(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ガラス基板の主表面上に磁気薄膜層が形成され、磁気記録面における記録密度が600Gbit/平方インチ以上である情報記録媒体に用いられる情報記録媒体用ガラス基板であって、
当該情報記録媒体用ガラス基板は、
当該情報記録媒体用ガラス基板を40℃、pH11の水酸化ナトリウム溶液で30分浸漬させるアルカリ処理を行った場合に、前記ガラス基板の主表面のSiOH/Siの平均値が、0.20以上0.50以下となる、情報記録媒体用ガラス基板。
前記アルカリ処理を行った場合における前記ガラス基板の前記主表面のSiOH/Siの平均値が、0.20以上0.45以下である、請求項1に記載の情報記録媒体用ガラス基板。
前記アルカリ処理前の前記ガラス基板の前記主表面のSiOH/Siの平均値に対し、前記アルカリ処理後の前記ガラス基板の前記主表面のSiOH/Siの平均値の変化率は20%以下である、請求項1に記載の情報記録媒体用ガラス基板。
【背景技術】
【0002】
コンピュータなどに用いられる情報記録媒体(磁気ディスク記録媒体)には、従来からアルミニウム基板またはガラス基板が用いられている。これらの基板上に磁気薄膜層が形成され、磁気薄膜層を磁気ヘッドで磁化することにより、磁気薄膜層に情報が記録される。
【0003】
近年、ハードディスクドライブ(HDD)装置においては、記録密度が増々高密度化されてきている。記録密度の高密度化により、情報記録媒体(メディア)と情報記録媒体上を浮上しながら記録の読み書きを行なうヘッドとのギャップ(フライングハイト)は数nm程度にまで狭小化している。
【0004】
フライングハイトが小さくなるにつれて、情報記録媒体をハードディスクドライブ装置に用いた場合の、媒体に記録されたデータにアクセスする際のリードエラーおよび/またはライトエラー、磁気ヘッドが媒体表面に衝突するヘッドクラッシュなどの問題が発生しやすくなっている。これらの問題を抑制するために、情報記録媒体として許容される基板表面の欠陥の大きさもより小さくなる為、情報記録媒体用ガラス基板としても、より表面平滑性の高さが追及されており、ガラス基板表面に付着する異物、ガラス基板表面のうねりを抑制する為、製造方法に様々な工夫がなされてきた。
【0005】
一方、近年では、HDDの記憶容量は更に向上され、現在では2.5インチの記録媒体1枚で、記録容量が500GB(片面250GB)、面記録密度が600Gbit/平方インチ以上の記録密度を有するものが開発されている。このような高い記録密度の記録媒体において、平滑性が非常に高いガラス基板を用いた場合においても、データアクセス時のリードエラーおよび/またはライトエラーが発生する場合があることがわかり、原因を分析したところ、従来のヘッドクラッシュによるエラーではないことが判明した。
【0006】
上述の問題に対し、製造後のガラス基板に関し、表面状態を含めて精査したがリードエラーおよび/またはライトエラーの発生要因となるような欠陥は見られず具体的な解決策は見出されていなかったが、精査した結果、製造後のガラス基板に対して磁性層を設けた後に、磁気信号のシグナルノイズ比のバラつきが発生し、リードエラーおよび/またはライトエラーの発生要因となっている可能性が見出された。本発明においては、このような磁気信号のシグナルノイズ比のバラつきを電磁変換特性(SNR)の低下ともいう。
【0007】
このような磁気信号のシグナルノイズ比のバラつきの要因について、更に検討を進めた結果、下記のことが判明した。一般的に、記録媒体用のガラス基板は、製造後一旦密封梱包されて搬送された後に、取りだされて磁性層を塗設する工程に供される。その際、梱包時、搬送時、取り出し時の条件の違いによりガラス基板の表面状態が不均一化したり、わずかなパーティクルが付着する場合がある為、表面状態を均一化する為にアルカリ溶液のような比較的洗浄性が高く、場合によっては表面を若干溶解させるような特性を持つ洗剤を用いて洗浄される(特開2006−127624号公報(特許文献1)参照)。上述の磁気信号のシグナルノイズ比のバラつきは、このような磁性層の塗設直前に行われる洗浄において、ガラス表面の安定状態が損なわれて発生しており、ガラス基板自体を製造後に検査しても要因が判明し得なかったことが明らかになった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のように記録密度が600Gbit/inch2以上のハードディスクドライブ装置に用いられるガラス基板においては、ガラス基板そのものの平滑性、清浄性には問題がないにもかかわらず、情報記録媒体としては、電磁変換特性(SNR)が低下してしまうという課題が発生した。
【0010】
発明者らにより検証を重ねた結果、上述のアルカリ処理工程を施したガラス基板に対して、飛行時間型二次イオン質量分析装置(ToF−SIMS:Time-of-flight secondary ion mass spectrometer)を用いて、SiOH/Siの値を測定した場合、SiOH/Siの値が非常に低下しているガラス基板において、電磁変換特性(SNR)の低下が顕著に発生していることを知見した。
【0011】
磁気薄膜層の形成前にガラス基板の表面において、SiOH/Siの値が低下した場合には、ガラス基板の表面での極性基が減少するため、磁気薄膜層(磁性層)の吸着が悪化する。
【0012】
その結果、SiOH/Siの値が低下したガラス基板に磁気薄膜層を形成した情報記録媒体においては、信号対雑音比(S/N比:SNR)の低下を引き起こすことが分かった。
【0013】
本発明は、上記の実情に鑑みてなされたものであって、磁気記録面における記録密度が600Gbit/平方インチ以上であるような記録密度が非常に高い情報記録媒体に用いた場合においても、信号対雑音比(S/N比)の低下を引き起こすことのない情報記録媒体用ガラス基板および情報記録媒体用ガラス基板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に基づいた情報記録媒体用ガラス基板は、ガラス基板の主表面上に磁気薄膜層が形成され、磁気記録面における記録密度が600Gbit/平方インチ以上である情報記録媒体に用いられる情報記録媒体用ガラス基板であって、当該情報記録媒体用ガラス基板は、当該情報記録媒体用ガラス基板を40℃、pH11の水酸化ナトリウム溶液で30分浸漬させるアルカリ処理を行った場合に、上記ガラス基板の上記主表面のSiOH/Siの平均値が、0.20以上0.50以下となる。
【0015】
他の形態においては、上記アルカリ処理を行った場合における上記ガラス基板の上記主表面のSiOH/Siの平均値が、0.20以上0.45以下である。
【0016】
他の形態においては、上記アルカリ処理前の上記ガラス基板の上記主表面のSiOH/Siの平均値に対し、上記アルカリ処理後の上記ガラス基板の上記主表面のSiOH/Siの平均値の変化率は20%以下である。
【0017】
本発明に基づいた情報記録媒体用ガラス基板の製造方法は、上述の何れかに記載の情報記録媒体用ガラス基板の製造方法であって、円盤状ガラス部材の主表面に対して研磨工程が行なわれ、上記研磨工程の後に、研磨後の上記円盤状ガラス部材を0.1ppm〜1.4ppmの水素水で1〜10分間接触し、その後、上記円盤状ガラス部材をpH10.0〜11.0のアルカリ溶液と5〜20分間接触させた後、上記円盤状ガラス部材を0.05〜0.5%の有機酸に5〜20分接触する処理が施され、その後、最終洗浄工程が施される。
【0018】
本発明に基づいた他の情報記録媒体用ガラス基板の製造方法は、上述の何れかに記載の情報記録媒体用ガラス基板の製造方法であって、円盤状ガラス部材の主表面に対して研磨工程が行なわれ、上記研磨工程の後に、研磨後の上記円盤状ガラス部材をpH10.0〜11.0のアルカリ溶液と5〜20分間接触させた後、上記円盤状ガラス部材を0.05〜0.5%の有機酸に5〜20分接触する処理が施され、その後、最終洗浄工程が施される。
【0019】
本発明に基づいた他の情報記録媒体用ガラス基板の製造方法は、上述の何れかに記載の情報記録媒体用ガラス基板の製造方法であって、円盤状ガラス部材の主表面に対して研磨工程が行なわれ、上記研磨工程の後に、研磨後の円盤状ガラス部材を1.5ppmの水素水で3分間接触し、その後、当該研磨後の円盤状ガラス部材をpH10.0〜11.0のアルカリ溶液と5〜20分間接触する処理が施され、その後
、最終洗浄工程が施される。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、磁気記録面における記録密度が600Gbit/平方インチ以上であるような記録密度が非常に高い情報記録媒体に用いた場合においても、信号対雑音比(S/N比)の低下を引き起こすことのない情報記録媒体用ガラス基板および情報記録媒体用ガラス基板の製造方法を提供することを可能とする。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明の実施の形態および実施例について説明する。同一または相当する部分に同一の参照符号を付し、その説明を繰返さない場合がある。以下に説明する実施の形態および実施例において、個数、量などに言及する場合、特に記載がある場合を除き、本発明の範囲は必ずしもその個数、量などに限定されない。以下の実施の形態において、各々の構成要素は、特に記載がある場合を除き、本発明にとって必ずしも必須のものではない。
【0023】
(情報記録媒体1の構成)
図1および
図2を参照して、情報記録媒体用ガラス基板1Gおよび情報記録媒体1の構成について説明する。
図1は、情報記録媒体用ガラス基板1Gの斜視図、
図2は、情報記録媒体の斜視図である。
【0024】
図1に示すように、情報記録媒体1に用いられる情報記録媒体用ガラス基板1G(以下、「ガラス基板1G」と称する。)は、中心に孔11が形成された環状の円板形状を呈している。ガラス基板1Gは、外周端面12、内周端面13、表主表面14、および裏主表面15を有している。ガラス基板1Gとしては、アモルファスガラス等を用い、たとえば、外径約65mm、内径約20mm、厚さ約0.8mm、表面粗さは、約2.0Å以下である。
【0025】
ガラス基板1Gのインチサイズに特に限定はなく、0.8インチ、1.0インチ、1.8インチ、2.5インチ、3.5インチ各種ガラス基板1Gを、情報記録媒体用のディスクとして製造してもよい。
【0026】
落下衝撃によるガラス基板1Gの割れに対して有効であることから、ガラス基板1Gの厚みは0.30mm〜2.2mmが好ましい。ここでいうガラス基板1Gの厚みとは基板上の点対象となる任意の何点かで測定した値の平均値を意味する。
【0027】
図2に示すように、情報記録媒体1は、上記したガラス基板1Gの表主表面14上に磁気薄膜層23が形成されている。図示では、表主表面14上にのみ磁気薄膜層23が形成されているが、裏主表面15上に磁気薄膜層23を設けることも可能である。
【0028】
磁気薄膜層23の形成方法としては従来公知の方法を用いることができ、たとえば、磁性粒子を分散させた熱硬化性樹脂をガラス基板1G上にスピンコートして形成する方法、スパッタリングにより形成する方法、無電解めっきにより形成する方法が挙げられる。
【0029】
スピンコート法での膜厚は約0.3〜1.2μm程度、スパッタリング法での膜厚は0.04〜0.08μm程度、無電解めっき法での膜厚は0.05〜0.1μm程度であり、薄膜化および高密度化の観点からはスパッタリング法および無電解めっき法による膜形成がよい。
【0030】
磁気薄膜層23に用いる磁性材料としては、特に限定はなく従来公知のものが使用できるが、高い保持力を得るために結晶異方性の高いCoを基本とし、残留磁束密度を調整する目的でNi、Crを加えたCo系合金などが好適である。近年では、熱アシスト記録用に好適な磁性層材料として、FePt系の材料が用いられるようになってきている。
【0031】
磁気ヘッドの滑りをよくするために磁気薄膜層23の表面に潤滑剤を薄くコーティングしてもよい。潤滑剤としては、例えば液体潤滑剤であるパーフロロポリエーテル(PFPE)をフレオン系などの溶媒で希釈したものが挙げられる。
【0032】
必要により下地層、保護層を設けてもよい。情報記録媒体1における下地層は磁性膜に応じて選択される。下地層の材料としては、例えば、Cr、Mo、Ta、Ti、W、V、B、Al、Niなどの非磁性金属から選ばれる少なくとも一種以上の材料が挙げられる。
【0033】
下地層は単層とは限らず、同一又は異種の層を積層した複数層構造としても構わない。例えば、Cr/Cr、Cr/CrMo、Cr/CrV、NiAl/Cr、NiAl/CrMo、NiAl/CrV等の多層下地層としてもよい。
【0034】
磁気薄膜層23の摩耗、腐食を防止する保護層としては、例えば、Cr層、Cr合金層、カーボン層、水素化カーボン層、ジルコニア層、シリカ層などが挙げられる。保護層は、下地層、磁性膜など共にインライン型スパッタ装置で連続して形成できる。保護層は、単層としてもよく、あるいは、同一又は異種の層からなる多層構成としてもよい。
【0035】
上記保護層上に、あるいは上記保護層に替えて、他の保護層を形成してもよい。例えば、上記保護層に替えて、Cr層の上にテトラアルコキシランをアルコール系の溶媒で希釈した中に、コロイダルシリカ微粒子を分散して塗布し、さらに焼成して酸化ケイ素(SiO2)層を形成してもよい。
【0036】
上述のように、情報記録媒体用のガラス基板1Gは、製造後に梱包材料に密閉梱包されて流通された後、梱包材料から取り出されて磁気薄膜層23等が設けられるが、磁気薄膜層23等を設ける直前に、梱包時および/または運搬時に付着した微小パーティクルを除去したり、条件の違いによる表面状態の不均一性を解消する為に、アルカリ溶液等により洗浄処理が施される。
【0037】
このようなアルカリ処理が施された場合であっても、当該情報記録媒体用ガラス基板を40℃、pH11の水酸化ナトリウム溶液で30分浸漬させるアルカリ処理を行った場合に、前記ガラス基板の主表面14,15のSiOH/Siの平均値が、0.20以上0.50以下となるような情報記録媒体用ガラス基板であれば、磁気記録面における記録密度が600Gbit/平方インチ以上であるような記録密度が非常に高い情報記録媒体に用いられた場合であっても信号対雑音比(S/N比)の低下を十分に抑制可能である。
【0038】
(ガラス基板1Gの製造工程)
次に、
図3を参照して、本実施の形態に係るガラス基板1Gおよび情報記録媒体1の製造方法を説明する。
図3は、ガラス基板1Gおよび情報記録媒体1の製造方法を示すフロー図である。
【0039】
まず、ステップ10(以下、「S10」と略す。ステップ11以降も同様。)の「ガラス溶融工程」において、ガラス基板を構成するガラス素材を溶融する。
【0040】
S11の「プレス成形工程」において、溶融させたガラス素材を上型および下型を用いたプレスによりガラス基板を作製した。使用したガラス組成は、一般的なアルミノシリケートガラスを用いた。ガラス基板の作製方法としては成形に限らず、公知の手法である板ガラスからの切り出し等でも構わず、ガラス組成もこれに限らない。
【0041】
S12の「第1ラップ工程」において、ガラス基板の両主表面をラッピング加工した。この第1ラップ工程は、遊星歯車機構を利用した両面ラッピング装置を用いて行なった。具体的には、ガラス基板の両面に上下からラップ定盤を押圧させ、研削液をガラス基板の主表面上に供給し、これらを相対的に移動させてラッピング加工を行なった。このラッピング加工により、おおよそ平坦な主表面を有するガラス基板を得た。
【0042】
S13の「コアリング工程」において、円筒状のダイヤモンドドリルを用いて、ガラス基板の中心部に穴を形成し、円環状のガラス基板を作製した。ガラス基板の内周端面、および外周端面をダイヤモンド砥石によって研削し、所定の面取り加工を実施した。
【0043】
S14の「第2ラップ工程」において、ガラス基板の両主表面について、上記第1ラップ工程(S12)と同様に、ラッピング加工を行なった。この第2ラップ工程を行なうことにより、前工程のコアリングおよび端面加工において主表面に形成された微細な凹凸形状を予め除去しておくことができる。その結果、後工程での主表面の研磨時間を短縮することができる。
【0044】
S15の「外周研磨工程」において、ガラス基板の外周端面について、ブラシ研磨による鏡面研磨を行なった。このとき研磨砥粒としては、一般的な酸化セリウム砥粒を含むスラリーを用いた。
【0045】
S16の「第1ポリッシュ工程」において、主表面研磨を行なった。この第1ポリッシュ工程は、上述の第1および第2ラップ工程(S12,S14)において主表面に残留したキズや反りを矯正することを主目的とするものである。この第1ポリッシュ工程においては、遊星歯車機構を有する両面研磨装置により主表面の研磨を行なった。研磨剤としては、一般的な酸化セリウム砥粒を用いた。
【0046】
S17の「化学強化工程」において、ガラス基板1Gの主表面に対して表面強化層を形成した。具体的には、300℃に加熱された硝酸カリウム(70%)と硝酸ナトリウム(30%)の混合溶液中に、ガラス基板1Gを約30分間接触させることによって化学強化を行なった。その結果、ガラス基板の内周端面および外周端面のリチウムイオンおよびナトリウムイオンが、化学強化溶液中のナトリウムイオンおよびカリウムイオンにそれぞれ置換され、圧縮応力層が形成されることでガラス基板の主表面及び端面が強化された。
【0047】
S18の「第2ポリッシュ工程」において、主表面研磨工程を施した。この第2ポリッシュ工程は上述までの工程で発生、残存している主表面上の微小欠陥等を解消して鏡面状に仕上げること、反りを解消し所望の平坦度に仕上げることを目的とする。この第2ポリッシュ工程は、遊星歯車機構を有する両面研磨装置により研磨を行なった。研磨剤としては、平滑面を得る為に平均粒径が約20nmのコロイダルシリカを用いた。
【0048】
上記「第2ポリッシュ工程」を行なった後には、情報記録媒体用ガラス基板に磁気薄膜層を設ける直前に施されるアルカリ処理に対して、ガラス基板の安定性を高め、磁気薄膜層を塗布された情報記録媒体における電磁変換特性(SNR)の低下を抑制するため、アルカリ処理に対するガラス基板の表面の活性を抑制するS19の前処理工程が施される。具体的には、当該情報記録媒体用ガラス基板を40℃、pH11の水酸化ナトリウム溶液で30分浸漬させるアルカリ処理を行った場合に、前記ガラス基板の主表面14,15のSiOH/Siの平均値が、0.20以上0.50以下となるように前処理工程を施す。
【0049】
アルカリ溶液と接触させる工程は、ガラス基板表面に存在するアルカリ溶液により溶出する成分をあらかじめ除去することで、アルカリ処理後のSiOH/Siの平均値を低下することができ、結果として、磁性薄膜層を設ける直前においてアルカリ処理が行われた場合においても、信号対雑音比(S/N比)の低下を抑制する効果が得られる。
【0050】
しかし、ここでアルカリ溶液のpHを高くしたり、接触時間を長くすると、ガラス基板表面からの溶出が過剰となり、ガラス基板のRaが大きくなってしまい、情報記録媒体用ガラス基板として必要な平滑性の維持が困難となる為、アルカリ溶液と接触させる工程単独で、アルカリ処理後のSiOH/Siの平均値を十分に低下することは困難である為、別の工程を組み合わせて行われる必要がある。アルカリ溶液としては、水酸化ナトリウム溶液等が好ましく用いられる。
【0051】
ここで水素水に接触する工程は、ガラス基板の表面電荷を低下させる働きを有する。従って、アルカリ処理におけるガラス基板のRaの劣化を抑制するとともに、後のアルカリ処理に対するガラス基板表面の安定性を高めることができる。
【0052】
有機酸に接触させる工程は、アルカリ処理に対する安定を損ねずに、アルカリ溶液に接触させることで悪化したガラス基板のRaを平滑化する効果が得られる。一方、有機酸の濃度を過度に高めたり、長時間接触させると、Raの悪化を招く。有機酸としては、例えばアスコルビン酸、スルファミン酸等が好ましく用いられる。中でもアスコルビン酸が好ましい。
【0053】
なお、本発明における溶液への「接触」とは、ガラス基板表面に溶液をシャワーリングしてもよいし、溶液中にガラス基板を浸漬してもよく、液体に接触している状態が規定の時間継続されれば、特に限定されない。
【0054】
次いで、S20の「最終洗浄工程(Final Cleaning)」において、ガラス基板の主表面、端面の最終洗浄を実施する。これによりガラス基板上に残存する付着物を除去する。最終洗浄工程は、ガラス基板の製造工程の最後に行われる工程であり、適宜乾燥工程も含むものである。
【0055】
本実施の形態においては、情報記録媒体用ガラス基板に対して磁気薄膜層が設けられて磁気記録媒体とされる直前に施されるアルカリ処理により、磁気薄膜層を設けた後の磁気記録媒体の信号対雑音比(S/N比)の低下を十分に抑制することができる指標として、ガラス基板に特定のアルカリ処理を施した場合におけるSiOH/Siの平均値を用いる。
【0056】
具体的には、本発明におけるアルカリ処理後のSiOH/Siの平均値の範囲を満たすように、前述の前処理工程を調整して、ガラス基板の製造条件を定める。これにより、磁気薄膜層の塗布前に行われるアルカリ処理工程によりガラス基板の表面の活性が上昇した結果発生する、磁気薄膜層(磁性層)の配向性のバラツキを低減することができ、アルカリ処理を施した後に、磁気薄膜層を設けて情報記録媒体を製造した場合であっても、信号対雑音比(S/N比)の低下を十分に抑制することができる情報記録媒体用ガラス基板を提供できる。
【0057】
本実施の形態におけるガラス基板の製造方法は、以上のように構成される。このガラス基板の製造方法を用いることで、
図1に示すガラス基板1Gが得られる。その後、このようにして得られたガラス基板1Gを用いて、
図2に示す情報記録媒体1が得る。
【0058】
情報記録媒体の製造における磁気薄膜層成膜工程としては、上述の工程を経て得られたガラス基板1Gの洗浄後に、ガラス基板1Gの両主表面に、Cr合金からなる密着層、CoFeZr合金からなる軟磁性層、Ruからなる配向制御下地層、CoCrPt合金からなる垂直磁気記録層、C系の保護層、F系からなる潤滑層を順次成膜することにより、垂直磁気記録方式の情報記録媒体を製造する。この構成は垂直磁気記録方式の構成の一例であり、面内情報記録媒体として磁性層等を構成してもよい。その後、熱処理工程等を実施することで、情報記録媒体1が完成する。
【0059】
(実施例)
上記実施の形態において示したガラス基板の製造方法において、「第2ポリッシュ工程」を行なった後に、ガラス基板1の表面の活性を抑制する前処理工程(S19)として、実施例1から実施例3に示す処理を行なってガラス基板1Gを製造した。製造されたガラス基板1Gに、アルカリ処理を施した後に磁気薄膜層成膜工程を施して情報記録媒体を製造した。同様に、比較例1から比較例2に示す処理も行なった。
【0060】
(実施例1)
実施例1においては、「第2ポリッシュ工程」を行なった後に、1.5ppmの水素水で3分間、ガラス基板に対してシャワーリングによるリンスを実施した。その後、ガラス基板をpH10.5の水酸化ナトリウム溶液と5分間接触させた後、ガラス基板を0.1%のアスコルビン酸に15分間接触させた。その後、純水により、ガラス基板の最終洗浄を行なった。
【0061】
(実施例2)
実施例2においては、「第2ポリッシュ工程」を行なった後に、ガラス基板1Gに対して純水を用いたシャワーリングによるリンスを実施した。その後、ガラス基板1GをpH10.5の水酸化ナトリウム溶液と5分間接触させた後、ガラス基板を0.1%のアスコルビン酸に15分間接触させた。その後、純水によりガラス基板の洗浄を行なった。
【0062】
(実施例3)
実施例3においては、「第2ポリッシュ工程」を行なった後に、1.5ppmの水素水で3分間、ガラス基板に対してシャワーリングによるリンスを実施した。その後、ガラス基板をpH10.5の水酸化ナトリウム溶液と5分間接触させた。その後、純水によりガラス基板の洗浄を行なった。
【0063】
(比較例1)
比較例1においては、「第2ポリッシュ工程」を行なった後に、ガラス基板を0.1%のアスコルビン酸に15分間接触させた。その後、純水によるガラス基板の洗浄を行なった。
【0064】
(比較例2)
比較例2においては、「第2ポリッシュ工程」を行なった後に、純水によるガラス基板1Gの洗浄を行なった。
【0065】
<アルカリ処理後のSiOH/Siの値の測定>
上記実施例1〜実施例3、および比較例1〜比較例2を実施して得られた100枚のガラス基板1Gから、10枚のガラス基板1Gを抜き取り、飛行時間型二次イオン質量分析装置(ToF−SIMS)を用いて、アルカリ処理前の各ガラス基板1Gの主表面を3ヶ所ずつ、SiOH/Siの値を測定した。
【0066】
その後、pH11の水酸化ナトリウム溶液(40℃)で30分処理し、再度、飛行時間型二次イオン質量分析装置(ToF−SIMS)を用いて、アルカリ処理後の各ガラス基板1Gの主表面をアルカリ処理前のSiOH/Siの値の測定と同じ位置の3ヶ所ずつ、SiOH/Siの値を測定した。
【0067】
各、評価点におけるアルカリ処理後のSiOH/Siの値の平均値を求め、10枚のサンプルの平均値を各実施例におけるSiOH/Siの値とした。
【0068】
また、SiOH/Siの値の変化率は、各測定点におけるアルカリ処理前のSiOH/Siの値に対するアルカリ処理後のSiOH/Siの値における変化率を求めた後、各測定点におけるSiOH/Siの値の変化率の平均値を求め、10枚のサンプルの平均値を各実施例におけるSiOH/Siの値の変化率とした。
【0069】
ガラス基板1Gは、1バッチ当たり100枚で製造され、同一バッチ内での評価のバラツキは小さいので、上記評価を採用した。
【0070】
<情報記録媒体における電磁変換特性評価>
電磁変換特性評価では、実施例1〜比較例2で、アルカリ処理試験で用いなかった90枚のサンプルの中から任意の20枚のガラス基板1Gを取り出して行った。この際、通常の流通状態に合わせる為、製造後のガラス基板を一旦梱包材料で密封し、1日保存した後に取り出して用いた。
【0071】
磁気薄膜層成膜工程を行なう前に、アルカリ処理として、30℃のpH11.5の水酸化ナトリウム溶液により60分間に流水洗浄槽への浸漬処理を行った。
【0072】
電磁変換特性評価では、20枚のガラス基板1Gに、上述の磁気薄膜層成膜工程により磁気薄膜層を形成して情報記録媒体を得た後、電磁変換特性を評価した。具体的には、基準となる情報記録媒体に対するSNRの差を求めた。
【0073】
情報記録媒体に対する電磁変換特性評価は、磁気ヘッドによる記録再生特性を調べることにより行なった。具体的には、記録周波数を変えて記録密度を変化させて信号を記録し、この信号の再生出力を読み取ることにより調べた。情報記録媒体の記録密度は、650Gbit/inch2とした。
【0074】
磁気ヘッドとしては、垂直記録用単磁極ヘッド(記録用)とGMRヘッド(再生用)が一体となった垂直記録用マージ型ヘッドを用いた。SNR値が〜−0.1dbなら評価「A」、−0.11db〜−0.20dbなら評価「B」、−0.21〜−0.30dbなら評価「C」、−0.31db〜なら評価「D」とした。ここでいうSNR値は、あらかじめ定めた基準値に対する差を表す。
【0075】
電磁変換特性によるエラーであることを確かめるために、上述のアルカリ処理前のガラス基板1Gの清浄性を、所定の検出感度に設定したOSA(Optical Surface Analyzer)に代表される光学系表面分析装置による欠陥検査によって確認した。光学系表面分析装置による欠陥のカウント値は、情報記録媒体1枚当たりの付着物および/またはへこみなどの欠陥の数で大きいほど表面の清浄性がよくないことを示す。
【0076】
図4に、実施例1〜実施例3、および比較例1〜比較例2における評価結果を示す。具体的には、
図4には、実施例1〜実施例3、および比較例1〜比較例2における、(i)アルカリ処理後のガラス基板のSiOH/Siの値、(ii)基準となる情報記録媒体に対する差として表される、実施例1〜3および比較例1〜2において制作した情報記録媒体のSNR値(db)、(iii)実施例1〜3、および比較例1〜2における、アルカリ処理前後のガラス基板のSiOH/Siの変化率、(iv)実施例1〜3、および比較例1〜2におけるOSAカウント値、(v)実施例1〜3、および比較例1〜2の評価を示す。
【0077】
実施例1においては、(i)アルカリ処理後のガラス基板のSiOH/Siの値は、「0.20」であり、(ii)実施例1の条件で製造されたガラス基板を用いて製造されたガラス基板における、基準となる情報記録媒体に対する差として表される情報記録媒体のSNR値(db)は、「0.12(db)」、(iii)アルカリ処理前後のガラス基板のSiOH/Siの変化率は、「13%」(iv)OSAカウント値は、「6」であった。その結果、評価は「A」が得られた。
【0078】
実施例2においては、(i)アルカリ処理後のガラス基板のSiOH/Siの値は、「0.46」、(ii)実施例2の条件で製造されたガラス基板を用いて製造されたガラス基板における、基準となる情報記録媒体に対する差として表される情報記録媒体のSNR値(db)は、「−0.11(db)」、(iii)アルカリ処理前後のガラス基板のSiOH/Siの変化率は、「17%」(iv)OSAカウント値は、「12」であった。その結果、実施例1には劣るが、評価は「B」が得られた。
【0079】
実施例3においては、(i)アルカリ処理後のガラス基板のSiOH/Siの値は、「0.50」、(ii)実施例3の条件で製造されたガラス基板を用いて製造されたガラス基板における、基準となる情報記録媒体に対する差として表される情報記録媒体のSNR値(db)は、「−0.21(db)」、(iii)アルカリ処理前後のガラス基板のSiOH/Siの変化率は、「21%」(iv)OSAカウント値は、「9」であった。その結果、実施例2に劣るが評価は「C」が得られた。
【0080】
比較例1においては、(i)アルカリ処理後のガラス基板のSiOH/Siの値は、「0.55」、(ii)比較例1の条件で製造されたガラス基板を用いて製造されたガラス基板における、基準となる情報記録媒体に対する差として表される情報記録媒体のSNR値変化(db)は、「−0.35(db)」、(iii)アルカリ処理前後のガラス基板のSiOH/Siの変化率は、「21%」(iv)OSAカウント値は、「10」であった。その結果、評価は「D」であった。
【0081】
比較例2においては、(i)アルカリ処理後のガラス基板のSiOH/Siの値は、「0.14」であり、(ii)比較例2の条件で製造されたガラス基板を用いて製造されたガラス基板における、基準となる情報記録媒体に対する差として表される情報記録媒体のSNR値変化(db)は、「−0.48(db)」、(iii)アルカリ処理前後のガラス基板のSiOH/Siの変化率は、「28%」(iv)OSAカウント値は、「8」であった。その結果、評価は「D」であった。
【0082】
評価として「A」から「C」であれば、情報記録媒体としての信用を確保することが可能であるため、実施例1〜実施例3、および比較例1〜比較例2の結果に基づけば、ガラス基板は、アルカリ処理後の飛行時間型二次イオン質量分析装置を用いて測定した主表面のSiOH/Siの平均値が、0.20以上0.46以下である条件で製造されたガラス基板が用いられることが好ましく、評価「A」および評価「B」の観点に立てば、0.20以上0.30以下である条件で製造されたガラス基板が用いられることがより好ましい。実施例および比較例において、ガラス基板表面の清浄性を表す、OSAの測定値は大きく変わらず、Ra変化値がSNR特性に影響を与えることが確認できた。
【0083】
上記範囲内のガラス基板1Gを用いた情報記録媒体によれば、記録密度が600Gbit/inch2以上のハードディスクドライブ装置に用いられた場合においても、信号対雑音比(S/N比)の低下を引き起こすことのない情報記録媒体用ガラス基板を提供することが可能となる。
【0084】
以上、本発明の実施の形態および実施例について説明したが、今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。