(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.080%以下、Si:1.2〜3.0%、Mn:0.4〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.003%以下、Ni:6.0〜12.0%、Cr:16.0〜20.0%、Cu:0.2〜3.0%、Al:0.002〜0.10%、N:0.037〜0.10%、及びMo:0.1〜1.0%を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記(A)式及び(B)式を満たし、燃焼排気ガスの凝縮水が生成する環境下における耐孔食性や、塩化物イオンを含有する水溶液が存在する環境下における耐応力腐食割れ性と、ろう付け性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
(A)式:1.6≦[Cu]×[Si]≦4.4(ただし、[Cu]=2.0及び[Si]=2.0である場合を除く)
(B)式:0.16≦2[N]+[Mo]≦1.0
ここで、[Cu]、[Si]、[N]、及び[Mo]は、質量%で表した各元素の含有量とする。
さらに、質量%で、Nb:0.1〜0.7%、Ti:0.1〜0.5%、V:0.1〜3.0%、及びB:0.0002%〜0.003%のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の燃焼排気ガスの凝縮水が生成する環境下における耐孔食性や、塩化物イオンを含有する水溶液が存在する環境下における耐応力腐食割れ性と、ろう付け性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
【背景技術】
【0002】
ろう付け接合は、構造材よりも低融点のろう材を用い、そのろう材の融点よりやや高い温度で加熱処理することで材料を接合する技術である。ろう付け接合は、ステンレス鋼においても広く用いられる接合方法である。ステンレス鋼のろう付け接合で用いられるろう材は、ニッケルや銅の合金である。
【0003】
ステンレス鋼のろう付け接合では、ステンレス鋼の不動態皮膜がろう付け性を阻害する。したがって、ろう付け接合は、不動態皮膜を還元除去するために、真空中や水素雰囲気中で行われる。ろう付け接合の温度は、例えば、ニッケルろうを使用する場合、1100℃程度である。
【0004】
ろう付け接合では、ろう材が被接合材同士のすき間を十分に埋め、接合部の強度を確保することが重要である。したがって、被接合材であるステンレス鋼に対するろう材の濡れ性が重要となる。一方で、ろう材の濡れ性が良すぎると、被接合材同士のすき間からろう材が流れ出し、すき間をろう材で埋めることが出来ず、接合強度を低下させる。このため、ろう付け接合に優れるステンレス鋼としては、適度な濡れ性を有することが重要となる。
【0005】
ろう付け接合されるステンレス鋼としては、オーステナイト系ステンレス鋼が一般的に用いられる。また、オーステナイト系ステンレス鋼としては、JIS SUS304系の材料及びSUS316系の材料(以下、SUS304系の材料及びSUS316系の材料という)が広く用いられている。SUS304系の材料及びSUS316系の材料は、加工性だけでなく、一般的な環境において耐食性に優れた特性を有する。しかしながら、SUS316系の材料及びSUS316系の材料は、耐応力腐食割れ性に劣ることが課題である。
【0006】
応力腐食割れは、腐食が生じる環境に晒された応力腐食割れ感受性の高い材料に、引っ張り応力が残留している場合に生じる。オーステナイト系ステンレス鋼をろう付け接合する場合には、ろう付け接合をする前の段階で被接合材に引っ張り応力が残留していても、応力腐食割れの心配はない。オーステナイト系ステンレス鋼のろう付け接合温度は、オーステナイト系ステンレス鋼が焼き鈍される温度で行われ、残留応力は、ろう付け接合中に除去されるからである。例えば、ニッケルろうを使用する場合には、上述したように、1100℃程度でろう付け接合されるからである。
【0007】
しかしながら、部品によっては、ろう付け接合後に、他の部品と溶接やビス止め等で組立が行われることがあり、その場合、引っ張り応力が組立後の部品に生じ、応力腐食割れのおそれがある。そのため、ろう付け接合されたオーステナイト系ステンレス鋼は、耐応力腐食性を有することが必要となる。
【0008】
オーステナイト系ステンレス鋼のろう付け接合材が用いられる環境として、例えば、自動車の排気系部材、及び潜熱回収器を設置した給湯器の二次熱交換器がある。これらの部材は、いずれも、燃焼排気ガスが凝縮するために、硝酸イオン及び硫酸イオンを含んだpHが低い凝縮水が生成する環境下で使用される。燃焼のために取り込まれる大気中には窒素が多量に含まれ、燃料又は燃料に添加された臭い付け物質には硫黄化合物が含まれるからである。このような環境下において、銅は腐食域である。したがって、自動車の排気系部材、あるいは、潜熱回収器を設置した給湯器の二次熱交換器を構成する材料として、銅を使用することはできず、オーステナイト系ステンレス鋼が必須となる。
【0009】
よって、このような部材に使用されるオーステナイト系ステンレス鋼は、硝酸イオン及び硫酸イオンを含んだpHが低い凝縮水が生成する環境下においても、耐食性とろう付け性を両立することが重要となる。
【0010】
ステンレス鋼のろう付け性については、特許文献1に、有機系バインダーと共に懸濁させたニッケル系ろう材を、ステンレス鋼板表面上に噴霧塗布後加熱した、プレコートろう被覆金属板材が提案されている。また、特許文献2には、表面粗さを調整したステンレス鋼板上に、プラズマ溶射にてニッケル系ろう材を被覆させた、自己ろう付け性に優れたニッケルろう被覆ステンレス鋼板の製造方法が提案されている。しかしながら、特許文献1、2のいずれも、ろう付け材を塗布するオーステナイト系ステンレス鋼素材として、従来のSUS304系の材料及びSUS316系の材料しか検討していない。
【0011】
特許文献3には、Al及びTiを低減させたろう付け性に優れるステンレス鋼が提案されている。また、特許文献4には、M=−0.22T+34.5Ni+10.5Mn+13.5Cu−17.3Cr−17.3Si−18Mo+475.5で示されるM値を1〜25に調整させたステンレス鋼が提案されている。しかしながら、特許文献3、4のいずれも、フェライト系ステンレス鋼での検討であり、オーステナイト系ステンレス鋼については検討されていない。
【0012】
特許文献5には、耐応力腐食割れ性及び耐隙間腐食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼材が提案されている。しかしながら、特許文献5に提案される鋼板は、自動車給油系部材用に適用されるものであり、耐応力腐食割れ性については検討されているものの、ろう付け性については記載されていない。
【0013】
また、自動車の排気系部材や潜熱回収器を設置した給湯器の二次熱交換器に用いる場合、吸気される大気中に塩化物が含まれるため、特に沿岸に近い高塩害地域で使用する場合には、塩化物イオンを含有する環境における耐食性も問題となる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、ろう付け性に優れるだけでなく、燃焼排気ガスの凝縮により、硝酸イオン及び硫酸イオンを含んだpHが低い凝縮水が生成する環境下での耐食性、さらに、塩化物イオンを含有する水溶液環境下での耐食性にも優れるオーステナイト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、ろう付け性及び耐食性を両立するオーステナイト系ステンレス鋼を得るべく、鋭意検討を行った結果、次の知見を見出した。
【0017】
(a)オーステナイト系ステンレス鋼の場合、Si及びCuが一定量以上添加されると、濡れ性が過剰に良好となり、被接合材同士のすき間からろう材が流れ出してしまうために接合が不十分になる。これを防止するために、Cu及びSiの含有量それぞれの上限だけでなく、[Cu]×[Si]の値の上限を規定することが重要である。なお、以下の説明において、[Cu]及び[Si]は、質量%で表したCu及びSiの含有量とする。
【0018】
(b)ろう付け接合されたオーステナイト系ステンレス鋼は、応力腐食割れの抑制を、[Cu]×[Si]の値で表されるCu及びSiの相乗効果で得られる。
【0019】
(c)燃焼排気ガスの凝縮により、硝酸イオン及び硫酸イオンを含んだpHが低い凝縮水が生成する環境下での耐食性、さらに、塩化物イオンを含有する水溶液環境下で耐食性は、2[N]+[Mo]の値を一定値以上にすることで向上する。なお、以下の説明において、[N]及び[Mo]は、質量%で表したN及びMoの含有量とする。
【0020】
本発明は、上記の知見に基づきなされたもので、その要旨は、次のとおりである。
【0021】
(1)質量%で、C:0.080%以下、Si:1.2〜3.0%、Mn:0.4〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.003%以下、Ni:6.0〜12.0%、Cr:16.0〜20.0%、Cu:0.2%〜3.0%、Al:0.002〜0.10%、N:0.037〜0.10%、及びMo:0.1〜1.0%を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記(A)式及び(B)式を満た
し、燃焼排気ガスの凝縮水が生成する環境下における耐孔食性や、塩化物イオンを含有する水溶液が存在する環境下における耐応力腐食割れ性と、ろう付け性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
(A)式:1.6≦[Cu]×[Si]≦4.4(ただし、[Cu]=2.0及び[Si]=2.0である場合を除く)
(B)式:0.16≦2[N]+[Mo]≦1.0
ここで、[Cu]、[Si]、[N]、及び[Mo]は、質量%で表した各元素の含有量とする。
【0022】
(2)さらに、質量%で、Nb:0.1〜0.7%、Ti:0.1〜0.5%、V:0.1〜3.0%、及びB:0.0002%〜0.003%のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載の
燃焼排気ガスの凝縮水が生成する環境下における耐孔食性や、塩化物イオンを含有する水溶液が存在する環境下における耐応力腐食割れ性と、ろう付性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、オーステナイト系ステンレス鋼におけるCu含有量及びSi含有量を適正化し、さらにN含有量及びMo含有量を制御することで、耐食性及びろう付け性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することが可能である。
【0024】
そして、本発明によれば、ガソリンや、LNG、LPG、石油等の炭化水素を燃料とした燃焼排ガスの排熱回収器、及びその他熱交換器等の、ろう付け接合して得られる構造物の耐食性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明を詳細に説明する。以下の説明において、成分組成に関する%は、特に断りのない限り、質量%を意味するものとする。
【0027】
まず、ろう付け性と耐食性を両立させる成分組成を得るために行った実験及びその結果について説明する。Si、Cu、Mo、及びNを変化させたオーステナイト系ステンレス鋼を真空溶解により製造した。このときその他の元素は、JIS SUS316の成分範囲内とした。
【0028】
このオーステナイト系ステンレス鋼を熱間圧延し、1150℃×1分の熱処理を行ってから、スケールを研削除去し,さらに冷間圧延して冷延板とした。この冷延板を、再結晶挙動に基づき1050〜1150℃×1分の条件で熱処理し、その後、硝ふっ酸水溶液中でスケールが完全に除去されるまで浸漬酸洗処理を行い、ろう付け接合用素材とした。このろう付け接合用素材を用いて、ろう付け性、応力腐食割れについて評価した。
【0029】
(ろう付け性評価)
ろう付け接合用素材を、40×50mm及び25×30mmに切断し、ろう付け性評価用供試材とした。このろう付け性評価用供試材の板厚は、1mmである。このようにして作製された供試材に、銀ろうを用いてろう付け接合を行った。ろう付け接合は、供試材を二枚重ねた重ね部位に、ろう材として、有機バインダーを混合したJIS BNi5のニッケルろうを0.3g配設し、ろう付け接合した。ろう付け接合は、水素還元炉を用いて、1100℃、水素100%の雰囲気で行った。ろう付け性は、ろう付け接合された供試材を切断し、断面を目視観察して評価した。
【0030】
評価結果を
図1に示す。ろう付け接合された供試材の断面において、すき間にろう材が完全に充填されていた場合は○又は●、すき間が残っていた場合は×で表示した。ここで、○と●は、後述する応力腐食割れの評価結果について区別したもので、応力腐食割れが発生せず良好な場合を○、応力腐食割れが発生して不良である場合を●で表示した。また、
図1中に示される2本の曲線のうち、下側の曲線は[Cu]×[Si]の値が1.6であることを示し、上側の曲線は[Cu]×[Si]の値が4.4であることを示す。なお、
図1中のSCCとは応力腐食割れのことを意味する。
図3についても同様である。
【0031】
図1から明らかなように、Siが3.0%超、Cuが3.0%超、又は[Cu]×[Si]の値が4.4超の場合、ろう付け接合された供試材の断面にすき間が発生していた。オーステナイト系ステンレス鋼の場合、Si、Cuの添加により、ろう材の濡れ性が良好となる。しかし、Si、Cuが一定量以上添加されると、濡れ性が過剰に良好となり、被接合材同士のすき間からろう材が流れ出してしまうために接合が不十分になるからである。したがって、[Cu]×[Si]の値の上限は4.4とする。より好ましい上限は4.0である。
【0032】
(応力腐食割れ評価)
ろう付け接合用素材を、ろう付け接合はせずに、ろう付け接合するときと同じ条件、即ち、水素還元炉を用いて、1100℃、水素100%の雰囲気で加熱した。この加熱の後に、ろう付け接合用素材を、30×30mm及び15×15mmの大きさに切り出し切断端面を研磨処理した。この大きさの異なる二枚の素材を重ねて中央部をスポット溶接し、二枚の素材の間にすき間を付与して応力腐食割れ評価用供試材とした。この応力腐食割れ評価用供試材を、200ppmのCl
−が含有する水溶液中に浸漬し、100℃に7日間保持した。7日間経過後、スポット溶接部を穿孔して分離し、内側のすき間面における割れの有無を評価した。割れの有無はカラーチェック法を用いて確認した。
【0033】
評価結果を
図1に併記した。応力腐食割れが発生しなかった場合を○で、応力腐食割れが発生した場合を●で表示した。
図1において、応力腐食割れが発生していない供試材を調べると、[Cu]×[Si]の値が1.6以上であった。一方、[Cu]×[Si]の値が1.6未満の供試材は、応力腐食割れが発生していた。一般にオーステナイト系ステンレス鋼の耐応力腐食割れ性改善にSiとCuの添加が有効との知見がある。本発明では、ろう付け接合されたオーステナイト系ステンレス鋼においても、応力腐食割れの抑制効果が、[Cu]×[Si]の値で表されるCuとSiの相乗効果で得られることを明らかにした。したがって、[Cu]×[Si]の値の下限を1.6とする。より好ましくは2.0とする。
【0034】
次に、燃焼排気ガスにより発生する凝縮水に対する耐食性の評価方法及びその結果について説明する。上述したように、ろう付け接合される構造体は、自動車の排気系部材や、潜熱回収器を設置した給湯器の二次熱交換器等として使用される。したがって、ろう付け接合された構造体を構成するオーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け性及び応力腐食割れ性に優れるだけでは不十分である。
【0035】
(燃焼排気ガスにより発生する凝縮水に対する耐食性の評価)
供試材として用いる材料は、ろう付け性及び耐応力腐食性に優れるもの、即ち、[Cu]×[Si]の値が1.6以上4.4以下の範囲でにあるオーステナイト系ステンレス鋼を用いた。試験液は、一般的なLNGや石油の燃焼で生じる凝縮水の組成を模擬できるものとした。具体的には、試験液は、硝酸イオン100ppm、硫酸イオン10ppm、pH2.5に調整し、腐食を加速させるため塩化物イオンをCl
−量で100ppm添加した組成とした。
【0036】
上記した[Cu]×[Si]の値が1.6以上4.4以下の範囲であるオーステナイト系ステンレス鋼の素材を、ろう付け接合はせずに、ろう付け接合するときと同じ条件、即ち、水素還元炉を用いて、1100℃、水素100%の雰囲気で加熱した。加熱後の素材を15×100mmの大きさに切断し、耐食性評価供試材とした。この耐食性評価供試材を、試験管中で試験液に半分だけ浸漬させた。なお、試験管内の試験液は10mlとした。そして、この試験管を80℃の温湯に浸漬し、数時間で完全乾燥するまで保持し、乾燥後は別の試験管に試験液を新たに満たして完全乾燥するまで保持する、乾湿繰り返し試験を14サイクル実施した。燃焼排気ガスにより発生する凝縮水に対する耐食性の評価は、試験後の耐食性評価供試材の表面における最大腐食深さを測定して行った。
【0037】
評価結果を
図3に示す。最大侵食深さが100μm未満の場合を○、100μm以上の場合を×で表示した。
図2にから明らかなように、2[N]+[Mo]の値が0.16以上のとき、最大腐食深さが100μm未満となった。これは、Cl
−を含有する低pH溶液でも、MoとNによる耐孔食性向上効果が得られるからと推定される。
【0038】
なお、
図2中で、2[N]+[Mo]の値が0.16以上であっても、最大孔食深さが100μm以上の場合がある。このような場合の供試材を調べると、Cu含有量が、後述する範囲外であった。これは、硝酸イオンのような酸化剤を含む乾湿繰り返し腐食環境では、Cuが腐食時に溶出、イオン化する。そして、このような環境内において、Cuイオンが腐食孔内外部で酸化剤として働くため、腐食深さが増加したと推定される。
【0039】
また、2[N]+[Mo]の値の増加とともに、最大腐食深さは低減するが、ある値以上で腐食深さの低下は飽和した。これは、N、Moの含有量が一定値を超えると、腐食深さは、N、Mo以外の元素の影響が無視できなくなるためであると推定される。特に、Cuが存在する場合、Cuイオンにより、腐食が促進される。このような理由で、2[N]+[Mo]の上限を1.0以下とする。好ましい上限は0.77であり、より好ましい上限は0.74である。なお、2[N]+[Mo]の下限は、上述したとおり、0.16であり、好ましい下限は0.20である。
【0040】
上述した
図1及び
図2で示した結果を、[Cu]×[Si]の値と2[N]+[Mo]の値の関係でまとめると、
図3に示す関係となる。
図3から明らかなように、[Cu]×[Si]の値が1.6〜4.4の範囲で、かつ、2[N]+[Mo]の値が0.16〜1.0の範囲にある供試材は、ろう付け性と耐食性を両立する。なお、本発明において、耐食性とは、応力腐食割れ性と、燃焼排気ガスの凝縮により、硝酸イオン及び硫酸イオンを含んだpHが低い凝縮水が生成する環境下での耐食性、さらに、塩化物イオンを含有する水溶液環境下での耐食性を意味する。
【0041】
したがって、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、Cu、Si、Mo、及びNについて、下記(A)式及び(B)式を満たす必要がある。
(A)式:1.6≦[Cu]×[Si]≦4.4
(ただし、[Cu]=2.0及び[Si]=2.0である場合を除く)
(B)式:0.16≦2[N]+[Mo]≦1.0
【0042】
次に、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼が含有する各元素の単独での限定理由について説明する。
【0043】
Cは、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低減させる必要があるため、上限を0.080%以下とする必要がある。しかし、C含有量を過度に低減させることは、精錬コストを悪化させる。したがって、好ましいC含有量は、0.005〜0.060%の範囲である。
【0044】
Siは、上述したように、Cuと同様、濡れ性の改善と、応力腐食割れの防止のために添加される。Si含有量が1.2%未満であると、これらの効果が発現しない。一方、Si含有量が3.0%を超えると、濡れ性が過剰に向上し、ろう付け性が低下する。したがって、Si含有量は、1.2〜3.0%の範囲とすることが必要である。好ましくは、1.4〜2.5%の範囲である。
【0045】
Mnは、脱酸元素として重要な元素であるが、過剰に添加すると腐食の起点となるMnSを生成しやすくなる。したがって、Mn含有量は、0.4〜2.0%の範囲とする必要がある。より好ましくは、0.5〜1.2%の範囲である。
【0046】
Pは、溶接性,加工性を低下させるだけでなく、粒界腐食を生じやすくするため、可能な限り低く抑える必要がある。このためPの含有量の上限は、0.03%とする必要がある。好ましいP含有量は、0.001〜0.025%の範囲である。
【0047】
Sは、上述したMnS等の腐食の起点となる水溶性介在物を生成させるため、可能な限り低減させる必要がある。そのため、S含有率は、0.003%以下とする。ただし、Sの過剰な低減にはコストがかかるため、S含有量は、0.0002〜0.002%の範囲とすることが好ましい。
【0048】
Niは、JIS SUS316Lで規定されるレベルの量においては、耐応力腐食割れに影響しない。しかし、LNGや石油が燃焼したときの排気ガスに晒される環境下では、耐応力腐食割れ性が低下することが懸念される。また、オーステナイト相を維持し、加工性も確保する必要がある。したがって、Ni含有量は6.0〜12.0%の範囲とする必要がある。好ましくは、6.5〜11.0%の範囲である。
【0049】
Crは、ステンレス鋼の耐食性を確保する上で最も重要な元素である。したがって、Cr含有量の下限は16.0%とする。しかし、Crを増加させると耐食性も向上するが、加工性をはじめとする製造性を低下させるため、Cr含有量の上限は20.0%とする。好ましいCr含有量は、16.5〜19.0%の範囲である。
【0050】
Cuは、Siとともに、その添加により、ろう付け性を低下させるが、応力腐食割れを抑制する働きがある。一方、Cuの過剰な添加は、硝酸イオンを含む溶液中での耐食性を低下させる。したがって、Cu含有量は0.2〜3.0%の範囲とする必要がある。好ましくは、0.5〜2.5%の範囲である。
【0051】
Alは脱酸元素として重要であり、また、非金属介在物の組成を制御し組織を微細化する。しかし、過剰に添加すると、非金属介在物の粗大化を招き、製品の疵発生の起点になるおそれもある。したがって、Al含有量は0.002〜0.10%の範囲とする必要がある。好ましくは0.005〜0.08%の範囲である。
【0052】
Nは、耐孔食性を向上させるが、過剰な添加は、Cと同様に、耐粒界腐食性、加工性を低下させる。したがって、N含有量は0.030〜0.150%の範囲とする必要がある。好ましくは、0.037〜0.10%の範囲である。
【0053】
Moは、不動態皮膜の補修に効果があり、耐食性を向上させるのに非常に有効な元素である。さらに、硝酸イオン及び塩化物イオンを含有する環境下では、Nとの組み合わせで耐孔食性を向上させる効果がある。したがって、Moは少なくとも0.1%含有させることが必要である。一方、Moを増加させると耐食性は向上するが、過剰な添加は、加工性を低下させ、コストの上昇を招く。よって、Mo含有量の上限は1.0%とする必要がある。好ましいMo含有量は0.2〜0.8%の範囲である。
【0054】
本発明においては、これまでに説明した必須元素の他に、必要に応じてNb、Ti、V、及びBから1種もしくは2種以上を含有させることができる。
【0055】
Nbは、その添加により、炭窒化物を生成し、溶接部近傍の鋭敏化を抑制したり、高温強度を増加させる効果があるため、必要に応じて添加することができる。ただし、過剰な添加はコスト上昇を招く。したがって、Nb含有量は0.1〜0.7%の範囲とすることが好ましい。
【0056】
Tiは、Nbと同様の効果を有するが、過剰な添加は、チタンの窒化物による表面疵増加を招く。したがって、Ti含有量は0.1〜0.5%の範囲とすることが好ましい。
【0057】
Vは、耐銹性や耐すき間腐食性を改善するため、Cr、Moの使用を抑えてVを添加すれば、優れた加工性も確保することができる。したがって、Vは、必要に応じて添加することができる。ただし、過剰な添加は、加工性低下を招くため。よって、V含有量は0.1〜3.0%の範囲とすることが好ましい。
【0058】
Bは、熱間加工性改善に有効な粒界強化元素であるため、必要に応じて添加することができる。しかし、過剰な添加は加工性低下の原因になる。したがって、B含有量は、下限を0.0002%、上限を0.003%とすることが好ましい。
【実施例】
【0059】
次に、本発明を実施例でさらに説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0060】
表1に示す化学組成を有する鋼を通常のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法で製造した。まず真空溶製後に40mm厚のインゴットを製造し、これを熱間圧延で4.0mm厚に圧延した。その後、1150℃×1分の熱処理を行ってから、スケールを研削除去し、さらに冷間圧延により1.0mm厚の鋼板を製造した。これを、各々の再結晶挙動に基づき1050〜1150℃×1分の条件で熱処理し、その後、硝ふっ酸水溶液中でスケールが完全に除去されるまで浸漬酸洗処理を行い、以下の3つの試験に供した。
【0061】
【表1】
【0062】
(ろう付け性試験)
厚さ1mmの各種ステンレス鋼を、40×50mmと25×30mmに切断し、#600番の耐水エメリー紙を用いて全面を湿式研磨処理したものを供試材として、銀ろうを用いたろう付け性試験を実施した。
【0063】
ろう付け接合は、上述したのと同一の方法で、供試材を二枚重ねて行った。具体的には、供試材の重ね部に、有機バインダーを混合させたJIS BNi5の銀ろうを0.3g配設してろう付け接合した。ろう付け接合は、水素還元炉を用いて、1100℃、水素100%の雰囲気で行った。評価方法は、ろう付け接合された供試材の断面において、目視観察により、すき間にろう材が完全に充填されていた場合は良好、すき間が残っていた場合は不良とした。
【0064】
(耐食性試験)
次に、LNGや石油の燃焼で生じる凝縮水を模擬した試験液中で行う、乾湿繰り返し試験方法について説明する。供試材は、各種ステンレス鋼を、ろう付け接合はせずに、ろう付け接合するときと同じ条件、即ち、水素還元炉を用いて、1100℃、水素100%の雰囲気で加熱した。その後、15×100mmの大きさに切断して試験した。なお、供試材の板厚は1mmである。試験液の組成は、先に説明したとおり、一般的なLNGや石油の燃焼で生じる凝縮水の組成を模擬して、硝酸イオン100ppm、硫酸イオン10ppm、pH2.5に調整し、塩分の濃縮を模擬して、塩化物イオンを100ppmとした。この試験液10mlを入れた試験管中に、供試材を半分浸漬させて80℃の温浴に入れた。この試験液が完全乾燥するまで保持し、乾燥後に試験用液を満たした新たな試験管にサンプルを移し替えて再度乾燥させた。この乾燥を14回実施した後の、試験後の最大腐食深さを測定した。
【0065】
(応力腐食割れ評価試験)
応力腐食割れ評価試験は、ろう付け性試験に供したものと同じ材料を、ろう付け接合はせずに、ろう付け接合するときと同じ条件、即ち、水素還元炉を用いて、1100℃、水素100%の雰囲気で加熱して行った。この材料から、30×30mmと15×15mmの大きさに切り出し全面湿式研磨処理してから、二枚を重ねてスポット溶接を実施し、すき間を付与した。このようにすき間を付与した供試材を、200ppmのCl
−を含有する蒸留水中に浸漬し、100℃で7日間連続処理した。処理後の供試材のスポット溶接部をドリルで穿孔して分離した後に、カラーチェック法で割れの有無を観察した。ここで、割れが生じない場合を良好、割れが生じた場合を不良とした。
【0066】
これらの試験結果を表1に併記した。なお、ろう付け性試験結果及び応力腐食割れ評価試験結果については、良好を○、不良を×で表示した。
【0067】
表1から明らかなように、No.1〜
12の発明例は、ろう付け性試験、耐食性試験(乾湿繰り返し試験)での最大腐食深さ、及び耐応力腐食割れ評価試験のいずれも、良好な結果であることを確認できた。
【0068】
これに対し、[Cu]×[Si]の値が4.4を超えるNo.14〜18、21は、十分なろう付け性が得られないことを確認した。また、[Cu]×[Si]の値が1.6未満のNo.19、23、24、25は、ろう付け性は良好でも、応力腐食割れ評価試験で割れが確認された。さらに、2[N]+[Mo]の値が本発明のを下限外であるNo.20、21、23、24は、耐食性試験(乾湿繰り返し試験)での最大孔食深さが100μm以上となる結果となった。No.22は、[Cu]×[Si]の値、及び2[N]+[Mo]の値は本発明の範囲内であるが、Crが本発明の範囲の下限外のため、耐食性試験(乾湿繰り返し試験)で、最大孔食深さが100μmを超える結果となった。なお、No.14〜18で、2[N]+[Mo]の値が本発明の範囲内であっても、耐食性試験(乾湿繰り返し試験)で最大腐食深さが100μmを超える結果となったのは、Cuが本発明の範囲外であったために、溶出したCuイオンによる腐食促進効果が働いたためと判断される。
【0069】
以上より、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、炭化水素燃料の燃焼ガスに晒される熱交換器内の環境下においても、ろう付け性に優れ、応力腐食割れが発生しないことを確認できた。また、それと同時に、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、硝酸イオンや硫酸イオンを含んだpHが低い凝縮水が生成する環境下や、塩化物イオンを含有する水溶液環境下での耐食性に優れることを確認できた。