く、本発明の装置は、走査分子計数法を実行する場合、光検出領域が発光粒子の存在位置を通過したときにその発光粒子から発せられる光を検出して、発光粒子を個別に検出する。しかしながら、発光粒子が溶液中でブラウン運動することによりランダムに移動して、複数回、光検出領域を出入りする場合には、1つの発光粒子から複数回、(発光粒子の存在を表す)信号が検出されてしまい、検出された信号と1つの発光粒子の存在とを対応させることが困難となる。そこで、上記の如く、光検出領域の移動速度を発光粒子の拡散移動速度よりも高く設定し、これにより、1つの発光粒子を一つの(発光粒子の存在を表す)信号に対応させることが可能となる。なお、拡散移動速度は、発光粒子によって変わるので、上記の如く、発光粒子の特性(特に、拡散定数)に応じて、本発明の装置は、光検出領域の移動速度が適宜変更可能であるよう構成されていることが好ましい。
【0018】
上記の本発明の装置の信号処理部の処理に於いて、逐次的な光検出部からの検出値の信号から1つの発光粒子が光検出領域に入ったか否かの判定は、時系列光強度データに於ける信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態に於いて、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する信号が検出されたときに、1つの発光粒子が光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。より具体的には、後の実施形態の欄にて説明される如く、通常、発光粒子からの光を表す信号は、光検出部の時系列の検出値、即ち、光強度データに於いて、或る程度以上の強度を有する釣鐘型のパルス状の信号として現れ、ノイズは、釣鐘型のパルス状ではないか、強度の小さい信号として現れる。そこで、本発明の装置の信号処理部は、時系列光強度データ上に於いて、所定閾値を超える強度を有するパルス状信号を単一の発光粒子からの光を表す信号として検出するよう構成されていてよい。「所定閾値」は、実験的に適当な値に設定することが可能である。
【0019】
更に、本発明の装置の検出対象は、単一の発光粒子からの光であるため、光強度は、非常に微弱であり、一つの発光粒子が、蛍光一分子又は数分子などである場合、発光粒子の発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間に於いて信号の値の欠落が生じる可能性がある。そして、そのような欠落が生ずると、一つの発光粒子の存在に対応する信号の特定が困難となる。そこで、信号処理部は、時系列光強度データを平滑化し、微小な時間に於ける信号値の欠落を無視できるようにデータを加工した後、平滑化された時系列光強度データに於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号を単一の発光粒子からの光を表す信号として検出するよう構成されていてよい。
【0020】
上記の本発明の実施の態様の一つに於いては、信号の数を計数して光検出領域に包含された発光粒子の数を計数するようになっていてよい(粒子のカウンティング)。その場合、検出された発光粒子の数と光検出領域の位置の移動量と組み合わせることにより、試料溶液中の同定された発光粒子の数密度又は濃度に関する情報が得られることとなる。具体的には、例えば、複数の試料溶液の数密度若しくは濃度の比、或いは、濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比が算出されるか、又は、濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比を用いて、絶対的な数密度値又は濃度値が決定されてよい。或いは、任意の手法により、例えば、所定の速度にて光検出領域の位置を移動するなどして、光検出領域の位置の移動軌跡の全体積を特定すれば、発光粒子の数密度又は濃度が具体的に算定できることとなる。
【0021】
上記の本発明の装置に於いて試料溶液内に於ける光検出領域の位置を移動させながら光検出を行い、個々の発光粒子からの信号を個別に検出する光分析技術であって、光検出領域の位置が試料溶液内の平面内に於いて第一の経路に沿って位置が移動する第二の経路に沿って移動され、これにより、同一の発光粒子を二回以上検出する可能性が大幅に低減される光分析技術の処理は、汎用のコンピュータによっても実現可能である。従って、本発明のもう一つの態様によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出するための光分析用コンピュータプログラムであって、試料溶液内の平面内に於いて第一の経路に沿って位置が移動する第二の経路に沿って顕微鏡の光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動手順と、光検出領域の位置の移動の間に光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する時系列光強度データ生成手順と、時系列光強度データを用いて発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する発光粒子信号検出手順とをコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラムが提供される。なお、コンピュータプログラムは、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に記憶されて提供される。コンピュータは、記憶媒体に記憶されているプログラムを読み出して、情報の加工・演算処理を実行することにより、上記の手順を実現する。ここで、コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、半導体メモリ等であってよい。更に、上述のプログラムは、通信回線によってコンピュータへ配信され、この配信を受けたコンピュータがプログラムを実行するようにしても良い。
【0022】
かかるコンピュータプログラムに於いても、好適には、第一及び第二の経路が循環経路であり、第二の経路に沿った光検出領域の位置の移動周期が第一の経路に沿った第二の経路の位置の移動周期よりも短く設定される。また、その場合、光検出領域の位置の移動周期τ1と第二の経路の位置の移動速度v2と光検出領域の直径dとが、
v2・τ1>d
を満たすよう設定されることが好ましい。そして、第二の経路に沿った光検出領域の位置の移動は、光学系の光路を変更することにより為され、第一の経路に沿った試料溶液内に於ける第二の経路の位置の移動は、試料溶液の位置を移動することにより為されてよい。その場合、光学系の光路を変更することによる試料溶液内での光検出領域の位置の移動は、例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いるなどして、顕微鏡の光学系の光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。また、第二の経路は円形又は楕円形であり、第一の経路は円形、楕円形又は直線であってよい。更に、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性、試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更可能となっていてよく、好適には、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、検出対象となる発光粒子の拡散移動速度よりも高く設定される。
【0023】
また、上記のコンピュータプログラムに於いても、発光粒子の各々からの光を表す信号の個別の検出は、時系列の信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態に於いて、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する信号が検出されたときに、1つの発光粒子が光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。具体的には、光強度データ上に於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよく、好適には、時系列光強度データが平滑化され、平滑化された時系列光強度データに於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよい。
【0024】
更に、上記のコンピュータプログラムに於いても、個別に検出された発光粒子からの信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数する手順及び/又は検出された発光粒子の数に基づいて、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する手順が含まれていてよい。
【0025】
上記の本発明の装置又はコンピュータプログラムによれば、試料溶液内に於ける光検出領域の位置を移動させながら、個々の発光粒子の光の検出を行う光分析方法であって、光検出領域の位置が試料溶液内の平面内に於いて第一の経路に沿って位置が移動する第二の経路に沿って移動され、これにより、同一の発光粒子を二回以上検出する可能性が大幅に低減される新規な方法が実現される。かくして、本発明によれば、更に、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析方法であって、試料溶液内の平面内に於いて顕微鏡の光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動過程と、光検出領域の位置の移動の間に光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する時系列光強度データ生成過程と、時系列の光強度データを用いて発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する発光粒子信号検出過程とを含み、光検出領域移動過程に於いて、第一の経路に沿って位置が移動する第二の経路に沿って光検出領域の位置を移動することを特徴とすることを特徴とする方法が提供される。
【0026】
かかる方法に於いても、好適には、第一及び第二の経路が循環経路であり、第二の経路に沿った光検出領域の位置の移動周期が第一の経路に沿った第二の経路の位置の移動周期よりも短く設定される。また、その場合、光検出領域の位置の移動周期τ1と第二の経路の位置の移動速度v2と光検出領域の直径dとが、
v2・τ1>d
を満たすよう設定されることが好ましい。そして、第二の経路に沿って光検出領域の位置の移動は、光学系の光路を変更することにより為され、第一の経路に沿って試料溶液内に於ける第二の経路の位置の移動は、試料溶液の位置を移動することにより為されてよい。その場合、光学系の光路を変更することによる試料溶液内での光検出領域の位置の移動は、例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いるなどして、顕微鏡の光学系の光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。また、第二の経路は円形又は楕円形であり、第一の経路は円形、楕円形又は直線であってよい。更に、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性、試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更可能となっていてよく、好適には、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、検出対象となる発光粒子の拡散移動速度よりも高く設定される。
【0027】
また、上記の方法に於いても、発光粒子の各々からの光を表す信号の個別の検出は、時系列の信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態に於いて、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する信号が検出されたときに、1つの発光粒子が光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。具体的には、光強度データ上に於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよく、好適には、時系列光強度データが平滑化され、平滑化された時系列光強度データに於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよい。
【0028】
更に、上記の方法に於いても、個別に検出された発光粒子からの信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数する手順及び/又は検出された発光粒子の数に基づいて、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する手順が含まれていてよい。
【0029】
上記の本発明の光分析技術は、典型的には、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の生物学的な対象物の溶液中の状態の分析又は解析の用途に用いられるが、非生物学的な粒子(例えば、原子、分子、ミセル、金属コロイドなど)の溶液中の状態の分析又は解析に用いられてもよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【発明の効果】
【0030】
かくして、上記の本発明による走査分子計数法に於いては、光検出領域の位置の移動経路、即ち、試料溶液内の走査経路が改良され、同一の発光粒子を別の粒子として検出すること及び光検出領域の寸法や形状の変化をできるだけ回避し、より広い領域又はより長い距離の経路に沿って試料溶液内の走査を実行することにより、発光粒子の検出数又は数密度の精度の悪化の防止が図られる。実際、一つの循環経路に沿って光検出領域の位置を移動する場合には、拡散速度の低い発光粒子については、意図せずに同一の粒子を周期的に複数回検出していることがあり、同一の粒子からの信号を別の粒子として検出することにより、或いは、発光粒子の退色によって(実施例参照)、粒子の検出数の精度が悪化したり、結果値のばらつきが大きくなる場合があった(もっとも、意図的に同一の粒子を複数回検出することにより、粒子の特性の検出精度を向上することも可能である。)。本発明によれば、光検出領域は、その位置の移動の間、経路の交差点を除き、試料溶液内の異なる領域を走査することとなるので、同一の発光粒子を別の粒子として検出する可能性が大幅に低減され、粒子の検出数のばらつきが縮小され、或いは、発光粒子の退色による影響を最小限に抑えられることとなる(実施例参照)。
【0031】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0035】
光分析装置の構成
本発明による光分析技術を実現する光分析装置は、基本的な構成に於いて、
図1(A)に模式的に例示されている如き、FCS、FIDA等が実行可能な共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせてなる装置であってよい。同図を参照して、光分析装置1は、光学系2〜17と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ18とから構成される。光分析装置1の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様であってよく、そこに於いて、光源2から放射されシングルモードファイバー3内を伝播したレーザー光(Ex)が、ファイバーの出射端に於いて固有のNAにて決まった角度にて発散する光となって放射され、コリメーター4によって平行光となり、ダイクロイックミラー5、反射ミラー6、7にて反射され、対物レンズ8へ入射される。対物レンズ8の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル10が配列されたマイクロプレート9が配置されており、対物レンズ8から出射したレーザー光は、試料容器又はウェル10内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。試料溶液中には、観測対象物である発光粒子、典型的には、蛍光性粒子又は蛍光色素等の発光標識が付加された粒子が分散又は溶解されており、かかる発光粒子が励起領域に進入すると、その間、発光粒子が励起され光が放出される。放出された光(Em)は、対物レンズ8、ダイクロイックミラー5を通過し、ミラー11にて反射してコンデンサーレンズ12にて集光され、ピンホール13を通過し、バリアフィルター14を透過して(ここで、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。)、マルチモードファイバー15に導入されて、光検出器16に到達し、時系列の電気信号に変換された後、コンピュータ18へ入力され、後に説明される態様にて光分析のための処理が為される。なお、当業者に於いて知られている如く、上記の構成に於いて、ピンホール13は、対物レンズ8の焦点位置と共役の位置に配置されており、これにより、
図1(B)に模式的に示されている如きレーザー光の焦点領域、即ち、励起領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、励起領域以外からの光は遮断される。
図1(B)に例示されたレーザー光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置に於ける光検出領域であり(典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス様分布となる。実効体積は、光強度が1/e
2となる面を境界とする略楕円球体の体積である。)、コンフォーカル・ボリュームと称される。また、本発明では、1つの発光粒子からの光、例えば、一つの蛍光色素分子からの微弱光が検出されるので、光検出器16としては、好適には、フォトンカウンティングに使用可能な超高感度の光検出器が用いられる。光の検出がフォトンカウンティングによる場合、光強度の測定は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BIN TIME)に、光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行される。従って、この場合、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータである。また、顕微鏡のステージ(図示せず)には、観察するべきウェル10を変更するべく、マイクロプレート9の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置17aが設けられていてよい。ステージ位置変更装置17aの作動は、コンピュータ18により制御されてよい。かかる構成により、検体が複数在る場合にも、迅速な計測が達成可能となる。
【0036】
更に、上記の光分析装置の光学系に於いては、試料溶液内を光検出領域により走査する、即ち、試料溶液内に於いて焦点領域、即ち、光検出領域の位置を移動するための機構が設けられる。かかる光検出領域の位置を移動するための機構としては、
図1(C)に模式的に例示されている如く、反射ミラー7の向きを変更するミラー偏向器17が採用されてよい(光路を変更して光検出領域の絶対的な位置を移動する方式)。かかるミラー偏向器17は、通常のレーザー走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様であってよい。また、更に、
図1(D)に例示されている如く、試料溶液が注入されている容器10(マイクロプレート9)の水平方向の位置を移動し、試料溶液内に於ける光検出領域の相対的な位置を移動するべくステージ位置変更装置17aが作動される(試料溶液の位置を移動する方式)。後に詳細に説明される如く、本発明に於いては、上記の光路を変更して光検出領域の絶対的な位置を移動する方式によって光検出領域を走査軌道(第二の経路)に沿って周回移動させると同時に、試料溶液の位置を移動する方式により、試料溶液内に於ける光検出領域の走査軌道の位置が所定の移動経路(第一の経路)に沿って移動される。いずれの方式による場合も、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するべく、ミラー偏向器17又はステージ位置変更装置17aは、コンピュータ18の制御の下、光検出器16による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の走査軌道は、円形、楕円形等の閉じた循環経路であってよく、試料溶液の位置の移動経路は、円形、楕円形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい(コンピュータ18に於けるプログラムに於いて、種々の移動パターンが選択できるようになっていてよい。)。
【0037】
観測対象物となる発光粒子が多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光の放出があるので、ピンホール13は、除去されてよい。また、観測対象物となる発光粒子が化学発光や生物発光現象により励起光によらず発光する場合には、励起光を生成するための光学系2〜5が省略されてよい。発光粒子がりん光又は散乱により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。更に、光分析装置1に於いては、図示の如く、複数の励起光源2が設けられていてよく、発光粒子の励起波長によって適宜、励起光の波長が選択できるようになっていてよい。同様に、検出光光路にダイクロイックミラー14aを挿入して、検出光を複数の波長帯域に分割して別々に複数個の光検出器16により検出するようになっていてよい。かかる構成によれば、発光粒子の発光波長特性(発光スペクトル)に関する情報の検出や、複数種の発光粒子が含まれている場合に、それらからの光をその波長によって別々に検出するといったことも可能となる。更にまた、光の検出に関して、励起光として所定の方向に偏光した光が用いられ、検出光の、励起光の偏光方向と垂直な方向の成分を別々に検出して発光粒子の光の偏光特性が検出できるようになっていてもよい。その場合、励起光光路には、ポーラライザ(図示せず)が挿入され、検出光光路に偏光ビームスプリッタ14aが挿入される。
【0038】
コンピュータ18は、CPUおよびメモリを備え、CPUが各種演算処理を実行することにより、本発明の手順を実行する。なお、各手順は、ハードウェアにより構成するようにしてもよい。本実施形態で説明される処理の全て或いは一部は、それらの処理を実現するプログラムを記憶したコンピュータ読み取り可能な記憶媒体を用いて、コンピュータ18により実行されてよい。即ち、コンピュータ18は、記憶媒体に記憶されているプログラムを読み出して、情報の加工・演算処理を実行することにより、本発明の処理手順を実現するようになっていてよい。ここで、コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、半導体メモリ等であってよく、或いは、上記のプログラムを通信回線によってコンピュータに配信し、この配信を受けたコンピュータがプログラムを実行するようにしても良い。
【0039】
本発明の光分析技術の原理
「発明の概要」の欄に記載されている如く、本発明の光分析技術に於いては、端的に述べれば、走査分子計数法に於いて、試料溶液内の平面内にて、光検出領域の位置の移動中に、光検出領域の位置の走査軌道を移動させて、短時間の内にできるだけ同一の領域を通過しないようにすることによって、同一の発光粒子を別の粒子として検出すること及び光検出領域の寸法や形状の変化をできるだけ回避し、発光粒子の検出数に於けるばらつきの抑制、検出精度の向上が図られる。以下、本発明の走査分子計数法の原理、光検出領域の周回移動の態様について説明する。
【0040】
1.走査分子計数法の原理
FCS、FIDA等の分光分析技術は、従前の生化学的な分析技術に比して、必要な試料量が極めて少なく、且つ、迅速に検査が実行できる点で優れている。しかしながら、FCS、FIDA等の分光分析技術では、原理的に、発光粒子の濃度や特性は、蛍光強度のゆらぎに基づいて算定されるので、精度のよい測定結果を得るためには、試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度が、
図7(A)に模式的に描かれているように、蛍光強度の計測中に常に一個程度の発光粒子が光検出領域CV内に存在するレベルであり、同図の右側に示されている如く、計測時間中に常に有意な光強度(フォトンカウント)が検出されることが要求される。もし発光粒子の濃度又は数密度がそれよりも低い場合、例えば、
図7(B)に描かれているように、発光粒子がたまにしか光検出領域CV内へ進入しないレベルである場合には、同図の右側に例示されている如く、有意な光強度の信号(フォトンカウント)が、計測時間の一部にしか現れないこととなり、精度のよい光強度のゆらぎの算定が困難となる。また、計測中に常に一個程度の発光粒子が光検出領域内に存在するレベルよりも発光粒子の濃度が大幅に低い場合には、光強度のゆらぎの演算に於いて、バックグラウンドの影響を受けやすく、演算に十分な量の有意な光強度データを得るために計測時間が長くなる。
【0041】
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、発光粒子の濃度が、上記の如きFCS、FIDA等の分光分析技術にて要求されるレベルよりも低い場合でも、発光粒子の数密度又は濃度等の特性の検出を可能にする新規な原理に基づく「走査分子計数法」を提案した。
【0042】
走査分子計数法に於いて実行される処理としては、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構を駆動して光路を変更し、
図2(A)にて模式的に描かれているように、試料溶液内に於いて光検出領域CVの位置を移動しながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。そうすると、例えば、光検出領域CVが移動する間(図中、時間to〜t2)に於いて1つの発光粒子の存在する領域を通過する際(t1)には、発光粒子から光が放出され、
図2(B)に描かれている如き時系列の光強度データ上に有意な光強度(Em)のパルス状の信号が出現することとなる。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する
図2(B)に例示されている如きパルス状の信号(有意な光強度)を一つずつ検出することによって、発光粒子が個別に検出され、その数をカウントすることにより、計測された領域内に存在する発光粒子の数、或いは、濃度若しくは数密度に関する情報が取得できることとなる。又、信号の強度から種々の発光粒子の光の特性や発光粒子自体の特性が発光粒子毎に検出可能となる。かかる走査分子計数法の原理に於いては、蛍光強度のゆらぎの算出の如き統計的な演算処理は行われず、発光粒子が一つずつ検出されるので、FCS、FIDA等では十分な精度にて分析ができないほど、観測されるべき粒子の濃度が低い試料溶液でも、粒子の濃度若しくは数密度、特性に関する情報が取得可能である。
【0043】
2.光検出領域の走査軌道
上記の走査分子計数法に於いて、光検出領域の位置の移動は、後により詳細に説明される如く、発光粒子のブラウン運動による移動速度(拡散移動速度)よりも高速であることが好ましい。また、発光粒子その他の物質の安定性のために、試料溶液内の流れや振動等の擾乱は最小にすべきである。従って、光検出領域の位置の移動は、原則としては、顕微鏡の光学系の光路の変更による方が好ましい。上記に説明されている如く、ミラー偏向器17による光路の変更によれば、光検出領域の位置の移動を比較的容易に高速にて実行可能だからである。この点に関し、対物レンズの視野の周縁は、一般に収差が大きくなり、光検出領域の寸法や形状が場所によって異なる可能性があるため、光路の変更による光検出領域の位置の移動範囲は、対物レンズの収差の少ない視野の中心付近の領域内にて実行されることが好ましい。しかしながら、光検出領域の位置の移動範囲が対物レンズの視野の中心付近の領域内に限られると、光検出領域の通過する領域、即ち、走査領域が小さくなり、検出され得る発光粒子の数も少なくなる。また、小さい領域を繰り返し通過する場合には、特に、拡散の遅い粒子については、その存在領域を光検出領域が繰り返し通過することとなり、同一の粒子を複数回検出することとなる。もっとも、意図的に同一の粒子からの光を繰り返し検出することにより、その光の特性を精度よく見積もることも有用であるが、発光粒子の数のカウンティングや濃度又は数密度の検出など、できるだけ発光粒子の検出数を多くしたいときには、同一の粒子を複数回検出することをせずに、より広範囲の領域又はより長い距離を走査できることが好ましい。また、その際、発光粒子の濃度についての情報を得たいときには、光検出領域の寸法や形状に変化が殆どなく、走査領域(光検出領域の通過領域)の長さ又は体積の見積が容易であることが好ましい。
【0044】
かくして、本発明に於いては、上記の如き走査分子計数法に於ける光検出領域の位置の移動に関する要請を考慮して、より広範囲の領域又はより長い距離を安定的に走査できるように、既に述べた如く、二次元の平面内にて、光検出領域の位置を所定の走査軌道上にて移動させると共に、その走査軌道を移動させて、光検出領域の位置が短時間のうちに(経路の交差点を除き)同一の領域を通過することをできるだけ回避するべく、光検出領域の位置の移動経路が改良される。
【0045】
具体的には、まず、
図1のミラー偏向器17を駆動して光路を変更して、対物レンズの視野内に於いて、
図2(C)の如く、光検出領域を走査軌道(第二の経路)に沿って周回移動させる。そして、この運動と同時に、
図2(D)の如く、ステージ位置変更装置17aを連続的に駆動して、試料溶液の位置を移動し、これにより、試料溶液を基準にして光検出領域の走査軌道の位置を移動して、光検出領域が短時間のうちにできるだけ同一の領域を走査することが回避される。[
図2(D)の如く、試料溶液の位置の移動を循環経路とすると、その循環経路を光検出領域の走査軌道の位置が一巡すると、光検出領域が再び同じ領域を走査することとなるが、光検出領域の走査軌道の位置の一巡の間に、通常、発光粒子は、拡散により別の場所に移動されると想定されるので、同一の発光粒子が再び検出される可能性は極めて低いと考えてよい。]
【0046】
なお、試料溶液を基準にした光検出領域の速度は、発光粒子の光の信号のパルス状形状が常に一定となるように、略一定であることが望ましいところ、試料溶液の位置の移動速度が光検出領域の走査軌道上での移動速度と匹敵する程度に高いと、試料溶液を基準にした光検出領域の速度が変動することとなる。そこで、好適には、試料溶液の位置の移動速度は、光検出領域の走査軌道上での移動速度に比して十分低いこと(例えば、20%以下)が好ましい。また、
図2(E)に示されている如く、光検出領域が走査軌道を一巡したときに、前回(i)の周回の際に通過した領域と今回(ii)の周回の際に通過する領域との重複を避けるために、試料溶液の位置の移動速度(走査軌道の位置の移動速度)v2と光検出領域の走査軌道上の移動周期τ1は、光検出領域の直径dとに於いて、
v2・τ1>d …(1)
の関係が成立するよう設定される。具体的には、光検出領域の直径dは、0.4〜30μmであり、光検出領域の走査軌道上の移動周期τ1が0.6〜600m秒であるとすると、試料溶液の位置の移動速度v2は、0.67μm/秒以上となる。実際には、通常、光検出領域の走査軌道上の移動周期τ1は、6〜60m秒と設定されるので、その場合には、試料溶液の位置の移動速度v2は、17μm/秒以上となる。光検出領域の走査軌道上での移動速度は、典型的には、10〜90mm/秒に設定されるので、試料溶液の位置の移動速度v2は、殆ど無視できるほど小さい。
【0047】
走査分子計数法の処理操作過程
図1(A)に例示の光分析装置1を用いた本発明に従った走査分子計数法の実施形態に於いては、具体的には、(1)発光粒子を含む試料溶液の調製、(2)試料溶液の光強度の測定処理、及び(3)測定された光強度の分析処理が実行される。
図3は、フローチャートの形式にて表した本実施形態に於ける処理を示している。
【0048】
(1)試料溶液の調製
本発明の光分析技術の観測対象物となる粒子は、溶解された分子等の、試料溶液中にて分散し溶液中にてランダムに運動する粒子であれば、任意のものであってよく、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞、或いは、金属コロイド、その他の非生物学的分子などであってよい。観測対象物となる粒子が光を発する粒子でない場合には、発光標識(蛍光分子、りん光分子、化学・生物発光分子)が観測対象物となる粒子に任意の態様にて付加されたものが用いられる。試料溶液は、典型的には水溶液であるが、これに限定されず、有機溶媒その他の任意の液体であってよい。
【0049】
(2)試料溶液の光強度の測定(
図3−ステップ100)
本実施形態の走査分子計数法による光分析に於ける光強度の測定は、測定中にミラー偏向器17及びステージ位置変更装置17aを駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)及び試料溶液の移動を行う他は、FCS又はFIDAに於ける光強度の測定過程と同様の態様にて実行されてよい。操作処理に於いて、典型的には、マイクロプレート9のウェル10に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置した後、使用者がコンピュータ18に対して、測定の開始の指示を入力すると、コンピュータ18は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラム(試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動する手順と、光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する手順)に従って、試料溶液内の光検出領域に於ける励起光の照射及び光強度の計測が開始される。かかる計測中、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下、まず、ミラー偏向器17は、ミラー7(ガルバノミラー)を駆動して、ウェル10内に於いて走査軌道に沿った光検出領域の位置の周回移動を実行すると共に、ステージ位置変更装置17aが顕微鏡のステージ上のマイクロプレート9の位置を移動する。これと同時に光検出器16は、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ18へ送信し、コンピュータ18では、任意の態様にて、送信された信号から時系列の光強度データを生成して保存する。かくして、これらの処理が、任意の時間に亘って実行され、一回の測定が終了する。なお、典型的には、光検出器16は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器であるので、光の検出が、フォトンカウンティングによる場合、時系列光強度データは、時系列のフォトンカウントデータであってよい。
【0050】
光強度の計測中の光検出領域の位置の走査軌道に沿った周回移動に於ける移動速度は、任意に、例えば、実験的に又は分析の目的に適合するよう設定された所定の速度であってよい。検出された発光粒子の数に基づいて、その数密度又は濃度に関する情報を取得する場合には、光検出領域の通過した領域の大きさ又は体積が必要となるので、移動距離が把握される態様にて光検出領域の位置の移動が実行される。なお、計測中の経過時間と光検出領域の位置の移動距離とが比例関係にある方が測定結果の解釈が容易となるので、移動速度は、基本的に、一定速度であることが好ましいが、これに限定されない。
【0051】
光検出領域の位置の移動速度は、上記の式(1)の条件を満たすともに、計測された時系列の光強度データからの発光粒子の個別の検出、或いは、発光粒子の数のカウンティングを、定量的に精度よく実行するためには、発光粒子のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定されることが好ましい。本発明の光分析技術の観測対象粒子は、溶液中に分散又は溶解されて自由にランダムに運動する粒子であるので、ブラウン運動によって位置が時間と伴に移動する。従って、光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、
図4(A)に模式的に描かれている如く、粒子が領域内をランダムに移動し、これにより、光強度がランダムに変化し(既に触れた如く、光検出領域の励起光強度は、領域の中心を頂点として外方に向かって低減する。)、個々の発光粒子に対応する有意な光強度の変化を特定することが困難となる。そこで、好適には、
図4(B)に描かれている如く、粒子が光検出領域を略直線に横切り、これにより、時系列の光強度データに於いて、
図4(C)の最上段に例示の如く、個々の発光粒子に対応する光強度の変化のプロファイルが略一様となり(発光粒子が略直線的に光検出領域を通過する場合には、光強度の変化のプロファイルは、励起光強度分布と略同様の釣鐘型となる。)、個々の発光粒子と光強度との対応が容易に特定できるように、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。
【0052】
具体的には、拡散係数Dを有する発光粒子がブラウン運動によって半径Woの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δtは、平均二乗変位の関係式
(2Wo)
2=6D・Δt …(2)
から、
Δt=(2Wo)
2/6D …(3)
となるので、発光粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2Wo/Δt=3D/Wo …(4)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、かかるVdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されてよい。例えば、観測対象粒子の拡散係数が、D=2.0×10
−10m
2/s程度であると予想される場合には、Woが、0.62μm程度だとすると、Vdifは、1.0×10
−3m/sとなるので、光検出領域の位置の移動速度は、その10倍以上の15mm/sなどと設定されてよい。なお、観測対象粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々設定して光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
【0053】
(3)光強度の分析
上記の処理により試料溶液中の発光粒子の時系列の光強度データが得られると、コンピュータ18に於いて、記憶装置に記憶されたプログラムに従った処理により、光強度データ上に於ける発光粒子からの光に対応する信号の検出、発光粒子濃度の算出等の分析が実行される。
【0054】
(i)発光粒子に対応する信号の検出
時系列の光強度データに於いて、一つの発光粒子の光検出領域を通過する際の軌跡が、
図4(B)に示されている如く略直線状である場合、その粒子に対応する信号に於ける光強度の変化は、(光学系により決定される)光検出領域内の光強度分布を反映した略釣鐘状のプロファイルを有する(
図4(C)最上段参照)。従って、走査分子計数法では、基本的には、適宜設定される閾値を超える光強度が継続する時間幅が所定の範囲にあるとき、その光強度のプロファイルを有する信号が一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されるようになっていてよい。そして、閾値を超える光強度が継続する時間幅が所定の範囲にない信号は、ノイズ又は異物の信号として判定される。また、光検出領域の光強度分布が、ガウス分布:
I=A・exp(−2t
2/a
2) …(5)
であると仮定できるときには、有意な光強度のプロファイル(バックグラウンドでないと明らかに判断できるプロファイル)に対して式(5)をフィッティングして算出された強度A及び幅aが所定の範囲内にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されてよい。(強度A及び幅aが所定の範囲外にある信号は、ノイズ又は異物の信号として判定され、その後の分析等に於いて無視されてよい。)
【0055】
時系列光強度データからの発光粒子の一括的な検出を行う処理方法の一つの例としては、まず、時系列光強度データ(
図4(C)、最上段「検出結果(未処理)」)に対して、スムージング(平滑化)処理が為される(
図3−ステップ110、
図4(C)中上段「スムージング」)。発光粒子の発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間に於いてデータ値の欠落が生じ得るため、かかるスムージング処理によって、前記の如きデータ値の欠落を無視できることとなる。スムージング処理は、例えば、移動平均法等により為されてよい。なお、スムージング処理を実行する際のパラメータ、例えば、移動平均法に於いて一度に平均するデータ点数や移動平均の回数など、は、光強度データ取得時の光検出領域の位置の移動速度(走査速度)、BIN TIMEに応じて適宜設定されてよい。
【0056】
次いで、スムージング処理後の時系列光強度データに於いて、有意なパルス状の信号(以下、「パルス信号」と称する。)が存在する時間領域(パルス存在領域)を検出するために、スムージング処理後の時系列光強度データの時間についての一次微分値が演算される(ステップ120)。時系列光強度データの時間微分値は、
図4(C)中下段「時間微分」に例示されている如く、信号値の変化時点に於ける値の変化が大きくなるので、かかる時間微分値を参照することによって、有意な信号の始点と終点を有利に決定することができる。
【0057】
しかる後、時系列光強度データ上に於いて、逐次的に、有意なパルス信号を検出し、検出された信号が発光粒子に対応する信号であるか否かが判定される。具体的には、まず、時系列光強度データの時系列の時間微分値データ上にて、逐次的に時間微分値を参照して、一つのパルス信号の始点と終点とが探索され決定され、パルス存在領域が特定される(ステップ130)。一つのパルス存在領域が特定されると、そのパルス存在領域に於けるスムージングされた時系列光強度データに対して、釣鐘型関数のフィッティングが行われ(
図4(C)下段「釣鐘型関数フィッティング」)、釣鐘型関数のパルスのピーク(最大値)の強度Ipeak、パルス幅(半値全幅)Wpeak、フィッティングに於ける(最小二乗法の)相関係数等のパラメータが算出される(ステップ140)。なお、フィッティングされる釣鐘型関数は、典型的には、ガウス関数であるが、ローレンツ型関数であってもよい。そして、算出された釣鐘型関数のパラメータが、一つの発光粒子が光検出領域を通過したときに検出されるパルス信号が描く釣鐘型のプロファイルのパラメータについて想定される範囲内にあるか否か、即ち、パルスのピーク強度、パルス幅、相関係数が、それぞれ、所定範囲内にあるか否か、例えば、
下記の条件:
20μ秒<パルス幅<400μ秒
ピーク強度>1.0[pc/10μs] …(A)
相関係数>0.95
を満たすか否か等が判定される(ステップ150)。かくして、
図5左に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの発光粒子に対応する信号に於いて想定される範囲内にあると判定された信号は、一つの発光粒子に対応する信号であると判定され、これにより、一つの発光粒子が検出されたこととなる。一方、
図5右に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが想定される範囲内になかったパルス信号は、ノイズとして無視される。
【0058】
上記のステップ130〜150の処理に於けるパルス信号の探索及び判定は、時系列光強度データの全域に渡って繰り返し実行されてよい(ステップ160)。なお、時系列光強度データから発光粒子の信号を個別に検出する処理は、上記の手順に限らず、任意の手法により実行されてよい。
【0059】
(ii)発光粒子濃度の決定
更に、検出された発光粒子の信号の数を計数して、発光粒子の数の決定が為されてもよい(発光粒子のカウンティング)。また、任意の手法にて、光検出領域の通過した領域の総体積が算定されれば、その体積値と発光粒子の数とから試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度が決定される(ステップ170)。
【0060】
光検出領域の通過した領域の総体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に基づいて理論的に算定されてもよいが、実験的に、例えば、発光粒子の濃度が既知の溶液(対照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、発光粒子の検出及びカウンティングを行うことにより検出された発光粒子の数と、対照溶液の発光粒子の濃度とから決定されるようになっていてよい。具体的には、例えば、発光粒子の濃度Cの対照溶液について、対照溶液の発光粒子の検出数がNであったとすると、光検出領域の通過した領域の総体積Vtは、
Vt=N/C …(6)
により与えられる。また、対照溶液として、発光粒子の複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtとして採用されるようになっていてよい。そして、Vtが与えられると、発光粒子のカウンティング結果がnの試料溶液の発光粒子の濃度cは、
c=n/Vt …(7)
により与えられる。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて、例えば、FCS、FIDAを利用するなどして与えられるようになっていてよい。また、本実施形態の光分析装置に於いては、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な発光粒子についての濃度Cと発光粒子の数Nとの関係(式(6))の情報をコンピュータ18の記憶装置に予め記憶しておき、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるようになっていてよい。
【0061】
かくして、光検出領域により試料溶液中にて走査して発光粒子を個別に検出する走査分子計数法に於いて、上記の処理手順により、試料溶液中の発光粒子のカウンティング、濃度の決定等が可能となる。
【0062】
(iii)種々の特性の決定
発光粒子信号の検出が為されると、発光粒子濃度の他に、信号の強度値を用いて種々の発光粒子の光の特性、発光粒子自体の特性に関する情報(信号の特徴量)を得ることが可能となる。例えば、検出光の計測に於いて、検出光を偏光方向毎に別々に計測して、偏光方向毎に光強度データを生成している場合、それらの光強度データからそれぞれ得られた信号の強度値から偏光度、偏光異方性等の偏光特性を表す任意指標値が算出され、かかる指標値から更に発光粒子の回転拡散特性の指標値を算出することが可能である。また、検出光の計測に於いて、検出光を複数の波長帯域の成分を別々に計測して、波長帯域毎に光強度データを生成している場合、それらの光強度データからそれぞれ得られた信号の強度値から発光粒子の発光波長スペクトルに関する情報(例えば、複数の波長に於ける強度比)を得ることが可能である。ここで理解されるべきことは、本発明の対象となっている走査分子計数法では、上記の如き発光粒子の光の特性、発光粒子自体の特性に関する情報が発光粒子毎に決定されるという点である。
【0063】
かくして、上記の本発明によれば、走査分子計数法に於いて、試料溶液中の発光粒子の数密度・濃度に関する情報又はその他の特性に関する情報が得られることとなる。特に、本発明に於いては、既に述べた如く、上記の光検出領域の位置の移動に関して、試料溶液中の二次元的な平面内にて、光検出領域の位置を走査軌道に沿って移動すると共に、試料溶液の位置を移動することによって、試料溶液内に於ける光検出領域の位置の走査軌道の位置を移動し、これにより、光検出領域の形状・寸法の変化を最小限に抑制し、尚且つ、光検出領域が短期間のうちに同一領域を繰り返し通過することが回避される。そして、かかる構成によって、同一の発光粒子の意図せずに二回以上検出する可能性が大幅に低減され、より広い領域に於ける発光粒子をできるだけ多く検出し、検出された結果の精度の向上が図られる。
【0064】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例1】
【0065】
上記の走査分子計数法に従って、発光粒子の信号を検出し、その信号数を計数する場合に、光検出領域の位置の移動の態様と、検出される信号数との関係について評価した。実験では、モレキュラー・ビーコンを用いて特定の塩基配列の核酸分子が検出可能であることを検証した。モレキュラー・ビーコンとは、両端に蛍光エネルギー移動現象のドナーとなる蛍光色素FLとアクセプターQcとなる分子がそれぞれ付加された核酸分子である。単体では、
図6(A)の左図に模式的に描かれているように、ドナー色素FLとアクセプター分子Qcとの距離が近接しドナー色素からアクセプター色素への蛍光エネルギー移動現象FRETが発生する一方、自身の塩基配列に相補的な塩基配列を有する核酸又は核酸類似物Tに結合すると、
図6(A)の右図に模式的に描かれているように、ドナー色素FLとアクセプター分子Qcとの間の距離が離れ、蛍光エネルギー移動現象が発生しないよう構成された分子である。本実施例では、ドナー色素として、ATTO647Nを用い、アクセプター分子として、ATTO647Nの蛍光を吸収する消光分子であるBHQ2を用いた。従って、モレキュラー・ビーコン単体では、ATTO647Nの蛍光が蛍光エネルギー移動現象によってBHQ2に吸収され、蛍光が放出されないが、標的となる核酸に結合すると、ドナー色素とアクセプター分子との距離が離れ、蛍光Emが放出され、検出可能となる。
【0066】
試料溶液は、以下の通り調製した。
(モレキュラー・ビーコンの標的となる核酸の調製)
k-Ras遺伝子を人工的に合成し、プラスミドへ挿入してクローニングにより精製した(合成及び精製は北海道システムサイエンスへ依頼)。合成したプラスミドをテンプレート(pUC57ベクターにk-RasWt配列を挿入したテンプレート)として、k-Rasプラスミド10000コピー、0.1μM FwPrimer(Fasmac)、0.1μM RePrimer(Fasmac)、0.125U PrimeStar Taq(TaKaRa,R010A)、1倍 PrimeStar Buffer、800mM dNTPs、2% DMSOを10μLの反応容量で、(98℃ 10秒→72℃ 3分)×35サイクルのサーマルサイクルにてPCR増幅した。そして、PCR産物を、ウィザード・SVゲル・アンド・PCRクリーンアップ・システム(Wizard SV Gel and PCR Clean-Up system (Promega,A9281)を用いて精製し、標的配列を有する核酸を調製した。なお、FwPrimer(kRas遺伝子増幅用)は、配列番号1の塩基配列を有し、RePrimer(kRas遺伝子増幅用)は、配列番号2を有し、pUC57ベクターにk-Rasを導入したテンプレートは、配列番号3の塩基配列を有する。
【0067】
(ハイブリダイゼーション反応)
配列番号4の塩基配列を有するDNAの5’末端にATTO647Nが標識され、3’末端にBHQ2が標識されたモレキュラー・ビーコン(83b、20pM、シグマジェノシス)と、k-Ras遺伝子を挿入したプラスミドをPCR増幅して精製したテンプレート(0〜50pM)を混合し、Trisバッファ(10mM Tris-HCl(pH8.0)、400mM NaCl、0.1% PluronicF-127、10%デキストラン硫酸))中で、95℃ 2分、60℃ 3時間のアニーリングを行い、10℃にて保存し回収した。
【0068】
光の測定に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用い、上記の「(2)試料溶液の光強度の測定」にて説明した態様に従って、上記の試料溶液について時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を取得した。その際、励起光は、633nmのレーザー光(600μW)を用い、バンドパスフィルターを用いて、660−710nmの波長帯域の光を測定した。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の走査軌道は、直径約50μmの円とし、移動速度は、15mm/秒とし、周回移動の周期は、10m秒(=6000rpm)とし、試料容器の位置は、長軸2mm及び短軸1mmの楕円形に沿って、4mm/秒の移動速度(45rpm)にて移動された(試料容器移動ありの場合)。光測定は、BIN TIMEを10μ秒としてフォトンカウンティングにより20秒間の測定を連続的に30回実行した(即ち、600秒間連続して光測定を実行した。)。また、試料容器の位置の移動のみ実行しない場合についてもその他の条件を同一にして測定した(試料容器移動なしの場合)。
【0069】
光計測後のデータ処理に於いては、上記の「(3)(i)発光粒子に対応する信号の検出」に記載された処理手順に従って、各条件に於ける試料溶液について取得された時系列のフォトンカウントデータ中にて検出された発光粒子からの光を表す信号を計数した。ステップ110に於けるデータの移動平均法によるスムージングに於いては、一度に平均するデータ点は9個とし、移動平均処理を5回繰り返した。また、ステップ140のフィッティングに於いては、時系列データに対してガウス関数を最小二乗法によりフィッティングし、(ガウス関数に於ける)ピーク強度、ピーク幅(半値全幅)、相関係数を決定した。更に、ステップ150に於ける判定処理では、下記の条件:
20μ秒<パルス幅<400μ秒
ピーク強度>1.0[pc/10μs] …(A)
相関係数>0.95
を満たすパルス信号のみを発光粒子に対応する信号であると判定する一方、上記の条件を満たさないパルス信号はノイズとして無視し、発光粒子に対応する信号であると判定された信号の数を「パルス数」として計数した。なお、上記のピーク強度の閾値は、光検出器APD自身のノイズが発光粒子の信号として誤検出されない程度の大きさである。
【0070】
図6(B)は、標的の核酸の濃度を種々変更して調製された試料溶液について、上記の処理手順に従って計測された発光粒子の検出数の平均値(棒グラフ)とCV値(エラーバー)とを示している。図中の値は、20秒間の測定を一回として、30回の測定に於ける検出数から算出された平均値とCV値である。同図を参照して、各濃度の試料溶液に於いて、試料容器の移動を実行した場合と実行しなかった場合とで、検出数の平均値に於いては大きな差は見られなかったが、CV値は、試料容器の移動を実行しなかった場合には、5〜19%であったのに対し、試料容器の移動を実行した場合には、2〜3%であり、結果値のばらつきが大幅に縮小された。更に、濃度に対する検出数の感度を1SDであると考えると、識別可能の濃度の下限は、試料容器の移動を実行しなかった場合には、50pMであったのに対し、試料容器の移動を実行した場合には、500fMとなり、100倍の改善が見られた。即ち、上記の結果により、本発明により、発光粒子の検出数の結果値のばらつきの縮小と精度の改善が為されることが確認された。
【0071】
また、
図6(C)は、標的の核酸の濃度が50pMの試料溶液について、20秒間の測定を連続的に30回実行したときの発光粒子の平均値の推移を示している。なお、縦軸は、一回目(最初の20秒間)に於いて検出された粒子数に対する各回の検出数の比を表している。同図を参照して明らかな如く、一回当たり(20秒間当たり)の発光粒子の検出数は、30回の実行の間に、試料容器の移動を実行した場合には、殆ど変化しなかったのに対し、試料容器の移動を実行しなかった場合には、変動しながら、約55%まで低下した。本実施例に於ける発光粒子に於いては、上記の如く、モレキュラー・ビーコンが標的の核酸分子に結合すると、蛍光を発し、その存在が検出されることとなるので、同一の試料溶液に於ける検出数の変動及び減少は、蛍光色素の退色によるものであると考えられる。そして、蛍光色素の退色は、色素に対する励起光の照射量に応じて進行するので、試料容器の移動を実行しなかった場合の蛍光色素の退色による検出数の変動及び減少は、光検出領域が走査軌道を一巡する間又は周回する間に発光粒子が光検出領域の走査軌道から逸脱せず、これにより、発光粒子が繰り返し励起光を照射された状態となっていたことを示唆している。一方、試料容器の移動を実行した場合には、常に逐次的に別の発光粒子が光検出領域に進入するため、蛍光色素の退色が殆ど起きなかったと考えられる。
【0072】
かくして、上記の実施例の結果から理解される如く、本発明の教示に従って、光検出領域を走査軌道に沿って周回させつつ試料溶液の位置を移動することにより、同一の粒子に繰り返し励起光照射が為されることを防止し、同一の粒子を別の粒子として誤認する可能性が低くなり、より広い範囲の走査が可能となることにより、粒子の検出数のばらつきが縮小され精度が向上されることが確かめられた。