(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
湿式法に用いるコーティング液や懸濁液は、溶質濃度の低い希薄液が用いられる。このため、加熱乾燥後に得られる膜の密度が低くなり、これに伴い、形成される膜の機能が容易に消失するという問題があった。例えば、湿式法でコーティングされる防汚膜では、拭き取りにより、最表面に形成された膜が容易削り取られ、その撥油性が消失することがあった。
【0005】
これに対し、真空蒸着法(乾式法)を用いて基板上に薄膜を形成する成膜方法も考えられるが、この方法を用いる場合、成膜時に高真空条件を作り出す必要があり、高価な真空排気系が必要である。その結果、低コストでの成膜を実現することは困難である。
【0006】
本発明の一側面によれば、耐久性を備えた薄膜を低コストで成膜することができる成膜方法と装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明において『吐出』とは、液体が液体のままに噴出することを意味する。『吐出』には、液体を散布して噴出させる『噴霧』をも含める。また、『吐出』では、液体中の原料の物理状態や化学状態は、噴出の前後で変化しない。したがって『吐出』は、原料の物理状態が液体あるいは固体から気体へ変化する蒸着や、原料の化学状態が変化するCVDとは原理が異なる。
【0008】
本発明者らは、溶液を構成する2種類以上の材料の蒸気圧(P1,P2, P3・・・)に基づいて設定した特定の圧力(Pc)の雰囲気下で溶液を吐出すると、その溶液の溶質濃度がたとえ低くても(すなわち吐出する溶液が希薄液であっても)、耐久性を備えた薄膜を成膜することができることを見出した。また溶液を吐出させる上述した特定圧力Pcは、中真空または低真空の領域に属することが多く、したがって成膜時に高真空条件を作り出す必要のある蒸着法と比較して、耐久性を備えた薄膜を低コストで成膜することができることも見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明の第1の観点(第1発明)によれば、以下の構成を備えた薄膜の成膜方法が提供される。この成膜方法は、真空中で基板上に薄膜を形成することが前提である。そして、2種類以上の材料(例えば、第1材料(S1)、第2材料(S2)、第3材料(S3)、・・・など。以下同じ。)を含む溶液を、該溶液を構成する各材料(例えば、S1、S2、S3、・・・など。以下同じ。)の蒸気圧(例えば、P1、P2、P3、・・・など。以下同じ。)に基づいて設定される圧力(Pc)の雰囲気下で、基板に吐出することを特徴とする。
【0010】
本発明の第2の観点(第2発明)によれば、以下の構成を備えた薄膜の成膜装置が提供される。この成膜装置は、真空中で基板上に薄膜を形成するために用いるのが前提であり、成膜対象としての基板が内部に配置される真空容器と、真空容器内を排気する排気手段と、2種類以上の材料を含む溶液を貯蔵する貯蔵容器と、真空容器の内部に配置される基板に前記溶液を吐出するノズルとを含む。そして、真空容器内の圧力が、前記溶液を構成する各材料の蒸気圧に基づいて設定される圧力(Pc)になったとき、前記溶液をノズルから基板に吐出するように構成したことを特徴とする。
【0011】
本発明(第1発明及び第2発明)において、基板に吐出する溶液を構成する各材料が、第1材料(S1)と、該S1の蒸気圧(P1)よりも高い蒸気圧(P2)を持つ第2材料(S2)を含んでいるとき、溶液を吐出する雰囲気下の圧力(Pc)は、P1よりも高く、かつP2よりも低いことが望ましい。ただし本発明では、溶液を吐出する雰囲気下の圧力(Pc)を、P1以下や、P2以上としても、実用上、耐久性を備えていると認められる薄膜を成膜することができる。
【0012】
第2発明では、成膜対象としての基板は、真空容器内部の下方(すなわち鉛直方向の下方)や真空容器内部の側方(すなわち水平方向の側方)に配置することができる。ノズルの先端(吐出部)は、基板が真空容器内部の下方に設置されるときには溶液を下向き(鉛直、斜めは不問)に吐出可能となるように設置すればよく(以下単に「溶液の吐出方向が下向き」とも言う。)、また基板が真空容器内部の側方に配置されるときには溶液を横向き(水平、斜めは不問)に吐出可能となるように設置すればよい(以下単に「溶液の吐出方向が横向き」とも言う。)。すなわち第2発明において、吐出部の設置位置は限定されない。
第1発明でも同様で、溶液の吐出方向は下向き、横向きのいずれでもよい。
【0013】
第2発明では、基板を搬送させる搬送機構を備えたインライン方式とすることもできる。第1発明において、搬送機構を持つインライン方式で成膜すれば、生産性が向上し、有益である。
【発明の効果】
【0014】
第1発明によると、基板に吐出する溶液の構成材料である各材料(例えばS1やS2など)の蒸気圧(例えばS1のP1やS2のP2など。ただしP1<P2)に基づいて設定される圧力Pc(一例として、P1よりも高く(P1<Pc)、かつP2よりも低い(Pc<P2)圧力)の雰囲気下で、S1及びS2を含む2種類以上の材料で構成した溶液を成膜対象(基板)に吐出する。圧力Pcの下、溶液を吐出すれば、基板上でS2の揮発は起こるが、S1ではこれが起こらない。このため、基板に形成される薄膜は高密度となる。すなわち第1発明によれば、耐久性を備えた薄膜を低コストで成膜することができる。
【0015】
第2発明によると、真空容器内の圧力が、基板に吐出する溶液の構成材料である各材料の蒸気圧に基づいて設定される圧力Pcになったとき、2種類以上の材料で構成した溶液を、ノズルから成膜対象(基板)に吐出するように構成した。真空容器内の圧力がPcのとき溶液を吐出しても、S2の揮発は起こるが、S1ではこれが起こらない。このため、基板に形成される薄膜は高密度となる。すなわち第2発明によれば、耐久性を備えた薄膜を低コストで成膜することができる。
【0016】
これに加え、本発明によれば、吐出する溶液の溶質濃度を適切(例えば0.01重量%以上)に調整することで、得られる薄膜の耐久性を更に向上させることができ、かつ薄膜成膜の更なる低コスト化を実現することもできる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、上記発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
<成膜装置の構成例>
まず、本発明の成膜装置(本発明装置)の一例(溶液の吐出方向が下向きの場合)を説明する。
図1に示すように、本発明装置の一例としての成膜装置1は、成膜対象としての基板100が内部に配置される真空容器11を含む。真空容器11は、本例では略直方体状の中空体で構成してあるが、本発明ではこの形状に限定されない。
【0020】
真空容器11の側壁下端付近には、排気用の排気口(図示省略)が設けられている。この排気口には配管13の一端が接続され、この配管13の他端には真空ポンプ15(排気手段)が接続されている。真空ポンプ15は、本例では例えばロータリポンプ(油回転真空ポンプ)など、大気圧から中真空(0.1Pa〜100Pa)程度までの真空状態を作ることができるポンプであればよい。ターボ分子ポンプ(TMP)や油拡散ポンプなど、高真空(0.1Pa未満)の真空状態を作ることはできるが、導入コストが嵩むポンプを用いる必要はない。したがって本例では装置コストを安価にすることができる。
【0021】
コントローラ16(制御手段)からの指令により真空ポンプ15が作動し、配管13を通じて容器11内の真空度(圧力)が減圧される。真空容器11には、容器11内の圧力を検出する圧力検出手段18(圧力ゲージなど)が設けられている。圧力検出手段18によって検出された容器11内圧力の情報は逐次、コントローラ16に出力されるようになっている。コントローラ16によって容器11内圧力が所定値に達したと判断されると、ガス供給源29(後出)へ作動指令を送出する。
【0022】
なお、例えば、オートプレッシャーコントローラ(Auto Pressure Controller:APC)などの圧力制御部(図示省略)での監視の下、マスフローコントローラ(Mass Flow Controller:MFC)などの流量調整部(図示省略)を介してアルゴンなどの気体を容器11内に導入することにより容器11内の圧力を制御することもできる。また容器11の排気口とポンプ15を接続する配管13の途中にバルブ(図示省略)を設け、ポンプ15を作動させた状態で該バルブの開度を調節することにより容器11内の圧力を制御する構成にしてもよい。
【0023】
本例では、真空容器11の側壁下方に、開閉可能な隔絶手段としての開閉扉(図示省略)を設け、この開閉扉を介してロードロックチャンバー(図示省略)が接続された構成にすることもできる。
【0024】
本例では、真空容器11の内部上方には、下向きに、ノズル17の一端が挿入してあり、ノズル17の他端は容器11外部に露出される。容器11内部に存在するノズル17の一端には吐出部19が接続してある。なお、容器11内に挿入するノズル17の数(本数)に限定はない。容器11の大きさによっては単一の容器11に複数のノズル17を使用することもある。本例では、ノズル17の延在方向を中心軸としたとき、この中心軸に対して、例えば30度以上80度以下の角度θで、成膜剤溶液21を充円錐状もしくは扇形状に噴霧可能となるように吐出部19を構成するとよい。吐出部19からは、例えば、数百μmサイズの溶液状粒子が吐出される。
【0025】
容器11外部に露出するノズル17の他端には、成膜剤溶液21を密閉収容する貯蔵容器23内部にその一端が挿入してある送液管25の他端が接続してある。これにより、バルブ26が開のとき、送液管25を通じて貯蔵容器23から送出されてきた成膜剤溶液21が、ノズル17の一端に接続された吐出部19から容器11内部下方に向けて吐出されるように構成されている。
【0026】
本例では、貯蔵容器23には、該容器23内の液面を加圧するガス供給用の配管27の一端が接続され、その他端にはガス供給源29が接続されている。
ガス供給源29は、コントローラ16からの指令により作動し、貯蔵容器23の液面が加圧されるように、配管27内へガスを供給する。これにより貯蔵容器23の液面が加圧され、本例では成膜剤溶液21は送液管25内に圧送される。なお、本発明では、こうした加圧により溶液21を送り出す態様には限定されない。
【0027】
真空容器11の内部下方には、成膜対象としての基板100を保持する基板ホルダ31が配置されている。基板ホルダ31は、本例では複数のローラ33,33,・・・などで構成される搬送機構に支持されており、搬送機構の作動により基板ホルダ31は容器11内を移動可能となっている。なお、ここでの移動は、直線的な移動(本例)の他、回転も含む。回転の場合、例えば基板ホルダ31をターンテーブル形式などで構成すればよい。基板ホルダ31の内面には凹状の基板保持面を有しており、成膜の際、ここに成膜対象としての基板100(単一若しくは複数の別は不問)の背面を当接させることによって基板100が保持される。
【0028】
本発明では、吐出部19と基板100の間の距離Dは、吐出部19から液状で吐出される成膜剤溶液21が、液として、基板100に到達できる距離であれば特に限定されない。成膜剤溶液21が基板100に到達できる吐出部19からの距離は、吐出部19の向き、吐出部19から吐出するときの成膜剤溶液21の初速度、成膜剤溶液21に含まれる第2材料(S2。後述)の常温での蒸気圧(P2)など種々の要因により変動するからである。
【0029】
成膜剤溶液21の吐出方向が下向きの本例では、距離Dが300mm以下程度となるように、吐出部19と基板ホルダ31の配置を調整することで、得られる薄膜を十分な膜強度にしやすく、その耐久性レベルを向上させやすい。
成膜剤溶液21の吐出方向が下向きの本例では、基板100までの距離Dが150mm以上となるように吐出部19を配置することで、成膜剤溶液21の十分な有効吐出域が確保され、成膜剤溶液21の無駄な消費の抑制に寄与し、その結果、成膜の低コスト化に一層寄与しうる。
【0030】
なお、成膜剤溶液21の吐出方向が下向きの本例の場合、距離Dが離れすぎていると、吐出途中で成膜剤溶液21の希釈剤(溶媒)の揮発が起こり、基板到達後のレベリングが起こりにくくなり、これにより膜分布が不均一となり、膜性能が低下することもある。距離Dが近すぎると、それに応じて有効吐出域が狭くなるため、成膜剤溶液21の無駄な消費が多くなり、また膜ムラが発生することもある。
【0031】
コントローラ16は、まず真空ポンプ15と圧力検出手段18を作動させ、容器11内部の真空度(つまり成膜開始時圧力)を適切な状態に調整する容器内圧力制御機能を備える。これとともに、貯蔵容器23内の液面にガス供給源29から供給されるガスによって加えられる圧力を調整する液面加圧圧力制御機能も備える。なお、コントローラ16は、複数のローラ33などで構成される搬送機構への作動、停止の制御機能も備えている。
【0032】
<成膜例>
次に、成膜装置1を用いた、本発明の成膜方法(本発明方法)の一例を説明する。
【0033】
(1)まず、成膜剤溶液21を準備する。本例では、成膜剤溶液21を、第1材料(S1)と第2材料(S2)の2種類の材料を含む溶液で構成する場合を例示し、またS1を溶質(溶媒に溶かされる成分)、S2を溶媒(溶質を溶かす成分。液体)として以下説明する。
なお、溶質には粉末などの固体のほか、液体も含まれる。溶液21が液体と液体の混合系で構成される場合、溶液21中の存在量または割合の多い成分が溶媒であり、本例ではS2を構成する。
【0034】
薄膜の一例として、有機膜や無機膜がある。また、有機成分及び無機成分の両方を有する材料により形成される有機−無機ハイブリッド膜等も含まれる。このような薄膜としては、防汚膜、防水膜、防湿膜、有機EL膜、酸化チタン膜などがあり、それぞれの構成原料(本例のS1に相当)として、例えば、疎水性反応性有機化合物(一分子中に少なくとも1つの疎水性基及び水酸基と結合可能な少なくとも1つの反応性基を有する有機化合物)、防水材料、防湿材料、有機EL材料、酸化チタンなどがある。
【0035】
例えば、有機−無機ハイブリッド膜の一例である防汚膜を成膜可能な溶質S1である疎水性反応性有機化合物としては、ポリフルオロエーテル基又はポリフルオロアルキル基を含む有機ケイ素化合物などが挙げられる。製品例としては、キャノンオプトロン社のOF−SR(撥油剤)やOF−110(撥水剤)などがある。
【0036】
上述した疎水性反応性有機化合物の中でも特に、常温での蒸気圧(P1)が低く、例えば10
−4Pa前後以下(好ましくは0.8×10
−5Pa〜3×10
−4Pa程度、より好ましくは10
−4Pa以下)の物質(常温で液体)を選択するとよい。
【0037】
使用可能な溶媒S2は、溶質S1を溶解可能であれば特に限定されない。溶質S1としてフッ素を含有する疎水性反応性有機化合物を使用する場合、親和性が高くなるため、同じくフッ素を含有する溶剤(フッ素系溶剤)を使用するとよい。
【0038】
フッ素系溶剤としては、例えば、フッ素変性脂肪族炭化水素系溶剤(パーフルオロヘプタン、パーフルオロオクタン等)、フッ素変性芳香族炭化水素系溶剤(m−キシレンヘキサフロライド、ベンゾトリフロライド等)、フッ素変性エーテル系溶剤(メチルパーフルオロブチルエーテル、パーフルオロ(2−ブチルテトラヒドロフラン)等)、フッ素変性アルキルアミン系溶剤(パーフルオロトリブチルアミン、パーフルオロトリペンチルアミン等)等が挙げられる。
【0039】
上述したフッ素系溶剤の中でも特に、常温での蒸気圧(P2)が非常に高く、例えば10
3Pa前後以上(好ましくは0.8×10
3Pa以上、大気圧(1.01325×10
5Pa)程度未満、より好ましくは6.0×10
3Pa〜1.6×10
4Pa程度)で、常温での揮発性に優れた物質を選択するとよい。
【0040】
フッ素系溶剤は単独でも2種以上を混合しても良い。2種以上混合して用いる場合、混合物全体で上記蒸気圧範囲に入ることとなるように選択するとよい。
【0041】
使用する成膜剤溶液21は、S1の濃度(溶質濃度)が0.01重量%以上であるとよく、好ましくは0.03重量%以上、より好ましくは0.05重量%以上であるとさらによい。溶質濃度が0.01重量%以上の成膜剤溶液21を用いると、得られる薄膜の耐久性レベルを向上させやすい。なお、溶質濃度が低すぎると、成膜開始圧力(後出)と液の吐出圧を適切に調整しても、成膜開始前に、吐出部19から望まない成膜剤溶液21の落下を生じ、適切な成膜ができないことがある。
【0042】
溶質濃度の上限は、使用する溶質S1及び溶媒S2の種類、送液管25の内径及び長さ、吐出部19の構成などを考慮し、送液管25や吐出部19の内部で固着し、いわゆる液詰まりを生ずることがない範囲で決定することができる。溶質S1として疎水性反応性有機化合物を使用し、溶媒S2としてフッ素系溶剤を使用する場合、成膜剤溶液21中の溶質濃度は、例えば2重量%以下、好ましくは1重量%以下、より好ましくは0.1重量%以下とすることができる。溶質濃度を2重量%以下にすると、成膜対象(複数の基板100)の成膜面への膜ムラが発生(膜とならない余剰材料が付着)し難くなり、その結果、成膜剤溶液21の無駄な消費を抑制し、これにより薄膜成膜の低コスト化をより実現しやすい。なお、溶質濃度が高すぎると、成膜開始圧力と液の吐出圧を適切に調整しても、溶質分が送液管25や吐出部19の内部で固着し、いわゆる液詰まりを生ずることもある。
【0043】
使用する成膜剤溶液21の粘度は特に限定されず、送液管25の内径及び長さ、吐出部19の構成などを考慮し、溶液21が送液管25内をスムーズに流れ、かつ吐出部19から適切に吐出させることができ、したがって溶液21が送液管25や吐出部19の内部で固着し、いわゆる液詰まりを生ずることがない程度に適宜調整すればよい。
【0044】
(2)次に、準備した成膜剤溶液21を貯蔵容器23に入れる。また容器11の外部で、基板ホルダ31の凹部に、本例では複数の基板100を保持させる。
基板ホルダ31に固定保持させることが可能な個々の基板100として、ガラス基板や金属基板の他、プラスチック基板などが挙げられる。基板100の種類によっては、無加熱成膜(成膜時に容器11内を加熱しない方式)が選択されることもある。無加熱成膜を選択する場合、ガラス基板や金属基板の他、プラスチック基板を適用することも可能である。また個々の基板100として、形状が例えば板状やレンズ状などに加工されたものを用いることができる。なお、基板100は、基板ホルダ31に固定前に湿式洗浄してもよく、あるいは固定後かつ成膜開始前に湿式洗浄してもよい。
【0045】
(3)次に、複数の基板100を保持させた基板ホルダ31を容器11の内部へセットする(バッチ処理の場合)。このとき、容器11の側壁下方に設けられた開閉扉(前出)を開け、搬送機構(ローラ33)を作動させることにより基板100を保持した基板ホルダ31をロードロックチャンバーから移動させ容器11内にセットすることもできる。その後、コントローラ16からの指令によりポンプ15を作動させて真空容器11内の排気を開始する。
なお、基板ホルダ31は、後述の成膜中に、容器11内で静止させておく必要はなく、連続処理の場合、成膜中でも容器11内を所定の搬送速度で移動していることもある(インライン方式)。搬送速度は、生産性の観点からは速い方が有利である。しかしながら、成膜剤(薄膜の成膜原料。本例のS1に相当)の有効利用、膜性能の観点等からは、例えば50〜90mm/秒程度とするのがよい。
【0046】
コントローラ16は、圧力検出手段18からの出力により、容器11内の圧力(Pc)を逐次、検出する。そして本例では、容器11内の圧力Pcが、形成される薄膜の耐久性向上に最も効果的な所定圧力、すなわち成膜剤溶液21に含まれるS1の蒸気圧(P1)よりも高く(P1<Pc)、かつ成膜剤溶液21に含まれるS2の蒸気圧(P2)よりも低い(Pc<P2)、特定範囲の圧力になったことを判定したときに、容器内圧力制御機能による制御によってこの状態を保持させた上で、ガス供給源29へ作動開始の指令を送出するとよい。作動指令を受けたガス供給源29は配管27内へガスを送り出し、このガスにより貯蔵容器23の液面を加圧する。これにより成膜剤溶液21が送液管25内を圧送し、ノズル17に導入された後、吐出部19より容器11内部へ吐出される。
【0047】
吐出部19から吐出される際の成膜剤溶液21に圧力(吐出圧)をかける必要はない。成膜剤溶液21に吐出圧をかけなくても、容器11内の圧力Pcが上述した範囲(前出。P1<、かつ<P2)に保持されている限り、液吐出の形態(吐出形状)が最も効果的に拡がった形態(シャワー状)での吐出となり、液の消費無駄の発生が軽減され、これにより薄膜成膜の低コスト化が実現され、生産効率が向上しやすいからである。ただし、吐出形状を安定化させる観点から、噴霧ノズルを用い、更に成膜剤溶液21を0.05〜0.3MPaの吐出圧(ゲージ圧力)で吐出させるとよい。特定吐出圧で吐出させることにより、吐出形状が更に安定化し、液の消費無駄の発生が一層軽減され、これにより薄膜成膜のより一層更なる低コスト化が実現され、生産効率がより一層向上しやすい。成膜剤溶液21を上記特定吐出圧で吐出させるには、貯蔵容器23の液面の加圧が0.05〜0.3MPaとなるようにガスを配管27内に送り出せばよい。
【0048】
吐出部19からの成膜剤溶液21の吐出時間は限定されない。基板100のサイズ、数などによって変動するからである。基板100に成膜される薄膜の厚みも限定されない。成膜剤溶液21に含める材料の種類や溶液21の吐出時間などによって変動するからである。
【0049】
本例において、基板100に対して距離Dの位置にある吐出部19から成膜剤溶液21を吐出するにあたり、その吐出(つまり成膜)開始時の容器11内の圧力Pcを所定範囲(P1<、かつ<p2)に制御するとよいとしたのは、吐出開始時の容器11内の圧力PcがS1の常温での蒸気圧P1以下では、使用する成膜剤溶液21の溶質濃度が適切に調整されていたとしても、溶質分が送液管25や吐出部19の内部で固着することもあり、いわゆる液詰まりを生ずる可能性もあるからである。一方、吐出開始時の容器11内の圧力PcがS2の常温での蒸気圧P2以上であると、使用する成膜剤溶液21の溶質濃度が適切に調整されていたとしても、基板100に到達後の溶媒S2が高い雰囲気圧力により揮発せずに残存することもあり、このことで、膜密度が低くなることもある。
【0050】
ただし、PcがP1以下(≦P1)の場合でも、成膜剤溶液21の吐出量や吐出圧などを適切に調整しさえすれば、上記液詰まりの発生を防止できる可能性が高まり、良好な成膜(すなわち実用上、耐久性を備えていると認められる薄膜の成膜。以下同じ。)を行いうる。PcがP2以上(P2≦)の場合でも、成膜剤溶液21の濃度や吐出圧などを適切に調整しさえすれば、基板100に形成される薄膜の膜密度の低下を防止することもでき、良好な成膜を行いうる。
したがって、本発明において、コントローラ16がガス供給源29へ作動開始の指令を送出するタイミングは、容器11内の圧力Pcが上記範囲(P1<Pc<P2)になったことを判定したときに限定されない。形成される薄膜の耐久性向上に最も効果的な所定圧力が上記範囲(P1<Pc<P2)ということである。
【0051】
なお、溶質S1の常温での蒸気圧P1と比較して、低すぎる圧力(例えばP1よりも一桁以上低い圧力)下で成膜した場合、基板100上に堆積し、薄膜を構成することとなる溶質分が蒸発してしまい、その結果、すべての基板100上に溶質分が緻密かつ均一に付着しなくなることもある。薄膜の非存在部分が存在すると、この部分を起点に摩擦時の膜剥れが生じ、結果として、膜の耐久性の向上が望めない。
【0052】
また溶媒S2の常温での蒸気圧P2と比較して、高すぎる圧力(例えばP2よりも一桁以上に高い圧力)下で成膜した場合、成膜後の乾燥工程等により、成膜中に残存した溶媒は除去されるが、その部分には膜が形成されない(溶質分が均一に付着せず、膜欠陥となる)。溶質分が基板100上に均一に付着していない場合、薄膜が形成されない部分が基板100上に存在し、その膜の非存在部分を起点に摩擦時の膜剥れが生じ、結果として耐久性の向上が望めない。
【0053】
本例で成膜される薄膜は、上述したように、一例として、防汚膜、防水膜、防湿膜、有機EL膜、酸化チタン膜などがある。本発明は、有機材料、無機材料、有機−無機ハイブリッド材料等を含めた、すべての化合物に対して適用可能な成膜手法である。以下、本例で成膜される薄膜が、防汚膜(有機−無機ハイブリッド膜の一例)である場合を例示して説明する。
防汚膜は、撥水性、撥油性を有する膜であり、油汚れの付着を防止する機能を有する。ここで、「油汚れの付着を防止する」とは、単に油汚れが付着しないだけでなく、たとえ付着しても簡単に拭き取れることを意味する。すなわち、防汚膜は撥油性を維持する。具体的に、防汚膜は、1kg/cm
2の荷重によるスチールウール#0000を、2000回(好ましくは4000回、より好ましくは6000回)を超えて往復させても油性ペンによるインクを拭き取れるように、その耐久性のレベルが最も向上している。
【0054】
このように耐久性が最も向上しているのは、基板100に対して距離Dの位置にある吐出部19から成膜剤溶液21を吐出させるにあたり、その吐出開始時の容器11内の圧力Pcを、形成される薄膜の耐久性向上に最も効果的な所定圧力(P1<Pc<P2)に調節することにより、基板100の表面を確実に溶質分の構成分子(薄膜分子)で埋め尽くし、薄膜の非存在部分を存在させないようにしたからである。
なお上述したが、成膜剤溶液21を吐出させるときの容器11内の圧力Pcが、P1<Pc<P2ではなく、P1以下(≦P1)やP2以上(P2≦)の場合でも、良好な成膜を行うことは可能であり、得られる薄膜を、実用上、耐久性を備えていると認められるレベルのものとすることができる。
【0055】
以上説明したように、成膜剤溶液21の吐出方向が下向きの場合の、本例の成膜装置1を用いた成膜方法によると、S1とS2を混合させ、必要に応じてその溶質濃度を調整した成膜剤溶液21を用い、これを、好ましくは、S1の蒸気圧P1よりも高く、かつS2の蒸気圧P2よりも低い特定圧力Pcの下で、基板100に吐出し、薄膜を成膜する。本例の成膜方法によれば、吐出部19から吐出された成膜剤溶液21は、溶液状態を保持したまま、基板100上に到達し、容器11内の圧力Pcが適切に制御されていることで、基板100に到達した後に溶媒分が蒸発して膜(薄膜)形成が起こり、高密度化する。その結果、各基板100上に耐久性のレベルが最も向上した薄膜を低コストで成膜することができる。
【0056】
このような効果が得られるのは、上述したように、吐出開始時の容器11内の圧力Pcを適切に制御することで、S1の蒸発を防止し、かつ薄膜を構成する薄膜分子を確実に基板100に緻密かつ均一に付着させることができ、薄膜が形成されない部分を基板100上に存在させないようにしたことによるものと推測される。
【0057】
本例の方法で成膜される薄膜が防汚膜である場合、その防汚膜によれば、表面に付着した指紋などの油分を重い荷重(例えば1kg/cm
2程度の荷重)で拭き取ったとしても、防汚膜の構成成分を効果的に残存させることができる。
【0058】
本例の方法で成膜される薄膜は防汚膜に限らない。無機膜の成膜実施例もある。酸化チタン粒子を水に混ぜ作製した、4g/リットルの懸濁液の場合は、容器11内の圧力Pcを1000Paに設定し成膜した場合に、波長550nmの光における屈折率が2.400の、良好な光学特性を有する酸化チタン膜を形成される。Pcを1000Paに設定したことで、酸化チタンの常温での蒸気圧(測定データなし、外挿値からは10
−10Pa以下と予測される)よりも高く、水の常温での蒸気圧約3000Paよりも低くなり、この結果、緻密な無機酸化チタン膜が形成され、良好な光学特性が得られたと考えられる。
【0059】
<その他の実施形態>
本発明の成膜装置は、上述した成膜装置1の形態(成膜剤溶液21の吐出方向が下向き)に限定されず、ノズル17の設置向きを横向きに配置してもよい(成膜剤溶液21の吐出方向が横向き)。横向きとする場合、例えば、真空容器11の内部側方から水平方向にノズル17の一端を挿入し、ノズル17の他端を容器11の側壁外部に露出させてもよい。あるいは、ノズル17の長手方向半ば付近に、それより先の部分(吐出部19を含む)が例えば±90度程度、回動可能となる回動部材(図示省略)を取り付けた上で、該ノズル17の一端(ここには吐出部19が接続される)を真空容器11の内部上方から下向きに挿入し、ノズル17の他端を容器11外部に露出させて配置することもできる。いずれにしてもノズル17の設置向きを横向きとする場合、それに対応させて、基板ホルダ31は、その基板100を保持する面がノズル17の一端に接続される吐出部19と対向するように、真空容器11の内部側方に配置される。
【0060】
また基板ホルダ31を移動可能に構成するとともに、あるいはこれとは別に、ノズル17が図示しない搬送機構によって移動可能に構成されていてもよい。この場合、ノズル17側が移動する形態でもこの成膜手法は適用可能である。
【実施例】
【0061】
次に、上記発明の実施形態をより具体化した実施例を挙げ、本発明をさらに詳細に説明する。
【0062】
[実験例1〜6]
<1.防汚膜サンプルの作製>
図1に示す成膜装置1を用い、基板ホルダ31の基板保持面に、基板100(ガラス基板、サイズ:50mm×100mm)を2枚、セットした。
【0063】
表1記載の構成の成膜剤溶液a〜dを準備した。
【0064】
【表1】
【0065】
なお、表1中、「撥油剤1」は表面防汚コーティング剤(ダイキン工業社製、商品名:オプツールDSX、成分名:含フッ素有機ケイ素化合物)、「撥油剤2」はフッ素系防汚コーティング剤(信越化学工業社製、商品名:KV−178、成分名:含フッ素有機ケイ素化合物)、「溶剤1」はフッ素系溶剤(住友スリーエム社製、商品名:Novec7200)、「溶剤2」はフッ素系溶剤(住友スリーエム社製、商品名:Novec7300)、である。
【0066】
成膜開始時の容器11内の圧力Pc、距離Dなどその他の成膜条件を表2に示す。なお、ノズルの吐出部として140〜260μmサイズの溶液状粒子を吐出可能な噴霧ノズルを用い、成膜剤溶液の吐出時間は一律に30秒とした。そして、厚み10〜15nmの防汚膜を基板100上に成膜した各実験例サンプルを得た。
なお、実験例1〜3では、基板100をセットした基板ホルダ31を真空容器11内に静止させた状態で防汚膜を成膜した(バッチ処理)。実験例4〜6では、基板100をセットした基板ホルダ31を真空容器11内で搬送させながら成膜した(連続処理)。
【0067】
<2.評価>
2−1.防汚膜の耐久性
得られた各実験例サンプルの防汚膜の表面に、1cm
2のスチールウール(SW)、#0000を載せ、1kg/cm
2の荷重をかけた状態で、50mmの直線上を1往復1秒の速さで往復(摩擦)させた。この往復操作を3500回行った後、防汚膜面の純水の接触角を測定した。併せて成膜直後にも防汚膜面の純水の接触角を測定した。接触角の値は、純水滴下1分後の接触角の測定値について、滴下と測定を5回繰り返して得られた測定値の平均値とした。結果を表2に示す。
【0068】
2−2.防汚膜の最大擦傷往復回数
得られた各実験例サンプルの防汚膜の表面に、1cm
2のスチールウール(SW)、#0000を載せ、1kg/cm
2の荷重をかけた状態で、50mmの直線上を1往復1秒の速さで往復(摩擦)させた。この往復操作100回毎に、試験面(防汚膜面)に、油性マジックペン(有機溶媒型マーカー、商品名:マッキー極細、セブラ社製)で線を描き、油性マジックペンの有機溶媒型インクを乾燥布で拭き取れるか否かを評価した。その結果、有機溶媒型インクを拭き取ることができた最大擦傷往復回数を表2に示す。
【0069】
【表2】
【0070】
<3.考察>
3−1.バッチ処理の場合(実験例1〜3)
表1及び表2示すように、成膜剤溶液を吐出するときの圧力Pcが、S1の蒸気圧P1よりも高く、S2の蒸気圧P2よりも低かった実験例1,2(低真空での吐出)は、成膜直後の防汚膜表面の接触角がSW摩擦後にもほとんど低下が見られず、耐久性が極めて優れていた。また最大擦傷往復回数も3500回以上と十分であり、実用に耐えうる耐摩耗性を備えていることが確認された。
【0071】
なお、表2には示していないが、実験例1,2と同条件で、10Pa(中真空)で吐出した場合(実験例1a,2a)、溶質濃度を0.01重量%に低下させた場合(実験例1b,2b)、成膜剤溶液として表1の溶液cまたはdを用いた場合(実験例1c,2c)も、実験例1及び2と略同等の結果が得られた。また実験例1,2と同条件で、溶質濃度を0.005重量%にまで低下させた場合(実験例1d,2d)は、防汚膜の耐久性が実験例1及び2と比較してやや低下するものの、実用に耐えうる程度の耐久性を備えていることも確認した。
これに対し、PcがP2よりも高すぎた実験例3(大気圧での噴霧)は、成膜直後の防汚膜表面の接触角がSW摩擦後に大きく低下した。また最大擦傷往復回数も極めて少なく、耐久性を備えていないことが確認された。
【0072】
3−2.連続処理の場合(実験例4〜6)
基板の搬送速度が速くなると、防汚膜の耐久性が低下し、また最大擦傷往復回数が少なくなる傾向にあることが確認された。膜性能と生産性のバランスがよいのは実験例5であった。