特許第6015869号(P6015869)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6015869
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年10月26日
(54)【発明の名称】グリッド偏光素子及び光配向装置
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/30 20060101AFI20161013BHJP
   G02F 1/1337 20060101ALI20161013BHJP
【FI】
   G02B5/30
   G02F1/1337 520
【請求項の数】2
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-559349(P2015-559349)
(86)(22)【出願日】2015年9月29日
(86)【国際出願番号】JP2015077634
(87)【国際公開番号】WO2016052576
(87)【国際公開日】20160407
【審査請求日】2015年12月4日
(31)【優先権主張番号】特願2014-200157(P2014-200157)
(32)【優先日】2014年9月30日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097548
【弁理士】
【氏名又は名称】保立 浩一
(72)【発明者】
【氏名】鶴岡 和之
【審査官】 加藤 昌伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−064426(JP,A)
【文献】 特表2010−501085(JP,A)
【文献】 特開2007−033558(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/30
G02F 1/1337
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基板と、透明基板上に設けられた縞状のグリッドとを備え、グリッドは光を吸収する材料で形成された多数の線状部から成り、各線状部は、入射する光のうち特定の方向に偏光軸が向いた偏光光をそれとは異なる方向に偏光軸が向いた偏光光に比べて多く吸収することで偏光作用を為す吸収型のグリッド偏光素子であって、
各線状部は、第一の波長が吸収のピークである第一の材料で形成された第一の層と、第一の波長とは異なる第二の波長が吸収のピークである第二の材料で形成された第二の層とを備えており、
透明基板は石英ガラス製であり、
第二の層は透明基板の上に形成された層であって第二の材料はアモルファス状のシリコンであり、
第一の層は第二の層の上に形成された層であって第一の材料はアモルファス状の酸化チタンであり、
第一の層と第二の層との全体の厚さに対する第二の層の厚さの割合は50%以上100%未満であることを特徴とするグリッド偏光素子。
【請求項2】
光源と、請求項1に記載のグリッド偏光素子とを備えており、グリッド偏光素子は、光配向用の膜材が配置される照射領域と光源との間に配置されていることを特徴とする光配向装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願の発明は、グリッド偏光素子を用いた偏光技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
偏光光を得る偏光素子は、偏光サングラスのような身近な製品の他、偏光フィルターや偏光フィルム等の光学素子としても各種のものが知られており、液晶ディスプレイ等のディスプレイデバイスでも多用されている。偏光素子には、偏光光を取り出す方式から幾つかのものに分類されるが、その一つにワイヤーグリッド偏光素子がある。
【0003】
ワイヤーグリッド偏光素子は、透明基板上に金属(導電体)より成る微細な縞状のグリッドを設けた構造のものである。グリッドを構成する各線状部の間隔を偏光させる光の波長よりも狭くすることで、偏光子として機能する。直線偏光光のうち、各線状部の長さ方向に電界成分を持つ偏光光にとってはフラットな金属と等価なので反射する一方、長さ方向に垂直な方向に電界成分を持つ偏光光にとっては透明基板のみがあるのと等価なので、透明基板を透過して出射する。このため、偏光子からは各線状部の長さ方向に垂直な方向の直線偏光光が専ら出射する。偏光素子の姿勢を制御し、グリッドの各線状部の長さ方向が所望の方向に向くようにすることで、偏光光の軸(電界成分の向き)が所望の方向に向いた偏光光が得られることになる。
【0004】
以下、説明の都合上、電界がグリッドの各線状部の長さ方向に向いている直線偏光光をs偏光光と呼び、長さ方向に垂直な方向に電界が向いている直線偏光光をp偏光光と呼ぶ。通常、入射面(反射面に垂直で入射光線と反射光線を含む面)に対して電界が垂直なものをs波、平行なものをp波と呼ぶが、各線状部の長さ方向が入射面に対し垂直であることを前提とし、このように区別する。
【0005】
このような偏光素子の性能を示す基本的な指標は、消光比ERと透過率TRである。消光比ERは、偏光素子を透過した偏光光の強度のうち、s偏光光の強度(Is)に対するp偏光光の強度(Ip)の比である(Ip/Is)。また、透過率TRは、入射するs偏光光とp偏光光の全エネルギーIinに対する出射p偏光光のエネルギーの比である(TR=Ip/Iin)。理想的な偏光素子は、消光比ER=∞、透過率TR=50%ということになる。
尚、この出願の発明の偏光素子は、グリッドが金属(ワイヤー)には限らないので、以下の説明では、単にグリッド偏光素子と呼ぶ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−17762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、上記のようなグリッド偏光素子は、光処理の分野でも用いられるようになってきている。この一例として、分子の配列を制御するための膜(配向膜)を偏光光照射により得る光配向の技術が挙げられる。光配向は、高性能の液晶ディスプレイの製造において多く採用されるようになってきた技術である。この技術は、液晶分子を基板に対して一定方向に配列したり、プレチルト角が一定になるように配列したりする配向膜を光処理により得る技術である。液晶基板上に配向膜を作成し、その上に液晶分子層を設けることで液晶分子の配列を制御する。以前は、ラビングと呼ばれる機械的な処理により配向膜を得ていたが、配向精度の向上等のため、配向膜用の材料が光に感応することを利用する光配向がしばしば採用されるようになってきている。
【0008】
グリッド偏光素子は、比較的広い領域内に比較的均一に偏光光を照射することが可能となるので、この点では光配向のような光処理の分野に適している。しかしながら、光配向では、配向膜材料が感応する光の波長は紫外域である場合が多く、紫外域の光について十分な性能の偏光素子が必要になる。グリッド偏光素子として一般的なワイヤーグリッド偏光素子は、このような紫外域の光の偏光用には向いていない。
【0009】
ワイヤーグリッド偏光素子は、反射型のグリッド偏光素子といえるものであり、金属製グリッドにおいてs偏光光を選択的に反射させ、p偏光光のみを選択的に透過させるものである。しかしながら、紫外域の光については、アルミのような金属といえども吸収が生じて反射率が低下する。即ち、金属中の自由電子のプラズマ振動数に光の振動数が近づいてくるため、紫外域の光については、金属といえども反射率が低下してしまう。従って、アルミ製グリッドのような反射型のグリッド偏光素子は、可視域では優れた偏光性能を発揮できても、紫外域の光については十分な偏光性能が得られない。
【0010】
その一方で、周知のように、紫外域の光は可視域や赤外域の光に比べてエネルギーが高い。このため、対象物の性質や形状について何らかの変化を生じさせて処理する光処理の分野ではしばしば紫外域の光が利用される。従って、紫外域において十分な偏光性能を発揮する偏光素子が得られるようになれば、その意義は極めて大きい。
この出願の発明者らは、上記の点を考慮し、従来の反射型のグリッド偏光素子とは異なるモデルで動作する、吸収型ともいうべきグリッド偏光素子を想到するに至った。吸収型のグリッド偏光素子では、グリッドの材料として誘電体のような光吸収材料を使用し、s偏光光とp偏光光との間の光吸収の相違を利用して偏光作用を生じさせる。
【0011】
一方、グリッド偏光素子は、偏光させるべき波長が決まっていてその波長においてのみ偏光作用が得られれば良い場合もあるが、異なる複数の波長において偏光作用を得るようにしたり、広い波長域において偏光作用を得るようにしたりすることが望ましい場合もある。例えば光処理の分野では、一つの光処理装置で異なる処理対象物を扱う場合、対象物によって使用波長が異なる(例えば材料の感光波長が異なる)場合がある。この場合、一つのグリッド偏光素子が特定の波長において必要な偏光作用が得られるのみであると、対象波長に応じてそれぞれ専用のグリッド偏光素子を用意する必要があり、処理対象物が変わった場合にそれに応じて別のグリッド偏光素子に交換する必要が生じる。このため、設備コストを押し上げる要因となり、また交換の手間から生産性を低下させる要因ともなり得る。
【0012】
また、高い偏光性能を有するグリッド偏光素子であっても、高い偏光性能がごく狭い波長域でのみ得られ、それを外れると極端に偏光性能が低下してしまう場合があり得る。この点は、吸収型のグリッド偏光素子において、各線状部を形成する材料の分光吸収特性がある急峻なピークを有する場合にあり得る。他方、例えば光処理対象物の物性のバラツキから感光波長が多少シフトしてしまう場合があり得る。このように対象物の物性に多少のバラツキが生じた場合でも、偏光光照射による処理の品質に影響が出ないようにしておくことが望ましい。即ち、必要な偏光性能が発揮される波長域を多少広くし、ある程度広い波長域の偏光光が照射されるようにしておき、対象物の物性に多少のバラツキが生じた場合でも処理品質に影響が出ないようにしておくことが望ましい。さらに、光処理対象物の感光波長が広い波長領域に亘っている場合、広い波長領域で偏光光を照射した方が効率その他の点で望ましい場合もあり得る。
【0013】
また、高い偏光性能がごく狭い波長域でのみ得られる特性のグリッド偏光素子の場合、製造上のバラツキの影響を受け易いという問題もある。グリッド偏光素子では、十分な偏光作用を為すためにはグリッドを構成する各線状部の寸法形状、ギャップ幅の寸法が重要であるが、物理的に設計値に完全に一致した寸法形状にすることは不可能である。この場合、設計上の偏光性能がある狭い波長域でのみ得られるものであると、製造時の寸法形状のバラツキの影響を受け易く、製品の品質(偏光性能)が十分に安定しないことがあり得る。
【0014】
以上の各観点から、可能ならば、異なる複数の波長において十分な偏光性能が得られたり、より広い波長域において十分な偏光性能が得られたりすることが望ましい。この出願の発明は、以上の点を考慮して為されたものであり、紫外域でも十分に高い偏光性能が得られるグリッド偏光素子を提供するとともに、その際、異なる複数の波長において十分な偏光性能が得られるようにしたり、又はより広い波長域において十分な偏光性能が得られるようにしたりすることを解決課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため、この出願の請求項1記載の発明は、透明基板と、透明基板上に設けられた縞状のグリッドとを備え、グリッドは光を吸収する材料で形成された多数の線状部から成り、各線状部は、入射する光のうち特定の方向に偏光軸が向いた偏光光をそれとは異なる方向に偏光軸が向いた偏光光に比べて多く吸収することで偏光作用を為す吸収型のグリッド偏光素子であって、
各線状部は、第一の波長が吸収のピークである第一の材料で形成された第一の層と、第一の波長とは異なる第二の波長が吸収のピークである第二の材料で形成された第二の層とを備えており、
透明基板は石英ガラス製であり、
第二の層は透明基板の上に形成された層であって第二の材料はアモルファス状のシリコンであり、
第一の層は第二の層の上に形成された層であって第一の材料はアモルファス状の酸化チタンであり、
第一の層と第二の層との全体の厚さに対する第一の層の厚さの割合は50%以上100%未満であるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項記載の発明は、光処理装置の発明であって、光源と、請求項1に記載のグリッド偏光素子とを備えており、グリッド偏光素子は、光配向用の膜材が配置される照射領域と光源との間に配置されているという構成を有する。
【発明の効果】
【0016】
以下に説明する通り、この出願の発明は、グリッドを構成する各線状部が、第一の波長が吸収のピークであるアモルファス状のシリコンで形成された第一の層と、第一の波長とは異なる第二の波長が吸収のピークであるアモルファス状の酸化チタンで形成された第二の層とを備えており、第一の層と第二の層との全体の厚さに対する第一の層の厚さの割合は50%以上100%未満であるので、広い波長域において十分な偏光作用が得られる。また、第一の層と第二の層が各線状部の高さ方向に積層されているので、この点でより高い偏光性能を得ることができる。さらに、紫外域の光について十分な偏光作用が得られるので、光処理の用途に好適に用いることができるという効果を有する。
また、請求項記載の発明によれば、上記効果に加え、上記各効果を得ながら膜材に対して光配向処理を行うことができ、グリッド偏光素子の汎用性が高いことから、設備投資のコストを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施形態に係るグリッド偏光素子の斜視概略図である。
図2】吸収型のグリッド偏光素子の動作モデルについて模式的に示した斜視概略図である。
図3】x方向磁界成分Hxの波打ちを確認したシミュレーション実験の結果を示す図である。
図4】x方向磁界成分Hxの波打ち(回転)により新たに電界Eyが発生する様子を模式的に示した正面断面概略図である。
図5】グリッドの各線状部が異なる二つの光吸収性材料で形成されることの意義について模式的に示した図である。
図6】酸化チタンとシリコンとの組み合わせにより偏光性能がブロード化される点を確認したシミュレーション実験の結果を示す図である。
図7】実施形態のグリッド偏光素子の製造方法について示した概略図である。
図8】製造方法との関係における実施形態のグリッド偏光素子の優位性について示した概略図である。
図9】実施形態のグリッド偏光素子の使用例を示したものであって、グリッド偏光素子を搭載した光配向装置の断面概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に、この出願の発明を実施するための形態(実施形態)について説明する。
図1は、実施形態に係るグリッド偏光素子の斜視概略図である。図1に示すグリッド偏光素子は、透明基板1と、透明基板1上に設けられたグリッド2とから主に構成されている。
透明基板1は、対象波長(偏光素子を使用して偏光させる光の波長)に対して十分な透過性を有するという意味で「透明」ということである。この実施形態では、紫外線を対象波長として想定しているので、透明基板1の材質としては石英ガラス(例えば合成石英)が採用されている。
【0019】
グリッド2は、図1に示すように、平行に延びる多数の線状部3より成る縞状のものである。グリッド偏光素子は、光学定数が異なる領域が交互に且つ平行に配置されることで偏光作用を為すものである。各線状部3の間の空間4はギャップと呼ばれ、各線状部3と各ギャップ4とで偏光作用が得られる。各線状部3の幅Wとギャップ4の幅tとは、対象波長の光について偏光作用が得られるよう適宜定められる。
【0020】
この実施形態のグリッド偏光素子は、吸収型のモデルで動作するものとなっている。より具体的には、グリッドを構成する各線状部3は、第一の波長が吸収のピークである第一の材料で形成された第一の層31と、第一の波長とは異なる第二の波長が吸収のピークである第二の材料で形成された第二の層32とを備えている。即ち、実施形態のグリッド偏光素子は、異なる二つの波長について偏光作用を為すことが可能なものとなっている。
【0021】
まず、吸収型のグリッド偏光素子について、図2を使用して説明する。図2は、吸収型のグリッド偏光素子の動作モデルについて模式的に示した斜視概略図である。前述したように、グリッド偏光素子は、p偏光光を透過させる一方、s偏光光を透過させないようにした偏光素子である。従って、主として検討すべきは、s偏光光の挙動である。尚、以下の説明では、理解を容易にするため、グリッド2の各線状部3はある単一の材料で形成された単一の層であるとする。
【0022】
図2において、便宜上、光は紙面上の上から下に伝搬するものとし、この方向をz方向とする。また、グリッド2の各線状部3の延びる方向をy方向とし、従ってs偏光光(図2にLsで示す)は、電界成分Eyを持つ。このs偏光光の磁界成分(不図示)はx方向となる(Hx)。
このようなs偏光光がグリッド偏光素子のグリッド2にさしかかると、s偏光光の電界Eyは、各線状部3の誘電率によって弱められる。一方、ギャップ4の媒質は、空気である場合が多いが、一般的に各線状部3より誘電率が小さいので、ギャップ4では電界Eyはグリッド2内ほどは弱められない。
【0023】
この結果、x−y平面内において電界Eyの回転成分が生じる。そして、ファラデーの電磁誘導に対応する以下のマクスウェル方程式(式1)により、このx−y平面での回転の強さに応じて、z方向において二つの互いに逆向きの磁界Hzが誘起される。
【数1】
即ち、グリッド2間の中央の電界Eyの最も高いところを境に、一方の側ではHzは光の伝搬方向前方に向き、他方の側ではHzは後方を向く。ここで、図2では省略されているが、x方向の磁界HxはEyと同位相で、x軸負の側を向いて存在している。このx方向磁界成分Hxは、生成されたz方向成分Hzに引っ張られ、波打つように変形する。
【0024】
図3は、このx方向磁界成分Hxの波打ちを確認したシミュレーション実験の結果を示す図である。図3は、グリッド2の各線状部3の材質を酸化チタンとし波長365nmでの光学定数(n=4.03、k=3.04)によりシミュレーションを行ったものである。図3では、各線状部3の幅は15nm、各線状部3の間隔(ギャップ幅)は90nmで一定、各線状部3の高さは170nmとした。シミュレーションはFDTD(Finite-Difference Time-Domain)法に基づいており、使用したソフトウェアは、Mathworks社(米国マサチューセッツ州)のMATLAB(同社の登録商標)を用いた。
【0025】
図3中、上側の濃い黒色の部分は電界Ezのマイナス成分、中程の淡い灰色の部分は電界Ezのプラス成分を示している。磁界は、ベクトル(矢印)で示されている。
図3に示すように、グリッド2にさしかかる前のs偏光光にはHz成分が無いためHx成分のみとなるが、グリッド2にさしかかると前述のHz成分の生成により、磁界がx−z面内で波打つことが確認できる。図3に示すように、磁界の波打ちは、時計回りの磁界の回転ともいえる状況である。
【0026】
このような磁界成分Hxの波打ち(回転)が生じると、アンペール・マクスウェルの法則に対応するマクスウェル方程式(式2)により、さらに図2のy方向に電界が発生する。
【数2】
この様子を図4において模式的に示す。図4は、x方向磁界成分Hxの波打ち(回転)により新たに電界Eyが発生する様子を模式的に示した正面断面概略図である。
【0027】
図4に示すように、x−z面内での磁界成分Hxの波打ち(回転)により、各線状部3内では図2の紙面手前側に向いた電界Eyが発生し、各ギャップ4では紙面奥側に向いた電界Eyが発生する。この場合、入射したs偏光光の元の電界Eyは紙面手前側に向いているから、ギャップ4の電界は、上記磁界の回転により打ち消され、波動を分断するように作用する。結果として、電界Eyがグリッド2の各線状部3内に局在し、各線状部3の材料に応じた吸収によりs偏光光のエネルギーがグリッド2内を伝播しながら減衰する。
【0028】
一方、p偏光光については、電界成分はx方向に向いているが(Ex)、y方向で見たとき、誘電率の分布は一様であるため、前述したような電界の回転成分は実質的に生じない。従って、s偏光光のような電界のグリッド2での局在化、波動の分断は、p偏光光に実質的に生じない。このため、透明基板1からは専らp偏光光が出射し、偏光作用が得られる。実施形態の吸収型グリッド偏光素子は、空間の誘電率分布の違いからこのようにs偏光光とp偏光光とで異なった伝搬をすることを前提にしている。尚、アモルファスシリコンのような半導体製の線状部3から成るグリッド2でも、同様にs偏光光とp偏光光とは異なった伝搬をし、偏光作用が得られることが確認されている。
【0029】
このような吸収型のモデルで動作する実施形態のグリッド偏光素子は、前述したように各線状部3において第一第二の二つの層31,32が設けられている。この点は、偏光可能な波長を多波長化させたり広帯域化させたりする意義を有する。この点について、図5を使用して説明する。図5は、グリッド2の各線状部3が異なる二つの光吸収性材料で形成されることの意義について模式的に示した図である。
【0030】
前述したように、吸収型の動作モデルでは、s偏光光の電界がグリッドにおいて局在化し、各線状部3に吸収されて減衰していくことを利用している。従って、各線状部3は、対象波長の光を吸収する材料で形成される。
紫外域の光の物質における吸収は、前述した金属の場合のモデル(自由電子のプラズマ振動数が光の振動数に近づくために生じる)の他、一般的には電子遷移特にバンド間遷移によって生じる。いずれにしても、紫外域における吸収特性即ち分光吸収率は、材料に応じて異なる。吸収率はある波長でピークとなる場合が多いが、吸収率がある波長でピークとなる場合、ピーク波長は材料によって異なる。グリッド偏光阻止の材料としてこのように分光吸収特性の異なる二つの材料を選定した場合、分光吸収特性が平均化される形となり、平均化された分光吸収特性に応じた偏光性能が得られることになる。
【0031】
分光吸収特性の平均化により得られる効果としては、二つの吸収率のピーク波長を有することになって異なる二つの波長において良好な偏光作用が得られる効果(偏光の多波長化)と、広い波長域においてある程度一定した偏光性能が得られる効果(偏光のブロード化)とがある。即ち、図5において、第一の材料の吸収のピーク波長をλとし、第二の材料の吸収のピーク波長をλとすると、吸収型のグリッド偏光素子は、λとλとの両方で効率的に動作し得ることになる(多波長化)。そして、吸収スペクトルは、ピーク波長の前後において漸減するから、全体の吸収スペクトルは図5に破線で示すようなものとなり、λ〜λのある程度広い波長域において全体として高い吸収率を有するものとなる。つまり、第一の材料の層31と第二の材料の層32とで各線状部3を形成した場合、λ〜λのある程度広い波長領域において偏光作用が得られることになる(ブロード化)。以下、上記多波長化も含む概念として「ブロード」ないし「ブロード化」の用語を使用する。尚、図5は、吸収のピーク波長が異なる二つの材料により偏光作用を得る場合について模式的に示したものであり、特定の材料の吸収スペクトルの測定データを示すものではない。
【0032】
次に、このような実施形態のグリッド偏光素子の偏光作用について説明する。
前述したように、実施形態のグリッド偏光素子は吸収型であり、入射した偏光光が、s波とp波とで異なった吸収のされ方(減衰の仕方)をすることで偏光が行われる。この際、第一の層31の材料において多く吸収される第一の波長の光は、第一の層31で形成される上側のグリッド領域を伝搬する際、上記のような吸収型のモデルでの偏光が行われる。そして、上側のグリッド領域を過ぎ、第二の層32で形成された下側のグリッド領域を伝搬する際、第二の層32の材料において多く吸収される第二の波長の光について、同様に吸収型のモデルにより偏光が行われる。この結果、透明基板からは、第一の波長と第二の波長とにおいて専らp偏光光が出射されることになり、ブロードな偏光が達成される。
【0033】
より具体的な材料の一例について説明すると、第一の材料としてアモルファス状酸化チタンを用いることができ、第二の材料としてアモルファス状シリコンを用いることができる。酸化チタンは、280nm以下(UVC領域、例えば254nm)において高い吸収率を有し、この波長域の光を偏光するのに好適である。一方、280〜400nm(UVA領域、UVB領域)においては、シリコンや窒化チタンといった材料が高い吸収率を有し、この波長域(例えば365nm)の光を偏光させるのに好適である。
【0034】
図6は、酸化チタンとシリコンとの組み合わせにより偏光性能がブロード化される点を確認したシミュレーション実験の結果を示す図である。このシミュレーション実験では、石英製の透明基板の上に、各線状部の構造として、酸化チタンのみから成るもの、シリコンのみから成るもの、酸化チタンから成る層とシリコンから成る層とを積層したものについてそれぞれ偏光特性を計算により算出した。酸化チタンやシリコンは、アモルファス状であることを前提としている。このうち、図6には、各波長における消光比のデータが示されている。このシミュレーションでは、各線状部の高さは200nmで一定とし、酸化チタン層とシリコン層との高さの配分を変更した。図6において、各配分がシリコン層の厚さの割合で示されている。図6中、「Si 100%」とあるのは、シリコンのみで高さ200nmの各線状部を形成した場合、「Si 95%」とあるのは、シリコン層190nm、酸化チタン層10nmとした場合である。他も同様で、「Si 0%」は酸化チタンのみで高さ200nmの各線状部を形成した場合である。また、ギャップ幅はいずれの場合も80nmとした。尚、シミュレーションにはRCWA(Rigorous Coupled-Wave Analysis)法が用いられ、ソフトウェアには日本シムノプシス合名会社から販売されているRSOFTシリーズのDiffractMod(製品名)が使用された。
【0035】
図6に示すように、酸化チタンのみで高さ200nmの各線状部を形成した場合、250〜270nm程度の波長域では高い消光比が得られるが、それより長い波長域では消光比は漸減し、350nmより長い領域では非常に低い消光比しか得られない。そして、200nmの高さの各線状部のうちシリコンで形成された層を割り当てその高さを高くしていくと、図6に示すように、270nmより長い波長域において消光比が徐々に高くなる。そして、全てシリコンの層で形成した場合、380nm付近で消光比がピークとなる偏光性能が得られる。
【0036】
この結果からわかるように、酸化チタン製の各線状部の一部をシリコンに置き換えた構造とすると、偏光作用が実質的に得られなかった350nm超の波長域においても偏光作用が得られるようになり、より広い範囲において比較的均一な偏光作用が得られるようになる。特に、シリコン層を全体の50%以上とすると、250nm〜390nmの範囲においていずれの波長においても1×10以上の消光比が得られることになり、特に好ましい。尚、偏光特性のうち透過率のデータは図示を省略したが、同様に一部をシリコンの層に置き換えていくと、250〜400nm程度の波長域において透過率がより均一化する点が確認されている。
【0037】
次に、実施形態のグリッド偏光素子の製造方法について、図7を使用して説明する。図7は、実施形態のグリッド偏光素子の製造方法について示した概略図である。
実施形態のグリッド偏光素子を製造する場合、まず、石英製の透明基板1の上に第二の層32用のシリコン膜51を形成する(図7(1))。形成方法としては、各種の方法を採用し得るが、例えばALD(原子層蒸着)法を採用し得る。
【0038】
次に、シリコン膜51の上に第二の層32用の酸化チタン膜52を作成する(図7(2))。作成方法としては、同様にALD法を採用し得る。その後、酸化チタン膜52の上にレジストを塗布し、露光、現像、エッチングを行い、レジストパターン53を形成する(図12(3))。レジストパターン53は、形成するグリッドの形状に応じたものであり、縞状(ラインアンドスペース)である。
【0039】
そして、形成したレジストパターン54をマスクにしてエッチングを行い、第一、第二の層31,32より成る各線状部3を形成する(図7(4))。これにより、実施形態のグリッド偏光素子が完成する。エッチングは、各層で材料が異なるため、各々異なるエッチャントを使用して行われる。また、エッチングはドライエッチングであって透明基板1の厚さ方向の異方性エッチングであり、RIE(反応性イオンエッチング)のような手法が適宜用いられる。
【0040】
実施形態のグリッド偏光素子のより具体的な寸法例について説明すると、同様に第一の層31が酸化チタン、第二の層32がシリコンである場合、第一の層31の厚さは50nm、第二の層の厚さは150nmとされる。この場合、各線状部の全体の高さは200nmで、幅は30nmとされる。また、この例におけるギャップ4の幅は80nmとされる。
【0041】
第一の層31が酸化チタンより成り、第二の層32がシリコンより成る実施形態のグリッド偏光素子は、上述した以外にも顕著な優位性を有する。まず、実施形態では透明基板1は石英であるため、第二の層32がシリコンであると、透明基板1に対する第二の層32の密着性が高くなり、透明基板1に対する付着強度が高くなる。このため、グリッドの機械的強度や形状安定性が高くなる。
【0042】
また、上述した製造方法を考慮した場合でも、第一の層31が酸化チタンで第二の層32がシリコンである構造は、顕著な優位性を有する。この点について、図8を使用して説明する。図8は、製造方法との関係における実施形態のグリッド偏光素子の優位性について示した概略図である。
上述したように、実施形態のグリッド偏光素子は、第二の層31用のシリコン膜の上に第一の層31用の酸化チタン膜を積層し、その上で各膜をエッチングして第一の層31及び第二の層32を形成する。RIEでは、図8に示すように、イオン化させたエッチャント50を電界で加速して衝突させることで、エッチングが行われる。この際、シリコンに比べて結合エネルギーの高い酸化チタンについては、電界強度を高くし、高いイオン衝撃エネルギーでエッチングを行う必要がある。
【0043】
仮に、図8(1−1)に示すように、第一の層31がシリコンで第二の層32が酸化チタンの場合、シリコン膜をエッチングして縞状のパターンとした後、イオン衝撃エネルギーを高くして酸化チタン膜をエッチングすることになる。この場合、酸化チタン膜のエッチングの際、上側の第一の層31のシリコンも高いエネルギーでイオン衝撃を受けるため、酸化チタン膜のエッチングが終了して縞状の第二の層32が形成されるまでに、第一の層31は激しく削られてしまう。この結果、図8(1−2)に示すように、第一の層31は断面が細長い三角形状になってしまい、設計上の形状とはかなり異なるものになってしまう。このため、期待された偏光性能が十分に得られないこともあり得る。
【0044】
一方、第一の層31が酸化チタンで第二の層32がシリコンの場合、上記のような問題はない。最初に高いイオン衝撃エネルギーにして酸化チタン膜をエッチングして第一の層31を形成した後、イオン衝撃エネルギーを弱くして図8(2−1)に示すようにシリコン膜52をエッチングすることで第二の層32を形成する。酸化チタンの結合エネルギーが高いこと、またシリコン膜52のエッチングの際のイオン衝撃エネルギーは弱いことから、上側の第一の層31の酸化チタンが大きく削られることはない。このため、図8(2)に示すように、設計上の形状から大きく異なることのない形状でグリッドが形成される。第一の層31が酸化チタンで第二の層32がシリコンである実施形態の構造は、このようにグリッドの形状精度を高くして製造できるという顕著な優位性がある。
【0045】
尚、前述した第一の層31と第二の層32との厚さの配分比の説明において、シリコンである第二の層32を50%以上とすることが好ましいとしたが、第二の層32は90%以下とすることがより好ましい。第二の層32が90%超であるとすると、酸化チタンである第一の層31の厚さが10%未満(前述した例では20nm未満)ということになるが、第一の層31用の酸化チタン膜があまり薄くなると、イオン衝撃エネルギーに対して強固であるとはいっても、第二の層32用のシリコン膜のエッチングの際の消耗が無視できなくなるからである。したがって、全体に対するシリコン層(第二の層31)の厚さは90%以下とすることが好ましい。
【0046】
次に、このようなグリッド偏光素子の使用例について説明する。図9は、実施形態のグリッド偏光素子の使用例を示したものであって、グリッド偏光素子を搭載した光配向装置の断面概略図である。
図9に示す装置は、前述した液晶ディスプレイ用の光配向膜を得るための光配向装置であり、対象物(ワーク)60に偏光光を照射することで、ワーク60の分子構造が一定の方向に揃った状態とするものである。従って、ワーク60は光配向膜用の膜(膜材)であり、例えばポリイミド製のシートである。ワーク60がシート状である場合、ロールツーロールの搬送方式が採用され、搬送の途中で偏光光が照射される。光配向用の膜材で被覆された液晶基板がワークとなることもあり、この場合には、液晶基板をステージに載せて搬送したり、又はコンベアで搬送したりする構成が採用される。
【0047】
図9に示す装置は、光源61と、光源61の背後を覆ったミラー62と、光源61とワーク6との間に配置されたグリッド偏光素子63とを備える。グリッド偏光素子63は、前述した実施形態のものである。
光源61として、前述したように高圧水銀ランプのような紫外線ランプが使用される。光源61は、ワーク60の搬送方向に対して垂直な方向(ここでは紙面垂直方向)に長いものが使用される。
【0048】
グリッド偏光素子63は、前述したように各線状部の長さ方向を基準にしてp偏光光を選択的に透過させるものである。従って、光配向を行う方向にp偏光光の偏光軸が向くよう、ワーク60に対してグリッド偏光素子63が姿勢精度良く配置される。
尚、グリッド偏光素子は、大型のものを製造するのが難しいため、大きな領域に偏光光を照射する必要がある場合、複数のグリッド偏光素子を同一平面上に並べた構成が採用される。この場合、複数のグリッド偏光素子を並べた面は、ワーク60の表面と並行とされ、各グリッド偏光素子における各線状部の長さ方向がワーク60に対して所定の向きとなるように各グリッド偏光素子が配置される。
【0049】
前述したように、グリッド偏光素子63は、吸収波長域の異なる材料で形成された第一第二の層31,32を有する吸収型のグリッド偏光素子であるため、ブロードな波長域において偏光光を得ることができる。この点は、光配向装置の汎用性を高め、装置ユーザーにおける設備投資を安価にする意義がある。即ち、配向膜のタイプが異なるために異なる波長の偏光光の照射が必要な場合、従来の光配向装置では、当該異なる波長用のグリッド偏光素子に交換する必要が生じる。一方、実施形態のグリッド偏光素子では、波長範囲がブロードであるため、異なるタイプの配向膜についても同じグリッド偏光素子を使用して処理できる場合がある。同じグリッド偏光素子で異なる配向膜についても処理できれば、その分だけ装置ユーザーにおける設備投資は抑制できる。
尚、このような効果は、光配向以外にも、対象物に応じて異なる波長域の偏光光が必要になる光処理において一般的に妥当することはいうまでもない。
【符号の説明】
【0050】
1 透明基板
2 グリッド
3 線状部
31 第一の層
32 第二の層
4 ギャップ
60 ワーク
61 光源
62 ミラー
63 グリッド偏光素子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9