(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
複数のアンテナの特定の1つをスイッチによって選択的に内部の信号処理回路に接続することにより、当該信号処理回路を複数の前記アンテナで共用し、当該スイッチによる時分割多重によって通信する時分割多重アレーアンテナ装置において、
前記アンテナにおける電波の受信状態を検出する電波受信状態検出部と、
当該電波受信状態検出部の検出結果を基に、前記スイッチの切換速度を制御するスイッチ切換速度制御部とを備え、
前記スイッチ切換速度制御部は、電波を受信しているか否かを監視するモニタリング時、前記スイッチの切換速度を低速に設定し、前記電波受信状態検出部の検出結果を基に前記電波の受信を検出すると、前記スイッチの切換速度を高速に切り換えることを特徴とする時分割多重アレーアンテナ装置。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、時分割多重アレーアンテナ装置の一実施形態を
図1〜
図8に従って説明する。
図1に示すように、アレーアンテナ装置1は、複数のアンテナ(アンテナ素子)2を備え、各アンテナ2の重み付けを伝播環境に応じてアダプティブ制御することにより、指向性を電気的に切り替え可能となっている。このように、アレーアンテナ装置1は、希望波の到来方向にビームを向けたり、不要な電波の到来方向にヌルを向けて除去したりすることが可能である。また、本例のアレーアンテナ装置1は、信号を時間単位で区切り、1つの伝送路で電波を通信する時分割多重式でもある。
【0015】
時分割多重アレーアンテナ装置1において、アンテナ2の個数をK(Kは任意の奇数)とすると、k番目のアンテナ2の受信信号は、次式(1)のように表される。
【0016】
【数1】
ここで、f
k(t)は、k番目のアンテナ2におけるベースバンド信号である。また、cos(ω
ct)は、搬送波を表し、ω
cは、搬送波の角周波数を表す。
【0017】
アレーアンテナ装置1の受信回路3には、アンテナ2の受信電波をアナログ処理するアナログ回路4と、アナログ回路4から出力された信号をデジタル処理するデジタル回路5とが設けられている。アナログ回路4には、通過帯域幅がWの第1バンドパスフィルタ6がアンテナ2ごとに設けられている。これら第1バンドパスフィルタ6は、アンテナ2で受信した受信信号f
k(t) cos(ω
ct)を通過帯域幅Wでフィルタし、Wに準じた周波数のみ通過させる。本例の時分割多重アレーアンテナ装置1において、アンテナ2ごとに個別に必要となるのは第1バンドパスフィルタ6のみであり、その後段の回路ブロックは複数のアンテナ2の間で共用されている。なお、受信回路3が信号処理回路の一例である。
【0018】
受信ベースバンド信号f
k(t)の周波数帯域幅W”は、第1バンドパスフィルタ6の通過帯域幅Wよりも小さい。よって、受信信号f
k(t) cos(ω
ct)は、第1バンドパスフィルタ6をそのまま通過する。
【0019】
複数のこれら第1バンドパスフィルタ6には、第1バンドパスフィルタ6の接続を選択的に切り換えるスイッチ回路7が接続されている。スイッチ回路7は、受信回路3の1構成要素であって、第1バンドパスフィルタ6ごとにスイッチ8を複数有する。これらスイッチ8は、クロック回路9から入力するスイッチ制御信号g
k(t)によってスイッチ制御される。
【0020】
ここで、
図2及び
図3に示すように、スイッチ8のk番目を、矩形波状のON時間τ、周期T
sで切り換えを行うとすると、スイッチ制御信号g
k(t)は、次式(2)により表される。なお、次式のrは、任意の整数である。
【0021】
【数2】
ここで、スイッチ切換周波数をW’(W’=1/T
s)とすると、スイッチ切換周波数W’は、W’>Wを満たすように適切に設定する必要がある。式(2)は、フーリエ級数展開の形式により、次式(3)〜(5)のように表すことが可能である。なお、次式のnは、スイッチ切換周波数W’のn倍高調波成分を表す整数であり、Ψは、スイッチ8のON時間比率である。
【0024】
【数5】
各アンテナ2の受信信号f
k(t) cos(jω
ct)は、スイッチ8の通過時にスイッチ制御信号g
k(t)を乗算された後、K個のアンテナ2からの信号が合成される。この合成信号h(t)は、次式(6)のように表される。
【0025】
【数6】
アナログ回路4には、周波数帯域幅がKW’の第2バンドパスフィルタ10が設けられている。第2バンドパスフィルタ10は、1つのみ設けられ、複数のアンテナ2(スイッチ8)において共用されている。本例の場合、第2バンドパスフィルタ10は、
図4に示すように、理想的な周波数特性B(ω)を有するフィルタとする。
【0026】
合成信号h(t)は、第2バンドパスフィルタ10を通過すると、出力信号h’(t)として出力される。出力信号h’(t)は、次式(7),(8)のように表される。
【0028】
【数8】
アナログ回路4には、出力信号h’(t)を増幅するアンプ11と、増幅後の出力信号h’(t)をIF(Intermediate Frequency)周波数にダウンコンバートするコンバータ12と、IF周波数の信号を通過させるIFバンドパスフィルタ13と、IF周波数を直交ダウンコンバートする直交コンバータ部14とが設けられている。第2バンドパスフィルタ10とアンプ11との間には、電波受信状況に基づきスイッチ8の切換速度やデジタル回路5の動作状態を制御する受信動作制御回路15が接続されている。直交コンバータ部14には、直交コンバータ部14から出力される位相が互いに90度ずつずれた信号において、低い周波数のみ通過させる一対のローパスフィルタ16が接続されている。
【0029】
デジタル回路5には、ローパスフィルタ16から出力された信号をA/D変換する一対のA/Dコンバータ17が設けられている。A/Dコンバータ17が入力するベースバンド信号h”(t)は、アンプの増幅やフィルタの損失を無視すれば、次式(9)のように表される。
【0030】
【数9】
ベースバンド信号h”(t)は、A/Dコンバータ17において、周期T
sでサンプリングされる。このサンプリング信号z
i(t)は、次式(10)のように表される。
【0031】
【数10】
図5に示すように、サンプリング信号z
i(t)は、それぞれT
s/Kずつタイミングのずれた信号である。実際のところ、A/Dコンバータ17は、次式(11)で表されるz(t)でサンプリングを行う。
【0032】
【数11】
さて、ベースバンド信号h”(t)が並び替え部18においてサンプリング信号z
i(t)でサンプルされることで生成されるサンプル信号x
i(t)は、次式(12),(13)のように表される。
【0034】
【数13】
サンプル信号x
i(t)は、式(13)からも分かる通り、各アンテナ2の受信ベースバンド信号f
k(t)が混在した形で得られる。ここで、一見、スイッチ8のON時間τを、τ<(T
s/K)とすれば、スイッチ8が2つ同時に接続されることはなく、受信ベースバンド信号f
k(t)の混合は生じないように思われるが、実際にはフィルタを通過する際の波形なまりにより、受信ベースバンド信号f
k(t)の混合が生じてしまう。通常のアダプティブアレーアンテナでは、受信ベースバンド信号f
k(t)は、それぞれ別々に得られる信号のはずである。
【0035】
そこで、本例のデジタル回路5には、サンプル信号x
i(t)から受信ベースバンド信号f
k(t)を演算によって分離抽出する演算処理部19が、各アンテナ2に対応して複数設けられている。本例の演算処理部19は、次式(14)〜(16)を用いて演算を行うこと、つまりx
i(t)を要素とするベクトルX(t)に対して行列Φを乗算することにより、アンテナ2ごとにI送信号及びQ相信号を出力する。
【0038】
【数16】
なお、式(14)〜(16)は、次式(17)〜(26)により定義される。なお、X
i(ω)は、x
i(t)のフーリエ変換であり、f
k(Δt)は、各アンテナ2の受信ベースバンド信号f
k(t)を周期T
sでサンプリングした信号である。また、式(18)は、式(17)を行列形式で表現した式である。
【0048】
【数26】
時分割多重アレーアンテナ装置1には、演算処理部19から入力するI相信号及びQ相信号をアダプティブ処理するアダプティブプロセッサ20が設けられている。アダプティブプロセッサ20は、アダプティブ処理により、例えば受信電波の電波到来方向を推定したり、アンテナ2のビームを希望波の方向に向けたり、ヌルを目的の方向に向けたりする。
【0049】
ここで、スイッチ制御信号g
k(t)のパルス幅であるτにより、A/Dコンバータ17でサンプリングされたサンプル信号x
i(t)に含まれるベースバンド信号f
k(Δt)がどのように変化するか考える。いま、スイッチ8のON時間τが非常に短い、つまりτ≒0の場合を考える。このとき、Ψ=τ/T
s≒0となるので、sinc{nπΨ}≒1により、行列S≒1が導かれる。よって、式(23)は、次式(27)のように表される。
【0050】
【数27】
よって、τが非常に小さい場合には、サンプル信号であるベクトルX(t)、つまりサンプル信号x
i(t)を要素とするベクトルは、各アンテナ2の受信ベースバンド信号f
k(t)のベクトルF(Δt)のスカラー倍となる。即ち、サンプル信号x
i(t)は、それぞれ1種類の受信ベースバンド信号f
k(Δt)のみを含み、混合された状態ではないことが分かる。背景技術で述べた非特許文献1では、スイッチ制御信号g
k(t)はデルタ関数であり、本例におけるτ≒0の場合に相当する。即ち、背景技術の非特許文献1では、サンプル信号のベクトルX(t)において、ベクトルF(Δt)が混合された状態にならないように、あえてτ≒0としていると考えられる。
【0051】
しかし、式(27)を見てみると、ベクトルX(t)に含まれるベクトルF(Δt)の大きさはτに比例することが分かる。このことから、スイッチ8における電力損失を抑制するには、τをなるべく大きくすること、つまりスイッチ8が常にいずれかのアンテナ2に接続されていることが望ましいと予測される。このため、本例のアダプティブプロセッサ20は、スイッチ制御信号g
k(t)のON時間τを、次信号のτと重複しない範囲で、なるべく長く設定している。このように、ON時間τ(或いはON時間比率Ψ)を任意に設定可能な点で、本例は有効と考えられる。
【0052】
図6に示すように、受信動作制御回路15には、アンテナ2で受信した電波の受信信号強度を測定する受信信号強度検出回路21と、受信信号強度検出回路21から出力される受信信号強度情報Drssiを基に受信電波の有無を判定する受信有無判定部22と、受信状況に基づきスイッチ制御信号(クロック信号)によってスイッチ8の切換速度を制御するスイッチ速度制御部23と、待機状態のデジタル回路5の起動状態に切り換える起動実行部24とが設けられている。なお、受信信号強度検出回路21が電波受信状態検出部の一例であり、受信有無判定部22及びスイッチ速度制御部23がスイッチ切換速度制御部の一例である。
【0053】
受信信号強度検出回路21は、第2バンドパスフィルタ10の出力信号h’(t)の受信信号強度を測定し、その測定結果を受信信号強度情報Drssiとしてスイッチ速度制御部23に出力する。受信有無判定部22は、受信信号強度情報Drssiの値が閾値以上となると、電波受信有りと判断する。スイッチ速度制御部23は、電波の受信有無を監視するモニタリング時(電波受信待機中)、消費電力削減を目的にスイッチ8の切換速度を低速に設定しておき、電波受信を確認した際にスイッチ8の切換速度を高速に切り換える。起動実行部24は、電波受信を確認した際、消費電力削減を目的に待機状態をとらせていたデジタル回路5を起動状態に切り換える。
【0054】
次に、
図7及び
図8を用いて、時分割多重アレーアンテナ装置1の動作を説明する。
図7に示すように、時分割多重アレーアンテナ装置1は、電波受信待ち時、電波を受信したか否かを監視するモニタリング動作(受信待機動作)をとる。このとき、スイッチ速度制御部23は、スイッチ8を低速で切り換えることにより、モニタリングを実行する。スイッチ8の低速切り換えとは、受信電波の復調等はできなくとも、いま電波が受信状態にあることを検知できる切り換え動作のことを言う。よって、スイッチ8の切り換えに必要な電力が少なく抑えられるので、モニタリング時の消費電力が抑制される。
【0055】
また、デジタル回路5は、モニタリング動作中、待機状態(スリープ状態)をとっている。よって、消費電力の抑制に一層効果が高くなる。
図8に示すように、アンテナ2が電波を受信すると、受信信号強度検出回路21は受信電波に準ずる値の受信信号強度情報Drssiを受信有無判定部22に出力する。受信有無判定部22は、受信信号強度が閾値以上となることを確認すると、アンテナ2で電波を受信したと認識し、受信有り通知をスイッチ速度制御部23及び起動実行部24に出力する。スイッチ速度制御部23は、受信有無判定部22から受信有り通知を入力すると、スイッチ8の切換速度を高速に切り換える。スイッチ8の高速切り換えとは、受信電波を復調可能な程度に速くスイッチ8が切り換えられる動作のことを言う。よって、アンテナ2で受信した電波を復調可能となる。
【0056】
また、起動実行部24は、受信有無判定部22から受信有り通知を入力すると、待機状態をとるデジタル回路5に電源を入れ、起動状態に切り換える。これにより、アンテナ2で受信した電波はデジタル回路5で処理することが可能となり、受信電波を復調することが可能となる。
【0057】
アダプティブプロセッサ20は、通信が終了すること(電波を受信しなくなること)を確認すると、受信終了通知をスイッチ速度制御部23及び起動実行部24に出力する。スイッチ速度制御部23は、アダプティブプロセッサ20から受信終了通知を入力すると、スイッチ8の切換速度を低速にし、消費電力の抑制を優先する。また、起動実行部24は、アダプティブプロセッサ20から受信終了通知を入力すると、デジタル回路5の電源を切り、デジタル回路5を待機状態にして、消費電力の抑制を優先する。そして、以上の動作が電波を受信する度に繰り返される。
【0058】
本実施形態の構成によれば、以下に記載の効果を得ることができる。
(1)スイッチ速度制御部23は、受信のモニタリング時、スイッチ8の切換速度を低速切り換えとし、受信信号強度検出回路21の受信信号強度情報Drssiで電波受信を確認すると、スイッチ8の切換速度を高速切り換えに切り換える。このように、電波受信有無のみ監視すればよいモニタリング時は消費電力の抑制を狙ってスイッチ8を低速切り換えとし、電波受信時は受信電波を読み込むためにスイッチ8を高速切り換えに変更する。よって、モニタリング時はスイッチ8の切換速度が低速で済むので、時分割多重アレーアンテナ装置1にかかる消費電力を低く抑えることができる。
【0059】
(2)スイッチ8の速度切り換えは、アンテナ2で受信した電波の受信信号強度を基にして行う。よって、希望波や妨害波(ノイズ)等の諸電波を受信したという最適なタイミングにおいて、スイッチ8の切換速度を低速から高速に切り換えることができる。
【0060】
(3)モニタリング時はスイッチ8の切換速度を低速に設定し、電波受信時はスイッチ8の切換速度を高速に設定する。ところで、モニタリング時は電波を受信できたか否か確認できればよいので、スイッチ8の切換速度を低速にして電波が読めなくなっても、スイッチ8を低速に切り換えるのがモニタリング時であれば何ら問題はない。よって、電波受信に影響を及ぼすことなく、効率的に時分割多重アレーアンテナ装置1の電源を省電力化することができる。
【0061】
(4)デジタル回路5は、モニタリング時、待機状態に切り換えられる。よって、モニタリング時は、デジタル回路5で必要とされる電力が極力低く抑えられるので、時分割多重アレーアンテナ装置1の消費電力の抑制に一層効果が高くなる。
【0062】
なお、実施形態はこれまでに述べた構成に限らず、以下の態様に変更してもよい。
・受信回路3は、ベースバンド信号をA/Dコンバータ17でサンプルする構成に限らず、例えばIF信号をサンプルする構成や、第2バンドパスフィルタ10から出力されるRF(Radio Frequency)信号をサンプルする構成でもよい。このように、受信回路3は、種々の回路構成が採用可能である。
【0063】
・受信回路3は、直交コンバータ部14ではなく、通常のコンバータによって信号をダウンコンバートする回路でもよい。
・アンテナ2の数は、任意の奇数に限らず、任意の偶数でもよい。
【0064】
・スイッチ8のON時間τ(ON時間比率Ψ)は、実施形態で述べた値以外の他の時間幅に適宜変更してもよい。
・サンプル信号x
i(t)から受信信号f
k(t)cos(ω
ct)を再生(分離)する演算は、サンプル信号x
i(t)に行列Φを乗算する方法に限定されない。要は、サンプル信号x
i(t)から受信信号f
k(t)cos(ω
ct)を再生(分離)できれば、種々の演算方法に変更可能である。
【0065】
・第2バンドパスフィルタ10の周波数帯域幅は、例えば第1バンドパスフィルタ6の周波通帯域に係数のKを乗算した値でもよい。
・時分割多重アレーアンテナ装置1は、受信機に限らず、送信機又は送受信機としてもよい。
【0066】
・電波受信有無の判定は、受信信号強度を基に行うことに限らず、電波を受信できているかどうか判定できれば、種々の方式が採用可能である。
・スイッチ8の切換速度の変更は、モニタリング時/電波受信時で区分けすることに限定されない。例えば、電波受信中、信号を読み取ることができる第1速度でスイッチ8を切り換え、これでは足りない場合に、さらに高速の第2速度でスイッチ8を切り換えるようにしてもよい。
【0067】
・受信動作制御回路15の配置場所は、第2バンドパスフィルタ10とアンプ11との間に限定されない。例えば、IFバンドパスフィルタ13、ローパスフィルタ16、A/Dコンバータ17等の後段に接続してもよい。
【0068】
・低速/高速の定義は、2つの速度が異なる2値の速度関係をとっていればよい。
・デジタル回路5は、モニタリング時、待機状態をとることに限らず、常時起動していてもよい。
【0069】
・時分割多重アレーアンテナ装置1は、車両や電子キーの受信機として使用されることに限らず、他の機器や装置に適宜応用可能である。
次に、上記実施形態及び別例から把握できる技術的思想について、それらの効果とともに以下に追記する。
【0070】
(イ)前記時分割多重アレーアンテナ装置において、前記スイッチのON時間を長くとることにより、前記スイッチの切り換えによる電力損失を抑制し、この処理によって各アンテナの受信信号が混ざり合ってしまっても、この重畳信号に演算を施すことによって、当該重畳信号を各アンテナの受信信号に分離すること。この構成によれば、重畳信号から各アンテナの受信信号を分離することができるので、信号を精度よく取得することができる。