(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
一般的に、エンジン自動車用の自動変速機は、エンジン出力を変速するための変速機構と、該変速機構にエンジン出力を伝達するトルクコンバータとを備える。
【0003】
トルクコンバータは、エンジンのクランクシャフトと一体的に回転するポンプと、該ポンプに対向配置され、該ポンプにより流体を介して駆動されるタービンと、該ポンプとタービンとの対向部の内側に配置されてトルク増大作用を行うステータとを有する。また、エンジンの燃費性能を向上させるため、トルク増大作用を利用する発進時等やポンプとタービンの相対回転を許容する必要がある変速時等を除いて、該ポンプとタービンとを直結するロックアップクラッチが設けられることがある。
【0004】
この種のトルクコンバータにおいて、ロックアップクラッチのピストン部(ロックアップピストン)を挟んだ一方の側には油圧室が形成され、該油圧室に締結油圧が供給されることで、ロックアップピストンが摩擦板に締結力を作用させて、ロックアップクラッチが締結される。また、油圧室に供給される締結油圧ないし締結力の調整により、ロックアップクラッチをスリップ制御することができる。このスリップ制御を行うことにより、エンジンのトルク変動を効果的に吸収することができる。
【0005】
ところで、トルクコンバータのケース内には、ポンプとタービンとの間で動力を伝達するための作動油が充填されているが、このケース内の油圧(内圧)は、ポンプの回転速度、タービンの回転速度、及びポンプとタービンの速度比等の変化に伴って大きく変動する。このような内圧が、上記ロックアップピストンに反油圧室側から作用する場合、この内圧の変動に伴って、一定の締結油圧に対して摩擦板に作用する締結力が変動するため、ロックアップクラッチの締結制御やスリップ制御を緻密に制御することが困難になる。また、このように締結力を変動させる内圧の変動を考慮すると、内圧が最も高くなる状態に対応させるために締結油圧を高めに設定する必要があるため、高容量の油圧ポンプが必要となり、結果として、エンジン負荷の増大ひいては燃費の悪化を招いてしまう。
【0006】
この問題を解消するために、例えば特許文献1の第3図に開示されているように、ロックアップピストンを挟んだ油圧室とは反対側にキャンセル室を設けることがある。このキャンセル室は、絞り(オリフィス)を介して内圧室に連通するように設けられる。これにより、キャンセル室には、内圧よりも低い油圧が絞りを介して安定的に供給され、ケース内の内圧がロックアップピストンに反油圧室側から作用することを阻止することができる。よって、内圧の変動によるロックアップクラッチの締結力の変動を抑制することができ、これにより、ロックアップクラッチの締結制御やスリップ制御を緻密に行うことが可能になる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、上記の特許文献1には、キャンセル室に導入された作動油をどのように排出するかについて記載されていないが、一般的には、タービンシャフト(トルクコンバータの出力軸、すなわち、変速機構の入力軸)に排油路を設けて、この排油路を通して、キャンセル室の排油を変速機構側へ排出することが考えられる。
【0009】
しかしながら、このようにキャンセル室の排油を単に排出するだけでは、オイルポンプの仕事を必ずしも十分に有効活用しているとは言えない。そのため、エンジンの燃費を向上させる上で、キャンセル室からの排油を有効利用することでオイルポンプの駆動損失を低減することが望まれる。
【0010】
そこで、本発明は、トルクコンバータ内に、ロックアップクラッチのピストン部の締結力が内圧の変動に伴って変動することを抑制するためのキャンセル室を設ける場合に、このキャンセル室からの排油を有効利用することで、オイルポンプの駆動損失を低減することができる自動変速機を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するため、本発明は、次のように構成したことを特徴とする。
【0012】
まず、本願の請求項1に記載の発明は、
トルクコンバータと、
該トルクコンバータの出力が入力される変速機構とを有し、
前記トルクコンバータは、その入力側と出力側とを結合するロックアップクラッチを備え、
前記トルクコンバータ内に、
所定の給油路から作動油が供給されて所定の排油路へ作動油を排出するトルクコンバータ内圧室と、前記トルクコンバータ内圧室用の前記給油路及び前記排油路から独立した給油路から締結油圧が供給される油圧室と、前記ロックアップクラッチのピストン部を挟んで
前記油圧室とは反対側に配置され、絞りを介して
前記トルクコンバータ内圧室に連通されたキャンセル室とが設けられ、
前記変速機構を構成する複数の摩擦締結要素のうち、発進時に締結されない所定の摩擦締結要素に、ピストンを挟んで締結油圧が供給される油圧室の反対側に遠心バランス室が設けられた自動変速機であって、
前記キャンセル室の作動油を前記変速機構側に導く排油路が設けられ、
該排油路は、該排油路からの排油が前記所定の摩擦締結要素の遠心バランス室の作動油として該遠心バランス室に導入されるように設けられていることを特徴とする。
【0013】
また、請求項2に記載の発明は、前記請求項1に記載の自動変速機において、
前記変速機構は、発進時に締結される摩擦締結要素を含み、
該摩擦締結要素に、ピストンを挟んで締結油圧が供給される油圧室の反対側に遠心バランス室が設けられ、
該遠心バランス室への作動油導入路は、オイルポンプからトルクコンバータ内を経由することなく作動油を導入するように設けられていることを特徴とする。
【0014】
さらに、請求項3に記載の発明は、前記請求項2に記載の自動変速機において、
前記発進時に締結される摩擦締結要素は、第1速を含む低変速段が用いられる低変速域で締結される要素であり、
前記所定の摩擦締結要素は、所定の高変速段が用いられる高変速域で締結される要素であることを特徴とする。
また、請求項4に記載の発明は、
トルクコンバータと、
該トルクコンバータの出力が入力される変速機構とを有し、
前記トルクコンバータは、その入力側と出力側とを結合するロックアップクラッチを備え、
前記トルクコンバータ内に、所定の給油路から作動油が供給されて所定の排油路へ作動油を排出するトルクコンバータ内圧室と、前記トルクコンバータ内圧室用の前記給油路及び前記排油路から独立した給油路から締結油圧が供給される油圧室と、前記ロックアップクラッチのピストン部を挟んで前記油圧室とは反対側に配置され、絞りを介して前記トルクコンバータ内圧室に連通されたキャンセル室とが設けられ、
前記変速機構を構成する複数の摩擦締結要素のうち所定の摩擦締結要素に、ピストンを挟んで締結油圧が供給される油圧室の反対側に遠心バランス室が設けられた自動変速機であって、
前記キャンセル室の作動油を前記変速機構側に導く排油路が設けられ、
該排油路は、該排油路からの排油が前記所定の摩擦締結要素の遠心バランス室の作動油として該遠心バランス室に導入されるように設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
以上の構成により、本願各請求項の発明によれば、次の効果が得られる。
【0016】
まず、本願の請求項1に記載の発明に係る自動変速機によれば、トルクコンバータ内に、ロックアップクラッチのピストン部の締結力が内圧の変動に伴って変動することを抑制するためのキャンセル室を設ける場合において、変速機構を構成する複数の摩擦締結要素のうち、発進時に締結されない所定の摩擦締結要素の遠心バランス室の作動油として、前記キャンセル室からの排油が利用されるため、オイルポンプの仕事を有効利用することができる。よって、オイルポンプの駆動損失を低減して、エンジンの燃費向上を図ることができる。
【0017】
ところで、キャンセル室からの排油は、トルクコンバータの内圧室に供給された作動油が絞りを介してキャンセル室に導入された後、該キャンセル室から排出されるものであるから、特にトルクコンバータ内に作動油が十分に充満されていない長期停車後の発進時等において、キャンセル室からの排油は、変速機構側に排出されるまでの間にある程度の時間がかかり、摩擦締結要素の遠心バランス室への導入が遅れることになる。一方、摩擦締結要素の締結及びスリップ制御は、遠心バランス室に作動油が導入されていることを前提として行われる。そのため、発進時に締結される摩擦締結要素の遠心バランス室にキャンセル室からの排油を供給するように構成すると、当該摩擦締結要素の発進時における緻密な制御が困難となり、発進性を悪化させることが懸念される。
【0018】
これに対して、請求項1の発明では、発進時に締結されない摩擦締結要素に、キャンセル室からの排油が導入されるようにしている。当該摩擦締結要素は、発進後にトルクコンバータ内で作動油の充満が進んだときに締結されるため、該摩擦締結要素の締結時において、遠心バランス室への作動油の導入を確実に達成することができる。よって、該摩擦締結要素の締結制御またはスリップ制御を緻密に行うことが可能になる。
【0019】
また、請求項2に記載の発明によれば、発進時に締結される摩擦締結要素の遠心バランス室に、作動油がオイルポンプからトルクコンバータ内を経由することなく速やかに導入される。そのため、長期停車後の発進時等、トルクコンバータ内に作動油が十分に充満されていない場合であっても、前記発進時に締結される摩擦締結要素において、遠心バランス室に作動油が確実に導入されることにより、緻密な締結制御またはスリップ制御を行うことができる。
【0020】
さらに、請求項3に記載の発明を請求項2に記載の発明に適用した場合、所定の高変速段が用いられる高変速域で締結される摩擦締結要素において、前記キャンセル室からの排油が遠心バランス室に導入される。そのため、専ら第1速等の低変速段で発進が行われ、高変速段では発進が行われない自動変速機において、請求項1,2の発明による前記効果が確実に達成される。
また、本願の請求項4に記載の発明に係る自動変速機によれば、トルクコンバータ内に、ロックアップクラッチのピストン部の締結力が内圧の変動に伴って変動することを抑制するためのキャンセル室を設ける場合において、変速機構を構成する複数の摩擦締結要素のうち所定の摩擦締結要素の遠心バランス室の作動油として、前記キャンセル室からの排油が利用されるため、オイルポンプの仕事を有効利用することができる。よって、オイルポンプの駆動損失を低減して、エンジンの燃費向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0023】
図1は、本実施形態に係る自動変速機1の構成を示す骨子図である。この自動変速機1は、フロントエンジンフロントドライブ車等のエンジン横置き式自動車に適用されるものである。
【0024】
図1に示すように、自動変速機1は、主たる構成要素として、エンジン出力軸2に取り付けられたトルクコンバータ3と、該トルクコンバータ3の出力回転がタービンシャフト4を介して入力される変速機構5とを有する。なお、タービンシャフト4は、トルクコンバータ3の出力軸、及び、変速機構5の入力軸として機能するものである。
【0025】
以下、説明の便宜上、タービンシャフト4の軸方向に関して、エンジン側(図の右側)をフロント側、反エンジン側(図の左側)をリヤ側として説明する。
【0026】
トルクコンバータ3は、エンジン出力軸2に連結されたケース3aと、該ケース3a内に固設されたポンプ3bと、該ポンプ3bに対向配置されて該ポンプ3bにより作動油を介して駆動されるタービン3cと、該ポンプ3bとタービン3cとの間に介設され、且つ、前記変速機ケース6にワンウェイクラッチ3dを介して支持されてトルク増大作用を生じさせるステータ3eとを備えている。タービン3cの回転は、トルクコンバータ3の出力回転として、タービンシャフト4を介して変速機構5に伝達されるようになっている。
【0027】
また、トルクコンバータ3は、その入力側であるケース3aと出力側であるタービン3cとを結合するロックアップクラッチ3fを備えている。該ロックアップクラッチ3fによりケース3aとタービン3cとが結合されることで、エンジン出力軸2がケース3aを介してタービン3cに直結される。
【0028】
変速機構5は、タービンシャフト4の軸心上に配置された状態で、変速機ケース6に収容されている。変速機ケース6は、外周囲を構成する本体部6aと、トルクコンバータ3を介してエンジンにより駆動される機械式のオイルポンプ30が収納されるポンプ収納壁部6bと、本体部6aのリヤ側の開口端部を閉塞するエンドカバー6cとを有する。なお、変速機ケース6は、変速機構5と共にトルクコンバータ3を収容するように構成されており、前記ポンプ収納壁部6bは、変速機ケース6内においてトルクコンバータ3の収容部と変速機構5の収容部とを仕切る仕切壁としての機能を有する。
【0029】
変速機構5は、トルクコンバータ3からの動力がタービンシャフト4を介して入力される第1クラッチ10及び第2クラッチ20と、これらのクラッチ10,20の一方または両方からの動力が入力される第1、第2及び第3プラネタリギヤセット(以下、単に「第1、第2、第3ギヤセット」という)とを有する。
【0030】
第1クラッチ10と第2クラッチ20とは軸方向にオーバーラップして配設されており、第2クラッチ20の径方向外側に第1クラッチ10が配設されている。第1、第2クラッチ10,20のリヤ側には、フロント側から順に第1ギヤセット40、第2ギヤセット50、第3ギヤセット60が配設されている。また、軸方向において、第1、第2クラッチ10,20と第1ギヤセット40との間には出力ギヤ7が配設されている。出力ギヤ7は、変速機構5の出力回転を、カウンタドライブ機構8を介して差動装置9に伝達し、これにより、左右の車軸9a,9bが駆動されるようになっている。
【0031】
また、変速機構5は、第1、第2クラッチ10,20以外の摩擦要素として、第1ブレーキ70、第2ブレーキ80及び第3ブレーキ90を備えており、これらのブレーキ70,80,90はフロント側からこの順序で配置されている。さらに、変速機構5は、第1ブレーキ70と並列に配置されたワンウェイクラッチ100を備えている。
【0032】
第1、第2、第3ギヤセット40,50,60は、いずれもシングルピニオン型のプラネタリギヤセットであり、それぞれ、サンギヤ41,51,61と、サンギヤ41,51,61にそれぞれ噛み合った複数のピニオン42,52,62と、これらのピニオン42,52,62を支持するキャリヤ43,53,63と、複数のピニオン42,52,62に噛み合ったリングギヤ44,54,64とを備えている。
【0033】
第3ギヤセット60のサンギヤ61にはタービンシャフト4が直結されている。また、第1ギヤセット40のサンギヤ41と第2ギヤセット50のサンギヤ51とが互いに連結され、第1ギヤセット40のリングギヤ44と第2ギヤセット50のキャリヤ53とが互いに連結され、第2ギヤセット50のリングギヤ54と第3ギヤセット60のキャリヤ63とが互いに連結されている。さらに、第1ギヤセット40のキャリヤ43には出力ギヤ7が連結されている。
【0034】
また、第1ギヤセット40のサンギヤ41及び第2ギヤセット50のサンギヤ51は、第1クラッチ10の出力部材11に連結されており、これにより、第1クラッチ10を介して断接可能にタービンシャフト4に連結されている。さらに、第2ギヤセット50のキャリヤ53は、第2クラッチ20の出力部材21に連結されており、これにより、第2クラッチ20を介して断接可能にタービンシャフト4に連結されている。
【0035】
以上の構成により、この自動変速機1によれば、第1、第2クラッチ10,20及び第1、第2、第3ブレーキ70,80,90の締結状態の組み合わせにより、前進6速と後退速とが得られるようになっており、その締結状態の組み合わせと変速段との関係は、
図2の締結表に示す通りである。
【0036】
本実施形態において、第1〜第3速が特許請求の範囲に記載の低変速段に該当し、第4〜第6速が特許請求の範囲に記載の高変速段に該当する。
図2に示すように、第1クラッチ10は、低変速段(第1〜第3速)及び第4速で締結されるロークラッチであり、第2クラッチ20は、高変速段(第4〜第6速)で締結されるハイクラッチである。
【0037】
また、本実施形態に係る自動変速機1は、低変速段でのみ発進が行われることから、ロークラッチ10は、特許請求の範囲に記載された「発進時に締結される摩擦締結要素」に相当し、ハイクラッチ20は、特許請求の範囲に記載された「発進時に締結されない摩擦締結要素」に相当する。
【0038】
なお、
図2の締結表に関して、第1ブレーキ70は、エンジンブレーキ作動用のレンジで締結されるようになっており、Dレンジ等では、該第1ブレーキ70に代えてワンウェイクラッチ100がロックすることにより1速段が実現されるようになっているが、Dレンジ等の1速で第1ブレーキ70を締結する場合もある。
【0039】
以下、本実施形態に係る自動変速機1の特徴的な構成について説明する。
【0040】
先ず、
図3を参照しながら、自動変速機1のフロント側部分の構成について説明する。なお、
図3では、トルクコンバータ3の各構成部材の一部または全部の図示を省略している。
【0041】
図3に示すように、タービンシャフト4の内部には、フロント側の端面から軸方向リヤ側に延びる油穴35が形成されている。この油穴35にはパイプ部材36が内嵌されており、油穴35の内部は、パイプ部材36の外側の油路55dと、パイプ部材36の内側の油路65cとに仕切られている。また、パイプ部材36は油穴35よりも短尺であり、油穴35には、パイプ部材36のリヤ側端部よりもリヤ側に隙間65dが形成されている。
【0042】
トルクコンバータ3のタービン3cの内周部はボス状のタービンハブ33fで構成されている。タービンハブ33fは、タービンシャフト4のフロント側端部に外嵌されており、タービンハブ33fのリヤ側部分がタービンシャフト4にスプライン嵌合されている。これにより、タービン3cの駆動力は、タービンシャフト4を介して変速機構5へ伝達されるようになっている。
【0043】
トルクコンバータ3のケース3aは、エンジン出力軸2に連結されたフロントカバー33aでフロント側の半部が構成され、ポンプ3bの外殻を形成するポンプシェル33bでリヤ側の半部が構成されている。フロントカバー33aの内周部には軸方向リヤ側に延びるボス部33eが設けられ、該ボス部33eの内側に、タービンシャフト4及びタービンハブ33fのフロント側端部が嵌合している。なお、ボス部33eの内部空間において、タービンシャフト4及びタービンハブ33fのフロント側端面よりもフロント側には隙間65bが形成されている。一方、ポンプシェル33bの内周端部には、軸方向リヤ側に延びるスリーブ33gが設けられている。
【0044】
フロントカバー33aとタービン3cとの間には、ロックアップクラッチ3fのピストン部としてのロックアップピストン33cと、シールプレート33dとが、フロント側からこの順序で配設されている。これらロックアップピストン33cとシールプレート33dとは、前記ボス部33eの外周部に取り付けられている。
【0045】
トルクコンバータ3のケース3a内には、オイルポンプ30から供給される作動油が充満される。本明細書では、このケース3a内の油圧を「内圧」と定義し、ケース3a内において内圧が生じる空間を「トルクコンバータ内圧室」(以下、単に「内圧室34a」という)と定義して説明する。
【0046】
トルクコンバータ3内において、シールプレート33dを挟んでリヤ側の空間は内圧室34aの一部を構成しており、ロックアップピストン33cとシールプレート33dとの間には、ロックアップクラッチ3fの締結油圧が供給される油圧室34bが形成されている。
【0047】
油圧室34bに後述の給油路55から作動油圧が導入されると、ロックアップピストン33cが締結方向(軸方向フロント側に向かう方向)に作動する。このロックアップピストン33cによって、タービン3cに連結された摩擦板(図示せず)がリヤ側からフロントカバー33aに押しつけられ、これにより、ロックアップクラッチ3fが締結されるようになっている。
【0048】
なお、ロックアップクラッチ3fの締結制御では、該クラッチ3fの締結時のショックを抑制するために、油圧室34bに供給される締結油圧を制御して該クラッチ3fを一旦スリップ状態とし、その後、完全に締結する。
【0049】
また、トルクコンバータ3内において、ロックアップピストン33cを挟んで油圧室34bの反対側、すなわち、フロントカバー33aとロックアップピストン33cとの間にキャンセル室34cが形成されている。キャンセル室34cは、例えば前記ボス部33eを貫通する油穴からなる絞り39を介して、内圧室34aに連通されている。
【0050】
これにより、キャンセル室34cには、内圧よりも低い油圧が絞り39を介して安定的に供給され、ケース3a内の内圧がロックアップピストン33cに反油圧室側から作用することを阻止することができる。よって、内圧の変動によるロックアップクラッチ3fの締結力の変動を抑制することができ、これにより、ロックアップクラッチ3fの締結制御やスリップ制御を緻密に行うことが可能になる。キャンセル室34cの作動油は、後述の排油路65を通して変速機構5側へ排出される。
【0051】
オイルポンプ30は内外一対のポンプギヤ31を備え、該ポンプギヤ31は、変速機ケース6のポンプ収納壁部6bと、該ポンプ収納壁部6bのフロント側に配設されたポンプカバー32との間に収納されている。内側のポンプギヤ31はスリーブ33gのリヤ側端部に係合しており、これにより、エンジン出力軸2の回転によって、ケース3a及びスリーブ33gを介してオイルポンプ30が駆動されるようになっている。
【0052】
ポンプ収納壁部6bの内周端部には軸方向フロント側(トルクコンバータ側)に延びるポンプスリーブ6eと、軸方向リヤ側(変速機構側)に延びるボス部6dとが設けられている。
【0053】
ポンプスリーブ6eは、タービンシャフト4の外周面とスリーブ33gの内周面との間に介装されている。ポンプスリーブ6eの外周面とスリーブ33gの内周面との間には、トルクコンバータ3の内圧室34aへ作動油を供給する給油路59が形成され、ポンプスリーブ6eの内周面とタービンシャフト4の外周面との間には、内圧室34aから作動油を排出する排油路69が形成されている。また、ポンプスリーブ6eのフロント側端部の外周部には、トルクコンバータ3のワンウェイクラッチ3dがスプライン嵌合されている。
【0054】
ボス部6dの内側にはタービンシャフト4が貫通されており、ボス部6dの外側にはロークラッチ(第1クラッチ)10とハイクラッチ(第2クラッチ)20とが配設されている。また、ボス部6dの周壁内には、後述する油路55aを構成する油穴を含む複数の油穴が、周方向に間隔を空けて設けられている。
【0055】
ロークラッチ10は、ドラム12と、その内側に配置されたハブ13とを有する。ドラム12の内周端部は、前記ボス部6dの外周部に配設されたボス状の基部38に結合されている。この基部38は、ボス部6dよりも軸方向リヤ側に突出して設けられ、この基部38のリヤ側突出部38aはタービンシャフト4の外周部にスプライン嵌合されている。一方、ハブ13の内周端部は、タービンシャフト4が貫通するスリーブ状の前記出力部材11に結合されている。
【0056】
ドラム12とハブ13との間には、これらに交互に係合された複数の摩擦板14が配設されている。これらの摩擦板14を締結させるピストン15とドラム12との間には、締結油圧が供給される油圧室18が形成されている。ピストン15を挟んで油圧室18の反対側にはシールプレート16が配設され、ピストン15とシールプレート16との間に、ピストン15を反締結方向に付勢するリターンスプリング17が介装されている。
【0057】
また、ピストン15を挟んで油圧室18の反対側には、ピストン15とシールプレート16との間に遠心バランス室19が形成されている。この遠心バランス室19に作動油が供給されることで、ロークラッチ10の解放時における油圧室18の残存作動油に起因する引きずり抵抗が抑制され、ロークラッチ10の解放制御を精度よく行うことができる。また、ロークラッチ10の締結及びスリップ制御は、遠心バランス室19に作動油が供給されていることを前提として行われるため、遠心バランス室19に作動油が適度に供給されることで、ロークラッチ10を緻密に制御することができる。
【0058】
ハイクラッチ20の構成も、ロークラッチ10と概ね同様である。すなわち、ハイクラッチ20は、ドラム22と、その内側に配置されたハブ23とを有する。ドラム22の内周端部は、ロークラッチ10のドラム12と同じく、前記基部38に結合されている。ハブ23の内周端部は、タービンシャフト4の外周面と前記出力部材11の内周面との間に介装された前記出力部材21に結合されている。
【0059】
ドラム22とハブ23との間には、これらに交互に係合された複数の摩擦板24が配設されている。これらの摩擦板24を締結させるピストン25とドラム22との間には、締結油圧が供給される油圧室28が形成されている。ピストン25を挟んで油圧室28の反対側にはシールプレート26が配設され、ピストン25とシールプレート26との間に、ピストン25を反締結方向に付勢するリターンスプリング27が介装されている。
【0060】
また、ピストン25を挟んで油圧室28の反対側には、ピストン25とシールプレート26との間に遠心バランス室29が形成されている。この遠心バランス室19に作動油が適度に供給されることで、ハイクラッチ20の解放制御と、締結制御及びスリップ制御とを緻密に行うことができる。
【0061】
以下、トルクコンバータ3の油圧室34bへ締結油圧を供給する給油路55と、トルクコンバータ3のキャンセル室34cから作動油を排出する排油路65の構成について説明する。
【0062】
図3に示すように、給油路55は、オイルポンプ30から供給される締結油圧をタービンシャフト4内の前記パイプ部材36の外側の油路55dを通して油圧室34bに導くように設けられている。
【0063】
具体的に、給油路55は、上流側から順に、前記ボス部6dの周壁内に設けられた油路55aと、この油路55aからボス部6dの内周側に向かって延びるように該ボス部6dに設けられた油路55bと、この油路55bに連通可能なようにタービンシャフト4における油穴35から外周側に向かって延設された油路55cと、この油路55cに連通するように配設されたタービンシャフト4の油穴35におけるパイプ部材36の外側の油路55dと、この油路55dの下流部に連通するようにタービンシャフト4の周壁を径方向に貫通して設けられた油路55eと、この油路55eに連通するようにタービンハブ33fの周壁を径方向に貫通して設けられた油路55fと、この油路55fと油圧室34bとを連通可能なようにフロントカバー33aのボス部33eの周壁を径方向に貫通して設けられた油路55gとを備える。
【0064】
前記油路55aは、ボス部6dの周壁のリヤ側端面から軸方向フロント側に向かってポンプ収納壁部6bまで延びると共に、該ポンプ収納壁部6bにおいて、オイルポンプ30の吐出部に連通するように設けられている。該油路55aのリヤ側の開放端部は栓37によって閉塞されている。また、タービンシャフト4の周壁における前記油路55bは、周方向に間隔を空けて複数設けられている。さらに、タービンシャフト4及びタービンハブ33fの周壁には、互いに連通する前記油路65e,65fが周方向に間隔を空けて複数組設けられている。
【0065】
このように構成された給油路55を通してオイルポンプ55から油圧室34bに締結油圧が供給されると、上述のようにロックアップピストン33cが締結方向に作動する。
【0066】
一方、排油路65は、キャンセル室34cの作動油を、タービンシャフト4内における前記パイプ部材36の内側の油路65cを通して変速機構5側に導くように設けられている。
【0067】
具体的に、排油路65は、上流側から順に、フロントカバー33aのボス部33eの外周面におけるキャンセル室34cを構成する部分から内周側に向かって延びるように該ボス部33eに設けられた油路65aと、該油路65aに連通するようにボス部33eの内部空間においてタービンシャフト4及びタービンハブ33fのフロント側先端部よりもフロント側に形成された隙間65bと、この隙間65bに連通するようにパイプ部材36の内側に形成された前記油路65cと、この油路65cに連通するようにタービンシャフト4の油穴35においてパイプ部材36のリヤ側先端部よりもリヤ側に形成された隙間65dと、この隙間65dに連通するようにタービンシャフト4の周壁を径方向に貫通して設けられた油路65eとを備える。
【0068】
このように構成された排油路65は、遠心力が作用しないボス部6dを経由しないように構成されているため、タービンシャフト4の回転による遠心力を利用して、該タービンシャフト4の周壁における前記油路65eの出口から、キャンセル室34cの作動油を円滑に排出することができる。
【0069】
前記油路65eは周方向に間隔を空けて複数設けられており、これらの油路65eの出口は、タービンシャフト4の外周面における前記基部38のリヤ側突出部38aとの嵌合部に配設されている。
【0070】
一方、リヤ側突出部38aには、径方向に貫通する油路65fが形成されている。該油路65fは周方向に間隔を空けて複数配設されており、これらの油路65fの内周側開放端部は、リヤ側突出部38aの内周面におけるタービンシャフト4との嵌合部に配設されている。
【0071】
この構成により、タービンシャフト4とリヤ側突出部38aとの嵌合部には、タービンシャフト4側の前記油路65eとリヤ側突出部38a側の前記油路65fとの連通部が形成されており、これにより、排油路65から排出された排油は、リヤ側突出部38aの油路65fを通ってハイクラッチ20の遠心バランス室29に導入されるようになっている。
【0072】
したがって、ハイクラッチ20の遠心バランス室29の作動油として、キャンセル室34cからの排油を利用することができ、これにより、オイルポンプ30の仕事を有効利用することが可能になる。よって、オイルポンプ30の駆動損失を低減して、エンジンの燃費向上を図ることができる。
【0073】
ここで、ハイクラッチ20は、上記高変速段が用いられる高変速域で用いられることから、発進後にトルクコンバータ3内で作動油の充満が進んだときに締結されることになる。そのため、上記のようにオイルポンプ30からトルクコンバータ3の内圧室34a及びキャンセル室34c、並びに上記排油路65を経由して遠心バランス室29に作動油を導入するように構成しても、この遠心バランス室29への作動油の導入を、ハイクラッチ20の締結時に確実に達成することができる。よって、ハイクラッチ20の締結制御またはスリップ制御を緻密に行うことができる。
【0074】
一方、発進時に締結されるロークラッチ10の遠心バランス室19には、前記基部38の周壁を径方向に貫通する作動油導入路67を通して作動油が導入される。この作動油導入路67は、例えばボス部6dの周壁内に形成された油路(図示せず)を介してオイルポンプ30の吐出部に接続されており、オイルポンプ30から作動油導入路67までトルクコンバータ3内を経由することなく作動油が導入されるようになっている。
【0075】
そのため、長期停車後の発進時等、トルクコンバータ3内に作動油が十分に充満されていない場合であっても、ロークラッチ10において、遠心バランス室19に作動油が迅速且つ確実に導入されることにより、緻密な締結制御またはスリップ制御を行うことができる。
【0076】
以上、上述の実施形態を挙げて本発明を説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではない。
【0077】
例えば、上述の実施形態では、第1及び第2の実施形態で説明した構造を有する自動変速機1に本発明を適用する場合について説明したが、本発明は、あらゆる構造の自動変速機に適用することができる。
【0078】
例えば、本発明が適用される自動変速機は、上述の実施形態と異なり、エンジン縦置き式自動車に適用される自動変速機であってもよいし、ロークラッチ(第1クラッチ)10とハイクラッチ(第2クラッチ)20の一方または両方を備えていない自動変速機であってもよい。
【0079】
また、上述の実施形態では、キャンセル室34cからの排油をハイクラッチ20の遠心バランス室29に導入する構成について説明したが、本発明では、発進時に締結されない摩擦締結要素であれば、ハイクラッチ20以外の摩擦締結要素の遠心バランス室にキャンセル室からの排油を導入するようにしてもよい。