特許第6020791号(P6020791)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6020791非アルコール性脂肪性肝炎および肝腫瘍自然発症モデルとしてのp62:Nrf2遺伝子二重欠損マウスおよび該マウスを用いた方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6020791
(24)【登録日】2016年10月14日
(45)【発行日】2016年11月2日
(54)【発明の名称】非アルコール性脂肪性肝炎および肝腫瘍自然発症モデルとしてのp62:Nrf2遺伝子二重欠損マウスおよび該マウスを用いた方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20161020BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20161020BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20161020BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20161020BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALN20161020BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20161020BHJP
【FI】
   A01K67/027ZNA
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
   !C12N5/10
   !C12Q1/02
   !C12N15/00 A
【請求項の数】11
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2012-78966(P2012-78966)
(22)【出願日】2012年3月30日
(65)【公開番号】特開2013-208062(P2013-208062A)
(43)【公開日】2013年10月10日
【審査請求日】2015年3月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100141195
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 恵美子
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】蕨 栄治
(72)【発明者】
【氏名】正田 純一
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩介
(72)【発明者】
【氏名】柳川 徹
(72)【発明者】
【氏名】山本 雅之
【審査官】 厚田 一拓
(56)【参考文献】
【文献】 J. Cell. Biol. ,2010年,Vol.191, No.3,pp.537-552
【文献】 Hepatol. Res.,2009年,Vol.39, No.5,pp.490-500
【文献】 Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol.,2010年,Vol.298, No.2,pp.G283-G294
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 − 15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
p62遺伝およびNrf2遺伝子の活性が失われたノックアウト非ヒト動物またはその一部であり、
ここで、前記ノックアウト非ヒト動物またはその一部は、p62遺伝子およびNrf2遺伝子がコードするタンパク質が発現しないか、あるいは、発現する場合はタンパク質の活性が喪失しているかまたは野生型に比べて低下しており、
非ヒト動物が齧歯類である、前記ノックアウト非ヒト動物またはその一部
【請求項2】
非ヒト動物がマウスである、請求項1に記載のノックアウト非ヒト動物またはその一部。
【請求項3】
p62遺伝子の全部およびNrf2遺伝子の全部が失われた、請求項1または2に記載のノックアウト非ヒト動物またはその一部。
【請求項4】
NASHを自然発症する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のノックアウト非ヒト動物またはその一部。
【請求項5】
NASHを加齢と共に発症する、請求項1〜のいずれか1項に記載のノックアウト非ヒト動物またはその一部。
【請求項6】
さらに肝腫瘍を発症する、請求項4または5に記載のノックアウト非ヒト動物またはその一部。
【請求項7】
NASHモデル動物又はその一部である、請求項1〜のいずれか1項に記載のノックアウト非ヒト動物またはその一部。
【請求項8】
肝腫瘍モデル動物又はその一部である、請求項1〜のいずれか1項に記載のノックアウト非ヒト動物またはその一部。
【請求項9】
非ヒト動物のp62遺伝およびNrf2遺伝子の活性を失わせることを含む、p62遺伝子およびNrf2遺伝子ノックアウト非ヒト動物またはその一部の製造方法であり、
ここで、前記ノックアウト非ヒト動物またはその一部は、p62遺伝子およびNrf2遺伝子がコードするタンパク質が発現しないか、あるいは、発現する場合はタンパク質の活性が喪失しているかまたは野生型に比べて低下しており
非ヒト動物が齧歯類である、前記方法
【請求項10】
NASH治療剤または予防剤のスクリーニング方法であって、
(a) 請求項1〜に記載の非ヒト動物もしくはその一部または請求項に記載の方法で製造される非ヒト動物もしくはその一部に被験物質を接触させ、
(b) 前記被験物質を接触させた非ヒト動物またはその一部におけるNASHの状態と、対照のNASHの状態とを比較し、
(c) (b)の比較結果に基づき、被験物質のNASH改善効果を評価し、および
(d) NASH改善効果を有すると評価された被験物質を選択する
ことを含む、前記方法。
【請求項11】
肝腫瘍治療剤または予防剤のスクリーニング方法であって、
(a) 請求項1〜に記載の非ヒト動物もしくはその一部または請求項に記載の方法で製造される非ヒト動物もしくはその一部に被験物質を接触させ、
(b) 前記被験物質を接触させた非ヒト動物またはその一部における肝腫瘍の状態と、対照の肝腫瘍の状態とを比較し、
(c) (b)の比較結果に基づき、被験物質の肝腫瘍改善効果を評価し、および
(d) 肝腫瘍改善効果を有すると評価された被験物質を選択する
ことを含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、p62遺伝子およびNrf2遺伝子の全部又は一部が失われたダブルノックアウト非ヒト動物に関する。
【背景技術】
【0002】
肝疾患領域において、脂肪肝はこれまで非進行性の良性疾患と考えられ、積極的治療が行われてこなかった疾患群である。しかし、非アルコール性脂肪性肝炎(Nonalcoholic steatohepatitis; NASH)の概念の登場によってその状況は変化した。NASHは,生活習慣病を基盤として単純性脂肪肝から発生し、肝硬変さらには肝臓癌まで進行する致死的疾患群である。食事の欧米化に伴う肥満と生活習慣病の激増により、今後NASHは本邦の慢性肝疾患における最大の問題となることが予測される。その一方で、NASHに対する食事・運動療法以外の有効な治療は乏しく、肝硬変への進展抑止のための薬物治療の確立は急務である。
【0003】
NASHの発症には、単純性脂肪肝(first hit)に、脂肪性肝炎を発症させる何らかの因子(second hit)が生体に加わることによって引き起こされる「Two-hit theory」が提唱されている。既報の解析によりsecond hitとして酸化ストレスやインスリン抵抗性が病態に強く関与することが示唆されているが、その詳細なメカニズムは未だ不明である。NASHの発症メカニズム解析を困難としている原因として、ヒトNASHに相当するモデル動物が存在しないこともその一因となっている。
【0004】
従来から、NASHモデル動物として、メチオニン・コリン欠乏食投与による食餌誘導性マウス、ラットモデルが知られている(非特許文献1および2)。また、遺伝子改変動物として、MC4R欠損(非特許文献3)、肝細胞特異的Nrf1欠損(非特許文献4)、肝細胞特異的 retinoic acid receptor α-dominant negativeトランスジェニック(非特許文献5)などのマウスが知られている。しかし、これらのモデル動物は、NASHの発症に過剰な高脂肪食の投与を必要としたり、不自然な体重の減少や急激な症状の進行を認めたりと、生活習慣病を基盤とするヒトNASHの発症機序とは乖離している可能性がある。
【0005】
ところで、p62はマウス腹腔マクロファージからジエチルマレイン酸、パラコートなどの親電子性物質や活性酸素種により誘導される機能未知のストレス応答タンパク質として発見され(非特許文献6)、その後ヒトを含む高等動物で広く保存されたものであることが明らかとなっている。p62タンパク質は442のアミノ酸からなり、その構造中にタンパク質間相互作用にも関与するZn-finger,PEST配列、SH2ドメインを有し、C末端側近傍には非共有結合性のユビキチン結合ドメインUBAを有し、これらの構造から、細胞内シグナル伝達系に関与するとともにタンパク質分解経路に関与する因子であることが示唆されている(非特許文献7)。p62遺伝子ノックアウトマウスは加齢とともに肥満症を呈することが報告されている(非特許文献8)。その原因として基礎代謝量の低下、脂肪細胞の分化亢進が示唆されているが、詳細なメカニズムについては不明である。また、p62遺伝子ノックアウトマウスは、ヒトのインスリン抵抗性と同様の病態を示すインスリン抵抗性モデルマウスでもある(特許文献1)。p62遺伝子欠損マウスは単純性脂肪肝の発症が認められるが、NASHへの進展は遅く、高齢マウスでもその程度は軽度に留まる。
【0006】
また、Nrf2(Nuclear factor-E2-related factor-2)は抗酸化剤や酸化ストレス剤により活性化する転写因子であり、多くの抗酸化ストレスタンパク質の発現を正に制御している(非特許文献9)。Nrf2ノックアウトマウスは種々の薬剤投与に対し易感受性であり、アセトアミノフェン投与により著明な急性肝障害が生じることが知られている(非特許文献10)。また、本発明者らの解析では、Nrf2ノックアウトマウスでは、メチオニン・コリン欠乏食誘導性のNASHがより早期に重篤な病態となることを見出している(非特許文献11)。しかしながら、Nrf2ノックアウトマウスは、通常の飼育条件下での病態発症は全く見られない。
【0007】
文献上、p62とNrf2については、p62遺伝子の発現がNrf2により正に制御されている点(非特許文献12)、およびp62タンパク質がNrf2の機能抑制タンパク質であるKeap1と結合することで、Nrf2の活性化調節因子となっている点(非特許文献13)において両者の関係性が報告されている。しかしながら、それらの生理的意義については不明な点が多く、両遺伝子を同時に欠失させたときに起きる現象についてはこれまで解析例がない。さらに、肝疾患領域、特にNASHにおけるp62とNrf2との関連性に視点をおいた知見は全くない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-304393号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Zhang BH, Weltman M, & Farrell GC (1999) Does steatohepatitis impair liver regeneration? A study in a dietary model of non-alcoholic steatohepatitis in rats. Journal of gastroenterology and hepatology 14(2):133-137.
【非特許文献2】Leclercq IA, et al. (2000) CYP2E1 and CYP4A as microsomal catalysts of lipid peroxides in murine nonalcoholic steatohepatitis. The Journal of clinical investigation 105(8):1067-1075.
【非特許文献3】Itoh M, et al. (2011) Melanocortin 4 receptor-deficient mice as a novel mouse model of nonalcoholic steatohepatitis. The American journal of pathology 179(5):2454-2463.
【非特許文献4】Ohtsuji M, et al. (2008) Nrf1 and Nrf2 play distinct roles in activation of antioxidant response element-dependent genes. The Journal of biological chemistry 283(48):33554-33562.
【非特許文献5】Shiota G (2005) Loss of function of retinoic acid in liver leads to steatohepatitis and liver tumor: A NASH animal model. Hepatology research : the official journal of the Japan Society of Hepatology 33(2):155-160.
【非特許文献6】Ishii T, et al. (1996) Murine peritoneal macrophages induce a novel 60-kDa protein with structural similarity to a tyrosine kinase p56lck-associated protein in response to oxidative stress. Biochemical and biophysical research communications 226(2):456-460.
【非特許文献7】Komatsu M, et al. (2007) Homeostatic levels of p62 control cytoplasmic inclusion body formation in autophagy-deficient mice. Cell 131(6):1149-1163.
【非特許文献8】Rodriguez A, et al. (2006) Mature-onset obesity and insulin resistance in mice deficient in the signaling adapter p62. Cell metabolism 3(3):211-222.
【非特許文献9】Itoh K, et al. (1997) An Nrf2/small Maf heterodimer mediates the induction of phase II detoxifying enzyme genes through antioxidant response elements. Biochemical and biophysical research communications 236(2):313-322.
【非特許文献10】Enomoto A, et al. (2001) High sensitivity of Nrf2 knockout mice to acetaminophen hepatotoxicity associated with decreased expression of ARE-regulated drug metabolizing enzymes and antioxidant genes. Toxicological sciences : an official journal of the Society of Toxicology 59(1):169-177.
【非特許文献11】Sugimoto H, et al. (2010) Deletion of nuclear factor-E2-related factor-2 leads to rapid onset and progression of nutritional steatohepatitis in mice. American journal of physiology. Gastrointestinal and liver physiology 298(2):G283-294.
【非特許文献12】Ishii T, et al. (2000) Transcription factor Nrf2 coordinately regulates a group of oxidative stress-inducible genes in macrophages. The Journal of biological chemistry 275(21):16023-16029.
【非特許文献13】Komatsu M, et al. (2010) The selective autophagy substrate p62 activates the stress responsive transcription factor Nrf2 through inactivation of Keap1. Nature cell biology 12(3):213-223.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、NASH治療剤または予防剤の開発に有用なノックアウト非ヒト動物および当該動物の作製方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、当該動物を用いるNASHの治療剤または予防剤のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、p62遺伝子およびNrf2遺伝子の全部または一部が失われたノックアウト非ヒト動物が、NASHを自然発症し、NASHの治療剤等のスクリーニングに有用であることなどを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)p62遺伝子の全部もしくは一部およびNrf2遺伝子の全部もしくは一部が失われたノックアウト非ヒト動物またはその一部。
本発明において、非ヒト動物は、例えばマウスである。
本発明において、前記ノックアウト非ヒト動物またはその一部は、NASHを自然発症し得る。
また、本発明において、前記ノックアウト非ヒト動物またはその一部は、NASHを加齢と共に発症し得る。
また、本発明において、NASHを発症する前記ノックアウト非ヒト動物またはその一部は、さらに肝腫瘍(例えば、肝細胞癌または肝腺腫)を発症し得る。
本発明において、前記ノックアウト非ヒト動物またはその一部は、NASHモデル動物又はその一部であり得る。
また、前記ノックアウト非ヒト動物またはその一部は、肝腫瘍モデル動物又はその一部であり得る。
(2)非ヒト動物のp62遺伝子の全部もしくは一部およびNrf2遺伝子の全部もしくは一部を失わせることを含む、p62遺伝子およびNrf2遺伝子ノックアウト非ヒト動物またはその一部の製造方法。
(3)NASH治療剤または予防剤のスクリーニング方法であって、
(a) 前記(1)に記載の非ヒト動物もしくはその一部または前記(2)に記載の方法で製造される非ヒト動物もしくはその一部に被験物質を接触させ、
(b) 前記被験物質を接触させた非ヒト動物またはその一部におけるNASHの状態と、対照のNASHの状態とを比較し、
(c) (b)の比較結果に基づき、被験物質のNASH改善効果を評価し、および
(d) NASH改善効果を有すると評価された被験物質を選択する
ことを含む、前記方法。
(4)肝腫瘍治療剤または予防剤のスクリーニング方法であって、
(a) 前記(1)に記載の非ヒト動物もしくはその一部または前記(2)に記載の方法で製造される非ヒト動物もしくはその一部に被験物質を接触させ、
(b) 前記被験物質を接触させた非ヒト動物またはその一部における肝腫瘍の状態と、対照の肝腫瘍の状態とを比較し、
(c) (b)の比較結果に基づき、被験物質の肝腫瘍改善効果を評価し、および
(d) 肝腫瘍改善効果を有すると評価された被験物質を選択する
ことを含む、前記方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、p62およびNrf2遺伝子の全部または一部が失われたノックアウト非ヒト動物またはその一部が提供される。本発明の当該動物は、NASH疾患モデルとして、NASHの治療剤または予防剤のスクリーニングに用いることができる。したがって、本発明により、NASH治療剤または予防剤のスクリーニング方法が提供される。
より詳細には、本発明のp62およびNrf2ダブルノックアウトマウスは、通常食餌投与による飼育下で特殊な処置なくNASHが出現し、さらに肝腫瘍が出現し得るため、ヒトNASHの発症、転帰に非常に類似した動物モデルである。したがって、本発明のダブルノックアウト非ヒト動物は、NASH発症機序の解明および理解、予防または治療法の確立、並びに治療剤または予防剤のスクリーニングに有用であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ノックアウトマウス(遺伝子欠損マウス)作製のためのターゲッティングベクターおよび各タンパク質の発現量を示す図である。(A)がp62遺伝子欠損マウスのターゲッティングベクターおよび(B)がNrf2遺伝子欠損マウスのターゲッティングベクターであり、(C)が各系統マウス肝臓組織中のp62およびNrf2タンパク質の発現を示す。
図2】(A)マウス外観および(B)マウスの体重増加曲線を示す図である。
図3】HE染色による肝臓の病理的学所見を示す図である。
図4】シリウスレッド染色による肝臓の病理学的所見を示す図である。
図5】ダブルノックアウトマウス62週齢における肝腫瘍組織を示す図である。
図6】血液生化学検査の値を示す図である。図中、「*」はp<0.05、「**」はp<0.01を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.概要
本発明は、p62遺伝子の全部または一部およびNrf2遺伝子の全部又は一部が失われたダブルノックアウト非ヒト動物(以下、「本発明のノックアウト非ヒト動物」ともいう)を提供する。本発明のノックアウト非ヒト動物は、p62遺伝子の全部または一部およびNrf2遺伝子の全部又は一部が喪失するように作出される。
NASHのモデル動物として従来用いられてきた食餌誘導性NASHモデル動物は、急激で激しい体重減少を伴い、病態の発症は投与開始後早期に観察されることが知られている。ところが、本発明において、p62遺伝子およびNrf2遺伝子をノックアウトさせた非ヒト動物を作出したところ、当該動物は、特別な装置および試薬を必要とせず、通常食餌による飼育下で約30週齢以降にNASHを発症した。また、一部の動物では50週齢以降に肝腫瘍が出現することが分かった。このことから、本発明のノックアウト非ヒト動物は、ヒトのNASH病態を表すモデル動物として使用することができる。また、本発明のノックアウト非ヒト動物は、肝腫瘍のモデル動物としても使用することができる。また、本発明のノックアウト非ヒト動物を用いて、NASHの治療剤または予防剤のスクリーニングをすることができる。また、本発明のノックアウト非ヒト動物を用いて、肝腫瘍の治療剤または予防剤のスクリーニングをすることができる。
【0016】
2.本発明のノックアウト非ヒト動物またはその一部
本発明のノックアウト非ヒト動物とは、該動物のp62遺伝子の全部または一部およびNrf2遺伝子の全部または一部が喪失するように、破壊されているかまたは組換えがなされている動物を意味する。これらの遺伝子は、ゲノム上の一方のアリルが破壊または変異されたヘテロノックアウト(ヘテロ接合体)でもよく、両方のアリルが破壊または変異されたホモノックアウト(ホモ接合体)でもよい。本発明のノックアウト非ヒト動物には、このような動物の子孫も含まれる。
【0017】
本明細書において、「遺伝子の全部が喪失する」とは、遺伝子が完全に失われることを意味する。「遺伝子の一部が喪失する」とは、遺伝子の一部が欠如することにより遺伝子の機能が野生型と比較して低下している状態にあることを意味する。したがって、「遺伝子の全部または一部が喪失する」とは、p62および/またはNrf2遺伝子がコードするタンパク質の発現自体が行われないようにするか、あるいは、発現してもタンパク質の活性が喪失しているかまたは野生型に比べて低下していることを意味する。
【0018】
本発明において、p62遺伝子は、p62をコードする遺伝子である。p62は、細胞内シグナル伝達系およびタンパク質分解経路に関与する因子であることが知られている。本発明においてノックアウトの対象となるp62遺伝子は公知であり、その塩基配列情報およびアミノ酸配列情報は、GenBank等のデータベースから入手することができる。以下に、p62遺伝子の塩基配列情報およびそれにコードされるアミノ酸配列情報を示すアクセッション番号を例示する。
【0019】
・マウスp62遺伝子のDNA配列:NM_011018.2(配列番号:1)
・マウスp62のアミノ酸配列:NP_035148.1(配列番号:2)
・ラットp62遺伝子のDNA配列:NM_175843.3(配列番号:3)
・ラットp62のアミノ酸配列:NP_787037.2(配列番号:4)
【0020】
本発明において、Nrf2遺伝子は、Nrf2をコードする遺伝子である。Nrf2は、細胞内シグナル伝達系およびタンパク質分解経路に関与する因子であることが知られている。本発明においてノックアウトの対象となるNrf2遺伝子は公知であり、その塩基配列情報およびアミノ酸配列情報は、GenBank等のデータベースから入手することができる。以下に、Nrf2遺伝子の塩基配列情報およびそれにコードされるアミノ酸配列情報を示すアクセッション番号を例示する。
【0021】
・マウスNrf2遺伝子のDNA配列:NM_010902.3(配列番号:5)
・マウスNrf2のアミノ酸配列:NP_035032.1(配列番号:6)
・ラットNrf2遺伝子のDNA配列:NM_031789.1(配列番号:7)
・ラットNrf2のアミノ酸配列:NP_113977.1(配列番号:8)
【0022】
本発明においてノックアウトの対象となる遺伝子は上記例示したマウスまたはラット由来のものに限定されるものではなく、p62タンパク質またはNrf2タンパク質の変異型であって、p62タンパク質またはNrf2タンパク質と同等の機能を有する変異型タンパク質をコードする遺伝子も含まれる。例えば、下記(a)〜(d)の変異型タンパク質をコードする遺伝子も、本発明においてノックアウトの対象となる遺伝子に含まれる。
【0023】
(a) 配列番号2または4に示されるアミノ酸配列において1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、p62タンパク質の機能を有するタンパク質
(b) 配列番号6または8に示されるアミノ酸配列において1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、Nrf2タンパク質の機能を有するタンパク質
(c) 配列番号2または4に示されるアミノ酸配列と少なくとも75%の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、p62タンパク質の機能を有するタンパク質
(d) 配列番号6または8に示されるアミノ酸配列と少なくとも75%の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Nrf2タンパク質の機能を有するタンパク質
【0024】
したがって、配列番号2、4、6または8に示されるアミノ酸配列において複数個(例えば1個又は数個、好ましくは1個〜10個、より好ましくは1個〜5個)のアミノ酸が欠失したもの、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列において複数個(例えば1個又は数個、好ましくは1個〜10個、より好ましくは1個〜5個)のアミノ酸が他のアミノ酸に置換したもの、配列番号2又は4に示されるアミノ酸配列において複数個(例えば1個又は数個、好ましくは1個〜10個、より好ましくは1個〜5個)のアミノ酸が付加したもの、配列番号2、4、6または8に示されるアミノ酸配列において複数個(例えば1個又は数個、好ましくは1個〜10個、より好ましくは1個〜5個)のアミノ酸が挿入したものも、p62タンパク質またはNrf2タンパク質の活性を有する限り、上記変異型タンパク質に含まれる。
【0025】
アミノ酸配列の相同性は、少なくとも75%以上であればよいが、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上である。
【0026】
さらに、本発明においてノックアウトの対象となる遺伝子としては、以下のものが挙げられる。
【0027】
(e) 配列番号1または3に示される塩基配列に対し相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、p62タンパク質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f) 配列番号5または7に示される塩基配列に対し相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、Nrf2タンパク質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
配列番号1、3、5または7に示される塩基配列としては、配列番号1の34〜1362番の塩基配列、配列番号3の39〜1358番の塩基配列、配列番号5の234〜2027番の塩基配列または配列番号7の70〜1863番の塩基配列が好ましい。
【0028】
ここで、「ストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄時の条件であって、例えば、6×SSCを含む溶液中45℃でハイブリッドを形成させた後、2×SSC、50℃で洗浄する条件等を挙げることができる。なお、1.5 M NaCl、0.15 M クエン酸三ナトリウムを含む溶液を10×SSCとする。洗浄ステップにおけるバッファーの塩濃度は、例えば、2×SSCで50℃の条件から0.2×SSCで50℃までの条件の中から選択することができる。
【0029】
本発明において、上記遺伝子への変異の導入は、部位特異的突然変異誘発法を用いることができる。部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばGeneTailorTM Site-Directed Mutagenesis System(Invitrogen)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等(タカラバイオ社製))を用いて変異を導入することもできる。目的遺伝子の単離は、例えば、公知のcDNAの塩基配列に基づいて合成されたオリゴヌクレオチドプローブを用いて非ヒト動物ゲノムDNAライブラリーから単離することができる。あるいは、cDNA一部の配列からオリゴヌクレオチドプライマーを合成し、ゲノムDNAを鋳型としたPCR法によって目的とする遺伝子を得ることもできる。
【0030】
本発明において、「非ヒト動物」は、ヒト以外の動物であればいかなる動物でもよいが、非ヒト哺乳動物が好ましい。非ヒト哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、ミニブタ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、サル等が挙げられる。非ヒト哺乳動物として、動物モデル系の作製の観点から、個体発生および生物サイクルが比較的短く、また繁殖が容易な齧歯類、特にマウスまたはラットが特に好ましい。
【0031】
本発明において、「動物の一部」は、当該動物由来の体液、器官、組織、細胞、およびこれらの破砕物または抽出物を意味する。発生段階(胎生期)における当該動物由来の体液、器官、組織、細胞、およびこれらの破砕物または抽出物も非ヒト動物の一部に含まれる。
【0032】
本発明において、動物由来の体液には、血液、リンパ液、尿等が挙げられるが、これらに限定されるわけではない。
【0033】
本発明において、動物由来の器官または組織としては、例えば、心臓、肺、腎臓、胆嚢、肝臓、膵臓、脾臓、腸、精巣、睾丸、卵巣、子宮、胎盤、筋肉、血管、脳、骨髄、甲状腺、胸腺、乳腺、リンパ節等またはその組織が挙げられるが、これらに限定されるわけではない。
【0034】
本発明において、動物由来の細胞としては、上記器官、組織又は体液に含まれる細胞並びにそれらの単離細胞及び培養して得られる培養細胞も含まれる。細胞は、限定されるわけではないが、例えば、マクロファージ、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、心筋細胞、骨髄細胞、リンパ球等の各種の細胞が挙げられる。培養細胞としては、初代培養細胞及びその株化細胞の両者を含む。
【0035】
本発明のノックアウト非ヒト動物は、特別な装置や高脂肪食等の特別な飼料を必要とせず、野生型の動物が摂取するのと同様の食餌による成育条件においてNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)を発症(自然発症)する。特に、本発明のノックアウトマウスは、ヒトの壮年期に相当するマウス約30週齢以降に発症が認められる点、さらに50週齢以降の一部のマウス(約11%)に、肝腺腫あるいは肝細胞癌と考えられる腫瘍の発生が認められる点など、ヒトにおけるNASHの転帰と非常に類似した特徴を有している。したがって、本発明のノックアウト非ヒト動物は、NASHモデル動物またはその一部として使用することができる。また、本発明のノックアウト非ヒト動物は、肝腫瘍のモデル動物またはその一部としても使用することができる。
【0036】
NASHでは、肝臓の炎症、肝細胞障害、肝の線維化等が認められることが知られている。したがって、本発明のノックアウト非ヒト動物がNASHを発症していることは、肉眼的観察の他、病理学的または免疫組織化学的に炎症細胞の浸潤、脂肪性肝炎像、または肝の線維化等を観察することによって確認することができる。また、NASHでは、血液生化学検査においてAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)、ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)およびALP(アルカリフォスファターゼ)が対照に比べて上昇することが知られている。したがって、本発明のノックアウト非ヒト動物の血中AST、ALT、またはALPレベルを測定することで、NASHの発症の有無を確認することができる。これらの確認は、当業者であれば定法または実施例に記載の方法に基づき実施することができる。
【0037】
また、肝細胞癌または肝腺腫等の肝腫瘍を発症していることは、肝臓の肉眼的観察の他、肝臓の免疫組織染色で確認することができる。これらの確認は、当業者であれば定法または実施例に記載の方法に基づき実施することができる。
【0038】
3.ノックアウト非ヒト動物の作製方法
本発明のノックアウト非ヒト動物は、定法に従ってp62遺伝子の全部または一部およびNrf2遺伝子の全部または一部を失わせることにより作製することができる。例えば、(1)p62遺伝子およびNrf2遺伝子の両方を不活性化させたES細胞を作製することによる方法、または(2)p62遺伝子ノックアウト非ヒト動物とNrf2遺伝子ノックアウト非ヒト動物との交配による方法を用いて、本発明のノックアウト非ヒト動物を作製することができる。
【0039】
(1)p62遺伝子とNrf2遺伝子とを不活性化させたES細胞を作製することによる方法
当該方法は、
(a)遺伝子のターゲティングによりp62遺伝子とNrf2遺伝子の全部または一部を欠損させた胚性幹細胞(ES細胞)を作製すること、
(b)当該ES細胞を用いて、キメラ非ヒト動物を作製すること、
(c)当該キメラ非ヒト動物を野生型マウスと交配してヘテロノックアウト非ヒト動物を作製すること、および
(d)当該ヘテロノックアウト非ヒト動物同士を交配して、ホモノックアウト非ヒト動物を作製すること、を含む。
【0040】
以下、上記各工程について詳細に説明する。
工程(a):遺伝子ターゲティング
遺伝子ターゲティングでは、先ず、目的遺伝子(p62遺伝子およびNrf2遺伝子)の全部または一部を喪失するように、破壊又は組換えたDNA断片を作製する。目的遺伝子のターゲティングベクターは、目的遺伝子を破壊または組換えることにより、当該遺伝子の全部又は一部を喪失させるものである。
【0041】
本発明において、ターゲティングベクターは、相同組換えを起こさせた後の組換え体のスクリーニングが容易となるように構築することが好ましい。例えば、ポジティブ−ネガティブ選択をするために、ベクターに薬剤耐性遺伝子又は毒素遺伝子などの選択マーカーを連結することができる。ポジティブ−ネガティブ選別法は、当分野において周知である。すなわち、ポジティブ選別は、選択マーカー遺伝子が組み込まれなかった細胞は、薬剤を含む培養液で培養すると、耐性遺伝子を含まないために死ぬことを利用するものであり、ネガティブ選別法は、組み込みがランダムに起こった細胞では、ネガティブ選別用遺伝子が発現するために、細胞が死ぬことを利用するものである。その結果、相同組換えを起こした細胞のみが生き残り、選別される。
【0042】
本発明において、選択マーカー遺伝子は、ポジティブ選択用として例えばネオマイシン耐性遺伝子(neo)、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子などを使用することができ、ネガティブ選択用として例えばヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV−tk)、ジフテリア毒素A遺伝子などを使用することができる。
【0043】
次に、上記の方法により作製したターゲティングベクターを用いて、相同組換えを行う。現在確立されている遺伝子ターゲティング法では、ノックアウト非ヒト動物を作製する場合には、ES細胞を使用することが望ましい。ES細胞として、TT2細胞、AB−1細胞、J1細胞、R1細胞などを適宜選択して使用することができる。
【0044】
相同組換えを起こさせるために、目的遺伝子の全部又は一部を喪失させたターゲティングベクターを細胞中に導入する。ターゲティングベクターを細胞に導入する方法としては、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAE−デキストラン法、リポソーム法などを使用することができる。効率、作業の容易性などを考慮して、エレクトロポレーション法を用いることが好ましい。そして、細胞中の目的とするゲノムDNA配列を、ターゲティングベクターの相同組換えによって置換する。
【0045】
相同組換え効率を高めるために、例えば、バクテリオファージP1由来の組換えシステムであるCre−LoxPシステムを使用することができる。Creは組換え酵素であり、LoxPと呼ばれる34塩基の配列を認識して、この部位で組換えを起こさせることが可能となる。したがって、ターゲティングしたい遺伝子(目的遺伝子)をLoxP配列とLoxP配列との間にはさみ、Creリコンビナーゼ遺伝子を特異的プロモーター下流に組み込むことにより、部位特異的及び時期特異的にCreが産生されてLoxPで挟んだ遺伝子を切り取る(すなわち、目的遺伝子を喪失させる)ことができる。
【0046】
その後、PCR法、サザンブロット法等により、目的遺伝子がターゲティングされているか否かを確認する。
【0047】
PCRに用いるプライマーは、例えばターゲティングベクターの外側のゲノムDNA領域や、ターゲティングベクターの薬剤耐性遺伝子の配列から設計することができる。
【0048】
サザンブロット解析は、例えば以下のように行うことができる。ターゲティングベクターに含まれないゲノム領域を認識する1又は2種類のプローブを設計する。目的遺伝子ゲノムを含むクローンを適当な制限酵素で処理することにより得られるDNA断片と、上記プローブとのハイブリダイゼーションを行なうことにより、目的遺伝子の破壊の有無を確認することができる。
【0049】
工程(b):キメラ非ヒト動物の作製
相同組換えの結果得られた組換えES細胞を、8細胞期又は胚盤胞の胚内に移植する。このES細胞移植胚を偽妊娠仮親の子宮内に移植して出産させることによりキメラ非ヒト動物を作製する。
【0050】
ES細胞を胚内に移植する方法として、マイクロインジェクション法、凝集法などの公知手法を用いることができる。
【0051】
以下にマウスを例に挙げてキメラ非ヒト動物の作製を説明するが、マウス以外の非ヒト動物についても同様に作製することができる。
【0052】
まず、ホルモン剤により過排卵処理を施した雌マウスを、雄マウスと交配させる。その後、8細胞期胚を用いる場合には受精から2.5日目に、胚盤胞を用いる場合には受精から3.5日目に、それぞれ卵管又は子宮から初期発生胚を回収する。回収した胚に、相同組換えを行ったES細胞を注入し、キメラ胚を作製する。
【0053】
一方、仮親にするための偽妊娠雌マウスは、正常性周期の雌マウスを、精管結紮などにより去勢した雄マウスと交配することにより得ることができる。作出した偽妊娠マウスに対して、上述の方法により作製したキメラ胚を子宮内移植し、その後出産させることによりキメラマウスを作製することができる。
【0054】
工程(c):ヘテロノックアウト非ヒト動物の作製
上記のようにして得たキメラ非ヒト動物の中から、ES細胞移植胚由来の雄キメラ非ヒト動物を選択する。マウスの場合、選択したES細胞移植胚由来の雄マウスが成熟した後、このマウスを純系マウス系統の雌マウスと交配させる。そして、誕生した子マウスに、ES細胞に由来するマウス(ES細胞に組み込まれたゲノムを有していたマウス)の被毛色が現れることにより、ES細胞がキメラマウスの生殖系列へ導入されたことを確認することができる。そして、胚内に移植された組換えES細胞が生殖系列に導入された目的遺伝子欠損ヘテロノックアウト非ヒト動物を繁殖する。
【0055】
工程(d):ホモノックアウト非ヒト動物の作製
上記のようにして得た目的遺伝子ヘテロノックアウト非ヒト動物同士を交配させて、遺伝子欠損ホモノックアウト非ヒト動物を得ることができる。
【0056】
工程(c)又は(d)におけるノックアウト非ヒト動物が得られたことの確認は、組織から染色体DNAを抽出しサザンブロット法やPCR法で行うことができる。さらに、組織からRNAを抽出し、ノーザンブロット解析により遺伝子の発現パターンを解析することによっても確認することができる。目的遺伝子がコードするタンパク質に対する抗体を用いてウエスタンブロッティングを行なってもよい。
【0057】
また、樹立した動物系統について、ヘテロノックアウト非ヒト動物及びホモノックアウト非ヒト動物の表現型を解析することもできる。表現型の解析は、肉眼的観察、解剖による内部の観察、各臓器の組織切片、X線撮影による観察、行動や記憶の観察、血液検査や血清生化学検査行う。解析時期は、胎生期から成体までの任意の時期であってよく、特に限定されるものではない。
【0058】
(2)p62遺伝子ノックアウト非ヒト動物とNrf2遺伝子ノックアウト非ヒト動物との交配による方法
当該方法は、具体的には、次のように行うことができる。
p62遺伝子ホモノックアウト非ヒト動物(p62−/−)とNrf2遺伝子ホモノックアウト非ヒト動物(Nrf2−/−)とを交配させて、F1ヘテロノックアウト非ヒト動物(p62+/−:Nrf2+/−)を作出する。ホモノックアウト非ヒト動物を作出する場合には、このF1ヘテロノックアウト非ヒト動物同士を交配することで、F2ホモノックアウト非ヒト動物(p62−/−:Nrf2−/−)を得ることができる。
【0059】
ノックアウト非ヒト動物が得られたことの確認は、前述の方法と同様に行うことができる。
【0060】
本発明のノックアウト非ヒト動物を作製するために使用するp62遺伝子ノックアウト非ヒト動物やNrf2遺伝子ノックアウト非ヒト動物は、市販のものや公知のものを入手しても良いし、或いは、標準的な方法で作製して入手しても良い。
【0061】
上記ノックアウト非ヒト動物を作製するための標準的な作製方法については、例えば、
(a)遺伝子のターゲティングによりp62遺伝子またはNrf2遺伝子の全部又は一部を欠損させたES細胞を作製すること、
(b)当該ES細胞を用いて、キメラ非ヒト動物を作製すること、
(c)当該キメラ非ヒト動物を野生型マウスと交配してヘテロノックアウト非ヒト動物を作製すること、および
(d)当該ヘテロノックアウト非ヒト動物同士を交配して、ホモノックアウト非ヒト動物を作製すること、などを含む方法を挙げることができる。
【0062】
上記(a)〜(d)の各工程の詳細は、目的遺伝子がp62遺伝子またはNrf2遺伝子であることを除き、前述した方法と同様である。
【0063】
なお、p62遺伝子ノックアウトマウスの作製方法は、例えば、Rodriguez A, et al. (2006) Mature-onset obesity and insulin resistance in mice deficient in the signaling adapter p62. Cell metabolism 3(3):211-222.、特開2005-304393号公報などにも記載されている。また、Nrf2遺伝子ノックアウトマウスの作製方法は、例えば、Enomoto A, et al. (2001) High sensitivity of Nrf2 knockout mice to acetaminophen hepatotoxicity associated with decreased expression of ARE-regulated drug metabolizing enzymes and antioxidant genes. Toxicological sciences : an official journal of the Society of Toxicology 59(1):169-177.、Sugimoto H, et al. (2010) Deletion of nuclear factor-E2-related factor-2 leads to rapid onset and progression of nutritional steatohepatitis in mice. American journal of physiology. Gastrointestinal and liver physiology 298(2):G283-294.などにも記載されている。
【0064】
4.スクリーニング方法
本発明は、本発明のノックアウト非ヒト動物またはその一部を用いることを特徴とする、NASH治療剤または予防剤のスクリーニング方法(以下、「本発明のスクリーニング方法」ともいう)を提供する。本発明のスクリーニング方法において、本発明のノックアウト非ヒト動物またはその一部に、候補物質として被験物質を接触させることにより、NASH治療剤もしくは予防剤または肝腫瘍治療剤もしくは予防剤をスクリーニングすることができる。
【0065】
より具体的には、本発明において、(a) 本発明のノックアウト非ヒト動物またはその一部に被験物質を接触させ、(b)前記被験物質を接触させた非ヒト動物またはその一部におけるNASHの状態と、対照のNASHの状態とを比較し、(c) 得られた比較結果に基づき、被験物質のNASH改善効果を評価し、(d) NASH改善効果を有すると評価された被験物質を選択することにより、NASH治療剤または予防剤をスクリーニングする。
【0066】
被験物質としては、例えば、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、細胞培養上清、植物抽出液、哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ブタ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒトなど)の組織抽出液、血漿などが挙げられるが、これらに限定されない。被験物質は新規な物質であってもよいし、公知の物質であってもよい。これら被験物質は塩を形成していてもよく、被験物質の塩としては、生理学的に許容される酸(例えば、有機酸又は無機酸など)や塩基(例えば、金属酸など)などとの塩が用いられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸など)との塩、或いは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸など)との塩などが用いられる。
【0067】
本発明において、「接触」とは、本発明のノックアウト非ヒト動物またはその一部と被験物質とが、所定条件下で反応し得る環境下に両者をおくことを意味する。
【0068】
本発明のノックアウト非ヒト動物に被験物質を接触させる方法としては、例えば、経口投与、静脈注射、塗布、皮下投与、皮内投与、腹腔投与などの投与が挙げられ、投与方法は試験動物の症状、被験物質の性質などにあわせて適宜選択することができる。また、被験物質の投与量は、投与方法、被験物質の性質などにあわせて適宜選択することができる。
【0069】
本発明のノックアウト非ヒト動物の一部に被験物質を接触させる方法としては、例えば、本発明のノックアウト非ヒト動物の一部と被験物質とを同一の反応系又は培養系に存在させる方法を用いることができる。より具体的には、本発明のノックアウト非ヒト動物の一部の培養容器に被験物質を添加すること、本発明のノックアウト非ヒト動物の一部と被験物質とを混合すること、本発明のノックアウト非ヒト動物の一部を被験物質の存在下で培養すること等が挙げられる。また、接触させる被験物質量および接触時間は、接触方法、被験物質の性質などにあわせて適宜選択することができる。
【0070】
本発明のスクリーニング方法に用いられる本発明のノックアウト非ヒト動物はNASHを発症していてもよいし、NASHを発症していなくてもよい。NASHは、特別な処置を必要とせず、本発明のノックアウト非ヒト動物を通常の飼育条件下で生育することにより、誘発させることができる。本発明のノックアウト非ヒト動物は加齢と共にNASHを発症するので、発症前、発症途中、発症後等の時期の動物を適宜選択することにより、疾患のステージに沿った治療剤または予防剤の研究開発を効果的に進めることができる。本発明の一態様においては、NASHを発症していることが好ましい。本発明の別の態様においては、NASH発症前であることが好ましい。当業者であれば、後述のNASHの状態として測定する指標によって、本発明のノックアウト非ヒト動物の週齢を選択することができる。本発明のスクリーニング方法に用いられる本発明のノックアウト非ヒト動物の一部は、同様に、NASHを発症した当該動物由来でもよいし、NASHを発症していない当該動物由来でも良いが、NASHを発症した当該動物由来のものであることが好ましい。
【0071】
NASHの状態は、NASHと関係することが知られている指標を測定することで認識することができる。当該指標としては、例えば、体重、肝臓における脂肪蓄積・脂肪沈着の程度、炎症の程度(炎症細胞浸潤程度を含む)、脂肪性肝炎像、肝線維化の程度、肝細胞癌または肝腺腫等の肝腫瘍の発症または進行度、血液中の代用マーカー(例えば、AST, ALT, ALP)が挙げられる。
【0072】
被験物質を接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物またはその一部における、NASHの状態を反映する上記の指標を測定し、得られた測定結果と対照における指標の測定結果とを比較し、この比較結果に基づいて、NASHの症状の改善効果を有するか否かを確認することで、被験物質をスクリーニングすることができる。
【0073】
本発明において、症状の「改善」には症状の予防、軽減もしくは消失、発症の遅延、進行速度の低減などが含まれる。
【0074】
本発明において、比較のための対照は、被験物質を接触させない本発明のノックアウト非ヒト動物またはその一部が好ましい。目的に応じて、以下の動物またはその一部も対照として適宜選択することができる:
NASH改善作用を有することが分かっている物質(既知のNASH治療剤等)を接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物またはその一部、
被験物質を接触させない野生型非ヒト動物またはその一部、
被験物質を接触させた野生型非ヒト動物またはその一部、
既知のNASH治療剤等を接触させた野生型非ヒト動物もしくはその一部、
被験物質を接触させないp62遺伝子ノックアウト非ヒト動物またはその一部、
被験物質を接触させないNrf2遺伝子ノックアウト非ヒト動物またはその一部、
被験物質を接触させたp62遺伝子ノックアウト非ヒト動物またはその一部、
被験物質を接触させたNrf2遺伝子ノックアウト非ヒト動物またはその一部、
既知のNASH治療剤等を接触させたp62遺伝子ノックアウト非ヒト動物またはその一部、
既知のNASH治療剤等を接触させたNrf2遺伝子ノックアウト非ヒト動物またはその一部。
【0075】
また、NASH発症後の本発明のノックアウト動物の対照として、NASH発症前の本発明のノックアウト動物を用いることもできる。
【0076】
ここで、「野生型非ヒト動物」とは、p62遺伝子及びNrf2遺伝子のいずれもが正常に発現し、機能している非ヒト動物を意味する。「p62遺伝子ノックアウト非ヒト動物」とは、p62遺伝子の全部または一部が失われているが、Nrf2遺伝子の機能が失われていない非ヒト動物を意味する。「Nrf2遺伝子ノックアウト非ヒト動物」とは、Nrf2遺伝子の全部または一部が失われているが、p62遺伝子の機能が失われていない非ヒト動物を意味する。
【0077】
本発明のスクリーニング方法において、例えば、ある被験物質を投与した場合に、NASHの症状が緩和もしくは消失したこと、あるいはNASHを発症しないことが確認できる結果が得られれば、用いた被験物質を、NASH治療剤/予防剤として選択することが可能である。
【0078】
より具体的には、NASHでは体重増加が認められることから、体重を指標とする場合には、次のようにスクリーニングを行う。体重は、例えば、後述の実施例に示すように、測定することができる。被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の体重を被験物質に接触させない本発明のノックアウト非ヒト動物(対照)の体重と比較し、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の体重が対照よりも軽い場合に当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断することができる。すなわち、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の体重を、対照における体重よりも低減(例えば、0.5%以上、1%以上、5%以上、10%以上、15%以上又は20%以上低下)させる被験物質を、NASH治療剤または予防剤として選択する。あるいは、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の体重が、そのほかの上記対照動物の体重と同等になったときまたはそれよりも軽い場合は、当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断し、前記と同様に選択することができる。
【0079】
ここで、体重は、ある時点の体重であってもよいし、一定期間の体重変化量であってもよい。なお、実施例で示すように、p62遺伝子ノックアウトマウスは、野生型マウスに比べて体重増加を示す。
【0080】
脂肪の蓄積程度を指標とする場合は、次のようにスクリーニングを行う。脂肪の蓄積は、例えば、病理学的所見により確認することができる。病理学的所見は、非ヒト動物から摘出した肝臓組織標本をHE染色することにより観察することができる。HE染色は、公知の方法、例えば実施例に記載の方法で行うことができる。被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の脂肪沈着量を被験物質に接触させない本発明のノックアウト非ヒト動物(対照)の脂肪沈着量と比較し、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の脂肪沈着量が対照よりも少ない場合に当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断することができる。すなわち、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の脂肪沈着量を、対照における脂肪沈着量よりも低減(例えば、0.5%以上、1%以上、5%以上、10%以上、15%以上又は20%以上低下)させる被験物質を、NASH治療剤または予防剤として選択する。あるいは、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の脂肪沈着量が、そのほかの上記対照動物の脂肪沈着量と同等になったときまたはそれよりも少ない場合に、当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断し、前記と同様に選択することができる。
【0081】
脂肪性肝炎像を指標とする場合は、次のようにスクリーニングを行う。脂肪性肝炎像は、例えば、病理学的所見により、脂肪性肝炎領域の大きさを確認することができる。病理学的所見は、非ヒト動物から摘出した肝臓組織標本をHE染色することにより観察することができる。HE染色は、公知の方法、例えば実施例に記載の方法で行うことができる。被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の脂肪性肝炎領域の大きさを被験物質に接触させない本発明のノックアウト非ヒト動物(対照)の脂肪性肝炎領域の大きさと比較し、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の脂肪性肝炎領域の大きさが対照よりも小さい場合に当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断することができる。すなわち、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の脂肪性肝炎領域の大きさを、対照における脂肪性肝炎領域の大きさよりも低減(例えば、0.5%以上、1%以上、5%以上、10%以上、15%以上又は20%以上低下)させる被験物質を、NASH治療剤または予防剤として選択する。あるいは、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の脂肪性肝炎領域の大きさが、そのほかの上記対照動物の脂肪性肝炎領域の大きさと同等になったときまたはそれよりも小さい場合に、当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断し、前記と同様に選択することができる。
【0082】
肝臓における炎症の程度を指標とする場合は、例えば炎症細胞浸潤の程度を測定することによりスクリーニングを行うことができる。炎症細胞の浸潤度は、例えば、病理学的所見により確認することができる。病理学的所見は、非ヒト動物から摘出した肝臓組織標本をHE染色することにより観察することができる。HE染色は、公知の方法、例えば実施例に記載の方法で行うことができる。被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の炎症細胞の浸潤度を被験物質に接触させない本発明のノックアウト非ヒト動物(対照)の炎症細胞の浸潤度と比較し、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の炎症細胞の浸潤度が対照よりも小さい場合に当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断することができる。すなわち、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の炎症細胞の浸潤度を、対照における炎症細胞の浸潤度よりも低減(例えば、0.5%以上、1%以上、5%以上、10%以上、15%以上又は20%以上低下)させる被験物質を、NASH治療剤または予防剤として選択する。あるいは、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の炎症細胞の浸潤度が、そのほかの上記対照動物の炎症細胞の浸潤度と同等になったときまたはそれよりも小さい場合に、当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断し、前記と同様に選択することができる。
【0083】
肝線維化の程度を指標とする場合は、次のようにスクリーニングを行う。肝線維化は、例えば、病理学的所見により確認することができる。病理学的所見は、非ヒト動物から摘出した肝臓組織標本をシリウスレッド染色することにより確認することができる。シリウスレッド染色は、公知の方法、例えば実施例に記載の方法で行うことができる。被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の肝線維化の程度を被験物質に接触させない本発明のノックアウト非ヒト動物(対照)の肝線維化の程度と比較し、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の肝線維化の程度が対照よりも小さい場合に当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断することができる。すなわち、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の肝線維化の程度を、対照における肝線維化の程度よりも低減(例えば、0.5%以上、1%以上、5%以上、10%以上、15%以上又は20%以上低下)させる被験物質を、NASH治療剤または予防剤として選択する。あるいは、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の肝線維化の程度が、そのほかの上記対照動物の肝線維化の程度と同等になったときまたはそれよりも小さい場合に、当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断し、前記と同様に選択することができる。
【0084】
肝細胞癌または肝腺腫等の肝腫瘍の発症または進行度を指標とする場合は、次のようにスクリーニングを行う。この場合、マウス50週齢相当の非ヒト動物またはその一部を用いることが好ましい。肝細胞癌または肝腺腫等の発症または進行度は、例えば、非ヒト動物から肝臓を摘出することにより確認することができる。被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の肝細胞癌または肝腺腫等の発症または進行度を被験物質に接触させない本発明のノックアウト非ヒト動物(対照)の肝細胞癌または肝腺腫等の発症または進行度と比較し、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の肝細胞癌または肝腺腫等の発症または進行度が対照よりも小さい場合に当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断することができる。すなわち、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の肝細胞癌または肝腺腫等の発症または進行度を、対照における肝細胞癌または肝腺腫等の発症または進行度よりも低減(例えば、0.5%以上、1%以上、5%以上、10%以上、15%以上又は20%以上低下)させる被験物質を、NASH治療剤または予防剤として選択する。あるいは、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の肝細胞癌または肝腺腫等の発症または進行度が、そのほかの上記対照動物の肝細胞癌または肝腺腫等の発症または進行度と同等になったときまたはそれよりも小さい場合に、当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断し、前記と同様に選択することができる。
【0085】
血液中の代用マーカーを指標とする場合には、次のようにスクリーニングを行う。血液中の代用マーカーとしては、AST、ALTおよびALPまたは炎症マーカーもしくは炎症性サイトカイン等が挙げられる。血液中の代用マーカーの量は、ELISA法などの公知の方法により求めることができる。被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の代用マーカー量を被験物質に接触させない本発明のノックアウト非ヒト動物(対照)の代用マーカー量と比較し、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の代用マーカー量が対照よりも少ない場合に当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断することができる。すなわち、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の代用マーカー量を、対照における代用マーカー量よりも低減(例えば、0.5%以上、1%以上、5%以上、10%以上、15%以上、20%以上、30%以上または40%以上低下)させる被験物質を、NASH治療剤または予防剤として選択する。あるいは、被験物質に接触させた本発明のノックアウト非ヒト動物の代用マーカー量が、そのほかの上記対照動物の代用マーカー量と同等になったときまたはそれよりも少ない場合に、当該被験物質をNASH症状の改善効果を有すると判断し、前記と同様に選択することができる。血液中の代用マーカーを指標とする場合には、好ましくはマウス約30週齢相当以上、より好ましくはマウス約50週齢相当以上の非ヒト動物またはその一部を用いる。
【0086】
上記のとおり、上記各指標は、公知の方法又はそれに準ずる方法で行うことができる。
【0087】
上記のようにNASH症状の改善効果を有すると評価された被験物質は、NASH治療剤または予防剤になり得る。
【0088】
本発明のスクリーニング方法によって、肝腫瘍の治療剤または予防剤をスクリーニングすることもできる。より具体的には、本発明において、(a) 本発明のノックアウト非ヒト動物またはその一部に被験物質を接触させ、(b)前記被験物質を接触させた非ヒト動物またはその一部における肝腫瘍の状態と、対照の肝腫瘍の状態とを比較し、(c) 得られた比較結果に基づき、被験物質の肝腫瘍改善効果を評価し、(d) 肝腫瘍改善効果を有すると評価された被験物質を選択することにより、肝腫瘍治療剤または予防剤をスクリーニングする。この場合、NASH状態の指標として前述した各指標を、肝腫瘍の状態の指標として同様に選択することができるが、肝腫瘍の状態の指標としては肝細胞癌または肝腺腫の発症または進行度が好ましい。また、肝腫瘍の治療剤または予防剤のスクリーニングは、前述のNASH治療剤または予防剤のスクリーニング方法に準じて行うことができる。
【0089】
本明細書で説明する具体的な態様および下記実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0090】
なお、本明細書に記載した全ての文献および刊行物は、参照によりその全体を本明細書に組み込むものとする。
【実施例】
【0091】
<方法>
(1) p62:Nrf2 DKO(ダブルノックアウト)マウス
ジーンターゲッティング法により作製されたp62、Nrf2それぞれのノックアウトマウス(遺伝子欠損マウス)を交配させることによりDKOマウス(C57BL/6J バックグラウンド)を得た。p62、Nrf2各遺伝子欠損マウス作製のためのターゲッティングベクターの模式図をそれぞれ図1(A)、(B)に示す。マウスのジェノタイプは、マウス尻尾より調製したゲノムDNAを用いてPCRを行い、増幅産物の塩基数サイズをアガロースゲル電気泳動で解析することにより判定した。
【0092】
マウスは筑波大学生命科学動物資源センター内のクリーンルームにて、室温23±1℃、12時間ごとの明暗サイクル、飼料および水は自由摂取下で飼育した。飼料は固形飼料MF(オリエンタル酵母工業株式会社)を使用し、飲料水には5μmのフィルターを通した水道水を与えた。すべての解析には雄性マウスを用いた。
【0093】
(2) 体重の測定
野生型マウス(WT)、p62ノックアウトマウス(p62-KO)、Nrf2ノックアウトマウス(Nrf2-KO)、p62およびNrf2のダブルノックアウトマウス(p62:Nrf2-DKO)の4系統のマウスの8-48週齢までの体重を測定し、平均値を求めた(各系統 n=8〜12)。
【0094】
(3) 病理標本の作製
安楽死させたマウスから肝臓を摘出し、10%中性緩衝ホルマリンにて固定した後パラフィン包埋切片を作製し、ヘマトキシリン-エオジン(HE)染色またはシリウスレッド染色を行なった。腫瘍の発生が確認された肝臓については、腫瘍部と非腫瘍部について病理標本を作製し、HE染色を行なった。
【0095】
(4) 血液生化学検査
マウスを安楽死させた後、直ちに腹部大静脈より採血し、遠心分離により血清を得た。得られた血清を用いて、aspartate aminotransferase(AST)、alanine aminotransferase (ALT)、アルカリフォスファターゼ(ALP)、および総コレステロール(T-CHO)値を測定した(各系統 n=8〜10)。
【0096】
<結果>
(1) p62:Nrf2-DKOマウスの作製
p62-KOマウスおよびNrf2-KOマウスを交配して得られたp62+/- : Nrf2+/-マウス同士をさらに交配し、得られた仔についてPCR法により遺伝子型の判定を行なった。p62:Nrf2-DKOと判定されたマウスの肝臓組織にはp62、Nrf2タンパク質の発現を認めなかった(図1(C))。
【0097】
(2) 体重増加の変化
各系統のマウスの体重増加曲線を比較すると、Nrf2-KOマウスはWTマウスと同様であったのに対し、p62-KOおよびDKOマウスは16週齢を越えるころからWTに比べて有意に体重が増加し、その程度は加齢とともにより顕著になった。p62-KOとDKOマウスを比較すると、増加の程度はDKOマウスの方が若干緩やかであった(図2)。
【0098】
(3) 肝臓組織の病理学的所見
8週齢における肝臓組織像は、各系統のマウスとも同様であり病理学的な基礎所見に差は認められなかった(図3)。しかし、32週齢になると、p62-KOおよびDKOマウスに脂肪の沈着を認め、DKOマウスでは加えて炎症細胞浸潤、脂肪性肝炎像を呈した(図3)。さらに、32週齢では、DKOマウスの肝組織には線維増生が認められた(図4)。50週齢では、Nrf2-KOマウスには引き続き異常所見は見られなかったが、p62-KOマウスでは脂肪性肝炎像が認められた(図3)。50週齢のDKOマウスではさらに病態が進行しており、p62-KOマウスより激しい線維化像を呈していた(図4)。
【0099】
病理学的所見から、p62:Nrf2-DKOマウスは32週齢以降にNASHを発症することが明らかになった。また、p62-KOマウスも50週齢の高齢時に脂肪性肝炎の発症を認めたが、DKOマウスはこれより早期に発症した。
【0100】
(4) 腫瘍組織の病理像
DKOマウスは、50週齢以降に46匹中5匹(11%)に肝臓に腫瘍の発生を認めた(図5)。病理学的な解析により、腫瘍が肝腺腫あるいは肝細胞癌であることが示された。
【0101】
(5) 血液生化学検査
p62-KOおよびDKOマウスにおいて、加齢とともにAST、ALTおよびALP値が高値となる傾向が認められた(図6)。T-CHO値については顕著な変化や差異は認められなかった(図6)。
【0102】
これらの結果から、本発明のノックアウト非ヒト動物は、通常食の投与のみで、すなわち、特殊な処置を必要とせずに肥満を基盤とした脂肪性肝炎を発症し、ヒトNASHに非常に近い病態を呈するこれまでにない優れた動物モデルであることが明らかとなった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]