【文献】
Bio Techniques,2000年,Vol. 29, No. 4,p. 884-889
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ウイルスベクターを産生する能力を有する細胞を、有効成分として、レチノイン酸類、ヒストン脱アセチル化酵素阻害物質及びキレート形成能を有する物質を含む培地で培養する工程を包含するウイルスベクターの製造方法であって、前記キレート形成能を有する物質がラクトビオン酸又はその塩である、方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、ウイルスベクターの製造に使用される培地、特に高いウイルスタイターを維持することを可能にするウイルス産生細胞の培養に使用される培地を開発し、当該培地を用いたウイルスベクターの製造方法、及び当該方法で製造されるウイルスベクターを用いた形質導入細胞集団の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意努力した結果、有効成分として、レチノイン酸類、ヒストン脱アセチル化酵素(ヒストンデアセチラーゼとも呼ばれる)阻害物質及びキレート形成能を有する物質を含む培地を用い、ウイルス産生細胞を培養することで、長期間にわたって高いウイルス産生を継続することができ、驚くべきことに高いウイルス力価のウイルス上清が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明を概説すれば、本発明は、
[1]ウイルスベクターを産生する能力を有する細胞を、有効成分として、レチノイン酸類、ヒストン脱アセチル化酵素阻害物質及びキレート形成能を有する物質を含む培地で培養する工程を包含するウイルスベクターの製造方法、
[2]細胞が継続的にウイルスベクターを産生する能力がある細胞である[1]記載の製造方法、
[3]ウイルスベクターがレトロウイルスベクターである[1]又は[2]に記載の製造方法、
[4]ヒストン脱アセチル化酵素阻害物質がトリコスタチンA及び酪酸ナトリウムから選択される少なくとも1種の物質である[1]〜[3]いずれか記載の製造方法、
[5]前記キレート形成能を有する物質が、ラクトビオン酸又はその塩である[1]〜[4]いずれか記載の製造方法、
[6](1)[1]〜[5]いずれか記載の方法でウイルスベクターを製造する工程、ならびに
(2)工程(1)で製造されたウイルスベクターを用いて細胞を形質導入する工程、
を包含することを特徴とする形質導入された細胞集団の製造方法、
[7][6]に記載の製造方法で得られた形質導入された細胞集団、
[8]医薬に使用するための[7]記載の細胞集団、
[9]医薬の製造に用いる[7]記載の細胞集団、
[10][7]記載の細胞集団を有効成分として含有する医薬、
[11]対象に有効量の[10]記載の医薬を投与する工程を含む疾病の治療方法又は予防方法、
[12]有効成分として、レチノイン酸類、ヒストン脱アセチル化酵素阻害物質及びキレート形成能を有する物質を含むことを特徴とするウイルスベクター製造用培地、
に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の培地を用いることにより、容易に高いウイルス力価のウイルス上清が得られることから、ウイルスベクター及び当該ベクターを含有する高力価組成物を容易に調製することが可能となる。本発明の培地を用いて得られたウイルスベクターや前記組成物は遺伝子治療の分野で非常に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明について詳細に説明する。
【0013】
本発明は、ウイルスベクターを産生する細胞の培養に適した培地を開示する。前記の培地は、細胞の培養に必要な成分を混合して作製された基本培地に、有効成分として、レチノイン酸類及びヒストン脱アセチル化酵素阻害物質及びキレート形成能を有する物質が含有されてなるものである。当該培地には、更に脂質類が含まれてもよい。
【0014】
本発明において、「レチノイン酸」は、ビタミンA酸とも呼ばれ、鎖部の二重結合がすべてtransのall−trans−レチノイン酸、又は9位がcis構造をとる9−cis−レチノイン酸のいずれでもよい。また、その他のレチノイン酸異性体及びレチノイン酸誘導体、及び人為的に合成した合成レチノイドも本発明において使用することができる。前記のレチノイン酸、レチノイン酸異性体及びレチノイン酸誘導体、及び人為的に合成した合成レチノイド、又はそれらの塩を、本明細書ではレチノイン酸類と総称する。更に、本発明において、使用するレチノイン酸類は1種類でもよく、複数種類を組み合わせて使用してもよい。
【0015】
本発明に使用されるレチノイン酸類の培地中の濃度としては、有効成分として作用する濃度を使用すればよく、特に限定はないが、all−trans−レチノイン酸(以下、ATRAと記載する)の場合、例えば、好適には1nM〜10μM、より好適には5nM〜200nMであり、特に好適には10nM〜100nMである。
【0016】
本発明において、「ヒストン脱アセチル化酵素阻害物質」としては、ヒストン脱アセチル化酵素阻害活性を有するものであれば良く、(1)脂肪族酸類、例えば酪酸ナトリウム、ブチラート、フェニルブチラート、バルプロ酸、これらの塩、誘導体等、(2)ヒドロキサム酸類、例えばトリコスタチン(Trichostatin)A、オキサムフラチン、スベロイルアニリド(suberoylanilide)、これらの塩、誘導体等、(3)環状ペプチド、例えばトラポキシン(trapoxin)、アピシジン(apicidin)、FK228、これらの塩、誘導体等、(4)ベンズアミド、その塩、誘導体等、が使用できる。更に、本発明において、使用するヒストン脱アセチル化酵素阻害物質は1種類でもよく、複数種類を組み合わせて使用してもよい。
【0017】
本発明を限定するものではないが、ヒストン脱アセチル化酵素阻害物質として、酪酸ナトリウム(以下、NaBと記載する)又はヒストン脱アセチル化酵素のアイソフォーム阻害域の広いトリコスタチンA(以下、TSAと記載する)が好適に使用される。また、ヒストン脱アセチル化酵素阻害物質とレチノイン酸を組み合わせたときの相乗効果について、本願発明者はNaBの他にTSAについてもその効果を見出している。
【0018】
本発明に使用されるヒストン脱アセチル化酵素阻害物質の培地中の濃度としては、有効成分として作用する濃度を使用すればよく、特に限定はないが、TSAの場合、例えば、好適には10nM〜50μM、より好適には20nM〜10μM、特に好適には100nM〜3μMである。NaBの場合、例えば、好適には1nM〜50mM、より好適には1mM〜10mMである。
【0019】
本発明のレチノイン酸類及びヒストンデアシラーゼ阻害物質を含む培地に、更に脂質類を含有させても良い。脂質類としては、脂肪酸類(アラキドン酸、リノール酸、リノレン酸、ミリスチン酸、オレイン酸、パルミトイル酸、パルミチン酸やそれらの塩等)、コレステロール、デキサメタゾン等のステロイド類、トコフェロール酢酸、トリグリセリド、リン脂質類(グリセロリン脂質、スフィンゴリン脂質、イノシトールリン脂質等)等を使用することができる。これらの成分は単独でもしくは複数のものを組み合わせて培地に添加してもよい。例えば、血清成分を代替することを目的に培地添加剤として市販されている脂肪酸濃縮液をそのまま含有させても良い。
【0020】
本発明に使用される前記脂質類から任意に選択される脂質類の培地中の濃度としては、有効成分として作用する濃度を使用すればよく、特に限定はないが、好適には脂質類の総量として0.01mg/L〜8.0mg/L、より好適には0.03mg/L〜5.0mg/L、特に好適には0.1mg/L〜4.0mg/Lである。例えば、脂肪酸濃縮液では容液比で、好適には1/10,000〜1/50(V/V)、より好適には1/3,000〜1/75(V/V)であり、特に好適には1/1,000〜1/100(V/V)である。
【0021】
本発明において、「キレート形成能を有する物質」は、金属イオンに配位して錯体を形成しうるものであれば良い。本発明には、アミノカルボン酸キレート剤として、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、NTA(ニトリロ三酢酸)、DTPA(ジエチレントリアミン五酢酸)、HEDTA(ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸)等、また、ホスホン酸系キレート剤としてHEDP(ヒドロキシエチリデンジホスホン酸)、NTMP(ニトリロトリス(メチレンホスホン酸))、EDTMP(エチレンジアミン四(メチレンホスホン酸))等、またその他の配位子として、ビピリジン、フェナントロリン、ポルフィリン、クラウンエーテル、サイクラム、ターピリジン、カテコラート、BINAP‘(2,2’−ビス(ジフェニルホスフィノ)−1,1’−ビナフチル(2,2‘−bis(diphenylphosphino)’−1,1‘−binaphthyl))等が使用され、更にその他の物質として、ラクトビオン酸、グルコン酸、イノシトール6リン酸、クエン酸、リン酸、リンゴ酸、ムギネ酸、グルタチオン、アルファリポ酸、L―カルニチン、L―メチオニン、L―シスチン、MSM(メチルスルフォニルメタン)等が使用される。更に、上記物質の塩も使用される。更に、本発明において、使用するキレート形成能を有する物質は1種類でもよく、複数種類を組み合わせて使用してもよい。
【0022】
本発明を限定するものではないが、キレート形成能を有する物質としてラクトビオン酸、又はその塩(例えばラクトビオン酸カルシウム)が好適に使用される。
【0023】
本発明に使用されるキレート形成能を有する物質の培地中の濃度としては、有効成分として作用する濃度を使用すればよく、特に限定はないが、ラクトビオン酸カルシウムの場合、例えば、好適には終濃度2μM〜終濃度200mM、より好適には終濃度20μM〜終濃度20mM、特に好適には終濃度200μM〜終濃度2mMである。
【0024】
上記基本培地の成分としては、アミノ酸、糖類、有機酸のようなエネルギー源、ビタミン類、pH調整のための緩衝成分、無機塩類等があげられる。また、フェノールレッドのようなpH指示薬を含有していてもよい。このような基本培地として、血清を含有しない公知の培地、例えば、DMEM、IMDM、ハムF12培地等を使用してもよく、これらはインビトロジェン社、シグマ社等から市販品として入手することができる。Opti−ProSFM、VP−SFM、293SFMII(いずれもインビトロジェン社製)、HyQ SFM4MegaVir(ハイクローン社製)等の市販の培地も使用することができる。前記の基本培地には血清添加培地を使用してもよいが、血清由来の未知のウイルスの混入を防ぐために、無血清培地の使用が好ましい。無血清培地を使用する場合は、ヒト血液より高度に精製された血清アルブミン(例えば医薬品として認可された血清アルブミン製剤)や動物由来の高度に精製された血清アルブミン、又は組換え血清アルブミンを含有する無血清培地が好適に使用される(特開2007−105033号公報)。
【0025】
本発明の培地により培養されるウイルス産生細胞には特に限定はないが、例えばレトロウイルス産生細胞が好適である。
【0026】
本発明は、上記の培地を使用することを特徴とするウイルスベクターの製造方法に関する。
【0027】
本発明により製造されるウイルスベクターには特に限定はない。例えば、レトロウイルスベクター(オンコウイルスベクター、レンチウイルスベクターやそれらの改変体を包含する)、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、シミアンウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、又はセンダイウイルスベクター等が挙げられる。好適にはレトロウイルスベクター、遺伝子組換えレトロウイルスベクターが例示される。特に、無制限な感染、遺伝子導入を防止された複製能欠損レトロウイルスベクターが本発明に好適に使用される。通常、遺伝子組換えレトロウイルスベクターのウイルス粒子に封入される核酸は、プラスミドによって供給される。公知の複製能欠損レトロウイルスベクターのウイルス粒子に封入される核酸を供給するプラスミドとしては、MFGベクターやα−SGCベクター(国際公開第92/07943号パンフレット)、pBabe[ヌクレイック アシドズ リサーチ(Nucleic Acids Research)、第18巻、第3587−3596頁(1990)]、pLXIN(クロンテック社製)、pDON−AI(タカラバイオ社製)等のレトロウイルスベクタープラスミド、レンチウイルスベクター[ヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来ベクター、サル免疫不全ウイルス(SIV)由来ベクター等]あるいはこれらを改変したベクタープラスミドが例示される。
【0028】
前記のウイルス粒子に封入される核酸には任意の外来遺伝子を搭載させてもよい。搭載される外来遺伝子には特に限定はなく、下記記載の本発明により製造されたウイルスベクターにより形質導入される細胞集団の用途に応じて、任意の遺伝子[酵素、サイトカイン類、又はレセプター類等のタンパク質をコードするものの他、細胞内抗体、アンチセンス核酸やsiRNA(small interfering RNA)、リボザイムをコードするもの]が使用できる。これら外来遺伝子としては、例えば、細胞の医療への利用を目的とするものとして、配列特異的RNA分解酵素であるMazFを発現する遺伝子(例えば、国際公開第2007/020873号パンフレット及び国際公開第2008/133137号パンフレット)、腫瘍抗原やウイルス抗原を認識する抗体可変領域又はT細胞レセプターをコードする遺伝子、患者において欠失もしくは機能喪失している遺伝子等が挙げられる。また、Low affinity Nerve Growth Factor Receptorの細胞外ドメイン遺伝子(ΔLNGFR)、ネオマイシン耐性遺伝子、蛍光タンパク質遺伝子等の、遺伝子導入された細胞の選択を可能にする適当なマーカー遺伝子を同時に搭載させてもよい。
【0029】
前記外来遺伝子は、例えば、適当なプロモーターの制御下に発現されるようにウイルスベクターに搭載して使用することができる。また、エンハンサー配列、ターミネーター配列、又はイントロン配列がベクター内に存在していてもよい。
【0030】
本発明では、前記のレトロウイルスベクターのウイルス粒子に封入される核酸を供給するDNAをレトロウイルスパッケージング細胞株に導入して作製されたレトロウイルス産生細胞を本発明の培地中で培養し、レトロウイルスベクターの製造が実施される。
【0031】
前記のパッケージング細胞株には特に限定はなく、公知のパッケージング細胞株、例えばPG13(ATCC CRL−10686)、PA317(ATCC CRL−9078)、GP+E−86やGP+envAm−12(米国特許第5,278,056号)、Psi−Crip[プロシーディング オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシーズ オブ ジ USA(Proc. Natl. Acad. Sci. USA)、第85巻、第6460−6464頁(1988)]等を使用することができる。また、トランスフェクション効率の高い293細胞や293T細胞にレトロウイルス粒子産生に必要な遺伝子が搭載されたパッケージングプラスミド(レトロウイルスパッケージングキット:タカラバイオ社製)を導入してパッケージング細胞を作製することもできる。
本発明の方法は、一過性に組換えウイルスベクターを産生するよう作製されたウイルス産生細胞、継続的にウイルスを産生する能力を有するウイルス産生細胞株のいずれにも利用することができる。後者を使用する場合には、ウイルス産生細胞株のマスターセルバンク(MCB)やワーキングセルバンク(WCB)のような凍結保存物を適切な手段で解凍後、前記の培地に直接植えて培養を開始し、前記細胞を増殖させ、ウイルスを産生させる。組換えウイルスベクターの大量調製のためには、更に前記の培地にウイルス産生細胞株を適応させる馴化の工程を加えることが好ましい。
【0032】
ウイルス産生細胞の培養は、通常の培養条件で行うことができる。例えば湿度95%、CO
2濃度5%での培養が例示されるが、本発明はこのような条件に限定されるものではない。培養は、例えば30〜37℃で実施できるが、所望の細胞の増殖、ウイルスベクターの産生が達成できる範囲で前記の範囲以外の温度で実施してもよい。本発明では、こうして得られる培養液より上清を採取し、レトロウイルスの製造が実施される。ウイルスベクターは前記の上清のまま、フィルターろ過されたろ液、公知の方法により濃縮もしくは精製されたウイルスベクターとして製造され、適切な方法、例えば凍結して使用するまで保存される。上記の、本発明の培地を用いたウイルス産生細胞の培養により、従来の方法より高タイターのウイルスベクターを得ることができる。
【0033】
また、本発明は、本発明の方法により製造されたウイルスベクターにより標的細胞を形質導入することを特徴とする、形質導入細胞を含有する細胞集団の製造方法も提供する。なお、前記ウイルスベクターにより細胞に導入される所望の遺伝子の数に限定はなく、1個の遺伝子であっても良く、複数の遺伝子であっても良い。ウイルスベクターによる標的細胞の形質導入は当該ウイルスベクターに適した公知の方法で行えばよい。例えばレトロウイルスベクターを使用する場合には、遺伝子導入の際にRetroNectin(登録商標、タカラバイオ社製)等の遺伝子導入効率を向上させる物質を用いることもできる。
本発明では高いウイルス力価のウイルスベクターを得られることから、当該ベクターを使用することにより、所望の遺伝子を保持する細胞を高い比率で含む細胞集団を得ることができる。
【0034】
本発明は、前記の本発明の細胞集団の製造方法により得られる細胞集団、並びに当該細胞集団の用途を提供する。本発明の方法により得られる細胞集団は種々の用途、例えば有用物質の生産に使用することができ、また、当該細胞自体を疾患の治療に使用することもできる。
【0035】
本発明の方法により、治療用有用な外来遺伝子を保持する細胞を含有する細胞集団を得ることができる。前記の細胞集団は、保持する遺伝子により付与される形質に応じて種々の疾患、例えば、がん、白血病、悪性腫瘍、肝炎、又は感染症疾患(例えばインフルエンザ、結核、HIV(Human Immunodeficiency Virus、ヒト免疫不全ウイルス)感染症、AIDS、MRSA感染症、VRE感染症、もしくは深在性真菌症)等の治療に使用することができる。また、本発明の方法により製造される細胞集団は、骨髄移植、放射線照射後等の免疫不全状態での感染症予防又は再発白血病の寛解を目的としたドナーリンパ球輸注、抗がん剤治療、放射線治療、抗体治療、温熱治療、他の免疫療法等、従来の治療法と組み合わせて利用できる。
【0036】
本発明で得られる形質導入細胞を含有する細胞集団を疾病の治療又は予防に使用する場合には、当該細胞の有効量が治療又は予防の対象、すなわちヒト又は非ヒト動物に投与される。細胞の投与方法は疾病に応じて適切なものを選択すればよく、例えば注射又は点滴による静脈、動脈、皮下、又は腹腔内等への投与が例示される。
【0037】
本発明で得られる細胞集団は医薬、すなわち疾病の治療剤又は予防剤となすことができる。当該医薬は製薬分野で公知の方法に従い、前記の細胞集団を製剤化して製造することができる。例えば、本発明の方法により製造された細胞集団を有効成分として、公知の非経口投与に適した有機又は無機の担体、賦形剤又は安定剤等と混合し、点滴剤又は注射剤として調製することができる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0039】
実施例1 ラクトビオン酸カルシウム一水和物(LaCa)(シグマ社製)添加培地の調製1
細胞培養用培地であるDMEM培地(ギブコ社製)に非働化ウシ胎児血清(FBS エスエーエフシー バイオサイエンス社製)を溶液比(V/V)で1/10加えた培地を基本培地(培地V)として、培地VにLaCaを添加した培地V−1(終濃度20μM)、V−2(終濃度200μM)、V−3(終濃度2mM)を調製した。更にこの培地V−1,V−2、V−3それぞれに、レチノイン酸(ATRA)(和光純薬社製)を最終濃度100nMとなるように添加し、更に酪酸ナトリウム(NaB)(和光純薬社製)を最終濃度5mMになるように添加して、培地W−1、W−2、W−3を調製した。また、比較群として、培地V−1,V−2、V−3にNaBのみ添加(終濃度5mM)した培地X−1、X−2、X−3、及びATRAのみ添加(終濃度100nM)した培地Y−1、Y−2、Y−3を調製した。各培地の組成を表1に示す。
【0040】
【表1】
【0041】
実施例2 レトロウイルス産生細胞の培養1
1.レトロウイルス産生細胞の培養
蛍光レポータータンパク質(ZsGreen)遺伝子を搭載したマウス由来組換えレトロウイルスベクターを産生するレトロウイルス産生細胞(PG13:ATCC CRL−10686:をパッケージング細胞とした)のワーキングセルバンク(WCB)を37℃のウォーターバスにて解凍した。解凍された細胞液を15mL遠心チューブに移し、完全培地(10%FBSを含むDMEM培地)を10mL加え、遠心(500×g、5分間、20℃)を行った。遠心後、上清を除去し、10mLの完全培地に懸濁しセルカウントを行った。セルカウント後、完全培地を用いて、細胞懸濁液を78.5×10
4cells/mLに調製し、細胞培養用の100mmディッシュ(イワキ社製)に前記の細胞懸濁液1mL、及び完全培地14.7mLを添加し、CO
2インキュベーター(37℃、湿度95%、CO
2濃度5%)にて培養を行った。継代間隔は3日とし、1継代目の播種細胞密度を1×10
4cells/cm
2、液量を0.2mL/cm
2として継代操作を行った。2継代目は播種細胞密度を0.9×10
4cells/cm
2、液量を0.2mL/cm
2として、細胞培養用の6穴トリートメントプレート(BD Falcon社製)の各ウェルに2mLずつ添加した。2継代目実施の3日後、培養上清液を取り除き、実施例1に記載の培地V−1、V−2、V−3、W−1、W−2、W−3、Y−1、Y−2、Y−3にそれぞれ置換した(液量は0.1mL/cm
2)。その翌日に、各培地を回収し、それぞれ新しい同じ培地に交換した。なお、2継代の3日後からは、32℃、湿度95%、CO
2濃度5%にて培養を行った。上記の培地の交換と回収を3日間連続で計3回行い、3回目は培地の添加を行わず培地の回収のみ行った。回収した培養上清液(1回目、2回目、3回目)を、混合した後0.22μmのポアサイズのフィルター(ミリポア社製)でろ過して回収し、それらをレトロウイルス上清液とした。
【0042】
2.レトロウイルス上清液の遺伝子導入評価
上記のように培地V−1〜Y−3を用いて回収した各レトロウイルス上清液について遺伝子導入効率の測定を行った。培地V−1〜Y−3を用いて回収したレトロウイルス上清液それぞれについて20倍及び40倍のウイルス希釈液を調製した。このとき希釈には、ACD−A(テルモ社製)を全体の容積の5%となるように、また、ヒト血清アルブミン「アルブミナー25%」(CSLベーリング社製)をアルブミンの終濃度が2%になるように生理食塩水にそれぞれ添加したものを用いた。遺伝子導入用の容器は24穴ノントリートメントプレート(BD Falcon社製)を用いた。24穴ノントリートメントプレートは、予めACD−Aで最終濃度20μg/mLになるように希釈したRetroNectin(登録商標、タカラバイオ社製)を各ウェルに0.5mL添加して4℃で一晩処理し、プレートからレトロネクチン溶液を取り除いた後、ACD−Aを各ウェルに0.5mL添加して取り除くという洗浄作業を2回行ったものを使用した。このプレートの各ウェルに各ウイルス希釈液を1mL添加し、遠心(32℃、2000×g、2時間)した。遠心後、各ウェルよりウイルス希釈液上清を取り除き、ヒト血清アルブミン「アルブミナー25%」をアルブミンの終濃度が1.5%になるように生理食塩水で希釈したもの0.5mLずつで各ウェルを3回洗浄した。ヒトT細胞系白血病細胞株CCRF−CEM(ATCC CCL−119)を、CCRF−CEM用の培養用培地[10%FBSを含むRPMI1640培地(シグマ社製)]に、1×10
6cells/mLとなるように懸濁した。前記の洗浄後の24穴ノントリートメントプレートの各ウェルにこの懸濁液1mL(0.5×10
6cells/cm
2)を添加し、遠心(32℃、1000×g、10分)した。遠心後、プレートをCO
2インキュベーター(37℃、湿度95%、CO
2濃度5%)に移して1日間培養を行った。次の日、CCRF−CEM用の培養用培地を各ウェルに1mLずつそれぞれ添加し、更に1日間培養した。培養後、レトロウイルスによる遺伝子導入効率を調べるために、ZsGreenの発現を調べた。感染培養後の細胞0.5×10
6cellsを1.5mLチューブに移し、遠心(4℃、500×g、5分間)にて細胞を沈殿させた。上清を取り除いた後、沈殿した細胞は終濃度が0.5%となるようにBSA(ウシ血清アルブミン、シグマ社製)を添加したリン酸バッファー(ギブコ社製)(以下、0.5%BSA/PBSと記載)950μLに懸濁し、遠心(4℃、500×g、5分間)にて再度細胞を沈殿させた。上清を再度取り除いた後、400μLの0.5%BSA/PBSに懸濁し、この懸濁液をフローサイトメトリー測定に供した。
【0043】
3.フローサイトメトリー測定
フローサイトメトリー測定はBD FACSCanto II フローサイトメーター(ベクトン ディッキンソン社)を用いて機器の指示書に従い行った。まず、前述の懸濁液をフローサイトメーターに供し、前方散乱光(FSC)、側方散乱光(SSC)の2パラメータヒストグラム(x軸:FSC、y軸:SSC)上で、測定対象とする細胞集団をゲートでくくった。次に、ゲート中の細胞のZsGreen蛍光強度を測定し、ヒストグラム(x軸:ZsGreen蛍光強度、y軸:細胞数)に展開した。そして、アイソタイプコントロールと比較してZsGreen蛍光強度の高い細胞をZsGreen陽性細胞と定義し、下記の式により、前述のゲート中の細胞数に対する比率[遺伝子導入効率(GT%:Gene Transduction efficiency)]及び平均蛍光強度(MFI:Mean Fluorescence Intensity)を求めた。
【0044】
GT% = (ZsGreen陽性細胞数/ゲート中の細胞数)×100
MFI = ZsGreen陽性細胞の蛍光強度の平均値
【0045】
遺伝子導入効率を
図1に示す。
図1に示されるように、培地W−1、W−2、W−3を用いて回収したレトロウイルス上清液での遺伝子導入効率は、対応する比較培地V−1、V−2、V−3よりも1.5〜2倍程度高い遺伝子導入効率を示した。つまり、キレート形成能を有するラクトビオン酸のカルシウム塩のみを添加した培地よりも、ラクトビオン酸カルシウム、レチノイン酸、及びヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を組み合わせた培地の方が、遺伝子導入効率が高いことを意味している。なお、図中、「NGMC」は非遺伝子導入細胞を意味し、陰性対照を示す。以下も同様の意味である。
【0046】
蛍光強度の平均値を
図2に示す。
図2に示されるように、培地W−1、W−2、W−3を用いて回収したレトロウイルス上清液での蛍光強度は、培地V−1、V−2、V−3よりも1.5〜2倍程度高い蛍光強度を示した。前記と同様に、ラクトビオン酸カルシウムと、レチノイン酸及びヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を組み合わせた培地を用いて得られたウイルスは、ラクトビオン酸カルシウムのみを添加した培地を用いて得られたウイルスに対してZsGreenの蛍光強度の高い細胞集団を得ることができ、高い遺伝子導入効率が示された。
【0047】
実施例3 ラクトビオン酸カルシウム一水和物(LaCa)(シグマ社製)添加培地の調製2
実施例1と同様の方法で、培地V−1,V−2、V−3培地それぞれに、ATRAを最終濃度100nMとなるように添加し、更にNaBを最終濃度5mMになるように添加して、培地W−1、W−2、W−3を調製した。この際、LaCaを添加しない培地Wも調製した。各培地の組成を表2に示す。
【0048】
【表2】
【0049】
実施例4 レトロウイルス産生細胞の培養2
実施例3で作製した4種の培地を使用し、実施例2と同様の方法でレトロウイルス上清液を取得し、更に各レトロウイルス上清液について遺伝子導入効率ならびに遺伝子導入細胞における平均蛍光強度を求めた。
【0050】
遺伝子導入効率を表3に示す。
【0051】
【表3】
【0052】
表3に示されるように、培地W−1、W−2、W−3を用いて回収したレトロウイルス上清液での遺伝子導入効率は、LaCaを含まない培地Wを用いて回収したレトロウイルス上清液よりも1.5〜2倍程度高い遺伝子導入効率を示した。つまり、レチノイン酸、及びヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を組み合わせた培地において、更にキレート形成能を有するLaCaを添加した培地を用いると、遺伝子導入効率が高いレトロウイルス上清液が得られることを意味する。
【0053】
蛍光強度の平均値を表4に示す。
【0054】
【表4】
【0055】
表4に示されるように、培地W−1、W−2、W−3を用いて回収したレトロウイルス上清液で形質導入された細胞におけるZsGreen由来蛍光の平均強度は、LaCaを含まない培地Wを用いて回収したレトロウイルス上清液よりも1.6〜2.6倍程度高い値を示した。前記平均蛍光強度の向上は、細胞に導入されたZsGreen遺伝子のコピー数が向上したことに起因すると考えられる。つまり、前記と同様に、レチノイン酸、及びヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を組み合わせた培地に、更にキレート形成能を有するLaCaを添加した培地を用いると、遺伝子導入効率が高いレトロウイルス上清液が得られることを意味する。
【0056】
比較例 ラクトビオン酸カルシウム一水和物(LaCa)(シグマ社製)添加培地の評価
実施例1に記載された、培地VにLaCaのみを添加した培地V−1(終濃度20μM)、V−2(終濃度200μM)、V−3(終濃度2mM)を調製した。各培地の組成を表5に示す。
【0057】
【表5】
【0058】
これら4種の培地を使用し、実施例2と同様の方法でレトロウイルス上清液を取得し、各レトロウイルス上清液について遺伝子導入効率ならびに遺伝子導入細胞における平均蛍光強度を求めた。
【0059】
遺伝子導入効率を表6に示す。
【0060】
【表6】
【0061】
表6に示されるように、培地V−1、V−2、V−3を用いて回収したレトロウイルス上清液での遺伝子導入効率は、LaCaを含まない培地Vを用いて回収したレトロウイルス上清液と同程度の遺伝子導入効率を示した。つまり、キレート形成能を有するLaCaをのみを添加した場合(レチノイン酸、及びヒストン脱アセチル化酵素阻害剤が共存しない場合)には、得られるレトロウイルス上清液の遺伝子導入効率は向上しないことを意味する。
【0062】
蛍光強度の平均値を表7に示す。
【0063】
【表7】
【0064】
表7に示されるように、培地V−1、V−2、V−3を用いて回収したレトロウイルス上清液で形質導入された細胞におけるZsGreen由来蛍光の平均強度は、LaCaを含まない培地Vを用いて回収したレトロウイルス上清液と同程度であった。このことからも、キレート形成能を有するLaCaを培地に添加するのみでは、得られるレトロウイルス上清液の遺伝子導入効率は向上しないことが示された。