特許第6015557号(P6015557)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6015557接合材、その製造方法および部材接合方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6015557
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年10月26日
(54)【発明の名称】接合材、その製造方法および部材接合方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 20/00 20060101AFI20161013BHJP
【FI】
   B23K20/00 310M
   B23K20/00 310G
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-107526(P2013-107526)
(22)【出願日】2013年5月21日
(65)【公開番号】特開2014-226686(P2014-226686A)
(43)【公開日】2014年12月8日
【審査請求日】2014年9月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前嶋 貴士
(72)【発明者】
【氏名】大島 正
(72)【発明者】
【氏名】田中 浩司
(72)【発明者】
【氏名】高尾 尚史
【審査官】 篠原 将之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−000510(JP,A)
【文献】 特開2011−184704(JP,A)
【文献】 特開平01−201438(JP,A)
【文献】 特開平03−221324(JP,A)
【文献】 特開2002−361442(JP,A)
【文献】 特開平03−081137(JP,A)
【文献】 特開2004−001064(JP,A)
【文献】 特開昭62−224740(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0325364(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一部材の第一鉄鋼材からなる第一端部と第二部材の第二鉄鋼材からなる第二端部との間に介在され、該第一鉄鋼材および該第二鉄鋼材の融点よりも低い接合温度で加熱されることにより前記第一部材と前記第二部材とを接合する接合材であって、
少なくともマンガン(Mn)を含むセメンタイトである安定化セメンタイトからなり、
該安定化セメンタイトは、全体を100質量%(以下単に「%」という。)としたときに下式を満たすと共にMnを0.05〜6%含むことを特徴とする接合材。
Y≧−0.53X+0.7 (但し、Mn量:X、Cr量:Y)
【請求項2】
前記安定化セメンタイトは、全体を100%としたときにCrを0.1〜1%含む請求項に記載の接合材。
【請求項3】
前記安定化セメンタイトは、さらにホウ素(B)を含む請求項1または2に記載の接合材。
【請求項4】
鉄粉末と炭素粉末と鉄合金粉末または炭素粉末と鉄合金粉末を混合した混合粉末を加熱してMnを含むセメンタイトである安定化セメンタイトを生成する熱処理工程を備え、
請求項1〜のいずれかに記載の接合材が得られることを特徴とする接合材の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜のいずれかに記載の接合材を、第一部材の第一鉄鋼材からなる第一端部と第二部材の第二鉄鋼材からなる第二端部との間に介在させつつ該第一端部と該第二端部を圧接する圧接工程と、
該第一端部と該第二端部と該接合材とにより形成される接合部を該第一鉄鋼材および該第二鉄鋼材の融点よりも低い接合温度で加熱して、該接合部を少なくとも部分的に溶融させた後に凝固させることにより前記第一部材と前記第二部材とを接合する接合工程と、
を備えることを特徴とする部材接合方法。
【請求項6】
前記接合温度は、1150〜1500℃である請求項に記載の部材接合方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼部材同士などを短時間で強固に接合できる接合材およびその製造方法と、その接合材を用いて接合された接合部材およびその製造方法である部材接合方法とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ボルトなどの締結具を用いる機械的接合によらずに、複数の鉄鋼部品を短時間で強固に精度良く接合することができれば、複雑な形状の鉄鋼製品も比較的安価に製造することが可能となる。このような接合方法として、液相拡散接合方法が提案されている。液相拡散接合方法は、一般的に、接合される部材(被接合部材)間に挟持した接合材(インサート材)を、被接合部材の融点未満に加熱、保持し、接合材を一旦溶融させた後に接合部を等温凝固等させて、被接合部材を接合してなる接合部材を得る方法である。
【0003】
液相拡散接合方法については種々の提案がなされているが、従来の手法とは異なり、鉄(Fe)と炭素(C)の化合物である鉄炭化物(FeC/セメンタイト)を接合材に用いることにより、接合時間を著しく短縮しつつ、良好な接合部を形成することができる画期的な液相拡散接合方法が下記の特許文献1で提案されている。さらに特許文献1では、準安定相である純粋な二元系セメンタイト(FeC)が高温域でFe(γ相)とC(Gr)に分解し易いことから、Crを含有させた安定的な三元系セメンタイト(Cr含有セメンタイト)を接合材とすることも提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−510号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の実施例を観ると、接合材を構成するCr含有セメンタイト中のCr量は約4原子%(約4.7質量%)となっている。この接合材を用いると、短時間で強固な接合が可能ではあるが、Cr量が比較的多いため、接合界面近傍(接合部)においてCr濃化部が生じ得ることがわかった。このようなCr濃化部は、母材(被接合部材)のCr濃度が低い場合、接合部で組成や組織の不均質化を招来し、ひいては接合部材の機械的性質(特に延性)や信頼性の低下要因となり得る。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、短時間で強固な接合を行えると共に、被接合部材の組成によらず、接合部における組成や組織の不均質化を抑制して、接合部材全体の機械的性質(特に延性)や信頼性等の向上を図れる接合材およびその製造方法を提供することを目的とする。併せて、その接合材を用いて得られる接合部材と、その製造方法である部材接合方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者はこのような課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、鉄鋼材に一般的に多く含有されるMnを用いることにより、Crを用いた場合と同様に、セメンタイトを安定化できることを新たに見い出し、このMnを含有させた鉄炭化物(Mn含有セメンタイト)を用いて、鉄鋼材(母材)からなる被接合部材を短時間で強固に接合した接合部材を得ることに成功した。この成果を発展させることで、本発明者は以降に述べる種々の発明を完成させるに至った。
【0008】
《接合材》
(1)本発明の接合材は、第一部材の第一鉄鋼材からなる第一端部と第二部材の第二鉄鋼材からなる第二端部との間に介在され、該第一鉄鋼材および該第二鉄鋼材の融点よりも低い接合温度で加熱されることにより前記第一部材と前記第二部材とを接合する接合材であって、少なくともMnを含むセメンタイトである安定化セメンタイトからなり、該安定化セメンタイトは、全体を100質量%(以下単に「%」という。)としたときに下式を満たすと共にMnを0.05〜6%含むことを特徴とする。
Y≧−0.53X+0.7 (但し、Mn量:X、Cr量:Y)
【0009】
(2)本発明の接合材を構成する安定化セメンタイトは、従来のCr含有セメンタイトと同様に高温域まで安定的であるため、高温下でも容易にはFeとGrに分解しない。このため、本発明の接合材を用いれば、高温下でもセメンタイト構造(MC:Mは金属元素)が維持され、被接合部材側(鉄鋼材からなる各端部側)へのCの排出が除々に進行する。その結果、接合加熱中に、接合材の内部から液相化が先行することなく、被接合部材の鉄鋼材からなる端部と接合材との界面付近から最初に液相が生成し、接合部がほぼ均一な組成となった後、等温凝固を経て接合が完了される。この結果、本発明の接合材を用いると、従来のCr含有セメンタイトからなる接合材を用いた場合と同様に、迅速な液相拡散接合が可能となり、強度、延性等の機械的特性に優れた接合部材を効率的に得ることが可能となる。
【0010】
ところで本発明に係る安定化セメンタイトは、その主成分であるFeおよびCと、準安定相である二元系セメンタイト(FeC)を高温域まで安定化させるMnとからなる。Feは、被接合部材の接合端部を構成する鉄鋼材(母材)の主成分であり、Cは鋼材の強度や硬さなどを担う重要な必須元素である。Mnも、Cと共に鋼の五元素であり、鋼材の焼き入れ性、靱性、強度等の向上に重要な準必須元素である。従ってMnは、Cと同様に、ほとんどの鋼材に含まれており、鋼材中におけるMn含有量は比較的多い。例えば、一般的な鋼材では0.4〜1質量%のMnを含んでいる。なお、MnはCrよりも遙かに安価でもある。
【0011】
従って、本発明の接合材を用いて、Cr等を含有しない汎用的な鉄鋼材からなる被接合部材を接合しても、その接合部において、被接合部材に含まれない元素(例えばCr)の濃化部が形成されたり組織が大きく変化したりすることがない。つまり、本発明の接合材を用いれば、被接合部材側の成分組成にあまり影響されずに、組成や組織が均質的な接合部を形成でき、ひいては機械的特性や信頼性の高い接合部材が被接合部材の成分組成に依らずに得られる。
【0012】
《接合材の製造方法》
本発明の接合材は、その製造方法を問わないが、例えば、鉄粉末と炭素粉末と鉄合金粉末、または炭素粉末と鉄合金粉末を混合した混合粉末を加熱してMnを含むセメンタイトである安定化セメンタイトを生成する熱処理工程を備え、上述した接合材が得られることを特徴とする接合材の製造方法により得ることができる。
【0013】
《部材接合方法》
また本発明は、接合材としてのみならず、その接合材を用いた部材接合方法としても把握できる。すなわち本発明は、上述した接合材を、第一部材の第一鉄鋼材からなる第一端部と第二部材の第二鉄鋼材からなる第二端部との間に介在させつつ該第一端部と該第二端部を圧接する圧接工程と、該第一端部と該第二端部と該接合材とにより形成される接合部を該第一鉄鋼材および該第二鉄鋼材の融点よりも低い接合温度で加熱して、該接合部を少なくとも部分的に溶融させた後に凝固させることにより前記第一部材と前記第二部材とを接合する接合工程と、を備えることを特徴とする部材接合方法でもよい。
【0014】
《接合部材》
さらに本発明は、第一鉄鋼材からなる第一端部を有する第一部材と第二鉄鋼材からなる第二端部を有する第二部材とからなり、上述した部材接合方法により該第一端部と該第二端部が接合されてなることを特徴とする接合部材としても把握できる。
【0015】
《その他》
(1)一般的に「鉄鋼」とは、C含有量が0.02〜2.1質量%(以下単に「%」という。)程度のものをいうが、本明細書でいう「鉄鋼材」は、Feを主成分とするものであればよく、その中のC量は問わない。例えば、部材接合前の鉄鋼材中のC量が0%でもよいし、逆に、見かけのC量が2.1%を超える鋳鉄等であってもよい。なお、被接合部材(第一端部または第二端部)がMn:0.3〜1%を有する鉄鋼材であると、本発明の接合材の組成に整合的で好ましい。
【0016】
(2)第一端部の第一鉄鋼材と第二端部の第二鉄鋼材とは、同組成でも良いし、異なっていてもよい。さらに、第一部材または第二部材(以下、単に「部材」という。)も、それぞれ第一端部または第二端部と同組成であっても良いし、異なっていてもよい。つまり、少なくとも接合される部分(接合部の界面近傍)が鉄鋼材であればよい。被接合部材は、全体が鉄鋼材である必要もないし、接合端部を含む一体成形品である必要もない。例えば、被接合部材は、端部が鉄鋼材からなり、それ以外の部分がセラミックス材からなる複合材でもよい。また、当然ながら、部材は、最終製品に近い部材でもよいし、加工前、熱処理前等の部材でも良く、その形態も問わない。
【0017】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】安定化セメンタイトを構成し得るMnとCrの含有量の範囲を示す図である。
図2】試料4に係る接合材であるMn−θシートのX線回折パターン(XRD)である。
図3】試料3に係る接合材と試料C2に係る接合材を用いた場合における接合界面からの距離とCr濃度の関係を示すグラフである。
図4】被接合部材と接合材との接合部を高周波誘導加熱する様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本明細書で説明する内容は、本発明の接合材のみならず、その製造方法、その接合材を用いて接合した接合部材およびその製造方法である部材接合方法にも該当し得る。製造方法に関する構成要素は、プロダクトバイプロセスクレームとして理解すれば物に関する構成要素ともなり得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0020】
《セメンタイト》
セメンタイト(適宜、単に「θ」という。)は、一種または二種以上の金属元素をMとして、基本的にMCで表される金属炭化物である。この典型がFeとCからなるFeCである。本発明に係る安定化セメンタイトも主にFeCからなるが、Mnなどの安定化元素を含む点で、準安定なFeCのみからなるセメンタイトとは異なる。安定化元素のセメンタイト中における存在形態は問わないが、FeCを構成するFeの一部がMnなどにより置換された状態にあると考えられる。
【0021】
いずれにしても、本発明に係る安定化セメンタイトは、Mn等の安定化元素を含むことにより、高温環境下でもMC型のセメンタイト構造が維持され、鉄鋼材が溶融し始める温度(共晶温度)未満の範囲で、安定である。
【0022】
Mn以外の安定化元素としてCr、Mo、V、Nb、Wなどがある。このような補助的な安定化元素の一種以上をMnと併用して用いることができる。特に、Mnよりもセメンタイトを高温域でより安定化させ易く、安定化セメンタイトの融点を大幅に上昇等させることのないCrをMnと併用すると好ましい。これにより、従来のよりも遙かにCr量を低減しつつ十分な安定なセメンタイトを得ることができ、特定元素の濃化部の形成が抑止され、均質的な接合部の形成が可能となる。
【0023】
以上を踏まえて、本発明に係る安定化セメンタイトは、安定化セメンタイト全体を100質量%(以下単に「%」という。)としたときに、Mnを0.05〜6%、0.1〜4%さらには0.2〜2%含むと好ましい。さらに安定化セメンタイトは、例えば、その全体を100%としたときにCrを0.1〜1%、0.2〜0.7%さらには0.3〜0.6%含むと好ましい。
【0024】
いずれの場合も、安定化元素が過少ではセメンタイトの安定化を十分に図れない。特定の安定化元素が過多になると、その元素特有の構造をもつ炭化物などが接合部に晶出または析出し、拡散速度の遅い安定化元素(例えばCr)の濃化部が接合部に形成されて好ましくない。
【0025】
ところで本発明者は、安定化元素をMnまたはCrとしたときに、1100℃において、セメンタイト単相が得られるときのMn量とCr量の下限値を、TCFE6(サーモカルク社製)データベースを用いて熱力学的に計算した。こうして得られた4点、すなわち、(Mn量、Cr量)=(0、0.75)(0.27、0.5)(0.92、0.2)(1.36、0)を、図1に示す(X、Y)座標系に示した。
【0026】
また、こうして得られた系統的な計算結果に基づき、最小二乗法を用いて算出した境界線(直線)を図1に併せて示した。この境界線は、Mn量:X、Cr量:Yとすると、Y=−0.53X+0.7と表すことができる。従って、全体を100%としたときに、Mn量(X)およびCr量(Y)が、Y≧−0.53X+0.7 を満たす範囲であれば、安定なセメンタイト単相(θ単相)が得られるといえる。換言するなら、その範囲内であればMnとCrは相互に補完関係にあるから、被接合部材側の組成に応じて、MnとCrを適宜調整した接合材を用いればよいともいえる。なお、ここではCrを取り上げたが、Mo、V、Nb、W等についても同様に考えることができる。
【0027】
さらに本発明に係る安定化セメンタイトは、ホウ素(B)を含むと好ましい。具体的には、安定化セメンタイト全体を100%として、Bが0.1〜2%さらには0.2〜1.5%含まれると好ましい。安定化セメンタイトがBを含有することにより、その融点が低下し得る。これにより、被接合部材を接合する際の加熱温度(接合温度)をより低くでき、接合に要する伴うエネルギーの省力化を図り得る。
【0028】
《接合材》
(1)本発明の接合材は、上述した安定化セメンタイトから主になるが、その用途に応じて、種々の形態をとり得る。例えば、接合材は、安定化セメンタイトの粉末を分散媒に分散させたスラリーでもよいし、安定化セメンタイトをシート状、テープ状等に成形さらには焼成させたものでもよい。また、接合材は、安定化セメンタイトの粉末をバインダを用いて固化させたものでもよい。従って、接合材は、安定化セメンタイトのみからなる場合の他、その使用形態等に応じて種々の付随物を含み得る。
【0029】
(2)安定化セメンタイトの生成は、溶製でも焼成(焼結)でもよい。もっとも、前述したように、鉄粉末と炭素粉末(例えばグラファイト粉末)と少なくともMnを含有した鉄合金粉末の一種以上とを混合した混合粉末を成形、加熱して製造すると、安定化セメンタイトの生成と共に所望形状の接合材を得ることができて好ましい。
【0030】
なお、接合材は、当初から生成された安定化セメンタイトを含む場合に限らず、接合する際の加熱途中で安定化セメンタイトが生成される場合でもよい。要するに本発明の接合材は、接合温度の到達前に、安定化セメンタイトが生成されるものであればよい。
【0031】
《部材接合方法》
(1)圧接工程
圧接工程は、被接合部材(第一部材と第二部材)の端部間に接合材を介在させ、この接合材を各端面間で圧接する工程である。接合材の圧接自体は、Cが接合材から被接合部(端部)へ拡散し得る程度に、接合材の表面と被接合部の端面とが密接していれば足る。ただし、加熱中に熱膨張が生じたり、接合部の一部に液相化が生じても、接合端面間に安定した押圧力が印加されるように、弾性体などによる付勢力をその接合端面間に作用させておくと好ましい。このとき印加する押圧力は、例えば、2〜12MPaとすればよい。
【0032】
被接合部材の端部間に接合材を介在させる方法は、接合材の形態により異なる。接合材がスラリー状である場合、少なくとも一方の端面に接合材を付着または塗布すればよい。接合材がシート状またはテープ状である場合なら、少なくとも一方の端面に接合材を貼付すればよい。なお、Cの拡散促進や接合部への不純物の介在を抑止するために、接合界面(端部の接合面)は予め脱脂処理を行うか、または脱脂剤を塗布しておくとよい。
【0033】
(2)接合工程
接合工程は、被接合部材の鉄鋼材の融点よりも低い接合温度で加熱しつつも、Cの拡散により接合部を溶融させると共にその後に凝固させて、第一部材と第二部材とを接合する工程である。
【0034】
接合温度は、被接合部の鉄鋼材の融点よりも低いが、少なくとも接合材と被接合部の鉄鋼材とが圧接している界面またはその近傍で液相が生じ得る温度以上である。液相が出現する最低の温度は、通常、Fe−C系状態図から定まる共晶温度であり、C以外の合金元素によって多少異なるが、ほぼ1150℃程度である。ちなみに、一般的な鉄鋼材の融点は1500℃前後である。そこで接合温度は、例えば、1150〜1500℃、1150〜1400℃さらには1150〜1350℃であると好ましい。
【0035】
接合工程中の加熱は、鉄鋼材の酸化や接合部における酸化物等の混入による脆化を防止するために、酸化防止雰囲気で行われる好ましい。具体的には、真空雰囲気、不活性ガス雰囲気、還元雰囲気などである。この加熱は加熱炉等を用いた緩やかな加熱でもよいが、迅速な接合と省エネルギー化を図る上で、高周波誘導加熱装置等を用いた局所的な急速加熱が好ましい。なお、接合工程により接合部の凝固後に、接合部およびその周囲の組成や金属組織の均質化、機械的特性の改質等を図るために、適宜、熱処理を加えてもよい。
【0036】
《接合部材》
本発明の接合部材は、例えば、ドライブシャフト、クランクシャフト等の比較的複雑な形状を有し、現状は鍛造加工で一体物として製作される部品等に用いると好適である。
【実施例】
【0037】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《接合材の製造》
(1)接合材を製造するための原料粉末として、純鉄粉(平均粒径7μm)と、黒鉛粉末(Gr粉末)、Fe−Cr粉末(Cr:16質量%/平均粒径:25μm)およびFe−Mn粉末(Mn:5質量%/平均粒径:25μm)を用意した。Fe−Cr粉末とFe−Mn粉末は、それぞれCrとMnの配合に用いた。
【0038】
これら各種粉末を、MnまたはCr(安定化元素)が表1に示す組成となるように配合した。配合粉末中の残部は、FeとC(Gr)である。この際、配合粉末全体を100原子%として、Cが25原子%となるようにした。要するに、FeCを構成する一部のFeをMnまたはCrで置換した組成(Fe、Mn、Cr)Cとなるように配合した。
【0039】
(2)各配合粉末を、室温下で約10時間混合した。こうして得られた混合粉末(接合材粉末)へ樹脂バインダ(ユケン工業製、DB−20)を適量加えて混練したペーストを得た。これにドクターブレード法を用いて厚さ80μmのシート状にしたものを、室温で自然乾燥させた。乾燥したシート材を不活性ガス中で脱脂加熱(400℃x60分間)した。この脱脂加熱後のシート材へ、同じ不活性ガス中で、焼成(1100℃x15分間)を施した(熱処理工程)。なお、脱脂加熱は樹脂バインダを焼失させて除去するために行った。焼成は、均一なセメンタイトを形成するために行った。こうして接合材となる箔状の各試料を得た。
【0040】
《部材接合》
被接合部材(第一部材および第二部材)として、鉄鋼材(JIS SMn438)からなるφ12mmx15mmの円柱状の試験片を用意した。一対の試験片の各接合端面間に、前述した各接合材を介在させて、熱間加工再現装置を用いて各試験片へ4MPaの荷重を印加した(圧接工程)。なお、接合材と接触する試験片の接合端面は予めエタノールで脱脂処理しておいた。
【0041】
一対の試験片の接合端面間に接合材を挟持した状態で、その接合端面近傍を図4に示すようにして高周波誘導加熱した(接合工程)。この高周波誘導加熱は、昇温速度を20℃/sとし、加熱温度(接合温度):1180℃、加熱時間(接合時間):180秒間(3分間)として行った。これを放冷した後、両試験片の接合端面近傍における接合状況を確認した。なお、このときの冷却は、いずれもAr雰囲気の炉中で行った。
【0042】
《測定》
(1)表1に示す各試料(接合材)をX線解析した。その結果を表1に示した。具体例として、試料4に係るX線回折パターンを図2に示した。なお、図2には焼成前の試料に係るX線回折パターンも併せて示した。ちなみに、表1中に示した「領域の帰属性」は、図1に示したθ単相領域(ハッチング領域)内に、各試料に係るMnとCrの組成が含まれるか否かを示すものである。
【0043】
(2)各試験片に係る接合部のビッカース硬さも測定した。その結果を表1に併せて示した。なお、測定位置は接合部と推定される箇所を7点測定した。こうして得られた測定値から最大値と最小値を除いた5つの測定値について平均値を求めた。その平均値を表1に記載した。
【0044】
(3)接合部の化学組成分布をX線マイクロアナライザ(EPMA)で測定した。こうして検出された各接合部のCr濃度を表1に併せて示した。なお、Cr濃度は、接合部中央から各被接合部材に渡る50μmずつの領域について測定した。
【0045】
また試料3と試料8に係る接合材を用いて接合した各試験片について、接合界面からのCr濃度の変化(正確にいうと、接合部中央から各被接合部材方向へ向かう100μmの範囲におけるCr濃度の変化)をEPMAにより測定した。その結果を図3に示した。
【0046】
《評価》
表1および図1図4から次のことがわかる。先ず、Mn量とCr量が図1に示すθ単相領域に帰属する場合、X線回折の結果からθ単相からなる接合材が得られていることがわかる。そしてMn量とCr量がθ単相領域に帰属する接合材を用いると、接合部における硬さも十分となることもわかった。そして、Mnが含有されている接合材を用いることにより、接合部において十分な硬さ(接合強度)を確保しつつも、接合界面近傍におけるCr濃化を大幅に抑制でき、接合部およびその近傍における組成や組織を、被接合部材の母材(鉄鋼材)と均質化し得ることも明らかとなった。なお、θ単相領域から逸脱する接合材を用いた場合でも、1180℃×3分間の加熱を行っているため、試験片は接合され得る。しかし、このようにほぼ固相状態のまま接合された試験片では、少なくとも望ましい延性は得られないと考えられる。
【0047】
【表1】
図1
図2
図3
図4