特許第6023002号(P6023002)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6023002
(24)【登録日】2016年10月14日
(45)【発行日】2016年11月9日
(54)【発明の名称】燃料噴射制御装置
(51)【国際特許分類】
   F02D 41/38 20060101AFI20161027BHJP
   F02D 45/00 20060101ALI20161027BHJP
   F02D 41/40 20060101ALI20161027BHJP
【FI】
   F02D41/38 B
   F02D45/00 364D
   F02D41/40 F
   F02D45/00 340A
【請求項の数】5
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2013-109284(P2013-109284)
(22)【出願日】2013年5月23日
(65)【公開番号】特開2014-227950(P2014-227950A)
(43)【公開日】2014年12月8日
【審査請求日】2015年7月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 嘉康
(72)【発明者】
【氏名】宮浦 猛
(72)【発明者】
【氏名】高島 祥光
(72)【発明者】
【氏名】立木 豊盛
【審査官】 山村 秀政
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−158999(JP,A)
【文献】 特開昭62−210237(JP,A)
【文献】 特開2010−101235(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 41/38
F02D 41/40
F02D 45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇圧された状態の燃料を燃料噴射弁に供給する燃料供給系と同燃料供給系の内部の燃料圧力を検出する圧力センサとを備えた内燃機関に適用されて、複数回に分けて燃料噴射を実行する多段噴射によって一回の燃焼サイクルにおける前記燃料噴射弁からの燃料噴射を行う燃料噴射制御装置において、
当該装置は、
前記多段噴射の二段目以降の噴射について各別に、燃料噴射の実行時に前記圧力センサによって検出した燃料圧力の変動態様に基づき前記燃料噴射弁の作動特性の特性パラメータを検出するとともに
自然数を「N」とすると、前記多段噴射の二段目以降の噴射について前段噴射に伴う燃料圧力脈動の影響分を補正する補正項を、前記多段噴射における(N+1)段目の噴射をもとに(N+1)段目の噴射に対応する値として、前記検出した特性パラメータに基づき各別に算出し、
前記燃料噴射弁の作動制御では、前記多段噴射における(N+1)段目の噴射を(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された補正項に基づき実行する
ことを特徴とする燃料噴射制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の燃料噴射制御装置において、
当該装置は、前記補正項の算出対象の燃料噴射を含む算出燃焼サイクルと同補正項の反映対象の燃料噴射を含む反映燃焼サイクルとで前記多段噴射における(N)段目の噴射と(N+1)段目の噴射とのインターバルが異なるときに、前記算出燃焼サイクルにおいて(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された補正項を初期値にリセットしたうえで、前記反映燃焼サイクルにおける前記燃料噴射弁の作動制御を実行する
ことを特徴とする燃料噴射制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の燃料噴射制御装置において、
当該装置は、
前記内燃機関の運転状態によって区画された複数の学習領域毎に、前記圧力センサによって検出した燃料圧力の変動態様に基づいて前記燃料噴射弁の作動特性の特性パラメータを学習する学習処理を実行するとともに、該学習処理において学習した学習項を前記多段噴射の各噴射に反映させるものであり、
記補正項の算出対象の燃料噴射を含む算出燃焼サイクルと同補正項の反映対象の燃料噴射を含む反映燃焼サイクルとで前記多段噴射における(N)段目の噴射についての学習領域が異なるときに、前記算出燃焼サイクルにおいて(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された補正項を初期値にリセットしたうえで、前記反映燃焼サイクルにおける前記燃料噴射弁の作動制御を実行する
ことを特徴とする燃料噴射制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の燃料噴射制御装置において、
前記運転状態は、燃料噴射量である
ことを特徴とする燃料噴射制御装置。
【請求項5】
請求項3または4に記載の燃料噴射制御装置において、
前記運転状態は、燃料噴射圧力である
ことを特徴とする燃料噴射制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数回に分けて行う多段噴射によって一回の燃焼サイクルにおける燃料噴射弁からの燃料噴射を実行する燃料噴射制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関には、昇圧された状態の燃料が供給される蓄圧容器や、燃料噴射弁、それら蓄圧容器および燃料噴射弁を接続する接続通路などにより構成される燃料供給系が取り付けられている。近年、そうした燃料供給系の内部の燃料圧力を検出するための圧力センサを設けて、燃料噴射弁からの燃料噴射の実行時に同圧力センサにより検出される燃料圧力の変動態様に基づき燃料噴射弁の作動特性の特性パラメータを検出し、その検出した特性パラメータに基づいて燃料噴射弁の作動制御を実行する装置が提案されている(特許文献1参照)。また内燃機関の運転制御において、一回の燃焼サイクルにおける燃料噴射弁からの燃料噴射を複数回に分けて実行する、いわゆる多段噴射を実行することが多用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−57925号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、多段噴射が実行される内燃機関において、その二段目以降の燃料噴射の実行時における燃料供給系内の圧力変動には、それよりも前の噴射(前段噴射)に伴い発生する圧力の脈動分が含まれている。この圧力脈動の影響分に起因する噴射量誤差を抑えるために、多段噴射の各段の噴射について各別に、燃料噴射弁の作動特性の特性パラメータの検出とその検出値に基づく同燃料噴射弁の作動態様の補正とを行うことが考えられる。
【0005】
この場合、単に特性パラメータの検出値に基づいて検出対象の噴射段についての作動態様の補正を行うと、検出対象の燃料噴射を含む燃焼サイクルと補正対象の燃料噴射を含む燃焼サイクルとで噴射段数が変化した場合に、上記圧力脈動の影響がごく小さい先頭段噴射であるにも関わらず、上記圧力脈動の影響が大きい二段目以降の噴射時に検出された検出値に基づいて補正が実行されるおそれがある。また、前段噴射による圧力脈動の影響が大きい二段目以降の噴射であるにも関わらず、検出値に基づく補正が実行されないおそれもある。そして、そうした場合には、上記圧力脈動による噴射量誤差を適切に抑えられなくなる可能性が高い。
【0006】
本発明は、そうした実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、多段噴射の実行に際して各段の燃料噴射における噴射量誤差を好適に抑えることのできる燃料噴射制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための燃料噴射制御装置は、昇圧された状態の燃料を燃料噴射弁に供給する燃料供給系と同燃料供給系の内部の燃料圧力を検出する圧力センサとを備えた内燃機関に適用されて、複数回に分けて燃料噴射を実行する多段噴射によって一回の燃焼サイクルにおける前記燃料噴射弁からの燃料噴射を行う。前記多段噴射の二段目以降の噴射について各別に、燃料噴射の実行時に前記圧力センサによって検出した燃料圧力の変動態様に基づき前記燃料噴射弁の作動特性の特性パラメータを検出するとともに、自然数を「N」とすると、前記多段噴射の二段目以降の噴射について前段噴射に伴う燃料圧力脈動の影響分を補正する補正項を、前記多段噴射における(N+1)段目の噴射をもとに(N+1)段目の噴射に対応する値として、前記検出した特性パラメータに基づき各別に算出する。前記燃料噴射弁の作動制御では、前記多段噴射における(N+1)段目の噴射を(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された補正項に基づき実行する。
【0008】
上記装置では、多段噴射の二段目以降の噴射について各別に、補正項の反映対象の噴射段の直前に実行される燃料噴射(前段噴射)に伴う燃料圧力脈動の影響分を補正するための補正項が算出される。この補正項は、例えばメイン噴射に対応する補正項や同メイン噴射の直前に実行されるパイロット噴射に対応する補正項等といったように噴射位置に関連づけして算出されるのではなく、多段噴射の二段目噴射に対応する補正項や三段目噴射に対応する補正項といったように噴射順序に関連づけして算出される。そのため、補正項の算出対象の燃料噴射を含む燃焼サイクルと同補正項の反映対象の燃料噴射を含む燃焼サイクルとで多段噴射の噴射段数が変化したときには、補正項の反映が燃焼サイクルにおける噴射順序に応じて行われる。
【0009】
これにより、前段噴射に起因する燃料圧力の脈動による影響が大きい二段目以降の噴射に補正項が反映されなかったり、そうした二段目以降の噴射に基づき算出された補正項が上記燃料圧力の脈動による影響の殆ど無い先頭段噴射に適用されてしまったりすることが回避される。したがって上記装置によれば、多段噴射の実行に際して、前段噴射の有無に応じたかたちで各段の燃料噴射に補正項を適切に反映させることができ、各段の燃料噴射における噴射量誤差を好適に抑えることができる。
【0010】
上記装置において、前記補正項の算出対象の燃料噴射を含む算出燃焼サイクルと同補正項の反映対象の燃料噴射を含む反映燃焼サイクルとで前記多段噴射における(N)段目の噴射と(N+1)段目の噴射とのインターバルが異なるときに、前記算出燃焼サイクルにおいて(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された補正項を初期値にリセットしたうえで、前記反映燃焼サイクルにおける前記燃料噴射弁の作動制御を実行することが好ましい。
【0011】
多段噴射の各噴射間におけるインターバルが変化すると、その前段側の燃料噴射に起因して発生した燃料圧力脈動が後段側の燃料噴射の実行期間に到達するタイミングも変化するために、その燃料圧力脈動が後段側の燃料噴射に与える影響は異なったものとなる。
【0012】
上記装置によれば、インターバルが変化したときに、その変化に伴って信頼性が低下した補正項を初期値にリセットすることができるため、実態に即した値でなくなった可能性の高い補正項が後段側の燃料噴射に反映されてしまうことを回避することができる。したがって、インターバルの変化に伴って補正項の信頼性が低下した場合であれ、これに起因する噴射量誤差の増大を抑えることができる。
【0013】
上記装置においては、前記内燃機関の運転状態によって区画された複数の学習領域毎に、前記圧力センサによって検出した燃料圧力の変動態様に基づいて前記燃料噴射弁の作動特性の特性パラメータを学習する学習処理を実行するとともに、該学習処理において学習した学習項を前記多段噴射の各噴射に反映させることができる。そうした装置において、自然数を「N」とすると、前記補正項の算出対象の燃料噴射を含む算出燃焼サイクルと同補正項の反映対象の燃料噴射を含む反映燃焼サイクルとで前記多段噴射における(N)段目の噴射についての学習領域が異なるときに、前記算出燃焼サイクルにおいて(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された補正項を初期値にリセットしたうえで、前記反映燃焼サイクルにおける前記燃料噴射弁の作動制御を実行することが好ましい。
【0014】
上記装置では、機関運転状態の変化に伴って学習領域が切り替わると、燃料噴射に適用される学習項が変化するため、同噴射に起因して生じる燃料圧力の脈動態様も変化するようになる。そのため、そうした場合に、算出燃焼サイクルにおいて算出された補正項を反映燃焼サイクルにおいて反映させると、同補正項が不適切な値になって噴射量誤差の増大を招くおそれがある。
【0015】
上記装置によれば、学習領域が切り替わったときに、補正項が初期値にリセットされるため、実態に即した値でなくなった可能性の高い補正項が燃料噴射に反映されてしまうことを回避することができる。
【0016】
上記装置における内燃機関の運転状態を、燃料噴射量や燃料噴射圧力にすることができる。
燃料噴射量や燃料噴射圧力が大きく変化すると、前段噴射に起因して生じる燃料圧力の脈動態様も変化する。そのため、そうした変化が生じた場合に、算出燃焼サイクルにおいて算出された補正項を反映燃焼サイクルにおいて反映させると、同補正項が不適切な値になって噴射量誤差の増大を招くおそれがある。
【0017】
上記装置によれば、燃料噴射量あるいは燃料噴射圧力が大きく変化したときに、補正項が初期値にリセットされるため、実態に即した値でなくなった可能性の高い補正項が燃料噴射に反映されることを回避できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】燃料噴射制御装置の一実施形態の概略構成を示す略図。
図2】燃料噴射弁の断面構造を示す断面図。
図3】(a)および(b)駆動パルスと燃料噴射率との関係を燃料噴射弁の各特性パラメータとともに示すタイミングチャート。
図4】(a)〜(c)燃料圧力の時間波形と燃料噴射率の検出時間波形との関係を示すタイミングチャート。
図5】(a)および(b)燃料噴射率の検出時間波形と基本時間波形との関係を示すタイミングチャート。
図6】目標噴射量が少ない学習領域における目標噴射量と目標噴射圧力と各学習項との関係を記憶したマップのマップ構造を示す概念図。
図7】目標噴射量が多い学習領域における目標噴射量と目標噴射圧力と各学習項との関係を記憶したマップのマップ構造を示す概念図。
図8】補正項算出処理の実行手順を示すフローチャート。
図9】多段噴射の噴射段と各差分補正項との関係を示す概念図。
図10】多段噴射の各段への差分補正項の反映パターンを示す概念図。
図11】噴射段数が減少した場合の差分補正項の反映態様の一例を示す概念図。
図12】噴射段数が増加した場合の差分補正項の反映態様の一例を示す概念図。
図13】補正項反映処理の実行手順を示すフローチャート。
図14】差分補正項のリセット態様の一例を示す概念図。
図15】メイン噴射に反映される学習項および差分補正項の推移の一例を示すタイミングチャート。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、燃料噴射制御装置の一実施形態について説明する。
図1に示すように、内燃機関10の気筒11には吸気通路12が接続されている。内燃機関10の気筒11内には吸気通路12を介して空気が吸入される。なお、この内燃機関10としては複数(本実施形態では4つ[♯1,♯2,♯3,♯4])の気筒11を有するディーゼル機関が採用されている。内燃機関10には、気筒11(♯1〜♯4)毎に、同気筒11内に燃料を直接噴射する直噴タイプの燃料噴射弁20が取り付けられている。この燃料噴射弁20の開弁駆動によって噴射された燃料は内燃機関10の気筒11内において圧縮加熱された吸入空気に触れて着火および燃焼する。そして内燃機関10では、気筒11内における燃料の燃焼に伴い発生するエネルギによってピストン13が押し下げられてクランクシャフト14が強制回転するようになる。内燃機関10の気筒11において燃焼した燃焼ガスは排気として内燃機関10の排気通路15に排出される。
【0020】
各燃料噴射弁20は分岐通路31aを介してコモンレール34に各別に接続されている。コモンレール34は供給通路31bを介して燃料タンク32に接続されている。この供給通路31bには、燃料を圧送する燃料ポンプ33が設けられている。本実施形態では、燃料ポンプ33による圧送によって昇圧された燃料が蓄圧容器としてのコモンレール34に蓄えられるとともに各燃料噴射弁20の内部に供給される。なお本実施形態では、各燃料噴射弁20、分岐通路31a、供給通路31b、燃料ポンプ33、およびコモンレール34が燃料供給系として機能する。
【0021】
また、各燃料噴射弁20にはリターン通路35が接続されている。リターン通路35はそれぞれ燃料タンク32に接続されている。このリターン通路35を介して燃料噴射弁20の内部の燃料の一部が燃料タンク32に戻される。
【0022】
以下、燃料噴射弁20の内部構造について説明する。
図2に示すように、燃料噴射弁20のハウジング21の内部にはニードル弁22が設けられている。このニードル弁22はハウジング21内において往復移動(同図の上下方向に移動)することの可能な状態で設けられている。ハウジング21の内部には上記ニードル弁22を噴射孔23側(同図の下方側)に常時付勢するスプリング24が設けられている。またハウジング21の内部には、上記ニードル弁22を間に挟んで一方側(同図の下方側)の位置にノズル室25が形成されるとともに、他方側(同図の上方側)の位置に圧力室26が形成されている。
【0023】
ノズル室25には、その内部とハウジング21の外部とを連通する噴射孔23が形成されるとともに、導入通路27を介して上記分岐通路31a(コモンレール34)から燃料が供給されている。圧力室26には連通路28を介して上記ノズル室25および分岐通路31a(コモンレール34)が接続されている。また圧力室26は排出路30を介してリターン通路35(燃料タンク32)に接続されている。
【0024】
上記燃料噴射弁20としては電気駆動式のものが採用されている。詳しくは、燃料噴射弁20のハウジング21の内部に駆動パルス(開弁信号または閉弁信号)の入力によって伸縮する圧電素子(例えばピエゾ素子)が積層された圧電アクチュエータ29が設けられている。この圧電アクチュエータ29には弁体29aが取り付けられている。この弁体29aは圧力室26の内部に設けられている。そして、圧電アクチュエータ29の作動による弁体29aの移動を通じて、連通路28(ノズル室25)と排出路30(リターン通路35)とのうちの一方が選択的に圧力室26に連通されるようになっている。
【0025】
この燃料噴射弁20では、圧電アクチュエータ29に閉弁信号が入力されると、圧電アクチュエータ29が収縮して弁体29aが移動することによって、連通路28と圧力室26とが連通された状態になるとともに、リターン通路35と圧力室26との連通が遮断された状態になる。これにより、圧力室26内の燃料のリターン通路35(燃料タンク32)への排出が禁止された状態でノズル室25と圧力室26とが連通されるようになる。その結果、ノズル室25と圧力室26との圧力差がごく小さくなって、ニードル弁22がスプリング24の付勢力によって噴射孔23を塞ぐ位置に移動するために、このとき燃料噴射弁20は燃料が噴射されない状態(閉弁状態)になる。
【0026】
一方、圧電アクチュエータ29に開弁信号が入力されると、圧電アクチュエータ29が伸長して弁体29aが移動することによって、連通路28と圧力室26との連通が遮断された状態になるとともに、リターン通路35と圧力室26とが連通された状態になる。これにより、ノズル室25から圧力室26への燃料の流出が禁止された状態で圧力室26内の燃料の一部がリターン通路35を介して燃料タンク32に戻されるようになる。その結果、圧力室26内の燃料の圧力が低下して同圧力室26とノズル室25との圧力差が大きくなって、同圧力差によってニードル弁22がスプリング24の付勢力に抗して移動して噴射孔23から離れるために、このとき燃料噴射弁20は燃料が噴射される状態(開弁状態)になる。
【0027】
燃料噴射弁20には、上記導入通路27の内部の燃料圧力PQを検出するための圧力センサ51が一体に取り付けられている。そのため、例えばコモンレール34(図1参照)内の燃料圧力などの燃料噴射弁20から離れた位置の燃料圧力が検出される装置と比較して、燃料噴射弁20の噴射孔23に近い部位の燃料圧力を検出することができ、燃料噴射弁20の開弁に伴う同燃料噴射弁20の内部の燃料圧力の変化を精度良く検出することができる。この圧力センサ51は、各燃料噴射弁20に一つずつ、すなわち内燃機関10の気筒11(♯1〜♯4)毎に設けられている。
【0028】
図1に示すように、内燃機関10には、その周辺機器として、運転状態を検出するための各種センサが設けられている。それらセンサとしては、上記圧力センサ51の他、例えば吸気通路12を通過する空気の量(通路空気量GA)を検出するための吸気量センサ52や、クランクシャフト14の回転速度(機関回転速度NE)を検出するためのクランクセンサ53が設けられている。その他、アクセル操作部材(例えばアクセルペダル)の操作量(アクセル操作量ACC)を検出するためのアクセルセンサ54なども設けられている。
【0029】
また内燃機関10の周辺機器としては、演算処理装置を備えて構成された電子制御ユニット40なども設けられている。この電子制御ユニット40は各種センサの出力信号を取り込むとともにそれら出力信号に基づき各種の演算を行い、その演算結果をもとに燃料噴射弁20の作動制御(噴射量制御)や燃料ポンプ33の作動制御(噴射圧制御)などの内燃機関10の運転にかかる各種制御を実行する。
【0030】
本実施形態では噴射圧制御が次のように実行される。すなわち先ず、通路空気量GAおよび機関回転速度NEに基づいてコモンレール34内の燃料圧力についての制御目標値(目標噴射圧力)が算出されるとともに、実際の燃料圧力が目標噴射圧力になるように燃料ポンプ33の作動量(燃料圧送量または燃料戻し量)が調節される。こうした燃料ポンプ33の作動量の調節を通じて、コモンレール34内の燃料圧力、換言すれば、燃料噴射弁20の燃料噴射圧力が機関運転状態に応じた圧力に調節されるようになる。
【0031】
本実施形態では噴射量制御が基本的には次のように実行される。すなわち先ず、内燃機関10の運転状態(具体的には、アクセル操作量ACCおよび機関回転速度NE)に基づいて、燃料噴射量についての制御目標値(目標燃料噴射量TQ)が算出されるとともに噴射パターンが選択される。その後、目標燃料噴射量TQおよび機関回転速度NEに基づいて、このとき選択された噴射パターンの各噴射についての各種制御目標値が算出される。そして、それら制御目標値に応じたかたちで各燃料噴射弁20が各別に開弁駆動される。これにより、そのときどきの内燃機関10の運転状態に適した噴射パターンで同運転状態に見合う量の燃料が各燃料噴射弁20から噴射されて内燃機関10の各気筒11内に供給されるようになる。
【0032】
なお本実施の形態では、パイロット噴射やアフター噴射をメイン噴射に組み合わせた複数の噴射パターンが予め設定されるとともにそれら噴射パターンが電子制御ユニット40に記憶されている。そして噴射量制御を実行する際にはそれら噴射パターンのうちの一つが選択される。また各種の制御目標値としては、メイン噴射やパイロット噴射、アフター噴射などの各噴射の燃料噴射量についての制御目標値(目標噴射量)、メイン噴射の開始時期やパイロット噴射間のインターバル、パイロット噴射とメイン噴射とのインターバルなどの各噴射の実行時期についての制御目標値が算出される。
【0033】
そして、多段噴射の各段の燃料噴射についてそれぞれ、燃料噴射弁20の開弁期間についての制御目標値(目標噴射期間TAU)が、上記目標噴射量および燃料圧力PQに基づきモデル式から設定される。本実施形態では、コモンレール34、各分岐通路31a、各燃料噴射弁20等からなる燃料供給系をモデル化した物理モデルが構築されており、同物理モデルを通じて上記目標噴射期間TAUが算出される。詳しくは、目標噴射量、燃料圧力PQ、いずれも後述する学習項、初期調整項、差分補正項などを変数とするモデル式が定められて電子制御ユニット40に予め記憶されており、同モデル式を通じて目標噴射期間TAUが算出される。
【0034】
そして、多段噴射の各段の燃料噴射についてそれぞれ、実行時期の制御目標値および目標噴射期間TAUに応じたかたちで電子制御ユニット40から駆動パルスが出力され、この駆動パルスの入力に基づき各燃料噴射弁20が各別に開弁駆動される。これにより、そのときどきの機関運転状態に見合う量の燃料が同機関運転状態に適した噴射パターンで各燃料噴射弁20から噴射されて内燃機関10の各気筒11内に供給されるようになるため、機関運転状態に見合う回転トルクがクランクシャフト14に付与されるようになる。このように本実施形態では、一回の燃焼サイクルにおける燃料噴射弁20からの燃料噴射に際し、複数回に分けて燃料噴射を実行する多段噴射が実行される。
【0035】
本実施形態では、圧力センサ51により検出される燃料圧力PQに基づいて燃料噴射弁20の作動特性についての複数の特性パラメータを学習する学習処理が実行される。なお学習処理は、内燃機関10の運転状態が変化の少ない安定した状態であることを判断する実行条件が満たされることを条件に実行される。実行条件が満たされることは、単位期間あたりの機関回転速度NEの変化量が小さいことや、単位期間あたりのアクセル操作量ACCの変化量が小さいことなどによって判断される。
【0036】
図3に、学習処理により学習される特性パラメータの一例を示す。
図3に示すように、本実施形態では上記特性パラメータとして、開弁遅れ時間τd、噴射率上昇速度Qup、最大噴射率Qmax、閉弁遅れ時間τe、噴射率低下速度Qdnを採用している。詳しくは、開弁遅れ時間τdは電子制御ユニット40から燃料噴射弁20に開弁信号(図3(a))が出力されてから同燃料噴射弁20からの燃料噴射が実際に開始されるまでの時間であり、噴射率上昇速度Qupは燃料噴射弁20の開弁動作が開始された後の燃料噴射率(図3(b))の上昇速度である。また、最大噴射率Qmaxは燃料噴射率の最大値であり、閉弁遅れ時間τeは電子制御ユニット40から燃料噴射弁20に閉弁信号が出力されてから同燃料噴射弁20の閉弁動作(詳しくはニードル弁22の閉弁側への移動)が開始されるまでの時間である。さらに、噴射率低下速度Qdnは、燃料噴射弁20の閉弁動作が開始された後の燃料噴射率の下降速度である。
【0037】
学習処理では先ず、圧力センサ51により検出される燃料圧力PQに基づいて実際の燃料噴射率の時間波形(検出時間波形)が形成される。
燃料噴射弁20の内部(詳しくは、ノズル室25)の燃料圧力は、同燃料噴射弁20が開弁駆動されるとリフト量の増加に伴って低下し、その後において閉弁駆動されるとリフト量の減少に伴って上昇するようになる。本実施形態では、そうした燃料噴射弁20内部の燃料圧力(詳しくは、燃料圧力PQ)の推移をもとに、上記開弁遅れ時間τd、噴射率上昇速度Qup、最大噴射率Qmax、閉弁遅れ時間τe、および噴射率低下速度Qdnが特定される。そして、それら特定した値によって実際の燃料噴射率の時間波形(検出時間波形)が形成される。なお、燃料圧力PQの時間波形としては、ローパスフィルタを用いて平滑化したり、無噴射気筒に対応する圧力センサ51により検出された燃料圧力PQによる補正を行ったりした値をもとに形成した波形が用いられる。
【0038】
図4に、燃料圧力PQの時間波形と燃料噴射率の検出時間波形との関係を示す。
図4に示すように、詳しくは先ず、燃料噴射弁20の開弁動作が開始される直前の所定期間T1における燃料圧力PQ(図4(c))の平均値が算出されるとともに、同平均値が基準圧力Pbsとして記憶される。この基準圧力Pbsは、閉弁時における燃料噴射弁20内部の燃料圧力に相当する圧力として用いられる。
【0039】
次に、この基準圧力Pbsから所定圧力P1を減算した値が動作圧力Pac(=Pbse−P1)として算出される。この所定圧力P1は、燃料噴射弁20の開弁駆動あるいは閉弁駆動に際してニードル弁22が閉弁位置にある状態であるにも関わらず燃料圧力PQが変化する分、すなわちニードル弁22の移動に寄与しない燃料圧力PQの変化分に相当する圧力である。
【0040】
その後、燃料噴射の実行開始直後に燃料圧力PQが降下する期間において、同燃料圧力PQとの差が最も小さくなる直線L1(図4では、直交座標の縦軸を燃料噴射率とし横軸を時間とする一次関数)が最小二乗法を用いて求められるとともに、この直線L1と上記動作圧力Pacとの交点Aが算出される。そして、この交点Aを燃料圧力PQの検出遅れ分だけ過去の時期に戻した点AAに対応する時期が、燃料噴射弁20による燃料噴射が開始された時期(噴射開始時期Tos、図4(b))として特定される。なお上記検出遅れ分は、燃料噴射弁20のノズル室25(図2参照)の圧力変化タイミングに対する燃料圧力PQの変化タイミングの遅れに相当する期間であり、ノズル室25と圧力センサ51との距離などに起因して生じる遅れ分である。本実施形態では、電子制御ユニット40から燃料噴射弁20に開弁信号(図4(a))が出力された時期から上記噴射開始時期Tosまでの時間が開弁遅れ時間τdとして特定される。
【0041】
また、燃料噴射の実行開始に伴い燃料圧力PQが一旦降下した後に上昇する上昇期間において、同燃料圧力PQとの差が最も小さくなる直線L2(図4では、直交座標の縦軸を燃料噴射率(図4(b))とし横軸を時間とする一次関数)が最小二乗法を用いて求められるとともに、この直線L2と上記動作圧力Pacとの交点Bが算出される。そして、この交点Bを検出遅れ分だけ過去の時期に戻した点BBに対応する時期が、燃料噴射弁20による燃料噴射が停止された時期(噴射停止時期Tce)として特定される。
【0042】
さらに、直線L1と直線L2との交点Cが算出されるとともに同交点Cにおける燃料圧力PQと動作圧力Pacとの差(仮想圧力低下分ΔP[=Pac−PQ])が求められる。また、この仮想圧力低下分ΔPに目標噴射量および目標噴射圧力に基づき設定されるゲインG1を乗算した値が仮想最大燃料噴射率VRt(=ΔP×G1)として算出される。さらに、この仮想最大燃料噴射率VRtに目標噴射量および目標噴射圧力に基づき設定されるゲインG2を乗算した値が最大噴射率Qmax(=VRt×G2)として算出される。なお本実施形態では、各ゲインG1,G2の設定に用いる目標噴射量および目標噴射圧力として、検出時間波形の形成に用いる燃料圧力PQの圧力センサ51による検出時において設定されていた値が採用される。
【0043】
その後、上記交点Cを検出遅れ分だけ過去の時期に戻した時期CCが算出されるとともに、同時期CCにおいて仮想最大燃料噴射率VRtになる点Dが特定される。
そして、この点Dに対応する時期が、燃料噴射弁20の閉弁動作が開始された時期(閉弁開始時期Tcs)として特定される。本実施形態では、電子制御ユニット40から燃料噴射弁20に閉弁信号が出力された時期から上記閉弁開始時期Tcsまでの時間が閉弁遅れ時間τeとして特定される。
【0044】
また、上記点Dおよび噴射開始時期Tos(詳しくは、同時期Tosにおいて燃料噴射率が「0」になる点)を繋ぐ直線L3が求められるとともに、同直線L3の傾き(具体的には、単位時間当たりの燃料噴射率の増加量)が噴射率上昇速度Qupとして特定される。
【0045】
さらに、点Dおよび噴射停止時期Tce(詳しくは、同時期Tceにおいて燃料噴射率が「0」になる点)を繋ぐ直線L4が求められるとともに、同直線L4の傾き(具体的には、単位時間当たりの燃料噴射率の低下量)が噴射率低下速度Qdnとして特定される。
【0046】
本実施形態では、このようにして特定された開弁遅れ時間τd、噴射率上昇速度Qup、最大噴射率Qmax、噴射率低下速度Qdn、および閉弁遅れ時間τeによって形成される台形形状の時間波形が燃料噴射率についての検出時間波形として用いられる。なお本実施形態では、上記開弁遅れ時間τd、噴射率上昇速度Qup、最大噴射率Qmax、噴射率低下速度Qdn、および閉弁遅れ時間τeが、燃料噴射弁20の作動特性の特性パラメータに相当する。
【0047】
一方、本実施形態の学習処理では、目標噴射量、実行時期の制御目標値、目標噴射圧力などといった各種算出パラメータに基づいて燃料噴射率についての基本時間波形が算出される。本実施形態では、それら算出パラメータにより定まる機関運転領域と同運転領域に適した基本時間波形との関係が各種の実験やシミュレーションの結果に基づき予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。そして、電子制御ユニット40は各種算出パラメータに基づいて上記関係から基本時間波形を算出する。
【0048】
図5に、上記基本時間波形の一例を示す。同図5(a)および(b)に示すように、基本時間波形としては、開弁遅れ時間τdb、噴射率上昇速度Qupb、最大噴射率Qmaxb、閉弁遅れ時間τeb、および噴射率低下速度Qdnbにより規定される台形の波形が設定される。
【0049】
そして、本実施形態の学習処理では、検出時間波形と基本時間波形との関係に基づいて燃料噴射弁20の複数の特性パラメータについての学習項が学習される。すなわち先ず、内燃機関10の運転中において検出時間波形と基本時間波形とが比較されるとともにそれら波形の各特性パラメータの差が逐次算出される。各特性パラメータの差としては、具体的には、開弁遅れ時間の差Δτd(=τdb−τd)、噴射率上昇速度の差ΔQup(=Qupb−Qup)、最大噴射率の差ΔQmax(=Qmaxb−Qmax)、噴射率低下速度の差ΔQdn(=Qdnb−Qdn)、および閉弁遅れ時間の差Δτe(=τeb−τe)が算出される。そして、これら差Δτd,ΔQup,ΔQmax,ΔQdn,Δτeの加重平均値が算出されるとともに、その加重平均値が燃料噴射弁20の作動特性のばらつきを補償するための学習項Gτd,GQup,GQmax,GQdn,Gτeとして電子制御ユニット40に記憶される。
【0050】
なお、燃料噴射弁20の開閉に伴う圧力センサ51の検出値の変動態様は、燃料供給系の構成部品の経時変化(燃料噴射弁20の噴射孔23へのデポジットの付着など)に伴い長期間にわたって徐々に変化することに加えて、検出信号に重畳されるノイズや燃料の性状(温度、性質)などといった種々の因子の影響を受けて短期的にも変化する。
【0051】
本実施形態では、そうした検出値の変動態様の短期的な変化に起因する各学習項Gτd,GQup,GQmax,GQdn,Gτeの不要な変化を抑えるために、複数の特性パラメータの差Δτd,ΔQup,ΔQmax,ΔQdn,Δτeそれぞれの加重平均値が算出されるとともにそれら加重平均値が学習項として記憶される。
【0052】
また本実施形態の装置では、燃料噴射圧力(詳しくは、目標噴射圧力)と燃料噴射量(詳しくは、目標噴射量)とにより区画される複数の学習領域が定められており、それら領域毎に学習項が学習されて記憶されている。
【0053】
図6に示すように、電子制御ユニット40には、目標噴射量が少ない学習領域における目標噴射量と目標噴射圧力と各学習項との関係を記憶したマップが記憶されている。このマップは、パイロット噴射(詳しくは、その先頭段噴射)の実行時における燃料圧力PQの変動態様に基づき学習および更新される。そして本実施形態では、パイロット噴射や、メイン噴射(ただし、目標噴射量が少ない場合)、アフター噴射についての目標噴射期間TAUを算出する際に、算出対象の燃料噴射の目標噴射量と目標噴射圧力とに基づいて図6に示すマップから各学習項が算出される。
【0054】
また図7に示すように、電子制御ユニット40には、目標噴射量が比較的多い学習領域における目標噴射量と目標噴射圧力と各学習項との関係を記憶したマップが記憶されている。このマップは、目標噴射量が比較的多い状況でのメイン噴射の実行時における燃料圧力PQの変動態様に基づいて学習および更新される。そして、メイン噴射(ただし、目標噴射量が比較的多い場合)の目標噴射期間TAUの算出に際しては、同メイン噴射の目標噴射量と目標噴射圧力とに基づいて図7に示すマップから各学習項が算出される。
【0055】
さらに本実施形態では、動作特性の経時的な変化を招く前、いわゆる新品時における燃料噴射弁20と標準的な動作特性の燃料噴射弁との間における上記各特性パラメータの差が検出されるとともに、それら差が燃料噴射弁20の個体差に起因する動作特性のばらつきを補償するための初期調整項として電子制御ユニット40に予め記憶されている。この初期調整項Sτd,SQup,SQmax,SQdn,Sτeとしては具体的には、新品時における開弁遅れ時間の差Δτd、噴射率上昇速度の差ΔQup、最大噴射率の差ΔQmax、噴射率低下速度の差ΔQdn、および閉弁遅れ時間の差Δτeが記憶されている。なお本実施形態の装置では、これら差Δτd,ΔQup,ΔQmax,ΔQdn,Δτeの検出が燃料噴射弁20を専用の装置に取り付けた状態で行われ、その算出結果が同燃料噴射弁20の内燃機関10への組み付けに際して電子制御ユニット40に記憶される。
【0056】
多段噴射における二段目以降の燃料噴射の実行時における燃料供給系内の圧力変動には、それよりも前段の燃料噴射(前段噴射)に伴い発生した燃料圧力の脈動分が含まれている。そして、こうした燃料圧力の脈動分は一定ではなく、噴射間のインターバルや燃料噴射圧力、前段噴射の燃料噴射量などに応じて異なる。そのため、そうした前段噴射に伴う燃料圧力脈動を考慮することなく前記学習項の学習を実行すると、その検出過程において前記燃料圧力PQの時間波形や前記検出時間波形の不要な変化を招き、これが同学習項の学習精度を低下させる一因になる。
【0057】
本実施形態では、そうした学習項の学習精度の低下を抑えるために、二段目以降の噴射についての前記検出時間波形の形成に際して、そのもとになる燃料圧力PQの時間波形に、前段噴射に伴い発生する圧力脈動を相殺可能な圧力時間波形(補正波形)を重畳する処理が実行される。この処理を通じて、検出時間波形から前段噴射に伴う燃料圧力脈動の影響分が除かれ、上記各パラメータの差として適正な値が検出されて、学習値としても適正な値が学習されるようになる。
【0058】
なお上記補正波形は、補正対象の燃料噴射を含む燃焼サイクルの噴射パターン、各噴射の目標噴射量、各噴射間のインターバルおよび目標噴射圧力に基づいて、多段噴射の二段目以降の各噴射についてそれぞれ算出される。各種の実験やシミュレーションの結果をもとに噴射パターンと各噴射の目標噴射量と各噴射間のインターバルと目標噴射圧力と多段噴射の二段目以降の各噴射に適した補正波形との関係が予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。本実施形態では、この関係に基づいて多段噴射の二段目以降の噴射についての補正波形が算出されて用いられる。
【0059】
燃料圧力PQの時間波形に上記補正波形を重畳しても、前段噴射に伴う燃料圧力の脈動分を全て除去することは困難であるため、燃料圧力脈動に起因する噴射量誤差は残ってしまう。本実施形態では、そうした誤差分を補正するための差分補正項Kτd,KQup,KQmax,KQdn,Kτeが算出される。すなわち先ず、差分補正項の算出対象の燃料噴射についての上記各パラメータの差Δτd,ΔQup,ΔQmax,ΔQdn,Δτeが検出されるとともに、同燃料噴射の目標噴射期間TAUの算出に際して反映された学習項Gτd,GQup,GQmax,GQdn,Gτeが読み込まれる。そして、上記各パラメータの差と学習項との差(=Δτd−Gτd,ΔQup−GQup,ΔQmax−GQmax,ΔQdn−GQdn,Δτe−Gτe)が算出されるとともに、それら差が差分補正項Kτd,KQup,KQmax,KQdn,Kτeとして一時的に記憶される。なお、このようにして差分補正項を算出する処理は多段噴射における二段目以降の燃料噴射について各別に実行される。
【0060】
そして本実施形態では、前記学習項Gτd,GQup,GQmax,GQdn,Gτe、初期調整項Sτd,SQup,SQmax,SQdn,Sτe、および差分補正項Kτd,KQup,KQmax,KQdn,Kτeがそれぞれ、前述したモデル式に基づいて目標噴射期間TAUを算出するための算出パラメータとして用いられる。このようにして多段噴射の各段の燃料噴射についての目標噴射期間TAUを算出することにより、燃料噴射弁20の経時的な変化による動作特性ばらつきの影響分と、個体差による動作特性ばらつきの影響分と、前段噴射に伴う燃料圧力脈動による影響分とがそれぞれ補償されるようになる。なお、上記差分補正項Kτd,KQup,KQmax,KQdn,Kτeは、その算出対象の燃料噴射を含む燃焼サイクルの次の燃焼サイクルにおける燃料噴射の目標噴射期間TAUの算出に際して上記モデル式に反映される。また本実施形態では、燃料圧力PQに基づいて学習項を算出する処理や差分補正項を算出する処理が、内燃機関10の気筒11(♯1〜♯4)毎にそれぞれ対応する圧力センサ51の出力信号に基づき実行される。
【0061】
ここで、多段噴射における先頭段の噴射は、直前の燃料噴射の実行タイミングが遠いため、同燃料噴射に伴う燃料圧力脈動の影響がごく小さい。これに対して、多段噴射における二段目以降の噴射は、直前の燃料噴射(前段噴射)の実行タイミングがごく近いため、燃料噴射に伴う燃料圧力脈動の影響が大きい。
【0062】
そのため、例えばメイン噴射の実行時の燃料圧力PQに基づき差分補正項を算出するとともに同差分補正項を直後のメイン噴射の目標噴射期間TAUの算出に際して反映させるといったように差分補正項を単にその算出対象になった噴射段に適用すると、前段噴射に伴う燃料圧力脈動の影響分を適切に除去できなくなる場合がある。具体的には、機関運転状態の変化などによって多段噴射の噴射段数が減少した場合に、上記燃料圧力脈動の影響がごく小さい先頭段噴射であるにも関わらず、同燃料圧力脈動の影響が大きい二段目以降の燃料噴射をもとに算出された差分補正項に基づいて目標噴射期間TAUが算出されることがある。また、多段噴射の噴射段数が増加した場合には、前段噴射による燃料圧力脈動の影響が大きい二段目以降の噴射であるにも関わらず、差分補正項が算出されていないために同差分補正項を目標噴射期間TAUの算出に際して反映させることができないこともある。そして、こうした場合には、上記圧力脈動の影響による噴射量誤差を適切に抑えることができなくなる可能性が高い。
【0063】
本実施形態では、差分補正項を、メイン噴射に対応する補正項や同メイン噴射の直前に実行されるパイロット噴射に対応する補正項等といったように噴射位置に関連づけして算出するのではなく、多段噴射の先頭段噴射に対応する補正項や二段目噴射に対応する補正項といったように噴射順序に関連づけした値として算出するようにしている。
【0064】
図8に、差分補正項を算出する処理(補正項算出処理)の実行手順を示す。この補正項算出処理は、多段噴射における二段目以降の燃料噴射が実行される度に、電子制御ユニット40により実行される。
【0065】
図8に示すように、この処理では先ず、前記差Δτd,ΔQup,ΔQmax,ΔQdn,Δτeの算出に際して、算出対象の燃料噴射が多段噴射における何段目の燃料噴射であるかが特定される(ステップS11)。そして、このとき算出される差Δτd,ΔQup,ΔQmax,ΔQdn,Δτeと同差の算出対象である燃料噴射に適用された学習項Gτd,GQup,GQmax,GQdn,Gτeとの差が算出されるとともに、その算出値がステップS11の処理で特定された噴射段に対応する差分補正項として記憶される(ステップS12)。こうした処理が、多段噴射における二段目以降の燃料噴射について各別に実行されることにより、二段目以降の燃料噴射についての差分補正項Kτd,KQup,KQmax,KQdn,Kτeが各別に算出される。
【0066】
図9に、多段噴射の噴射段と差分補正項との関係を示す。
図9に示すように、上記補正項算出処理の実行を通じて、二段目噴射をもとに算出された値が同二段目噴射に対応する差分補正項K2として記憶され、三段目噴射をもとに算出された値が同三段目噴射に対応する差分補正項K3として記憶される。また、四段目噴射をもとに算出された値が同四段目噴射に対応する差分補正項K4として記憶され、五段目噴射をもとに算出された値が同五段目噴射に対応する差分補正項K5として記憶される。このように「N」を自然数とすると、(N+1)段目の燃料噴射をもとに算出された値が同(N+1)段目の燃料噴射に対応する差分補正項K(N+1)として記憶される。なお、多段噴射で実行されなかった噴射段に対応する差分補正項としては初期値(本実施形態では「0」)が設定される。
【0067】
以下、このようにして差分補正項を算出することによる作用について説明する。
本実施形態では、差分補正項が、例えばメイン噴射に対応する補正項や同メイン噴射の直前に実行されるパイロット噴射に対応する補正項等といったように噴射位置に関連づけして算出されるのではなく、二段目噴射に対応する差分補正項K2や三段目噴射に対応する差分補正項K3といったように噴射順序に関連づけして算出される。
【0068】
図10に、多段噴射の各段への差分補正項の反映パターンを示す。
図10に示すように、差分補正項の反映対象の燃料噴射を含む燃焼サイクル(反映燃焼サイクル)において一段のパイロット噴射とメイン噴射とからなる二段噴射が実行される場合には、二段目噴射に対応する差分補正項K2が、メイン噴射に反映される。また、一段のパイロット噴射とメイン噴射とアフター噴射とからなる三段噴射が実行される場合には、メイン噴射に差分補正項K2が反映されるとともに、アフター噴射に三段目の燃料噴射に対応する差分補正項K3が反映される。さらに、二段のパイロット噴射とメイン噴射とからなる三段噴射が実行される場合には、二段目のパイロット噴射に差分補正項K2が反映されるとともに、メイン噴射に差分補正項K3が反映される。二段のパイロット噴射とメイン噴射とアフター噴射とからなる四段噴射が実行される場合には、二段目のパイロット噴射に差分補正項K2が反映され、メイン噴射に差分補正項K3が反映され、アフター噴射に四段目の燃料噴射に対応する差分補正項K4が反映される。三段のパイロット噴射とメイン噴射とアフター噴射とからなる五段噴射が実行される場合には、二段目のパイロット噴射に差分補正項K2が反映され、三段目のパイロット噴射に差分補正項K3が反映され、メイン噴射に差分補正項K4が反映され、アフター噴射に五段目の燃料噴射に対応する差分補正項K5が反映される。このように本実施形態の装置では、差分補正項の反映が多段噴射の噴射順序に応じて行われる。
【0069】
そのため、差分補正項の算出対象の燃料噴射を含む燃焼サイクル(算出燃焼サイクル)と反映燃焼サイクルとで多段噴射の噴射段数が変化したとしても、噴射順序に関連付けして算出された差分補正項に基づいて、反映燃焼サイクルの二段目以降の燃料噴射が実行されるようになる。
【0070】
図11に、算出燃焼サイクルの噴射段数に対して反映燃焼サイクルの噴射段数が減少した場合における差分補正項の反映態様の一例を示す。同図11に示す例では、算出燃焼サイクルにおいて、二段のパイロット噴射とメイン噴射とからなる三段の燃料噴射が実行される。そのため、算出燃焼サイクルにおける二段目のパイロット噴射に基づき二段目噴射に対応する差分補正項K2が算出されるとともに、メイン噴射に基づき三段目噴射に対応する差分補正項K3が算出される。そして本例では、反映燃焼サイクルにおいて、一段のパイロット噴射とメイン噴射とからなる二段の燃料噴射が実行される。そのため、反映燃焼サイクルのメイン噴射についての目標噴射期間TAUの算出に際して上記差分補正項K2が反映される。このように本例では、算出燃焼サイクルにおけるメイン噴射直前のパイロット噴射(二段目噴射)に基づき算出された差分補正項K2が、反映燃焼サイクルにおけるメイン噴射直前のパイロット噴射(先頭段噴射)には反映されず、同メイン噴射(二段目噴射)に反映される。すなわち、多段噴射の噴射段数が三段から二段に変化するが、二段目噴射に対応する差分補正項K2に基づいて反映燃焼サイクルの二段目噴射(本例では算出燃焼サイクルにおける三段目噴射に相当するメイン噴射)が実行される。
【0071】
図11に示す例から明らかなように、本実施形態によれば、多段噴射の噴射段数が減少した場合に、前段噴射に起因する燃料圧力の脈動による影響が大きい二段目以降の噴射に基づき算出された差分補正項(K2,K3・・・)がそうした影響の殆ど無い先頭段噴射に適用されることが回避される。
【0072】
図12に、算出燃焼サイクルの噴射段数に対して反映燃焼サイクルの噴射段数が増加した場合における差分補正項の反映態様の一例を示す。同図12に示す例では、算出燃焼サイクルにおいて、一段のパイロット噴射とメイン噴射とからなる二段の燃料噴射が実行される。そのため、算出燃焼サイクルにおけるメイン噴射に基づき二段目噴射に対応する差分補正項K2が算出される。そして本例では、反映燃焼サイクルにおいて、二段のパイロット噴射とメイン噴射とからなる三段の燃料噴射が実行される。そのため、反映燃焼サイクルの二段目のパイロット噴射についての目標噴射期間TAUの算出に際して上記差分補正項K2が反映されるとともに、メイン噴射の目標噴射期間TAUの算出に際して差分補正項K3が反映される。なお本例では、算出燃焼サイクルにおいて三段目噴射が実行されないため、上記差分補正項K3として初期値が設定されている。したがって本例では、算出燃焼サイクルにおけるメイン噴射直前のパイロット噴射(先頭段噴射)に対応する差分補正項が算出されないものの、反映燃焼サイクルにおけるメイン噴射直前のパイロット噴射(二段目噴射)には、算出燃焼サイクルにおけるメイン噴射(二段目噴射)に基づき算出された差分補正項K2が反映される。
【0073】
図12に示す例から明らかなように、本実施形態によれば、多段噴射の噴射段数が増加した場合に、前段噴射に起因する燃料圧力の脈動による影響が大きい二段目噴射(場合によっては三段目噴射も含む)に差分補正項が反映されない状況になることが回避される。
【0074】
このように本実施形態によれば、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとで噴射段数が変化した場合であっても、多段噴射の実行に際して前段噴射の有無に応じたかたちで各段の燃料噴射に差分補正項を適切に反映させることができ、各段の燃料噴射における噴射量誤差を好適に抑えることができる。
【0075】
ここで、多段噴射の各噴射間におけるインターバルが変化すると、その前段側(N段目)の燃料噴射に起因する燃料圧力脈動が後段側([N+1]段目)の燃料噴射の実行期間に到達するタイミングも変化するために、その燃料圧力脈動が後段側の燃料噴射に与える影響も異なったものとなる。なお、そうしたインターバルの変化は、アクセル操作量ACCや機関回転速度NE、吸入空気量等により定まる機関運転領域の変化に際して生じる他、排気浄化装置の機能維持のために排気温度の昇温が要求されたり冷却水温度の上昇に伴って各種要求が変化したりする等といった機関運転環境の変化によっても生じる。
【0076】
また、機関運転状態の変化に伴って目標噴射圧力や目標噴射量が変化して学習領域が切り替わると、目標噴射期間TAUの算出に反映される学習項が変化するため、前段噴射に起因して生じる燃料圧力の脈動態様も変化するようになる。また、目標噴射圧力や目標噴射量が大きく変化するような状況においては、前段噴射に起因して生じる燃料圧力の脈動態様も大きく変化する。
【0077】
こうしたことから、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間でインターバルや学習領域が変化する場合に、算出燃焼サイクルで算出した差分補正項を反映燃焼サイクルでの目標噴射期間TAUの算出に反映させると、同差分補正項が実態に見合わない不適切な値になってしまい、噴射量誤差の増大を招くおそれがある。そのため本実施形態では、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で噴射間のインターバルや学習領域が異なる場合に、差分補正項を初期値にリセットしたうえで、反映燃焼サイクルにおける目標噴射期間TAUの算出を実行するようにしている。
【0078】
以下、そうした差分補正項を初期値にリセットする処理を含む演算処理であって、多段噴射の各段における目標噴射期間TAUの算出に際して差分補正項を反映する処理(補正項反映処理)について詳しく説明する。
【0079】
図13に、補正項反映処理の実行手順を示す。なお同図のフローチャートに示される一連の処理は、所定周期毎の割り込み処理として、電子制御ユニット40により実行される。この補正項反映処理は、目標噴射期間TAUを算出する処理の一部をなす処理であり、多段噴射における各段の目標噴射期間TAUの算出が実行される度に実行される。
【0080】
図13に示すように、この処理では先ず、差分補正項の反映対象の噴射段(N+1段)とその直前の噴射段(N段)とのインターバル(詳しくは、その制御目標値)が、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとで異なるか否かが判断される(ステップS21)。
【0081】
上記インターバルが同一である場合には(ステップS21:NO)、目標噴射期間TAUの算出対象の噴射段(N+1段)についての学習領域が、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとで異なるか否かが判断される(ステップS22)。
【0082】
そして、上記学習領域が同一である場合には(ステップS22:NO)、このとき記憶されている(N+1)段目の燃料噴射に対応する差分補正項K(N+1)、すなわち算出燃焼サイクルにおいて算出された差分補正項K(N+1)が同(N+1)段目の燃料噴射の目標噴射期間TAUの算出に反映される(ステップS23)。
【0083】
一方、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で、上記インターバルが異なる場合や(ステップS21:YES)、上記学習領域が異なる場合には(ステップS22:YES)、このとき記憶されている(N+1)段目の燃料噴射に対応する差分補正項K(N+1)が初期値にリセットされる(ステップS24)。そして、このリセットされた差分補正項K(N+1)が(N+1)段の燃料噴射の目標噴射期間TAUの算出に反映される(ステップS23)。
【0084】
以下、このようにして差分補正項を反映することによる作用について説明する。
本実施形態では、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で多段噴射における(N)段目の噴射と(N+1)段目の噴射とのインターバルが異なるときに、算出燃焼サイクルにおいて(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された差分補正項K(N+1)が初期値にリセットされる。そして、そのうえで反映燃焼サイクルにおける目標噴射期間TAUの算出が実行される。そのため、上記インターバルの変化に伴って差分補正項K(N+1)の信頼性が低下しまった場合に、同差分補正項K(N+1)を初期値にリセットすることができるため、実態に即した値でなくなった可能性の高い差分補正項K(N+1)が後段側([N+1]段目)の燃料噴射に反映されることを回避できる。
【0085】
また、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で多段噴射における(N)段目の燃料噴射についての学習領域が異なるときに、算出燃焼サイクルにおいて(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された差分補正項K(N+1)が初期値にリセットされたうえで、反映燃焼サイクルにおける目標噴射期間TAUの算出が実行される。そのため、学習領域が切り替わる程度に内燃機関10の運転状態(詳しくは、目標噴射圧力や目標噴射量)が変化して、差分補正項K(N+1)の信頼性が低下しまった場合に、同差分補正項K(N+1)を初期値にリセットすることができる。これにより、実態に即した値でなくなった可能性の高い差分補正項K(N+1)が後段側([N+1]段目)の燃料噴射に反映されることを回避できる。
【0086】
図14に、そうした差分補正項のリセット態様の一例を示す。同図14に示す例では、算出燃焼サイクルおよび反映燃焼サイクルにおいて共に、二段のパイロット噴射とメイン噴射とからなる三段の燃料噴射が実行される。そのため、算出燃焼サイクルにおける二段目のパイロット噴射に基づき二段目噴射に対応する差分補正項K2が算出されるとともに、メイン噴射に基づき三段目噴射に対応する差分補正項K3が算出される。本例では、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で、パイロット噴射の一段目(先頭段噴射)とパイロット噴射の二段目(二段目噴射)とのインターバルや同パイロット噴射の二段目(二段目噴射)とメイン噴射(三段目噴射)とのインターバルが変化している。そのため、反映燃焼サイクルにおいて、それらインターバルの後段側の燃料噴射(二段目噴射および三段目噴射)に対応する差分補正項K2,K3が初期値にリセットされたうえで、各噴射段の目標噴射期間TAUの算出に反映される。
【0087】
このように差分補正項を初期値をリセットすることにより、例えば差分補正値として正の値を反映すべきところを負の値が反映される等、実態に即した値と懸け離れた値が目標噴射期間TAUの算出に際して反映されることが回避される。したがって本実施形態によれば、各噴射間におけるインターバルの変化や、学習領域の変化、目標噴射圧力や目標噴射量の変化に伴って算出燃焼サイクルにおいて算出された差分補正項の信頼性が低下した場合であっても、これに起因する噴射量誤差の増大を抑えることができる。
【0088】
以下、学習項の更新態様と差分補正項の算出態様の具体例について図15を参照しつつ説明する。なお図15は、反映燃焼サイクルにおいてメイン噴射に反映される学習項および差分補正項の推移の一例を示している。
【0089】
図15に示す例の時刻t11以前では、算出燃焼サイクルにおいて、多段噴射の二段目以降の噴射についての差分補正項がそれぞれ算出されている。このとき前記実行条件が満たされていないために、学習値の学習が実行されておらず、メイン噴射に反映される学習値が一定の値になっている。そして、これら差分補正項および学習値は、反映燃焼サイクルにおけるメイン噴射の目標噴射期間TAUの算出に反映されている。
【0090】
時刻t11において機関運転環境の変化に伴ってメイン噴射とその前段噴射とのインターバルが変化すると、その後に同インターバルが一定になるまでの間(時刻t11〜t12)、反映燃焼サイクルにおけるメイン噴射の目標噴射期間TAUの算出が実行される度に、その算出に先立ちメイン噴射に反映される差分補正項が初期値にリセットされる。
【0091】
時刻t12においてメイン噴射とその前段噴射とのインターバルが一定になると、算出燃焼サイクルにおいて算出された差分補正項がリセットされることなく、反映燃焼サイクルにおけるメイン噴射の目標噴射期間TAUの算出に反映されるようになる。そして、その後においてはメイン噴射実行時の燃料圧力PQの時間波形に基づく差分補正項の算出と同差分補正項のメイン噴射への反映が繰り返し実行される(時刻t12〜t13)。このとき、メイン噴射に反映される差分補正項は機関運転領域や機関運転環境の若干の変化に応じて徐々に変化するようになる。
【0092】
時刻t13において前記実行条件が満たされると、学習項の学習が開始される。これにより、その後において前記各パラメータの差を「0」にするように学習項が徐々に変化し、この変化に合わせて差分補正項が初期値まで徐々に変化するようになる。このときには、これまで差分補正項によって補正していた補正分を学習項に移行させる態様で学習項が学習される。
【0093】
こうした学習項の学習が繰り返されることにより、時刻t14において、同学習項が一定の値に収束し、差分補正項が初期値(0)に収束する。そして、その後において学習値の学習が継続されると、しばらくの間は学習値が一定の値のまま変化せず、差分補正項も初期値のまま変化しない。
【0094】
時刻t15において前記実行条件が満たされなくなると、学習値の学習が停止される。その後においてはメイン噴射に反映される差分補正項が徐々に変化するようになる。
以上説明したように、本実施形態によれば、以下に記載する効果が得られる。
【0095】
(1)差分補正項を、噴射位置に関連づけして算出するのではなく、噴射順序に関連づけした値として算出するようにした。そのため、多段噴射の実行に際して、前段噴射の有無に応じたかたちで各段の燃料噴射に差分補正項を適切に反映させることができ、各段の燃料噴射における噴射量誤差を好適に抑えることができる。
【0096】
(2)算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で多段噴射における(N)段目の噴射と(N+1)段目の噴射とのインターバルが異なるときに、算出燃焼サイクルにおいて(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された差分補正項K(N+1)を初期値にリセットするようにした。そのうえで反映燃焼サイクルにおける目標噴射期間TAUの算出を実行するようにした。そのため、実態に即した値でなくなった可能性の高い差分補正項K(N+1)が後段側([N+1]段目)の燃料噴射に反映されることを回避できる。したがって、各噴射間におけるインターバルの変化の変化に伴って算出燃焼サイクルにおいて算出された差分補正項の信頼性が低下した場合であれ、これに起因する噴射量誤差の増大を抑えることができる。
【0097】
(3)算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で多段噴射における(N)段目の燃料噴射についての学習領域が異なるときに、算出燃焼サイクルにおいて(N+1)段目の噴射に対応する値として算出された差分補正項K(N+1)を初期値にリセットしたうえで、反映燃焼サイクルにおける目標噴射期間TAUの算出を実行するようにした。そのため、実態に即した値でなくなった可能性の高い差分補正項K(N+1)が後段側([N+1]段目)の燃料噴射に反映されることを回避できる。したがって、学習領域や、目標噴射圧力、目標噴射量の変化に伴って算出燃焼サイクルにおいて算出された差分補正項の信頼性が低下した場合であれ、これに起因する噴射量誤差の増大を抑えることができる。
【0098】
なお、上記実施形態は、以下のように変更して実施してもよい。
・差分補正項の初期値は「0」に限らず、任意の値を設定することができる。
・学習処理において、複数の特性パラメータの差Δτd,ΔQup,ΔQmax,ΔQdn,Δτeそれぞれの加重平均値を算出することなく、同差そのものを学習項Gτd,GQup,GQmax,GQdn,Gτeとして記憶するようにしてもよい。
【0099】
・学習領域を区画するパラメータとして、目標噴射圧力と目標噴射量とを用いることに限らず、任意の値を用いることができる。上記パラメータとしては、例えば目標噴射圧力および目標噴射量の一方のみを用いたり、機関回転速度NEや通路空気量GA、アクセル操作量ACC、吸入空気量などを用いたりすることができる。
【0100】
・学習項の学習および反映、初期調整項の記憶および反映、補正波形の算出および反映のうちの何れか一つを省略したり、いずれか二つを省略したり、全てを省略したりしてもよい。
【0101】
・算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で多段噴射における(N)段目の噴射と(N+1)段目の噴射とのインターバルが異なるときに、多段噴射における(N+1)段目以降の燃料噴射に対応する差分補正項[K(N+1)、K(N+2)・・・]をリセットするようにしてもよい。その他、上記インターバルが異なるときに、全ての差分補正項をリセットすることなども可能である。同装置によれば、N段目の燃料噴射に伴う燃料圧力脈動による影響が(N+2)段目以降の燃料噴射に対応する差分補正項[K(N+2)・・・]にまで及ぶ場合に、上記インターバルの変化に伴い実態に即した値でなくなった可能性の高い差分補正項[K(N+2)・・・]が(N+2)段目以降の燃料噴射に反映されるようになることを回避できる。
【0102】
・上記実施形態では、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で多段噴射における(N)段目の噴射と(N+1)段目の噴射とのインターバルが異なるときに、差分補正項K(N+1)をリセットするようにした。これに代えて、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間における上記インターバルの差が所定値以上であるときに、差分補正項K(N+1)をリセットするようにしてもよい。インターバルの変化による差分補正項への影響がごく小さいのであれば、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で上記インターバルが若干異なる場合であっても、差分補正項K(N+1)をリセットすることなく目標噴射期間TAUの算出に反映させてもよい。
【0103】
・算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で多段噴射における(N)段目の燃料噴射についての学習領域が異なるときに、多段噴射における(N+1)段目以降の燃料噴射に対応する差分補正項[K(N+1)、K(N+2)・・・]をリセットするようにしてもよい。その他、上記学習領域が異なるときに、全ての差分補正項をリセットすることなども可能である。こうした装置によれば、N段目の燃料噴射に伴う燃料圧力脈動による影響が(N+2)段目以降の燃料噴射に対応する差分補正項[K(N+2)・・・]にまで及ぶ場合に、上記学習領域の変化に伴って実態に即した値でなくなった可能性の高い差分補正項[K(N+2)・・・]が(N+2)段目以降の燃料噴射に反映されるようになることを回避できる。
【0104】
・上記実施形態では、算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間で多段噴射における(N)段目の燃料噴射についての学習領域が異なるときに、差分補正項K(N+1)を初期値にリセットするようにした。差分補正項K(N+1)を初期値にリセットする条件としては、内燃機関10の運転領域が変化したことといった条件を設定することもできる。そうした条件としては例えば「算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間における目標噴射量の差が所定値以上であること」といった条件を設定したり、「算出燃焼サイクルと反映燃焼サイクルとの間における目標噴射圧力の差が所定値以上であること」といった条件を設定したりすることができる。
【0105】
・補正項反映処理(図13)のステップS21の処理およびステップS22の処理のうちの一方を省略してもよい。
・燃料噴射弁20の作動特性の特性パラメータは任意に変更することができる。例えば開弁遅れ時間τd、噴射率上昇速度Qup、最大噴射率Qmax、噴射率低下速度Qdn、および閉弁遅れ時間τeのうちのいずれか一つのみを特性パラメータとしたり、二つのみを特性パラメータとしたり、いずれか三つのみを特性パラメータとしたり、四つのみを特性パラメータとしたりすることができる。また、燃料噴射率が最大噴射率に到達した時期や、燃料噴射率が最大噴射率から低下し始める時期、燃料噴射率が「0」になる時期などを特性パラメータとして新たに採用することもできる。
【0106】
・燃料噴射弁20の内部(詳しくは、ノズル室25内)の燃料圧力の指標となる圧力、言い換えれば同燃料圧力の変化に伴って変化する燃料圧力を適正に検出することができるのであれば、圧力センサ51を燃料噴射弁20に直接取り付けることに限らず、同圧力センサ51の取り付け態様は任意に変更することができる。具体的には、圧力センサ51を燃料供給通路におけるコモンレール34と燃料噴射弁20との間の部位(分岐通路31a)に取り付けたり、コモンレール34に取り付けたりしてもよい。
【0107】
・圧電アクチュエータ29により駆動されるタイプの燃料噴射弁20に代えて、例えばソレノイドコイルなどを備えた電磁アクチュエータによって駆動されるタイプの燃料噴射弁を採用することもできる。
【0108】
・4つの気筒を有する内燃機関に限らず、1つ〜3つの気筒を有する内燃機関、あるいは5つ以上の気筒を有する内燃機関にも、上記燃料噴射制御装置は適用することができる。
【0109】
・上記燃料噴射制御装置は、ディーゼル機関に限らず、ガソリン燃料を用いるガソリン機関や天然ガス燃料を用いる天然ガス機関にも適用することができる。
【符号の説明】
【0110】
10…内燃機関、11…気筒、12…吸気通路、13…ピストン、14…クランクシャフト、15…排気通路、20…燃料噴射弁、21…ハウジング、22…ニードル弁、23…噴射孔、24…スプリング、25…ノズル室、26…圧力室、27…導入通路、28…連通路、29…圧電アクチュエータ、29a…弁体、30…排出路、31a…分岐通路、31b…供給通路、32…燃料タンク、33…燃料ポンプ、34…コモンレール、35…リターン通路、40…電子制御ユニット、51…圧力センサ、52…吸気量センサ、53…クランクセンサ、54…アクセルセンサ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15