特許第6014625号(P6014625)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6014625高強度・高導電性の銅合金細線、銅合金ばね及び銅合金ばねの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6014625
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】高強度・高導電性の銅合金細線、銅合金ばね及び銅合金ばねの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20161011BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20161011BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20161011BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20161011BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20161011BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20161011BHJP
【FI】
   C22C9/06
   C22F1/08 C
   H01B5/02 Z
   H01B1/02 A
   H01B13/00 501D
   H01B13/00 511B
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 604
   !C22F1/00 606
   !C22F1/00 625
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630F
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 650A
   !C22F1/00 661A
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 686A
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 694A
【請求項の数】12
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-101966(P2014-101966)
(22)【出願日】2014年5月16日
(62)【分割の表示】特願2012-548788(P2012-548788)の分割
【原出願日】2011年12月13日
(65)【公開番号】特開2014-196564(P2014-196564A)
(43)【公開日】2014年10月16日
【審査請求日】2014年5月16日
(31)【優先権主張番号】特願2010-276609(P2010-276609)
(32)【優先日】2010年12月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000231556
【氏名又は名称】日本精線株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591149229
【氏名又は名称】石田 清仁
(74)【代理人】
【識別番号】100108121
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 雄毅
(72)【発明者】
【氏名】秋月 孝之
(72)【発明者】
【氏名】石田 清仁
【審査官】 相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−283107(JP,A)
【文献】 特開2006−291271(JP,A)
【文献】 特開平09−143596(JP,A)
【文献】 特開昭58−107464(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00−9/10
C22F 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Ni:5.0〜15.0%、Al:0.5〜5.0%、Si:0.3〜3.0%を含有し、かつ、
前記Ni、Al、及びSiが、{(Ni+20Al)/8Si}による関係比率A値が、5〜13で、残部Cuおよび不可避的不純物で構成された銅合金の細線条材料で、0.05〜3mmの線径に形成される銅合金細線であって、
前記銅合金細線は、その横断面の結晶粒径が5μm以下の軸方向に伸びた繊維状の集合組織と、導電率10〜22%IACSと、引張強さ(σB)900〜1300MPaとを備え、
X線回折法による前記銅合金細線の所定断面における、Cu(111)の回折強度をA、Cu(200)の回折強度をB、Cu(220)の回折強度をCとするとき、A:B:Cの回折強度比が、1.0:1.2〜5.0:2.2〜8.0を満たす
ことを特徴とする高強度・高導電性の銅合金細線。
【請求項2】
請求項1に記載の銅合金細線において、
前記銅合金細線は、更に、質量%で、
B:0.001〜0.050%、
P:0.01〜0.30%、
Ti:0.1〜0.8%、
Co:0.1〜0.8%、
Cr:0.1〜0.8%、
Zn:0.3〜1.2%、
Sn:0.1〜1.0%
及びFe:0.01〜1.0%のいずれか1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする高強度・高導電性の銅合金細線。
【請求項3】
銅合金細線で構成されている所定のばね形状を有する銅合金ばねにおいて、
前記銅合金ばねは、請求項1に記載の銅合金細線であって、
導電率12〜21.7%IACSで、かつ、応力400N/mmを負荷した状態で、温度125℃に加熱して1週間保持したときの残留剪断歪が0.15%以下である
ことを特徴とする銅合金ばね。
【請求項4】
請求項3に記載の銅合金ばねにおいて、
前記銅合金ばねは、更に、質量%で、
B:0.001〜0.050%、
P:0.01〜0.30%、
Ti:0.1〜0.8%、
Co:0.1〜0.8%、
Cr:0.1〜0.8%、
Zn:0.3〜1.2%、
Sn:0.1〜1.0%
及びFe:0.01〜1.0%のいずれか1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする銅合金ばね。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の銅合金ばねにおいて、
前記銅合金ばねは、前記銅合金の母相中に単独のNi(Al、Si)のγ’相、又は該γ’相と更にNi(Al、Si)及び/又はNiSiの金属間化合物を形成してなる
ことを特徴とする銅合金ばね。
【請求項6】
請求項5に記載の銅合金ばねにおいて、
前記金属間化合物が、平均粒径が4μm以下で、占有する面積率が0.05〜30%の範囲にある
ことを特徴とする銅合金ばね。
【請求項7】
請求項3ないし6のいずれかに記載の銅合金ばねにおいて、
前記銅合金ばねは、光ピックアップ用の直線状ばねである
ことを特徴とする銅合金ばね。
【請求項8】
請求項3ないし7のいずれかに記載の銅合金ばねにおいて、
前記銅合金ばねの表面の酸化被膜は、50nm以下である
ことを特徴とする銅合金ばね。
【請求項9】
銅合金細線で構成されている所定のばね形状を有する銅合金ばねの製造方法において、
前記製造方法は、
請求項1に記載の銅合金細線を用い、
該銅合金細線を所定のばね形状に成形加工する段階と、
得られたばねを、加熱温度250〜550℃で、30時間以下の範囲で加熱後、冷却速度30℃/sec.以上で急冷処理する時効処理の段階を含むことで、
請求項3に記載の銅合金ばねを製造する
ことを特徴とする銅合金ばねの製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の銅合金ばねの製造方法において、
前記銅合金ばねは、更に、質量%で、
B:0.001〜0.050%、
P:0.01〜0.30%、
Ti:0.1〜0.8%、
Co:0.1〜0.8%、
Cr:0.1〜0.8%、
Zn:0.3〜1.2%、
Sn:0.1〜1.0%
及びFe:0.01〜1.0%のいずれか1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする銅合金ばねの製造方法。
【請求項11】
請求項9又は10に記載の銅合金ばねの製造方法において、
前記製造方法は、さらに、時効処理に先だって、矯正処理を行う
ことを特徴とする銅合金ばねの製造方法。
【請求項12】
請求項9ないし11のいずれかに記載の銅合金ばねの製造方法において、
前記製造方法は、時効処理によって、その母相内に単独のNi(Al、Si)のγ’相、又は該γ’相と更にNi(Al、Si)及び/又はNiSiの金属間化合物を形成して析出硬化させる
ことを特徴とする銅合金ばねの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、携帯電話や種々小型電子機器等に組み込まれ動作用又は接点用ばねなどとして用いられ、導電性とばね特性、特に通電時の発熱に伴う熱へたり性に対処した高強度・高導電性の銅合金細線、銅合金ばね及び銅合金ばねの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅や銅合金材料は電気抵抗が小さく、導電性に優れることから、急激な技術革新を続ける携帯電話や各種の電子機器等のコネクター、接点ばねなどの電気・電子用材料、部品への展開が期待され、従来からベリリウム銅合金線材(例えば、JIS−H3270)が多用されてきた。
【0003】
しかしながら、該ベリリウム銅合金はその組成に有害なベリリウムを含み、これをリサイクルする場合に環境上の問題があることから、近年ではその使用が制限されつつあり、こうした状況を踏まえて本出願人は、Ag:5.0〜16.0%、Ni:1.0〜5.0%、Si:0.2〜1.2%を含有することで、CuとAgとの共晶相及びNiSi粒子の複合効果によって、高強度特性と導電特性を兼備する銅銀合金線を提供している。(特許文献1を参照。)
【0004】
他方、特許文献2は、Ni:1.5〜4質量%、Si:0.30〜1.2質量%及びMn、Mgの1種もしくは2種を合計0.03〜0.5質量%含有し、残部Cu及び不可避不純物で構成され、該合金組成中のNiとSiの質量濃度比(Ni/Si比)が、4≦{Ni/Si}≦5の範囲にある銅合金を開示し、その中で介在物の大きさが5μm以下であって、該介在物中のNi、Si及び酸素濃度の合計が10質量%以上、かつ大きさが1μm以上の介在物の個数と大きさ0.1μm以上の介在物総個数との比が0.1以下である電子材料用のCu−Ni−Si系銅合金を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−291271
【特許文献2】特開2006−283107
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の銅銀合金線によるものは、その成分組成に高価なAgを含み材料価格の上昇によって普及拡販の妨げになっており、また前記へたり性についても、いわゆる無通電状態すなわち常温状態での使用を前提とする場合の特性であって、実際の使用では線に流れる電流によって線材自体が発熱し、この熱が線材の機械的特性、特にばね発生力やへたり寿命特性を低下させることが懸念される。したがって、該特許文献1はこのような加熱状態での特性変化に配慮したものでなく、ばね発生力やへたり寿命特性に問題がある。
【0007】
また、特許文献2によるCu−Ni−Si系銅合金は、このような熱に対する影響を軽減するリードフレームやコネクタ、ピン、端子、リレー、スイッチ等の電子部品に使用されるものを対象とするもので、導電性に優れるものの、強度的には低くばね用としての適性、すなわち導電性と加熱状態での弾性ばね特性を合わせ持つばね製品用とすることまでは考慮したものでなく、ばね発生力等に問題がある。
【0008】
本発明は、このような従来の銅合金材料の課題を解決し、特に使用時の加熱状態での熱へたり性を改善するとともに、高強度で導電性に優れ、かつ環境上の有害元素を抑制した熱へたり対応型導電ばね用の高強度・高導電性の銅合金細線、銅合金ばね及び銅合金ばねの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、本発明の高強度・高導電性の銅合金細線は、質量%で、Ni:5.0〜15.0%、Al:0.5〜5.0%、Si:0.3〜3.0%を含有し、かつ、前記Ni、Al、及びSiが、{(Ni+20Al)/8Si}による関係比率A値が、5〜13で、残部Cuおよび不可避的不純物で構成された銅合金の細線条材料で、0.05〜3mmの線径に形成される銅合金細線であって、前記銅合金細線は、その横断面の結晶粒径が5μm以下の軸方向に伸びた繊維状の集合組織と、導電率10〜22%IACSと、引張強さ(σB)900〜1300MPaとを備え、X線回折法による前記銅合金細線の所定断面における、Cu(111)の回折強度をA、Cu(200)の回折強度をB、Cu(220)の回折強度をCとするとき、A:B:Cの回折強度比が、1.0:1.2〜5.0:2.2〜8.0を満たすことを特徴とする。
また本発明の高強度・高導電性の銅合金細線は、更に、質量%で、B:0.001〜0.050%、P:0.01〜0.30%、Ti:0.1〜0.8%、 Co:0.1〜0.8%、Cr:0.1〜0.8%、Zn:0.3〜1.2%、Sn:0.1〜1.0%及びFe:0.01〜1.0%のいずれか1種又は2種以上を含有することを特徴とする。
【0010】
本発明の銅合金ばねは、銅合金細線で構成されている所定のばね形状を有する銅合金ばねにおいて、前記銅合金ばねは、前記銅合金細線であって、導電率12〜21.7%IACSで、かつ、応力400N/mm負荷した状態で、温度125℃に加熱して1週間保持したときの残留剪断歪が0.15%以下であることを特徴とする。
また本発明の銅合金ばねは、更に、質量%で、B:0.001〜0.050%、P:0.01〜0.30%、Ti:0.1〜0.8%、Co:0.1〜0.8%、Cr:0.1〜0.8%、Zn:0.3〜1.2%、Sn:0.1〜1.0%及びFe:0.01〜1.0%のいずれか1種又は2種以上を含有することを特徴とする。
また本発明の銅合金ばねは、前記銅合金の母相中に単独のNi(Al、Si)のγ’相、又は該γ’相と更にNi(Al、Si)及び/又はNiSiの金属間化合物を形成してなることを特徴とする。
また本発明の銅合金ばねは、前記金属間化合物が、平均粒径が4μm以下で、占有する面積率が0.05〜30%の範囲にあることを特徴とする。
また本発明の銅合金ばねは、光ピックアップ用の直線状ばねであることを特徴とする。
また本発明の銅合金ばね表面の酸化被膜は、50nm以下であることを特徴とする。
【0011】
そして、本発明の銅合金ばねの製造方法は、銅合金細線で構成されている所定のばね形状を有する銅合金ばねの製造方法において、前記製造方法は、前記銅合金細線を用い、該銅合金細線を所定のばね形状に成形加工する段階と、得られたばねを、加熱温度250〜550℃で、30時間以下の範囲で加熱後、冷却速度30℃/sec.以上で急冷処理する時効処理の段階を含むことで、前記銅合金ばねを製造することを特徴とする。
また本発明の銅合金ばねの製造方法は、前記銅合金ばねが、更に、質量%で、B:0.001〜0.050%、P:0.01〜0.30%、Ti:0.1〜0.8%、Co:0.1〜0.8%、Cr:0.1〜0.8%、Zn:0.3〜1.2%、Sn:0.1〜1.0%及びFe:0.01〜1.0%のいずれか1種又は2種以上を含有することを特徴とする。
また本発明の銅合金ばねの製造方法は、さらに、時効処理に先だって、矯正処理を行うことを特徴とする。
また本発明の銅合金ばねの製造方法は、時効処理によって、その母相内に単独のNi(Al、Si)のγ’相、又は該γ’相と更にNi(Al、Si)及び/又はNiSiの金属間化合物を形成して析出硬化させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の銅合金細線によれば、高価なAgの使用を抑え、Ni及び/又はAl化合物の析出硬化によるばね用としての高強度特性とともに、その結晶粒の微細化によって使用時の加熱に伴う熱へたり性を改善するもので、更に機械的強度と導電特性に優れた導電ばね用の銅合金細線として、優れた工業的効果を有する。
【0013】
また、その材料組成も、従来のような有害なBe及び非常に高価なAgを含まず、コスト抑制を図ったエコ材料として拡大普及につなげることができ、前記特性をより向上して長寿命かつ用途展開の拡大を図ることができる。
【0014】
他方、本発明の銅合金ばねによれば、機械的特性及び導電特性に優れた前記銅合金細線でばね成形したもので、その残留剪断歪を抑えて熱へたりに対する特性向上をはかり、また、更に、その母相中に金属間化合物を形成することで長期に亙って安定した使用が図れ、長寿命の効率的なばね製品として普及拡大が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】金属間化合物を説明する顕微鏡写真の一例である。
図2A】本発明に係る銅合金細線の集合組織を示す顕微鏡写真で、図2Aはその横断面を示している。
図2B】本発明に係る銅合金細線の集合組織を示す顕微鏡写真で、図2Bは縦断面を示している。
図3】圧縮コイルばねの測定状態を説明する説明図である。
図4A】実施例に基づく本発明の銅合金細線の特性を示すもので、図4Aは成分組成による負荷応力と荷重損失の関係を示している。
図4B】実施例に基づく本発明の銅合金細線の特性を示すもので、図4Bは時効処理条件による同特性の変化を示している。
図5】電子線回折による金属結晶構造L1を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明では特に指定する場合を除き、各構成元素の含有量の単位「%」は「質量%」を意味する。
本発明の銅合金細線は、その構成元素としてNi:5.0〜15.0%、Al:0.5〜5.0%、Si:0.3〜3.0%を含有して残部Cuおよび不可避的不純物でなり、引張強さ(σB)900〜1300MPaで、導電率10〜22%IACSを備え、その所定断面におけるX線回折法で、Cu(111)の回折強度をA、Cu(200)の回折強度をB、Cu(220)の回折強度をCとするとき、A:B:Cの回折強度比が、1.0:1.2〜5.0:2.2〜8.0を満たすものとしている。
このように、回折強度比が、1.0:1.2〜5.0:2.2〜8.0を有する組織は、例えば強度の冷間伸線加工によってその長手方向に伸びた微細繊維状の結晶構造をもたらし、これによって銅合金細線は、引張強さ(σB)900〜1300MPaで、導電率10〜22%IACSの特性向上が促進される。
【0017】
その合金細線の断面形状や寸法は、何ら限定するものではなく、使用目的や用途、設置スペース等に応じて種々設定可能である。例えば電子機器などの導電ばね用として用いるものでは、線径0.05〜5.0mm、好ましくは線径0.1〜3.0mmとする程度の比較的細径の線状のものが多用されるが、用途によってはこれを超えるような太径棒材のものも含み、またその断面形状も、丸線形状以外に、例えば楕円形状や帯状、角線形状、その他種々の不規則形状のものなど非円形な形状の線条材料を包含する。前記帯線や角線においても、本発明では同様にその幅寸法が例えば30mmを超えるような比較的広幅の条材をもその範囲に含むものとする。
このように本発明は、非円形形状の種々線条材料も対象にすることから、その場合の線径表示については、例えば該合金細線の任意横断面の断面積から算出される等価換算線径(d)を用いることができる。
【0018】
またその成分組成は、前記所定量のNi、Al、Siと残部Cuを構成元素とし、その他若干の不可避不純物の含有を許容する。これら構成元素は、その後の任意に行う例えば析出硬化処理(時効処理ともいう)によって、そのマトリックス中に該Ni、Al、Siの共添による例えばNi(Al,Si)のγ’相、Ni(Al,Si)及び/又はNiSiのいずれかの金属間化合物が単独又は混在した状態で析出することで希望する特性をもたらすものとし、これら化合物は微細かつ硬質で導電特性にも影響することから、本発明に好適する。すなわちこれら化合物は、前記γ’相などが各々単独に析出したものの他、更に前記Ni(Al,Si)、NiSiのいずれか化合物を複合形成したものを含み、その混在比率などは特に規定するものではない。
【0019】
通常、これら化合物は微細であるものの母材マトリックスより硬質な異質なものであり、その全体の容量比が必要以上に高めたものでは組織的要因による機械的特性に影響を及ぼすこととなる。また、粒径についても、最終の製品状態の等価線径が例えば1mm以下のような細径寸法のものにあっては、その中に例えば粒径10μmを越えるように大型状態で析出したものでは、合金細線としての全体強度を低下させることから、こうした点を含めて析出化合物の粒径や分布量を適正化することが好ましく、例えば合金細線の成分組成や析出処理条件を適宜調整することが望まれる。
【0020】
例えば該化合物が前記γ’の場合、その大きさ(平均粒径)は例えば4.0μm以下、好ましくは0.5μm以下、更に好ましくは0.1μm以下で、例えば5〜80nmの範囲の極めて微細化することが好ましく、その処理は例えば固溶化処理と冷間加工後に、更に400〜650℃程度の温度範囲でかつ比較的長時間で、0.1〜48時間の範囲程度の時効処理を行うことで得ることができ、例えば加熱温度や時間などによって形成化合物の析出量や粒径の増大がもたらされる。他の化合物についても、同様に粒径10μm以下、好ましくは4.0μm以下となるように、材料の構成元素の組成比や加工処理条件、特に熱処理条件の適宜調整が行われる。
【0021】
こうして析出した化合物は非常に硬質であり、また導電性向上にも寄与することからこのような微細硬質なγ’相などを均一に分布させることで銅合金細線の全体強度を高め、熱へたり等に対するピン止め効果をもたらし導電性に優れたものとなる。これら化合物の分布量は、該合金細線の任意観察面内に占有する面積率で示され、例えば0.05〜30%とし、また該合金細線が前記細径なものでは、例えば0.1〜5%、好ましくは0.3〜2%である。また前記複合形成によるものでは、点数比較で前記Ni(Al,Si)とNiSi化合物より多くの前記γ’化合物を備えることが好ましい。
【0022】
これら化合物の析出効果をより促進する合金組成として、前記Ni:5.0〜15.0%、Al:0.5〜5.0%、Si:0.3〜3.0%とを含む銅合金が採用される。その中で、{(Ni+20Al)/8Si}による関係比率A値を5〜13にすることで、より最適な前記化合物の形成がもたらされ、高強度と高導電性、並びに熱へたり性をより向上した銅合金細線が得られる。
【0023】
ここで、前記γ’相を更に説明すれば、NiとAl及びSiとは、母相のCu中で、NiAlやNiSiなど金属間化合物の析出をもたらし、AlとSiの成分バランス等によってNiAl、NiSiの単独ではなく、L1型の中でFCC構造の隅に混在しながらNi3(Al、Si)金属間化合物を形成する。
【0024】
図5は、電子線回折による金属結晶構造L1を説明する模式図である。
前記L1構造は、例えばX線による電子線回折像の配列構造で確認でき、例えば図5のように、回折面110を持つ規則相を対象とするものとされている。すなわち、γ’相は金属間化合物であって、隅に位置する原子がAlおよびSi、面心に位置する原子がNiである規則化されたFCC構造である。
これらのFCC構造を有する母相の銅およびL1構造を有するγ’相は、共にFCC構造であるために整合性が良く強度の向上に寄与するとともに、γ’相を析出させることで母相の溶質元素濃度が減少し、導電率の向上にも寄与する。
さらに、L1構造のγ’相はGCP(Geometrically close packing)相に属し、その稠密充填構造に起因して延性があり、さらに整合性が高いために微細組織であるγ+γ’組織においては靱性のある加工性の高い銅合金を得ることができる。
このγ相は、銅合金の母相でFCC構造を有している金属組織を示している。
【0025】
また、その平均粒径を小さく制御することでより強度の向上をもたらすことが可能である。γ’相の平均粒径を小さくすることで、移動する転位のピンニングサイトとなり、高い引張強さを得ることができる。
さらに、γ’相は金属間化合物で、これ自身の硬度が高く、引張強さも高い。したがって、γ’相内を転位が移動するのを妨げることで、銅合金への硬度、引張強さへ貢献する。
また、導電率は、一般に、銅中に固溶する溶質元素濃度が高いほど低下するが、γ単相の溶体化状態に比べ、低温で熱処理をしてγ’相を析出させることで母相の溶質元素濃度が減少するため、γ’相の析出は導電率の向上にも寄与する。なお、γ’相の導電率は、純Cuより、導電率は低いことから、このγ’相の占有する体積の割合に応じた分だけ電子の移動を低下させるが、適量のγ’相の体積分率とすることで高い導電率を維持することができる。
【0026】
したがって、銅合金にしたときに、冷間加工性等の延性を大きく損なわずに硬度、引張強さ等の機械的特性に対する貢献が大きく、かつ、導電率を向上させる効果のある第二相として、γ’相が適している。
またこのときに、添加されているNi、Al、Siの分量や処理条件によって、NiAlなどγ’相以外の金属間化合物、Ni(Si、Al)やNiSiが析出することがある。しかし、その特性は前記γ’相より粗大であることから、必要以上の形成は好ましいものではなく、銅合金細線の機械的性質、熱へたり特性が向上する範囲内で混在させることが望まれる。これら化合物の検証は、例えばEPMA分析、EDX分析などで行うことができる。
【0027】
また、Ni、Al、Siを固溶するβ相が析出することがある。このβ相は、BCC構造であるが、析出する組成範囲が狭く、析出しても量は限定的であり、銅合金の機械的性質、電気的性質に与える影響も小さい。
これら化合物によって、ばね製品では所定の導電性及び高強度特性を備えるとともに、ばね特性に関する残留剪断歪を向上して熱へたりに対する性能向上をもたらすものである。
【0028】
本発明が対象とするばね製品が、高強度かつ導電用のばねとしてこのような特性を満足し、特にばね特性や前記熱へたり性能の評価は、使用状態を考慮した例えば温度125℃の環境雰囲気中で400MPaの応力負荷における残留剪断歪量が0.15%以下を達成するか否かで行われる。
この特性をもたらす銅合金細線は、少なくとも900〜1300MPaの引張強さ(σB)と、そのX線回折法で測定される前記強度比を備えた集合組織を備えることが好ましく、また前記導電率についても10〜22%IACSであることが望まれる。
【0029】
その為、該銅合金細線は前記各組成に調整され、Niは前記のようにSiとの共添で析出するγ’相等の金属間化合物を析出し、ばね製品としての必要強度を付与することができる。その含有量が3.0%未満のものでは十分な前記化合物の形成が得られず、ばね特性など必要な機械的特性が達成され難い。また、15.0%を超える程多量に含有してもその効果は飽和し、逆に該化合物の形成増大による耐食性や製造歩留まりの低下をもたらすばかりでなく、Niは高価でもあることからコストアップの要因ともなる。従って、3.0〜15.0%、好ましくは5.0〜13.0%、更に好ましくは5.5〜10.0%とする。
【0030】
また、Alは、該合金細線における0.2%耐力の増加をもたらし、ばね用線材としてばね発生力を高め得ることから、その分量は0.5〜5.0%で設定される。すなわち、その含有量が0.5%未満のものでは前記化合物の十分な析出が図れず、強度及び熱へたり特性が満足し難い。逆に5.0%を超えるものでは細径線材としての加工性を低下させ、歩留まり低下によるコストアップをもたらすことから、より好ましくは0.6〜3.0%、更に好ましくは0.8〜2.0%とする。
【0031】
更に前記Siは、前記NiやAlとの化合物の形成に機能して、その強度特性を向上させる元素で、一方で熱間加工性を高める効果もあり、その添加量は前記所定範囲に設定される。その効果は0.1%未満では十分でなく、3.0%を超えるほど多量の添加は細線材料としての熱間加工や冷間加工での加工性を低下させ、また導電率にも影響を及ぼす。こうした観点で、本発明では、その添加量は0.1〜3.0%、好ましくは0.3%以上とし、0.3〜1.2%、更に好ましくは0.4〜1.0%とする。
【0032】
また、前記特性をより高める上で、Ni、Al、及びSiの{(Ni+20Al)/8Si}による関係比率A値が、5〜13であることも好ましい。これにより、前記化合物の析出生成を良好にして導電率や結晶微細化など必要特性の更なる向上を図り、より好ましい該A値は7〜11.8%とする。
【0033】
本発明の前記銅合金細線は、こうした基本組成と残部実質的にCuで構成され、その他若干の不可避不純物の含有を許容するが、必要に応じて例えば次の第三元素を更に添加することもできる。
【0034】
好適する第三元素には、例えばB:0.001〜0.050%(より好ましくは0.003〜0.030%)、P:0.01〜0.30%、Ti:0.1〜0.8%、Co:0.1〜0.8%、Cr:0.1〜0.8%、Zn:0.3〜1.2%、Sn:0.1〜1.0%及びFe:0.01〜1.0%があり、そのいずれか1種又は2種以上の含有を示すことができる。この中で、特にTi、Co、Crは析出化合物の生成を促進し、またB、Feは、該合金細線の全体強度を高めるなど、またSn、Znは導電性を高め、Pは不純物の酸素(O)を脱酸の他に該合金細線の全体強度を高めるなどして強度、耐熱性を向上するなど効果をもたらす。特に前記B及びTiやSn、Znを添加したものではその効果はより有効である。これら第三元素の合計分量は、好ましくは5%以下にするのがよい。
【0035】
また前記不可避的不純物には、例えば酸素(O)、イオウ(S)、水素(H)などを挙げることができる。特に酸素は、酸化物を作って細径加工などの加工性を悪化させる他、耐食性や前記導電性を低下させることとなり、またSなども有害な粗大介在物を形成させることから、各々0.1%以下に抑制し、またその合計は0.20%以下となるように調整することが好ましい。特に酸素の含有は、表面に酸化被膜を形成して変色や接触抵抗の増大、更にハンダ濡れ性を低下させることから極力抑制することが望まれ、より好ましくは0.10%以下が望まれる。また、イオウ及び水素もその含有によって粗大な介在物を形成するなど、合金細線の特性や加工性を低下させるなど懸念される。これら不純物の規制によって、例えば耐食性や導電性、機械的特性などの低下が抑制される。
【0036】
前記γ’化合物は、前記説明のように、例えば4.0μm程度以下の粒径を持つ非常に微細かつ硬質な微粒子で、これをそのマトリックス内に広く分布させることで、使用に伴わない負荷される変形等の外部応力をブロックするピン止め効果を発揮させることができ、ばね特性や熱へたり性の特性向上が可能となる。
【0037】
図1は、これら金属間化合物の形成状態を説明する為の参考図であって、固溶化熱処理された前記組成の銅合金細線を350℃×24Hrの時効処理をすることで、その母相マトリックス中に前記γ’相及びNi5Si化合物を析出させた顕微鏡組織の一例である。ここではγ’相は非常に微細な粒子である為、実質的にNi5Siが見られている。すなわち、γ’相は更に高倍率で測定されるが、形態は類似するものである。
【0038】
したがって、このような断面非円形の微細粒子を含む場合の平均粒子径は、例えばその一群の各化合物粒子の大きさを平均化した平均値で示すこととする。測定は、例えば電子顕微鏡による組織観察の測定視野内に確認される該化合物の中で、上位例えば10点以上の大きさのものを選定し、個々の平均径(その化合物の断面上で測定される最大寸法とこれに直交する方向の最小寸法との平均値)を更に平均化したロッド平均値で示される。また統計的な面から、観察はより好ましくは任意に選択される数ケ所の視野で行なわれる。
ここで、その抽出粒子を前記10点以上にする理由は、この測定はあくまでも特定断面で行うもので、測定の簡素化とより適切な平均粒子径を示すことによる。
またその占有する面積率についても、同様の組織観察による画像解析によって、その測定視野中に存在する該化合物の合計面積を、その視野面積で除した分布率で示されるもので、より好ましくは数点の測定視野で行い、前記面積率であることが好ましい。
【0039】
このように、特にγ’相の化合物粒子は微細形状で硬質でもあることから、そのマトリックス内への分布によって、その使用時には応力付加に伴う交差すべりのピン止め効果を発揮し、導電性の減少を抑えながら強度及び熱へたり性が改善される。γ’相以外の前記化合物もほぼ同様の特性をもたらすものの、効果的にγ’相を超えるものではない。
【0040】
このような特性をもたらす為の前記銅合金細線として、前記組成を備え、かつ引張強さ(σB)が900〜1300MPaで、かつそのX線回折法における回折強度の比率が次の範囲を有するものとし、該比率は、Cu(111)の回折強度をA、Cu(200)の回折強度をB、Cu(220)の回折強度をCとするとき、A:B:Cの回折強度比が、1.0:1.2〜5.0:2.2〜8.0を満たすものとしている。
【0041】
すなわち前記合金細線を導電ばね用として使用する場合、必要な弾性強度を備えるよう、該合金細線は例えば所定加工率でのダイス引抜による冷間加工が行われ、それに伴ってその結晶組織はその引抜方向に結晶方位が揃った集合組織を持つものとなる。その集合組織を最適にすることで、FCC構造の組織状態を強化し安定化することができ、その組織の一形態を、図2Aの横断面と図2Bの縦断面の各顕微鏡写真で示している。
【0042】
本発明の一形態は、このような集合組織と前記化合物との協働によって、ばね製品としての適性を向上し、前記X線回折に基づく強度比は、各結晶スペクトルの強度ピークで示される。すなわち、前記Cu(111)とは同回折における回折面(111)面でのピーク強度、同様にCu(200)とは、同回折における回折面(200)面のピーク強度、更にCu(220)とは、同回折における回折面(220)面のピーク強度を意味する。
その計測は、該合金細線の任意な所定断面(例えば縦断面)で行われ、使用X線の線源は、例えばCo−Kαが選択される。
【0043】
そして、本発明者らの更なる検討によれば、前記強度比A:B:Cが、特に1.0:1.4〜4.0:2.8〜5.0のものでは、その効果が最大限発揮でき、疲労寿命の面からも好ましいことが確認されている。また、このような強度比の銅合金細線は、例えばコイル平均径Dに対する合金細線の線径dとの比率(D/d)が5以下のような過酷形状のコイルばねにも好適する他、特に長寿命化が求められる。例えば光ピックアップのサスペンション用に用いられる直線細線状のばねや、その他種々ピンなど電子機器用として、高強度かつ高導電性が求められる種々用途に多用し得る。
【0044】
また、前記強度比の集合組織を持つ銅合金細線を得るには、前記成分組成とともに、その加工条件である引抜加工率や潤滑剤の選定、熱処理温度及び時間の調整で対応可能であり、実施に先立つ予備試験などで確認しておくことが望まれる。
【0045】
銅合金細線の前記引張強さは、例えばJIS−Z2241により測定される。その特性が900MPa未満のものでは、その後のばね成形や時効処理によって強度アップするとしても、十分な効果は得られ難く、ばね用としての必要特性が期待し難い。逆に、1300MPaを超えるほど高めたものでは、その為に強度の加工付与がなされ、内部の残留歪によってコイルばね形状の安定化や、疲労特性において満足し難い。したがって、より好ましい強度特性は950〜1250MPa、更に好ましくはその0.2%耐力が該引張強さの68〜85%であることが望ましく、この関係は通常、耐力比として示される。
【0046】
該耐力比は、その値が大きいものほど弾性特性に優れ、ばね特性、特に前記のような使用時の発生熱における熱へたりに対する効果としても裏付けされる。更に好ましくは、該合金細線は次に説明する冷間加工によって、その横断面における結晶粒の大きさが5μm以下、特に3μm以下のより微細組織であることが望まれる。
【0047】
前記機械的強度やX線の回折強度比を備える銅合金細線は、例えば温度800〜1000℃での固溶化熱処理後に加工率80%以上の強加工が行なわれ、90〜99.8%の範囲で強加工が好ましく行なわれる。この加工は、例えば連続冷間伸線加工や冷間圧延加工が採用される。その場合、伸線加工では伸線加工用ダイスの形状やパススケジュールなどによって特性に影響をもたらす変動要因の一つになることがある。
特に、ダイスのアプローチ角度が12°以下の低角度ダイスの採用や、圧力ダイスによるもの、又は各加工ダイス間の加工程度を17%以下の減面率になるように設定することが望まれる。
【0048】
本発明の前記銅合金細線はその用途を、前記サスペンションばねやその他種々の導電性ばね用途を対象にすることから、その電気特性として、導電率10%IACS以上、好ましくは10.5〜22%IACSを有するものとしており、測定は、例えばJIS−C3002「電気用銅線及びアルミニウム線試験方法」に準拠した20℃の恒温槽中での4端子法(試料長さ100mm)により可能である。
【0049】
また、本発明の銅合金ばねの種類や形状、大きさについては、その目的に応じて任意に選択できるもので、コイルばねやトーションばね、ねじりばね等の他、皿ばねなどとして種々設定され得るが、最終的に前記析出硬化機能を活用することから、その製造は前記細径化した銅合金細線を所定のばね形状に成形加工した後に、更に温度250〜550℃で、かつ処理時間30Hr以下の範囲(例えば小型形状のばね品では0.1〜10Hr)の析出硬化処理が行われる。一方、被処理品が例えば直線ばね用の長尺合金細線のものでは、インライン加熱方式の連続加熱とし、かつその線の0.2%耐力値以下の応力、すなわち逆張力を付加しながら加熱処理することが好ましい。それによって線の真直性が同時に得られ、工程短縮が図れる。なお、このような連続加熱の場合の加熱時間は、その線の線径や求める特性によって異なるものの、例えばその線径が0.05〜3mmのような細線材では、1秒〜10分程度の短時間の加熱処理が推奨される。
【0050】
その場合、その被処理品自体の質量効果の面から、(a)前記長尺細線のような連続線材や、(b)コイルばねなど形状成形品の場合の析出時効処理としては、各々前記温度範囲の条件内で、かつその被処理品の形態に応じて次式で求められる条件値(Y及びY1)を100〜900、好ましくは150〜400に設定することも好ましい。
(a)連続線材: Y={加熱温度(℃)×加熱時間(分)}/√{等価換算線径d(mm)}
(b)形状成形品:Y1={加熱温度(℃)×加熱時間(分)}/2√{等価換算線径d×展開長さL(mm)}
(※「展開長さL」は、その形状品を構成する合金細線の長さ、すなわちこれを直線状に展開し伸ばしたときの長さを意味する。)
こうした硬化処理によって、該銅合金細線のマトリックス内に前記化合物の析出が図られ、材料特性が向上したものとなる。
【0051】
また望ましくは、前記固溶化処理や時効処理での加熱は、例えば露点−80℃以下のアルゴンガスやAXガスなど高純度の無酸化雰囲気中で行うとともに、特に時効処理では冷却速度が、例えば温度範囲250〜550℃では30℃/sec.以上、好ましくは
80℃/sec.以上の急冷処理をすることで、析出化合物の微細化、分布量の形成促進とともに、合金細線表面の酸化被膜の発生を抑えて耐食性向上を図ることが好ましい。
【0052】
必要ならば、前記時効処理後に更により低温度で加熱する再度の時効処理を付加する、所謂2段時効処理を行うこともできる。この2段時効処理によれば、1段目の時効処理で形成した一定粒径の化合物に加えて、より微細化した細粒化合物を複合形成するものとなり、全体として強度特性とともに導電特性をより向上させることができる。この2段目の時効処理は、例えば温度200〜400℃の範囲内で自由に設定される。
【0053】
こうして得られた本発明のばね製品は、前記時効処理によって、母材マトリックス中に所定のγ’など析出物を析出させて導電性をより高め、導電性ばね製品として好ましい高強度特性とともに導電率12%IACS以上(例えば12〜25%IACS)をもたらす。また、その使用時の加熱に伴う前記熱へたりに関して、良好な改善が図られ、その評価事項として、所定条件下での残留剪断歪量で示すものとしている。その条件は、供試用のばね品を温度125℃の加熱雰囲気中で、400MPaの応力負荷して1週間経過後の残留剪断歪が0.15%以下のものとしている。
【0054】
該残留剪断歪は、例えば前記熱へたり試験での荷重損失を、その時の線材にかかるねじり応力の損失に換算し、この値を線の横弾性係数で除して百分率で表すもので、この数値が小さいものほど熱へたりが生じにくいことを意味し、次式に示す算式で求めることができる。
残留剪断歪率={8△PD/πdG}×100
但し、△P:次式による荷重損失(N)
※{(試験時の負荷荷重−試験終了時の反発力)/試験時の負荷荷重}×100による。
D :ばねの中心径(mm)
d :線材の径(mm)
G :線材の横弾性係数(MPa)
【0055】
また、そのばね形状が例えば圧縮コイルばねの場合の他の評価方法としては、図3のようにばね自由長の変化量で示すこともできる。これは自由長さのへたり率として、{(試験前の自由長S−試験後の自由長S0)/試験前の自由長S}×100の計算式によるもので、前記剪断歪の場合と同様に加熱雰囲気中での応力負荷に伴う除荷後の前記算式により求めることができる。この場合、そのへたり率は12%以下、より好ましくは10%以下が好ましく、これら荷重や長さに限らず種々形態の変位量の特性比較で行うことも可能である。
【実施例】
【0056】
次に本発明の銅合金細線を、その製造方法とともに実施例として更に説明する。
(実施例1)
【0057】
<試験1:原材料の明細>
周囲に水冷ジャケットを設けた黒鉛鋳型を有する連続鋳造機を用いて、表1に示す組成となる合計8種類の銅合金材(試験材A〜H)を溶解し、熱間圧延を経て線径9.5mmのロッド線材を得た。一方、比較材には、前記特許文献1に相当する銅銀合金材料(比較材a)、従来のベリリウム添加銅合金材料(比較材b)、その他2種類の銅合金材料(比較材c、d)による線径6〜8mmのロッド線材を用いて比較材とした。
【0058】
【表1】
【0059】
このように、試験材A〜DはNiを比較的高めに設定し、試験材E〜Hは5〜8%程度のNi量で各々第三元素を添加したものを含み、また前記成分比のA値は6〜11.6%程度に調整されている。これに対して、比較材aは低Niで、高価なAgを含むものであり、比較材bは有害なBeを含むもの、また比較材cでは過剰のNiを含むとともに、A値も試験材より高めたものである。また比較材dは本願発明の効果を評価する為に、成分組成は試験材Fとほぼ同成分の銅合金細線について、その後の加工処理条件が異なるようにすることで、銅合金細線におけるX線回折強度の比率を前記範囲外になるようにしたものである。
【0060】
<試験2:伸線加工性>
そして、これら原材料のロッド線材を冷間伸線加工と溶体化熱処理を繰り返し行いながら、最終加工率83%の冷間伸線加工によって、各々仕上げ線径0.7mmの硬質銅合金細線を得た。これら伸線加工や熱処理では特に問題なく細径化でき、このことから十分な加工性を有するものであることが確認された。但し、比較材dは最終加工率55%になるように設定した。
【0061】
<試験3:時効処理特性>
次に、これら合金細線がばね製品として用いられることを前提に、ばね成形後に行う低温熱処理(HT処理)による機械的特性の効果を確認することとした。
試験は、各合金細線を所定長さに切断して各々温度350℃、0.5〜3.0Hrの条件内で処理したときの引張強さ、伸び、絞り、導電率の特性の変化を求めたもので、加熱雰囲気は露点−85℃の高純度アルゴンガスにより、また冷却は強制ガス冷却によって約4秒程度で室温状態にまで低下しており、その結果の一例を表2に示す。
なお、この時効処理における前記条件値Y1は360に設定したものである。
【0062】
【表2】
【0063】
この結果に見られるように、本発明に係わる各実施例材は、比較材bのベリリウム銅合金には若干及ばないものの、冷間伸線の状態、すなわち本発明の銅合金細線の状態では、いずれも引張強さ約900〜1200MPaで、かつ11〜18%IACS程度の高い導電性を備え、その後の時効処理でそれら特性は更に向上しており、導電用ばねとして十分に使用に適するものであることが認められた。またその加工性も良好なものであった。このような特性向上は、母材マトリックス内に確認された平均粒径0.2〜2μm程度のNiSi化合物の効果によるものと推測され、また合金細線は表面の酸化被膜も50nm以下の非常に薄いものであった。
【0064】
<試験4:X線回折特性>
次に、その特性として冷間伸線状態での各合金細線のX線回折スペクトルから、その強度ピークのA:(111)面、B:(200)面及びC:(220)面におけるA:B:Cの前記関係を求めた。測定はリガク製RINT−2500により、線源Co−Kαで行い、その結果は表3に示され、所定の集合組織を備えるものであることが確認された。また、参考として、比較材a、dの2例を合わせて例示する。
その測定条件は次のとおりである。
【0065】
【表3】
【0066】
<試験5:コイリングばね加工性>
本発明の合金細線の具体的用途として、次の仕様のコイルばねをコイリング加工し、その加工性及び得られたばね製品の特性評価を合わせて行った。その結果を表3に示す。
ばね形状 圧縮コイルばね
コイル中心径 7.66mm(D/d= 10 )
自由長 13.5 mm
総巻数 6.5 (ピッチ1.6mm)
【0067】
コイリング加工は、前記仕様のコイルばねを各試験材毎に新興機械工業社製のばね成形機(VF712EL型)によって、速度60個/min.の条件で連続的に成形加工し、加工作業性とばね自由長のバラツキ程度をA(良好)〜D(不可)の4段階で官能的評価したものであり、本発明に係る合金細線はいずれも良好なコイリング加工ができた。
【0068】
<試験6:熱へたり特性試験>
そこで、こうして得られた前記コイルばねを、各々コンベア炉によって連続的に低温テンパー処理(時効処理)し、目的のばね製品を得た。
テンパー処理は、温度350℃×30分の条件で加熱した後に空冷する条件で行い、これによって加工歪を解消して特性向上を図るものとしている。
【0069】
またばね製品に対する熱へたり特性試験については、予め設定した負荷応力(150〜400MPa)を加えた状態で試験冶具に装着するとともに、これを温度125℃に加熱した炉内にセットして約1週間に亙って加熱放置する方法を採用した。そして、試験前後のコイルばねの自由長の変化を前記算式で比較したもので、各応力に対する熱へたり率及び残留剪断歪の変化を表4に示している。同様に図4Aには、本発明に係る試験材A、Eと比較材bの各銅合金細線について、負荷応力と荷重損失との比較を示し、図4Bは、同様に時効処理条件の違いによる負荷応力と荷重損失の変化を示している。
【0070】
これら結果に見られるように、本発明による試験材の応力250MPaでは、いずれも6〜8%の熱へたり率に留まり、負荷応力400MPaでも、ほぼ10%以下の結果で、特に試験材Eの特性は、比較材bのベリリウムに近似するものであった。
【0071】
また、前記熱処理条件の違いによるばね特性の変化についても、加熱温度300〜450℃×0.5〜3Hr(冷却速度100℃/sec.)における負荷応力150〜400MPaの場合のばね自由長さのへたり率(%)、荷重ロス(%)、横弾性係数(MPa)、残留剪断歪(%)の結果を表4に示しており、比較材bのベリリウム銅の特性と比較した。
【0072】
【表4】
【0073】
この結果、時効処理温度350〜400℃で熱処理したものは、いずれも残留剪断歪が0.15%以下で優れ、
特に、図4Bから時効時間を長くすること、例えば2Hr以上が好ましいことが分かる。また、その合金細線の断面組織を顕微鏡で観察したところ、平均粒径が0.01〜0.1μmで、分布率0.1〜0.8%程度析出したγ’相(Ni3(Al,Si))とともに、平均粒径約1.8μmの大きさのNiSi化合物が混在したものであった。
【0074】
(実施例2)
表1の銅合金細線の他の形態として、光ピックアップ用のサスペンションばねを対象に、その原材料ロット線材から、試験材B、F及び比較材cについて、各々前記実施例1と同様に冷間伸線加工と熱処理を繰り返し行いながら、最終99%の伸線加工によって仕上げ線径0.080mmの硬質銅合金の細線を得た。
【0075】
このような細径加工処理においても断線やワレ等のトラブルはなく、良好な製造性を有し、表5のように強度特性と導電率、及びX線強度比は前記実施例1より優れるものであった。なおこのX線試験では、その細線が細径の為、その複数を平行配置して所定の測定面積が確保される方法により行うこととした。
【0076】
【表5】
【0077】
こうして得られた加工細線を直線矯正機にセットして長さ20mmにカットするとともに、更にこれを温度300℃×180sec.に加熱する熱処理炉によって、特性改善した直線ばね製品を得た。その直線度は、各ロット毎に抽出した20点について、特に問題視されるような異常はなく良好なものであった。前記図1は、本実施例で得られた試験材Fの横断面における化合物であるが、ここでは化合物だけが確認できるように、顕微鏡面を鏡面研磨しただけで拡大したものである。別試験で、腐食処理したものでは、この時効処理によって、強度比は若干変化するものの、前記集合組織はなお冷間加工状態のまま同様に有することが確認されている。
【0078】
そして、この各直線ばねの熱へたりを評価する為、各ばねを固定冶具にセットして、その他端側に600MPaの負荷応力を付与した状態で試験温度125℃に加温した炉内に配置し、1週間放置した後に取り出して、除荷後の荷重損失を比較する耐熱へたり試験を行った。
試験結果は、比較材cが18%であったのに対し、試験材B:6%、試験材F:8%で、比較材より大幅な特性改善するものであることが認められた。
【0079】
(実施例3)
前記実施例1で得られた試験材A、Gの2種類の銅合金細線(線径0.7mm)の硬質線を用い、これをそのまま冷間圧延機にセットして多段階のロール圧延を行い、断面扁平化した微細帯線(0.3×0.9mm)を得た。この圧延加工によってその引張強さは更に8〜10%程度向上し、またいずれの試験材も断線や材料ワレなどの欠陥もなく良好な加工性が確認された。
【0080】
そして、得られた加工帯線は表面の潤滑剤や不純物を除去洗浄した後、温度440℃に設定した管状加熱炉を用いた時効熱処理を行った。この熱処理は、帯線が常に一定速度で送給しながら加熱処理するストランド方式によるもので、加熱雰囲気はアルゴンガス(露点−99℃)による無酸化状態で10〜120秒の範囲で加熱し、また冷却はアルゴンガスの強制送風によって急冷した。冷却速度は約5秒以下の短時間でほぼ室温状態にまで低下でき、それによって該合金細線内部にはL1構造のNi(Al,Si)の微細なγ’が形成された。
【0081】
また、その際送給される該合金帯線には、予めその送給側に耐力値以下の逆張力を負荷しながら繰り出し、更に多段の機械ロール矯正段階を経て加熱するようにセットしており、こうした矯正手段によって冷間加工段階で生じた加工歪を解消しながら時効しており、得られた合金帯線はいずれも真直性が3〜8/100mmにまで高めることができ、またその他特性も満足できるものであった。
【0082】
(実施例4)
次に、実施例3で得られた前記2種類の合金帯線を、更にロール矯正しながら長さ30mmに切断処理して直線ピン状のばね製品とした。これを連続走行する専用コンベア上に載置して、更に温度380℃に加熱された環状加熱炉内に導入する第二次の時効処理を行った。
この加熱処理は、時間10分にセットして前記と同様に高純度のアルゴンガスによる無酸化雰囲気中で加熱し、また加熱後の冷却も瞬時に急冷されるようにガス冷却しており、その冷却速度は50℃/sec.を超えるものであった。この多段階の時効処理によって、合金細線内部には種々粒径の化合物が複合形成したばね製品が得られた。
【0083】
特性結果は表6に一覧しており、特に導電率及び引張強さが各々向上し、また表面状態も強加工に伴う光輝表面状態を有し、EPMA装置による表面分析で、表面の酸化被膜はいずれも約30nmと非常に薄く、これを湿度60%の多湿環境下で1週間放置した後の線表面の変色状況を調査したが、特に腐食や変色等は見られず良好な耐食性が確認された。
【0084】
またハンダの濡れ性についても、245℃の60Sn/40Pbハンダ槽に該試験材を5秒間浸漬した後の濡れた部分の面積比で評価したものであるが、いずれも良好な濡れ性を有することが確認され、このことから、例えばこれを電子機器用としてハンダ付け作業する際に、特別な薬剤や表面処理を伴うことなく作業効率を高めることが期待される。
【0085】
【表6】
この結果によれば、強度比は、時効処理によってベースのCu(111)面、すなわち回折強度Aが低下し、それに伴って他の強度比を高めることとなっている。
【産業上の利用可能性】
【0086】
以上の結果から明らかなように、本発明による銅合金材料は、ばね成形用として十分な特性を有し、また熱の影響を受けにくいこと、十分な導電性を有することから、例えば半導体や精密電子機器用の熱へたり対応型の導電ばね用材料として使用し得るものであり、さらにベリリウムなどの有害物質を含む従来の銅合金の代替材料として優れた有益性を有するものである。
図3
図4A
図4B
図5
図1
図2A
図2B