(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者等は、複数種の希土類元素が混在している組成物から、特定の希土類元素を高い分離率でかつ簡便に分離することを目指して、希土類元素の化学反応(特に、塩化反応、酸塩化反応)を詳細に調査した。その結果、本発明者等は、希土類元素の種類によってそれらの化学反応の挙動が異なることを見出した。そして、その化学反応の挙動の差異によって、特定の希土類元素を高い分離率で分離できることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて完成されたものである。
【0016】
本発明は、前述した希土類元素の分離方法(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記塩化剤は塩化アンモニウムであり、前記第2の熱処理工程での前記所定の温度は、前記第2群の希土類元素の塩化物から希土類酸塩化物を生成する温度以上で前記第1群の希土類元素の塩化物から希土類酸塩化物を生成する温度未満であり、かつ、前記第1群の希土類元素の希土類酸化物に対して熱重量分析を行ったときに、その昇温過程における重量減少率が「4×10
-3%/℃」以内を示す温度領域内の温度である。
(ii)前記第1群の希土類元素が軽希土類元素であり、前記第2群の希土類元素が重希土類元素である。
(iii)前記第1群の希土類元素がランタン、セリウム、ネオジムおよびユーロピウムから選択される少なくとも1種であり、前記第2群の希土類元素がイットリウムおよびジスプロシウムから選択される少なくとも1種である。
(iv)前記第1の熱処理工程は、常圧下の熱処理により前記複数種の希土類酸化物と前記塩化アンモニウムとから複数種の希土類塩化アンモニウム塩を生成させる素工程と、それに引き続いて、減圧下の熱処理により前記複数種の希土類塩化アンモニウム塩から複数種の希土類塩化物を生成させる素工程を含む。
(v)前記溶媒が、純水、メタノール、エタノール、またはそれらの混合液である。
(vi)前記第2の熱処理工程での前記酸化性雰囲気は、大気、乾燥空気、または不活性ガスと酸素ガスとの混合ガス雰囲気である。
【0017】
また、本発明は、前述した希土類元素の分離装置(II)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(vii)前記化学反応モニタ機構は、前記第1の熱処理による化学反応をモニタするためのアンモニアガスセンサ、および前記第2の熱処理による化学反応をモニタするためのハロゲンガスセンサである。
(viii)前記塩化剤粉末は塩化アンモニウム粉末であり、前記第1の熱処理は、常圧下の熱処理により前記複数種の希土類酸化物と前記塩化アンモニウムとから複数種の希土類塩化アンモニウム塩を生成させる素工程と、それに引き続いて、減圧下の熱処理により前記複数種の希土類塩化アンモニウム塩から複数種の希土類塩化物を生成させる素工程を含み、前記両素工程中の圧力制御が前記雰囲気制御部によって行われ、前記雰囲気制御部によって制御される前記第2の熱処理での前記酸化性雰囲気が、大気、乾燥空気、または不活性ガスと酸素ガスとの混合ガス雰囲気である。
(ix)前記第2の熱処理での前記所定の温度は、前記第2群の希土類元素の塩化物から希土類酸塩化物を生成する温度以上で前記第1群の希土類元素の塩化物から希土類酸塩化物を生成する温度未満であり、かつ、前記第1群の希土類元素の希土類酸化物に対して熱重量分析を行ったときに、その昇温過程における重量減少率が「4×10
-3%/℃」以内を示す温度領域内の温度である。
(x)前記第1群の希土類元素が軽希土類元素であり、前記第2群の希土類元素が重希土類元素であり、前記溶媒が純水、メタノール、エタノール、またはそれらの混合液である。
(xi)前記第1群の希土類元素がランタン、セリウム、ネオジムおよびユーロピウムから選択される少なくとも1種であり、前記第2群の希土類元素がイットリウムおよびジスプロシウムから選択される少なくとも1種であり、前記溶媒が純水、メタノール、エタノール、またはそれらの混合液である。
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0019】
[希土類元素の分離方法]
図1は本発明に係る希土類元素の分離方法の工程例を示すフロー図である。
図1を参照しながら分離方法の概略を説明する。まず、複数種の希土類酸化物と塩化剤とを混合して出発混合物を用意する。次に、用意した出発混合物から、複数種の希土類塩化物を生成させる第1の熱処理を行う。次に、得られた複数種の希土類塩化物から、第1群の希土類元素の希土類塩化物と第2群の希土類元素の希土類酸塩化物とを含む塩化物/酸塩化物混合物を生成させる第2の熱処理を行う。本発明は、この第2の熱処理工程に最大の特徴がある。次に、得られた塩化物/酸塩化物混合物を溶媒に投入して希土類塩化物を選択的に溶解させて液相中に抽出する。最後に、希土類塩化物が抽出された液相と残存した希土類酸塩化物の固相とを固液分離し、第1群の希土類元素と第2群の希土類元素とをそれぞれ回収する。
【0021】
(混合工程)
本工程は、複数種の希土類酸化物が混在した粉末と塩化剤の粉末とを混合して出発混合物を用意する工程である。用いる塩化剤としては、次工程の選択的塩化/酸塩化熱処理工程において生成する希土類化合物中に余分な元素(カチオン)を残存させないことが好ましく、例えば、塩化アンモニウム(NH
4Cl)が好ましい。また、希土類酸化物と塩化剤とが均等に混合されるならば、混合方法に特段の限定はない。なお、次工程の第1の熱処理工程において、希土類酸化物の塩化反応を促進させかつ確実に完了させるため、塩化剤は希土類酸化物との化学当量の1.5〜3倍量を混合させることが好ましい。
【0022】
(第1の熱処理工程)
本工程は、用意した出発混合物から、複数種の希土類塩化物を生成させる第1の熱処理(塩化熱処理)を行う工程である。熱処理雰囲気としては、非酸化性雰囲気(酸素成分が実質的に混在しない雰囲気、例えば、不活性ガス(アルゴン、窒素など)気流中や真空中)が好ましい。熱処理温度としては、希土類酸化物から希土類塩化物を生成する温度以上(少なくとも150℃以上)とする。また、生成した希土類塩化物が気化してしまうと、希土類元素の回収量が減少するため、希土類塩化物の気化温度未満の温度とする。
【0023】
希土類酸化物(RE
2O
3)から希土類塩化物(RECl
3)を生成する塩化反応は、下記の化学反応式(1)のような化学反応になると考えられる(REは希土類元素を表す。以下、同様)。
RE
2O
3 + 6NH
4Cl → 2RECl
3 + 6NH
3 + 3H
2O …化学反応式(1)
【0024】
酸化物/塩化剤混合物から希土類塩化物を生成する化学反応に関しては、希土類酸化物の塩化反応における標準ギブスエネルギー変化と温度との関係が参考になる。
図2は、希土類酸化物の塩化反応(化学反応式(1))における標準ギブスエネルギー変化と温度との関係を示すグラフである。
図2に示したように、温度の上昇と共に標準ギブスエネルギー変化が減少するが、標準ギブスエネルギー変化が負の値を示す温度になると塩化反応が継続的に進行可能になる。なお、標準ギブスエネルギー変化は、負/正によって熱力学的な安定/不安定を議論することができるが、化学反応が開始するための活性化エネルギーを議論したり、化学反応速度を議論したりするものではない。
【0025】
図2を具体的に見ると、酸化ランタン(La
2O
3)は約150℃以上で、酸化セリウム(Ce
2O
3)は約170℃以上で、酸化ネオジム(Nd
2O
3)は約200℃以上で、酸化ユーロピウム(Eu
2O
3)は約250℃以上で、酸化ジスプロシウム(Dy
2O
3)や酸化イットリウム(Y
2O
3)は約350℃以上で、塩化反応の標準ギブスエネルギー変化が負の値を示す。
【0026】
なお、化学反応式(1)において、反応生成物として希土類塩化物の他にアンモニアガス(NH
3)と水蒸気(H
2O)とが生成するが、アルゴンや窒素の気流中または真空中(減圧雰囲気中)で熱処理を行うことにより、生成ガス成分を速やかに系外に排出することができる。その結果、反応生成ガスによって塩化反応が阻害されることなく、該反応を進行させることができる。
【0027】
ここで、化学反応式(1)の塩化反応について更に考察する。化学反応式(1)の塩化反応は、次の2つの素反応に分けて考えることができる。1段目の素反応では、常圧の不活性ガス気流中での熱処理により、希土類塩化アンモニウム塩が生成する。この反応の一例として化学反応式(2)がある(例えば、Meyer, et. al., Mat. Res. Bull. 17 (1982) 1447-1455参照)。
RE
2O
3 + 12NH
4Cl → 2(NH
4)
2RECl
5 + 6NH
3 + 3H
2O …化学反応式(2)
【0028】
2段目の素反応では、上記の希土類塩化アンモニウム塩中に存在する塩化アンモニウムおよび出発混合物中の未反応の塩化アンモニウムが除去されて希土類塩化物(RECl
3)が生成すると考えられる。この反応の一例として化学反応式(3)がある(例えば、Meyer, et. al., Mat. Res. Bull. 17 (1982) 1447-1455参照)。2段目の素反応は、減圧雰囲気中(例えば、ロータリーポンプ等による減圧雰囲気)で行われることが好ましい。これは、減圧雰囲気中の方が塩化アンモニウムの気化・分解が進行しやすいためである。
(NH
4)
2RECl
5 → RECl
3 + 2NH
3 + 2HCl …化学反応式(3)
【0029】
(第2の熱処理工程)
本発明は、この第2の熱処理工程に最大の特徴がある。本工程は、得られた複数種の希土類塩化物から、塩化物/酸塩化物混合物を生成させる熱処理(選択的酸塩化熱処理)を行う工程である。熱処理雰囲気としては、酸化性雰囲気(酸素成分が存在する雰囲気、例えば、大気、乾燥空気気流中、不活性ガスと酸素ガスとの混合ガス気流中)が好ましい。熱処理温度としては、第1群の希土類元素では酸塩化反応がほとんど進行せず、第2群の希土類元素では酸塩化反応が進行する温度とする(熱処理温度については、後で詳述する)。
【0030】
本発明において、「第1群の希土類元素」とは軽希土類元素(ランタノイドの中で原子番号がガドリニウム(Gd)よりも小さい元素)と定義し、「第2群の希土類元素」とは重希土類元素(ランタノイドの中で原子番号がガドリニウム(Gd)以上の元素)と定義する。また、イットリウムは、「第2群の希土類元素」に含めるものとする。
【0031】
希土類塩化物(RECl
3)から希土類酸塩化物(REOCl)を生成する酸塩化反応(部分酸化反応)は、下記の化学反応式(4)のような化学反応になると考えられる。この化学反応においては、RECl
3からREOClを生成する際に重量減少を伴う。
2RECl
3 + O
2 → 2REOCl + 2Cl
2 …化学反応式(4)
【0032】
酸塩化反応の様子を調査するため、種々の希土類塩化物に対して、大気中で熱重量分析を行った。希土類塩化物としては、塩化ランタン(株式会社高純度化学研究所製、品番:LAH03XB)、塩化セリウム(株式会社高純度化学研究所製、品番:CEH02PB)、塩化ネオジム(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製、品番:449946)、塩化ユーロピウム(株式会社高純度化学研究所製、品番:EUH03XB)、塩化ジスプロシウム(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製、品番:325546)、塩化イットリウム(株式会社高純度化学研究所製、品番:YYH05XB)を用いた。熱重量測定には、熱量計測測定装置(ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン株式会社製、型式:TGA-Q500)を用いた。測定試料(希土類塩化物粉末30 mg)を昇温速度5℃/minで500℃まで加熱して重量変化率を測定した。
【0033】
図3は、希土類塩化物に対して大気中で熱重量分析を行ったときの重量変化率と温度との関係を示すチャートである。
図3に示したように、いずれの希土類塩化物も温度の上昇と共に重量が減少しており、化学反応式(4)の酸塩化反応が進行していることが解る。しかしながら、重量変化の挙動は、希土類元素の種類によって違いがあることが判った。なお、無機粉末の熱重量分析においては、粉末試料に吸着している水分などの影響があるため、130℃程度以下の温度領域での重量変化は無視して考えるのが通常である。
【0034】
図3を具体的に見ると、軽希土類元素の塩化物である塩化ランタン(LaCl
3)、塩化セリウム(CeCl
3)、塩化ネオジム(NdCl
3)、および塩化ユーロピウム(EuCl
3)では、約150〜約300℃の温度域で重量減少がほとんど見られない平坦な領域(以下「平坦領域」と称す)が観察された。これに対し、重希土類元素の塩化物である塩化ジスプロシウム(DyCl
3)、および塩化イットリウム(YCl
3)では、この温度域で大きな重量減少が観察された。このように、希土類元素の種類によって、希土類塩化物の酸塩化挙動(部分酸化挙動)に差異が見られることが判った。
【0035】
より詳細に見ると、平坦領域の開始温度は、塩化ランタン(LaCl
3)が約170℃以上で、塩化セリウム(Ce
2O
3)が約150℃以上で、塩化ネオジム(Nd
2O
3)が約180℃以上で、塩化ユーロピウム(Eu
2O
3)が約220℃以上であった。また、当該平坦領域での単位温度あたりの重量減少率は、塩化ランタンが3×10
-3%/℃であり、塩化セリウムが2×10
-3%/℃であり、塩化ネオジムが1×10
-3%/℃であり、塩化ユーロピウムが4×10
-3%/℃であった。
【0036】
ここで、平坦領域に関して考察する。平坦領域の開始温度は、
図2に示した希土類酸化物の塩化反応における標準ギブスエネルギー変化が負の値を示す温度とほぼ一致いることが判る。このことから、平坦領域は、それらの希土類塩化物にとって熱力学的に安定な領域であると考えられる。一方、大きな重量減少を示した塩化ジスプロシウム(DyCl
3)および塩化イットリウム(YCl
3)は、
図2の標準ギブスエネルギー変化が負の値を示す温度が約350℃以上であり、平坦領域の温度域では、熱力学的に不安定であると考えられる。
【0037】
そこで、希土類塩化物の酸塩化反応(化学反応式(4))における標準ギブスエネルギー変化と温度との関係を計算した。
図4は、希土類塩化物の酸塩化反応(化学反応式(4))における標準ギブスエネルギー変化と温度との関係を示すグラフである。
図4に示したように、平坦領域を示す希土類塩化物(LaCl
3、NdCl
3、EuCl
3)は、酸塩化反応における標準ギブス自由エネルギー変化が負の値を示す温度が、塩化反応における標準ギブス自由エネルギー変化が負の値を示す温度よりも高いことが判った。言い換えると、平坦領域を示す希土類塩化物は、平坦領域の開始温度よりも高い温度になってから希土類酸塩化物が熱力学的に安定となる。なお、CeCl
3に関しては、計算に必要なCeOClの熱力学データを見出すことができなかったため、計算を行わなかった。
【0038】
一方、大きな重量減少を示す希土類塩化物(DyCl
3、YCl
3)は、塩化反応における標準ギブスエネルギー変化が負の値を示す温度よりも低い温度で、酸塩化反応における標準ギブスエネルギー変化が負の値を示すことが判った。言い換えると、大きな重量減少を示す希土類塩化物は、平坦領域の温度域で希土類酸塩化物の方が熱力学的に安定となる。
【0039】
以上のような考察から、平坦領域の温度域は、第1群の希土類元素にとって塩化物が安定な温度域であり、かつ、第2群の希土類元素にとって酸塩化物が安定な温度域であると考えられる。
【0040】
上記考察を検証するために、平坦領域の温度域で温度保持した場合の熱重量分析を行った。熱重量測定には、前述と同じ熱量計測測定装置と同じ粉末試料とを用いた。測定試料(希土類塩化物粉末30 mg)を昇温速度5℃/minで所定の温度まで加熱し、該所定温度で保持しながら重量変化率を測定した。
【0041】
図5は、塩化ランタンおよび塩化イットリウムに対して大気中200℃で熱重量分析を行ったときの重量変化率と保持時間との関係を示すチャートである。
図5に示したように、塩化ランタン(LaCl
3)では重量減少がほとんど見られないのに対して、塩化イットリウム(YCl
3)では保持時間の増加に伴って重量減少している(重量減少率が拡大している)ことが確認された。
【0042】
10時間保持後で、塩化ランタン(LaCl
3)の重量減少は0.3%、イットリウム塩化物(YCl
3)の重量減少は12%であった。それぞれの重量減少が、化学反応式(4)の反応によるものであるとすると、塩化ランタン(LaCl
3)はその1.3%が酸塩化ランタン(LaOCl)になり、塩化イットリウム(YCl
3)はその43%が酸塩化イットリウム(YOCl)になったと計算される。
【0043】
図6は、塩化ネオジム、塩化ユーロピウム、塩化ジスプロシウムおよび塩化イットリウムに対して大気中250℃で熱重量分析を行ったときの重量変化率と保持時間との関係を示すチャートである。
図6に示したように、塩化ネオジム(NdCl
3)と塩化ユーロピウム(EuCl
3)とは重量減少がほとんど見られないのに対して、塩化ジスプロシウム(DyCl
3)と塩化イットリウム(YCl
3)とでは保持時間の増加に伴って重量減少している(重量減少率が拡大している)ことが確認された。
【0044】
10時間保持後で、塩化ネオジム(NdCl
3)の重量減少が3%、塩化ユーロピウム(EuCl
3)の重量減少が3%であるのに対し、塩化ジスプロシウム(DyCl
3)の重量減少が17%、イットリウム塩化物(YCl
3)の重量減少は16%であった。それぞれの重量減少が、化学反応式(4)の反応によるものであるとすると、塩化ネオジム(NdCl
3)はその14%が酸塩化ネオジム(NdOCl)になり、塩化ユーロピウム(EuCl
3)はその14%が酸塩化ユーロピウム(EuOCl)になり、塩化ジスプロシウム(DyCl
3)はその83%が酸塩化ジスプロシウム(DyOCl)になり、塩化イットリウムはその57%が酸塩化イットリウム(YOCl)になったと計算される。
【0045】
上記の熱重量分析から、複数種の希土類塩化物混合物に対して、平坦領域の温度域の熱処理を施すことにより、第2群の希土類元素の塩化物を選択的に酸塩化物に化学変化させることが確認された。
【0046】
(選択的抽出工程)
本工程は、得られた塩化物/酸塩化物混合物を溶媒に投入して、希土類塩化物を選択的に液相中に抽出し、かつ希土類酸塩化物を固相として残存させる工程である。この工程は、希土類塩化物の高い溶解性と希土類酸塩化物の低い溶解性(難溶性)との差異を利用したものである。
【0047】
溶媒としては、例えば、純水、低級アルコール、またはそれらの混合液を好ましく用いることができる。低級アルコールとしては、特にメタノールやエタノールを用いることが好ましい。これらの溶媒は、環境および人体に与える影響が小さいことから、作業性の向上および作業設備の簡素化(すなわち、低コスト化)に貢献する。
【0048】
塩化物/酸塩化物混合物の投入量や溶媒量に応じて、撹拌子や撹拌羽根、超音波振動などを用いて撹拌することは好ましい。また、撹拌に際して、加熱することで溶媒への抽出を促進することができる。ただし、加熱温度が溶媒の沸点より高くなると溶媒量が減少するため、加熱温度は溶媒の沸点以下であることが好ましい。なお、溶媒を加熱する場合は、溶媒の揮発を抑制するため、溶媒槽を密閉することが好ましい。
【0049】
(分離工程)
本工程は、上記で得られた溶液に対して固液分離処理を行うことで、第1群の希土類元素と第2群の希土類元素とを分離する工程である。固液分離処理の方法に特段の限定はないが、例えば、濾過を利用することができる。
【0050】
(回収工程)
本工程は、固液分離した液相と固相とから、第1群の希土類元素と第2群の希土類元素とを回収する工程である。希土類塩化物を含む液相に対しては、例えば、スプレードライヤを用いて加熱雰囲気中に噴霧することで、希土類塩化物粉末として回収することができる。また、希土類塩化物溶液に対してpH調整を行った後、沈殿剤(例えば、炭酸アンモニウム((NH
4)
2CO
3)、炭酸水素アンモニウム(NH
4HCO
3)、炭酸ナトリウム(Na
2CO
3)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO
3)、シュウ酸((COOH)
2)、シュウ酸ナトリウム((COONa)
2)、水酸化ナトリウム(NaOH)等)を添加することにより、難溶性の希土類沈殿物を生成させることができる。該沈殿物を濾過、乾燥した後、大気中900℃程度で焙焼することにより、第1群の希土類元素を酸化物として回収することができる。
【0051】
希土類酸塩化物からなる固相に対しては、これを乾燥することで、希土類酸塩化物粉末として回収することができる。また、酸(希塩酸、希硝酸等)で溶解して水和物を生成させ、該水和物に対してpH調整を行った後、沈殿剤(例えば、(NH
4)
2CO
3、NH
4HCO
3、Na
2CO
3、NaHCO
3、(COOH)
2、(COONa)
2、NaOH等)を添加することにより、難溶性の希土類沈殿物を生成させることができる。該沈殿物を濾過、乾燥した後、大気中900℃程度で焙焼することにより、第2群の希土類元素を酸化物として回収することができる。
【0052】
本発明に係る分離方法を繰り返し実施することで、第1群の希土類元素と第2群の希土類元素との分離率を更に向上させることができる。また、上述の選択的抽出工程で生成した液相に対して、その他の既知の湿式分離法を適用してもよい。
【0053】
以上説明したように、複数種の希土類元素を含む材料や製品の廃材に対して、本発明に係る分離方法を適用することにより、高い分離率でかつ簡便に第1群の希土類元素と第2群の希土類元素とを分離し回収することができる。
【0054】
[希土類元素の分離装置]
図7は、本発明に係る希土類元素の分離装置の構成例を示す模式図である。
図7に示したように、本発明に係る希土類元素の分離装置100は、被分離組成物供給部10、熱処理部20、雰囲気制御部30、ガス処理部40および分離部50を具備している。
【0055】
被分離組成物供給部10は、熱処理部20と接続されており、前述した混合工程を行い得られた出発混合物を熱処理部20に供給する部分である。具体的には、複数種の希土類酸化物が混在した粉末を収容する被分離組成物容器11と、塩化アンモニウム粉末を収容する塩化アンモニウム容器12と、原料粉末混合装置13と、出発混合物供給装置14とを有する。
【0056】
熱処理部20は、被分離組成物供給部10の他に、雰囲気制御部30とガス処理部40と分離部50とにそれぞれ接続されており、前述した第1の熱処理工程および第2の熱処理工程を行う部分である。具体的には、ヒータ21と炉心管22とを有する。さらに、第1および第2の熱処理工程における化学反応がスムーズに進行するように、被熱処理物を攪拌するための機構(例えば、炉心管回転機構(図示せず))を具備していることが好ましい。
【0057】
雰囲気制御部30は、第1の熱処理工程および第2の熱処理工程における熱処理中の雰囲気制御を行う部分である。具体的には、真空排気装置31とガス供給装置32とを有し、第1の熱処理工程における常圧下の非酸化性雰囲気や減圧下の非酸化性雰囲気、および第2の熱処理工程における常圧下の酸化性雰囲気を制御する。真空排気装置31に特段の限定はなく、例えば、ロータリーポンプを好適に用いることができる。
【0058】
ガス処理部40は、第1の熱処理により発生するアンモニアガスと塩化水素ガス、および第2の熱処理により発生する塩素ガスを処理する部分である。処理の方法に特段の限定はなく、従前の方法(例えば、スクラバ―方式、燃焼方式、吸着方式など)を利用できる。
【0059】
ガス処理部40は、アンモニア処理装置42と塩化水素処理装置43と塩素ガス処理装置45とに加えて、化学反応モニタ機構(例えば、アンモニアガスセンサ41、塩素ガスセンサ44)を有する。アンモニアガスセンサ41および塩素ガスセンサ44により化学反応で発生するガスの濃度を検知し、単位時間当たりの平均ガス濃度(ガス濃度の変化率)をモニタすることによって、各熱処理工程における化学反応の進行度合を観察することができる。例えば、対象とする化学反応がほぼ完了すると、発生するガスの濃度が急激に低下することから検知できる。これにより、運転バッチ毎の化学反応の進行度合を安定化させられると共に、熱処理時間の最適化が可能となり、効率的な分離が可能となる。なお、化学反応モニタ機構は、ガスセンサに限定されるものではなく、例えば、被熱処理物の重量変化を検知する機構でもよい。
【0060】
分離部50は、前述した選択的抽出工程および分離工程を行う部分である。具体的には、選択的抽出工程で用いる溶媒を収容する溶媒容器51と、選択的抽出・固液分離処理を行う溶解槽52と、抽出した液相分を収容する抽出液容器53とを有する。抽出液容器53に収容された抽出液および溶解槽52に残存した固相分は、それぞれ前述した回収工程に進む。
【実施例】
【0061】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0062】
(ネオジムとジスプロシウムとの分離実験)
複数種の希土類酸化物の混合物に対して第1の熱処理工程を行い、塩化反応の検証実験を行った。また、複数種の希土類塩化物の混合物に対して第2の熱処理工程、選択的抽出工程および分離工程を行い、混合物からの分離の検証実験を行った。
【0063】
希土類酸化物の出発原料としては、ネオジム酸化物粉末(Nd
2O
3、株式会社高純度化学研究所製、品番:NDO01PB)と、ジスプロシウム酸化物粉末(Dy
2O
3、株式会社高純度化学研究所製、品番:DYO01PB)とを用いた。塩化剤としては、塩化アンモニウム粉末(NH
4Cl、和光純薬工業株式会社製、品番:017-02995)を用いた。希土類塩化物の出発原料としては、ネオジム塩化物粉末(NdCl
3、シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製、品番:449946)と、ジスプロシウム塩化物粉末(DyCl
3、シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製、品番:325546)とを用いた。
【0064】
まず、Nd
2O
3粉末とDy
2O
3粉末とが質量比で「1 / 1」になるように混合した混合粉末を用意した。次に、その混合粉末に対して、前記化学反応式(1)において算出される化学当量の2.5倍量のNH
4Cl(希土類酸化物の混合粉末1 molに対して、塩化アンモニウム15 mol)を混合して出発混合物を用意した(混合工程)。
【0065】
この出発混合物に対して、アルゴンガス気流中350℃で4時間保持の加熱を行った後、引き続いて、系内をロータリーポンプで真空排気しながら400℃で2時間保持の加熱を行った(第1の熱処理工程)。
【0066】
第1の熱処理工程後の粉末を一部採取し、粉末X線回折(XRD)測定による結晶相の同定を行った。アルゴン雰囲気のグローボックス内にて試料粉末を気密試料ホルダーに詰め込み、この気密試料ホルダーに対して測定を行った。測定装置には、広角X線回折装置(株式会社リガク製、型式:RU200B)を用いた。測定条件は、X線としてCu-Kα線を用い、X線出力を50 kV×150 mAとし、走査範囲を2θ=5〜70 degとし、走査速度を1.0 deg/minとした。検出された回折ピークの同定には、X線回折標準データ集であるICDD(International Centre for Diffraction Data)を利用した。
【0067】
図8は、第1の熱処理工程で得られた粉末のX線回折パターンの一例を示すチャートである。
図8に示したように、第1の熱処理工程で得られた粉末は、塩化ネオジム(NdCl
3)と塩化ネオジム六水和物(NdCl
3・6H
2O)と及び塩化ジスプロシウム(DyCl
3)とが検出され、出発混合物の成分(Nd
2O
3、Dy
2O
3、NH
4Cl)のピークは観察されなかった。すなわち、化学反応式(1)に示した化学反応が完了していることが確認された。
【0068】
次に、塩化NdCl
3粉末とDyCl
3粉末とが質量比で「1 / 1」になるように混合した混合粉末(実験1、実験2、実験7および実験8用)と、質量比で「7 / 1」になるように混合した混合粉末(実験3〜実験6、実験9および実験10用)とを用意した。それらの混合粉末に対して、種々の条件で第2の熱処理工程を行った。第2の熱処理工程の条件を後述する表1に示す。なお、所定の温度までの昇温速度は10℃/ minとした。表中「Ar-5%O
2」とは、アルゴンガス及び酸素ガスの混合ガスで、酸素の割合が5体積%であることを意味する。
【0069】
次に、第2の熱処理工程後の粉末(塩化物/酸塩化物の混合粉末)に対して、表1に示す溶媒を用いて選択的抽出工程を行った。第2の熱処理工程後の粉末0.5 gと表1に示す溶媒50 ccとを混合して、スターラで20時間撹拌した。液相の温度は25℃とし、撹拌速度は500 rpmとした。
【0070】
次に、選択的抽出工程で得られた溶液に対して濾過を行い、固液分離した(分離工程)。分離した固相分に対して蛍光X線分析法(XRF)で組成分析を行った。成形用バインダー(ホウ酸粉末)を用いて測定用試料をプレス成形して測定に供した。測定装置には、蛍光X線分析装置(株式会社リガク製、型式:ZSX Primus II)を用いた。測定条件は、X線としてRh-Kα線を用い、X線出力を3 kWとし、分析径を20 mmとした。本分析で得られる定量分析値は、ファンダメンタルパラメータ法(FP法)により算出した。
【0071】
蛍光X線分析で得られたDy質量濃度([Dy]と表記する)、Nd質量濃度([Nd]と表記する)を下記式(1)に代入してDyの分離割合(Dy分離率)を算出した。結果を後述する表1に併記する。
Dy分離率(%)= 100×{ [Dy] / ( [Dy]+[Nd] ) } …式(1)
【0072】
【表1】
【0073】
表1に示したように、本発明に係る希土類元素の分離方法によりNd/Dyの分離実験を行ったところ、全ての条件において初期Dy混合率よりも高いDy分離率が達成された。
【0074】
各種処理条件によるDy分離率への影響を見る。第2の熱処理工程において、実験1,2,7,8の比較から、熱処理温度を高めるとDy分離率が若干減少する傾向が見られた。
【0075】
また、実験3,5,6の比較から、第2の熱処理工程の保持時間が短いと、化学反応式(4)の化学反応が不十分となるためDy分離率が十分に上がらないことが確認された(実験5参照)。一方、第2の熱処理工程の保持時間が長過ぎると、Ndにおける酸塩化反応も少しずつ進行するためDy分離率が低下することが確認された(実験6参照)。このことから、ハロゲンガスセンサを利用して化学反応式(4)の化学反応の進行度合を観察することに大きな意義があると言える。具体的には、単位時間当たりの平均ガス濃度が急激に小さくなった時が、丁度よいタイミングとなる(これは、
図5のように一定温度で熱重量分析を行った場合において、重量変化率曲線の変曲点に相当する)。実験3は、そのタイミングで第2の熱処理を終了させたものである。
【0076】
また、選択抽出工程において、実験3,4,9,10の比較から、溶媒としてはアルコールの方がより好ましいことが確認された。
【0077】
以上説明したように、本発明に係る希土類元素の分離方法は、1サイクルの工程で90%近い分離率を達成することができ、非常に高い分離率での分離が可能であることが実証された。さらに、本発明の分離方法は、混合工程から分離工程までが非常に簡便な工程であることから、付帯的な作業や設備が少なくて済み、低コストのプロセスであると言える。
【0078】
本発明により、希土類元素を使用した材料・製品の廃材から希土類元素(例えば、イットリウム、ランタン、セリウム、ネオジム、ユウロピウム、ジスプロシウム等)を高精度に分離することができ、分離した希土類元素を原料として再生することができる。その結果、資源の有効活用および希土類原料の安定的確保に貢献できる。
【0079】
なお、上述した実施形態および実施例は、本発明の理解を助けるために具体的に説明したものであり、本発明は、説明した全ての構成を備えることに限定されるものではない。例えば、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。さらに、各実施例の構成の一部について、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。