特許第6019506号(P6019506)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社松田養蚕場の特許一覧

特許6019506高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法および高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6019506
(24)【登録日】2016年10月14日
(45)【発行日】2016年11月2日
(54)【発明の名称】高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法および高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/435 20060101AFI20161020BHJP
   C07K 1/14 20060101ALI20161020BHJP
   A23L 33/17 20160101ALI20161020BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20161020BHJP
   A23L 2/38 20060101ALI20161020BHJP
   A61K 8/64 20060101ALI20161020BHJP
   A61K 47/42 20060101ALI20161020BHJP
【FI】
   C07K14/435
   C07K1/14
   A23L33/17
   A23L2/00 F
   A23L2/38 N
   A61K8/64
   A61K47/42
【請求項の数】8
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2015-256847(P2015-256847)
(22)【出願日】2015年12月28日
【審査請求日】2016年2月2日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】515358643
【氏名又は名称】株式会社松田養蚕場
(74)【代理人】
【識別番号】100080159
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 望稔
(74)【代理人】
【識別番号】100090217
【弁理士】
【氏名又は名称】三和 晴子
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 秀明
(72)【発明者】
【氏名】松田 道夫
【審査官】 星 浩臣
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−057851(JP,A)
【文献】 特開2002−284795(JP,A)
【文献】 国際公開第2001/042300(WO,A1)
【文献】 特開平11−180999(JP,A)
【文献】 特開2010−013384(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00−19/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、
前記シルクフィブロイン/中性塩水溶液を脱塩し、シルクフィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、
前記シルクフィブロイン水溶液を65〜110℃で30〜60分間加熱する加熱工程と、
前記加熱工程で加熱したシルクフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、
前記冷却工程で冷却したシルクフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程と、
を備える、高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法であって、
前記高分子量シルクフィブロイン水溶液に含まれるシルクフィブロインのゲルろ過クロマトグラフィー(GFC)法により測定される重量平均分子量が10000〜50000の範囲内である、高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法
【請求項2】
前記精密ろ過工程は、孔径0.45〜1.0μmの精密ろ過膜を用いて行われる、請求項1に記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
【請求項3】
前記脱塩工程が透析法または限外ろ過膜法により行われる、請求項1または2に記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
【請求項4】
前記中性塩溶解工程が、温度105〜135℃で、10〜60分間行われる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
【請求項5】
前記中性塩溶解工程がオートクレーブを用いて行われる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
【請求項6】
前記高分子量シルクフィブロイン水溶液に含まれるシルクフィブロインの質量濃度が0.1質量%〜15質量%である、請求項1〜のいずれか1項に記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
【請求項7】
前記高分子量シルクフィブロイン水溶液が、化粧品、飲食品または医薬品の原料として使用される高分子量シルクフィブロイン水溶液であって、
シルクフィブロインおよび水以外の成分を実質的に含まず、かつ、密封包装容器内で少なくとも1年間はゲル化しない、請求項1〜のいずれか1項に記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
【請求項8】
精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、
前記シルクフィブロイン/中性塩水溶液を脱塩し、シルクフィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、
前記シルクフィブロイン水溶液を65〜110℃で30〜60分間加熱する加熱工程と、
前記加熱工程で加熱したシルクフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、
前記冷却工程で冷却したシルクフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程と、
前記精密ろ過工程によって得られた高分子量シルクフィブロイン水溶液を、凍結乾燥または噴霧乾燥により乾燥し、粉末化する、粉末化工程と、
を備える、高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法であって、
前記高分子量シルクフィブロイン水溶液に含まれるシルクフィブロインのゲルろ過クロマトグラフィー(GFC)法により測定される重量平均分子量が10000〜50000の範囲内である、高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シルクフィブロンは、生体親和性が高く、従来から手術用縫合糸などに使用されており、安全性の高いことが知られている。現在では、特に高分子量のシルクフィブロインに血糖値の上昇抑制効果(特許文献1)、コレステロール値の上昇抑制効果(特許文献2)や免疫力の向上などの働きがあることがわかり機能性食品成分として利用が検討されている。食品分野では他にパン、麺等に添加することで食品の物性改良剤(特許文献3)としての効果も知られている。
【0003】
また、高分子コラーゲンと同様に高い保湿効果を持ちながらアレルギー性が低いことで化粧品分野での利用も始まっている。さらに、シルクフィブロイン多孔質体を用いた創傷被覆材(特許文献4)や人工皮膚など医療分野での研究も進んでいる。
【0004】
従来、高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法としては、屑繭、屑生糸などの未精練シルクフィブロイン原料を精練後、高濃度の中性塩水溶液に溶解した後、透析法や限外ろ過法などで脱塩する方法が一般的に行われている(特許文献5、6)。しかし、こうして得られる高分子量シルクフィブロイン水溶液は、外部刺激や経時変化等により容易に結晶構造変化を起こしゲル化(結晶化)してしまうため、利用分野が限定されていた。例えば、特許文献5に記載されたシルクフィブロイン水溶液の製造方法によって製造したものは、ゲル化しやすく、ゼリー、シュークリーム、プリン、ババロア、ムース等の洋菓子類、アイスクリーム、シャーベット、氷菓などの冷菓類、クッキー、ビスケット、スナックなどの焼き菓子類、うどん、そば、スパゲッティなどの麺類など、ゲル化が問題とならない用途で使用するしかなかった。また、例えば、特許文献6に記載されたシルクフィブロインの水溶液の製造方法によって製造したものは、トレハロースを添加して安定化し、ゲル化を抑制しているため、シルクフィブロイン以外の添加物を含むこととなり、化粧品のテクスチャーなどに影響するため原料として利用しづらかった。
【0005】
また、フィブロインをより低分子量のペプチドやアミノ酸に分解して溶液化するものもあったが、これでは高分子量シルクフィブロインの機能性が消失すると共に、独特な臭いや味が生じることになり処方が難しく、利用分野が限定されていた。
【0006】
また、脱塩したシルクフィブロイン水溶液をすぐに噴霧乾燥または凍結乾燥により、ゲル化させることなく乾燥し、粉末化することで長期保存する方法がある(特許文献7)。しかし、シルクフィブロインを飲食品、化粧品などに利用する場合は、粉末のままで使用されることは少なく、水に再溶解して液状化した上で、その他の材料と混合して使用されることがほとんどである。それゆえ、粉末化に要するコストという経済的な面でも、再溶解液状化という操作効率的な面でも、シルクフィブロイン溶液をそのまま液状で利用できれば、そちらの方が都合良く、高分子量シルクフィブロインとしての物性を保持したままで、溶液として常温で流通できる原料が待ち望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平4−210576号公報
【特許文献2】特開平4−210577号公報
【特許文献3】特開2004−008025号公報
【特許文献4】特開2012−080915号公報
【特許文献5】特開平11−180999号公報
【特許文献6】特開2001−057851号公報
【特許文献7】特開2009−292743号公報
【特許文献8】特開2010−241780号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来、透析や限外ろ過による脱塩後の溶液については、容易にゲル化を起すため、直ちに水素イオン濃度を塩酸など等電点付近まで下げるか、あるいは超音波を付加する(特許文献8)などの方法で、強制的にゲル化するか、噴霧乾燥や凍結乾燥により粉体化させるかのいずれかを選び、そのまま溶液状でゲル化せずに安定化させるという発想がなかった。
【0009】
そこで、本発明は、保存安定性に優れた高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を脱塩し、シルクフィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、シルクフィブロイン水溶液を65〜110℃で30〜60分間加熱する加熱工程と、加熱工程で加熱したシルクフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、冷却工程で冷却したシルクフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程とを備える高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法によれば、保存安定性に優れた高分子量シルクフィブロイン水溶液を製造できることを知得し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下の[1]〜[9]を提供する。
【0011】
[1]精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、
上記シルクフィブロイン/中性塩水溶液を脱塩し、シルクフィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、
上記シルクフィブロイン水溶液を65〜110℃で30〜60分間加熱する加熱工程と、
上記加熱工程で加熱したシルクフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、
上記冷却工程で冷却したシルクフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程と、
を備える、高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法であって、
上記高分子量シルクフィブロイン水溶液に含まれるシルクフィブロインのゲルろ過クロマトグラフィー(GFC)法により測定される重量平均分子量が10000〜50000の範囲内である、高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法
[2]上記精密ろ過工程は、孔径0.45〜1.0μmの精密ろ過膜を用いて行われる、上記[1]に記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
[3]上記脱塩工程が透析法または限外ろ過膜法により行われる、上記[1]または[2]に記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
[4]上記中性塩溶解工程が、温度105〜135℃で、10〜60分間行われる、上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
[5]上記中性塩溶解工程がオートクレーブを用いて行われる、上記[1]〜[4]のいずれか1つに記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法
[6]上記高分子量シルクフィブロイン水溶液に含まれるシルクフィブロインの質量濃度が0.1質量%〜15質量%である、上記[1]〜[]のいずれか1つに記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
]上記高分子量シルクフィブロイン水溶液が、化粧品、飲食品または医薬品の原料として使用される高分子量シルクフィブロイン水溶液であって、
シルクフィブロインおよび水以外の成分を実質的に含まず、かつ、密封包装容器内で少なくとも1年間はゲル化しない、上記[1]〜[]のいずれか1つに記載の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、
前記シルクフィブロイン/中性塩水溶液を脱塩し、シルクフィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、
前記シルクフィブロイン水溶液を65〜110℃で30〜60分間加熱する加熱工程と、
前記加熱工程で加熱したシルクフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、
前記冷却工程で冷却したシルクフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程と、
前記精密ろ過工程によって得られた高分子量シルクフィブロイン水溶液を、凍結乾燥または噴霧乾燥により乾燥し、粉末化する、粉末化工程と、
を備える高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法であって、
前記高分子量シルクフィブロイン水溶液に含まれるシルクフィブロインのゲルろ過クロマトグラフィー(GFC)法により測定される重量平均分子量が10000〜50000の範囲内である、高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、保存安定性に優れた高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法を提供することができる。
また、本発明の製造方法によって製造された高分子量シルクフィブロイン水溶液は、水溶液のままで安定しているうえ、シルクフィブロインおよび水以外の成分(添加剤)を実質的に含まないため、化粧品、飲食品、医薬品等の原料として利用する場合に有利である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法を示すフロー図である。
図2A図2Aは、実施例1の「シルクフィブロインの重量平均分子量の測定」の結果を示すクロマトチャートである。ピークは分子量27000に相当する。
図2B図2Bは、実施例1の「シルクフィブロインの微細構造観察」の結果を示すCryo−SEM画像である。
図2C図2Cは、実施例1の短期保存安定性試験の結果を示す画像である。
図2D図2Dは、実施例1の長期保存安定性試験用サンプルの外観を示す画像である。
図2E図2Eは、実施例1の長期保存安定性試験の結果を示す画像である。
図3A図3Aは、実施例2で凍結乾燥法により製造した高分子量シルクフィブロイン粉末の外観を示す画像である。
図3B図3Bは、実施例2で凍結乾燥法により製造した高分子量シルクフィブロイン粉末の外観を示す画像である。
図3C図3Cは、実施例2の「シルクフィブロインの微細構造観察」の結果を示すCryo−SEM画像である。
図4A図4Aは、参考例1の「家蚕後部絹糸腺の微細構造観察」の結果を示すCryo−SEM画像である。
図4B図4Bは、参考例1の「家蚕後部絹糸腺の微細構造観察」で用いたシルクペプチドパウダーの外観を示す画像である。
図4C図4Cは、参考例1の「シルクペプチドの微細構造観察」の結果を示すCryo−SEM画像である。
図4D図4Dは、参考例1の「シルクアミノ酸の微視構造観察」で用いたシルクアミノ酸パウダーの外観を示す画像である。
図4E図4Eは、参考例1の「シルクアミノ酸の微視構造観察」の結果を示すSEM画像である。
図5A図5Aは、比較例1で製造したシルクフィブロイン水溶液Cの外観を示す画像である。
図5B図5Bは、比較例1の短期保存安定性試験の結果を示す画像(瓶の外観)である。
図5C図5Cは、比較例1の短期保存安定性試験の結果を示す画像(内容物)である。
図6A図6Aは、参考例2の熱変性試験の結果(加熱温度90℃、60分経過時)を示す画像である。
図6B図6Bは、参考例2の熱変性試験の結果(加熱温度115℃、30分経過時)を示す画像である。
図6C図6Cは、参考例2の熱変性試験の結果(加熱温度120℃、30分経過時)を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法]
本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法は、精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を脱塩し、シルクフィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、シルクフィブロイン水溶液を65〜110℃で30〜60分間加熱する加熱工程と、加熱工程で加熱したシルクフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、冷却工程で冷却したシルクフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程と、を備える。
以下、本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法について詳細に説明する。
【0015】
〈中性塩溶解工程〉
中性塩溶解工程では、精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を得る。ここで、シルクフィブロイン/中性塩水溶液とは、シルクフィブロインおよび中性塩を含む水溶液をいう。
【0016】
精練済シルクフィブロイン原料は、切繭、屑繭、生糸、生糸屑、絹紡糸等の未精練シルクフィブロイン原料を精練してセリシンおよび油分を除いたものである。精練済シルクフィブロイン原料としては、上記未精練シルクフィブロイン原料を精練したものであれば特に制限されないが、精練後に乾燥処理をしたものを使用することが好ましい。精練済シルクフィブロイン原料が持ち込む水の量を減少させると、得られるシルクフィブロイン/中性塩水溶液の中性塩濃度の低下を抑制することができる。
【0017】
中性塩水溶液は中性塩の高濃度水溶液である。ここで、中性塩の高濃度水溶液とは、中性塩を10質量%以上含む水溶液をいう。中性塩水溶液中の中性塩の濃度は、好ましくは10質量%〜80質量%、より好ましくは30質量%〜60質量%、さらに好ましくは40質量%〜60質量%である。中性塩の濃度がこの範囲内であると、精練済シルクフィブロイン原料を十分に溶解することができ、脱塩のために膨大な時間を要することもない。
【0018】
中性塩は、例えば、カルシウム、マグネシウムまたは亜鉛の塩酸塩、硝酸塩またはチオシアン酸塩、臭化リチウム、チオシアン酸ナトリウム等が挙げられるが、コストおよび使用上の点から、好ましくは塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硝酸カルシウムおよび硝酸マグネシウムからなる群から選択される少なくとも1種類であり、より好ましくは塩化カルシウムおよび塩化マグネシウムからなる群から選択される少なくとも1種類であり、取扱いの容易さから、さらに好ましくは塩化カルシウムである。なお、塩化カルシウムの水に対する溶解度は74.5g/100mL(20℃)、59.5g/100mL(0℃)であり、塩化マグネシウムの水に対する溶解度は54.3g/100mL(20℃)である。
【0019】
中性塩水溶液は、シルクフィブロインの溶解を容易にするため、さらに、メタノール、エタノール、アセトン等の水溶性アルコール類、水溶性ケトン類等の水溶性溶剤を添加してもよい。ここで、水溶性アルコール類、水溶性ケトン類等について「水溶性」とは、水と任意の割合で混合することをいう。
【0020】
精練済シルクフィブロイン原料の中性塩水溶液への溶解は、温度が、好ましくは20〜135℃、より好ましくは105〜135℃、さらに好ましくは121℃〜135℃、いっそう好ましくは128〜135℃の範囲内で、時間が、好ましくは1〜120分間、より好ましくは10〜60分間、さらに好ましくは15〜45分間の範囲内で行う。精練済シルクフィブロインを中性塩水溶液に溶解する際には、撹拌しながら行ってもよい。温度および時間がこの範囲内であると、精練済シルクフィブロイン原料が中性塩水溶液にさらに溶解しやすくなる。
【0021】
また、温度設定および時間設定の操作が容易であり、より安全に精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解することができることから、精練済シルクフィブロイン原料の中性塩水溶液への溶解はオートクレーブを用いて行うことが好ましい。オートクレーブを用いると、精練済シルクフィブロイン原料が中性塩水溶液にオートクレーブ内で溶解するため、撹拌する手間が省略できる。従来、溶け残りなどのムラを無くす為に、手または機械装置を使って撹拌していたが、高温中、手で撹拌することは危険であり、また、機械装置で撹拌するとしても、精練済み糸の重量が増えると、機械装置に絡まり撹拌が上手く出来なくなっていた。一方、オートクレーブでは均一に圧力と温度がかかる為、装置内に入れて無撹拌でもムラなく溶解することが出来る。その上、全体的に温度がかかるため、常温常圧(部分加熱)の溶解と違い、焦げ付きが起きにくい。さらに、短時間で溶解できるので生産効率が向上すると共に、熱変性や低分子量化する量が減るためロスが減少し歩留まりが向上する。
【0022】
上記のとおり、精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を得ることができる。
【0023】
〈脱塩工程〉
脱塩工程では、前述した中性塩溶解工程で得られたシルクフィブロイン/中性塩水溶液または後述する粗ろ過工程で得られたシルクフィブロイン/中性塩水溶液を脱塩し、シルクフィブロイン水溶液を得る。
【0024】
脱塩は、例えば、透析法、限外ろ過法など、従来公知の脱塩処理方法によって行うことができる。透析法としては、例えば、特開平8−295697号公報に記載の透析法が挙げられ、限外ろ過法としては、例えば、特開平11−180999号公報に記載の限外ろ過法が挙げられるが、脱塩処理によって得られるシルクフィブロイン水溶液から中性塩溶解工程で使用した中性塩の成分が検出されなくなるようにできるものであれば特に限定されない。
【0025】
透析法の場合、透析膜としては、例えば、セルロース、セルロースエステル、再生セルロース、ポリメチルメタクリレート、ポリアクリロニトリル、ポリスルフォン、テフロン(登録商標)等の材質のものが挙げられる。透析膜としては、タンパク質の吸着が少なく、高分子量シルクフィブロインの透析膜吸着による損失を抑制することができることから、セルロース、セルロースエステルおよび再生セルロースからなる群から選択される少なくとも1つが好ましい。
【0026】
限外ろ過法の場合、限外ろ過膜としては、ポリスルフォン、ポリエーテルスルフォン、ポリビニリデンフロライド、セルロースアセテート等の材質のものが好ましい。また、限外ろ過膜の分画分子量は、1000〜20000が好ましく、5000〜10000がより好ましい。この範囲内であると、高分子量シルクフィブロインの歩留まりが十分なものとなる。
【0027】
〈加熱工程〉
加熱工程では、前述した脱塩工程で得られたシルクフィブロイン水溶液を、65〜110℃で30〜60分間加熱する。
【0028】
加熱温度が65℃未満では、後述する冷却工程において不溶化し、凝集物を形成しやすい成分が十分に析出せず、冷却工程において凝集物を十分に生成させることができないおそれがある。また、加熱温度が110℃超では、高分子量シルクフィブロインの熱変性が進行して品質が劣化するおそれがある。
加熱温度は、好ましくは65〜105℃、より好ましくは70〜105℃、さらに好ましくは85〜95℃である。この範囲内であると、冷却工程で凝集物が十分に生成し、精密ろ過工程で十分に除去することができ、得られる高分子量シルクフィブロイン水溶液の保存安定性がさらにすぐれたものとなる。
【0029】
加熱時間が30分間よりも短いと、後述する冷却工程において不溶化し、凝集物を形成しやすい成分が十分に析出せず、冷却工程において凝集物を十分に生成させることができないおそれがある。また、長期保存中の品質悪化の原因にもなる細菌などの微生物を十分に殺菌できないおそれがある。また、加熱時間が60分間よりも長いと、高分子量シルクフィブロインの熱変性やゲル化が進行して品質が劣化するおそれがある。
加熱時間は、好ましくは40〜60分間、より好ましくは45〜60分間である。この範囲内であると、冷却工程で凝集物が十分に生成し、精密ろ過工程で十分に除去することができ、得られる高分子量シルクフィブロイン水溶液の保存安定性がさらにすぐれたものとなる。
【0030】
加熱の方法は特に限定されず、従来公知の加熱方法を用いることができる。具体的には、例えば、オートクレーブ、ヒーター、電子レンジなどが挙げられる。
【0031】
〈冷却工程〉
冷却工程では、上述した加熱工程で加熱したシルクフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する。
急速に冷却することによるメリットとしては、液中に浮遊している凝集物が冷却によりスムーズに凝集するので、沈殿分離のスピードが上昇するという生産効率面のメリット、および雑菌の増殖に適した温度域にとどまる時間を出来るだけ少なくして、雑菌の増殖を抑制するという衛生面および品質面のメリットが挙げられる。
【0032】
冷却する温度は15℃以下で凍結しない温度であれば特に限定されないが、好ましくは0〜10℃、より好ましくは3〜8℃である。
冷却する温度がこの範囲内であると、加熱されたシルクフィブロイン水溶液中の不溶成分または不溶化し易い成分が凝集体を形成しやすいので、シルクフィブロイン水溶液からの分離、除去を、さらに確実なものとすることができる。
【0033】
急速に冷却するとは、本発明では、概ね、0.2℃/秒以上の冷却速度で冷却することをいう。
冷却する際の冷却速度は、好ましくは0.3℃/秒〜0.8℃/秒、より好ましくは0.4℃/秒〜0.7℃/秒、さらに好ましくは0.5℃/秒〜0.6℃/秒である。
冷却速度がこの範囲内であると、加熱されたシルクフィブロイン水溶液中の不溶成分または不溶化し易い成分が凝集体を形成しやすいので、シルクフィブロイン水溶液からの分離、除去を、さらに確実なものとすることができる。
【0034】
急速に冷却する方法は、特に限定されないが、例えば、冷水、氷、氷水、ドライアイス、ドライアイス+エタノール、急速冷却機等の冷却手段を用いる方法が挙げられる。これらの中では、取扱いが容易であることから、氷水が好ましい。
【0035】
なお、冷却工程では、冷却し過ぎてシルクフィブロイン水溶液が凍結しないようにする。シルクフィブロイン水溶液が凍結すると、後述する精密ろ過工程で精密ろ過を行う前を行う前に解凍しなければならず、工程数が増加して生産効率が低下するうえ、解凍時にシルクフィブロインの低分子量化が進行して品質が劣化するおそれがあるからである。
【0036】
〈精密ろ過工程〉
精密ろ過工程では、前述した冷却工程で冷却したシルクフィブロイン水溶液または後述する沈殿工程で得られるシルクフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する。
【0037】
精密ろ過膜としては、例えば、酢酸セルロース、芳香族ポリアミド、ポリビニルアルコール、ポリスルフォン、ポリフッ化ビニリデン、ポリエチレン、ポリアクリロニトリル、セラミック、ポリプロピレン、ポリカーボネート、テフロン(登録商標)等の材質のものが挙げられる。
【0038】
精密ろ過膜の孔径は、特に限定されないが、好ましくは0.40〜1.2μm、より好ましくは0.45〜1.0μm、さらに好ましくは0.60〜1.0μmである。
この範囲内であると、シルクフィブロイン水溶液中の凝集物をさらに高スループットで、十分に除去することができる。
【0039】
精密ろ過膜の形状は、特に限定されないが、例えば、平膜、チューブラー膜、スパイラル膜、中空糸膜等が挙げられる。これらの中では、エネルギーコストが低く、比較的低圧で用いることができ、圧力による液中タンパク成分の変性リスクが低いことから、中空糸膜が好ましい。
【0040】
[高分子量シルクフィブロイン水溶液]
本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法によって、保存安定性に優れた高分子量シルクフィブロイン水溶液(以下「本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液」という。)を製造できる。
【0041】
高分子量シルクフィブロインの重量平均分子量(Mw)は、ゲルろ過クロマトグラフィー(GFC:Gel Filtration Chromatography)により測定したものであり、Mwは、10000〜50000の範囲内、好ましくは20000〜35000の範囲内、より好ましくは22000〜30000の範囲内である。
【0042】
なお、本発明の高分子量シルクフィブロインの重量平均分子量は、GFCの条件を以下のとおりとして測定したものである。
液体クロマトグラフ:LC−10(島津製作所社製)
分離カラム:Shim−pack(登録商標) Diol−150(島津製作所社製)
移動相:10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0;0.1M NaCl含有)
標準物質:ゲルろ過スタンダード(Gel Filtration Standard;ビタミンB12およびミオグロビンを含む混合物)(バイオ・ラッド社製)
【0043】
本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液のpHは特に限定されるものではないが、シルクフィブロインの等電点がpH4程度であることから、好ましくはpH6.5〜8.5であり、より好ましくはpH7.0〜8.0である。この範囲内であると、高分子量シルクフィブロイン水溶液の安定性がより優れる。
【0044】
本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液は、25℃で、11.6質量%程度の高分子量シルクフィブロイン濃度とすることができ、この濃度でも保存安定性に優れ、長期間ゲル化しない。
【0045】
本発明の製造方法によって製造される高分子量シルクフィブロイン水溶液は、流通および取扱いに便利なレトルトパウチに充填し、再度加熱処理することで、防腐剤・保存料無添加で、溶液状態でもゲル化せず、1年以上の常温保存も可能なものができる。これは、本発明の製造方法においては、加熱および精密ろ過を行っているので、再度レトルトパウチに充填し加熱処理しても、それ以上、澱などの夾雑物は生じず、さらに殺菌的な前処理にもなっているため、溶液もゲル化しないで長期間安定性を保持できているからである。
【0046】
また、本発明の製造方法によって製造される高分子量シルクフィブロイン水溶液によれば、従来、保存性を向上させるために必要だった粉末化のコストを削減することができる。
【0047】
また、本発明の製造方法によって製造される高分子量シルクフィブロイン水溶液は、溶液として容易に他の原材料とも混合できるので、食品や化粧品、医薬品へと幅広い分野への応用が期待できる。
【0048】
さらに、本発明の製造方法によって製造される高分子量シルクフィブロイン水溶液に含まれる高分子量シルクフィブロイン(以下「本発明の高分子量シルクフィブロイン」という。)は、分子量が10000〜50000であり、走査型電子顕微鏡写真で確認すると細孔サイズが1μm未満のサブミクロンオーダーの微細構造を有している。
これは、カイコの生体内の後部絹糸腺にあるフィブロインと同じ構造であることから、本発明の高分子量シルクフィブロインは、フィブロイン本来の分子構造を壊すことなく、保持している。カイコの後部絹糸腺のフィブロインは、吐出後に繊維化し、紫外線カット、防黴性など、カイコ自身を守るシェルターの役割を担う繭を構成する。それと構造を同じくする本発明の高分子量シルクフィブロインには、吸着性、保湿性など、これまで発見されていることも含めて様々な機能性が期待できる。
【0049】
本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法によって得られる高分子量シルクフィブロイン水溶液は、シルクフィブロインおよび水以外の成分を実質的に含まず、かつ、密封包装容器内で少なくとも1年間は、常温域では、ゲル化しない。ここで、シルクフィブロインおよび水以外の成分とは、例えば、防腐剤、安定化剤、酸化防止剤、界面活性剤、分散剤および増粘剤等の添加剤をいう。また、実質的に含まないとは、不可避的に混入する程度は含まれてもよいことをいう。密封包装容器は、ガスバリア性の材料からなる包装容器であれば特に限定されないが、例えば、レトルトパウチ等が挙げられる。レトルトパウチは、本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液を無菌的に充填した後、ヒートシール等の手段により密封することが望ましい。本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液は、レトルトパウチに充填した状態で、常温(5〜35℃)で少なくとも1年間はゲル化しない。本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液は、シルクフィブロインおよび水以外の成分を実質的に含まないことから、化粧品、飲食品、医薬品等の原料としての使用に適している。また、本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液は、それ自体を化粧品として使用することもできる。
【0050】
[高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法]
本発明の高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法は、上述した本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法により高分子量シルクフィブロイン水溶液を製造する製造工程と、製造工程で製造した高分子量シルクフィブロイン水溶液を凍結乾燥または噴霧乾燥する粉末化工程を備える。
【0051】
〈粉末化工程〉
製造した高分子量シルクフィブロイン水溶液を、凍結乾燥または噴霧乾燥により、結晶化させることなく乾燥し、粉末化する。
噴霧乾燥は、高分子量シルクフィブロイン水溶液に圧縮空気を作用させて霧状にするものであり、結晶化させることなく霧状とできるので、粉末化が容易である。また、同様に、凍結乾燥も高分子量シルクフィブロイン水溶液に物理的な力が加わらないので、結晶化させることなく粉末化できる。
よりマイルドな条件で粉末化することができ、高分子量シルクフィブロインの低分子量化の危険が少ないことから、好ましくは、凍結乾燥により粉末化する。
【0052】
凍結乾燥による粉末化の方法は、特に限定されないが、例えば、凍結乾燥装置を用いることができる。
凍結乾燥は、高分子量シルクフィブロイン水溶液の凍結、一次乾燥、二次乾燥の3段階で行うことが好ましい。棚温度制御は、例えば、凍結を−40℃、1時間程度、一次乾燥を−10℃、14時間程度、二次乾燥を40℃とすることが好ましい。
なお、従来用いられているショ糖、トレハロース等のタンパク質保護剤を添加する必要はない。
【0053】
噴霧乾燥による粉末化の方法は、特に限定されないが、例えば、噴霧乾燥装置を用いることができる。
噴霧乾燥の条件としては、例えば、入口温度を80℃〜160℃、出口温度を60℃〜120℃に設定することが好ましく、入口温度を100〜140℃、出口温度を70℃〜90℃に設定することがより好ましい。
【0054】
[高分子量シルクフィブロイン粉末]
本発明の高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法により製造した高分子量シルクフィブロイン粉末は、再度水に溶解させることにより、粉末化前の高分子量シルクフィブロイン水溶液と同等のものとすることができる。
【0055】
本発明の水溶性シルクフィブロイン粉末を水に再溶解させて得られるシルクフィブロイン水溶液は、本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液と同様に、保存安定性に優れる。
【0056】
本発明の水溶性シルクフィブロイン粉末を水に再溶解させて得られるシルクフィブロイン水溶液は、水溶性シルクフィブロイン濃度を10質量%以上(25℃)としてもゲル化せず、安定である。
【0057】
後述する実施例1、3および参考例1のシルクフィブロインまたは後部絹糸腺の微細構造観察の結果から示されるように、(1)本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインと、本発明の高分子量シルクフィブロイン粉末を水に再溶解した高分子量シルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインと、家蚕後部絹糸腺とは、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)による観察の結果、サブミクロンオーダーの細孔(空隙)を有する、同様の構造微細が認められた。この結果から、本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインと、本発明の高分子量シルクフィブロイン粉末を水に再溶解した高分子量シルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインとは、同様に、シルクフィブロインの微細構造に由来する同一の作用効果(例えば、吸着性、保湿性など)を有することが期待される。
また、本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法によって製造される高分子量シルクフィブロイン水溶液と、本発明の高分子量シルクフィブロイン粉末の製造方法によって製造される高分子量シルクフィブロイン粉末を水に再溶解して得られる高分子量シルクフィブロイン水溶液とは、同様に、優れた保存安定性を示す。
【実施例】
【0058】
[実施例1]
〈高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造(1)〉
乾燥精練済繭(200g)を、50質量%塩化カルシウム水溶液(1000g)に投入し、オートクレーブ内において、135℃で30分間の加熱を行い、乾燥精練済繭を塩化カルシウム水溶液に溶解させ、シルクフィブロイン/塩化カルシウム水溶液(1100g)を得た。
【0059】
得られたシルクフィブロイン/塩化カルシウム水溶液(360g×3本)を、内液として、透析膜(製品名:透析膜36/32エーディア社製 型番UC36−32−100,材質:セルロース;直径28mm,平面幅44mm,長さ45cm)に注入し、流水を外液として、中性塩溶解工程で使用した塩類が外液中から検出されなくなるまで、96時間の透析を行い、シルクフィブロイン水溶液(2760g)を得た。
【0060】
得られたシルクフィブロイン水溶液を、90℃で50分間の加熱を行った後、氷水を用いて5℃前後まで急速に冷却し、夾雑タンパク質等の凝集物を沈殿させ、メンブレンフィルター(製品名:デプスカートリッジフィルター,アドバンテック社製;型番TCPD−01A−D1FE,材質:ポリプロピレン,孔径1.0μm)を用いて凝集物を除去し、シルクフィブロイン溶液(2480g)を得た。以下、このシルクフィブロイン水溶液を「シルクフィブロイン水溶液A」という。
【0061】
〈濁度〉
シルクフィブロイン水溶液Aの濁度を以下の方法により測定した。
濁度計(WATER ANALYZER−2000型,日本電色工業社製)を用いて、JIS K 0101:1998「工業用水試験方法」の「9.4 積分球濁度」に従って濁度を測定した。その結果、シルクフィブロイン水溶液Aの濁度は29度であった。
【0062】
〈曇り度(ヘーズ、全光透過率、拡散透過率、平行光線透過率)〉
シルクフィブロイン水溶液Aの曇り度を、ヘーズメーター(HZ−V3,スガ試験機社製)を用いて測定した(測定方式:TMダブルビーム方式、測定方法:全光線透過率に対する拡散透過率の割合で算出)。その結果、ヘーズ10.23%、全光線透過率94.57〜94.60%、拡散透過率9.64〜9.70%、平行光線透過率84.87〜84.96%であった。
【0063】
〈粘度〉
シルクフィブロイン水溶液Aの粘度を、デジタル粘度計(BASE Plus L,アタゴ社製)を用いて測定した(測定方法:回転式粘度測定)。その結果、粘度は1.0〜2.0mPa・sの範囲であった。
【0064】
〈衛生試験〉
一般細菌(生菌)数(標準寒天平板培養法)は100以下/g、大腸菌群(BGLB(ブリリアント・グリーン乳糖ブイヨン)法)は陰性/2.22g、黄色ブドウ球菌(平板塗抹培養法)は陰性/0.01gであった。
【0065】
〈濃度および固形分収率の算出〉
シルクフィブロイン水溶液A(100g)を、凍結乾燥機を用いて凍結乾燥し、凍結乾燥品を得た。凍結乾燥機の棚温度条件は、凍結を−40℃で1時間、一次乾燥を70℃で14時間、二次乾燥を40℃とした。
得られた凍結乾燥品の質量を測定し、フィブロイン水溶液Aの濃度を算出したところ、6.0質量%であった。
また、原料である乾燥精練済繭に対する固形分回収率は、70.9質量%であった。
【0066】
〈シルクフィブロインの重量平均分子量の測定〉
シルクフィブロイン水溶液Aに含まれるシルクフィブロインの重量平均分子量(Mw)をゲルろ過クロマトグラフィー(GFC:Gel Filtration Chromatography)法により測定した。GFCの条件は以下のとおりとした。
【0067】
液体クロマトグラフ:LC−10(島津製作所社製)
分離カラム:Shim−pack(登録商標) Diol−150(島津製作所社製)
移動相:10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0;0.1M NaCl含有)(和光純薬工業社製特級試薬を使用して調製した)
標準物質:ゲルろ過スタンダード(Gel Filtration Standard;ビタミンB12およびミオグロビンを含む混合物)(バイオ・ラッド社製)
GFC法による測定の結果、Mw=27000であった。図2Aにクロマトチャートを示す。
【0068】
〈シルクフィブロインの微細構造観察〉
シルクフィブロイン水溶液A(濃度6.0質量%)に含まれるシルクフィブロインの微細構造観察を以下に記載するとおり、走査型電子顕微鏡(SEM)により行った。
水凍結乾燥装置(AQUA FD−6500,協和社製)を用いて、氷包埋法により、シルクフィブロイン水溶液Aに含まれるシルクフィブロインのCryo−SEM観察用試料を作製した。
次に、作製したCryo−SEM観察用試料の凍結活断した断面について、ショットキー電界放出型走査電子顕微鏡(JSM−7001F,日本電子社製)を用いて、加速電圧5.0kV、倍率30000倍で観察を行った。
その結果、網目状構造を有するナノレベルの細孔(空隙)を持つ微細構造が認められた(図2B)。なお、図2B中、スケールバーは100nmを表す。
【0069】
水凍結乾燥装置は、試料を少量の水に入れて急冷すると、試料より先に周囲の水が凍結して試料が氷に閉じ込められて固定され、次に、氷に閉じ込めされた試料が凍る際に、試料中の水が凍りに変化する過程で膨張して圧力が上昇するため氷晶が成長せず、損傷なしに試料を凍結することができる。従来のエタノールによる上昇系列脱水が不要となり、凍結乾燥過程で有機溶媒を使用しないため、溶媒和による試料収縮を避けることができる。このため、水凍結乾燥装置を用いる試料調製方法は、精製シルクフィブロイン水溶液に含まれる水溶性シルクフィブロインの走査型電子顕微鏡(SEM)による微細構造観察に適した試料調製法である。
【0070】
〈保存安定性試験〉
《短期保存安定性》
シルクフィブロイン水溶液A(600mL)を、無菌環境にしたクリーンルーム内で、メンブレンフィルター(MF膜モジュール ULP−143,旭化成ケミカルズ社製;孔径0.45μm;PVDF(Polyvinylidene difluoride:ポリフッ化ビニリデン)膜)を用いてフィルター滅菌し、オートクレーブ済みの透明瓶(東洋ガラス製;容量250mL)2本に等量ずつ回収し、滅菌密封して短期保存安定性試験サンプルとした。
【0071】
調製したサンプルをすべて、直射日光を避け、室温(25℃)にて1週間の間保存した。その間、8時間ごとに、サンプルの性状(透明性および流動性)を目視にて観察した。
72時間経過時には全く性状の変化は認められなかった(図2C)。
1週間経過時にも全く性状の変化は認められず、性状は安定していた。
試験終了後にサンプルの粘度を、デジタル粘度計(BASE Plus L,アタゴ社製)を用いて粘度測定したが、粘度は1.0〜2.0mPa・sの範囲であり、試験開始前から増加しておらず、ゲル化は起こっていなかった。
【0072】
《長期保存安定性試験》
シルクフィブロイン水溶液Aを、透明レトルトパウチ(スープ用無地T−18,藤森工業社製;容量180mL,透明蒸着PET12μm/NY15μm/PE80μm)6袋にそれぞれ90mLずつ注入し、ヒートシール密封して、湯煎中で90℃、20分間加熱後、室温まで冷却し、長期保存安定性試験サンプルとした(図2D)。
【0073】
サンプル6袋を室温(25℃)で、最長1年間保存した。
サンプル6袋は、試験開始から1か月経過時、2か月経過時、6か月経過時に、サンプルの性状(透明性および流動性)を目視にて観察した。
6か月経過時にサンプル6袋中3袋を開封し、デジタル粘度計(BASE Plus L、アタゴ社製)を用いて粘度を測定した。
サンプルの残り3袋は室温(25℃)での保存を継続し、試験開始から1年経過時に、サンプルの性状(透明性および流動性)を目視にて観察した。これらのうち2袋を開封し、同様にして粘度を測定した。
試験開始6か月経過時までは、6袋のサンプルはいずれも白濁や色調の変化が無かった。また、試験開始6か月経過時に測定したサンプルの粘度は1.0〜2.0mPa・sの範囲でありゲル化していなかった。
また、一般細菌(生菌)数(標準寒天平板培養法)は100以下/g、大腸菌群(BGLB法)は陰性/2.22g、黄色ブドウ球菌(平板塗抹培養法)は陰性/0.01gであった。
試験開始1年経過時には、残り3袋のサンプルはいずれも白濁や色調の変化が無かった。また、試験開始1年経過時に測定したサンプルの粘度は同様に1.0〜2.0mPa・sの範囲であり、ともにゲル化していなかった(図2E)。
また、衛生試験結果も同様に一般細菌(生菌)数(標準寒天平板培養法)は100以下/g、大腸菌群(BGLB法)は陰性/2.22g、黄色ブドウ球菌(平板塗抹培養法)は陰性/0.01gであり、品質悪化の原因にもなる細菌などの微生物の増殖は認められなかった。
【0074】
《保存安定試験の結果》
保存安定性試験の結果、シルクフィブロイン水溶液Aは、保存安定性に優れた高分子量シルクフィブロイン水溶液であることが示された。特に、レトルトパウチ中で1年間も安定的に保存可能であった。
【0075】
〈溶解度〉
シルクフィブロインの水に対する溶解度を確認した。
シルクフィブロイン水溶液Aの凍結乾燥品(実施例2に記載の凍結乾燥品の製造方法によって製造した。)を25℃の蒸留水に少量ずつ投入し、沈殿物が生じるまで撹拌しながらゆっくりと溶かし、高濃度シルクフィブロイン水溶液を作成した。この高濃度シルクフィブロイン水溶液を、遠心分離機(2000rpm,speed 5.5,timer 5分)で遠心分離後、上清10gのフィブロイン濃度をケルダール法で測定し、その値をシルクフィブロイン溶液の溶解度とした。シルクフィブロインの溶解度は、11.6質量%であった。
【0076】
[実施例2]
〈高分子量シルクフィブロイン粉末の製造〉
実施例1で製造したシルクフィブロイン水溶液A(100g)を、凍結乾燥機を用いて凍結乾燥し、凍結乾燥品を得た(図3A図3B)。凍結乾燥機の棚温度条件は、凍結を−40℃で1時間、一次乾燥を70℃で14時間、二次乾燥を40℃とした。
【0077】
〈シルクフィブロインの微細構造観察〉
得られた凍結乾燥品を、シルクフィブロイン濃度が10質量%となるように、蒸留水に再溶解した。
水凍結乾燥装置(AQUA FD−6500,協和社製)を用いて、氷包埋法により、再溶解して調製したシルクフィブロイン水溶液に含まれるシルクフィブロインのCryo−SEM観察用試料を作製した。
次に、作製したCryo−SEM観察用試料の凍結活断した断面について、ショットキー電界放出型走査電子顕微鏡(JSM−7001F,日本電子社製)を用いて、加速電圧5.0kV、倍率30000倍で観察を行った。
その結果、ナノレベルの細孔(空隙)を持つ微細構造が認められた(図3C)。なお、図3C中、スケールバーは100nmを表す。
この微細構造は、シルクフィブロイン水溶液Aに含まれる水溶性シルクフィブロインと同様の網目状構造を有し、形態およびサイズが類似していた(図3C)。
【0078】
[参考例1]
〈家蚕後部絹糸腺の微細構造観察〉
シルクフィブロインを産生するカイコの家蚕後部絹糸腺についても、実施例1の微細構造観察と同様の方法でCryo−SEM観察用試料を調製し、SEMによる観察を行った。
その結果、ナノレベルの細孔(空隙)を持つ微細構造が認められた(図4A)。なお、図4A中、スケールバーは100nmを表す。
この微細構造は、シルクフィブロイン水溶液Aに含まれる水溶性シルクフィブロインと同様の網目状構造を有し、形態およびサイズが類似していた(図4A)。
【0079】
〈シルクペプチドの微細構造観察〉
シルクペプチドパウダー(図4B)の10質量%水溶液から、Cryo−SEM観察試料を調製し、加速電圧5.0kV、倍率10000倍でSEM観察した。結果を図4Cに示す。網目状の微細構造の存在は認められたが、細孔サイズは数μmであり、本発明のシルクフィブロイン水溶液のものとは大きく異なっていた(図4C)。
【0080】
〈シルクアミノ酸の微視構造観察〉
シルクアミノ酸パウダー(図4D)の10質量%水溶液から、Cryo−SEM観察試料を調製し、加速電圧5.0kV、倍率10000倍でSEM観察した。結果を図4Eに示す。シルクフィブロイン水溶液で観察されたような微細構造は認められなかった(図4E)。
【0081】
[比較例1]
〈高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造(3)〉
乾燥精練済繭(500g)を、50質量%塩化カルシウム水溶液(2500g)に投入し、オートクレーブ内において、135℃で30分間の加熱を行い、乾燥精練済繭を塩化カルシウム水溶液に溶解させ、シルクフィブロイン/塩化カルシウム水溶液(2905g)を得た。
【0082】
得られたシルクフィブロイン/塩化カルシウム水溶液(360g×8本)を、内液として、透析膜(製品名:透析膜36/32 エーディア社製 型番UC36−32−100,材質:セルロース;直径28mm,平面幅44mm,長さ45cm)に注入し、流水を外液として、中性塩溶解工程で使用した塩類が外液中から検出されなくなるまで、96時間の透析を行い、シルクフィブロイン水溶液(7004g)を得た。以下、このシルクフィブロイン水溶液を「シルクフィブロイン水溶液C」という。
シルクフィブロイン水溶液Cの外見を図5Aに示す。
【0083】
〈濁度〉
シルクフィブロイン水溶液Cの濁度を、実施例1と同様にして測定したところ、濁度は580度であった。
【0084】
〈曇り度(ヘーズ、全光透過率、拡散透過率、平行光線透過率)〉
シルクフィブロイン水溶液Cの曇り度を、実施例1と同様にして測定したところ、ヘーズ80.97%、全光線透過率99〜100%、拡散透過率80.95〜81.01、平行光線透過率18.99〜19.05であった。
【0085】
〈粘度〉
シルクフィブロイン水溶液Cの粘度を、実施例1と同様にして測定したところ、粘度は1.0〜2.0mPa・sの範囲であった。
【0086】
〈保存安定性試験〉
シルクフィブロイン水溶液Cについて、実施例1の短期保存安定性試験と同様にして、短期保存安定性試験を行った。
72時間後には、サンプルは白濁するとともに流動性がなくなり、ゲル化していた(図5B図5C)。
また、後述するように、粘度測定値平均が42911mPa・sと、試験開始前と比べて2万倍〜4万倍以上に増加しており、粘度からもゲル化していることが明らかであった。
【0087】
《濁度》
短期保存安定性試験終了時のシルクフィブロイン水溶液Cの濁度を、実施例1と同様にして測定を試みたが、濁度は測定不能であった。
【0088】
《曇り度(ヘーズ、全光線透過率、拡散透過率、平行光線透過率)》
短期保存安定性試験終了時のシルクフィブロイン水溶液Cの曇り度を、実施例1と同様にして測定したところ、ヘーズ94.66%、全光線透過率12.02〜12.06%、拡散透過率11.38〜11.42%、平行光線透過率0.64〜0.65%であった。
【0089】
《粘度》
短期保存安定性試験終了時のシルクフィブロイン水溶液Cの粘度を、実施例1と同様にして測定を試みたが、測定上限を超えており、測定不能であった。そのため、デジタル粘度計(VISCO,アタゴ社製)を用いて粘度を測定したところ(測定方法:回転式粘度測定)、粘度測定値平均は42911mPa・sであった。
【0090】
[保存安定性試験の結果について]
実施例1で製造されたシルクフィブロイン水溶液Aは、脱塩工程後に加熱工程および冷却工程を実施して凝集物を生成させ、この凝集物を精密ろ過工程で除去して製造されたものである。
一方、比較例1で製造されたシルクフィブロイン水溶液Cは、脱塩工程までを実施して製造されたものである。なお、シルクフィブロイン水溶液Cは従来の高分子量シルクフィブロイン水溶液の代表的な例といえる。
【0091】
〈短期保存安定性〉
脱塩工程後の加熱工程、冷却工程および精密ろ過工程を実施しない比較例1のシルクフィブロイン水溶液Cは、これらの工程を実施した実施例1のシルクフィブロイン水溶液Aと比較して、短期保存安定性が大幅に劣るものであり、72時間後には白濁し、ゲル化してしまっていた。実施例1のシルクフィブロイン水溶液Aが製造当初から全く変化していなかったことと極めて対照的である。
【0092】
〈長期保存安定性〉
比較例1のシルクフィブロイン水溶液Cは長期保存安定性試験を行うまでもなく、安定性に欠け、ゲル化しやすいものであった。
実施例1のシルクフィブロイン水溶液Aは、密閉したレトルトパウチ中という条件はあるものの、製造当初から1年以上にわたって全く変化しておらず、長期保存安定性に優れているものである。なお、レトルトパウチは流通および使用に便利な包装形態であり、試験方法は実態に即したものということができる。
以上の結果から、本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法によれば、保存安定性に優れた高分子量シルクフィブロイン水溶液を製造することができることが示された。
【0093】
[微細構造観察の結果について]
実施例1ではシルクフィブロイン水溶液Aの濃度を調整したシルクフィブロイン水溶液Aに含まれるシルクフィブロインの微細構造を観察した。
実施例2ではシルクフィブロイン水溶液Aを凍結乾燥して製造したシルクフィブロイン粉末を水に再溶解して調製したシルクフィブロイン水溶液に含まれるシルクフィブロインの微細構造を観察した。
参考例1では5令期の家蚕後部絹糸腺の微細構造を観察した。この微細構造はカイコが産生する水不溶性シルクフィブロインが持つ本来の微細構造である。
これらの観察結果から、実施例1のシルクフィブロイン水溶液A中のシルクフィブロインおよび実施例2のシルクフィブロイン粉末を水に再溶解して調製したシルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインは、いずれも、家蚕後部絹糸腺の微細構造を保持しており、カイコが産生する水不溶性シルクフィブロインが持つ微細構造に由来する機能性(吸着性、保湿性など)を保持していると考えられる。
また、実施例1のシルクフィブロイン水溶液A中のシルクフィブロインと実施例2のシルクフィブロイン粉末を水に再溶解して調製したシルクフィブロイン水溶液中のシルクフィブロインとが同様の微細構造を有していることから、本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液を粉末化しても、吸着性、保湿性などに関係する微細構造が維持されることが示された。
【0094】
[参考例2]
比較例1で製造したシルクフィブロイン水溶液Cを用いて、熱変性試験と夾雑物析出試験を行った。
【0095】
〈熱変性試験〉
シルクフィブロイン水溶液Cをガラス瓶(東洋ガラス製、容量250mL)に250mL入れ、それぞれオートクレーブ(LSX−300,トミー精工社製;使用温度範囲 室温〜135℃(0MPa〜0.212MPa);有効内容積36L)中で加温し、90℃に温度を上げて、30分、60分と経時観察を行った。また同様な試験液を準備し、105℃、110℃、115℃、120℃の温度条件でそれぞれ30分、60分と経時観察を行った。観察結果を下記の表1に示す。また、加熱温度90℃、60分経過時の写真を図6Aに、加熱温度115℃、30分経過時の写真を図6Bに、加熱温度120℃、30分経過時の写真を図6Cに示す。
【0096】
【表1】
【0097】
表1に示すとおり、90℃では60分経過しても変化がなかった(図6A)が、115℃では、30分経過時から熱変性が起こり始め(図6B)、120℃では30分経過時には水溶液が分離し、ゲル化した(図6C)。
【0098】
〈夾雑物析出試験〉
シルクフィブロイン水溶液Cを15mLガラス試験管(遠沈管)にそれぞれ10mL分注し、オートクレーブ(LSX−300,トミー精工社製;使用温度範囲 室温〜135℃(0MPa〜0.212MPa);有効内容積36L)中にこの試験管をセットし50℃から120℃で下記試験の処理時間になるように調整した。この加熱処理後、直ちに氷水に10分間つけて温度を5℃前後まで下げ、次に卓上遠心分離機(テーブルトップ冷却遠心機2800,久保田製作所社製)にて、3000rpmで5分間遠心分離し、試験管の底に析出した夾雑物の量を目視にて確認した。結果を下記の表2に示す。
夾雑物析出量 判定基準:
目視量+ (基準量)
目視量++ (基準量の2倍程度)
目視量+++ (基準量の3倍程度)
目視量++++(基準量の4倍程度)
目視量+++++(基準値の5倍以上)
【0099】
【表2】
【0100】
表2に示すとおり、60℃、60分まで殆ど夾雑物の析出は認められなかったが、70℃、60分を過ぎるとになると析出しはじめ、90℃、45分以降、115℃、30分以降については、夾雑物量が多く観察された。
【0101】
本発明の高分子量シルクフィブロイン水溶液は、加熱処理および夾雑物除去による製造の効果で、菌の繁殖もゲル化もせずに安定である。
【0102】
[参考例3]
〈中性塩溶解試験〉
乾燥精練済繭(200g)を、50質量%塩化カルシウム水溶液(1000g)に投入し、オートクレーブ内において、90℃〜135℃の温度条件で、20分間の加熱を行い、乾燥精練済繭を塩化カルシウム水溶液に溶解させシルクフィブロイン/塩化カルシウム水溶液を得た。この時、各加熱処理温度での不溶解物をステンレスメッシュ(粒子サイズ≧25μm)で除去し、その重量を測定し、中性塩溶解液ロス重量(g)とした。さらに、中性塩溶解液ロス重量と加熱温度の差から、ロス減少率(1℃あたりの溶解液ロス重量)を算出した。表3に結果を示す。なお、表3中、ロス減少率は、90℃と105℃との間のロス減少率は105℃の段に、105℃と121℃との間のロス減少率は121℃の段に、121℃と125℃との間のロス減少率は125℃の段に、125℃と128℃との間のロス減少率は128℃の段に、128℃と130℃との間のロス減少率は130℃の段に、130℃と135℃との間のロス減少率は135℃の段に、それぞれ示す。
【0103】
【表3】
【0104】
表3に示すとおり、ロス減少率は128℃と130℃の間が16.0g/℃と最も大きく、次が125℃と128℃との間で14.7g/℃であった。すなわち、中性塩溶解の際の水溶液の温度を128℃とすることによって、125℃以下に比べて大幅にロスを減少し、歩留まりを改善することができる。さらに、中性塩溶解の際の水溶液の温度を130℃とすることによって、128℃以下に比べて大幅にロスを減少し、歩留まりを改善することができる。
【要約】
【課題】保存安定性に優れた高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法を提供する。
【解決手段】精練済シルクフィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、シルクフィブロイン/中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、前記シルクフィブロイン/中性塩水溶液を脱塩し、シルクフィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、前記シルクフィブロイン水溶液を65〜110℃で30〜60分間加熱する加熱工程と、前記加熱工程で加熱したシルクフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、前記冷却工程で冷却したシルクフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程と、を備える、高分子量シルクフィブロイン水溶液の製造方法。
【選択図】図1
図2A
図1
図2B
図2C
図2D
図2E
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図5A
図5B
図5C
図6A
図6B
図6C