(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6018923
(24)【登録日】2016年10月7日
(45)【発行日】2016年11月2日
(54)【発明の名称】敗血症の予後の予測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20161020BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20161020BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 DZNA
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-552719(P2012-552719)
(86)(22)【出願日】2012年1月10日
(86)【国際出願番号】JP2012050226
(87)【国際公開番号】WO2012096245
(87)【国際公開日】20120719
【審査請求日】2014年8月22日
(31)【優先権主張番号】特願2011-3016(P2011-3016)
(32)【優先日】2011年1月11日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591122956
【氏名又は名称】株式会社LSIメディエンス
(73)【特許権者】
【識別番号】000181147
【氏名又は名称】持田製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090251
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 憲一
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】松屋 毅
(72)【発明者】
【氏名】岡村 佳和
(72)【発明者】
【氏名】ラルフ トーメ
(72)【発明者】
【氏名】エーベルハルト シュパヌート
(72)【発明者】
【氏名】ボリス イヴァンディッチ
(72)【発明者】
【氏名】白川 嘉門
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 重厚
【審査官】
草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2009/142303(WO,A1)
【文献】
特表2010−520996(JP,A)
【文献】
特表2008−525110(JP,A)
【文献】
Burgmann, H 、外11名,Increased serum concentration of soluble CD14 is a prognostic marker in gram-positive sepsis.,Clinical immunology and immunopathology,1996年,Vol.80,No.3,Page.307-310
【文献】
Aalto H、外4名,Monocyte CD14 and soluble CD14 in predicting mortality of patients with severe community acquired infection.,Scand J Infect Dis.,2007年,Vol.39,No.6-7,Page.596-603
【文献】
遠藤重厚、外7名,新しい敗血症の診断マーカーである可溶性CD14サブタイプの有用性について,エンドトキシン血症救命治療研究会誌,日本,2005年,Vol.9,No.1,Page.46-50
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のsCD14−ST(非還元条件下SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動により決定した分子量:13±2kDa)を測定することを特徴とする、敗血症の予後の予測のための方法。
【請求項2】
敗血症の疑いが生じてから72時間以内に該sCD14−STを測定する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
予後予測が、死亡リスク又は生存率の予測である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
敗血症の予後を予測するための、試料中のsCD14−ST(非還元条件下SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動により決定した分子量:13±2kDa)を測定する方法。
【請求項5】
敗血症の疑いが生じてから72時間以内に該sCD14−STを測定する、請求項4に記載の測定方法。
【請求項6】
敗血症の治療を行った後、該sCD14−STを測定する、請求項4に記載の測定方法。
【請求項7】
予後予測が、死亡リスク又は生存率の予測である、請求項4に記載の測定方法。
【請求項8】
敗血症が疑われる患者又は敗血症患者から採取した試料中のsCD14−ST(非還元条件下SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動により決定した分子量:13±2kDa)を測定する工程、及び
該sCD14−STの測定値を健常者と比較する工程
を含む、敗血症の予後の予測のための方法。
【請求項9】
前記比較工程において、該sCD14−STの測定値と予め決定した閾値とを比較する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記比較工程において、該sCD14−STの測定値と、予め決定した各分位群とを相関させる、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
該sCD14−STを免疫学的測定方法で測定する、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
敗血症の予後を予測するキットであって、
(a)sCD14−ST(非還元条件下SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動により決定した分子量:13±2kDa)に特異的な抗体、
(b)試料中の該sCD14−STの量と予後との相関を示す標準データ、
(c)取扱説明書
を含む、該キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、敗血症の予後の予測方法と、該方法を実施するキットに関する。
【背景技術】
【0002】
試料中のsCD14−STを測定して敗血症を診断することが開示されている(非特許文献1、特許文献1)。また、sCD14−STをその特異的抗体によって測定することも開示されている(特許文献1、特許文献2)。また、その早期検出及び重篤度を評価する方法が開示されている(特許文献2、非特許文献2−4)。そこでは、ある時点での患者の状態が重篤であるかそうでないかが評価できること、また、敗血症が生じた際に直ぐに敗血症であるか否かを評価できることが開示されているのみで、敗血症が疑われた際にsCD14−STを測定することにより、該敗血症が生じてから数日から数十日後の、敗血症の予後を予測できることは推測も開示もされていない。
【0003】
ところで、sCD14−ST以外の敗血症の診断マーカーとしてプロカルシトニン(PCT)が知られている。プロカルシトニンは、測定時において敗血症であるか否かの評価ができるだけでなく、敗血症の重篤度の程度の予測、すなわち、予後(特には死亡リスク)を評価できるとされており(非特許文献5)、米国FDAで敗血症の重篤度の程度を予測できるマーカーとして承認されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4040666号明細書
【特許文献2】特開2005−106694号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J Infect Chemother 2005;11:234−238.
【非特許文献2】Medical Postgraduates 2010;48:25−27.
【非特許文献3】Therapeutic Reserach 2004;25:1689−1694.
【非特許文献4】ICUとCCV 2005;29:21−26.
【非特許文献5】Am J Respir Crit Care Med 2001;164:396−402.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
敗血症が疑われた後、それに対する適切な治療方針を迅速に決定することが求められている。本発明の課題は、敗血症患者においてその予後を予測するマーカーとして公知であるプロカルシトニンよりも優れた、予後予測に利用可能な新規マーカーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題の解決手段を鋭意探求する中で、本発明者は、敗血症が疑われた後72時間以内に、試料中のsCD14−STを測定することにより、その測定値あるいは程度から、敗血症が生じてから数日から数十日後に、その予後がどの程度重篤になるのか(いわゆるリスク層別化)、あるいは、死亡リスクを予測できることを発見し、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、
[1]試料中のsCD14−STを測定することを特徴とする、敗血症の予後の予測方法、
[2]敗血症の疑いが生じてから72時間以内にsCD14−STを測定する、[1]の予測方法、
[3]予後予測が、敗血症における合併症併発の予測である、[1]の予測方法、
[4]敗血症の予後を予測するための、試料中のsCD14−STを測定する方法、
[5]敗血症の疑いが生じてから72時間以内にsCD14−STを測定する、[4]の測定方法、
[6]敗血症の治療を行った後、sCD14−STを測定する、[4]の測定方法、
[7]予後予測が、敗血症における合併症併発の予測である、[4]の測定方法、
[8]敗血症が疑われる患者又は敗血症患者から採取した試料中のsCD14−STを測定する工程、
sCD14−ST値が健常者と比較して高値である場合に予後不良であると判断する工程
を含む、敗血症の予後の予測方法、
[9]前記判断工程において、sCD14−ST値と予め決定した閾値とを比較する、[8]の方法、
[10]前記判断工程において、sCD14−ST値と、予め決定した各分位群とを相関させる、[8]の方法、
[11]該sCD14−STを免疫学的測定方法で測定する、[1]〜[10]のいずれかの方法、
[12]敗血症の予後を予測するキットであって、
(a)sCD14−STに特異的な抗体、
(b)試料中のsCD14−STの量と予後との相関を示す標準データ、
(c)取扱説明書
を含む、該キット
に関する。
【0009】
本明細書において「ヒトsCD14−ST」(別称としてプレセプシン(登録商標)ともいう)とは、特許第4040666号明細書に記載の「第1の態様の可溶性CD14抗原」を意味し、より具体的には、下記の1)〜3)の性質を有する可溶性CD14抗原である。
1)非還元条件下SDS−PAGEでは、分子量13±2kDa、
2)N末端配列に配列番号1のアミノ酸配列を有する、及び
3)配列番号2に記載の16アミノ酸残基からなるペプチドを抗原として作製した抗体に特異的に結合する。
なお、本明細書中において「sCD14−ST」は特に断りのない限りヒトsCD14−STを意味する。
【0010】
配列番号1:
Thr Thr Pro Glu Pro Cys Glu Leu Asp Asp Glu
1 5 10
配列番号2:
Arg Val Asp Ala Asp Ala Asp Pro Arg Gln Tyr Ala Asp Thr Val Lys
1 5 10 15
【0011】
「敗血症」とは、感染の存在に加え、例えば、全身性炎症反応症候群(SIRS)診断項目である以下4項目のうち2項目以上を満たす状態の事を言う〔Chest 1992;101(6):1644−1655〕。
1)体温>38℃または<36℃
2)心拍数>90回/分
3)呼吸数>20回/分またはPaCO
2>32torr
4)白血球数>12000、<4000/m
3または未熟型白血球>10%
【0012】
前記感染とは、細菌、真菌、寄生虫、またはウイルスなどが挙げられる。
感染の存在を確認する方法としては、特に限定するものではないが、一般的に行われている血液培養の他に遺伝子同定法(PCR、RP−PCRなど)、画像診断、超音波診断、内視鏡検査、生検などが挙げられる〔Am J Infect Control 1988;16:128−140〕。
【0013】
「重症敗血症」とは、少なくとも1つの臓器不全の兆候(例えば低酸素血症、乏尿症、代謝性アシドーシス、または大脳機能異常)によって明らかである臓器低灌流を更に伴う敗血症をいう。
「敗血症性ショック」とは、収縮期血圧<90mmHgまたは血圧保持のための薬剤介入の必要性によって明らかである低血圧を更に伴う「重症敗血症」をいう。
「敗血症の合併症」としては、多臓器機能不全症候群(MODS)、播種性血管内凝固症候群(DIC)、急性呼吸促迫症候群(ARDS)、急性腎不全(AKI)などが挙げられる。敗血症の合併症は、敗血症が重症敗血症、敗血症性ショックと重篤度が高くなるにつれ、併発する可能性が高くなる。例えば「MODS(多臓器不全症候群)」は、複数の重要臓器が同時に機能障害を起こす症候群であり、SIRSとの関連で同定される。
本明細書で使用される「敗血症」は、敗血症の最終段階と関連する敗血症、「重症敗血症」「敗血症性ショック」及び前記「敗血症の合併症」の発病を含むが、限定されない敗血症の全ての段階を含む。
【0014】
敗血症は、抗生物質および支持療法が可能であるにも関わらず、死亡症例の重大な原因となっている。最近の研究における推定では、米国において毎年751,000症例の重症敗血症が発生しており、その死亡率は30−50%である。2002年にアメリカ集中治療医学会(SCCM)とヨーロッパ集中治療医学会(ESICM)、およびISF(International Sepsis Forum)に所属する集中治療や感染症の専門家が、重症敗血症の死亡率を向こう5年間で25%低下させることを目的に、“Surviving Sepsis Campaign(SSC)”と称する国際的なプログラムを立上げ、その取組みの一環としてSurviving Sepsis Campaign guidelines(SSCG)が作成されている。このガイドラインは2004年にはじめてエビデンスに基づいた重症敗血症の診断・治療のガイドラインとして発表され、2008年にはその改訂版が発表されている〔Crit Care Med.2008;36:296−327〕。これらのガイドラインは、重症敗血症に対する初期輸液療法(early−goal directed therapy)などを基盤とするものである〔New Engl.J.Med.2001;345:1368−1377〕。
本ガイドラインに記載された敗血症の治療には、例えば抗菌薬、輸液療法、血管収縮薬、強心薬、ステロイド療法、血液製剤、血糖コントロール、血液浄化法〔持続的血液ろ過(CHF)、持続的血液ろ過透析(CHDF)、血液透析(HD)〕、外科手術(膿瘍ドレナージ、感染性壊死組織除去)などが挙げられているが、その他にエンドトキシン吸着療法(PMX)やγ−グロブリン製剤も挙げられる〔Crit Care Med.2008;36:296−327〕。敗血症治療剤は上記に例示した薬剤に限定されるものではないが、例えば、水島裕編集、「今日の治療薬 解説と便覧 2006」、南江堂(2006年)等が参考にできる。
【0015】
本明細書において「予後」とは、敗血症が疑われてから患者がどのような経過をたどるのかを言う。例えば予後のリスクとして、人工呼吸治療、ICU(集中治療室)への移動、透析、合併症の併発、死亡等があり、それらのリスクは、従来知られているマーカーと比べて識別可能である。特に、透析リスクや死亡リスクは、精度良く予測することができる。
本明細書において予後の「予測」とは、敗血症が疑われてから患者がどのような経過をたどるのかを予測することを言う。「予測」する手法の一つとして、「リスク層別化」がある。「リスク層別化」とは、敗血症の重篤度によって分類して判別することである。重篤度による分類としては、高度、中度、低度などの病態の程度に分けることもできるし、SIRS、初期敗血症、重症敗血症、敗血症性ショックなどの病態の種類に分けることもできる。また、死亡リスク又は生存率を分類することもできる。
【発明の効果】
【0016】
本発明方法によれば、敗血症の発症の初期段階において、その予後の良否、例えば、予後の重篤度や、死亡リスク又は生存率を予測することができる。その予測の正確性は、米国FDAで敗血症の重篤度の程度を予測できるマーカーとして承認されているプロカルシトニンと比べて、遙かに優れている。
また、本発明方法によれば、前記で予測された予後に合わせて、適切な治療方針を策定することができ、該治療後においても、その予後の良否、例えば、予後の重篤度や、死亡リスク又は生存率を予測することができる。すなわち、治療効果を予測することができる。
また、本発明方法によれば、予測された予後の重篤度に合わせて、敗血症の合併症を予測することができる。
また、本発明のキットは、本発明方法に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】敗血症が疑われた患者(146名)に関して、来院時に採取した血漿検体のsCD14−ST値と来院後30日以内の生存率の関係を示すグラフである。I群〜IV群におけるsCD14−ST値は、それぞれ、177〜512pg/mL(I群)、524〜927pg/mL(II群)、950〜1810pg/mL(III群)、1858pg/mL以上(IV群)である。
【
図2】敗血症が疑われた患者(146名)に関して、来院時に採取した血漿検体のsCD14−ST値と来院後30日以内の生存率の関係を示すグラフである。閾値を920ng/mLとし、閾値よりも低い値を示す患者群がa群、閾値又はそれよりも高い値を示す患者群がb群である。
【
図3】
図2と同じ患者に関して、来院時に採取した血漿検体のプロカルシトニン(PCT)値と来院後30日以内の生存率の関係を示すグラフである。閾値を1.86ng/mLとし、閾値よりも低い値を示す患者群がa群、閾値又はそれよりも高い値を示す患者群がb群である。
【
図4】敗血症が疑われた患者(146名)に関して、来院時に採取した血漿検体のsCD14−ST値とPCT値それぞれに対して来院後30日以内の死亡率をROC分析で比較を行った結果を示すグラフである。
【
図5】敗血症が疑われた患者(146名)に関して、来院時(a群)、24時間後(b群)、72時間後(c群)に血漿検体を採取し、各採血ポイントのsCD14−ST値に対して来院後30日以内の死亡率をROC分析により比較を行った結果を示すグラフである。
【
図6】
図5と同じ患者に関して、来院時(a群)、24時間後(b群)、72時間後(c群)に血漿検体を採取し、各採血ポイントのPCT値に対して来院後30日以内の死亡率をROC分析により比較を行った結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の予測方法又は測定方法(以下、本発明方法と称する)では、被検対象者、特に、敗血症が疑われる患者又は敗血症患者から採取した試料中のsCD14−STを測定する。このような被検対象者には、例えば、抗菌剤治療を必要とする感染症、あるいは、悪化した感染症の患者も含まれる。
sCD14−STの測定方法それ自体は公知であり、タンパク質の各種の公知分析方法、例えば、抗体を用いる免疫学的分析方法、電気泳動等の生化学的分析方法により実施することができ、臨床検査用の自動分析機を使用することもできる。RNAアプタマーなど、抗体と類似の性質を有する物質を利用する分析方法も本発明の一部である。
【0019】
例えば、特許第4040666号明細書には、ヒトsCD14−STの測定方法、より具体的には、配列番号2に記載の16アミノ酸残基からなるペプチド(特許第4040666号明細書に記載のS68ペプチド)を抗原として作製したポリクローナル抗体(S68抗体)、モノクローナル抗体(F1146−17−2抗体)と、抗CD14抗原モノクローナル抗体(例えば、F1031−8−3抗体、F1106−13−3抗体等)との組合せを用いたサンドイッチEIA系[特許第4040666号明細書の実施例7−(1)]が開示されており、本発明方法に適用することができる。
また、後述する実施例に示すように、sCD14−STの測定は、磁性粒子を使用した化学発光酵素免疫測定法により、自動化学発光免疫測定装置(PATHFAST;三菱化学メディエンス社)を使用して実施することもできる。
【0020】
本発明方法で用いる試料としては、sCD14−STの測定が可能である限り、特に限定されるものではなく、例えば、血液試料(例えば、全血、血漿、血清)、尿、リンパ液、脳脊髄液、その他の体液を用いることができる。
【0021】
本発明方法では、試料中のsCD14−ST濃度の上昇を、予後不良の指標とする。例えば、後述する実施例2に示すように、sCD14−ST値が高くなるにつれて生存率が低くなり、sCD14−ST値が高値である患者群(IV群;1858pg/mL以上)では生存率が35%であった。このように、本発明方法では、sCD14−ST値が高値を示す場合には、敗血症の予後の状態が不良であり、死亡リスクが高いと判定することができる。一方、sCD14−ST値が低値を示す場合には、敗血症の予後の状態が良好であり、死亡リスクが低いと判定することができる。例えば、試料中のsCD14−ST濃度が健常人の分位数(例えば、中央値)より高ければ、敗血症の予後の状態が不良であると判定できる。また、Cox回帰やロジスティック回帰などの統計学的手法によって行うことができる。また、sCD14−ST値の程度によって、敗血症の予後の重篤度を予測することができる。判定のための基準は、事前に用意しておいた「閾値」を使用することができる。
【0022】
本発明方法において、予後予測を行うためのsCD14−ST濃度の閾値は、種々条件、例えば、性別、年齢などにより変化することが予想されるが、当業者であれば、被験者に対応する適当な母集団を適宜選択して、その集団から得られたデータを統計学的処理を行うことにより、判定用閾値を決定することができる。前記母集団としては、健常人群、敗血症群、敗血症の各病態の程度群、敗血症の各病態の種類群などが選択できる。後述する実施例4では、
図4に示すROC(receiver operating characteristic)分析を行うことにより、1108pg/mLの最適カットオフ値(感度=78%、特異度=66%)を決定している。本発明方法では、判定用閾値を決定し、試料中のsCD14−ST濃度の測定値と判定用閾値を比較することにより、医師の判断を必要とすることなく、自動的に、敗血症の予後の予測を行うことができる。
【0023】
本発明方法において、検体の採取時期は、敗血症の疑いが生じた段階、治療を行った後などが好ましいが、患者が入院してから経時的に採取しても良い。具体的には、病院や救急病棟に初めて入院した時、集中治療室での治療前・治療後、治療後24時間、治療後48時間、治療後72時間などが挙げられる。
【0024】
本発明方法の第1の態様としては、敗血症の発症の初期段階に、その予後を予測することができる。敗血症の発症の初期段階とは、敗血症の疑いが生じた段階も含まれる。
敗血症の疑いが生じた段階とは、例えば、従来の臨床症状が敗血症の臨床的疑いを支持するのに十分な段階の前の、敗血症の早期段階をいう。本発明の方法は、従来の診断ガイドラインを使用して敗血症と認められる時より前に敗血症を検出するために使用することができるので、特定の実施態様において、初期敗血症における患者の疾患状態は、敗血症の徴候がより臨床的に明らかであるときよりも過去にさかのぼって確認される。すなわち、医師が臨床症状により、敗血症の臨床的疑いをもった段階ということもできる。具体的には、患者が病院やICU等に運ばれてから72時間以内に、医師が敗血症の臨床的疑いをもった段階をいう。患者が敗血症になる正確な機構は、本発明の重要な実施態様ではない。本発明の方法は、感染過程の起源とは独立して敗血症の発病を検出することができ、敗血症の疑いが生じた段階で、その予後の予測を行うことができるので非常に有用である。
【0025】
本発明方法の第2の態様としては、敗血症の治療効果に起因する予後を予測する事が出来る。治療効果に起因する予後を予測するとは、特に限定するものではないが、次のような治療効果をモニタリングする使い方が考えられる。例えば、来院後に治療を行う前、治療を行った後、治療効果が現れる時期に検体を採取し、治療を行ったにも関わらず設定した閾値を超えた場合に、治療効果がなく予後不良が予測される。また、来院時にすでに閾値を超えた病態から治療によって閾値よりも低下した場合は、治療効果があり予後が良いと予測される。
【0026】
本発明方法の第3の態様としては、敗血症の合併症を生じるか予測する事が出来る。敗血症の合併症を生じるか予測するとは、特に限定するものではないが、設定した閾値を超えた場合に合併症併発の可能性が高くなると予測される。また、設定した閾値よりも低値の場合は、合併症併発の可能性が低くなると予測される。
【0027】
本発明のキットは、本発明方法を実施するのに用いることができ、
(a)sCD14−STに特異的な抗体、
(b)試料中のsCD14−STの量と予後との相関を示す標準データ、
(c)取扱説明書
を含む。
【0028】
本発明のキットに用いる前記抗体は、モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであることもできる。また、sCD14−STへの特異的結合能を保持する抗体断片、例えば、Fab、Fab’、F(ab’)
2、又はFvとして、キットに用いることもできる。
更に、前記抗体は、そのままの状態でキットに用いることもできるし、利用する免疫学的手法に基づいて、それに適した形態、例えば、ラテックス凝集免疫測定法を利用するのであれば、ラテックス担体に固定した状態で、磁性粒子などを利用した高感度測定法を利用するのであれば、磁性粒子に固定した状態で、イムノクロマトグラフ法などの基板を利用する方法であれば、基板に固定した状態で、標識物質(例えば、酵素、蛍光物質、化学発光物質、放射性同位体、ビオチン、アビジン)による標識の必要があれば、標識化した状態で、キットに用いることもできる。
【0029】
本発明のキットに含まれる前記標準データは、試料中のsCD14−STの量と予後との相関を示すものである限り、特に限定されるものではないが、例えば、判定用閾値、あるいは、判定用閾値を算出するためのオリジナルデータ又は統計処理データなどを挙げることができる。該標準データは、前記取扱説明書中に記載されても良いし、別にデータシートとして添付しても良い。また、添付される文書の形態は、紙、CD−ROM等の電子媒体、ホームページ等からのダウンロードも含まれる。
また、本発明のキットに含まれる前記取扱説明書は、少なくとも、試料中のsCD14−STの量と敗血症の予後との関係に言及するものであれば、特に限定するものではなく、前記言及に加え、例えば、本発明のキットを使用する免疫学的測定の実施手順に関する説明、得られた測定値に基づいて予後を予測する手順に関する説明、キット自体の保存・取り扱いなどに関する注意事項などを含むことができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0031】
敗血症の前向き研究として1施設の臨床現場で一定期間、登録された救急患者を対象に行った。なお、この試験は倫理委員会の承認を得て行った。試験に登録された患者は、重症感染症の徴候が認められて救急病院に入院した18才以上の男女で、以下4項目のうち2項目以上を満たし、明らかな敗血症の徴候あるいは敗血症が強く疑われた場合を対象とした。
1)体温>38℃または<36℃
2)心拍数>90回/分
3)呼吸数>20回/分またはPaCO
2>4.3kPa
4)白血球数>12000、<4000/m
3または未熟型白血球>10%
試験登録時の感染の有無は、血液培養結果を必須とせず、医師が患者の臨床所見や症状を見て判断を行なった。なお、試験登録後の血液培養結果により、敗血症ではないSIRSであると判明した患者は対象外とした。
【0032】
sCD14−STの測定に使用するサンプルは、患者から入院直後、24時間後、72時間後にEDTA血漿を採取し、測定するまで−70℃で保存した。入院直後とは、入院してから6時間以内の事を示す。
また、入院後の重症度の判定は、“Acute Physiology And Chronic Health Score II”(APACHEII)、“Glasgow Coma Scale”(GCS)、“Sepsis−related Organ Failure Assessment Score”(SOFA)、“Mortality in Emergency Department Sepsis”(MEDS)を用いて行った。
予後の判定は、救急病院に入院してから30日以内に死亡した日、または集中治療室(ICU)へ移動、人工呼吸、腎代替療法(例えば、透析)のいずれかの状態に移行した日で行った。30日以内に退院した場合には、30日後に電話で生死状態を確認した。
【0033】
《実施例1:sCD14−STの測定方法》
sCD14−STの測定は、特許第4040666号明細書の実施例7−(1)を改変して行った。すなわち、アルカリフォスファターゼ(ALP)標識したポリクローナル抗体(S68抗体)と、磁性粒子(JSR社製)に固定化したモノクローナル抗体(F1031−8−3抗体)を使用し、自動化学発光酵素免疫測定装置であるPATHFAST(三菱化学メディエンス社製)で測定した。アルカリフォスファターゼ(ALP)標識したポリクローナル抗体(S68抗体)は、該ポリクローナル抗体(S68抗体)のFab’画分を調製し、マレイミド法によりALPと結合させて作製した。発光基質は、CDP−star(アプライドバイオシステム社製)を使用した。
測定は以下の手順に従って行った。まず、検体を磁性粒子固定化抗体とALP標識抗体を反応させ、検体中のsCD14−STと前記2つの抗体で複合体を形成させた後、この複合体を磁力体で収集し、結合しなかったALP標識抗体を除いた。発光基質を加え、発光量をsCD14−ST量として検出した。
【0034】
《実施例2:sCD14−ST値と生存率の関係》
敗血症が疑われた患者146名を対象に、来院時に採取した血漿検体のsCD14−ST値と来院後30日以内の生存率の関係を
図1に示す。sCD14−ST測定は、実施例1に従って行った。
図1において、横軸は、患者来院後の経過日数を示す。縦軸は生存率(低くなるほど死亡率が高い)を示す。
【0035】
sCD14−ST値を4段階〔177〜512pg/mL(
図1におけるI群)、524〜927pg/mL(II群)、950〜1810pg/mL(III群)、1858pg/mL以上(IV群)〕に分類し分析したところ、値が高くなるにつれて生存率が低くなり、来院時に1858pg/mL以上のsCD14−ST値を示した患者群IVでは生存率35%であった(III群とIV群との間の有意性:P<0.0005)。以上の結果から、sCD14−ST値は、敗血症患者の死亡リスクを予測できることが判明した。
【0036】
《実施例3:プロカルシトニン(PCT)とsCD14−STによる生存率の比較評価》
敗血症が疑われた患者146名(実施例2と同じ)を対象に、来院時に採取した血漿検体のsCD14−ST値、PCT値それぞれに対し来院後30日以内の生存率の関係を
図2(sCD14−ST)及び
図3(PCT)に示す。sCD14−ST測定は、実施例1に従って行った。PCT測定は、Kryptor automated analyzer(BRAHMS社,ドイツ)専用測定試薬を用いた。sCD14−STは920ng/mLを閾値、PCTは1.86ng/mLを閾値とした場合の生存率を示した。閾値は、それぞれ試験に登録された患者の来院時の測定値の中央値を用いた。閾値よりも低い値を示す患者群を「a」群とし、閾値又はそれよりも高い値を示す患者群を「b」群とした。横軸は、患者来院後の経過日数を示す。縦軸は生存率(低くなるほど死亡率が高い)を示す。sCD14−STは、PCTに対し精度良く生存率を評価でき、また、死亡リスクを予測できることが判明した。
【0037】
《実施例4:PCTとsCD14−STのROC分析による比較評価》
敗血症が疑われた患者146名(実施例2と同じ)を対象に、来院時に採取した血漿検体のsCD14−ST値とPCT値それぞれに対して来院後30日以内の死亡率をROC分析で比較を行った。sCD14−ST測定は、実施例1に従って行った。PCT測定は、Kryptor automated analyzer(BRAHMS社,ドイツ)専用測定試薬を用いた。
図4において、横軸は「100−(特異度)」であり、縦軸は「感度」である。
【0038】
sCD14−STのAUC(0.779)は、PCTのAUC(0.521)に対し大きかった。PCTは、米国FDAで敗血症の重篤度の程度を予測できるマーカーとして承認されているが、この結果からsCD14−STの方が、高精度に予測できることが確認された。
【0039】
《実施例5:敗血症患者来院後72時間以内の各採血ポイントにおけるPCTとsCD14−STの値と生存率比較評価》
敗血症が疑われた患者を対象に、来院時、24時間後、72時間後に血漿検体を採取し、各採血ポイントのsCD14−ST値、PCT値に対して来院後30日以内の死亡率をROC分析により比較を行った。なお、全ての採血ポイントでデータが得られた患者(sCD14−ST値は68名を、PCT値は32名)を対象とした。sCD14−ST測定は、実施例1に従って行った。PCT測定は、Kryptor automated analyzer(BRAHMS社,ドイツ)専用測定試薬を用いた。結果を
図5(sCD14−ST)及び
図6(PCT)に示す。来院時のAUCを折れ線a、24時間後のAUCを折れ線b、72時間後のAUCを折れ線cで示す。sCD14−STは、72時間以内のいずれのポイントで測定しても、安定して精度よく、来院後30日以内の死亡リスクを予測できることが示された。
【0040】
《実施例6:敗血症患者来院時におけるPCTとsCD14−STの値と予後の比較評価》
実施例2から5に先立って行った小規模な臨床試験において、敗血症が疑われた患者68名を対象に、来院時に血漿検体を採取し、sCD14−ST値、PCT値に対して来院後30日以内の状態(人工呼吸治療、ICU(集中治療室)への移動、透析、死亡)をROC分析により比較を行った。sCD14−ST測定は、実施例1に従って行った。PCT測定は、Kryptor automated analyzer(BRAHMS社,ドイツ)専用測定試薬を用いた。ROC解析によるAUC値を表1に示す。sCD14−STは、いずれの指標でもPCTよりもそれらのリスクが高いことを予測することができ、更に、透析や死亡については、非常に精度良く予測できることが示された。
【0041】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、敗血症が疑われる患者の予後(特には死亡リスク)の予測に利用することができる。
以上、本発明を特定の態様に沿って説明したが、当業者に自明の変形や改良は本発明の範囲に含まれる。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]