【文献】
小河守正,バッチ重合プロセスのモデルベースB2B制御,計測自動制御学会論文集,社団法人計測自動制御学会,2010年 3月31日, 第46巻 ,第3号,p.139−148
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1に開示されたB2B制御システムでは、バッチ反応プロセス制御の主体である反応温度制御にPID制御を採用している。PIDパラメータは、バッチ運転を積み重ね経験的に調整することになる。しかしながら、プロセスの非線形性が強くバッチ経過時間と共にプロセス動特性が大きく変わるので、経験則だけでPIDパラメータを適切に調整することは難しい。
【0005】
また、非特許文献1に開示されたB2B制御システムは、バッチ反応プロセスを制御対象としており、バッチ冷却晶析プロセスに特有のランプ状目標値変更に対応しておらず、非特許文献1に開示されたB2B制御システムをバッチ冷却晶析プロセスにそのまま適用することはできない。以上のように、バッチ冷却晶析プロセスを制御対象とするB2B制御システムは、実用性と一般性のある制御手法として確立されていないという問題点があった。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、従来よりも実用性と一般性に優れたB2B制御方式の制御方法および制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の制御方法は、晶析器内の原料の晶析温度T
cと原料の冷却に用いる冷媒の入口温度T
wiと冷媒
の出口温度T
woと冷媒の循環流量f
wとの組からなる時系列データである実績データを、バッチ冷却晶析プロセスをモデル化した晶析プロセスモデルの入力として、前記晶析プロセスモデルのモデルパラメータを調整し、前記晶析プロセスモデルを線形近似した伝達関数モデルを得るモデル調整ステップと、晶析温度T
cが晶析温度目標値と一致するように第1の操作量を算出する第1のコントローラの制御パラメータを、前記伝達関数モデルと予め定められた制御パラメータ設定則とを用いて、ランプ状に変化する晶析温度目標値に対する定常制御偏差と晶析温度目標値がランプ状の変化から一定値に移行した後の晶析温度T
cのアンダーシュート許容値とを調整指標として調整する制御パラメータ調整ステップと、予め定められたフィードフォワード補償則により、晶析温度T
cが所望の晶析温度目標値と一致するように冷媒
の入口温度目標値の変更量の時間パターンを求める目標値変更量演算ステップと、前記冷媒
の入口温度目標値の変更量の時間パターンを基にバッチ経過時間に応じた冷媒
の入口温度目標値の変更量を出力し、この冷媒
の入口温度目標値の変更量と前記第1の操作量との加算結果を冷媒
の入口温度目標値とするフィードフォワード補償ステップと、冷媒
の入口温度T
wiが前記冷媒
の入口温度目標値と一致するように第2のコントローラが第2の操作量を算出して冷媒の注入量を調節する制御ステップとを備えることを特徴とするものである。
【0008】
また、本発明の制御方法の1構成例は、前記第1のコントローラの制御アルゴリズムとしてPI−Dアルゴリズムが予め選定されていることを特徴とするものである。
また、本発明の制御方法の1構成例において、前記制御パラメータ設定則は、ランプ状の目標値変更に対する前記定常制御偏差を規定値に保つ条件で、晶析温度T
cのアンダーシュート最大値が前記アンダーシュート許容値に最も近づくようにPIパラメータを求めるPI設定則、または前記PI設定則により求めたPIパラメータをPIDパラメータに換算するPID設定則のいずれかである。
【0009】
また、本発明の制御装置は、バッチ冷却晶析プロセスにおいて晶析器内の原料の晶析温度T
cが晶析温度目標値と一致するように第1の操作量を算出する第1のコントローラと、原料の冷却に用いる冷媒の入口温度T
wiが冷媒
の入口温度目標値と一致するように第2の操作量を算出して冷媒の注入量を調節する第2のコントローラと、バッチ冷却晶析プロセスをモデル化した晶析プロセスモデルの式を予め記憶するモデル記憶手段と、晶析温度T
cと冷媒
の入口温度T
wiと冷媒
の出口温度T
woと冷媒の循環流量f
wとの組からなる時系列データである実績データを前記晶析プロセスモデルの入力として、前記晶析プロセスモデルのモデルパラメータを調整し、前記晶析プロセスモデルを線形近似した伝達関数モデルを得るモデル調整手段と、前記伝達関数モデルと予め定められた制御パラメータ設定則とを用い、ランプ状に変化する晶析温度目標値に対する定常制御偏差と晶析温度目標値がランプ状の変化から一定値に移行した後の晶析温度T
cのアンダーシュート許容値とを調整指標として、前記第1のコントローラの制御パラメータを調整する制御パラメータ調整手段と、予め定められたフィードフォワード補償則により、晶析温度T
cが所望の晶析温度目標値と一致するように冷媒
の入口温度目標値の変更量の時間パターンを求める目標値変更量演算手段と、前記冷媒
の入口温度目標値の変更量の時間パターンを基にバッチ経過時間に応じた冷媒
の入口温度目標値の変更量を出力し、この冷媒
の入口温度目標値の変更量と前記第1の操作量との加算結果を前記冷媒
の入口温度目標値として前記第2のコントローラに与えるフィードフォワード補償手段とを備えることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、バッチ運転実績データを晶析プロセスモデルの入力として、晶析プロセスモデルのモデルパラメータを調整し、伝達関数モデルと予め定められた制御パラメータ設定則とを用い、ランプ状に変化する晶析温度目標値に対する定常制御偏差と晶析温度目標値がランプ状の変化から一定値に移行した後の晶析温度T
cのアンダーシュート許容値とを調整指標として、第1のコントローラの制御パラメータを調整し、予め定められたフィードフォワード補償則により、晶析温度T
cが所望の晶析温度目標値と一致するように冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターンを求め、冷媒入口温度目標値の変更量と第1のコントローラの出力である第1の操作量との加算結果を冷媒入口温度目標値として第2のコントローラに与えるようにした。これにより、本発明では、バッチ冷却晶析プロセスに特有のランプ状目標値変更に対して高い追跡性能を実現することができるので、従来よりも実用性と一般性に優れたB2B制御方式の制御方法を実現することができる。
【0011】
また、本発明では、第1のコントローラの制御アルゴリズムとしてPI−Dアルゴリズムを予め選定しておくことにより、バッチ冷却晶析プロセスに適した制御を行うことができる。
【0012】
また、本発明では、ランプ状の目標値変更に対する定常制御偏差を規定値に保つ条件で、晶析温度T
cのアンダーシュート最大値がアンダーシュート許容値に最も近づくようにPIパラメータを求めるPI設定則、またはPI設定則により求めたPIパラメータをPIDパラメータに換算するPID設定則のいずれかを、制御パラメータ設定則とすることにより、バッチ冷却晶析プロセスに適した制御パラメータ調整を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は本発明の実施の形態に係るバッチ冷却晶析プロセスの計装図である。
バッチ冷却晶析プロセスにおいては、バルブ104を介して攪拌晶析器100に原料液を定量仕込み、所定の温度まで昇温後、晶析温度目標値の時間パターン(目標値軌道)に従い定速度で冷却する。攪拌晶析器100は、加熱・冷却のためのジャケット101と、原料液の晶析温度を測定する温度センサ102と、原料液を攪拌する攪拌機103とを備えている。
【0015】
原料液が飽和濃度線を超え結晶析出が始まり、安定的に結晶化する準安定領域の温度で一定時間保持する。その後、準安定領域を保ちながら、さらに定速度で晶析温度を下げ、結晶を成長させ安定化する。規定時間経過後、晶析操作を終了し、攪拌晶析器100からバルブ105を介して晶析液を抜き出す。一連のバッチ晶析時間は、概ね数時間から1日である。
【0016】
原料液は、攪拌晶析器100に設けられたジャケット101を一定流量で循環する冷媒(冷水)により冷却される。冷媒は、入口側配管106からジャケット101に供給され、出口側配管107に排出される。出口側配管107に排出された冷媒は、一部がチラー(chiller)111によって冷却され、残りが入口側配管106に戻されるようになっている。入口側配管106には、冷媒入口温度T
wiを測定する温度センサ108が設けられ、出口側配管107には、冷媒出口温度T
woを測定する温度センサ109が設けられている。また、入口側配管106には、冷媒の循環流量f
wを計測する流量センサ110が設けられている。
【0017】
制御装置113は、冷媒入口温度が冷媒入口温度目標値の時間パターンと一致し、かつ晶析温度が晶析温度目標値の時間パターンと一致するように、冷媒入口温度制御と晶析温度制御のカスケード制御を行う。また、制御装置113は、バッチ経過時間に対応して冷媒入口温度の目標値を変更する、フィードフォワード制御(Feed-Forward Control)の機能を有している。晶析温度を変えるためには、ジャケット101への冷媒の注入量を調整して、冷媒入口温度を変える。これにより、晶析温度を制御することができる。なお、原料液の加熱時には、ジャケット101に蒸気を注入する。ジャケット101への蒸気の注入量を制御することで、加熱時の温度を制御することができる。
【0018】
図2は制御装置113の構成を示すブロック図、
図3は制御装置113の動作を示すフローチャートである。制御装置113は、バッチ冷却晶析プロセスの動特性モデルである晶析プロセスモデルを記憶するモデル記憶部1と、バッチ運転実績データを晶析プロセスモデルの入力として、晶析プロセスモデルのモデルパラメータを調整し、晶析プロセスモデルを線形近似した伝達関数モデルを得るモデル調整部2と、フィードフォワード制御を実行するフィードフォワード制御実行部3(フィードフォワード補償手段)と、伝達関数モデルと予め定められた制御パラメータ設定則とを用いて、カスケード制御のための制御パラメータ(PIDパラメータ)を調整する制御パラメータ調整部4と、カスケード制御を実行するカスケード制御実行部5と、予め定められたフィードフォワード補償則により、晶析温度T
cが所望の晶析温度目標値と一致するように冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターンを求める冷媒入口温度時間パターン設定部6とを備えている。
【0019】
バッチ運転を開始する前に、モデル調整部2は、バッチ運転実績データを用いて晶析プロセスモデルのモデルパラメータを調整し、この晶析プロセスモデルを逐次線形化して伝達関数モデルに変換する(
図3ステップS1)。
【0020】
制御パラメータ調整部4は、伝達関数モデルと予め定められた制御パラメータ設定則とを用い、ランプ状に変化する晶析温度目標値に対する定常制御偏差と晶析温度目標値がランプ状の変化から一定値に移行した後の晶析温度T
cのアンダーシュート許容値とを調整指標として、カスケード制御のための制御パラメータ(PIDパラメータ)を調整する(
図3ステップS2)。
【0021】
冷媒入口温度時間パターン設定部6は、予め定められたフィードフォワード補償則に従って冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターン{t,Δu
f}を定める(
図3ステップS3)。
【0022】
バッチ冷却晶析プロセスを制御対象とするバッチ運転が開始されると、フィードフォワード制御実行部3は、冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターン{t,Δu
f}に応じて冷媒入口温度目標値の変更量Δu
fを出力するフィードフォワード制御を実行し(
図3ステップS4)、カスケード制御実行部5は、冷媒入口温度T
wiが冷媒入口温度目標値r
2と一致し且つ晶析温度T
cが晶析温度目標値r
1と一致するようにカスケード制御(PID制御)を実行する(
図3ステップS5)。以上のようなステップS4,S5の処理を、バッチ冷却晶析プロセスが終了するまで(
図3ステップS6においてYES)、一定間隔のバッチ経過時間t毎に実行する。
【0023】
図4は本実施の形態の制御系のブロック線図である。
図4におけるFはフィードフォワード制御実行部3が実現するフィードフォワードコントローラである。フィードフォワード制御実行部3は、後述する冷媒入口温度時間パターン設定部6に記憶されている冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターン{t,Δu
f}を参照し、現在のバッチ経過時間tに対応する冷媒入口温度目標値の変更量Δu
fを出力する。
図5に冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターン{t,Δu
f}の1例を示す。このように冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターンは、バッチ経過時間tと冷媒入口温度目標値の変更量Δu
fとの組からなる時系列データである。
【0024】
また、
図4におけるC
1はカスケード制御実行部5が実現する晶析温度コントローラ(PI−Dコントローラ)、C
2は同じくカスケード制御実行部5が実現する冷媒入口温度コントローラ(PI−Dコントローラ)、P
2は冷媒入口温度プロセス、P
1は晶析温度プロセス、d
1,d
2は外乱である。
【0025】
晶析温度コントローラC
1には、晶析温度目標値r
1が与えられる。
図6に晶析温度目標値の時間パターン{t,r
1}の1例を示す。このように晶析温度目標値の時間パターンは、バッチ経過時間tと晶析温度目標値r
1との組からなる時系列データである。
図6に示すように、晶析温度目標値r
1は、一定値を保った後に一定の変更速度v
rで継続的に降下し、再び一定値で安定するといったパターンを示すように予め設定されている。
【0026】
晶析温度コントローラC
1は、晶析温度T
cと晶析温度目標値r
1とが一致するように操作量u
1を演算する。操作量u
1と冷媒入口温度目標値の変更量Δu
fとは加算され、この加算結果が冷媒入口温度目標値r
2として冷媒入口温度コントローラC
2に与えられる。冷媒入口温度コントローラC
2は、冷媒入口温度T
wiと冷媒入口温度目標値r
2とが一致するように操作量u
2を演算する。この操作量u
2に応じて、
図1に示したバルブ112の開度が決定され、ジャケット101への冷媒の注入量が制御される。
【0027】
次に、モデル調整部2の動作についてより詳細に説明する。本実施の形態では、冷媒入口温度制御と晶析温度制御のカスケード制御のアルゴリズムとしてPIDを用いるが、PIDによる制御を設計するには、操作量(冷媒入口温度)と制御量(晶析温度)との関係を表わす、線形の動特性モデルが必要になる。モデル調整部2は、このような線形の動特性モデルのモデルパラメータを調整するものである。具体的には、モデル調整部2は、バッチ運転実績データを用いて晶析プロセスモデルのモデルパラメータを調整し、この晶析プロセスモデルを逐次線形化して伝達関数モデルに変換する(
図3ステップS1)。
【0028】
バッチ冷却晶析プロセスの動特性モデルは、次の仮定のもとで、晶析液と冷媒のエネルギー収支から導かれる。
(a)晶析器内の晶析液は攪拌機で完全混合されている。
(b)攪拌熱と晶析器表面からの放熱は無視できる。
(c)ジャケットの伝熱面積は一定とする。
(d)晶析器壁の熱容量は微小なので無視する。
(e)晶析温度のカスケード制御2次ループの冷媒入口温度制御は、目標値応答特性が十分に速く動特性を無視できる。
【0029】
晶析温度をT
c、冷媒平均温度をT
w、冷媒入口温度をT
wi、冷媒出口温度をT
woとすると、エネルギー収支モデルは次式のようになる。
【0032】
式(1)、式(2)において、c
cは晶析液の比熱、W
cは晶析器内部滞留量、c
wは冷媒の比熱、W
jはジャケット内部滞留量、Q
cは結晶化による発熱量(結晶化熱量)、Q
w1はジャケット除熱量、Q
w2は冷媒除熱量である。結晶化による発熱量(結晶化熱量)Q
cは不確定外乱として作用する。なお、冷媒の循環流量f
wは一定に保たれ、ジャケット101の入口と出口の温度差が小さいので、冷媒平均温度T
w=(T
wi+T
wo)/2 とした。ジャケット除熱量Q
w1、冷媒除熱量Q
w2は次のように表すことができる。
Q
w1(t)=UA(T
c(t)−T
w(t)) ・・・(3)
Q
w2(t)=c
wf
w(T
wo(t)−T
wi(t))
=2c
wf
w(T
w(t)−T
wi(t)) ・・・(4)
【0033】
式(3)、式(4)において、Uはジャケット101の総括伝熱係数、Aはジャケット101の伝熱面積である。式(1)〜式(4)より、晶析液と冷媒のエネルギー収支は、次の状態方程式モデルで表すことができる。
【0036】
モデル記憶部1には、以上のような状態方程式モデル(晶析プロセスモデル10)の式(5)、式(6)が予め記憶されている。
モデル調整部2は、バッチ運転実績データを晶析プロセスモデル10の入力として与え、モデルパラメータである総括伝熱係数Uを求めると共に、不確定外乱である発熱量Q
cを求める。本実施の形態で用いるバッチ運転実績データは、攪拌晶析器100で生成しようとする晶析液と同種の晶析液を過去に生産したときの実績データ(前回の実績データ)であり、バッチ経過時間t、晶析温度T
c、冷媒入口温度T
wi、冷媒出口温度T
wo、循環流量f
wの時系列データ{t,T
c,T
wi,T
wo,f
w}である。このようなバッチ運転実績データが晶析プロセスモデル10の入力として与えられ、モデルパラメータが調整される。なお、伝熱面積A、晶析液の比熱c
c、晶析器内部滞留量W
c、冷媒の比熱c
w、ジャケット内部滞留量W
jについては既知の値を用いる。
【0037】
次に、モデル調整部2は、パラメータ調整が完了した晶析プロセスモデル10から、晶析温度制御のための伝達関数モデルを得る。この伝達関数モデルは、操作量u
2(冷媒入口温度)と制御量y(晶析温度T
c)の動的な特性を表す。状態量(冷媒平均温度T
w)をxとし、操作量u
2の計測レンジR
u、制御量yの計測レンジR
y、状態量xの計測レンジR
x(=R
y)でそれぞれ無次元化した操作量u
2、制御量y、状態量xを用いると次の関係がある。
T
wi=R
uu
2 ・・・(7)
T
c=R
yy ・・・(8)
T
w=R
xx ・・・(9)
【0038】
このとき、伝達関数モデルP(s)は次式のようになる。なお、sはラプラス演算子である。
【0040】
定常ゲインK
p、時定数T
p1,T
p2は次式のようになる。ここで、バッチ冷却晶析プロセスの動特性を支配する時定数をT
p1(≫T
p2)とする。
【0043】
式(11)、式(12)の定数T
1,T
2,K
x12,K
x21,K
uはそれぞれ次式のようになる。
【0049】
こうして、モデル調整部2は、晶析プロセスモデル10を逐次線形化して伝達関数モデルを得ることができる。なお、計測レンジR
u,R
y,R
x(=R
y)については既知の値を用いる。
バッチ冷却晶析プロセスの運転条件と伝達関数モデルパラメータの数値例を表1に示す。R
y=R
uのとき常にK
p=1になり、長い時定数T
p1がバッチ冷却晶析プロセスの動特性を支配し、T
p2(≪T
p1)は無視できることが分かる。
【0051】
次に、カスケード制御実行部5が実現する晶析温度コントローラC
1について説明する。本実施の形態では、晶析温度制御のアルゴリズムとしてPI−Dアルゴリズムが予め選定されている。以下、PI−Dアルゴリズムを選定した理由について説明する。
ここでは、目標値をr(s)、制御量をy(s)、制御偏差をe(s)=r(s)−y(s)、操作量をu(s)、PIDパラメータを{K
c,T
i,T
d}とする。このとき、PIDコントローラC(s)は次式のように定まる。
【0053】
PIDアルゴリズムの目標値フィルターF(s)は次式のようになる。
F(s)=1 ・・・(19)
また、PI−Dアルゴリズムの目標値フィルターF(s)は式(20)のようになり、I−PDアルゴリズムの目標値フィルターF(s)は式(21)のようになる。
【0056】
PID制御の目標値応答は次式で表される。
【0058】
目標値変更速度v
rのランプ状目標値変更r(s)=v
r/s
2に対するPIDアルゴリズムの定常制御偏差e(∞)は次式で示される。
【0060】
同様に、PI−Dアルゴリズムの定常制御偏差e(∞)も式(23)のようになり、I−PDアルゴリズムの定常制御偏差e(∞)は式(24)のようになる。
【0062】
このように、I−PDアルゴリズムの定常制御偏差はPIDアルゴリズムおよびPI−Dアルゴリズムに比べて非常に大きくなる。例えば、K
p=1.0%/%、K
c=10%/%、T
i=10min、v
r=−20%/90minのとき、PIDアルゴリズムおよびPI−Dアルゴリズムの定常制御偏差e(∞)=−0.22%に対して、I−PDアルゴリズムの定常制御偏差e(∞)は−2.44%で11倍にもなる。このため、プロセス制御で最も多く実用されているI−PDアルゴリズムは、晶析温度制御には使用できない。晶析温度制御のアルゴリズムとしては、微分動作が目標値に作用しないPI−Dアルゴリズムを適用するのが良いことになる。微分ゲインを1/γとすると、実用PI−Dコントローラは、次式で表される。
【0064】
こうして、本実施の形態では、晶析温度コントローラC
1としてPI−Dコントローラを用いる。晶析温度コントローラC
1のPIDパラメータは、制御パラメータ調整部4によって調整される。なお、冷媒入口温度コントローラC
2についても、PI−Dコントローラを用いている。この冷媒入口温度コントローラC
2のPIDパラメータは予め調整されているものとする。
【0065】
次に、制御パラメータ調整部4の動作について説明する。プロセス制御で多用されるモデルベース設定則に、IMC(Internal Model Control)法がある。IMC法は、ステップ状の目標値変更に対する望ましい制御量応答を規定して、PID設定値を一意に決定する方法である。その積分時間はT
i=T
p1+T
p2に設定されるため、ランプ状目標値変更に対する定常制御偏差が非常に大きくなる。したがって、常にランプ状目標値変更が行われる晶析温度制御に、IMC法を適用することはできない。本実施の形態では、晶析温度制御に適したPID調整指標を定め、このPID調整指標を満たすモデルベースPID設定則を導入している。
【0066】
本実施の形態では、晶析温度制御の調整指標として、ランプ状に変化する晶析温度目標値r
1に対する定常制御偏差e
rと、晶析温度目標値r
1がランプ状の変化から一定値に移行した後の制御量y(晶析温度T
c)のアンダーシュート許容値e
uという2つのパラメータを定義する。定常制御偏差e
rは、晶析温度目標値r
1がランプ状に変化している最中に、十分に時間が経過したときの制御偏差である。目標値変更が終了し定値制御に移行した後は、制御量の行き過ぎ(アンダーシュート)が避けられない。e
uは、そのアンダーシュートの最大許容値である。
【0067】
式(10)に示した伝達関数モデルでは、短い時定数T
p2(≪T
p1)が無視できるので、1次遅れ特性に近似する。このため、PI−Dアルゴリズムの微分動作は不要になるので、PIDパラメータの設定則としてPI設定則が利用できる。以下、このPI設定則について説明する。
【0068】
ランプ状の目標値変更に対する定常制御偏差e
rを規定値に保つ条件で、アンダーシュート最大値が許容値e
uにできるだけ近くなるように、PIパラメータを求める。このPIパラメータの導出法は、定常制御偏差e
rを等式制約とし、アンダーシュート最大値とその許容値e
uとの差の2次形式を最小化する最適化問題として、次のように定式化できる。
{K
c,T
i}=argmin(e
max−e
u)
2 ・・・(26)
【0070】
e
max=max{r
1(t)−y(t)} (t≧T
r) ・・・(28)
こうして、制御パラメータ調整部4は、モデル調整部2が求めた伝達関数モデルと式(26)〜式(28)を用いることにより、晶析温度コントローラC
1のPIパラメータである比例ゲインK
cと積分時間T
iを得ることができる(
図3ステップS2)。上記のとおり、PI設定則では、微分時間T
dを0とする。なお、晶析温度目標値r
1については晶析温度目標値の時間パターン{t,r
1}で予め定められた値を使用することができ、目標値変更速度v
rも既知の値であるが、式(28)のアンダーシュート最大値e
maxを求めるためには、晶析温度目標値r
1が一定値に移行した後(t≧T
r)の制御量y(晶析温度T
c)の応答が必要になる。以下、この制御量yの応答の求め方について説明する。
【0071】
まず、式(10)に示した伝達関数モデルの式を1次遅れ特性の式に近似する。
【0073】
次式で表されるPIコントローラC(s)を使用する。
【0075】
晶析温度目標値r
1は次のように与えられる。
【0078】
式(31)はランプ状に変化しているとき(0≦t<T
r)の晶析温度目標値r
1を示し、式(32)は一定値に移行した後(t≧T
r)の晶析温度目標値r
1を示している。このとき、目標値応答特性W
c(s)は次式のようになる。PIコントローラを用いるので、目標値フィルターF(s)=1である。
【0080】
係数b
1,b
0,a
1,a
0は次のとおりである。
【0085】
特性方程式の共役複素根もしくは実根を次のようにする。制御系が安定になるように設定値を設計するので、α,β>0である。
【0087】
制御量応答は、特性方程式が安定な共役複素根を持つ場合、次式のようになる。
【0090】
式(39)は晶析温度目標値r
1がランプ状に変化しているとき(0≦t<T
r)の制御量yを示し、式(40)は晶析温度目標値r
1が一定値に移行した後(t≧T
r)の制御量yを示している。また、制御量応答は、特性方程式が安定な実根を持つ場合、次式のようになる。
【0093】
式(41)は晶析温度目標値r
1がランプ状に変化しているとき(0≦t<T
r)の制御量yを示し、式(42)は晶析温度目標値r
1が一定値に移行した後(t≧T
r)の制御量yを示している。式(39)、式(41)の右辺第2項がランプ状の目標値変更に対する定常制御偏差を示している。係数c,d,φは次のとおりである。
【0097】
以上のようにして、制御パラメータ調整部4は、式(28)で用いる制御量yを式(40)、式(43)〜式(45)、または式(42)〜式(45)により算出することができる。
【0098】
なお、式(10)に示した伝達関数モデルの短い時定数T
p2を無視できない場合がある。このときは、PIDパラメータの設定則としてPI設定則の代わりに、以下のPID設定則を利用するものとし、次の直列補償型アルゴリズムで設計する。
【0100】
なお、以降では数式の頭に付した「〜」をチルダと呼ぶ。微分時間チルダT
dをT
p2に設定すれば、短い時定数の1次遅れ特性を、コントローラの微分動作項で極ゼロ相殺できる。これにより、前述したPI設定則により求めた比例ゲインK
cを比例ゲインチルダK
cとし、積分時間T
iを積分時間チルダT
iとしてそのまま用いることができる。そして、次式により、並列補償型PIDアルゴリズムのパラメータに換算することができる。
【0104】
こうして、制御パラメータ調整部4は、モデル調整部2が求めた伝達関数モデルと式(26)〜式(28)を用いることにより、比例ゲインK
cと積分時間T
iを求め、さらに、この比例ゲインK
cを比例ゲインチルダK
cとし、積分時間T
iを積分時間チルダT
iとして、式(47)〜式(49)により、晶析温度コントローラC
1のPIDパラメータである比例ゲインK
cと積分時間T
iと微分時間T
dを得ることができる(
図3ステップS2)。
【0105】
晶析温度の伝達関数パラメータとPID調整指標の例を表2に示し、目標値変更速度v
r=−20%/90minのときのPI設定則およびPID設定則で求めたPIDパラメータの例を表3に示す。
【0108】
次に、冷媒入口温度時間パターン設定部6の動作について説明する。冷媒入口温度時間パターン設定部6は、目標値変更量演算部60と、時系列テーブル記憶部61とを有する。
晶析温度制御の目標値変更速度v
rのとき、dT
c(t)/dtに関する状態方程式モデルをさらに時間微分すれば、冷媒平均温度T
wの変更速度もv
rに等しいことがわかる。すなわち、次式が成立する。
【0110】
この式(50)の条件を状態方程式に適用して、冷媒入口温度T
wiの目標値軌道チルダT
wiを得る。
【0113】
晶析温度の目標値軌道チルダT
cはフィードバック制御と組み合わせて実現できるとして、フィードフォワード補償が冷媒入口温度制御の目標値変更量Δu
fを与えるように制御系を構成する。すなわち、フィードフォワード補償則を次式のように定める。
【0115】
目標値変更量演算部60は、式(53)のフィードフォワード補償則により、晶析温度T
cが所望の晶析温度目標値の時間パターン{t,チルダT
c}と一致するように冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターン{t,Δu
f}を定める。時系列テーブル記憶部61は、目標値変更量演算部60が定めた冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターン{t,Δu
f}を記憶する。
【0116】
表1に示した運転条件で、晶析温度制御目標値の変更時間T
r=1.5h、目標値変更速度v
r=−20%/1.5hのとき、フィードフォワード補償による冷媒入口温度目標値の変更量Δu
fは次のようになる。
【0118】
以上のように、本実施の形態によれば、バッチ運転実績データを晶析プロセスモデルの入力として、晶析プロセスモデルのモデルパラメータを調整し、伝達関数モデルと予め定められた制御パラメータ設定則(PI設定則またはPID設定則)とを用い、ランプ状に変化する晶析温度目標値に対する定常制御偏差と晶析温度目標値がランプ状の変化から一定値に移行した後の晶析温度T
cのアンダーシュート許容値とを調整指標として、晶析温度コントローラC
1の制御パラメータを調整し、予め定められたフィードフォワード補償則により、晶析温度T
cが所望の晶析温度目標値と一致するように冷媒入口温度目標値の変更量の時間パターンを求め、冷媒入口温度目標値の変更量と晶析温度コントローラC
1の出力である操作量u
1との加算結果を冷媒入口温度目標値として冷媒入口温度コントローラC
2に与えるようにした。これにより、本実施の形態では、バッチ冷却晶析プロセスに特有のランプ状目標値変更に対して高い追値制御性能を実現することができるので、従来よりも実用性と一般性に優れたB2B制御方式の制御方法を実現することができる。
【0119】
本実施の形態の有効性を制御シミュレーションで数値検証する。バッチ冷却晶析プロセスを式(5)、式(6)に示した状態方程式モデルで表現し、表1に示した運転条件とする。晶析温度T
cの目標値軌道は70℃→50℃→30℃と2段階に変更するものとし、いずれも変更速度v
r=−20℃/1.5hとする。PIDパラメータは、表3のPI設定則の値を用い、フィードフォワード補償も式(54)で示した数値例の結果を適用する。
【0120】
外乱として、結晶化熱量Q
c[kcal/h]と総括伝熱係数U[kcal/(m
2hK)]の変化を
図7(A)、
図7(B)のように与える。この外乱を補償するためには、冷媒入口温度T
wiを−15℃程度調節する必要がある。
PIDカスケード制御とフィードフォワード補償による制御シミュレーション結果を
図8に示す。この
図8によれば、制御システム設計の要求性能(目標値±0.50℃以内)を満たす高い制御性能を実現できていることが分かる。
【0121】
本実施の形態で説明した制御装置113は、CPU、記憶装置及びインタフェースを備えたコンピュータと、これらのハードウェア資源を制御するプログラムによって実現することができる。CPUは、記憶装置に格納されたプログラムに従って本実施の形態で説明した処理を実行する。