特許第6020724号(P6020724)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6020724
(24)【登録日】2016年10月14日
(45)【発行日】2016年11月2日
(54)【発明の名称】車両用クラッチ油圧システム
(51)【国際特許分類】
   F16H 61/00 20060101AFI20161020BHJP
【FI】
   F16H61/00ZHV
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-525131(P2015-525131)
(86)(22)【出願日】2014年6月18日
(86)【国際出願番号】JP2014066161
(87)【国際公開番号】WO2015001959
(87)【国際公開日】20150108
【審査請求日】2015年12月3日
(31)【優先権主張番号】特願2013-138601(P2013-138601)
(32)【優先日】2013年7月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【弁護士】
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桑原 卓
(72)【発明者】
【氏名】石井 繁
【審査官】 上谷 公治
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−067001(JP,A)
【文献】 特開2008−267498(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動系の回転駆動軸により作動するメカオイルポンプと、
前記メカオイルポンプとは独立に電動モータにより作動する電動オイルポンプと、
前記駆動系に設けられ、前記メカオイルポンプと前記電動オイルポンプを油圧源として作動するクラッチと、
前記油圧源からのポンプ吐出圧に基づき、前記クラッチへの締結油圧と潤滑油圧を作り出すコントロールバルブユニットと、
を備えた車両用クラッチ油圧システムにおいて、
前記メカオイルポンプからのメインポンプ油路を、前記コントロールバルブユニットに接続し、
前記電動オイルポンプからのサブポンプ油路を、前記クラッチのクラッチ油室よりもクラッチ回転軸に近い内側位置に油路出口を開口し、前記油路出口の外径側に配置される前記クラッチのクラッチ油室に作動油を給油するクラッチ油路に接続した
ことを特徴とする車両用クラッチ油圧システム。
【請求項2】
請求項1に記載された車両用クラッチ油圧システムにおいて、
前記電動オイルポンプからのサブポンプ油路を、前記コントロールバルブユニットからの出力油路に接続し、前記2つの油路の接続位置よりも下流側に前記クラッチ油路を接続した
ことを特徴とする車両用クラッチ油圧システム。
【請求項3】
請求項1又は2に記載された車両用クラッチ油圧システムにおいて、
前記クラッチ油路を、前記クラッチの側部位置に配置された径方向プレート部と、該径方向プレート部のクラッチ回転軸側端部から前記クラッチの内側領域に入り込む軸方向延長部と、を有する断面L字状のプレート部材に形成した
ことを特徴とする車両用クラッチ油圧システム。
【請求項4】
請求項3に記載された車両用クラッチ油圧システムにおいて、
前記クラッチ油路を形成したプレート部材を、駆動系の回転にかかわらず固定を維持する固定プレート部材とした
ことを特徴とする車両用クラッチ油圧システム。
【請求項5】
請求項1から4までの何れか一項に記載された車両用クラッチ油圧システムにおいて、
前記クラッチの温度を検出するクラッチ温度検出手段と、
前記クラッチの温度が所定温度以上であるとき、前記電動オイルポンプの電動モータを作動するクラッチ冷却制御手段と、
を備えることを特徴とする車両用クラッチ油圧システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油圧源にメカオイルポンプと電動オイルポンプとの2つのオイルポンプを搭載した車両用クラッチ油圧システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、メインポンプ油路とサブポンプ油路を合流し、共用油路を介してコントロールバルブユニットに接続するようにした車両用クラッチ油圧システムが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2012−82951号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の車両用クラッチ油圧システムにあっては、メインポンプ油路とサブポンプ油路を合流し、共用油路を介してコントロールバルブユニットに接続する構成としている。このため、メカオイルポンプと電動オイルポンプのうち、一方のポンプが作動している間に、他方のポンプに油が逆流するのを防止する逆流防止機構として、逆止弁をそれぞれのポンプ油路に設置する必要がある、という問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、油圧源に2つのオイルポンプを搭載しながら、逆流防止機構の設置を省略することができる車両用クラッチ油圧システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明は、メカオイルポンプと、電動オイルポンプと、クラッチと、コントロールバルブユニットと、を備える。
この車両用クラッチ油圧システムにおいて、前記メカオイルポンプからのメインポンプ油路を、前記コントロールバルブユニットに接続した。
前記電動オイルポンプからのサブポンプ油路を、前記クラッチのクラッチ油室よりもクラッチ回転軸に近い内側位置に油路出口を開口したクラッチ油路に接続した。
【発明の効果】
【0007】
よって、メカオイルポンプからのメインポンプ油路が、コントロールバルブユニットに接続される。一方、電動オイルポンプからのサブポンプ油路が、クラッチのクラッチ油室よりもクラッチ回転軸に近い内側位置に油路出口を開口したクラッチ油路に接続される。
すなわち、メインポンプ油路とサブポンプ油路を合流し、共用油路を介してコントロールバルブユニットに接続する場合、逆流防止機構をそれぞれのポンプ油路に設置していた。
これに対し、メインポンプ油路のみをコントロールバルブユニットに接続し、サブポンプ油路は、クラッチ油路に直接接続することで、逆流防止機構を設置する必要が無くなる。なぜなら、クラッチのクラッチ油室よりもクラッチ回転軸に近い内側位置にクラッチ油路の油路出口を開口していることで、サブポンプ油路の出口の外径側には、回転するクラッチが配置されることになる。このため、クラッチ回転による遠心ポンプ効果によりクラッチ油路の油路出口が負圧になり、クラッチ油路からの油を吸い上げる吸引力が作用し、ポンプ側への逆流が防止されることによる。
この結果、油圧源に2つのオイルポンプを搭載しながら、逆流防止機構の設置を省略することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例1の車両用クラッチ油圧システムを適用したFFハイブリッド駆動系を示す概略図である。
図2】実施例1の車両用クラッチ油圧システムを示すシステム構成図である。
図3】実施例1の車両用クラッチ油圧システムのCVTコントローラにて実行される油圧源制御処理を示すフローチャートである。
図4】比較例の車両用クラッチ油圧システムを示すシステム構成図である。
図5】車両用クラッチ油圧システムにおいて前進クラッチに対しクラッチ回転軸へ向かう内径方向に給油する作用を示す給油作用説明図である。
図6】実施例1の車両用クラッチ油圧システムにおいて前進クラッチに対しクラッチ回転軸から離れる外径方向に給油する作用を示す給油作用説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の車両用クラッチ油圧システムを実現する最良の形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
実施例1における車両用クラッチ油圧システムの構成を、「全体構成」、「車両用クラッチ油圧システム構成」、「油圧源制御構成」に分けて説明する。
【0011】
[全体構成]
図1は、車両用クラッチ油圧システムを適用したFFハイブリッド駆動系を示す。以下、図1に基づき、FFハイブリッド駆動系の全体構成を説明する。
【0012】
前記FFハイブリッド駆動系は、図1に示すように、図外のエンジンとモータ&クラッチユニットM&C/Uと無段変速機ユニットCVT/Uにより構成される。そして、ユニットケース1と、エンジン連結軸2と、クラッチハブ3と、乾式多板クラッチ4と、ロータ&クラッチドラム5と、モータ/ジェネレータ6と、ロータ軸7と、変速機入力軸8と、クラッチ油圧アクチュエータ9と、を備えている。
このFFハイブリッド駆動系は、1モータ(モータ/ジェネレータ6)・2クラッチ(第1クラッチCL1、第2クラッチCL2)と呼ばれる構成で、駆動モードとして「電気自動車モード(EVモード)」と「ハイブリッド車モード(HEVモード)」の選択が可能である。すなわち、乾式多板クラッチ4(=第1クラッチCL1)の開放により「EVモード」が選択され、モータ/ジェネレータ6と変速機入力軸8が、ロータ&クラッチドラム5とロータ軸7を介して連結される。乾式多板クラッチ4(=第1クラッチCL1)の締結により「HEVモード」が選択され、図外のエンジンとモータ/ジェネレータ6が、乾式多板クラッチ4を介して連結される。
【0013】
前記モータ&クラッチユニットM&C/Uは、ユニットケース1内に収納され、ロータ&クラッチドラム5を挟んで、エンジン側に配置した乾式多板クラッチ4と、ドラム外周側に配置したモータ/ジェネレータ6と、変速機側に配置したクラッチ油圧アクチュエータ9と、を有する。すなわち、ロータ&クラッチドラム5は、ユニットケース1内の空間を、乾式多板クラッチ4を配置する第1ドライ空間と、モータ/ジェネレータ6を配置する第2ドライ空間と、クラッチ油圧アクチュエータ9を配置するウェット空間と、の3つの空間に分ける仕切り機能を持つ。
【0014】
前記乾式多板クラッチ4は、図外のエンジンからの駆動力伝達を断接する。この乾式多板クラッチ4は、クラッチハブ3にスプライン嵌合されるドライブプレート41と、ロータ&クラッチドラム5にスプライン嵌合されるドリブンプレート42と、を交互に配列して構成されるノーマルオープンクラッチである。
【0015】
前記モータ/ジェネレータ6は、同期型交流電動機によるもので、ロータ&クラッチドラム5の外周位置に配置される。このモータ/ジェネレータ6は、ロータ&クラッチドラム5の外周面に支持固定されたロータ61と、該ロータ61に埋め込み配置された永久磁石62と、を備えている。そして、ユニットケース1に固定され、ロータ61にエアギャップを介して配置されたステータ63と、該ステータ63に巻き付けられたステータコイル64と、を有する。
【0016】
前記クラッチ油圧アクチュエータ9は、乾式多板クラッチ4の締結・開放を油圧制御する。このクラッチ油圧アクチュエータ9は、ピストン91と、ニードルベアリング92と、複数箇所でロータ&クラッチドラム5を貫通するピストンアーム93と、リターンスプリング94と、アーム圧入プレート95と、蛇腹弾性支持部材96と、を有する。
【0017】
前記無段変速機ユニットCVT/Uは、モータ&クラッチユニットM&C/Uに連結接続され、前後進切換機構10と、Vベルト式無段変速機構11と、を有する。前後進切換機構10は、遊星歯車12と後進ブレーキ13(=Rレンジでの第2クラッチCL2)と前進クラッチ14(=Dレンジ等での第2クラッチCL2)を備え、後進ブレーキ13の締結により変速機入力軸8からの回転方向を逆転減速しプライマリプーリ15に伝達する。そして、前進クラッチ14の締結により変速機入力軸8とプライマリプーリ15を直結する。Vベルト式無段変速機機構11は、プライマリプーリ15と図外のセカンダリプーリの間にVベルトを掛け渡し、プライマリプーリ圧とセカンダリプーリ圧の制御により、ベルト接触径を変化させることにより無段階の変速比を得る。
なお、図1において、16はモータ/ジェネレータ6の回転位置を検出するロータとステータによるレゾルバである。
【0018】
[車両用クラッチ油圧システム構成]
図2は、実施例1の車両用クラッチ油圧システムを示す。以下、図1及び図2に基づき、車両用クラッチ油圧システムの構成を説明する。
【0019】
実施例1の車両用クラッチ油圧システムは、メカオイルポンプ17と、電動オイルポンプ18と、前進クラッチ14(クラッチ)と、コントロールバルブユニット19と、CVTコントローラ20(クラッチ冷却制御手段)と、を備えている。
【0020】
前記メカオイルポンプ17は、FFハイブリッド駆動系の変速機入力軸8(回転駆動軸)によりチェーン駆動機構を介して作動するオイルポンプである。このチェーン駆動機構は、図1に示すように、変速機入力軸5側に設けられた駆動側スプロケット21と、ポンプ軸22に設けられた被動側スプロケット23と、両スプロケット21,23に掛け渡されたチェーン24と、を有する。
【0021】
前記電動オイルポンプ18は、メカオイルポンプ17とは独立に電動モータ25により作動するオイルポンプである。この電動オイルポンプ18は、図1の紙面直上方向に配置されていているため図示していない。
【0022】
前記前進クラッチ14は、駆動系に設けられ、メカオイルポンプ17からのポンプ吐出圧を油圧源とし、コントロールバルブユニット19からの制御油圧により完全締結作動・スリップ締結作動・開放作動をする。そして、電動オイルポンプ18から吐出される作動油により冷却されるクラッチである。
【0023】
前記コントロールバルブユニット19は、メカオイルポンプ17からのポンプ吐出圧をレギュレータバルブによりライン圧に調圧し、ライン圧を元圧として前進クラッチ14への締結/開放油圧と潤滑油圧を作り出す。なお、コントロールバルブユニット19は、前進クラッチ14への制御油圧以外に、乾式多板クラッチ4への制御油圧、後進ブレーキ13への制御油圧、プライマリプーリ15への制御油圧、図外のセカンダリプーリへの制御油圧も併せて作り出す。
【0024】
前記メカオイルポンプ17からのメインポンプ油路26は、図2に示すように、コントロールバルブユニット19に接続される。
【0025】
前記電動オイルポンプ18からのサブポンプ油路27は、図1に示すように、前進クラッチ14のクラッチ油室28よりもクラッチ回転軸CLに近い内側位置に油路出口29aを開口した前進クラッチ油路29(クラッチ油路)に接続される。このサブポンプ油路27は、図2に示すように、コントロールバルブユニット19からの出力油路30に接続され、サブポンプ油路27と出力油路30の2つの油路の接続位置よりも下流側に前進クラッチ油路29が接続される。
【0026】
前記前進クラッチ油路29は、図1に示すように、前進クラッチ14の側部位置に配置された径方向プレート部31aと、該径方向プレート部31aのクラッチ回転軸CL側端部から前進クラッチ14の内側領域に入り込む軸方向延長部31bと、を有する断面L字状の固定プレート部材31に形成される。この固定プレート部材31は、変速機ケースに固定された部材であり、FFハイブリッド駆動系の変速機入力軸8や前進クラッチ14の回転にかかわらず固定を維持する部材である。
【0027】
前記前進クラッチ油路29は、固定プレート部材31に形成され、サブポンプ油路27が接続される第1径方向油路部29bと、該第1径方向油路部29bのクラッチ回転軸CL側端部から軸方向に延びる軸方向油路部29cと、該軸方向油路部29cから外径方向に延びると共に、油路出口29aを開口した第2径方向油路部29dと、を有する。
なお、図1及び図2において、33は潤滑油路であり、軸心油路から径方向に潤滑油を噴出する。
【0028】
前記CVTコントローラ20は、クラッチ温度センサ32(クラッチ温度検出手段)により検出される前進クラッチ温度が所定温度以上であるとき、電動オイルポンプ18の電動モータ25を作動する。なお、コントロールバルブユニット19での各種の油圧制御もCVTコントローラ20からの制御指令に基づき行われる。
【0029】
[油圧源制御構成]
図3は、実施例1の車両用クラッチ油圧システムのCVTコントローラ20にて実行される油圧源制御処理の流れを示す。以下、油圧源制御処理構成をあらわす図3の各ステップについて説明する。なお、この処理は、所定時間毎に繰り返し実行される。
【0030】
ステップS1では、クラッチ温度センサ32により前進クラッチ14の温度を検出し、ステップS2へ進む。
【0031】
ステップS2では、ステップS1でのクラッチ温度検出に続き、前進クラッチ温度が所定温度以上であるか否かを判断する。YES(前進クラッチ温度≧所定温度)の場合はステップS3へ進み、NO(前進クラッチ温度<所定温度)の場合はステップS4へ進む。
ここで、「所定温度」は、前進クラッチ14がスリップ締結での摩擦熱により発熱している状態等において、前進クラッチ14の温度が、クラッチ劣化が進行する温度まで上昇するのを油冷効果により抑える必要がある温度閾値に設定される。
【0032】
ステップS3では、ステップS2での前進クラッチ温度≧所定温度であるとの判断に続き、電動オイルポンプ18の電動モータ25を作動し、リターンへ進む。
ここで、電動モータ25の作動は、電動オイルポンプ18にて、少なくとも前進クラッチ14の冷却油量を確保するモータ作動指令の出力により行う。なお、モータ作動指令は、固定指令値としても良いし、前進クラッチ14の温度上昇変化等を考慮した可変指令値としても良い。
【0033】
ステップS4では、ステップS2での前進クラッチ温度<所定温度であるとの判断に続き、電動オイルポンプ18の電動モータ25を停止し、リターンへ進む。
【0034】
次に、作用を説明する。
実施例1の車両用クラッチ油圧システムにおける作用を、「技術背景」、「比較例の課題」、「逆流防止機構の削減作用」、「前進クラッチの油冷作用」に分けて説明する。
【0035】
[技術背景]
本願は、FFハイブリッド駆動系(1モータ・2クラッチ)に設けられる第2クラッチCL2の油圧システム、特に、第2クラッチCL2の冷却に関する発明である。このFFハイブリッド駆動系には、発進要素として、回転差吸収機能を有するトルクコンバータを備えていなく、代わりに乾式多板クラッチ(=第1クラッチCL1)を設けている。このため、坂道の発進時のように、車軸はほぼ回転数固定で車軸トルクを増大させたい場合、必要トルクを得るには、高い入力回転数(エンジン+モータ)と低い車軸回転数の回転差を、半クラッチで滑らせるスリップ締結により埋めることになる。
【0036】
ここで、第1クラッチCL1としては、乾式多板クラッチを使っているため、長時間にわたり半クラッチ状態とすることができない。このため、湿式クラッチである第2クラッチCL2が主にスリップ締結を担うことになる。
さらに、メカオイルポンプの駆動は、変速機入力軸で回転させるのであるが、坂道発進等のようなシーンではあまり高回転とはならず、ポンプ油量は限定的であるため、第2クラッチCL2の耐久性の問題が生じる。他方で、第2クラッチCL2はスリップにより発熱するので油をかけて冷やしたい。すなわち、油量は稼げないが、第2クラッチCL2を油によって冷やしたいとの反する課題を解決するため、電動オイルポンプを設けて油量を補充する方策を採っていた。
【0037】
これに対し、「EVモード」が多用される場合であって、変速機入力軸が停止していても、全ての油圧を賄えるようにしたい場合には、メカオイルポンプと大型の電動オイルポンプを設けることで対応する。しかし、「EVモード」が限定的に用いられる場合には、基本的にエンジンが作動するのでメカオイルポンプも比較的高回転になり、必要な油量をすぐ確保できる。また、その他にも停車中にエンジンを停止してもモータはアイドリング回転並みを保つことにより油量を確保できるので、電動オイルポンプの必要性は、「EVモード」が多用される場合に比べ低くなる。
【0038】
しかし、坂道発進時等のように油量は稼げないシーンにおいて、第2クラッチCL2を油によって冷やしたい課題を解決するには、メカオイルポンプからの油量のみでは不足し、電動オイルポンプを用いることが不可欠である。この場合、第2クラッチCL2の冷却油量を確保するだけで良いことに着目すると、小型の電動オイルポンプを用いることでコスト的なデメリットが回避される。さらに、油圧回路から逆止弁も無くしてコストを下げたいというのが本願発明の技術背景である。
【0039】
[比較例の課題]
メカオイルポンプ(MOP)からのメインポンプ油路と、電動オイルポンプ(EOP)からのサブポンプ油路を合流し、共用油路を介してコントロールバルブユニット(C/V)に接続するようにした車両用クラッチ油圧システムを比較例とする(図4)。
【0040】
この比較例の場合、メカオイルポンプ(MOP)と電動オイルポンプ(EOP)のうち、一方のポンプが作動している間に、他方のポンプに油が逆流するのを防止するには、図4に示すように、逆流防止機構として逆止弁をそれぞれのポンプ油路に設置する必要がある。
【0041】
すなわち、メカオイルポンプは大きな油圧を発生させることができるが、発進時で回転があまり高くないこと、クラッチに供給する油圧(油量)は、レギュレータバルブ等で制限され低いことから、メカオイルポンプの回路側の油圧は決して高くはない。このため、電動オイルポンプを作動させると、電動オイルポンプからの油圧がメカオイルポンプからの油圧を上回り、逆流するおそれがある。このため、逆止弁を設けて電動オイルポンプがメカオイルポンプの油圧を上回ったら、メカオイルポンプ回路から電動オイルポンプによる供給に切り替え、逆流による冷却液不足、メカオイルポンプの油圧回路の油圧変動を防止している。
【0042】
そして、比較例の車両用クラッチ油圧システムの場合、逆流防止機構として逆止弁をそれぞれのポンプ油路に設置している構成であるため、さらに下記の課題を有する。
(a) 逆止弁が配管抵抗になるため、メカオイルポンプ及び電動オイルポンプの体格(大きさ、容量)を上げなければならない。
(b) 油流れのバランス状態によっては、逆止弁がチャタリングする。例えば、メカオイルポンプからの油圧が残っている状態で、電動オイルポンプを作動した場合、逆止弁の開弁圧付近でバランスしてしまい、開閉による油振が発生する。
【0043】
[逆流防止機構の削減作用]
上記のように、メカオイルポンプと電動オイルポンプのそれぞれのポンプ油路に設置しされている逆止弁を無くすことがコストメリットを高める上で好ましい。以下、図5及び図6に基づき、これを反映する逆流防止機構の削減作用を説明する。
【0044】
実施例1では、メカオイルポンプ17からのメインポンプ油路26が、コントロールバルブユニット19に接続される。一方、電動オイルポンプ18からのサブポンプ油路27が、前進クラッチ14のクラッチ油室28よりもクラッチ回転軸CLに近い内側位置に油路出口29aを開口した前進クラッチ油路29に接続される構成を採用した。
【0045】
すなわち、メインポンプ油路26のみをコントロールバルブユニット19に接続し、サブポンプ油路27は、前進クラッチ油路29に直接接続することで、逆流防止機構を設置する必要が無くなる。その理由を説明する。
まず、前進クラッチ等の回転部材に対しクラッチ回転軸CLへ向かう内径方向に給油すると、図5に示すように、回転部材の軸心部からの遠心ポンプ効果により前進クラッチ油路に給油方向とは反対方向である逆流方向へ流れる力が作用する。
【0046】
これに対し、実施例1では、前進クラッチ14のクラッチ油室28よりもクラッチ回転軸CLに近い内側位置に前進クラッチ油路29の油路出口29aを開口していることで、サブポンプ油路27の出口の外径側には、回転する前進クラッチ14が配置されることになる。このように、回転部材である前進クラッチ14に対しクラッチ回転軸CL2から離れる外径方向に給油すると、図6に示すように、前進クラッチ14の回転による遠心ポンプ効果により前進クラッチ油路29の油路出口29aが負圧になり、前進クラッチ油路29からの油を前進クラッチ14が吸い上げる吸引力が作用し、ポンプ側への逆流が防止されることによる。
【0047】
通常、単に冷却油をクラッチに掛けるだけであれば、ポンプの圧送力を使って噴射(油を掛ける)するのが簡単、且つ、容易でどこにでも油路を配置できる。しかし、前進クラッチ14の冷却部に限り、前進クラッチ14の回転により遠心ポンプ効果が起きるように配置している。つまり、前進クラッチ14が回転している限り、前進クラッチ14の周りは負圧状態であるため、軸心部を油だまりとし、前進クラッチ油路29から油を吸い上げるような態様となる。
この結果、油圧源にメカオイルポンプ17と電動オイルポンプ18を搭載しながら、逆流防止機構の設置を省略することができる。
【0048】
実施例1では、電動オイルポンプ18からのサブポンプ油路27を、コントロールバルブユニット19からの出力油路30に接続し、2つの油路27,30の接続位置よりも下流側に前進クラッチ油路29を接続した(図2)。
例えば、メカオイルポンプ17の作動により出力油路30からスリップ締結圧が出力されている場合、ポンプ吐出圧よりもスリップ締結圧は低圧である。そして、前進クラッチ油路29では、遠心ポンプ効果による負圧吸引力が作用する。
したがって、電動オイルポンプ18の作動/停止にかかわらず、電動オイルポンプ18側への逆流が防止されることで、前進クラッチ油路29の出口側に向かう流れを確保することができる。
【0049】
実施例1では、前進クラッチ油路29を、前進クラッチ14の側部位置に配置された径方向プレート部31aと、該径方向プレート部31aのクラッチ回転軸CL側端部から前進クラッチ14の内側領域に入り込む軸方向延長部31bと、を有する断面L字状の固定プレート部材31に形成した(図1)。
すなわち、クラッチ油室28の内側位置に前進クラッチ油路29の油路出口29aを開口する場合、前進クラッチ油路29がクラッチ回転軸CL側に形成されていると、前進クラッチ油路29の油路構成は簡単である。しかし、前進クラッチ油路29がクラッチ回転軸CLから離れた位置に形成されている場合、クラッチ油室28の内側位置に油路出口29aを開口する前進クラッチ油路29の油路構成が複雑になる。
これに対し、断面L字状の固定プレート部材31に前進クラッチ油路29を形成することで、電動オイルポンプ18をクラッチ回転軸CLから離れた位置に配置しても、前進クラッチ油路29を簡単に形成することができる。
【0050】
実施例1では、前進クラッチ油路29を形成したプレート部材は、駆動系の回転にかかわらず固定を維持する固定プレート部材31とした。
例えば、前進クラッチ油路29を回転部材に形成すると、前進クラッチ油路29内を流れている油に対して遠心ポンプ効果が作用し、クラッチ回転軸CLに向かう方向に油を流す際の妨げになる。
これに対し、前進クラッチ油路29を固定プレート部材31に形成したことで、前進クラッチ油路29内を流れている油に対して遠心ポンプ効果が作用せず、スムーズにクラッチ回転軸CLに向かう方向に油を流すことができる。
【0051】
[前進クラッチの油冷作用]
例えば、前進走行時であって、前進クラッチ14が完全締結状態であり、クラッチ温度が低いときは、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS4へと進む流れが繰り返される。すなわち、ステップS4にて電動オイルポンプ18は停止状態とされる。
【0052】
一方、発進時等であって、前進クラッチ14がスリップ締結状態であり、摩擦熱の発生によりクラッチ温度が高いときは、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3へと進む流れが繰り返される。すなわち、ステップS3にて電動オイルポンプ18は作動状態とされる。
【0053】
このように、実施例1では、前進クラッチ14の温度が所定温度以上であるとき、電動オイルポンプ18の電動モータ25を作動する制御を行う構成を採用した。
すなわち、電動オイルポンプ18の用途を、前進クラッチ14の冷却用途に決める制御を行うことで、電動オイルポンプ18として、冷却油量を確保できる容量を持つ小型ポンプを用いることができる。さらに、逆止弁を省略したシステム構成であるため、コスト的に有利となる。
【0054】
次に、効果を説明する。
実施例1の車両用クラッチ油圧システムにあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0055】
(1) 駆動系(FFハイブリッド駆動系)の回転駆動軸(変速機入力軸8)により作動するメカオイルポンプ17と、
前記メカオイルポンプ17とは独立に電動モータ25により作動する電動オイルポンプ18と、
前記駆動系(FFハイブリッド駆動系)に設けられ、前記メカオイルポンプ17と前記電動オイルポンプ18を油圧源として作動するクラッチ(前進クラッチ14)と、
前記油圧源からのポンプ吐出圧に基づき、前記クラッチ(前進クラッチ14)への締結油圧と潤滑油圧を作り出すコントロールバルブユニット19と、
を備えた車両用クラッチ油圧システムにおいて、
前記メカオイルポンプ17からのメインポンプ油路26を、前記コントロールバルブユニット19に接続し、
前記電動オイルポンプ18からのサブポンプ油路27を、前記クラッチ(前進クラッチ14)のクラッチ油室28よりもクラッチ回転軸CLに近い内側位置に油路出口29aを開口したクラッチ油路(前進クラッチ油路29)に接続した(図2)。
このため、油圧源に2つのオイルポンプ(メカオイルポンプ17、電動オイルポンプ18)を搭載しながら、逆流防止機構の設置を省略することができる。
【0056】
(2) 前記電動オイルポンプ18からのサブポンプ油路27を、前記コントロールバルブユニット19からの出力油路30に接続し、前記2つの油路27,30の接続位置よりも下流側に前記クラッチ油路(前進クラッチ油路29)を接続した(図2)。
このため、(1)の効果に加え、電動オイルポンプ18の作動/停止にかかわらず、電動オイルポンプ18側への逆流が防止されることで、クラッチ油路(前進クラッチ油路29)の出口側に向かう流れを確保することができる。
【0057】
(3) 前記クラッチ油路(前進クラッチ油路29)を、前記クラッチ(前進クラッチ14)の側部位置に配置された径方向プレート部31aと、該径方向プレート部31aのクラッチ回転軸CL側端部から前記クラッチ(前進クラッチ14)の内側領域に入り込む軸方向延長部31bと、を有する断面L字状のプレート部材(固定プレート部材31)に形成した(図1)。
このため、(1)又は(2)の効果に加え、電動オイルポンプ18をクラッチ回転軸CLから離れた位置に配置しても、クラッチ油路(前進クラッチ油路29)を簡単に形成することができる。
【0058】
(4) 前記プレート部材を、駆動系の回転にかかわらず固定を維持する固定プレート部材31とした(図1)。
このため、(3)の効果に加え、クラッチ油路(前進クラッチ油路29)内を流れている油に対して遠心ポンプ効果が作用せず、スムーズにクラッチ回転軸CLに向かう方向に油を流すことができる。
【0059】
(5) 前記クラッチ(前進クラッチ14)の温度を検出するクラッチ温度検出手段(クラッチ温度センサ32)と、
前記クラッチ(前進クラッチ14)の温度が所定温度以上であるとき、前記電動オイルポンプ18の電動モータ25を作動するクラッチ冷却制御手段(CVTコントローラ20)と、
を備える(図2)。
このため、(1)〜(4)の効果に加え、電動オイルポンプ18の小型化と逆止弁の省略によりコスト的に有利なシステムとしながら、発熱時にクラッチ(前進クラッチ14)を油冷することで、クラッチ(前進クラッチ14)の温度上昇による耐久劣化を防止することができる。
【0060】
以上、本発明の車両用クラッチ油圧システムを実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0061】
実施例1では、電動オイルポンプ18として、吐出油を前進クラッチ14の冷却のみに用いることで小型化する例を示した。しかし、電動オイルポンプとしては、メカオイルポンプに代えてクラッチ油圧制御にも用いる例であっても良い。
【0062】
実施例1では、本発明の車両用クラッチ油圧システムをFFハイブリッド駆動系に適用する例を示した。しかし、本発明の車両用クラッチ油圧システムは、FRハイブリッド駆動系やエンジン駆動系等に対しても適用することができる。要するに、油圧源として、2つのオイルポンプを搭載した車両用クラッチ油圧システムであれば適用できる。
【関連出願の相互参照】
【0063】
本出願は、2013年7月2日に日本国特許庁に出願された特願2013−138601に基づいて優先権を主張し、その全ての開示は完全に本明細書で参照により組み込まれる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6