(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0003】
発酵菌を用いたリグノセルロース系バイオマスのエタノール製造工程は大きく分けて前処理、糖化、発酵、濃縮と4つの工程に分けられる。
【0004】
この4つの工程のうち、糖化と発酵を同時に行うのがSSFである。ここで、発酵に利用される糖には、ヘキソース、ペントースが含まれる。SSFは、同一槽内で酵素による糖化及び発酵菌による発酵、もしくは両方の性質を備えた新たな菌や複合化された菌によって糖化・発酵をするため、プロセスを簡略化するための有力な手段であり、その発酵効率を高めることが望まれている。
【0005】
しかしながら、SSFは、従来、日本酒の醸造に使われてきた技術であることから、アルコール飲料など、目的とする物質に特化させる等、目的を限定した発明が多く、バイオマスを用いたSSFの至適条件については不明の点が多い。したがって、バイオマスを用いたエタノール製造方法において、高効率に反応を行う条件の最適化が求められている。
【0006】
特許文献1には、セルロースを原料とするSSFにおいて、同時糖化反応中に初期糖化温度から段階的あるいは連続的に反応温度を低下させることによって、効率的にエタノールを得る方法が開示されている。
【0007】
しかしながら、特許文献1は、競争阻害を避けるためにSSFを用いるものであって、バイオマス由来の糖液に含まれる阻害物質を特定し、それに対してどのように対応するかについては考慮されていない。
【0008】
特許文献2は、紙系からなるセルロース系原料を用いてSSFを行う前の調整段階で、pHを酵素反応に最適なpHより高い値にあらかじめ設定しておくものである。SSFの進行に伴ってpHが低下することはすでに知られており、pH値が低下する分をあらかじめ想定して高めに設定しておく。
【0009】
しかしながら、特許文献2に記載の方法は、酵素活性に最適なpHより高くなり、SSFにおける糖化効率を下げてしまう。さらにpHが高くなることで雑菌も繁殖しやすくなり、コンタミネーションが増加することによって発酵効率が低下してしまう。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来、菌体の増殖に影響を及ぼすものとして考えられているものに、バイオマス由来の糖液中の糖濃度、pH、有機酸濃度がある。本発明では、菌体に影響を及ぼすこれら要素のSSF進行中の挙動を解析することにより、発酵菌の増殖阻害要因をコントロールしながら、効率良く発酵を行うことを目的としている。
【0012】
本発明は、バイオマスからアルコールを製造するにあたり、糖化・発酵中に生じる阻害物質によって、発酵菌が静菌されたり、死滅したりすることに起因する発酵効率の低下を解決し、増殖阻害・発酵阻害の少ない環境で発酵を行うことを目的とする。
【0013】
本発明は、SSFにおける上記のような問題を解決するものであり、阻害物質である有機酸を感度良く検出し、有機酸が生成する時期を求め、阻害物質である有機酸が生成する前に発酵菌を投入することによって、SSFの発酵効率を高める製造方法である。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、SSFにおいて発酵の挙動を解析し、酢酸、蟻酸などの有機酸が発酵阻害物質として作用しているという知見を見出したことによって着想をえた。SSF中に生成する有機酸のタイミングに着目し、さらに、生成する有機酸の解離定数とpHとの関係、これらの挙動から効率的なエタノールの生成条件を求める。
【0015】
本発明のアルコールの製造方法は、基質としてのリグノセルロース系バイオマスである稲藁から、糖化前処理物を得る前処理工程と、前記糖化前処理物を糖化酵素としてのアクレモニウムセルラーゼ(
商標、明治製菓株式会社
製)で糖化処理することによって糖化溶液を得る糖化工程と、前記糖化溶液を同一槽内で、酵母により発酵処理することによってアルコールを含む発酵溶液を得る発酵工程と、からなるリグノセルロース系バイオマスにおけるアルコールの製造方法において、糖化処理開始時から終了時までの各時点で、前記糖化溶液中に生成した酢酸及び蟻酸の濃度値を測定する測定工程と、前記測定によって求められた各時点の前記酢酸及び蟻酸の濃度値から、単位時間あたりの酢酸及び蟻酸の濃度の平均変化率と、その前後の平均変化率の比が20〜3200倍となる時点とを予め求める工程と、次回の糖化工程で、その前後の平均変化率の比が20〜3200倍となる時点の5〜50時間前に、前記酵母を投入する酵母投入工程を含むことを特徴とする。
【0016】
従来は、糖化酵素の反応や発酵菌の活動による種々の有機酸や炭酸ガスの生成によるpHの低下が発酵菌の増殖を阻害するものと考えられていた。しかしながら、本発明者らは、これらを要因とするpHの低下よりも、むしろ酢酸等、つまり、特定の有機酸が酵母の増殖を阻害することを見出し、本発明を完成するにいたった。
【0017】
本発明者らは、糖化反応における
酢酸及び蟻酸の生成の時間経過を解析し、ある時点から急激に
酢酸及び蟻酸の濃度が上昇することを見出した。用いる酵素や温度条件等、反応条件にもよるが
、バイオマスとして稲藁を用い、糖化酵素としてアクレモニウムセルラーゼを用いた場合では、糖化反応開始後100時間程度は、
酢酸及び蟻酸の濃度はほとんど増加することなく、一定濃度を保っている。そして、糖化開始後、約100時間を境に
酢酸及び蟻酸の濃度は急激に増加する。
酢酸及び蟻酸の単位時間あたりの平均変化率を算出すると、
酢酸及び蟻酸の濃度が急増する100時間前後で大きく異なることから、平均変化率を指標とすれば、
酢酸及び蟻酸の増加する時点を感度良くとらえることができる。
【0024】
さらに、本発明において、前記糖化溶液中
の酢酸及び蟻酸の濃度値は、前記糖化溶液のpHから求められる酢酸及び蟻酸の非解離度と、前記糖化溶液で実測した全酢酸及び蟻酸の濃度との積から求めることを特徴とする。
【0025】
有機酸は、溶液中では酸から水素イオンが解離した解離型と、解離していない非解離型の両者間で平衡状態にある。この平衡状態は、pHに依存している。
【0026】
有機酸は非解離型の状態で菌体の細胞膜を通過しやすくなることが知られている。したがって、発酵菌を投入する工程は、非解離型の有機酸濃度より求める必要がある。しかしながら、溶液中の非解離型の有機酸濃度を直接求めることは一般的ではない。
【0027】
有機酸はそれぞれ固有の解離定数を持つので、溶液のpHによって、解離型・非解離型として存在する割合は定まることから、全有機酸濃度及びpHが分かれば計算により非解離型有機酸濃度を求めることができる。したがって、溶液中の全有機酸濃度、及びpHから非解離型の有機酸濃度を算出すればよい。
【0028】
実際の糖化溶液中における非解離型有機酸の濃度は、酸性領域で有機酸をすべて非解離型として全有機酸濃度を求め、pHから求めた有機酸の非解離度から、実際の糖化溶液中のpHで非解離型有機酸の濃度を求めることとする。
【発明を実施するための形態】
【0034】
従来、菌体の増殖に影響を及ぼすものとして考えられているものに、バイオマス由来の糖液中の糖濃度、pH、有機酸濃度がある。本発明者らは、これらのうち、菌体の増殖に最も影響を及ぼしているのは有機酸であることを明らかにした。そして、これら有機酸の増加を指標として発酵菌を投入するタイミングを図ることによって、効率良くエタノールを生成することを可能にした。
【0035】
本発明について、図を参照しながらさらに詳述する。
【0036】
アンモニア前処理を施し、酵素糖化を行った稲藁由来の糖液、及び糖液を希釈した50%糖液中に、発酵菌(酵母)を加え、菌体の増殖を吸光度計により測定した。阻害物質が存在するのであれば、阻害物質を希釈することによって、発酵菌が増殖することができるようになるはずであるからである(
図1)。
【0037】
すると、稲藁糖液の原液に比べ、50%希釈した50%糖液の方が、より多くの菌体の増殖が観察された(
図1)。原液糖液より50%希釈した50%糖液の方が、発酵菌の増殖が良いことから、発酵を阻害する物質が糖液に含まれているものと推測される。また、菌体の増殖阻害は、稲藁だけではなく、バガス、コーンストーバー等、他のリグノセルロース系バイオマスを用いた場合でも観察された。
【0038】
上述のように、有機酸濃度が臨界値を超えると、有機酸による静菌作用によって、発酵菌の活動が抑制される。これが、発酵効率の低下の一因である。有機酸による静菌の機構は、菌体内に取り込まれた有機酸からの解離したプロトンによって菌体内のpHが下がることにあると考えられている。有機酸は、非解離型の状態で菌体の細胞膜を通過しやすくなり、菌体内のpHが下がることによって静菌作用を有する。そこで、稲藁由来の糖液に含まれる有機酸、及びその濃度を解析した(
図2)。
【0039】
上記有機酸の静菌作用の機構を鑑みると、各糖液中の非解離型の有機酸濃度を測定する必要がある。しかしながら、各糖液中の非解離型の有機酸の濃度を直接的に求めることは一般的でない。また、実際の糖化溶液は、糖化酵素の種類によって至適pH域が異なるために、異なるpH域に調整されている。また、糖化時間の経過によって、pHが変化する。
【0040】
そこで、測定可能な全有機酸濃度を測定し、溶液のpHと解離定数から非解離型の有機酸濃度を測定することとした。有機酸はそれぞれ固有の解離定数(pKa)を有し、溶液のpHによって、解離・非解離型として存在する割合は決まる。
【0041】
糖化溶液中の非解離型有機酸濃度は、下記式1のように、pHに依存する非解離度と非解離型として実測した全有機酸濃度の積として求めることができる。
【0042】
糖化溶液中の非解離型有機酸濃度=(非解離度)×(全有機酸濃度)
=(1/(1+10
pH-pKa))×(全有機酸濃度) ・・・・(式1)
【0043】
この方法により、全有機酸濃度をHPLCにより実測値として求め、稲藁、由来の糖液中の非解離型の有機酸濃度を求めた(
図2)。また、図には示していないが、コーンストーバー及びバガス由来の糖液中における非解離型の有機酸濃度も同時に解析した。なお、HPLCを用いて有機酸濃度を測定する場合には、移動相として希硫酸を用いているために、すべて非解離型の有機酸となっている。
【0044】
ここでは、有機酸は、HPLCを用いて測定したが、ガスクロマトグラフィ、キャピラリー電気泳動等、有機酸の種類及び濃度を測定することが可能な他のどのような方法を用いてもよい。
【0045】
図2に示した稲藁由来の糖液をはじめ、コーンストーバー、バガス由来の糖液でも、酢酸、蟻酸をはじめ、コハク酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸等、種々の有機酸が検出された。そこで、どの糖液でも比較的多く検出される酢酸、及び蟻酸に関し、発酵菌の増殖阻害に対する影響を調べた(
図3)。
【0046】
これらバイオマス由来の糖液で検出された有機酸のうち酢酸あるいは蟻酸を試薬糖液に添加して濃度を調整したサンプルを作製し、酢酸、蟻酸の添加による発酵菌の増殖状態への影響を観察した。
図3は24時間後の発酵菌の増殖状態を示す。
【0047】
有機酸濃度の測定に用いたバイオマス由来の糖液のうち、発生した酢酸濃度は、バガス由来の糖液が3000mg/Lで最も高かったが、酢酸3000mg/Lを試薬糖液に添加した培養液では、発酵菌の増殖が見られなかった。そこで、稲藁糖液の原液に相当する1000mg/Lの酢酸を試薬糖液に添加したものと、50%稲藁糖液の糖濃度に該当するに500mg/Lの酢酸を添加したものを試薬糖液として用いた。
【0048】
また、蟻酸については、コーンストーバー及びバガス由来の糖液で、400mg/Lの濃度であり、稲藁糖液の蟻酸濃度(200mg/L)よりも高濃度であったため、400mg/Lの蟻酸濃度を採用し、試薬糖液に添加して、発酵菌の増殖解析を行った。
【0049】
また、
図1で示した培養条件と同一条件である稲藁糖液の原液、50%糖液についての増殖も同時に解析した。なお、稲藁糖液の原液には、酢酸1000mg/L、蟻酸200mg/Lが、50%糖液には、酢酸500mg/L、蟻酸100ml/Lが含まれており、さらに、酢酸、蟻酸以外の有機酸も含まれている。
【0050】
試薬糖液に酢酸、あるいは蟻酸を添加した場合(
図3の3〜5)には、無添加の場合(
図3の6)と比較して発酵菌の増殖阻害が観察された。また、酢酸を試薬糖液に加えた場合は、酢酸濃度に依存して増殖阻害が観察された。つまり、酢酸濃度が低い500mg/Lの酢酸を試薬糖液に添加したものの方(
図3の4)が、1000mg/Lの酢酸を添加したもの(
図3の3)に比べより発酵菌の増殖が良かった。
【0051】
稲藁糖液を用いた場合は、
図1で示した結果と同様に、
図3の2で示した50%糖液の方が、
図3の1で示した稲藁糖液の原液を用いたものに比べ、発酵菌の増殖が良いという結果が得られた。また、酢酸濃度1000mg/Lは、稲藁糖液の原液に相当する濃度であるが、
図3の3で示した試薬糖液に1000mg/Lの酢酸を添加して培養したものの方が、
図3の1で示した稲藁糖液の原液を用いて培養してものより発酵菌の増殖が良い。これは、試薬糖液には蟻酸をはじめとする他の有機酸が含まれていないためと考えられる。
【0052】
さらに、酢酸及び蟻酸により、濃度依存的に発酵菌の増殖阻害が起こることを確認した(表1、表2)。有機酸無添加の試薬糖液に対し、酢酸及び蟻酸を添加した糖液を準備し、それぞれの糖液に発酵菌を同数加え、培養を行った。24時間後に菌体数の吸光度を測定した。酢酸及び蟻酸が無添加の糖液を基準とし、増殖阻害の程度を下記に示す。酢酸及び蟻酸の濃度が高くなるにしたがって、発酵阻害が増強している。したがって、酢酸及び蟻酸が発酵菌の増殖阻害の要因であることが確認された。
【0055】
このように、pH、糖濃度を一定に保ち、有機酸を添加した試薬糖液によって、有機酸の濃度に依存して、発酵菌の増殖阻害が生じたことは、有機酸が発酵菌の増殖阻害に大きく関与していることを示している。
【0056】
また、実際に稲藁、コーンストーバー、バガス糖液についてpH及び糖濃度を測定したところ、pHは糖化酵素の至適pH範囲である4.5付近であり、糖濃度に関しても、発酵菌の増殖に十分な量であることが確認された。
【0057】
上記のように、発酵菌の増殖に影響を及ぼすのは、糖液中の糖濃度及びpHよりもむしろ酢酸、蟻酸等の有機酸の濃度であることから、有機酸の増加する時期を解析し、発酵菌を投入するタイミングを調節することによって、酢酸等阻害物質の増加する前に発酵菌を投入し、十分に発酵菌を増殖させることができれば、発酵効率を高めることができる。
【0058】
そこで、バイオマスを前処理して得られた糖液に糖化酵素投入後、発酵菌の増殖阻害と相関のある有機酸の中でも、糖液中に高い濃度で存在する酢酸濃度がどのように変化するかを経時解析した(
図4a)。
【0059】
バイオマスとして稲わらを用い、25〜30%アンモニア水によって前処理を行い、アクレモニウムセルラーゼ(明治製菓株式会社)を用いて糖化を行った。
【0060】
ここでは、糖化酵素として、アクレモニウムセルラーゼ(明治製菓株式会社)を用いたが、Ctec(ノボザイム)、Accellerase(ジェネンコア)等、市販の他の糖化酵素を用いることができる。
【0061】
図4aから明らかなように、30℃、50℃、どちらの温度条件でも、100時間前後まで、酢酸濃度はほとんど変わらないが、その後、急激に酢酸濃度が上昇する。
【0062】
図4aで酢酸濃度が急増する前後での平均変化率、つまりグラフの傾きが大きく異なっていることから、平均変化率を指標として酢酸の増加をとらえると感度良く酢酸の増加を検出できる。これにより、阻害物質である酢酸が増加する前に、発酵を開始するタイミングを図ることができる。
【0063】
平均変化率は、異なる測定時間(t1、t2)において、有機酸濃度(d1、d2)を測定し、下記式2のような、一次関数であるとして、値を計算した。
【0064】
平均変化率(傾き) = (d2-d1)/(t2-t1)(式2)
【0065】
図示しないが、酢酸の経時変化同様、糖化酵素添加後、100時間までは、蟻酸もほとんど増加せず、100時間前後で急増し、グラフの傾きは大きく変わる。したがって、有機酸が急増する前後で2つの一次関数の傾きとして求めることができる。
【0067】
表3では、有機酸が急増する前後の傾きの比を変化率の比(立ち上がり後の傾き/立ち上がり前の傾き)として表している。
【0068】
表3に示したように、平均変化率の比は、酢酸では96.4倍、変化の小さい蟻酸でも29.0倍であることから、有機酸の増加を検出する感度の良い指標として用いることができる。
【0069】
したがって、有機酸の平均変化率の増加を指標として、阻害物質である有機酸の急増する時点を予め求めておき、投入する発酵菌の増殖に必要な時間を見こして、発酵菌を投入するタイミングを図ればよい。
【0070】
発酵菌の投入時期は、有機酸が急激に増加する前に、発酵菌の増殖が定常期に達すことができるのであれば、糖化工程開始後、どの時期に投入しても良い。すなわち、糖化酵素及び発酵菌を同時に投入しても、糖化が進んで糖濃度が定常状態に達してからでもかまわない。
【0071】
しかしながら、糖濃度が一定以上あったほうが、発酵菌の増殖に都合が良い。そこで、次に発酵菌を投入する時期をより正確に決定するために、糖化酵素による糖化反応開始からの糖濃度の経時変化を解析し、グルコース濃度を測定した。
【0072】
グルコース濃度はバイオセンサーを用いて測定を行った。ここでは、グルコース濃度はバイオセンサーを用いて測定したが、HPLC等、他の方法を用いて分析してもよい。
【0073】
糖濃度は、前処理したバイオマスに糖化酵素投入後、速やかに増加し、その後増加率が減少し糖濃度が微増する漸増状態となる。アンモニア処理した稲藁を用い、アクレモニウムセクラーゼを用いて糖化を行った場合では、糖化反応開始後、糖濃度は速やかに上昇を開始し、糖化反応開始後、約10時間後には反応速度が遅くなって漸増状態となり、24時間後にほぼ80%程度の糖化率に達する(
図4b)。
【0074】
したがって、糖化反応開始後、10時間程度経過した後であれば、発酵菌が増殖するのに十分な糖濃度に到達している。
【0075】
発酵菌が増殖するために必要な時間は、発酵菌の種類によって異なるが、約5〜50時間必要である。したがって、酢酸等の有機酸の急増する時期を変化率の比から求めておき、その時期より菌種によって、5〜50時間前までに発酵菌を投入すればよい。
【0076】
上記結果より、単位時間あたりの平均変化率が、発酵菌を糖化溶液に投入する至適時間を求めるための指標として非常に有用であるものと認められる。そこで、さらに、他の有機酸についても、経時変化を解析した。表4に示したように乳酸、コハク酸、マレイン酸、酒石酸、クエン酸も、糖化開始後、酢酸や蟻酸と同時期に急増することがわかった。したがって、これらの有機酸も、発酵菌を投入するタイミングを図るための指標として用いることが可能である。
【0078】
さらに、温度条件50℃でも、SSFを行うことがあるため、50℃の温度条件下での有機酸の平均変化率を求めた(表5)。
【0080】
これらの結果から、変化率の最も小さい場合(温度条件50℃でのコハク酸)であっても、平均変化率の比が20以上であることから、本発明の方法によれば、非常に感度良く、発酵菌の増殖阻害物質である有機酸の上昇を検出することができる。
【0081】
これら解析を行ったすべての有機酸で糖化開始後、酢酸や蟻酸と同時期に急増することから示された。したがって、糖化に関連することが知られているどのような有機酸であっても、糖化酵素を投入するタイミングを図るための指標として用いることが可能であると考えられる。
【0082】
上記の結果から、有機酸濃度が急増するまでに、発酵菌を投入すれば、エタノールを効率良く生産することが可能となる。用いる酵素や発酵菌の種類によって実際の時間は異なるが、より最適には、糖濃度が漸増する前後で、酢酸等、有機酸濃度が急増する前に、発酵菌が十分に増殖するのに必要な時間を見こして、発酵菌を投入すれば、高効率でエタノールを生産することが可能となる(
図5)。つまり、有機酸濃度が急増する時間を単位時間当たりの有機酸の平均変化率の比から予め求めておき、それ以前に発酵菌が十分に発酵できるように、発酵菌の増殖時間(
図5c、約5〜50時間)を考慮して、発酵菌を投入する時間を決めればよい。有機酸が急増する前に、発酵菌が十分に増殖することができれる時間であれば、いつでも投入可能である(
図5のb、b’)。より最適には、
図5のbのように糖濃度が安定し始める少し前から発酵菌を投入すれば、発酵菌の増殖も良く、より効率良く発酵が進む。
【0083】
次にモデル実験を行った。稲藁糖液に菌体を投入して、50℃で72時間経過後(
図5のdの期間に相当)の酢酸濃度が約1000mg/Lであったことから、この量に相当する17.79mMになるように酢酸を加えた糖液(
図5、dの期間に菌体を投入することに相当)と、酢酸無添加の糖液(
図5のbの期間に発酵菌を投入したものに相当)とを用い、菌体の増殖を吸光度により測定した(
図6)。
【0084】
図6に示したように、
図5のbの期間に相当する間に菌体を投入したものに比べ、
図5のdの期間に相当する間に菌体を投入したものは明らかに発酵菌の増殖が悪い。よって、本発明で示したように、有機酸濃度の平均変化率を指標として、有機酸が急増する時期を予め求め、発酵菌が増殖する時間に基づいて発酵菌を投入すれば、発酵菌の増殖阻害が起こらず、効率良くアルコールの生成を行える。
【0085】
この方法によれば、糖濃度が十分な状態で、且つ阻害物質である酢酸や蟻酸といった有機酸濃度が急増する前に発酵菌を投入するので、発酵菌の増殖阻害が起こることなく菌体が増加し、効率良く発酵を行うことができる。
【0086】
また、本発明の方法により、有機酸の増加する時点を感度良く検出し、発酵菌投入のタイミングを図れば、発酵菌の増殖が阻害されることがなくなり、効率良くエタノールを生成することができる。
【0087】
上記の有機酸濃度等の解析は、主として稲藁由来の糖液を用いたが、これに限定することなく、バガス、コーンストーバーやネピアグラス、スイッチグラス、ミスカンサス、エリアンサス、ソルガム、バミューダ等、他のバイオマスを用いても、同様に有機酸濃度の平均変化率の比を指標として、発酵菌添加のタイミングを図ることが可能である。
【0088】
また、前処理としては、アンモニア処理の他に、水熱処理、超臨界前処理等バイオマスの前処理として公知の処理を行うことができる。
【0089】
本発明の方法によれば、どのような種類のバイオマス、前処理方法を用いたSSFであっても、感度良く発酵菌の増殖阻害物質である有機酸の濃度の変化を検出し、発酵菌の投入のタイミングを図ることができるので、高効率にバイオエタノールの製造をコントロールすることが可能である。