(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
化学成分組成が質量%で、C:0.05〜0.20%、Si:1.0〜2.2%、Mn:3.0〜5.5%、Al:0.0005〜0.08%で、残部がFe及び不可避不純物である非調質鋼材であって、
組織は、主相がラスマルテンサイトであって、一部に体積分率5%以下の残留オーステナイトからなることを特徴とする強度・延性・靭性に優れた高強度非調質鋼材。
主相のラスマルテンサイトが、短径(幅)の平均値が1.0μm以下、長径(長さ)の平均値が7.0μm以下の微細相からなることを特徴とする請求項1に記載の強度・延性・靭性に優れた高強度非調質鋼材。
1000〜1300℃の範囲内で加熱保持した後、これに塑性相当ひずみeが0.34以上の熱間加工を施すことにより製造されることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の強度・延性・靭性に優れた非調質鋼材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
近年、構造物の大型化や自動車部品の軽量化に伴って、これまで以上に強靭で高性能な鋼材が求められている。これに加えて当該鋼材を製造するに当たり、省資源且つ省エネルギーであることも重要な課題である。そして、当該鋼材を製造するに当たっては設備を増設ないし新設することなく、しかも従来の製造工程よりも省工程で目的とする鋼材を製造できることが一層望ましい。
【0003】
従来、主に自動車の車体向けとして高強度で高延性を有し、衝撃エネルギー吸収能にも優れた薄鋼板が多数開発されている。例えば、特許文献1には、高強度と高延性を両立させ、プレス成形性と衝撃エネルギー吸収能に優れた自動車用の冷延鋼板に関する技術が開示されている。これは高価な合金元素の添加量を抑制してフェライト結晶粒の微細化により強度を上昇させ、しかもプレス成形性に重要となる強度と延性とのバランスに優れた薄鋼板である。そしてその製造工程では熱間圧延の後、冷間圧延を行ない、適切な焼鈍を行なうというものである。しかしながら、この技術によれば、MoやNi等の高価な合金元素が少量ではあるが添加必須元素であり、薄鋼板に圧延後、焼鈍処理を必要としている。
【0004】
また、非特許文献1には、高価な合金元素を添加せずにMnとSi含有量を高めた0.1%C−5%Mn−2%Siという低炭素鋼に準じる化学成分組成鋼を用い、当該焼鈍後の低温再加熱処理において高含有量のMnにより残留オーステナイトの分率を高めると同時に、高含有量のSiによりフェライト中からオーステナイトへ排出されたCにより残留オーステナイトを安定化させることによる加工硬化指数を高めた鋼板(New TRIP鋼と称される)が開示されている。しかし、このプロセスは薄鋼板に圧延後に複雑なプロセスである焼鈍処理及び低温再加熱処理を必要としており、省エネルギーの観点からの問題が解決されていない。そして、薄鋼板を製造対象鋼材としているので、熱間圧延に加えて冷間圧延工程も必須としている。
【0005】
一方、製造対象鋼材として薄鋼板を除く構造物等に使用される高強度、高強靭鋼材についても多数開発されている。例えば、特許文献2には、高強度、高延性で、耐遅れ破壊特性に優れ、しかも靭性が飛躍的に向上した高強度鋼材に関する技術が開示されている。この技術によれば、引張強さが1660〜1800MPa、伸び(全伸び)が18.5〜19.2%であって、室温におけるVノッチシャルピー試験の衝撃吸収エネルギーで305〜382J/cm
2を有する鋼材が例示されている(特許文献2の表6の実施例1及び実施例17参照)。しかし、この技術においても、化学成分組成として高価格のMoを1.0%程度含有させ、製造工程として、所定の温度及び時間の条件下において焼鈍、焼戻し及び時効処理のいずれかを施した後、350℃以上(A
C1−20℃)以下の温度で加工をする(温間加工をする)。
【0006】
以上のように、これまでに開示されている技術では省資源、省エネルギーの問題が解決されておらず、また、通常の製造ラインにおいては温間加工を実施するために加工装置に大きな負担を強いることになり、工業的に幅広く利用するには問題がある。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る鋼材の化学成分、顕微鏡組織及び機械的性質の特徴、並びに当該鋼材の製造方法の特徴について詳細に説明する。
<化学成分組成>
本発明の高強度非調質鋼材における各化学成分組成の範囲は以下の通りである(以下、成分の%はすべて質量%を示す)。
【0018】
C:0.05〜0.20%とする。Cは引張強度を確保するために必要であるが、0.05%未満では本発明に係る鋼材の引張強度を十分に満たさないおそれがあるため、0.05%以上に規定する。一方、0.20%を超えると、鋼材の延性の低下傾向及び溶接性の低下傾向を示すので、上限を0.20%に規定する。
【0019】
Si:1.0〜2.2%とする。Siは本発明における製造工程中の熱間塑性加工後の冷却中に、フェライト中の固溶Cを排出してオーステナイト中に濃化させてオーステナイトを安定化させる。Siのこの作用を十分に発揮させるために1.0%以上が望ましい。一方、Si含有量が過度に高くなると鋼材の加工性が低下傾向を示すので、上限を2.2%とする。
【0020】
Mn:3.0〜5.5%とする。Mnは冷却速度によらずに試料の100%マルテンサイト化させるために3%以上とする必要があり、特に第4の発明における製造工程中の熱間塑性加工後の冷却中にマルテンサイト生成作用が発揮される。5.5%を超えると凝固時にMnの偏析が助長するため、製造プロセスが困難となる可能性がある。
【0021】
Al:0.0005〜0.08%とする。Alは脱酸のために添加するが、0.0005%未満ではその効果が不十分となる可能性がある。一方、0.08%を超えるとAlNの生成により脆化の問題が起こる可能性がある。
【0022】
C、Si、Mn及びAlを除く残部のFe及び不可避不純物に関しては、以下の通りである。工業的に通常行なわれている、例えば、転炉又は電気炉での通常の製鋼精錬工程で残留する溶鋼中の不可避的成分であるP及びSの含有量は、例えば、JIS G3106 溶接構造用圧延鋼材で規定している範囲内、即ち、Pは0.035%以下、Sは0.035%以下であれば望ましい。Pは過度に高含有量であると遅れ破壊特性を劣化させる傾向があり、Sは過度に高含有量であるとMnS介在物が応力集中サイトとなり延性を劣化させる傾向があるので、それぞれ上記含有量以下であれば望ましい。製鋼過程でスクラップ及び雰囲気ガスから混入するその他の混入不可避元素についても、上記に準じた程度の範囲内であればよい。
<顕微鏡組織>
本発明においては、鋼材の顕微鏡組織が、主相がラスマルテンサイトであって、一部、体積分率5%以下の残留オーステナイトを含むことが最大の特徴である。即ち、第2相にはフェライト、ポリゴナルフェライト、準ポリゴナルフェライト、ベイナイト、ベイニティックフェライト、焼戻しマルテンサイト、パーライト及びセメンタイトの内、いずれをも実質的に含んでいない組織である。ここで、実質的に含んでいないとは、倍率10,000倍のSEM及びTEMによる観察でもその存在が確認されないことを意味する。また、上記結晶組織の他には、Nb、Ti、V及びMo等合金元素添加により生成する微細な炭化物系あるいは窒化物系の硬質析出物、並びに球状化セメンタイトも一切認められない組織であることが特徴である。そして、主相がラスマルテンサイトであって、一部、体積分率5%以下の残留オーステナイトを含むことに特徴がある。
【0023】
これまでに、高強度、高延性で衝撃吸収エネルギー能に優れた鋼材の開示は多数あるが、上述した顕微鏡組織を有する鋼材は知見されていない。そして上記組織であって、更に、上記ラスマルテンサイトの短径(幅)の平均値が1.0μm以下で、長径(長さ)の平均値が7.0μm以下という微細であれば、強度−延性バランスに優れた鋼材を得る観点から一層望ましい。
<製造方法>
次に、本発明の鋼材を得るための好ましい製造方法を説明する。
(熱間加工に至るまでの製造方法)
素材は通常方法で形さえ整えられれば良い。
(熱間加工条件)
上記で得られた素材の熱間加工方式としては、工業的に行なわれている厚鋼板製造ラインにおける平ロール圧延、極厚鋼板製造ラインにおける鍛造、棒鋼又は鋼線材製造ラインにおける溝ロール圧延、及び条鋼又は形鋼製造ラインにおける形ロール圧延の内のいずれであってもよい。これらいずれかの加工方式により、素材に対して所要の塑性相当ひずみを与える。
【0024】
上記の加工方式により、素材に導入される圧縮ひずみとせん断ひずみの入り方は異なる。そこで、全応力成分や全ひずみ成分の量や分布に関して理論的に塑性ひずみを算出する方法として、有限要素法(finite element methode:FEM)がある。塑性ひずみの計算については、参考文献(春海佳三郎、他「有限要素法入門」(共立出版(株):1990年3月15日)に詳述されている。しかしここでは、工業的に簡便に用いることができる塑性相当ひずみを用いてもよい。有限要素法計算で得られる塑性ひずみを用いれば一層望ましいが、ここでは工業的に簡便な、下記式(1)で定義される塑性相当ひずみ(e)を塑性ひずみの指標とする。
【0025】
e=−ln(1−R/100)・・・・・・(1)
但し、Rは減面率(%)であり、素材のC方向断面積をS
0とし、熱間加工後のC方向断面積をSとすると、下記式(2)で表される。
【0026】
R={(S
0−S)/S
0 }×100・・・・・・(2)
そして、熱間加工工程で素材に導入すべき所要の塑性相当ひずみ(e)は、後述する実施例1の実験での1200℃で5分間の再加熱後の断面45mm角から38mm角への鍛造加工による塑性相当ひずみ(e)の量に基づき、e≧0.34と規定する。これにより、前記<顕微鏡組織>の項で述べた通りの、主相がラスマルテンサイトであって、一部、体積分率5%以下の残留オーステナイトを含む顕微鏡組織を有する鋼材を得ることができる。
【0027】
次に、加工温度及びパススケジュールについて述べる。加工温度はオーステナイト温度領域の中でも、現実の操業性に有利な約1000〜1300℃、好ましくは1000〜1200℃の温度範囲内において約20〜60分間加熱保持してから熱間加工を開始する。熱間加工方式としては、工業的に行なわれている厚鋼板製造ラインにおける平ロール圧延、極厚鋼板製造ラインにおける鍛造、棒鋼又は鋼線材製造ラインにおける溝ロール圧延、及び条鋼又は形鋼製造ラインにおける形ロール圧延の内のいずれであってもよい。
【0028】
仕上げ温度は、後述する
図3の実施例2における鍛造終了温度(688℃)以上であれば良い。この温度以上とした理由は、本発明鋼材の組織形態の特徴(主相がラスマルテンサイトであって、一部、体積分率5%以下の残留オーステナイトを含む)を確保するためである。但し、マルテンサイト変態開始温度が約350℃のため、学術的には350℃以上であればよいが、実際の工業生産においては、本発明の課題の1つでもある生産設備に過剰な負荷をかけないという点から、688℃以上であれば良い。
【0029】
更に、仕上げ後の冷却速度は、以下の予備実験を行って、空冷、ガス冷却あるいは水冷のいずれであってもよいことを見出した。
<予備実験>
本発明者等は、0.10%C−2.0%Si−5.0%Mnなる低炭素鋼で断面38mm角×400mm長さの試験材を用い、1200℃で1時間加熱保持した後、圧延開始温度と圧延後の冷却方法を変えた以下の6種の方法で溝ロール圧延をして、いずれも断面14.3mm角に仕上げた。表1に溝ロール圧延のパススケジュールを示す。
(1)1200℃で1時間加熱保持した後、溝ロール圧延を開始して断面14.3mm角に仕上げた。仕上げ温度は715℃であった。その後、水冷した場合と空冷した場合の2種の試験材を調製した。
(2)1200℃で1時間加熱保持した後、900℃まで空冷した後、溝ロール圧延を開始して断面14.3mm角に仕上げた。仕上げ温度は685℃であった。その後、水冷した場合と空冷した場合の2種の試験材を調製した。
(3)1200℃で1時間加熱保持した後、600℃まで空冷した後、溝ロール圧延を開始して断面14.3mm角に仕上げた。仕上げ温度は610℃であった。その後、水冷した場合と空冷した場合の2種の試験材を調製した。
【0030】
以上6種の試験材について、ビッカース硬さ(試験荷重:10kg)を各5点ずつ測定した。その結果を表2に示す。
【0033】
表2に示すように、6種の試料のすべてにおいて、ビッカース硬さはほぼ同一レベルのH
V(10kg荷重試験)=465〜500の範囲内にあることが確認された。
【0034】
以上により、硬さが強度と比例する関係から、熱間圧延における圧延温度、及び圧延終了後の冷却速度によらず、ほぼ一定の強度特性の材料が得られることがわかった。これにより、素材の熱間加工温度に変動があっても一定の材質特性が保証できることがわかる。加工温度領域が大きく異なっていても、鋼材の特性に差が生じない理由は、前述した通り、マルテンサイト変態開始温度が約350℃と低いため、これよりも高温領域であれば加工温度の影響は生じなかったとものと考えられる。
<本発明の鋼材の特性>
上記のようにして得られた熱間加工鋼材、即ち本発明に係る鋼材は、その用途により適宜、表面のスケール除去等の表面処理は施すものの、鋼材の機械的性質を向上させるための調質処理は一切しないものとする。非調質のままで、本発明が目標としている機械的性質を全て満たしているからである。即ち、引張強さが1300MPa以上、全伸びが18.0%以上でしかも衝撃吸収エネルギーが2mmVノッチシャルピー衝撃試験片で上部棚エネルギーが100J/cm
2以上を有する。これは、本発明の鋼材が、主相がラスマルテンサイトであって、一部、体積分率5%以下の残留オーステナイトを含みその短径及び長径が比較的微細な結晶粒径を有するからである。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明は、下記実施例によって制限されず、前記及び後記の趣旨に適合し得る範囲で適切な改変を行って実施することも可能であり、これらはいずれも本発明の技術的範囲内に含まれる。
<実施例1>
本発明の実施例1の鋼材を下記の熱間鍛造加工により得た。
【0036】
先ず、溶解用主原料として電解鉄、電解Mn及び金属Siを使用し、高周波真空誘導溶解炉を用いて、表3に示す化学成分組成の溶鋼(単位:質量%)を溶製し、縦95mm×横95mm×高さ450mmの鋼塊を鋳造した。これを鋼塊番号1とする。この鋼塊の上部側半分を切り出して素材とした。
【0037】
【表3】
【0038】
上記素材を加熱昇温し、1200℃で1時間加熱保持した後、縦95mm×横95mmの角形状断面の素材に、縦と横とを交互に1回ずつのプレス鍛造を表4に示す圧下のスケジュールで行い、縦45mm×横45mmの角形状断面(以後、45mm角という)まで鍛造した。この時点の温度は約800℃であり、ここから再加熱昇温して1200℃で5分間加熱保持した後、更に鍛造を施して38mm角とし、そして最後に材料全体の形状を直線状に矯正するために極軽鍛造を施して、断面が38mm角の棒状鋼材に仕上げた。鍛造仕上温度は1000℃と推定され、鍛造終了後直ちに空冷し、室温まで冷却した。
【0039】
上記鍛造スケジュール並びに塑性相当ひずみ(e)及び減面率(R)を、表4に示す。
【0040】
【表4】
【0041】
ここで、塑性相当ひずみ(e)及び減面率(R)は、前記<製造方法>(熱間加工条件)の項で述べたものと同じであり、それぞれ下記式(1)及び(2)で算出した。
【0042】
e=−ln(1−R/100) ・・・・・・・(1)
R=(S
0−S)/S
0 ×100 ・・・・・・・(2)
上記のようにして本実施例1の鋼材を得た。
【0043】
なお、後述する比較例1の試験では、本実施例1で得られた鋼材から確性試験用として必要な試験片を採取した後の残鋼材を用いて、これに更に、後述するように焼鈍処理を施すことによって、比較例1の鋼材を得た。
<実施例2>
本発明の実施例2の鋼材を下記の熱間鍛造加工により得た。
【0044】
実施例1に準じて溶解用主原料として電解鉄、電解Mn及び金属Siを使用し、高周波真空誘導溶解炉を用いて、表5に示す化学成分組成の溶鋼(単位:質量%)を溶製し、縦95mm×横95mm×高さ450mmの鋼塊を鋳造した。これを鋼塊番号2とする。この鋼塊の上部側半分を切り出して素材とした。
【0045】
【表5】
【0046】
上記素材を加熱昇温し、1200℃で1時間加熱保持した後、縦95mm×横95mmの角形状断面の素材に、縦と横とを交互に1回ずつの鍛造を施して、38mm角まで鍛造した。この間途中で再加熱することなく鍛造をした。そして最後に材料全体の形状を直線状に矯正するために極軽鍛造を行なって、断面が38mm角の棒状鋼材に仕上げた。鍛造仕上温度は688℃であり、鍛造が終了後直ちに空冷し、室温まで冷却した。
【0047】
上記鍛造スケジュール並びに塑性相当ひずみ(e)及び減面率(R)を表6に示す。
【0048】
【表6】
【0049】
冷却中の相変態をフォーマスター試験で熱膨張測定により決定し、そこからCCT図を作成したものを
図1に示す。
図1から冷却速度が67K/sec〜0.5K/secの範囲で、Ms点が〜340℃であることが分かる。
【0050】
通常の鋼では、冷却速度が遅いと図示しないγ/α変態のノーズに当たり、フェライトが生成する。しかしながら、本発明の鋼では、γ/α変態のフェライト生成範囲が成分元素の効果で高時間側に遷移したため、冷却速度が0.5K/secと遅い場合でもγ/α変態のノーズに当たらずにMs点に当たり、マルテンサイト変態が起こる。
【0051】
このように、本発明材は組織の冷却速度依存性が低いことがわかる。また、実施例1の材料の組織をEBSDで決定したものを
図2に示す。これから組織の95%以上はマルテンサイト(α’)相であり、残り5%以下のオーステナイト(γ)相から成っていることが決定される。
【0052】
なお、
図3に示すように鍛造は1200℃で開始し、終了時の温度は688℃であった。その後、空冷を行ない、約200℃に至るまでの材料の温度変化を示す。
<実施例3>
本発明の実施例3の鋼材を下記の熱間鍛造加工により得た。
【0053】
実施例2で溶製され、鋳造された鋼塊(鋼塊番号2)の下部側半分を素材とした。即ち、溶解用主原料として電解鉄、電解Mn及び金属Siを使用し、高周波真空誘導溶解炉を用いて、表5に示した化学成分組成の溶鋼(単位:質量%)を溶製し、縦95mm×横95mm×高さ450mmの鋼塊(鋼塊番号2)を鋳造した。この鋼塊の下部側半分を切り出して素材とした。
【0054】
上記素材を加熱昇温し、1200℃で1時間加熱保持した後、縦95mm×横95mmの角形状断面の素材に、縦と横とを交互に1回ずつの鍛造を施して、38mm角まで鍛造した。この間途中で再加熱することなく鍛造をした。そして最後に材料全体の形状を直線状に矯正するために極軽鍛造を行なって、断面が38mm角の棒状鋼材に仕上げた。鍛造仕上温度は690℃であり、鍛造が終了後直ちに水冷し、室温まで冷却した。
【0055】
上記鍛造スケジュール並びに塑性相当ひずみ(e)及び減面率(R)は、実施例2における設定条件と同一である。即ち、表6に示した通りである。これよりわかるように、実施例3と実施例2との相違点は、鋼材の仕上目標寸法(38mm角)まで鍛造した後に、実施例2においては空冷したのに対して、実施例3においては水冷したことだけである。
【0056】
次に、本願発明の範囲外である比較例について説明する。
<比較例1>
比較例1の鋼材は、前述した実施例1で得られた鋼材(鍛造加工終了ままの鋼材)からその確性試験用の試験片を採取した後の残鋼材を、更に、550℃で1時間加熱保持の焼鈍処理を行ない、その後室温まで空冷することにより得た。従って、素材の化学成分組成は前記表3に示した通りであり、この素材を表4に示した鍛造スケジュール及び塑性相当ひずみの条件で鍛造し、その後で上記550℃で1時間加熱保持の焼鈍処理をした。
【0057】
このように、最後に焼鈍処理を施した試験を行なった理由は、従来の高強度構造用鋼材の製造技術によれば、熱間圧延等の加工をした後、適宜焼入れをし、次いで焼戻し処理を施すことにより延性と靭性の回復を図ることが行なわれるので、本試験においても同じ目的のために焼鈍処理を施した。しかしながら、本比較例1においては、実施例1で得られた鋼材を更に焼鈍処理を施すと、延性は若干向上するものの、靭性が極端に低下した。この焼鈍処理で得られたような靭性の劣化は、これまでの報告には見当たらない。
<比較例2>
比較例2の鋼材を次のようにして得た。
【0058】
溶解用主原料として電解鉄、電解Mn及び金属Siを使用し、高周波真空誘導溶解炉を用いて、表7に示す化学成分組成の溶鋼(単位:質量%)を溶製し、縦95mm×横95mm×高さ450mmの鋼塊を鋳造した。これを鋼塊番号3とする。この鋼塊の上部側半分を切り出して素材とした。
【0060】
上記素材を加熱昇温し、1200℃で1時間加熱保持した後、縦95mm×横95mmの角形状断面の素材に、縦と横とを交互に1回ずつの鍛造を施して、38mm角まで鍛造した。この間途中で再加熱することなく鍛造をした。そして最後に材料全体の形状を直線状に矯正するために極軽鍛造を行なって、断面が38mm角の棒状とした。鍛造スケジュール並びに塑性相当ひずみ(e)及び減面率(R)は、表6に示した実施例2及び実施例3と同じ条件であり、鍛造終了温度は680℃であり、鍛造終了後は実施例2と同じで直ちに空冷し、室温まで冷却した。
【0061】
更に、この38mm角の棒材を、表8に示すように、下記の温間温度域における溝ロール圧延により、14.3mm角の棒材とした。38mm角から14.3mm角までの溝ロール圧延条件は、表8に示すように、650℃に昇温加熱して1時間加熱保持した後、溝ロールによる3パス圧延後に650℃の保持炉で5分間加熱保持する工程を3回行ない、第パス圧延後に、水冷した。
【0062】
その後の熱処理として、675℃で2分間の加熱保持後にHeガス中で室温まで冷却し(焼鈍処理)、次いで400℃まで昇温して5分間の加熱保持後にHeガス中で室温まで冷却する(過時効処理)という2回の熱処理を施した。こうして比較例2の鋼材を得た。
【0064】
以下、実施例1、2及び3、並びに比較例1及び2の各鋼材について、顕微鏡組織試験、硬さ試験、引張試験及びシャルピー衝撃試験を行なって、材質特性水準を明らかにした。また、フォーマスター試験により、各実施例及び比較例と実質的に同一化学成分組成の鋼材のAc1変態点、並びに実施例1、2及び比較例1において鍛造加工の末期又は終了後の空冷過程における冷却時の変態温度を測定した。
<試験方法>
(顕微鏡組織試験)
顕微鏡組織試験は、各鋼材の圧延方向に垂直な断面(C方向断面)の中心部について、走査型電子顕微鏡(SEM)で金属組織を観察した。
(硬さ試験)
試験荷重10gのマイクロビッカース試験により、2相組織の各結晶組織内の硬さを測定し、また試験荷重10kgのビッカース試験により、2相組織全体の平均硬さを測定した。
(引張試験)
引張試験は、比較例2以外の鋼材からL方向の丸棒引張試験片(試験部分の平行部直径が3.5mmφ、長さが24.5mm)を調製して、引張強度、降伏強度、全伸び及び絞りを測定した。比較例2
についてはL方向の微小引張試験片を用い、フォーマスター装置により応力−ひずみ曲線を測定した。
(シャルピー衝撃試験)
シャルピー衝撃試験は、各鋼材からL方向のJIS Z2242のシャルピー衝撃試験方法により、標準試験片(10×10×55mm、2mmVノッチ)を調製し、−196℃〜100℃の衝撃試験を行い、上部棚エネルギー及び0℃における吸収エネルギーを測定し、破面観察により、脆性破面遷移温度を求めた。
<特性試験結果>
図4〜
図8に、実施例1〜3及び比較例1、2の顕微鏡組織試験によるSEM写真を示し、
図9〜
図13に、実施例1〜3及び比較例1、2の引張試験による応力−ひずみ曲線
を示す。
【0065】
表10に、実施例1〜3及び比較例1、2の引張試験及びシャルピー衝撃試験による測定値を示す。そして、
表10には、本発明鋼材としての合否判定基準値と、開発目標値とを併記した。
【0066】
これよりわかるように、実施例1〜実施例3は全て、本発明鋼材としての金属組織とその構成比率が本発明鋼材として合格している。即ち、主相がラスマルテンサイトであって、一部、体積分率5%以下の残留オーステナイトを含んでいる。そして、引張強度(TS)は1353MPa以上であり、全伸び(El)は18.0%以上となっている。また、引張強度(TS)×全伸び(El)は26406MPa・%以上となっており、強度−延性バランスに優れている。更に、衝撃吸収エネルギーに関しては、上部棚エネルギー(USE)が175J/cm
2以上と優れている。以上の結果として、材質特性指数を引張強度(TS)×全伸び(El)×上部棚エネルギー(USE)で表わすと、TS×El×USEが4621×10
3MPa・%・J/cm
2以上となり、優れていることが分かる。
【0067】
なお、主相の硬さ(H
V)は459〜510の範囲内にあり、これらの硬さ測定値により、上記金属組織種とその組織相の構成分率の測定値との妥当性を、引張強度(TS)とビッカース硬さ(H
V)との関係からも確認することができる。
【0068】
次に、熱間鍛造による仕上がり鋼材への塑性相当ひずみ量をみると、実施例1より実施例2、3の方が大きい。その理由は、実施例1においては、熱間鍛造の途中、即ち断面が45mm角になったところで、昇温加熱して1200℃で、5分間の再加熱保持をしたため、この時点で全く加工していない組織レベルに組織が戻ってしまったからである。これは、別途、フォーマスター試験により、完全にα→γ変態を終了してしまうことを確認していることからもいえる。この再加熱後での熱間鍛造により導入された塑性相当ひずみの量e(断面:45mm角から仕上がりの断面38mm角までの減面率は、28.7%である)は、e=0.338と算出されるのに対して、熱間鍛造開始後、途中で再加熱なしで断面:95mm角から38mm角まで熱間鍛造を継続した実施例2及び実施例3においては、導入された塑性相当ひずみの量eは、e=1.83と算出される。このとき、実施例2、3は、実施例1よりも若干引張強度が高く、一方全伸びは若干低くなっている。
【0069】
なお、以上の実施例及び比較例の試験は、試験材のサイズが実験室レベルの規模のものであるが、その他の条件は全て、現状の実機操業に適用可能な技術条件に匹敵することは、明らかである。
【0070】
これに対して、比較例の試験結果は以下の通りである。
【0071】
比較例1は、顕微鏡組織に関しては主相は残留オーステナイトであるが、第2相がフェライトとなっており、また前記
図7に示したSEMによる組織写真からも判るように、ラスの周囲に球状化セメンタイトが生成している。このように、本願発明の鋼材の範囲外にある。比較例1は、全伸び(El)は優れているが、引張強度(TS)が933MPaと低く、合否判定基準の1300MPaを満たさず、上部棚エネルギー(USE)も31J/cm
2と低く、合否判定基準の100J/cm
2を大きく下回っている。比較例1の引張強度がこのように著しく低い原因は、熱間鍛造(実施例1は熱間鍛造のままで、非調質である)後の焼鈍処理により、残留オーステナイト中のCが球状化セメンタイトとして排出されたために、主相の残留オーステナイトの硬さが著しく低下するとともに、第2相がフェライトとなり、ラスマルテンサイトが消失したからである。
【0072】
また、
ビッカース硬さの10kg試験結果においても、実施例1(HV=416)と比較例1(HV=299)との差が明確に現れている。
【0073】
耐衝撃エネルギー吸収特性については、比較例1は熱間鍛造後に、焼鈍処理をしているので、従来技術の知見によれば実施例1の熱間鍛造ままよりも優れていると予測されるところであるが、逆に実施例1の方が耐衝撃エネルギー吸収特性が優れている。これは、実施例1では
主相が、ラスマルテンサイトであって、一部、体積分率5%以下の残留オーステナイトを含む組織で短径及び長径共に微細となっているためであると考えられる。
【0074】
比較例2は、顕微鏡組織に関して主相はフェライトであり、第2相が残留オーステナイトとなっている。
【0075】
比較例2のSEMによる組織写真を前記
図8に示した。比較例2は、全伸び(El)は優れているが、引張強度(TS)が1142MPaと低く、合否判定基準の1300MPaを下回っている。比較例2の引張強度がこのように実施例1〜3に比べて低く、また、上記金属組織を示す理由は、熱間鍛造の後に、更に温間溝ロール圧延並びに焼鈍及び過時効処理を施しているためであると考えられる。
【0078】
冷却速度を変えて生成したラスマルテンサイトにおけるEBSD粒界マップを
図14に、それから計算により得られた各傾角の粒界面積当たり長さを
図15に示す。これから、本発明材の特徴として
大傾角(15°−180°)粒界面積当たり長さ>0.6μm/μm
2
中傾角(5°−15°)粒界面積当たり長さ>0.2μm/μm
2
小傾角(1.5°−5°)粒界面積当たり長さ>0.3μm/μm
2
であることが認められる。
【0079】
これは単に1200℃のγ域から種々の冷却速度で冷却するのみで、マルテンサイトラス構造が形成され、それを構成している粒界が高密度の大角粒界からなっている特徴を示すものである。このことが、高強度、高延性、高靭性の要因であると考えられる。