【実施例】
【0034】
次に、本発明に係るサーミスタ用金属窒化物材料及びその製造方法並びにフィルム型サーミスタセンサについて、上記実施形態に基づいて作製した実施例により評価した結果を、
図4から
図15を参照して具体的に説明する。
【0035】
<膜評価用素子の作製>
本発明の実施例及び比較例として、
図4に示す膜評価用素子121を次のように作製した。
まず、反応性スパッタ法にて、様々な組成比のTi−Cr−Al複合ターゲットを用いて、Si基板Sとなる熱酸化膜付きSiウエハ上に、厚さ500nmの表1及び表2に示す様々な組成比で形成されたサーミスタ用金属窒化物材料の薄膜サーミスタ部3を形成した。その時のスパッタ条件は、到達真空度:5×10
−6Pa、スパッタガス圧:0.1〜1Pa、ターゲット投入電力(出力):100〜500Wで、Arガス+窒素ガス+酸素ガスの混合ガス雰囲気下において、窒素ガス分圧を10〜100%、酸素ガス分圧を0〜3%と変えて作製した。
【0036】
次に、上記薄膜サーミスタ部3の上に、スパッタ法でCr膜を20nm形成し、さらにAu膜を200nm形成した。さらに、その上にレジスト液をスピンコーターで塗布した後、110℃で1分30秒のプリベークを行い、露光装置で感光後、現像液で不要部分を除去し、150℃で5分のポストベークにてパターニングを行った。その後、不要な電極部分を市販のAuエッチャント及びCrエッチャントによりウェットエッチングを行い、レジスト剥離にて所望の櫛形電極部124aを有するパターン電極124を形成した。そして。これをチップ状にダイシングして、B定数評価及び耐熱性試験用の膜評価用素子121とした。
なお、比較として(Ti、Cr)
xAl
y(N,O)
zの組成比が本発明の範囲外であって結晶系が異なる比較例についても同様に作製して評価を行った。
【0037】
<膜の評価>
(1)組成分析
反応性スパッタ法にて得られた薄膜サーミスタ部3について、X線光電子分光法(XPS)にて元素分析を行った。このXPSでは、Arスパッタにより、最表面から深さ20nmのスパッタ面において、定量分析を実施した。その結果を表1及び表2に示す。なお、以下の表中の組成比は「原子%」で示している。一部のサンプルに対して、最表面から深さ100nmのスパッタ面における定量分析を実施し、深さ20nmのスパッタ面と定量精度の範囲内で同じ組成であることを確認している。
【0038】
なお、上記X線光電子分光法(XPS)は、X線源をMgKα(350W)とし、パスエネルギー:58.5eV、測定間隔:0.125eV、試料面に対する光電子取り出し角:45deg、分析エリアを約800μmφの条件下で定量分析を実施した。なお、定量精度について、N/(Ti+Cr+Al+N+O)、O/(Ti+Cr+Al+N+O)の定量精度は±2%、Al/(Ti+Cr+Al)の定量精度は±1%ある。
【0039】
(2)比抵抗測定
反応性スパッタ法にて得られた薄膜サーミスタ部3について、4端子法にて25℃での比抵抗を測定した。その結果を表1及び表2に示す。
(3)B定数測定
膜評価用素子121の25℃及び50℃の抵抗値を恒温槽内で測定し、25℃と50℃との抵抗値よりB定数を算出した。その結果を表1及び表2に示す。
【0040】
なお、本発明におけるB定数算出方法は、上述したように25℃と50℃とのそれぞれの抵抗値から以下の式によって求めている。
B定数(K)=ln(R25/R50)/(1/T25−1/T50)
R25(Ω):25℃における抵抗値
R50(Ω):50℃における抵抗値
T25(K):298.15K 25℃を絶対温度表示
T50(K):323.15K 50℃を絶対温度表示
【0041】
これらの結果からわかるように、(Ti,Cr)
xAl
y(N,O)
zの組成比が
図1に示す3元系の三角図において、点A,B,C,Dで囲まれる領域内、すなわち、「0.70≦y/(x+y)≦0.95、0.45≦z≦0.55、0<w≦0.35、x+y+z=1」となる領域内の実施例全てで、抵抗率:20Ωcm以上、B定数:1500K以上のサーミスタ特性が達成されている。
【0042】
上記結果から25℃での抵抗率とB定数との関係を示したグラフを、
図5に示す。また、Al/(Ti+Cr+Al)比とB定数との関係を示したグラフを、
図6に示す。これらのグラフから、Al/(Ti+Cr+Al)=0.7〜0.95、かつ、(N+O)/(Ti+Cr+Al+N+O)=0.45〜0.55の領域で、結晶系が六方晶のウルツ鉱型の単一相であるものは、25℃における比抵抗値が100Ωcm以上、B定数が1500K以上の高抵抗かつ高B定数の領域が実現できている。なお、
図6のデータにおいて、同じAl/(Ti+Cr+Al)比に対して、B定数がばらついているのは、結晶中の窒素量と酸素量とが異なる、もしくは窒素欠陥、酸素欠陥等の格子欠陥量が異なるためである。
さらに、Cr/(Ti+Cr)比とB定数との関係を示したグラフを、
図7に示す。
上記測定結果からわかるように、Al/(Ti+Cr+Al)=0.7〜0.95、かつ、(N+O)/(Ti+Cr+Al+N+O)=0.45〜0.55の条件を満たせば、0.0<Cr/(Ti+Cr)<1.0の広い組成範囲で、25℃における比抵抗値が100Ωcm以上、B定数が1500K以上の高抵抗かつ高B定数の領域が実現できている。
【0043】
表1に示す比較例2,3は、Al/(Cr+Al)<0.7の領域であり、結晶系は立方晶のNaCl型となっている。このように、Al/(Ti+Cr+Al)<0.7の領域では、25℃における比抵抗値が100Ωcm未満、B定数が1500K未満であり、低抵抗かつ低B定数の領域であった。
【0044】
表1に示す比較例1は、(N+O)/(Ti+Cr+Al+N+O)が40%に満たない領域であり、金属が窒化不足の結晶状態になっている。この比較例1は、NaCl型でも、ウルツ鉱型でもない、非常に結晶性の劣る状態であった。また、これら比較例では、B定数及び抵抗値が共に非常に小さく、金属的振舞いに近いことがわかった。
【0045】
(4)薄膜X線回折(結晶相の同定)
反応性スパッタ法にて得られた薄膜サーミスタ部3を、視斜角入射X線回折(Grazing Incidence X-ray Diffraction)により、結晶相を同定した。この薄膜X線回折は、微小角X線回折実験であり、管球をCuとし、入射角を1度とすると共に2θ=20〜130度の範囲で測定した。一部のサンプルについては、入射角を0度とし、2θ=20〜100度の範囲で測定した。
【0046】
その結果、Al/(Ti+Cr+Al)≧0.7の領域においては、ウルツ鉱相(六方晶、AlNと同じ相)であり、Al/(Ti+Cr+Al)<0.65の領域においては、NaCl型相(立方晶、CrN、TiNと同じ相)であった。なお、0.65< Al/(Ti+Cr+Al)<0.7においては、ウルツ鉱型相とNaCl型相との共存する相であると考えられる。
【0047】
このように(Ti、Cr)
xAl
y(N,O)
z系においては、高抵抗かつ高B定数の領域は、Al/(Ti+Cr+Al)≧0.7のウルツ鉱型相に存在している。なお、本発明の実施例では、不純物相は確認されておらず、ウルツ鉱型の単一相である。
なお、表1に示す比較例1は、上述したように結晶相がウルツ鉱型相でもNaCl型相でもなく、本試験においては同定できなかった。また、これらの比較例は、XRDのピーク幅が非常に広いことから、非常に結晶性の劣る材料であった。これは、電気特性により金属的振舞いに近いことから、窒化不足の金属相になっていると考えられる。
【0048】
【表1】
【0049】
次に、本発明の実施例は全てウルツ鉱型相の膜であり、配向性が強いことから、Si基板S上に垂直な方向(膜厚方向)の結晶軸においてa軸配向性が強いか、c軸配向性が強いかについて、XRDを用いて調査した。この際、結晶軸の配向性を調べるために、(100)(a軸配向を示すhkl指数)と(002)(c軸配向を示すhkl指数)とのピーク強度比を測定した。
【0050】
その結果、スパッタガス圧が0.67Pa未満で成膜された実施例は、(100)よりも(002)の強度が非常に強く、a軸配向性よりc軸配向性が強い膜であった。一方、スパッタガス圧が0.67Pa以上で成膜された実施例は、(002)よりも(100)の強度が非常に強く、c軸配向よりa軸配向が強い材料であった。
なお、同じ成膜条件でポリイミドフィルムに成膜しても、同様にウルツ鉱型の単一相が形成されていることを確認している。また、同じ成膜条件でポリイミドフィルムに成膜しても、配向性は変わらないことを確認している。
【0051】
c軸配向が強い実施例のXRDプロファイルの一例を、
図8に示す。この実施例は、Al/(Ti+Cr+Al)=0.76(ウルツ鉱型、六方晶)であり、入射角を1度として測定した。この結果からわかるように、この実施例では、(100)よりも(002)の強度が非常に強くなっている。
また、a軸配向が強い実施例のXRDプロファイルの一例を、
図9に示す。この実施例は、Al/(Ti+Cr+Al)=0.76(ウルツ鉱型、六方晶)であり、入射角を1度として測定した。この結果からわかるように、この実施例では、(002)よりも(100)の強度が非常に強くなっている。
【0052】
なお、グラフ中(*)は装置由来および熱酸化膜Si基板由来のピークであり、サンプル本体のピーク、もしくは、不純物相のピークではないことを確認している。また、入射角を0度として、対称測定を実施し、そのピークが消失していることを確認し、装置由来および熱酸化膜Si基板由来のピークであることを確認した。
【0053】
なお、比較例のXRDプロファイルの一例を、
図10に示す。この比較例は、Al/(Ti+Cr+Al)=0.61(NaCl型、立方晶)であり、入射角を1度として測定した。ウルツ鉱型(空間群P6
3mc(No.186))として指数付けできるピークは検出されておらず、NaCl型単独相であることを確認した。
【0054】
次に、ウルツ鉱型材料である本発明の実施例に関して、さらに結晶構造と電気特性との相関を詳細に比較した。
表2及び
図11に示すように、Al/(Ti+Cr+Al)比がほぼ同じ比率のものに対し、基板面に垂直方向の配向度の強い結晶軸がc軸である材料とa軸である材料とがある。
【0055】
これら両者を比較すると、Al/(Ti+Cr+Al)比が同じであると、a軸配向が強い材料よりもc軸配向が強い材料の方が、B定数が100K程度大きいことがわかる。また、N量(N/(Ti+Cr+Al+N+O))に着目すると、a軸配向が強い材料よりもc軸配向が強い材料の方が、窒素量がわずかに大きいことがわかる。
なお、a軸配向の強い実施例とc軸配向の強い実施例とを比較したCr/(Ti+Cr)比とB定数との関係を示すグラフを、
図12に示す。なお、
図12には、
図11のAl/(Ti+Cr+Al)比がほとんど同じ材料が、プロットされている。Al/(Ti+Cr+Al)比が同じで、かつ、Cr/(Ti+Cr)比が同じであると、a軸配向が強い材料よりもc軸配向が強い材料の方が、B定数が100K程度大きいことを見出している。
【0056】
【表2】
【0057】
次に、本発明の実施例のウルツ鉱型材料に関して、さらに、窒素量と酸素量との相関を調べた。
図13には、N/(Ti+Cr+Al+N)比とO/(N+O)比との関係を調べた結果を示す。この結果からわかるように、N/(Ti+Cr+Al+N)が少ないサンプルほど、O/(N+O)量が多い。また、c軸配向材料のほうが、酸素量が少なくて済むことを示している。
【0058】
また、ウルツ鉱型の金属元素のサイトに、Ti,Cr,Alの3種の元素が添加されていることから、窒素欠陥による格子歪みを3種の金属元素Ti,Cr,Alにより格子歪みを解消することができ、より高い信頼性(耐熱性)のフレキシブル窒化物サーミスタ材料を提供できる。
【0059】
<結晶形態の評価>
次に、薄膜サーミスタ部3の断面における結晶形態を示す一例として、熱酸化膜付きSi基板S上に250nm程度成膜された実施例(Al/(Ti+Cr+Al)=0.76,ウルツ鉱型、六方晶、c軸配向性が強い)の薄膜サーミスタ部3における断面SEM写真を、
図14に示す。また、別の実施例(Al/(Ti+Cr+Al)=0.76,ウルツ鉱型、六方晶、a軸配向性が強い)の薄膜サーミスタ部3における断面SEM写真を、
図15に示す。
これら実施例のサンプルは、Si基板Sをへき開破断したものを用いている。また、45°の角度で傾斜観察した写真である。
【0060】
これらの写真からわかるように、いずれの実施例も高密度な柱状結晶で形成されている。すなわち、c軸配向が強い実施例及びa軸配向が強い実施例の共に基板面に垂直な方向に柱状の結晶が成長している様子が観測されている。なお、柱状結晶の破断は、Si基板Sをへき開破断した際に生じたものである。なお、熱酸化膜付きSi基板S上に200nm、500nm、1000nmの厚さでそれぞれ成膜した場合にも、上記同様、高密度な柱状結晶で形成されていることを確認している。
【0061】
<耐熱試験評価>
表3に示す実施例及び比較例において、大気中,125℃,1000hの耐熱試験前後における抵抗値及びB定数を評価した。その結果を表3に示す。なお、比較として従来のTa−Al−N系材料による比較例も同様に評価した。また、参考として、酸素ガスを含有しない窒素ガスとArガスとの混合ガス雰囲気中で反応性スパッタを行い、Ti−Cr−Al−N系材料による薄膜サーミスタ部3を形成した参考例1(ウルツ鉱型、六方晶系、c軸配向が強い)についても同様に耐熱試験を行った結果を、表3に併せて示す。
【0062】
これらの結果からわかるように、Al濃度及び窒素濃度は異なるものの、Ta−Al−N系である比較例と同じB定数で比較したとき、耐熱試験前後における電気特性変化でみたときの耐熱性は、(Ti、Cr)
xAl
y(N,O)
z系のほうが優れている。なお、実施例4,5はc軸配向が強い材料であり、実施例9,10はa軸配向が強い材料である。両者を比較すると、c軸配向が強い実施例の方がa軸配向が強い実施例に比べて僅かに耐熱性が向上している。
また、酸素を積極的に含有させていないTi−Cr−Al−N系材料による参考例1は、比較例よりも耐熱性に優れているが、この参考例1に比べて、酸素を積極的に含有させた本発明のTi−Cr−Al−N−O系材料による実施例の方が、さらに耐熱性に優れていることがわかる。
【0063】
なお、Ta−Al−N系材料では、Taのイオン半径がTi、Cr、Alに比べて非常に大きいため、高濃度Al領域でウルツ鉱型相を作製することができない。TaAlN系がウルツ鉱型相でないがゆえ、ウルツ鉱型のTi−Cr−Al−N系やTi−Cr−Al−N−O系の方が耐熱性が良好であると考えられる。
【0064】
【表3】
【0065】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。