(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記パイロットクラッチの摩擦モデルは、前記インナパイロットクラッチ板と前記アウタパイロットクラッチ板との相対的な角速度差に応じた摩擦係数と、前記制御信号に応じた磁力により前記パイロットクラッチに付与される押付力と、の積を含み、
前記メインクラッチの摩擦モデルは、前記インナメインクラッチ板と前記アウタメインクラッチ板との相対的な角速度差に応じた摩擦係数と、前記メインクラッチに付与される軸方向の押付力と、の積を含む、請求項1の伝達トルク推定装置。
前記メインクラッチに付与される軸方向の押付力は、前記カム動作モデルと、前記メインクラッチにおける軸方向の粘弾性モデルと、を含むモデルにより示される、請求項2の伝達トルク推定装置。
前記メインクラッチにおいて、前記アウタメインクラッチ板には前記外側回転部材とスプライン嵌合するスプライン部が形成され、前記インナメインクラッチ板には前記内側回転部材とスプライン嵌合するスプライン部が形成され、
前記第五モデルは、前記メインクラッチにおける各前記スプライン部と相手部材との軸方向の摩擦モデルをそれぞれ含む、請求項1〜3の何れか一項の伝達トルク推定装置。
前記メインクラッチにおいて、前記アウタメインクラッチ板には前記外側回転部材とスプライン嵌合するスプライン部が形成され、前記インナメインクラッチ板には前記内側回転部材とスプライン嵌合するスプライン部が形成され、
前記第一モデルおよび前記第三モデルは、前記メインクラッチにおける前記スプライン部と相手部材との回転方向のバックラッシをそれぞれ含むようにモデリングされている、請求項1〜4の何れか一項の伝達トルク推定装置。
【発明を実施するための形態】
【0024】
<実施形態>
実施形態の駆動力伝達装置1の伝達トルク推定装置70について、図面を参照して説明する。ここで、伝達トルク推定装置70は、駆動力伝達装置1を構成する各部材をモデリングすることにより、この駆動力伝達装置1に入力される制御信号および駆動力伝達装置1の状態、即ち駆動力の入力側のアウタケース10の回転角速度と駆動力の出力側のインナシャフト20の回転角速度とにより変動する伝達トルクを推定するものである。
【0025】
(駆動力伝達装置1の全体構成)
駆動力伝達装置1は、例えば、四輪駆動車において、車両の走行状態に応じて駆動力が伝達される補助駆動輪側への駆動力伝達系に適用される。より詳細には、四輪駆動車において、駆動力伝達装置1は、エンジンの駆動力が伝達されるプロペラシャフトと補助駆動輪としてのリヤディファレンシャルとの間、もしくは、リヤディファレンシャルとドライブシャフトとの間に連結される。本実施形態においては、前者の場合であるものとして説明する。
【0026】
そして、駆動力伝達装置1は、補助駆動輪に駆動力を伝達する接続状態と、駆動力を伝達しない切断状態とを切り換えられる。上記の接続状態においては、プロペラシャフトから伝達される駆動力を、伝達割合を可変にしながら、リヤディファレンシャルに伝達している。この駆動力伝達装置1は、例えば、前輪と後輪の回転差が生じた場合に、回転差を低減するように作用する。この駆動力伝達装置1は、いわゆる電子制御カップリングからなる。この駆動力伝達装置1は、
図1に示すように、アウタケース10と、インナシャフト20と、メインクラッチ30と、電磁クラッチ装置40と、カム機構50とを備えている。
【0027】
アウタケース10(本発明の「外側回転部材」に相当する)は、円筒形状のホールカバー(図示せず)の内周側に、当該ホールカバーに対して回転可能に支持されている。このアウタケース10は、全体として円筒形状に形成されており、車両前側に配置されるフロントハウジング11と車両後方側(
図1の右側)に配置されるリヤハウジング12とにより形成されている。
【0028】
フロントハウジング11は、例えばアルミニウムを主成分とする非磁性材料のアルミニウム合金により形成され、有底筒状に形成されている。フロントハウジング11の円筒部の外周面が、ホールカバーの内周面に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、フロントハウジング11の底部が、プロペラシャフト(図示せず)の車両後端側に連結されている。従って、フロントハウジング11の有底筒状の開口側が車両後方側を向くように配置されている。また、フロントハウジング11の内周面のうち軸方向中央部には、雌スプライン11aが形成されており、当該内周面の開口付近には、雌ねじが形成されている。
【0029】
リヤハウジング12は、円環状に形成されており、フロントハウジング11の開口側の径方向内側に、フロントハウジング11と一体的に配置されている。リヤハウジング12の車両後方側には、全周に亘って環状溝が形成されている。また、リヤハウジング12の外周面には雄ねじが形成され、当該雄ねじがフロントハウジング11の雌ねじにねじ締めされる。なお、ナットをリヤハウジング12の雄ねじに締め付けることにより、フロントハウジング11とリヤハウジング12とを固定する構成となっている。
【0030】
また、リヤハウジング12は、上記の環状溝における溝底の一部分に、非磁性材料としての例えばステンレス鋼により形成された環状部材12aを有している。また、リヤハウジング12のうち環状部材12a以外の部位は、磁気回路を形成するために磁性材料である鉄を主成分とする材料(以下、「鉄系材料」と称する)により形成されている。
【0031】
インナシャフト20は、外周面の軸方向中央部に雄スプライン20aを備える軸状に形成されている。このインナシャフト20は、リヤハウジング12の軸心の貫通孔を液密的に貫通して、アウタケース10の内部に相対回転可能に同軸上に配置されている。そして、インナシャフト20は、フロントハウジング11およびリヤハウジング12に対する軸方向移動を規制された状態で、フロントハウジング11およびリヤハウジング12に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、インナシャフト20の車両後端側(
図1の右側)は、ディファレンシャルギヤ(図示せず)に連結されている。なお、アウタケース10とインナシャフト20とにより液密的に区画される空間内には、所定の充填率で潤滑油が充填されている。
【0032】
メインクラッチ30は、アウタケース10とインナシャフト20との間でトルクを伝達する。このメインクラッチ30は、鉄系材料により形成された湿式多板式の摩擦クラッチである。メインクラッチ30は、フロントハウジング11の円筒部内周面とインナシャフト20の外周面との径方向間に配置されている。また、メインクラッチ30は、フロントハウジング11の底部とリヤハウジング12の車両前方端面との軸方向間に配置されている。
【0033】
このメインクラッチ30は、複数のインナメインクラッチ板31と、複数のアウタメインクラッチ板32とを有し、これらが軸方向に交互に配置されて構成されている。インナメインクラッチ板31は、内周側に雌スプライン31a(本発明の「スプライン部」に相当する)が形成されており、インナシャフト20の雄スプライン20aにスプライン嵌合している。アウタメインクラッチ板32は、外周側に雄スプライン32a(本発明の「スプライン部」に相当する)が形成されており、フロントハウジング11の雌スプライン11aにスプライン嵌合している。
【0034】
メインクラッチ30は、上述のように、インナメインクラッチ板31の雌スプライン31a、およびアウタメインクラッチ板32の雄スプライン32aからなるスプライン部31a,32aを有する。これにより、インナメインクラッチ板31は、インナシャフト20との相対回転を規制され、且つ軸方向移動を許容されている。同様に、アウタメインクラッチ板32は、アウタケース10との相対回転を規制され、且つ軸方向移動を許容されている。また、スプライン部31a,32aは、それぞれスプライン嵌合する相手部材に対して所定のバックラッシ(回転方向の隙間)が設けられている。
【0035】
電磁クラッチ装置40は、制御信号に応じた磁力によりアーマチュア43を引き寄せることでパイロットクラッチ44を係合させ、アウタケース10のトルクをカム機構50の支持側カム部材51に伝達可能とする。また、制御信号とは、電磁コイル42に印加される電圧、または供給される電流に相当する。この電磁クラッチ装置40は、ヨーク41と、電磁コイル42と、アーマチュア43と、パイロットクラッチ44とにより構成されている。
【0036】
ヨーク41は、環状に形成されており、リヤハウジング12に対して相対回転可能となるように隙間を介してリヤハウジング12の環状溝に収容されている。ヨーク41は、ホールカバーに固定されるとともに、内周側をリヤハウジング12に軸受を介して回転可能に支持されている。電磁コイル42は、巻線を巻回することにより円環状に形成され、ヨーク41に固定されている。
【0037】
アーマチュア43は、鉄系材料により形成されている。外周側に雄スプラインを備える円環状に形成されている。このアーマチュア43は、メインクラッチ30とリヤハウジング12との軸方向間に配置されている。そして、アーマチュア43の雄スプラインが、フロントハウジング11の雌スプライン11aにスプライン嵌合されている。アーマチュア43は、電磁コイル42に電流が供給されると、電流値に応じた磁力によりヨーク41側に引き寄せられる。
【0038】
パイロットクラッチ44は、アウタケース10と支持側カム部材51との間でトルクを伝達する。このパイロットクラッチ44は、鉄系材料により形成されている。パイロットクラッチ44は、フロントハウジング11の円筒部内周面と支持側カム部材51の外周面との径方向間に配置されている。さらに、パイロットクラッチ44は、アーマチュア43とリヤハウジング12の車両前方端面との間に配置されている。
【0039】
このパイロットクラッチ44は、インナパイロットクラッチ板44aと、複数のアウタパイロットクラッチ板44bとを有し、これらが軸方向に交互に配置されて構成されている。インナパイロットクラッチ板44aは、内周側に雌スプラインが形成されており、支持側カム部材51の雄スプラインにスプライン嵌合されている。アウタパイロットクラッチ板44bは、外周側に雄スプラインが形成されており、フロントハウジング11の雌スプライン11aにスプライン嵌合されている。
【0040】
そして、電磁クラッチ装置40に制御信号が入力されて電磁コイル42が通電すると、ヨーク41、リヤハウジング12の外周側、パイロットクラッチ44の外周側、アーマチュア43、パイロットクラッチ44の内周側、リヤハウジング12の内周側、ヨーク41を通過する磁気回路が形成される。そうすると、アーマチュア43がヨーク41側に引き寄せられて、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとが摩擦係合する。そして、アウタケース10のトルクが支持側カム部材51に伝達される。
【0041】
一方で、電磁クラッチ装置40に制御信号が入力されずに電磁コイル42への電力供給を遮断すると、アーマチュア43に対する磁気的な吸引力がなくなる。これにより、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとの摩擦係合が解除され、パイロットクラッチ44が非係合状態となる。
【0042】
カム機構50は、メインクラッチ30とパイロットクラッチ44との間に設けられ、パイロットクラッチ44を介して伝達されるアウタケース10の回転とインナシャフト20の回転との回転差に基づくトルクを軸方向の押付力に変換する。そして、カム機構50は、支持側カム部材51に対して移動側カム部材52を軸方向に移動させることにより、変換した押付力をもってメインクラッチ30を押圧する。このカム機構50は、支持側カム部材51と、移動側カム部材52と、カムフォロア53とから構成されている。
【0043】
支持側カム部材51は、円環状に形成され、インナシャフト20の外周面に対して隙間を介して設けられている。また、支持側カム部材51は、リヤハウジング12の車両前方端面に設けられたスラスト軸受60により、シム61を介して支持されている。このような構成により、支持側カム部材51は、インナシャフト20およびリヤハウジング12に対して相対回転可能であり、軸方向移動を規制されている。また、支持側カム部材51は、外周側に雄スプラインを形成されている。この支持側カム部材51の雄スプラインは、インナパイロットクラッチ板44aの雌スプラインにスプライン嵌合している。さらに、支持側カム部材51の車両前方端面には、複数のカム溝が形成されている。
【0044】
移動側カム部材52は、大部分を鉄系材料により円環状に形成され、支持側カム部材51の車両前方側に配置されている。移動側カム部材52は、内周側に雌スプライン52aを形成されている。この移動側カム部材52の雌スプラインは、インナシャフト20の雄スプライン20aにスプライン嵌合している。従って、移動側カム部材52は、インナシャフト20に対する相対回転を規制され、軸方向移動を許容されている。さらに、移動側カム部材52の車両後方端面には、支持側カム部材51のカム溝に対して軸方向に対向するように、複数のカム溝が形成されている。
【0045】
また、移動側カム部材52の車両前方端面は、メインクラッチ30うち最も車両後方に配置されるインナメインクラッチ板31に当接し得る状態となっている。但し、支持側カム部材51と移動側カム部材52に位相差がない中立状態において、メインクラッチ30における上記のインナメインクラッチ板31と移動側カム部材52との間には、所定量のクリアランスClが設けられている。そして、移動側カム部材52は、中立状態からクリアランスClを超えて車両前方に移動すると、インナメインクラッチ板31と当接してインナメインクラッチ板31を車両前方へ押し付ける構成となっている。
【0046】
カムフォロア53は、ボール状からなり、支持側カム部材51と移動側カム部材52の互いに対向するカム溝に介在している。つまり、カムフォロア53およびそれぞれのカム溝の作用により、支持側カム部材51と移動側カム部材52に位相差(ねじれ角度)が生じた際には、移動側カム部材52が支持側カム部材51に対して軸方向に離間する方向(車両前方)へ移動する。支持側カム部材51に対する移動側カム部材52の軸方向離間量は、支持側カム部材51と移動側カム部材52との位相差が大きいほど大きくなる。
【0047】
(駆動力伝達装置の基本的な動作)
次に、上述した構成からなる駆動力伝達装置1の基本的な動作について説明する。先ず、初期状態として、電磁クラッチ装置40の電磁コイル42に電流が供給されていない状態とする。この場合、パイロットクラッチ44が係合していないため、アウタケース10と支持側カム部材51とは相対回転可能な状態となる。また、移動側カム部材52は、インナシャフト20とスプライン嵌合しているため、インナシャフト20と共に回転する。このとき、移動側カム部材52は、弾性部材または潤滑油の遠心油圧などによって車両後方に付勢された状態となっている。
【0048】
ここで、支持側カム部材51は、カムフォロア53を介して移動側カム部材52のみにより回転規制されているため、移動側カム部材52の回転に伴って回転する。そのため、支持側カム部材51と移動側カム部材52とは位相差を生じない。そのため、カムフォロア53は、支持側カム部材51および移動側カム部材52における各カム溝の最深部に位置することになる。従って、移動側カム部材52は、支持側カム部材51に最接近した位置、即ちメインクラッチ30から最も遠い位置に位置している。
【0049】
このように、カム機構50が支持側カム部材51と移動側カム部材52に位相差がない中立状態にある場合に、移動側カム部材52は、車両後方側に位置するため、メインクラッチ30に対して押付力を発生しない。つまり、メインクラッチ30の係合が確実に解除されている切断状態となる。また、インナメインクラッチ板31の一端と移動側カム部材52とは所定のクリアランスClだけ離間している。
【0050】
続いて、アウタケース10とインナシャフト20との間に回転差を生じている状態とする。そして、電磁クラッチ装置40に制御信号が入力されて電磁コイル42に電流が供給されると、電磁コイル42を基点としてヨーク41、リヤハウジング12、アーマチュア43を循環するループ状の磁気回路が形成される。このような磁気回路が形成されることで、アーマチュア43がヨーク41側、即ち車両後方に向かって引き寄せられる。
【0051】
その結果、アーマチュア43は、パイロットクラッチ44を押圧して、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとが摩擦係合する。そうすると、アウタケース10のトルクが、パイロットクラッチ44を介して支持側カム部材51へ伝達されて、支持側カム部材51が回転する。
【0052】
ここで、移動側カム部材52はインナシャフト20とスプライン嵌合しているため、インナシャフト20と共に回転する。従って、支持側カム部材51と移動側カム部材52とに位相差が生じることになる。そうすると、カムフォロア53およびそれぞれのカム溝の作用により、支持側カム部材51に対して移動側カム部材52が軸方向(車両前側)に移動する。これにより、移動側カム部材52がメインクラッチ30を車両前側へ押圧することになる。
【0053】
その結果、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32とが相互に当接して摩擦係合状態となる。そうすると、アウタケース10のトルクが、メインクラッチ30の摩擦力に応じてインナシャフト20に伝達される。この伝達トルクによって、アウタケース10とインナシャフト20との間の回転差が低減される。
【0054】
なお、電磁クラッチ装置40に入力する制御信号を適宜制御することで、電磁コイル42に供給される電流値を変動して、メインクラッチ30の摩擦係合力を制御できる。つまり、駆動力伝達装置1は、電磁クラッチ装置40への制御信号により、駆動力伝達装置1の接続状態と切断状態の切り換え、および接続状態における駆動力の配分を制御可能な構成となっている。
【0055】
(伝達トルク推定装置70によるモデリング)
続いて、伝達トルク推定装置70による駆動力伝達装置1を構成する各部材のモデリングについて説明する。これにより、駆動力伝達装置1は、
図2のような概念的なモデルとして示される。そして、伝達トルク推定装置70は、下記の式(1)〜(5)に対応する第一モデル〜第五モデルに基づいて、制御信号に対してアウタケース10とインナシャフト20との間で伝達可能なトルクを推定する。
【0056】
第一モデルは、アウタケース10の回転方向の運動方程式をモデリングされたものであって、式(1)により示される。式(1)の左辺は、トルクを入力されるアウタケース10の慣性モーメントI
inと、角速度ω
inの微分値との積で示されるアウタケース10の角運動量である。この角運動量は、式(1)の右辺で示すように、アウタケース10への入力トルクT
inと、メインクラッチ30のスプライントルクT
m,sと、パイロットクラッチ44の摩擦トルクT
f,pcと、オイルの空転摩擦トルクT
dとの和に相当する。
【0058】
より詳細には、アウタケース10への入力トルクT
inは、プロペラシャフトを介して入力されるエンジンの回転駆動力である。また、メインクラッチ30のスプライントルクT
m,sは、メインクラッチ30におけるスプライン部31a,32aと、これにスプライン嵌合する相手部材との間で伝達されるトルクである。よって、メインクラッチ30のスプライントルクT
m,sは、アウタケース10に係る第一モデル、およびアウタメインクラッチ板32に係る第三モデルに含まれる。
【0059】
また、このスプライントルクT
m,sには、スプライン部31a,32aと、相手部材との回転方向のバックラッシをそれぞれ含むようにモデリングされている。つまり、実際にはスプライン部31a,32aのそれぞれが相手部材に対してバックラッシを設けられているところ、インナメインクラッチ板31に対してアウタメインクラッチ板32が回転方向に相対移動するものとして、それぞれのバックラッシをアウタケース10とアウタメインクラッチ板32との間のみに発生するものとしてモデリングをしている。
【0060】
また、パイロットクラッチ44の摩擦トルクT
f,pcは、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとの間で伝達可能なトルクをモデリングしたパイロットクラッチ44の摩擦モデルである。即ち、摩擦トルクT
f,pcは、電磁クラッチ装置40に入力されている制御信号、並びに、インナパイロットクラッチ板44aとアウタパイロットクラッチ板44bとの相対的な角速度差に応じて変化する摩擦係数に対してパイロットクラッチ44がカム機構50の支持側カム部材51に伝達可能なトルクを示している。よって、パイロットクラッチ44の摩擦トルクT
f,pcは、アウタケース10に係る第一モデル、および支持側カム部材51とインナパイロットクラッチ板44aに係る第二モデルに含まれる。
【0061】
オイルの空転摩擦トルクT
dは、アウタケース10とインナシャフト20とにより液密的に区画される空間内に充填された潤滑油の粘性などに起因し、両部材10,20の回転差に応じてアウタケース10側からインナシャフト20へと潤滑油を介して伝達されるトルクである。よって、オイルの空転摩擦トルクT
dは、アウタケース10に係る第一モデル、およびインナシャフト20に係る第四モデルに含まれる。
【0062】
第二モデルは、支持側カム部材51とインナパイロットクラッチ板44aを一体とした回転方向の運動方程式をモデリングされたものであって、式(2)により示される。式(2)の左辺は、支持側カム部材51とインナパイロットクラッチ板44aの慣性モーメントI
pと、角速度ω
pの微分値との積で示されるこれらの角運動量である。この角運動量は、式(2)の右辺で示すように、パイロットクラッチ44の摩擦トルクT
f,pcと、支持側カム部材51のカムトルクT
Npと、支持側カム部材51の荷重依存の摩擦トルクT
Ff,pとの和に相当する。
【0064】
より詳細には、パイロットクラッチ44の摩擦トルクT
f,pcは、上述のように、第一モデルにも含まれるパイロットクラッチ44の摩擦モデルである。支持側カム部材51のカムトルクT
Npは、カム機構50の有効半径と支持側カム部材51の内部力N
pにより定義されるカム機構50の動作特性に基づいてモデリングされたものである。ここで、カム機構50の有効半径とは、カム機構50の回転軸からカムフォロア53とカム溝の接触位置までの径方向距離に相当する。つまり、支持側カム部材51のカムトルクT
Npは、支持側カム部材51がカム溝からカムフォロア53に付与するトルクに相当する。
【0065】
支持側カム部材51の荷重依存の摩擦トルクT
Ff,pは、支持側カム部材51とカムフォロア53との接触により発生するトルクである。つまり、この荷重依存の摩擦トルクT
Ff,pは、支持側カム部材51のカム溝に対するカムフォロア53の滑りによる摩擦の回転方向成分に相当し、カム機構50の有効半径、支持側カム部材51のカム溝の勾配(カムの傾斜角)などによって定義されるカム機構50の特性に基づいてモデリングされたものである。
【0066】
第三モデルは、アウタメインクラッチ板32の回転方向の運動方程式をモデリングされたものであって、式(3)により示される。式(3)の左辺は、アウタメインクラッチ板32の慣性モーメントI
mと、角速度ω
mの微分値との積で示される角運動量である。この角運動量は、式(3)の右辺で示すように、メインクラッチ30のスプライントルクT
m,sと、メインクラッチ30の摩擦トルクT
f,mcとの和に相当する。
【0068】
より詳細には、メインクラッチ30のスプライントルクT
m,sは、上述のように、第一モデルにも含まれ、スプライン部31a,32aと相手部材との間で伝達されるトルクである。メインクラッチ30の摩擦トルクT
f,mcは、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32との間で伝達可能なトルクをモデリングしたメインクラッチ30の摩擦モデルである。即ち、摩擦トルクT
f,mcは、カム機構50の移動側カム部材52により押付力を付与されたメインクラッチ30におけるアウタメインクラッチ板32がインナシャフト20に伝達可能なトルクを示している。
【0069】
よって、メインクラッチ30の摩擦トルクT
f,mcは、アウタメインクラッチ板32に係る第三モデル、およびインナシャフト20に係る第四モデルに含まれる。また、本実施形態において、メインクラッチ30の摩擦モデルは、メインクラッチ30に付与される押付力に対するメインクラッチ30の軸方向の変形量を示す剛性モデルを含んでいる。
【0070】
第四モデルは、インナシャフト20の回転方向の運動方程式をモデリングされたものであって、式(4)により示される。式(4)の左辺は、トルクを出力する出力部材(インナシャフト20、インナメインクラッチ板31、移動側カム部材52)の慣性モーメントI
outと、角速度ω
outの微分値との積で示される角運動量である。この角運動量は、式(4)の右辺で示すように、インナシャフト20の出力トルクT
outと、メインクラッチ30の摩擦トルクT
f,mcと、移動側カム部材52のカムトルクT
Nmと、移動側カム部材52の荷重依存の摩擦トルクT
Ff,mと、オイルの空転摩擦トルクT
dとの和に相当する。
【0072】
より詳細には、インナシャフト20の出力トルクT
outは、駆動力伝達装置1が補助駆動輪としてのリヤディファレンシャルに出力するトルクである。メインクラッチ30の摩擦トルクT
f,mcは、上述のように、第三モデルにも含まれるメインクラッチ30の摩擦モデルである。移動側カム部材52のカムトルクT
Nmは、カム機構50の有効半径と移動側カム部材52の内部力N
pにより定義されるカム機構50の動作特性に基づいてモデリングされたものである。つまり、移動側カム部材52のカムトルクT
Nmは、移動側カム部材52のカム溝がカムフォロア53から付与されるトルクに相当する。
【0073】
移動側カム部材52の荷重依存の摩擦トルクT
Ff,mは、移動側カム部材52とカムフォロア53との接触により発生するトルクである。つまり、この荷重依存の摩擦トルクT
Ff,mは、移動側カム部材52のカム溝に対するカムフォロア53の滑りによる摩擦の回転方向成分に相当し、カム機構50の有効半径、移動側カム部材52のカム溝の勾配(カムの傾斜角)などによって定義されるカム機構50の特性に基づいてモデリングされたものである。オイルの空転摩擦トルクT
dは、上述のように、第一モデルにも含まれる潤滑油を介して伝達されるトルクである。
【0074】
第五モデルは、インナメインクラッチ板31と移動側カム部材52を一体とした軸方向の運動方程式をモデリングされたものであって、式(5)により示される。式(5)の左辺は、インナメインクラッチ板31と移動側カム部材52の質量m
mと、軸方向位置y
mの二階微分値との積で示される運動量である。この運動量は、式(5)の右辺で示すように、移動側カム部材52の内部力N
mと、移動側カム部材52の内部摩擦力F
f,mと、インナメインクラッチ板31の反力F
cと、スプライン部31a,32aの荷重依存の摩擦力F
f,sとの和に相当する。
【0076】
より詳細には、移動側カム部材52の内部力N
mは、支持側カム部材51と移動側カム部材52の位相差に対する移動側カム部材52の移動量を示すカム動作モデル、およびカム機構50の軸方向の粘弾性モデルを含むモデルにより表される。このカム動作モデルとは、例えば、カム機構50におけるカム溝の半径や勾配などの要素によって定まるカム機構50の動作特性をモデリングしたものである。
【0077】
また、カム機構50の粘弾性モデルとは、運動方程式におけるダンパーおよびバネに相当する粘弾性特性である。具体的には、粘弾性モデルは、カム機構50の移動側カム部材52が軸方向移動する際に、移動側カム部材52に係る粘性抵抗係数c
pと移動速度v(y
mの微分値)の積(c
pv)と、バネ定数k
pと変位量x(y
m−y
0:y
0は初期位置)の積(k
px)との和により示される。
【0078】
移動側カム部材52の内部摩擦力F
f,mは、移動側カム部材52とカムフォロア53との接触により発生する軸方向力である。つまり、この内部摩擦力F
f,mは、移動側カム部材52のカム溝に対するカムフォロア53の滑りによる摩擦の軸方向成分に相当し、カム機構50の有効半径、移動側カム部材52のカム溝の勾配(カムの傾斜角)などによって定義されるカム機構50の特性に基づいてモデリングされたものである。
【0079】
インナメインクラッチ板31の反力F
cは、メインクラッチ30の粘弾性モデルを含むモデルにより表される。メインクラッチ30の粘弾性モデルは、メインクラッチ30のインナメインクラッチ板31が軸方向移動する際に、インナメインクラッチ板31に係る粘性抵抗係数c
iと移動速度v(y
mの微分値)の積(c
iv)と、バネ定数k
iと変位量x(y
m−y
0:y
0は初期位置)の積(k
ix)との和により示される。また、インナメインクラッチ板31と移動側カム部材52が一体的に軸方向移動するものとして、各粘弾性モデルでは、粘性抵抗係数、バネ定数がそれぞれ等しいものとしてもよい(c
p=c
i,k
p=k
i)。
【0080】
スプライン部31a,32aの荷重依存の摩擦力F
f,sは、メインクラッチ30における各スプライン部31a,32aと相手部材(アウタケース10の雌スプライン11a、インナシャフト20の雄スプライン20a)との軸方向の摩擦モデルを含む。また、本実施形態では、この荷重依存の摩擦力F
f,sに、移動側カム部材52に形成された雌スプラインとインナシャフト20の雄スプライン20aの軸方向の摩擦モデルが含まれている。
【0081】
(各クラッチ30,44の摩擦モデルの詳細)
ここで、メインクラッチ30およびパイロットクラッチ44の摩擦モデルについて、より詳細に説明する。上述したように、メインクラッチ30の摩擦モデルである摩擦トルクT
f,mcは第三モデルおよび第四モデルに含まれ、パイロットクラッチ44の摩擦モデルである摩擦トルクT
f,pcは第一モデルおよび第二モデルに含まれる。ここで、パイロットクラッチ44の摩擦トルクT
f,pcおよびメインクラッチ30の摩擦トルクT
f,mcは、下記の式(6)(7)によりそれぞれ示される。
【0083】
つまり、各摩擦トルクT
f,pc,T
f,mcは、それぞれの摩擦係数μ
p,μ
mと、平均半径R
p,R
mと、クラッチ板の数量n
p,n
mと、押付力F
n,p,F
n,mとの積に相当する。より詳細には、パイロットクラッチ44の摩擦係数μ
pおよびメインクラッチ30の摩擦係数μ
mは、それぞれのインナクラッチ板とアウタクラッチ板との間の摩擦係数である。この摩擦係数μ
p,μ
mは、例えば、移動速度(相対的な角速度差)と摩擦係数の関係を示し、且つ静摩擦から動摩擦へ移行する過渡状態や動摩擦から静摩擦へ移行する過渡状態を表現できるLuGreモデルにより定義するようにしてもよい。平均半径R
p,R
mは摩擦係合するクラッチ板の摩擦面における半径である。クラッチ板の数量n
p,n
mは、インナクラッチ板とアウタクラッチ板の総数である。
【0084】
パイロットクラッチ44の摩擦トルクT
f,pcにおける押付力F
n,pは、電磁クラッチ装置40に入力されている制御信号に応じて変動するモデルとしている。つまり、パイロットクラッチ44に係る押付力F
n,pは、インナパイロットクラッチ板44aに対するアウタパイロットクラッチ板44bの軸方向位置によらず、即ち、各クラッチ板44a,44bの軸方向位置を一定であるものとみなして、制御信号に依存するようにモデリングされている。
【0085】
一方で、メインクラッチ30の摩擦トルクT
f,mcにおける押付力F
n,mは、メインクラッチ30がカム動作特性に影響されるため、インナメインクラッチ板31に対するアウタメインクラッチ板32の軸方向の移動量を勘案してモデリングされている。より具体的には、メインクラッチ30に係る押付力F
n,mは、上記の移動量に応じた軸方向の非線形の粘弾性モデルを含むモデルにより示される。
【0086】
この粘弾性モデルは、第五モデルに含まれるメインクラッチ30の非線形の粘弾性モデルであって、上述したように、インナメインクラッチ板31に係る粘性抵抗係数c
iとインナメインクラッチ板31の軸方向の押付量(移動量)によって変化するバネ定数k
iとを用いて表される。さらに、この粘弾性モデルでは、インナメインクラッチ板31と移動側カム部材52の軸方向位置y
mが変数として入力されるが、この軸方向位置y
mの初期位置y
0にクリアランスClが含まれている。つまり、移動側カム部材52がクリアランスClを超えて軸方向に移動し、インナメインクラッチ板31に当接する軸方向位置を初期位置y
0に設定している。このように、メインクラッチ30の摩擦モデルである摩擦トルクT
f,mcは、クリアランスClを含むようにモデリングされている。
【0087】
(角度差に対する伝達トルクの推定)
伝達トルク推定装置70は、上述のような駆動力伝達装置1のモデリングを行い、伝達可能なトルクを推定する。ここで、それぞれのモデリングによって推定される伝達トルクの変化を
図3〜
図8を参照して説明する。なお、
図3〜
図7では、電磁クラッチ装置40に所定の制御信号(電流)が入力されているものとし、この状態でアウタケース10に対してインナシャフト20を相対回転させた場合に、両部材10,20の角度差に対する伝達トルクの推定値を示している。
【0088】
先ず、従来モデルにカム機構50のカム動作モデルを追加すると、
図3に示すようなグラフを得られる。ここで、従来モデルとは、アウタケース10に対するインナシャフト20の相対速度と、押付力とに基づいて伝達トルクを推定するモデルである。より詳細には、従来モデルは、先ず、アウタケース10に対するインナシャフト20の相対速度を、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32の滑り速度として、当該滑り速度に対応する摩擦係数を算出する。さらに、電流値に対して一定の押付力が各クラッチ板に付加されているものとして、摩擦係数と押付力とに基づいて伝達トルクを推定する。
【0089】
このような従来モデルに対して、第五モデルに含まれるカム機構50のカム動作モデルが追加されると、支持側カム部材51に対して移動側カム部材52の回転方向が反転した際の伝達トルクの変化が追加される。つまり、回転方向が逆転すると、カム機構50の中立状態を経由するため、押付力の減少と増加に伴って伝達トルクが変動することになる。
【0090】
次に、メインクラッチ30のインナメインクラッチ板31と移動側カム部材52との間に設けられたクリアランスClなどの機械的な軸方向ガタ(第五モデルに含まれる)を追加すると、
図4に示すようなグラフを得られる。カム機構50の中立状態から移動側カム部材52がクリアランスClを超えて移動するまでは、インナメインクラッチ板31に押付力が付加されない。これにより、インナメインクラッチ板31に移動側カム部材52が当接するまでの時間差の分だけ伝達トルクが0となる期間が発生することになる。
【0091】
続いて、第五モデルに含まれるスプライン部31a,32aの軸方向の摩擦モデルを追加すると、
図5に示すようなグラフを得られる。メインクラッチ30のスプライン部31a,32aに軸方向の摩擦力が発生すると、カム機構50による押付力がその分だけ減少することになる。そのため、伝達トルクの最大値および最小値の絶対値が減少する。
【0092】
さらに、第三モデルおよび第四モデルに含まれるメインクラッチ30の可変の剛性モデルを追加すると、
図6に示すようなグラフを得られる。従来のように、メインクラッチ30が剛体であるものと仮定すると、各クラッチ板31,32の軸方向位置の変化に対して伝達トルクが即時に連動するような結果となる。これに対して、メインクラッチ30の剛性を勘案すると、伝達トルクは、実測値と同様に、曲線上を移動するように変化する。
【0093】
また、第一モデルおよび第三モデルに含まれるスプライン部31a,32aの軸方向のバックラッシを追加すると、
図7に示すようなグラフを得られる。アウタケース10に対するインナシャフト20の回転方向が反転した際には、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32が係合状態にあっても、バックラッシ分だけトルクが伝達されない。これにより、スプライン部31a,32aの軸方向のバックラッシが詰められるまでの時間差の分だけ伝達トルクがほぼ0となる期間が発生することになる。
【0094】
ここで、電磁クラッチ装置40に所定の制御信号(電流)を入力した状態で、アウタケース10に対してインナシャフト20を相対回転させると、
図8に示すように、両部材10,20の間における伝達トルクが測定される。これから明らかなように、本実施形態の伝達トルク推定装置70のモデリングにより得られた伝達トルクの推定値(
図7)と、実測値(
図8)とが近似していることが分かる。
【0095】
(制御信号に対する伝達トルクの推定)
次に、伝達トルク推定装置70のモデリングを用いた制御信号(電流)に対する伝達トルクの推定について、
図9〜
図11を参照して説明する。なお、
図9〜
図11では、電磁クラッチ装置40に入力する制御信号を変化させた場合に、アウタケース10とインナシャフト20との間で伝達可能なトルクの推定値を示している。
【0096】
先ず、従来モデルに電流に対する駆動力伝達装置1のトルク特性(第一モデル〜第四モデル)を追加すると、
図9に示すようなグラフを得られる。ここで、従来モデルとは、電流値からメインクラッチ30に付与される押付力が一次直線的に変化するものとし、この押付力の増減に伴って伝達トルクも一次直線的に変化するものとしたモデルである。
【0097】
また、上記のトルク特性とは、駆動力伝達装置1の各部材の回転方向の運動方程式をモデリングした第一モデル〜第四モデルに相当する。そして、従来モデルに対してこのトルク特性が追加されると、電流値の変化に対して伝達トルクが追従するように変化する。そのため、伝達トルクは、一次直線的な変化とはならず、
図9に示すような曲線状となる。
【0098】
次に、電磁クラッチ装置40における電磁ヒステリシス特性(電流ヒステリシス特性)を追加すると、
図10に示すようなグラフを得られる。この電磁ヒステリシス特性は、電磁クラッチ装置40により磁気回路が形成されることにより、電磁クラッチ装置40および周辺部材に残留する磁気の影響によるものである。例えば、電流値を減少させた場合には、残留磁気の影響により伝達トルクの低下が遅れ、電流値を増加させた場合と比較して伝達トルクが高くなる。
【0099】
続いて、駆動力伝達装置1における機械ヒステリシス特性(第五モデル)を追加すると、
図11に示すようなグラフを得られる。この機械ヒステリシスは、第五モデルに示されるように、インナメインクラッチ板31と移動側カム部材52のように軸方向の動作の影響によるものである。特に、スプライン部31a,32aの荷重依存の摩擦力F
f,sによる影響が大きい。そして、
図10と
図11との比較から明らかなように、この機械ヒステリシスによって、電流値を減少させた場合と増加させた場合における伝達トルクの差が大きくなる。
【0100】
(実施形態の構成による効果)
上述した伝達トルク推定装置70によると、第一モデル〜第五モデルにより駆動力伝達装置1を構成する各部材の回転方向および軸方向の運動を効率的に表すことが可能となる。特に、第二モデルでは支持側カム部材51とインナパイロットクラッチ板44aを一体としてモデリングし、第五モデルではインナメインクラッチ板31と移動側カム部材52を一体としてモデリングするものとした。これにより、伝達トルク推定装置70は、駆動力伝達装置1におけるカム機構50の特有な動作などを勘案し、高精度に伝達トルクを推定することができる。よって、推定した伝達トルクの特性を反映して、駆動力伝達装置1の制御や設計をより好適に行うことができる。
【0101】
また、第一モデルおよび第二モデルに含まれるパイロットクラッチ44の摩擦モデル(摩擦トルクT
f,pc)は、各クラッチ板44a,44bの相対的な角速度差に応じた摩擦係数μ
pと、パイロットクラッチ44に付与される押付力F
n,pと、の積を含むようにモデリングされている。つまり、パイロットクラッチ44の摩擦モデル(摩擦トルクT
f,pc)は、各クラッチ板44a,44bの軸方向移動によらず、制御信号に応じて摩擦力が変動するものとした。これにより、パイロットクラッチ44のトルク特性をより効率的にモデリングして、より高精度に伝達可能なトルクを推定することができる。
【0102】
一方で、第三モデルおよび第四モデルに含まれるメインクラッチ30の摩擦モデル(摩擦トルクT
f,mc)は、各クラッチ板31,32の相対的な角速度差に応じた摩擦係数μ
mと、メインクラッチ30に付与される押付力F
n,mと、の積を含むようにモデリングされている。つまり、メインクラッチ30の摩擦モデル(摩擦トルクT
f,mc)は、各クラッチ板31,32の軸方向移動を勘案し、その移動量に応じた軸方向の粘弾性モデルを含むものとした。これにより、メインクラッチ30のトルク特性をより効率的にモデリングして、より高精度な伝達トルクの推定を可能としている。
【0103】
また、インナメインクラッチ板31および移動側カム部材52の軸方向の運動方程式をモデリングした第五モデルは、各スプライン部31a,32aの荷重依存の摩擦力F
f,sにおいて、相手部材との軸方向の摩擦モデルをそれぞれ含むものとした。このように、伝達トルクに影響するスプライン部31a,32aにおける軸方向摩擦を勘案し、インナメインクラッチ板31と移動側カム部材52の軸方向摩擦に集約してモデリングしている。これにより、メインクラッチ30に作用する各スプライン部31a,32aの軸方向摩擦を効率的にモデリングし、高精度な伝達トルクの推定が可能となる。
【0104】
アウタケース10およびアウタメインクラッチ板32の回転方向の運動方程式をモデリングした第一モデルおよび第三モデルは、メインクラッチ30のスプライントルクT
m,sにスプライン部31a,32aにおけるバックラッシを含むものとした。このように、バックラッシによる伝達トルクへの影響を勘案し、スプライン部31a,32aにおけるバックラッシをアウタケース10とアウタメインクラッチ板32との間のみに発生するものとしてモデリングしている。これにより、効率的にバックラッシを含むモデリングを可能とし、推定される伝達トルクの高精度化を図ることができる。
【0105】
第三モデルと第四モデルに含まれるメインクラッチ30の摩擦モデル(摩擦トルクT
f,mc)、および第五モデルは、インナメインクラッチ板31と移動側カム部材52との間に設けられたクリアランスClを含むようにモデリングされるものとした。これにより、クリアランスClの影響によりトルクが伝達されない期間を勘案したモデリングが可能となり、推定される伝達トルクの高精度化を図ることができる。
【0106】
さらに、第三モデルおよび第四モデルに含まれるメインクラッチ30の摩擦モデル(摩擦トルクT
f,mc)は、メインクラッチ30の軸方向の変形量を示す剛性モデルを含むものとした。これにより、メインクラッチ30の剛性の影響によって、押付力に対して曲線的な変化をする伝達トルクを高精度に推定することができる。
【0107】
<実施形態の変形態様>
実施形態において、メインクラッチ30の摩擦モデル(T
f,mc)およびパイロットクラッチ44の摩擦モデル(T
f,pc)は摩擦係数μ
p,μ
mを含み、この摩擦係数μ
p,μ
mは、移動速度と摩擦係数の関係を示すLuGreモデルにより定義されるものとした。これに対して、摩擦係数μ
p,μ
mは、より簡単なモデルとして、予め定められている動摩擦係数および静摩擦係数の2値を移動速度に応じて設定してもよい。
【0108】
実施形態において、駆動力伝達装置1は、車両の二輪駆動と四輪駆動を切り換える装置として適用されるものとした。これに対して、駆動力伝達装置が2種類のクラッチとこれらに介在するカム機構を備える構成であれば、伝達トルク推定装置によるモデリングの対象とすることができる。また、伝達トルク推定装置によるモデリングを車両のドライブラインのモデルに適用してもよい。これにより、車両のパワートレーンの設計の最適化などに利用することが可能となる。