(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6017063
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年10月26日
(54)【発明の名称】2度接触の負偏位歯形を有する波動歯車装置
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20161013BHJP
F16H 55/08 20060101ALI20161013BHJP
【FI】
F16H1/32 B
F16H55/08 Z
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-550519(P2015-550519)
(86)(22)【出願日】2013年11月29日
(86)【国際出願番号】JP2013082258
(87)【国際公開番号】WO2015079576
(87)【国際公開日】20150604
【審査請求日】2015年12月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】390040051
【氏名又は名称】株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【弁理士】
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】石川 昌一
【審査官】
中村 大輔
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/070712(WO,A1)
【文献】
国際公開第2012/153363(WO,A1)
【文献】
国際公開第2005/124189(WO,A1)
【文献】
国際公開第96/19683(WO,A1)
【文献】
特開2007−211907(JP,A)
【文献】
特開2011−144916(JP,A)
【文献】
特開2001−146945(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 1/32
F16H 55/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
剛性内歯車(2)と、この内側に同軸状に配置された可撓性外歯車(3)と、この内側に嵌めた波動発生器(4)とを有し、
前記可撓性外歯車(3)は前記波動発生器(4)によって楕円状に撓められ、楕円状に撓められた前記可撓性外歯車の外歯(34)は、その長軸方向の両端部において前記剛性内歯車(2)の内歯(24)にかみ合っており、
前記剛性内歯車(2)および、楕円状に変形する前の前記可撓性外歯車(3)は共にモジュールmの平歯車であり、
前記可撓性外歯車(3)の歯数は、nを正の整数とすると、前記剛性内歯車(2)の歯数より2n枚少なく、
前記外歯(34)の歯筋方向の任意の位置の軸直角断面における前記可撓性外歯車(3)の楕円状リム中立線における長軸位置(L1)において、その撓み前のリム中立円に対する撓み量は、κを撓み係数とすると、2κmnであり、
前記外歯(34)は撓み係数κが、0<κ<1の負偏位歯形であり、
前記内歯(24)は、その歯末歯形が第1相似曲線によって規定され、その歯元歯形が第1歯形創成曲線によって規定され、
前記外歯(34)は、その歯末歯形が第2相似曲線によって規定され、その歯元歯形が第2歯形創成曲線によって規定され、
前記第1、第2相似曲線は、前記外歯(34)と前記内歯(24)のかみ合いをラックかみ合いで近似した場合に、前記外歯(34)の歯筋方向の各位置において、前記波動発生器(4)の回転に伴う前記外歯(34)の前記内歯(24)に対する移動軌跡(Mc)に基づき得られる曲線であり、
前記第1相似曲線は、前記移動軌跡(Mc)の一つの頂点(D)から次の底点(B)までの曲線部分を取り、当該曲線部分における変曲点(A)から前記底点(B)までの第1曲線部分(AB)を、前記底点(B)を相似の中心としてλ倍(0<λ<1)に縮小した曲線であり、
前記第2相似曲線は、前記第1相似曲線(BC)における前記底点(B)とは反対側の端点(C)を中心として当該第1相似曲線(BC)を180度回転することにより得られる曲線を、当該端点(C)を相似の中心として(1−λ)/λ倍した曲線であり、
前記第1歯形創成曲線は、前記第2相似曲線(AC)で規定される前記外歯の歯末歯形が、前記移動軌跡(Mc)の前記変曲点(A)から当該移動軌跡(Mc)における頂点(D)に移動する過程で、前記内歯(24)に創成する曲線であり、
前記第2歯形創成曲線は、前記第1相似曲線(BC)で規定される前記内歯の歯末歯形が、前記変曲点(A)から前記頂点(D)に至る移動に際して、前記外歯(34)に創成する曲線である、
ことを特徴とする2度接触の負偏位歯形を有する波動歯車装置(1)。
【請求項2】
前記可撓性外歯車(3)は、可撓性の円筒状胴部(31)と、この円筒状胴部の後端から半径方向に延びているダイヤフラム(32)とを備え、前記円筒状胴部(31)の前端開口(31a)の側の外周面部分に、前記外歯(34)が形成されており、
前記外歯(34)の撓み量は、その歯筋方向に沿って、前記ダイヤフラム(32)の側の内端部(34b)から前記前端開口(31a)の側の開口端部(34a)に向けて、前記ダイヤフラム(32)からの距離に比例して増加しており、
前記外歯(34)における前記開口端部(34a)と前記内端部(34b)の間の歯筋方向の任意の位置を主断面位置とすると、当該主断面位置における前記外歯(34)の歯形は、前記第1相似曲線と前記第1歯形創成曲線によって規定される基本外歯歯形であり、
前記外歯(34)における歯筋方向における前記主断面位置以外の位置の歯形形状は、前記基本外歯歯形に対して前記撓み量に応じた転位が施された転位歯形であり、
前記外歯(34)の前記主断面位置から前記開口端部(34a)に至る歯筋方向の各位置の歯形形状は、各位置において前記基本外歯歯形が描く前記移動軌跡の頂部が前記主断面位置における前記移動軌跡(Mc)の頂部に接するように転位を施すことによって得られたものであり、
前記外歯(34)の前記主断面位置から前記内端部(34b)に至る歯筋方向の各位置の歯形形状は、各位置における前記基本外歯歯形が描く前記移動軌跡の底部が前記主断面位置における前記移動軌跡(Mc)の底部に接するように転位を施すことによって得られたものである請求項1に記載の波動歯車装置(1)。
【請求項3】
前記内歯(24)の歯元歯形および前記外歯(34)の歯元歯形のそれぞれに、相手の歯末歯形と所要の頂隙を保つように修正を施した請求項1または2に記載の波動歯車装置(1)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波動歯車装置における剛性内歯車および可撓性外歯車の歯形の改良に関する。詳しくは、両歯車が歯筋方向の各軸直角断面において広範囲にかみ合う2度接触の負偏位歯形を有するフラット型の波動歯車装置に関する。また、本発明は、両歯車が歯筋方向の各軸直角断面において広範囲にかみ合い、かつ、歯筋方向の全体に亘って近似的に連続的にかみ合う2度接触・3次元接触の負偏位歯形を有するカップ型あるいはシルクハット型の波動歯車装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、波動歯車装置は、剛性内歯車と、この内側に同軸状に配置された可撓性外歯車と、この内側に嵌めた波動発生器とを有している。フラット型の波動歯車装置は、可撓性の円筒の外周面に外歯が形成された可撓性外歯車を備えている。カップ型およびシルクハット型の波動歯車装置の可撓性外歯車は、可撓性の円筒状胴部と、この円筒状胴部の後端から半径方向に延びているダイヤフラムと、円筒状胴部の前端開口側の外周面部分に形成した外歯とを備えている。典型的な波動歯車装置では、円形の可撓性外歯車が波動発生器によって楕円状に撓められ、楕円状に撓められた可撓性外歯車における長軸方向の両端部が剛性内歯車にかみ合う。
【0003】
波動歯車装置は、創始者C.W.Musser氏の発明(特許文献1)以来、今日まで同氏を始め、本発明者を含め多くの研究者によって本装置の各種の発明考案がなされている。その歯形に関する発明に限っても、各種のものがある。本発明者は、特許文献2において基本歯形をインボリュート歯形とすることを提案し、特許文献3、4において、剛性内歯車と可撓性外歯車の歯のかみ合いをラックで近似する手法を用いて広域接触を行う両歯車の歯末歯形を導く歯形設計法を提案している。
【0004】
一方、カップ型、シルクハット型の波動歯車装置において、楕円状に撓められた可撓性外歯車の歯部は、その歯筋方向に沿って、ダイヤフラムの側から前端開口に向けて、ダイヤフラムからの距離にほぼ比例して、半径方向への撓み量が増加する。また、波動発生器の回転に伴って、可撓性外歯車の歯部の各部分は、半径方向の外方および内方への撓みを繰り返す。このような波動発生器による可撓性外歯車の撓み動作(コーニング)を考慮した合理的な歯形の設定法については、これまで十分には考慮されてこなかった。
【0005】
本発明者は、特許文献5において、歯のコーニングを考慮した連続的なかみ合いを可能にした歯形を備えた波動歯車装置を提案している。当該特許文献5において提案している波動歯車装置では、その可撓性外歯車の歯筋方向の任意の軸直角断面を主断面と定め、主断面における可撓性外歯車の楕円状リム中立線における長軸位置において、その撓み前のリム中立円に対する撓み量2κmn(κは撓み係数、mはモジュール、nは正の整数)が、2mn(κ=1)の無偏位状態に撓むように設定している。
【0006】
また、可撓性外歯車および剛性内歯車のかみ合いをラックかみ合いで近似し、可撓性外歯車の歯筋方向における主断面を含む各位置の軸直角断面において、波動発生器の回転に伴う可撓性外歯車の歯の剛性内歯車の歯に対する各移動軌跡を求め、主断面において得られる無偏位移動軌跡における頂部の点Aから次の底部の点Bに至る曲線部分を、点Bを相似の中心としてλ倍(λ<1)に縮小した第1相似曲線BCを求め、当該第1相似曲線BCを剛性内歯車の歯末の基本歯形として採用している。
【0007】
さらに、第1相似曲線BCの端点Cを中心として当該第1相似曲線BCを180度回転することにより得られた曲線を、当該端点Cを相似の中心として(1−λ)/λ倍した第2相似曲線を求め、当該第2相似曲線を可撓性外歯車の歯末の基本歯形として採用している。
【0008】
これに加えて、主断面よりもダイヤフラム側における負偏位状態(撓み係数κ<1)に撓む各軸直角断面において得られる各負偏位側移動軌跡、および、主断面よりも前端開口側における正偏位状態(撓み係数κ>1)に撓む各軸直角断面において得られる各正偏位側移動軌跡の双方が、主断面における無偏位移動軌跡の底部で接する曲線を描くように、可撓性外歯車の歯形において、主断面を挟み、それらの歯筋方向の両側の歯形部分に転位を施してある。
【0009】
このように歯形が形成されている波動歯車装置では、両歯車の主断面における外歯と内歯の歯末歯形同士の広範囲に亘る連続的なかみ合いだけでなく、歯筋方向の全範囲において、外歯と内歯の歯末歯形同士の有効なかみ合いを実現できる。よって、従来の狭い歯筋範囲でかみ合う波動歯車装置に比べて、より多くのトルクを伝達することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第2906143号公報
【特許文献2】特公昭45−41171号公報
【特許文献3】特開昭63−115943号公報
【特許文献4】特開昭64−79448号公報
【特許文献5】WO2010/070712号のパンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
波動歯車装置の負荷トルク性能の向上を望む市場の要求は益々高まっている。これを達成するには、波動歯車装置の両歯車の歯形として、従来に比べて、より広範囲で連続的なかみ合いが可能な合理的な歯形が必要である。
【0012】
本発明の課題は、この点に鑑みて、外歯と内歯の歯末歯形同士のかみ合いにとどまらず、より広い範囲に亘ってかみ合い可能な歯形を備えた波動歯車装置を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、本発明の波動歯車装置では、その可撓性外歯車の歯末歯形が、剛性内歯車の歯元歯形および歯末歯形に接触(2度接触)し、かつ、剛性内歯車の歯末歯形が、可撓性外歯車の歯元歯形および歯末歯形に接触(2度接触)するように、両歯車の歯形を設定したことを特徴としている。
【0014】
また、本発明のカップ型、シルクハット型の波動歯車装置では、その可撓性外歯車の歯幅中央付近において、可撓性外歯車の歯末歯形が、剛性内歯車の歯元歯形および歯末歯形に接触(2度接触)し、かつ、剛性内歯車の歯末歯形が、可撓性外歯車の歯元歯形および歯末歯形に接触(2度接触)するように両歯車の歯形を設定すると共に、可撓性外歯車の歯筋全体に亘って、その歯末歯形が剛性内歯車の歯末歯形とかみ合うように、両歯車の歯形に転位を施したことを特徴としている。
【0015】
すなわち、本発明の2度接触の負偏位歯形を有する波動歯車装置は、
剛性内歯車(2)と、この内側に同軸状に配置された可撓性外歯車(3)と、この内側に嵌めた波動発生器(4)とを有し、
前記可撓性外歯車(3)は前記波動発生器(4)によって楕円状に撓められ、楕円状に撓められた前記可撓性外歯車の外歯(34)は、その長軸方向の両端部において前記剛性内歯車(2)の内歯(24)にかみ合っており、
前記剛性内歯車(2)および、楕円状に変形する前の前記可撓性外歯車(3)は共にモジュールmの平歯車であり、
前記可撓性外歯車(3)の歯数は、nを正の整数とすると、前記剛性内歯車(2)の歯数より2n枚少なく、
前記外歯(34)の歯筋方向の任意の位置の軸直角断面における前記可撓性外歯車(3)の楕円状リム中立線における長軸位置(L1)において、その撓み前のリム中立円に対する撓み量は、κを撓み係数とすると、2κmnであり、
前記外歯(34)は撓み係数κが、0<κ<1の負偏位歯形であり、
前記内歯(24)は、その歯末歯形が第1相似曲線によって規定され、その歯元歯形が第1歯形創成曲線によって規定されており、
前記外歯(34)は、その歯末歯形が第2相似曲線によって規定され、その歯元歯形が第2歯形創成曲線によって規定されており、
前記第1、第2相似曲線は、前記外歯(34)と前記内歯(24)のかみ合いをラックかみ合いで近似した場合に、前記外歯(34)の歯筋方向の各位置において、前記波動発生器(4)の回転に伴う前記外歯(34)の前記内歯(24)に対する移動軌跡(Mc)に基づき得られる曲線であり、
前記第1相似曲線は、前記移動軌跡(Mc)の一つの頂点(D)から次の底点(B)までの曲線部分を取り、当該曲線部分における変曲点(A)から前記底点(B)までの第1曲線部分(AB)を、前記底点(B)を相似の中心としてλ倍(0<λ<1)に縮小した曲線であり、
前記第2相似曲線は、前記第1相似曲線(BC)における前記底点(B)とは反対側の端点(C)を中心として当該第1相似曲線(BC)を180度回転することにより得られる曲線を、当該端点(C)を相似の中心として(1−λ)/λ倍した曲線であり、
前記第1歯形創成曲線は、前記第2相似曲線(AC)で規定される前記外歯の歯末歯形が、前記移動軌跡(Mc)の前記変曲点(A)から当該移動軌跡(Mc)における頂点(D)に移動する過程で、前記内歯(24)に創成する曲線であり、
前記第2歯形創成曲線は、前記第1相似曲線(BC)で規定される前記内歯の歯末歯形が、前記変曲点(A)から前記頂点(D)に至る移動に際して、前記外歯(34)に創成する曲線であることを特徴としている。
【0016】
ここで、カップ形状あるいはシルクハット形状の可撓性外歯車(3)は、可撓性の円筒状胴部(31)と、この円筒状胴部(31)の後端から半径方向に延びているダイヤフラム(32)とを備え、前記円筒状胴部(31)の前端開口(31a)の側の外周面部分に、前記外歯(34)が形成されている。前記外歯(34)の撓み量は、その歯筋方向に沿って、前記ダイヤフラム(32)の側の内端部(34b)から前記前端開口(31a)の側の開口端部(34a)に向けて、前記ダイヤフラム(32)からの距離に比例して増加している。
【0017】
この場合、本発明の波動歯車装置(1)では、前記外歯(34)における前記開口端部(34a)と前記内端部(34b)の間の歯筋方向の任意の位置を主断面位置とすると、当該主断面位置における前記外歯(34)の歯形は、前記第1相似曲線と前記第1歯形創成曲線によって規定される基本外歯歯形である。前記外歯(34)における歯筋方向における前記主断面位置以外の位置の歯形形状は、前記基本外歯歯形に対して前記撓み量に応じた転位が施された転位歯形である。すなわち、前記外歯(34)の前記主断面位置から前記開口端部(34a)に至る歯筋方向の各位置の歯形形状は、各位置において前記基本外歯歯形が描く前記移動軌跡の頂部が前記主断面位置における前記移動軌跡(Mc)の頂部に接するように転位を施すことによって得られたものであり、前記外歯(34)の前記主断面位置から前記内端部(34b)に至る歯筋方向の各位置の歯形形状は、各位置における前記基本外歯歯形が描く前記移動軌跡の底部が前記主断面位置における前記移動軌跡(Mc)の底部に接するように転位を施すことによって得られたものである。
【0018】
また、前記内歯(24)の歯元歯形および前記外歯(34)の歯元歯形のそれぞれに、相手の歯末歯形と所要の頂隙を保つように修正が施されることが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明を適用した波動歯車装置の一例を示す概略正面図である。
【
図2】カップ形状およびシルクハット形状の可撓性外歯車の撓み状況を示す説明図であり、(a)は変形前の状態を示し、(b)は楕円形に変形した可撓性外歯車の長軸を含む断面の状態を示し、(c)は楕円形に変形した可撓性外歯車の短軸を含む断面の状態を示す。
【
図3A】外歯の歯筋方向の内端部、主断面、および開口端部の各位置における両歯車の相対運動をラックで近似した場合に得られる外歯の移動軌跡を示すグラフである。
【
図3B】外歯の歯筋方向の内端部、主断面、および開口端部の各位置における両歯車の相対運動をラックで近似した場合に得られる、転位を施した外歯の移動軌跡を示すグラフである。
【
図4】可撓性外歯車の主断面位置における外歯の移動軌跡より導いた両歯車のそれぞれの歯末の基本歯形を規定する相似曲線を示す説明図である。
【
図5】可撓性外歯車の歯筋の中央付近の形状を示すグラフである。
【
図6】転位が施された可撓性外歯車の歯の歯筋方向の輪郭を示す説明図である。
【
図7】(a)、(b)および(c)は、それぞれ、開口端部、主断面および内端部における可撓性外歯車の歯の移動軌跡と、可撓性外歯車および剛性内歯車のラック近似のかみ合いを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(波動歯車装置の構成)
図1は本発明の対象である波動歯車装置の正面図である。
図2(a)〜(c)はその可撓性外歯車の開口部を楕円状に撓ませた状況を示す断面図であり、
図2(a)は変形前の状態、
図2(b)は変形後における楕円形の長軸を含む断面、
図2(c)は変形後における楕円の短軸を含む断面をそれぞれ示してある。なお、
図2(a)〜(c)において実線はカップ状の可撓性外歯車のダイヤフラムおよびボスの部分を示し、破線はシルクハット状の可撓性外歯車のダイヤフラムおよびボスの部分を示す。
【0021】
これらの図に示すように、波動歯車装置1は、円環状の剛性内歯車2と、その内側に配置された可撓性外歯車3と、この内側にはめ込まれた楕円状輪郭の波動発生器4とを有している。剛性内歯車2と、変形前の可撓性外歯車3はモジュールmの平歯車である。剛性内歯車2と可撓性外歯車3の歯数差は2n(nは正の整数)であり、波動歯車装置1の円形の可撓性外歯車3は、楕円状輪郭の波動発生器4によって楕円状に撓められている。楕円状に撓められた可撓性外歯車3の長軸L1方向の両端部分の近傍において、可撓性外歯車3は剛性内歯車2にかみ合っている。
【0022】
波動発生器4を回転すると、両歯車2、3のかみ合い位置が周方向に移動し、両歯車の歯数差に応じた相対回転が両歯車2、3の間に発生する。可撓性外歯車3は、可撓性の円筒状胴部31と、円筒状胴部31の一方の端である後端31bに連続して半径方向に広がるダイヤフラム32と、ダイヤフラム32に連続しているボス33と、円筒状胴部31の他方の端である開口端31aの側の外周面部分に形成した外歯34とを備えている。
【0023】
楕円状輪郭の波動発生器4は、円筒状胴部31の外歯形成部分の内周面部分にはめ込まれている。波動発生器4によって、円筒状胴部31は、そのダイヤフラム側の後端31bから開口端31aに向けて、半径方向の外側あるいは内側への撓み量が漸増している。
図2(b)に示すように、楕円状曲線の長軸L1を含む断面では、外側への撓み量が後端31bから開口端31aへの距離に比例して漸増する。
図2(c)に示すように、楕円状曲線の短軸L2を含む断面では、内側への撓み量が後端31bから開口端31aへの距離に比例して漸増する。開口端31a側の外周面部分に形成されている外歯34も、その歯筋方向の内端部34bから開口側の開口端部34aに向けて、後端31bからの距離に比例して撓み量が漸増している。
【0024】
外歯34の歯筋方向における任意の位置の軸直角断面において、楕円状に撓められる前の外歯34の歯底リムの厚さ方向の中央を通る円がリム中立円である。これに対して、楕円状に撓められた後の歯底リムの厚さ方向の中央を通る楕円状曲線を、リム中立曲線と呼ぶものとする。楕円状のリム中立曲線の長軸位置におけるリム中立円に対する長軸方向の撓み量wは、κ(1を含む実数)を撓み係数として、2κmnで表される。本発明の可撓性外歯車3の歯形は負偏位歯形であり、その開口端31aの撓み係数κが0<κ<1に設定されている。
【0025】
すなわち、可撓性外歯車3の外歯34の歯数をZ
F、剛性内歯車2の内歯24の歯数をZ
C、波動歯車装置1の減速比をR(=Z
F/(Z
C−Z
F)=Z
F/2n)とし、可撓性外歯車3のピッチ円直径mZ
Fを減速比Rで除した値(mZ
F/R=2mn)を長軸方向の正規(標準)の撓み量w
Oとする。波動歯車装置1は、一般に、その可撓性外歯車3の歯筋方向における波動発生器4のウエーブベアリングのボール中心が位置する部位において、正規の撓み量w
O(=2mn)で撓むように設計される。撓み係数κは、可撓性外歯車3の歯筋方向の各軸直角断面における撓み量wを正規の撓み量で除した値を表す。したがって、外歯34において、正規の撓み量w
Oが得られる位置の撓み係数はκ=1であり、これよりも少ない撓み量wの断面位置の撓み係数はκ<1となり、これよりも多い撓み量wの断面位置の撓み係数はκ>1となる。外歯34における正規の撓み量w
O(κ=1)が得られる歯形を標準偏位歯形と呼び、正規の撓み量よりも少ない撓み量(κ<1)が得られる歯形を負偏位歯形と呼び、正規の撓み量よりも多い撓み量(κ>1)が得られる歯形を正偏位歯形と呼ぶ。先に述べたように、本発明の可撓性外歯車3の外歯34は負偏位歯形に設定されている。
【0026】
図3Aは波動歯車装置1の両歯車2、3の相対運動をラックで近似した場合に得られる、剛性内歯車2の内歯24に対する可撓性外歯車3の外歯34の移動軌跡を示す図である。図において、x軸はラックの併進方向、y軸はそれに直角な方向を示す。y軸の原点は移動軌跡の振幅の平均位置としてある。曲線Maは、外歯34の開口端部34aにおいて得られる移動軌跡であり、曲線Mbは内端部34bにおいて得られる移動軌跡である。曲線Mcは、歯筋方向における開口端部34aから内端部34bまでの間の任意の位置、本例では歯筋方向の中央部(以下、この位置を「主断面位置」と呼ぶ。)において得られる移動軌跡である。剛性内歯車2の内歯24に対する可撓性外歯車3の外歯34の移動軌跡は、次式で示される。
x=0.5mn(θ−κsinθ)
y=κmncosθ
【0027】
説明を簡単にするために、モジュールm=1、n=1(歯数差2n=2)とすると、上式は次の式1で表される。
(式1)
x=0.5(θ−κsinθ)
y=κcosθ
【0028】
(主断面位置における歯形の形成方法)
図4は主断面位置における外歯34、内歯24のラック歯形形成の原理を示す説明図である。本発明では、主断面位置における歯末歯形を規定するために、可撓性外歯車3における主断面位置において得られる移動軌跡Mcを利用する。
【0029】
まず、
図4の太い実線で示す移動軌跡Mcにおいて、パラメーターθがπからθ
Aまでの範囲の第1曲線ABを取る。パラメーターθ=πの位置は移動軌跡Mcの底点であるB点であり、パラメーターθ=θ
Aの位置は移動曲線Mcの変曲点であるA点である。次に、第1曲線ABを、B点を相似の中心としてλ倍(0<λ<1)に相似変換して、第1相似曲線BCを得る。第1相似曲線BCを、剛性内歯車2の内歯24の歯末歯形として採用する。なお、
図4においてはλ=0.4の場合を示している。
【0030】
次に、第1相似曲線BCにおけるB点とは反対側の端点であるC点を相似の中心として、第1相似曲線BCを180度回転して、想像線で示す曲線B
1Cを得る。この曲線B
1Cを、C点を相似の中心として(1−λ)/λ倍に相似変換して第2相似曲線CAを得る。この第2相似曲線CAを、可撓性外歯車3の外歯34における基本の歯末歯形として採用する。
【0031】
このようにして設定した歯末歯形は、式で書くと次の式2、式3のようになる。
<剛性内歯車の歯末歯形の基本式>
(式2)
x(θ)=0.5{(1−λ)π+λ(θ−κsinθ)}
y(θ)=κ{λ(1+cosθ)−1}
(θ
A≦θ≦π)
<可撓性外歯車の歯末歯形の基本式>
(式3)
x(θ)=0.5{(1−λ)(π−θ+κsinθ)+θ
A−κsinθ
A}
y(θ)=κ{cosθ
A−(1−λ)(1+cosθ)}
(θ
A≦θ≦π)
【0032】
ここで、可撓性外歯車3の歯末歯形が移動軌跡Mcの頂点であるD点から変曲点であるA点まで移動する間に、剛性内歯車2に創成する曲線を、剛性内歯車2の基本の歯元歯形として定める。この歯元歯形は、式1と式3から求められる次の式4で与えられる。
(式4)
x(θ)=0.5{(1−λ)(π−θ+κsinθ)
+κ(sinθ
A−sinθ)−(θ
A/π)θ+θ
A−κsinθ
A}
y(θ)=κ{cosθ−(1−λ)(1+cosθ)}
【0033】
同様に、可撓性外歯車3の歯末歯形が移動軌跡Mcの頂点であるD点から変曲点であるA点まで移動する間に、剛性内歯車2の歯末歯形が可撓性外歯車に創成する曲線を、可撓性外歯車の基本の歯元歯形として定める。この歯元歯形は、式1と式2から求められる次の式5で与えられる。
(式5)
x(θ)=0.5{(1−λ)π+λ(θ−κsinθ)
−κ(sinθ
A−sinθ)+(θ
A/π)θ}
y(θ)=κ{λ(1+cosθ)−1+cosθ
A−cosθ}
【0034】
図4に示す曲線24Aは上記のようにして設定される歯末歯形と歯元歯形を備えた内歯24の形状を示し、曲線34Aは上記のように設定される歯末歯形と歯元歯形を備えた外歯34の形状を示す。両歯車2、3の実際の歯元歯形は、相手歯車の歯先との頂隙を確保するため、上記のように定めた基本の歯元歯形に対して修正を施す。
【0035】
ここで、剛性内歯車2の歯形は、その歯筋方向において同一形状であり、上記の歯末歯形と、上記の歯元歯形に対して外歯の歯先との頂隙を確保するための修正を施した修正歯元歯形とによって規定される。
【0036】
一方、可撓性外歯車3の歯形については、フラット型の波動歯車装置の場合には、剛性内歯車の場合と同様に、上記の歯末歯形と、上記のように定まる歯元歯形に対して内歯の歯先との頂隙を確保するための修正を施した修正歯元歯形とによって規定される。換言すると、歯筋方向の各位置での歯形形状は同一である。
【0037】
これに対して、カップ型、シルクハット型の波動歯車装置に用いるカップ形状、シルクハット形状の可撓性外歯車の場合には、主断面位置においては、上記の歯末歯形と、上記のように定まる歯元歯形に対して内歯の歯先との頂隙を確保するための修正を施した修正歯元歯形とによって規定される。主断面位置以外の歯形については、以下に述べるように、主断面位置の歯形に対して、撓み量に応じた転位を施した転位歯形とされる。
【0038】
(主断面位置以外の位置における外歯歯形の形成方法)
可撓性外歯車3の歯形には、外歯34の主断面位置から開口端部34aに掛けて、および、主断面位置から内端部34bに掛けて、撓み係数κの値に応じた転位を施す。外歯34の歯形に施す転位量をmnhとすると、m=1、n=1の場合の転位量はhになる。主断面位置における撓み係数をκ
Aとすると、転位歯形の歯筋方向の各位置での移動軌跡および転位量は、次の式1Aで示される。
(式1A)
x=0.5(θ−κsinθ)
y=κcosθ+h
h=−|κ
A−κ|
【0039】
この転位により、
図3Aに示す開口端部34aでの移動軌跡Maおよび内端部34bでの移動軌跡Mbは、それぞれ、
図3Bに示す移動軌跡Ma1、Mb1に変化する。すなわち、主断面位置から開口端部34aに掛けては、外歯34の各位置で移動軌跡の頂部が主断面位置での移動軌跡Mcの頂部に一致する。また、主断面位置から内端部34bに掛けては、外歯34の各位置での移動軌跡の底部が主断面位置での移動軌跡Mcの底部に一致する。
【0040】
このように、可撓性外歯車3においては、その主断面位置以外の歯形は、主断面位置での歯形に対して、式1Aの第3式で与えられる転位量hの転位が施された転位歯形とされる。
【0041】
図5は、可撓性外歯車3の歯筋方向の中央付近の転位量の一例を示すグラフである。この図の横軸は外歯34の歯筋方向の中央(主断面位置)からの距離を示し、縦軸は転位量hを示す。転位量hは、同一傾斜の転位直線L1、L2で示される。転位直線L1は主断面位置から開口端部34aに掛けての転位量を示し、転位直線L2は、主断面位置から内端部34bに掛けての転位量を示す。
【0042】
また、
図5には、主断面位置を頂点とし、転位直線L1、L2に接する4次曲線C1が示されている。この4次曲線C1に基づき各位置での転位量を決めると、外歯34における主断面位置を含む歯筋方向の中央部分に実質的な平坦部が形成されるので、転位の滑らかな変化が保証され、可撓性外歯車3の歯切り時の寸法管理も容易になる。
【0043】
図6は外歯34および内歯24の歯筋方向に沿った歯形輪郭を示す説明図である。この図においては、両歯車のかみ合い状態における長軸を含む断面での状態(最深のかみ合い状態)を示している。外歯34の歯筋方向の歯形輪郭は、その主断面位置34cを含む歯筋方向の中央部分では、上記の4次曲線C1によって規定され、この中央部分から開口端部34aまでの間の部分では、転位直線L1によって規定され、中央部分から内端部34bまでの間の部分では、転位直線L2によって規定されている。
【0044】
図7(a)、(b)、(c)は、上記のように歯形を設定した外歯34と内歯24のかみ合いの様相をラック近似で示す説明図である。
図7(a)は、外歯34の開口端部34aの位置、
図7(b)は、外歯34の主断面位置、
図7(c)は外歯34の内端部34bの位置において得られる。これらの移動軌跡から分かるように、近似的ながら、可撓性外歯車3の外歯34は、その開口端部34aから主断面位置を経て内端部34bに至る全ての位置で、内歯24に対して十分な接触が行われている。
【0045】
以上説明したように、波動歯車装置1では、その可撓性外歯車3の歯末歯形が、剛性内歯車2の歯元歯形と歯末歯形と2度接触し、かつ、剛性内歯車2の歯末歯形が、可撓性外歯車の歯元歯形と歯末歯形と2度接触する。したがって、両歯車2、3は、歯末歯形同士の連続的なかみ合いにとどまらず、より広い範囲に亘ってかみ合い可能である。これにより、より多くのトルクを伝達可能な波動歯車装置を実現できる。