特許第6019738号(P6019738)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6019738
(24)【登録日】2016年10月14日
(45)【発行日】2016年11月2日
(54)【発明の名称】親水性層を有する基材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/00 20060101AFI20161020BHJP
   B32B 27/00 20060101ALI20161020BHJP
   C08J 7/04 20060101ALI20161020BHJP
【FI】
   C08J7/00 306
   B32B27/00 101
   C08J7/00CFH
   C08J7/04 T
【請求項の数】7
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2012-112806(P2012-112806)
(22)【出願日】2012年5月16日
(65)【公開番号】特開2013-237812(P2013-237812A)
(43)【公開日】2013年11月28日
【審査請求日】2015年4月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002897
【氏名又は名称】大日本印刷株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100125508
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 愛
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕一
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 寛子
(72)【発明者】
【氏名】角田 めぐみ
【審査官】 中川 裕文
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−218444(JP,A)
【文献】 特開2013−226284(JP,A)
【文献】 特表2002−521666(JP,A)
【文献】 特開平04−330277(JP,A)
【文献】 特開2006−003163(JP,A)
【文献】 特開2004−184143(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 71/04
C08J 7/00− 7/18
C12M 1/00− 3/10
G01N 33/48− 33/98
B32B 1/00− 43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に親水性層を有する基材の製造方法であって、
プラスチック表面を有する基材を準備する基材準備工程、
前記基材のプラスチック表面を、フッ化炭素ガスを含むプラズマに曝露するプラズマ処理工程と、
プラズマに曝露した前記基材の表面上において、ケイ素原子に直結した炭素原子を含みかつ官能基を有する有機基を有するシラノール化合物を重合させ、ポリシロキサンを含むプライマー層を形成する、プライマー層形成工程と、
前記プライマー層と親水性ポリマーとを、前記ポリシロキサンの側鎖上の官能基と親水性ポリマーの官能基との反応により、共有結合を介して連結させる、親水性層形成工程と、
を含む、前記方法。
【請求項2】
前記プラズマ処理工程において、1Pa以下の圧力でプラズマに暴露する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記プラズマ処理工程後の前記基材表面のフッ素/炭素比(F/C)が0.35以下である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記プラズマ処理工程により、前記基材表面の水接触角を上昇させる、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記フッ化炭素ガスとして、フッ素/炭素比(F/C)が2以上のガスを用いる、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記親水性ポリマーがポリアルキレングリコールである、請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
生化学試験用器具を製造するための基材であって、プラスチック表面を含み、そのプラスチック表面近傍にフッ素を有し、かつその表面におけるフッ素/炭素比(F/C)が0.1以上0.35以下である、前記基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性層を有する基材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質や脂質などの生体分子混在下で特定の物質を検出したり、細胞を培養したりするための生化学試験用器具が広く応用されてきている。このような生化学試験用器具においては、生体分子の器具表面への非特異吸着が高感度化の妨げとなるという問題や、細胞の接着により非特異的な分化が起こるなどの問題があった。そこで、生体分子や細胞などの生体関連物質の非特異吸着を効果的に防ぐポリエチレングリコール(PEG)などの親水性ポリマーに注目が集まっている。
【0003】
特許文献1には、PEGリンカーを介して核酸やタンパク質をガラス表面に固定化する方法が開示されている。具体的には、PEGリンカーを有するシラン化合物を合成し、これをガラス表面に適用した後、PEGリンカーの末端に核酸やタンパク質を結合させる、というものである。この方法によってバイオチップのS/N比(感度)が改善されることが記載されている。
【0004】
特許文献2には、PEGリンカーを介して核酸をガラス表面に固定化する方法が開示されている。具体的には、シランカップリング剤をガラス表面に適用してアミノ基を導入し、ここにホモ二官能性PEGの片末端を共有結合させ、別の末端に核酸を結合させる、というものである。この方法によってバイオセンサの感度が改善されることが記載されている。一般的に、プラスチックは成型し易く、輸送上、廃棄上の問題が小さいという利点がある。このため生化学試験用器具の材料としてプラスチックは好ましい。しかしながら、PEGなどの親水性ポリマーを、プラスチック表面に導入することは従来困難であった。その理由として、プラスチック表面に、親水性ポリマー鎖を連結するための起点となる官能基を高密度に導入することが困難であること、大部分のプラスチックは化学薬品に対する耐性が低いことが挙げられる。
【0005】
これに対し、特許文献3には、ES細胞から均一な大きさの胚様体を複数個同時に形成する胚様体形成用マルチウェルプレートが記載されており、当該マルチウェルプレートの作製に際し、ポリスチレン樹脂の96穴マルチウェルプレートに酸素プラズマ処理を行いマルチウェルプレート表面に濡れ性を付与し、ポリビニルアルコール等の水溶性ポリマーをコーティングする技術が開示されている。しかし、当該技術によって得られる水溶性ポリマーコーティングは、タンパク質などの生体関連物質の非特異的吸着を抑制するには不十分であった。
【0006】
一方、プラスチック基材の表面性能を制御する処理としてはコロナ放電処理、プラズマ処理、UVオゾン処理、電子線照射、レーザー処理等が知られている。特許文献4には、飽和フッ化炭素化合物によるプラズマ処理をプラスチック表面に施すことで疎水性表面を得ることについて記載されている。特許文献5には、不飽和結合を有するフッ化炭素ガスのプラズマを基材表面に接触させることにより、疎水性能を与える表面処理方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−143715号
【特許文献2】特開2006−509201号
【特許文献3】特開2010−94045号
【特許文献4】特許第2542750号
【特許文献5】特開平9−194616号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、基材のプラスチック表面に、タンパク質などの生体関連物質の非特異的吸着を十分に抑制できる高品質の親水性層を安定的に導入するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、基材のプラスチック表面をフッ化炭素ガスを含むプラズマに曝露し、該表面上にポリシロキサンを含むプライマー層を形成し、該プライマー層と親水性ポリマーとを共有結合を介して連結させることにより、親水性ポリマーを高密度で導入することができ、高品質の親水性層を形成できることを見出し、本発明を完成させるに至った。本発明は以下の発明群を包含する。
(1)表面に親水性層を有する基材の製造方法であって、
プラスチック表面を有する基材を準備する基材準備工程、
前記基材のプラスチック表面を、フッ化炭素ガスを含むプラズマに曝露するプラズマ処理工程と、
プラズマに曝露した前記基材の表面上において、ケイ素原子に直結した炭素原子を含みかつ官能基を有する有機基を有するシラノール化合物を重合させ、ポリシロキサンを含むプライマー層を形成する、プライマー層形成工程と、
前記プライマー層と親水性ポリマーとを、前記ポリシロキサンの側鎖上の官能基と親水性ポリマーの官能基との反応により、共有結合を介して連結させる、親水性層形成工程と、
を含む、前記方法。
(2)前記プラズマ処理工程において、1Pa以下の圧力でプラズマに暴露する、(1)記載の方法。
(3)前記プラズマ処理工程後の前記基材表面のフッ素/炭素比(F/C)が0.35以下である、(1)又は(2)記載の方法。
(4)前記プラズマ処理工程により、前記基材表面の水接触角を上昇させる、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記フッ化炭素ガスとして、フッ素/炭素比(F/C)が2以上のガスを用いる、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記親水性ポリマーがポリアルキレングリコールである、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)生化学試験用器具を製造するための基材であって、プラスチック表面を含み、そのプラスチック表面近傍にフッ素を有し、かつその表面におけるフッ素/炭素比(F/C)が0.35以下である、前記基材。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、タンパク質などの生体関連物質の非特異的吸着を十分に抑制できる高品質の親水性層を有する基材を安定的に供給する技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1で、圧力を変化させてプラズマ処理した基材に、プライマー層を介して親水性ポリマーを結合させた後、基材表面においてタンパク質の非特異的吸着を試験した結果を示すグラフである。
図2】実施例2で、プラズマ照射時間を変化させてプラズマ処理した基材に、プライマー層を介して親水性ポリマーを結合させた後、基材表面においてタンパク質の非特異的吸着を試験した結果を示すグラフである。
図3】実施例3における基材表面の水接触角の測定結果を示すグラフである。
図4】実施例4で得られたF1sスペクトルを示す。
図5】実施例4で得られたC1sスペクトルを示す。
図6】実施例5で、プラズマ処理後の基材表面のフッ素/炭素(F/C)比を試験した結果、プライマー層を介して親水性ポリマーを結合させた後でタンパク質の非特異的吸着を試験した結果を示すグラフである。
図7】実施例6で得られたSi2pスペクトルを示す。
図8】実施例7のAFM表面形状分析の結果を示す。
図9】実施例8の結果を示す写真である。
図10】実施例9の結果を示す写真である。
図11】実施例10でOとCFの混合比を変化させてプラズマ処理した基材に、プライマー層を介して親水性ポリマーを結合させた後、基材表面においてタンパク質の非特異的吸着を試験した結果を示すグラフである。
図12】実施例11でArとCFの混合比を変化させてプラズマ処理した基材に、プライマー層を介して親水性ポリマーを結合させた後、基材表面においてタンパク質の非特異的吸着を試験した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(基材)
本発明において、基材の形状は特に限定されない。例えば、板状体、マルチウェルプレートやマイクロプレート(複数の凹部が形成された板状体)、粒子、スライド、プレート、フィルム、チューブ、キャピラリー、マイクロ流路などの形態の基材を用いることができる。基材の材料としては、プラスチック、ガラス、石英、シリコン、金属等が挙げられる。
【0013】
基材は、プラスチック表面を有する。プラスチック表面は、プラスチックを含む表面をさし、好ましくはプラスチックからなる表面をさす。基材は、少なくとも一部の表面がプラスチック表面であり、好ましくはプラズマ処理される表面がプラスチック表面である。基材がマルチウェルプレートなどの板状又は略板状の場合、好ましくは少なくともプラズマ処理される側の表面がプラスチック表面であり、該表面がプラスチックからなることがより好ましい。最も好ましくは基材全体がプラスチックからなるものを準備する。
【0014】
プラスチックの具体例としては、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデンなどのビニル系重合体;ポリスチレン、アクリロニトリル−スチレン系共重合体、ABS樹脂などのスチレン系樹脂;ポリメチル(メタ)アクリレート、ポリエチル(メタ)アクリレート、ポリアクリロニトリルなどのアクリル系樹脂;ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、環状ポリオレフィンなどのポリオレフィン系樹脂;ポリエチレンテレフタレート、エチレングリコール−テレフタル酸−イソフタル酸共重合体、ポリブチレンテレフタレートなどのポリエステル系樹脂;ポリカーボネート樹脂;ポリウレタン系樹脂;エポキシ系樹脂;ナイロン6、ナイロン66、ナイロン610、ナイロン612、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン46などのポリアミド樹脂;メチルペンテン樹脂;フェノール樹脂;メラミン樹脂;エポキシ樹脂;フッ素樹脂などが挙げられる。これらは、単独でもよいし、二種以上混合して用いてもよい。ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリプロピレン及びポリエチレンは、後述のプラズマ処理後にプライマー層及び親水性層を形成しやすいため特に好ましい。
【0015】
基材は、表面が疎水性であることが好ましい。具体的には、基材表面の水接触角が60°以上、より好ましくは70°以上、さらに好ましくは80°以上であるとよい。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角をさす。
【0016】
(プラズマ処理)
プラズマ処理工程においては、基材のプラスチック表面を、フッ化炭素ガスを含むプラズマに曝露する。プラズマ処理を施すことにより、プラスチックの種類に限定されることなく、より安定的にプライマー層及び親水性層を形成することが可能になる。
【0017】
フッ化炭素としては、フッ化エチレン(C)、及び六フッ化プロピレン(CFCFCF)等の不飽和フッ化炭素(不飽和結合を有するフッ化炭素)、四フッ化炭素(CF)、六フッ化炭素(C)、八フッ化シクロブタン(C)、トリフルオロメタン(CHF)及び八フッ化プロパン(C)等の飽和フッ化炭素が挙げられる。フッ化炭素として、一塩化三フッ化エチレン(CClF)、三塩化一フッ化炭素(CClF)、一臭化三フッ化炭素(CBrF)、六フッ化アセトン((CFCO)、六フッ化アルコール((CFCHOH)等のフッ素以外のハロゲン元素を含有するものを使用してもよいが、フッ素と炭素のみからなるフッ化炭素が好ましい。
【0018】
また、フッ化炭素ガスとしてフッ素/炭素比(F/C)が2以上のものを用いるのが好ましい。フッ素/炭素比(F/C)が2以上であると安定してフッ素を付加でき、コーティング品質をより安定させることができる。
【0019】
なお、これらのフッ化炭素ガスは単独でも2種以上を混合して用いてもよい。
フッ化炭素ガスとともに、不活性ガスが混合してもよい。不活性ガスとしては、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、キセノン(Xe)等の希ガス、窒素(N)及び酸素(O)等が挙げられる。これらは単独でも2種以上を混合して用いてもよい。フッ化炭素ガスと不活性ガスの混合割合は使用するガスの種類によって適宜決定される。プラズマ発生時のフッ化炭素ガスの濃度は、10体積%以上とすることが好ましい。不活性ガスとしてアルゴンを混合する場合、フッ化炭素ガスの濃度は、10体積%以上とすることが好ましい。不活性ガスとして酸素を混合する場合、フッ化炭素ガスの濃度は、70体積%以上とすることが好ましく、80体積%以上とすることがより好ましい。フッ化炭素ガスの濃度を一定以上とすることにより、プライマー層の結合密度が向上し、親水性ポリマーの付加量を増大させることができる。
【0020】
プラズマ発生時の圧力は、好ましくは1Pa以下であり、好ましくは0.2Pa以上、より好ましくは0.4Pa以上である。0.2Pa未満では圧力制御が難しい場合があり、1Pa以下とすることにより、フッ素の付加量が極端に増えるのを抑制できる。圧力が高すぎると、必要なフッ素付加量を達成するために照射時間を短くしなければならず照射後のバラつきが大きくなる場合がある。
【0021】
フッ化炭素ガス又はフッ化炭素ガスと不活性ガスの混合ガスの、プラズマ発生時の総流量は、特に制限されないが、通常5〜50ml/分、好ましくは10〜30ml/分である。流量を上記範囲とすることにより、プラズマを発生させた際の圧力のブレを抑制することができる。
【0022】
基材をプラズマに照射する時間は、好ましくは20秒以下、より好ましくは10秒以下、さらに好ましくは5秒以下で、かつ好ましくは2秒以上である。照射時間が短すぎるとプラズマ処理の効果が得られにくい場合がある。照射時間を20秒以下とすることにより、フッ素付加量が必要以上に増えるのを抑制できる。
【0023】
プラズマ発生部に与えられる電力は、好ましくは100W以上、より好ましくは200W以上、さらに好ましくは300W以上で、かつ好ましくは500W以下である。電力を一定以上とすることにより、プラズマが安定するためバラつきを抑制することができる。
【0024】
上記のようなプラズマ照射条件とすることにより、基材表面の凹凸が大きくなりプライマー層との結合密度が向上し、親水性ポリマーの付加量を増大させることができる。
【0025】
プラズマ処理において好ましく用いられるプラズマ放電装置は、プラズマ発生方法として、内部電極方式による直流グロー放電ならびに低周波放電、内部電極方式、外部電極方式及びコイル型方式による高周波放電、導波管型方式によるマイクロ波放電及び電子サイクロトロン共鳴放電(ECR放電)等があるが、これに限らずプラズマを発生し、かつこれにより表面に反応を起す方法であれば、他の方法も使用することができる。
【0026】
プラズマに暴露した基材の表面近傍にはフッ素が導入される。このフッ素は、少なくともX線光電子分光法(XPS)等の表面分析装置で検出可能な深さに導入されている。プラズマに暴露した基材表面において、フッ素/炭素比(F/C)は、0.35以下であることが好ましく、0.3以下であることがより好ましく、0.25以下であることがさらに好ましい。また、フッ素/炭素比(F/C)は、0.1以上であることが好ましく、0.15以上であることがより好ましい。基材表面のフッ素/炭素比(F/C)は、X線光電子分光法(XPS)を用いて測定することができる。ここでXPSは、アルバック・ファイ社製のX線分光分析装置「ESCA5600」を用い、光電子取り込み角度を45°に設定して測定される。具体的には、ESCA5600(アルバック・ファイ(株))により、C1s、F1sスペクトルを取得し、各元素由来の成分をMultiPak(付属ソフトウェア)により面積計算を行い、その成分比を百分率で算出する。そしてC1sに対するF1sの割合をフッ素/炭素比(F/C)として算出する。フッ素を所定量含むことにより、後に基材に形成されるプライマー層の結合量を増加させ、結果、該プライマー層を介して固定化される親水性ポリマーの付加量を増加させるという効果が得られる。
【0027】
プラズマに暴露した基材表面は、プラズマに暴露する前の基材表面よりも疎水性が向上している。具体的には、プラズマ処理後の表面の水接触角は80°以上であることが好ましく、より好ましくは90°以上であり、プラズマ処理前よりも表面の水接触角が3°以上、好ましくは5°以上高いことが好ましい。水接触角を測定することにより、表面にフッ素付加が行われたかどうかを簡便に検査することができる。
【0028】
本発明者らが鋭意検討して得た知見であるが、形成される親水性層の状態は、プラスチック表面の状態に左右されることが分かっている。しかしながら、品質が常に一定のプラスチック表面を有する基材を用意することは難しい。これに対し、プラズマ処理することにより得られた基材を用いることにより、そのプラズマ照射したプラスチック表面に、後述のとおりプライマー層を介して親水性ポリマーを高密度で導入することができ、高品質の親水性層を形成することができる。それにより、生体関連物質の非特異的吸着が抑制された生化学試験用器具を製造することができる。したがって、プラズマに暴露することにより得られた基材は、生化学試験用器具を製造するための材料として有利に使用することができる。
【0029】
(プライマー層)
プライマー層は、少なくともポリシロキサンを含む層により形成することができる。ここで、ポリシロキサンとはシロキサン結合(Si−O−Si)の繰り返し単位からなるポリマーであり、シラノール化合物の縮合重合によって得ることができる。シラノール化合物の縮合はシラノール化合物の分子間で起こる反応である。基材表面のプラスチック分子が反応性の官能基を有してない場合には、シラノール化合物と基材表面のプラスチック分子との間では反応は起こらない。その場合、シラノール化合物及び形成されたポリシロキサンは基材表面のプラスチック分子とは化学的に反応せずに、単に物理的に吸着していると考えられる。この点は、ガラスを基材とする場合とは大きく異なる。このようなシラノール化合物のプラスチック表面への吸着力は、モノマーでは極めて弱いが、ある程度縮合が進み、ポリマー(ポリシロキサン)となれば強くなる。シラノール化合物を適度に縮合することによって、プラスチック表面にポリシロキサンを含むプライマー層が形成される。そして、プラズマ処理によりフッ素が導入されたプラスチック表面においては、ケイ素原子とフッ素原子の相互作用により、ポリシロキサンがさらに強固に結合したプライマー層を形成することができる。
【0030】
(シラノール化合物)
本発明で用いられるシラノール化合物は、シラノール基(Si−OH)に加えて、ケイ素原子に直結した炭素原子を含みかつ官能基を有する有機基を有する。この有機基はポリシロキサンの側鎖となる。シラノール化合物は典型的には式1で表される構造を有する:
(R(R4−p−qSi(OH) ・・・・(式1)
(pは1又は2であり、qは2又は3であり、p+qは3又は4であり、Rは、独立に、ケイ素原子に直結した炭素原子を含みかつ官能基を有する有機基であり、Rはケイ素原子に直結した炭素原子を含む有機基である)。p=1かつq=2又は3であることが好ましく、p=1かつq=3であることがより好ましい。p+q=4である場合、Rは存在しない。
【0031】
は、好ましくは、水素原子が1つ以上(好ましくは1つ)の官能基により、必要に応じて適当なリンカー構造を介して、置換されている、炭素数が1〜20、好ましくは1〜15、より好ましくは1〜10、特に好ましくは1〜6の炭化水素基である(ただし、前記炭化水素基の全部又は一部がビニル基である場合のように、前記炭化水素基自体が官能基である場合は官能基により置換されている必要はない)。前記炭化水素基は、直鎖又は分岐鎖あるいは環構造を有する、飽和又は不飽和の脂肪族炭化水素基(アルキル基、炭素数2以上のアルケニル基、又は炭素数2以上のアルキニル基)であってもよいし、単環又は多環の炭素数6以上の芳香族炭化水素基であってもよいし、1つ以上の前記脂肪族炭化水素基によって置換された前記芳香族炭化水素基であってもよいし、1つ以上の前記芳香族炭化水素基によって置換され前記脂肪族炭化水素基であってもよい。前記炭化水素基では、炭素−炭素結合が、1又は2個の、酸素、窒素及び硫黄から選択される同一又は異なる原子により中断されていてもよい。炭化水素基の例としては好ましくはプロピル基、エチル基が挙げられる。
【0032】
における、前記炭化水素基の1つ以上の水素を、必要に応じて適当なリンカー構造を介して、置換する官能基としては、親水性ポリマーの官能基、例えばポリアルキレングリコールのヒドロキシル基と反応して共有結合を形成することができる官能基、あるいは、そのような官能基に変換可能な官能基が挙げられる。典型的には、(1H−イミダゾール−1−イル)カルボニル基、スクシンイミジルオキシカルボニル基、グリシジル基、エポキシ基、アルデヒド基、アミノ基、チオール基、カルボキシル基、アジド基、シアノ基、活性エステル基(1H−ベンゾトリアゾール−1−イルオキシカルボニル基、ペンタフルオロフェニルオキシカルボニル基、パラニトロフェニルオキシカルボニル基等)、ハロゲン化カルボニル基、イソシアネート基、マレイミド基等が挙げられ、なかでもグリシジル基又はエポキシ基が好ましい。グリシジル基又はエポキシ基は、それ自体がヒドロキシル基と反応して共有結合を形成可能であるが、特開2009−156864号公報に記載されている方法に従って、グリシジル基又はエポキシ基をアルデヒド基に変換し、形成されたアルデヒド基と、ヒドロキシル基とを反応させることもできる。これらの官能基は、前記炭化水素基の水素原子を直接置換してもよいし、適切なリンカー構造を介して置換してもよい。リンカー構造としては、例えば炭素の数が0〜3個、窒素、酸素及び硫黄から選択される同一又は異なるヘテロ原子の数が0〜3個である二価の基が挙げられ、例えば、炭化水素基が左側に、官能基が右側にそれぞれ結合するとしたとき、−O−、−S−、−NH−、−(C=O)O−、−O(C=O)−、−NH(C=O)−、−(C=O)NH−、−(C=O)S−、−S(C=O)−、−NH(C=S)−、−(C=S)NH−、−(N=C=N)−、−CH=N−、−N=CH−、−O−O−、−S−S−、−(O=S=O)−で表される構造が挙げられる。
【0033】
の特に好ましい態様としては3−グリシドキシプロピル基、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチル基が挙げられる。
【0034】
は、好ましくは、置換基により置換されていないという点を除いてRについて上述したものと同様の(ただしRとは独立して選択される)炭化水素基であり、なかでも、炭素数が1〜6の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が好ましく、メチル基又はエチル基が特に好ましい。
【0035】
(加水分解によりシラノール化合物を生成するケイ素化合物)
前記シラノール化合物は、加水分解によりシラノール基(Si−OH)を生成可能な基を有するケイ素化合物を、加水分解することにより生成することができる。このようなケイ素化合物は式2で表される構造を有する:
(R(R4−p−qSi(Y) ・・・・(式2)
(Yは、独立に、加水分解によりシラノール基を生成可能な基であり、p、q、R、Rはそれぞれシラノール化合物に関して定義したとおりである)。
【0036】
Yとしては、アルコキシ基、ハロゲン原子、アリールオキシ基、アルコキシ基又はアリールオキシ基により置換されたアルコキシ基、アルコキシ基又はアリールオキシ基により置換されたアリールオキシ基、アルキルカルボニルオキシ基等が好ましい。Yとしては特に、炭素数1〜6のアルコキシ基(特にメトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、tert−ブトキシ基)、炭素数1〜6の、アルコキシ基により置換されたアルコキシ基(例えばメトキシエトキシ基)、炭素数1〜6のアルキルカルボニルオキシ基(例えばアセトキシ基)、塩素原子が好ましい。
【0037】
式2のケイ素化合物としては、シランカップリング剤として市販されている化合物を好適に使用することができ、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン又は3−グリシドキシプロピルトリエトキシシランが特に好ましい。
【0038】
(プライマー層の形成方法)
プライマー層を形成する際、式2のケイ素化合物を以下のように加水分解し、式1のシラノール化合物を生成することができる。加水分解の条件は特に限定されないが、例えば次の方法が可能である。まず、式2のケイ素化合物に希塩酸を添加し、基Yを加水分解する。希塩酸のpHは2.0〜3.0に調整するのが望ましい。ケイ素化合物に対する水分子のモル比は2〜4とする。この操作によって基Yはシラノール基へ変換され、式1のシラノール化合物が生成する。
【0039】
次いでシラノール化合物を基材表面に適用し、縮合重合によりポリシロキサンを形成する。式1のシラノール化合物は、塩基とともにアルコールに溶解する。シラノール化合物の終濃度は0.1〜10%(v/v)の範囲で調整することが望ましい。塩基はトリエチルアミン、N,N−ジイソプロピルエチルアミン、ピリジン、4−ジメチルアミノピリジンなどを用いることができるが、これらに限定されない。塩基の終濃度は0.1〜10%(v/v)の範囲で調整することが望ましい。アルコールはエタノール、2−プロパノール、tert−ブチルアルコール等を用いることができるが、これらに限定されない。このシラノール化合物溶液を基材のプラスチック表面に接触させ、10分〜24時間放置する。反応温度は4〜80℃の範囲で設定できるが、特に室温(20〜25℃)が好ましい。基材のプラスチック表面とシラノール化合物溶液との接触は、該基材をシラノール化合物溶液に浸漬することにより又は潜らせることにより実施できる。基材が長く、内側表面にシラノール化合物溶液を接触させることが難しい場合は、ポンプ等を用いて基材の内側にシラノール化合物溶液を送液させることによりプライマー層を形成することができる。
【0040】
以上の操作によって、プラスチック表面にポリシロキサンを含むプライマー層が形成される。プライマー層の被覆密度は、シラノールや塩基の濃度、あるいはシラノール溶液をプラスチック表面に接触させる時間によって制御可能である。プライマー層の被覆密度が高ければ高いほど、次の工程で共有結合させる親水性ポリマーの結合密度も高くなる。
【0041】
形成されたポリシロキサンの側鎖上のシラノール化合物からの官能基を誘導体化して他の官能基に変換する場合には、プライマー層形成後に引き続き、ポリシロキサンの側鎖上のシラノール化合物からの官能基を、親水性ポリマーの官能基と反応して共有結合を形成することができる官能基に変換する誘導体化工程を行う。
【0042】
プラズマ処理したプラスチック表面にプライマー層を形成すると、その表面のフッ素/炭素比(F/C)は、プラズマ処理後プライマー層形成前の表面のフッ素/炭素比(F/C)よりも低くなる。これは、ポリシロキサンの付加量が増えたことでESCAによって検出しづらくなったためと考えられる。
【0043】
(親水性層)
プライマー層上に配置される親水性層は、親水性ポリマーを含む。親水性ポリマーは、炭素成分を含み、ポリマーの主鎖もしくは側鎖に親水性の官能基を含むポリマーのことを指す。親水性ポリマーは、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を含む水溶性ポリマーであることが好ましい。親水性ポリマーは、恒常的に水溶性や水膨潤性を有するものであってもよいし、光、温度、pHなどの所定の刺激により水溶性や水膨潤性を示すものであってもよい。プライマー層におけるポリシロキサン側鎖上の官能基と反応させる観点から、酸化反応を受けやすいものが好ましい。プライマー層表面上の官能基に親水性ポリマーを直接結合させることから、鎖状構造の一端に結合性基を有し、他端にヒドロキシル基を有するものであることが好ましい。プライマー層表面上の官能基に結合可能な官能基(結合性基)は、ヒドロキシル基であってもよいし、異なる種類の官能基(例えばアミノ基、エポキシ基、アルデヒド基、カルボキシル基など)であってもよいが、ヒドロキシル基であることが好ましい。また、医療材料、生化学試験及び細胞培養等に使用する場合、生体毒性の低いもの採用することが好ましい。
【0044】
親水性ポリマーの具体例としては、ポリアルキレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリビニルアミン、ポリ酢酸ビニル、ポリアクリル酸、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド等のヒドロゲルポリマー、これらと他のモノマーとの共重合体や、グラフト重合体などが挙げられる。中でもポリアルキレングリコールは様々な分子量のものが市販されており、かつ生体適合性に優れているので好適に用いることができる。
【0045】
ポリアルキレングリコール(PAG)は、1つ以上のアルキレングリコール単位((CH−O)からなるアルキレングリコール鎖(AG鎖)を少なくとも含む。アルキレングリコール鎖は次式:
−((CH−O)
(nはアルキレン鎖の炭素数を表し、mは重合度を示す整数である)
で表される構造を指す。nは、通常1〜10の整数であり、好ましくは1〜4の整数である。mは4以上であることが好ましい。PAGの数平均分子量は好ましくは25000以下、より好ましくは10000以下、さらに好ましは1000以下である。数平均分子量が増すと粘度が増すため取扱いが難しく、PAGの高密度での配置が難しくなるからである。
【0046】
PAGの一端のヒドロキシル基と、前記ポリシロキサンの側鎖上の官能基又は該官能基から誘導された官能基との反応により形成された共有結合を介して、PAGがプライマー層に結合される。PAGの他端のヒドロキシル基は、誘導体化されておらずヒドロキシル基で封鎖された状態であってもよいし、他の物質と共有結合を形成することが可能な官能基が直接的又は間接的(リンカーを解して)に導入された状態であってもよい。
【0047】
PAGの他端に導入される官能基しては、代表的には、(1H−イミダゾール−1−イル)カルボニル基、スクシンイミジルオキシカルボニル基、エポキシ基、アルデヒド基、アミノ基、チオール基、カルボキシル基、アジド基、シアノ基、活性エステル基(1H−ベンゾトリアゾール−1−イルオキシカルボニル基、ペンタフルオロフェニルオキシカルボニル基、パラニトロフェニルオキシカルボニル基等)、ハロゲン化カルボニル基(塩化カルボニル基、フッ化カルボニル基、臭化カルボニル基、ヨウ化カルボニル基)等が挙げられる。これらの官能基は、PAGの末端のヒドロキシル基の水素を置換する置換基として、PAGに直接的に連結されていてもよいし、PAGの末端に結合したリンカー構造に結合した官能基として、PAGに間接的に連結されていてもよい。リンカー構造としては、炭素の数が0〜3個、窒素、酸素及び硫黄から選択される同一又は異なるヘテロ原子の数が0〜3個である二価の基が挙げられる。親水性層には他の親水性化合物が更に含まれていてもよい。
【0048】
ポリアルキレングリコールの具体例としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコールとプロピレングリコールのコポリマーなどが挙げられ、本発明においては親水性ポリマーとして、ポリエチレングリコールが特に好適に用いられる。ポリエチレングリコールは、1つ以上のエチレングリコール単位(CH−CH−O)からなるエチレングリコール鎖(EG鎖)を少なくとも含む。エチレングリコール鎖は次式:
−(CH−CH−O)
(mは重合度を示す整数である)
で表される構造を指す。
【0049】
ポリエチレングリコールの分子量は特に限定されず、基材の用途に応じて適宜設定することができる。ポリエチレングリコールの数平均分子量は好ましくは176以上(mが4以上)、より好ましくは300以上、さらに好ましくは350以上である。ポリエチレングリコールの数平均分子量の上限は特に限定されないが、数平均分子量が大きくなるほど粘度が増すため取扱いが難しいこと、及び、ポリエチレングリコールの高密度での配置が難しいことから、ポリエチレングリコールの数平均分子量は好ましくは25000以下、より好ましくは10000以下、さらに好ましは1000以下である。
【0050】
ポリエチレングリコールは、次式:
HO−(CH−CH−O)−H
(mは重合度を示す整数である)
で表されるエチレングリコール(EG,m=1)又はポリエチレングリコール(PEG,mは2以上)を用いて形成することができる。
【0051】
ポリエチレングリコールの数平均分子量は、原料として用いられるEG又はPEG、あるいは、担体から解離させたEG又はPEGの数平均分子量からHOの分子量(18.015)を控除することにより求めることができる。EG又はPEGの数平均分子量は蒸気圧浸透圧法又は膜浸透圧法によって求められる。蒸気圧浸透圧法はEG又はPEGの数平均分子量が100,000未満のときに使用することができる。膜浸透圧法はPEGの数平均分子量が10,000〜1,000,000のときに使用することができる。
【0052】
PEGの一端のヒドロキシル基と、前記ポリシロキサンの側鎖上の官能基又は該官能基から誘導された官能基との反応により形成された共有結合を介して、PEGがプライマー層に結合される。PEGの他端のヒドロキシル基は、誘導体化されておらずヒドロキシル基で封鎖された状態であってもよいし、他の物質と共有結合を形成することが可能な官能基が直接的又は間接的(リンカーを解して)に導入された状態であってもよい。
【0053】
PEGの他端に導入される官能基しては、代表的には、(1H−イミダゾール−1−イル)カルボニル基、スクシンイミジルオキシカルボニル基、エポキシ基、アルデヒド基、アミノ基、チオール基、カルボキシル基、アジド基、シアノ基、活性エステル基(1H−ベンゾトリアゾール−1−イルオキシカルボニル基、ペンタフルオロフェニルオキシカルボニル基、パラニトロフェニルオキシカルボニル基等)、ハロゲン化カルボニル基(塩化カルボニル基、フッ化カルボニル基、臭化カルボニル基、ヨウ化カルボニル基)等が挙げられる。これらの官能基は、PEGの末端のヒドロキシル基の水素を置換する置換基として、PEGに直接的に連結されていてもよいし、PEGの末端に結合したリンカー構造に結合した官能基として、PEGに間接的に連結されていてもよい。リンカー構造としては、炭素の数が0〜3個、窒素、酸素及び硫黄から選択される同一又は異なるヘテロ原子の数が0〜3個である二価の基が挙げられる。親水性層には他の親水性化合物が更に含まれていてもよい。
【0054】
(親水性層の形成方法)
本発明の基材は、プライマー層を形成する工程と、プライマー層のポリシロキサンに親水性ポリマーを連結させる工程とを少なくとも含む方法により製造することができる。
【0055】
親水性層は、プライマー層のポリシロキサンの側鎖上の官能基(シラノール化合物の官能基に対応する官能基、あるいは、該官能基から誘導された官能基)と親水性ポリマーの官能基を反応させることにより形成することができる。反応条件は、ポリシロキサンの側鎖上の官能基と親水性ポリマーの種類に基づいて、適宜選択される。
【0056】
例えば、ポリアルキレングリコールのヒドロキシル基とポリシロキサンの側鎖上の官能基を反応させる場合、酸化触媒、好ましくは触媒量の濃硫酸を含むポリアルキレングリコールをプライマー層と接触させる。ここで、数平均分子量が1000を超えるポリアルキレングリコールはあらかじめ加熱融解しておく。必要に応じて、ポリアルキレングリコールをtert−ブチルアルコールなどで希釈して用いてもよい。このポリアルキレングリコール溶液をプラスチック表面に接触させ、加熱する。加熱温度は60〜100℃の範囲で設定できるが、プラスチックの耐熱性を加味すると80℃前後(75℃〜85℃)が好ましい。加熱時間は10分〜24時間の範囲で設定できるが、加熱温度が80℃前後の場合は10分〜60分間が好ましい。
【0057】
親水性層における親水性ポリマーの密度及び親水性は、親水性層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、親水性層表面の水接触角が典型的には48°以下、好ましくは40°以下、より好ましくは30°以下であれば、親水性ポリマー材料が十分な密度で存在し、親水性を有していると考えられる。
【0058】
(基材の用途)
本発明で得られた表面に親水性層を有する基材は、生体分子又は生体関連物質の非特異的吸着が抑制されていることから、生化学試験用器具に好適に使用される。生化学試験用器具としては、タンパク質、ペプチド、糖類、核酸(DNA、RNA)、脂質、補酵素、細胞、ウイルス、細菌などの生体分子又は生体関連物質を扱う試験用の器具や、細胞培養用の器具などが挙げられる。具体的には、生体分子又は生体関連物質の相互作用を検出するための器具、例えば、免疫アッセイ用固相担体、マイクロアレイ用担体、DNAチップ用担体などが挙げられる。また、マルチウェルプレート、マイクロプレート、ピペット、シリンジ、細胞培養バッグ等にも使用することができる。
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例の範囲に限定されない。
【実施例】
【0059】
<実施例1>
親水性ポリマー層の形成に好適なプラズマ照射圧力条件を見積もるために以下の解析を行った。
ポリスチレン性96穴平底マイクロプレート(サーモフィッシャーサイエンティフィック社;以下96穴プレートと略す)にドライエッチング装置のEXAM(神港精機社)を用いてRFパワー300W、ガス流量20ml/分、照射時間10秒間は固定させ、圧力は0(コントロール)、0.5、1、2、3、5Paと変化させてCFプラズマ照射を行った。
【0060】
96穴プレートのウェル表面に、プライマー層を介してポリエチレングリコールコーティングを施した。1.8mlの3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ社)に350μlの希塩酸(pH2.4)を添加してシラノールを調製した。これを100mlの2−プロパノール(純正化学社)に入れた上で500μlのトリエチルアミン(和光純薬工業社)を添加した。このシラノール溶液を96穴プレート1ウェル当たり100μlずつ分注した。そのまま室温で135分間放置した。その後、ウェル内を純水で洗浄した後に80℃で10分間乾燥させた。この操作によってポリシロキサンを含むプライマー層が形成された。
【0061】
次に触媒量の濃硫酸を含んだポリエチレングリコール400(数平均分子量380−420、関東化学社)を1ウェル当たり100μlずつ分注した後に80℃で45分間インキュベートした。純水で洗浄した後に80℃で10分間、乾燥させた。この操作によってプライマー層上にポリエチレングリコールを含む親水性層が形成された。
【0062】
ポリエチレングリコールがタンパク質排他能を有していることから、ポリエチレングリコールコーティングの品質を見る簡便な方法として、タンパク質の吸着量を測定した(Revzin et al., Langmuir 19号 9855-9862; Okochi et al., Langmuir 25号 6947-6953)。以下に具体的手順を示す。
【0063】
ポリエチレングリコールによるコーティングを施した96穴プレートにHorse Radish Peroxidase標識抗ウサギIgG抗体(Nordic Immunological Laboratories社;;濃度1μg/ml)を溶解したリン酸緩衝バッファー(pH7.4)を1ウェル当たり50μlずつ入れ、フタをした上でコーティング面を底面にして室温中で1晩、静置した。静置後、0.05%のTween20(和光純薬工業社)を含むリン酸緩衝バッファーで3回、洗浄した。乾燥させた後、200mMのSAT−3(同仁化学社)及び500mMの過酸化水素水(関東化学社)を含むリン酸バッファー(pH6.0)を1ウェル当たり50μlずつ入れ室温で10分間インキュベートした。規定時間経過後に50μlの0.5規定硫酸を加えることで反応を停止した。反応停止後、発色強度を測定するためにプレートリーダーのSpectraMax e2(モレキュラーデバイス社)を用いて、波長494nmでの吸光度値から波長620nmでの吸光度値を引いた値を計算し、タンパク質吸着量の相対値を求めた。この相対値が低いほどタンパク質吸着抑制能が高く得られたポリエチレングリコールコーティングの品質が良好であると言える。
【0064】
結果を図1に示す。この結果から、CFプラズマ照射処理により、プライマー層を介して親水性ポリマーの結合密度が増し、親水性層のタンパク質吸着抑制能が向上したことがわかる。またプラズマ照射圧力は1Pa以下が好適であることがわかる。
【0065】
<実施例2>
実施例1に続いて好適なプラズマ照射時間を見積もるために以下の解析を行った。
96穴プレートにEXAMを用いてCFプラズマ照射を施した。RFパワーを300W、圧力を1Pa、ガス流量20ml/分と固定した上で、照射時間を5、10、20、30秒と変化させて、それぞれ96穴プレートを作製した。
【0066】
その後、実施例1に記載の方法で、ウェル表面にプライマー層を形成し、さらにポリエチレングリコールコーティングを施した上で、実施例1に記載の方法によりタンパク質吸着量を測定した。
【0067】
結果を図2に示す。この結果から、プラズマ照射時間は20秒以下が好適であることがわかる。
【0068】
<実施例3>
プラズマ処理による表面の親疎水性変化を水接触角測定により調べた。
【0069】
96穴プレートにEXAMにより、RFパワーを300W、圧力を1Pa、照射時間を10秒、ガス流量20ml/分としてCFプラズマ照射したサンプルを用意した(以下このサンプルをサンプルAとする)。比較例としてプラズマ照射を行っていない96穴プレートを用いた(以下このサンプルをサンプルBとする)。
【0070】
このサンプルA及びサンプルBに、実施例1に記載した方法で、ウェル表面にプライマー層を形成し、さらにポリエレングリコールコーティングを施した。以下、コーティング後の製品をそれぞれサンプルC及びサンプルDとする。
【0071】
上記サンプルA〜Dをそれぞれカッターにより1ウェルごとに切断し、細切れにされたプレート底面を得た。これを水接触角測定に供した。
【0072】
水接触角の測定法は、特開2007−14753号に記載の方法に従って実施した。すなわち、超純水製造装置(ミリポア社)によって得られた超純水1μlをマイクロシリンジを用いて、それぞれ上記サンプルのウェル表面に滴下した。滴下後1分以内にCA−Z型の水接触角計(協和界面科学社)を用いて水接触角を測定した。1サンプルにつき4つの異なるウェルからデータ値を取得し、その平均値を計算した。
【0073】
結果を図3に示す。それぞれの水接触角の平均値はサンプルAが94.8°、サンプルBが90.8°、サンプルCが23.4°、サンプルDが32.1°であった。
【0074】
以上の結果より、CFプラズマ照射により未処理の場合と比較して疎水性の表面が形成されることが分かった。一方、CFプラズマ照射を施した表面にプライマー層を形成し、さらにポリエチレングリコールコーティングを施すと未照射の場合と比較して、より親水性を有する表面が得られることがわかった。
【0075】
<実施例4>
プラズマ照射後の表面元素分析をXPSによって行った。以下、その詳細を記載する。
1ウェルごとに切断したサンプルA及びサンプルBのプレート底面をESCA5600(アルバック・ファイ社)によりF1s及びC1sの表面元素分析を行った。得られたデータはMultiPak(アルバック・ファイ社)により解析を行った。X線の取り込み角度は45°とした。
【0076】
得られたF1sスペクトルを図4に、C1sスペクトルを図5に示す。縦軸はシグナル強度を表している。F1sスペクトルの結果から表面にフッ素成分が付与されていることが示された。
【0077】
またC1sスペクトルを観察するとC−Fx(xは自然数)由来と考えられる成分が特に286eV以上の範囲に見られる。このフッ素付加後のC1sスペクトルの変化から、CFプラズマ照射によって付与されたフッ素が支持体表面の炭素と結合していると考えられる(Yan et al., Langmuir 21号 8905-8912; Malkov et al., Plasma Processes and Polymers 5号 129-145)。
【0078】
以上の結果よりCFプラズマ照射により表面にフッ素成分が付与されていることがわかった。
【0079】
<実施例5>
親水性ポリマーコーティングに好適な、プラスチック表面における炭素量に対するフッ素付加量を見積もるために以下の解析を行った。
【0080】
96穴プレートに、実施例1に記載の方法に従い、RFパワーを300W、照射時間は10秒、圧力1Pa、ガス流量20ml/分としてCFプラズマ照射を行った。照射後、カッターにより底面を切断した上でサンプルを得た。上記サンプルを4枚(n=4)、異なる96穴プレートから取得した。
【0081】
上記サンプルについて、実施例4に記載の方法で、表面のC1s、F1s、O1s及びN1sスペクトルをESCA5600により取得し、それぞれの元素由来の成分についてMultiPakにより面積計算を行い、その成分比を百分率で算出した。そしてC1sに対するF1sの割合を算出した。本実施例においてもX線の取り込み角度は45°に設定した。
【0082】
また、上記サンプルを取得した96穴プレートの別の部分について、実施例1に記載の方法により、タンパク質吸着量を測定した。
【0083】
結果を図6に示す。この結果より親水性ポリマーコーティングに最適なF1s/C1s値は0.35以下、特に望ましくは0.1〜0.3と見積もられた。フッ素の付加量を調整することで、親水性ポリマーコーティングの品質を最適化できることがわかった。
【0084】
<実施例6>
サンプルA及びサンプルBを取得した96穴プレートに、実施例1に記載の方法に従ってシラノール付加反応(プライマー層形成工程)までを行ったサンプルを用意した。これら2サンプルをカッターで1ウェルごとに切断し、シラノール付加量が増加したかどうかを、ESCA5600によるSi2pの表面元素分析により解析した。
【0085】
上記2サンプルを用いて、実施例5に記載の方法に従って、ESCA5600による表面元素分析を行った。なお本実施例ではX線の取り込み角度は90°、60°、30°と設定し、角度分解によって異なる深さの部位を測定した。
【0086】
結果を図7に示す。なお縦軸はシグナル強度を表している。以上の結果から、プラズマ照射により、Si2p成分がどの深さにおいても増加すること、すなわちどの深さにおいてもシラノール付加量が増加することがわかった。
【0087】
<実施例7>
プラズマ照射前後におけるAFM表面形状分析を行った。以下その方法を記載する。
1ウェルごとに細切れにされたサンプルA及びサンプルBについて、レーザー顕微鏡(OLS3500、オリンパス社)によってSPMモードによるAFM測定を行った。10μm四方の範囲を1Hzの処理速度で表面の凹凸形状を測定し、その表面粗さを数値化した。これらの操作はメーカー添付の作業手順書に記載された方法に従って実施した。
【0088】
表面粗さの算術平均値であるRa値の比較結果を図8に示す。これらはサンプルA及びサンプルBそれぞれについて4つの異なるウェルから取得したRa値の平均値である。以上の結果より上記2つのサンプルの間に表面粗さの差は見られず、プラズマ処理は基材表面にダメージ等を与えないことが示された。
【0089】
<実施例8>
1ウェルごとに切断したサンプルC及びサンプルDを、実施例7と同じくレーザー顕微鏡(OLS3500)を用いて、それぞれ観察した。本実施例では100倍の対物レンズを用いて共焦点モードによる3次元写真を取得した。
【0090】
共焦点モードで得られた写真を図9に示す。なおスケールバーは15μmである。プラズマ照射サンプルではポリエチレングリコールコーティング後に凹凸構造が見られた。なおサンプルCは、SPMモードによるAFM測定では表面が粗すぎて測定不可であった。
【0091】
実施例7ではプラズマ照射の有無により表面粗さに大きな違いは見られなかったことから、ポリエチレングリコールコーティングにおける凹凸は、ポリスチレン表面に付加されたフッ素に対する、シラノール中に存在するポリシロキサンのSi成分の親和性の高さにより、ポリエチレングリコール付加量が増加したためと推察される。すなわちCFプラズマ照射の有無によって親水性ポリマーコーティング後に得られる表面が異なることが示された。
【0092】
<実施例9>
1ウェルごとに細切れにされたサンプルA〜Dを用いて、電子顕微鏡(SEM)による表面のイメージ取得を行った。以下その方法を記載する。
【0093】
ウェルごとに細切れにされた96穴プレートをアルミ試料台にカーボンテープとカーボンペーストで固定し、十分に乾燥させたのち、イオンスパッタ装置E−1030(日立製作所社)を用いて、導電性膜をコーティングした。その後、走査型電子顕微鏡SU−8000(日立製作所社)を用いて、加速電圧1.0〜1.5kV、作動距離15mmでサンプルの表面観察を行った。
【0094】
得られた写真を図10に示す。なお写真内のスケールバーは全て10μmである。ポリエチレングリコールコーティング前においてはプラズマ照射の有無により違いは見られなかった。これに対してポリエチレングリコールコーティング後ではプラズマ照射したサンプルにおいてコーティング表面に凹凸構造が見られた。これは実施例8と同様にポリエチレングリコール付加量がプラズマ照射により増加したためと考えられる。
以上の結果は実施例7及び8で得られた知見と一致する。
【0095】
<実施例10>
CFと酸素の混合ガスプラズマ照射の効果を実施例1に記載の方法に従って試験した。酸素含有比率は体積比で0%(CFのみ)、17%、34%とした。この時のプラズマ照射条件はRFパワー500W、圧力2Pa、流量60ml/分、照射時間は30秒である。比較例として、実施例1で用いたプラズマ未処理の96穴プレートを用いた。
【0096】
その後、実施例1に記載の方法で、プライマー層の形成及びポリエチレングリコールコーティングを行い、実施例1と同様にタンパク質吸着試験を行い、その品質を評価した。
【0097】
結果を図11に示す。この結果から、酸素を大気圧とほぼ同じ体積比で含む条件(17%)でも、CFを含むプラズマ処理によって、親水性ポリマーコーティングに適した表面の作製が可能であることがわかる。ただし、酸素濃度が高くなるとタンパク質吸着抑制能が悪化すると考えられる。
【0098】
<実施例11>
CFとアルゴンの混合ガスによるプラズマ照射の効果を実施例1に記載の方法に従って試験した。アルゴン含有比率は体積比で0%(CFのみ)、25%、50%、75%、90%、100%(アルゴンのみ)とした。プラズマ照射は、RFパワーを500W、圧力を1Pa、照射時間を10秒で固定し、ガス流量をアルゴン含有率の条件に応じて40〜88ml/分と変化させて行った。
【0099】
その後、実施例1に記載の方法で、プライマー層の形成及びポリエチレングリコールコーティングを行い、実施例1と同様にタンパク質吸着試験を行い、その品質を評価した。
【0100】
結果を図12に示す。この結果から、希ガスとの混合ガスによるプラズマ照射でも、CF単体と同程度の表面改質が可能であることが示された。
【0101】
本結果は上記、表面へのアルゴン照射はCFプラズマ照射によるフッ素付加を促進させる効果を有するという知見からも支持される(Yan et al., Langmuir 21号 8905-8912)。
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