【文献】
YOSHIDA, R., et. Al.,Cross-Protective Potential of a Novel Monoclonal Antibody Directed against Antigenic Site B of the H,PLoS Pathogens,2009年,Vol.5, No.3,e1000350 p.1-9
【文献】
YAMASHITA, A., et al.,Highly conserved sequences for human neutralization epitope on hemagglutinin of influenza A viruses,Biochemical and Biophysical Research Communications,2010年 2月,Vol.393,p.614-618
【文献】
奥野良信, et al.,インフルエンザワクチン株を用いたヒトモノクローン抗体の性状解析,治療薬としてのヒト抗体製剤化に関する研究 平成18年度 総括・分担研究報告書,2007年,p.8-20
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
インフルエンザヘマグルチニンのHA1サブユニットを認識して結合するヒト抗体であって、少なくともH1型、H2型およびH5型インフルエンザウイルスと、H3型インフルエンザウイルスとを中和する、ヒトモノクローナル抗体であって、重鎖可変部の相補性決定領域1が配列番号:1に示されるアミノ酸配列からなり、重鎖可変部の相補性決定領域2が配列番号:2に示されるアミノ酸配からなり、重鎖可変部の相補性決定領域3が、PSITESHYCLDCAAKDYYYGLDVで示されるアミノ酸配列からなり、軽鎖可変部の相補性決定領域1が、SGSRSNIGGNTVNで示されるアミノ酸配列からなり、軽鎖可変部の相補性決定領域2が、SSNQRSSで示されるアミノ酸配列からなり、軽鎖可変部の相補性決定領域3が、ASWDDSLNGVVで示されるアミノ酸配列からなる、ヒトモノクローナル抗体。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
来るべきH5N1型インフルエンザのパンデミックや、さらにその先に予想されるH7、H9型ウイルスによるパンデミックに備え、抗原性の変化を予測してワクチンをデザインするという従来のインフルエンザに対する予防コンセプトに代わる、より普遍的で確実な新規コンセプトに基づく予防手段の開発が大いに望まれる。
したがって、本発明の目的は、ヘマグルチニンタンパク質のアミノ酸配列の保存性に基づく2つのグループ間の壁を越えて中和活性を発揮する抗インフルエンザウイルス抗体、望ましくはH1〜H16型のすべてのサブタイプのインフルエンザウイルスに対して中和活性を有する抗体、並びにその製造方法を提供することである。また、本発明の別の目的は、被験者が上記のユニバーサルな中和抗体を保有しているか否かを簡便かつ比較的安価に調べることができる検査方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、アフェレーシス(成分採血)を用いて1個体から10
9個という大量のBリンパ球を採取し、全抗体レパートリーをほぼ反映したファージディスプレイヒト抗体ライブラリーを作製し、不活性化したH3N2型インフルエンザウイルスを抗原として用い、パニング法により、該抗原に結合する抗体クローンを網羅的にスクリーニングした。選抜されたファージから抗体を回収し、グループ2に属するH3型インフルエンザウイルス、並びにグループ1に属するH1型、H2型およびH5型インフルエンザウイルスに対する中和活性を試験した結果、驚くべきことに、スクリーニングのための抗原として用いたH3型だけでなく、グループの異なるH1型、H2型およびH5型のインフルエンザウイルスに対しても中和活性を示す抗体を、40クローン以上取得することに成功した。これらのクローンは6種類の異なる重鎖可変部(VH)アミノ酸配列を有していたが、いずれもIgBLAST検索の結果、いずれもVH1−69がジャームラインであると判断された。さらにこれら6種類のクローンの持つ軽鎖可変部(VL)は、IgBLAST検索の結果、3種類のジャームラインに限られることが分かった。
以前に報告されているH5型に対する中和抗体がVH1−69もしくは類似のVH1−eを利用していることや、X線構造解析により示された該中和抗体とヘマグルチニンとの結合様式を考えれば、本発明者らが取得した抗体がH3型インフルエンザウイルスを中和し得ることは極めて予想外であるといえる。しかしながら、本発明者らは、あるサブタイプを抗原として、それと反応する抗体を徹底的にスクリーニングし、その抗原とは異なるグループのサブタイプのウイルスを中和する抗体を探索すれば、グループ間の壁を越えてあらゆる型のインフルエンザウイルスを中和できる抗体を取得し得ると発想した。そこで、10
9個という通常より2オーダー大きいBリンパ球を1個体から採取してドナーの抗体レパートリーをほぼ反映するヒト抗体ライブラリーを作製して、H3型インフルエンザウイルスと結合する抗体クローンを網羅的にスクリーニングし、H1型、H2型およびH5型インフルエンザウイルスに対する中和活性を調べることにより、グループ1とグループ2の両方のインフルエンザウイルスを中和できる抗体を単離することに初めて成功した。
得られた中和抗体のアミノ酸配列を解析すると、いずれの中和抗体も重鎖可変部V領域としてVH1−69遺伝子を利用していることが明らかとなった。特筆すべきことに、グループ1のインフルエンザウイルスに対して他のクローンに比べてより高い中和活性を示したクローンでは、重鎖可変部V領域に1アミノ酸の欠失が認められた。増殖、分化刺激を受けて抗体産生細胞が変化していくプロセス(抗体の成熟)は、重鎖および軽鎖をコードするDNA二本鎖の一方に切断が入り、エラーを頻繁に起こすDNAポリメラーゼがこれを修復する過程で変異が導入されることにより起こるため、生じる変異のほとんどは一塩基置換に基づくアミノ酸置換である。したがって、1アミノ酸(3塩基)の欠失が起こる頻度は極端に低く、起こったとしてもその影響が悪い方向に出る場合がほとんどで、その抗体を産生しているB細胞を刺激して、さらに記憶細胞として体内に長く残させる機構が働く可能性はさらに低くなる。かかる技術常識を考慮すると、CDR3以外の重鎖可変部における1アミノ酸の欠失により、主としてグループ2のインフルエンザウイルスを中和していた抗体が、グループ1に属するインフルエンザウイルスに対してもかなり強い中和活性を獲得したことは、驚くべき知見である。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究の重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、
[1]H1型、H2型、H5型、H6型、H8型、H9型、H11型、H12型、H13型およびH16型インフルエンザウイルスからなるグループ1より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスと、H3型、H4型、H7型、H10型、H14型およびH15型インフルエンザウイルスからなるグループ2より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスとを中和する、単離された抗体;
[2]少なくともH1型および/またはH5型インフルエンザウイルスと、H3型インフルエンザウイルスとを中和する、上記[1]記載の抗体;
[3]H1型〜H16型インフルエンザウイルスを中和する、上記[1]記載の抗体;
[4]重鎖可変部V領域がVH1−69もしくはVH1−e遺伝子を利用している、上記[1]記載の抗体;
[5]重鎖可変部V領域にアミノ酸の欠失を含む、上記[4]記載の抗体;
[6]VH1−69もしくはVH1−e遺伝子にコードされる重鎖可変部V領域において、27番目のグリシンを欠失する変異を少なくとも含む、上記[5]記載の抗体;
[7]軽鎖可変部V領域がVL1−44、VL1−47またはVL1−51遺伝子を利用している、上記[1]記載の抗体;
[8]IgG型抗体とした場合の、フォーカス形成阻害試験における最小阻害濃度が10
−11〜10
−12Mのオーダーである、上記[1]記載の抗体;
[9]ヒト抗体である、上記[1]記載の抗体;
[10]重鎖可変部の相補性決定領域1が配列番号:1に示されるアミノ酸配列からなり、かつ相補性決定領域2が配列番号:2に示されるアミノ酸配列からなる、上記[1]記載の抗体;
[11]重鎖可変部のフレームワーク領域1が配列番号:3に示されるアミノ酸配列からなる、上記[10]記載の抗体;
[12]重鎖可変部V領域が配列番号:4〜9のいずれかに示されるアミノ酸配列からなる、上記[1]記載の抗体;
[13]重鎖可変部が配列番号:10〜15のいずれかに示されるアミノ酸配列からなる、上記[1]記載の抗体;
[14]重鎖可変部および軽鎖可変部がそれぞれ、以下の(a)〜(l):
(a)配列番号:10および配列番号:16;
(b)配列番号:10および配列番号:17;
(c)配列番号:10および配列番号:18;
(d)配列番号:10および配列番号:19;
(e)配列番号:10および配列番号:20;
(f)配列番号:10および配列番号:21;
(g)配列番号:10および配列番号:22;
(h)配列番号:11および配列番号:23;
(i)配列番号:13および配列番号:24;
(j)配列番号:14および配列番号:25;
(k)配列番号:15および配列番号:26;および
(l)配列番号:12および配列番号:70
のいずれかに示される配列番号に示されるアミノ酸配列からなる、上記[1]記載の抗体;
[15]上記[1]記載の抗体を含有してなる、インフルエンザに対する受動免疫療法剤;
[16]インフルエンザウイルスに感染したか、感染するおそれのある哺乳類または鳥類の対象に、有効量の上記[1]記載の抗体を投与することを含む、インフルエンザに対する受動免疫療法;
[17]投与対象がヒトである、上記[16]記載の方法;
[18]上記[1]記載の抗体の製造方法であって、以下の工程を含む方法;
(1)1個体から採取した約10
8個以上のB細胞に由来する抗体クローンを含む抗体ライブラリーを提供する工程
(2)H1型〜H16型のいずれかのインフルエンザウイルスまたは該ウイルスのヘマグルチニンタンパク質もしくはその細胞外ドメインを抗原として、(1)の抗体ライブラリーと接触させ、該抗原と反応する抗体クローンを網羅的に選抜する工程
(3)(2)で選抜された各抗体クローンから抗体分子を回収する工程
(4)(3)で得られた各抗体について、グループ1より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスと、グループ2より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスとに対する中和活性を試験する工程
(5)グループ1に属するインフルエンザウイルスとグループ2に属するインフルエンザウイルスの両方を中和した抗体を産生するクローンを用いて該抗体を産生させ、該抗体を回収する工程
[19]抗体がヒト抗体である、上記[18]記載の方法;
[20]抗体ライブラリーがファージディスプレイライブラリーである、上記[18]記載の方法;
[21]抗体クローン数が10
10〜10
11である、上記[20]記載の方法;
[22]前記B細胞がアフェレーシスにより採取される、上記[18]記載の方法;
[23]前記(2)において、B細胞を採取した個体が感染歴のないインフルエンザウイルス分離株またはそのヘマグルチニンタンパク質もしくはその細胞外ドメインを抗原として用いることを特徴とする、上記[18]記載の方法;
[24]前記インフルエンザウイルス分離株がH1、H2またはH3型である、上記[23]記載の方法;
[25]前記インフルエンザウイルス分離株が、B細胞を採取した個体が感染歴のないヘマグルチニンサブタイプに属する、上記[23]記載の方法;
[26]前記インフルエンザウイルス分離株がH5、H7またはH9型である、上記[25]記載の方法;
[27]前記(4)において、少なくともH1型および/またはH5型インフルエンザウイルスと、H3型インフルエンザウイルスとに対する中和活性を試験することを特徴とする、上記[18]記載の方法;
[28]抗体をIgG型に変換する工程をさらに含む、上記[20]記載の方法;
[29]被験者における上記[1]記載の抗体の検出方法であって、以下の工程を含む方法;
(1)H1型〜H16型のいずれかのサブタイプのヘマグルチニンを被験者に接種する工程
(2)接種後、抗体産生細胞が十分に増幅された時点で被験者より血液を採取する工程
(3)該血液中の、グループ1より選択されるサブタイプのヘマグルチニンと、グループ2より選択されるサブタイプのヘマグルチニンとの両方に結合し、かつVH1−69もしくはVH1−e遺伝子にコードされる重鎖可変部V領域を有する抗体を提示する抗体産生細胞の有無を調べる工程
[30]被験者における上記[1]記載の抗体の検出方法であって、以下の工程を含む方法;
(1)グループ1より選択されるサブタイプのヘマグルチニンと、グループ2より選択されるサブタイプのヘマグルチニンとを、それぞれ別個に被験者に接種する工程
(2)各ヘマグルチニン接種後、抗体産生細胞が十分に増幅された時点で被験者より血液を採取する工程
(3)各血液中の、接種したヘマグルチニンとは異なるグループより選択されるサブタイプのヘマグルチニンに結合し、かつVH1−69もしくはVH1−e遺伝子にコードされる重鎖可変部V領域を有する抗体を提示する抗体産生細胞の有無を調べる工程
などを提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、全てのヘマグルチニンサブタイプのインフルエンザウイルスに対して中和活性を有するヒト抗体を提供することができる。該中和抗体を受動免疫することにより、antigenic driftはもとよりantigenic shiftが起こった場合でも、有効にインフルエンザを予防または治療することが可能となる。また、本発明により、被験者がグループの枠組みを越えてインフルエンザウイルスに対する中和活性を示す抗体を産生する記憶B細胞を有しているか否かを判定することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、インフルエンザウイルスは、現在知られているすべてのサブタイプ、及び将来単離、同定されるサブタイプをも含む。インフルエンザウイルスの現在知られているサブタイプとしては、ヘマグルチニンのH1〜16から選ばれる型とノイラミニダーゼのN1〜9から選ばれる型との組合せからなるサブタイプが挙げられる。
【0014】
インフルエンザウイルスは、ヘマグルチニンのアミノ酸配列の類似性によって2グループに大別されている。本明細書では、H1型、H2型、H5型、H6型、H8型、H9型、H11型、H12型、H13型およびH16型インフルエンザウイルスからなる群をグループ1とし、H3型、H4型、H7型、H10型、H14型およびH15型インフルエンザウイルスからなる群をグループ2とする。本グループのカテゴリー選別の際には、ノイラミニダーゼの型は考慮されない。将来単離、同定される新規サブタイプについても、ヘマグルチニンのアミノ酸配列の類似性に基づいて、グループ1またはグループ2に分類される。
【0015】
本発明は、上記グループ1(H1型、H2型、H5型、H6型、H8型、H9型、H11型、H12型、H13型およびH16型)より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスと、上記グループ2(H3型、H4型、H7型、H10型、H14型およびH15型)より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスとを中和する、単離された抗体を提供する。好ましくは、本発明の中和抗体は、グループ1のうち少なくともH1型および/またはH5型インフルエンザウイルスを中和し、グループ2のうち少なくともH3型インフルエンザウイルスを中和するものである。より好ましくは、本発明の中和抗体は、グループ1のうちH9型インフルエンザウイルスをさらに中和し、グループ2のうちH7型インフルエンザウイルスをさらに中和するものである。特に好ましくは、本発明の中和抗体は、H1型〜H16型インフルエンザウイルスすべてを中和するものであり、最も好ましくは、将来単離、同定される新規ヘマグルチニンサブタイプのインフルエンザウイルスをも中和するものである。
【0016】
本発明の中和抗体は、以下の工程(1)〜(5)を含む方法により製造することができる。
(1)1個体から採取した約10
8個以上のB細胞に由来する抗体クローンを含む抗体ライブラリーを提供する工程
(2)H1型〜H16型のいずれかのインフルエンザウイルスまたは該ウイルスのヘマグルチニンタンパク質もしくはその細胞外ドメインを抗原として、(1)の抗体ライブラリーと接触させ、該抗原と反応する抗体クローンを網羅的に選抜する工程
(3)(2)で選抜された各抗体クローンから抗体分子を回収する工程
(4)(3)で得られた各抗体について、グループ1より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスと、グループ2より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスとに対する中和活性を試験する工程
(5)グループ1に属するインフルエンザウイルスとグループ2に属するインフルエンザウイルスの両方を中和した抗体を産生するクローンを用いて該抗体を産生させ、該抗体を回収する工程
【0017】
抗体ライブラリー作製のための抗体産生細胞であるB細胞を採取するドナーは、インフルエンザウイルスに感染歴のある任意の哺乳動物(例えば、ヒト、ブタ、ウマ等)もしくは鳥類(ニワトリ、カモなど)であれば特に制限はなく、本発明の中和抗体を受動免疫する対象に応じて、それと同種の動物を適宜選択することができるが、好ましくはヒトである。ヒトの場合、ドナーの年齢、性別、ワクチン接種の有無等は特に制限されないが、インフルエンザウイルスの感染経験が多いことが望ましいので、好ましくは20歳以上、より好ましくは30歳以上、さらに好ましくは40歳以上、特に好ましくは50歳以上であるが、これらに限定されない。グループの枠組みを越えて中和活性を発揮する抗体は、グループ内やサブタイプ内のあらゆるウイルス分離株を中和し得るので、当該中和抗体の産生細胞を保有するドナーは、毎年の季節性インフルエンザを発症しにくいと考えられる。したがって、過去一定期間、A型インフルエンザを発症した履歴のないヒトがより望ましい。
【0018】
通常の抗体ライブラリー作製に用いられるB細胞の採取のための採血量は20〜30ml程度であり、この量の血液中に含まれるB細胞の量は約10
7個である。高病原性H5N1型トリインフルエンザウイルスに対するヒト中和抗体を単離したいずれのグループも、複数の提供者から通常量の血液を採取してそれらを合わせることにより、約10
10クローンの抗体ライブラリーを作製しているのに対し、本発明者らは、あるサブタイプのヘマグルチニンに結合する抗体を徹底的(網羅的)に取得することを意図して、全抗体レパートリーを反映するサイズの抗体ライブラリーの作製を試みた。即ち、通常1回のヒトからの採血量としては200〜300ml程度が限度であり、したがって、この方法では、採取できるB細胞量はせいぜい約10
8個である。そこで、本発明者らは、アフェレーシスを用いることによりそれ以上の量の血液中に含まれるB細胞を1個体より採取した。好ましくは、本発明の目的に用いられる抗体ライブラリーは、10
9個以上のB細胞から構築される。例えば、ヒト1個体から約10
9個のB細胞を採取するためには、アフェレーシスにより約3Lの血液からB細胞を分取すればよい。
抗体ライブラリー作製のための抗体産生細胞は、1個体由来の約10
8個以上、好ましくは約10
9個以上のB細胞が含有される限り、別個体由来の抗体産生細胞をさらに含んでもよい。具体的には、例えば、アフェレーシスにより約3L相当量の単核球を回収した後、例えば、Ficoll−Paque密度勾配などによりB細胞を単離・回収することができる。
【0019】
抗体ライブラリーとしては、例えば、ファージディスプレイライブラリー、EBウイルスによりB細胞を不死化して得られるライブラリー、B細胞とミエローマ細胞とを融合して得られるハイブリドーマライブラリーなどが挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、ファージディスプレイライブラリーを用いることができる。
【0020】
本明細書における、ファージディスプレイヒト抗体ライブラリーの作製方法としては、例えば、以下のものが挙げられるが、これに限定されない。
用いられるファージは特に限定されないが、通常繊維状ファージ(Ffバクテリオファージ)が好ましく用いられる。ファージ表面に外来タンパク質を提示する方法としては、g3p(cp3)、g6p(cp6)〜g9p(cp9)のコートタンパク質のいずれかとの融合タンパク質として該コートタンパク質上で発現・提示させる方法が挙げられるが、よく用いられるのはcp3もしくはcp8のN末端側に融合させる方法である。ファージディスプレイベクターとしては、1)ファージゲノムのコートタンパク質遺伝子に外来遺伝子を融合した形で導入して、ファージ表面上に提示されるコートタンパク質をすべて外来タンパク質との融合タンパク質として提示させるものの他、2)融合タンパク質をコードする遺伝子を野生型コートタンパク質遺伝子とは別に挿入して、融合タンパク質と野生型コートタンパク質とを同時に発現させるものや、3)融合タンパク質をコードする遺伝子を有するファージミドベクターを持つ大腸菌に野生型コートタンパク質遺伝子を有するヘルパーファージを感染させて融合タンパク質と野生型コートタンパク質とを同時に発現するファージ粒子を産生させるものなどが挙げられるが、1)の場合は大きな外来タンパク質を融合させると感染能力が失われることがあるため、そのような場合、抗体ライブラリーの作製のためには2)または3)のタイプが用いられる。
【0021】
具体的なベクターとしては、Holtら(Curr.Opin.Biotechnol.,11:445−449,2000)に記載されるものが例示される。例えば、pCES1(J.Biol.Chem.,274:18218−18230,1999参照)は、1つのラクトースプロモーターの制御下にcp3のシグナルペプチドの下流にκL鎖定常領域をコードするDNAとcp3シグナルペプチドの下流にC
H3をコードするDNA、His−tag、c−myc tag、アンバー終止コドン(TAG)を介してcp3コード配列とが配置されたFab発現型ファージミドベクターである。アンバー変異を有する大腸菌に導入するとcp3コートタンパク質上にFabを提示するが、アンバー変異を持たないHB2151株などで発現させると可溶性Fab抗体を産生する。また、scFv発現型ファージミドベクターとしては、例えばpHEN1(J.Mol.Biol.,222:581−597,1991)等が用いられる。
一方、ヘルパーファージとしては、例えばM13−K07、VCSM13等が挙げられる。
また、別のファージディスプレイベクターとして、抗体遺伝子の3’末端とコートタンパク質遺伝子の5’末端にそれぞれシステインをコードするコドンを含む配列を連結し、両遺伝子を同時に別個に(融合タンパク質としてではなく)発現させて、導入されたシステイン残基同士によるS−S結合を介してファージ表面のコートタンパク質上に抗体を提示し得るようにデザインされたもの(Morphosys社のCysDisplay
TM技術)等も挙げられる。
【0022】
本明細書において、調製される抗体ライブラリーの種類としては、ナイーブ/非免疫ライブラリー、合成ライブラリー、免疫ライブラリー等が挙げられる。
ナイーブ/非免疫(non−immunized)ライブラリーは、正常な動物が保有するV
HおよびV
L遺伝子をRT−PCRにより取得し、それらをランダムに上記のファージディスプレイベクターにクローニングして得られるライブラリーである。通常、正常動物の末梢血、骨髄、扁桃腺などのリンパ球(好ましくは末梢血リンパ球)由来のmRNA等が鋳型として用いられる。疾病履歴などのV遺伝子のバイアスをなくすため、抗原感作によるクラススイッチが起こっていないIgM由来のmRNAのみを増幅したものを特にナイーブライブラリーと呼んでいる。代表的なものとしては、CAT社のライブラリー(J.Mol.Biol.,222:581−597,1991;Nat.Biotechnol.,14:309−314,1996参照)、MRC社のライブラリー(Annu.Rev.Immunol.,12:433−455,1994参照)、Dyax社のライブラリー(J.Biol.Chem.,1999(上述);Proc.Natl.Acad.Sci.USA,14:7969−7974,2000参照)等が挙げられる。
合成ライブラリーは、ヒトB細胞内の機能的な特定の抗体遺伝子を選び、V遺伝子断片の、例えばCDR3等の抗原結合領域の部分を適当な長さのランダムなアミノ酸配列をコードするDNAで置換し、ライブラリー化したものである。最初から機能的なscFvやFabを産生するV
HおよびV
L遺伝子の組み合わせでライブライリーを構築できるので、抗体の発現効率や安定性に優れているとされる。代表的なものとしては、Morphosys社のHuCALライブラリー(J.Mol.Biol.,296:57−86,2000参照)、BioInvent社のライブラリー(Nat.Biotechnol.,18:852,2000参照)、Crucell社のライブラリー(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92:3938,1995;J.Immunol.Methods,272:219−233,2003参照)等が挙げられる。合成ライブラリーを用いる場合は、重鎖可変部のV遺伝子断片としてVH1−69もしくはVH1−e遺伝子断片を用いることが望ましい。
免疫(immunized)ライブラリーは、ワクチン接種を受けた者など、標的抗原に対する血中抗体価が上昇したヒトから採取したリンパ球、あるいは体外免疫法により標的抗原を人為的に免疫したヒトリンパ球等から、上記ナイーブ/非免疫ライブラリーの場合と同様にしてmRNAを調製し、RT−PCR法によってV
HおよびV
L遺伝子を増幅し、ライブラリー化したものである。最初から目的の抗体遺伝子がライブラリー中に含まれるので、比較的小さなサイズのライブラリーからでも目的の抗体を得ることができる。しかし、ワクチン接種により接種したウイルスのサブタイプに特異的な抗体が増幅されるので、ヒトの場合、H1〜H3型の、それに対する抗体が数多く体内に存在すると見積もられるヘマグルチニンサブタイプのインフルエンザウイルスをワクチン接種すると、サブタイプ内の特定の分離株のみしか中和できない狭い範囲の中和活性を有する抗体が増幅されて、目的の中和抗体が隠れてしまう恐れがある。したがって、ワクチン接種する場合は、これまで広い範囲での感染が報告されていないサブタイプ(例えば、ヒトの場合、H5、H7、H9等)のインフルエンザウイルスのワクチンを接触することが好ましい。
【0023】
ライブラリーの多様性は大きいほどよいが、現実的には、以下のパニング操作で取り扱えるファージ数(10
11〜10
13ファージ)と通常のパニングでクローンの単離および増幅に必要なファージ数(100〜1,000ファージ/クローン)を考慮すれば、10
8〜10
11クローン程度が適当である。好ましくは、V
HおよびV
L遺伝子についてそれぞれ10
9および10
6クローン、FabもしくはscFvクローン数として10
10〜10
11クローンである。
【0024】
EBウイルスによる不死化により抗体ライブラリーを作製する方法としては、例えばPLos Medicine4(5):e178 0928−9936(2007)に記載の方法が挙げられるが、これに限定されない。大多数の人は伝染性単核球症の無症状感染としてEBウイルスに感染した経験があるので免疫を有しているが、通常のEBウイルスを用いた場合にはウイルス粒子も産生されるので、適切な精製を行うべきである。ウイルス混入の可能性のないEBシステムとして、Bリンパ球を不死化する能力を保持するがウイルス粒子の複製能力を欠損した組換えEBウイルス(例えば、潜伏感染状態から溶解感染状態への移行のスイッチ遺伝子における欠損など)を用いることもまた好ましい。
【0025】
マーモセット由来のB95−8細胞はEBウイルスを分泌しているので、その培養上清を用いれば容易にBリンパ球をトランスフォームすることができる。この細胞を例えば血清及びペニシリン/ストレプトマイシン(P/S)添加培地(例:RPMI1640)もしくは細胞増殖因子を添加した無血清培地で培養した後、濾過もしくは遠心分離等により培養上清を分離し、これに抗体産生Bリンパ球を適当な濃度(例:約10
7細胞/mL)で浮遊させて、通常20〜40℃、好ましくは30〜37℃で通常0.5〜2時間程度インキュベートすることにより抗体産生B細胞株を得ることができる。ヒトの抗体産生細胞が混合リンパ球として提供される場合、大部分の人はEBウイルス感染細胞に対して傷害性を示すTリンパ球を有しているので、トランスフォーメーション頻度を高めるためには、例えばヒツジ赤血球等とEロゼットを形成させることによってTリンパ球を予め除去しておくことが好ましい。また、可溶性抗原を結合したヒツジ赤血球を抗体産生Bリンパ球と混合し、パーコール等の密度勾配を用いてロゼットを分離することにより標的抗原に特異的なリンパ球を選別することができる。さらに、大過剰の抗原を添加することにより抗原特異的なBリンパ球はキャップされて表面にIgGを提示しなくなるので、抗IgG抗体を結合したヒツジ赤血球と混合すると抗原非特異的なBリンパ球のみがロゼットを形成する。従って、この混合物からパーコール等の密度勾配を用いてロゼット非形成層を採取することにより、抗原特異的Bリンパ球を選別することができる。
【0026】
トランスフォーメーションによって無限増殖能を獲得した抗体分泌細胞は、抗体分泌能を安定に持続させるためにマウスもしくはヒトの骨髄腫細胞と戻し融合させることができる。骨髄腫細胞としては、例えばマウス骨髄腫細胞としてNS−1、P3U1、SP2/0、AP−1等が、ヒト骨髄腫細胞としてSKO−007、GM 1500−6TG−2、LICR−LON−HMy2、UC729−6等が挙げられる。
【0027】
細胞融合により抗体ライブラリーを作製する方法としては、通常のモノクローナル抗体作製のためのハイブリドーマ調製を準用することができる。即ち、ドナーから採取したB細胞と、上記の骨髄腫細胞とを融合させることにより、抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。
【0028】
融合操作は既知の方法、例えばケーラーとミルスタインの方法[ネイチャー(Nature)、256巻、495頁(1975年)]に従って実施することができる。融合促進剤としては、ポリエチレングリコール(PEG)やセンダイウィルスなどが挙げられるが、好ましくはPEGなどが用いられる。PEGの分子量は特に制限はないが、低毒性で且つ粘性が比較的低いPEG1000〜PEG6000が好ましい。PEG濃度としては例えば10〜80%程度、好ましくは30〜50%程度が例示される。PEGの希釈用溶液としては無血清培地(例:RPMI1640)、5〜20%程度の血清を含む完全培地、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、トリス緩衝液等の各種緩衝液を用いることができる。所望によりDMSO(例:10〜20%程度)を添加することもできる。融合液のpHとしては、例えば4〜10程度、好ましくは6〜8程度が挙げられる。
【0029】
B細胞数と骨髄細胞数との好ましい比率は、通常1:1〜20:1程度であり、通常20〜40℃、好ましくは30〜37℃で通常1〜10分間インキュベートすることにより効率よく細胞融合を実施できる。
【0030】
ハイブリドーマのスクリーニング、育種は通常HAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加して、5〜20%FCSを含む動物細胞用培地(例:RPMI1640)もしくは細胞増殖因子を添加した無血清培地で行われる。ヒポキサンチン、アミノプテリンおよびチミジンの濃度としては、例えばそれぞれ約0.1mM、約0.4μMおよび約0.016mM等が挙げられる。ヒト−マウスハイブリドーマの選択にはウワバイン耐性を用いることができる。ヒト細胞株はマウス細胞株に比べてウワバインに対する感受性が高いので、10
−7〜10
−3M程度で培地に添加することにより未融合のヒト細胞を排除することができる。
【0031】
ハイブリドーマの選択にはフィーダー細胞やある種の細胞培養上清を用いることが好ましい。フィーダー細胞としては、ハイブリドーマの出現を助けて自身は死滅するように生存期間が限られた異系の細胞種、ハイブリドーマの出現に有用な増殖因子を大量に産生し得る細胞を放射線照射等して増殖力を低減させたもの等が用いられる。例えば、マウスのフィーダー細胞としては、脾細胞、マクロファージ、血液、胸腺細胞等が、ヒトのフィーダー細胞としては、末梢血単核細胞等が挙げられる。細胞培養上清としては、例えば上記の各種細胞の初代培養上清や種々の株化細胞の培養上清が挙げられる。
【0032】
標的抗原に対する抗体をファージディスプレイ法で選別する工程をパニングという。具体的には、H1型〜H16型のいずれかのインフルエンザウイルスまたは該ウイルスのヘマグルチニンタンパク質もしくはその細胞外ドメインを固定化した担体と、ファージライブラリーとを接触させ、非結合ファージを洗浄除去した後、結合したファージを担体から溶出させ、大腸菌に感染させて該ファージを増殖させる、という一連の操作を2〜4回程度繰り返すことにより、抗原特異的な抗体を提示するファージを濃縮する。本発明の場合、抗原となるインフルエンザウイルスは、ホルマリン処理により不活性されていてもよい。抗原として使用するインフルエンザウイルス分離株は、B細胞を採取した個体が感染歴のないものであることが好ましい。該個体が以前に感染したウイルス分離株を抗原として用いた場合、狭い範囲でしか中和活性を示さない抗体クローンがドミナントとなって本発明が目的とする中和抗体が隠れてしまうおそれがあるためである。したがって、好ましくは、B細胞を採取した個体が感染歴のないヘマグルチニンサブタイプに属するインフルエンザウイルスまたはそのヘマグルチニンを、抗原として使用され得る。例えば、H5型、H7型、H9型のインフルエンザウイルスが挙げられる。あるいは、H1〜H3型のサブタイプに属するインフルエンザウイルス分離株を抗原とする場合であれば、例えば、B細胞を採取した個体が生まれる前に流行した分離株等を使用することが望ましい。
【0033】
各サブタイプのヘマグルチニンをコードするcDNA配列は公知であり、通常の遺伝子組換え技術を用いて、所望のサブタイプの組換えヘマグルチニンを製造することができる。さらに、ヘマグルチニンの三量体細胞外ドメイン構造は、上記非特許文献6に記載の方法に準じて調製することができる。
【0034】
抗原を固定化する担体としては、通常の抗原抗体反応やアフィニティークロマトグラフィーで用いられる各種担体、例えばアガロース、デキストラン、セルロースなどの不溶性多糖類、ポリスチレン、ポリアクリルアミド、シリコン等の合成樹脂、あるいはガラス、金属などからなるマイクロプレート、チューブ、メンブレン、カラム、ビーズなど、さらには表面プラズモン共鳴(SPR)のセンサーチップなどが挙げられる。抗原の固定化には物理的吸着を用いてもよく、また、通常タンパク質あるいは酵素等を不溶化、固定化するのに用いられる化学結合を用いる方法でもよい。例えばビオチン−(ストレプト)アビジン系等が好ましく用いられる。非結合ファージの洗浄には、BSA溶液などのブロッキング液(1−2回)、Tween等の界面活性剤を含むPBS(3−5回)などを順次用いることができる。クエン酸緩衝液(pH5)などの使用が好ましいとの報告もある。特異的ファージの溶出には、通常酸(例:0.1M塩酸など)が用いられるが、特異的プロテアーゼによる切断(例えば、抗体遺伝子とコートタンパク質遺伝子との連結部にトリプシン切断部位をコードする遺伝子配列を導入することができる。この場合、溶出するファージ表面には野生型コートタンパク質が提示されるので、コートタンパク質のすべてが融合タンパク質として発現しても大腸菌への感染・増殖が可能となる)や可溶性抗原による競合的溶出、あるいはS−S結合の還元(例えば、前記したCysDisplay
TMでは、パニングの後、適当な還元剤を用いて抗体とコートタンパク質とを解離させることにより抗原特異的ファージを回収することができる)による溶出も可能である。酸で溶出した場合は、トリスなどで中和した後で溶出ファージを大腸菌に感染させ、培養後、常法によりファージを回収する。
尚、抗原を担体に固定化する代わりに、酵母ディスプレイを用いて細胞膜上にヘマグルチニン三量体を発現させることもできる。
【0035】
パニングにより抗原特異的抗体を提示するファージが濃縮されると、これらを大腸菌に感染させた後プレート上に播種してクローニングを行う。再度ファージを回収し、抗体価測定法(例:ELISA、RIA、FIA等)やFACS(fluorescence activated cell sorting)あるいはSPR(Surface Plasmon Resonance)を利用した測定により抗原結合活性を確認する。
【0036】
上記で得られたファージ抗体クローンを大腸菌に感染させて、培養上清から抗体を回収する工程としては、例えば、ファージディスプレイベクターとして抗体遺伝子とコートタンパク質遺伝子の連結部にアンバー終止コドンが導入されたベクターを用いる場合には、該ファージをアンバー変異を持たない大腸菌(例:HB2151株)に感染させると、可溶性抗体分子が産生されペリプラズムもしくは培地中に分泌されるので、細胞壁をリゾチームなどで溶解して細胞外画分を回収し、上記と同様の精製技術を用いて行うことができる。His−tagやc−myc tagを導入しておけば、IMACや抗c−myc抗体カラムなどを用いて容易に精製することができる。また、パニングの際に特異的プロテアーゼによる切断を利用する場合には、該プロテアーゼを作用させると抗体分子がファージ表面から分離されるので、同様の精製操作を実施することにより目的の抗体を精製することができる。本発明の場合、抗体の中和活性は、Fab型よりIgG型の完全抗体の方が100〜1000倍程度高いので、後述の実施例の通り、得られたファージクローンからプラスミドDNAを回収し、IgGのFcに結合するドメインに相当する配列を遺伝子操作により付加し、大腸菌に形質転換を行い、培養する。培養上清から回収された抗体をIgGセファロースカラムで精製した後、中和活性の検定に供試する。
【0037】
EBウイルスによる不死化や細胞融合により得られた抗体産生細胞株から目的の抗体を選抜する方法としては、例えば、上記の抗原を蛍光標識して不死化細胞や融合細胞と反応させた後、蛍光活性化セルソータ(FACS:Fluorescence−Activated Cell Sorter)を用いて抗原と結合する細胞を分離することによっても選択することができる。この場合、標的抗原に対する抗体を産生するハイブリドーマや不死化B細胞を直接選択することができるので、クローニングの労力を大いに軽減することが可能である。
【0038】
標的抗原に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマのクローニングには種々の方法が使用できる。
アミノプテリンは多くの細胞機能を阻害するので、できるだけ早く培地から除去することが好ましい。但し、ヒトハイブリドーマについては通常融合後4〜6週間程度はアミノプテリン添加培地で維持される。ヒポキサンチン、チミジンはアミノプテリン除去後1週間以上後に除去するのが望ましい。クローンが出現し、その直径が1mm程度になれば培養上清中の抗体量の測定が可能となる。
【0039】
抗体量の測定は、例えば標的抗原またはその誘導体あるいはその部分ペプチドを直接あるいは担体とともに吸着させた固相(例、マイクロプレート)にハイブリドーマ培養上清を添加し、次に放射性物質(例:
125I,
131I,
3H,
14C)、酵素(例:β−ガラクトシダーゼ、β−グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素)、蛍光物質(例:フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネート)、発光物質(例:ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン)などで標識した抗免疫グロブリン(IgG)抗体(もとの抗体産生細胞が由来する動物と同一種の動物由来のIgGに対する抗体が用いられる)またはプロテインAを加え、固相に結合した標的抗原に対する抗体を検出する方法、抗IgG抗体またはプロテインAを吸着させた固相にハイブリドーマ培養上清を添加し、上記と同様の標識剤で標識した標的抗原またはその誘導体あるいはその部分ペプチドを加え、固相に結合した標的抗原に対する抗体を検出する方法などによって行うことができる。
【0040】
クローニング方法としては限界希釈法が通常用いられるが、軟寒天を用いたクローニングやFACSを用いたクローニング(上述)も可能である。限界希釈法によるクローニングは、例えば以下の手順で行うことができるがこれに限定されない。
上記のようにして抗体量を測定して陽性ウェルを選択する。適当なフィーダー細胞を選択して96ウェルプレートに添加しておく。抗体陽性ウェルから細胞を吸い出し、完全培地(例:10% FCS(Fetal Bovine/Calf Serum)およびP/S添加RMPI1640)中に30細胞/mLの密度となるように浮遊させ、フィーダー細胞を添加したウェルプレートに0.1mL(3細胞/ウェル)加え、残りの細胞懸濁液を10細胞/mLに希釈して別のウェルに同様にまき(1細胞/ウェル)、さらに残りの細胞懸濁液を3細胞/mLに希釈して別のウェルにまく(0.3細胞/ウェル)。目視可能なクローンが出現するまで2〜3週間程度培養し、抗体量を測定・陽性ウェルを選択し、再度クローニングする。ヒト細胞の場合はクローニングが比較的困難なので、10細胞/ウェルのプレートも調製しておく。通常2回のサブクローニングでモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを得ることができるが、その安定性を確認するためにさらに数ヶ月間定期的に再クローニングを行うことが望ましい。
【0041】
ハイブリドーマはインビトロまたはインビボで培養することができる。
インビトロでの培養法としては、上記のようにして得られるモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを、細胞密度を例えば10
5〜10
6細胞/mL程度に保ちながら、また、FCS濃度を徐々に減らしながら、ウェルプレートから徐々にスケールアップしていく方法が挙げられる。
インビボでの培養法としては、例えば、腹腔内にミネラルオイルを注入して形質細胞腫(MOPC)を誘導したマウス(ハイブリドーマの親株と組織適合性のマウス)に、5〜10日後に10
6〜10
7細胞程度のハイブリドーマを腹腔内注射し、2〜5週間後に麻酔下に腹水を採取する方法が挙げられる。
【0042】
モノクローナル抗体の分離精製は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様に免疫グロブリンの分離精製法[例:塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例:DEAE、QEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相あるいはプロテインAあるいはプロテインGなどの活性吸着剤により抗体のみを採取し、結合を解離させて抗体を得る特異的精製法など]に従って行われる。
以上のようにして、ハイブリドーマを温血動物の生体内又は生体外で培養し、その体液または培養物から抗体を採取することによって、特定のヘマグルチニンサブタイプのインフルエンザウイルスに結合するモノクローナル抗体をスクリーニングすることができる。
【0043】
このようにして得られたモノクローナル抗体が、グループの枠組みを越えてインフルエンザウイルスを中和しうるか否かの検定は、グループ1より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスと、グループ2より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスとに対する中和活性を試験することにより行われる。
通常、インフルエンザウイルスに対する中和活性の検討は、赤血球凝集抑制(HI:Hemagglutination Inhibition)試験にて行われる場合が多い。インフルエンザウイルスは、ヘマグルチニンの頭部領域を介して、赤血球表面に存在するシアル酸を含む糖鎖(シアロ糖鎖)をインフルエンザウイルス受容体として、赤血球に結合する。結果として、インフルエンザウイルスによって赤血球は凝集する。インフルエンザウイルスに対して中和活性のある抗体は、ヘマグルチニンを認識して結合するため、インフルエンザウイルスの赤血球凝集性は中和抗体によって抑制されることとなる。従って、赤血球凝集抑制の有無が中和活性の有無の指標となる。ヘマグルチニンの赤血球凝集に関与する領域はantigenic driftを起こしやすいが、その領域のうちシアル酸結合に関与するアミノ酸はインフルエンザウイルスの亜型を通じて高度の保存される傾向があり、広範な中和活性を有する本発明の中和抗体は該アミノ酸をエピトープとして認識している可能性が示唆される。あるいは、、本発明における中和活性の試験方法としては、例えば、フォーカス形成阻害試験(J.Clin.Microbiol.Vol.28,pp1308−1313(1990))が挙げられる。即ち、被検抗体の存在下および非存在下にインフルエンザウイルスと宿主細胞とを接触させ、宿主細胞へのウイルス感染によるフォーカス形成を被検抗体が有意に阻害するか否かにより、中和活性の有無やその程度を判定する。
【0044】
中和活性が試験されるインフルエンザウイルスのサブタイプは特に制限されないが、グループ1では少なくともH1型および/またはH5型インフルエンザウイルスを含むことが好ましく、グループ2では少なくともH3型インフルエンザウイルスを含むことが好ましい。あるいは、グループ1としてH9型、グループ2としてH7型のインフルエンザウイルスに対する中和活性を、さらに調べることも好ましい。
【0045】
中和活性試験の結果、グループ1より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスと、グループ2より選択される少なくとも1つのインフルエンザウイルスとを中和することが確認された抗体分子を産生するクローンを用い、当該抗体分子を大量に製造することができる。使用した抗体ライブラリーがファージディスプレイライブラリーの場合、目的の中和抗体のFabやscFvを提示するファージクローンを大腸菌に感染させて培養し、Fab型抗体やscFv型抗体を調製してもよいが、中和活性を顕著に増強する目的で、それらをIgG型に変換することがより好ましい。例えば、FabからIgGへの変換は、ファージDNAからVHCH1およびVLCLをコードする断片を切り出し、Fc領域をコードする断片を含むプラスミド中に挿入することにより重鎖および軽鎖をコードするDNAを含むプラスミドを構築し、これをCHO細胞などの動物細胞にトランスフェクトして培養することにより、培養上清中にIgG型抗体を分泌させることにより行うことができる。得られた抗体は、自体公知の方法により精製・回収することができる。
また、使用した抗体ライブラリーがEBウイルス不死化B細胞や細胞融合によるハイブリドーマの場合、上記のようにインビトロまたはインビボで抗体分子を産生させ、常法により精製することにより回収することができる。
【0046】
得られた中和抗体について、免疫系が採用しているステップ(体細胞突然変異と選択)を模倣してin vitroで抗原に対するアフィニティーを増強させることができる。抗体遺伝子への変異導入の方法としては、chain shuffling法、修復系を欠損し変異を起こしやすい大腸菌やエラープローンPCRを用いたランダム変異導入法、CDRウォーキングなどが挙げられる。抗原に対するアフィニティーが向上した中和抗体の選択は、変異導入によってできた変異ライブラリーからの高親和性中和抗体をスクリーニングすることにより行われる。例えば、1)選択に用いる抗原量を低濃度にして高アフィニティーの抗体ファージを回収する方法、2)洗浄条件を厳しく設定し抗原からはずれにくい抗体ファージを回収する方法、3)拮抗反応を利用した方法などが用いられ得る。
【0047】
上記のようにして得られた本発明の中和抗体の多くは、重鎖可変部V領域としてVH1−69もしくはVH1−e遺伝子を利用している。この点は、これまでに報告されている、グループ1の複数のサブタイプのインフルエンザウイルスを中和する種々の抗体と共通する特徴であり、同じV遺伝子断片を利用しながら、中和活性を示す範囲に決定的な差異があることは興味深い。また、本発明の中和抗体は、軽鎖可変部V領域としてVL1−44、VL1−47またはVL1−51遺伝子のみの利用が見られることは特徴的である。また、本発明の中和抗体は、IgG型抗体とした場合の、フォーカス形成阻害試験における最小阻害濃度が10
−11〜10
−12Mのオーダーであり、これまでに報告されている、グループ1の複数のサブタイプのインフルエンザウイルスを中和するいずれの抗体よりも中和活性が高い。
【0048】
抗体は、B細胞分化の過程で免疫グロブリン遺伝子の再編成、即ち、重鎖可変部のV、D、J領域の組換えまたは軽鎖可変部のV、J領域の組換えが生じた後、さらに可変領域の塩基配列に体細胞突然変異が誘発される。その結果、抗原に対してより親和性の高い可変部を有する抗体を生み出しうる。従って、B細胞由来の抗体クローンである本発明の中和抗体は、元々の免疫グロブリン遺伝子に体細胞突然変異が生じたアミノ酸配列を有する中和抗体をも含みうる。また、中和抗体とインフルエンザウイルス抗原との抗原抗体複合体形成に際して、ヘマグルチニン分子との接触点が全て重鎖可変部であるため、中和抗体のインフルエンザウイルスとの親和性に実質的に寄与すると考えられる部位は重鎖可変部であると予想されたが、軽鎖可変部のバリエーションにも収束が見られることから、本発明の中和抗体では軽鎖可変部も一定の役割を果たしていることが示唆される。また、本発明の中和抗体では抗原との結合に関して相補性決定領域3(CDR3)の寄与が小さいので、重鎖可変部V領域に存在する相補性決定領域1および2がより重要である。本明細書において、重鎖可変部V領域(軽鎖可変部V領域)とは、重鎖(軽鎖)の可変部を構成する再編成後のV領域を指し、例えば、フレームワーク領域1、2および3と相補性決定領域1および2を含む領域であり得る。また、重鎖(軽鎖)可変部は、抗体をFab領域のうちの定常部ではない部分を指し、例えば、フレームワーク領域1、2および3と相補性決定領域1、2および3を含む領域であり得る。したがって、本発明の中和抗体の好ましい一例としては、例えば、重鎖可変部の相補性決定領域1として配列番号:1のアミノ酸配列を有し、かつ相補性決定領域2として配列番号:2のアミノ酸配列を有する中和抗体が挙げられる。
また、本発明ではグループ2に属するH3型のインフルエンザウイルスに対する中和活性を持ちながら、さらにグループ1に属するH1型、H2型およびH5型に対して他のクローンと比して顕著な中和活性を有するクローンを得ている。本クローンはその他のクローンと異なり重鎖可変部のフレームワーク領域1の1アミノ酸(配列番号:27における27番目のグリシン)が欠失した構造である。従って、重鎖可変部のフレームワーク領域1が配列番号:3に示されるアミノ酸配列からなる中和抗体も本発明の中和抗体として好ましく挙げることができる。
さらに具体的な例としては、重鎖可変部V領域が配列番号:4〜9のいずれかに示されるアミノ酸配列からなる中和抗体、重鎖可変部が配列番号:10〜15のいずれかに示されるアミノ酸配列からなる中和抗体、あるいは重鎖可変部(配列番号:10〜15)および軽鎖可変部(配列番号:16〜26、70)がそれぞれ以下の組み合わせに示されるアミノ酸配列からなる中和抗体が挙げられる
(a)配列番号:10、配列番号:16;
(b)配列番号:10、配列番号:17;
(c)配列番号:10、配列番号:18;
(d)配列番号:10、配列番号:19;
(e)配列番号:10、配列番号:20;
(f)配列番号:10、配列番号:21;
(g)配列番号:10、配列番号:22;
(h)配列番号:11、配列番号:23;
(i)配列番号:13、配列番号:24;
(j)配列番号:14、配列番号:25;
(k)配列番号:15、配列番号:26:または
(l)配列番号:12、配列番号:70
【0049】
また、前記の抗体の重鎖可変部のアミノ酸配列(配列番号:10〜15)をコードする塩基配列としてそれぞれ配列番号:71〜76に示される塩基配列、軽鎖可変部のアミノ酸配列(配列番号:16〜26、70)をコードする塩基配列としてそれぞれ配列番号:77〜88に示される塩基配列が挙げられる。従って、本発明の中和抗体は、重鎖可変部が配列番号:71〜76のいずれかに示される塩基配列にコードされるアミノ酸配列からなる中和抗体、あるいは重鎖可変部および軽鎖可変部がそれぞれ以下の組み合わせに示される塩基配列にコードされるアミノ酸配列からなる中和抗体が挙げられる
(a)配列番号:71、配列番号:77;
(b)配列番号:71、配列番号:78;
(c)配列番号:71、配列番号:79;
(d)配列番号:71、配列番号:80;
(e)配列番号:71、配列番号:81;
(f)配列番号:71、配列番号:82;
(g)配列番号:71、配列番号:83;
(h)配列番号:72、配列番号:84;
(i)配列番号:74、配列番号:85;
(j)配列番号:75、配列番号:86;
(k)配列番号:76、配列番号:87;または
(l)配列番号:73、配列番号:88
【0050】
以上のことから、本発明の方法は、従来法よりも広い範囲で、即ちグループの壁さえも越えて中和活性を発揮し得る抗体を提供できるだけでなく、従来法と比較してより中和活性の高い抗体を提供し得るので、極めて有用である。
【0051】
本発明の方法によって得られるインフルエンザウイルス中和抗体は、その中和活性の広さから、従来の中和抗体が認識するエピトープとは異なる箇所を認識するものと考えられる。本発明の中和抗体が認識するエピトープを明らかにすることができれば、該エピトープのアミノ酸配列を含むペプチド(抗原性を有するアミノ酸配列)はインフルエンザウイルス用ワクチンまたは該抗原性を有するペプチドをコードする塩基配列を含む核酸(遺伝子)はインフルエンザ検査用試薬、検査用試薬キットとして有用である。免疫学的反応性エピトープを特定する方法としては、公知の方法で決定することができるが、例えば、1)ヘマグルチニンを酵素処理又は化学的処理により調製した限定分解物と本発明で取得した中和抗体のIgG型抗体の反応性を調べる方法、2)アミノ酸配列データベースを参照して合成したオーバーラップペプチドと本発明で取得した中和抗体のIgG型抗体の反応性を調べる方法などが挙げられる。
【0052】
ヘマグルチニンは転写・翻訳の後、前駆体としてグリコシル化を受けるが、グリコシル化を受けたヘマグルチニンはHA1とHA2の2つのサブユニットに開裂されることが知られている。表1に各インフルエンザウイルスのHA1サブユニットおよびHA2サブユニットのアミノ酸配列と配列番号の対応関係を示す。
【0054】
既報の3グループが同定したH5型およびH1型に反応性を示す抗体は、重鎖可変部にVH1−69を利用している点で本発明の抗体と共通しており、エピトープが共通している可能性が示唆された。即ち、HA2サブユニット(膜融合に関与する領域)内にエピトープがあることが予想された。しかし本予想に反して、本願発明者らは、本発明の中和抗体は、既報の上記抗体とエピトープを競合した抗体(C179)(Nature Structural & Molecular Biology,Vol.16,pp.265−273,2009)とは競合しないことを明らかにした。これは、VH1−69を利用していてもエピトープまでが共通するものではないことを裏付けるものである。さらに、本発明の中和抗体には赤血球凝集抑制(HI)活性が見られることから、HA1サブユニット(細胞レセプター結合領域)を認識して結合することが示唆されるものである。
【0055】
VH1−69のCDR2領域に存在するイソロイシン(配列番号:27のアミノ酸配列の54番目アミノ酸)およびフェニルアラニン(配列番号:27のアミノ酸配列の55番目アミノ酸)は連続する疎水性アミノ酸残基であり、疎水性の先端部を形成し、疎水性クラスターと相互作用することが知られている。本発明の中和抗体は前記イソロイシンがフェニルアラニンに置換されており、疎水性クラスターとの結合性になんらかの影響を与えている可能性が示唆される。ヘマグルチニンには高度にアミノ酸保存された疎水性ポケット、即ちシアル酸結合部位が存在し、該シアル酸結合部位はエピトープ候補として挙げられる(Nature,Vol.333,pp.426−431,1988)。そのようなシアル酸結合部位を形成するアミノ酸としては、例えば、A/Aichi/2/68インフルエンザウイルスHA1の98番目チロシン、153番目トリプトファン、155番目スレオニン、183番目ヒスチジン、190番目グルタミン酸、194番目リシン、134番目〜138番目アミノ酸、224番目〜228番目アミノ酸など(亜型、株が異なるインフルエンザウイルスの場合は、対応するアミノ酸)が挙げられる。従って、それらのアミノ酸を含む領域がエピトープである可能性が考えられる。また、インフルエンザウイルスのHA1には、変異が蓄積しやすい5つのサイト(A、B(B1、B2)、C(C1、C2)、D、E領域)が報告されている(P.A.Underwood,J.gen.Virol.vol.62,153−169,1982;Wiley et al.,Nature,vol.289,366−378,1981)。本発明において、A領域とは配列番号:28の121番目〜146番目アミノ酸、または該アミノ酸領域に対応する領域、B1領域とは配列番号:28の155番目〜163番目アミノ酸、または該アミノ酸領域に対応する領域、B2領域とは配列番号:28の155番目〜163番目、または該アミノ酸領域に対応する領域、C1領域とは配列番号:28の50番目〜57番目アミノ酸、または該アミノ酸領域に対応する領域、C2領域とは配列番号:28の275番目〜279番目アミノ酸、または該アミノ酸領域に対応する領域、D領域とは配列番号:28の207番目〜229番目アミノ酸、または該アミノ酸領域に対応する領域、E領域とは配列番号:28の62番目〜83番目アミノ酸、または該アミノ酸領域に対応する領域をそれぞれ指す。本発明の抗体、特にF045−092は、HA1に存在するA領域、B1領域およびB2領域近傍を認識する抗体と競合したことから、A、B領域近傍がエピトープである可能性が示唆される。
【0056】
本発明の中和抗体は、グループの枠組みを越えてあらゆるヘマグルチニンサブタイプのインフルエンザウイルスを中和することができるので、antigenic driftによる季節性インフルエンザだけでなく、antigenic shiftによるパンデミックに対しても有効な予防および/または治療手段となり得る。すなわち、該中和抗体を投与することにより、あらゆるサブタイプのインフルエンザウイルスに対する受動免疫を行うことができ、任意のインフルエンザウイルスの感染により発症した患者に対する治療効果、および発症もしくは感染のおそれのある対象に対する予防効果が期待できる。しかも、本発明の中和抗体は、元々ヒト体内に存在した抗体であるため、副作用の危険がまずないと考えられる。
【0057】
本発明の中和抗体は、それ自体として、あるいは薬理学的に許容し得る担体とともに混合して医薬組成物とした後に、インフルエンザに対する受動免疫療法剤として用いることができる。
ここで、薬理学的に許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が用いられ、賦形剤、溶剤(分散剤)、溶解補助剤、懸濁化剤、安定化剤、等張化剤、緩衝剤、pH調節剤、無痛化剤などとして配合される。また必要に応じて、保存剤、抗酸化剤などの製剤添加物を用いることもできる。
賦形剤の好適な例としては、乳糖、白糖、D−マンニトール、D−ソルビトール、デンプン、α化デンプン、デキストリン、結晶セルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アラビアゴム、プルラン、軽質無水ケイ酸、合成ケイ酸アルミニウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウムなどが挙げられる。
溶剤の好適な例としては、注射用水、生理的食塩水、リンゲル液、アルコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ゴマ油、トウモロコシ油、オリーブ油、綿実油などが挙げられる。
溶解補助剤の好適な例としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどが挙げられる。
懸濁化剤の好適な例としては、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリンなどの界面活性剤;例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子;ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などが挙げられる。
安定化剤の好適な例としては、ヒト血清アルブミン(HSA)、ピロ亜硫酸ナトリウム、ロンガリット、メタ亜硫酸水素ナトリウムなどが挙げられる。
等張化剤の好適な例としては、塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトール、D−ソルビトール、ブドウ糖などが挙げられる。
緩衝剤の好適な例としては、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液などが挙げられる。
pH調節剤の好適な例としては、塩酸、水酸化ナトリウムなどの酸または塩基が上げられる。
無痛化剤の好適な例としては、ベンジルアルコールなどが挙げられる。
保存剤の好適な例としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。
抗酸化剤の好適な例としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸塩などが挙げられる。
【0058】
前記医薬組成物の剤形としては、例えば注射剤(例:皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤、動脈内注射剤など)、点滴剤等の注入型製剤が挙げられる。
医薬組成物は、製剤技術分野において慣用の方法、例えば日本薬局方に記載の方法等により製造することができる。以下に、製剤の具体的な製造法について詳述する。医薬組成物中の抗体含量は、剤形、投与量などにより異なるが、例えば約0.1ないし100重量%である。
【0059】
例えば、注射剤は、抗体を分散剤(例:ポリソルベート80,ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60,ポリエチレングリコール,カルボキシメチルセルロース,アルギン酸ナトリウムなど)、保存剤(例:メチルパラベン,プロピルパラベン,ベンジルアルコール,クロロブタノール,フェノールなど)、等張化剤(例:塩化ナトリウム,グリセリン,D−マンニトール,D−ソルビトール,ブドウ糖など)などと共に水性溶剤(例:蒸留水,生理的食塩水,リンゲル液等)あるいは油性溶剤(例:オリーブ油,ゴマ油,綿実油,トウモロコシ油などの植物油、プロピレングリコール等)などに溶解、懸濁あるいは乳化することにより製造される。この際、所望により溶解補助剤(例:サリチル酸ナトリウム,酢酸ナトリウム等)、安定化剤(例:ヒト血清アルブミン等)、無痛化剤(例:ベンジルアルコール等)等の添加物を用いてもよい。注射液は、必要に応じて、例えばメンブレンフィルター等を用いた濾過滅菌などの滅菌処理を行い、通常、アンプル等の適当な容器に充填される。
注射剤は、上記液剤を真空乾燥などによって粉末とし、用時溶解(分散)して使用することもできる。真空乾燥法の例としては、凍結乾燥法、スピードバックコンセントレーター(SAVANT社)を用いる方法などが挙げられる。凍結乾燥を行う際には、−10℃以下に冷却されたサンプルを用いて、実験室ではフラスコ中で、工業的にはトレイを用いて、あるいはバイアル中で凍結乾燥させることが好ましい。スピードバックコンセントレーターを用いる場合は、0〜30℃程度で、約20mmHg以下、好ましくは約10mmHg以下の真空度で行われる。乾燥させる液剤中には、リン酸塩などの緩衝剤を添加してpHを3〜10程度とすることが好ましい。真空乾燥により得られる粉末製剤は長期間安定な製剤として、用時注射用水、生理食塩水、リンゲル液等に溶解、もしくはオリーブ油,ゴマ油,綿実油,トウモロコシ油、プロピレングリコール等に分散することにより注射剤とすることができる。
【0060】
必要に応じて、上記抗体に他の治療用薬剤を併用することもできる。例えば、治療薬剤としては、タミフル、リレンザ、アマンタジンなどが挙げられる。
あるいは、必要に応じて、上記抗体に他の治療用薬剤を結合させることもできる。抗体は、インフルエンザウイルスが存在する部位またはその近傍に薬剤を運搬するとともに、ウイルスの細胞への侵入を阻害し、一方、薬剤は、ウイルスを死滅させるか、インフルエンザの症状を治療、軽減又は改善する。薬剤は、インフルエンザの治療薬剤として使用されている、又は使用されようとする、すべての薬剤を含む。そのような薬剤は、例えば合成又は天然の、低分子量又は高分子量の、タンパク質性又は非タンパク質性の、或いは核酸又はヌクレオチド性の物質である。抗体と薬剤との結合は、好ましくはリンカーを介して行われる。リンカーは、例えば置換又は未置換の脂肪族性アルキレン鎖を含み、その両末端に、抗体又は薬剤の官能基と結合可能な基、例えばN−ヒドロキシスクシンイミド基、エステル基、チオール基、イミドカルボネート基、アルデヒド基などを含むものである(抗体工学入門、地人書館、1994年)。
必要に応じて、医薬を細胞内に運搬しやすくするために、リポソームに封入することもできる。好ましいリポソームは、正電荷リポソーム、正電荷コレステロール、膜透過性ペプチド結合リポソームなどである(中西守ら,タンパク質核酸酵素44:1590−1596(1999)、二木史朗,化学と生物43:649−653(2005)、Clinical Cancer research 59:4325−4333(1999)など)。
【0061】
本発明の中和抗体の投与は、非経口投与、例えば静脈内、腹腔内、筋肉内、皮下、経皮投与などである。
抗体の有効成分量は、1回の用量あたり100〜2,500μg/mlである、或いはヒト成人患者体重1kgあたり1.0〜10mgの量であるが、これらに限定されないものとする。
投与回数は、例えば1〜2週間に1回の頻度で1〜数回の投与又は2〜3週間に1回の投与で約2ヶ月間である。
【0062】
本発明の中和抗体は、ヒトのインフルエンザの予防および/または治療用としてだけでなく、ニワトリ等の鳥類、ブタ、ウマなどの非ヒト哺乳動物に投与することにより、それらの動物におけるインフルエンザの予防および/または治療用としても用いることができ、そうすることにより、ヒトへの感染のリスクを未然に低減することができる。これらの動物に適用する場合でも、上記と同様の製剤化手法が用いられ得る。
【0063】
本発明の中和抗体は、元々ヒト体内に存在した抗体をスクリーニングにより単離したものである。このような抗体は極めて稀に存在するのではなく、ある程度の頻度でヒトが既に保有しているものと見るほうが自然である。したがって、本発明の中和抗体を産生する能力のある個体は、新型インフルエンザに対しても抵抗性であると考えられる。一方で、このような抗体を産生する能力のない個体は、新型インフルエンザに対して脅威にさらされているといえる。当該中和抗体を保有しているか否かを比較的簡便に判定することができれば、中和抗体非保有者に対しては、受動免疫による予防を優先的に講じることが望ましいと判定することができる。
【0064】
したがって、本発明はまた、被験者における本発明の中和抗体の検出方法であって、以下の工程を含む方法;
(1)H1型〜H16型のいずれかのサブタイプのヘマグルチニンを被験者に接種する工程
(2)接種後、抗体産生細胞が十分に増幅された時点で被験者より血液を採取する工程
(3)該血液中の、グループ1より選択されるサブタイプのヘマグルチニンと、グループ2より選択されるサブタイプのヘマグルチニンとの両方に結合し、かつVH1−69もしくはVH1−e遺伝子にコードされる重鎖可変部V領域を有する抗体を提示する抗体産生細胞の有無を調べる工程
あるいは、以下の工程を含む方法;
(1)グループ1より選択されるサブタイプのヘマグルチニンと、グループ2より選択されるサブタイプのヘマグルチニンとを、それぞれ別個に被験者に接種する工程
(2)各ヘマグルチニン接種後、抗体産生細胞が十分に増幅された時点で被験者より血液を採取する工程
(3)各血液中の、接種したへマグルチニンとは異なるグループより選択されるサブタイプのヘマグルチニンに結合し、かつVH1−69もしくはVH1−e遺伝子にコードされる重鎖可変部V領域を有する抗体を提示する抗体産生細胞の有無を調べる工程
を提供する。
少量の採血により目的の中和抗体を検出するためには、目的の抗体を産生するBリンパ球の増幅と濃縮が必要となる。そこで、ヘマグルチニン接種による誘導と、異なるグループに属するヘマグルチニンとの結合活性および本発明の中和抗体の大半に共通するV遺伝子断片の利用を指標とすることとにより、該中和抗体の有無を検出しようとするものである。
【0065】
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0066】
採血
1974年生まれの小児科医より、アフェレーシスにより血液3L相当量の単核球を回収した。採血は、2004年5月に行なった。
【0067】
ヒトファージ抗体ライブラリー調製
ファージディスプレイ法によりヒトファージ抗体ライブラリーを調製した。採血により得られた成分血からFicoll−Paqueにより約10
9個のリンパ球を回収し、RNAを単離した。そこからcDNAを増幅し、抗体のHeavy chain(VH)およびLight chain(VL)のライブラリーをそれぞれ構築した。Heavy chainおよびLight chainのクローン数は、それぞれ約10
9および10
6個であった。次に、Heavy chainとLight chainを組み合わせてFab−cp3型のヒトファージ抗体ライブラリーを構築した。約10
10個のクローンを含むライブラリーである。
【0068】
使用したインフルエンザウイルス株
本実施例では以下のインフルエンザウイルス株を使用した。以下の実施例において特に断りがなければ、各略称は下記のインフルエンザウイルス株を表すものである。
(H3N2型)
Aic68: A/Aichi/2/68, Fuk70: A/Fukuoka/1/70, Tok73: A/Tokyo/6/73,Yam77: A/Yamanashi/2/77, Nii81: A/Niigata/102/81, Fuk85:A/Fukuoka/C29/85,Gui89: A/Guizhou/54/89,Kit93: A/Kitakyushu/159/93,Syd97: A/Sydney/5/97,Pan99: A/Panama/2007/99,Wyo03: A/Wyoming/3/2003,NY04: A/New York/55/2004
(H1N1型)
NC99: A/New Caledonia/20/99,SI06: A/Solomon Island/3/2006
【0069】
スクリーニング
パニング法によりスクリーニングを行った。ホルマリン処理により不活化したインフルエンザウイルス株をイムノチューブにコーティングした後、チューブ内にコーティングされたウイルス株とファージ抗体ライブラリーとの抗原抗体反応を行った。PBSによりチューブを洗浄後、抗原に結合しているファージを酸で溶出して直ちに中和し、回収した。回収したファージは大腸菌に感染させ、回収率を算出するとともにファージ抗体を調製した。このファージを用いて上記操作を繰り返した。この操作を3回行い、溶出したファージを大腸菌に感染させ、LBGA plate上で一晩培養し、singleコロニーを得た。このコロニーを単離してFab−cp3抗体を調製し、スクリーニングに使用したウイルス株に対する結合活性をELISAにより確認した。結合活性を示したクローンをpositiveクローンとして、更なる解析をおこなった。
【0070】
Fab−cp3型抗体の調製
スクリーニングで得られたファージを感染させた大腸菌を、0.05% グルコース、100μg/mlアンピシリン、1mM IPTGの入ったYTに植菌し、30℃で一晩振とう培養した。大腸菌から分泌されたFab−cp3型抗体を含む培養上清を遠心分離により回収し、ELISA、competition ELISA、ウエスタンブロッティング、フローサイトメーター等の実験に使用した。
【0071】
ELISA
ホルマリン処理により不活化したウイルス株溶液を、96wellのマキシソープ加え、37℃で1時間コーティングした。Wellからウイルス溶液を除き、5% BSA/PBSを加えて1時間ブロッキングし、BSA溶液を除去後、Fab−cp3型抗体が含まれている大腸菌培養上清を入れて、1時間反応させた。0.05% Tween20の入ったPBS(PBST)で洗った後、rabbit anti−cp3抗体を入れて1時間反応させた。さらにPBSTで洗浄後、goat anti−rabbit IgG(H+L)−HRPを入れて1時間反応させた。PBSTで洗浄し、HRPの基質であるOPD溶液を入れて室温で反応させ、2Nの硫酸で反応を停止後、492nMの波長でODを測定した。特に記述のない限り、反応はすべて37℃で行った。
【0072】
単離した抗体クローンのシークエンス解析
ウイルス抗原に対しPositiveであったクローンのHeavy chain(VH)およびLight chain(VL)の塩基配列を、シークエンス反応により確認した。
【0073】
単離されたクローンのグループ分け
クローンのVH塩基配列確認後、アミノ酸配列に変換しその配列を単離したクローン間で比較した。VHのアミノ酸配列類似性、特にCDR3配列における類似性を中心に、クローンをグループ分けした。
【0074】
ウエスタンブロッティング
ホルマリン処理したウイルス株を、非還元の状態でSDS−PAGEを行って分画したのち、PVDF膜に転写した。PVDF膜を2.5%スキムミルクの入ったPBSTで1時間ブロッキングしてPBSTで洗ったのち、培養上清中のFab−cp3型抗体と1時間反応させた。PBSTで洗浄後、rabbit anti−cp3抗体と1時間反応させ、さらにPBSTで洗浄後、goat anti−rabbit IgG(H+L)−HRPと1時間反応させた。PBSTで洗浄後、ECL溶液と4−5分反応させ、CCDカメラによりバンドを検出した。反応はすべて室温で行った。
【0075】
Fab−pp型抗体の調製
Fab−cp3型抗体クローンのプラスミドDNAを、遺伝子操作によりFab−pp型(PPはprotein AのFc結合ドメイン)に改変したのち、大腸菌をトランスフォームした。この大腸菌を、0.05% グルコース、100μg/mlアンピシリン、1mM IPTGの入ったYTに植菌し、30℃で一晩振とう培養した。大腸菌から分泌されたFab−pp型抗体を含む培養上清を遠心分離により回収し、硫安沈殿後PBSに溶解し、IgGセファロースカラムで精製した後、HI活性、ウイルス中和活性等の実験に使用した。
【0076】
HI活性測定
精製したFab−pp型抗体をPBSで段階希釈し、1wellあたり4HAユニットのウイルス溶液とそれぞれ混和し、1時間室温で反応させた。赤血球を添加して混和後、室温で30分から1時間反応させた。結果は、抗体の希釈倍率で表している。
【0077】
Nライブラリーより単離されたクローンのH3N2インフルエンザウイルス株に対する結合活性
Nライブラリースクリーニングにより単離された抗体クローンの、スクリーニングに使用した12種類のH3N2ウイルス株すべてと、1つのH1N1ウイルス株に対する結合活性を、ELISAの結果で示した。スクリーニングで単離されたクローンがウイルス株に対しどのようなcross reactivityを示すかを確認した実験である。結果を
図1に示す。
単離されたクローンは、各ウイルスに対する結合活性の程度に従いグループごとに分類し、一番左にグループ番号を表記した。”クローン名”の右となりのカラムの”単離数”は、スクリーニングで単離されたクローンのうち同じVHアミノ酸配列を示すクローンの数であり、さらに右となりの”単離ウイルス株”は、それらクローンが、どのウイルス株でのスクリーニングで単離されたかを示した。
ELISAの数値は、次のように処理した。
1以上:赤
0.5以上1未満:オレンジ
0.1以上0.5未満:黄色
0.1未満:白
一番右端のウエスタンブロッティング(WB)の欄は、実験を行ったクローンのみの結果である。HAの位置にバンドが検出できたクローンは、”HA”と表記し、それ以外の位置にバンドが検出されたクローンは現在のところ何を認識しているのかわからないため”?”としてある。空欄は、実験を行っていない。
【0078】
Nライブラリースクリーニング結果
H3N2株の各スクリーニングで拾ったクローンの数(ELISAによる確認を行う前)と、そのうち、Group11およびGroup22に分類されたクローン(
図1)が、どのウイルス株でのスクリーニングで単離されたかを示した(
図2)。
Group11はH3−H1両株を抗原として認識する抗体クローンのグループ、Group22はH3株12種類すべてを認識するが、H1株は認識しない抗体クローンのグループである。
【0079】
Group11に属するクローンの単離状況
Group11に分類された各抗体クローン単離時のスクリーニングウイルス株およびそのスクリーニングにおける単離数を示した(
図3)。
各クローンのVH配列を元に(VL配列は考慮に入れていない)、同一VH配列を持つクローンの単離数を示してある。
【0080】
Group11に属するクローンのアミノ酸配列
Group11に分類されたクローンのVHおよびVLのアミノ酸配列を示した(
図4)。
(1)VHアミノ酸配列
Group11に属するクローンは、NCBIのIgBlastでのGermlineの検索で、IGHV1−69*01とのIdentityが最も高かったことから、IGHV1−69*01がGermlineであると判断した。
その結果より、IGHV1−69*01と各クローンのVHアミノ酸配列の比較を行っている。”GermlineとのIdentity(%)FR1−FR3”は、IGHV1−69*01のFR1からFR3までのアミノ酸配列とのIdentityを算出した。また、IGHV1−69*01のアミノ酸配列と比較した結果、アミノ酸が異なる部分は、色を変えて強調してある。ただし、CDR3およびFR4に関しては、クローンの各配列間で異なるアミノ酸の色を変えて強調した。
(2)VLアミノ酸配列
F022−360と同じVHアミノ酸配列を持つクローンは現在のところ15個単離されているが、そのうち12個のクローンのVL配列をシークエンス解析したところ、7種類のVLが判明した。その結果、F022−360の持つVH配列には、7種類のVH−VLの組み合わせがあることがわかった。その7種類のうち、グレーで強調してあるVL配列が、F022−360の組み合わせである。それ以外のVH配列を持つクローンに関しては、表記のクローンのVL配列しか確認していないため、今のところ組み合わせとしては1種類のみしか確認できていない。また、F026−245のVL配列は未確認である。
各VLのアミノ酸配列のGermlineは、VH同様NCBIのIgBlastで検索を行い、最もidentityが高いものとした。いくつかの3種類のGermlineが検出されたため、IGLV1−44*01を元にクローンの各配列を比較し、異なるアミノ酸は色を変えて強調してある。
【0081】
過去に報告のあったH1−H5を中和するクローンで、Germlineが1−69である抗体と、Group11に属するクローンとのVHアミノ酸配列の比較
H1−H5両株を中和するヒト抗体は、過去に3報(正確には4報)の論文で報告されており、すべてのクローンのGermlineがIGHV1−69であったことから、これらクローンとGermline IGHV1−69*01およびGroup11に分類されたクローンのアミノ酸配列の比較を行った(
図5)。
IGHV1−69*01と同じアミノ酸は、バーで示した。
また、各論文のVolumeおよびPageは、以下のとおりである。
2009 Nat.Struct.Mol.Biol.:Vol.16 265−273
2009 Science:Vol.324 246−251(2008 PLoS One:Vol.3 e3942がクローン単離に関する論文である)
2008 PNAS:Vol.105 5986−5991
【0082】
Group11に属するクローンのH3N2インフルエンザウイルス株に対する結合活性
Group11に分類されるクローンの、スクリーニングに使用したH3株12種類とH1株に対する結合活性を、ELISAにより確認した。各ウイルス株に対するアッセイは2連で行い、平均値および標準偏差を計算した(
図6)。
【0083】
Group11に属するクローンのウエスタンブロッティング
Group11に分類されるクローンがH3及びH1両株のHAを認識していることを示した実験である(
図7)。
サンプルはすべて非還元の状態でSDS−PAGEを行っている。
図7の上半分はF022−360およびF045−092のデータ、
図7の下半分のデータはF026−146およびF026−427のデータである。また左右の違いは、データを取り込む際の露光時間の違いである。
F032−093はH3株A/kitakyushu/159/93のHAに対するpositiveコントロールであり、F078−155はH1株A/New Caledonia/20/99のHAに対するpositiveコントロールである。
【0084】
Group11に属するクローンのHI活性
Group11に分類されるクローンがHI活性を持つかどうかの確認を行った(
図8)。
HIUは抗体濃度100μg/mlから2倍ずつ希釈した時の希釈倍率で表記した。
【0085】
Fab−pp型抗体による中和活性
Group11に分類されるクローンがH3およびH1インフルエンザウイルス株を中和するかどうかについて確認を行った(
図9)。
250および100μg/mlのFab−pp型抗体を添加時のFocus形成阻害率を%Inhibitionで表した。
【0086】
Inhibition of ELISA activity of C179 by Fab−p3
インフルエンザAソ連型ニューカレドニア株ワクチンを吸着させたイムノプレートに、同株を中和するマウスモノクローナル抗体C179を、Fab−p3抗体(F022−360,F026−146,F026−427,F045−092,F005−126)の共存下および非共存下で反応させた(F005−126はインフルエンザAソ連型ニューカレドニア株HAに反応しないネガティブコントロール)。次に、HRP標識抗マウスIgG(MBL社製)を反応させ、OPDで発色させてワクチンに結合したC179を検出した。
Fab−p3抗体(F022−360,F026−146,F026−427,F045−092,F005−126)の共存下および非共存下でのELISAの値に有意な差は認められなかった(
図10)。したがって、C179のワクチンに対する反応は、F022−360,F026−146,F026−427,F045−092によって阻害されないことがわかった。このことから、C179とF022−360,F026−146,F026−427,F045−092の認識エピトープは異なることが示唆された。
【0087】
Inhibition of ELISA activity of Fab−p3 by C179
インフルエンザAソ連型ニューカレドニア株ワクチンを吸着させたイムノプレートに、Fab−p3抗体(F022−360,F026−146,F026−427,F045−092,F005−126)を、C179の共存下および非共存下で反応させた。次に、ウサギ抗p3ポリクローナル抗体と反応させた後、HRP標識抗ウサギIgG(MBL社製)を反応させ、OPDで発色させてワクチンに結合したFab−p3抗体を検出した。
C179の共存下および非共存下でのELISAの値に有意な差は認められなかった(
図11)。したがって、F022−360,F026−146,F026−427,F045−092のワクチンに対する反応は、C179によって阻害されないことがわかった。このことからも、F022−360,F026−146,F026−427,F045−092とC179の認識エピトープが異なることが示唆された。
【0088】
Inhibition of ELISA activity of F005−126 by Fab−p3
インフルエンザA香港型愛知株ワクチンを吸着させたイムノプレートに、Fab−PP型モノクローナル抗体F005−126を、Fab−p3抗体(F022−360,F026−146,F026−427,F045−092,F005−126,F019−102)の共存下および非共存下で反応させた(F019−102はインフルエンザA香港型愛知株に反応しないネガティブコントロール)。次に、HRP標識したウサギIgGを反応させ、OPDで発色させてワクチンに結合したFab−PP型F005−126を検出した。
F005−126はインフルエンザAソ連型ニューカレドニア株には反応しないが、インフルエンザA香港型の複数株に幅広く反応し、かつ中和する抗体である。F022−360,F026−146,F026−427,F045−092もインフルエンザA香港型の複数株に幅広く反応するため、認識するエピトープが近い可能性が考えられた。そこで、F005−126との競合阻害実験を行った。Fab−p3抗体(F022−360,F026−146,F026−427,F045−092,F019−102)の共存下および非共存下(No Fab−p3)での、Fab−PP型F005−126のインフルエンザA香港型愛知株ワクチンに対する反応性を調べた結果、ELISAの値に有意な差は認められなかった(
図12)。ポジティブコントロールとして、Fab−p3型F005−126を共存させた場合は、ELISAの値が有意に減少した。したがって、F005−126のワクチンに対する反応は、F022−360,F026−146,F026−427,F045−092によって阻害されないことがわかった。このことから、F005−126とF022−360,F026−146,F026−427,F045−092の認識エピトープは異なることが示唆された。
【0089】
Reactivity of F026−427 and F045−092 with HA expressed on 293T cells
インフルエンザA香港型山梨株のHA遺伝子を発現ベクターpNOWのクローニングサイトに挿入し、pNOW−Yam77HAを作製した。pNOW−Yam77HAとリポフェクトアミンLTXを混合し、293T細胞に加えてトランスフェクションを行った。24時間培養後、トランスフェクションした細胞を回収し、2.5% BSA−PBS−0.05% Na−N
3で4℃で30分間ブロッキング後、Fab−p3抗体(F026−427,F045−092,F008−038)と4℃で30分間反応させた(F008−038は山梨株HAに反応しないネガティブコントロール)。次に、細胞をウサギ抗p3ポリクローナル抗体と反応させた後、Alexa488標識抗ウサギIgG(Pierce社製)と反応させ、FACS解析を行った。同様にして、ポジティブコントロールとして、細胞を抗インフルエンザA香港型マウスモノクローナル抗体F49と反応させた後、Alexa488標識抗マウスIgG(Pierce社製)と反応させ、FACS解析を行った。
インフルエンザA香港型山梨株HAに反応しないネガティブコントロールF008−038に比べて、F026−427,F045−092はFACSのピークシフトが起こった(
図13)。したがって、F026−427,F045−092は山梨株HAに対する抗体であると考えられた。
【0090】
完全型ヒトIgGのインフルエンザウイルスに対する中和活性測定
[試料・試薬]
1.精製完全型ヒトIgG抗体
F026−427(Lot.100614),F045−092(Lot.100614)
2.ウイルス
以下のウイルス株を使用した。
Human H3N2;A/Aichi/2/1968株,A/Kitakyusyu/159/1993株
Avian H3N8;A/Budgerigar/Aichi/1/1977株
Pandemic H1N1;A/Suita/1/2009pdm株
Swine H1N1;A/Swine/Hokkaido/2/1981株
Human H1N1;A/New Caledonia/20/1999株
Human H2N2;A/Okuda/1957株
Avian H2N2;A/duck/Hong Kong/273/1978株
Avian reassortant H5N1;
A/duck/Mongolia/54/2001(H5N2)株HA x A/duck/Mongolia/47/2001(H7N1)株NA x A/duck/Hokkaido/49/98(H9N2)株internal
Human H5N1;A/Vietnam/1194/2004株
Human H5N1;A/Anhui/1/2005株
Human H5N1;A/Indonesia/5/2005株
3.細胞・培地
MDCK細胞を10%FCS含MEMで継代し、中和試験およびウイルス感染後培養は、0.4%BSA含FCS不含MEMを使用した。
4.PAP染色用試薬
Mouse monoclonal antibody to influenza A NP(C43)
Rabbit anti serum to mouse IgG(whole molecule) cappel 55436
Goat anti serum to rabbit IgG(whole molecule) cappel 55602
Rabbit Peroxidase anti Peroxidase(PAP) cappel 55968
3,3’−Diaminobenzidin Tetrahydrochroride Sigma D5637
過酸化水素 試薬特級 Sigma−Aldrich 13−1910−5
[実験方法]
F026−427、F045−092の各クローンのVHおよびVLアミノ酸配列を有するヒトIgG抗体を作成し、中和活性試験に用いた。各精製ヒトIgG抗体溶液を0.4%BSA含有MEMで250μg/mL、および100μg/mLに希釈し、さらに100μg/mL溶液を原液として4倍段階希釈した。得られた各抗体希釈液に100FFUに調整した各サブタイプのインフルエンザウイルス液を等量添加し、37℃で1時間中和反応を行った。予め10%FCS含有MEMで継代培養しておいたMDCK細胞を96wellプレートで単層培養し、PBS(−)で洗浄した後、中和反応後の反応液を30μL/wellずつ添加した0.4%BSA含有MEMで、37℃で1時間ウイルスを吸着させた。中和反応液を除去し、PBS(−)で1回洗浄した後、0.4%BSA含有MEMを50μL/wellずつ添加し、CO
2存在下37℃で16時間培養を行った。培養液を除去後、100%エタノールで細胞を固定し、乾燥した。その後、酵素抗体法(PAP法)により感染細胞を染色し、顕微鏡下で感染細胞数をカウントして感染抑制率を算出した。結果を
図14に示す。
F026−427は、ヒトH3N2株、鳥H3N8株、ヒトH1N1株、ヒトH2N2株、またわずかながらヒトH5N1株に対して中和活性を示した。一方、F045−092は、ヒトH3N2株、鳥H3N8株、ヒトH1N1株、ヒトおよび鳥H2N2株、また、弱いながらもヒトおよび鳥H5N1株に対しても中和活性を示した。以上の結果から、F026−427、F045−092は、一部を除きヒト由来株および鳥由来株に反応性を示し、ブタ由来株には反応性を示さないことが示唆された。
【0091】
Reactivity of F026−427 and F045−092 with HA0 and HA1 expressed on 293T cells
インフルエンザA/H3N2型愛知株HA0およびHA1遺伝子を発現ベクターpDisplayのクローニングサイトに挿入し、pDisp−Aic68HA0,pDisp−Aic68HA1を作製した。同様に、インフルエンザA/H3N2型福岡株HA0およびHA1遺伝子を発現ベクターpDisplayのクローニングサイトに挿入し、pDisp−Fuk85HA0,pDisp−Fuk85HA1を作製した。これらの4種類のプラスミドとリポフェクトアミンLTXをそれぞれ混合し、293T細胞に加えてトランスフェクションを行った。ネガティブコントロールとしてプラスミド無しで、リポフェクトアミンLTXのみを293Tに加えたものも用意した(Mock−transfection)。24時間培養後、トランスフェクションした細胞を回収し、2.5% BSA−PBS−0.05% Na−N
3で4℃で30分間ブロッキング後、Fab−PP抗体(F026−427PP,F045−092PP)、抗インフルエンザA/H3N2型抗体F49、ウサギ抗V5タグ抗体と4℃で30分間反応させた。ポジティブコントロールとして、抗インフルエンザA/H3N2型愛知株Fab−PP抗体F003−137PPを、pDisp−Aic68HA0およびpDisp−Aic68HA1をトランスフェクションした細胞およびMock−transfectionの細胞と4℃で30分間反応させた。同様に、ポジティブコントロールとして、インフルエンザA/H3N2型福岡株Fab−PP抗体F019−102PPを、pDisp−Fuk85HA0およびpDisp−Fuk85HA1をトランスフェクションした細胞およびMock−transfectionの細胞と4℃で30分間反応させた。次に、Fab−PP抗体と反応させた細胞をAlexa488標識抗ヒトIgG(Pierce社製)と、F49と反応させた細胞をAlexa488標識抗マウスIgG(Pierce社製)と、ウサギ抗V5タグ抗体と反応させた細胞をAlexa488標識抗ウサギIgG(Pierce社製)とそれぞれ反応させ、FACS解析を行った。
F045−092PPは、HAが発現していないコントロールのMock−transfectionの細胞に比べて、インフルエンザA/H3N2型愛知株HA0,HA1およびインフルエンザA/H3N2型福岡株HA0,HA1発現細胞に反応してFACSでピークシフトが起こった(
図15−1)。F026−427PPは、HAが発現していないコントロールのMock−transfectionの細胞に比べて、インフルエンザA/H3N2型愛知株HA0,HA1発現細胞に弱いながら反応してFACSでピークシフトが起こった(
図15−2)。V5タグ抗体はHA0,HA1の発現を確認する抗体であり、いずれのHA0,HA1発現細胞でも十分に発現していることを示している。F004−137PP,F019−102PPもそれぞれHA0,HA1に十分反応している。F49はHA0には反応したがHA1には反応しなかった。
F026−427,F045−092がHA1に反応していることから、これらの抗体が認識するエピトープは、HA1分子上に存在すると考えられ、F026−427,F045−092と同様に幅広い株特異性を持つF49とは認識エピトープが異なると考えられた。近年報告されてきた株特異性の広いVH1−69ジャームライン由来の抗体の認識エピトープは、主にHA2領域であり、フュージョン活性を阻害することにより中和活性を有すると考えられている。しかし、VH1−69ジャームライン由来の記載のF026−427,F045−092の認識エピトープはHA1領域であり、
図8で明らかなように、HI活性を有することにより中和活性を示すと考えられる。このような性質を示す抗体は前例がなく、全く新規の性質を持つ抗体である。さらに、
図16で明らかなように、F026−427,F045−092の認識エピトープは、エピトープB近傍であると考えられた。
【0092】
Inhibition of ELISA activity by F004−104
インフルエンザA/H3N2型パナマ株ワクチンを吸着させたイムノプレートに、Fab−p3型モノクローナル抗体F026−427p3,F045−092p3,F004−104p3およびマウス由来抗インフルエンザA/H3N2型抗体F49を、IgG抗体(F026−427IgG,F045−092IgG,F004−104IgG)の共存下および非共存下(No IgG)で反応させた。次に、ワクチンに結合したFab−p3抗体を検出するために、ウサギ由来抗p3抗体を反応させた後、HRP標識抗ウサギIgG抗体を反応させ、OPDで発色させた。また、F49を検出するために、HRP標識抗ウサギIgG抗体を反応させ、OPDで発色させた。結果を
図16に示す。
同じ種類の抗体どうしのELISA活性の阻害はすべて有意に認められた。F045−092IgG,F004−104IgGは、F026−427p3,F045−092p3,F004−104p3のELISA活性をすべて阻害した。また、F026−427IgGはF004−104p3のELISA活性を阻害した。一方、F026−427IgGはF045−092p3を有意に阻害しなかったが、これはF045−092の結合活性がF026−427の結合活性に比べて非常に強いためだと考えられた。F49は、用いたIgG抗体による有意なELISA活性の阻害は認められなかった。
F004−104はエスケープミュータント解析の結果、HA1分子上の159番目および190番目のアミノ酸配列近傍が認識エピトープであることが明らかになっている抗体である(
図17−1、
図17−2)。競合ELISAの結果から、F026−427,F045−092の認識エピトープは、F004−104の認識エピトープに近いと考えられた。従って、F026−427,F045−092の認識エピトープは、HA1分子上の159番目および190番目のアミノ酸配列近傍であると推測された。
【0093】
F045−092、F026−427の136番アミノ酸変異体に対する反応性
Aic68株HAの136番目のセリン残基をスレオニン(変異体Aic68S136T)あるいはアラニン(変異体Aic68S136A)に変換した変異HAを作製した。これらの変異体と野生型Aic68株Aic68wtを293T細胞上に発現させ、F026−427、F045−092、F003−137、F035−015、F033−038と反応させた後、フローサイトメトリー解析により反応性を調べた。結果を
図18に示す。
その結果、F035−015、F033−038は2つの変異体に対して反応性が変化しなかった。F045−092のAic68S136Tに対する反応性は、Aic68wtに対するよりも少し弱くなっていた。F045−092のAic68S136Aに対する反応性は更に弱くなっていた。136番目のセリン残基の変異がF045−092によるHAの認識に影響を及ぼしていることから、136番目の残基がF045−092のHA認識エピトープ、もしくはその近傍にあるアミノ酸であることが推測された。
【0094】
FCM analyses of F045−092 for chimeric HA 133A and 142A
Aic68株HAの142−146番目のアミノ酸配列に、Wyo03株HAの142−146番目のアミノ酸配列を移植してキメラHA(Aic68_142A)を作製した。これとは逆に、Wyo03株HAの142−146番目のアミノ酸配列に、Aic68株HAの142−146番目のアミノ酸配列を移植してキメラHA(Wyo03_142A)を作製した。一方、Fuk85株HAの142−146番目のアミノ酸配列に、Aic68株HAの142−146番目のアミノ酸配列を移植してキメラHA(Fuk85_142A)を作製した。更に、Fuk85株HAの133−137番目のアミノ酸配列に、Wyo03株HAの133−137番目のアミノ酸配列を移植してキメラHA(Fuk85_133A)を作製した。これらの変異体と野生型Aic68株HA(Aic68_Wild)、野生型Wyo03株HA(Wyo03_Wild)、野生型Fuk85株HA(Fuk85_Wild)を293T細胞上に発現させ、F045−092と反応させた後、フローサイトメトリー解析により反応性を調べた(EMAC法[epitope mapping through analysis of chimaeras];Okada et al,Journal of General Virology,vol.92,326−335,2011)。結果を
図19および
図20に示す。
F045−092は、Aic68_Wildに対して十分強い反応性を示すが、Wyo03株の142−146番目のアミノ酸配列を移植したキメラAic68_142Aにはほとんど反応しなかった。逆に、F045−092は、Wyo03_Wildに対してほとんど反応性を示さないが、Aic68株の142−146番目のアミノ酸配列を移植したキメラWyo03_142Aには十分強く反応した。このことから、Wyo03株の142−146番目のアミノ酸配列が、F045−092によるHAの認識を阻害することがわかった。Wyo03株の142−146番目のアミノ酸配列には、比較的分子量の大きいアミノ酸残基が多く、抗体がHAに結合する際に立体障害を引き起こす可能性が考えられた。一方、F045−092は、Fuk85_Wildに対して非常に弱く反応するが、Wyo03株HAの133−137番目のアミノ酸配列を移植したキメラFuk85_133Aに対して強く反応する。F045−092がHAを認識するためには、133−137番目のアミノ酸配列は、Fuk85株タイプより、Wyo03株タイプの方が好ましいと考えられた。従って、133−137番目のアミノ酸配列がF045−092の認識エピトープ、もしくは近傍にあることが推測された。
【0095】
競合実験に使用した抗HA抗体のHA1抗原認識部位
プロテインデータバンクよりH3のHAタンパクX線結晶構造解析ファイル(1HA0)をダウンロードし、Rasmol 2.7.5のソフトでHA1領域の91−260アミノ酸部分の3次元構造を構築した(
図21)。EMAC法に従い、各H3N2抗体の各H3N2インフルエンザウイルスに対する抗原認識部位を予め推測した。例えば、F033−038は、Aic68株HAに対してA領域およびB領域が抗原認識部位であると判断された。
【0096】
HA1のサイトA、B、C、D、Eに結合する抗HA抗体とF045−092抗体との競合実験
EMAC法により、認識する抗原部位の判明している抗HA抗体(F041−342、F041−360、F019−102、F004−111、F033−038、F010−073、F010−014、F004−136、F010−077、F008−055、F008−038、F008−046、F010−032、F035−015、F037−115、F004−104、F003−137)と、F045−092抗体との競合ELISAを行った。結果を
図22に示す。
各抗HA抗体のFab−ppおよびFab−cp3型を調製し、pp型抗体とともにcompetitorとしてcp3型抗体を入れて抗原上で競合させた後、pp型抗体の抗原に対する結合活性を測定した。具体的には、ホルマリンにより不活性化したH3N2ウイルス株をイムノプレートにコーティングし、5% BSAでブロッキングした。至適濃度のFab−pp抗体と、20μg/mlのF045−092のcp3型抗体、または、大腸菌培養上清を20倍濃縮したFab−cp3型抗体を50μlずつ混ぜ、ブロッキングの終了したイムノプレートに添加し、37℃で1時間インキュベートした。PBSTで洗浄後、抗原に結合したpp型抗体を検出するためrabbit anti−streptavidin −HRP抗体を添加し、さらに37℃で1時間インキュベートした。プレート洗浄後、HRPの基質であるOPDを添加して20分反応させた後、2N 硫酸で反応を止め、492nmの波長でサンプルのODを測定した。
使用したH3N2型ウイルス株は以下の通りである。
Aic68:A/Aichi/2/68
Yam77:A/Yamanashi/2/77
Syd97:A/Sydney/5/97
Pan99:A/Panama/2007/99
F045−092抗体は、サイトCを認識するF041−342,F041−360、サイトEを認識するF019−102、CとE両サイトを認識するF004−111抗体とは全く競合せず、CおよびEのサイトには結合していないと考えられた。一方、サイトA,Bをともに認識する抗HA抗体(F033−038、F010−073、F010−014、F004−136、F010−077)は、F045−092と非常によく競合していた。レセプター結合領域の周りにあるサイトAのみを認識する抗体(F035−015)、サイトBのみを認識する抗体(F008−055、F008−038、F008−046、F010−032、F037−115、F004−104)、サイトB2/Dを認識する抗体(F003−137)とは、F008−038以外の抗体は、F045−092抗体と競合はするもののA,B両サイトを認識する抗体ほどの競合結果は得られなかった。F045−092抗体は、サイトA、Bおよび、その間にありウイルスの型を超えてアミノ酸の保存度の高いレセプター結合領域のあたりを認識している可能性が示唆された。このことは、F045−092がHI活性を示したこととも一致している。