(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記2種類のスチレン系ブロック共重合体は、第1のスチレン系ブロック共重合体及び第2のスチレン系ブロック共重合体とから構成され、第1のスチレン系ブロック共重合体と、第2のスチレン系ブロック共重合体との質量比が、80:20〜20:80であることを特徴とする請求項1に記載のゲル状潤滑剤。
前記2種類のスチレン系ブロック共重合体は、スチレン‐(エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体、スチレン‐(エチレン‐エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体、スチレン‐(エチレン/プロピレン)ブロック共重合体、スチレン‐(エチレン/ブチレン)‐スチレンブロック共重合体、スチレン‐ブタジエン‐スチレンブロック共重合体及びスチレン‐イソプレン‐スチレンブロック共重合体からなる群から選ばれることを特徴とする請求項1又は2に記載のゲル状潤滑剤。
前記エステル系合成油が、トリオクチルトリメリテート、ペンタエリスリトール脂肪酸エステル及びテトラオクチルピロメリテートからなる群から選択される少なくとも一種であり、前記合成炭化水素油が、ポリα‐オレフィン又は、アルキルナフタレンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のゲル状潤滑剤。
前記基油は、前記エステル系合成油と前記合成炭化水素油とを質量比40:60〜70:30で含有し、前記ゲル化剤が、前記ゲル状潤滑剤全量に対して2〜9質量%含まれることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のゲル状潤滑剤。
前記2種類のスチレン系ブロック共重合体は、スチレン‐(エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体及びスチレン‐(エチレン‐エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のゲル状潤滑剤。
前記エステル系合成油が、トリオクチルトリメリテートであり、前記合成炭化水素油がポリα‐オレフィンであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のゲル状潤滑剤。
前記保持器は、前記転動体を収容する複数のポケットが形成され、隣接する前記ポケットの間に、前記ゲル状潤滑剤を保持する潤滑剤保持部を有することを特徴とする請求項10に記載の転がり軸受。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[第1の実施形態]
第1の実施形態として、ゲル状潤滑剤について説明する。本実施形態のゲル状潤滑剤は、エステル系合成油及び合成炭化水素油を含有する基油と、2種類のスチレン系ブロック共重合体を含有するゲル化剤を含む。
【0020】
基油に含まれるエステル系合成油は、特に限定されないが、ジエステル油、ネオペンチル型ポリオールエステル油、これらのコンプレックスエステル油、芳香族エステル油、炭酸エステル油、グリセリンエステル油等を用いることができ、潤滑性及び耐熱性に優れるという観点から、トリオクチルトリメリテート(TOTM)、ペンタエリスリトール脂肪酸エステル、テトラオクチルピロメリテート(TOPM)又は、それらの任意の混合物が好ましく、トリオクチルトリメリテート(TOTM)が特に好ましい。基油に含まれる合成炭化水素油は、特に限定されないが、ポリα−オレフィン、エチレンα−オレフィン共重合体、ポリブテン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン等を用いることができ、ポリα‐オレフィン(PAO)、アルキルナフタレン又は、それらの任意の混合物が好ましく、ポリα‐オレフィン(PAO)が特に好ましい。これらの合成炭化水素油は、潤滑性を有すると共に、適度な粘着性を有しながら、適量のオイル(基油)を放出するゲルの形成に貢献する。
【0021】
本実施形態の基油は、本実施形態の効果を得られる範囲で、エステル系合成油及び合成炭化水素油以外の基油を含有してもよいが、極性が高くゲル化し難いエステル系合成油と、極性の低くゲル化し易い合成炭化水素油の組み合わせによって、適度な粘度を持つ潤滑剤が得られるという理由から、エステル系合成油及び合成炭化水素油のみからなることが好ましい。また、基油の粘度はピボットのトルクに直接影響を与えるため、エステル系合成油と合成炭化水素油を含有する本実施形態の基油は、40℃における動粘度が、50〜120mm
2/sであることが好ましい。
【0022】
本実施形態の基油は、エステル系合成油と合成炭化水素油とを質量比35:65〜75:25で含有する。質量比35:65を下回るとゲル化が過度に進み、ゲルからオイル(基油)が分離し難くなり、質量比75:25を上回るとゲル化するもののオイルの分離が過剰になり、粘着性の低い硬いゲルと基油とに分離し易くなる。更に、質量比40:60〜70:30で含有することが好ましく、質量比50:50〜70:30で含有することが更に好ましい。この質量比であると、転がり軸受に特に適したゲル状潤滑剤を得ることができる。
【0023】
本実施形態の基油は、ゲル状潤滑剤の全量に対して85〜98質量%で含まれ得る。更に、本実施形態ではゲル潤滑剤中の基油の割合を90〜98%まで高めることができる。従来のグリース系潤滑剤では、増ちょう剤の割合が12%前後必要であったのに対し、本実施形態のゲル状潤滑剤ではゲル化剤の含有量を1.5〜10%程度に抑えられるためである。基油の含有割合を高めることで、少ない潤滑剤の量でも潤滑に寄与するオイル量を確保できるため、本実施形態のゲル状潤滑剤は、小型のハードディスクドライブに搭載される小型のピボットアッシー軸受に用いる潤滑剤として好適となる。
【0024】
本実施形態において、ゲル状潤滑剤に含まれる「ゲル化剤」とは、従来のグリース系潤滑剤のように基油(オイル)を半固体状又は固体状とする物質ではなく、基油をある程度の粘着性を兼ね備えたゲル状にする物質であり、更に、形成されたゲルから適量の基油を滲み出させることを目的とする。ゲル化剤としては、例えば、エラストマー等の高分子化合物を用いることができ、後述する増ちょう剤とは区別される。本実施形態のゲル化剤が含有する2種類のスチレン系ブロック共重合体としては、スチレン‐(エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体(SEPS)、スチレン‐(エチレン‐エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体(SEEPS)、スチレン‐(エチレン/プロピレン)ブロック共重合体(SEP)、スチレン‐(エチレン/ブチレン)‐スチレンブロック共重合体(SEBS)、スチレン‐ブタジエン‐スチレンブロック共重合体(SBS)及びスチレン‐イソプレン‐スチレンブロック共重合体(SIS)が挙げられ、スチレン‐(エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体(SEPS)及びスチレン‐(エチレン‐エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体(SEEPS)であることが好ましい。これらのスチレン系ブロック共重合体は、上述したエステル系合成油及び合成炭化水素油を含有する基油を適量のオイルが滲み出る(分離する)ようにゲル化できる。
【0025】
2種類のスチレン系ブロック共重合体を構成する互いに異なる第1のスチレン系ブロック共重合体と第2のスチレン系ブロック共重合体の質量比は、適度なゲル状態と適切なオイル(基油)の分離量の両方を兼ね備えるために、80:20〜20:80の範囲であることが好ましい。これら2種類のスチレン系ブロック共重合体を含有するゲル化剤は、前記ゲル状潤滑剤全量に対して1.5〜10質量%含まれる。ゲル
化剤の配合量をこの範囲とすることで、適量のオイルが滲み出る(分離する)ゲル状潤滑剤を得ることができる。更に、2〜9質量%であることが好ましい。尚、本実施形態のゲル化剤は、本実施形態の効果を得られる範囲で、2種類のスチレン系ブロック共重合体以外のゲル化剤を含有してもよいが、その場合、配合量、配合の順序等の調整が複雑となるため、2種類のスチレン系ブロック共重合体のみからなることが好ましい。
【0026】
本実施形態のゲル状潤滑剤は、前述のように、エステル系合成油と合成炭化水素油とを質量比35:65〜75:25で含有する基油と、2種類のスチレン系ブロック共重合体を含有するゲル化剤とを含み、ゲル化剤はゲル状潤滑剤全量に対して1.5〜10質量%含まれている。特に好ましいゲル状潤滑剤は、エステル系合成油と合成炭化水素油とを質量比40:60〜70:30で含有する基油と、2種類のスチレン系ブロック共重合体を含有するゲル化剤とを含み、ゲル化剤はゲル状潤滑剤全量に対して2〜9質量%含まれている。本発明者は、上述2種類の基油及び2種類のゲル化剤を上述の質量比で組み合わせることにより、適度な粘着性を有しながら、適量のオイル(基油)が滲み出る(分離する)ゲル状潤滑剤が得られることを見出した。本実施形態のゲル状潤滑剤は、転がり軸受に用いた場合に、保持器(リテーナ)上に保持される粘着性を有し、且つゲルから適度な量のオイルを放出して内外輪(レース)及びボール表面へ供給できる。このように、ゲル分は保持器(リテーナ)に保持されて、適量なオイルのみを連続的に内外輪(レース)及びボールに供給することで、ゲル状潤滑剤でありながら、オイル潤滑の利点である低トルクを実現できる。オイルは徐々に内外輪(レース)及びボール表面へ供給されるため、本実施形態のゲル状潤滑剤が用いられる転がり軸受は長寿命である。また、ゲル分は保持器(リテーナ)に留まるため、内外輪(レース)及びボールの間へ入り込んでトルクを上昇させることも防止される。また、本実施形態のゲル状潤滑剤は、長期間使用しても潤滑剤内にウレア等の凝集物が発生することが無いため、トルク変動が小さい。
【0027】
本実施形態のゲル状潤滑剤は、ピボットアッシー軸受用の潤滑剤として特に優れている。ピボットアッシー軸受は、一定方向に回転するのではなく、ハードディスクドライブの磁気ヘッドをディスク上で移動させるために高速で揺動運動を繰り返し、磁気ヘッドを正確な位置に移動させる速い応答速度も必要とされる。本実施形態のゲル状潤滑剤は、ピボットアッシー軸受のトルク変動を小さくできるため、磁気ヘッドの正確な位置決めが可能となり、またそのトルクの値が低いので磁気ヘッドの応答速度も速くなる。
【0028】
本実施形態のゲル状潤滑剤が上述のような効果を得られるのは、本実施形態のゲル状潤滑剤の組成が、基油とゲル化剤との相溶性が最適となる組成であるためと推測される。基油とゲル化剤の相溶性が高過ぎると、基油の粘度が上昇するのみでゲル化が難しい。このような潤滑剤を転がり軸受けに用いると、オイル(基油)と共に不完全なゲルも内外輪(レース)及びボール表面へ流れてしまう。また、基油とゲル化剤の相溶性が高過ぎる場合には、一旦ゲル化すると、オイルの分離量が非常に少なく、また、ゲルの粘着性が高い場合が多い。反対に、基油とゲル化剤の相溶性が低過ぎると、ゲルは不安定となり、時間経過と共にオイルが分離し大量に放出されてしまう。本実施形態のゲル状潤滑剤は、エステル系合成油と合成炭化水素油を混合した基油と、2種類のゲル化剤との相溶性が最適となる組成であると推測される。
【0029】
本実施形態においてゲル化剤として用いたスチレン系ブロック共重合体は、一般的には、基油の粘度を調製する粘度調整剤として用いられている。従来は、粘度調整剤には基油と極性の近いポリマー、即ち基油との相溶性が高いポリマーが選択された。基油がエステル系合成油の場合には、例えば、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)等が用いられ、基油が合成炭化水素油の場合は、例えば、SEPS、SEEPS等のスチレン系ブロック共重合体が用いられた。本発明者は、当初、潤滑性及び耐熱性に優れるエステル系合成油を基油に選択し、エステル系合成油に相溶性の高いPMMAを添加してゲル状潤滑剤の調製を試みた。しかし、エステル系合成油にPMMAを添加すると、ゲル化し難い上、一旦、ゲル化した後はオイル分離量が非常に少ない。また、ゲルの粘着性は高いが攪拌により小さな塊に分断され易い状態(せん断安定性に欠ける状態)であり、目的とするゲル状態は得られなかった。そこで、本発明者は、目的とする適度な粘着性を有しながら、適量のオイル(基油)を放出するゲル状態を得るためには、基油とゲル化剤との相溶性が最適となる必要があると考え、エステル系合成油に敢えて相溶性の低いゲル化剤であるスチレン系ブロック共重合体を添加し、次に、エステル系合成油とスチレン系ブロック共重合体を相溶させるため、合成炭化水素油を添加した。本実施形態のゲル状潤滑剤において、合成炭化水素油は基油であると共に、エステル系合成油とスチレン系ブロック共重合体のバインダ的役割を果たすと推測される。更に、ゲル化剤に関しても、単独のスチレン系ブロック共重合体のみでは、目的とするゲル状態を得ることが出来ないことが判明したために、2種類のスチレン系ブロック共重合体を用いた。2種類のスチレン系ブロック共重合体を用いることで、エステル系合成油と合成炭化水素油との相溶性が向上し、ゲルから分離するオイル量を適量に調整できると推測される。
【0030】
基油とゲル化剤との相溶性は、それらの極性に依存する。極性の高い基油に対しては、極性の高いゲル化剤の相溶性は高く、反対に、極性の低いゲル化剤の相溶性は低い。また、極性の低い基油に対しては、極性の低いゲル化剤の相溶性は高く、反対に、極性の高いゲル化剤の相溶性は低い。物質の極性を示す指標の一つに誘電率がある。一般に、誘電率が高い物質は極性が高い。SEPS、SEEPS等のスチレン系ブロック共重合体は、極性基を有さないその化学構造から、誘電率は低いと予想される。また、本実施形態に用いられる基油の誘電率を測定したところ、エステル系合成油であるトリオクチルトリメリテート(TOTM)は、7.00(F/m)、合成炭化水素油であるポリアルファオレフィン油(PAO10)は、3.06(F/m)であり、エステル系合成油(TOTM)の誘電率は、ポリアルファオレフィン油(PAO10)の誘電率の2倍以上高かった。この結果から、誘電率が高いエステル系合成油(TOTM)は、誘電率が低いと予想されるスチレン系ブロック共重合体との相溶性が低く、誘電率が低いポリアルファオレフィン油(PAO10)は、スチレン系ブロック共重合体との相溶性が高いと推測される。このように、本実施形態では、誘電率が高いエステル系合成油(TOTM)と、誘電率が低いポリアルファオレフィン油(PAO10)とを特定の比率で混合することで、誘電率が低いと予想されるSEPS、SEEPS等のスチレン系ブロック共重合体を用いてゲル化したときに、適度な粘着性を有しながら、適量のオイル(基油)を放出するゲル状態が得られると推測される。
【0031】
更に、本実施形態のゲル状潤滑剤は、一般的に潤滑剤に含有される極圧添加剤、酸化防止剤、防錆剤、金属不活性剤を含有してもよい。特に、極圧添加剤は、本実施形態のゲル状潤滑剤において、ゲルとオイルとの適度な分離を阻害することなく、転がり軸受の耐摩耗性を向上させ長寿命化できるため、含有することが好ましい。
【0032】
極圧添加剤としては、有機リン酸化合物、有機金属化合物などが挙げられる。本実施形態で用いることができる有機リン化合物としては、正リン酸エステルが好ましい。正リン酸エステルとしては、例えばトリキシレニルフォスフェート、トリフェニルフォスフェート、トリエチルフォスフェート、トリブチルフォスフェート、トリス(2‐エチルヘキシル)フォスフェート、トリス(2‐エチルヘキシル)フォスフェート、トリデシルフォスフェート、ジフェニルモノ(2‐エチルヘキシル)フォスフェート、トリクレジルフォスフェート、トリオクチルフォスフェート、トリステアリルフォスフェート等を挙げることができる。更に、本実施形態では酸性リン酸エステルも使用できる。酸性リン酸エステルとしては、例えばメチルアッシドフォスフェート、イソプロピルアッシドフォスフェート、ブチルアッシドフォスフェート、2‐エチルヘキシルアッシドフォスフェート、イソデシルアッシドフォスフェート、トリデシルアッシドフォスフェート、ラウリルアッシドフォスフェート等を挙げることができる。また、本実施形態では亜リン酸エステル類も使用できる。亜リン酸エステル類としては、例えばトリオクチルフォスファイト、トリフェニルフォスファイト、トリクレジルフォスファイト、ビス‐2‐エチルヘキシルフォスファイト、トリデシルフォイスファイト、ジブチルハイドロジェンフォスファイト、トリス(ノニルフェニル)フォスファイト、ジラウリルハイドロジェンフォスファイト、ジフェニルモノデシルフォスファイト、トリラウリルトリチオフォスファイト、ジフェニルハイドロジェンフォスファイト等を挙げることができる。有機金属化合物としては、有機モリブデン化合物等が挙げられる。有機モリブデン化合物は、軸受金属面に吸着し、皮膜を形成して機能し、高荷重、低速下でも焼付き、耐荷重性、耐摩耗性を向上できる。
【0033】
これら極圧添加剤は、それぞれ単独で又は2種以上を混合して用いることができる。これら極圧剤の配合量は、潤滑剤全量に対して0.2質量%〜5質量%が適当であり、1〜2質量%であることが好ましい。0.2質量%未満では充分な目的が達成されないが、5質量%を超えると腐食性のガスの発生量が多くなり、好ましくない。
【0034】
酸化防止剤としては、フェノール系や芳香族アミン系の化合物か挙げられる。例えば、2,6‐ジ‐t‐ブチル‐4‐メチルフェノールなとのフェノール酸化防止剤;p,p'‐ジオクチルジフエニルアミンなとのアミン系酸化防止剤等が挙げられる。これらの酸化防止剤は、それぞれ単独で又は2種以上を混合して用いることができる。これらの酸化防止剤の配合量は、0.5〜5質量%が適当である。
【0035】
防錆剤としては、コハク酸化合物が挙げられる。たとえばコハク酸化合物としてはアルケニルコハク酸又はその無水物が好ましく、このアルケニルコハク酸も、軸受材料である転動面や摺動面に良好に吸着して薄膜を形成する。また、コハク酸誘導体も同様の作用がある。コハク酸誘導体としては、例えばコハク酸、アルキルコハク酸、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸ハーフエステル、コハク酸イミド等を挙げることができる。これらのコハク酸誘導体も、単独でも適宜組み合わせて使用してもよい。金属不活性剤としてはベンゾトリアゾール、ベンゾイミダゾール、インダゾール等が挙げられる。
【0036】
本実施形態のゲル状潤滑剤は、増ちょう剤を含まないことが好ましい。増ちょう剤は、潤滑剤中で凝集固化する場合があり、転がり軸受に用いた場合に大きなトルク変動を発生させるからである。また、本実施形態のゲル状潤滑剤は、ゲル化剤を用いることで十分な粘着性を得られるので、増ちょう剤を含む必要がない。本実施形態において、「増ちょう剤」とは、従来のグリース系潤滑剤で使用され、潤滑油を半固体状にする物質であり、前述したゲル化剤とは区別される。本実施形態のゲル状潤滑剤が含まないことが好ましい増ちょう剤としては、例えば、リチウム石けん及びカルシウム石けん等の金属石けん系増ちょう剤、ウレア化合物やシリカゲル、ベントナイト等の非金属石けん系増ちょう剤が挙げられる。
【0037】
本実施形態のゲル状潤滑剤は、例えば、エステル系合成油と合成炭化水素油とを含有する基油と、2種類のスチレン系ブロック共重合体と、必要により他の添加剤とを従来公知の方法により、適温にて均一に混合することにより調製できる。
【0038】
[第2の実施形態]
本実施形態では、第1の実施形態のゲル状潤滑剤が封入された転がり軸受について説明する。
図1に示す本実施形態の転がり軸受11は、回転軸mを中心軸とする円筒形の外輪1と、外輪1の内周側に外輪1と同軸状に設けられる円筒形の内輪2と、外輪1と内輪2との間に形成される軌道6内に配置される複数の転動体であるボール3と、軌道6内に配置されてボール3を保持する保持器(リテーナ)4と、内輪2に対向する外輪1の軌道面1aの両端部から内輪2へ向かって伸び、軌道6を外界から遮断するシール5と、軌道6内に封入される第1の実施形態のゲル状潤滑剤(不図示)とから主に構成される。転がり軸受11では、外輪1及び内輪2と、複数のボール3との転がり接触によって摩擦抵抗が低減され、ボール3の転動により、内輪2が外輪1に相対して、回転軸mを中心として回転する。ボール3は、保持器4により、内輪1及び外輪2の周方向に所定の間隔で保持され、ボールの脱落や隣接するボール間の接触が抑制される。更に、転がり軸受11では、ゲル状潤滑剤により、軌道6内のボール3と内外輪1,2との摩擦抵抗が低減され、摩擦トルクが軽減されると伴に摩擦熱の発生も抑制され、内輪1及び外輪2の円滑な回転が促進される。
【0039】
本実施形態に用いられる保持器4は、第1の例として、
図2に示す冠型の保持器4を使用することができる。保持器4は、回転軸mを中心とする円筒形の環状部材41を有し、環状部材41は回転軸mと平行な外周面及び内周面と、外周面及び
内周面を連結し、回転軸mとほぼ垂直である2つの端面41aを有する。環状部材41の一方の端面41aには、ボールを回転可能に収容する複数のポケット(凹部)42が、回転軸mを中心とする周方向に沿って所定間隔で形成される。更に、環状部材41は、各ポケット42の両端部に、上記一方の端面41aから回転軸m方向へ延びる一対の爪43を備える。一対の爪43は、各ポケット42に収容されるボール3の曲面に沿うように、互いに近づくように湾曲しており、これにより、各ポケット42に収容されるボール3の脱落を防止することができる。本実施形態の保持器4の一方の端面41aには、隣接するポケット42,42の間に、隣接する爪43,43に挟まれた空間、潤滑剤保持部44が形成され、潤滑剤保持部44にゲル状潤滑剤を保持できる。ゲル状潤滑剤のうち、ゲル分は潤滑剤保持部44に保持され、ゲルから分離したオイルのみがボール3の表面に油膜を形成するので、転がり軸受11は、低トルクで且つトルク変動を抑えながら回転できる。
【0040】
本実施形態に用いられる保持器4には、
図3に示すように、爪43に挟まれた潤滑剤保持部44の表面に凸部45を設けてもよく、
図4に示すように爪43に挟まれた潤滑剤保持部44の表面に凹部46を形成してもよい。爪43に挟まれた潤滑剤保持部44内に凹部又は凸部を設けることで、更に、ゲル状潤滑剤が潤滑剤保持部44に保持され易くなる。
【0041】
本実施形態では、保持器4(第1の例)に代えて、
図5及び
図6に示す第2の例としての保持器50を用いてもよい。保持器50は、上述した保持器4と同様に、環状部材51を有し、環状部材51の一方の端面51aには、ボールを回転可能に収容する複数のポケット(凹部)52が所定間隔で形成され、各ポケット52毎に一対の爪53を備えている。保持器50の一方の端面51aには、隣接するポケット52,52の間に、隣接する爪53,53に挟まれた空間、潤滑剤保持部54が形成される。そして、潤滑剤保持部54を形成する隣接する爪53,53は、保持器50の外周部側に形成される外周壁55により連結されている。潤滑剤保持部54は、2つの爪53,53及び外周壁55から構成される周囲壁56によって、内周面側を除いた周囲が包囲されている。
【0042】
転がり軸受の駆動時に、保持器も回転軸m(
図1参照)を中心に回転し、潤滑剤保持部54に保持されたゲル状潤滑剤60(
図6参照)は、保持器の回転による遠心力を受ける。保持器50は、周囲壁56の特に外周壁55により、ゲル状潤滑剤60が外周部側に流れ出して、転動体(ボール)3の転動面に侵入することを防止できる。また、ゲル状潤滑剤のうち、潤滑に寄与するオイル(基油)は、回転に伴う熱によって流れ出したり、回転に伴う遠心力により周囲壁56を乗り越えたりして転動体に供給されるため好都合である。
【0043】
本実施形態に用いられる保持器50は、
図7に示すように、外周壁55に回転軸mと平行な方向に延在するスリット57を形成してもよい。これにより、ゲル状潤滑剤のうち潤滑に寄与するオイル(基油)のみを、スリット57を通して潤滑剤保持部54から外輪1へ、ひいては転動体(ボール)3へ供給し易くなる。したがって、周囲壁56によりゲル状潤滑剤の飛び出しを防止してトルクの上昇を防止しながら、潤滑性を一層向上させ、転がり軸受の使用寿命を長く維持できる。更に、
図7に示すように、保持器50の潤滑剤保持部54に上述のような凸部58を設けてもよい。転がり軸受駆動時に、遠心力が付与されてもゲル状潤滑剤が突起58により保持され易くなる。凸部58は、ゲル状潤滑剤の量が少ない場合に特に有効である。
【0044】
本実施形態において、ゲル状潤滑剤の充填量は、軸受11内部の空間容積に対して約5%〜30%が好ましく、特に低トルクが要求されるピボットアッシー軸受においては5%〜10%がより好ましい。ゲル状潤滑剤の充填量をこの範囲とすることで、ゲル状潤滑剤は、転がり軸受11の軌道6内のボール3及び内外輪1,2を十分に潤滑して摩擦抵抗を低減し、摩擦トルクを軽減できる。ここで、軸受11内部の空間容積とは、外輪1と内輪2との間に挟まれ且つシール5によって区切られた軌道6において、ボール3及び保持器4の体積を除いた空間容積である。
【0045】
以上説明したように、本実施形態の転がり軸受11では、ゲル状潤滑剤のゲルが保持器4,50上の潤滑剤保持部44,54に保持され、ゲルから分離する適量のオイルのみが連続的に内外輪(レース)1,2及びボール3に供給される。これにより、本実施形態の転がり軸受11は、低トルクで、且つ長寿命である。また、ゲル状潤滑剤のゲル分は、保持器4,50に留まるため、内外輪(レース)1,2及びボール3の間へ入り込んでトルクを上昇させることも無い。また、本実施形態の転がり軸受11は、長期間使用してもトルク変動が小さく、凝集物起因のロックが発生し難い。
【0046】
本実施形態の転がり軸受11は、ピボットアッシー軸受用の潤滑剤として特に優れている。本実施形態の転がり軸受11は、トルク変動が小さいため磁気ヘッドの正確な位置決めが可能となり、トルクの値そのものも低いため磁気ヘッドの応答速度が速くなる。本実施形態の転がり軸受11は、ピボットアッシー軸受に用いるのに好適であるが、用途はこれに限られず、例えば、ファンモーターやステッピングモーター等の小径軸受を用い、低トルクを必要とするモーター類全般に用いることができる。
【0047】
[第3の実施形態]
本実施形態では、第2の実施形態の転がり軸受を備えたピボットアッシー軸受、及び該ピボットアッシー軸受を含むハードディスクドライブ(HDD)について説明する。
【0048】
図8に示すように、本実施形態のハードディスクドライブ100は、略矩形箱状の基台(ベースプレート)61と、この基台61に載置されたスピンドルモータ62と、このスピンドルモータ62に回転される磁気ディスク63と、磁気ディスク63の所定の位置に情報を書き込むと共に、任意の位置から情報を読み込む磁気ヘッド64を有するスイングアーム20と、スイングアーム20を揺動可能に支持するピボットアッシー軸受10から主に構成される。
【0049】
図9に示すように、スイングアーム20の基部21には、ピボットアッシー軸受10が取り付けられる取付孔22が形成され、基部21からアーム部23が伸びている。
図9では一例として一対のアーム部23を示しているが、アーム部の数はこれに限定されず、ディスクの枚数に依存する。アーム部23の先端部には、ハードディスクドライブ100において情報を読み書きする磁気ヘッド64が取り付けられる。また、基部21には、アーム部23と反対側へ伸びる支持部24が設けられ、支持部24が、ハードディスクドライブ100に設けられた駆動機構により駆動されることでスイングアーム20は揺動する。
【0050】
スイングアーム20の取付孔22には、トレランスリング30を挿入し、トレランスリング30の内側にピボットアッシー軸受10が圧入される。トレランスリング30は、リング部31と、リング部31から軸方向へ伸びる押圧部32とからなり、金属製である。押圧部32は、複数の矩形片33からなり、円周方向の一カ所に矩形片33のない箇所が設けられている。各矩形片33には、半径方向へ突出する凸部(図示略)が設けられ、ピボットアッシー軸受10が圧入されるとトレランスリング30が膨出し、凸部が取付孔22の内周面に押し付けられることでピボットアッシー軸受10が取付孔22に固定される。尚、本実施形態では、トレランスリング30を介してピボットアッシー軸受10をスイングアーム20に取り付けたが、トレランスリング30を使用せずに、接着剤による固定や、ネジ止め等により、ピボットアッシー軸受10をスイングアーム20に直接、取り付けてもよい。
【0051】
図10に示すように、ピボットアッシー軸受(軸受装置)10は、シャフト(軸)9と、所定長さのスペースSを空けてシャフト9に嵌装される2つの転がり軸受である第1の軸受12及び第2の軸受13と、スペースSに設けられて第1及び第2の軸受12,13と接する環状のスペーサ15と、第1軸受及び第2軸受を外装するスリーブ14(外周部材)から、主に構成される。第1の軸受12及び第2の軸受13には、上述した第2の実施形態の転がり軸受を用いる。第1の軸受12は、第1の内輪12aと、第1の外輪12bと、第1の内輪12aと第1の外輪12bとの間に形成される軌道内に配置される複数の転動体であるボール12cと、軌道内に配置されてボール12cを保持する保持器(リテーナ)(不図示)と、軌道を外界から遮断するシール(不図示)と、軌道内に封入される第1の実施形態のゲル状潤滑剤(不図示)から主に構成される。第2の軸受13も同様に、第2の内輪13aと、第2の外輪13bと、第2の内輪13aと第2の外輪13bとの間に形成される軌道内に配置される複数の転動体であるボール13cと、軌道内に配置されてボール13cを保持する保持器(リテーナ)(不図示)と、軌道を外界から遮断するシール(不図示)と、軌道内に封入される第1の実施形態のゲル状潤滑剤(不図示)から主に構成される。シャフト9は、筒状のシャフト本体9aと、シャフト本体9aの一端側に形成されたフランジ部9bを有し、フランジ部9bを基台61(
図8参照)側に位置させて基台61に取り付けられる。第1の軸受の第1の内輪12aの一端部は、シャフトのフランジ部9bに接している。
【0052】
本実施形態のピボットアッシー軸受10は、回転軸m方向のガタを無くすために、
図10に示すように、矢印Bで示される方向に予圧を加えながら組み立てる。例えば、第1、第2の外輪12b,13bの間のスペースSにスペーサ15を挿入した状態で、スリーブ14の内面に第1の外輪12bをスライド可能に嵌装するとともに第2の外輪13bを接着剤で固定し、第1の内輪12aをフランジ部9bに当接させた状態でシャフト9に接着剤で固定する。一方、第2の内輪13aをシャフト9にスライド可能に嵌装し、この後、第2の内輪13aの外端部に、
図10に示す矢印B方向の荷重を掛けて予圧を付与し、この予圧が付与された状態で第2の内輪13aをシャフト9に接着剤で固定し、更に外輪12bをスリーブ14の内面に固定して軸方向のガタを無くす。スペーサ15は、予圧を付与する際にスペースSを維持することで、第2の内輪13aに予圧を付与する場合、第1の内輪12aと、第2の内輪13aとの接触を防止でき、予圧量を広範囲にわたって調整可能になる。
【0053】
また、本実施形態では、
図10に示すピボットアッシー軸受10に代えて、スリーブ14及びスペーサ15を省略した
図11に示すピボットアッシー軸受30を用いてもよい。ピボットアッシー軸受30において、第1、第2の外輪12b,13bは同等寸法に設定されている。一方、第1、第2の内輪12a,13aの回転軸m方向の幅寸法は、第1、第2の外輪12b,13bの幅寸法に比べて小さい。第1、第2の内輪12a,13aの幅寸法の縮小設定は、第1、第2の軸受12,13のボール(転動体)12c,13cを中心にして第1及び第2の内輪12a,13aの幅方向の両側を短くしている。第1、第2の軸受12,13は、第1、第2の外輪12b,13bを接した状態でシャフト9に嵌装されており、且つ第1の内輪12aの一端部がシャフト9のフランジ部9bに接している。
【0054】
図11に示すピボットアッシー軸受30は、第1の外輪12bと第2の外輪13bとが接した状態で第1、第2の外輪12b,13bを保持し、第1の内輪12aをシャフト9に接着剤で固定する。一方、第2の内輪13aをシャフト9にスライド可能に嵌装し、この後、第2の内輪13aの外端部に
図11に矢印Bで示す方向の荷重を掛けて予圧を付与し、この予圧が付与された状態で第2の内輪13aをシャフト9に接着剤で固定し、軸方向のガタを無くす。
【0055】
このように構成したピボットアッシー軸受30では、第1、第2の内輪12a,13aの幅寸法は、第1、第2の外輪12b,13bの幅寸法に比べて小さいので、第1、第2の転がり軸受12,13を互いに接した状態でも、第1、第2の内輪12a,13aの間にスペースSが形成される。このため、第2の内輪13aに予圧を付与する場合、予圧量を広範囲にわたって調整可能になる。また、スペーサ15が省略できるので、その分、軸受装置30全体の回転軸m方向の幅寸法を短くすることが可能となり、ひいてはスイングアーム20の支点部の厚さ寸法が短くなってハードディスクドライブ100を薄型化できる。また、ピボットアッシー軸受30は、スリーブ14を有さないため、部品点数が少なくなり低コスト化できる。
【0056】
本実施形態のピボットアッシー軸受10,30には、第1の実施形態のゲル状潤滑剤が充填された転がり軸受である第1及び第2の軸受12,13が用いられている。一般的な転がり軸受は一方向に回転するが、ピボットアッシー軸受10,30は、ハードディスクドライブ100の磁気ヘッド64を磁気ディスク63上で移動させるため、微小角度で正転と逆転を繰り返す揺動運動を高速で行う。そして、高い応答速度で磁気ヘッド64を正確な位置に移動させる必要がある。そのような過酷な駆動条件においても、本実施形態で用いるゲル状潤滑剤は、保持器上に保持される粘着性を有し、且つゲルから適量のオイルを連続的に放出してボール及び内外輪へ供給できる。この結果、本実施形態のハードディスクドライブ100は、転がり軸受12,13を低トルクで、且つ小さいトルク変動で、安定に駆動させることができ、磁気ヘッドの正確な位置決めが可能となり、また、より早い応答が可能となる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0058】
[予備実験]
基油としてエステル系合成油及び合成炭化水素油を用い、ゲル化剤としてスチレン系ブロック共重合体を用いて、以下に説明する予備実験(I)〜(III)を行った。予備実験(I)〜(III)の結果を表1に示す。
【0059】
予備実験(I):表1に示すように、エステル系合成油、合成炭化水素油、それぞれからなる基油に対して、1種類のゲル化剤を添加して、220℃に加熱しながら均一に混合し、試料1〜4を調製した。試料1〜4について、ゲル化とオイル分離を下記の観察方法に基づいて観察した。ゲル化剤は、基油に対して、約4〜9質量%添加した。
予備実験(II):表1に示すように、エステル系合成油及び合成炭化水素油の2種類を混合した基油に対して、1種類のゲル化剤を添加して、220℃に加熱しながら均一に混合し、試料5及び6を調製した。試料5及び6について、ゲル化とオイル分離を下記の観察方法に基づいて観察した。ゲル化剤は、基油全量に対して約2〜6質量%添加し、2種類の基油の混合割合は、質量比で、(エステル系合成油):(合成炭化水素油)=1:1とした。
予備実験(III):表1に示すように、エステル系合成油及び合成炭化水素油の2種類を混合した基油に対して、2種類のゲル化剤を添加して、220℃に加熱しながら均一に混合し、試料7を調製した。試料7について、ゲル化とオイル分離を下記の観察方法に基づいて観察した。ゲル化剤は、基油全量に対して約4〜5質量%添加し、2種類の基油の混合割合は、質量比で、(エステル系合成油):(合成炭化水素油)=1:1とし、2種類のゲル化剤の混合割合は、質量比で(SEPS):(SEEPS)=3:2とした。
【0060】
<観察方法>
まず、ビーカー内で試料1〜7を調製し、ゲル化の有無を目視により判断した。次に、ゲル化した試料について、(1)ビーカーの内壁とゲルの間に、分離しているオイルが目視によって確認されず、更に、(2)観察者の指をゲルに接触させ、このとき、少量のオイルが指に付着し、且つ観察者の指にゲルが付着しない状態を「適量のオイルが分離している状態」と判断した。また、(1)において、分離しているオイルが目視によって確認された場合は、オイルの分離量が多いと判断し、(2)において、観察者の指にオイルが付着せずに、ゲルが付着した場合は、オイル分離量が少ないと判断した。
【0061】
【表1】
1)TOTM:エステル系合成油(トリオクチルトリメリテート)
2)PAO10:合成炭化水素油(Exxon Mobil社製、ポリアルファオレフィン油、100℃における動粘度:10mm
2/s)
3)SEPS:スチレン‐(エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体
4)SEEPS:スチレン‐(エチレン‐エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体
【0062】
予備実験(I)〜(III)の結果から、エステル系合成油及び合成炭化水素油の2種類を混合した基油に対して、2種類のゲル化剤を添加した場合(試料7)、基油が十分にゲル化し、且つ適量のオイルが分離する(滲み出る)ことがわかった。試料7は、転がり軸受に用いた場合に、転がり軸受の保持器上に保持される粘着性を有し、適量のオイルを放出しボール等へ供給することが期待される。
【0063】
一方、1種類の基油に対して、1種類のゲル化剤を添加した試料1〜4は、ゲル化及び適量のオイルの分離という、転がり軸受用潤滑剤として要求される特性を有さなかった。これは、試料1及び2では、エステル系合成油(TOTM)とスチレン系ブロック共重合体(SEPS、SEEPS)との相溶性が低過ぎるためであり、試料3及び4では、合成炭化水素油(PAO10)とスチレン系ブロック共重合体(SEPS、SEEPS)との相溶性が高過ぎるためではないかと推測される。また、2種類を混合した基油に対して、1種類のゲル化剤を添加した試料5及び6も、ゲル化及び適量のオイルの分離という、転がり軸受用潤滑剤として要求される特性を有さなかった。
【0064】
[実施例1〜18及び比較例1〜31]
表2に示すゲル状潤滑剤組成に従って、基油、ゲル化剤及び添加剤を220℃に加熱しながら均一に混合し、実施例1〜18の試料(ゲル状潤滑剤)を得た。同様の方法により、表3に示すゲル状潤滑剤組成に従って、比較例1〜30の試料を得た。また、比較例31として、従来からピボットアッシー軸受に用いられているウレアグリース系潤滑剤を用意した。
【0065】
【表2】
1)TOTM:エステル系合成油(トリオクチルトリメリテート)
2)PAO10:合成炭化水素油(Exxon Mobil社製、ポリアルファオレフィン油、100℃における動粘度:10mm
2/s)
3)SEPS:スチレン‐(エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体
4)SEEPS:スチレン‐(エチレン‐エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体
5)アミン系酸化防止剤:2.0wt%、ベンゾトリアゾール系金属不活性剤:0.5wt%、コハク酸ハーフエステル系防錆剤:0.5wt%、リン酸エステル系極圧添加剤:2.0wt%
【0066】
【表3】
1)TOTM:エステル系合成油(トリオクチルトリメリテート)
2)PAO10:合成炭化水素油(Exxon Mobil社製、ポリアルファオレフィン油、100℃における動粘度:10mm
2/s)
3)SEPS:スチレン‐(エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体
4)SEEPS:スチレン‐(エチレン‐エチレン/プロピレン)‐スチレンブロック共重合体
5)アミン系酸化防止剤:2.0wt%、ベンゾトリアゾール系金属不活性剤:0.5wt%、コハク酸ハーフエステル系防錆剤:0.5wt%、リン酸エステル系極圧添加剤:2.0wt%
【0067】
実施例1〜18及び比較例1〜30の試料について、(a)粘着性及び(b)オイル分離量の評価を下記方法により実施した。比較例31のウレアグリース系潤滑剤については、(a)粘着性のみ評価した。
【0068】
(a)粘着性
図12に示す回転式レオメータ70を使用して、実施例1〜18及び比較例1〜31の試料を用いてトルクを測定した。回転式レオメータ装置70は、トルクメータ71と、回転軸72を中心に回転する上部回転プレート73及び下部固定プレート74とから主に構成される。上部回転プレート73及び下部固定プレート74のプレート間のギャップGを0.5mmに設定して、プレート間に各実施例及び比較例の試料S(ゲル状潤滑剤)を挟み込み、25℃の環境に放置後、上部回転プレート73をせん断速度0.5s
−1で回転させ、トルクを測定した。尚、上部回転プレート73及び下部固定プレート74は、直径20mmのものを用いた。
【0069】
以下の基準に従い、測定されたトルクに基づいて、実施例1〜18及び比較例1〜30の試料の粘着性を評価した。
<粘着性 評価基準>
○:転がり軸受に適した粘着性を有する(トルクが、3.5mN・m未満)
△:転がり軸受に使用可能な粘着性を有する(トルクが、3.5mN・m以上、5mN・m未満)
×:転がり軸受に適した粘着性を有さない(トルクが、5mN・m以上)
【0070】
上記評価基準において、評価「○」は、従来からピボットアッシー軸受に用いられているウレアグリース系潤滑剤を用いた比較例31におけるトルクと同等又はそれ以下のトルクであり、転がり軸受に適した粘着性を有することを示す。評価「△」は、比較例31におけるトルクの1.5倍程度より小さいトルクであり、転がり軸受に使用可能な粘着性を有することを示す。評価「△」の上限値は、従来のウレアグリース系潤滑剤を用いた場合のトルクのバラツキ幅と、製品の実績値などを考慮して決定した。評価「×」は、比較例31におけるトルクの1.5倍程度以上のトルクであり、転がり軸受に適した粘着性を有していないことを示す。また、ゲル化しなかった試料、ゲル化したが大部分のオイルがすぐに分離した試料、又は、オイルが全く分離しない試料は、転がり軸受の潤滑剤に適さないのでトルクは測定しなかった。
【0071】
(b)オイル分離量
実施例1〜18及び比較例1〜30の試料をビーカーに所定量入れ、温度60℃(±1℃)、相対湿度0%の環境下に168時間放置する恒温放置試験を行った。恒温放置試験後、分離したオイルを取り除いた後のゲル状潤滑剤の残分の質量を精密天秤で計測し、前後の質量差を分離したオイルの質量とした。分離したオイルの質量を恒温放置試験開始時のゲル状潤滑剤の質量で割ってオイル分離量(%)とした。恒温放置試験の温度は、一般的なピボットアッシー軸受の使用温度上限を考慮して60℃とした。
【0072】
以下の基準に従い、実施例1〜18及び比較例1〜30の試料のオイル分離量を評価した。
<オイル分離量 評価基準>
○:オイル分離量が、0.4%以上、6%未満
△:オイル分離量が、0.15%以上、0.4%未満、又は、6%以上、10%未満
×:オイル分離量が、0.15%未満、又は10%以上
【0073】
上記評価基準において、評価「○」は、ゲル状潤滑剤からのオイル分離量が特に良好であることを示す。評価「△」は、ゲル状潤滑剤からのオイル分離量が良好であることを示す。評価「×」は、ゲル状潤滑剤からのオイル分離量が少な過ぎるか、又は、多過ぎることを示す。また、ゲル化しなかった試料、ゲル化したが大部分のオイルがすぐに分離した試料、又は、オイルが全く分離しない試料は、転がり軸受の潤滑剤に適さないのでオイル分離量は測定しなかった。
【0074】
(c)総合評価
(a)粘着性及び(b)オイル分離量の結果から、下記評価基準に従って、総合評価を行った。
【0075】
<総合評価 評価基準>
○:(a)及び(b)の結果が○
△:(a)及び(b)の結果が○又は△、且つ(a)又は(b)の結果が△
×:(a)若しくは(b)の結果が×、又は(a)若しくは(b)において評価を行っていない。
【0076】
上記総合評価において、評価「○」は、粘着性及びオイル分離量が特に良好であり、転がり軸受に用いる潤滑剤として特に適していることを示す。評価「△」は、粘着性及びオイル分離量が良好であり、転がり軸受に用いる潤滑剤として適していることを示す。評価「×」は、転がり軸受に用いる潤滑剤として適していないことを示す。
【0077】
実施例1〜18の評価結果を表4に、比較例1〜31の評価結果を表5及び表6に、また、
図13に示す横軸を基油の配合比率、縦軸をゲル化剤の配合量とした図において、実施例1〜18及び比較例1〜30の試料の組成を示す位置に、総合評価結果○、△及び×を記載した。
【0078】
【表4】
【0079】
【表5】
【0080】
【表6】
【0081】
表4に示すように、エステル系合成油(TOTM)と合成炭化水素油(PAO10)とを質量比35:65〜75:25で含有する基油と、2種類のスチレン系ブロック共重合体(SEPS、SEEPS)を含有するゲル化剤とを含み、ゲル化剤が、ゲル状潤滑剤全量に対して1.5〜10質量%含まれている実施例1〜18のゲル状潤滑剤は、粘着性及びオイル分離量が良好であり、転がり軸受に用いる潤滑剤として適していることがわかった。
図13において、この範囲、即ち、エステル系合成油(TOTM)と合成炭化水素油(PAO10)とを質量比35:65〜75:25で含有し、且つ、ゲル化剤がゲル状潤滑剤全量に対して1.5〜10質量%である範囲を実線で囲んだ領域aとして示す。
【0082】
図13の領域aの範囲内に、一点鎖線で囲んだ領域bを示す。領域bは、基油中のTOTM配合比率が40%〜70%、即ち、エステル系合成油(TOTM)と合成炭化水素油(PAO10)とを質量比40:60〜70:30で含有し、且つ、ゲル化剤が、ゲル状潤滑剤全量に対して2〜9質量%含まれる範囲である。この領域b内の組成を有するゲル状潤滑剤は、転がり軸受に用いる潤滑剤として好ましい。
【0083】
更に、
図13の領域bの範囲内に、破線で囲んだ領域cを示す。領域cの範囲内の組成を有するゲル状潤滑剤は、全て総合評価が「○」であり、転がり軸受に用いる潤滑剤としてより好ましい。即ち、横軸を基油の配合比率、縦軸をゲル化剤の配合量とした図(
図13)において、エステル系合成油と合成炭化水素油との質量比が50:50で且つゲル化剤の配合量が6質量%の第1の点と、エステル系合成油と合成炭化水素油との質量比が50:50で且つゲル化剤の配合量が2質量%の第2の点と、エステル系合成油と合成炭化水素油との質量比が70:30で且つゲル化剤の配合量が4質量%の第3の点と、エステル系合成油と合成炭化水素油との質量比が70:30で且つゲル化剤の配合量が9質量%の第4の点とを
破線により結んで形成される領域(領域c)の範囲内の組成を有するゲル状潤滑剤は、転がり軸受に用いる潤滑剤としてより好ましい。
【0084】
一方、表5、表6及び
図13に示すように、基油がエステル系合成油(TOTM)と合成炭化水素油(PAO10)とを質量比35:65〜75:25で含有するという条件と、2種類のスチレン系ブロック共重合体(SEPS、SEEPS)を含有するゲル化剤であって、ゲル状潤滑剤全量に対して1.5〜10質量%含まれているという条件の両条件を満たしていない比較例1〜30は、総合評価が「×」であり、転がり軸受に用いる潤滑剤として適していなかった。
【0085】
(d)ピボットアッシー軸受の回転トルク測定
実施例4、実施例9および実施例17のゲル状潤滑剤と、比較例31のウレアグリース系潤滑剤を転がり軸受に充填し、回転トルクを測定した。回転トルク測定に用いた転がり軸受は、ハードディスクのスイングアームのピボットアッシー軸受に使用される軸受であり、
図1の転がり軸受11と同様の構造であった。まず、転がり軸受11の構成部品である保持器4の潤滑剤保持部44(
図2参照)にゲル状潤滑剤を充填し、50℃において30分加熱して、オイルの初期滲み出しを行った。次に、2分程度の連続回転を行った。その後、速度0.1rpmで回転角度0度から30度まで回転させ、回転角度0〜30度における回転トルクを測定した。結果を
図14(a)〜(d)に示す。
【0086】
実施例4、9及び17のゲル状潤滑剤は、従来からピボットアッシー軸受に用いられているウレアグリース系潤滑剤(比較例31)と比較して、回転トルクの変動が小さかった。また、平均回転トルクは、比較例31が0.38gf・cm(3.77×10
−5N・m)であるのに対し、実施例4が0.31gf・cm(3.05×10
−5N・m)、実施例9が0.35gf・cm(3.43×10
−5N・m)及び実施例17が0.37gf・cm(3.63×10
−5N・m)であり、実施例4、9及び17のゲル状潤滑剤は、比較例31のウレアグリース系潤滑剤と比較して、平均回転トルクが若干低下していた。
【0087】
また、比較例31のウレアグリース系潤滑剤の基油の粘度が50mm
2/s程度であるのに対して、実施例4、9及び17のゲル状潤滑剤の基油の粘度は70〜85mm
2/s程度であった。即ち、比較例31のウレアグリース系潤滑剤の基油と比較して、実施例4、9及び17のゲル状潤滑剤の基油の粘度の方が高いにもかかわらず、実施例4、9及び17のゲル状潤滑剤の平均回転トルクは、比較例31のウレアグリース系潤滑剤の平均回転トルクと同程度(若干低い)であった。これは、実施例4、9及び17のゲル状潤滑剤の方が、比較例31のウレアグリース系潤滑剤よりも、潤滑剤としての抵抗が小さいことを意味する。
【0088】
以上、本発明のゲル状潤滑剤について具体的に説明してきたが、本発明はそれらの実施例に限定されるものではない。基油として用いるエステル系合成油及び合成炭化水素油、ゲル化剤として用いるスチレン系ブロック共重合体は、本発明の範囲内において種々のものを使用できる。