(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
電動機で動輪を駆動して走行する車両として電気車や電気自動車等が知られているが、以下、その代表例として電気車について説明する。電気車は車輪・レール間の接線力(粘着力ともいう。)によって加減速がなされる。電動機の発生トルクにより生じる駆動力が、車輪とレールとに働く粘着力以下であれば粘着走行がなされるが、粘着力を超えた場合には空転又は滑走(以下、「空転滑走」という。)が生じる。空転滑走の発生が検知された場合には、電動機の発生トルクを引き下げて粘着走行に復帰させる制御、すなわち再粘着制御が行われる(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
図1を参照して再粘着制御を具体的に説明する。
図1は、空転滑走が発生していない一定加速中の状態から空転滑走が発生し、再粘着制御を行って再粘着するまでの一連の各信号波形の概略例を示している。横軸を時間tとして、上から順に、制御対象の動軸(動輪)の回転に係る軸速度V及び基準速度Vmを示すグラフ、制御対称軸の回転に係る加速度Aを示すグラフ、電動機トルクのトルク指令値τ
e*を示すグラフである。空転滑走が発生していない状態では、軸速度Vは基準速度Vmにほぼ一致し、トルク指令値τ
e*はほぼ一定に保たれている。また、この状態では、トルク指令値τ
e*は、車両速度やノッチ指令等に基づいて演算されたトルクパタン値τ
n*(オリジナルの指令値)となっている。
【0004】
空転滑走が発生すると、軸速度Vが上昇し始め、基準速度Vmとの差分である空転滑走速度(速度差)ΔVが増加する。そして、時刻t1において、空転滑走速度ΔVが予め定められた空転滑走検知閾値Vsに達すると、空転滑走の発生が検知される。
【0005】
空転滑走の発生が検知されると、再粘着制御が発動されて、トルク指令値τ
e*の引き下げ制御が行われる。すると、加速度Aの増加が次第に抑えられ、減少に転ずる。この間、軸速度Vは上がり続けるが、加速度Aがゼロとなる時刻t2では、軸速度Vの増加もゼロとなる。この加速度Aがゼロとなったことを、空転滑走からもとの粘着走行への回復開始として検知する(回復検知)。なお、回復検知とする加速度Aをゼロとして説明したが、説明の簡明化のためにゼロとしたものであって、所定の回復検知閾値(例えばゼロではなく、“+1”や“−1”)以下に達した場合に回復開始として検知してもよい。
【0006】
回復検知がなされると、トルク指令値τ
e*の引き下げを停止して、保持する。すると、マイナスとなっていた加速度Aの減少が次第に抑えられ、やがて増加に転じる。また、基準速度Vmからの乖離幅が大きくなっていた軸速度Vが低下し始める。そして、空転滑走速度ΔVが予め定められた再粘着検知閾値Vr以下になると、再粘着したとして検知(再粘着検知)し、復帰動作用の制御が開始される。すなわち、トルク指令値τ
e*をトルクパタン値τ
n*に徐々に戻す制御が開始される。
【0007】
トルクの復帰制御は、先ず、トルク一時復帰値τ
l*を目標トルク値として徐々に復帰制御させた後、トルクパタン値τ
n*に徐々に戻す段階復帰制御が行われる。トルク一時復帰値τ
l*は、トルクパタン値τ
n*や加速度Aを用いて算出される。トルク指令値τ
e*がトルク一時復帰値τ
l*となって所定時間が経過するまでの間、再度の空転滑走が検知されなければ、一時復帰を完了と判断して(時刻t4)、トルクパタン値τ
n*に向けてトルク指令値τ
e*を徐々に復帰させる。そして、トルクパタン値τ
n*に復帰した時刻t5において、再粘着制御の終了となる。再粘着制御の終了後は、トルクパタン値τ
n*がトルク指令値τ
e*となる。
【0008】
尚、空転滑走検知及び再粘着検知の監視対象を軸速度V(ひいては空転滑走速度ΔV)としたが加速度Aも監視対象に加えて併用することもある。また、回復検知の監視対象を加速度Aとしたが、軸速度V(ひいては空転滑走速度ΔV)も監視対象に加えて併用し、加速度Aがゼロとなる、或いは、空転滑走速度ΔVが空転滑走検知閾値Vs以下の所定の閾値以下となったことを回復開始と見なして検知する方法も採用され得る。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
再粘着制御下における各検出値や各制御値を調査した結果、トルク一時復帰値τ
l*の算定において問題が生じ得ることが分かった。
【0011】
負荷トルクτ
lの算定に関する問題である。
トルク一時復帰値τ
l*は、空転滑走の発生が検知された時のトルクパタン値τ
n*や加速度Aを用いて算出されるのが一般的であるが、その一例として例えば、次式(1)を用いて推定した負荷トルクτ
lに基づき算定する方法が知られている。
τ
l=τ
n*−m×A ・・・(1)
ここで、mは等価慣性質量であり、車輪半径や歯車比等の電気車の諸元に基づき定まる既定値である。Aは制御対象の動輪の回転角加速度である。
また、推定した負荷トルクτ
lをそのままトルク一時復帰値τ
l*としてもよいし、次式(2)のように例えば、0.8や0.9といった1以下の係数k
Dを乗じてトルク一時復帰値τ
l*を定めるとしてもよい。
τ
l*=τ
l×k
D ・・・(2)
【0012】
本来、トルク一時復帰値τ
l*は、実際に空転滑走が発生した際の負荷トルクτ
lに基づいて決定されるべきである。空転滑走が発生した際の負荷トルクτ
lであれば、できるだけ高いトルクでありながらも空転滑走が生じる可能性が低いからである。
【0013】
しかし、空転滑走の発生を“検知”した時点では、加速度Aは有る程度の値を有している(
図1の時刻t1における加速度A参照。)。従って、式(1)で推定される負荷トルクτ
lは、実際に空転滑走が発生した際の負荷トルクτ
lよりも小さな値として推定されてしまうという誤差が含まれている。この結果、従来のトルク一時復帰値τ
l*は、本来よりも小さな値として算定されていた(誤差が含まれていた)と言える。
【0014】
本発明は、上述したトルク一時復帰値の算定における問題を解決するための手法を提案することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
以上の課題を解決するための第1の形態は、
動輪の空転滑走の発生を検知した場合にトルク指令値を引き下げ、一時復帰値に復帰させた後に元のトルク指令値に戻す段階復帰制御によって、当該動輪を駆動する電動機を制御して当該動輪を再粘着させる再粘着制御方法であって、
前記動輪の回転に係る加速度及び前記トルク指令値を用いて空転滑走検知時の負荷トルクを推定する負荷トルク推定ステップ(例えば
図5の負荷トルク推定部71及び負荷トルク保持部72による処理)と、
前記動輪の空転滑走速度又は当該空転滑走速度相当値を用いて前記推定された負荷トルクを補正して前記一時復帰値を決定する一時復帰値決定ステップ(例えば
図5の補正部80による処理)と、
を含む再粘着制御方法である。
【0016】
また、他の形態として、動輪の空転滑走の発生を検知した場合にトルク指令値を引き下げ、一時復帰値に復帰させた後に元のトルク指令値に戻す段階復帰制御によって、当該動輪を駆動する電動機を制御して当該動輪を再粘着させる電動機制御装置(例えば
図4の電動機制御装置50)であって、
前記動輪の回転に係る加速度及び前記トルク指令値を用いて空転滑走検知時の負荷トルクを推定する負荷トルク推定手段(例えば
図5の負荷トルク推定部71及び負荷トルク保持部72)と、
前記動輪の空転滑走速度又は当該空転滑走速度相当値を用いて前記推定された負荷トルクを補正して前記一時復帰値を決定する一時復帰値決定手段(例えば
図5の補正部80)と、
を備えた電動機制御装置を構成することとしてもよい。
【0017】
上述した課題の通り、動輪の加速度及びトルク指令値を用いて推定された負荷トルクは必ずしも正確ではない。しかし、この正確でない負荷トルクに含まれている誤差は、後述する実施形態の通り、動輪の空転滑走速度或いはその相当値を用いて補正することが可能である。そこで、第1の形態等によれば、推定された空転滑走検知時の負荷トルクを、空転滑走速度に基づいて補正することができる。
【0018】
後述する通り、空転滑走速度が大きいほど、負荷トルクの誤差は大きくなることから、第2の形態のように、前記一時復帰値決定ステップが、前記空転滑走速度が大きいほど補正量を大きくするステップを含む再粘着制御方法を構成することとしてもよい。
【0019】
また、第3の形態のように、前記一時復帰値決定ステップが、再粘着制御中の空転滑走検知の回数に応じて補正量を変更するステップ(例えば
図6の連続空転滑走係数算出部85及び乗算器86による処理)を含む再粘着制御方法を構成することとしてもよい。
【0020】
この第3の形態によれば、一時復帰中に再度空転滑走が検知された場合には、その回数に応じて負荷トルクの補正量が変更されるため、さらなる空転滑走をしないように一時復帰値を適切な値に制御することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して、本発明の好適な実施形態を説明する。尚、以下では、本発明を電気車に適用した場合を説明するが、電動機で動輪を駆動して走行する車両(電動車両)であれば、電気自動車にも適用することが可能である。また、空転に適用した場合について説明するが、滑走においても同様に適用することが可能である。滑走時のブレーキ制御としても、回生ブレーキばかりでなく、機械ブレーキによるブレーキ制御を行う電気車への適用も可能であることは勿論である。
また、本発明の考え方の基礎となる原理を先に説明した後に、具体的な実施例について詳細に説明する。
【0023】
[原理]
空転滑走を検知する前後一定期間(100ms〜200ms程度)の間(
図1の時刻t1前後)の各検出値や各制御値から、この期間の接線力係数μを調査した結果の1つが
図2である。
図2の各プロットは、複数の空転滑走速度ΔVにおいて、その時に検出されていた軸速度V及び加速度Aを用いて求めた接線力係数μを示している。空転滑走速度ΔVが大きくなるほど、接線力係数μが小さくなるという図中直線近似で簡略化される相関関係(傾き)がある。
【0024】
なお、空転滑走が発生していない状態での接線力係数を仮に図示すると、
図2のμ
nとなる。トルクパタン値τ
n*に応じた接線力係数である。この状態で空転滑走が発生すると、μ
0にまで低下する。すなわち、接線力係数μ
0が、空転滑走が発生した際の接線力係数と言える。
また、
図2において縦軸が接線力係数となっているが、負荷トルクτ
l=μ×Mg×r(Mgは軸重、rは車輪半径)の関係から、接線力係数μと負荷トルクτ
lとは比例関係にあると言え、接線力係数μと空転滑走速度ΔVの相関関係は、負荷トルクτ
lと空転滑走速度ΔVの相関関係に置き換えることができる。
【0025】
この相関関係を用いれば、空転滑走を検知する前後の空転滑走速度ΔVさえ分かれば、式(1)を用いて推定される負荷トルクτ
lを、空転滑走が発生した際の負荷トルクに補正することができる。
【0026】
例えば、
図2において、空転滑走を検知した時の空転滑走速度がΔV
Sであったとする。このときの接線力係数はμ
Sであり、式(1)を用いて推定される負荷トルクτ
lも、このμ
s相当の値である。しかし、本来、トルク一時復帰値τ
l*の基準としたい負荷トルクは、空転滑走が発生した際の負荷トルクであり、空転滑走速度ΔVがゼロとなっていた時点の負荷トルクである。この本来求めたい負荷トルクと、推定された負荷トルクτ
lとの差は、誤差と言える。この誤差は次のように補正して、本来の負荷トルクを求めることができる。すなわち、
図2の相関関係(直線の傾き)と、空転滑走速度ΔV
sから、(μ
0−μ
s)を求める。この(μ
0−μ
s)に相当するトルクを、式(1)を用いて推定された負荷トルクτ
lに加算することで、空転滑走が発生した際の、空転滑走速度ΔVがゼロの時点の負荷トルクを求めることができる。
【0027】
以上、空転滑走速度ΔVと接線力係数μの相関関係を利用して、推定した負荷トルクτ
lを補正することが可能となる。具体的な方法としては、空転滑走速度ΔVが大きくなるほど、接線力係数μが小さくなり、その相関関係が一定であるため、空転滑走速度ΔVに応じた接線力係数補正値Δμを例えば
図3のように定める。
図3では、空転滑走速度ΔVが大きいほど、接線力係数補正値Δμが大きくなる相関関係として設定される。
空転滑走を検知した時点の空転滑走速度ΔVから接線力係数補正値Δμを求め、求めた接線力係数補正値Δμをトルクに換算して、式(1)で推定した負荷トルクτ
lに加算して補正することで、本来求めたい、空転滑走が発生した際の負荷トルクを得ることができ、トルク一時復帰値τ
l*を理想的な値に近い値に設定することが可能となる。
【0028】
[実施例]
次に、上述の原理を適用した実施例を説明する。
図4は、電気車の主回路の回路ブロックのうち、本実施例に関係する構成を概略的に示した図であり、一の駆動軸について示している。電動機の制御は個別制御(いわゆる1C1M)として以下説明するが、本発明の適用可能な形態がこれに限られるものではない。例えば、動輪2軸を一括して制御する1C2Mに適用することも可能である。
【0029】
図4において、本実施例に係る電気車の主回路は、電動機10と、パルスジェネレータ20と、インバータ30と、電流センサ40と、電動機制御装置50とを有して構成される。
【0030】
電動機10は、インバータ30から電力が供給されることで車軸を回転駆動する主電動機(メインモータ)であり、例えば3相誘導電動機で実現される。パルスジェネレータ20は、駆動軸の回転を検出する回転検出器であり、検出信号であるPG信号をベクトル演算制御装置59に出力する。尚、パルスジェネレータの代わりに速度発電機等の他の回転検出器を用いてもよい。電流センサ40は、電動機10の入力端に設けられ、電動機10に流入するU相及びV相の電流Iu,Ivを検出する。インバータ30には、パンタグラフ及びコンバータを介して架線の電力が供給される。そして、ベクトル演算制御装置59から入力されるU相、V相及びW相それぞれの電圧指令値Vu
*,Vv
*,Vw
*に基づいて出力電圧を調整し、電動機10に給電する。
【0031】
電動機制御装置50は、電動機10をベクトル制御する。この電動機制御装置50は、CPUやROM、RAM等から構成されるコンピュータ等によって実現され、例えば制御ボードとして電動機の制御装置の一部として実装されたり、或いはインバータ30を含めて一体的にインバータ装置として構成される。また、電動機制御装置50は、速度検出部51と、加速度検出部53と、トルクパタン値演算装置55と、再粘着制御装置60と、トルク指令決定部57と、ベクトル演算制御装置59とを備えている。
【0032】
速度検出部51は、PG信号を時間軸方向に平滑化するフィルタ処理を行って、軸速度Vを検出する。加速度検出部53は、速度検出部51で検出された時間的に前後する軸速度Vに基づいて加速度Aを検出する。なお、いわゆる速度センサレスベクトル制御により電動機10を駆動制御する場合には、パルスジェネレータ20及びPG信号を使用せず、電流センサ40によって検出される電動機10への駆動電流を用いて速度を算出し、これを微分することで加速度を検出することにしても良い。
【0033】
トルクパタン値演算装置55は、基準速度Vm及びノッチ信号に基づいてトルク指令値のトルクパタン値τ
n*を演算して出力する。基準速度Vmは、電車の走行速度であり、例えば運転台から得られる速度としてもよいし、T車の従輪の軸速度としてもよい。また、車両内の各軸の軸速度のうち、力行時であれば最小値、ブレーキ時であれば最大値等として決定してもよい。トルクパタン値τ
n*の演算処理は公知であるため、説明を省略する。
【0034】
トルク指令決定部57は、空転滑走が検知されていない通常時は、トルクパタン値演算装置55から出力されるトルクパタン値τ
n*をトルク指令値τ
e*として決定し、再粘着制御の実行中は、再粘着制御装置60から出力される再粘着用指令値τ
r*をトルク指令値τ
e*として決定する。なお、再粘着制御の実行中か否かは、再粘着制御装置60からの制御信号(不図示)で判定する。
【0035】
ベクトル演算制御装置59は、電流センサ40により検出されたIv,Iuをd−q軸座標変換することで得られるd軸成分である励磁電流成分Id及びq軸成分であるトルク電流成分(電動機トルク分電流)Iqや、トルク指令値τ
e*等に基づいて、インバータ30に対する電圧指令値Vu
*,Vv
*,Vw
*を生成する。なお、電圧指令値Vu
*,Vv
*,Vw
*を算出する演算処理は公知の演算処理であるため、説明は省略する。
【0036】
再粘着制御装置60は、空転滑走検知部61と、回復検知部63と、再粘着検知部65と、再粘着制御部67とを有する。再粘着制御装置60の概略動作は、
図1を参照して説明した再粘着制御と同様である。すなわち、基準速度Vm、軸速度V及び加速度Aを用いて空転滑走検知部61が空転滑走の発生を検知すると、再粘着制御部67は、再粘着制御を開始して、トルクパタン値τ
n*を徐々に低減させた指令値を再粘着用指令値τ
r*として生成・出力する。また、再粘着制御の開始信号をトルク指令決定部57に出力する。
【0037】
そして、トルクの引き下げが行われて空転滑走からもとの粘着走行への回復開始を回復検知部63が検知すると、再粘着制御部67は、再粘着用指令値τ
r*の引き下げを停止して保持する。
その後、再粘着検知部65が再粘着を検知すると、再粘着制御部67は、トルク一時復帰値τ
l*に近づけるように再粘着用指令値τ
r*を徐々に高める一時復帰の制御を行う。そして、所定時間の間、空転滑走検知部61による検知がなされなければ、一時復帰を完了と判断して、再粘着制御部67は、再粘着用指令値τ
r*をトルクパタン値τ
n*に徐々に近づけ、一致する値となったら、再粘着制御を完了とし、完了信号をトルク指令決定部57に出力する。
【0038】
図5は、トルク一時復帰値τ
l*を決定する処理部である一時復帰値決定部70の機能ブロックを示す図である。
一時復帰値決定部70は、負荷トルク推定部71と、負荷トルク保持部72と、補正部80とを有して構成される。負荷トルク推定部71は、加速度検出部53で検出された加速度Aと、トルクパタン値演算装置55で算出されたトルクパタン値τ
n*とを用いて、式(1)に従って負荷トルクを推定し、負荷トルク保持部72に出力する。
負荷トルク保持部72は、空転滑走検知部61から空転滑走の検知信号を入力したタイミングで、保持している負荷トルクを、負荷トルク推定部71から入力された負荷トルクに更新して保持する。従って、負荷トルク推定部71及び負荷トルク保持部72によって、空転滑走の発生を検知した時の負荷トルクが推定されることとなる。
【0039】
補正部80は、負荷トルク保持部72が保持している、空転滑走の発生を検知した時の負荷トルクを補正する機能部であり、減算器81と、空転滑走速度保持部82と、接線力係数補正値算出部83と、換算部87と、加算器89とを有して構成される。
【0040】
減算器81は、速度検出部51で検出された軸速度Vから基準速度Vmを減算することで空転滑走速度(速度差)ΔVを算出し、空転滑走速度保持部82に出力する。空転滑走速度保持部82は、空転滑走検知部61から空転滑走の検知信号を入力したタイミングで、保持している空転滑走速度を、減算器81から入力された空転滑走速度に更新して保持する。従って、減算器81及び空転滑走速度保持部82によって、空転滑走の発生を検知した時の空転滑走速度ΔVが算出・保持されることになる。
【0041】
接線力係数補正値算出部83は、
図3に示した空転滑走速度ΔVから接線力係数補正値Δμを求めるデータを記憶しており、空転滑走速度保持部82に保持されている空転滑走速度に対応する接線力係数補正値を算出して、換算部87に出力する。空転滑走速度ΔVから接線力係数補正値Δμを求めるデータは、関数式のデータであってもよいし、テーブル形式のデータであってもよい。
【0042】
換算部87は、接線力をトルクに換算する機能部であり、軸重や車輪径、歯車比等の既知の値に基づいて換算式が予め設定される。換算部87は、接線力係数補正値算出部83で算出された接線力係数補正値Δμを、トルクに換算し、負荷トルクを補正するための負荷トルク補正値として加算器89に出力する。
【0043】
加算器89は、負荷トルク保持部72が保持している、空転滑走の発生を検知した時の負荷トルクに、換算部87から出力された負荷トルク補正値を加算することで補正し、補正した後の負荷トルクをトルク一時復帰値τ
l*として生成・出力する。
【0044】
以上の実施例によれば、空転滑走の発生を検知した時に推定した負荷トルクを、空転滑走を検知した時の空転滑走速度に基づいて補正することで、推定した負荷トルクに含まれる誤差を低減させ、本来の空転滑走が発生した際の負荷トルクに近い値を求めることができる。空転滑走の発生を検知した時に推定した負荷トルクを補正せずにトルク一時復帰値τ
l*を決定した場合には、本来の値より低い値となってしまう。本実施例によれば、トルク一時復帰値τ
l*を本来の値に近づけることができる。この結果、従来と比較して、空転滑走制御の段階復帰制御中における電気車の牽引力を増加させることができる。
【0045】
[変形例]
本発明が適用可能な実施例は上述の実施例に限られるわけではない。例えば、再粘着制御部67が再粘着用指令値τ
r*を生成し、トルク指令決定部57がトルクパタン値τ
n*と再粘着用指令値τ
r*とを切り替えてトルク指令値τ
e*を決定することとして説明した。これを、再粘着制御部67は、再粘着用指令値τ
r*を生成するのではなく、トルクパタン値τ
n*に対する引き下げ量(或いは引き下げ割合)を算定し、トルク指令決定部57が、トルクパタン値τ
n*から引き下げ量分のトルクを減算してトルク指令値τ
e*を決定することとしてもよい。
【0046】
また、
図5の補正部80によって補正された後の負荷トルクに一定の係数k
Dを乗じてトルク一時復帰値τ
l*を決定する式(2)の方式を採用してもよい。
【0047】
また、再粘着制御中に再度空転滑走が検知される場合もある。その場合、空転滑走の検知回数(再検知回数)に応じて、トルク一時復帰値τ
l*を低減させるようにしてもよい。
図6は、この場合の一時復帰値決定部の変形例を示す図である。
図6の一時復帰決定部70Aは、
図5の一時復帰決定部70に比べて、補正部80Aが異なる。また、式(2)の方式を採用するため、乗算器78が更に追加された構成となっている。
【0048】
補正部80Aは、
図5の補正部80に、更に連続空転滑走係数算出部85と、乗算器86とを追加した構成である。連続空転滑走係数算出部85は、次式(3)を用いて、1回の再粘着制御において空転滑走の発生が検知された回数に応じて、連続空転滑走係数k
Cを算出する。
k
C=1−(i−1)×C
C ・・・(3)
ここで、iは、連続空転滑走回数であり、C
Cは低減係数である。連続空転滑走係数算出部85は、カウンタ回路を有しており、空転滑走検知部61から検知信号が入力される毎にカウントアップし、再粘着検知部65からの検知信号でリセットすることで、連続空転滑走回数iを計数している。低減係数C
Cはゼロより大きく1未満の値が定められ、好適にはゼロより大きく0.1以下の値が定められる。
連続空転係数算出部85は、連続空転滑走回数iが1の場合には、連続空転滑走係数k
Cを1とし、以降、連続空転滑走滑走回数iが増加するに従って、連続空転滑走係数k
Cを徐々に小さくする。
【0049】
乗算器86は、接線力係数補正値算出部83で算出された接線力係数補正値Δμと、連続空転滑走係数算出部85で算出された連続空転滑走係数k
Cとを乗算して、換算部87に出力する。この結果、再粘着制御中において空転滑走の発生が検知される毎に、負荷トルクの補正量が小さくなることとなり、空転滑走の再発を抑制することが可能となる。
【0050】
また、一時復帰値決定部70Aは、式(2)を実現するための構成として乗算器78を有している。乗算器78は、補正部80Aで補正された後の負荷トルクに対して、係数k
Dを乗算する。係数k
Dは例えば0.8〜0.9程度の値として定めることもできるし、1.0とすることも可能である。1.0の場合には、乗算器78を省略する
図5の構成と同じである。この乗算器78による乗算後の値がトルク一時復帰値τ
l*となる。
【0051】
また、上述の実施形態では、空転滑走の発生を検知した時に推定した負荷トルクを、空転滑走を検知した時の空転滑走速度を用いて補正することとした。具体的には、空転滑走を検知した時の空転滑走速度ΔVに基づいて接線力係数補正値Δμを算出し、推定した負荷トルクを補正することとして説明した。しかし、空転滑走速度ΔVと等価的に扱える相当値を用いて、推定した負荷トルクを補正してもよい。例えば、
図2,3の横軸を「すべり率」としても、接線力係数μや接線力係数補正値Δμとの関係は同様と言えるため、空転滑走速度ΔVの代わりにすべり率を用いて、推定した負荷トルクを補正してもよい。この場合、空転滑走速度保持部82は、空転滑走速度ΔVの代わりにすべり率を保持し、接線力係数補正値算出部83は、すべり率から接線力係数補正値Δμを算出する。
【0052】
また、上述の実施形態では、空転滑走を検知する前後における空転滑走速度ΔVと接線力係数μとの相関関係を一定とみなし(
図2参照)、この一定の関係に基づいて、空転滑走速度ΔVに応じた接線力係数補正値Δμを定めることとした(
図3参照)。しかし、この相関関係を随時更新することとしてもよい。具体的には、空転滑走を検知した後に、複数回、空転滑走速度ΔVと接線力係数μ(より詳細には接線力係数を求めるための諸量)とをサンプリングし、相関関係を求める。例えば、サンプリング回数を2回とし、
図2のような直線近似の相関関係(傾き)を求めれば良い。そうしてこの相関関係に基づいて、例えば傾きの正負を逆にし、
図3のような空転滑走速度ΔVと接線力係数補正値Δμとの正比例の関係を更新・定義すればよい。