(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6022997
(24)【登録日】2016年10月14日
(45)【発行日】2016年11月9日
(54)【発明の名称】緊張材の定着体及び引張部材
(51)【国際特許分類】
E04C 5/12 20060101AFI20161027BHJP
【FI】
E04C5/12
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-99021(P2013-99021)
(22)【出願日】2013年5月9日
(65)【公開番号】特開2014-218840(P2014-218840A)
(43)【公開日】2014年11月20日
【審査請求日】2015年11月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000174943
【氏名又は名称】三井住友建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096611
【弁理士】
【氏名又は名称】宮川 清
(72)【発明者】
【氏名】浅井 洋
(72)【発明者】
【氏名】三加 崇
(72)【発明者】
【氏名】藤原 保久
(72)【発明者】
【氏名】安藤 直文
【審査官】
新井 夕起子
(56)【参考文献】
【文献】
特開平02−020747(JP,A)
【文献】
特開平02−024439(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04C 5/12
E04G 21/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属よって形成された筒状の部材を有し、該筒状部材の中空孔に緊張材の端部が挿入されて、該中空孔の内周面と前記緊張材との間に充填された充填材が固化することによって前記緊張材と一体となる緊張材の定着体であって、
該定着体の外周面における前記緊張材の先端側の端部に設けられ、前記緊張材に緊張力が導入された状態で、該緊張力を構造物に伝達することが可能に保持される保持部と、
該保持部より緊張材が伸長されている側に、断面積を縮小した断面縮小部とを有することを特徴とする緊張材の定着体。
【請求項2】
前記断面縮小部は、前記緊張材に破断強度より小さい緊張力が導入された状態で、前記断面縮小部に作用する軸線方向の引張応力度が降伏点に達するように断面縮小部の断面積及び軸線方向における断面縮小部の範囲が設定されていることを特徴とする請求項1に記載の緊張材の定着体。
【請求項3】
前記断面縮小部は、該定着体の前記緊張材が伸長されている側の端より前記保持部側における所定の範囲に形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の緊張材の定着体。
【請求項4】
棒状又はケーブル状の緊張材と、
金属よって形成された筒状の部材であって、中空孔内に前記緊張材の端部が挿入され、該中空孔の内周面と前記緊張材との間に充填された充填材が固化することによって前記緊張材と一体となった定着体と、を有し、
前記定着体は、
該定着体の外周面における前記緊張材の先端側の端部に設けられ、前記緊張材に導入された状態で該緊張力を構造物に伝達することが可能に保持される保持部と、
該保持部より緊張材が伸長されている側に、断面積を縮小した断面縮小部と、を有することを特徴とする引張部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緊張力が導入された状態で両端が構造物に定着される緊張材の両端部に装着される定着体及び緊張材に定着体が装着された引張部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
コンクリートの構造部材にプレストレスを導入するため、もしくは構造部材を吊り支持するために引張部材が広く用いられている。これらの引張部材は、鋼線、鋼より線、鋼棒等を緊張材として用いるときには、くさび又はナット等を用いて構造物に定着するのが一般的となっている。一方、緊張材としてガラス繊維、炭素繊維又はアラミド繊維等を束ねてロッド状にした繊維強化樹脂製の緊張材を用いるときには、この緊張材にねじ山を形成したり、くさびで直接に把持したりすることが難しく、緊張材の端部に金属の定着体を一体に結合することが行われている。この定着体にねじ山を形成してナットを螺合したり、定着体に凸状部を設けて構造部材に係止したりするものである。
【0003】
緊張材に定着体を結合する手段として、定着体を円筒状の部材とし、この円筒状部材の中空孔内に緊張材を挿入して中空孔内に充填材を充填するものがある。充填材は、合成樹脂の接着剤、モルタル等が用いられ、中空孔の周面と緊張材との間に充填され、硬化して定着体と緊張材とを固着するものである。しかし、緊張材と定着体とを緊張材の引張強度に見合った結合強度を有するように結合するためには、定着体の長さを大きくし、緊張材と充填材との間又は充填材と定着体との間の接着面積を大きくする必要が生じる。定着体の長さが大きくなると、この部分で引張部材の径が拡大され、構造物に定着する位置付近で配置が難しくなることがある。また、プレテンション方式のプレストレストコンクリート部材を製造するときには、定着体が結合された緊張材の端部を切断して撤去することになり、定着体が結合される部分の長さが大きいと経済性が悪化する。
【0004】
定着体と緊張材との結合部を強化する手段としては、例えば特許文献1又は特許文献2に開示されるものがある。
特許文献1に記載の発明は、金属からなる円筒状のスリーブと緊張材との結合を強化するために、スリーブの内周面と緊張材の周面との間に接着剤を介在させて結合するとともに、スリーブの外側から加圧して縮径させるものである。
また、特許文献2に記載の発明では、筒状の定着具の内側に緊張材を挿入し、充填材によって緊張材と定着具とを一体に結合するときに、定着具に予め軸線方向の収縮ひずみを与えておき、充填材が固化したときに定着具に軸線方向のひずみが残留するものとしている。これにより、緊張材に緊張力が導入され、定着具を介して定着されたときに緊張材と定着具との間に生じる相対的な変位量を定着具の軸線方向で均一化しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平1−249304号公報
【特許文献2】特開平8−284317号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来の技術では次のような解決が望まれる課題がある。
特許文献1に記載の発明では、スリーブの外周面にナットを螺合するためのねじ山を形成しようとすると、スリーブを縮径するように圧縮した後に行う必要がある。このため、緊張材を配置する現場で長さを調整してスリーブを装着するときには、現場で縮径した後にねじ山を形成する作業を行う必要がある。
また、特許文献2に記載の技術では、定着具に収縮ひずみを与えた状態で緊張材と結合し、定着具の拘束を解放したときに定着具及び緊張材が伸長する。この伸長する量は、充填材の状態、定着具の内側に挿入した緊張材の状態等によって変動することが考えられ、定着具に残留させる収縮ひずみ量の管理が難しくなる。
【0007】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、簡単な工程で緊張材と強固に結合することができる緊張材の定着体及びに緊張材に定着体が強固に結合された引張部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、請求項1に係る発明は、 金属よって形成された筒状の部材を有し、該筒状部材の中空孔に緊張材の端部が挿入されて、該中空孔の内周面と前記緊張材との間に充填された充填材が固化することによって前記緊張材と一体となる緊張材の定着体であって、 該定着体の外周面における前記緊張材の先端側の端部に設けられ、前記緊張材に緊張力が導入された状態で、該緊張力を構造物に伝達することが可能に保持される保持部と、 該保持部より緊張材が伸長されている側に、断面積を縮小した断面縮小部とを有する緊張材の定着体を提供する。
【0009】
この緊張材の定着体では、定着体の保持部が保持されて緊張材に緊張力が導入されると、充填材を介して緊張材から定着体に緊張力が伝達される。そして、定着体に作用する軸線方向の引張力は、定着体の緊張材が伸長している側の端部で小さく、保持部に向かって徐々に増大する。保持部では、緊張材の引張強度に相当する引張強度が必要になるが、保持部より緊張材が伸長されている側では断面を縮小することができる。断面が縮小されていることによって緊張材から伝達された引張力によって定着体に軸線方向の伸びが生じる。筒状となった定着体に軸線方向の伸びが生じると軸線方向と直角方向に断面は縮小され、定着体の中空孔の内径が縮小される。これによって硬化した充填材及び緊張材には定着体の内周面から圧縮力が作用し、定着体と充填材との間及び充填材と緊張材との間の結合強度が増大する。
【0010】
また、緊張材に緊張力が導入されたとき、緊張材に伸びが生じることから緊張材と定着体との間の相対変位は、定着体の緊張材が伸長している側の端部で最も大きく、保持部に向かって徐々に減少する。定着体が断面縮小部を有することによって定着体の軸線方向の伸びが緊張材の伸長している側で大きく生じ、緊張材との相対変位が緩和される。これによって、緊張材と定着体との間で生じるせん断力が、緊張材が伸長している側の端部付近で集中するのが緩和され、保持部側に分布して緊張材と定着体との結合強度が増大する。
【0011】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の緊張材の定着体において、 前記断面縮小部は、前記緊張材に破断強度より小さい緊張力が導入された状態で、前記断面縮小部に作用する軸線方向の引張応力度が降伏点に達するように断面縮小部の断面積及び軸線方向における断面縮小部の範囲が設定されているものとする。
【0012】
この緊張材の定着体では、定着体に作用する軸線方向の引張力によって定着体の引張応力度が降伏点に達し、大きな伸び変形を生じる。これによって内径の収縮量が大きくなり、充填材及び緊張材を周囲から強く圧縮し、緊張材と定着体との大きな結合強度が得られる。また、緊張材と定着体との間に作用するせん断力の分布を均す効果が増大する。一方、定着体はほぼ降伏点に相当する引張応力度が生じた状態で維持されるとともに、緊張材が結合されていることによって伸び量が過大になるのが抑止され、破断することはない。
なお、上記定着体を構成する材料の降伏点は、軟鋼等であると応力とひずみとの関係において明確に現れるが、高張力鋼等では明確な降伏点は現れない。このような材料を定着体に使用するときには、除荷時の永久ひずみが0.2%となる応力度を降伏点とすることができる。
【0013】
請求項3に係る発明は、請求項1又は請求項2に記載の緊張材の定着体において、 前記断面縮小部は、該定着体の前記緊張材が伸長されている側の端より前記保持部側における所定の範囲に形成されているものとする。
【0014】
この緊張材の定着体では、断面縮小部が限定された領域に設けられているので、軸線方向の引張応力度が降伏点に達する領域を予め設定した範囲に限定することができ、伸び量の管理が容易となって安定した結合強度の増大効果が得られる。
【0015】
請求項4に係る発明は、 棒状又はケーブル状の緊張材と、 金属よって形成された筒状の部材であって、中空孔内に前記緊張材の端部が挿入され、該中空孔の内周面と前記緊張材との間に充填された充填材が固化することによって前記緊張材と一体となった定着体と、を有し、 前記定着体は、 該定着体の外周面における前記緊張材の先端側の端部に設けられ、前記緊張材に導入された状態で該緊張力を構造物に伝達することが可能に保持される保持部と、 該保持部より緊張材が伸長されている側に、断面積を縮小した断面縮小部と、を有する引張部材を提供するものである。
【0016】
この引張部材では、定着体の保持部を保持して緊張材に緊張力を導入すると、充填材を介して緊張材と定着体との間で緊張力が伝達され、断面縮小部で定着体に軸線方向の伸びが生じる。これによって、定着体の内径が縮小され、充填材及び緊張材を周囲から圧縮することになって、定着体と緊張材の結合強度が増大する。また、断面縮小部で定着体に軸線方向の伸びが大きく生じ、定着体と緊張材との間に生じる相対変位が、定着体の緊張材が伸長している側の端部付近で過大になるのを抑制することができる。これにより、定着体と緊張材との間に生じるせん断力が軸線方向に均されて結合強度が増大する。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したように本発明に係る緊張材の定着体又は本発明に係る引張部材では、定着体に設けられた断面縮小部に軸線方向の伸びが生じることによって緊張材を周囲から締め付け、定着体と緊張材との間の大きな結合強度が得られる。また、定着体の軸線方向の伸び量が増大し、定着体と緊張材との間に作用するせん断力の分布が均され、結合強度が増大する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施形態である引張部材の端部であって本発明の一実施形態である定着体が緊張材に装着された部分を示す側面図及び正面図である。
【
図2】
図1に示す引張部材に緊張力が導入されて構造部材に定着された状態を示す断面図である。
【
図3】
図1に示す引張部材の定着体及び緊張材に作用する引張力の分布を示す概略図である。
【
図4】定着体に作用する引張応力度の分布と断面縮小部の位置との関係を示す概略図である。
【
図5】定着体と緊張材との相対変位とこれらの間に作用するせん断力との関係を示す概略図である。
【
図6】本発明の他の実施形態である引張部材の端部を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を図に基づいて説明する。
図1は、本発明に係る定着体を装着した引張部材の端部を示す側面図であり、
図2はこの引張部材を緊張した状態でコンクリート構造部材に定着した状態を示す断面図である。
この引張部材は、所定の長さを有する緊張材1と、この緊張材1の両端部に装着された定着体2と、この定着体2に螺合される定着ナット3とを含むものである。
上記緊張材1は、アラミド繊維を束ねて合成樹脂でロッド状にしたものである。この緊張材1の外周面には節状又は螺旋状の凸部(図示しない)が設けられている。本実施の形態では、緊張材1として外径が7.4mm、凸部が形成されている位置で外径が9mmとなったものを3本束ねたものを用いている。
【0020】
上記定着体2は、円筒状の鋼部材であり、中空孔の内径は周囲に隙間が生じた状態で上記緊張材1を挿入することができる大きさに設けられている。そして、この中空孔内に上記緊張材1の端部が挿入され、緊張材1の外周面と中空孔の内周面との間に充填材としてモルタル4が充填される。このモルタル4が硬化して緊張材1と定着体2とが一体に結合されている。
【0021】
上記定着体2は、緊張材1から伝達される緊張力に対して充分な引張強度を有するものであり、必要な断面積が確保されるように外径が決定されている。この定着体2の緊張材1が伸長される側と反対側の端部つまり緊張材1の先端側の端部21には、外周面に上記定着ナット3を螺合することができるねじ山22が形成されている。このねじ山22が形成された範囲は、緊張材1に緊張力が導入されたときに上記定着ナット3を介して該定着体2を保持する保持部23となっている。つまり、定着ナット3を介して緊張材1の端部を構造部材に定着するものである。上記ねじ山22が形成される範囲は、定着体2を保持して緊張力を導入する場合には、緊張力の導入時に緊張材1に生じる伸びを含む長さとされる。
【0022】
上記定着体2の緊張材1が伸長される側の端部24では、中空孔の内周面に複数の凹凸25が設けられている。この凹凸25は、緊張材1との間に充填され硬化したモルタル4との界面で滑りが生じるのを抑制するものであり、凹部又は凸部は環状又は螺旋状に設けることができる。また、独立した凹部又は山状の凸部がほぼ一様に分布するように設けられるものであってもよい。
【0023】
この定着体2の保持部23より緊張材1が伸長される側には、外径を縮小して断面積を小さくした断面縮小部26が形成されている。この断面縮小部26は、定着体1の軸線方向に所定の範囲に設けられ、該定着体2の緊張材1が伸長される側の端部24付近では、保持部23付近と同じ標準の外径を有するものとなっている。
この実施の形態では、定着体の標準部分の外径は40mm、内径は22mm、断面縮小部26の外径は27mmとなっている。なお、断面縮小部26も内径は22mmで標準部分と同じとなっている。
また、この定着体2の軸線方向の長さは300mmとなっており、緊張材1が伸長される側の端27から100mmの位置までは標準の外径を有し、この位置から50mmの範囲が断面縮小部26となっている。また、断面縮小部26より保持部23側は、標準の外径を有するものである。
【0024】
このような定着体2及び緊張材1を有する引張部材は、例えば
図2に示すようにコンクリート構造部材5にプレストレスを導入するために用いることができる。
この引張部材は、コンクリート構造部材5内に埋め込まれたシース7内に挿通されている。そして、定着体2の保持部23を保持して緊張力を導入し、定着体2に螺合された定着ナット3から支圧板6を介して反力がコンクリート構造部材5に伝達されるように定着されるものである。また、緊張材1は全長にわたってコンクリート構造部材内に配置されるものであっても良いし、途中部分はコンクリート構造部材外に配置されて張架されるものであってもよい。
【0025】
一方、このような引張部材は、プレテンション方式によるプレストレストコンクリート部材を製作するときに用いることができる。この場合には、プレストレストコンクリート部材の製作ヤードにおいて、2つの反力支持体を対峙するように設け、これらの反力支持体間に上記引張部材を張架する。そして、緊張材に緊張力を導入し、上記定着体2及び定着ナット3を介して反力支持体に両端を定着する。反力支持体間には型枠を設け、この型枠内で緊張材を埋め込むようにコンクリートを打設する。コンクリートの硬化後、脱型するともに、引張部材の緊張力を解放し、緊張材とコンクリートの付着によってコンクリート部材にプレストレスを導入する。その後、コンクリート部材から突き出した引張部材の端部は定着体とともに切断し撤去する。
【0026】
また、プレテンション方式のプレストレストコンクリート部材は、次のように製作することもできる。
型枠内にコンクリートを打設してコンクリート部材を形成するときにシースを埋め込んでおき、コンクリートの硬化後に上記シース内に本発明に係る引張部材を挿通する。この引張部材に緊張力を導入し、端部を反力支持体に定着した状態でシース内にグラウト材を注入する。グラウト材が硬化して緊張材とコンクリート部材とを一体に結合した後、反力支持体に定着した端部を解放し、緊張材のコンクリート部材から突き出した部分を定着体とともに切断する。
【0027】
次に上記定着体2に設けられた断面縮小部26の位置と断面縮小部26の機能について説明する。
上記のように円筒状の定着体2を緊張材1の端部に装着し、定着体2の保持部23を保持して緊張材1に緊張力を導入すると、緊張材1の端部及び定着体2の軸線方向には
図3に示すような分布で軸線方向の引張力が生じる。つまり、緊張材1の中空孔に挿入されていない部分には導入された緊張力がそのまま作用しており、定着体2の中空孔に挿入されている部分では定着体2の端27から引張力が徐々に定着体2に伝達され、引張力が減少する。この引張力が伝達される定着体2には、緊張材1が伸長する側の端27から保持部23が形成された側に向かって引張力が徐々に増加する分布となる。
【0028】
図4は、このように引張力が伝達される定着体2の軸線方向における引張力応力度の分布を、導入する緊張力が増加する段階を追って示すものである。この図に示す引張応力度は、定着体2の軸線方向に作用する引張力から該定着体2の断面積を断面縮小部26の断面積として換算したものである。
緊張材1に緊張力が導入され始めた初期においては、緊張材1の緊張力は主に緊張材1が伸長している側の端27付近で定着体に伝達され、導入される緊張力が増加するにしたがって定着体2のほぼ全域で作用する引張力が増加する。そして、導入される緊張力が緊張材の引張強度の60%〜70%程度としたときに定着体2の軸線方向の引張応力度が降伏点に達する領域に断面縮小部が設けられている。つまり、この引張部材を緊張し、緊張材1の緊張力がその引張強度の60%〜70%となったときに定着体2の断面縮小部26が降伏するものとしている。
【0029】
一般に、緊張材の緊張力によってコンクリートの構造部材にプレストレスを導入するときに、緊張材には引張強度の70%程度の緊張力が導入される。したがって、上記定着体2を装着した引張部材を緊張したときに断面縮小部26のほぼ全域が降伏する。アラミド繊維を使用した緊張材1では定着体2を構成する鋼より弾性係数が小さく、断面積も小さいために、定着体2の中空孔内に挿入された部分では伸びが定着体2に抑制された状態となっているが、上記のように定着体2が降伏することによって定着体2の断面縮小部26では緊張材1とともに伸びが生じる。これにともなって定着体2の断面は軸線と直角方向縮小し、内径が小さくなる。そして充填されたモルタル4を介して緊張材1を周囲から締め付けるように圧縮する。これにより、断面縮小部26で緊張材1と定着体2との間に作用するせん断力に対して大きな強度を有し、この部分で緊張材1から大きな緊張力を定着体2に伝達することが可能となる。
【0030】
このように断面縮小部26が降伏して強く緊張材1を締め付けた状態では、緊張材1に引張強度の70%以上に大きな緊張力が作用したときに、定着体2の断面縮小部26では軸線方向の引張応力度が降伏点に対しているので、定着体2の断面縮小部26を介して保持部側に伝達される引張力の増加量はわずかとなる。したがって、断面縮小部26では緊張材1の緊張力が増大し、この部分を定着体2が周囲から締め付けていることによって緊張材1から定着体2の保持部側に伝達される緊張力が増大する。これにより、緊張材1が定着体2から抜け出すことに対する強度が増大し、定着体2が緊張材1に強固に結合された引張部材となる。
【0031】
一方、
図3に示すように緊張材1の緊張力が定着体2に伝達されるときに、緊張材1には伸びが生じ、緊張材1と定着体2との間には相対的な変位が生じる。この相対的変位は定着体2の緊張材1が伸長されている側の端部24付近で大きく生じ、保持部23側に向かって減少する。このように緊張材1と定着体2との間に生じる相対的変位の量と緊張材1と定着体2との間に作用するせん断力との関係を調査すると、
図5に示されるようになる。つまり、相対的変位が生じ始めた初期においては相対的変位の増加にともなってせん断力つまり緊張材1から定着体2に伝達される力も増大する。そして、相対的変位がさらに増加すると作用するせん断力は減少に転じる。したがって、定着体2の緊張材1が伸長されている側の端部24付近で大きな相対的変位が生じ、この相対的変位量が過大となると緊張材1から定着体2に伝達されるせん断力が減少することになる。しかし、上記引張部材のように定着体2に断面縮小部26が設けられて引張応力度が降伏点に達することにより、断面縮小部26に軸線方向の伸びが生じる。これにより、断面縮小部26が降伏した後にさらに緊張材1に作用する緊張力が増大しても定着体2の緊張材1が伸長されている側は緊張材1とともに伸びが生じ、相対的な変位の増大が抑制される。したがって、断面縮小部26より緊張材1が伸長されている側で緊張材1から定着体2に伝達される力が維持され、緊張材1の定着体2からの抜け出しに対する強度が大きく維持される。
【0032】
以上に説明した引張部材及び定着体2は、本発明の一実施形態であって、本発明の引張部材又は定着体は本発明の範囲内において他の形態で実施することができる。
例えば、定着体の軸線方向の長さ、外径、内径は使用する緊張材等に応じて適宜に変更して実施することができる。また、定着体の材料としては鋼を用いるのが望ましいが、これ以外の材料を使用しても良い。
定着体の断面縮小部の外径及び位置も緊張材に所定の緊張力が導入されたときに断面縮小部の引張応力度が降伏するように調整して決定することができる。また、定着体に伸びが大きく生じる材料を用い、引張応力度が降伏点に達していなくても断面縮小部の径が縮小して緊張材を締め付けることができるものであれば、断面縮小部は必ずしも降伏するものでなくてもよい。
【0033】
一方、緊張材はアラミド繊維を用いた緊張材に限らず、炭素繊維、ガラス繊維又はアラミド繊維以外の合成樹脂繊維を用いたものであっても良い。緊張材として鋼線、鋼より線を用いるものであっても良いが、上記アラミド繊維、ガラス繊維等を用いたときほどの効果を得ることは難しい。
【0034】
緊張材と定着体とを結合する充填材は、上記実施の形態ではモルタルを用いているが、この他にエポキシ樹脂等の合成樹脂、モルタルに合成樹脂を添加した樹脂モルタル等を用いることができる。
【0035】
また、断面縮小部は上記実施の形態において、定着体の両端部間の中間部分における所定の範囲に設けてられているが、
図6に示すように定着体32の保持部34より緊張材31が伸長されている側における所定の位置35から緊張材31が伸長されている側の端36までに及ぶ断面縮小部35を設けても良い。
このように断面縮小部35が形成されている定着体では、緊張材31が伸長されている側の端部37付近では引張応力度が小さく保持部34側に向かって引張応力度が増大する。したがって、定着体32の緊張材31が伸長されている側の端部37付近では断面が縮小されているが引張応力度が降伏点には達しておらず、断面縮小部35の保持部側の一部の範囲で降伏するように設定することができる。
【符号の説明】
【0036】
1:緊張材, 2:定着体, 3:定着ナット, 4:モルタル, 5:コンクリート構造部材, 6:支圧板, 7:シース,
21:定着体の緊張材が伸長される側の反対側の端部, 22:ねじ山, 23:保持部, 24:定着体の緊張材が伸長される側の端部, 25:定着体の中空孔の内周面に設けられた凹凸, 26:断面縮小部, 27:定着体の緊張材が伸長される側の端, ,
31:緊張材, 32:定着体, 33:定着ナット, 34:保持部, 35:断面縮小部, 36:定着体の緊張材が伸長される側の端, 37:定着体の緊張材が伸長される側の端部