特許第6015232号(P6015232)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6015232酸化セルロース及びセルロースナノファイバーの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6015232
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年10月26日
(54)【発明の名称】酸化セルロース及びセルロースナノファイバーの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 15/02 20060101AFI20161013BHJP
   C08B 15/04 20060101ALI20161013BHJP
   D21H 11/20 20060101ALI20161013BHJP
   D21H 15/02 20060101ALI20161013BHJP
【FI】
   C08B15/02
   C08B15/04
   D21H11/20
   D21H15/02
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-183745(P2012-183745)
(22)【出願日】2012年8月23日
(65)【公開番号】特開2014-40530(P2014-40530A)
(43)【公開日】2014年3月6日
【審査請求日】2015年4月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126169
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 淳子
(74)【代理人】
【識別番号】100130812
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 淳
(72)【発明者】
【氏名】中山 武史
(72)【発明者】
【氏名】辻 志穂
(72)【発明者】
【氏名】阿部 裕
(72)【発明者】
【氏名】田村 直之
(72)【発明者】
【氏名】宮脇 正一
(72)【発明者】
【氏名】飯森 武志
(72)【発明者】
【氏名】河崎 雅行
【審査官】 前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/084566(WO,A1)
【文献】 特開2010−235687(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/118748(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/074301(WO,A1)
【文献】 特開2011−046793(JP,A)
【文献】 特開2009−243014(JP,A)
【文献】 特開2008−308802(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 15/00
D21H 11/00
D21H 15/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースを準備する工程(A)、該パルプを(1)N−オキシル化合物、及び、(2)臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物の存在下で酸化剤を用いて水中で酸化して酸化セルロースを調製する工程(B)を含む酸化セルロースの製造方法。
【請求項2】
請求項1の方法で酸化セルロースを製造し、その酸化セルロースを解繊・分散処理してセルロースナノファイバーを製造する工程(C)を含むセルロースナノファイバーの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、効率の良い酸化セルロース及びセルロースナノファイバーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース系原料を2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル(以下、TEMPOと称する)と安価な酸化剤である次亜塩素酸ナトリウムとの共存下で処理すると、セルロースのミクロフィブリルの表面にカルボキシル基を効率よく導入することができる。このカルボキシル基を導入したセルロース系原料(酸化セルロース)を水中にてミキサー等で処理するとセルロースナノファイバー水分散液が得られることが知られている(非特許文献1、特許文献1および2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−001728号公報
【特許文献2】特開2010−235679号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Saito,T.,et al.,Cellulose Commun.,14(2),62(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のN−オキシル化合物を触媒に用いたセルロースの酸化方法は、セルロースに多くのカルボキシル基を均一に導入することができるが、カルボキシル基導入する時間(酸化反応時間)が長く生産効率が低いといった問題があった。
【0006】
そこで、本発明は、短時間で効率良くカルボキシル基をセルロースに導入することができるN−オキシル化合物を触媒に用いた酸化セルロースの製造方法およびこの酸化セルロースを解繊して得られるセルロースナノファイバーの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の[1]〜[2]を提供する。
[1] セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースを準備する工程(A)、
該パルプを(1)N−オキシル化合物、及び、(2)臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物の存在下で酸化剤を用いて水中で酸化して酸化セルロースを調製する工程(B)を含む酸化セルロースの製造方法。
[2] 前記酸化セルロースを解繊・分散処理してセルロースナノファイバーを製造する工程(C)を含むセルロースナノファイバーの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、短時間で効率良くカルボキシル基をセルロースに導入することができるN−オキシル化合物を触媒に用いた酸化セルロースの製造方法およびこの酸化セルロースを解繊して得られるセルロースナノファイバーの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書において「〜」は両端の値を含む。
1.酸化セルロースの製造方法
本発明の酸化セルロースの製造方法は、セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースを準備する工程(A)、該パルプを(1)N−オキシル化合物、及び、(2)臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物の存在下で酸化剤を用いて水中で酸化して酸化セルロースを調製する工程(B)を含む。
【0010】
1−1.工程A
工程Aでは、セルロース系原料にアルカリ処理を施すことにより、セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるパルプを準備する工程である。
セルロース結晶II型の含有率は、広角X線回折法による測定で得られたグラフの回折角2θのピークの面積比により算出した。手順は次の通りである。
まずセルロースを液体窒素で凍結させ、これを圧縮し、錠剤ペレットを作成する。その後、このサンプルをX線回折測定装置(LabX XRD−6000、島津製作所製)により得られた測定結果(グラフ)を、グラフ解析ソフトPeakFit(Hulinks製)によりピーク分離し、その面積比から結晶I型とII型の比率を算出した。この時、ピーク分離のために、下記の回折角度を基準として結晶I型とII型を判別した。
結晶I型:2θ=14.7°、16.5°、22.5°
結晶II型:2θ=12.3°、20.2°、21.9°
【0011】
(1)セルロース系原料
セルロース系原料とは、木材由来のクラフトパルプまたはサルファイトパルプ、それらを高圧ホモジナイザーやミル等で粉砕した粉末セルロース、あるいはそれらを酸加水分解などの化学処理により精製した微結晶セルロース粉末等である。またこの他に、ケナフ、麻、イネ、バカス、竹等の植物由来のセルロース系原料もできる。しかしながら、セルロース系原料中に広葉樹由来のリグニンが多く残留してしまうと当該原料の酸化反応を阻害する恐れがあるので、本発明においては、化学パルプの製造方法により得られたセルロース系原料が好ましい。リグニンをさらに除去するために、このようにして得られたセルロース系原料に公知の漂白処理を施すことがより好ましい。
【0012】
漂白処理方法としては、塩素処理(C)、二酸化塩素漂白(D)、アルカリ抽出(E)、次亜塩素酸塩漂白(H)、過酸化水素漂白(P)、アルカリ性過酸化水素処理段(Ep)、アルカリ性過酸化水素・酸素処理段(Eop)、オゾン処理(Z)、キレート処理(Q)などを組合せて、たとえば、C/D−E−H−D、Z−E−D−P、Z/D−Ep−D、Z/D−Ep−D−P、D−Ep−D、D−Ep−D−P、D−Ep−P−D、Z−Eop−D−D、Z/D−Eop−D、Z/D−Eop−D−E−Dなどのシーケンスで行なうことができる。シーケンス中の「/」は、「/」の前後の処理を洗浄なしで連続して行なうことを意味する。セルロース原料中のリグニン量は少ないことが好ましく、パルプ化処理および漂白処理を用いて得られたセルロース原料(漂白済みクラフトパルプ、漂白済みサルファイトパルプ)は、白色度(ISO 2470)が80%以上であることがより好ましい。
【0013】
また、粉末セルロース、または微結晶セルロース粉末をセルロース系原料として用いると、高濃度であってより低粘度の分散液を与えるセルロースナノファイバーを製造できるので好ましい。粉末セルロースとは、木材パルプの非結晶部分を酸加水分解処理で除去した後、粉砕・篩い分けすることで得られる微結晶性セルロースからなる棒軸状粒子である。粉末セルロースにおけるセルロースの重合度は100〜500程度であり、X線回折法による粉末セルロースの結晶化度は70〜90%であり、レーザー回折式粒度分布測定装置による体積平均粒子径は好ましくは100μm以下であり、より好ましくは50μm以下である。体積平均粒子径が100μm以下であると、流動性に優れるセルロースナノファイバー分散液を得ることができる。粉末セルロースとしては、例えば、精選パルプを酸加水分解した後に得られる未分解残渣を精製・乾燥し、粉砕・篩い分けして製造される、棒軸状であって一定の粒径分布を有する結晶性セルロース粉末を使用できる。あるいは、KCフロック(登録商標)(日本製紙ケミカル社製)、セオラス(商標)(旭化成ケミカルズ社製)、アビセル(登録商標)(FMC社製)などの市販品を用いてもよい。
【0014】
(2)アルカリ処理
工程Aでは、セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースは、アルカリ溶液中で前記セルロース原料を処理することで得ることができる。以下、当該処理を単に「アルカリ処理」ともいう。アルカリ処理は、前記セルロース原料を水に分散させ、当該水分散液にアルカリを添加して水中の水酸化物イオン濃度を前記範囲に調整し、反応系を撹拌して行なうことができる。あるいはアルカリ処理は、予め調製された水酸化物イオン濃度の水に前記セルロース原料を分散させて行なうことができる。
【0015】
本発明において、セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースを用いることによって、短時間で効率良くカルボキシル基をセルロースに導入することができるが、その機構は次のように考えられる。
【0016】
セルロースは結晶がI型であると分子配向が高く密になっているのに対し、II型であると分子配向が低い。このため、セルロース結晶II型を有するパルプは、酸化剤が浸透しやすくなり、短時間で効率よくカルボキシル基をセルロースに導入することができると推測される。なお、パルプのセルロース結晶II型の含有率が5%未満であると、酸化剤が十分に浸透しないため、効率よくカルボキシル基を導入することができない。一方、結晶II型の含有率が90%を超えると次の工程Bにおける酸化反応によってポリセロウロン酸となり水に溶解するため、酸化セルロース繊維として得ることができない。
【0017】
また、特にセルロース系原料として漂白済みクラフトパルプまたは漂白済みサルファイトパルプを用いた場合は、アルカリによってセルロースミクロフィブリル表面を被覆しているヘミセルロースが溶出される。このためミクロフィブリル表面が露出して次の工程Bにおける酸化が促進される。これらの結果、セルロース原料の酸化反応性が高まり、酸化反応が短時間で進行し、かつ多くのカルボキシル基が導入される。
【0018】
本発明において、セルロース原料のアルカリ処理で使用されるアルカリは水溶性であれば特に限定されず、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウムなどの無機アルカリ、水酸化テトラメチルアンモニウム、水酸化テトラエチルアンモニウムなどの有機アルカリ等が挙げられる。中でも、入手が容易で比較的安価である水酸化ナトリウムが好ましい。また、パルプ工場で生成する白液、緑液のような複数のアルカリやその他成分を含む水溶液を用いることもできる。
【0019】
アルカリ溶液の水酸化物イオン濃度は0.75〜4mol/Lであることが好ましく、1.25〜3.75mol/Lであることがより好ましい。水酸化物イオン濃度が4mol/Lを超えると、得られる酸化されるセルロースのセルロース結晶II型含有率が90%を超える。一方、水酸化物イオン濃度が0.75mol/Lを下回るとアルカリ濃度が低く、得られるパルプのセルロース結晶II型含有率が5%未満となる。
【0020】
アルカリ処理は大気圧下、加圧下、減圧下のいずれで実施してもよい。処理温度は0℃〜100℃が好ましく、10℃〜60℃がより好ましく、20℃〜40℃がさらに好ましい。処理時間は5分〜24時間が好ましく、15分〜12時間がより好ましく、30分〜6時間がさらに好ましい。セルロース系原料の濃度は、反応混合物中0.1〜60質量%が好ましく、1〜50質量%がより好ましく、5〜40質量%がさらに好ましい。上記範囲より濃度が高いとセルロースII型の生成が不均一となり、濃度が低いと製造効率が悪く不経済となる。
【0021】
本発明において、酸化パルプの収率及び酸化反応時間の点から、酸化されるセルロースの結晶II型の含有率は5〜90%であることが必要である。酸化されるセルロースの
結晶II型の含有率を10〜80%、さらに20〜70%とすることで、酸化触媒であるN−オキシル化合物の添加量を大幅に削減して酸化パルプを得ることができ、酸化パルプあるいはナノファイバーに残留するN−オキシル化合物の影響、N-オキシル化合物の除去工程を大幅に軽減できる。
【0022】
次の工程Bでの副反応等を避ける観点から、工程Aで得られたセルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースは、中和および洗浄されることが好ましい。
【0023】
1−2.工程B
工程Bでは、前記工程Aで得たセルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースを、N−オキシル化合物、および臭化物、ヨウ化物もしくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物の存在下で、酸化剤を用いて酸化し、酸化セルロースを得る工程である。
【0024】
(1)N−オキシル化合物(a1)
N−オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物である。本発明で用いるN−オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であれば、いずれの化合物も使用できる。例えば、本発明で使用されるN−オキシル化合物としては、下記一般式(式1)で示される化合物が挙げられる。
【0025】
【化1】
【0026】
(式1中、R1〜R4は同一又は異なる炭素数1〜4程度のアルキル基を示す。)
式1で表される物質のうち、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−オキシラジカル(以下、TEMPOと称する)が好ましい。また、下記式2〜5のいずれかで表されるN−オキシル化合物、すなわち、4−ヒドロキシTEMPOの水酸基をアルコールでエーテル化、またはカルボン酸若しくはスルホン酸でエステル化し、適度な疎水性を付与した4−ヒドロキシTEMPO誘導体、もしくは4−アミノTEMPOのアミノ基をアセチル化し、適度な疎水性を付与した4−アセトアミドTEMPOは安価であり、かつ均一な酸化セルロースを得ることができるため、とりわけ好ましい。
【0027】
【化2】
【0028】
【化3】
【0029】
【化4】
【0030】
【化5】
【0031】
(式2〜5中、Rは炭素数4以下の直鎖又は分岐状炭素鎖である。)
さらに、下記式6で表されるN−オキシル化合物、すなわち、アザアダマンタン型ニトロキシラジカルは、短時間で効率よくセルロース系原料を酸化でき、また、セルロース鎖の切断も起こりにくいため、好ましい。
【0032】
【化6】
【0033】
(式6中、R5及びR6は、同一又は異なる水素又はC1〜C6の直鎖若しくは分岐鎖アルキル基を示す。)
N−オキシル化合物の使用量は、セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースをナノファイバー化できる触媒量であれば特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースに対して、0.01〜10mmolが好ましく、0.01〜1mmolがより好ましく、0.05〜0.5mmolがさらに好ましい。
【0034】
(2)臭化物またはヨウ化物
臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。また、ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースに対して、0.1〜100mmolが好ましく、0.1〜10mmolがより好ましく、0.5〜5mmolがさらに好ましい。
【0035】
(3)酸化剤
セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースの酸化の際に用いる酸化剤としては、公知のものを使用でき、例えば、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などを使用できる。中でも、コストの観点から、現在工業プロセスにおいて最も汎用されている安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが特に好ましい。酸化剤の適切な使用量は、例えば、絶乾1gのセルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースに対して、0.5〜500mmolが好ましく、0.5〜50mmolがより好ましく、1〜25mmolがさらに好ましく、3〜10mmolが最も好ましい。
【0036】
(4)酸化反応条件
本工程は、比較的温和な条件であっても反応を効率よく進行させられる。よって、反応温度は15〜30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってパルプを構成するセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを9〜12、好ましくは10〜11程度に維持することが好ましい。反応媒体は、取扱い性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。
【0037】
酸化反応における反応時間は、酸化の進行の程度に従って適宜設定することができ、通常は0.5〜6時間、好ましくは2〜6時間、さらに好ましくは4〜6時間程度である。しかしながら本発明においては、前述のとおり酸化時間を低減できるので、反応時間は30分以上120分が好ましく、30〜100分がより好ましく、30〜70分がさらに好ましい。
【0038】
また、酸化反応は、2段階に分けて実施してもよい。例えば、1段目の反応終了後に濾別して得られた酸化セルロースを、再度、同一または異なる反応条件で酸化させることにより、1段目の反応で副生する食塩による反応阻害を受けることなく、セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースに効率よくカルボキシル基を導入でき、セルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースの酸化を促進することができる。
【0039】
本工程では、酸化されたセルロース結晶II型含有率が5〜90%であるセルロースのカルボキシル基量が、パルプの絶乾質量に対して、0.2mmol/g以上となるように条件を設定することが好ましい。この場合のカルボキシル基量は、より好ましくは0.3mmol/g〜3.0mmol/g、さらに好ましくは1.0mmol/g〜2.5mmol/g、特に好ましくは1.5mmol/g〜2.0mmol/gである。カルボキシル基量は、酸化反応時間の調整、酸化反応温度の調整、酸化反応時のpHの調整、N−オキシル化合物や臭化物、ヨウ化物、酸化剤の添加量の調整などを行なうことにより調製できる。
【0040】
次の工程Cでの解繊を効率よく行なうために、工程Bで得た酸化されたセルロース系原料は洗浄されることが好ましい。
【0041】
1−3.工程C
工程Cでは、前記工程Bで得た酸化セルロースを含む分散液を調製し、当該酸化セルロースを解繊してナノファイバー化する。「ナノファイバー化する」とは、酸化セルロースを、幅2〜5nm、長さ0.1〜5μm程度のセルロースのシングルミクロフィブリルであるセルロースナノファイバーへと加工することを意味する。分散液とは前記酸化セルロースが分散媒に分散している液である。取扱い容易性から、分散媒は水であることが好ましい。
【0042】
当該酸化セルロースを解繊して前記分散媒中に分散させるには、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの装置を用いて前記分散液に強力なせん断力を印加することが好ましい。特に、セルロースナノファイバーを効率よく得るには、前記分散液に50MPa以上の圧力を印加し、かつ強力なせん断力を印加できる湿式の高圧または超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。前記圧力は、より好ましくは100MPa以上であり、さらに好ましくは140MPa以上である。この処理により、酸化セルロース系原料が解繊してセルロースナノファイバーが形成され、かつセルロースナノファイバーが分散媒中に分散する。
【0043】
前記処理に供する分散液中の酸化セルロース濃度は、0.3%(w/v)以上であるが、好ましくは1〜2%(w/v)、より好ましくは3〜5%(w/v)である。
【0044】
1−4.低粘度化処理
本発明では、セルロースナノファイバー分散液としたときの粘度を低下させて取扱い性を高めるために、工程Cの前に、工程Bで得た酸化されたセルロース系原料(以下単に「セルロース原料」ともいう)を低粘度化処理することが好ましい。低粘度化処理とは、酸化されたセルロース系原料のセルロース鎖を適度に切断(セルロース鎖を短繊維化)することである。このように処理された原料は分散液としたときの粘度が低くなるので、低粘度化処理とは、低粘度の分散液を与えるセルロース系原料を得る処理ともいえる。低粘度化処理は、セルロース系原料の粘度が低下するような処理であればよく、例えば、酸化されたセルロース系原料に紫外線を照射する処理、酸化されたセルロース系原料を過酸化水素およびオゾンで酸化分解する処理、酸化されたセルロース系原料を酸で加水分解する処理、ならびにこれらの組み合わせなどが挙げられる。
【0045】
2.セルロースナノファイバー
本発明により製造されるセルロースナノファイバーは、幅2〜5nm、長さ0.1〜5μm程度のセルロースのシングルミクロフィブリルである。本発明により得られたセルロースナノファイバーの分散液は優れた透明度を有する。分散液における分散媒は、好ましくは水である。本発明において、透明度は660nmの光線透過率で評価され、具体的には、紫外・可視分光光度計を用いて、石英セル(光路10mm)に0.1%分散液を入れた試験体を透過する光の量を測定することで求められる。
【0046】
本発明により得られたセルロースナノファイバーのカルボキシル基量は0.3mmol/g以上が好ましい。カルボキシル基量は、セルロースナノファイバーの0.5質量%スラリー(水分散液)60mlを調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出することができる。
【0047】
カルボキシル基量〔mmol/gパルプ〕=a〔ml〕×0.05/酸化パルプ質量〔g〕
本発明により得られたセルロースナノファイバーの水分散液は、濃度0.1%(w/v)において、660nmの光線透過率が、好ましくは94%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上である。前記透明度が95%以上であると、一般的なフィルム用途に問題なく使用することができ、透明度が99%以上である場合はディスプレイやタッチパネルのような高い光学特性(透明性)が要求されるフィルム用途等に問題なく使用できる。本発明により得られたセルロースナノファイバーは、繊維表面のカルボキシル基の量が多いため、繊維同士が凝集しにくく分散媒への分散が良好であるので、前記のとおり透明度の高い水分散液を与える。
【実施例】
【0048】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
【0049】
[実施例1]
工程A:針葉樹由来の漂白済み未叩解クラフトパルプ(白色度85%)20g(絶乾)を水酸化物イオン濃度が2.5mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液に装入し、パルプ濃度が5質量%となるように調整した。当該混合物を室温(25℃)にて2時間撹拌した後、酸で中和し、水洗した。
工程B:アルカリ処理したパルプ5g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)7.8mgと臭化ナトリウム755mgを溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液を5.5mmol/gになるようを添加し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHは低下するが、3M水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。次亜塩素ナトリウムを消費し、系内のpHが変化しなくなった時点で反応を終了した。反応後の混合物をガラスフィルターで濾過してパルプ分離し、パルプを十分に水洗することで酸化されたパルプを得た。この時のパルプ収率は86%であり、酸化反応に要した時間は115分であった。
工程C:前記酸化パルプを1%(w/v)に調整し、超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なゲル状分散液を得た。
【0050】
[実施例2]
水酸化ナトリウム水溶液の水酸化物イオン濃度を3.13mol/Lとした以外、実施例1と同様に工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は100分、収率は80%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0051】
[実施例3]
水酸化ナトリウム水溶液の水酸化物イオン濃度を3.75mol/Lとした以外、実施例1と同様に工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は150、収率は91%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0052】
[実施例4]
水酸化ナトリウム水溶液の水酸化物イオン濃度を0.75mol/Lとした以外、実施例1と同様に工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は180分、収率は98%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0053】
[実施例5]
工程BでTEMPO(Sigma Aldrich社)の添加量を78mgにした以外は、実施例1と同様にして工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は85分、収率は92%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0054】
[実施例6]
工程BでTEMPO(Sigma Aldrich社)の添加量を78mgにした以外は、実施例2と同様にして工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は30分、収率は86%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0055】
[実施例7]
工程BでTEMPO(Sigma Aldrich社)の添加量を78mgにした以外は、実施例3と同様にして工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は25分、収率は78%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0056】
[実施例8]
工程BでTEMPO(Sigma Aldrich社)の添加量を78mgにした以外は、実施例4と同様にして工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は110分、収率は98%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0057】
[実施例9]
セルロース原料を広葉樹クラフトパルプとした以外、実施例1と同様にして工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は105分、収率は82%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0058】
[実施例10]
セルロース原料を針葉樹サルファイトパルプとした以外、実施例1と同様にして工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は110分、収率は89%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0059】
[実施例11]
セルロース原料を針葉樹クラフト溶解パルプとした以外、実施例1と同様にして工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は95分、収率は87%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0060】
[実施例12]
セルロース原料をバッカイ社製の針葉樹クラフト溶解パルプ(セルロース結晶II型の含有率:54%)とした以外、実施例1と同様にして工程Bを実施した。酸化反応に要した時間は105分、収率は80%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0061】
[実施例13]
セルロース原料をレオニア社製の針葉樹クラフト溶解パルプ(セルロース結晶II型の含有率:78%)とした以外、実施例1と同様にして工程Bを実施した。酸化反応に要した時間は75分、収率は73%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。
【0062】
[比較例1]
工程Aのアルカリ処理を行わなかった以外、実施例1と同様にして工程Bを実施した。酸化反応が300分を超えても反応が終了しなかったため、反応を止めた。
【0063】
[比較例2]
水酸化ナトリウム水溶液の水酸化物イオン濃度を5.00mol/Lとした以外、実施例1と同様に工程AおよびBを実施した。酸化反応に要した時間は70分であった。この酸化パルプを水洗すると膨潤し、回収が出来なくなった。
【0064】
[参考例1]
工程Aのアルカリ処理を行わなかった以外、実施例5と同様にして工程Bを実施した。酸化反応時間は130分、収率は93%であった。得られた酸化パルプを1%(w/v)の水分散液に調製し、当該水分散液を超高圧ホモジナイザー(20℃、140Mpa)で10回処理して、透明なセルロースナノファイバー水分散液を得た。なお、得られたセルロースナノファイバーのカルボキシル基量は1.55mmol/gであった。
【0065】
以上の実施例、比較例、参考例から、同一な酸化条件で反応させた場合、セルロース結晶II型を含むパルプは反応性が高いため、短い時間で酸化反応を終えることが出来る。また、結晶II型の含有率が高すぎると繊維が短くなり、回収不能となる。