【実施例】
【0174】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1]エストロゲン依存性乳癌に対する効果
1. 材料と方法
細胞株及び臨床試料
ヒト乳癌細胞株(MCF-7, ZR-75-1, HCC1500, BT-474, YMB-1 and T47D)及びCOS-7は、American Type Culture Collection(ATCC, Rockville, MD, USA)から購入した。KPL-1及びKPL-3Cは、物質移動合意書の下で、紅林淳一博士(川崎医科大学, 岡山, 日本)から提供された。HBC4及びHBC5は、物質移動合意書(Material Transfer Agreement)の下で、矢守隆夫博士(公益財団法人がん研究会がん化学療法センター分子薬理部)から提供された。全ての細胞株は、それぞれの寄託者の推奨する条件下で培養された。
【0175】
細胞の処理
MCF-7細胞を、10%FBS(Nichirei Biosciences, Tokyo, Japan)、1% antibiotic/antimycotic solution(Invitrogen)、0.1mM NEAA(Invitrogen)、1mMピルビン酸ナトリウム及び10μg/mlインスリン(Sigma, St. Louis, MO, USA)で強化されたMEM(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)に懸濁し、48ウェルプレート(2 × 10
4 cells/200 μl)、24ウェルプレート(1 × 10
5 cells/1 ml)、6ウェルプレート(5 × 10
5 cells/2 ml)又は 10 cm dish (2 × 10
6 cells/10 ml)に播種した。細胞は、5%二酸化炭素を含む加湿の大気において、37℃で維持された。播種した次の日に、培地を、FBS、antibiotic/antimycotic solution, NEAA, ピルビン酸ナトリウム及びインスリンで強化したフェノールレッドフリーのDMEM/F12(Invitrogen)に交換した。24時間後に、細胞を10nM 17βエストラジオール(E2, Sigma)で処理した。阻害試験では、ERAP-1ペプチドは、E2刺激の直前に添加した。
【0176】
ウェスタンブロット解析
細胞を、0.1% protease inhibitor cocktail III(Calbiochem, San Diego, CA, USA)を含む溶解バッファー(50 mM Tris-HCl: pH 8.0, 150 mM NaCl, 0.1% NP-40, and 0.5% CHAPS)で溶解した。細胞溶解物を電気泳動し、ニトロセルロースメンブレンにブロットし、4% BlockAce solution(Dainippon Pharmaceutical, Osaka, Japan)で1時間ブロッキングした。メンブレンを、以下の抗体の存在下で1時間インキュベートした:
抗ERAP1抗体(Kim JW, et al. Cancer Sci. 2009; 100:1468-78.);
抗PHB2抗体(abcam, Cambridge, UK);
抗NcoR抗体(abcam, Cambridge, UK);
抗リン酸化ERα抗体(Tyr537)(abcam, Cambridge, UK);
抗ERα(AER314)抗体(Thermo Fisher Scientific, Fremont, CA, USA);
抗 SRC-1(128E7)抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗Shc抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗α/β-tubulin抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗Akt抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗リン酸化Akt抗体(Ser473)(587F11)(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗p44/42 Map Kinase抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗リン酸化p44/42 Map Kinase抗体(Thr202/Tyr204)(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗リン酸化ERα抗体(Ser104/106)(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗HDAC1 (H-11)抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);
抗IGF-1Rβ抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);
抗PI3-kinase p85α(U13)抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);
抗Ub (P4D1)抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);
抗lamin B1抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);
抗リン酸化ERα抗体(Ser118)(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);
抗リン酸化ERα抗体(Ser167)(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);
抗リン酸化ERα抗体(Ser305)抗体(Millipore,Billerica, MA, USA);
抗β-actin (AC-15)抗体(Sigma);
抗FLAG-tag M2抗体 (Sigma);
抗 HA-tag抗体 (Roche, Mannheim, Germany);又は
抗リン酸化チロシン抗体(Zymed, San Francisco, CA, USA)。
次いで、HRP-結合二次抗体(Santa Cruz Biotechnology)の存在下で1時間インキュベートした後、メンブレンを、enhanced chemiluminescence system(GE Healthcare, Buckinghamshire, UK)で展開した。ブロットは、Image Reader LAS-3000 mini(Fujifim, Tokyo, Japan)を用いてスキャンした。
【0177】
免疫沈降
「ウェスタンブロット解析」の項で述べたように、細胞を0.1% NP-40溶解バッファーで溶解した。normal IgG及びrec-Protein G Sepharose 4B(Zymed, San Francisco, CA, USA)を用いて、4℃で3時間、細胞溶解物をプレクリーンした。遠心分離後、上清を抗ERAP1抗体、抗PHB2抗体及び抗ERα抗体の存在下で、4℃で6時間、インキュベートした。その後、rec-Protein G Sepharose 4Bの存在下で、4℃で1時間、インキュベートすることにより、抗原−抗体複合体を沈降させた。免疫沈降されたタンパク質複合体を溶解バッファーで3回洗浄し、SDS-PAGEにより分離した。その後、以前述べた方法により、ウェスタンブロット解析を行った(Kim JW, et al. Cancer Sci. 2009; 100:1468-78.)。
【0178】
ERAP1タンパク質におけるPHB-2結合領域の同定
ERAP1におけるPHB2結合領域を決定するために、ERAP1タンパク質の部分ペプチド(ERAP1
1-434, ERAP1
435-2177, ERAP1
1468-2177,ERAP1
1-250, ERAP1
1-100)に対応する5つの異なるコンストラクトをN-terminal Flag-tagged pCAGGS vectorの適切なサイトにクローニングした。FuGENE6トランスフェクション試薬(Roche)を使用して、COS-7細胞にFLAG-ERAP1及びHA-PHB2のそれぞれのプラスミドをトランスフェクトした。トランスフェクションから48時間後、上記のように0.1% NP-40溶解バッファーで、細胞を溶解した。4℃で3時間、細胞溶解物をプレクリーンし、その後、4℃で6時間、抗Flag M2アガロース(Sigma)の存在下で、細胞溶解物をインキュベートした。その後、免疫沈降されたタンパク質又は細胞溶解物を電気泳動し、ニトロセルロースメンブレンにブロットした。メンブレンは、抗FLAG-tag M2抗体又は抗HA-tag抗体の存在下で、インキュベートした。
【0179】
ERAP1とREAの結合に対するERAP1欠損体(1-434)のドミナントネガティブ効果
ERAP1とPHB2との相互作用に重要と予測されたERAP1の1-434アミノ酸残基(配列番号:33)からなる発現ベクターコンストラクト(ERAP1
1-434)を用いて、ERAP1とPHB2との相互作用に及ぼす影響、及びE2刺激によるERE活性に及ぼす影響を検討した。結合阻害試験では、FuGENE6トランスフェクション試薬(Roche)によりCOS-7細胞にFlag-ERAP1をHA-PHB2とともにトランスフェクトし、48時間後に0.1% NP-40溶解バッファーで細胞を溶解した。4℃で3時間、細胞溶解物をプレクリーンし、その後、4℃で6時間、抗HA抗体の存在下で細胞溶解物をインキュベートした。その後、免疫沈降されたタンパク質又は細胞溶解物を電気泳動し、ニトロセルロースメンブレンにブロットした。メンブレンは、抗FLAG-tag M2抗体又は抗HA-tag抗体の存在下で、インキュベートした。また、ERE活性阻害試験では、FuGENE6トランスフェクション試薬によりCOS-7細胞にERAP1
1-434、ERAP1、PHB2、ERα、ERE-ルシフェラーゼベクターの各プラスミドをトランスフェクトすると同時に、E2で48時間刺激した。細胞をハーベストし、Promega dual luciferase reporter assay(Tokyo, Japan)を用いて、ルシフェラーゼ及びRenilla-ルシフェラーゼ活性を評価した。トランスフェクション効率を考慮して、全てのデータをRenilla-ルシフェラーゼ活性により標準化した。
【0180】
ドミナントネガティブペプチド
ERAP1のPHB2結合ドメインに由来する13アミノ酸からなるペプチド(codon 165-177:QMLSDLTLQLRQR(配列番号:27))のアミノ末端に、細胞膜透過性の11個のアルギニンからなるポリアルギニン配列(11R)を共有結合的に結合した。ERAP1-scramble peptide(DRQLQLSTLQRML(配列番号:28))及びERAP1-mutant peptide(AMLSALTLALRQR(配列番号:29))をコントロールとして合成した。ERAP1-PHB2複合体形成の阻害における11R結合ERAP1-peptideの影響を試験するために、10nM E2存在下で、MCF-7細胞を10μM ERAP1ペプチドで処理した。24時間後、0.1% NP-40溶解バッファーで細胞を溶解し、「免疫沈降」の項で述べたように、抗ERAP1抗体及び抗PHB2抗体の存在下で、細胞溶解物をインキュベートした。その後、免疫沈降されたタンパク質又は細胞溶解物を電気泳動し、ニトロセルロースメンブレンにブロットした。最後に、抗ERAP1抗体又は抗PHB2抗体を用いてウェスタンブロット解析を行い、内在性のERAP1又はPHB2タンパク質をそれぞれ検出した。
【0181】
免疫細胞化学的染色
MCF-7細胞を5 ×10
4 cells/wellで8ウェルチャンバー(Laboratory-Tek II Chamber Slide System, Nalgen Nunc International, Naperville, IL, USA)に播種し、エストロゲンフリーの条件下で、24時間培養した。E2及び/又はERAP1-peptideへの曝露から24時間後、4%パラホルムアルデヒドで4℃で30分間処理することにより細胞を固定し、0.1% Triton X-100で2分間処理することにより、細胞を透過性にした。その後、3%BSAで細胞を被覆して非特異的ハイブリダイゼーションをブロックし、抗PHB2抗体の存在下で、さらに1時間、細胞をインキュベートした。PBSで洗浄後、Alexa 594結合抗ウサギ抗体(Molecular Probe, Eugene, OR, USA)の存在下で1時間インキュベートすることにより、細胞を染色した。核は、4,6-diamidine-2'-phenylindole dihydrochloride(DAPI, Vectashield, Vector Laboratories, Burlingame, CA, USA)でカウンター染色した。蛍光像はオリンパスIX71顕微鏡(Tokyo,Japan)の下で得た。
【0182】
核/細胞質分画
PHB2の局在性を評価するために、上記のようにMCF-7細胞を処理し、MCF7細胞の核及び細胞質抽出物を使用してrec-protein G sepharose存在下での抗ERAP1抗体、抗PHB抗体及び抗ERα抗体を用いた免疫沈降を行った。核及び細胞質抽出物は、NE-PER nuclear and cytoplasmic extraction reagent(Thermo Fisher Scientific)を用いて製造業者の使用説明書に従って調整した。細胞質画分及び核画分のタンパク質含量は、クマシーブリリアントブルー染色で評価した。
【0183】
ルシフェラーゼレポーターアッセイ
EREレポーターアッセイのために、製造業者の使用説明書に従って、MCF-7細胞をEREレポーター(SABiosciences, Frederick, MD, USA)でトランスフェクトした。AP-1レポーターアッセイのために、AP-1レポーター(PGL2-basic vectorにサブクローン化された2つのタンデムAP-1サイトを含むマウスIL-11プロモーター)、c-fos、c-Jun及び 内部標準としてpRL-TKをMCF-7細胞にトランスフェクトした。トランスフェクションから16時間後、培地をアッセイ培地(Opti-MEM、10% FBS、0.1 mM NEAA、1 mM Sodium pyruvate及び10 μg/ml インスリン)に交換した。トランスフェクションから24時間後、細胞をE2及び/又はERAP1-peptideで24時間処理した。細胞をハーベストし、Promega dual luciferase reporter assay(Tokyo, Japan)を用いて、ルシフェラーゼ及びRenilla-ルシフェラーゼ活性を評価した。トランスフェクション効率を考慮して、全てのデータをRenilla-ルシフェラーゼ活性により標準化した。
【0184】
脱アセチル化アッセイ
HDACアッセイは、製造業者の使用説明書に従って、HDAC Fluorescent Activity Assay/Drug Discovery Kit(Enzo Life Sciences, Plymouth Meeting, PA, USA)を用いて行った。6ウェルプレートにおいて、MCF-7細胞をE2及び/又はERAP1ペプチドで24時間処理した。その後、細胞抽出物を抗PHB2抗体を用いて免疫沈降し、免疫沈降された細胞抽出物を基質の存在下で、30℃で30分間インキュベートした。インキュベーション後、反応を停止させ、マイクロプレートフルオロメーター(Infinite M200, Tecan, Mannedorf, Switzerland)により蛍光を解析した。
【0185】
半定量的逆転写PCR
半定量的逆転写PCRにより、ERαの下方制御(down-regulation)を評価した。ERAP1ペプチドの存在下又は非存在下でE2処理された細胞から、RNeasy Mini purification kit(Qiagen)を用いて全RNAを抽出し、Superscript II reverse transcriptase(Invitrogen)、oligo dT primer (Invitrogen)及び25 mM dNTP Mixture(Invitrogen)を用いてcDNAに逆転写した。ERα及びβ-アクチンのmRNAをGeneAmp PCR system(Applied Biosystems, Foster, CA, USA)により測定した。プライマーは以下の通りである:
ERα:5'-GCAGGGAGAGGAGTTTGTGTG-3'(配列番号:1)及び
5'-TGGGAGAGGATGAGGAGGAG-3'(配列番号:2);
β-アクチン:5'-GAGGTGATAGCATTGCTTTCG-3'(配列番号:3)及び
5'-CAAGTCAGTGTACAGGTAAGC-3'(配列番号:4)。
【0186】
リアルタイムPCR
リアルタイムPCRにより、ERαの標的遺伝子(pS2、cyclin D1、c-myc、SP-1、E2F1及びPgR)、ERAP1及びPHB2の発現を評価した。また、ネガティブコントロールとして、ERαの標的としては報告のないPHB2の発現量も測定した。内部標準コントロールとして、β2-MGを用いた。全RNAの抽出及びその後のcDNA合成は、上記のように行った。製造業者の使用説明書に従って、SYBR(登録商標) Premix Ex Taq(Takara Bio, Shiga, Japan)を用いた500 Real Time PCR System(Applied Biosystems)でのリアルタイムPCRにより、cDNAを解析した。各サンプルは、β2-MGのmRNA含量で標準化した。増幅のために使用したプライマーは以下の通りである:
pS2:5'-GGCCTCCTTAGGCAAATGTT-3'(配列番号:5)及び
5'-CCTCCTCTCTGCTCCAAAGG-3'(配列番号:6);
cyclin D1: 5'-CAGAAGTGCGAGGAGGAGGT-3'(配列番号:7)及び
5'-CGGATGGAGTTGTCGGTGT-3'(配列番号:8);
c-myc: 5'-CGTCTCCACACATCAGCACA-3'(配列番号:9)及び
5'-GCTCCGTTTTAGCTCGTTCC-3'(配列番号:10);
SP-1:5'-TGCTGCTCAACTCTCCTCCA-3'(配列番号:11)及び
5'-GCATCTGGGCTGTTTTCTCC-3'(配列番号:12);
E2F1: 5'-TACCCCAACTCCCTCTACCC-3'(配列番号:13)及び
5'-CCCACTCACCTCTCCCATCT-3'(配列番号:14);
PgR: 5'-CCCCGAGTTAGGAGACGAGA-3'(配列番号:15)及び
5'-GCAGAGGGAGGAGAAAGTGG-3'(配列番号:16);
ERAP1:5'-CTTGACAAGGCCTTTGGAGT-3'(配列番号:17)及び
5'-CAATATGCTTTTCCCGCTTT-3'(配列番号:18);
PHB2:5'-GGATCTGCTTCTCCAGTTTT-3'(配列番号:19)及び
5'-ACTGAGAAATCACGCACTGT-3'(配列番号:20);
β2-MG: 5'-AACTTAGAGGTGGGGAGCAG-3'(配列番号:21)及び
5'-CACAACCATGCCTTACTTTATC-3'(配列番号:22)。
【0187】
細胞増殖アッセイ
Cell-Counting Kit-8(CCK-8, Dojindo, Kumamoto, Japan)を用いて細胞増殖アッセイを行った。細胞をハーベストし、2 × 10
4 cells/wellで48ウェルプレートにプレートし、加湿化されたインキュベーターで37℃で維持した。指示された時点で、1:10で希釈されたCCK-8溶液を添加して1時間インキュベートし、450nmの吸光度を測定して各ウェルにおける生存細胞の数を計算した。
【0188】
細胞周期
細胞を冷70%エタノールで固定し、20μg/mlヨウ化プロピジウム(Sigma)及び1mg/ml リボヌクレアーゼA(Sigma)で細胞を染色し、FACSCalibur(BD, Franklin Lakes, NJ, USA)により解析した。CellQuest software (BD)を用いて細胞周期を評価した。
【0189】
in vivo腫瘍増殖阻害
KPL-3C細胞懸濁液(1 × 10
7 cells/mouse)を等量のMatrigel(BD)と混合し、6週齢メスBALB/cヌードマウス(CLEA Japan, Tokyo, Japan)の乳房脂肪体に注射した。マウスは、12時間明期/12時間暗期のサイクルで、無菌の隔離施設で飼育し、げっ歯類飼料と水を自由給餌した。腫瘍は、50〜80mm
3(1/2×(幅×長さ
2)として算出)のサイズに達するまで、1週間にわたって発育させた。その後、マウスを9つの処理群(5個体/群):無処理群、6μg/day のE2処理群、E2+0.28mg/day のERAP1-peptide処理群、E2+0.7mg/day のERAP1-peptide処理群、E2+1.4mg/day のERAP1-peptide処理群、E2+0.28mg/dayのscramble peptide処理群、E2+0.7mg/dayのscramble peptide処理群、E2+1.4mg/dayのscramble peptide処理群、E2+83μg/dayのタモキシフェン処理群に、無作為に分けた。マウスは、頚部皮膚への6μg/dayのE2溶液(100μl 2.2x10
-4M)で毎日処理した。ERAP1-peptide又はscramble peptideは、0.28、0.7、又は1.4mg/day(14、35、70mg/kg)での腹腔内注射により、毎日マウスに投与した。タモキシフェンもまた、4mg/kgの用量で、毎日マウスに腹腔内投与した。腫瘍体積は、ノギスを用いて、2週間にわたって測定した。試験終了時に動物を殺し、さらなるERαの標的遺伝子発現解析のために腫瘍を摘出して液体窒素で凍結した。in vivoデータは、腫瘍体積平均値±平均値の標準誤差として示した。試験終了時のP値をスチューデントのt検定を用いて算出した。全ての試験を徳島大学の動物施設の指針に従って行った。
【0190】
ChIPアッセイ
EZ-ChIP(Millipore, Billerica, MA, USA)を用いて、製造業者の使用説明書に従い、ChIP解析を行った。MCF-7細胞をE2及び/又はERAP1-peptideで24時間処理し、その後、37%ホルムアルテヒドで固定し、溶解バッファーに再懸濁して、Microson XL-2000(Misonix, Farmingdale, NY, USA)で、10秒x10で超音波破砕した。上清をプロテインGアガロースビーズでプレクリアし、1% インプットを回収した。抗ERα抗体、抗PHB2抗体、抗HDAC1抗体、抗NCoR抗体、抗SRC-1抗体及びコントロールとして通常マウスIgGを用いて、免疫沈降(各1 x10
6 cells)を行った(一晩、4℃)。DNA-タンパク質複合体をプロテインGアガロースビーズでプルダウンし(1時間、4℃)、洗浄した。免疫沈降物をElutionバッファーに再懸濁し、架橋を解除するために、65℃で5時間、インキュベートし、付属の精製カラムを用いて精製した。DNA断片は25から28サイクルのPCRによって検出した。ERAP1ゲノムのERE領域に対するプライマーには、
5'-GGGGTACCTTATATCACTAGTCGACA-3'(配列番号:23)及び
5'-CCGCTCGAGAGAACTAGAGCAGACAA-3'(配列番号:24)を用いた。
統計解析
試験群間の差異の統計的有意性を決定するためにスチューデントのt検定を使用した。P値 <0.05で有意とみなした。
【0191】
相互作用部位の予測
ERAP1とPHB2の相互作用部位についてPSIVERを用いて予測した。PSIVER(
Protein-protein interaction
SItes prediction ser
VER)は配列の特徴(部位特異的スコア行列及び予測される溶媒接触表面積)のみを用いて他のタンパク質に結合する残基を予測するための計算法である。当該計算法では、カーネル密度推定を備えた単純ベイズ分類器(Naive Bayes classifier)を使用し、インターネット上に予測サーバーを公開している。本発明では、デフォルトの閾値である0.390を使用した。
【0192】
組換えPHB2タンパク質
ヒトPHB2の部分配列(残基77-244)を、ヘキサヒスチジンタグ、チオレドキシン(TrxA)及びTEVプロテアーゼ切断部位(TEV部位)とアミノ末端でインフレームとなるように、pTAT6発現ベクター(Dr. Marko Hyvonen, University of Cambridge. によるギフト:Peranen J, et al., (1996). Anal Biochem. 236, 371-373.を参照)のNcoI及びXhoIサイトにクローニングした。組換えタンパク質は、大腸菌 BL21 star(DE3)株(Invitrogen, Carlsbad, CA)で発現させ、Hi-Trap Kit(GE Healthcare)を用いて精製した。最後に、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)でsuperdex 200 gel filtration column(GE Healthcare)を用いて、供給業者のプロトコールに従い、組換えタンパク質を精製した。
【0193】
2.結果
ERAP1-PHB2/REA結合阻害ペプチドの同定
本発明者らは、ERAP1とPHB2/REAの相互作用を標的とした阻害剤の開発を目指すことを目的に以下の実験を行った。まずERAP1におけるPHB2/REAとの結合領域の決定を試みた。ERAP1タンパク質全長をカバーするように3つの発現ベクターコンストラクト(ERAP1
1-434 :1-434アミノ酸、ERAP1
435-2177 :435-2177アミノ酸、ERAP1
1468-2177 :1468-2177アミノ酸)を作製し(
図1A)、これらを用いて免疫沈降-ウェスタンブロット法により結合領域を調べた。その結果、ERAP1の1-434アミノ酸残基の領域を介してPHB2/REAとの特異的な結合が確認された(
図1B)。このPHB2/REAとの結合が確認されたERAP1
1-434において、結合領域のさらなる絞り込みを行った。発現ベクターコンストラクト(ERAP1
1-250 :1-250アミノ酸、ERAP1
1-100 :1-100アミノ酸)をさらに作製し(
図1C)、これらを用いて同様に免疫沈降-ウェスタンブロット法により結合領域を調べた。その結果、ERAP1の101-250アミノ酸残基の領域を介してPHB2/REAとの特異的な結合が確認された(
図1D)。
【0194】
次にこの結果を検証するために、ERAP1
1-434(1-434アミノ酸)の発現ベクターコンストラクトが、ERAP1-PHB2の結合及びERαのERE転写活性に与える影響について調べた。COS-7細胞にFlag-全長ERAP1、HA-PHB2コンストラクトと一緒に
図1Eに示した濃度のERAP1欠損体コンストラクト(ΔERAP1:ERAP1
1-434)をトランスフェクトした。トランスフェクションから48時間後、細胞を溶解し、抗HA抗体を用いてHAタグ化PHB2を細胞溶解物から免疫沈降した。その結果、導入したERAP1欠損体コンストラクト(ΔERAP1:ERAP1
1-434)の容量依存的にERAP1とPHB2/REAとの結合が阻害された(
図1E)。また、ERAP1欠損体コンストラクト(ΔERAP1:ERAP1
1-434)の導入により、ERαのERE転写活性の抑制も認められた(
図1F)。
【0195】
さらに詳細な結合アミノ酸配列を決定するために、医薬基盤研究所の水口らによって開発されたタンパク質―タンパク質相互作用予測システムPSIVER(5)を用いてERAP1の相互作用予測部位を調べた。その結果、157-173アミノ酸が最も見込みのある領域として予測された。さらにそのうち165番目のグルタミン(Q)、169番目のアスパラギン酸(D)及び173番目のグルタミンが相互作用予測アミノ酸残基として最も高いスコアを示した(
図1G)。また、その領域の立体構造予測から、この3アミノ酸残基はαへリックス構造上に存在し、それらの側鎖はタンパク質表面に露出して同一方向を向いていることがわかった (図 1H)。この予測に基づいて、これらの3アミノ酸残基をアラニン(A)に置換した発現ベクターコンストラクト(ERAP1 mutant)を作製して、免疫沈降-ウェスタンブロット法によりPHB2/REAとの結合を調べた。その結果、これらの3アミノ酸残基の置換により、PHB2/REAとの結合が劇的に阻害されることが示された(
図1I)。
【0196】
本発明者らは、ERAP1のこれら3アミノ酸残基近傍の領域がPHB2/REAとの相互作用に重要であると考え、これら3アミノ酸残基を含むαへリックス構造上の13アミノ酸残基 (165-177アミノ酸残基:QMLSDLTLQLRQR(配列番号:27))に着目した。そして、その13アミノ酸残基のN末端に細胞透過性機能を有する11個のアルギニン残基を付加したドミナントネガティブペプチド(ERAP1-peptide)を合成した。また、コントロールとして13アミノ酸残基配列をランダムに並び替えたペプチド(ERAP1-scramble peptide:DRQLQLSTLQRML(配列番号:28))、結合に重要な3アミノ酸残基を全てアラニンに置換したペプチド(ERAP1-mutant peptide:AMLSALTLALRQR(配列番号:29))もそれぞれ合成した(
図1J)。これらのペプチドを用いてERAP1とPHB2/REAとの結合阻害について、抗ERAP1抗体及び抗PHB2/REA抗体を用いた免疫沈降-ウェスタンブロット法により検討した。ERα陽性乳癌細胞であるMCF-7(
図1K上図)及びKPL-3C(
図1K下図)においてERAP1-peptideを添加すると、内在性ERAP1と内在性PHB2/REAとの結合が顕著に阻害されることがわかった。一方、ERAP1-scramble peptide又はERAP1-mutant peptideを添加した場合には、どちらの細胞においても内在性ERAP1と内在性PHB2/REAとの結合阻害は認められなかった(図 1K)。
【0197】
次に、ERAP1-peptideが直接ERAP1-PHB2/REAタンパク質間の結合を阻害しているかを調べた。大腸菌発現系にて調製したヒスチジンタグ(His)を付加したPHB2/REA組換えタンパク質(6×His-PHB2/REA)と、ERAP1 (Flag-ERAP1)を強制発現させた後のCOS7細胞の細胞溶解物とを混合し、そこに各濃度のHAタグ付加peptide(ERAP1-HA-peptide)を添加して、その後Ni-レジンpull-down及びウェスタン法にて結合阻害を調べた。その結果、ERAP1-HA-peptideは, His-PHB2/REAと濃度依存的に直接結合し、その結果Flag-ERAP1とHis-PHB2/REAとの結合を競合的に阻害することがわかった(
図2)。以上のことから、ERAP-peptideはその配列特異的にERAP1とPHB2/REAとの結合を直接阻害することがわかった。
【0198】
ERAP1-peptideによるERαの転写活性化への影響
PHB2/REAは、これまでに、細胞質から核内移行することでERの転写活性を抑制する機能を有すること(Montano MM, et al., Proc Natl Acad Sci USA. 1999; 96: 6947-52.)、ミトコンドリア内膜に局在してミトコンドリアの形態維持、ミトコンドリアの生合成、アポトーシス制御の機能を有すること(Kasashima K, et al., J Biol Chem. 2006; 281: 36401-10.; Artal-Sanz M and Tavernarakis N. Trends Endocrinol Metab. 2009 ;20:394-401.)、姉妹染色分体接着(sister-chromatid cohesin)の制御 に関連すること(Artal-Sanz M and Tavernarakis N. Trends Endocrinol Metab. 2009 ;20:394-401.; Tanaka H, et al., Current Biology. 2007; 17: 1356-61.)が報告されており、多機能タンパク質であると考えられる。そのため、その細胞内局在は依然議論されている。以上のことから、乳癌細胞における内在性PHB2/REAの局在、及びE2刺激又はERAP1-peptide投与によるPHB2/REAの局在の変化について検討した。E2処理、未処理又はERAP1-peptide処理の各条件における、乳癌細胞MCF-7のミトコンドリア、細胞質及び核画分をそれぞれ採取し、内在性PHB2/REAの局在をウェスタン法にて調べた。その結果、内在性PHB2/REAは、細胞質及びミトコンドリアの両方に局在が認められ、またE2処理後も局在の変化は認められなかった。一方、E2とERAP1-peptideを同時に投与すると、細胞質から核内へのPHB2/REAの顕著な移行が認められた。またERAP1-peptideの添加によってE2依存的にミトコンドリア内のPHB2/REAの若干のタンパク量の減少が認められ、ミトコンドリアから細胞質又は核内へのPHB2/REAの移行が示唆された(
図3A)。
【0199】
次に、ERAP1-peptideによるPHB2/REAの細胞質から核内への移行について経時的に検討した。MCF-7細胞にてERAP1-peptide投与後1時間において速やかに内在性PHB2/REAの核内移行が認められ、その移行は24時間まで経時的に増加した(
図4A,4B)。一方、ERAP1-scramble peptideではPHB2/REAの核内移行は認められなかった(
図4A, 4B)。また、ERAP1-peptide の挙動を検討するためにHAタグを付加したERAP1-peptide(ERAP1-HA-peptide)を合成し、それを用いて調べたところ、ERAP1-HA-peptideはPHB2/REAに直接結合して、同時に核移行することが認められた(
図3B, 3C)。
【0200】
続いて、ERAP1-peptide投与がERαの転写活性に与える影響について、MCF-7細胞を用いて、ERE(Estrogen-responsible element:エストロゲン応答配列)及びAP-1結合配列のレポーターアッセイにより検討を行った。その結果、ERAP1-peptide(又はERAP1-HA-peptide)の濃度依存的にERE(
図4C,
図3D,3E)及びAP-1(
図4D,
図3F)におけるERαの転写活性の抑制をそれぞれ確認した。しかしながら、ERAP-scramble peptide又はERAP-mutant peptideを添加した細胞では変化は認められなかった(
図3E, 3F)。さらに、もう1つのERα陽性細胞株であるKPL-3Cにおいても、同様にERAP1-peptideの投与によりERE-ERαの転写活性の抑制が認められた (
図3G)。これらのことから、ERAP1-peptideは、PHB2/REAのE2依存的な核内移行を導き、その結果、古典的(ERE)及び非古典的(AP-1)なERαの転写活性化のどちらも抑制することがわかった。
【0201】
これまでに、PHB2/REAは、核内移行してERαと結合すると、転写共役抑制因子であるNcoRと複合体を形成することやヒストン脱アセチル化酵素であるHDAC1と相互作用することでERαの転写を抑制することが報告されている(Hurtev V, et.al., J Biol Chem. 2004; 279: 24834-43.)。以上のことより、ERAP1-peptide投与によるERαとこれら転写抑制因子との相互作用への影響をERα陽性細胞であるMCF-7細胞を用いて検討した。E2投与時においては、これまでの報告通り、ERαは転写活性化因子であるSRC-1と結合していること(Tai H, et al., Biochem Biophys Res Commun. 2000; 267: 311-6.)が認められた。一方、ERAP1-peptideを投与すると、ERαとSRC-1との結合は減弱するのに対して、ERαはPHB2/REAと相互作用して、さらにNcoR及びHDAC1をリクルートして複合体を形成することがわかった(
図4E)。KPL-3C細胞においても同様に、ERAP1-peptideを投与すると、ERαはNcoR及びHDAC1をリクルートして複合体を形成することがわかった(
図3H)。また、ERAP1-peptideを投与するとHDAC1活性の容量依存的な活性亢進が認められることから(
図4F)、ERαがこれらの因子をリクルートして複合体を形成することで、ヒストンの脱アセチル化を引き起こし、その結果クロマチンを凝集させることでERαの転写活性を抑制することが示唆された。
【0202】
ERAP1-peptideによるERα分解機構への影響
近年、エストロゲン依存性のERαの下方制御がERαの転写活性化に必須であることが報告されている(Nawaz Z, et al., Proc Natl Acad Sci USA. 1999; 96: 1858-62.; Lonard DM, et al., Mol Cell. 2000; 5: 939-48.;Reid G, et al., Mol Cell. 2003; 11: 695-707.; Tateishi Y, et al., EMBO J. 2004; 23: 4813-23.)。これはERαがユビキチン-プロテアソーム系によって分解されることによるもので、転写活性化後のERαのエストロゲン応答性配列(ERE)上での結合と解離のサイクルにおいて重要な制御機構であることがわかっている(Tai H, et al., Biochem Biophys Res Commun. 2000; 267: 311-6.; Nawaz Z, et al., Proc Natl Acad Sci USA. 1999; 96: 1858-62.; Lonard DM, et al., Mol Cell. 2000; 5: 939-48.; Reid G, et al., Mol Cell. 2003; 11: 695-707.)。そこで、ERAP1-peptideのユビキチン-プロテアソーム系によるERαの分解機構への影響を調べた。既報通り、MCF-7細胞においてエストロゲンを投与すると、1-3時間後において、ERαのタンパク質レベルでの減少が認められた。
【0203】
一方、ERAP1-peptideを投与するとその減少が抑制されることがわかった(
図4G)。次に、ERαのポリユビキチン化について検討を行った。26Sプロテアソーム阻害剤であるMG132存在下においてMCF-7細胞をE2処理したところ、ERαのタンパク質減少が抑制され、ERαのポリユビキチン化が認められた。しかしながら、ERAP1-peptideを投与すると、MG132存在下にも関わらず、ERαのポリユビキチン化が阻害され、またERαの減少も阻害された(
図4H)。KPL-3C細胞(ERα陽性)においても同様に、MG132存在下にてERAP1-peptideの投与によりポリユビキチン化の阻害によるERαのタンパク質減少の抑制が認められた (
図5)。以上のことから、ERAP1-peptideの投与によってERAP1から解離され、速やかに核内移行したPHB2/REAが直接ERαと結合することにより、ERαのポリユビキチン化を阻害してERαのエストロゲン応答性配列(ERE)上での結合と解離のサイクルを抑制し、最終的に転写活性化の抑制を導くことが示唆された。これは、PHB2/REAがERαのユビキチン化部位として報告されている302番目と304番目のリジン残基に結合することにより(Berry NB, et al., Mol Endocrinology. 2008; 22: 1535-51.)、これらのリジン残基へのポリユビキチン化の抑制が起こっていることによるかもしれない。
【0204】
ERAP1-peptideによる細胞増殖に与える影響
ERα、ERAP1ともに陽性であるMCF7細胞を用いて、ERAP1-peptideによる細胞増殖への影響を検討した。ERAP1-peptideの投与により、24時間まで容量依存的にE2依存性の細胞増殖抑制を認めた (
図6A)。一方、ERAP1-scramble peptide又はERAP1-mutant peptideの投与では、細胞増殖抑制効果は認められなかった(
図6B)。なお、MCF-7細胞における24時間での細胞増殖抑制効果のIC
50は、2.18μMであった。KPL-3C細胞においても同様の結果を得た(
図7A)。また24時間毎にERAP1-peptideを4日間連続で投与した試験により、5μM及び10μMの濃度のERAP1-peptideで完全にE2依存性乳癌細胞増殖が抑制されることがわかった(
図7B)。しかしながら、ERα、ERAP1ともに陰性である正常上皮細胞株であるMCF-10A細胞では、ERAP1-peptideは全く細胞増殖には影響しなかった(
図6C)。続いて、ERα、ERAP1ともに陽性である他の乳癌細胞株7種類(ZR-75-1, HCC1500, BT474, YMB-1, Y47D, KPL-1, HBC4)について、同様に10μM ERAP1-peptideの細胞増殖への影響を調べたところ、全ての細胞において顕著なE2依存性増殖の抑制効果を示した(
図7C)。
【0205】
次に、ERAP1-peptideの安定性について検討した。MCF-7細胞においてERAP1-peptideの細胞増殖抑制効果を経時的に計測した結果、24時間まで完全なE2依存性増殖の抑制効果を認めたが(
図7D, 左図)、48時間では細胞増殖が1.5倍程度回復し、ERE-ERαレポーター活性も回復することがわかった(
図7D右図)。以上より、ERAP1-peptideは、24時間まで持続してE2依存性乳癌細胞増殖を抑制することがわかった。
【0206】
続いて、ERAP1-peptide投与が細胞周期に与える影響を調べた。MCF-7細胞にE2及び10μMのERAP1-peptide又は抗E2阻害剤であるタモキシフェン(TAM)を同時に投与し、24時間後にFACS解析を行った。その結果、10nM TAM投与と同様に、G1期における細胞周期の停止が観察された(
図6D)。この結果はKPL-3Cを用いた場合にも同様に認められた(
図7E)。以上より、ERAP1-peptideはG1期停止を誘導することにより細胞増殖抑制効果を導くことがわかった。
【0207】
次に、ERαの標的遺伝子として増殖に関連することが報告されているpS2, cyclinD1, c-Myc, SP-1, E2F1, PgR各遺伝子の発現に与えるERAP1-peptideの影響を検討した。MCF-7細胞にERAP1-peptideを添加後24時間において、各遺伝子の発現を定量的RT-PCR法にて調べた。その結果、どの遺伝子もERAP1-peptideの添加によって顕著な発現の抑制が認められた(
図6E)。さらに、これら標的遺伝子の経時的な発現抑制効果を調べた結果、どの遺伝子もペプチド添加6時間後から有意な発現抑制効果が認められた(
図8A)。また、ERα陽性乳癌細胞株であるKPC-3Cにおいても同様に、ERAP1-peptideの添加によってこれら全ての遺伝子の顕著な発現抑制が認められた(
図8B)。以上のことから、ERAP1-peptideは、ERαの転写活性を抑制し、その結果標的遺伝子の発現を抑制することで細胞増殖抑制を導くことが示唆された。
【0208】
ERAP1-peptideによる非ゲノム的活性化経路への影響
ERαは細胞膜(又は細胞膜直下)に局在することが知られており、E2刺激により膜型増殖因子受容体であるIGF-1Rβ(Insulin-like growth factor-1 receptorβ)、HER2やEGFRと相互作用することで急速に細胞内シグナルカスケードを活性化して細胞増殖を促進するという、いわゆる「非ゲノム的ER活性化経路」が報告されている(Osborne CK, Schiff R. J Clin Oncol. 2005; 23:1616-22.; Yager JD, Davidson NE. N Engl J Med. 2006; 354:270-82.; Johnston SR. Clin Cancer Res. 2010; 16:1979-87.)。これまでの結果は、ERAP1-peptide投与が顕著なPHB2/REAの核移行を導き、その結果「ゲノム的活性化経路」を抑制することを示している。しかしながら、ERAP1-peptide添加後、大部分のPHB2/REAはERAP1と解離して核移行するものの、一部は、エストロゲンにより活性化された細胞膜ERαと結合することで細胞質にそのまま残存すると思われた(
図3A, 3B,
図4B)。以上のことにより、ERAP1-peptideによる非ゲノム的活性化経路(MAPK又はAKT経路)への影響を調べた。
【0209】
はじめに、これまでに報告のあるアダプター分子であるShcタンパクを介したIGF-1RβとERαの相互作用(Song RX, et al., Proc Natl Acad Sci USA.2004; 101: 2076-81.)及び、PI3Kタンパク質とERα相互作用におけるERAP1-peptideの影響をそれぞれ調べた。MCF-7細胞はIGF-1Rβ及びPI3Kタンパク質の発現を認めることから(
図9A)、この細胞においてERAP1-peptideを添加24時間後に、細胞膜画分を含む細胞質画分を抽出し、抗ERα抗体にてそれぞれ免疫沈降を行った。その結果、ERAP1-peptideを投与するとPHB2/REAはERαと結合して、ERαとShc及びERαとIGF-1Rβとの結合をそれぞれ阻害し、その結果、細胞増殖シグナルに重要であるIGF-1Rβ及びShcのチロシン残基のリン酸化が抑制されることがわかった(
図10A)。
【0210】
また、膜型ERαを介したE2依存的な非ゲノム的活性化経路のもう1つとして、ERαとPI3Kとの相互作用へのERAP1-peptideの影響を検討した。MCF-7細胞にERAP1-peptideを添加するとPHB2/REAはERαと結合して、ERαとPI3Kとの結合を阻害することがわかった(
図10B)。続いて、IGF-1Rβ及びPI3Kの下流シグナル分子であるAkt及びMAPKのリン酸化への影響についても調べた。その結果、ERAP1-peptide添加3時間後までに、AktのSer473のリン酸化及びMAPKのリン酸化がそれぞれ阻害され、24時間後にも抑制は維持されていた(
図10C)。一方、ERAP1-peptideの添加によりERAP1から解離したPHB2/REAのAkt及びMAPKへのそれぞれの直接的な結合は認められなかった(
図10B)。以上より、ERAP1-peptideは、PHB2/REAをERAP1から解離させ、解離したPHB2/REAがE2依存性のIGF-1RβとERαとの結合及びPI3KとERαとの結合を直接阻害することで、それらのリン酸化による活性化を阻害し、その結果、それらの下流シグナル経路であるAKt及びMAPK経路の活性化を抑制することがわかった。IGF-1Rβ及びPI3Kタンパク質の発現を認めるKPL-3C細胞においても、ERαとShc及びERαとIGF-1Rβとの結合阻害(
図9B)及びAKTとMAPKの活性化の抑制が認められた(
図9C)。
【0211】
さらに、Her2、EGFR、IGF-1Rβ及びPI3K全ての発現を認めるERα陽性乳癌細胞BT474(
図9A)を用いて、同様の試験を行った。その結果、ERAP1-peptideにより、ERαとHer2、EGFR、IGF1-Rβ及びPI3Kのそれぞれ全ての結合が阻害され(
図10D)、その下流のシグナル経路であるAKt及びMAPK経路の活性化の抑制が認められた(
図10E)。以上の結果から、ERAP1-peptideは、ERAP1からPHB2/REAを解離させてE2依存性に細胞膜ERαとPHB2/REAとを直接結合させることで、ERαのIGF-1Rβ、HER2やEGFRとの結合を阻害して、「非ゲノム的シグナル活性経路」を抑制し、最終的には細胞増殖の阻害を導くことが示唆された。
【0212】
ERAP1-peptideによるERαリン酸化への影響
近年、ERαの翻訳後修飾、特にリン酸化が細胞増殖における種々のシグナル伝達経路に重要な調節因子であると考えられている(Lannigan DA. Steroids. 2002; 68: 1-9.; Barone I, et al., Clin Cancer Res. 2010; 16:2702-08.;Murphy LC, et al., Endocrine-Related Cancer. 2011; 18: R1-14.)。E2依存的にERαは多くの部位にてリン酸化されることがこれまでに報告されているが、特に6つのアミノ残残基のリン酸化 (Ser104, Ser 106, Ser118, Ser167, Ser357, Tyr537)がERαの転写活性及びE2との結合に重要であることがわかっている(Lannigan DA. Steroids. 2002; 68: 1-9.; Barone I, et al., Clin Cancer Res. 2010; 16:2702-08.;Murphy LC, et al., Endocrine-Related Cancer. 2011; 18: R1-14.)。そこで、MCF-7細胞において、ERAP1-peptideによるE2添加後のERαリン酸化への影響を調べた。E2添加3時間後から24時間後まで継続して、ERαの6つの部位(Ser104, Ser106, Ser118, Ser167, Ser357, Tyr537)の全てにおいて、リン酸化の増強が確認されたが、ERAP1-peptideを投与するとこれら全てのリン酸化がE2非投与と同程度まで抑制された(
図10F)。しかしながら、ERAP1-scramble peptideでは抑制効果は認められなかった(
図10F)。
【0213】
以上のことから、ERAP1-peptideにより核内移行したPHB2/REAは、ERαのE2依存性リン酸化を抑制することでERαの転写活性化能及びE2との結合能を低下させて、ERαを不活性化させることが示唆された。さらに本発明者らは、他のER陽性乳癌細胞であるKPL-3C(
図9D)及びBT-474(
図9E)細胞においても同様の実験を行い、その結果、これらの細胞においても全ての部位のE2依存性のリン酸化がERAP1-peptideの投与により抑制されることを見いだした。これらは、triplicateの実験を3回独立して行った結果である。
【0214】
ERAP1-peptideのin vivo抗腫瘍効果の検討
次に、ERAP1-peptideによるin vivo抗腫瘍効果について検討した。ER陽性乳癌であるKPL-3C細胞をヌードマウスの乳腺へ同所性移植し、腫瘍が約70mm
3に到達したときにE2を皮下投与するとともにERAP1-peptide、ERAP1-scramble peptide又はタモキシフェン(TAM)をそれぞれ腹腔内投与し、抗腫瘍効果を調べた。その結果、ERAP1-peptideを投与したマウスの腫瘍は全ての投与量において、E2非投与マウスと同程度まで、またTAMと同程度の抗腫瘍効果を認めた(
図11A, 11B, 11C)。また体重の変化は認められなかった(
図11D)。それに対して、ERAP1-scramble peptideを投与したマウスでは、どの投与量においても有意な腫瘍抑制効果は認められなかった(
図11B, 11C,
図12)。
【0215】
次に、これらpeptideを投与したマウスの腫瘍におけるERαの標的遺伝子の活性化の状態を調べた。その結果、ERαの標的遺伝子であるPS2, cyclin D1, C-Myc及びSP-1の発現はERAP1-peptideを投与した腫瘍では完全に抑制されていたのに対して、ERAP1-scramble peptideを投与した腫瘍ではそれらの発現の抑制は認められなかった(
図11E)。さらに、ERAP1-peptideを投与した腫瘍では、非ゲノム的活性化シグナル経路であるAkt及びMAPKのリン酸化の抑制も確認された(
図11F)。以上のことから、in vivoにおいても、in vitroと同様に、ERAP1-peptideは、ERAP1とPHB2/REAとの結合を阻害することで、PHB2/REAとERαとの結合を誘導し、その結果、ERαの「ゲノム的活性化」及び「非ゲノム的活性化」の経路を抑制することで抗腫瘍効果を発揮することが示唆された。
【0216】
ERAP1-のpositive feedback機構による発現亢進
これまでに本発明者らは、E2刺激によりERAP1が発現亢進することを見いだしている(Kim JW, et al., Cancer Sci. 2009; 100:1468-78.)。このことから、ERAP1がERαの標的遺伝子の1つであるという仮説を立てて、以下の実験を行った。MCF-7細胞において、E2投与後のERAP1のmRNAレベルでの発現を定量的RT-PCR法にて調べた。その結果、E2投与後24時間まで時間依存的に発現の亢進が認められた(
図13A)。次に、抗E2剤であるタモキシフェン(TAM)処理時のERAP1の発現も定量的RT-PCR法及びウェスタン法にて調べた。その結果、mRNAレベル及びタンパク質レベルのどちらにおいても、TAMの濃度依存的にERAP1の発現の抑制が認められた(
図13B)。以上のことから、ERAP1は、ERα陽性乳癌細胞において、E2依存的な発現制御を受けていることがわかった。
【0217】
次に、ERAP1遺伝子上にERE(estrogen responsible element、E2応答性配列:AGGTCAnnnTGACCT(配列番号:25))が存在するかをコンピューター予測にて検索したところ、転写開始点から5626 bp〜5644 bp下流のイントロン1上の
TCCAGTTGCAT
TGACCT(配列番号:26)という保存されたERE配列を確認した(
図13C)。この予測されたERE配列を含む領域(ERE in ERAP1)、ERE配列を含まないその上流配列のみ(UP-)又はERE配列を含まないその下流配列のみ(Down-)からなる発現ベクターコンストラクトをそれぞれ作製し、ルシフェラーゼレポーター活性を調べた。その結果、ERAP1遺伝子上のERE配列を含むコンストラクトを導入した細胞においてのみ、E2刺激後のレポーター活性の亢進が確認された。続いて、ERαがこの予測ERE配列に直接結合するかどうかをERαとPHB2/REA及びこれらと複合体を形成することが証明されたHDAC1,NcoRに対する抗体を用いてクロマチン免疫沈降法(ChIP法)にて調べた。その結果、ERAP1-peptideの添加によって、どのタンパク質に対する抗体を用いた免疫沈降物においてもERAP1のDNA配列との結合が認められた(
図13D)が、転写活性化因子であるSRC-1抗体を用いた際の免疫沈降物においては、その結合は減弱した(
図13D)。
【0218】
以上のことから、ERAP1はERαの標的遺伝子の1つであり、E2依存的にERαの活性化が誘導されるとその発現が亢進される、正のフィードバック機構により制御されていることが示唆された。次に、ERAP1-peptideによるERAP1自身の発現への影響を調べた。ERAP1は、
図13Aに示すとおり、E2依存性に発現亢進を認めたが、ERAP1-peptide投与によりその発現は経時的に抑制された。以上から、ERAP1-peptideは、E2依存性のERα陽性乳癌細胞におけるERAP1の正のフィードバック機構を阻害し、その結果よりPHB2/REAの解離を誘導し、あらゆるERα活性化機構を阻害して、細胞増殖抑制効果を導くことがわかった。
【0219】
[実施例2]タモキシフェン耐性MCF-7細胞に対するERAP1-peptideの抑制効果
1. 材料と方法
タモキシフェン耐性MCF-7細胞
タモキシフェン耐性MCF-7細胞株は、物質移動合意書(Material Transfer Agreement)の下で、井上聡博士(埼玉医大ゲノム医学研究センター)から提供されたものを以下の実験に供試した。タモキシフェン耐性MCF-7細胞の培養条件は、寄託者の推奨する条件下で行った。タモキシフェン耐性MCF-7細胞は、10%FBS(Nichirei Biosciences, Tokyo, Japan)、1% ペニシリン/ストレプトマイシン(Nacalai tesque, Kyoto, Japan)、1 μM タモキシフェン(Sigma, St. Louis, MO, USA)で強化されたDMEM(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)で培養した。
【0220】
タモキシフェン耐性MCF-7細胞に対するERAP1 peptideの増殖抑制効果
細胞増殖アッセイはCell-Counting Kit-8 (CCK-8、同仁堂社製)を用いて評価した。まず、フェノール・レッドを含有したDMEM/F12培地にてタモキシフェン耐性MCF-7細胞を48-ウェルプレートに2 × 10
4個/ウェルずつ播種して24時間CO
2インキュベーターに放置後、10%FBS、1% ペニシリン/ストレプトマイシン、1μM タモキシフェンを含有したフェノール・レッドを含まないDMEM/F12培地に交換し、さらに24時間前培養した。上清を除去後、各濃度のERAP1-peptideを180 μlを添加し、引き続き100 nM E2を20μl添加して(終濃度10 nM)、24時間反応させた。反応液を除去後、10倍希釈したCCK-8溶液を各ウェルに125μlずつ添加し、CO
2インキュベーター内で1時間の呈色反応を行ったあと、各ウェルから100μlを96ウェルプレートに移して、マイクロプレートリーダーで450 nmの吸光度を測定した。
【0221】
タモキシフェン耐性MCF-7細胞のAk、MAPK及びERαのリン酸化に対するERAP1-peptideの抑制効果の検討
MCF-7細胞及びタモキシフェン耐性MCF-7細胞をフェノール・レッドを含有したDMEM/F12培地にて24-ウェルプレートに1 × 10
5個/ウェルずつ播種して24時間CO
2インキュベーターに放置後、10%FBS、1% ペニシリン/ストレプトマイシン、1μMタモキシフェンを含有し、フェノール・レッドは含まないDMEM/F12培地に交換し、さらに24時間前培養した。上清を除去後、100μM ERAP1-peptideを180μlを添加し(終濃度10μM)、引き続き100 nM E2を20μl添加して(終濃度10 nM)、24時間反応させた。反応液を除去後、SDS-sample bufferを100μl添加して細胞を溶解した。95℃で5分間の煮沸処理後、ポリアクリルアミド電気泳動に供した。AktとMAPKのリン酸化は抗リン酸化Akt(Ser473)(587F11)と抗リン酸化p44/42 MAP Kinase(Thr202/Tyr204)抗体にて、またERαのリン酸化は、抗リン酸化ERα(Ser104/106)、抗リン酸化ERα(Ser118)、抗リン酸化ERα(Ser167)、抗リン酸化ERα(Ser305)、抗リン酸化ERα(Tyr537)抗体で検出した。
【0222】
2.結果
タモキシフェン耐性MCF7-細胞(Tam-R MCF-7)におけるERAP1-peptideによる細胞増殖への影響を検討した。ERAP1-peptideの投与24時間後において、E2及びタモキシフェン存在下で、ERAP1-peptideの容量依存的に顕著な細胞増殖抑制を認めた(
図14A)。次に、これまでタモキシフェン抵抗性の原因の1つとして考えられている「タモキシフェンの非ゲノム的経路の活性化(Akt,MAPKリン酸化)」および「タモキシフェンによるERαのリン酸化」によるERαの活性化への影響について検討した。Tam-R MCF-7細胞に、タモキシフェン単独処理又はタモキシフェンとE2とを併用処理すると、それぞれAkt,MAPKのリン酸化の亢進が認められた(
図14B上図)。それに対して、それぞれの条件においてERAP1-peptide処理をしたところ、MCF-7野生株(MCF-7WT)においてと同様に、顕著なAkt,MAPKのリン酸化の減弱が認められた。さらに、ERαの全てのリン酸化も減弱させることがわかった(
図14B下図)。以上より、ERAP1-peptideは、タモキシフェン抵抗性乳癌においても、その原因の1つである非ゲノム的経路の活性化及びERαリン酸化を阻害することにより、細胞増殖抑制を導くことができることが示唆された。
【0223】
[実施例3]E2非依存性の細胞増殖に及ぼすERAP1-peptideの効果の検討
1. 材料と方法
E2非依存性の細胞増殖に及ぼすERAP1-peptideの効果の検討
48-ウェルプレートにMCF-7細胞又はZR-75-1細胞を2 × 10
4個/ウェルずつ、KPL-3C 細胞を1 × 10
4個/ウェルずつ播種して24時間CO
2インキュベーターに放置後、MCF-7細胞は10%FBS(Nichirei Biosciences, Tokyo, Japan)、1% antibiotic/antimycotic solution(Invitrogen)、0.1mM NEAA48(Invitrogen)、1mMピルビン酸ナトリウム及び10μg/mlインスリン(Sigma, St. Louis, MO, USA)を含有したフェノール・レッドを含まないDMEM/F12培地に、ZR-75-1細胞とKPL-3C細胞は10%FBSと1% antibiotic/antimycotic solutionを含有したフェノール・レッドを含まないRPMI培地に交換し、さらに24時間前培養した。上清を除去後、各濃度のERAP1-peptideを200μl又はポジティブコントロールとしてタモキシフェンをそれぞれ添加して24時間反応させた。反応液を除去後、10倍希釈したCCK-8溶液を各ウェルに125μlずつ添加し、CO
2インキュベーター内で1時間の呈色反応を行ったあと、各ウェルから100μlを96穴プレートに移して、マイクロプレートリーダーで450 nmの吸光度を測定した。
【0224】
ERAP1-peptideがIGF-1Rβを介した非ゲノム的活性化経路へ及ぼす影響の検討
MCF-7細胞を10 μM ERAP1-peptide単独処理、10 nM E2単独での刺激、及びERAP1 peptideとE2の共刺激をそれぞれ行い、その24時間後、各処理の細胞から細胞質画分を単離した。normal IgG及びrec-Protein G Sepharose 4B(Zymed, San Francisco, CA, USA)を用いて、4℃で3時間、その細胞質画分をプレクリーンして、遠心分離後、上清を抗ERα抗体の存在下で、4℃で6時間、インキュベートした。その後、rec-Protein G Sepharose 4Bを添加して4℃で1時間インキュベートすることにより、抗原−抗体複合体を沈降させた。免疫沈降されたタンパク質複合体を溶解バッファーで3回洗浄し、SDS-PAGEにより分離した。その後のウェスタンブロットによる各全タンパク質の検出には、抗IGF-1Rβ、抗ERα、抗Shc、抗PHB2抗体を用い、各タンパク質のチロシンリン酸化の検出には、抗リン酸化チロシン抗体を用いた。
【0225】
2.結果
E2非存在下におけるERAP1-peptide処理による細胞増殖への影響をMTTアッセイにて調べた。すなわち、MCF-7細胞を各濃度(1,3, 5, 10μM )のERAP1-peptideまたはポジティブコントロールとしてTAMにて24時間処理した。その結果、ERAP1-peptide容量依存的に細胞増殖抑制効果を認めた(
図15A)。
【0226】
次にその効果の分子機構について検討した。エストロゲン依存性のERの非ゲノム的経路の活性化と同様に、エストロゲン非依存性の非ゲノム的経路の活性化への影響を調べた。ERAP1-peptide処理することで細胞質におけるERαはPHB2との結合を認めたが、一方IGF-1Rβ及びShcとERαとの各相互作用のどちらも阻害され、その結果、シグナルカスケードに重要であるIGF-1RβおよびShcのチロシンリン酸化も抑制されることがわかった(
図15B)。以上より、ER陽性であるMCF7細胞におけるE2非依存的な増殖も阻害することが示唆された。
【0227】
さらに、この結果を検証するために、他のER陽性乳癌細胞株を用いて、増殖抑制効果について調べた。24時間毎に10μM ERAP1-peptideの投与を行ったところ、KPL3細胞では、48時間目、またZR75-1細胞では、96時間目に有意な細胞増殖抑制効果が確認された(
図16)。以上より、ERAP-1 peptideはERAP1-PHB2の結合を阻害することで、E2非依存性のER陽性乳癌細胞の増殖抑制効果を引き起こすことがわかった。
【0228】
[実施例4]ERAP1-peptideとタモキシフェンとの併用効果の検討
1. 材料と方法
乳癌細胞におけるERAP1のノックダウン
siRNA法によりERAP1をノックダウンしたときのタモキシフェン の阻害効果をMTTアッセイにより評価した。si-ERAP1, si-control(si-EGFP)の配列および実験方法は、Kimら(Cancer Science, 2009, 100; 1468-78)の報告に準じた。48-ウェルプレートに2×10
4個/ウェルずつ播種したMCF-7細胞を1μM E2で刺激し、24時間後にsi-ERAP1又は si-controlで処理し、その24時間後に10μM タモキシフェン処理して、96時間後にMTTアッセイにより生細胞数を評価した。
また、siRNA法によりERAP1をノックダウンしたときのタモキシフェン の阻害効果をERE-ルシフェラーゼアッセイにより評価した。96-ウェルプレートに2×10
4個/ウェルずつ播種したMCF-7細胞にERE-ルシフェラーゼレポーターを一過性にトランスフェクトしたあと、1μM E2で刺激し、24時間後にsi-ERAP1又は si-controlで処理し、その24時間後に10μM タモキシフェン処理して、96時間後にEREルシフェラーゼ活性を測定した。
【0229】
in vivo腫瘍増殖阻害試験
KPL-3細胞をBALB/cヌードマウスの乳房脂肪体内の皮下に移植した。E2の非存在下で腫瘍が約50-80mm
3の体積に達したとき、治療試験(5個体/群)を開始した(day 0)。KPL-3C腫瘍異種移植片担持マウスに、ERAP1-peptide単独(3.5, 7, 14 mg/kg)、scramble peptide単独(14 mg/kg)、タモキシフェン単独(4 mg/kg)又はERAP1-peptide(14 mg/kg)とタモキシフェン(4 mg/kg)との併用を腹腔内注射により毎日投与した。
【0230】
細胞周期解析
MCF-7細胞を10μM ERAP1-peptide及び/又は10nM タモキシフェンで処理し、その後直ちに10nM E2で24時間刺激した。固定化後、ヨウ化プロピジウムで細胞を染色し、フローサイトメトリーにより解析した。
【0231】
2.結果
ERAP1のノックダウンがタモキシフェンによる乳癌細胞増殖抑制効果に及ぼす影響
siRNA法によりMCF-7細胞においてERAP1を発現抑制した際のタモキシフェンの阻害効果について検討した。Si-controlをトランスフェクトした細胞においてタモキシフェン処理したものよりも、siERAP1をトランスフェクトした細胞においてタモキシフェン処理したものの方がより細胞増殖抑制が確認された(
図17A)。また、その際のEREレポーター活性を調べたところ、同様にsiERAP1をトランスフェクトした細胞においてタモキシフェン処理した方がよりレポーター活性の抑制が確認された(
図17B)。以上より、ERAP1の発現抑制及びタモキシフェンとの併用により相乗的な細胞増殖抑制効果を導くことができることが示唆された。
【0232】
ERAP1-peptide及びタモキシフェンとの併用よる抗腫瘍効果の検討
KPL-3細胞BALB/cヌードマウスの乳腺への同所性移植モデルを用いて、ERAP1-peptideとタモキシフェンとの併用による抗腫瘍効果について検討した。エストロゲン依存性乳癌の増殖はERAP1-peptideの単独投与によって容量依存的な(3.5, 7, 14 mg/kg)抗腫瘍効果が認められたが、scramble-peptide単独(14 mg/kg)では認められかった(
図18)。ERAP1-peptide(14 mg/kg)とタモキシフェン(4 mg/kg)とを併用することで、さらに顕著な抗腫瘍効果が認められた(
図18)。どの投与法においても体重変化は認められなかった。以上より、ERAP1-peptideは、ERのエストロゲンシグナルを阻害することで、in vivoにおいても顕著な抗腫瘍効果を発揮し、その効果はタモキシフェンと併用することでさらに高くなることがわかった。
【0233】
ERAP1-peptideとタモキシフェンとの併用が細胞周期に及ぼす影響
ERAP1-peptideとタモキシフェンの併用による細胞周期における影響をFACS解析により調べた。MCF-7細胞を10μM ERAP1-peptide単独又は10nM タモキシフェン単独にて処理すると、G1期にて停止した細胞の増加が確認されたが、10μM ERAP1-peptide及び10nMタモキシフェンを併用すると、subG1期の細胞が顕著に増加して、細胞死が認められた(
図19)。以上より、ERAP1-peptideは作用機序の異なるタモキシフェンと併用することで、in vitro, in vivoの両方において抗腫瘍効果を顕著に促進することがわかった。
【0234】
[実施例5]配列の異なるペプチドによる乳癌細胞増殖抑制効果の検討
1. 材料と方法
上記実施例で用いたERAP1-peptideとは異なる配列を有するペプチドにおいても同様の効果が得られるか否かを確認するために、PHB2/REAとの結合部位と予測された3アミノ酸残基を含み、ERAP1-peptideとは配列の異なるERAP1-peptide-2(161-173アミノ酸残基:ATLSQMLSDLTLQ(配列番号:30))を作成した(
図20下図)。細胞増殖アッセイはCell-Counting Kit-8 (CCK-8、Dojindo, Kumamoto, Japan)を用いて評価した。まず、MCF-7細胞を10%FBSと1% antibiotic/antimycotic solutionを含有したフェノール・レッドを含まないDMEM/F12培地で48-ウェルプレートに2 × 10
4個/ウェルずつ播種してCO
2インキュベーターに放置後、各濃度のERAP1-peptide(165-177アミノ酸残基)又はERAP1-peptide-2(pep-1:161-173アミノ酸残基)を180μl添加し、引き続き100 nM E2を20μl添加して(終濃度10 nM)、24時間反応させた。反応液を除去後、10倍希釈したCCK-8溶液を各ウェルに125μlずつ添加し、CO
2インキュベーター内で1時間の呈色反応を行ったあと、各ウェルから100μlを96穴プレートに移して、マイクロプレートリーダーで450 nmの吸光度を測定した。
【0235】
2. 結果
ERAP1-peptideと同様ERAP1-peptide-2の投与においても、24時間まで容量依存的にE2依存性の細胞増殖抑制を認めた(
図20上図)。このことから、ERAP1-peptide-2においても上記実施例で解析を行ってきたERAP1-peptideと同様の機構により、乳癌細胞の細胞増殖抑制を引き起こすことが示唆された。また、ERAP1-peptideとERAP1-peptide-2との重複配列である165-173アミノ酸残基の配列(QMLSDLTLQ(配列番号:31))が乳癌細胞の細胞増殖抑制に関与することが示唆された。
【0236】
[実施例6]ERα陽性・ERAP1陰性乳癌細胞株におけるPHB2リン酸化の検討
1. 材料と方法
核/細胞質分画
PHB2の局在性を評価するために、ERα陽性・ERAP1陰性乳癌細胞株であるHCC1395細胞をERAP1-peptide及び/又はE2処理し、HCC1395細胞の細胞質及び核抽出物をNE-PER nuclear and cytoplasmic extraction reagent(Thermo Fisher Scientific)を用いて調製した。
【0237】
ERα陽性・ERAP1陰性乳癌細胞株HCC1395細胞に対するERAP1-peptideの効果
HCC1395細胞の増殖アッセイはCell-Counting Kit-8 (CCK-8、Dojindo, Kumamoto, Japan)を用いて評価した。まず、HCC1395細胞を10%FBSと1% antibiotic/antimycotic solutionを含有したフェノール・レッドを含まないRPMI培地で48-ウェルプレートに2 × 10
4個/ウェルずつ播種してCO
2インキュベーターに放置後、各濃度のERAP1-peptideを180μl添加し、引き続き100 nM E2を20μl添加して(終濃度10 nM)、96時間反応させた。反応液を除去後、10倍希釈したCCK-8溶液を各ウェルに125μlずつ添加し、CO
2インキュベーター内で1時間の呈色反応を行ったあと、各ウェルから100μlを96穴プレートに移して、マイクロプレートリーダーで450 nmの吸光度を測定した。
【0238】
ERAP1-peptide処理によるPHB2のリン酸化
MCF-7細胞およびHCC1395細胞を5μM ERAP1-peptideで処理し、その後直ちに1μM E2で24時間刺激した後、各処理の細胞から核画分を単離した。Normal IgG及びrec-Protein G Sepharose 4B(Zymed, San Francisco, CA, USA)を用いて、4℃で3時間、その核画分をプレクリーンして、遠心分離後、上清を抗ERα抗体の存在下で、4℃で6時間、インキュベートした。その後、rec-Protein G Sepharose 4Bを添加して4℃で1時間インキュベートすることにより、抗原−抗体複合体を沈降させた。免疫沈降されたタンパク質複合体を溶解バッファーで3回洗浄し、SDS-PAGEにより分離した。その後のウェスタンブロットによる各全タンパク質の検出には、抗ERα抗体及び抗PHB2抗体を用い、PHB2のリン酸の検出には、抗リン酸化チロシン抗体、抗リン酸化セリン抗体、及び抗リン酸化スレオニン抗体を用いた。
【0239】
PHB2の39位のセリン残基がERα転写活性に及ぼす影響
PHB2の39位のセリン残基をアラニンおよびグルタミン酸に変異させた発現ベクターコンストラクトを用いて、E2刺激がERE活性に及ぼす影響を検討した。FuGENE6トランスフェクション試薬によりCOS-7細胞にPHB2(又はPHB2変異ベクター)、ERα、ERE-ルシフェラーゼベクター、内部標準としてpRL-TKの各プラスミドをトランスフェクトして、6時間後に1μM E2で48時間刺激した。細胞をハーベストし、Promega dual luciferase reporter assay(Tokyo, Japan)を用いて、ルシフェラーゼ及びRenilla-ルシフェラーゼ活性を評価した。トランスフェクション効率を考慮して、全てのデータをRenilla-ルシフェラーゼ活性により標準化した。
【0240】
2. 結果
これまでの結果から、ERAP1は、ERαの標的遺伝子の1つとして、E2依存的にERαの活性化が誘導されるとその発現が亢進される、正のフィードバック機構により制御されている可能性が示された。さらに、ERAP1-peptideは、ERα陽性乳癌細胞におけるERAP1からのPHB2/REAの解離を誘導し、その結果、ERAP1の正のフィードバック機構を阻害し、あらゆるERα活性化機構を阻害して、細胞増殖抑制効果を導くことが確認された。しかしながら、ERAP1陰性であるER陽性乳癌細胞も存在し、そのような細胞におけるER標的遺伝子の発現亢進の機序はわかっていない。また、REA/PHB2は、上述の通り、ERに直接結合することで、その活性化を抑制する機能を有していることから、ERAP1陰性でER陽性の乳癌細胞におけるPHB2/REAのER抑制因子としての役割は不明である。そこで、ERAP1陰性ER陽性乳癌細胞株HCC1395細胞を用いて、PHB2の核内移行について、まず検討した(
図21)。
【0241】
HCC1395細胞では、E2処理のみにて、PHB2/REAの核内移行が認められ(
図21A)、さらに免疫沈降法により、核内でのERαとの結合が確認された(
図21B)。その際のERαの各共役因子のリクルートについて検討したところ、共役抑制因子であるNcoRと脱アセチル化酵素であるHDAC1は、E2処理の有無での量的な変化は認められなかったが、ERαとの結合は認められた。しかしながら、共役活性化因子であるSRC-1においては、どの条件においてもERαとの結合は認められなかった。
【0242】
以上の結果から、ERAP1陰性・ER陽性乳癌細胞であるHCC1395細胞においては、E2依存的にPHB2は核内移行して核ERαと直接結合し、共役抑制因子であるNcoRと脱アセチル化酵素であるHDAC1をリクルートすることがわかった。また、ERAP1-peptideによる細胞増殖に与える影響は認められなかった(
図21C)。しかしながら、このHCC1395細胞株はE2依存性の細胞増殖を認める(
図21C)ことから、PHB2/REAがERαを不活性化に導くメカニズムについて、PHB2/REAの翻訳後修飾、特にリン酸化に着目し、そのリン酸化の有無によってERα活性の抑制が制御されるという仮説を考えた。
【0243】
これまでにPHB2/REAのERα活性の抑制に重要な領域は、19-49アミノ酸及び150-174アミノ酸であることが報告されている(PNAS, 1999, 96, 6947-6952)。また、網羅的なリン酸化解析において、PHB2/REAは、39 番目のセリン、及び42番目のスレオニン残基がリン酸化されるという報告がある(JBC, 283, 4699-4713, 2008)。以上のことから、この39Sと42Tのリン酸化に着目して、以下の実験を行った。
【0244】
ER陽性・ERAP1陽性の乳癌細胞株MCF-7細胞では、E2存在下にて、ERAP1-peptide投与にて、PHB2とERαの核内での結合が認められ、さらに結合の認められたPHB2/REAにおいて、チロシン及びセリン残基のリン酸化が認められたが、スレオニン残基におけるリン酸化はほとんど認められなかった。一方、HCC1395細胞では、E2処理により核内移行し、ERαと結合したPHB2/REAにおいて、チロシン残基のリン酸化は認められたが、セリン残基のリン酸化は確認されなかった。これらの結果は、上述のPHB2/REAの活性抑制に重要な領域内にある39Sがリン酸化候補部位となることが示唆された。次に、正常型PHB2/REA、PHB2/REAの39Sをアラニンに置換した発現ベクターコンストラクト(S39A)、又は恒常的にリン酸化状態と類似した状態にすることができるグルタミン酸残基に置換した発現ベクターコンストラクト(S39E)を、ERα、ERE-ルシフェラーゼベクター、及び内部標準としてのpRL-TK の各ベクターと共にCOS-7細胞に一過性にトランスフェクトし、その後E2処理を行って、EREレポーター活性を調べた。その結果、正常型のPHB2/REAを導入した細胞では、ERαの活性は抑制されていたが、S39Aの変異コンストラクトを導入した細胞では、ERαの活性抑制は認められなかった。また、S39Eコンストラクトでも、ERαの活性抑制が認められた(
図22B) 。以上より、PHB2/REAのERαの活性の抑制には、その39番目のセリン残基のリン酸化が重要であり、ERAP1の発現していないER陽性乳癌細胞では、そのリン酸化が抑制されることによってPHB2/REAが不活性型になっていることが示唆された。
【0245】
[実施例7]ヒト乳癌細胞株及びヒト乳癌切除標本におけるERAP1とPHB2の発現
1. 材料と方法
乳癌細胞株におけるERAP1の発現解析
ヒトER陽性乳癌細胞株(KPL-3L、BT-474、ZR-75-1、YMB-1、T47D、HBC4、KPL-1)及び乳腺上皮細胞(MCF-10A)の細胞溶解物を、抗ERAP1抗体、抗PHB2抗体、抗ERα抗体を用いてイムノブロットした。
【0246】
ヒト乳癌切除標本におけるERAP1とPHB2の発現解析
103例のパラフィン包埋乳癌切除標本に対するERAP1及びPHB2/REAの発現を、抗ERAP1抗体(75倍希釈、7時間、4℃)及び抗PHB2抗体(300倍希釈、12時間、4℃)を用いた免疫組織染色により評価した。免疫染色による癌部の染色性の判定は、癌組織がまったく染色されない症例を陰性、並びに細胞質が淡く染色される症例を弱陽性, 癌組織がほぼ均一に強く染色される症例を強陽性とした。この免疫組織染色の結果は、病理医によって確認され、各症例の染色の強度については、3人の研究者が独立して評価した。ERAP1発現と各々の症例の無再発生存期間との相関関係は、Statview J-5.0を用いたKaplan-Meier法にて無再発生存曲線を作成し、Logrank検定により評価した。
【0247】
2. 結果
乳癌細胞株におけるERAP1の発現
ヒトER陽性乳癌細胞株のERAP1、PHB2、ERαの発現を検討した。ER陽性乳癌においては、HCC1395を除く細胞株全てでERAP1に発現を確認した(
図23及びCancer Science, 2009;100:1468-78)。
【0248】
ヒト乳癌切除標本におけるERAP1とPHB2の発現
乳癌切除標本において免疫組織染色により、ERAP1の発現を評価した。評価した103症例中、癌組織がまったく染色されない陰性(Negative)は24症例(23%)、細胞質が淡く染色される弱陽性(Weak)は59症例(57%)、癌組織がほぼ均一に強く染色される強陽性(Strong)は20症例(19%)であった(
図24A上図)。さらに、各々の症例をWeak(陰性症例と弱陽性症例)とStrong(強陽性)に分類して、ERAP1発現と無再発生存期間との相関関係をKaplan-Meier法にて作成した無再発生存曲線により評価した。その結果、ERAP1の発現と無再発生存期間とは有意な相関が認められた(
図24A下図)。
また、PHB2の発現も同様に免疫組織染色により評価したところ、調査した乳癌切除標本のほぼ全例で、強陽性(Strong)であった(
図24B)。
【0249】
[実施例8]ヒト乳癌細胞におけるERAP1ペプチドの作用メカニズムの検討
1. 材料と方法
細胞株
ヒト乳癌細胞株(MCF-7、ZR-75-1、BT-474、T47D、HCC1395)はAmerican Type Culture Collection(ATCC, Rockville, MD, USA)から購入した。KPL-3Cは、物質移動合意書の下で、紅林淳一博士(川崎医科大学, 岡山, 日本)から提供された。HEK293Tは理化学研究所(茨城,日本)から購入した。全ての細胞株は、それぞれの寄託者の推奨する条件下で培養された。
【0250】
細胞の処理
MCF-7細胞を10% FBS(Nichirei Biosciences, Tokyo, Japan)、1% antibiotic/antimycotic solution(Invitrogen)、0.1 mM NEAA(Invitrogen)、1 mMピルビン酸ナトリウムおよび10μg/mlインスリン(Sigma, St. Louis, MO, USA)で強化されたMEM(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)に懸濁し、24ウェルプレート(1 × 10
5 cells/1 ml)、6ウェルプレート(5 × 10
5 cells/2 ml)又は 10 cm dish (2 × 10
6 cells/10 ml)に播種した。細胞は、5%二酸化炭素を含む加湿の大気において、37℃で維持された。播種した次の日に、培地を、FBS、antibiotic/antimycotic solution, NEAA, ピルビン酸ナトリウムおよびインスリンで強化したフェノールレッドフリーのDMEM/F12(Invitrogen)に交換した。24時間後に、細胞を10 nM 17βエストラジオール(E2, Sigma)で処理した。阻害試験では、ERAP1-peptideはE2刺激の直前に添加した。
ルシフェラーゼレポーターアッセイ
HEK293T細胞に市販のEREレポーター(SABiosciences, Frederick, MD, USA)およびPP1α遺伝子のEREレポーター(5'上流のEREモチーフと5'上流とイントロン2のEREモチーフからなるタンデム配列)と内部標準としてpRL-TKをトランスフェクトした。トランスフェクションから16時間後、培地をアッセイ培地(Opti-MEM、10% FBS)に交換した。トランスフェクションから24時間後、細胞を10 nM E2で24時間処理し、細胞をハーベストしてPromega dual luciferase reporter assay(Tokyo, Japan)によりルシフェラーゼおよびRenilla-ルシフェラーゼ活性を評価した。トランスフェクション効率を考慮して、全てのデータをRenilla-ルシフェラーゼ活性により標準化した。
【0251】
ウェスタンブロット解析
細胞を、0.1% protease inhibitor cocktail III(Calbiochem, San Diego, CA, USA)を含む溶解緩衝液(50 mM Tris-HCl: pH 8.0, 150 mM NaCl, 0.1% NP-40, 0.5% CHAPS)で溶解した。細胞溶解物を電気泳動し、ニトロセルロースメンブレンにブロットし、4% BlockAce solution(Dainippon Pharmaceutical, Osaka, Japan)で1時間ブロッキングした。メンブレンを、以下の抗体の存在下で1時間インキュベートした:
抗β-actin (AC-15)抗体(Sigma);
抗ERAP1精製抗体(抗hA7322 (His13))(Sigma);
抗FLAG-tag M2抗体 (Sigma);
抗 HA-tag抗体 (Roche, Mannheim, Germany);
抗PHB2/REA抗体(Abcam, Cambridge, UK);
抗ERα(AER314)抗体(Thermo Fisher Scientific, Fremont, CA, USA);
抗α/β-tubulin抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗Akt(PKB)抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗リン酸化Akt抗体(Ser473)(587F11)(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗p44/42 Map Kinase抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗リン酸化p44/42 Map Kinase抗体(Thr202/Tyr204)(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗PP2A A subunit抗体(81G5)(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA );
抗Lamin B抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);
抗PKA IIα reg抗体(C-20) (Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);又は
抗PP1抗体(FL-18)(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA) 。
【0252】
あるいは、メンブレンを、以下の抗体の存在下で一晩インキュベートした:
抗リン酸化PHB2/REA精製抗体(Ser39)(Scrum,Tokyo,Japan);
抗リン酸化チロシン抗体(Zymed, San Francisco, CA, USA);
抗リン酸化セリン抗体(Zymed, San Francisco, CA, USA);又は
抗リン酸化スレオニン抗体(Zymed, San Francisco, CA, USA)。
【0253】
HRP-結合二次抗体(Santa Cruz Biotechnology)の存在下で1時間インキュベートした後、メンブレンを、enhanced chemiluminescence system(GE Healthcare, Buckinghamshire, UK)で展開した。ブロットは、Image Reader LAS-3000 mini(Fujifilm, Tokyo, Japan)を用いてスキャンした。
【0254】
免疫沈降
「ウェスタンブロット解析」の項で述べたように、細胞を0.1% NP-40溶解緩衝液で溶解した。Normal IgGおよびrec-Protein G Sepharose 4B(Zymed, San Francisco, CA, USA)を用いて、4℃で3時間、細胞溶解物をプレクリーンした。遠心分離後、上清を抗ERAP1精製抗体、抗PHB2/REA抗体、抗ERα抗体および抗FLAG-tag M2抗体の存在下で、4℃で6時間、インキュベートした。その後、rec-Protein G Sepharose 4Bの存在下で、4℃で1時間、インキュベートすることにより、抗原−抗体複合体を沈降させた。免疫沈降されたタンパク質複合体を溶解緩衝液で3回洗浄し、SDS-PAGEにより分離した。その後、ウェスタンブロット解析を行った。
【0255】
核と細胞質の分画
PHB2/REAの局在性とリン酸化を評価するために、MCF-7細胞の核および細胞質抽出物を使用してrec-protein G sepharose存在下で抗PHB2/REA抗体を用いた免疫沈降を行った。核および細胞質抽出物は、NE-PER nuclear and cytoplasmic extraction reagent(Thermo Fisher Scientific)を用いて調製した。
【0256】
免疫細胞化学的染色
MCF-7細胞を5 ×10
4 cells/wellで8ウェルチャンバー(Laboratory-Tek II Chamber Slide System, Nalgen Nunc International, Naperville, IL, USA)に播種し、エストロゲンフリーの条件下で、24時間培養した。MCF-7細胞をERAP1-peptideおよびλ-ホスファターゼと10 nM E2に曝露してから24時間後、4%パラホルムアルデヒドで4℃、30分間処理することにより細胞を固定し、0.1% Triton X-100で2分間処理することで細胞を透過性にした。その後、3% BSAで細胞を被覆して非特異的ハイブリダイゼーションをブロックし、抗PHB2/REA抗体および抗リン酸化PHB2/REA抗体(Ser39)の存在下で、さらに1時間、細胞をインキュベートした。PBSで洗浄後、Alexa 594およびAlexa 488結合抗ウサギ抗体(Molecular Probe, Eugene, OR, USA)の存在下で1時間インキュベートすることにより、細胞を染色した。核は、4,6-diamidine-2'-phenylindole dihydrochloride(DAPI, Vectashield, Vector Laboratories, Burlingame, CA, USA)でカウンター染色した。蛍光像はオリンパスIX71顕微鏡(Tokyo,Japan)の下で得た。
【0257】
in vivo腫瘍増殖阻害
KPL-3C細胞懸濁液(1 × 10
7 cells/mouse)を等量のMatrigel(BD)と混合し、6週齢メスBALB/cヌードマウス(CLEA Japan, Tokyo, Japan)の乳房脂肪体に注射した。マウスは、12時間明期/12時間暗期のサイクルで、無菌の隔離施設で飼育し、げっ歯類飼料と水を自由給餌した。腫瘍は、50〜80 mm
3(1/2×(幅×長さ
2)として算出)のサイズに達するまで1週間にわたって発育させた。その後、マウスを9つの処理群(5個体/群):無処理群、6μg/day のE2処理群、E2 + 0.28 mg/day のERAP1-peptide処理群、E2 + 0.7 mg/day のERAP1-peptide処理群、E2 + 1.4 mg/day のERAP1-peptide処理群、E2 + 0.28 mg/dayのERAP1-scramble peptide処理群、E2 + 0.7 mg/dayのERAP1-scramble peptide処理群、E2 + 1.4 mg/dayのERAP1-scramble peptide処理群、E2 + 83 μg/dayのタモキシフェン処理群に無作為に分けた。マウスは、頚部皮膚への6μg/dayのE2溶液(100μl:2.2x10
-4 M)で毎日処理した。ERAP1-peptide又はERAP1-scramble peptideは、0.28、0.7、又は1.4 mg/day(14、35、70 mg/kg)での腹腔内注射により、毎日マウスに投与した。タモキシフェンもまた4 mg/kgの用量で、毎日マウスに腹腔内投与した。腫瘍体積は、ノギスを用いて2週間にわたって測定した。試験終了時に動物を安楽死させ、PHB2/REAのセリン・リン酸化を評価するために腫瘍を摘出し、液体窒素下で粉砕してウェスタンブロットに供した。全ての試験を徳島大学の動物施設の指針に従って行った。
【0258】
PP1αホスファターゼ活性
PP1αのホスファターゼ活性は、Protein Phosphatase Assay Kit(AnaSpec, Fremont, CA, USA)を用いて測定した。MCF-7細胞をE2およびERAP1-peptideで24時間処理した後、細胞溶解液を抗PP1α抗体で免疫沈降し、免疫沈降された細胞抽出物を基質(p-Nitrophenyl phosphate)と室温で60分間インキュベートした後、反応を停止させ、405 nmの吸光度を測定した。PP1α活性(μmole/min)は、1分間当たり1μmoleの基質を触媒する酵素量として定義した。
【0259】
リアルタイムPCR
リアルタイムPCRによりPP1αの発現を評価した。E2処理された細胞からRNeasy Mini purification kit(Qiagen)を用いて全RNAを抽出し、Superscript II reverse transcriptase(Invitrogen)、oligo dT primer (Invitrogen)および25 mM dNTP Mixture(Invitrogen)を用いてcDNAに逆転写した。SYBR(登録商標) Premix Ex Taq(Takara Bio, Shiga, Japan)を用いた500 Real Time PCR System(Applied Biosystems)でのリアルタイムPCRによりcDNAを解析した。各サンプルは、β2-MGのmRNA含量で標準化した。増幅のために使用したプライマーは以下の通りである;PP1α:5'-ACTATGTGGACAGGGGCAAG-3' (配列番号:58)と5'-CAGGCAGTTGAAGCAGTCAG-3' (配列番号:59)、β2-MG:5'-AACTTAGAGGTGGGGAGCAG-3' (配列番号:21)と5'-CACAACCATGCCTTACTTTATC-3' (配列番号:22)。
【0260】
ChIPアッセイ
EZ-ChIP(Millipore, Billerica, MA, USA)を用いてChIP解析を行った。MCF-7細胞を10 nM E2で24時間処理後、37%ホルムアルテヒドで固定し、溶解緩衝液に再懸濁して、Microson XL-2000(Misonix, Farmingdale, NY, USA)により10秒x10で超音波破砕した。上清をプロテインGアガロースビーズでプレクリアし、1% インプットを回収した。抗ERα抗体およびマウスIgGを用いて免疫沈降(各1 x10
6 cells)を行い(一晩、4℃)、DNA-タンパク質複合体をプロテインGアガロースビーズでプルダウンした(1時間、4℃)。洗浄後、免疫沈降物を溶出緩衝液に再懸濁し、架橋を解除するために65℃で5時間、インキュベートし、付属の精製カラムを用いて精製した。DNA断片は28サイクルのPCRによって検出した。PP1αゲノムのERE領域に対するプライマーは、-726/-704:5'-TCAAAAGCTAATTATGGGGC-3' (配列番号:60) と5'-TCAAGCGATTCTCCTGCCTCA-3' (配列番号:61)、+1851/+1873:5'-GAGATCCGCGGTCTGTGCCTG-3' (配列番号:62)と5'-CAGGACTGCGCTCAAGGGAGG-3' (配列番号:63)、+1936/+1959:5'-CACTGGACCCCACAGAGTTCC-3' (配列番号:64)と5'-TAGTTGCTCTCGGGAGGGAAA-3' (配列番号:65)を用いた。
【0261】
2DICAL
MCF-7細胞を10μM ERAP1-peptideおよびERAP1-scramble peptideで処理し、直ちに10 nM E2で刺激した後、メタノールで固定した。減圧乾燥後、2% デオキシコール酸ナトリウムと5 M 尿素の存在下で37℃、20時間トリプシン処理した。酢酸エチルでタンパク質を抽出して、減圧乾燥後、2DICAL(2 Dimentional Image Converted Analysis of LCMS)に供した。2DICALは超低速の液体クロマトグラフィーと質量分析で経時的に得られるスペクトラムをデジタル処理し、質量電荷比(m/z)、保持時間の2軸を持つ平面に描出するプロテオーム解析法である。データは0時間での値に対する比率を算出した。
【0262】
マイクロアレイ
MCF-7細胞を10μM ERAP1-peptideで処理し、直ちに10 nM E2で刺激した後、RNAを抽出した。Low Input Quick Amp Labeling Kit(Agilent Technologies, Loveland, CO, USA)によりCy3ラベル化cRNAを合成してカスタム・マイクロアレイと65℃で17時間ハイブリダイゼーションした。マイクロアレイを洗浄後、マイクロアレイスキャナ(Agilent)で計測し、Future Extractionソフトウェア(Agilent)により数値化した。データはGeneSpringソフトウェア(Agilent)により統計解析し、0時間での値に対する比率を算出した。
【0263】
ビアコア
PHB2/REAとERAP1-peptideの結合を評価するため、アミンカップリングにより6xHisタグ化組換えPHB2/REAタンパク質をセンサーチップ(CM5)に固定化した後、ビアコア3000(GE Healthcare, Tokyo, Japan)にセットし、各濃度のHAタグ化ERAP1-peptideをインジェクションした。解離速度定数はBIAevaluationソフトウェア(GE Healthcare)により算出した。
【0264】
蛍光相互相関分光法
PHB2/REAとERAP1-peptideの結合を評価するため、10 nMのFITCタグ化ERAP1-peptideおよびFITCタグ化ERAP1-scramble peptideと6xHisタグ化組換えPHB2/REAタンパク質を1時間反応させた後、FlucDeux装置(MBL, Tokyo, Japan)を用いてFITC蛍光を測定し、PHB2/REAタンパク質に結合したERAP1-peptideの割合を算出した。
【0265】
抗ERAP1モノクローナル抗体の精製
ヒトERAP1の部分配列(残基459-572aa)をラット(WKY/Izm、10週齢、雌)に感作させ、2週間後に腸骨リンパ節からリンパ球を回収し、SP2マウスのミエローマと細胞融合してハイブリドーマを培養した。ハイブリドーマによって産生・スクリーニングされた抗体をマウス腹水から回収し、陽イオン交換クロマトグラフィー(HiTrap SP HPカラム)により精製した。
【0266】
抗リン酸化PHB2/REA(S39)抗体の精製
ヒトPHB2/REAのSer39特異的抗リン酸化抗体を調製するため、ペプチド抗原(C+(PEG Spacer)+YGVRE pS VFTVE)を合成し、KLHにコンジュゲーションして、2週間毎に5回ウサギに感作した。2か月後、全採血して抗血清を調製して、リン酸化アフィニティーで抗リン酸化PHB2/REA(S39)抗体を精製した。
【0267】
細胞増殖アッセイ
Cell-Counting Kit-8(CCK-8, Dojindo, Kumamoto, Japan)を用いて細胞増殖アッセイを行った。細胞をハーベストし、2 × 10
4 cells/wellで48ウェルプレートにプレートし、加湿化されたインキュベーター(37℃)で維持した。指示された時点で、10倍希釈したCCK-8溶液を添加して1時間インキュベートし、450nmの吸光度を測定して生存細胞の数を計算した。
統計解析
試験群間の差異の統計的有意性を決定するためにスチューデントのt検定を使用し、P値 < 0.05で有意とみなした。
【0268】
2. 結果
PHB2/REAのSer39のリン酸化によるERα転写活性の抑制
PHB2/REAのERαの活性の抑制には、その39番目のセリン残基(Ser39)のリン酸化が重要であること(
図22)を、上述の作製した抗PHB2/REA-Ser39特異的ポリクローナルリン酸化抗体を用いて、検証を行った。正常型PHB2/REA の39Sをアラニン(Ala)に置換した変異型発現ベクターコンストラクト(S39A)、又は恒常的にリン酸化状態と類似した状態にすることができるグルタミン酸残基に置換した発現ベクターコンストラクト(S39E)を、ERα、ERE-ルシフェラーゼベクターおよび内部標準としてのpRL-TK の各ベクターと共にHEK293T細胞に一過性にトランスフェクトし、その後E2処理を行って、EREレポーター活性を調べた。その結果、
図22と同様に、正常型のPHB2/REAを導入した細胞では、ERαの活性は抑制されていたが(WT)、S39Aの変異コンストラクトを導入した細胞では、ERαの活性抑制は認められなかった(S39A)。また、S39Eコンストラクトでも、ERαの活性抑制が認められた(
図25A)。 続いて、抗PHB2/REA-Ser39リン酸化抗体を用いて、PHB2/REA のリン酸化状態を調べた。その結果、正常型のPHB2/REAを導入した細胞でのみPHB2/REA のSer39のリン酸化が認められたが、他のコンストラクトを導入した細胞では認められなかった(
図25B)。また、PHB2/REAのSer39リン酸化とE2依存的非ゲノム的ER活性化経路の抑制について調べたところ、正常型のPHB2/REAを導入した細胞でのみ,E2依存的にAkt, MAPK(T201/Y204)のリン酸化の減弱が認められたが、他のコンストラクトを導入した細胞では認められなかった(
図25C)。以上の結果から、PHB2/REAのE2依存的ゲノム的および非ゲノム的ER活性化経路の抑制活性には、そのSer39リン酸化が重要であることが明らかとなった。
【0269】
核に移行したPHB2/REAのSer39リン酸化の検討
次に、MCF-7細胞をE2およびERAP1-peptideで処理後、細胞質画分と核画分の画分を回収し、それらにおけるPHB2/REAのリン酸化状態を調べた。その結果、ERAP1-peptideにより核に移行したPHB2/REAはSer39のリン酸化を認め、さらに細胞質に残存したPHB2/REAにおいても同様にSer39のリン酸化が確認された(
図26A)。続いて、ERAP1-peptide処理により遊離した内在性PHB2/REAのセリン残基のリン酸化の継時的な変化を調べた。その結果、ERAP1-peptide 投与後1時間から24時間まで持続してE2依存的PHB2/REAのSerリン酸化が認められた(
図26B)。さらに、免疫細胞染色によりリン酸化された内在性PHB2/REAの局在についても調べたところ、 MCF-7細胞にてERAP1-peptide投与後、速やかに内在性PHB2/REAの核内移行が認められ、Ser39のリン酸化が認められた(
図26C)。また、細胞質PHB2/REAにおいても、同様にERAP1-peptide 投与により抗Ser39リン酸化抗体にて検出された。この蛍光シグナルは、λホスファターゼ処理より消失したことから、ERAP1-peptideによりERAP1から解離された核および細胞質に局在するPHB2/REAはリン酸化されていることがわかった。続いて、ERAP1特異的siRNAによりERAP1をknockdownした際のPHB2/REAのリン酸化について調べた。その結果、ERAP1の発現抑制により、核および細胞質においてPHB2/REAのSer39にてリン酸化が認められ(
図26D)、その際のERα標的遺伝子であるCCND1、TFF1およびc-MycのE2依存性の発現亢進が有意に抑制されていることがわかった(
図26E)。以上より、ERAP1から解放されたPHB2/REAは核および細胞質においてそのSer39がリン酸化されることが明らかとなった。
【0270】
ERAP1-peptideによるin vivoにおけるPHB2/REAのSer39リン酸化の検討
ERAP1-peptideを投与したマウスの腫瘍を用いて、それらにおけるPHB2/REAのSer39リン酸状態を調べた。その結果、ERAP1-peptideを投与した腫瘍ではPHB2/REAのSer39のリン酸化が確認されたのに対して、ERAP1-scramble peptideを投与した腫瘍ではE2のみを投与した腫瘍と同様に、PHB2/REAのリン酸化は認められなかった(
図27A)。以上から、in vivoにおいても腫瘍抑制にはPHB2/REAのSer39リン酸が重要であることがわかった。
タモキシフェン耐性乳癌におけるERAP1-peptideのin vivo抗腫瘍効果の検討
続いて、タモキシフェン耐性乳癌細胞株(Tam-R MCF-7)のBALB/cヌードマウスの乳腺への同所性移植モデルを用いて、ERAP1-peptideによる抗腫瘍効果についても検討を行った。E2依存性乳癌の増殖はERAP1-peptideの投与(3.5, 7, 14 mg/kg)によって抗腫瘍効果が認められたが、ERAP1-scramble-peptide(14 mg/kg)では認められなかった(
図27B)。以上より、ERAP1-peptideは、タモキシフェン耐性乳癌においてもin vivoにて顕著な抗腫瘍効果を発揮することがわかった。
【0271】
ERAP1とPP1αの相互作用の検討
脱リン酸化酵素であるPP1α(protein phosphatase 1α)の結合タンパク質の探索研究からin vitro GST-pull downアッセイ法にてPP1αはKIAA1244(ERAP1の別名)の部分長と結合することおよびERAP1の1228-1232アミノ酸残基にPP1αの結合モチーフ(KAVSF)が保存されていることが報告されていた(Chem. Biol., 16, 365, 2009)。このことから、まず乳癌細胞MCF-7における内在性PP1αとERAP1の相互作用を検証した。その結果、E2の有無にかかわらず、内在性ERAP1と内在性PP1αの結合が確認され、さらにPHB2/REAの結合も認められた(
図28A)。次に、PP1α結合モチーフを欠損したERAP1コンストラクト (FLAG-ERAP1-ΔPP1α) を作製し、PP1αとの結合を検討した。その結果、WT-ERAP1コンストラクトと内在性PP1αとの結合は確認されたが、1228-1232aa(KAVSF)を欠失させたERAP1コンストラクト(ΔPP1α)では、結合が認められなかった(
図28B)。次に、MCF-7細胞において、siRNAを用いた内在性PP1αの発現抑制によるERAP1、PHB2/REA、ERαそれぞれの相互作用に与える影響を調べた。その結果、興味深いことに、PP1α発現抑制したMCF-7細胞の細胞質画分において、ERAP1とERαの結合が認められたが、ERAP1-peptide処理した時に、ERαとPHB2/REAの結合が確認された(
図28C)。一方、核画分においては、これまでの報告通り、ERAP1-peptide処理した時にのみ、ERαとPHB2/REAの結合が確認された(
図28C)。続いて、siRNAによるERAP1の発現抑制の際における相互作用についても検討した結果、PHB2/REAとPP1αの相互作用は確認できなかった(
図28D)。以上のことから、ERAP1はPP1αとPHB2/REAそれぞれと直接結合するが、PHB2/REAはERAP1を介してPP1αと間接的に結合することがわかった。
【0272】
ERAP1とPP1αの結合阻害のPHB2/REA(S39)リン酸化への影響
次に、PP1αの発現抑制におけるPHB2/REA(S39)のリン酸化への影響を調べた。その結果、 コントロールであるsiEGFP処理をした細胞に比して、siPP1α処理をした細胞ではE2依存的なPHB2/REAの(Ser39)のリン酸化の顕著な亢進を認めた(
図29A)。次に、PP1α結合領域を欠失したERAP1コンストラクト(ΔPP1α)の発現によるPHB2/REA(Ser39)のリン酸化への影響も検討した。WT-ERAP1コンストラクトを導入した細胞に比べて、ΔPP1αコンストラクトを導入した細胞では、明らかなE2依存性の内在性PHB2/REA(Ser39)のリン酸化の亢進を認めた (
図29B)。続いて、PP1α結合モチーフを有する細胞膜透過性ERAP1ドミナントネガティブペプチド(ERAP1/PP1α-Peptide)を合成し、MCF-7細胞に導入した際のERAP1-PP1α相互作用および内在性PHB2/REA(Ser39)のリン酸化に与える影響を調べた。その結果、細胞膜透過性ERAP1ドミナントネガティブペプチド投与により、E2依存的にERAP1-PP1αの結合の阻害が確認され、さらに、このドミナントネガティブペプチドを導入した際に、顕著な内在性PHB2/REA(Ser39)のリン酸化を認めた(
図29C)。以上の結果から、ERAP1とPP1αの結合阻害は、E2依存的な内在性PHB2/REA(S39)のリン酸化を誘導することが明らかとなった。
【0273】
ERAP1リン酸化のPP1αホスファターゼ活性への影響
次に、ERAP1とPP1αのホスファターゼ活性の関係について検討した。MCF-7細胞において、siRNA法によりERAP1またはPP1αの発現をそれぞれ抑制した際の、ホスファターゼ活性を調べたところ、ERAP1発現の抑制された細胞において顕著なホスファターゼ活性の上昇が確認された(
図30A)。続いて、このERAP1によるPP1αのホスファターゼ活性阻害効果を検証するために、ERAP1の過剰発現がPP1αホスファターゼ活性に及ぼす影響を調べた。ERAP1コンストラクト(0.5、1.0、2.0μg)およびPP1α結合領域欠失ERAP1コンストラクト(ΔPP1α:2.0μg)をHEK293T細胞にトランスフェクトし、抗PP1α抗体を用いて免疫沈降後にホスファターゼ活性を調べた。その結果、ERAP1の発現量の増加に伴い、PP1α活性の低下が確認された(
図30B)。次に、エストロゲン刺激によるPP1α活性への影響を検討した。MCF-7細胞を10 nM E2で6、12、24時間刺激した後にホスファターゼ活性を調べたところ、E2処理6時間にはPP1αホスファターゼ活性の亢進が確認された(
図30C)。
以上の結果から、1)ERAP1はPP1αと結合することで、PP1αのホスファターゼ活性を抑制するnegative regulatorであること、2)PHB2/REA はPP1αの調節ユニットであるERAP1と結合することで、そのSer39のリン酸化が脱リン酸化されることが明らかとなった。しかしながら、これらの結果は相反することから、この疑問点を解決するために、本発明者らはE2刺激によって、ERAP1のPP1αのホスファターゼ活性阻害活性が阻害されるのではないかと仮説をたて、まずE2刺激によるERAP1のリン酸化に着目した。ERAP1高発現細胞株であるMCF-7細胞において、10 nM E2で24時間刺激後に、各抗リン酸化抗体を用いてイムノブロット解析を行った。その結果、ERAP1はE2依存的にセリン、スレオニン、チロシン残基においてリン酸化されることがわかった(
図30D)。以上のことから、E2刺激によってERAP1はリン酸化され、その結果PP1αのホスファターゼ活性抑制機能が抑えられることにより、PP1αのホスファターゼ活性が亢進するという可能性が示唆された。
【0274】
PP1α活性を介したPKAとPKBによるERAP1リン酸化によるPHB2/REA(S39)のリン酸化制御の検討
続いて、ERAP1をリン酸化するキナーゼについて検討した。ERAP1のファミー分子であるBIG1,BIG2はPKAおよびprotein phosphataseと複合体を形成することで、AKAPタンパク質の1つとして機能することが報告されていたこと(Proc Natl Acad Sci U S A. 2003 Feb 18;100(4):1627-32. Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Feb 21;103(8):2683-8. Genes to Cells 11, 949-959, 2006; Journal of Biological chemistry 283, 25364-25371; Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Feb 27;104(9):3201-6; Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Apr 14;106(15):6158-63)から、ERAP1も同様にAKAP様タンパク質として機能する可能性を考えた。そこで、ERAP1とPKAとの結合を検討した。MCF-7細胞を10 nM E2で24時間刺激した後、抗ERAP1抗体による免疫沈降によって結合を調べたところ、内在性ERAP1と内在性PKAとの結合が認められた(
図30E)。また、多くのAKAPタンパク質において結合が同定されているPKBについても同様に検討したところ、内在性ERAP1と内在性PKBの結合も確認された(
図30E)。次に、siRNA法によりPKA、PKBをそれぞれ発現抑制した際のPP1αホスファターゼ活性に与える影響を調べたところ、E2依存性のホスファターゼ活性の亢進の有意な抑制が確認された(
図31A)。 続いて、ERAP1とPHB2/REAのリン酸化状態を検討した。コントロールであるsiEGFPをトランスフェクトした細胞では、E2処理によりERAP1のセリン、スレオニン残基のリン酸化が認められ、さらにERAP1-peptide処理した細胞では、PHB2/REAのSer39のリン酸化が認められた。一方、PKAを発現抑制した細胞では、ERAP1のセリン残基のリン酸化の消失がERAP1-peptide処理の有無に関係なく認められ、さらにE2処理後のPHB2/REAのser39のリン酸化も確認された(
図31B)。また、PKBを発現抑制した細胞においては、ERAP1のセリン残基のリン酸化に関しては変化が認められなかったが、スレオニン残基に関してリン酸化の顕著な減少が認められた。一方、E2処理によりPHB2/REAのSer39のリン酸化が回復を示したが、ERAP1のセリン、スレオニン残基のリン酸化にはほとんど影響がなかった(
図31B)。次に、PKA阻害剤であるH-89化合物によるPKA活性阻害がERAP1とPHB2/REAのリン酸化に与える影響についても検討した。MCF-7細胞をH-89で処理後にERAP1とPHB2/REAのリン酸化を調べた結果、ERAP1のセリンおよびチロシン残基のリン酸化は、0.5μMで顕著な減少象を認め、またスレオニン残基のリン酸化についても容量依存的に減少認めた(
図31C)。それに対して、PHB2/REAのSer39のリン酸化についてはH-89未処理の細胞では、ERAP1-peptide処理した時のみ認められたが、E2刺激ありのH-89処理した細胞では顕著な回復が認められた(
図31C)。非常に興味深いことに、ERAP1-peptide投与したことにより、ERAP1とPHB2/REAの結合が阻害された場合においては、Ser39リン酸化のH-89容量依存的な減少が認められ、特に、20μM H-89処理した細胞では、そのリン酸化の完全な消失が認められた(
図31C)。この結果は、H-89の非特異的なリン酸化阻害の可能性を示している。
【0275】
次に PKA阻害の特異性を検討するために、siRNAによるPKAの特異的発現抑制とH-89処理によるERAP1のセリン・リン酸化およびPHB2/REA(S39)のリン酸化に与える影響の比較を行った。siRNA法によりPKAを発現抑制したMCF-7細胞またはH-89処理したMCF-7細胞を用いて調べた結果、siPKAをトランスフェクトした細胞では、E2刺激の有無にかかわらず、ERAP1のセリン残基のリン酸化が全く認められなかった。一方、H-89処理細胞では、低濃度においてE2処理後にERAP1のリン酸化の回復が検出されるのに対して、H-89の容量増加に伴い、そのリン酸化の消失が確認された(
図31D)。また、PHB2/REAのリン酸化については、siPKA処理細胞ではE2処理した時にその回復が認められた。それに対して、H-89処理細胞においては、低濃度の際にはsiPKA処理と同様にリン酸化の回復が確認されたが、H-89の容量増加に伴い、PHB2/REAのSer39リン酸化についても減少した(
図31D)。H-89は、これまでにPKA以外のキナーゼにも作用することが報告されており(Science signaling 1, re4,2008)、今回の結果もPKA以外の非特異的なキナーゼ阻害による可能性が示唆された。次に、PP1αの阻害剤であるオカダ酸処理によるPHB2/REAのリン酸化およびAkt, MAPKのリン酸化への影響を調べた。MCF-7細胞にてPHB2/REAのSer39リン酸化は、オカダ酸のPP1αのIC50値である20nMで処理した際にE2依存性のPHB2/REAのリン酸化の回復が認められたが、40nMではそのリン酸化の減弱が確認された(
図31E)。この現象も、オカダ酸のPP1α以外の非特異的な活性阻害による可能性が示唆される。
次に、PHB2/REAをリン酸化するキナーゼの同定を試みた。上述の結果から、40nMオカダ酸処理によりPHB2/REAのリン酸化の消失が確認されたこと、および、オカダ酸はPKC活性を阻害することが報告されていたこと、さらに、PHB2/REAのSer39近傍の配列がPKA、PKCαに関しても高度に保存されていたこと、PKCαが乳癌で高発現していることから、PHB2/REAをリン酸化するキナーゼとして、PKCαを候補として以下の実験を行った。siRNA法によりPKCαを発現抑制したMCF-7細胞をE2およびERAP1-peptideで処理後に、細胞質画分と核画分に分画してイムノブロット解析を行った。その結果、E2およびERAP1-peptide処理した細胞の核内および細胞質において、PHB2/REAのSer39のリン酸化の顕著な減少が認められた(
図31F)。以上より、PKCαがREA(S39)をリン酸化する可能性が示唆された。以上の結果より、PKAはERAP1のセリン残基をリン酸化し、その結果、PP1αのホスファターゼ活性を亢進することによって、PP1α-ERAP1複合体に結合するPHB2/REAのSer39が脱リン酸化されることが示唆された。
【0276】
PP1αがERαの標的遺伝子であるかの検討
PP1αがERAP1の触媒ユニットとしての機能をもつことから、乳癌細胞において、ERAP1と同様にPP1αもERα標的遺伝子の1つではないかとの仮説をたてて、以下の実験を行った。ER陽性細胞株であるMCF-7細胞、ZR-75-1 細胞、T47D細胞およびBT-474細胞において、E2にて24時間刺激後のPP1αのタンパク質レベルおよびmRNAレベル発現をウェスタンブロットおよびリアルタイムPCRにより調べた(
図32A, B)。その結果、タンパク質レベル(
図32A)およびmRNAレベル(
図32B)共に、すべての細胞株おいてE2依存的なPP1αの発現亢進を認めた。次に、PP1α遺伝子(PPP1CA)上にERE(estrogen responsible element、E2応答性配列:AGGTCAnnnTGACCT)が存在するかをGenomatixソフトウェア(Genomatix Software, Munchen, Germany)によって検索したところ、3箇所にて保存されたERE配列を確認した(
図32C)。次に、ERαがこの予測ERE配列に直接結合するかどうかをERα抗体を用いたクロマチン免疫沈降法(ChIP法)にて調べた。その結果、翻訳開始点から-726から-704を含む領域と+1936から+1959を含む領域にて結合が認められた(
図32D)が、+1851から+1873の領域では結合は認められなかった(
図32D)。この予測された-726から-704を含む領域を5'-EREコンストラクトと、5'-EREと+1936から+1959の領域のタンデムからなる発現ベクターコンストラクト(5'-ERE and intron2 ERE)コンストラクトをそれぞれ作製し、ルシフェラーゼレポーター活性調べた(
図32E)。その結果、5'-EREコンストラクトを導入した細胞では、コントロールに比して3倍の亢進を認め、さらに5'-ERE and intron2 EREコンストラクトでは5倍の亢進を認めた。以上より、PP1αはERAP1と同様に、ERαの標的遺伝子の1つであり、E2依存的にERαの活性化が誘導されるとその発現が亢進される、正のフィードバック機構により制御されていることが示唆された。
【0277】
ERAP1-peptide処理がエストロゲン刺激によるタンパク質および遺伝子発現亢進に及ぼす影響
これまでの結果から、ERAP1-peptideは、ER陽性細胞においてE2依存性のERゲノム的活性化経路と非ゲノム的活性化経路を抑制することを証明した。しかし、これまでは既知のER活性化経路への影響に関してのみを着目していたが、ゲノムワイドにどのような遺伝子、タンパク質の発現に影響するかは不明であった。そこで、E2およびERAP1-peptide投与後のMCF-7細胞において、mRNAおよびタンパク質の発現をマイクロアレイ・プロテオーム解析にて調べた。MCF-7細胞をERAP1-peptideまたはERAP1-scramble-peptide(scrPeptide)で処理し、当該処理1時間後の細胞を回収し、実験に供試した。その結果、興味深いことに、ERAP1-pepitde投与により、E2またはE2+ ERAP1-scramble-peptide投与時の発現変動に比較して、多くのタンパク質(
図33A)およびmRNA(
図33B)の有意な減少がゲノムワイドに認められた。さらに、表1に示すとおり、ERAP1-peptide処理後わずか1時間で、既知のエストロゲン応答遺伝子やER標的遺伝子をはじめ、これまでに報告ない多くの遺伝子の発現が抑制されており、これらの遺伝子の機能は多岐に渡っていることがわかった(表1および表2)。以上の結果から、PHB2/REAの抑制機能を誘導できるERAP1-peptide投与は、既知のE2シグナル経路に加えて、未知のE2シグナル経路も抑制することがわかった。
【0278】
【表1】
【0279】
表1は、ERAP1-peptide処理により発現抑制されたエストロゲン依存性の遺伝子を示す。0時間と比較してエストロゲン刺激により強く発現亢進し、ERAP1-peptideにより抑制された遺伝子の上位100個を列挙した。
【0280】
【表2】
【0281】
表2は、ERAP1-peptide処理により発現抑制されたエストロゲン依存性遺伝子のGO解析を示す。0時間と比較してエストロゲン刺激により強く発現亢進し、ERAP1-peptideにより抑制された遺伝子をGO解析した。データはフィッシャー正確確率検定により統計処理した。
【0282】
ERAP1-peptideのPHB2/REAへの特異的結合の検討
実施例1において、PHB2/REAにERAP1-peptideが特異的に結合することを証明したが、本実施例では、両者の相互作用について生化学的な指標としてKd(解離速度定数)値を求めた。はじめに、ビアコアによりERAP1-peptideとPHB2/REAの結合を調べた。6xHisタグ化組換えPHB2/REAタンパク質をセンサーチップに固定化した後、
図34Aに示した濃度のHAタグ化ERAP1- peptide を反応させ、センサーグラムのカーブからKd値を算出した。その結果、ERAP1-peptideのKd値は、18.9μMであった(
図34A)。次に、蛍光相互相関分光法において、PHB2/REAのKd値を測定した。10 nMのFITCタグ化ERAP1-peptideおよびFITCタグ化ERAP1-scramble peptide(scrPeptide)、6xHisタグ化組換えPHB2/REAタンパク質を1時間反応後、FITC蛍光を測定した。その結果、PHB2/REAリコンビナントタンパク質のKd値は14.4μMであった(
図34B)。
【0283】
抗ERAP1モノクローナル抗体の作製
抗ERAP1モノクローナル抗体の作製を行った。まず、抗ERAP1精製モノクローナル抗体の特異性の確認を行った。siRNA法によりERAP1の発現を抑制したMCF-7細胞を用いて、抗ERAP1精製抗体を用いてイムノブロット解析を行った。その結果、抗ERAP1精製抗体は非特異的なバンドを認めず、ERAP1特異的なバンドを検出した(
図35A)。続いて、抗ERAP1精製抗体が免疫沈降が可能かどうかを調べた。MCF-7細胞(M)およびT47D細胞(T)の溶解物を抗ERAP1精製抗体で免疫沈降したところ、結合蛋白質であるPHB2/REAの共沈を認めた(
図35B)。以上より、今回樹立した抗ERAP1モノクローナル抗体はERAP1を特異的に認識し、免疫沈降可能であることがわかった。
【0284】
抗リン酸化PHB2/REA(S39)抗体の作成
PHB2/REAのSer39を特異的に認識するポリクローナル抗体の作製を行った。作製した抗リン酸化PHB2/REA(S39)抗体により、ER陽性乳癌細胞株MCF-7にて、E2処理後、ERAP1-peptide投与した時にのみ、PHB2/REAのSer39のリン酸化を検出した(
図36)。以上の結果より、PHB2/REAはERAP1と結合している際には、そのSer39のリン酸化は脱リン酸化されており、ERAP1-peptideによりその結合が阻害され、ERAP1から遊離するとPHB2/REAはSer39にてリン酸化されることが示唆された。
【0285】
ERAP1-peptideの安定性と細胞内E2に及ぼす影響
ERAP1-peptideの安定性と細胞内E2に及ぼす影響を検討した。はじめに、MCF-7細胞を E2とHAタグ化ERAP1-peptide で処理後、イムノブロット解析を行った。その結果、投与後24時間では平均84%であり、30、36、48時間では、それぞれ56%、58%、54%であり、概ねERAP1-peptideの半減期は30時間程度であることがわかった(
図37A)。次に、ERAP1-peptideが細胞内E2濃度に及ぼす影響を検討した。MCF-7細胞を10 nM E2と10μM ERAP1-peptide で処理後、経時的に細胞溶解物を回収し、細胞内E2濃度を測定した。その結果、投与後6時間にて約10nMと最大値を示し、48時間後ではその約80%であった(
図37B)。
【0286】
PHB2/REAとの結合におけるERAP1の特定のアミノ酸の関与
実施例1では、ERAP1のQ165、D169およびQ173の3つアミノ酸がPHB2/REAとの結合に重要であることを示したが、これら3つのアミノ酸のうち、どのアミノ酸が最も結合に重要であるかを検討した。COS-7細胞にPHB2/REAコンストラクトとERAP1-WT正常型(1-434aa)、Q165、D169およびQ173のアラニン変異体(Mutant)、Q165のアラニン変異体(Q165A)、D169のアラニン変異体(D169A)、Q173のアラニン変異体(Q173A)、Q165およびD169のアラニン変異体(Q165A, D169A)のいずれかをトランスフェクト後48時間にて、細胞を回収し、免疫沈降-イムノブロット解析を行った。その結果、D169変異体コンストラクトを用いた実験が最もPHB2/REAとの結合阻害が認められ(抗FLAG抗体によるIPにて22%、抗HA抗体IPにて0%)、またQ165変異体コンストラクトを用いた時が次に結合阻害が認められた(抗FLAG抗体によるIPにて60%、抗HA抗体IPにて24%)(
図38A)。続いて、この結果を検証するために、Q165およびD169のアラニン変異体(Q165A, D169A)を用いて、同様の実験を行ったところ、すべてのアミノ酸をAlaに変異したコンストラクトを使用した場合と比べて、同等程度の結合阻害が確認された(Mutant:Q165A,D169A=2%:12%)(
図38B)。以上より、これら3アミノ酸のうち、PHB2/REAとの結合に重要なアミノ酸の順位は、D169>Q165>Q173であり、D169とQ165でこの結合の90%を占めることがわかった。
【0287】
PKAとPKBによるERAP1のリン酸化がPP1α活性の制御を介してPHB2/REA(S39)リン酸化に及ぼす影響(KPL-3C細胞)
次に、上述のMCF-7細胞と同様に、ERα陽性乳癌細胞株KPL-3CにおけるERAP1とPHB2/REAのリン酸化状態についても検討した。はじめに、siRNAによりERAP1またはPP1α発現を抑制したKPL-3C細胞をE2で24時間刺激後に、抗ERAP1抗体または抗PHB2/REA抗体を用いてERAP1、PHB2/REAを免疫沈降し、イムノブロット解析を行った。コントロールsiRNAをトランスフェクトした細胞では、E2処理によりERAP1のセリン、スレオニン残基のリン酸化、およびPHB2/REAのSer39の脱リン酸化が認められたのに対して、PP1αを発現抑制した細胞では、ERAP1のセリン、スレオニン残基のリン酸化には影響がなかったが、E2処理後のPHB2/REAのSer39のリン酸化の回復が確認された(
図39A)。次に、siRNAにてPKAを発現抑制したKPL-3C細胞においては、ERAP1のセリン残基のリン酸化の消失が認められたが、PHB2/REAのSer39のセリン残基のリン酸化の回復が認められた(
図39B)。一方、PKBを発現抑制した時には、ERAP1のセリン残基、スレオニン残基のリン酸化には影響が認められなかったが、PHB2/REAのSer39のリン酸化の回復は、PKAの発現抑制と同様に認められた(
図39B)。続いて、KPL-3C細胞において、siRNAによるPP1α、PKA、PKBまたはERAP1の発現抑制がPP1αのホスファターゼ活性に与える影響についても検討した。その結果、ERAP1の発現を抑制するとE2の有無にかかわらず、PP1αのホスファターゼ活性の亢進が確認された。一方、PP1α、PKAおよびPKBのそれぞれを発現抑制することでPP1αのホスファターゼ活性の減弱が認められた。以上の結果より、ER陽性乳癌細胞株KPL-3CにおいてもMCF-7細胞と同様に、ERAP1は、PKAによるセリン残基リン酸化を通じて、PP1αのホスファターゼ活性の亢進を促進し、その結果、PHB2/REAのSer39の脱リン酸化が引き起こされることが示唆された。
【0288】
ERAP1-peptideによるERα陰性乳癌細胞株の増殖抑制
ERα陰性乳癌細胞株におけるERAP1-peptideの増殖抑制効果について検討を行った。ERα陰性乳癌細胞株SK-BR-3細胞をERAP1-peptideまたはERAP1-scramble peptide(scrPeptide)で処理し、処理後24時間および48時間において、細胞増殖に与える影響を調べた。その結果、ER陽性細胞株でのERAP1-peptideの抑制効果に比較して、効果の程度は低いが、処理後、24時間および48時間後ともに、ERAP1-peptide容量依存的な細胞増殖抑制効果が認められた(
図40)。以上より、ER陰性、ERAP1陽性乳癌においてもERAP1-peptideによる増殖抑制効果が認められた。
【0289】
ERAP1を介して誘導されるE2刺激によるミトコンドリア内ROS産生の検討
ER陽性乳癌細胞株MCF-7細胞にて、ERAP1の局在の検討を行った。実施例1 において、乳癌細胞における内在性ERAP1は、主に細胞質に局在することが示されたが、ミトコンドリアへの局在も認められた。また、ERAP1の結合タンパク質であるPHB2/REAもミトコンドリアに局在することが認められることから、ERAP1のミトコンドリアでの機能について着目した。まずは、ERAP1およびPHB2/REAの局在について検討した。MCF-7細胞をE2およびERAP1-peptideで処理し、比重遠心により細胞をミトコンドリア画分(M)、細胞質画分(C)および核画分(N)に分画し、イムノブロット解析を行った。その結果、ERAP1は、細胞質とミトコンドリア分画にて、高い局在を認めた。一方、PHB2/REAも同様にミトコンドリアに局在し、ERAP1-peptideを投与すると核へ移行することがわかった(
図41A)。続いて、ERAP1とPHB2/REAのミトコンドリアにおける役割を考える上で、ERAP1を介したミトコンドリア内ROS(reactive oxygen species)産生について検討した。MCF-7細胞、ERAP1を発現抑制したMCF-7細、およびHCC1395細胞をDHR123で15分間処理後、10μM ERAP1-peptideおよび E2で24時間刺激し、フローサイトメトリーにより解析した。その結果、MCF-7細胞において、コントロールsiRNAをトランスフェクトした細胞ではERAP1-peptide投与によって、顕著なROSの発生抑制が観察された。しかし、ERAP1を発現抑制した細胞では、ERAP1-peptideを投与してもROSの発生には影響を認めなかった。また、ER陽性・ERAP1陰性乳癌細胞株(HCC1395細胞)をポジティブコントロールとして観察を行ったが、全く有意な検出はできなかった(
図41B)。 以上のことから、乳癌細胞のミトコンドリアにおいてE2刺激によるミトコンドリア内ROS産生はERAP1を介して誘導され、またERAP1-peptideによって抑制されることが示唆された。