【実施例1】
【0023】
図2は、本発明放射測定器の概略図である。本発明放射測定器Aは、内部を真空極低温に保つ真空極低温恒温槽1と、真空極低温恒温槽1の中に設けられる第一周波数の放射を増幅する第一光学路4と、真空極低温恒温槽1の中に設けられる黒体2と、真空極低温恒温槽1の外に設けられる第二周波数の放射を増幅する第二光学路5と、真空極低温恒温槽1の外に設けられる放射を偏光に分離する偏光フィルター3と、黒体2からの放射が偏光フィルター3に入れられる第三光学路6と、第一光学路4及び第二光学路5を経た信号を解析するスペクトラムアナライザー7と、から構成され、
そして、
真空極低温恒温槽1におかれた黒体2が真空極低温の準熱平衡状態に保たれ、
偏光フィルター3が対象物の放射を受光するときは、対象物の放射が偏光フィルター3により偏光に分離され、分離された片方が第一光学路4に入れられ、
それと同時にもう片方が第二光学路5に入れられるように偏光フィルター3、第一光学路4及び第二光学路5が配置されており、
且つ、
偏光フィルター3が黒体2の放射を第三光学路6を経て受光するときは、
黒体2の放射が偏光フィルター3により偏光に分離され、分離された片方が第一光学路4に入れられ、
それと同時にもう片方が第二光学路5に入れられるように偏光フィルター3の偏光面の切替えができるように配置され、
対象物の放射の第一周波数での第一放射輝度が偏光フィルター3→第一光学路4→スペクトラムアナライザー7の手順で測定され、
対象物の放射の第二周波数での第二放射輝度が偏光フィルター3→第二光学路5→スペクトラムアナライザー7の手順で測定され、
一方、
黒体2の放射の第一周波数での第三放射輝度が偏光フィルター3→第一光学路4→スペクトラムアナライザー7の手順で測定され、
黒体2の放射の第二周波数での第四放射輝度が偏光フィルター3→第二光学路5→スペクトラムアナライザー7の手順で測定されることにより、
対象物の放射の2つの周波数での放射輝度の比が真空極低温の準熱平衡状態にある黒体の放射の2つの周波数での放射輝度により較正されることを特徴とする。
【0024】
本発明の黒体を真空極低温の準熱平衡状態に保つとは、黒体の分子運動を擾乱の影響をほとんど受けにくい真空極低温の準熱平衡状態にもっていき、その状態を保つことをいう。液体窒素の沸点である77Kの黒体の原子・分子は、まだ、熱運動・熱振動が盛んであるので、原子・分子が擾乱を受けやすい状態にあるが、物質の原子・分子運動がゼロになる絶対零度を実現することは困難である。
【0025】
そこで、本発明は、黒体の原子・分子運動が擾乱の影響をほとんど受けない準熱平衡状態にするために、黒体を真空極低温の環境におく。したがって、同じ冷却温度の黒体を用いて温度較正をしたとき、従来の常圧下冷却黒体による温度較正よりも、本発明の真空極低温の準熱平衡状態にある黒体による温度較正の方が飛躍的に高精度の温度較正であり、かつ、信頼性が高い。
【0026】
黒体を真空極低温の環境におくことは、真空極低温恒温槽の中に黒体をおくことにより行われる。飛躍的に高精度の温度較正を行うために、前記真空極低温恒温槽の中の黒体は、10
−4Pa以下の真空及び30K以下の極低温の準熱平衡状態に保たれるのが好ましい。
【0027】
本発明における真空極低温恒温槽は、恒温槽の中が真空極低温に保たれる恒温槽である。真空を絶対真空にすることは実際上困難であるが、絶対真空に限りなく近い真空にすることは可能である。真空極低温恒温槽の中を真空にするのは、外部の擾乱の影響をカットするのに最も効果的であるからである。また、真空極低温恒温槽の中を極低温にするのは、真空極低温恒温槽の中に設けられる光学路、黒体、等に対して熱的な擾乱を与えることを極力抑制するためである。
【0028】
こうすることにより、真空極低温恒温槽の中の黒体を熱平衡状態に限りなく近い状態(準熱平衡状態という)にすることができる。真空極低温恒温槽の中の真空は、好ましくは10
−4Pa乃至それよりも高真空であり(以下、10
−4Pa以下の真空ともいう。)、更に好ましくは10
−5Pa乃至それよりも高真空である。
【0029】
また、真空極低温恒温槽の中の温度は極低温に維持される。本発明の極低温とは、液体窒素の沸点である77Kよりも低い温度をいう。好ましくは30K乃至それ以下であり、更に好ましくは10K乃至それ以下の温度である。また、真空極低温恒温槽内の極低温冷却は、無冷媒冷凍機を真空極低温恒温槽の中に設けることにより、行うことができる。
【0030】
また、本発明である準熱平衡状態の黒体を用いて対象物の温度を測定するとき、対象物の絶対温度をt
1とし、使用する黒体の絶対温度をt
2としたとき、求めるべき対象物の温度(プランクの公式により定義される黒体の温度)T
1と黒体を用いて測定される対象物の温度の測定値T
2との温度誤差ΔT(=T
1−T
2)は、意外にも、対象物の絶対温度t
1と使用する黒体の絶対温度t
2との温度比率t
1/t
2に反比例して小さくすることができることがわかった。以下では、これを、温度誤差を低減する効果という。
【0031】
したがって、本発明は、使用する黒体の温度を低温にするほど温度誤差を低減する効果が大きくなるので、求めるべき対象物の温度を高精度で測定することができる。従来は常圧下で液体窒素の沸点である77Kまでの黒体を用いていたので、77K以下の真空極低温の準熱平衡状態にある黒体についての温度誤差を低減する効果は予想のできない未踏領域にあった。本発明は、特に、10
−4以下の真空・30K以下の極低温に保たれた黒体が、温度誤差を低減する効果を顕著に与える。
【0032】
前記の如く、常温黒体により測定される温度と求めるべき対象物の温度との温度誤差をΔTとしたとき、本発明における黒体を10
−4Pa−30Kに保つとき若しくは10
−5Pa−10Kに保つときは、ΔTを更に10分の1若しくは30分の1にまで低減することができる。例えば、常温黒体のみを用いて対象物の温度を測定したときに、対象物の測定温度と求めるべき対象物の温度との温度誤差が10Kであったとすると、従来法の常温黒体及び液体窒素の沸点である77K黒体を用いて対象物の温度を測定したときの対象物の測定温度と求めるべき対象物の温度との温度誤差は、約2.5K〜10Kの範囲にある。
【0033】
これに対し、本発明の10
−4Pa−30Kの黒体を用いて測定するときには、対象物の測定温度と求めるべき対象物の温度との温度誤差を1K程度にすることができ、10
−5Pa−10Kの黒体を用いて測定するときには、温度誤差を0.3K程度にすることができる。
【0034】
第一光学路及び第二光学路を、放射に含有される第一周波数及び第二周波数の放射だけを選択的に取り出しそれを増幅するための光学路とするのは、対象物の放射は非常に微弱である場合が多いので、放射の測定に先だって周波数の放射を増幅するためである。
【0035】
第一光学路の第一周波数と第二光学路の第二周波数は異なる周波数でもよく、あるいは同一の周波数でもよい。例えば、対象物が雲の場合、通常、第一周波数及び第二周波数として、それぞれ20GHz及び60GHzとするのがよい。
【0036】
放射に含有される周波数の放射だけを選択的に取り出すには、通常、光学フィルターが用いられる。光学フィルターとしては、バンドパスフィルター、レンズフィルター、薄膜光学、ダイクロイックミラー等の種々の光学フィルターが知られているので、これらを適宜用いることができる。また、前記周波数の放射を増幅するには、通常、低雑音アンプを用いることができる。
【0037】
偏光フィルター3は、放射を異なる進行方向の偏光に分離するための光学デバイスである。偏光フィルターとしては、ワイヤーグリッドを用いるのが好ましい。大型の放射測定器を回転させることなく、短時間(1Hzレベル)で測定方向の偏光が可能になる。
【0038】
準熱平衡状態の黒体を用いるのは、対象物の放射に含まれる周波数での放射についての放射輝度の測定値と、準熱平衡状態の黒体の放射に含まれる周波数での放射の放射輝度の測定値とから、空洞放射の原理により、論理的に正しい対象物の温度を知ることができるからである。黒体としては、通常、白金黒、黒鉛等を用いる。
【0039】
図3により、本発明放射測定器による対象物の放射の測定Bの手順を説明する。対象物からの放射8は、偏光フィルター3により、異なる進行方向の偏光波9及び偏光波10に分離される。
【0040】
図3では、偏光波10を第一光学路4に入れ、偏光波9を第二光学路5に入れるように配置している。第一光学路4に入った偏光波10に含まれる第一周波数での放射が増幅されてスペクトラムアナライザー7に入り、第一放射輝度としてアウトプットされる。また、第二光学路5に入った偏光波9に含まれる第二周波数の放射が増幅されてスペクトラムアナライザー7に入り、第二放射輝度としてアウトプットされる。
【0041】
図4により、本発明放射測定器による黒体放射の測定Cの手順を説明する。真空極低温の準熱平衡状態にある黒体2の放射11が、第三光学路6を経て偏光フィルター3に入る。偏光フィルター3により偏光に分離された片方が第一光学路4に入り、第一周波数の放射が増幅されてスペクトラムアナライザー7に入り、第三放射輝度としてアウトプットされる。また、偏光に分離されたもう片方は第二光学路5に入り、第二周波数の放射が増幅されてスペクトラムアナライザー7に入り、第四放射輝度としてアウトプットされる。
【0042】
本発明放射測定器により得られる放射輝度の測定値を用いて対象物の温度を求める手順を説明する。偏光フィルター3に入るまでの対象物の放射の放射輝度をU、対象物からの放射が偏光フィルター3→第一光学路→スペクトラムアナライザー7の経路から受ける摂動の大きさをΔPとし、一方、偏光フィルター3に入るまでの黒体2の放射の放射輝度をV、黒体2からの放射が偏光フィルター3→第一光学路→スペクトラムアナライザー7の経路から受ける摂動の大きさをΔPとすると、対象物の放射の放射輝度の測定値から黒体2の放射の放射輝度を差し引いた値は、[U+ΔP]−[V+ΔP]=U−Vとなる。
【0043】
第二光学路を通して放射輝度を測定する場合も同様である。すなわち、本発明の光学系を用いて対象物の放射輝度及び黒体の放射輝度を測定し、対象物の放射の放射輝度を黒体の放射の放射輝度を用いて較正することにより、対象物の放射の放射輝度を擾乱の影響を全く受けることのない値として対象物の放射の放射輝度を測定することができる。
【0044】
本発明は、対象物からの放射を2つの周波数について放射輝度を測定する。それらの比率Rを算出する。この比率Rを二色比という。この二色比を与える黒体の温度をTとすると、プランクの公式に基づく二色温度測定法の原理からlogR=C
3+C
4/Tの関係が成立する。
【0045】
したがって、対象物の放射についての二色比R
1とこの二色比を与える黒体の温度T
1は、logR
1=C
3+C
4/T
1の関係にある。
また、準熱平衡状態にある温度T
2の黒体の二色比R
2とこの二色比を与える準熱平衡状態にある黒体の温度T
2は、logR
2=C
3+C
4/T
2の関係にある。
ここで、C
3=5log(λ
2/λ
1)、C
4=C
2(1/λ
2−1/λ
1)、C
2=ch/k、λ
1及びλ
2はそれぞれ2つの周波数に相当する波長である。cは光速、hはプランク定数、kは、ボルツマン定数である。
したがって、logR
1−logR
2=C
4(1/T
1−1/T
2)となる。
【0046】
この式に実測値R
1、R
2、λ
1、λ
2、及びT
2を代入することにより、黒体の温度T
1を算出することができる。ここで、二色温度測定法の原理は、黒体の温度を対象物の温度とみなすので、黒体の温度T
1は、すなわち、対象物の温度である。また、前述の説明のように、得られる対象物の温度は、光学系から受ける擾乱の影響を全く受けることのない値を示す。
【0047】
本発明は、第一光学路及び第三光学路だけを用いて対象物の温度を求めることもできる。また、第二光学路及び第三光学路だけを用いて対象物の温度を求めることもできる。
【0048】
得られた対象物の温度較正データは、高速演算データ処理により、対象物の運動エネルギーに変換することもできる。さらに、PC画面上に対象物の運動を画像表示することもできる。また、得られる対象物の温度変化も対象物の運動エネルギーの変化に変換することができるので、本発明による高精度の温度測定により、対象物の温度変化を有意差のある対象物の運動の変化として表示することができる。