特許第6015951号(P6015951)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6015951
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年10月26日
(54)【発明の名称】触媒の評価方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 23/42 20060101AFI20161013BHJP
   B01J 23/46 20060101ALI20161013BHJP
   B01J 23/44 20060101ALI20161013BHJP
   B01J 23/89 20060101ALI20161013BHJP
   B01D 53/86 20060101ALI20161013BHJP
   F01N 3/10 20060101ALI20161013BHJP
   F01N 3/18 20060101ALI20161013BHJP
【FI】
   B01J23/42 AZAB
   B01J23/46 311A
   B01J23/44 A
   B01J23/89 A
   B01D53/86 222
   B01D53/86 245
   F01N3/10 Z
   F01N3/18 D
【請求項の数】5
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-115417(P2013-115417)
(22)【出願日】2013年5月31日
(65)【公開番号】特開2014-233661(P2014-233661A)
(43)【公開日】2014年12月15日
【審査請求日】2015年12月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】生田 靖弘
(72)【発明者】
【氏名】長井 康貴
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−210375(JP,A)
【文献】 特開2013−039556(JP,A)
【文献】 特開2009−202127(JP,A)
【文献】 特開2009−189915(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0009679(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00−38/74
B01D 53/86−53/96
F01N 3/10
F01N 3/18
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーを、
(a)触媒表面Msに吸着している等核二原子分子Xに基づいて求める場合には、下記式(1a):
X/Ms=(DX2+E+QX2)/2 (1a)
(式中、Xは原子AまたはBを表し、EX/Msは触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーを表し、DX2は遊離の等核二原子分子Xの解離エネルギーを表し、Eは触媒Mの全電子エネルギーを表し、QX2は等核二原子分子Xが触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱を表す。)
を用いて求め、
(b)触媒表面Msに吸着している異核二原子分子XYに基づいて求める場合には、下記式(1b):
X/Ms=DXY+E+QXY−(DY2+E+QY2)/2 (1b)
(式中、Xは原子AおよびBのうちの一方を表し、Yは原子AおよびBのうちの他方を表し、EX/Msは触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーを表し、DXYおよびDY2はそれぞれ遊離の異核二原子分子XYおよび遊離の等核二原子分子Yの解離エネルギーを表し、Eは触媒Mの全電子エネルギーを表し、QXYおよびQY2は異核二原子分子XYおよび等核二原子分子Yがそれぞれ触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱を表す。)
を用いて求め、
触媒表面Msに対する原子Xの単結合あたりの結合エネルギーを、下記式(2):
Ms−X,s=EX/Ms/nMs−X (2)
(式中、Xは原子AまたはBを表し、EMs−X,sは前記単結合あたりの結合エネルギーを表し、EX/Msは触媒表面Msに吸着している原子Xの前記全電子エネルギーを表し、nMs−Xは前記等核二原子分子Xまたは前記異核二原子分子XYが触媒表面Msに吸着した状態における原子Xと触媒表面Msとの結合次数を表す。)
を用いて求め、
触媒表面Msに対する吸着分子の解離吸着曲線を、
(i)吸着分子が異核二原子分子ABの場合には、下記式(3a):
AB=DAB−EAB(nAB)−EMs−A,s×fMs−A(nAB)
−EMs−B,s×fMs−B(nAB) (3a)
(式中、VABは触媒表面Msに対する異核二原子分子ABの解離吸着過程におけるポテンシャルエネルギーを表し、DABは遊離の異核二原子分子ABの解離エネルギーを表し、EMs−A,sおよびEMs−B,sはそれぞれ原子AおよびBの触媒表面Msに対する前記単結合あたりの結合エネルギーを表し、nABは異核二原子分子AB中の原子Aと原子Bとの結合次数を表し、fMs−A(nAB)およびfMs−B(nAB)は触媒表面Msに結合している原子AおよびBのそれぞれについて結合次数保存則に従って決定される結合次数nABの一次関数を表し、EAB(nAB)は結合次数がnABの異核二原子分子ABのポテンシャルエネルギーを表し、下記式(4a):
AB(nAB)=−6×(nAB
+43×(nAB−3×(nAB) (4a)
により求められる。)
を用いて求め、
(ii)吸着分子が等核二原子分子AおよびBのうちの少なくとも一方の場合には、下記式(3b):
X2=DX2−EX2(nX2)−EMs−X,s×fMs−X(nX2) (3b)
(式中、Xは原子AまたはBを表し、VX2は触媒表面Msに対する等核二原子分子Xの解離吸着過程におけるポテンシャルエネルギーを表し、DX2は遊離の等核二原子分子Xの解離エネルギーを表し、EMs−X,sは触媒表面Msに対する原子Xの前記単結合あたりの結合エネルギーを表し、nX2は等核二原子分子X中のX原子間の結合次数を表し、fMs−X(nX2)は触媒表面Msに結合している原子Xについて結合次数保存則に従って決定される結合次数nX2の一次関数を表し、EX2(nX2)は結合次数がnX2の等核二原子分子Xのポテンシャルエネルギーを表し、下記式(4b):
X2(nX2)=−6×(nX2
+43×(nX2−3×(nX2) (4b)
により求められる。)
を用いて求め、
得られた解離吸着曲線に基づいて吸着分子の触媒反応の経路を解析することによって、触媒の反応活性を評価することを特徴とする触媒の評価方法。
【請求項2】
前記解離吸着曲線に基づいて触媒表面Msに吸着した状態の吸着分子の解離エネルギーを求め、該解離エネルギーに基づいて触媒の反応活性を評価することを特徴とする請求項1に記載の触媒の評価方法。
【請求項3】
前記式(3a)により求められる異核二原子分子ABの解離吸着曲線と前記式(3b)により求められる等核二原子分子AおよびBのうちの少なくとも一方の解離吸着曲線とを組み合わせて、吸着分子が触媒表面Msに吸着して反応し、生成した分子が触媒表面Msから脱離する触媒反応の経路を解析することによって、触媒の反応活性を評価することを特徴とする請求項1または2に記載の触媒の評価方法。
【請求項4】
生成した分子の触媒表面Msからの脱離エネルギーを前記解離吸着曲線に基づいて求め、該脱離エネルギーに基づいて触媒の反応活性を評価することを特徴とする請求項3に記載の触媒の評価方法。
【請求項5】
吸着分子が異核二原子分子ABであり、生成した分子が等核二原子分子AおよびBのうちの少なくとも一方であることを特徴とする請求項3または4に記載の触媒の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化学反応に用いられる触媒を評価する方法としては、実際に触媒反応を実施して触媒の活性を評価する方法のほか、従来から、計算による様々な評価方法が提案されている。例えば、J.Catal.、2002年、第209巻、275〜278頁(非特許文献1)に記載の方法によれば、ブレンステッド−エヴァンス−ポランニー関係(BEP法)に基づいて触媒表面に対する吸着分子の吸着エネルギーから吸着分子の活性化エネルギーを求めることができ、この活性化エネルギーに基づいて触媒を評価することができる。また、Surface Sci.、1976年、第55巻、747〜753頁(非特許文献2)に記載の方法によれば、修正したポーリング−イーリーの式に基づいて金属表面と吸着分子を構成する原子との単結合あたりの結合エネルギーを求め、この単結合あたりの結合エネルギーに基づいて化学吸着熱を求めることができる。そして、この化学吸着熱に基づいて触媒を評価することができる。
【0003】
しかしながら、非特許文献1に記載のBEP法を用いた触媒の評価方法においては、触媒反応経路のうちの吸着分子の遷移状態のみに基づいて触媒を評価しているため、反応種の吸着と触媒被毒とを区別できないといった問題があった。さらに、遷移状態自体が不安定なため、遷移状態の分子のエネルギーを求めることは、実質的且つ計算上、困難であり、また、求めることができたとしても膨大な計算時間を要するという問題があった。
【0004】
また、非特許文献2に記載の修正したポーリング−イーリーの式には、実験的に求める必要があるパラメータが含まれているため、熱力学データがない触媒反応については、予め、熱力学データを新たに実験的に求める必要があった。また、触媒そのものについても、特定の表面構造や特定の組成、特定の部位についての熱力学データを実験的に求めることは困難であるため、非特許文献2に記載の方法に基づいて、触媒の特定の表面を評価したり、触媒組成を厳密に評価したり、活性部位を特定したりすることは困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J.K.Norskovら、J.Catal.、2002年、第209巻、275〜278頁
【非特許文献2】E.Miyazakiら、Surface Sci.、1976年、第55巻、747〜753頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、熱力学データを新たに実験的に求める必要がなく、比較的短時間で触媒反応の経路を解析して触媒の反応活性を評価することが可能な新たな触媒評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、吸着分子が触媒表面で解離吸着する際の反応熱を用いて触媒表面Msに吸着している原子の全電子エネルギーを求め、この全電子エネルギーに基づいて触媒表面と吸着分子を構成する原子との単結合あたりの結合エネルギーを求め、この単結合あたりの結合エネルギーをBond energy−Bond order(BEBO)の関係式に導入することによって、熱力学データを新たに実験的に求める必要がなく、比較的短時間で触媒反応の経路を解析できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の触媒の評価方法は、触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーを、
(a)触媒表面Msに吸着している等核二原子分子Xに基づいて求める場合には、下記式(1a):
X/Ms=(DX2+E+QX2)/2 (1a)
(式中、Xは原子AまたはBを表し、EX/Msは触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーを表し、DX2は遊離の等核二原子分子Xの解離エネルギーを表し、Eは触媒Mの全電子エネルギーを表し、QX2は等核二原子分子Xが触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱を表す。)
を用いて求め、
(b)触媒表面Msに吸着している異核二原子分子XYに基づいて求める場合には、下記式(1b):
X/Ms=DXY+E+QXY−(DY2+E+QY2)/2 (1b)
(式中、Xは原子AおよびBのうちの一方を表し、Yは原子AおよびBのうちの他方を表し、EX/Msは触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーを表し、DXYおよびDY2はそれぞれ遊離の異核二原子分子XYおよび遊離の等核二原子分子Yの解離エネルギーを表し、Eは触媒Mの全電子エネルギーを表し、QXYおよびQY2は異核二原子分子XYおよび等核二原子分子Yがそれぞれ触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱を表す。)
を用いて求め、
触媒表面Msに対する原子Xの単結合あたりの結合エネルギーを、下記式(2):
Ms−X,s=EX/Ms/nMs−X (2)
(式中、Xは原子AまたはBを表し、EMs−X,sは前記単結合あたりの結合エネルギーを表し、EX/Msは触媒表面Msに吸着している原子Xの前記全電子エネルギーを表し、nMs−Xは前記等核二原子分子Xまたは前記異核二原子分子XYが触媒表面Msに吸着した状態における原子Xと触媒表面Msとの結合次数を表す。)
を用いて求め、
触媒表面Msに対する吸着分子の解離吸着曲線を、
(i)吸着分子が異核二原子分子ABの場合には、下記式(3a):
AB=DAB−EAB(nAB)−EMs−A,s×fMs−A(nAB)
−EMs−B,s×fMs−B(nAB) (3a)
(式中、VABは触媒表面Msに対する異核二原子分子ABの解離吸着過程におけるポテンシャルエネルギーを表し、DABは遊離の異核二原子分子ABの解離エネルギーを表し、EMs−A,sおよびEMs−B,sはそれぞれ原子AおよびBの触媒表面Msに対する前記単結合あたりの結合エネルギーを表し、nABは異核二原子分子AB中の原子Aと原子Bとの結合次数を表し、fMs−A(nAB)およびfMs−B(nAB)は触媒表面Msに結合している原子AおよびBのそれぞれについて結合次数保存則に従って決定される結合次数nABの一次関数を表し、EAB(nAB)は結合次数がnABの異核二原子分子ABのポテンシャルエネルギーを表し、下記式(4a):
AB(nAB)=−6×(nAB
+43×(nAB−3×(nAB) (4a)
により求められる。)
を用いて求め、
(ii)吸着分子が等核二原子分子AおよびBのうちの少なくとも一方の場合には、下記式(3b):
X2=DX2−EX2(nX2)−EMs−X,s×fMs−X(nX2) (3b)
(式中、Xは原子AまたはBを表し、VX2は触媒表面Msに対する等核二原子分子Xの解離吸着過程におけるポテンシャルエネルギーを表し、DX2は遊離の等核二原子分子Xの解離エネルギーを表し、EMs−X,sは触媒表面Msに対する原子Xの前記単結合あたりの結合エネルギーを表し、nX2は等核二原子分子X中のX原子間の結合次数を表し、fMs−X(nX2)は触媒表面Msに結合している原子Xについて結合次数保存則に従って決定される結合次数nX2の一次関数を表し、EX2(nX2)は結合次数がnX2の等核二原子分子Xのポテンシャルエネルギーを表し、下記式(4b):
X2(nX2)=−6×(nX2
+43×(nX2−3×(nX2) (4b)
により求められる。)
を用いて求め、
得られた解離吸着曲線に基づいて吸着分子の触媒反応の経路を解析することによって、触媒の反応活性を評価することを特徴とするものである。この触媒の評価方法においては、前記解離吸着曲線に基づいて触媒表面Msに吸着した状態の吸着分子の解離エネルギーを求め、該解離エネルギーに基づいて触媒の反応活性を評価することができる。
【0009】
また、本発明の触媒の評価方法においては、前記式(3a)により求められる異核二原子分子ABの解離吸着曲線と前記式(3b)により求められる等核二原子分子AおよびBのうちの少なくとも一方の解離吸着曲線とを組み合わせて、吸着分子が触媒表面Msに吸着して反応し、生成した分子が触媒表面Msから脱離する触媒反応の経路を解析することによって、触媒の反応活性を評価することができる。この評価方法においては、生成した分子の触媒表面Msからの脱離エネルギーを前記解離吸着曲線に基づいて求め、該脱離エネルギーに基づいて触媒の反応活性を評価することができる。
【0010】
本発明の触媒の評価方法においては、吸着分子が異核二原子分子ABであり、生成した分子が等核二原子分子AおよびBのうちの少なくとも一方であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、熱力学データを新たに実験的に求める必要がなく、比較的短時間で触媒反応の経路を解析して触媒の反応活性を評価することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】異核二原子分子ABの解離吸着過程を示す模式図である。
図2】等核二原子分子Xの解離吸着過程を示す模式図である。
図3】本発明にかかる計算方法により求めた異核二原子分子の解離吸着曲線を示すグラフである。
図4】本発明にかかる計算方法により求めた等核二原子分子の脱離曲線を示すグラフである。
図5】各種触媒表面にNO分子が吸着する際のNO分子の解離吸着曲線を示すグラフである。
図6】各種触媒表面にN分子が吸着する際のN分子の解離吸着曲線を示すグラフである。
図7】各種触媒表面にO分子が吸着する際のO分子の解離吸着曲線を示すグラフである。
図8】各種触媒表面にCO分子が吸着する際のCO分子の解離吸着曲線を示すグラフである。
図9】NO浄化反応において、反応の進行(NO分子吸着とN分子脱離)に伴うポテンシャルエネルギー変化を示すグラフである。
図10】NO浄化反応において、反応の進行(NO分子吸着とO分子脱離)に伴うポテンシャルエネルギー変化を示すグラフである。
図11】CO浄化反応において、反応の進行(CO分子吸着とO分子脱離)に伴うポテンシャルエネルギー変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明するが、本発明は前記図面に限定されるものではない。なお、以下の説明および図面中、同一または相当する要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0014】
本発明の触媒の評価方法は、等核二原子分子および異核二原子分子のうちの少なくとも一方が触媒表面に解離吸着する過程を含む反応に用いることが可能な触媒の評価に適用することができる。このような触媒反応としては、異核二原子分子ABが触媒表面Msに分子吸着し、原子Aおよび原子Bとして解離吸着する解離吸着過程(図1)や、等核二原子分子X(Xは原子AまたはB)が触媒表面Msに分子吸着し、原子Xとして解離吸着する解離吸着過程(図2)を含む反応などが挙げられる。
【0015】
また、前記反応には、解離吸着している原子AおよびBが反応して等核二原子分子AおよびBや異核二原子分子ABが生成し、これらの分子が脱離する過程がさらに含まれていてもよい。例えば、異核二原子分子ABが原子AおよびBとして解離吸着した(解離吸着過程)後、原子A同士および原子B同士が反応してそれぞれ等核二原子分子AおよびBが生成し、これらの等核二原子分子AおよびBが脱離する過程(脱離過程)を含む反応や、等核二原子分子AおよびBがそれぞれ原子AおよびBとして解離吸着した(解離吸着過程)後、原子Aと原子Bとが反応して異核二原子分子ABが生成し、この異核二原子分子ABが脱離する過程(脱離過程)を含む反応などが挙げられる。
【0016】
本発明の触媒の評価方法においては、先ず、触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーを求める。すなわち、等核二原子分子Xの熱力学データ(具体的には、遊離分子の解離エネルギーDX2および分子Xが触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱QX2)が存在する場合には、この等核二原子分子Xの熱力学データに基づいて原子Xの前記全電子エネルギーを求める(方法(a))。一方、等核二原子分子Xやその熱力学データが存在しない場合には、等核二原子分子Yの熱力学データと異核二原子分子XYの熱力学データとに基づいて原子Xの前記全電子エネルギーを求める(方法(b))。
【0017】
(a)等核二原子分子Xの熱力学データに基づいて求める場合:
下記式(1a):
X/Ms=(DX2+E+QX2)/2 (1a)
を用いて、触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーEX/Msを求める。前記式(1a)中、Xは原子AまたはBを表し、DX2は遊離の等核二原子分子Xの解離エネルギーを表し、Eは触媒Mの全電子エネルギーを表し、QX2は等核二原子分子Xが触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱を表す。
【0018】
(b)異核二原子分子XYの熱力学データに基づいて求める場合:
下記式(1b):
X/Ms=DXY+E+QXY−(DY2+E+QY2)/2 (1b)
を用いて、触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーEX/Msを求める。前記式(1b)中、Xは原子AおよびBのうちの一方を表し、Yは原子AおよびBのうちの他方を表し、DXYは遊離の異核二原子分子XYの解離エネルギーを表し、DY2は遊離の等核二原子分子Yの解離エネルギーを表し、Eは触媒Mの全電子エネルギーを表し、QXYは異核二原子分子XYが触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱を表し、QY2は等核二原子分子Yが触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱を表す。
【0019】
前記式(1b)を用いることによって、原子Xについて等核二原子分子Xやその熱力学データが存在しない場合であっても、異核二原子分子XYの熱力学データと等核二原子分子Yの熱力学データとが存在すれば、これらの熱力学データから、触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーを求めることができる。
【0020】
なお、前記式(1a)および(1b)は以下のように導かれる。すなわち、二原子分子xyが触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱Qxyは下記式(1c):
xy=Ex/Ms+Ey/Ms−Dxy−E (1c)
で表される。前記式(1c)中、Ex/Msは触媒表面Msに吸着している原子xの全電子エネルギーを表し、Ey/Msは触媒表面Msに吸着している原子yの全電子エネルギーを表し、DXYは遊離の二原子分子xyの解離エネルギーを表し、Eは触媒Mの全電子エネルギーを表す。
【0021】
二原子分子xyが等核二原子分子Xの場合、x=y=Xであるので、前記式(1c)から、下記式(1d):
X2=2×EX/Ms−DX2−E (1d)
が導かれ、これを変形すると前記式(1a)が導かれる。
【0022】
また、二原子分子xyが異核二原子分子XYの場合、前記式(1c)にx=Xおよびy=Yを代入すると、下記式(1e):
XY=EX/Ms+EY/Ms−DXY−E (1e)
が導かれる。ここで、触媒表面Msに吸着している原子Yの全電子エネルギーEY/Msは、前記式(1a)と同様に、遊離の等核二原子分子Yの解離エネルギーDY2、触媒Mの全電子エネルギーEおよび等核二原子分子Yが触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱QY2を用いて、
Y/Ms=(DY2+E+QY2)/2 (1f)
と表されるので、これを前記式(1e)に代入すると、下記式(1g):
XY=EX/Ms−DXY−E+(DY2+E+QY2)/2 (1e)
が導かれ、これを変形すると前記式(1b)が導かれる。
【0023】
前記式(1a)および(1b)において用いる、遊離分子の解離エネルギーの値は、例えば、Johnston,H.S.、Gas Phase Reaction Rate Theory、Ronald Press、New York、1996年などに記載の文献値を採用することができる。ここで、遊離分子とは、触媒表面Msに吸着していない分子を意味する。また、触媒の全電子エネルギーの値は、第一原理計算を用いて求めることができる。さらに、分子が触媒表面で解離吸着する際の反応熱の値は、例えば、D.Brennanら、Phil.Trans.R.Soc.A、1965年、第258巻、第347頁〜第373頁などに記載の文献値を採用することができる。
【0024】
次に、このようにして求めた触媒表面Msに吸着している原子Xの全電子エネルギーEX/Msを、下記式(2):
Ms−X,s=EX/Ms/nMs−X (2)
に代入して、触媒表面Msに対する原子Xの単結合あたりの結合エネルギーEMs−X,sを求める。前記式(2)中、Xは原子AまたはBを表し、EX/Msは触媒表面Msに吸着している原子Xの前記全電子エネルギーを表す。また、nMs−Xは前記等核二原子分子Xまたは前記異核二原子分子XYが触媒表面Msに吸着した状態における原子Xと触媒表面Msとの結合次数を表す。
【0025】
次に、このようにして得られた単結合あたりの結合エネルギーEMs−X,sを、Bond energy−Bond orderの式(BEBO式)に導入して、触媒表面Msに対する吸着分子の解離吸着曲線を求める。
【0026】
(i)吸着分子が異核二原子分子ABの場合:
下記式(2a):
AB=DAB−EAB(nAB)−EMs−A,s×fMs−A(nAB)
−EMs−B,s×fMs−B(nAB) (3a)
で表されるBEBO式を用いて解離吸着曲線を求める。前記式(3a)中、VABは触媒表面Msに対する異核二原子分子ABの解離吸着過程におけるポテンシャルエネルギーを表し、DABは遊離の異核二原子分子ABの解離エネルギーを表し、EMs−A,sおよびEMs−B,sはそれぞれ原子AおよびBの触媒表面Msに対する前記単結合あたりの結合エネルギーを表し、nABは異核二原子分子AB中の原子Aと原子Bとの結合次数を表す。また、fMs−A(nAB)およびfMs−B(nAB)は触媒表面Msに結合している原子AおよびBのそれぞれについて結合次数保存則に従って決定される結合次数nABの一次関数を表す。さらに、EAB(nAB)は結合次数がnABの異核二原子分子ABのポテンシャルエネルギーを表し、下記式(4a):
AB(nAB)=−6×(nAB
+43×(nAB−3×(nAB) (4a)
により求められるものである。
【0027】
なお、前記式(3a)は以下のように導かれる。すなわち、原子Aと原子Bとの結合指数がnABであり且つ触媒表面Msと原子Aおよび原子Bとの結合次数がそれぞれnMs−AおよびnMs−Bである異核二原子分子ABの解離吸着過程におけるポテンシャルエネルギーVABは下記式(5a)で表される。
AB=DAB−EAB(nAB)
−EMs−A,s×nMs−A−EMs−B,s×nMs−B (5a)
(式(5a)中のVAB、DAB、EMs−A,s、EMs−B,s、EAB(nAB)は、それぞれ前記式(3a)中のVAB、DAB、EMs−A,s、EMs−B,s、EAB(nAB)と同義である。)
触媒表面Msに対する異核二原子分子ABの解離吸着過程においては、結合次数が保存されるという法則(結合次数保存則)により、下記式(6a):
Ms−A+nMs−B=λAB(nAB−nAB) (6a)
(式(6a)中、nABは遊離の異核二原子分子ABの原子Aと原子Bとの結合次数を表し、λABは比例定数である。)
が成立するので、nMs−AおよびnMs−Bはそれぞれ下記式(7a)および(8a):
Ms−A=λAB(nAB−nAB)−nMs−B
=fMs−A(nAB) (7a)
Ms−B=λAB(nAB−nAB)−nMs−A
=fMs−B(nAB) (8a)
で表されるように、nABの一次関数として表され、これらを前記式(5a)に代入することによって、前記式(3a)が導かれる。
【0028】
(ii)吸着分子が等核二原子分子AおよびBのうちの少なくとも一方の場合:
下記式(3b):
X2=DX2−EX2(nX2)−EMs−X,s×fMs−X(nX2) (3b)
で表されるBEBO式を用いて解離吸着曲線を求める。前記式(3b)中、Xは原子AまたはBを表し、VX2は触媒表面Msに対する等核二原子分子Xの解離吸着過程におけるポテンシャルエネルギーを表し、DX2は遊離の等核二原子分子Xの解離エネルギーを表し、EMs−X,sは触媒表面Msに対する原子Xの前記単結合あたりの結合エネルギーを表し、nX2は等核二原子分子X中のX原子間の結合次数を表す。また、fMs−X(nX2)は触媒表面Msに結合している原子Xについて結合次数保存則に従って決定される結合次数nX2の一次関数を表す。さらに、EX2(nX2)は結合次数がnX2の等核二原子分子Xのポテンシャルエネルギーを表し、下記式(4b):
X2(nX2)=−6×(nX2
+43×(nX2−3×(nX2) (4b)
により求められるものである。
【0029】
なお、前記式(3b)は以下のように導かれる。すなわち、X原子間の結合次数がnX2であり且つ触媒表面Msと原子Xとの結合次数がnMs−Xである等核二原子分子Xの解離吸着過程におけるポテンシャルエネルギーVABは、下記式(5b)で表される。
X2=DX2−EX2(nX2)−EMs−X,s×nMs−X (5b)
(式(5b)中のVX2、DX2、EMs−X,s、EX2(nX2)は、それぞれ前記式(3b)中のVX2、DX2、EMs−X,s、EX2(nX2)と同義である。)
触媒表面Msに対する等核二原子分子Xの解離吸着過程においても同様に、結合次数が保存されるという法則(結合次数保存則)により、下記式(6b):
Ms−X=λX2(nX2−nX2) (6b)
(式(6b)中、nX2は遊離の異核二原子分子XのX原子間の結合次数を表し、λX2は比例定数である。)
が成立するので、nMs−Xは下記式(7b):
Ms−X=λX2(nX2−nX2
=fMs−X(nX2) (7b)
で表されるように、nX2の一次関数として表され、これを前記式(5b)に代入することによって、前記式(3b)が導かれる。
【0030】
前記式(3a)および(3b)において用いる遊離分子の解離エネルギーの値は、例えば、Johnston,H.S.、Gas Phase Reaction Rate Theory、Ronald Press、New York、1996年などに記載の文献値を採用することができる。ここで、遊離分子とは、触媒表面Msに吸着していない分子を意味する。
【0031】
本発明の触媒の評価方法は、このようにして求めた解離吸着曲線に基づいて吸着分子の触媒反応の経路を解析することによって、触媒の反応活性を評価する方法である。例えば、前記解離吸着曲線に基づいて吸着分子の解離吸着過程の反応経路解析を行うことによって、触媒の反応活性を評価することができる。この場合、反応活性の評価の指標としては特に制限はないが、例えば、前記解離吸着曲線に基づいて触媒表面Msに吸着している吸着分子の解離エネルギーを求め、この解離エネルギーを指標として、所望の反応に対する触媒の有利・不利を判定することができる。
【0032】
以下に、吸着分子の解離吸着過程の反応経路解析に基づいて触媒の反応活性を評価する方法を、触媒にNO分子をN原子とO原子として解離吸着させる場合やCO分子をC原子とO原子として解離吸着させる場合を例として説明する。
【0033】
(a)NO分子をN原子とO原子として解離吸着させる場合:
先ず、触媒表面Msに吸着しているN原子およびO原子の全電子エネルギーEN/MsおよびEO/Msを求める。ここで、N原子およびO原子については、いずれも等核二原子分子のN分子およびO分子が存在するので、これらの遊離分子の解離エネルギーDN2およびDO2、これらの分子が触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱QN2およびQO2を、前記式(1a)に代入して、前記全電子エネルギーEN/MsおよびEO/Msを求める。
【0034】
次に、得られた全電子エネルギーEN/MsおよびEO/Msを、前記式(2)に代入して、触媒表面Msに対するN原子およびO原子の単結合あたりの結合エネルギーEMs−N,sおよびEMs−O,sを求める。そして、単結合あたりの結合エネルギーEMs−N,sおよびEMs−O,sをBEBO式に導入して、触媒表面Msに対するNO分子の解離吸着曲線を求める。このとき、NO分子は異核二原子分子であるので、前記式(3a)および(4a)を使用する。なお、NO分子中のN原子とO原子との結合次数nNOの範囲は0(解離吸着状態)〜2.5(気体状態)である。
【0035】
(b)CO分子をC原子とO原子として解離吸着させる場合:
先ず、触媒表面Msに吸着しているC原子およびO原子の全電子エネルギーEC/MsおよびEO/Msを求める。ここで、O原子については、前記(a)と同様にして前記全電子エネルギーEO/Msを求める。一方、C原子については、等核二原子分子が存在しないので、遊離のCO分子およびO分子の解離エネルギーDCOおよびDO2、これらの分子が触媒表面Msで解離吸着する際の反応熱QCOおよびQO2を、前記式(1b)に代入して、前記全電子エネルギーEC/Msを求める。
【0036】
次に、得られた全電子エネルギーEC/MsおよびEO/Msを、前記式(2)に代入して、触媒表面Msに対するC原子およびO原子の単結合あたりの結合エネルギーEMs−C,sおよびEMs−O,sを求める。そして、単結合あたりの結合エネルギーEMs−C,sおよびEMs−O,sをBEBO式に導入して、触媒表面Msに対するCO分子の解離吸着曲線を求める。このとき、CO分子は異核二原子分子であるので、前記式(3a)および(4a)を使用する。なお、CO分子中のC原子とO原子との結合次数nCOの範囲は0(解離吸着状態)〜3(気体状態)である。
【0037】
このように本発明の触媒の評価方法においては、触媒表面に解離吸着する異核二原子分子が、一方の原子が等核二原子分子が存在しない原子である場合でも、解離吸着曲線を求めることができ、吸着分子の解離吸着過程の反応経路解析を幅広く実施することができる。
【0038】
図3は、NO分子やCO分子のような異核二原子分子の解離吸着過程におけるポテンシャルエネルギーを前記異核二原子分子中の各原子間の結合次数に対してプロットして得た解離吸着曲線を示す。図3に示したように、気体状態の異核二原子分子(最大結合次数)のポテンシャルエネルギーと解離吸着過程における異核二原子分子のポテンシャルエネルギーの極小値との差から触媒表面Msに対する異核二原子分子の吸着エネルギーを求めることができる。また、解離吸着過程における異核二原子分子のポテンシャルエネルギーの極小値と極大値との差から触媒表面Msに吸着している異核二原子分子の解離エネルギーを求めることができる。さらに、気体状態の異核二原子分子(最大結合次数)のポテンシャルエネルギーと触媒表面Msに解離吸着している異核二原子分子(最小結合次数)のポテンシャルエネルギーとの差から遊離の異核二原子分子と触媒表面Msとの反応熱を求めることができる。
【0039】
このようにして求めた触媒表面Msに吸着している異核二原子分子の解離エネルギーの大小によって、所望の反応に対する触媒の有利・不利を判定することができる。すなわち、前記解離エネルギーが小さいほど、所望の反応に対して有利な触媒と判定することができる。
【0040】
このような触媒の評価方法は、触媒にNO分子やCO分子などの異核二原子分子を吸着させる場合に限定して適用されるものではなく、N分子やO分子などの等核二原子分子を吸着させる場合にも、前記式(3a)および(4a)の代わりに前記式(3b)および(4b)を用いることによって、適用することができる。
【0041】
また、本発明の触媒の評価方法においては、上記のようにして求められる2種以上の解離吸着曲線を組み合わせることによって、解離吸着過程と脱離過程といった多段階過程の触媒反応経路を解析して、触媒の反応活性を評価することもできる。例えば、前記式(3a)により求められる異核二原子分子ABの解離吸着曲線と前記式(3b)により求められる等核二原子分子AおよびBのうちの少なくとも一方の解離吸着曲線とを組み合わせて、吸着分子が触媒表面Msに吸着して反応し、生成した分子が触媒表面Msから脱離する触媒反応の経路を解析することによって、触媒の反応活性を評価することができる。この場合、反応活性の評価の指標としては特に制限はないが、上述した触媒表面Msに吸着している吸着分子の解離エネルギーのほかに、例えば、生成した分子の触媒表面Msからの脱離エネルギーを前記解離吸着曲線に基づいて求め、この脱離エネルギーを指標として、所望の反応に対する触媒の有利・不利を判定することができる。
【0042】
以下に、生成した分子の脱離過程の反応経路解析に基づいて触媒の反応活性を評価する方法を、触媒に解離吸着しているO原子からO分子を生成させ、このO分子を脱離させる場合を例として説明する。すなわち、先ず、前記(a)と同様にして、触媒表面Msに吸着しているO原子の全電子エネルギーEO/Msを求める。そして、得られた全電子エネルギーEO/Msを、前記式(2)に代入して、触媒表面Msに対するO原子の単結合あたりの結合エネルギーEMs−O,sを求める。
【0043】
次に、単結合あたりの結合エネルギーEMs−O,sをBEBO式に導入して、触媒表面Msに対するO分子の解離吸着曲線を求める。このとき、O分子は等核二原子分子であるので、前記式(3b)および(4b)を使用する。なお、O分子中のO原子間の結合次数nO2の範囲は0(解離吸着状態)〜3(気体状態)である。そして、得られたO分子の解離吸着曲線の結合次数軸を反転させることによりO分子の脱離曲線が得られる。
【0044】
図4は、O分子などの等核二原子分子の脱離過程におけるポテンシャルエネルギーを前記等核二原子分子中の各原子間の結合次数に対してプロットして得た脱離曲線を示す。図4に示したように、解離吸着している等核二原子分子(最小結合次数)のポテンシャルエネルギーと脱離過程における等核二原子分子のポテンシャルエネルギーの極大値との差から触媒表面Msからの等核二原子分子の脱離エネルギーを求めることができる。
【0045】
このようにして求めた触媒表面Msからの等核二原子分子の脱離エネルギーの大小によって、所望の反応に対する触媒の有利・不利を判定することができる。すなわち、前記脱離エネルギーが小さいほど、所望の反応に対して有利な触媒と判定することができる。
【0046】
このような触媒の評価方法は、触媒からO分子などの等核二原子分子を脱離させる場合に限定して適用されるものではなく、NO分子やCO分子などの異核二原子分子を脱離させる場合にも、前記式(3b)および(4b)の代わりに前記式(3a)および(4a)を用いることによって、適用することができる。
【0047】
特に、本発明の触媒の評価方法は、NO分子やCO分子などの異核二原子分子を触媒に解離吸着させた後、O分子などの等核二原子分子を触媒から脱離させる場合に限定して適用されるものではなく、N分子やO分子などの等核二原子分子を触媒に解離吸着させた後、NO分子などの等異核二原子分子を触媒から脱離させる場合にも、適用することが可能である。
【0048】
本発明の触媒の評価方法においては、遊離の二原子分子の解離エネルギー、触媒の全電子エネルギー、ならびに二原子分子が触媒表面で解離吸着する際の反応熱から、触媒表面に吸着している原子の全電子エネルギーを求めることから、本発明の触媒の評価方法を触媒の特定の表面や特定の組成を有する触媒に適用することが可能である。
【0049】
また、本発明の触媒の評価方法においては、吸着分子の解離吸着曲線に基づいて触媒反応の経路を解析しているため、触媒被毒を考慮して触媒の反応活性を評価することができる。さらに、複数種の吸着分子の解離吸着曲線を組み合わせることによって、多段階過程の反応経路を有する触媒や、二元系、三元系の触媒の評価にも本発明の触媒の評価方法を適用することが可能である。
【実施例】
【0050】
以下、実施例および比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
(実施例1)
ジニトロジアンミン白金の硝酸水溶液にイオン交換水を加えた後、市販のアルミナ(γ−Al)担体を混合して、アルミナ担体にジニトロジアンミン白金の硝酸水溶液を含浸させた。固形分を回収して、大気中、500℃で3時間焼成し、白金の担持量が1.0質量%のPt担持アルミナ触媒を得た。
【0052】
(実施例2)
ジニトロジアンミン白金の硝酸水溶液の代わりに硝酸ロジウム溶液を用いた以外は実施例1と同様にして、ロジウム担持量が0.5質量%のRh担持アルミナ触媒を得た。
【0053】
(実施例3)
ジニトロジアンミン白金の硝酸水溶液の代わりに硝酸パラジウム溶液を用いた以外は実施例1と同様にして、パラジウム担持量が1.0質量%のPd担持アルミナ触媒を得た。
【0054】
(実施例4)
Au3+イオン、Ni2+イオンおよびポリビニルピロリドンを含有するテトラエチレングリコール溶液にNaBHを添加して還元反応を行い、Au−Ni合金溶液を調製した。この溶液からAu−Ni合金を分離回収し、エタノールに再分散させた。この分散液に、市販のアルミナ(γ−Al)担体を混合して、アルミナ担体にAu−Ni合金を含浸させた。固形分を回収して、大気中、300℃で1時間焼成し、金担持量が0.98質量%、ニッケル担持量が0.56質量%のAu−Ni担持アルミナ触媒を得た。
【0055】
(比較例1)
Au3+イオンを使用しなかった以外は実施例4と同様にして、ニッケル担持量が0.80質量%のNi担持アルミナ触媒を得た。
【0056】
(比較例2)
Ni2+イオンを使用しなかった以外は実施例4と同様にして、金担持量が0.82質量%のAu担持アルミナ触媒を得た。
【0057】
<触媒活性評価>
得られた触媒0.6gを流通型反応器(直径:1.5cm、長さ:10cm)に充填し、触媒入りガス温度を50℃から600℃まで20℃/minで昇温しながら、NO(3000ppm)、CO(3000ppm)、N(残り)からなる混合ガスを流量1L/minで供給し、各ガス温度での触媒入りガス中および触媒出ガス中のNO濃度を測定してNO浄化率を求めた。得られたNO浄化率を触媒入りガス温度に対してプロットしてNO浄化率曲線を作成し、NO浄化率が20%に到達した温度(以下、「NO20%浄化温度」という。)を求めた。また、NO20%浄化温度が300℃以下の場合を「良」、300℃超過の場合を「不良」と判定して触媒の反応活性を評価した。これらの結果を表1に示す。
【0058】
<触媒反応の経路解析(1)>
先ず、各種触媒Mの表面Msに吸着しているN分子またはO分子に基づいて、下記式(1a−1)および(1a−2):
N/Ms=(DN2+E+QN2)/2 (1a−1)
O/Ms=(DO2+E+QO2)/2 (1a−2)
を用いて、触媒表面Msに吸着しているN原子およびO原子の全電子エネルギーEN/MsおよびEO/Msを求めた。なお、遊離のN分子およびO分子の解離エネルギーDN2およびDO2はそれぞれ226kcal/molおよび118kcal/molとした。
【0059】
また、各種触媒Mの表面Msに吸着しているCO分子に基づいて、下記式(1b−1):
C/Ms=DCO+E+QCO−(DO2+E+QO2)/2 (1b−1)
を用いて、触媒表面Msに吸着しているC原子の全電子エネルギーEC/Msを求めた。なお、遊離のCO分子およびO分子の解離エネルギーDCOおよびDO2はそれぞれ256kcal/molおよび118kcal/molとした。
【0060】
得られた全電子エネルギーEN/Ms、EO/MsおよびEC/Msを、下記式(2−1)〜(2−3):
Ms−N,s=EN/Ms/nMs−N (2−1)
Ms−O,s=EO/Ms/nMs−O (2−2)
Ms−C,s=EC/Ms/nMs−C (2−3)
に代入して、触媒表面Msに対するN原子、O原子およびC原子の単結合あたりの結合エネルギーEMs−N,s、EMs−O,sおよびEMs−C,sを求めた。その結果を表1に示す。なお、結合次数nMs−N、nMs−OおよびnMs−Cは表1に示した値を用いた。
【0061】
次に、単結合あたりの結合エネルギーEMs−N,sおよびEMs−O,s、ならびに下記式(3a−1)および(4a−1):
NO=DNO−ENO(nNO)−EMs−N,s×fMs−N(nNO)
−EMs−O,s×fMs−O(nNO) (3a−1)
NO(nNO)=−6×(nNO
+43×(nNO−3×(nNO) (4a−1)
を用いて、触媒表面Msに対するNO分子の解離吸着曲線を求めた。なお、遊離のNO分子の解離エネルギーDNOは151kcal/molとした。また、NO分子中のN原子とO原子との結合次数nNOの範囲は0(解離吸着状態)〜2.5(気体状態)とした。さらに、fMs−N(nNO)およびfMs−O(nNO)はそれぞれ下記式:
Ms−N(nNO)=2×(2.5−nNO) (nNO≧1で定義される。)
Ms−O(nNO)=2×(1−nNO) (nNO≦1で定義される。)
を用いた。各種触媒表面Msに対するNO分子の解離吸着曲線を図5に示す。
【0062】
また、単結合あたりの結合エネルギーEMs−N,s、ならびに下記式(3b−1)および(4b−1):
N2=DN2−EN2(nN2)
−EMs−N,s×fMs−N(nN2) (3b−1)
N2(nN2)=−6×(nN2
+43×(nN2−3×(nN2) (4b−1)
を用いて、触媒表面Msに対するN分子の解離吸着曲線を求めた。なお、遊離のN分子の解離エネルギーDN2は226kcal/molとした。また、N分子中のN原子間の結合次数nN2の範囲は0(解離吸着状態)〜3(気体状態)とした。さらに、fMs−N(nN2)は下記式:
Ms−N(nN2)=2×(3−nN2)
を用いた。各種触媒表面Msに対するN分子の解離吸着曲線を図6に示す。
【0063】
さらに、単結合あたりの結合エネルギーEMs−O,s、ならびに下記式(3b−2)および(4b−2):
O2=DO2−EO2(nO2)
−EMs−O,s×fMs−O(nO2) (3b−2)
O2(nO2)=−6×(nO2
+43×(nO2−3×(nO2) (4b−2)
を用いて、触媒表面Msに対するO分子の解離吸着曲線を求めた。なお、遊離のO分子の解離エネルギーDO2は118kcal/molとした。また、O分子中のO原子間の結合次数nO2の範囲は0(解離吸着状態)〜2(気体状態)とした。さらに、fMs−O(nO2)は下記式:
Ms−O(nO2)=2×(2−nO2
を用いた。各種触媒表面Msに対するO分子の解離吸着曲線を図7に示す。
【0064】
また、単結合あたりの結合エネルギーEMs−C,sおよびEMs−O,s、ならびに下記式(3a−2)および(4a−2):
CO=DCO−ECO(nCO)−EMs−C,s×fMs−C(nCO)
−EMs−O,s×fMs−O(nCO) (3a−2)
CO(nCO)=−6×(nCO
+43×(nCO−3×(nCO) (4a−2)
を用いて、触媒表面Msに対するCO分子の解離吸着曲線を求めた。なお、遊離のCO分子の解離エネルギーDCOは256kcal/molとした。また、CO分子中のC原子とO原子との結合次数nCOの範囲は0(解離吸着状態)〜3(気体状態)とした。さらに、fMs−C(nCO)およびfMs−O(nCO)はそれぞれ下記式:
Ms−C(nCO)=1.667×(3−nCO) (nCO<1.2のとき)
Ms−C(nCO)=3 (nCO≧1.2のとき)
Ms−O(nCO)=0 (nCO<1.2のとき)
Ms−O(nCO)=1.667×(nCO−1.2) (nCO≧1.2のとき)
を用いた。各種触媒表面Msに対するCO分子の解離吸着曲線を図8に示す。
【0065】
図5図8に示した結果から、各種触媒表面に吸着しているNO分子およびCO分子の解離エネルギー、各種触媒表面MsからのN分子およびO分子の脱離エネルギーを求めた。その結果を表1に示す。
【0066】
【表1】
【0067】
NOの浄化(NOの還元)は、先ず、触媒表面にNO分子が解離吸着してN原子とO原子が生成し、次に、N原子同士およびO原子同士が反応してN分子およびO分子が生成し、これらの分子が触媒表面から脱離することによって進行すると考えられる。また、COの浄化(COの還元)は、先ず、触媒表面にCO分子が解離吸着してC原子とO原子が生成し、次に、O原子同士が反応してO分子が生成し、このO分子が触媒表面から脱離することによって進行すると考えられる。
【0068】
表1に示した結果から明らかなように、触媒種としてAuを用いた場合(比較例2)には、他の触媒種に比べて、NO分子およびCO分子の解離エネルギーが著しく高い値となった。吸着分子の解離エネルギーが低い方が解離吸着しやすいことから、NO分子およびCO分子の解離吸着過程においては、Pt(実施例1)、Rh(実施例2)、Pd(実施例3)、Au−Ni(実施例4)、Ni(比較例1)が、Au(比較例2)に比べて有利であることがわかった。なお、NO分子およびCO分子の解離エネルギーの値から、触媒種としてAuを用いてもNO分子およびCO分子は解離吸着しにくいと予想される。
【0069】
また、触媒種としてNiを用いた場合(比較例1)には、他の触媒種に比べて、O分子の脱離エネルギーが高い値となった。生成した分子の脱離エネルギーが低い方が脱離しやすいことから、脱離過程においては、Pt(実施例1)、Rh(実施例2)、Pd(実施例3)、Au−Ni(実施例4)、Au(比較例2)が、Ni(比較例1)に比べて有利であることがわかった。なお、O分子の脱離エネルギーの値から、触媒種としてNiを用いてもO分子は脱離しにくいと予想される。
【0070】
NO浄化(NO還元)やCO浄化(CO還元)の活性は、触媒表面でのNO分子やCO分子の解離吸着のしやすさと、触媒表面からのO分子の脱離のしやすさとのバランスによって決まると考えられる。以上の計算結果を総合すると、NO浄化やCO浄化においては、Pt(実施例1)、Rh(実施例2)、Pd(実施例3)、Au−Ni(実施例4)が触媒種として有利であり、Ni(比較例1)、Au(比較例2)は触媒活性が低いと予想される。
【0071】
そこで、これらの計算結果と、実際のNO浄化試験の結果とを対比したところ、表1に示した結果から明らかなように、Pt(実施例1)、Rh(実施例2)、Pd(実施例3)、Au−Ni(実施例4)は、NO20%浄化温度が300℃以下と低い(すなわち、触媒活性が高い)ものであり、Ni(比較例1)、Au(比較例2)は、NO20%浄化温度が300℃超過と高い(すなわち、触媒活性が低い)ものであった。
【0072】
このように、本発明の触媒の評価方法による結果は、実際の触媒の評価結果と一致しており、本発明にかかる触媒反応の経路解析によって、触媒の反応活性を評価できることが確認された。
【0073】
<多段階過程への適用性>
次に、図6および図7のグラフの結合次数軸(x軸)を反転させ、これらのグラフと図5のグラフとにおいて、ポテンシャルエネルギーが連続するように、すなわち、結合次数0においてポテンシャルエネルギーが一致するように、グラフを補正して組み合わせた。その結果を図9および図10に示す。
【0074】
図8および図9に示した結果から明らかなように、NO分子、N分子、O分子の解離吸着曲線を組み合わせることによって、NO浄化反応の進行に伴うポテンシャルエネルギー変化を示すグラフが得られ、NO浄化の反応経路を容易に解析できることが確認された。
【0075】
また、図7のグラフの結合次数軸(x軸)を反転させ、このグラフと図8のグラフとにおいて、ポテンシャルエネルギーが連続するように、すなわち、結合次数0においてポテンシャルエネルギーが一致するように、グラフを補正して組み合わせた。その結果を図11に示す。
【0076】
図11に示した結果から明らかなように、CO分子、O分子の解離吸着曲線を組み合わせることによって、CO浄化反応の進行に伴うポテンシャルエネルギー変化を示すグラフが得られ、CO浄化の反応経路を容易に解析できることが確認された。
【0077】
以上の結果から、複数の吸着分子の解離吸着曲線を組み合わせることによって、多段階過程の触媒反応の経路を解析することが可能となり、複雑な反応に用いられる触媒も評価することが可能であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0078】
以上説明したように、本発明によれば、熱力学データを新たに実験的に求める必要がなく、比較的短時間で触媒反応の経路を解析して触媒の反応活性を評価することが可能となる。
【0079】
したがって、本発明の触媒の評価方法は、触媒の評価にかかるコストを削減できる方法として有用であり、さらに、熱力学データがない触媒反応系であっても、比較的容易に触媒の反応活性を評価することができる点で工業的にも有利である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11