特許第6019528号(P6019528)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 池田食研株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6019528
(24)【登録日】2016年10月14日
(45)【発行日】2016年11月2日
(54)【発明の名称】発酵調味料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 27/20 20160101AFI20161020BHJP
【FI】
   A23L27/20 Z
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-128083(P2012-128083)
(22)【出願日】2012年6月5日
(65)【公開番号】特開2013-252069(P2013-252069A)
(43)【公開日】2013年12月19日
【審査請求日】2015年5月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000210067
【氏名又は名称】池田食研株式会社
(72)【発明者】
【氏名】中村 直樹
(72)【発明者】
【氏名】清水 良美
【審査官】 太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−010634(JP,A)
【文献】 特開2000−083653(JP,A)
【文献】 特開平09−154563(JP,A)
【文献】 特開平03−143387(JP,A)
【文献】 特開昭61−001381(JP,A)
【文献】 特開2011−004609(JP,A)
【文献】 特表2012−507274(JP,A)
【文献】 特表2003−529383(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0047890(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 5/00−35/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵調味料の製造方法において、
異化代謝産物抑制(catabolite repression)様現象を利用した方法により得られる枯草菌の芽胞形成能欠損株を、固形物当たり30%以上のタンパク質を含有する食品であって、水分を含有しかつ流動性を有するペースト状、スラリー状又は液体の流動物に接種した後、振盪、通気もしくは撹拌又はそれらの組合せにより好気的に発酵させる発酵工程と、
該発酵後に発酵物を100℃以下で殺菌する殺菌工程と、
を含むことを特徴とする発酵調味料の製造方法。
【請求項2】
食品が、細切処理、粉砕処理、抽出処理を単独又は組み合わせて処理した食品である、請求項1に記載の発酵調味料の製造方法。
【請求項3】
発酵前又は発酵工程と並行して、タンパク質を含む食品をプロテアーゼで処理する工程を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の発酵調味料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、枯草菌の芽胞形成能欠損株を用いた発酵調味料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
枯草菌(Bacillus subtilis)は、種々の発酵食品に利用されている。
主な枯草菌による発酵食品としては、日本の納豆や豆腐よう(沖縄地方)、中国及び台湾の臭豆腐や豆腐よう、韓国のチョングッチャン、ネパールのキネマ等がある。枯草菌による発酵食品は、低級脂肪酸やピラジン化合物に由来する特徴的な風味があり、栄養価が高く、様々な機能性成分を含有するが、枯草菌が芽胞形成能を有するため、発酵食品中に栄養細胞や芽胞が存在し、品質劣化や枯草菌による製造設備又は他製品への汚染等の問題がある。
【0003】
枯草菌芽胞を死滅させるためには、例えば、120℃、20分間以上の加圧加熱殺菌や180℃、30分間以上の乾熱殺菌等の過酷な条件での殺菌処理が必要とされ、このような条件で殺菌した場合、殺菌後の発酵食品の風味や色が大きく損なわれる。そのため、枯草菌による発酵食品の食品産業における利用範囲は限定されており、特に調味料として利用されている例はない。
【0004】
枯草菌による発酵食品の一つである納豆について、その保存性を高めるために、例えば、乾燥納豆を、105℃にて減圧湿熱殺菌又はガス湿熱殺菌により殺菌処理を行うことにより胞子が残存しない無菌納豆の製造方法(特許文献1)、が開示されているが、乾燥工程及び100℃よりも高い温度での加熱工程が必要であることから、枯草菌による発酵食品本来の風味を維持することは困難である。また、従来の芽胞形成能を有する枯草菌を利用することから、殺菌前の納豆、少なくとも乾燥納豆には多くの芽胞が存在しているため、依然として製造設備における菌汚染の問題がある。
【0005】
芽胞形成能欠損変異株については、例えば、納豆菌を紫外線等の変異誘起剤で処理して得た、胞子形成能が欠損あるいは低下したビタミンK高生産性納豆菌変異株を培養することを特徴とするビタミンKの生産方法(特許文献2)が開示されている。この方法については、菌体培養に一般的に用いられる培地を利用して培養を行った場合、溶菌することが文献内に指摘されており、広く工業的に利用する上では適するものではない。また、当該芽胞形成能欠損変異株を培養して得られる培養物が100℃以下の加熱殺菌によって殺菌できることに関する記述はない。さらに、一般的に紫外線、放射線又はニトロソグアニジン等の変異原を用いた処理によって得られる変異株は、変異箇所が不明であるのと同時に、複数の遺伝子が変異する可能性があり、菌が本来持つ性質を大きく変えてしまうという問題があるし、復帰変異により芽胞形成能が復元するという問題がある。
【0006】
また、遺伝子組み換えにより特定の遺伝子を破壊し、胞子の発芽率が低下した又は胞子形成能が低下した納豆菌変異株、及び当該変異株を用いた除菌・殺菌が困難な胞子の少ない納豆(特許文献3及び4)が開示されている。しかしながら、これらの変異株は、容易に形質が変わるという問題や、発芽能や芽胞形成能が復元するという問題がある。また、遺伝子組み換え法については枯草菌の特定の複数の遺伝子を選択的に破壊する必要があるため、非効率的であるとともに技術的な課題がある。さらに、遺伝子組み換え微生物を利用すること、及び遺伝子破壊状態を維持するためにカナマイシン等の抗生物質による選択圧を必要とすること等から、食品産業における利用が大きく制限される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−6117号公報
【特許文献2】特開2000−83653号公報
【特許文献3】特開2010−115139号公報
【特許文献4】特開2011−10634号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上のように、枯草菌による発酵食品については、該発酵食品中に芽胞が存在せず、風味や栄養成分を損なわない程度の殺菌条件で殺菌された発酵食品、特に発酵調味料が求められているが、このような発酵調味料については、報告がない。
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明は、遺伝子組み換えや人為的突然変異により造成された枯草菌の芽胞形成能欠損変異株ではなく、自然突然変異による方法により得られる枯草菌の芽胞形成能欠損株を、タンパク質を含有する食品に接種して発酵させることを特徴とする発酵調味料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、枯草菌に属する微生物による発酵に着目し鋭意研究した結果、遺伝子組み換えや人為的突然変異により造成された枯草菌の芽胞形成能欠損変異株ではなく、自然突然変異による方法により得られる枯草菌の芽胞形成能欠損株を、タンパク質を含有する食品に接種して発酵させることにより、芽胞が存在せず、風味や栄養成分を損なわない程度の殺菌条件で殺菌することができる発酵調味料を効率的に製造することができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
本発明には、下記の態様が含まれる。
項(1)
発酵調味料の製造方法において、自然突然変異による方法により得られる枯草菌の芽胞形成能欠損株を、タンパク質を含有する食品に接種した後、好気的に発酵させる発酵工程と、
該発酵後に発酵物を殺菌する殺菌工程と、
を含むことを特徴とする発酵調味料の製造方法。
項(2)
タンパク質を含む食品が、固形物当たり30%以上のタンパク質を含む食品であることを特徴とする項(1)に記載の発酵調味料の製造方法。
項(3)
自然突然変異による方法が、異化代謝産物抑制(catabolite repression)様現象を利用した方法であることを特徴とする項(1)又は項(2)に記載の発酵調味料の製造方法。
項(4)
発酵前又は発酵工程と並行して、タンパク質を含む食品をプロテアーゼで処理する工程を含むことを特徴とする項(1)乃至項(3)に記載の発酵調味料の製造方法。
項(5)
殺菌工程が、100℃以下で行われることを特徴とする項(1)乃至項(4)のいずれか1項に記載の発酵調味料の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、得られる発酵調味料中に芽胞が存在しないため、該発酵調味料の加工又は該発酵調味料を用いた加工において、製造設備及び製品の微生物面での衛生管理が容易となり、さらに、該発酵調味料の食品産業における利用範囲を拡大することができる。また、本発明によれば、該発酵調味料中に芽胞が存在しないため、緩和な条件による殺菌を行うことができ、風味良好な発酵調味料を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、自然突然変異による方法により得られる枯草菌の芽胞形成能欠損株を、タンパク質を含有する食品に接種して発酵させ、さらに、殺菌して得られる発酵調味料の製造方法を提供するものである。
【0014】
本発明は、発酵調味料の製造方法において、自然突然変異による方法により得られる枯草菌の芽胞形成能欠損株を、タンパク質を含有する食品に接種した後、好気的に発酵させる発酵工程と、該発酵後に発酵物を殺菌する殺菌工程と、を含むことを特徴とする発酵調味料の製造方法である。
【0015】
本発明において、自然突然変異による方法により得られる枯草菌の芽胞形成能欠損株を、タンパク質を含有する食品に接種する工程について、以下に詳述する。
【0016】
本発明において親株として用いる枯草菌(Bacillus subtilis)は、好気性のグラム染色陽性桿菌であり、芽胞形成能を有する。
【0017】
本発明において親株として用いる枯草菌(Bacillus subtilis)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構等から入手することができる。具体的には、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)NBRC3009、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)NBRC3013、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)NBRC13169等が挙げられる。
【0018】
芽胞形成能欠損株を得る方法としては、遺伝子組み換え技術により芽胞形成関連遺伝子をノックアウトすることで芽胞形成能欠損株を造成する遺伝子組み換えによる方法、放射線や紫外線やニトロソ化合物やアルキル化剤等の各種変異原で処理して芽胞形成能欠損株を誘発する人為的突然変異による方法、培養中に芽胞形成能が自然に変化して欠損した株をスクリーニングする自然突然変異による方法等が挙げられるが、本発明においては、自然突然変異による方法により芽胞形成能欠損株を得る。本発明において得られる芽胞形成能欠損株は、自然突然変異による方法により得られることから、食品産業における利用が制限されるものではない。
【0019】
本発明において用いる枯草菌の芽胞形成能欠損株を取得する方法は、培養中に芽胞形成能が変化して欠損した株をスクリーニングする自然突然変異による方法であれば限定されないが、具体的には、枯草菌を一定の培養条件下で繰り返し培養することにより、芽胞形成能欠損株を取得することが好ましい。例えば、48℃〜50℃の高温で培養を行う高温培養法や、野生株と欠損株のコロニーのメラニン色素の着色により識別するランダム法、異化代謝産物抑制(catabolite repression)様現象を利用した方法(J.F.Michel,B.Cami,P.Schaeffer:Ann.Inst.Pasteur,114,11;21(1968))が挙げられる。中でも、異化代謝産物抑制様現象を利用した方法がより好ましい。異化代謝産物抑制様現象を利用する方法により得られる芽胞形成能欠損株は、芽胞形成能とともにリゾチーム活性及び形質転換能が欠損しているため、溶菌による問題がなく継代することができ、芽胞形成能欠損という形質を維持することができる。
【0020】
異化代謝産物抑制様現象を利用する方法は、例えば、硝酸塩を唯一の窒素源とする培地で枯草菌を繰り返し希釈して培養する方法や、クエン酸やヒスチジンを単一炭素源とする培地で植え継ぐ方法等が挙げられる。好ましくは、硝酸塩を唯一の窒素源とする培地で枯草菌を繰り返し希釈して培養する方法であり、具体的には、NaNOやKNO等の硝酸塩を唯一の窒素源とする培地で対数増殖期末期に達した枯草菌細胞を繰り返し希釈して培養し、枯草菌の芽胞形成能欠損株を取得する方法である。硝酸塩を唯一の窒素源とする培地を用いる場合、該培地は、本発明における枯草菌の芽胞形成能欠損株を取得することができるものであればいずれでもよく、例えば、以下の[培地A]が挙げられる。
【0021】
[培地Aの組成]
グルコース:10g/L、NaNO:3g/L、KHPO:2.5g/L、KHPO:1g/L、MgSO・7HO:0.5g/L、CaCl・2HO:0.2g/L、FeCl・6HO:3mg/L、HBO:68mg/L、MnCl・4HO:7mg/L、ZnCl:0.6mg/L、CoCl・6HO:3mg/L、NiSO・HO:0.5mg/L、CuSO・5HO:20μg/L、NaMoO・2HO:50μg/L、L−アスコルビン酸:320mg/L、ニコチン酸アミド:44mg/L、パントテン酸カルシウム:24mg/L、チアミン塩酸塩:17mg/L、ピリドキシン塩酸塩:5mg/L、リボフラビン:4mg/L、葉酸:0.8mg/L、ビオチン:0.3mg/L、シアノコバラミン:8μg/L
【0022】
本発明において、枯草菌の芽胞形成能欠損株を取得する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、硝酸塩を唯一の窒素源とする培地で枯草菌を繰り返し希釈して培養する方法であれば、具体的に以下の方法が挙げられる。
すなわち、硝酸塩を唯一の窒素源とする培地で枯草菌を、30℃で5〜7日間、繰り返し希釈して培養することにより、芽胞形成能欠損株を集積させる。集積した培養液を適宜希釈して標準寒天培地で培養し、出現したコロニーをピックアップして、さらに適切な培地、例えば以下記載のSchaeffer培地等で、37℃で72時間、培養し、得られた培養液を、加熱処理(例えば80℃、10分間)した後、標準寒天培地で培養し、コロニーが出現しない菌株を芽胞形成能欠損株とする。
【0023】
[Schaeffer培地の組成]
ニュートリエントブロス(Difco社製):8g/L、KCl:1g/L、MgSO・7HO:0.12g/L、CaCl:1mM、MnCl:10μM、FeSO:1μM、pH7.0
【0024】
本発明において、原料のタンパク質を含む食品は、その食品中にタンパク質を含んでいればよいが、タンパク質を固形物当たり30%以上含む食品が好ましい。このような食品は、例えば、豆類、乳類、畜肉類、魚介類、酵母、酒粕等が挙げられる。中でも、豆類にあっては、大豆、そらまめが好ましく、畜肉類にあっては、鶏肉、豚肉、牛肉が好ましく、魚介類にあっては、カツオ、サバ、イワシが好ましい。魚介類においては、それら魚介類から得られる節類(荒節、裸節、枯節等)であってもよい。また、原料のタンパク質を含む食品は、未加熱のものでも、加熱処理したものでもよい。
【0025】
さらに、本発明においては、タンパク質を含む食品を細切処理、粉砕処理、抽出処理等を行って用いることもできる。これら処理方法は、公知の手段を単独又は組み合わせて行えばよい。
例えば、細切処理又は粉砕処理する方法では、切断、破砕、摩擦、空気圧、水圧等を利用して加工する各種の裁断機、粉砕機等が挙げられ、具体的には、カッター、スライサー、ダイサー、チョッパー、グラインダー、ミキサー、ミル等を用いることができる。細切処理又は粉砕処理したものの例としては、きな粉、呉、挽肉、魚粉等が挙げられる。
また、例えば、抽出処理する方法では、常温抽出、加熱抽出、加圧抽出、撹拌抽出、超音波抽出等が挙げられ、好ましくは、加熱抽出により抽出処理する。通常、抽出処理は、食品加工に用いることのできる水等による溶媒抽出であり、好ましくは、水、アルコール、水−アルコール混合溶液による抽出である。また、その抽出時間及び抽出温度は、被抽出物の物性やその抽出方法により適宜決定されるが、抽出温度については、通常20〜150℃、抽出時間については、通常1分間〜24時間である。
本発明において、タンパク質を含む食品の抽出物は、抽出後そのまま又は固液分離して得られた液部を用いることができるが、好ましくは抽出後固液分離して得られた液部を用いる。また、いずれにおいても、その濃縮物を用いることができる。抽出処理したものの例としては、豆乳、畜肉類エキス、魚介類エキス、酵母エキス等が挙げられる。
【0026】
本発明において、原料のタンパク質を含む食品は、水分を含有し、かつ流動性を有するペースト状、スラリー状又は液状の流動物として用いられる。原料のタンパク質を含む食品を、ペースト状、スラリー状又は液体の流動物にする方法は、特に限定されず、食材の加工に一般的に用いられる方法で行われ、必要であれば、加水してペースト状、スラリー状又は液体にしてもよく、粉砕した原料を水中に分散させることで、ペースト状、スラリー状又は液体としてもよい。
【0027】
本発明において、原料のタンパク質を含む食品は、発酵工程の前に、殺菌して用いることが好ましい。殺菌条件は、微生物を殺菌できる温度及び時間であればよく、通常、常圧下80℃以上で5〜120分、加圧下100〜140℃で0.1〜40分間を例示することができる。また、酸性液中で殺菌を行うとより効果的に殺菌することができる。
【0028】
本発明において、原料のタンパク質を含む食品は、好気的条件下で枯草菌の芽胞形成能欠損株により発酵される。すなわち、該食品に枯草菌の芽胞形成能欠損株を接種し、振盪、通気もしくは撹拌又はそれらの組合せにより発酵させる。発酵の温度及び時間は、発酵が適切に行われる条件であればよく、温度は、通常20〜45℃、好ましくは30〜40℃であり、時間は、通常1時間〜48時間、好ましくは1時間〜36時間、より好ましくは、2〜24時間である。
【0029】
本発明において、得られる発酵調味料の風味をさらに向上させるために、発酵前又は発酵工程と並行して、タンパク質を含む食品をプロテアーゼで処理することが好ましい。プロテアーゼで処理することにより、発酵調味料中にグルタミン酸等のアミノ酸やペプチド等のタンパク質分解物が生じ、旨味やコク味が増し、風味が向上する。プロテアーゼの使用量は、酵素活性の力価に応じて決定することができ、特に限定はされないが、通常、タンパク質を含む食品の重量に対して0.01〜500U/g程度である。
【0030】
本発明において用いるプロテアーゼは、食品に用いることができるプロテアーゼであればいずれでもよく、動物由来、植物由来又は微生物由来のプロテアーゼを1種又は2種以上組み合わせて使用することができる。動物由来のプロテアーゼとしてはペプシンやトリプシン等、植物由来のプロテアーゼとしてはパパイン等、微生物由来のプロテアーゼとしては糸状菌由来や枯草菌由来等のプロテアーゼを挙げることができる。
【0031】
本発明において用いる市販プロテアーゼとしては、例えば、ウマミザイムG(天野エンザイム株式会社製、Aspergillus属由来)、スミチーム(登録商標)FP(新日本化学工業株式会社製、Aspergillus属由来)、ヌクレイシン(登録商標)(エイチビィアイ株式会社製、Bacillus属由来)、精製パパインFL−3(アサヒフードアンドヘルスケア株式会社製、パパイヤ由来)等が挙げられる。
【0032】
本発明において、発酵工程により得られた発酵物は、殺菌処理される。
本発明においては、発酵調味料中に芽胞が存在しないため、緩和な条件による殺菌処理を行うことができ、殺菌処理後の発酵調味料の風味、色、テクスチャーが損なわれない、風味良好な発酵調味料を提供することができる。
本発明において、加熱殺菌による殺菌処理条件は、殺菌後の物性風味が許容されるものであればよく、適宜設定することができるが、加熱温度は、少なくとも100℃以下であり、好ましくは、70〜100℃であり、加熱時間は、温度に応じて決定され、通常、1〜60分である。
【0033】
本発明の製造方法による発酵調味料中には芽胞が存在しないため、当該発酵調味料を加工する場合、製造設備及び製品の微生物については芽胞を死滅させる程の強力な殺菌処理が求められず、衛生管理が容易である。
また、本発明による殺菌後の発酵調味料は、殺菌が適切に行われれば、枯草菌による発酵食品としては菌数が顕著に少なく、食品産業において広く利用することができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の例によって限定されるものではない。なお、本発明において、培地に用いる各成分又は素材の配合%又は濃度はすべて、重量部ベースである。
【0035】
[取得例1](芽胞形成能欠損株の取得1)
自然突然変異による方法である異化代謝産物抑制(catabolic repression)様現象を利用した方法により、枯草菌の芽胞形成能欠損株を取得した。具体的には、以下の方法による。
枯草菌(Bacillus subtilis)NBRC3013株(以下「NBRC3013株」という)を、硝酸塩を唯一の窒素源とする培地A(本願明細書段落番号0021記載)を用いて、3回繰り返し希釈して振盪培養(30℃、120時間)した後、培養液を適宜希釈して標準寒天培地に塗沫し、30℃で2日間培養した。培養後に生じたコロニーから16菌株ピックアップし、それぞれSchaeffer培地(本願明細書段落0023記載)を用いて37℃で72時間振盪培養した。得られた培養液を80℃で10分間、加熱処理した後、標準寒天培地に塗沫し、30℃で48時間培養したところ、16菌株のうち9菌株についてコロニーが出現した。そこで、16菌株のうちコロニーが出現しなかった7菌株が芽胞形成能欠損株であると判断し、その7菌株のうちからさらに1菌株を任意に選択し、B.3013ΔSpoA株とした。
【0036】
[試験例1](芽胞形成能欠損株の確認試験)
B.3013ΔSpoA株が、枯草菌の芽胞形成能欠損株であることを確認するために、増殖温度及び耐熱性菌数の測定について試験を行った。
【0037】
増殖温度についての試験は、NBRC3013株とB.3013ΔSpoA株とを、それぞれ標準寒天培地を用いて、30、37、40、45、50℃の各温度で20時間培養して増殖度合いを試験した。その結果を表1に示す。
【0038】
耐熱性菌数の測定についての試験は、NBRC3013株とB.3013ΔSpoA株とを、それぞれSchaeffer培地(本願明細書段落番号0023記載)を用いて、37℃で72時間振盪培養して得られた培養液を、80℃で10分間加熱処理した後、一般生菌数を常法により検査した。その結果を表2示す。
【0039】
【表1】
【0040】
表1について、NBRC3013株及びB.3013AΔSpo株とも、37、40、45℃が増殖大で最適温度であり、同様な特性を示した。
【0041】
【表2】
【0042】
表2について、NBRC3013株は、80℃、10分間の加熱処理後においても10個/g程度の生菌が検出され、芽胞を形成していることが確認された。一方、B.3013ΔSpoA株は、80℃、10分間の加熱処理後において生菌が検出されなかったことから、芽胞を形成していない、すなわち芽胞形成能欠損株であることが確認された。
【0043】
[実施例1](殺菌処理済み大豆発酵調味料の作製)
きな粉204gを、水996gと共に2L容ジャーファメンターに入れて混合し、オートクレーブを用いて121℃で15分間殺菌処理をした。殺菌処理後、40℃まで冷却し、枯草菌の芽胞形成能欠損株であるB.3013ΔSpoA株の前培養液(生菌数10個/g程度)を6g接種し、プロテアーゼ(ウマミザイムG)0.6gを添加して、40℃で15時間、通気撹拌発酵した。なお、前培養液については、B.3013ΔSpoA株のコロニーを、水に酵母エキス2重量%とグルコース2重量%を配合した培地に接種して、40℃で7時間、振盪培養することで得られた培養液を前培養液として使用した。
通気撹拌発酵して得られた発酵物(一般生菌数:6.7×10個/g)を、80℃で10分間殺菌することにより、殺菌処理済み大豆発酵調味料(実施例1)1100g(Brix13.6°)を得た。この殺菌処理済み大豆発酵調味料について、一般生菌数を常法により検査した。また、食品分析用テストコンビネーションであるF−キットL−グルタミン酸(ロシュ・ダイアグノスティクス社製)を用いてL−グルタミン酸含量を測定した。それぞれの結果を表3に示す。
また、得られた殺菌処理済み大豆発酵調味料を官能評価したところ、枯草菌発酵物特有の好ましい風味及び旨みを十分に有しており、調味料素材として良好な風味を有していた。
【0044】
[比較例1]
発酵菌を芽胞形成能を有するNBRC3013株とする以外は、実施例1と同様に通気撹拌発酵した。通気撹拌発酵して得られた発酵物(一般生菌数:4.8×10個/g)を、80℃で10分間殺菌することにより、殺菌処理済み大豆発酵調味料(比較例1)1100g(Brix13.5°)を得た。
この殺菌処理済み大豆発酵調味料について、実施例1と同様にして、生菌数及びL−グルタミン酸含量を測定した。それぞれの結果を表3に示す。
【0045】
【表3】
【0046】
表3について、本発明により得られた殺菌処理済み大豆発酵調味料(実施例1)は、親株であるNBRC3013株を用いて発酵することにより得られた比較例1の殺菌処理済み大豆発酵調味料と同等のグルタミン酸を含有するとともに、一般生菌が検出されなかった。また、本発明により得られた殺菌処理済み大豆発酵調味料(実施例1)の官能評価結果は、80℃、10分間という緩和な殺菌条件であるため、加熱による影響がほとんどなく、風味良好であった。
一方、比較例1の殺菌処理済み大豆発酵調味料は、芽胞が存在しているため、一般生菌が3.0×10個/g検出された。
【0047】
[取得例2](芽胞形成能欠損株の取得2)
親株として、枯草菌(Bacillus subtilis)NBRC13169株を用いること以外は、取得例1と同様にして、枯草菌の芽胞形成能欠損株B.13169ΔSpoB株を得た。
【0048】
[実施例2](殺菌処理済み発酵ポークエキスの作製)
ポークエキス(Brix60°)10gを、水39g及びグルコース1gと共に200ml容三角フラスコに入れて混合し、オートクレーブを用いて121℃で15分間殺菌処理をした。殺菌処理後、37℃まで冷却し、枯草菌の芽胞形成能欠損株であるB.13169ΔSpoB株の前培養液(生菌数10個/g程度)を1g接種し、プロテアーゼ(スミチームFP)0.05gを添加して、37℃で20時間、振盪発酵した。なお、前培養液については、B.13169ΔSpoB株のコロニーを、水に酵母エキス2重量%とグルコース2重量%を配合した培地に接種して、37℃で7時間、振盪培養することで得られた培養液を前培養液として使用した。
振盪発酵して得られた発酵物(一般生菌数:1.2×10個/g)を、70℃で30分間加熱殺菌することにより、殺菌処理済み発酵ポークエキス(実施例2)40g(Brix13.8°)を得た。
この殺菌処理済み発酵ポークエキスについて、実施例1と同様にして、一般生菌数及びL−グルタミン酸含量を測定した。それぞれの結果を表4に示す。
また、得られた殺菌処理済み発酵ポークエキスを官能評価したところ、枯草菌発酵物特有の好ましい風味及び旨みを有しており、調味料素材として良好な風味を有していた。
【0049】
[比較例2]
発酵菌を芽胞形成能を有するNBRC13169株とする以外は、実施例2と同様にして、振盪発酵した。振盪発酵して得られた発酵物(一般生菌数:5.6×10個/g)を、70℃で30分間加熱殺菌することにより、殺菌処理済み発酵ポークエキス(比較例2)40g(Brix13.8°)を得た。
この殺菌処理済み発酵ポークエキスについて、実施例1と同様にして、一般生菌数及びL−グルタミン酸含量を測定した。それぞれの結果を表4に示す。
【0050】
【表4】
【0051】
表4について、本発明により得られた殺菌処理済み発酵ポークエキス(実施例2)は、親株であるNBRC13169株を用いて発酵することにより得られた比較例2の殺菌処理済み発酵ポークエキスと同等のグルタミン酸を含有するとともに、一般生菌が検出されなかった。また、本発明により得られた殺菌処理済み発酵ポークエキス(実施例2)の官能評価結果は、70℃、30分間という緩和な殺菌処理条件であるため、加熱による影響がほとんどなく、風味良好であった。
一方、比較例2の殺菌処理済み発酵ポークエキスは、芽胞が存在しているため、一般生菌が2.2×10個/g検出された。
【0052】
[実施例3](殺菌処理済み発酵チキンエキスの作製)
チキンエキス(Brix40°)10gを、水40g及びプロテアーゼ(スミチームFP)0.1gと共に200ml容三角フラスコに入れて混合し、50℃で5時間酵素処理した後、オートクレーブを用いて121℃で15分間殺菌処理をした。殺菌処理後、37℃まで冷却し、枯草菌の芽胞形成能欠損株であるB.3013ΔSpoA株の前培養液(生菌数10個/g程度)を1g接種して、37℃で20時間、振盪発酵した。なお、前培養液については、B.3013ΔSpoA株のコロニーを、水に酵母エキス2重量%とグルコース2重量%を配合した培地に接種して、37℃で7時間、振盪培養することで得られた培養液を前培養液として使用した。
振盪発酵して得られた発酵物(一般生菌数:6.0×10個/g)を、70℃で30分間加熱殺菌することにより、殺菌処理済み発酵チキンエキス(実施例3)45g(Brix7.5°)を得た。
この殺菌処理済み発酵チキンエキスについて、実施例1と同様にして、一般生菌数及びL−グルタミン酸含量を測定した。それぞれの結果を表5に示す。
また、得られた殺菌処理済み発酵チキンエキスを官能評価したところ、枯草菌発酵物特有の好ましい風味及び旨みを有しており、調味料素材として良好な風味を有していた。
【0053】
[比較例3]
発酵菌を芽胞形成能を有するNBRC3013株とする以外は、実施例3と同様にして、振盪発酵した。振盪発酵して得られた発酵物(一般生菌数:3.8×10個/g)を、70℃で30分間加熱殺菌することにより、殺菌処理済み発酵チキンエキス(比較例3)45g(Brix7.6°)を得た。
この殺菌処理済み発酵チキンエキスについて、実施例1と同様にして、一般生菌数及びL−グルタミン酸含量を測定した。それぞれの結果を表5に示す。
【0054】
【表5】
【0055】
表5について、本発明により得られた殺菌処理済み発酵チキンエキス(実施例3)は、親株であるNBRC3013株を用いて発酵することにより得られた比較例3の殺菌処理済み発酵チキンエキスと同等のグルタミン酸を含有するとともに、一般生菌が検出されなかった。また、本発明により得られた殺菌処理済み発酵チキンエキス(実施例3)の官能試験結果は、70℃、30分間という緩和な殺菌処理条件であるため、加熱による影響がほとんどなく、風味良好であった。
一方、比較例3の殺菌処理済み発酵チキンエキスは、芽胞が存在しているため、一般生菌が3.0×10個/g検出された。