特許第6013338号(P6013338)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6013338単一発光粒子検出を用いた光分析装置、光分析方法及び光分析用コンピュータプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6013338
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】単一発光粒子検出を用いた光分析装置、光分析方法及び光分析用コンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20161011BHJP
【FI】
   G01N21/64 E
   G01N21/64 F
【請求項の数】27
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2013-531171(P2013-531171)
(86)(22)【出願日】2012年7月26日
(86)【国際出願番号】JP2012068947
(87)【国際公開番号】WO2013031439
(87)【国際公開日】20130307
【審査請求日】2015年5月13日
(31)【優先権主張番号】特願2011-184634(P2011-184634)
(32)【優先日】2011年8月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000376
【氏名又は名称】オリンパス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100071216
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 昌毅
(74)【代理人】
【識別番号】100130395
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】田邊 哲也
(72)【発明者】
【氏名】山口 光城
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 特表2011−508219(JP,A)
【文献】 特表2008−536093(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/64 −21/83
G01N 15/14
G01N 33/542
C12Q 1/68
C12N 15/09−15/113
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析装置であって、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を所定経路に沿って移動する光検出領域移動部と、
前記光検出領域からの光を検出する光検出部と、
前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら前記光検出部にて検出された前記光検出領域からの光の時系列の光強度データを生成し、前記時系列の光強度データに於いて前記光検出領域内を相対的に移動する一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルを有する光強度の時間変化を一つの発光粒子の信号として個別に検出することにより、前記発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する信号処理部とを含み、
前記光検出領域移動部が前記所定経路に沿って少なくとも2周回に亘って前記発光粒子が拡散により前記所定経路から逸脱するまでの拡散時間よりも短い周期にて、前記光検出領域の位置を移動し、前記信号処理部が前記少なくとも2周回に亘る前記所定経路に沿った前記光検出領域の位置の移動の間に得られた前記時系列の光強度データに於いて、前記一つの発光粒子からの光を複数回に亘って計測して該発光粒子からの光を表す信号を検出することを特徴とする装置。
【請求項2】
請求項1の装置であって、所定周回の前記所定経路に沿った前記光検出領域の位置の移動の終了毎に、前記試料溶液の位置が移動され、移動後の前記試料溶液の位置にて、前記光検出領域移動部による前記光学系の光路を変更することによる前記試料溶液内に於ける前記光学系の光検出領域の位置の所定の経路に沿った少なくとも2周回に亘る移動と、前記光検出部による前記光検出領域からの光の検出と、前記信号処理部による前記時系列の光強度データの生成とが繰り返され、前記試料溶液の移動後の位置毎に、前記時系列の光強度データに於いて前記所定経路内に存在する発光粒子の各々からの光を表す信号の個別の検出を実行することを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項1又は2の装置であって、前記信号処理部が、前記時系列の光強度データに於いて、前記所定経路上の位置毎に決定される光強度値の代表値から成る時系列光強度代表値データを生成し、該時系列光強度代表値データに於いて前記発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出し信号の特徴量を検出することを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1又は2の装置であって、前記信号処理部が、前記時系列の光強度データに於いて前記発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出し該信号の特徴量を検出し、発光粒子毎に前記信号の特徴量の代表値を算出することを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項3又は4の装置であって、前記信号の特徴量が、光強度、光子数、偏光度、回転拡散定数及び発光スペクトルから成る群から選択された少なくとも一つであることを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1乃至のいずれかの装置であって、前記信号処理部が、前記個別に検出された発光粒子からの光を表す信号の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記発光粒子の数を計数することを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかの装置であって、前記信号処理部が、所定の閾値より大きい強度を有する光を表す信号が検出されたときに一つの発光粒子が前記光検出領域に入ったことを検出することを特徴とする装置。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかの装置であって、前記信号処理部が前記時系列の光強度データを平滑化し、前記平滑化された時系列の光強度データに於いて前記所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号を単一の前記発光粒子からの光を表す信号として検出することを特徴とする装置。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかの装置であって、前記信号処理部が前記検出された発光粒子の数に基づいて、前記試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定することを特徴とする装置。
【請求項10】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析方法であって、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を所定経路に沿って少なくとも2周回に亘って前記発光粒子が拡散により前記所定経路から逸脱するまでの拡散時間よりも短い周期にて移動する光検出領域周回移動過程と、
前記少なくとも2周回に亘る前記所定経路に沿った前記光検出領域の位置の移動の間に前記光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する時系列光強度データ生成過程と、
前記時系列の光強度データに於いて前記光検出領域内を相対的に移動する一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルを有する光強度の時間変化を一つの発光粒子の信号として個別に検出することにより、前記所定経路内に存在する発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する発光粒子信号検出過程とを含み、
前記発光粒子信号検出過程に於いて、前記少なくとも2周回に亘る前記所定経路に沿った前記光検出領域の位置の移動の間に得られた前記時系列の光強度データに於いて、前記一つの発光粒子からの光を複数回に亘って計測して該発光粒子からの光を表す信号を検出することを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項10の方法であって、更に、所定周回の前記所定経路に沿った前記光検出領域の位置の移動の終了毎に、前記試料溶液の位置を移動する過程を含み、移動後の前記試料溶液の位置にて、前記光検出領域周回移動過程と、前記時系列光強度データ生成過程とが繰り返され、前記試料溶液の移動後の位置毎に前記発光粒子信号検出過程が実行されることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項10又は11の方法であって、前記時系列の光強度データに於いて前記所定経路上の位置毎に決定される光強度値の代表値から成る時系列光強度代表値データを生成する過程を含み、前記発光粒子信号検出過程に於いて、該時系列光強度代表値データに於いて前記発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出し信号の特徴量を検出することを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項10又は11の方法であって、前記発光粒子信号検出過程に於いて、前記時系列の光強度データに於いて前記発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出し該信号の特徴量を検出し、発光粒子毎に前記信号の特徴量の代表値を算出することを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項12又は13の方法であって、前記信号の特徴量が、光強度、光子数、偏光度、回転拡散定数及び発光スペクトルから成る群から選択された少なくとも一つであることを特徴とする方法。
【請求項15】
請求項10乃至14のいずれかの方法であって、更に、前記個別に検出された発光粒子からの光を表す信号の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記発光粒子の数を計数する過程を含むことを特徴とする方法。
【請求項16】
請求項10乃至15のいずれかの方法であって、前記発光粒子信号検出過程に於いて、所定の閾値より大きい強度を有する光を表す信号が検出されたときに一つの発光粒子が前記光検出領域に入ったことが検出されることを特徴とする方法。
【請求項17】
請求項10乃至16のいずれかの方法であって、前記発光粒子信号検出過程に於いて、前記時系列の光強度データが平滑化され、前記平滑化された時系列光強度データに於いて前記所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の前記発光粒子からの光を表す信号として検出されることを特徴とする方法。
【請求項18】
請求項10乃至17のいずれかの方法であって、更に、前記検出された発光粒子の数に基づいて、前記試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する過程を含むことを特徴とする方法。
【請求項19】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出するための光分析用コンピュータプログラムであって、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於ける前記光学系の光検出領域の位置を所定経路に沿って少なくとも2周回に亘って前記発光粒子が拡散により前記所定経路から逸脱するまでの拡散時間よりも短い周期にて移動する光検出領域周回移動手順と、
前記少なくとも2周回に亘る前記所定経路に沿った前記光検出領域の位置の移動の間に前記光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する時系列光強度データ生成手順と、
前記時系列光強度データに於いて前記光検出領域内を相対的に移動する一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルを有する光強度の時間変化を一つの発光粒子の信号として個別に検出することにより、前記発光粒子からの光を表す信号を個別に検出する発光粒子信号検出手順と
をコンピュータに実行させ、
前記発光粒子信号検出手順に於いて、前記少なくとも2周回に亘る前記所定経路に沿った前記光検出領域の位置の移動の間に得られた前記時系列の光強度データに於いて、前記一つの発光粒子からの光を複数回に亘って計測して該発光粒子からの光を表す信号を検出することを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項20】
請求項19のコンピュータプログラムであって、更に、所定周回の前記所定経路に沿った前記光検出領域の位置の移動の終了毎に、前記試料溶液の位置を移動する手順を含み、移動後の前記試料溶液の位置にて、前記光検出領域周回移動手順と、前記時系列光強度データ生成手順とが繰り返され、前記試料溶液の移動後の位置毎に前記発光粒子信号検出手順が実行されることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項21】
請求項19又は20のコンピュータプログラムであって、前記時系列の光強度データに於いて前記所定経路上の位置毎に決定される光強度値の代表値から成る時系列光強度代表値データを生成する手順を含み、前記発光粒子信号検出手順に於いて、該時系列光強度代表値データに於いて前記発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出し信号の特徴量を検出することを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項22】
請求項19又は20のコンピュータプログラムであって、前記発光粒子信号検出手順に於いて、前記時系列の光強度データに於いて前記発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出し該信号の特徴量を検出し、発光粒子毎に前記信号の特徴量の代表値を算出することを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項23】
請求項21又は22の方法であって、前記信号の特徴量が、光強度、光子数、偏光度、回転拡散定数及び発光スペクトルから成る群から選択された少なくとも一つであることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項24】
請求項19乃至23のいずれかのコンピュータプログラムであって、更に、前記個別に検出された発光粒子からの光を表す信号の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記発光粒子の数を計数する手順をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項25】
請求項19乃至23のいずれかのコンピュータプログラムであって、前記発光粒子信号検出手順に於いて、所定の閾値より大きい強度を有する光を表す信号が検出されたときに一つの発光粒子が前記光検出領域に入ったことを検出することを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項26】
請求項19乃至25のいずれかのコンピュータプログラムであって、前記発光粒子信号検出手順に於いて、前記時系列の光強度データが平滑化され、前記平滑化された時系列光強度データに於いて前記所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の前記発光粒子からの光を表す信号として検出されることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項27】
請求項19乃至26のいずれかのコンピュータプログラムであって、更に、前記検出された発光粒子の数に基づいて、前記試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する手順をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いて、溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はこれらの凝集体(以下、これらを「粒子」と称する。)、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の対象物、或いは、非生物学的な粒子からの光を検出して、それらの状態(相互作用、結合・解離状態など)の分析又は解析に於いて有用な情報を取得することが可能な光分析技術に係り、より詳細には、上記の如き光学系を用いて単一の発光する粒子からの光を個別に検出して種々の光分析を可能にする光分析装置、光分析方法並びに光分析用コンピュータプログラムに係る。なお、本明細書に於いて、光を発する粒子(以下、「発光粒子」と称する。)は、それ自身が光を発する粒子、又は、任意の発光標識若しくは発光プローブが付加された粒子のいずれであってもよく、発光粒子から発せられる光は、蛍光、りん光、化学発光、生物発光、散乱光等であってよい。
【背景技術】
【0002】
近年の光計測技術の発展により、共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング(1光子検出)も可能な超高感度の光検出技術とを用いて、一光子又は蛍光一分子レベルの微弱光の検出・測定が可能となっている。そこで、そのような微弱光の計測技術を用いて、生体分子等の特性、分子間相互作用又は結合・解離反応の検出を行う装置又は方法が種々提案されている。例えば、蛍光相関分光分析(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS。例えば、特許文献1−3、非特許文献1−3参照)に於いては、レーザー共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いて、試料溶液中の微小領域(顕微鏡のレーザー光が集光された焦点領域−コンフォーカル・ボリュームと称される。)内に出入りする蛍光分子又は蛍光標識された分子(蛍光分子等)からの蛍光強度の測定が為され、その測定された蛍光強度の自己相関関数の値から決定される微小領域内に於ける蛍光分子等の平均の滞留時間(並進拡散時間)及び滞留する分子の数の平均値に基づいて、蛍光分子等の運動の速さ又は大きさ、濃度といった情報の取得、或いは、分子の構造又は大きさの変化や分子の結合・解離反応又は分散・凝集といった種々の現象の検出が為される。また、蛍光強度分布分析(Fluorescence-Intensity Distribution Analysis:FIDA。例えば、特許文献4、非特許文献4)やフォトンカウンティングヒストグラム(Photon Counting Histogram:PCH。例えば、特許文献5)では、FCSと同様に計測されるコンフォーカル・ボリューム内に出入りする蛍光分子等の蛍光強度のヒストグラムが生成され、そのヒストグラムの分布に対して統計的なモデル式をフィッティングすることにより、蛍光分子等の固有の明るさの平均値とコンフォーカル・ボリューム内に滞留する分子の数の平均値が算定され、これらの情報に基づいて、分子の構造又は大きさの変化、結合・解離状態、分散・凝集状態などが推定されることとなる。またその他に、特許文献6、7に於いては、共焦点顕微鏡の光学系を用いて計測される試料溶液の蛍光信号の時間経過に基づいて蛍光性物質を検出する方法が提案されている。特許文献8は、フローサイトメータに於いて流通させられた蛍光微粒子又は基板上に固定された蛍光微粒子からの微弱光をフォトンカウンティング技術を用いて計測してフロー中又は基板上の蛍光微粒子の存在を検出するための信号演算処理技術を提案している。
【0003】
特に、FCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術とを用いた微小領域の蛍光測定技術を用いた方法によれば、測定に必要な試料は、従前に比して極めて低濃度且微量でよく(一回の測定で使用される量は、たかだか数十μL程度)、測定時間も大幅に短縮される(一回の測定で秒オーダーの時間の計測が数回繰り返される。)。従って、これらの技術は、特に、医学・生物学の研究開発の分野でしばしば使用される希少な或いは高価な試料についての分析を行う場合や、病気の臨床診断や生理活性物質のスクリーニングなど、検体数が多い場合に、従前の生化学的方法に比して、低廉に、或いは、迅速に実験又は検査が実行できる強力なツールとなることが期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−098876
【特許文献2】特開2008−292371
【特許文献3】特開2009−281831
【特許文献4】特許第4023523号
【特許文献5】国際公開2008−080417
【特許文献6】特開2007−20565
【特許文献7】特開2008−116440
【特許文献8】特開平4−337446号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】金城政孝、蛋白質 核酸 酵素 Vol.44、No.9、1431−1438頁 1999年
【非特許文献2】エフ・ジェイ・メイヤー・アルムス(F.J.Meyer-Alms)、フルオレセンス・コリレーション・スペクトロスコピー(Fluorescence Correlation Spectroscopy)、アール・リグラー編(R.Rigler)、スプリンガー(Springer)、ベルリン、2000年、204−224頁
【非特許文献3】加藤則子外4名、遺伝子医学、Vol.6、No.2、271−277頁
【非特許文献4】カスク他3名、米国科学アカデミー紀要 1999年、96巻、13756‐13761頁(P. Kask, K. Palo, D. Ullmann, K. Gall PNAS 96, 13756-13761 (1999))
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のFCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いた光分析技術では、計測される光は、蛍光一分子又は数分子から発せられた光であるが、その光の解析に於いて、時系列に測定された蛍光強度データの自己相関関数の演算又はヒストグラムに対するフィッティングといった蛍光強度のゆらぎの算出等の統計的処理が実行され、個々の蛍光分子等からの光の信号を個別に参照又は分析するわけではない。即ち、これらの光分析技術に於いては、複数の蛍光分子等からの光の信号が統計的に処理され、蛍光分子等について統計平均的な特性が検出されることとなる。従って、これらの光分析技術に於いて統計的に有意な結果を得るためには、試料溶液中の観測対象となる蛍光分子等の濃度又は数密度は、平衡状態に於いて、一回の秒オーダーの長さの計測時間のうちに統計的処理が可能な数の蛍光分子等が微小領域内を入出するレベル、好適には、微小領域内に常に一個程度の蛍光分子等が存在しているレベルである必要がある。実際、コンフォーカル・ボリュームの体積は、1fL程度となるので、上記の光分析技術に於いて使用される試料溶液中の蛍光分子等の濃度は、典型的には、1nM程度若しくはそれ以上であり、1nMを大幅に下回るときには、蛍光分子等がコンフォーカル・ボリューム内に存在しない時間が生じて統計的に有意な分析結果が得られないこととなる。一方、特許文献6〜8に記載の蛍光分子等の検出方法では、蛍光強度のゆらぎの統計的演算処理が含まれておらず、試料溶液中の蛍光分子等が1nM未満であっても蛍光分子等の検出が可能であるが、溶液中でランダムに運動している蛍光分子等の濃度又は数密度を定量的に算出するといったことは達成されていない。
【0007】
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、観測対象となる発光粒子の濃度又は数密度が、FCS、FIDA等の統計的処理を含む光分析技術で取り扱われるレベルよりも低い試料溶液中の発光粒子の状態又は特性を定量的に観測することを可能にする新規な原理に基づく光分析技術を提案した。かかる新規な光分析技術に於いては、端的に述べれば、FCS、FIDA等と同様に共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いるところ、試料溶液内に於いて光の検出領域である微小領域(以下、「光検出領域」と称する。)の位置を移動させながら、即ち、光検出領域により試料溶液内を走査しながら、光検出領域が試料溶液中に分散してランダムに運動する発光粒子を包含したときに、その発光粒子から発せられる光を検出し、これにより、試料溶液中の発光粒子の一つ一つを個別に検出して、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度に関する情報の取得を可能にする。この新規な光分析技術(以下、「走査分子計数法」と称する。)によれば、測定に必要な試料がFCS、FIDA等の光分析技術と同様に微量(例えば、数十μL程度)であってもよく、また、測定時間が短く、しかも、FCS、FIDA等の光分析技術の場合に比して、より低い濃度又は数密度の発光粒子の存在を検出し、その濃度、数密度又はその他の特性を定量的に検出することが可能となる。
【0008】
上記の走査分子計数法では、試料溶液内に於ける光検出領域の位置の移動と共に、逐次的に計測された光強度値(若しくはフォトンカウント値)が時系列の光強度データとして記録され、そのデータ上に於いて、発光粒子から発せられる光を表す光強度値の増大(発光粒子の光を表す信号)が検出される。その際、その光強度値を用いて、かかる光の波長特性や偏光特性などの種々の特性を分析すれば、個々の発光粒子の特性の検出、種類の特定が可能となる。例えば、検出光を複数の波長帯域に分割して波長帯域毎に検出された光強度値の比を参照することで、発光粒子の放出する光の波長特性の検出が可能となる(特願2010-202995、特願2010-262267参照)。また、検出光を偏光成分に分割して偏光成分毎に検出された光強度値の比を参照することで、発光粒子の放出する光の偏光特性の検出及び発光粒子の運動特性の検出が可能となる(特願2010-234769参照)。
【0009】
しかしながら、上記の走査分子計数法に於いて計測される光は、蛍光一分子又は数分子のレベルの微弱光であり、且つ、一つの発光粒子の光の計測時間は、その発光粒子が光検出領域内を通過する間の短い時間である。従って、検出光から得られる光強度値が低く、或いは、光量若しくは光子数が少ないので、発光粒子の放出する光の波長特性等に関する情報にばらつきが大きくなり、低精度の検出結果しか得られない場合がある。
【0010】
そこで、本発明の主な目的は、上記の走査分子計数法により計測される光に基づいて得られる発光粒子の放出する光の波長特性等の検出結果に於けるばらつきを小さくし、検出結果の精度向上が図られる新規な光分析技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明では、端的に述べれば、上記の如き走査分子計数法に於いて、光検出領域が所定の経路を複数回に亘って通過して、その間に同一の発光粒子の放出する光を繰り返し計測することにより、計測された光強度のデータを用いた個々の発光粒子の存在及び/又はその特性の検出に於ける結果のばらつきの抑制、検出精度の向上が図られる。
【0012】
かくして、本発明の一つの態様によれば、上記の課題は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析装置であって、顕微鏡の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於いて光学系の光検出領域の位置を所定経路に沿って移動する光検出領域移動部と、光検出領域からの光を検出する光検出部と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出部にて検出された光検出領域からの光の時系列の光強度データを生成し、時系列の光強度データに於いて発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する信号処理部とを含み、光検出領域移動部が所定経路に沿って少なくとも2周回に亘って光検出領域の位置を移動し、信号処理部が少なくとも2周回に亘る所定経路に沿った光検出領域の位置の移動の間に得られた時系列の光強度データを用いて所定経路内に存在する発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出することを特徴とする装置によって達成される。
【0013】
かかる構成に於いて、「試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子」とは、試料溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はそれらの凝集体などの、光を発する粒子であって、基板などに固定されず、溶液中を自由にブラウン運動している粒子であれば任意の粒子であってよい。かかる発光粒子は、典型的には、蛍光性粒子であるが、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する粒子であってもよい。共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、それらの顕微鏡に於いて光が検出される微小領域であり、対物レンズから照明光が与えられる場合には、その照明光が集光された領域に相当する(共焦点顕微鏡に於いては、特に対物レンズとピンホールとの位置関係により確定される。発光粒子が照明光なしで発光する場合、例えば、化学発光又は生物発光により発光する粒子の場合には、顕微鏡に於いて照明光は要しない。)。なお、本明細書に於いて、発光粒子の「信号」という場合には、特に断らない限り、発光粒子からの光を表す信号を指すものとする。
【0014】
上記から理解される如く、本発明の基本的な構成である走査分子計数法に於いては、まず、顕微鏡の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動しながら、即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、逐次的に、光の検出が行われる。そうすると、試料溶液内にて移動する光検出領域が、ランダムに運動している発光粒子を包含したときには、発光粒子からの光が検出され、これにより、一つの発光粒子の存在が検出されることが期待される。従って、逐次的に検出された光に於いて発光粒子からの光の信号を個別に検出して、これにより、粒子の存在を一つずつ個別に逐次的に検出し、粒子の溶液内での状態に関する種々の情報が取得されることとなる。その際、既に述べた如く、発光粒子の光は微弱であり、移動する光検出領域に発光粒子が進入してから逸脱するまでの短い間でしか発光粒子の光を検出することができないので、光検出領域が発光粒子の存在領域を一回通過しただけでは、検出される光量又は光子数は、比較的少なく、従って、その光量又は光子数から得られる情報は、ばらつきが大きく低精度であり得る。そこで、本発明に於いては、上記の如く、光検出領域移動部が所定経路に沿って少なくとも2周回に亘って光検出領域の位置を移動し、光検出領域を所定経路に沿って周回させて、所定経路内に存在する各発光粒子からの光を複数回に亘って検出して、各発光粒子から、より多くの光量又は光子を取得し、これにより、発光粒子の存在の検出(信号の検出が発光粒子の存在の検出となる。)及びその信号から得られる情報のばらつきの縮小と精度の向上が図られる。
【0015】
上記の顕微鏡の光学系の光路を変更することによる試料溶液内での光検出領域の位置の移動は、任意の方式で為されてよい。例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いるなどして、顕微鏡の光学系の光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。上記の所定経路は、任意の形状の循環経路(閉じた経路)であってよく、例えば、円形、楕円形、矩形のうちから選択可能であってよい。顕微鏡の光学系の光路を変更して光検出領域の位置を変更する態様によれば、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液に於いて機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しないので、検出対象となる発光粒子が力学的な作用の影響を受けることなく安定した状態にて、光の計測が可能である点でも有利である。
【0016】
また、上記の本発明の装置の構成に於いて、光検出領域の所定経路に沿った周回の間にランダムに運動している発光粒子が拡散運動により所定経路から逸脱してしまうと、発光粒子からの光を複数回に亘って検出することができなくなる。従って、本発明の装置に於いて、光検出領域の位置は、好適には、発光粒子が拡散により所定経路から逸脱するまでの拡散時間よりも短い周期にて移動される。この点に関し、かかる光検出領域の位置の移動周期は、光検出領域の移動速度だけでなく、所定経路の経路長にも依存することは理解されるべきである。従って、観測されるべき発光粒子の所定経路から逸脱するまでの拡散時間よりも短い周期にて所定経路上を光検出領域が循環できるように、所定経路の長さと光検出領域の移動速度が適宜調整されてよい。更に、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、検出対象となる発光粒子の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。もし試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度が発光粒子の拡散移動速度よりも低いと、発光粒子が光検出領域に包含されている間にもブラウン運動することによりランダムに位置が移動する場合があり、そうなると、発光粒子の光の強度がランダムに変化し、光の検出精度が低下してしまうためである(検出される発光粒子の光の強度は、光検出領域に於ける発光粒子の位置によって変化する。)。なお、測定対象となる発光粒子の拡散速度が速く、そのままでは、各粒子を2回以上観察できないときには、試料溶液の粘性を高めて、粒子の並進拡散速度が低下されてよい。試料溶液の粘性は、増粘剤やゲル化剤(高分子化合物、多糖類、シリコーン類、グリセリン、PEG、デキストラン、スクロース、アルギン酸ナトリウム、ポリシリコン、水溶性セルロースなど)を添加することにより調整可能である。
【0017】
更に、上記の本発明の装置の構成に於いて、所定経路に沿った光検出領域の位置の周回移動を所定の回数終了した場合には、顕微鏡のステージを移動するなどして、試料溶液を移動し、試料溶液内の別の場所にて、上記の態様にて光検出から時系列光強度データの生成までの処理が実行され、より多くの数の発光粒子についての信号が検出できるようになっていることが好ましい。既に触れた如く、光検出領域の周回移動の周期を発光粒子が拡散により所定経路から逸脱するまでの拡散時間よりも短くするために、所定経路長が短くなると、一か所の所定経路内に存在する発光粒子の数が低減することとなる。そして、検出される発光粒子の数が少ないほど、発光粒子の信号から得られる情報の精度も低下してしまう。そこで、本発明の一つの態様に於いては、試料溶液の異なる複数の位置にて上記の如き光検出が為され、発光粒子の検出数を多くし、これにより、発光粒子の信号から得られる情報の精度の改善が図られる。かくして、本発明の装置は、更に、所定周回数の所定経路に沿った光検出領域の位置の移動の終了毎に、試料溶液の位置が移動され、移動後の試料溶液の位置にて、光検出領域移動部による光学系の光路を変更することによる試料溶液内に於ける光学系の光検出領域の位置の所定の経路に沿った少なくとも2周回に亘る移動と、光検出部による光検出領域からの光の検出と、信号処理部による時系列の光強度データの生成とが繰り返され、試料溶液の移動後の位置毎に、時系列の光強度データに於いて所定経路内に存在する発光粒子の各々からの光を表す信号の個別の検出を実行するようになっていてよい。換言すれば、この態様によれば、光学系の光路を変更することによる光検出領域の周回運動と試料溶液の間歇的な移動とを組み合わせることにより、より高精度の発光粒子の存在の検出及びその信号から得られる情報の取得が実行されることとなる。なお、試料溶液の移動は、好適には、既に触れたように、顕微鏡のステージを移動するなどして試料溶液の容器ごと移動するようになっていてよい。その場合、溶液内に流れが発生しないので、試料溶液の発光粒子への影響が低減されると考えられる。
【0018】
上記の本発明の装置に於いて、生成された時系列光強度データからの発光粒子の信号の検出及び信号の特性の抽出は、大別して二つの態様のいずれかにて為されてよい。
【0019】
第一の態様に於いては、光検出領域が所定経路を周回する間に計測した光の強度データ(時系列光強度データ)が、一つの所定経路に於ける光強度の計測を、複数回、実行したデータが連結されたデータであると考えて、時系列光強度データに於いて、所定経路上の位置毎に、各位置に対応する複数の光強度値を参照して、それらの光強度値の代表値、例えば、平均値、中央値、最小値、最大値又は最頻値を決定し、光強度値の代表値から成る時系列光強度代表値データが生成される。ここで、通常、光検出領域の移動速度は一定であるか、光検出領域の各周回に於いて所定経路上の同一の位置を通過するときの移動速度が互いに等しくなるよう設定されるので、所定経路上の位置は、時系列光強度データに於ける各周回の開始時点からの時間に対応する。従って、具体的には、時系列光強度データに於ける各周回の開始時点からの時間毎に光強度値の代表値が決定され、かかる光強度値の代表値を時系列に整列して成る時系列光強度代表値データが生成されるようになっていてよい。そして、時系列光強度代表値データに於いて、発光粒子の各々からの光を表す信号が個別に検出され該信号の特徴量(即ち、信号の特性)が検出される。
【0020】
発光粒子の信号の検出及び信号の特性の抽出の第二の態様に於いては、時系列光強度データに於いて、まず、発光粒子の各々からの光を表す信号が個別に検出し、該信号の特徴量がそれぞれ検出される。それらの検出された発光粒子の信号の群に於いては、所定経路内に存在する発光粒子の信号が周回数分含まれていることになるので、検出された信号を発光粒子毎に参照して、信号の特徴量の代表値が算出される。即ち、第二の態様としては、信号処理部が、時系列の光強度データに於いて発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出し該信号の特徴量を検出し、発光粒子毎に信号の特徴量の代表値、例えば、平均値、中央値、最小値、最大値又は最頻値が算出される。
【0021】
上記の信号の特徴量としては、典型的には、光強度又は光子数であってよく、検出光として複数の成分が検出される場合には、信号の特徴量は、複数の成分に於ける光強度又は光子数の比から得られる偏光度、回転拡散定数、発光スペクトルなどの任意の発光粒子の特性を表す指標値であってよい。
【0022】
上記の本発明の装置の信号処理部の処理に於いて、逐次的な光検出部からの検出値の信号から1つの発光粒子が光検出領域に入ったか否かの判定は、時系列光強度データに於ける信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態に於いて、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する信号が検出されたときに、1つの発光粒子が光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。より具体的には、後の実施形態の欄にて説明される如く、通常、発光粒子からの光を表す信号は、光検出部の時系列の検出値、即ち、光強度データに於いて、或る程度以上の強度を有する釣鐘型のパルス状の信号として現れ、ノイズは、釣鐘型のパルス状ではないか、強度の小さい信号として現れる。そこで、本発明の装置の信号処理部は、時系列光強度データ(又は時系列光強度代表値データ)上に於いて、所定閾値を超える強度を有するパルス状信号を単一の発光粒子からの光を表す信号として検出するよう構成されていてよい。「所定閾値」は、実験的に適当な値に設定することが可能である。
【0023】
更に、本発明の装置の検出対象は、単一の発光粒子からの光であるため、光強度は、非常に微弱であり、一つの発光粒子が、蛍光一分子又は数分子などである場合、発光粒子の発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間に於いて信号の値の欠落が生じる可能性がある。そして、そのような欠落が生ずると、一つの発光粒子の存在に対応する信号の特定が困難となる。そこで、信号処理部は、時系列光強度データを平滑化し、微小な時間に於ける信号値の欠落を無視できるようにデータを加工した後、平滑化された時系列光強度データに於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号を単一の発光粒子からの光を表す信号として検出するよう構成されていてよい。
【0024】
上記の本発明の実施の態様の一つに於いては、信号の数を計数して光検出領域に包含された発光粒子の数を計数するようになっていてよい(粒子のカウンティング)。その場合、検出された発光粒子の数と光検出領域の位置の移動量と組み合わせることにより、試料溶液中の同定された発光粒子の数密度又は濃度に関する情報が得られることとなる。具体的には、例えば、複数の試料溶液の数密度若しくは濃度の比、或いは、濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比が算出されるか、又は、濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比を用いて、絶対的な数密度値又は濃度値が決定されてよい。或いは、任意の手法により、例えば、所定の速度にて光検出領域の位置を移動するなどして、光検出領域の位置の移動軌跡の全体積を特定すれば、発光粒子の数密度又は濃度が具体的に算定できることとなる。
【0025】
上記の本発明の装置に於いて試料溶液内に於ける光検出領域の位置を移動させながら光検出を行い、個々の発光粒子からの信号を個別に検出する光分析技術であって、所定経路に沿って光検出領域を周回移動させて、所定経路内の発光粒子からの光を複数回検出することにより、発光粒子の存在の検出及びその信号から得られる情報のばらつきの縮小と精度の向上が図られる光分析技術の処理は、汎用のコンピュータによっても実現可能である。従って、本発明のもう一つの態様によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出するための光分析用コンピュータプログラムであって、顕微鏡の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於ける光学系の光検出領域の位置を所定経路に沿って少なくとも2周回に亘って移動する光検出領域周回移動手順と、少なくとも2周回に亘る所定経路に沿った光検出領域の位置の移動の間に光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する時系列光強度データ生成手順と、前記の時系列光強度データを用いて所定経路内に存在する発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する発光粒子信号検出手順とをコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラムが提供される。なお、コンピュータプログラムは、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に記憶されて提供される。コンピュータは、記憶媒体に記憶されているプログラムを読み出して、情報の加工・演算処理を実行することにより、上記の手順を実現する。ここで、コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、半導体メモリ等であってよい。更に、上述のプログラムは、通信回線によってコンピュータへ配信され、この配信を受けたコンピュータがプログラムを実行するようにしても良い。
【0026】
かかるコンピュータプログラムに於いても、好適には、発光粒子が拡散により所定経路から逸脱するまでの拡散時間よりも短い周期にて、光検出領域の位置が所定経路に沿って移動される。その場合、光学系の光路を変更することによる試料溶液内での光検出領域の位置の移動は、例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いるなどして、顕微鏡の光学系の光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよく、所定経路は、例えば、円形、楕円形、矩形などの任意の形状の循環経路のうちから選択可能であってよい。また、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の光の強度のランダムな変化を防止すべく、好適には、検出対象となる発光粒子の拡散移動速度よりも高く設定される。更に、上記のコンピュータプログラムに於いても、所定周回の所定経路に沿った光検出領域の位置の移動の終了毎に、顕微鏡のステージを移動するなどして、試料溶液の位置を移動する手順を含み、移動後の試料溶液の位置にて、光検出領域周回移動手順と、時系列光強度データ生成手順とが繰り返され、試料溶液の移動後の位置毎に発光粒子信号検出手順が実行されて、より多くの数の発光粒子についての信号が検出できるようになっていることが好ましい。
【0027】
上記のコンピュータプログラムに於ける信号処理に於いては、本発明の装置の場合と同様に、時系列の光強度データに於いて所定経路上の位置毎に決定される光強度値の代表値から成る時系列光強度代表値データを生成する手順が実行され、発光粒子信号検出手順に於いて、該時系列光強度代表値データに於いて発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出し信号の特徴量を検出するか(第一の態様)、発光粒子信号検出手順に於いて、時系列の光強度データに於いて発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出し該信号の特徴量が検出され、発光粒子毎に信号の特徴量の代表値が算出されてよい(第二の態様)。信号の特徴量としては、光強度、光子数、偏光度、回転拡散定数及び発光スペクトルから成る群から選択された少なくとも一つであってよい。
【0028】
また、上記のコンピュータプログラムに於いても、発光粒子の各々からの光を表す信号の個別の検出は、時系列の信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態に於いて、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する信号が検出されたときに、1つの発光粒子が光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。具体的には、光強度データ上に於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよく、好適には、時系列光強度データが平滑化され、平滑化された時系列光強度データに於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよい。
【0029】
更に、上記のコンピュータプログラムに於いても、個別に検出された発光粒子からの信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数する手順及び/又は検出された発光粒子の数に基づいて、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する手順が含まれていてよい。
【0030】
上記の本発明の装置又はコンピュータプログラムによれば、試料溶液内に於ける光検出領域の位置を移動させながら、個々の発光粒子の光の検出を行う光分析方法であって、所定経路に沿って光検出領域を周回移動させて、所定経路内の発光粒子からの光を複数回検出することにより、発光粒子の存在の検出及びその信号から得られる情報のばらつきの縮小と精度の向上が図られる新規な方法が実現される。かくして、本発明によれば、更に、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析方法であって、顕微鏡の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於いて光学系の光検出領域の位置を所定経路に沿って少なくとも2周回に亘って移動する光検出領域周回移動過程と、少なくとも2周回に亘る所定経路に沿った光検出領域の位置の移動の間に光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する時系列光強度データ生成過程と、時系列の光強度データを用いて所定経路内に存在する発光粒子の各々からの光を表す信号を個別に検出する発光粒子信号検出過程とを含むことを特徴とする方法が提供される。
【0031】
かかる方法に於いても、所定経路は、例えば、円形、楕円形、矩形などの任意の形状の循環経路のうちから選択可能であってよく、典型的には、例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いるなどして、発光粒子が拡散により所定経路から逸脱するまでの拡散時間よりも短い周期にて、光検出領域の位置が所定経路に沿って移動され、特に、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、検出対象となる発光粒子の拡散移動速度よりも高く設定される。また、所定周回数の所定経路に沿った光検出領域の位置の移動の終了毎に、試料溶液の位置を移動する過程を含み、移動後の試料溶液の位置にて、光検出領域周回移動過程と、時系列光強度データ生成過程とが繰り返され、試料溶液の移動後の位置毎に発光粒子信号検出過程が実行されて、より多くの数の発光粒子についての信号が検出できるようになっていてよい。
【0032】
更に、信号処理に関しても、本発明の装置の場合と同様に、時系列の光強度データに於いて所定経路上の位置毎に決定される光強度値の代表値から成る時系列光強度代表値データを生成する過程が含まれ、発光粒子信号検出過程に於いて、該時系列光強度代表値データに於いて発光粒子の各々からの光を表す信号が個別に検出され信号の特徴量が検出されるか(第一の態様)、発光粒子信号検出過程に於いて、時系列の光強度データに於いて発光粒子の各々からの光を表す信号が個別に検出され該信号の特徴量が検出され、発光粒子毎に信号の特徴量の代表値が算出されてよい(第二の態様)。そして、信号の特徴量は、光強度、光子数、偏光度、回転拡散定数及び発光スペクトルから成る群から選択された少なくとも一つであってよい。
【0033】
更に、上記の方法に於いても、発光粒子の各々からの光を表す信号の個別の検出は、時系列の信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態に於いて、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する信号が検出されたときに、1つの発光粒子が光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。具体的には、光強度データ上に於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよく、好適には、時系列光強度データが平滑化され、平滑化された時系列光強度データに於いて所定閾値を超える強度を有する釣鐘型のパルス状信号が単一の発光粒子からの光を表す信号として検出されてよい。
【0034】
更に、上記の方法に於いても、個別に検出された発光粒子からの信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数する過程及び/又は検出された発光粒子の数に基づいて、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する過程が含まれていてよい。
【0035】
上記の本発明の光分析技術は、典型的には、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の生物学的な対象物の溶液中の状態の分析又は解析の用途に用いられるが、非生物学的な粒子(例えば、原子、分子、錯体、ミセル、金属コロイド、プラスチックビーズなど)の溶液中の状態の分析又は解析に用いられてもよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【発明の効果】
【0036】
本発明の対象となっている走査分子計数法では、基本的には、試料溶液中を移動する光検出領域が発光粒子を包含した際の発光粒子からの光を捉えることにより、発光粒子の存在及び/又はその特性の検出が為される。従って、一つの発光粒子を追尾してその光を検出し続けることは困難であり、一つの発光粒子の観測時間が短いため、発光粒子からの光量又は光子数が少なく、そこから得られる情報のばらつきが大きい傾向にあった。しかしながら、本発明によれば、同一の所定経路を周回することによって、一つの発光粒子からの光を複数回に亘って計測することが可能となるので、発光粒子からの光量又は光子数の検出精度の向上と、そこから得られる情報のばらつきの低減が期待される。また、後述の実施例に於いて示される如く、本発明の態様の一つによれば、発光粒子の信号に対するバックグランドノイズの大きさが相対的に低減され、S/N比の改善が図られる。
【0037】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1図1(A)は、本発明による走査分子計数法を実行する光分析装置の内部構造の模式図である。図1(B)は、コンフォーカル・ボリューム(共焦点顕微鏡の観察領域)の模式図である。図1(C)は、ミラー7の向きを変更して試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動する機構の模式図である。図1(D)は、マイクロプレートの水平方向位置を移動して試料溶液の位置を移動する機構の模式図である。
図2図2(A)、(B)は、それぞれ、本発明が適用される走査分子計数法に於ける光検出の原理を説明する模式図及び計測される光強度の時間変化の模式図である。図2(C)は、本発明に於ける一つの走査軌道(所定経路)に沿った光検出領域の位置の移動の態様を説明する図である。図2(D)は、試料溶液の位置の移動の態様を説明する図である。
図3図3は、本発明に於ける時系列光強度データの信号処理の態様を説明する図である。(A)は、(B)の如く一つの走査軌道(所定経路)上にて光検出領域を周回移動させた場合の時系列光強度データの模式図である。(C)は、(A)の時系列光強度データに於いて、各周回に於いて得られた時系列光強度データを、光検出領域の周回の起点s0を通過した時点(t0、t3、t6)からの時間毎に参照して、(D)の如く参照された全周回のデータに於ける代表値を決定する態様を説明している。(E)は、(A)の時系列光強度データ全体に於いて、まず、発光粒子信号を検出し、しかる後、発光粒子(α,β)毎に信号の代表値を決定する態様を説明している。
図4図4は、本発明に従って実行される走査分子計数法の処理手順をフローチャートの形式で表した図である。(A)は、時系列光強度代表値データを生成してから信号の検出を行う場合の処理手順であり、(B)は、信号の検出を行ってから、発光粒子毎の信号の代表値の算出を行う場合の処理手順である。(C)は、時系列光強度データ又は時系列光強度代表値データに於いて発光粒子信号の検出を行う処理手順である。
図5図5(A)、(B)は、それぞれ、発光粒子がブラウン運動をしながら光検出領域を横切る場合及び試料溶液内の光検出領域の位置を発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動することにより発光粒子が光検出領域を横切る場合の粒子の運動の態様を表すモデル図である。図5(C)は、走査分子計数法に従って、計測された時系列光強度データ(フォトンカウントの時間変化)から発光粒子の存在を検出するための処理手順に於ける検出信号の信号処理過程の例を説明する図である。
図6図6は、計測されたフォトンカウントデータの実測例(棒グラフ)と、データをスムージングして得られる曲線(点線)と、パルス存在領域にてフィッティングされたガウス関数(実線)を示している。図中、「ノイズ」と付された信号は、ノイズ又は異物による信号であるとして無視される。
図7図7は、発光粒子として、蛍光標識されたプラスミドを用いて本発明に従って実行される走査分子計数法により得られる発光粒子信号のピーク強度の平均値(棒グラフ)とCV値(エラーバー)の、光検出領域の走査軌道上の周回数に対する変化を示している。
図8図8は、本発明に従って実行される走査分子計数法に於いて、光検出領域の走査軌道上の周回数に対する時系列光強度データ上のノイズの量の変化を示している。
図9図9は、本発明に従って実行される走査分子計数法により得られる発光粒子の偏光度の平均値(棒グラフ)と標準偏差(エラーバー)の、光検出領域の走査軌道上の周回数に対する変化を示している。
図10図10は、種々の発光粒子濃度の試料溶液を用いて走査分子計数法により得られた発光粒子の信号の数を示している。●は、3周回分の時系列光強度データの平均値である時系列光強度代表値データ上で検出された粒子数であり、△は、1周回の時系列光強度データ上で検出された粒子数である。
図11図11は、従来の蛍光強度のゆらぎを算出する光分析技術に於いて得られるフォトンカウント(光強度)の時間変化の例であり、(A)は、試料内の粒子の濃度が、十分な計測精度が与えられる程度である場合であり、(B)は、(A)の場合よりも大幅に試料内の粒子の濃度が低い場合である。
【符号の説明】
【0039】
1…光分析装置(共焦点顕微鏡)
2…光源
3…シングルモードオプティカルファイバー
4…コリメータレンズ
5…ダイクロイックミラー
6、7、11…反射ミラー
8…対物レンズ
9…マイクロプレート
10…ウェル(試料溶液容器)
12…コンデンサーレンズ
13…ピンホール
14…バリアフィルター
14a…ダイクロイックミラー又は偏光ビームスプリッタ
15…マルチモードオプティカルファイバー
16…光検出器
17…ミラー偏向器
17a…ステージ位置変更装置
18…コンピュータ
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0041】
光分析装置の構成
本発明による光分析技術を実現する光分析装置は、基本的な構成に於いて、図1(A)に模式的に例示されている如き、FCS、FIDA等が実行可能な共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせてなる装置であってよい。同図を参照して、光分析装置1は、光学系2〜17と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ18とから構成される。光分析装置1の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様であってよく、そこに於いて、光源2から放射されシングルモードファイバー3内を伝播したレーザー光(Ex)が、ファイバーの出射端に於いて固有のNAにて決まった角度にて発散する光となって放射され、コリメーター4によって平行光となり、ダイクロイックミラー5、反射ミラー6、7にて反射され、対物レンズ8へ入射される。対物レンズ8の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル10が配列されたマイクロプレート9が配置されており、対物レンズ8から出射したレーザー光は、試料容器又はウェル10内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。試料溶液中には、観測対象物である発光粒子、典型的には、蛍光性粒子又は蛍光色素等の発光標識が付加された粒子が分散又は溶解されており、かかる発光粒子が励起領域に進入すると、その間、発光粒子が励起され光が放出される。放出された光(Em)は、対物レンズ8、ダイクロイックミラー5を通過し、ミラー11にて反射してコンデンサーレンズ12にて集光され、ピンホール13を通過し、バリアフィルター14を透過して(ここで、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。)、マルチモードファイバー15に導入されて、光検出器16に到達し、時系列の電気信号に変換された後、コンピュータ18へ入力され、後に説明される態様にて光分析のための処理が為される。なお、当業者に於いて知られている如く、上記の構成に於いて、ピンホール13は、対物レンズ8の焦点位置と共役の位置に配置されており、これにより、図1(B)に模式的に示されている如きレーザー光の焦点領域、即ち、励起領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、励起領域以外からの光は遮断される。図1(B)に例示されたレーザー光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置に於ける光検出領域であり(典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス様分布となる。実効体積は、光強度が1/eとなる面を境界とする略楕円球体の体積である。)、コンフォーカル・ボリュームと称される。また、本発明では、1つの発光粒子からの光、例えば、一つの蛍光色素分子からの微弱光が検出されるので、光検出器16としては、好適には、フォトンカウンティングに使用可能な超高感度の光検出器が用いられる。光の検出がフォトンカウンティングによる場合、光強度の測定は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BIN TIME)に、光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行される。従って、この場合、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータである。また、顕微鏡のステージ(図示せず)には、観察するべきウェル10を変更するべく、マイクロプレート9の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置17aが設けられていてよい。ステージ位置変更装置17aの作動は、コンピュータ18により制御されてよい。かかる構成により、検体が複数在る場合にも、迅速な計測が達成可能となる。
【0042】
更に、上記の光分析装置の光学系に於いては、試料溶液内を光検出領域により走査する、即ち、試料溶液内に於いて焦点領域、即ち、光検出領域の位置を移動するための機構が設けられる。かかる光検出領域の位置を移動するための機構としては、図1(C)に模式的に例示されている如く、反射ミラー7の向きを変更するミラー偏向器17が採用されてよい(光路を変更して光検出領域の絶対的な位置を移動する方式)。かかるミラー偏向器17は、通常のレーザー走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様であってよい。また、更に、図1(D)に例示されている如く、試料溶液が注入されている容器10(マイクロプレート9)の水平方向の位置を移動し、試料溶液内に於ける光検出領域の相対的な位置を移動するべくステージ位置変更装置17aが作動される(試料溶液の位置を移動する方式)。後に詳細に説明される如く、本発明に於いては、上記の光路を変更して光検出領域の絶対的な位置を移動する方式によって光検出領域を走査軌道(所定経路)に沿って周回移動させるとともに、かかる周回数が所定の回数に達すると、試料溶液の位置を移動する方式により、試料溶液中の光検出領域を周回移動させる場所が変更される。いずれの方式による場合も、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するべく、ミラー偏向器17又はステージ位置変更装置17aは、コンピュータ18の制御の下、光検出器16による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい(コンピュータ18に於けるプログラムに於いて、種々の移動パターンが選択できるようになっていてよい。)。なお、図示していないが、対物レンズ8又はステージを上下に移動することにより、光検出領域の位置が上下方向に移動されるようになっていてもよい。
【0043】
観測対象物となる発光粒子が多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光の放出があるので、ピンホール13は、除去されてよい。また、観測対象物となる発光粒子が化学発光や生物発光現象により励起光によらず発光する場合には、励起光を生成するための光学系2〜5が省略されてよい。発光粒子がりん光又は散乱により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。更に、光分析装置1に於いては、図示の如く、複数の励起光源2が設けられていてよく、発光粒子の励起波長によって適宜、励起光の波長が選択できるようになっていてよい。同様に、検出光光路にダイクロイックミラー14aを挿入して、検出光を複数の波長帯域に分割して別々に複数個の光検出器16により検出するようになっていてよい。かかる構成によれば、発光粒子の発光波長特性(発光スペクトル)に関する情報の検出や、複数種の発光粒子が含まれている場合に、それらからの光をその波長によって別々に検出するといったことも可能となる。更にまた、光の検出に関して、励起光として所定の方向に偏光した光が用いられ、検出光の、励起光の偏光方向と垂直な方向の成分を別々に検出して発光粒子の光の偏光特性が検出できるようになっていてもよい。その場合、励起光光路には、ポーラライザ(図示せず)が挿入され、検出光光路に偏光ビームスプリッタ14aが挿入される。(実施例3参照)。
【0044】
コンピュータ18は、CPUおよびメモリを備え、CPUが各種演算処理を実行することにより、本発明の手順を実行する。なお、各手順は、ハードウェアにより構成するようにしてもよい。本実施形態で説明される処理の全て或いは一部は、それらの処理を実現するプログラムを記憶したコンピュータ読み取り可能な記憶媒体を用いて、コンピュータ18により実行されてよい。即ち、コンピュータ18は、記憶媒体に記憶されているプログラムを読み出して、情報の加工・演算処理を実行することにより、本発明の処理手順を実現するようになっていてよい。ここで、コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、半導体メモリ等であってよく、或いは、上記のプログラムを通信回線によってコンピュータに配信し、この配信を受けたコンピュータがプログラムを実行するようにしても良い。
【0045】
本発明の光分析技術の原理
「発明の概要」の欄に記載されている如く、本発明の光分析技術に於いては、端的に述べれば、走査分子計数法に於いて、光検出領域を所定の経路に沿って複数回に亘って周回移動させ、その間に同一の発光粒子の放出する光を繰り返し計測することにより、計測された光強度のデータを用いた個々の発光粒子の存在及び/又はその特性の検出に於けるばらつきの抑制、検出精度の向上が図られる。以下、本発明の走査分子計数法の原理、光検出領域の周回移動の態様及び計測された光強度データの信号処理の概要について説明する。
【0046】
1.走査分子計数法の原理
FCS、FIDA等の分光分析技術は、従前の生化学的な分析技術に比して、必要な試料量が極めて少なく、且つ、迅速に検査が実行できる点で優れている。しかしながら、FCS、FIDA等の分光分析技術では、原理的に、発光粒子の濃度や特性は、蛍光強度のゆらぎに基づいて算定されるので、精度のよい測定結果を得るためには、試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度が、図11(A)に模式的に描かれているように、蛍光強度の計測中に常に一個程度の発光粒子が光検出領域CV内に存在するレベルであり、同図の右側に示されている如く、計測時間中に常に有意な光強度(フォトンカウント)が検出されることが要求される。もし発光粒子の濃度又は数密度がそれよりも低い場合、例えば、図11(B)に描かれているように、発光粒子がたまにしか光検出領域CV内へ進入しないレベルである場合には、同図の右側に例示されている如く、有意な光強度の信号(フォトンカウント)が、計測時間の一部にしか現れないこととなり、精度のよい光強度のゆらぎの算定が困難となる。また、計測中に常に一個程度の発光粒子が光検出領域内に存在するレベルよりも発光粒子の濃度が大幅に低い場合には、光強度のゆらぎの演算に於いて、バックグラウンドの影響を受けやすく、演算に十分な量の有意な光強度データを得るために計測時間が長くなる。
【0047】
そこで、本願出願人は、特願2010−044714及びPCT/JP2011/53481に於いて、発光粒子の濃度が、上記の如きFCS、FIDA等の分光分析技術にて要求されるレベルよりも低い場合でも、発光粒子の数密度又は濃度等の特性の検出を可能にする新規な原理に基づく「走査分子計数法」を提案した。
【0048】
走査分子計数法に於いて実行される処理としては、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構(ミラー偏向器17)を駆動して光路を変更し、図2(A)にて模式的に描かれているように、試料溶液内に於いて光検出領域CVの位置を移動しながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。そうすると、例えば、光検出領域CVが移動する間(図中、時間to〜t2)に於いて1つの発光粒子の存在する領域を通過する際(t1)には、発光粒子から光が放出され、図2(B)に描かれている如き時系列の光強度データ上に有意な光強度(Em)のパルス状の信号が出現することとなる。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する図2(B)に例示されている如きパルス状の信号(有意な光強度)を一つずつ検出することによって、発光粒子が個別に検出され、その数をカウントすることにより、計測された領域内に存在する発光粒子の数、或いは、濃度若しくは数密度に関する情報が取得できることとなる。又、信号の強度から種々の発光粒子の光の特性や発光粒子自体の特性が発光粒子毎に検出可能となる。かかる走査分子計数法の原理に於いては、蛍光強度のゆらぎの算出の如き統計的な演算処理は行われず、発光粒子が一つずつ検出されるので、FCS、FIDA等では十分な精度にて分析ができないほど、観測されるべき粒子の濃度が低い試料溶液でも、粒子の濃度若しくは数密度、特性に関する情報が取得可能である。
【0049】
2.光検出領域の周回移動
上記の走査分子計数法に於いては、発光粒子の放出する光量は、典型的には、1分子〜数分子程度の蛍光色素の放出する光量のレベルであるので、非常に微弱であり、また、試料溶液内を移動する光検出領域が発光粒子を包含したときのみ、発光粒子の光が検出されるので、一つの発光粒子が光検出領域によって一回のみ包含される場合には、その発光粒子から得られる光量又は光子数は非常に低く、従って、発光粒子の光の検出精度が低く、或いは、発光粒子の光から得られる波長特性に関する情報に於けるばらつきが大きくなり得る。そこで、本発明に於いては、既に述べた如く、試料溶液内に於いて、光検出領域を所定の経路に沿って複数回に亘って周回移動させながら、上記の光の計測を行い、所定の経路内に存在する同一の発光粒子から複数回に亘って光を検出し、一つの発光粒子からの光量を増大して、発光粒子の存在の検出と発光粒子の光又は発光粒子自体の特性の検出の精度の向上が試みられる。
【0050】
図2(C)は、複数回に亘って光検出領域を走査軌道(所定の経路)に沿って周回移動させる態様を模式的に表した図である。同図を参照して、まず、本発明に於いては、図1のミラー偏向器17を駆動して光路を変更し、所定の経路(走査軌道)に沿って、光検出領域の絶対的な位置が周回移動される。かかる光検出領域の周回移動する間、走査軌道内の発光粒子がその位置を殆ど変えなければ、光検出領域がその発光粒子の存在領域を通過する度にその発光粒子の光が計測され、従って、その発光粒子からより多くの光量を得ることが可能となる。そして、一つの発光粒子からの光量が多くなれば、発光粒子の存在の検出と発光粒子の光又は発光粒子自体の特性の検出の精度の向上が期待される。
【0051】
この点に関し、複数の周回移動に亘って同一の発光粒子からの光を検出するためには、その発光粒子が拡散移動により走査軌道から逸脱する前に、所望の回数の光検出領域の周回移動が達成される必要がある。従って、本発明に於いて、好適には、光検出領域の移動周期は、発光粒子が拡散により走査軌道から逸脱するまでの拡散時間よりも短く設定される。具体的には、時間tに於ける拡散係数Dの発光粒子の並進拡散による平均自乗変位<x>は、
<x>=6Dt …(1)
により与えられるので、この発光粒子が半径rの光検出領域を逸脱するまでの時間は、概ね、
t〜4r/6D …(2)
となる。従って、光検出領域の移動周期τは、
τ<t〜4r/6D …(3)
が十分に成立するよう設定されるべきである。即ち、例えば、走査軌道が半径Rの円であるとすると、移動速度Vは、
V=2πR/τ>2πR/(4r/6D) …(4)
となるよう決定される。光検出領域の半径は、通常、0.2〜30μmであるので、拡散係数Dが2×10−10〜10×10−11[m/s]の発光粒子の場合、移動周期τは、6sより短ければよい。また、光検出領域の直径が1.6μmであり、発光粒子の拡散係数が1.7×10−10[m/s]の場合には、移動周期τは、10ms未満である必要がある。かくして、実際には、発光粒子の拡散係数Dと光検出領域の半径r又は走査軌道の半径Rとから決定される光検出領域の移動周期の上限を超えないように、光検出領域の移動速度Vと走査軌道の経路長(又は走査軌道の半径R)が選択される。
【0052】
なお、上記の如く、一つの走査軌道に於いて発光粒子が走査軌道から逸脱する前に光検出領域を周回させる態様に於いては、検出される発光粒子は、走査軌道内の発光粒子に限られてしまう。従って、走査軌道の経路長が短いほど、検出される発光粒子の数が少なくなり、発光粒子の数が少ないほど、発光粒子信号から得られる種々の特性に関する検出値に於いてばらつきが大きくなり、精度も低下する。そこで、検出される発光粒子の数を多くするために、走査軌道に沿った光検出領域の周回が所定回数に達する毎に、例えば、図2(D)に模式的に示されている如く、ステージ位置変更装置17aを駆動して、試料溶液の位置を移動して、移動後の位置にて光検出領域の周回移動を繰り返されてよい。その際の移動距離は、光検出領域の直径より長く移動させればよいので、典型的には、1μm以上である。また、試料溶液の位置の経路も、循環経路であってもよく、その場合、その周期は、発光粒子が拡散により走査軌道から逸脱するまでの拡散時間よりも長く設定されてよい(これは、既に光を計測した発光粒子とは別の発光粒子の光を検出できるようにするためである。)。
【0053】
3.光強度データの信号処理
走査分子計数法に於いて、光検出領域を移動しながらの光計測が為されると、時系列の光強度データが生成される。そして、後で詳細に説明される態様にて、時系列光強度データ上に於いて、発光粒子の光を表す信号が個別に検出される。この点に関し、上記の如く、光検出領域の周回移動の周期を発光粒子が拡散により走査軌道から逸脱するまでの拡散時間よりも短く設定した場合には、時系列光強度データは、図3(A)に示されている如く、光検出領域が走査軌道を周期的に通過した際に検出された光強度又は光子数を表す。即ち、図3(A)の例の場合、区間I、II、IIIは、それぞれ、一周目、二周目、三周目の光検出領域の走査軌道に沿った周回移動の際の光強度又は光子数である。そして、光検出領域の周回移動に於ける速度が一定であるとき、或いは、走査軌道上の同じ部位に於いて常に同一であるときには、時系列光強度データの時間は、周期的に走査軌道上の位置に対応する。図示の例の場合、時系列光強度データに於ける時間t0、t3、t6、t9は、図3(B)に於ける走査軌道の位置s0に対応し、時系列光強度データに於ける時間t1、t4、t5は、走査軌道の位置s1に対応し、時系列光強度データに於ける時間t2、t5、t8は、走査軌道の位置s2に対応する。従って、走査軌道上の発光粒子の光は、時系列光強度データに於いて、概ね、周期的に走査軌道の同一の位置に対応する時間に出現すると仮定することができる。このことを考慮して、光検出領域を走査軌道上にて周回移動させて得られた時系列光強度データからの発光粒子の信号の検出は、以下の二通りの態様のいずれかに従って実行されてよい。
【0054】
第一の態様としては、図3(C)に模式的に描かれている如く、図3(A)の如き時系列光強度データを、光検出領域の移動周期毎に区分し、各区分の起点からの時間毎に、各区分の対応する時間に於ける光強度又は光子数を参照して、それらの代表値、例えば、平均値、中央値、最小値、最大値又は最頻値を算出又は決定し、図3(D)に例示されている如く、光強度又は光子数の代表値を時系列に並べた時系列光強度代表値データが生成される。時系列光強度代表値データは、換言すれば、光検出領域が走査軌道を周回する際の走査軌道上の位置毎の光強度又は光子数の代表値からなる時系列データである。そして、時系列光強度代表値データが生成されると、後述の態様にて、時系列光強度代表値データにて、釣鐘型関数のフィッティング(FC)等の処理を通じて、発光粒子の信号が検出され、時系列光強度代表値データから得られた発光粒子の信号を用いて、発光粒子の光の特性又は発光粒子自体の特性の算定又は決定が為される。なお、この態様の場合、ノイズレベルが発光粒子の信号に対して相対的な低減するという効果が得られる。一般にノイズは、走査軌道上の位置によらず、ランダムに発生するのに対し、発光粒子の信号は、常に概ね同じ走査軌道上の位置に対応する時間に発生するので、光強度の代表値を決定する過程に於いて、ノイズの強度は、発光粒子の信号の強度に対して相対的に低減することとなる。
【0055】
第二の態様としては、図3(E)に例示されている如く、光検出領域を走査軌道上にて周回移動させて得られた時系列光強度データに於いて、まず、発光粒子の信号の検出が実行される。そうすると、既に述べた如く、走査軌道上の各発光粒子の信号(図中、α、β)は、概ね周期的に、同一の走査軌道上の位置に対応する時間に出現するので、発光粒子毎の信号を参照して、各発光粒子の信号の代表値、例えば、平均値、中央値、最小値、最大値又は最頻値の算出が為され、かかる代表値により、発光粒子の光の特性又は発光粒子自体の特性の算定又は決定が為される。
【0056】
走査分子計数法の処理操作過程
図1(A)に例示の光分析装置1を用いた本発明に従った走査分子計数法の実施形態に於いては、具体的には、(1)発光粒子を含む試料溶液の調製、(2)試料溶液の光強度の測定処理、及び(3)測定された光強度の分析処理が実行される。図4は、フローチャートの形式にて表した本実施形態に於ける処理を示している。なお、(A)は、時系列光強度代表値データの生成後に発光粒子の信号の検出を行う場合の処理であり、(B)は、発光粒子の信号の検出の後に信号の代表値の決定を行う場合の処理を示している。また、(C)は、発光粒子の信号の検出処理の例を示している。
【0057】
(1)試料溶液の調製
本発明の光分析技術の観測対象物となる粒子は、溶解された分子等の、試料溶液中にて分散し溶液中にてランダムに運動する粒子であれば、任意のものであってよく、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞、或いは、金属コロイド、その他の非生物学的分子などであってよい。観測対象物となる粒子が光を発する粒子でない場合には、発光標識(蛍光分子、りん光分子、化学・生物発光分子)が観測対象物となる粒子に任意の態様にて付加されたものが用いられる。試料溶液は、典型的には水溶液であるが、これに限定されず、有機溶媒その他の任意の液体であってよい。
【0058】
(2)試料溶液の光強度の測定(図3(A)、(B)−ステップ100)
本実施形態の走査分子計数法による光分析に於ける光強度の測定は、測定中にミラー偏向器17及びステージ位置変更装置17aを駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)及び試料溶液の移動を行う他は、FCS又はFIDAに於ける光強度の測定過程と同様の態様にて実行されてよい。操作処理に於いて、典型的には、マイクロプレート9のウェル10に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置した後、使用者がコンピュータ18に対して、測定の開始の指示を入力すると、コンピュータ18は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラム(試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動する手順と、光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する手順)に従って、試料溶液内の光検出領域に於ける励起光の照射及び光強度の計測が開始される。かかる計測中、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下、まず、ミラー偏向器17は、ミラー7(ガルバノミラー)を駆動して、ウェル10内に於いて走査軌道に沿った光検出領域の位置の周回移動を実行し、これと同時に光検出器16は、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ18へ送信し、コンピュータ18では、任意の態様にて、送信された信号から時系列の光強度データを生成して保存する。そして、所定の回数の光検出領域の位置の周回移動が終了すると、ステージ位置変更装置17aが顕微鏡のステージ上のマイクロプレート9の位置を移動して、再び、走査軌道に沿った光検出領域の位置の周回移動を実行し、同時に時系列の光強度データの生成及び保存が為される。かくして、これらの処理が、任意の回数繰り返され、一回の測定が終了する。なお、典型的には、光検出器16は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器であるので、光の検出が、フォトンカウンティングによる場合、時系列光強度データは、時系列のフォトンカウントデータであってよい。
【0059】
光強度の計測中の光検出領域の位置の走査軌道に沿った周回移動に於ける移動速度は、任意に、例えば、実験的に又は分析の目的に適合するよう設定された所定の速度であってよい。検出された発光粒子の数に基づいて、その数密度又は濃度に関する情報を取得する場合には、光検出領域の通過した領域の大きさ又は体積が必要となるので、移動距離が把握される態様にて光検出領域の位置の移動が実行される。なお、計測中の経過時間と光検出領域の位置の移動距離とが比例関係にある方が測定結果の解釈が容易となるので、移動速度は、基本的に、一定速度であることが好ましいが、これに限定されない。
【0060】
ところで、光検出領域の位置の移動速度は、上記の式(3)の光検出領域の移動周期τの条件を満たすともに、計測された時系列の光強度データからの発光粒子の個別の検出、或いは、発光粒子の数のカウンティングを、定量的に精度よく実行するためには、発光粒子のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定されることが好ましい。本発明の光分析技術の観測対象粒子は、溶液中に分散又は溶解されて自由にランダムに運動する粒子であるので、ブラウン運動によって位置が時間と伴に移動する。従って、光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、図5(A)に模式的に描かれている如く、粒子が領域内をランダムに移動し、これにより、光強度がランダムに変化し(既に触れた如く、光検出領域の励起光強度は、領域の中心を頂点として外方に向かって低減する。)、個々の発光粒子に対応する有意な光強度の変化を特定することが困難となる。そこで、好適には、図5(B)に描かれている如く、粒子が光検出領域を略直線に横切り、これにより、時系列の光強度データに於いて、図5(C)の最上段に例示の如く、個々の発光粒子に対応する光強度の変化のプロファイルが略一様となり(発光粒子が略直線的に光検出領域を通過する場合には、光強度の変化のプロファイルは、励起光強度分布と略同様の釣鐘型となる。)、個々の発光粒子と光強度との対応が容易に特定できるように、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。
【0061】
具体的には、拡散係数Dを有する発光粒子がブラウン運動によって半径Woの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δtは、平均二乗変位の関係式
(2Wo)=6D・Δt …(5)
から、
Δt=(2Wo)/6D …(6)
となるので、発光粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2Wo/Δt=3D/Wo …(7)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、かかるVdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されてよい。例えば、観測対象粒子の拡散係数が、D=2.0×10−10/s程度であると予想される場合には、Woが、0.62μm程度だとすると、Vdifは、1.0×10−3m/sとなるので、光検出領域の位置の移動速度は、その10倍以上の15mm/sなどと設定されてよい。なお、観測対象粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々設定して光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
【0062】
(3)光強度の分析
上記の処理により時系列光強度データが得られると、コンピュータ18に於いて、記憶装置に記憶されたプログラムに従った処理により、発光粒子の信号の検出、発光粒子のカウンティング、濃度算出等の各種分析が実行される。また、既に述べた如く、特に、本発明に於いては、発光粒子の信号の検出の前に、時系列光強度データに於いて光強度の代表値を決定する第一の態様か、発光粒子の信号の検出の後に検出された信号の代表値を決定する第二の態様のいずれかにて信号処理が為される。以下、(i)発光粒子の信号の検出の前に時系列光強度代表値データを生成する場合(図4(A))、及び、(ii)発光粒子の信号の検出の後に検出信号の代表値の決定を行う場合(図4(B))のそれぞれについて説明する。
【0063】
(i)発光粒子の信号の検出の前に時系列光強度代表値データを生成する場合
(a)時系列光強度代表値データの生成処理(図4(A)ステップ20)
時系列光強度代表値データの生成処理に於いては、図3(C)に関連した説明に於いて述べた如く、時系列光強度データを、光検出領域の移動周期τ毎に区分し、各区分の起点の時間tsi(iは、区分の番号)を基準として、各区分のデータより、各区分の起点の時間tsi(iは、区分の番号)からの時間[ti−i×tsi]毎に光強度値(光子数)が読み出され、それらの読み出された全区分の時間[ti−i×tsi]に於ける光強度の代表値、即ち、平均値、中央値、最小値、最大値又は最頻値が算出又は決定される。かくして、区分の終点の時間teiまで光強度の代表値が決定されると、区分の起点の時間tsから終点の時間teまでの光強度の代表値を時系列に並べて構成された時系列光強度代表値データが生成される。
【0064】
(b)発光粒子の信号の個別検出(図4(A)ステップ30、図4(C)参照)
上記の処理にて時系列光強度代表値データが生成されると、かかる光強度データ上にて、発光粒子の信号を個別に検出する処理が実行される。既に触れた如く、一つの発光粒子の光検出領域を通過する際の軌跡が、図5(B)に示されている如く略直線状である場合、その粒子に対応する信号に於ける光強度データ上での光強度の変化は、光学系により決定される光検出領域内の光強度分布を反映した略釣鐘状のプロファイルを有する。従って、走査分子計数法では、基本的には、光強度データ上で、適宜設定される閾値Ithを超える光強度値が継続する時間幅Δτが所定の範囲にあるとき、その光強度のプロファイルを有する信号が一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されるようになっていてよい。そして、光強度が閾値Ithを超えないか、時間幅Δτが所定の範囲にない信号は、ノイズ又は異物の信号として判定される。また、光検出領域の光強度分布が、ガウス分布:
I=A・exp(−2t/a) …(8)
であると仮定できるときには、有意な光強度のプロファイル(バックグラウンドでないと明らかに判断できるプロファイル)に対して式(8)をフィッティングして算出された強度A及び幅aが所定の範囲内にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されてよい。(強度A及び幅aが所定の範囲外にある信号は、ノイズ又は異物の信号として判定され、その後の分析等に於いて無視されてよい。)
【0065】
光強度データ上の信号の検出の処理の一つの例に於いては、まず、光強度データ(図5(C)、最上段「検出結果(未処理)」)に対して、スムージング(平滑化)処理が為される(図4(C)−ステップ110、図5(C)中上段「スムージング」)。発光粒子の発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間に於いてデータ値の欠落が生じ得るため、かかるスムージング処理によって、前記の如きデータ値の欠落を無視できることとなる。スムージング処理は、例えば、移動平均法により為されてよい。なお、スムージング処理を実行する際のパラメータ、例えば、移動平均法に於いて一度に平均するデータ点数や移動平均の回数など、は、光強度データ取得時の光検出領域の位置の移動速度(走査速度)、BIN TIMEに応じて適宜設定されてよい。
【0066】
次いで、スムージング処理後の光強度データに於いて、有意なパルス状の信号(以下、「パルス信号」と称する。)が存在する時間領域(パルス存在領域)を検出するために、スムージング処理後の光強度データの時間についての一次微分値が演算される(ステップ120)。光強度データの時間微分値は、図5(C)中下段「時間微分」に例示されている如く、信号値の変化時点に於ける値の変化が大きくなるので、かかる時間微分値を参照することによって、有意な信号の始点と終点を有利に決定することができる。
【0067】
しかる後、光強度データ上に於いて、逐次的に、有意なパルス信号が検出される(ステップ130〜160)。具体的には、まず、光強度データの時間微分値データ上にて、逐次的に時間微分値を参照して、一つのパルス信号の始点と終点とが探索され決定され、パルス存在領域が特定される(ステップ130)。一つのパルス存在領域が特定されると、そのパルス存在領域に於けるスムージングされた光強度データに対して、釣鐘型関数のフィッティングが行われ(図5(C)下段「釣鐘型関数フィッティング」)、釣鐘型関数のパルスのピーク(最大値)の強度Ipeak、パルス幅(半値全幅)Wpeak、フィッティングに於ける(最小二乗法の)相関係数等のパラメータが算出される(ステップ140)。なお、フィッティングされる釣鐘型関数は、典型的には、ガウス関数であるが、ローレンツ型関数であってもよい。そして、算出された釣鐘型関数のパラメータが、一つの発光粒子が光検出領域を通過したときに検出されるパルス信号が描く釣鐘型のプロファイルのパラメータについて想定される範囲内にあるか否か、即ち、パルスのピーク強度、パルス幅、相関係数が、それぞれ、所定範囲内にあるか否か等が判定される(ステップ150)。かくして、図6左に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの発光粒子に対応する信号に於いて想定される範囲内にあると判定された信号は、一つの発光粒子に対応する信号であると判定され、これにより、一つの発光粒子が検出されたこととなる。一方、図6右に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが想定される範囲内になかったパルス信号は、ノイズとして無視される。なお、発光粒子の信号の検出と同時に信号数のカウンティング、即ち、発光粒子のカウンティングが実行されてよい。
【0068】
上記のステップ130〜150の処理に於けるパルス信号の探索及び判定は、光強度データの全域に渡って繰り返し実行されてよい(ステップ160)。なお、光強度データから発光粒子の信号を個別に検出する処理は、上記の手順に限らず、任意の手法により実行されてよい。
【0069】
(ii)発光粒子の信号の検出の後に検出信号の代表値の決定を行う場合
図4(B)に示されている如く、発光粒子の信号の検出処理(ステップ20)の後に検出された発光粒子信号の代表値の算出又は決定(ステップ30)を実行する場合、まず、ステップ10にて得られた時系列光強度データに於いて、そのまま、例えば、式(8)のフィッティング又は図4(C)に示された処理に従って、上記と同様に、発光粒子の信号の検出が実行される。その際、発光粒子の信号の検出と同時に信号数のカウンティング、即ち、発光粒子のカウンティングが実行されてよい。しかる後、図3(E)に模式的に描かれている如く、時系列光強度データに於いて各周期毎に区分し、発光粒子毎に各区分のデータから信号の強度値(例えば、ピーク強度)を拾い出して、それらの代表値、即ち、平均値、中央値、最小値、最大値又は最頻値が算出又は決定される。
【0070】
(iii)発光粒子濃度の決定
検出された発光粒子の信号の数を計数して、発光粒子の数の決定が為されている場合、任意の手法にて、光検出領域の通過した領域の総体積が算定されれば、その体積値と発光粒子の数とから試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度が決定される(ステップ40)。
【0071】
光検出領域の通過した領域の総体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に基づいて理論的に算定されてもよいが、実験的に、例えば、発光粒子の濃度が既知の溶液(対照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、発光粒子の検出及びカウンティングを行うことにより検出された発光粒子の数と、対照溶液の発光粒子の濃度とから決定されるようになっていてよい。具体的には、例えば、発光粒子の濃度Cの対照溶液について、対照溶液の発光粒子の検出数がNであったとすると、光検出領域の通過した領域の総体積Vtは、
Vt=N/C …(9)
により与えられる。また、対照溶液として、発光粒子の複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtとして採用されるようになっていてよい。そして、Vtが与えられると、発光粒子のカウンティング結果がnの試料溶液の発光粒子の濃度cは、
c=n/Vt …(10)
により与えられる。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて、例えば、FCS、FIDAを利用するなどして与えられるようになっていてよい。また、本実施形態の光分析装置に於いては、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な発光粒子についての濃度Cと発光粒子の数Nとの関係(式(9))の情報をコンピュータ18の記憶装置に予め記憶しておき、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるようになっていてよい。
【0072】
(iv)種々の特性の決定
発光粒子信号の検出が為されると、発光粒子濃度の他に、信号の強度値を用いて種々の発光粒子の光の特性、発光粒子自体の特性に関する情報(信号の特徴量)を得ることが可能となる。例えば、検出光の計測に於いて、検出光を偏光方向毎に別々に計測して、偏光方向毎に光強度データを生成している場合、それらの光強度データからそれぞれ得られた信号の強度値から偏光度、偏光異方性等の偏光特性を表す任意指標値が算出され、かかる指標値から更に発光粒子の回転拡散特性の指標値を算出することが可能である。また、検出光の計測に於いて、検出光を複数の波長帯域の成分を別々に計測して、波長帯域毎に光強度データを生成している場合、それらの光強度データからそれぞれ得られた信号の強度値から発光粒子の発光波長スペクトルに関する情報(例えば、複数の波長に於ける強度比)を得ることが可能である。ここで理解されるべきことは、本発明の対象となっている走査分子計数法では、上記の如き発光粒子の光の特性、発光粒子自体の特性に関する情報が発光粒子毎に決定されるという点である。また、本発明に於いては、一つの発光粒子当たりに複数回の計測による光強度値が得られ、それらの代表値が決定されるので、(一つの発光粒子当たり一回限りの計測を実行する場合に比して)発光粒子の光の特性、発光粒子自体の特性に関する情報のばらつきが低減され、検出精度の改善が期待される。
【0073】
かくして、上記の本発明によれば、走査分子計数法に於いて、光検出領域が所定の経路を複数回に亘って通過して、その間に同一の発光粒子の放出する光を繰り返し計測することにより、計測された光強度のデータを用いた個々の発光粒子の存在及び/又はその特性の検出に於けるばらつきの抑制、検出精度の向上が図られる。
【0074】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例1】
【0075】
上記の走査分子計数法に従って、光検出領域の所定経路に沿った周回移動の間の光測定により得られた時系列光強度データから発光粒子の信号を検出し、発光粒子信号のピーク強度のばらつきと光検出領域の周回数との関係について評価した。
【0076】
試料溶液として、リン酸緩衝液(0.05% Tween 20を含む)に、10nMの蛍光色素SYTOX Orange(インビトロジェン社、Cat.No.S-11368)と、1pMのプラスミドpbr322(タカラバイオ株式会社、Cat.No.3035)とを溶解した溶液を調製した。SYTOX Orangeは、DNAインタカレーター色素であり、DNAに結合すると、蛍光強度が500倍程度増大する。光の測定に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用い、上記の「(2)試料溶液の光強度の測定」にて説明した態様に従って、上記の試料溶液について時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を取得した。その際、励起光は、633nmのレーザー光を用い、バンドパスフィルターを用いて、660−710nmの波長帯域の光を測定した。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の走査軌道は、半径約24μmの円とし、移動速度は、15mm/秒とし、周回移動の周期は、10m秒(=6000rpm)とし、BIN TIMEを10μ秒とし、2秒間の測定を行った。
【0077】
光計測後のデータ処理に於いては、図3(C)に関連して説明された発光粒子の信号の検出の前に時系列光強度代表値データを生成する態様に従って、時系列光強度データを移動周期である10m秒毎に区分し、各区分の起点からの時間毎(BIN TIME毎)にフォトンカウント値の平均値を算出し、時系列のフォトンカウント値の代表値データを生成した。そして、かかる代表値データに於いて、発光粒子の信号の個別検出を行った。発光粒子の信号の検出は、「(b)発光粒子の信号の個別検出」及び図4(C)のステップ110〜160に記載された要領に従って、時系列フォトンカウント代表値データにスムージング処理を施し、スムージングされたデータに於いて、パルス信号の始点及び終点を決定した後、各パルス信号にガウス関数を最小自乗法によりフィッティングして、(ガウス関数に於ける)ピーク強度、パルス幅(半値全幅)、相関係数を決定した。そして、下記の条件:
20μ秒<パルス幅<400μ秒
ピーク強度>1[pc/10μs] …(A)
相関係数>0.95
を満たすパルス信号のみを発光粒子の信号として抽出し、抽出された発光粒子信号のピーク強度(ピーク強度は、信号の特徴量の一つである。)の平均値とCV値を算出した。
【0078】
図7は、時系列フォトンカウント代表値データ(時系列の平均値データ)を生成する際のデータの区分数、即ち、一つの走査軌道に於ける光検出領域の周回数を変更した場合に於ける(時系列フォトンカウント代表値データ上で)検出された発光粒子信号のピーク強度の平均値とCV値との変化を表している。図から理解される如く、ピーク強度の平均値自体は、周回数1〜9に於いて然程に大きな変化は見られないが、値のばらつきの指標値であるCV値は、周回数が増えると、低減した。特に、周回数が1回のときのCV値が110%であったのに対し、周回数が17回のときのCV値は、55%まで低減され、値のばらつきが抑制された。[周回数が増えると、ピーク強度の平均値が低減するのは、発光粒子の位置が徐々に移動して、フォトンカウント値が前又は後の時間に分散するためであると考えられる。]この結果は、本発明の手法によれば、発光粒子信号の特徴量のばらつきがより低減され、検出精度が改善されることを示している。
【実施例2】
【0079】
試料溶液として、実施例1のリン酸緩衝液(発光粒子を含まない)を用いて、実施例1と同様の態様にて、光検出及び時系列フォトンカウント代表値データの調製を行った後、バックグラウンドノイズの大きさの指標値として、代表値データ全域の光子数の平均値にその標準偏差の3倍の値を加算した参照値(ノイズレベル)を算出した。図8は、時系列フォトンカウント代表値データを生成する際のデータの区分数、即ち、一つの走査軌道に於ける光検出領域の周回数を変更した場合に於ける上記のノイズレベルの変化を表している。同図を参照して理解される如く、ノイズレベルは、周回数が多くなるほど、低減した。既に触れたように、バックグラウンドノイズは、走査軌道上の光検出領域の位置によらず、ランダムに発生する。即ち、バックグラウンドノイズは、走査軌道上の同一の位置に対応する時間に於いて繰り返し発生する可能性は極めて低いので、時系列フォトンカウント代表値データの生成時に参照される区分数が多いほど、バックグラウンドノイズの強度は、走査軌道上の略同一の位置に対応する時間に於いて発生する発光粒子の信号の強度に比して、相対的に低減されることとなると考えられる。このことは、図8の結果により確かめられた。
【実施例3】
【0080】
光分析装置に於いて、励起光光路にポーラライザを挿入して励起光を一方向に偏光し、検出光光路に偏光ビームスプリッタを挿入して、検出光として励起光の偏光方向に垂直な方向の成分Iと平行な方向の成分Iとをそれぞれ検出し、その他は、実施例1と同様の条件にて光計測・データ処理を行い、発光粒子の信号の検出を行った。そして、得られた発光粒子の信号を用いて、発光粒子毎に偏光度(I−I)/(I+I)を算出し、その平均値とCV値とを算出した。
【0081】
図9は、時系列フォトンカウント代表値データを生成する際のデータの区分数、即ち、一つの走査軌道に於ける光検出領域の周回数を変更した場合に於ける発光粒子信号の偏光度の平均値とCV値との変化を表している。図から理解される如く、偏光度の平均値自体は、周回数1〜17に於いて然程に大きな変化は見られないが、値のばらつきの指標値であるCV値は、周回数が増えると、低減した。特に、周回数が1回のときのCV値が35%であったのに対し、周回数が17回のときのCV値は、16%まで低減され、値のばらつきが抑制された。この結果は、本発明の手法によれば、発光粒子信号の特徴量のばらつきがより低減され、検出精度が改善されることを示している。
【実施例4】
【0082】
種々の濃度の蛍光色素溶液を試料溶液として本発明に従って走査分子計数法により発光粒子の信号の検出を実行し、本発明による走査分子計数法で決定可能な発光粒子濃度の下限を確認した。
【0083】
試料溶液として、リン酸緩衝液(0.05% Tween 20を含む)に、1aM〜10pMの蛍光色素ATTO647N(Sigma-Aldrich)を含む溶液を調製した。光の測定に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用い、上記の「(2)試料溶液の光強度の測定」にて説明した態様に従って、上記の蛍光色素を含む色素溶液と蛍光色素を含まない緩衝液とについて、それぞれ、時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を取得した。その際、励起光は、633nmのレーザー光を用い、バンドパスフィルターを用いて、660−700nmの波長帯域の光を測定し、時系列フォトンカウントデータを生成した。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の走査軌道は、半径約72μmの円とし、移動速度は、90mm/秒とし、周回移動の周期は、5m秒(=12000rpm)とし、BIN TIMEを10μ秒とし、600秒間の測定を行った。
【0084】
光計測後のデータ処理に於いては、図3(C)に関連して説明された発光粒子の信号の検出の前に時系列光強度代表値データを生成する態様に従って、時系列光強度データを移動周期である5m秒毎に区分し、各区分の起点からの時間毎(BIN TIME毎)に3周回分のデータのフォトンカウント値の平均値を算出し、時系列のフォトンカウント値の代表値データを生成した。そして、かかる代表値データに於いて、実施例1の場合と同様に発光粒子の信号の個別検出を行い、検出された発光粒子信号の数を計数した。
【0085】
図10は、各濃度(横軸)の色素溶液を用いた場合の発光粒子信号の検出数(縦軸)を示している。図中、3回の600秒間の測定による3周回分のデータの平均値データに於いて検出された粒子数(重畳処理あり●)と、1周回分のデータに於いて検出された粒子数(重畳処理なし△)とが、それぞれプロットされている。同図を参照して、重畳処理なしの場合は、1fM以下では、検出粒子数と色素濃度との直線性が失われたのに対し、重畳処理ありの場合は、100aMまで、検出粒子数と色素濃度との直線性が得られた。このことにより、本発明によれば、発光粒子信号とノイズ信号との識別が容易となり、測定感度が改善されることが示された。
【0086】
かくして、上記の実施例の結果から理解される如く、本発明の教示に従って、光検出領域を同一の所定経路に沿って周回させて一つの発光粒子からの光を複数回に亘って計測した場合に、発光粒子信号の特徴量のばらつきの低減がされ、これにより、検出精度の向上が為される。また、時系列光強度代表値データを生成する場合には、バックグラウンドノイズが相対的に低減し、S/N比の改善が期待される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11