特許第6016072号(P6016072)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6016072共同注視能力の評価方法及びその評価装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6016072
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年10月26日
(54)【発明の名称】共同注視能力の評価方法及びその評価装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20161013BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20161013BHJP
   A01K 67/027 20060101ALI20161013BHJP
【FI】
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
   A01K67/027
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-117315(P2012-117315)
(22)【出願日】2012年5月23日
(65)【公開番号】特開2013-245941(P2013-245941A)
(43)【公開日】2013年12月9日
【審査請求日】2015年4月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】大日本住友製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136272
【弁理士】
【氏名又は名称】堀川 環
(74)【代理人】
【識別番号】100152467
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 幸紀
(72)【発明者】
【氏名】池田 和仁
【審査官】 大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−190650(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/045937(WO,A1)
【文献】 岡本早苗,視線追従能力の発達−比較認知発達的視点からの実験的検証−,心理学評論,2009年 7月24日,Vol.52 No.1,p.111-124
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 −33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、共同注視能力の評価方法:
(a)非ヒト被験動物が届く位置に配置された複数個の箱のうち1つの箱に、報酬を格納し、
(b)評価者が該被験動物に目線を合わせて報酬の入った箱を指差し、
(c)該被験動物が報酬に到達するまでの実施回数に基づいてスコア付けし、
(d)該回数が多いほど、共同注視能力が低いと判断する。
【請求項2】
被験動物がマーモセットである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験動物の届く位置に配置可能な大きさを有するフレーム上に、報酬を格納するための複数の箱を配設した、請求項1または2の評価方法に用いるための共同注視評価装置。
【請求項4】
フレームが多角形であり、多角形の頂点に箱が配設された請求項3に記載の装置。
【請求項5】
多角形が3角形、4角形、5角形、6角形、7角形または8角形である請求項4に記載の装置。
【請求項6】
配設された箱が、被験動物が正面から箱の中が見えず、被験動物により箱の中の報酬が取り出せることを特徴とする箱である請求項3〜5のいずれか1項に記載の装置。
【請求項7】
以下の工程を含むことを特徴とする、自閉症治療薬のスクリーニング方法:
(1)非ヒト動物にNMDA拮抗薬を投与することにより得られる自閉症モデル動物に被験物質を投与する工程、
(2)被験物質を投与された非ヒト動物が届く位置に配置された複数個の箱のうち1つの箱に、報酬を格納する工程、
(3)評価者が該非ヒト動物に目線を合わせて報酬の入った箱を指差す工程、
(4)該非ヒト動物が報酬に到達するまでの実施回数に基づいてスコア付けする工程、
(5)被験物質非投与の場合と比較して、該回数が少ない被験物質を選択する工程。
【請求項8】
NMDA拮抗薬がケタミンである請求項に記載の方法。
【請求項9】
非ヒト動物がマーモセットである請求項またはに記載の方法。
【請求項10】
自閉症治療薬が共同注視能力の改善薬である請求項のいずれかに記載の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自閉症治療薬のスクリーニングに用いることができる共同注視能力の評価方法およびその評価装置などに関する。
【背景技術】
【0002】
自閉症は、他者とのコミュニケーション能力の発達が遅滞する発達障害の一種である。同疾患を知能の程度で分類すると、知能指数(IQ)で示されるような知的活動が健常人よりも低いカナー自閉症と、健常人と同じか、あるいは高い知能をもつアスペルガー症候群に分類され、さらにある特定の能力、例えば異常に膨大な数値を記憶するなどの健常人では考えられないような高い能力をもつサヴァン症候群も自閉症として総括される。自閉症は、症状領域に幅があることから、近年になって自閉症スペクトラム障害として理解されている(非特許文献1)。自閉症特有の症状として、体を揺らす、視覚的共同注意(共同注視)の欠如(アイコンタクトの回避)、知覚過敏、特定の音に対する嫌悪などがある(非特許文献2)。
【0003】
自閉症の原因遺伝子として、脳で発現している遺伝子であるSHANK3(非特許文献3)、CAPS2(非特許文献4)に変異があることが指摘されているが、同遺伝子の変異で自閉症の全ての症状を説明できるわけではない。自閉症は先天性の脳機能障害と理解されているが、特定の遺伝子変異から、脳機能の異常、認知障害の発症へといたるメカニズムについては明らかにされていない。
【0004】
日本での自閉症の罹病率は、どこまでを自閉症の範囲とするかによって数値は異なるが、一般的に1000人に1〜2人、男性と女性の比率は4:1程度と報告され、日本国内に推定36万人、知的障害や言語障害を伴わない高機能自閉症(アスペルガー症候群、サヴァン症候群)など含めると120万人と推定されている(非特許文献5)。現在、自閉症を治療する薬剤はない。
【0005】
そのような中、最近になりようやく自閉症モデル動物が作製され始め、例えば染色体工学の手法を用いてヒト染色体15q11−q13に対応する染色体が重複しているマウスが自閉症モデルとされている(非特許文献6)。しかし、当該マウスには、オープンフィールドテストでは、部屋の中央にいる時間が短いなど、新しい環境に対する不安の上昇、探索行動の低下などの異常が見いだされたが、アイコンタクトの欠如などヒトでの自閉症特有の症状は見出されておらず、またその評価法も存在していない。
【0006】
共同注視(JVA:joint visual attention)とは、他者が見ているところ、もしくは指示しているところを見ることと定義される。ヒトの赤ちゃんは生後8ヶ月ころになると、相手の指さしに反応して指された方向を見るようになり、10ヶ月ころになると「視線追従」が可能になる。さらに、12ヶ月を過ぎると自ら指さして、離れたところのものを相手に示したりする(非特許文献7)。
【0007】
ヒト以外の霊長類がJVAを行うかどうかは以下の報告がある。キツネザルはJVAを行わない(非特許文献8)が、アカゲザルはJVAを行う(非特許文献9)との報告がある。ニホンザルは、自然ではJVAを行わないが、実験室での訓練によって行うことができることが報告されている(非特許文献10)。また進化した大型類人猿およびチンパンジーでは、JVAを行うとの報告がある(非特許文献11)。しかしながら、マーモセットではJVAに関する報告はない。
【0008】
NMDA(N-methyl-D-aspartate
)受容体の拮抗薬であるケタミンを投与することによって、ヒト、霊長類、およびげっ歯類で、運動量の亢進、認知機能の低下などの統合失調症様の症状を惹起することは知られている(非特許文献12)が、その他の症状を示すことは知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】実験医学 vol.28, No.5,713-719 (2010)
【非特許文献2】臨床精神医学講座11 児童青年期精神障害 p61-114(1998)
【非特許文献3】Nat Genet., vol.39,25-27(2007)
【非特許文献4】Nature, vol.446, vol.41-45 (2007)
【非特許文献5】日本自閉症協会出典 自閉症児309例の臨床特徴の分析
【非特許文献6】Brain & Development, 32, 753-758 (2010)
【非特許文献7】Butterworth 著「Natural theories of mind」p223-232 (1991)
【非特許文献8】Folia Primatologica, vol.70, 17-22 (1999)
【非特許文献9】Animal Behaviour, vol.61, 335-343 (2001)
【非特許文献10】Int J Psychophysiol., vol.50,81-99 (2003)
【非特許文献11】British Journal of Developmental Psychology, vol.15, 213-222(1997)
【非特許文献12】Pharmacol Ther., vol.128, 419-432 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
動物を用いて自閉症の症状を評価する方法は知られていない。従って、本発明の課題は、自閉症モデル動物、共同注視(JVA: joint visual attention)の能力を簡便に評価する方法、および共同注視の能力を評価するための装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、複数の箱のうちの1つの箱に被験動物の好物をいれ、目線は被験動物に合わせたままで、該好物の入った箱を指差しして被験動物が報酬を得るまでの実施回数に基づいてスコア化することで、共同注視の能力レベルを容易に評価することができることを見出した。また、その評価方法により、コモンマーモセットが、訓練を行わなくても共同注視をおこなうことを見出した。更に、NMDA拮抗薬を投与したコモンマーモセットを、共同注視能力が低下した自閉症モデル動物として利用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、
[1]以下の工程を含む、共同注視能力の評価方法:
(a)非ヒト被験動物が届く位置に配置された複数個の箱のうち1つの箱に、報酬を格納し、
(b)評価者が該被験動物に目線を合わせて報酬の入った箱を指差し、
(c)該被験動物が報酬に到達するまでの実施回数に基づいてスコア付けし、
(d)該回数が多いほど、共同注視能力が低いと判断する、
[2]被験動物がマーモセットである[1]に記載の方法、
[3]被験動物が届く位置に配置可能な大きさを有するフレーム上に、報酬を格納するための複数個の箱を配設した、[1]または[2]の評価方法に用いるための共同注視評価装置、
[4]フレームが多角形であり、多角形の頂点に箱が配設された[3]に記載の装置
[5]多角形が3角形、4角形、5角形、6角形、7角形または8角形である[4]に記載の装置、
[6]配設された箱が、被験動物が正面から箱の中が見えず、被験動物により箱の中の報酬が取り出せることを特徴とする箱である[3]〜[5]のいずれかに記載の装置、
[7]NMDA拮抗薬を投与することにより共同注視能力の低下した非ヒト動物を、自閉症治療薬をスクリーニングまたは評価するための病態モデルとして使用する方法、
[8]NMDA拮抗薬がケタミンである[7]に記載の方法、
[9]非ヒト動物がマーモセットである[7]または[8]に記載の方法、
[10]自閉症治療薬が共同注視能力の改善薬である[7]〜[9]のいずれかに記載の方法、
[11]以下の工程を含むことを特徴とする、自閉症治療薬のスクリーニング方法:
(1)非ヒト動物にNMDA拮抗薬を投与することにより得られる自閉症モデル動物に被験物質を投与する工程、
(2)被験物質を投与された非ヒト動物が届く位置に配置された複数個の箱のうち1つの箱に、報酬を格納する工程、
(3)評価者が該非ヒト動物に目線を合わせて報酬の入った箱を指差す工程、
(4)該非ヒト動物が報酬に到達するまでの実施回数に基づいてスコア付けする工程、
(5)被験物質非投与の場合と比較して、該回数が少ない被験物質を選択する工程、
[12]NMDA拮抗薬がケタミンである[11]に記載の方法、
[13]非ヒト動物がマーモセットである[11]または[12]に記載の方法、
[14]自閉症治療薬が共同注視能力の改善薬である[11]〜[13]のいずれかに記載の方法、
を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、共同注視能力の評価方法、および共同注視を評価するうえで有用な共同注視評価装置を提供することができる。本発明の共同注視能力の評価方法や共同注視評価装置を用いることにより、被験動物の共同注視の能力を数値化して客観的に評価することができる。さらに、NMDA拮抗薬を投与することにより共同注視能力の低下した自閉症モデル動物は、自閉症を治療する薬剤、特に共同注視能力を改善する薬剤の探索や評価に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】一実施形態における共同注視評価装置(六角形型)の正面(A)および側面(B)の平面図である。
図2】一実施形態における共同注視評価装置(四角形型)の正面(A)および側面(B)の平面図である。
図3】箱の立体図である。Aは上面が開放された箱、Bは側面に蓋が付いている箱、Cは上部に蓋が付いている箱の立体図である。
図4】A図:JVA評価の様子を真上から見た図である。d1は被験動物(サル)を示し、d2は檻(ホームケージ)の柵を示し、d3はJVA装置を表し、d4は評価者(ヒト)を示す。B図:JVA評価の様子を真横から見た図である。
図5】コモンマーモセットを用いた共同注視能力の評価結果を示す図である。白抜き棒グラフは、JVAを行わずに自由に報酬を取得させた場合のスコア値(n=5、平均値±SE)を示し、灰色棒グラフは、ケタミン投与30分後にJVAを行ったスコア値(n=5、平均値±SE)、黒色棒グラフは、JVAを行ったスコア値(n=5、平均値±SE)を示し、横軸の数値は施行が何回目であるかを示す。このとき、四角形型の共同注視評価装置(図2)を用いた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
1.自閉症モデル動物およびその作製方法
本発明は、自閉症モデル動物を提供する。自閉症モデル動物は、NMDA拮抗薬を投与することにより作製される。NMDA拮抗薬は、限定されないが、例えばケタミン、PCP(フェンサイクリジン)、MK−801などが挙げられ、ケタミンが好ましい。NMDA拮抗薬の投与方法としては、筋肉内注射、静脈注射が挙げられ、好ましくは筋肉内注射である。動物は、サルであればよく、好ましくはマーモセット、アカゲザル、カニクイザルまたはニホンザル、より好ましくはマーモセット、さらに好ましくはコモンマーモセットが使用できる。
【0017】
NMDA拮抗薬を単回投与する場合、その投与量は、被験動物が覚醒しており、物体認識が可能な投与量であればよいが、覚醒している最大投与量が好ましい。サルの場合は、モニター画面を見せれば画面に表示される図面を一定時間内にタッチすることを連続して複数回行うことができるなどの物体認識可能な状態が覚醒している状態と言える。例えば、以下のようにNMDA拮抗薬の投与量を決定することができる。NMDA拮抗薬の量を少量ずつ増やして被験動物に投与し、その都度、覚醒しているかどうか判定し、それを被験動物が覚醒していないと判断されるまで繰り返す。そして、覚醒していることが最後に確認されたときの投与量を被験動物が覚醒しているNMDA拮抗薬の最大投与量とすることができる。NMDA拮抗薬の投与量は個体毎に決定するのが好ましい。NMDA拮抗薬の投与量は、例えばケタミンであれば1〜20mg/kg筋肉内投与が挙げられる。
【0018】
自閉症モデル動物が作製できたかどうかについては、例えば、以下に述べる共同注視評価方法により、正常動物またはNMDA拮抗薬の投与前の動物と比較して共同注視能力が低下している場合には自閉症モデルが作製できたと判断することができるが、この評価方法に限定されない。
【0019】
NMDA拮抗薬を反復投与する場合、被験動物が覚醒しており、物体認識が可能な状態でかつ共同注視能力が低下している状態になるように、投与量、投与回数、投与期間は適宜決定される。被験動物が覚醒しており、物体認識が可能な状態かどうか、あるいは共同注視能力が低下している状態かどうかは、上記と同様な方法で判断できる。
【0020】
本発明の自閉症モデル動物は、共同注視能力が低下していることから、自閉症治療薬、特に共同注視能力の改善薬をスクリーニングまたは評価するための病態モデルとして使用することができる。
【0021】
2.共同注視評価方法
本発明は、以下の(a)〜(d)の工程を含む共同注視能力の評価方法を提供する。
(a)非ヒト被験動物が届く位置に配置された複数個の箱のうち1つの箱に、報酬を格納する。
(b)評価者が該被験動物に目線を合わせて報酬の入った箱を指差す。
(c)該被験動物が報酬に到達するまでの実施回数に基づいてスコア付けする。
(d)該回数が多いほど、共同注視能力が低いと判断する。
【0022】
本明細書において「共同注視」とは、他者が見ているところもしくは指示しているところを見る視覚的共同注意(JVA:joint visual attention)のことを意味する。本発明の共同注視評価方法によれば、共同注視の能力を数値化して客観的に評価することができる。
【0023】
上記(a)において、箱の数は、2個以上であればよく、特に限定されない。箱の数は、例えば3〜8個が挙げられる。箱の配置形態は限定されないが、例えば、並列あるいは多角形の頂点となるように箱を設置することができる。多角形の頂点となるように箱を設置する場合は、具体的には、3〜8角形の頂点となるように箱を設置することができる。箱は、被験動物が本発明の装置の真正面から箱の中の報酬を見ることができず、被験動物が箱の中にいれている報酬を取り出すことができる箱であれば良い。箱は、下記「3.共同注視評価装置」に記載の本発明の共同注視評価装置に配設された箱を用いることができる。
【0024】
本発明の「被験動物」は、訓練により共同注視をする動物、または訓練を行わなくても共同注視をすることができる動物であればよい。具体的には、ヒト以外の霊長類である類人猿やサルが挙げられるが、好ましくはサル、より好ましくはマーモセット、アカゲザル、カニクイザルまたはニホンザル、さらに好ましくはマーモセット、さらに好ましくはコモンマーモセットが使用できる。
【0025】
被験動物がコモンマーモセットなどの訓練を行わなくても共同注視を行う動物の場合は、被験動物に対して事前に共同注視の訓練をする必要はない。一方で、被験動物が、共同注視を行うには訓練が必要な動物(例えば、ニホンザル)の場合は、該被験動物は本発明の評価方法を実施する前に共同注視の訓練を行う必要がある。
【0026】
本発明の「報酬」は、被験動物が好むものであればよい。例えば、被験動物がコモンマーモセットの場合は、好物の食べ物であるバームクーヘン、カステラなどが挙げられる。報酬は被験動物から見えないように箱に入れる。
【0027】
被験動物には、評価の事前に、箱の中に報酬があることを認知させる学習を実施することが好ましい。具体的には、該学習とは、例えば、評価の数日前、前日または当日に、上記(a)の箱全部に報酬を入れて報酬を与え、箱の中に報酬があることを被験動物に認知させる。
【0028】
上記(c)において、「被験動物が報酬を得るまでの実施回数」とは、具体的には、被験動物が箱の中を覗いた行為、箱の中を覗こうと試みた行為、手を差し入れた行為あるいは報酬を得た行為を1回としてカウントし、報酬を得るまでの行為の回数を意味する。
【0029】
スコア付けは、被験動物が報酬を得るまでの実施回数に基づいて客観的にスコア化できればよく、特に限定されない。被験動物が報酬を得るまでの実施回数が少ない場合は共同注視の能力が高いと判断することができ、被験動物が報酬を得るまでの実施回数が多い場合は共同注視の能力が低いと判断することができる。したがって、例えば、被験動物が報酬を得るまでの実施回数が多い場合にはスコアが低く、被験動物が報酬を得るまでの実施回数が少ない場合にはスコアが高くなるように設定すれば、スコアが低い場合は共同注視の能力が低いと判断し、反対にスコアが高い場合は共同注視の能力が高いと判断することができる。
【0030】
4個の箱を用いた場合のスコア付けの具体例を、以下に示す。次のようにスコア付けをすれば、得点が高いほど被験動物の共同注視の能力が高いことが客観的に判定できる。
1回目で報酬を得る(被験動物が報酬を得るまでの実施回数:1) 5点
2回目で報酬を得る(被験動物が報酬を得るまでの実施回数:2) 3点
3回目で報酬を得る(被験動物が報酬を得るまでの実施回数:3) 1点
4回目以降で報酬を得る(被験動物が報酬を得るまでの実施回数:4以上)0点
【0031】
本発明の評価方法は、上記(a)〜(d)の工程を複数回行って、各スコアの平均値を得るのが好ましい。例えば、4個の箱を用いて行う場合は、各箱に2回報酬を入れることになるようにランダムに報酬を入れ、上記(a)〜(d)の工程を合計8回行ったスコアの平均値を得ることにより、被験動物の共同注視の能力を評価することができる。
【0032】
本発明の評価方法は、下記「3.共同注視評価装置」に記載の装置を用いて実施することもできる。本発明の評価方法は、上記「1.自閉症モデル動物およびその作製法」に記載の自閉症モデル動物を用いれば、自閉症治療薬のスクリーニングに用いることができる。
具体的には、本発明の自閉症治療薬のスクリーニング方法は、以下の工程を含む。
(1)非ヒト動物にNMDA拮抗薬を投与することにより得られる自閉症モデル動物に被験物質を投与する工程。
(2)被験物質を投与された非ヒト動物が届く位置に配置された複数個の箱のうち1つの箱に、報酬を格納する工程。
(3)評価者が該非ヒト動物に目線を合わせて報酬の入った箱を指差す工程。
(4)該非ヒト動物が報酬に到達するまでの実施回数に基づいてスコア付けする工程。
(5)被験物質非投与の場合と比較して、該回数が少ない被験物質を選択する工程。
NMDA拮抗薬を投与することによる自閉症モデル動物の作製に関しては上記「1.自閉症モデル動物およびその作製法」に記載されている。
【0033】
投与される被験物質としては、蛋白質、ペプチド、抗体、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液、血漿などが用いられてよい。被験物質を投与する時期は、NMDA拮抗薬の投与前であっても、同時であっても、投与後であってもよい。投与の方法としては、経口的であっても非経口的であってもよい。経口的投与としては飼料や飲料水に混ぜて投与することができる。非経口的投与としては、腹腔内投与、静脈注射、皮下注射、皮内注射、筋肉注射、点滴注射等による投与、坐剤による直腸投与などが挙げられる。また、投与は単回投与であっても複数回投与であってもよい。
【0034】
被験物質を投与された自閉症モデル動物は、上記に記載の評価方法により共同注視能力が評価される。被験物質非投与の場合と比較し、共同注視能力が改善されている場合に、該被験物質を自閉症治療薬、特に共同注視能力の改善薬として選択することができる。
【0035】
さらに、本発明の評価方法は、上記「1.自閉症モデル動物およびその作製法」に記載の自閉症モデル動物を用いれば、自閉症治療薬の評価を容易に行うことができる。
具体的には、本発明の自閉症治療薬の評価方法は、以下の工程を含む。
(1)非ヒト動物にNMDA拮抗薬を投与することにより得られる自閉症モデル動物に自閉症治療薬を投与する工程。
(2)自閉症治療薬を投与された非ヒト動物が届く位置に配置された複数個の箱のうち1つの箱に、報酬を格納する工程。
(3)評価者が該非ヒト動物に目線を合わせて報酬の入った箱を指差す工程。
(4)該非ヒト動物が報酬に到達するまでの実施回数に基づいてスコア付けする工程。
(5)自閉症治療薬非投与の場合と比較して、自閉症治療薬の効果を評価する工程。
【0036】
現在、自閉症を治療する薬剤はなく、自閉症治療薬は、自閉症治療薬候補であってもよい。自閉症治療薬の投与は、上記スクリーニング方法と同様にできる。
【0037】
自閉症治療薬を投与された自閉症モデル動物は、上記に記載の評価方法により共同注視能力が評価される。自閉症治療薬非投与の場合と比較し、共同注視能力が改善されている場合に、該自閉症治療薬が自閉症、特に共同注視能力の改善に有効であると判断することができる。
【0038】
3.共同注視評価装置
本発明の共同注視評価装置(以下、「本発明の装置」と称す。)は、被験動物が届く位置に配置可能な大きさを有する支持体に複数個の箱を配設した共同注視評価装置である。支持体は、評価者が被験動物と目線を合わせるのに邪魔にならなければ、どのようなものでも構わないが、中心部が穴となっているフレームが好ましい。本発明の装置は、評価者が装置を手に保持して用いたり、飼育ケージあるいは飼育箱等の箱状のものの一面に装置を設置して用いることができる。図1および2に一実施形態における本発明の共同注視評価装置の平面図を示す。本発明の装置は、上記「2.共同注視評価方法」に記載の評価方法に用いることができ、本発明の装置を用いれば容易に被験動物の共同注視能力を評価することができる。
【0039】
フレームの中心部の「穴」は、評価者が当該穴を通して被験動物と目線を合わせるためのものである。そのため、実質的に穴はなく、それに相当する部分が透明な材質になっているものであっても構わない。さらに、その穴またはそれに相当する透明な部分は、被検動物から見て評価者の目が見える大きさであればよく、評価者の目を含めた顔の一部が見える大きさが好ましい。
【0040】
「フレーム」としては、例えば、中心部が穴となっている円形のフレームや中心部が穴となっている多角形のフレームが挙げられ、中心部が穴となっている多角形のフレームが好ましい。フレームの材質は特に限定されないが、例えば、被験動物から評価者の指の動きなどが見やすいように透明な素材を用いることができる。フレームの材質としては、具体的には、アクリルなどを挙げることができる。
【0041】
フレームが多角形である場合、例えば、3角形、4角形、5角形、6角形、7角形、8角形などのフレームが挙げられ、4角形、5角形、または6角形のフレームが好ましい。多角形のフレームの各辺の長さは、被験動物の大きさと箱の大きさを考慮して定めることができる。フレームの各辺の幅及び厚みも、被験動物の大きさと箱の大きさを考慮して定めることができる。被験動物がコモンマーモセットであれば、多角形の各辺の長さは、例えば10〜40cmの長さが挙げられ、フレームの各辺の幅及び厚みは、例えば1〜10cmが挙げられる。
【0042】
フレームに配設される箱は、被験動物が本発明の装置の真正面から箱の中の報酬を見ることができず、被験動物が箱の中の報酬を取り出すことができる箱であれば良い。箱は、例えば、図3に例示されるように、上面が開放されている箱(A)、もしくは箱の側面(B)または上部に蓋が付いており(C)、被験動物が蓋を手で押すことにより容易に箱内に手を挿入でき、報酬を取得できる箱が挙げられる。これらの箱は、フレームが多角形の場合には多角形の頂点に、フレームが円形であれば等間隔に配設することができる。また、箱には番号が付されていても良い。
【0043】
箱のサイズは、共同注視評価の際に、被験動物の報酬を入れることができ、且つ被験動物が手で箱の中の報酬を取り出すことができる大きさであればよい。被験動物がコモンマーモセットの場合は、例えば、箱の横、縦、高さがいずれも10cm以下、好ましくは3〜6cmの箱が挙げられる。箱の色は、特に限定されないが、箱の中身が透けて見えなければ良い。被験動物にコモンマーモセットを用いる場合は、例えば、バームクーヘンやカステラと類似色である黄色を用いることができる。
【0044】
本発明の装置は、評価者が手に装置を持って評価できるように、本発明装置のフレームに取っ手が付されていてもよい。例えば、多角形のフレームのいずれか一辺に取っ手をつけることができる。
【0045】
被験動物は、訓練により共同注視をする動物、または訓練を行わなくても共同注視をすることができる動物であればよい。具体的には、ヒト以外の霊長類である類人猿やサルが挙げられる。被験動物は、サルが好ましく、マーモセット、アカゲザル、カニクイザルまたはニホンザルがより好ましく、マーモセットがさらに好ましく、コモンマーモセットがさらに好ましい。被験動物にコモンマーモセットを用いると、事前に共同注視の訓練を行わなくても、容易に共同注視の能力を評価することができる。
【0046】
被験動物の報酬は、被験動物の好物であればよい。被験動物がコモンマーモセットの場合は、例えばバームクーヘン、カステラなどの好物の食べ物が挙げられ、1cm四方に分割したバームクーヘン等を使用することができる。
【実施例】
【0047】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例になんら限定されるものではない。
【0048】
実施例1 共同注視評価装置(六角形型)
図3のAに示す、上部が開放されたクリーム色の不透明な4cm×4cm×4cmのアクリル製の箱を6個作製した。図1に示すように、一辺が10cmの正六角形のフレームの各頂点に、これらの箱を6個取り付けた共同注視評価装置(JVA装置)を作製した。各箱には、時計の1時の方向を1番として、時計回りに6番まで番号を付した。
【0049】
実施例2 共同注視評価装置(四角形型)
図3のBに示す、1面にちょうつがい(c2)で蓋(c1)が取り付けられて、蓋を軽く押すことでその蓋が開くクリーム色の不透明な4cm×4cm×4cmのアクリル製の箱を4個作製した。図2に示すように、一辺が10cmの正方形のフレームの各頂点に、これらの箱を取り付けて共同注視評価装置(JVA装置)を作製した。各箱には、時計の1時の方向を1番として、時計回りに4番まで番号を付した。
【0050】
実施例3 共同注視能力の評価
(1)共同注視能力の評価方法
実施例2で作製した四角形型のJVA装置を用いて、下記の要領で自閉症の基本障害である共同注視能力について次のように評価を行った。
(a)体重250〜450g、雌雄のコモンマーモセットを使用する。
(b)コモンマーモセットは、ホームケージ内で拘束なく自由な状態とする。
(c)JVA装置の4箇所の箱のうち、1箇所にのみ報酬(2〜3g程度のバームクーヘン片)を入れる。このとき、報酬を入れる番号は無作為とし、同じ番号の箱を2回ずつ使用し、合計8回の試験を施行する。
(d)評価者は、ホームケージの前にJVA装置を持って立ち、報酬の入った箱を指さしながら、目線はコモンマーモセットに合わせたままで近づき、ホームケージにJVA装置を接触させ、コモンマーモセットが報酬を獲得するまで箱の指差しを続ける。
(e)このとき、コモンマーモセットが報酬を得るまでに、箱を覗く、あるいは手をさし入れた箱番号を全て記録する。
(f)(e)の結果から、下記のスコア付けを行い、各コモンマーモセットの8回の試験の平均値をその個体の評価結果(スコア値)とする。
1回目で報酬を得る= 5点
2回目で報酬を得る= 3点
3回目で報酬を得る= 1点
4回目以降で報酬を得る=0点
【0051】
(2)共同注視を行わないと仮定したスコアの期待値(理論値)の算出
(i)無作為な行動を行う場合
上記(1)の評価方法において、コモンマーモセットが空間認知能力を使用せず、無作為に箱を覗く、あるいは手を入れると仮定した場合、理論的なスコア値は下記の計算から算出され、その期待値は1.95となった。
<無作為に行動した場合の期待値の計算>
5*(1/4)+3*(3/4)*(1/4)+1*(3/4)*(3/4)*(1/4)= 1.95
【0052】
(ii)完全なSWM(spatial working memory)を行う場合
上記(1)の評価方法において、一度箱を覗いて報酬がなかったとき、その場所を記憶し、同じ箱を2度と覗かない、あるいは手を入れることがないと仮定したとき、理論的なスコア値は下記の計算から算出され、その期待値は2.25となった。
<SWM能力を使用した場合の期待値の計算>
5*(1/4)+3*(3/4)*(1/3)+1*(3/4)*(2/3)*(1/2) = 2.25
【0053】
(3)共同注視を行わなかった場合の実測値
上記(1)の方法で、評価者が目線を合わさず、指差しもせず、コモンマーモセットに報酬を自由に取らせた結果、5頭の評価結果(スコア値)は、2.00±0.29(n=5、平均値±SE)となった。この平均値は、上述の実施例3(2)(i)の無作為に行動した場合の期待値(1.95)と、実施例3(2)(ii)のSWMを完全に行ったときの期待値(2.25)との間の値であることから、コモンマーモセットがある程度はSWMを行って報酬を得ていることが判明した。
【0054】
(4)共同注視を行った場合の実測値
上記(1)の方法にて共同注視能力の評価を行った。その結果、1回目の試行で、5頭のコモンマーモセットの評価結果(スコア値)は4.13±0.31(n=5、平均値±SE)となり(図5の1回目)、実施例3(3)の共同注視を行わなかったスコア値に比べ、統計学的に有意(Wilcoxonの順位和検定でp<0.01)にスコア値が大きいことが示された。このことから、コモンマーモセットは訓練することなしに、共同注視を行う能力を有していると考えられた。さらに同じマーモセットを用いて4回試験を施行したが、全ての試験で、共同注視を行わなかったスコア値と比較して統計学的に有意にスコア値の増大が認められた。ただし、施行回数を重ねてもほぼ同じスコア値であったことから、コモンマーモセットには、該評価方法に対する学習効果がないことが示された(図5)。
【0055】
実施例4 自閉症モデル動物
(1)ケタミン投与量の設定
コモンマーモセットへのケタミン(製造販売元:第一三共プロファーマ株式会社)の投与量は、コモンマーモセットが覚醒している最大投与量とし、以下のように個体ごとに決定した。コモンマーモセットが覚醒している確証は、ケタミンを投与して30分後に、コモンマーモセットにモニター画面を見せ、画面に表示される図形をタッチすることが30秒以内にでき、それを連続10回試行することができることとした。ケタミンの量を0.5mg/kgずつ増やしてコモンマーモセットに筋肉内投与し、その都度、覚醒しているかを確認し、それをコモンマーモセットが覚醒していない状態になるまで続けた。そして、覚醒していることが最後に確認できたときの投与量を、その個体の最大投与量とした。
【0056】
(2)ケタミン投与コモンマーモセットの共同注視能力の評価
上記(1)で各コモンマーモセットに対するケタミン投与量を設定後に、設定投与量(1.5〜16mg/kg)のケタミンを筋肉内投与し、投与30分後に共同注視能力の評価を行った。実施例3(1)の共同注視能力の評価方法を用いて、ケタミン投与による共同注視能力への影響を観察した結果、スコア値が2.55±0.05(n=5、平均値±SE)となり、ケタミンを投与せず共同注視を行ったスコア値と比較した結果、統計学的に有意にスコア値の減少が認められた(図5)。
【0057】
ケタミン投与によって、共同注視機能障害を引き起こすこと、すなわち自閉症スペクトラム症状を引き起こすことが示されたことから、ケタミン投与動物は自閉症の疾患モデル動物として用いることが可能であることが判明した。また、ケタミン投与動物の共同注視機能障害に対する薬剤の効果を観察することで、自閉症治療薬のスクリーニングができることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明により、共同注視能力の評価方法および共同注視評価装置を提供することができる。本発明の評価方法により自閉症の基本障害の1つである共同注視能力の低下を客観的に評価することができるため、自閉症モデル動物を用いた自閉症治療薬の探索や評価を行うことができる。
【符号の説明】
【0059】
a1:中心部(穴)
a2:フレーム
a3:上部が開放されている箱
a4:グリップ
b1:中心部(穴)
b2:フレーム
b3:側面に蓋が付いている箱
b4:グリップ
c1:蓋
c2:ちょうつがい
d1:被験動物(サル)
d2:檻の柵
d3:JVA装置
d4:評価者(ヒト)
図1
図2
図3
図4
図5