特許第6015238号(P6015238)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6015238水素製造用触媒、その製造方法および水素製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6015238
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年10月26日
(54)【発明の名称】水素製造用触媒、その製造方法および水素製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 23/86 20060101AFI20161013BHJP
   C01B 3/40 20060101ALI20161013BHJP
   B01J 37/08 20060101ALI20161013BHJP
   B01J 37/12 20060101ALI20161013BHJP
   H01M 8/0612 20160101ALN20161013BHJP
【FI】
   B01J23/86 M
   C01B3/40
   B01J37/08
   B01J37/12
   !H01M8/06 G
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2012-184907(P2012-184907)
(22)【出願日】2012年8月24日
(65)【公開番号】特開2014-42858(P2014-42858A)
(43)【公開日】2014年3月13日
【審査請求日】2015年6月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】平光 雄介
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 誠
(72)【発明者】
【氏名】吉田 正就
(72)【発明者】
【氏名】出村 雅彦
(72)【発明者】
【氏名】許 亜
【審査官】 吉野 涼
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−262509(JP,A)
【文献】 特開2007−075799(JP,A)
【文献】 長谷川誠、他,加工性に富んだNi基メタン水蒸気改質触媒の開発,日本金属学会講演概要(CD−ROM) ,日本,2011年10月20日,第149回
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00〜38/74
C01B 3/40
H01M 8/0612
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケルクロム合金上にクロム化合物の層が形成されており、前記クロム化合物の層上にはニッケルを主成分とする微粒子が分散されている水素製造用触媒であって、
前記微粒子には他の成分として酸素が含有されており、
前記ニッケルクロム合金におけるクロムの含有量は、質量%で5mass%以上15mass%以下であることを特徴とする水素製造用触媒。
【請求項2】
前記微粒子には、質量%で0.7mass%以上9.9mass%以下の酸素が含有されていることを特徴とする請求項1に記載の水素製造用触媒。
【請求項3】
前記微粒子の粒径は、0.05μm以上5μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の水素製造用触媒。
【請求項4】
水蒸気と炭素原子を含むガス(ただし、前記水蒸気の分子数と前記炭素原子を含むガス中の炭素原子数との比であるスチームカーボン比(S/C)がS/C=1を満たす)を用いて800℃の温度で20時間水素製造した後の、前記微粒子の投影面積が占める割合は、前記水素製造用触媒の表面の投影面積に対して13.1%以上27.5%以下であることを特徴とする請求項3に記載の水素製造用触媒。
【請求項5】
前記クロム化合物は、クロム酸化物であることを特徴とする請求項1に記載の水素製造用触媒。
【請求項6】
前記クロム酸化物は、酸化クロム(III)(Cr)であることを特徴とする請求項5に記載の水素製造用触媒。
【請求項7】
前記クロム化合物の層の厚さは、0.10μm以上であることを特徴とする請求項1に記載の水素製造用触媒。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の前記水素製造用触媒の製造方法であって、酸化性ガスと還元性ガスとの混合ガスの雰囲気下において、ニッケルクロム合金が活性化処理温度で加熱処理されることを特徴とする水素製造用触媒の製造方法。
【請求項9】
前記加熱処理される前に酸化処理が行われることを特徴とする請求項8に記載の水素製造用触媒の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の前記水素製造用触媒の存在下にて、水蒸気と炭素原子を含むガスを用いて、前記水蒸気の分子数と前記炭素原子を含むガス中の炭素原子数との比であるスチームカーボン比(S/C)が、S/C=1〜3の関係式を満たす条件で水素が製造されることを特徴とする水素製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタンガス等の炭化水素系ガスおよび水蒸気を用いて水素を取り出す水素製造用触媒、その製造方法および水素製造用触媒を用いた水素製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水素を燃料源とする燃料電池は天然ガスから水素を取り出して、水のみを排出するという点で注目を集めており、中でも水素製造プラント、小型水素製造装置および家庭用燃料電池に用いられる触媒の研究開発が年々盛んになっている。
【0003】
従来、燃料電池用触媒としてはニッケル(Ni)を担持粒子とするニッケルアルミニウム合金触媒やニッケルクロム合金触媒が代表的な触媒であった。これらの触媒は貴金属の触媒に比べて、比較的安価であり、入手も容易であった。
【0004】
例えば、特許文献1には、アルミナ(Al)を含むニッケルとアルミニウムとの化合物(金属間化合物:NiAl)表面にニッケル(Ni)微粒子が分散している水素製造用のニッケルアルミニウム合金触媒が開示されている。触媒の製造方法については、金属間化合物NiAlを酸化処理することで表面にニッケル酸化物(NiO)とアルミニウム酸化物(アルミナ)を形成し、ニッケル酸化物を水素ガスで還元することでニッケル微粒子とアルミナからなる表面を形成したニッケルアルミニウム合金触媒を生成すると記載されている(同文献の段落〔0015〕等参照)。
【0005】
また、特許文献2にはニッケル酸化物(NiO)とクロム酸化物(Cr)との酸化物の層を形成したニッケルクロム合金上にニッケル(Ni)が微細に高分散しているカーボンナノチューブ生成用触媒が開示されている。触媒となる材料(ニッケルクロム合金)については、カーボンナノチューブ生成用触媒として作用する金属(Ni)と、カーボンナノチューブ生成用触媒として作用しない金属(Cr)とからなる材料を酸素雰囲気下で酸化処理することで、Niの触媒原子間に酸素を介在させるとともに、安定なNiOとCrとの酸化物の層を表面に形成させて、触媒としてNiの凝集を抑制することを特徴としている。また、ニッケルクロム合金の好ましい化学成分としては、Niが77mass%以上、Crが19〜21mass%であると記載されている(同文献の段落〔0018〕等参照)。
【0006】
さらに、本発明者らは非特許文献1において、クロム含有量が質量%で20mass%であるニッケルクロム合金を酸化処理および還元処理することで、水素ガスの製造効率の指標となるメタン転化率が他のニッケル基合金に比べて優れていることを発表した。あわせて、そのニッケルクロム合金には厚さ1μm程度のクロム酸化物の層が形成されて、その上に直径0.3μm程度のニッケルを主成分とする微粒子が多く析出していることも発表した。
【0007】
しかし、ニッケルアルミニウム合金触媒やニッケルクロム合金触媒は、ニッケルがカーボン析出を起こしやすい元素であることから水素ガスを製造する際の原料ガス(混合ガス)に含まれる水蒸気の分子数と炭素の原子数との比、いわゆるスチームカーボン比(S/C比)を大きく設定しなければ、長時間の使用において触媒上にカーボンが析出して触媒としての機能を果たせなくなるという問題があった。同時に、供給すべき水蒸気の量が多くなり、水素を製造するコスト面においても非効率的であった。
【0008】
そこで、特許文献3および4に開示されている、S/C比が小さくても長時間の使用においてカーボン析出が起こりにくいルテニウム(Ru)系の触媒が、水素製造用触媒として提案されている。これは、ルテニウムがカーボン析出の抑制効果を有する元素であるからである。
【0009】
例えば、特許文献3には、アルミナを主成分としてルテニウムを高分散した水素製造用の(水蒸気改質)触媒が開示されている。この触媒は、表面上のカーボン析出を抑制しつつ、S/C比が3〜10の条件下にてナフサ等の炭素数が6以上の液状炭化水素を原料とした水蒸気改質による水素製造が可能であることを特徴としている(同文献の段落〔0020〕等参照)。
【0010】
また、特許文献4には、マグネシウム、アルミニウム、およびニッケルから構成される金属材料に、平均粒子径が0.5nm〜10nmであるルテニウム粒子が0.05mass%〜5.0mass%含有されている触媒が開示されている。この触媒は、反応温度が250℃〜850℃、S/C比が1〜6の条件下にて都市ガス、天然ガス、灯油、ガソリン、軽油等の炭化水素と水蒸気とを反応させることで水素ガスを製造できることを特徴としている(同文献の段落〔0066〕等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2007−75799号公報
【特許文献2】特開2007−262509号公報
【特許文献3】特開平9−173842号公報
【特許文献4】特開2008−237955号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】社団法人日本金属学会主催、日本金属学会講演概要(2011年秋季(第149回))DVD−ROM、平成23年10月20日発行、講演No.S5−9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、例えば、特許文献3および4に開示されているルテニウム系触媒を用いた水素製造用改質器内において、配管の故障など不測の事態により、供給される原料となる水蒸気の量が炭化水素系ガスの量を下回ると、結果としてS/C比が1.0未満になるので、改質器内には未反応の炭化水素系ガスが過剰に残留する。その結果、水素製造工程では触媒表面にカーボンが析出し始めて、ついには触媒機能が低下するという問題があった。
【0014】
また、ルテニウム系触媒は触媒機能を有する微粒子の粒径が1μm未満のナノオーダーであるため、長期間の使用によって微粒子同士が凝集しやすいという性質がある。そのため、微粒子同士の凝集が一旦開始すると触媒としての機能が徐々に劣化する。さらに、ルテニウム系触媒は再生処理等を施すことで初期の機能を回復させることができず、その度ごとに新たな触媒と交換する必要が生じて、水素ガスを製造する面から非常にコスト高になるという問題があった。
【0015】
そこで、本発明においては前述した問題点に鑑みて、水素製造用改質器内において不測の事態等により水素ガスを製造する原料ガスのS/C比が1.0未満の場合であっても触媒表面にカーボン(C)を析出し難く、安定した触媒機能を持続できる水素製造用触媒およびその製造方法を提供することを課題とする。また、長期にわたる水素製造において水素ガスの製造原価を低減できる水素製造用触媒、その製造方法および水素製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、かかる課題を解決するために従来の触媒であったニッケルクロム合金について更に鋭意研究した結果、ニッケルクロム合金(固溶体)上にクロム化合物の層が形成されており、クロム化合物の層上にはニッケルを主成分とする微粒子が分散されていることが水素製造用触媒として有効であること、およびその微粒子にはニッケルを除く他の成分として酸素が含有されていることが触媒機能を発揮する微粒子として有効であることを知得した。
【0017】
これらの知得により、本発明においてはニッケルクロム(Ni−Cr)合金上にクロム化合物の層が形成されており、クロム化合物の層上にはニッケルを主成分とする微粒子が分散されており、その微粒子には他の成分として酸素が含有されている水素製造用触媒とした。これにより本発明に係る水素製造用触媒は、水素ガスを製造する原料ガスのS/C比が1.0未満の場合であっても水素製造時において触媒表面に析出するカーボンを抑制する。同時に、触媒が長期にわたり使用された場合であっても、その触媒に対して所定の処理を施すことにより初期の機能を回復させる(再生させる)ことができる。
【0018】
また、第2の発明は微粒子には質量%で0.7mass%以上9.9mass%以下の酸素が含有されている水素製造用触媒とした(請求項2)。さらに、第3の発明は微粒子の粒径が0.05μm(50nm)以上5μm以下である水素製造用触媒とした(請求項3)。また、第4の発明は微粒子の投影面積が占める割合が水素製造用触媒の表面の投影面積に対して13.1%以上27.5%以下である水素製造用触媒とした(請求項4)。
【0019】
クロム化合物については、第5の発明をクロム化合物はクロム酸化物である水素製造用触媒とした(請求項5)。また、第6の発明はクロム酸化物が酸化クロム(III)(Cr)である水素製造用触媒とした(請求項6)。さらに、第7の発明はクロム化合物の層の厚さが0.10μm以上である水素製造用触媒とした(請求項7)。母材であるニッケルクロム合金については、第8の発明をニッケルクロム合金中のクロム含有量が質量%で5mass%以上20mass%以下である水素製造用触媒とした(請求項8)。
【0020】
水素製造用触媒の製造方法の発明については、第9の発明を酸化性ガスと還元性ガスとの混合ガスの雰囲気下において、ニッケルクロム合金が活性化処理温度で加熱処理される水素製造用触媒の製造方法とした(請求項9)。また、第10の発明は加熱処理される前に酸化処理が行われる水素製造用触媒の製造方法とした(請求項10)。
【0021】
水素製造用触媒を用いた水素製造方法の発明については、第11の発明を水素製造用触媒の存在下にて、水蒸気と炭素原子を含むガスを用いて、水蒸気の分子数と炭素原子を含むガス中の炭素原子数との比であるスチームカーボン比(S/C)が、S/C=1〜3の関係式を満たす条件で水素が製造される水素製造方法とした(請求項11)。
【発明の効果】
【0022】
以上述べたように、本発明においては、ニッケルクロム合金上にクロム化合物の層が形成されており、クロム化合物の層上にはニッケルを主成分とする微粒子が分散されている水素製造用触媒であって、微粒子には他の成分として酸素が含有されている水素製造用触媒とした。この水素製造用触媒を用いることにより、水素ガスを製造する原料ガスのS/C比が1.0未満の条件であっても水素製造時に触媒表面へのカーボンの析出が抑制される。その結果、長時間にわたり安定した触媒機能を持続できるという効果を奏する。また、本発明に係る水素製造用触媒は、長時間の使用により触媒機能が低下しても、所定の処理を施すことで当初の触媒機能を取り戻す(再生する)ことができるので、長期にわたり水素ガスの製造コストを低減できるという効果も奏する。
【0023】
さらに、本発明に係る水素製造用触媒は、金属間化合物を含有する他の合金触媒に比べて延性や展性に優れているので、箔状への圧延加工の他に、線材やシームレス管などの管材への加工も容易に行うことができる。したがって、加工した線材を編みこむことで織物状の触媒として生産できる他に、線材と線材間との目開きを自在に調節することで様々なメッシュサイズの網目状の触媒も生産できるという効果も奏する。
【0024】
本発明に係る水素製造用触媒の製造方法については、酸化性ガスと還元性ガスとの混合ガスの雰囲気下において、ニッケルクロム合金を活性化処理温度で加熱処理する水素製造用触媒の製造方法とする。これにより、クロム化合物の層上にニッケルを主成分とする微粒子が現れる割合が増加するので、触媒機能が向上するという効果を奏する。その上、ニッケルアルミニウム合金触媒のように前加工や特殊な熱処理も不要であるため、低コストにて触媒を製造できるという効果も奏する。
【0025】
本発明に係る水素製造方法については、水素製造用触媒の存在下にて、水蒸気と炭素原子を含むガスを原料として、水蒸気の分子数と炭素原子を含むガス中の炭素原子数との比であるスチームカーボン比(S/C)が、S/C=1〜3の関係式を満たす条件にて水素を製造することにより、原料となる水蒸気と炭化水素系ガスを同量で製造しても触媒表面にカーボンの析出を抑制して、水素が製造できる。その結果、ルテニウムなどの貴金属材料の触媒を使用して水素ガスを製造する場合に比べて、水素ガスの製造原価を大幅に低減できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】実施例の触媒反応試験で用いた触媒処理システム20の模式図である。
図2】実施例1で用いたクロム含有量が10mass%の水素製造用触媒の透過型電子顕微鏡(TEM)の代表写真(倍率:20000倍)である。
図3図1に示す石英管2のガス入口側に最も近い位置に設置された触媒表面の電子顕微鏡(SEM)の代表写真(倍率:5000倍)である。
図4図1に示す石英管2のガス出口側に最も近い位置に設置された触媒表面の電子顕微鏡(SEM)の代表写真(倍率:5000倍)である。
図5図4に示す触媒表面の一部の低加速電子顕微鏡(SEM)の代表写真(倍率:24万倍)である。
図6】実施例1の触媒反応試験の終了後の本発明に係る水素製造用触媒(クロム含有量:10mass%)および圧延直後で触媒反応試験に供していないニッケルクロム合金(クロム含有量:10mass%)のX線回折結果である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の実施の形態について、以下に詳細に説明する。本発明に係る水素製造用触媒は、ニッケルクロム合金上にクロム化合物の層が形成されており、クロム化合物の層上にニッケルを主成分とする微粒子が分散されており、微粒子には他の成分として酸素が含有されている水素製造用触媒とした。本発明に係る水素製造用触媒が表面におけるカーボンの析出を抑制できる理由について、本発明者らは以下のように推測する。
【0028】
すなわち、本発明に係る触媒を用いた水素製造の過程は原料となるメタンガス等の炭化水素系ガスを水蒸気により酸化することで行い、この過程で水素ガスのほかに一酸化炭素(CO)が同時に生成(化学反応式1参照)されて、雰囲気の状況に応じて一酸化炭素と水蒸気とが反応することで、二酸化炭素も生成される(化学反応式2参照)。この場合、下記に示す化学反応式により、触媒表面にはカーボンが析出することがある(化学反応式3参照)。また、触媒表面に吸着した炭化水素系ガスが十分に酸化されず、カーボンとなって析出することがある(化学反応式4参照)。
O+CH→3H+CO ・・・・(化学反応式1:メタン水蒸気改質反応)
CO+HO→H+CO・・・(化学反応式2:水性シフト反応)
2CO←→C+CO・・・・(化学反応式3:一酸化炭素の不均化反応)
CH←→C+2H・・・・(化学反応式4:メタンの熱分解反応)
【0029】
上述した事実に加えて、本発明者らは本発明に係る水素製造用触媒を形成しているクロム化合物の層の厚さに関して、図1に示す触媒処理システムのガス入口側に設置された触媒のクロム化合物の層の厚さは、同図に示すガス出口側に設置された触媒のクロム化合物の層の厚さに比べて、水素製造過程の前後におけるクロム化合物の層の厚さの増加量が少ないことを発見した。これらの事実から判断して、炭化水素系ガスから発生する余分なカーボンがクロム化合物(特にクロム酸化物)によっても酸化されて、一酸化炭素が生成されたと推測した。すなわち、炭化水素系ガスが酸化される際に生成するカーボンは水蒸気だけではなく、水素製造用触媒を形成するクロム化合物によっても酸化されて、一酸化炭素の生成に貢献しているので、カーボン単独では存在し難い状況が作り出されているためと考えられる。以下、水素製造用触媒を構成する、ニッケルを主成分とする微粒子、クロム化合物の層および母材であるニッケルクロム合金について各々詳細に説明する。
【0030】
ニッケル(Ni)を主成分とする微粒子は、本発明に係る水素製造用ニッケルクロム合金触媒において主に触媒機能を果す役割がある。当該微粒子は、ニッケル(Ni)を主成分として、酸素(O)、クロム(Cr)、炭素(C)などの元素が他の成分として含有されている。ここで、主成分とは微粒子を構成する元素として質量%で51mass%以上が含有されていることをいう。また、その微粒子が酸化皮膜や窒化皮膜等の皮膜に覆われている場合には、当該皮膜を構成する元素(酸素や窒素など)についてもその微粒子を構成する元素に含むものとする。微粒子を構成する他の成分割合(mass%)としては、酸素が0.7mass%以上9.9mass%以下、クロムが1.2mass%以上11.0mass%以下、炭素が1.6mass%以下であることが好ましい。
【0031】
また、微粒子の粒径については0.05μm(50nm)以上5μm以下であることが好ましい。ここで、微粒子の粒径とはその微粒子を取り囲む外接円の直径をいう。微粒子の粒径を0.05μm以上5μm以下に限定する理由は、微粒子の粒径が0.05μm未満であると微粒子が(下地である)クロム化合物の層内に埋没されてしまい、触媒機能が低下する原因となるためである。また、微粒子の粒径が5μmを超えると触媒表面に占める微粒子の表面積の割合が減少し、同様に触媒機能が低下する原因となる。水素製造用ニッケルクロム合金触媒の表面における微粒子の投影面積が占める割合については、水素製造用触媒の表面の投影面積に対して13.1%以上27.5%以下であることが好ましい。
【0032】
ここで、水素製造用触媒の表面における微粒子の投影面積とは、水素製造用触媒表面の鉛直上方から光を照射した場合に平面上に投影される微粒子部分の面積をいう。微粒子の投影面積の割合を13.1%以上27.5%以下とする理由は、投影面積の割合が13.1%未満であると触媒機能を担う微粒子の割合が少ないので、触媒機能を十分に発揮できなくなるためである。また、投影面積の割合が27.5%を超えると、微粒子の下地層であるクロム化合物が触媒表面に現れる割合が減少するので、触媒表面におけるカーボン析出を十分に抑制できなくなるためである。
【0033】
クロム化合物の層は、ニッケルを主成分とする微粒子をニッケルクロム合金から脱落しないように固定させておく接着層の役割を果すと共に、炭化水素系ガス等の炭素原子を含むガスに由来するカーボン析出を抑制する役割を果す。クロム化合物には、クロムの酸化物、水酸化物、窒化物、炭化物などのクロムと非金属元素との化合物(例えば、Cr、Cr(OH)、Cr・nHO、CrN、CrC、Cr)やクロムとニッケルと酸素、水素、窒素、炭素の中から選ばれる非金属元素との化合物(例えば、NaCr)が挙げられる。特に、クロム化合物がクロム酸化物である場合には、主にクロム酸化物はCr(酸化クロム(III))の形態で存在する。他のクロム酸化物の形態としては、CrO(酸化クロム(II))、CrO(酸化クロム(IV))、CrO(酸化クロム(VI))がある。また、クロム化合物の層の厚さは0.10μm以上であることが好ましい。クロム化合物の層の厚さを0.10μm以上に限定する理由は、クロム化合物の層の厚さが0.10μm未満であると微粒子を固定する接着層としての機能が低下するためである。
【0034】
ニッケルクロム(Ni−Cr)合金は、本発明に係る水素製造用触媒を構成する主原料(母材)であり、かつ基板材料を担う合金である。ここで、本発明におけるニッケルクロム合金とは、主成分がニッケルであり、他の成分としてクロムが含有されている合金(クロムが含有されているニッケル基合金)を言う。ニッケルクロム合金におけるクロムの含有量については、質量%で5mass%以上20mass%以下であることが好ましい。クロムの含有量を限定する理由は、クロムの含有量が5mass%未満となると上述したクロム化合物の層の厚さが0.1μm未満となり、微粒子を固定する接着層としての機能が低下し、触媒としての耐熱性も低下するためである。また、クロムの含有量が20mass%を超えると、上述したクロム化合物の層の厚さが過大になり、触媒全体に占めるクロムの割合が増加し、逆に微粒子の主成分であるニッケルの割合が減少することで触媒としての機能が低下し、触媒としての加工性も同時に低下するからである。
【0035】
次に、本発明に係る水素製造用触媒の製造方法について詳細に説明する。本発明に係る水素製造用触媒の製造方法は、酸化性ガスと還元性ガスとの混合ガスの雰囲気下において、ニッケルクロム合金を活性化処理温度で加熱処理する製造方法である。ここで、酸化性ガスとは混合ガス内で酸化反応を促進させるガスをいい、例えば水(水蒸気:HO)、酸素(O)、オゾン(O)、二酸化炭素(CO)のガスが挙げられる。また、還元性ガスとは混合ガス内で還元反応を促進させるガスをいい、例えば水素(H)、一酸化炭素(CO)、メタン(CH)やエタン(C)などの炭化水素系ガスなどのガスが挙げられる。加熱処理を酸化性ガスと還元性ガスとの混合ガスの雰囲気下にて行うことで、前処理にて酸化処理が行われていない場合であっても、この加熱処理中に酸化反応が同時に進行する。なお、水素ガスの発生効率を向上させる観点から加熱処理の前に水蒸気雰囲気にて酸化処理を行っておくことが好ましい。
【0036】
ここで、活性化処理とはメタンやエタンなどの活性化ガスにより本発明に係る水素製造用触媒の母材であるニッケルクロム合金表面の化学的反応性を高める(活性化させる)処理をいい、活性化処理温度とは本発明に係る水素製造用触媒の母材であるニッケルクロム合金が活性化処理される際の雰囲気の温度を言う。加熱処理については、本発明に係る水素製造用触媒の母材であるニッケルクロム合金を封入した大気雰囲気下または減圧雰囲気下の容器または炉内を常温から加熱することで行う。前処理として酸化処理を行っている場合には、酸化処理が一旦終了してからその触媒の母材であるニッケルクロム合金を封入した容器や炉内を再加熱することで行うこともできる。また、酸化処理にてその触媒の母材であるニッケルクロム合金を封入した容器や炉内を加熱している状態であれば、昇温(加熱)または降温(冷却)することで酸化処理から連続して行うこともできる。
【0037】
この加熱処理は、本発明に係る水素製造用触媒の反応温度よりも高い温度で行うことが好ましい。ここで反応温度とは触媒反応が進行する温度をいう。特に、本願においては原料ガスとなる水蒸気等の酸素原子を含むガスと炭化水素系ガス等の炭素原子および水素原子を含むガスとの反応によって水素を発生させるために水素製造用触媒が触媒としての機能を発揮する特定の温度をいう。例えば、本発明に係る触媒の反応温度(触媒反応が進行する温度)が700℃(973K)の場合には720℃(993K)や760℃(1033K)など700℃を超える温度で予め加熱処理を行う。
【0038】
また、反応温度が900℃(1173K)の場合には910℃(1183K)や950℃(1223K)など900℃(1173K)を超える温度で予め加熱処理を行う。すなわち、本発明において活性化処理温度とは本発明に係る水素製造用触媒による触媒反応を進行させる温度(反応温度)によって定まる温度である。加熱時間については触媒全体が加熱温度に充分に到達する時間であることが好ましい。なお、本発明に係る水素製造用触媒を改質器内に設置して使用する場合には、上述した反応温度を作動温度、運転温度、使用温度と呼ぶこともできる。
【0039】
次に、本発明に係る水素製造用触媒を用いた水素製造方法について詳細に説明する。本発明に係る水素製造方法は、上述した水素製造用触媒の存在下にて、水蒸気と炭素原子を含むガスを原料として、水蒸気の分子数と炭素原子を含むガス中の炭素原子数との比であるスチームカーボン比(S/C)を、S/C=1〜3の関係式を満たす条件にて水素を製造する。ここで炭素原子を含むガスとは、メタン(CH)、エタン(C)、プロパン(C)、ブタン(C10)などの鎖式飽和炭化水素ガスやエチレン(C)、プロピレン(C)などの不飽和炭化水素やアセチレン(C)などの鎖式炭化水素、灯油、軽油、ガソリン、ナフサなどの油類を指す。
【実施例1】
【0040】
クロム含有量が異なるニッケルクロム合金製の水素製造用触媒(以下、本触媒という)を用いて触媒反応試験を行い、ニッケルクロム合金中のクロム含有量の変化によるメタン転化率への影響を確認した。その試験結果について表1および図1を用いて説明する。表1はクロム含有量が質量%で5mass%(残部はニッケルであり、その含有量は94.9mass%以上)、10mass%(残部はニッケルであり、その含有量は89.9mass%以上)、15mass%(残部はニッケルであり、その含有量は84.9mass%以上)および20mass%(残部はニッケルであり、その含有量は79.9mass%以上)である本触媒を用いた触媒反応試験後(測定開始から20時間後)の石英管のガス出口側から排出されるガス組成の割合およびメタン転化率(単位:%)を示す。また、図1は実施例の触媒反応試験で用いた触媒処理システム20の模式図を示す。
【0041】
なお、本実施例で用いた全ての水素製造用触媒は、図1に示す石英管2内にニッケルクロム合金を封入させた後、水素ガスと水蒸気との混合ガスの雰囲気下にて常温から900℃(1173K、活性化処理温度)まで昇温させた後、その温度にて保持し、その後に常温まで冷却する処理(加熱処理)を施した触媒を用いた。また、本実施例ではクロム含有量が0mass%である触媒(ニッケルの含有量が99mass%以上である、いわゆる純ニッケル)は触媒反応時の高温雰囲気に耐えられない(耐熱性に問題がある)こと、およびクロム含有量が25mass%以上である触媒は試験装置内の所定形状に加工し難い(加工性に問題がある)ことの理由から予め除外した。
【0042】
触媒処理システム20は、図1に示すように所定の形状・寸法の試料(ニッケルクロム合金製の水素製造用触媒)1を複数個積層させた上で、最上層および最下層に設置された試料1の上下方向に厚さ約10mmの石英ウール10を内径8mmの石英管2内にそれぞれ装填した状態で触媒反応試験を行えるシステムになっている。また、本システム20は図示しない窒素ボンベより蒸発器9を通して窒素ガスを石英管2内へ供給しながら、アルミニウムブロック炉3に内蔵した図示しない電熱ヒータにより石英管2の外周面を加熱できる構造となっている。そして、ガスクロマトグラフ4により石英管2内に水素が残留していないことを確認した後、純水収容部5よりポンプ6を経由して蒸発器9にて気化した水蒸気および図示しないメタンガスボンベよりメタンガスをそれぞれ石英管2内へ供給することで触媒反応試験を行った。
【0043】
ここで、メタン転化率とは触媒反応試験中に供給したメタン量に対する水素発生に寄与したメタン量の割合(比率)をいう。具体的には、図1に示すガスクロマトグラフ4およびフローメータ8により測定された、1分間当たりの一酸化炭素(CO)量(mL/min)、二酸化炭素(CO)量(mL/min)およびメタン(CH)量(mL/min)を用いて、
メタン転化率(%)=(CO量+CO量)/(CO量+CO量+CH量)×
100 の式に基づいてメタン転化率が算出される。
【0044】
また、本試験に用いたクロム含有量が質量%で5mass%、10mass%、15mass%および20mass%である計4水準の触媒の形状は、ニッケルクロム合金を幅5mm、長さ200mm、厚さ0.03mmの箔状に圧延加工した後、前述した条件で加熱処理を行い、直径8mm、高さ20mmの形状に変形したものを触媒(試料)として使用した。
【0045】
また、本試験は触媒の母材であるニッケルクロム合金に対して事前の処理として上述した活性化処理を行った後、引き続いて図1に示す触媒処理システム20にて一酸化炭素等のガス量の測定を行った。本試験における各処理の手順について以下に説明する。触媒反応により発生する種々のガスの測定方法は、石英管2の温度を800℃(1073K)まで昇温しながらメタンガスを毎分10mL(10mL/min)および水蒸気を毎分10mL(10mL/min)の各割合で石英管2内へ供給し続けた。石英管2の温度が800℃(1073K)に達して、30分間保持した後に石英管2から排出されるCO(一酸化炭素)、CO(二酸化炭素)、CH(メタン)およびHO(水蒸気)の全てのガス量の測定をコールドトラップ7に通した後にフローメータ8を用いて測定を開始した。なお、一般的な水素製造用触媒を用いた水素製造ではS/Cが3以上となる条件で原料ガスを供給して行うが、本試験ではS/C=1.0となるよう水素製造時において最も過酷な原料ガスの供給条件で行った。
【0046】
【表1】
【0047】
表1に示すように測定開始から20時間後の石英管から排出されるガス組成の割合(単位:%)は、クロム含有量が質量%で5mass%の触媒では水素が53.3%、メタンが14.7%、一酸化炭素が14.0%、二酸化炭素が3.0%、水蒸気が15.0%であった。クロム含有量が10mass%まで増加すると、石英管から排出されるガス組成の割合は水素が65.4%、メタンが6.4%、一酸化炭素が18.8%、二酸化炭素が2.1%、水蒸気が7.3%であった。さらに、クロム含有量が15mass%まで増加すると、石英管から排出されるガス組成の割合は水素が63.2%、メタンが7.9%、一酸化炭素が17.9%、二酸化炭素が2.4%、水蒸気が8.6%であった。そして、クロム含有量が20mass%の場合では、石英管から排出されるガス組成の割合は水素が60.8%、メタンが9.9%、一酸化炭素が17.1%、二酸化炭素が2.6%、水蒸気が9.6%であった。以上の結果より、石英管から排出されるガス組成の割合、特に水素ガスの占める割合は触媒のクロム含有量が10mass%、15mass%、20mass%および5mass%の順に多いことがわかった。
【0048】
同様に、表1に示すように測定開始から20時間後のメタン転化率はクロム含有量が質量%で5mass%の触媒では53.6%であり、クロム含有量が10mass%まで増加するとメタン転化率は76.6%にまで上昇した。クロム含有量が15mass%まで増加すると、メタン転化率は一転して72.0%にまで減少した。そして、クロム含有量が20mass%の場合ではメタン転化率は66.6%まで再び減少した。一般的な触媒反応試験において、試験開始から20時間後のメタン転化率が50%以上であれば、長時間の触媒機能を発揮できる基準とされている。したがって、この基準から判断してクロム含有量が質量%で5mass%、10mass%、15mass%および20mass%である計4水準全ての触媒は、メタン転化率が50%以上であったので長時間の触媒機能を発揮できた(請求項8)。また、クロム含有量が5〜20mass%の水素製造用触媒は他のクロム含有量のニッケルクロム合金製水素製造用触媒に比べて、耐熱性と加工性の点に関して優れている。
【実施例2】
【0049】
次に、実施例1で用いた水素製造用触媒(クロム含有量:5mass%〜20mass%)におけるクロム化合物の層の厚さを、任意に選定した観察位置にて撮影された電子顕微鏡写真により測定した。その結果について図2および表2を用いて説明する。図2は実施例1で用いたクロム含有量が10mass%の水素製造用触媒の透過型電子顕微鏡(TEM)の代表写真(倍率:20000倍)、表2は実施例1で用いたクロム含有量が5mass%〜20mass%である水素製造用触媒において任意に選定した複数個所におけるクロム化合物の層の厚さの測定結果を示す。なお、透過型電子顕微鏡には日本電子社製のJEM−2100F(型式)を用いた。
【0050】
本発明に係る水素製造用触媒は、図2に示すように母材であるニッケルクロム合金上は約1μm厚さのクロム化合物の層によって覆われており、そのクロム化合物の層上にはニッケルを主成分とする微粒子が分散された状態である。詳しく観察すると、微粒子はその大部分がクロム化合物の層に埋没した状態(担持)で存在し、下地層であるクロム化合物の層によって微粒子の周囲が覆われている。本発明者は、ニッケルを主成分とする微粒子の大部分がクロム化合物の層に覆い被さっていることで堅固に固定されているため、本発明に係る水素製造用触媒が長期の水素製造時においても触媒表面から微粒子が遊離することを防止し、結果として触媒表面へのカーボンの発生を抑制していると考える。
【0051】
【表2】
【0052】
クロム化合物の層の厚さについては表2に示すように、クロム含有量が5mass%の場合には、その厚さは0.10〜0.29μmの範囲であり、クロム含有量が10mass%の場合には、その厚さは0.29〜0.56μmの範囲であった。また、クロム含有量が15mass%の場合には、その厚さは0.45〜0.66μmの範囲であり、クロム含有量が20mass%の場合には、その厚さは0.56〜0.71μmの範囲であった。以上の測定結果より、本発明に係る水素製造用触媒におけるクロム化合物の層の厚さが0.10μm以上であれば、長時間における触媒機能を発揮できることがわかった(請求項7)。なお、実施例1で用いたクロム含有量が5mass%〜20mass%の触媒表面には、目視による観察をした結果、カーボンの析出は確認されなかった。
【実施例3】
【0053】
次に、実施例1で用いたクロム含有量5mass%〜20mass%の水素製造用触媒における微粒子の組成を、WDS(波長分散形X線分光器)を用いて複数箇所について測定(分析)した。その測定結果について表3を用いて説明する。表3は、実施例1で用いたクロム含有量5mass%〜20mass%の水素製造用触媒における微粒子の構成元素とその割合(単位:mass%)の範囲を示す。なお、微粒子の組成分析においては、粒径が1μm未満の場合には下地層であるクロム化合物の層の組成も合わせて分析する恐れがあるため、分析対象は粒径が1μm以上の微粒子のみとした。
【0054】
【表3】
【0055】
微粒子の組成は、表3に示すように主成分であるニッケルが83.1〜97.6mass%であり、次いでクロムが1.2〜11.0mass%、酸素が0.7〜9.9mass%、最後に炭素が0.0〜1.6mass%であった。これらの結果より、ニッケルクロム合金製(クロム含有量:5mass%〜20mass%)の水素製造用触媒において、触媒表面に現れる微粒子はニッケルを主成分とし、他の成分としてはクロム(Cr)以外に酸素(O)が必須の構成元素であること(請求項1)、および微粒子中の酸素の割合は0.7〜9.9mass%であること(請求項2)がわかった。
【実施例4】
【0056】
次に、実施例1および2で用いた水素製造用触媒の中で、クロム含有量が10mass%の水素製造用触媒に限定して実施例1と同様の条件で長期の触媒反応試験を行い、メタン転化率(%)の変化を測定した。その測定結果について表4を用いて説明する。表4は、水素製造用触媒(クロム含有量:10mass%)の(試験)経過時間とメタン転化率の変化を示す。本実施例で用いた水素製造用触媒は、図1に示す石英管2内にニッケルクロム合金を封入させた後、水蒸気の雰囲気下にて石英管2内の温度を常温から600℃(873K)まで昇温させた後、600℃(873K)にて保持させた(酸化処理)。その後、水素ガスと水蒸気との混合ガスの雰囲気下にて再び石英管2内の温度を600℃(873K)から900℃(1173K)まで昇温させた後、900℃(活性化処理温度)で保持して、その後に常温まで冷却する処理(加熱処理)を施して製造した触媒を用いた。
【0057】
なお、触媒反応試験に用いた使用装置については実施例1の場合と同様であるが、試験条件については図1に示す石英管2の温度を800℃(1073K)まで昇温しながらメタンガスを毎分21mL(21mL/min)および水蒸気を毎分21mL(21mL/min)の各割合で石英管2内へ供給して、通常の経過時間の約10倍速となるような促進条件で行った。例えば、本試験において経過時間が10時間であれば通常速度で約4日間の長期使用に相当し、経過時間が100時間であれば通常速度で約42日間の長期使用に相当する促進条件となる。
【0058】
【表4】
【0059】
表4に示すように、試験開始後50時間経過後でメタン転化率は79.8%、100時間経過後でメタン転化率は76.3%、300時間経過後でメタン転化率は71.7%、500時間経過後でメタン転化率は67.1%、780時間経過後でメタン転化率は60.6%であった。最終の780時間経過後であってもメタン転化率は60.6%まで低下したが、長時間(長期)の触媒機能を発揮できる触媒の適否の基準(メタン転化率50%以上)を満たしていた。
【0060】
試験終了後の触媒表面を実施例2の場合と同様に電子顕微鏡により、クロム化合物の層の厚さを複数箇所について測定した。その結果、試験開始から780時間経過(通常速度で約325日経過相当)後の触媒表面におけるクロム化合物の層の厚さは1.50〜2.50μmの範囲であった。したがって、本発明に係る水素製造用触媒のクロム化合物の層は、使用開始から時間が経過するごとに徐々に厚くなっていき、水素製造用触媒の長期使用時におけるクロム化合物の層の厚さの上限は2.50μmであることがわかった。
【実施例5】
【0061】
次に、クロム含有量が10mass%である水素製造用触媒を実施例1で用いた触媒の代表として、試験終了後に常温まで冷却した石英管のガス入口側およびガス出口側の両側から各1個ずつ触媒を取り出した。その後、各触媒の表面組織を電子顕微鏡により観察(倍率:5000倍)して、微粒子の大きさおよび分布を確認した。その確認結果について図3ないし図5ならびに表5および表6を用いて説明する。図3は実施例1において図1に示す石英管2のガス入口側から最も近い位置に設置された触媒表面の電子顕微鏡の代表写真(倍率:5000倍)、図4は実施例1において図1に示す石英管2のガス出口側から最も近い位置に設置された触媒表面の電子顕微鏡の代表写真(倍率:5000倍)を示す。また、図5は、図4に示す触媒表面の一部の低加速電子顕微鏡(SEM)の代表写真(倍率:24万倍)を示す。なお、図3および図4の電子顕微鏡には日本電子社製のJXA−8500F(型式)、図5の低加速電子顕微鏡にはエスアイアイ・ナノテクノロジー社製のSMF−1000(型式)をそれぞれ用いた。
【0062】
表5は図3に示す電子顕微鏡写真に基づいて計測した触媒表面における微粒子の粒径とその微粒子が占める累積投影面積率(単位:%)との関係、表6は図4に示す電子顕微鏡写真に基づいて計測した触媒表面における微粒子の粒径とその微粒子が占める累積投影面積率(単位:%)との関係を示す。以下、微粒子の粒径とその累積投影面積率の測定結果について、石英管のガス入口側に設置された触媒とガス出口側に設置された触媒とにそれぞれ分けて説明する。
【0063】
石英管のガス入口側から近い位置に設置された触媒表面は、図3に示すようにニッケルを主成分とする微粒子(白い粒状の物質)とクロム化合物の層(黒い組織)が確認できた。ニッケルを主成分とする微粒子の形状については、球形状、多角形状、芋虫形状など様々な形態が確認できた。また、微粒子の粒径については1μm以下の、いわゆるナノオーダーサイズから数μmまでの広範囲に及んでいた。
【0064】
【表5】
【0065】
触媒表面の投影面積に対するニッケルを主成分とする微粒子の投影面積の割合は、表5に示すように微粒子の粒径が0.3μmまでのもの(微粒子の最小粒径は0.1μm)は累計で2.0%、0.4μmまでのものが累計で3.5%、0.5μmまでのものが累計で4.6%、1μmまでのものが累計で14.0%であり、最大粒径5μmまでのものが累計で27.5%であった。この結果から、石英管のガス入口側に設置された触媒表面における微粒子の粒径の分布範囲は0.1μm〜5μmであった。また、(触媒表面の投影面積に対する)微粒子の投影面積が占める割合は最大27.5%であった。
【0066】
同様に、石英管のガス出口側から近い位置に設置された触媒表面は、図4に示す様に図3と同様でニッケルを主成分とする微粒子(白色の粒状の部分)とクロム化合物の層(黒色の部分)が確認できた。ニッケルを主成分とする微粒子の形状については、入口側と同様に球形状、多角形状、芋虫形状など様々な形態が確認できた。また、微粒子の粒径については、1μm以下のナノオーダーサイズの微粒子がほぼ全てを占めていた。
【0067】
【表6】
【0068】
触媒の投影面積に対するニッケルを主成分とする微粒子の投影面積の割合は、表6に示すように微粒子の粒径が0.3μmまでのもの(微粒子の最小粒径は0.05μm)が累計で2.3%、0.4μmまでのものが累計で3.4%、0.5μmまでのものが累計で4.9%、0.6μmのものが累計で6.8%であり、最大粒径1.2μmのものが累計で13.1%であった。この結果から、石英管のガス出口側に設置された触媒表面における微粒子の粒径の分布範囲は0.05μm〜1.2μmであった。また、触媒の表面における微粒子の投影面積が占める割合は最大13.1%であった。ここで、図4に示す触媒表面の一部について更に倍率を24万倍まで拡大すると、図5に示すように触媒表面に存在する微粒子には、粒径が50nm(0.05μm)程度の微粒子(一次微粒子)と、複数個の一次微粒子が集まることで形成された、粒径が0.3μm以上の微粒子(二次微粒子)との2種類の微粒子が存在していたことがわかった。
【0069】
以上の測定(観察)結果から、本発明に係る水素製造用触媒を構成するニッケルを主成分とする微粒子の粒径は0.05μm(50nm)以上5μm以下であること(請求項3)、およびその微粒子の投影面積が占める割合は、触媒表面の投影面積に対して13.1%以上27.5%以下であること(請求項4)により、長時間における触媒機能を発揮することができた。
【実施例6】
【0070】
次に、クロム含有量が10mass%である水素製造用触媒を実施例1で用いた触媒の代表として、試験終了後に石英管から取り出した後、触媒の表面に対してX線回折装置(XRD)を用いて、触媒表面を構成する物質を定性分析した。その分析結果について図6を用いて説明する。図6は実施例1の触媒反応試験の終了後の本発明に係る水素製造用触媒(クロム含有量:10mass%)および圧延直後で触媒反応試験には供していないニッケルクロム合金(クロム含有量:10mass%)のX線回折結果を示す。なお、X線回折装置にはリガク社製のRINT2200(型式)を用いた。
【0071】
圧延工程を経た直後のニッケルクロム合金(クロム含有量:10mass%)のX線回折結果は、図6に示すように基地組織であるニッケルクロム合金(Ni−Cr)およびニッケルが解析された。これに対して、触媒反応試験後の本発明に係る水素製造用触媒(クロム含有量:10mass%)のX線回折結果は、基地組織であるニッケルクロム合金およびニッケルの他に、触媒表面を構成しているクロム化合物、すなわちCr(酸化クロム(III))が解析された。これらの解析結果より、本発明に係るクロム含有量が5〜20mass%である水素製造用触媒の表面が酸化クロム(III)(Cr)に覆われていることが触媒機能を十分に発揮する上で有効であることが確認された(請求項6)。
【実施例7】
【0072】
次に、水素製造用触媒(クロム含有量:10mass%)を用いて触媒反応試験を行い、水素製造原料である水蒸気の分子数と炭素原子を含むガス中の炭素原子数との比である、スチームカーボン比(S/C)を変化させた場合のメタン転化率を測定した。その測定結果について表7を用いて説明する。
【0073】
本実施例の触媒反応試験に用いた試料形状は、水素製造用触媒を直径16mm、高さ100mmの形状に変形したものとした。触媒反応試験により発生した種々のガスの測定は、図1に示す石英管2の温度を800℃(1073K)まで昇温しながらメタンガスを毎分84mL供給した状態で、クロマトグラフ4およびフローメータ8を用いて行った。また、図1に示す石英管2内へ供給する水蒸気の量は、S/C=0.8、0.9、1.0、1.1、1.2、1.5、2.0および3.0(計8水準)の関係式を満たすように、水蒸気を毎分67.2〜252mL(67.2〜252mL/min)の範囲でメタンガスと同時に石英管2内へ供給した。メタン転化率は、試験開始後10分経過時の一酸化炭素、二酸化炭素およびメタンの流量を測定して、それらの流量値から算出した。表7は、触媒反応試験中でスチームカーボン比(S/C)を変化させた場合のメタン転化率(単位:%)の変化を示す。
【0074】
【表7】
【0075】
水素製造用触媒(クロム含有量:10mass%)を用いた水素製造効率の指標の1つであるS/Cを0.8〜3.0までの範囲で変化させて触媒反応試験を行った際のメタン転化率は、表7に示すようにS/C=3.0(水蒸気供給量:毎分252mL、メタンガス供給量:毎分84mL)の場合、メタン転化率は91.9%であり、S/C=2.0(水蒸気供給量:毎分168mL、メタンガス供給量:毎分84mL)の場合、メタン転化率は95.8%であった。また、S/C=1.5(水蒸気供給量:毎分126mL、メタンガス供給量:毎分84mL)の場合、メタン転化率は95.0%であり、S/C=1.2(水蒸気供給量:毎分100.8mL、メタンガス供給量:毎分84mL)の場合、メタン転化率は90.6%であった。さらに、S/C=1.1(水蒸気供給量:毎分92.4mL、メタンガス供給量:毎分84mL)の場合、メタン転化率は89.0%であり、S/C=1.0(水蒸気供給量:毎分84mL、メタンガス供給量:毎分84mL)の場合、メタン転化率は79.0%であった。
【0076】
S/Cが1.0未満では、S/C=0.9(水蒸気供給量:毎分75.6mL、メタンガス供給量:毎分84mL)の場合、メタン転化率は78.0%、S/C=0.8(水蒸気供給量:毎分67.2mL、メタンガス供給量:毎分84mL)の場合、メタン転化率は74.0%であった。以上の測定結果より、本発明に係る水素製造用触媒を用いて、S/Cが1.0未満の条件下で水素製造を行っても、S/Cが1.0以上の条件下の場合に比べてメタン転化率が極度に減少することはなく、ほぼ比例的に減少することがわかった。同時に、水素製造用改質器内にて不測の事態(例えば、水道配管の凍結等によって水蒸気の供給量が炭化水素系ガスの供給量を下回る様な状況)により水素ガスを製造する原料ガスのS/C比が1.0未満となる条件下であっても、メタン転化率は長期使用の基準となる50%以上を上回っていたので、本発明に係る水素製造用触媒は長期使用においても触媒機能を十分に維持できる(請求項11)。
【実施例8】
【0077】
次に、本発明に係る水素製造用触媒(クロム含有量:10mass%)および比較材としてニッケル基の粒状触媒(多孔質のアルミナにニッケルを含浸させた市販の触媒:粒径は約3mm)を用いて、S/C=0.8の条件下にて触媒反応試験を行い、メタン転化率の経時変化を測定した。その測定結果について表8を用いて説明する。本発明に係る水素製造用触媒の試料形状は、水素製造用触媒を直径8mm、高さ20mmの形状のものとした。また、触媒反応試験中に発生する種々のガス量の測定は、図1に示す石英管2の温度を800℃(1073K)まで昇温しながらメタンガスを毎分10mL、水蒸気を毎分8.0mL供給した(S/C=0.8)状態で、クロマトグラフ4およびフローメータ8を用いて行った。表8は、本発明に係る水素製造用触媒およびニッケル基の粒状触媒(比較材)のメタン転化率と石英管の内圧の経時変化を示す。
【0078】
【表8】
【0079】
本発明に係る水素製造用触媒(以下、本発明品という)は、表8に示すようにメタン転化率は試験開始から1時間経過後に74%、3時間経過後に75%であり、試験終了後の14時間後に75%であり、試験開始から大きな変化は見られなかった。また、本発明品が封入された石英管内の圧力は試験開始から14時間経過後でも変化は無く、常に0MPa(0bar)であった。さらに、試験終了後に常温に冷却した石英管から本発明品を取り出して、目視による表面観察を行ったが、カーボンの析出は確認されなかった。
【0080】
これに対して、比較材のメタン転化率は試験開始から1時間経過後に82%、3時間経過後に83%、7時間経過後に84%であり、大きな変化は見られなかった。ところが、試験開始から10時間経過後にメタン転化率は79%まで低下して、試験終了後の14時間後には74%まで更に低下した。また、比較材が封入された石英管内の圧力は試験開始から5時間経過後でも変化は無く、0MPa(0bar)であったが、試験開始から7時間経過後には石英管内の圧力は0.01MPa(0.1bar)、10時間経過後には0.03MPa(0.3bar)、13時間経過後に0.10MPa(1.0bar)まで上昇した。最終的に比較材が封入された石英管内の圧力は、試験開始から14時間経過後に0.11MPa(1.1bar)まで上昇して、石英管が管内圧力の上昇により破損する恐れがあったため、試験開始から14時間を経過した時点で触媒反応試験を終了した。
【0081】
試験終了後、石英管が常温まで冷却したことを確認してから石英管内から比較材を取り出して、目視により比較材の表面の観察を行ったところ、試験開始時は白色を呈していた比較材の表面が黒色の物質に覆われていた。この黒色の物質を実施例5で用いた日本電子社製の電子顕微鏡(SEM)で分析した結果、カーボン(C)であることがわかった。触媒反応試験中に比較材が封入された石英管の管内圧力が上昇した原因は、試験時間の経過と共に比較材の表面にカーボンが徐々に発生したことで石英管の内面と封入された比較材との隙間が徐々に閉塞された結果、触媒反応によって発生した水素の流れが途中で遮断されて、石英管内に滞留したためと考えられる。以上の試験結果より、ニッケルが含有された従来の触媒を用いた水素製造工程では触媒表面にカーボンが発生する条件であるS/Cが1.0未満の場合において、本発明に係る水素製造用触媒を用いることで触媒機能を長時間維持した状態であっても触媒表面にカーボンは析出し難いことがわかった(請求項11)。
【符号の説明】
【0082】
1 試料(ニッケルクロム合金製の水素製造用触媒)
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図5
図6