(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
河川において、その底部が黒く見える現象がしばしば報告されている。その理由としては、フミン酸やフルボ酸の影響、流入土砂に由来する懸濁物質の影響等も考えられるが、河川水に含まれる金属成分が酸化物質を形成して河川の底部(例えば川床の石)に沈着している可能性が高い。一般に、底部における呈色現象は流水に含まれる金属成分に基づく。この金属成分は、例えば、河川水中に含まれるマンガン等である。このような金属成分は上流の工業施設やダム等に由来する可能性があるため、呈色現象の有無を調べることは非常に重要である。
【0003】
しかしながら、いったん底部に付着した金属成分はそのまま定着(沈着)することが一般的である。したがって、呈色した水底を見ても、その金属成分が過去に付着したものなのか、それとも現在付着中のものなのかを判断することは難しい。
【0004】
従来、河川の川床への酸化金属類の沈着調査は、川床の石を採取して付着状況の調査および酸化細菌の検出を行っていた。酸化細菌の検出方法としては、例えば、試料中の細菌に対して外因子を与え、細菌の内部に寄生しているバクテリオファージを発現させ、発現したバクテリオファージにより産生物を産生し、この産生物を検出する方法が知られていた(特許文献1)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、この手法には問題点がある。前述のように、川床の石に沈着した金属は基本的にその後も沈着したままであるから、単に試料を分析するだけでは、その沈着が過去に起きたものなのか、それとも最近起きたものなのかを判断することができない。つまり、金属の沈着時期を特定することが難しい。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、現在起きている河川等の水路の底への金属の沈着状況を簡便に調査するための方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前述の目的を達成するための本発明の一つは、水路の底における金属の沈着状況を調査する方法であって、金属が付着する素材で表面が構成された
アルミナ製の板状の試験部材を、前記水路を流れる水に所定期間浸漬させ、前記所定期間浸漬させた試験部材に付着した金属の種類または量の少なくとも一方を
電子線を用いて分析し、その分析結果に基づき前記沈着状況を推定することを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、水路を流れる水に所定期間、試験部材を浸漬させることで、試験部材の表面には、水路の水に含まれる金属成分が付着する。したがって、この試験部材の表面を顕微鏡で観察し、又は表面分析を行うことにより、付着した金属の種類や量を簡便に求めることができる。これに基づき、水路の底における金属の現在の沈着状況を推定することができる。このように、本発明によれば、水路の底における金属の沈着状況を簡便に調査することができる。
【0010】
また、本発明の他の一つは、前記所定期間にわたって、遮光した状態で前記試験部材を浸漬させることを特徴とする。
【0011】
遮光した状態で試験部材を浸漬させることにより、試験部材に藻類等が付着することを防ぐことができる。試験部材に藻類が付着していると、藻類と金属との区別が付きにくくなり、金属の付着状況についての判定精度が損なわれるおそれがある。そこで遮光部材を設けておくことにより、付着した金属の種類やその量を正確に判定することができる。
【0012】
また、本発明の他の一つは、
前記試験部材に付着した金属の種類または量の少なくとも一方をEDS又はSEMで分析することを特徴とする。
【0014】
また、本発明の他の一つは、前記試験部材の表面における、前記付着した金属の占有率を算出することを特徴とする。
【0015】
このように、試験部材の表面における、付着した金属の占有率を算出することで、金属の付着量を客観的に把握することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、河川等の水路の底への金属の沈着状況を簡便に調査することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】素材比較試験に使用した試験装置を説明する図である。(a)は試験装置の斜視図、(b)は試験装置の側面図、(c)は試験装置の平面図である。
【
図2】素材比較試験における試験条件をまとめた図である。
【
図5】試験部材の観察、分析方法を説明する図である
【
図6A】試験部材がガラスの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図6B】試験部材がガラスの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図6C】試験部材がガラスの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図7A】試験部材がアクリルの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図7B】試験部材がアクリルの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図7C】試験部材がアクリルの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図8A】試験部材がアルミナの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図8B】試験部材がアルミナの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図9A】試験部材がポリエチレンの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図9B】試験部材がポリエチレンの場合の光学顕微鏡写真である。
【
図10】試験部材がアルミナの場合のEDSスペクトルである。
【
図11】遮光した状態で試験部材を浸漬させた試験装置の図である。
【
図12】試験部材の観察と併用して行う調査を説明する図である。
【
図13】試験部材における金属の沈着量の調査方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、前述した問題点に鑑み、川床が呈色した河川について、その呈色の現象が現在進行中のものであるか否かを調べるため、以下のような試験装置を用いた野外調査を行った。この野外調査では、素材の異なる複数種類の試験部材を準備し、各試験部材を河川に浸漬させて呈色状況を調べると共に、試験部材に付着した付着物の構成元素を分析する素材比較試験を行った。
【0019】
<試験装置について>
まず、素材比較試験に用いた試験装置について説明する。
図1は、試験装置50の構成を説明する図である。具体的には、(a)は試験装置50の斜視図、(b)は試験装置の側面図、(c)は試験装置の平面図である。
【0020】
同図に示すように、試験装置50は、試験容器51と、試験容器51に収容される矩形板状の試験部材52とからなる。
【0021】
試験容器51は、底面部材53、周壁部材54、一対の柱部材55(55a、55b)、及び上枠部材56を含んで構成されている。このうち底面部材53は横長矩形の平板状部材であり、その上面には、複数の試験部材52が板厚方向に並べられた状態で立設されている。
【0022】
周壁部材54は、底面部材53の周縁に沿って立設された部材であり、底面部材53に立設された試験部材52を側方から支持する。なお、周壁部材54を構成する周壁のうち、底面部材53の長手方向(X軸方向)の部分である一対の壁部54a、54bの下部には、一対の開口部57(57a、57b)が設けられている。一方、底面部材53の短手方向(Y軸方向)の部分である一対の壁部54c、54dの上端には一対の柱部材55(55a、55b)が立設されている。
【0023】
上枠部材56は、柱部材55の上面に支持された枠型の部材であり、その枠の大きさは、周壁部材54の周の大きさと略一致させてある。
図1(c)に示すように、この上枠部材56の長手方向の枠部56a、56bには、相対する2つの凹部58が形成され複数の嵌合構造59を構成している。各凹部58は、長手方向の枠部56a、56bの内側の面に沿って設けられている。凹部58の形状は、試験部材52の端部の形状と略一致させており、この一対の凹部58と、試験部材52の端部52aとの位置をあわせて、試験部材52を上方から挿入することで、試験部材52は、試験容器51に固定された状態で立設される。
【0024】
なお、この試験容器51には、把持部61が取り付けられている。把持部61は試験容器51の上方に設けられており、把持部61の下端61aは柱部材55に取り付けられている。
【0025】
<試験方法>
次に、試験方法について説明する。
図2に、素材比較試験の試験条件をまとめた図を示した。同図に示すように、この素材比較試験では、試験部材52として、ガラス、アクリル、アルミナ、及びポリエチレンの長方形板材を用いた。試験部材52の寸法は、いずれの場合も、縦26mm×横76mm×厚さ2〜3mmの長方形板材とした。また、後述するように、試験期間(浸漬期間)は約1ヶ月とした。
【0026】
素材比較試験においては、試験装置50を以下のように用いた。
図3に示すように、試験装置50の把持部61に吊設部材62(例えば針金)の一端を巻き付けて試験装置50を吊り下げ、その状態で、当該試験装置50を河川8の川床に沈めた。
【0027】
図4は川床に沈めた試験装置50の様子を説明する図である。同図に示すように、河川の川床63に沈めた試験装置50に対しては、上流からの水流9が流れてくる。試験部材52の表面には、この水流9中に含まれる金属成分(酸化金属類等)が付着していく。このような状態で試験装置を約1ヶ月放置した。なお、吊設部材62の他端は河岸の所定位置に固定しておき、試験装置50が流されないようにしておいた。そして、試験装置50を沈めてから1ヶ月後、当該試験装置50を河川8から引き上げ、試験部材52の表面観察及び分析を行った。
【0028】
図5は、試験部材52の観察、分析方法を説明する図である。同図に示すように、光学顕微鏡により、ガラス、アクリル、ポリエチレン、アルミナの試験部材52の表面を観察した。また、アルミナの試験部材52については、EDS(Energy Dispersive x-ray Spectroscopy)による表面分析を行った。
【0029】
なお、アルミナの試験部材52に対してEDSを用いたのは、アルミナが電子線に強い性質を有しているためである。さらに、河川の流水には表面分析の妨げとなる藻類等の生物類が浮遊している可能性があるところ、これらの生物類にはアルミニウムがほとんど含まれていない。そのため、アルミナの試験部材52を用いて観察しても、生物類の有無の判断に支障が少ないからである。
【0030】
また、アルミナの他にはガラスも電子線に強いが、ガラスはケイ素、ナトリウム、カルシウムを主成分とするため、これらの成分と、生物由来のケイ素、ナトリウム、カルシウムとの区別が付きにくい。この点においてアルミナは、EDS分析に適しているといえる。また、電子線に強いアルミナの試験部材52の場合はSEM(Scanning Electron Microscope)を用いることもできる。
【0031】
<観察結果>
次に、試験部材52の観察結果について説明する。
図6〜9(6A、6B、6C、7A、7B、7C、8A、8B、9A、9B)は、試験部材52の光学顕微鏡写真である。このうち
図6(6A〜6C)は試験部材52がガラスの場合の光学顕微鏡写真である(写真のスケールバーは30μm)。同図に示すように、浸漬後の試験部材52の表面には、約20μm程度の大きさの茶色の粒子71の付着が確認され(
図6A、6B)、一部には薄い茶色のコーティング72も観察された(
図6C)。また、
図7(7A〜7C)は試験部材52がアクリルの場合の光学顕微鏡写真であるが(写真のスケールバーは30μm)、これもガラスの場合と同様に、浸漬後の試験部材52の表面に約20μm程度の大きさの茶色の粒塊73の付着が確認され(
図7A)、一部には薄い茶色のコーティング74が観察された(
図7B、7C)。なお、コーティング74の中心に、管形状を有する繊維状の付着物(約500μm)が確認されたが、少なくとも生物に由来するような細胞構造は見られなかった。
【0032】
図8(8A、8B)、
図9(9A、9B)はそれぞれ、試験部材52がアルミナ、ポリエチレンの場合の光学顕微鏡写真であるが(写真のスケールバーは300μm)、これらの場合も、ガラス、アクリルの場合と同様に、茶色の着色部75が観察された。
【0033】
次に、EDSによる観察結果について説明する。
図10は、試験部材52がアルミナの場合のEDSスペクトルである。同図に示すように、試験部材52からは、ケイ素、鉄、マンガンが検出された。
【0034】
<検討>
本試験で使用した試験部材52のいずれにも、茶色の粒子が観察された。この粒子は、マンガン酸化菌であるメタロゲニウム(マンガン酸化構造体)により生成された二酸化マンガンであると思われる。すなわち、本試験では、測定場所の上流から流れてきた水(河川水)にマンガンイオン(Mn
2+)が含まれており、このマンガンイオンが、測定場所に着生しているマンガン酸化菌によって二酸化マンガン(MnO
2)に酸化されたものと考えられる。
【0035】
また、沈着試験を行ったのは、微生物の活動がそれほど活発とはいえない水温の低い11月であった。また、1ヶ月という短期間で沈着試験を行ったにも拘わらず、マンガンの沈着が確認された。このことから、試験部材52を浸漬して行う金属の沈着状況の調査は、簡便かつ有効な方法であると考えられる。
【0036】
なお、
図6、7に示したように、ガラス、アクリルの試験部材52では、光学顕微鏡によるマンガンの着色の確認が特に容易であった。これは、ガラス、アクリルが透明であり光を透過するからである。したがって一般に、光透過性を有する素材を試験部材52として用いた場合は、マンガン等の金属の沈着を光学顕微鏡の透過光観察によって容易に発見することができると考えられる。これにより、付着金属の種類やその量を容易に推定することができる。
【0037】
一方、ポリエチレン、及びアルミナは不透明な素材であるため、透過光観察ができないことから、高倍率での観察が困難であったが、
図8、9に示したように、不明確ながらマンガンの沈着状況を観察することができた。
【0038】
また、アルミナは、
図10に示したようにEDSによる表面分析が可能であった。これは、前述のようにアルミナが電子線に強いためである。このように、アルミナの試験部材52を用いれば高倍率での金属の観察が可能となる。
【0039】
なお、以上の野外調査(素材比較試験)と同様の試験を、水質、水温がほぼ同じである水力発電所のダム直下の地点、及び発電所の放流地点において同時期に行ったところ、本試験とは金属の付着量に大きな差違が見られた。このことは、金属の付着量は水温、水質以外の他の要素、例えば水流の速さや懸濁物の量に大きく依存することを示唆している。したがって、異なる場所で沈着状況を調査してその沈着量の違いを調べる場合は、水流の速さや懸濁物の量などの条件を同一にしておくことが好ましいと考えられる。
【0040】
以上のように、本実施形態の沈着状況調査方法によれば、水路を流れる水に所定期間、試験部材52を浸漬させることで、試験部材52の表面には、水路の水に含まれる金属が付着する。したがって、この試験部材52の表面を顕微鏡で観察したり成分分析を行うことにより、付着した金属の種類や量を求めることができる。これに基づき、水路の底における金属の現在の沈着状況を推定することができる。このように、本実施形態の沈着状況調査方法によれば、水路の底における金属の沈着状況を簡便に調査することができる。
【0041】
すなわち、試験部材52の表面に付着している金属類は、水路(例えば河川)の水に含まれていた成分(金属イオン等)に由来する。しがたって、試験部材52の表面に付着している金属を例えば顕微鏡で観察し、その金属の種類や付着量を確認することで、現在、上記水路にどのような種類の金属がどの程度含まれているかを調べることができる。このような金属は水路の底を呈色させているはずであるから、現在、水路において実際に着色が進行しているのか否か、また、進行しているとすればどのような程度の速さで進行しているのかを推定することができる。
【0042】
なお、浸漬部材を外来光(太陽光等)があたる場所で長期間浸漬させる場合は、その期間にわたって、遮光した状態で試験部材52を浸漬させることが好ましい。例えば、
図11に示すように、川床63に設置した試験装置50を、例えば着色加工を施したポリエステル等の遮光性を有する素材からなる遮光部材64で上方から覆うことにより、浸漬した試験部材52の表面部に藻類等が付着、繁殖することを防ぐことができる。試験部材52に金属と共に藻類が付着していると、両者の区別が付きにくくなって金属の付着が判定しにくくなるおそれがある。そこで、このように遮光を行うことにより、付着した金属の種類やその量をより正確に判定することができる。
【0043】
<試験部材の観察と併用して行う調査について>
ところで、河川の川床が着色して見える(例えば黒く見える)原因としては、これまでに説明してきたような、川床への金属の付着が重要である。しかし、これに加えて、河川水中の腐食物質や懸濁物質の影響も考えられる。そこで、河川の川床が着色して見える原因を調べる場合、前記の試験部材52を用いた調査に加えて、
図12に示すような調査も併用して行うことが好ましい。
【0044】
すなわち、河川の川床が着色して見える原因としては、水溶性の腐食物質(フルボ酸やフミン酸)が含まれているために、河川水中が褐色ないし黒褐色を呈していることが原因である場合がある。そこで、例えば、河川水の分析を定期的に行う(例えば三次元蛍光光度分析を行う)ことが考えられる。
【0045】
また、降雨等により河川に土砂が混入し、これにより河川水中の懸濁物質(SS:Suspended Solid)濃度が上昇し、川床が黒く見えていることも考えられる。そこで、河川水中の懸濁物の分析(SS分析)を定期的に行う。
【0046】
なお、沈着調査を1回のみでなく定期的に(複数回)行うことにより、沈着量の変化を求める方法も有効である。また、河川水中のマンガン等の微量元素の濃度を、ICP−MS(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)等を用いて正確に分析し、両者の結果を比較することにより、流水中に含まれている、沈着の原因となる金属の種類や量を、より正確に推定することも考えられる。
【0047】
ここで、試験部材52における金属の沈着量は、例えば次のようにして求める。
図13に示すように、まず、河川に浸漬させた試験部材52の表面と、所定のグレースケールチャート65とを、スキャナー等の読取装置66で読み取り、それぞれの色相を数値化して試験部材52の表面の黒色度を求める。具体的には、情報処理装置67は、読取装置66が読み取った試験部材52の表面の色相と、グレースケールチャートの色相とを取得して比較する。そして、前者の黒色度が後者の黒色度以上である部分は金属が沈着している部分であり、前者の黒色度が後者の黒色度未満である部分は金属が沈着していない部分であるとする処理を行い、試験部材52の表面における金属の沈着面積を算出する。そして情報処理装置67は、求めた沈着面積を、試験部材52の全表面積で除することにより、単位面積当たりの沈着量の変化を求める。
【0048】
このように、試験部材52の表面における、付着した金属の占有率を算出することで、付着した金属の量を正確に調べることができる。また、これを定期的に実施することで、その金属の付着速度を知ることができる。
【0049】
以上の実施形態の説明は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定するものではない。本発明はその趣旨を逸脱することなく、変更、改良され得ると共に本発明にはその等価物が含まれる。
【0050】
例えば、本実施形態では、試験装置50を用いることにより沈着状況を調査する方法を示したが、他の方法を用いてもよい。すなわち、試験部材52を河川8に所定期間浸漬させ、所定期間経過後に試験部材52を引き上げる構成になっていればよい。