(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記鋼は、更に、Cu:0.2%以下(0%を含まない)、Ni:1.0%以下(0%を含まない)、Cr:1.0%以下(0%を含まない)、Ti:1.0%以下(0%を含まない)、Nb:0.1%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)、およびB:0.002%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含むものである請求項1〜5のいずれかに記載の高強度冷延鋼板の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0018】
まず、本発明に到達した経緯について説明する。
【0019】
本発明者らは、Siを1.0%以上、Mnを1.5%以上(更には、Siを1.6%以上、Mnを2.1%以上)含有する高Si高Mn含有鋼を熱間圧延→550℃以上の高温巻取りを行なったときに形成される粒界酸化層を有する熱延鋼板を、酸洗→冷間圧延→焼鈍(必要に応じて、酸洗)して高強度冷延鋼板としたときに生じる化成処理性不良を防止するため、検討を行なった。
【0020】
上記冷延鋼板における化成処理性不良は、主に、冷延鋼板の板幅方向中央部で生じ、リン酸亜鉛結晶が冷延鋼板表面を被覆しない領域(スケ)が発生していた。そこで、スケが発生した冷延鋼板の表面付近をSEM断面観察したところ、冷延鋼板の表面や鋼板の凹部に、Si、Mn、Oを主成分とする無機系の付着物が充填されたような形状で存在しており(後記する
図2において、不完全溶解した粒界酸化層中の灰色部分を参照)、上記付着物の厚さはミクロンオーダーに達していることが確認された。この形態は、前述した従来のSi・Mn系選択酸化層(550℃未満の低温で巻取った熱延鋼板を、冷間圧延→焼鈍したときに冷延鋼板の表面に形成される表面濃化層)とは異なるものであった。
【0021】
更に本発明者らが、上記化成処理性不良の原因について探求した結果、上記化成処理性不良は、熱間圧延後の粒界酸化層に起因して生じることが明らかになった。以下、その発生機構について、工程順に説明する。
【0022】
上述したように、高Si高Mn含有鋼を熱間圧延→550℃以上の高温巻取りを行なうと、スケール層の直下に粒界酸化層が形成される。このような熱延鋼板に対し、通常の酸洗を実施した場合、スケール層の溶解は目視にて確認できるため、完全に溶解除去することができるのに対し、粒界酸化層は目視では素地鋼板と見分けがつかず、粒界酸化層が除去されたかどうかは目視にて確認できないため、粒界酸化層は必ずしも除去されているとは限らず、酸洗が不充分な場合には、粒界酸化層は溶解途中の状態にあるか、溶解せずに残存した状態である場合が多い。すなわち、粒界酸化層が不完全溶解した状態で存在するようになる(後記する
図2において、不完全溶解した粒界酸化層を参照)。
【0023】
熱間圧延後の酸洗によって粒界酸化層は溶解し、Si系化合物およびMn系化合物が生成されるが、本発明者らの調査結果によれば、酸洗液のような強酸性水溶液中では、粒界酸化層のSi系化合物の一部はコロイド状のSiO
2として酸洗溶液中に分散するが、コロイドを形成しない残りのSi系化合物は、ゲル状のSiO
2となることが分かった。また、上記ゲル状のSiO
2は、粒界酸化層中のMnおよびMn系酸化物が溶解して生成したMnイオンと反応し、ゲル状のMnSiO
3が形成されることも分かった。
【0024】
粒界酸化層に起因して生成する上記SiO
2やMnSiO
3は、明確な結晶となって熱延鋼板の表面に析出するのではなく、ゲル状物質となり、酸洗によってエッチングされた粒界凹部や酸洗後の熱間圧延表面に付着するようになる。
【0025】
このゲル状物質は、熱間圧延後の酸洗工程において、酸洗時間が長く、粒界酸化層が十分に溶解された場合には、酸洗液中にコロイド状に分散していくため、酸洗後の熱延鋼板への付着は少なく、よって、その後の工程(冷間圧延→焼鈍→必要に応じて酸洗)への影響も少ない。
【0026】
これに対し、酸洗工程において酸洗時間が充分でない場合は、スケール層は除去されるが、粒界酸化層は上記のように不完全溶解となり、溶解した粒界酸化層中のSiやMnを起因とするゲル状物質が熱延鋼板表面に多く付着した状況となり、付着が著しい場合には、ゲル状物質の厚さは数μmとなる場合がある。
【0027】
酸洗後の熱延鋼板は、引続き、冷間圧延されるが、冷間圧延によってゲル状物質が除去されることはなく、冷間圧延により、上記ゲル状物質は鋼板表面および表面付近の凹部に押し込まれてしまう。
【0028】
冷間圧延後、引続き、還元雰囲気下で焼鈍するが、熱間圧延後の酸洗によって生成したゲル状物質は上記のとおり、SiO
2やMnSiO
3の酸化物からなるため、焼鈍時の還元雰囲気下でも還元されず、かえって、焼鈍時の熱によってゲル状物質の脱水縮合や結晶化が進み、更に強固な物質となるため、化成処理液に一層反応し難くなる。
【0029】
そのため、焼鈍後の酸洗(Si系高強度冷延鋼板の化成処理性不良対策として実施されることが多い)においても、上記ゲル状物質は容易に除去されず、酸洗後の最終製品に残存し、化成処理性不良の原因となることが判明した。
【0030】
そこで、粒界酸化層が酸(酸洗液)に溶解することによって生成するゲル状物質の残存による化成処理性不良を発生させないための、熱間圧延後の酸洗条件について、更に検討を重ねた。その結果、熱間圧延後の酸洗時間t(秒)を、熱延鋼板に形成された粒界酸化層の厚さd(μm)と、熱延鋼板に形成されたスケール層を溶解するのに要する時間t
1(秒、以下、単にスケール層溶解時間と呼ぶ場合がある。)との関係で適切に制御して酸洗を行えば所期の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0031】
本明細書において「高Si高Mn(含有)鋼(板)」とは、Siを1.0%以上、Mnを1.5%以上(更には、Siを1.6%以上、Mnを2.1%以上)含む鋼(鋼板)を意味する。
【0032】
本発明では、熱間圧延後、550℃以上の高温巻取りによって形成される粒界酸化層が、おおよそ約5μm以上と厚く形成された高Si高Mn鋼板を対象とするものである。
【0033】
また、本明細書において「高強度冷延鋼板」とは、上記の高Si高Mn鋼を熱間圧延→550℃以上の高温巻取り(約5μm以上の粒界酸化層がスケール層の直下に形成)→酸洗→冷間圧延→焼鈍(必要に応じて、酸洗)して得られるものを意味する。
【0034】
本明細書において酸洗とは、特に断りのない限り、熱間圧延後の酸洗を意味する。上述したように、高Si高Mn含有冷延鋼板の化成処理性不良対策として、冷間圧延→焼鈍の後に酸洗する場合が多いが、この場合の酸洗は、例えば「後酸洗」などと呼び、上記の熱間圧延後の酸洗とは区別する。
【0035】
更に、
図1および
図2を参照しながら、本明細書における用語の定義を説明する。
図1は、熱間圧延→660℃の高温で巻取りを行なった熱延鋼板断面SEM写真(倍率3000倍)であり、
図2は、上記熱延鋼板に通常の酸洗処理(酸洗が充分でなく、ゲル状物質が残存してしまう処理)を施し、冷間圧延、および焼鈍、後酸洗した冷延鋼板断面SEM写真(倍率3000倍)である。
【0036】
図1に示すように、熱間圧延後、550℃以上の高温で巻取りを行なった熱延鋼板(素地鋼板)の表面には、素地鋼板側から順に、粒界酸化層、およびスケール層が形成される。
【0037】
本明細書において「粒界酸化層」とは、マトリクスが鋼の層であり、素地鋼板と、スケール層(マトリクスが酸化物の層、詳細は後述する。)との界面付近(スケール層の直下)に形成されるものであり、
図1に示すように、鋼マトリクスに比べて濃く観察される内部酸化層も含む。詳細には、粒界酸化層は、拡散経路となる結晶粒界を通して拡散した酸素が、結晶粒界付近(周囲)のSiやMnと選択的に結合し、酸化されたSi・Mn系酸化物(SiO
2、MnSiO
3、Mn
2SiO
4など)と;特にスケール層と鋼板との界面付近において酸素が結晶粒内にも拡散し、結晶粒内に上記Si・Mn系酸化物が粒状に析出した内部酸化層(
図1を参照)と、から構成される。
【0038】
繰り返し述べるように、粒界酸化層は、熱延鋼板を高温で巻取った後、冷却する過程で生成するものであり、従来のように、熱間圧延後の低温巻取りによっては形成されず、巻取り温度が粒界酸化層の厚さを決定する要因となる。
【0039】
本明細書において「スケール層」とは、マトリクスが酸化物の層であり、スケール層には、ヘマタイト(Fe
2O
3)、マグネタイト(Fe
3O
4)、ウスタイト(FeO)などの鉄系酸化物;およびファイアライト(Fe
2SiO
4)などのSi系酸化物のほか、ウスタイト(FeO)が約570℃以下の温度で下記の共析変態反応によって生成したFeも含まれる。
4FeO→Fe
3O
4+Fe
【0040】
スケール層は、熱間圧延の際に形成されるが、その後の酸洗によって容易に除去されるものである。
【0041】
一方、ゲル状物質は、酸洗により粒界酸化層が酸に溶解することによって生成するものである。このゲル状物質は、その後の冷間圧延、焼鈍(更には、後酸洗)によっても除去されない。冷延鋼板の断面SEM写真である
図2を参照しながら、詳しく説明する。
【0042】
図2に示すように、焼鈍後の冷延鋼板(素地鋼板)の表面には、不完全溶解した粒界酸化層が生成している。ここで、白い部分は、熱間圧延後の酸洗によって溶解せずに残存した粒界酸化層中の鋼であり、灰色部分は、粒界酸化層が溶解して生成したSi・Mn系酸化物からなるゲル状物質である。
図2に示すように、ゲル状物質は、粒界凹部や鋼板表面などに付着した状態で存在している。
【0043】
次に、上記式(1)の酸洗条件について詳しく説明する。上記式(1)は、数多くの基礎実験によって決定されたものであるが、まず、上記(1)式に到達した経緯を説明する。
【0044】
本発明者らによる基礎実験によれば、まず、熱延鋼板の酸洗時間t(スケール層のみならず、ゲル状物質を含め粒界酸化層を溶解除去するのに必要な酸洗時間)は、酸洗液(酸)の種類、酸濃度、酸洗温度などの酸洗条件によって変化するが、酸濃度や酸洗温度が低下し、スケール層の溶解時間t
1が増加すれは、酸洗時間tも、ほぼ比例的に増加するため、同一の熱延鋼板(鋼種、熱間圧延条件、巻取り条件が同じもの)では、tとt
1との比(t/t
1)は、酸洗条件が変化しても殆ど変化しないことが判明した。
【0045】
更に、粒界酸化層の厚さdが厚くなる程、酸洗時間tも長くする必要があり、粒界酸化層の厚さdとの関係で酸洗時間が短くなると、粒界酸化層に起因して生成するゲル状物質が充分に溶解除去されず、残存することが判明した。
【0046】
そこで、粒界酸化層の厚さdを指標として、酸洗時間tとの関係を種々検討した結果、dとt/t
1とは、上記式(1)で整理できることが判明し、本発明を完成した。
【0047】
すなわち、本発明の製造方法は、熱間圧延し、550℃以上の温度で巻取った熱延鋼板に対し、下記式(1)の条件で酸洗したところに特徴がある。
t/t
1≧(d/5)+1 ・・・ (1)
式中、
tは熱延鋼板の酸洗時間(秒)、
dは熱延鋼板に形成された粒界酸化層の厚さ(μm)、
t
1は熱延鋼板に形成されたスケール層を溶解するのに要する時間(秒)
【0048】
上記(1)式について、もう少し詳しく説明する。上記(1)式を変形すると、下記(1A)のようになる。
t≧t
1×{(d/5)+1}
=t
1+(d/5)×t
1・・・ (1A)
すなわち、熱延鋼板表面に形成された粒界酸化層を、酸洗によって除去するのに必要な酸洗時間tは、スケール層のみ溶解するのに必要な時間t
1と、{(d/5)×t
1}の合計時間で表されることが分かる。
【0049】
よって、上記{(d/5)×t
1}は、スケール層直下に形成される粒界酸化層が充分に溶解するのに要する時間であると表現することができる。ここで「粒界酸化層が充分に溶解するのに要する時間」とは、酸洗により、粒界酸化層に起因して生じるゲル状物質が除去され、消失するのに要する時間であり、詳細には、粒界の凹部や熱延鋼板表面に付着したゲル状物質が酸中に拡散していくための時間を意味する。
【0050】
よって、本発明において「酸洗時間tが上記関係式(1)を満足するように酸洗する」とは、酸洗の際、スケール層の溶解時間t
1と、粒界酸化層が充分に溶解するのに要する時間とを加えた、これらの合計時間以上に行なうことを意味している。
【0051】
例えば、酸洗の際、スケール層の溶解時間に加えて、粒界酸化層が充分に溶解するだけの時間、酸洗を行なった場合[酸洗時間tが上記式(1)を満足する場合]には、酸溶液中に、上記ゲル状物質がコロイド状に分散していくため、酸洗後の鋼板へのゲル状物質の付着は少なく、化成処理性への影響は少ない。これに対し、酸洗の際、粒界酸化層が充分に溶解するだけの時間、酸洗を行なわなかった場合[酸洗時間tが上記式(1)を満足しない場合]には、スケール層は除去されるが、粒界酸化層は部分的にしか溶解されない(不完全溶解)。その結果、溶解した粒界酸化層中のSiやMnに起因して上記ゲル状物質が鋼板表面に多く付着され易くなり、付着が著しい場合は、ゲル状物質の厚さは最大で、おおむね、数μmとなる場合もあるため、化成処理性が著しく低下する。
【0052】
上記式(1)において、酸洗時間tが長くなる程、ゲル状物質が酸中に分散してゲル状物質の除去が促進されるため、化成処理性は向上するようになるが、逆に、酸洗時間tが長過ぎると、過剰酸洗による弊害(酸洗設備の通板速度低下による生産性の低下など)を招く。これらを勘案すると、酸洗時間tはt
1との関係で、おおむね、2t
1以上、5t
1未満の範囲内に制御することが好ましい。
【0053】
上記式(1)に基づいて酸洗を実行するに当たり、スケール層の溶解時間t
1は、予め、同一の熱延鋼板ごとに、基礎実験や操業実績に基づいて測定したデータを採用することができる。ここで、「同一の熱延鋼板」とは、鋼種、熱延条件、および巻取り温度が同一のものを意味する。
【0054】
一方、粒界酸化層の厚さdは、SEMを用いて測定することができる。或いは、鋼種、熱間圧延条件、巻取り温度が全て同一の熱延鋼板ごとに、基礎実験や操業実績に基づいて測定した既存のデータを採用することもできる。例えば、表2のNo.4(巻取り温度550℃)とNo.6(巻取り温度610℃)とは、巻取り温度が相違するため、粒界酸化層の厚さdが相違し、No.4では5μm、No.6では11μmである。
【0055】
具体的な酸洗条件(酸濃度、酸洗温度、酸洗時間など)は、後に詳述する好ましい範囲内で、適切に制御することが好ましい。
【0056】
以下、上記式(1)を用いた酸洗方法について、具体的に説明する。
【0057】
例えば、熱延後、550℃の温度で巻取り、表面に5μm程度の粒界酸化層(d=5)を有する熱延鋼板Aの場合、上記式(1)に代入すれば、以下のように、t/t
1≧2となる。
t/t
1≧(5/5)+1=2
すなわち、上記熱延鋼板Aに形成された酸化層を全て除去するためには、スケール層の溶解除去時間t
1に対し、2倍以上の酸洗時間tが必要であることが分かる。
【0058】
なお、熱延鋼板の酸洗設備は通常、連続ラインとなっていることが多いため、t/t
1≧2とは、換言すると、通板速度を1/2以下に低下させることを意味する。
【0059】
一方、550℃の温度で巻取り、表面に厚さ20μm程度の粒界酸化層(d=20)を有する熱延鋼板Bの場合、上記式(1)に代入すれば、以下のように、t/t
1≧5となる。
t/t
1≧(20/5)+1=5
すなわち、上記熱延鋼板Bに形成された酸化層を全て除去するためには、スケール層の溶解時間t
1に対し、5倍以上もの酸洗時間tが必要であることが分かる。このような長時間の酸洗時間は、酸洗時の生産性を大きく低下させる(酸洗ラインの通板速度の低下)のみならず、粒界酸化層の溶解に伴う歩留まりロスも大きくなるため、現実的でない。このことは、生産性の観点から許容できる粒界酸化層の厚さdの上限は20μm未満であることを意味する。
【0060】
本発明の酸洗方法を、更に、後記する表2のNo.4(比較例)を用いて詳しく説明する。上記No.4は、上記の熱延鋼板Bに対応する例であり、酸洗時間tが短過ぎたため、化成処理性不良が生じた例である。
【0061】
詳細には、上記No.4は、表1の鋼種B(Si:1.6%、Mn:2.2%を含有)を用い、スケール層厚9μm、粒界酸化層の厚さd(5μm)を有する熱延鋼板cを、7%塩酸、温度70℃の酸洗液で酸洗したものである。上記熱延鋼板の場合、既存のデータによれば、スケール層のみ溶解するのに要する時間t
1は40秒である。従って、全ての酸化層を除去し、良好な化成処理性を得るために必要な酸洗時間tは、上記式(1)によれば、以下のようになり、80秒以上が必要となる。
t≧t
1×{(d/5)+1}=40×{(5/5)+1}=80
【0062】
このことは、上記熱延鋼板cに形成された粒界酸化層を完全に溶解させ、ゲル状物質を除去して良好な化成処理性を得るためには、スケール層溶解時間t
1(40秒)に比べ、少なくとも2倍以上の時間(t≧80秒)、酸洗を行なうことが必要であることを意味している。ところが、上記No.4では、tを40秒しか行なわなかったため、粒界酸化層が充分除去されず(粒界酸化層除去の有無の欄では×)、化成処理性が低下した(表2の評価は△)。
【0063】
本発明に用いられる酸洗液は、スケール層や粒界酸化層の除去に通常用いられるものであれば特に限定されず、例えば、塩酸、硫酸、硝酸などの鉱酸を用いることができる。経済性および酸洗速度などを考慮すると、塩酸の使用が好ましい。
【0064】
酸洗液として塩酸を用いる場合、シリコン半導体のエッチング用に用いられるフッ素化合物(フッ酸、またはフッ化ナトリウム、フッ化アンモニウムなど)は併用しない。塩酸中に上記フッ素化合物を添加することは、SiO
2を主成分とする上記ゲル状物質の溶解という観点からは好ましいものであるが、装置の腐食や、塩酸回収装置の運転、排水処理などに多大な悪影響が生じるためである。
【0065】
酸洗時における塩酸の濃度は、おおむね、3〜20質量%の範囲に制御することが好ましい。酸洗液の濃度が高いほど、酸洗速度も高くなるため、スケール層および粒界酸化層の除去とゲル状物質の付着抑制の観点からは望ましいが、酸洗液の濃度が高くなり過ぎると、スケール除去後の素地鋼板の溶解が増加して歩留まりが低下したり、酸洗液から発生する塩化水素ガスの量が増加する恐れがあるため、これらを総合的に勘案し、上記範囲とすることが推奨される。
【0066】
また、酸洗温度は、酸洗濃度と同様の理由により、おおむね、60〜95℃の範囲に制御することが好ましい。
【0067】
酸洗液中には、更に公知の添加成分を添加することができる。このような添加成分として、例えば、アミンなどの酸洗抑制剤(インヒビター)が挙げられ、これにより、スケール層および粒界酸化層が溶解した後の素地鋼板の溶解を抑制し、酸洗歩留まりを高めることができる。また、スケール層溶解速度向上のための酸洗促進剤などを添加しても良い。
【0068】
以上、ゲル状物質残存による化成処理性不良を発生させないための酸洗方法について、詳述した。
【0069】
上記酸洗方法によれば、粒界酸化層まで充分に溶解するように酸洗を行うことにより、粒界酸化層の溶解によって生成した、熱延鋼板の表面に付着したゲル状物質を酸中に拡散し、除去することができるが、最終製品である冷延鋼板に対し、化成処理を実施することなく、ゲル状物質の付着による化成処理性不良を判定・評価する(ゲル状物質の付着が最終製品の化成処理性に悪影響を及ぼさないかどうかを判定・評価する)ことが出来れば非常に有用である。そのためには、ゲル状物質の付着量を測定し、管理することが必要である。本発明者らの検討結果によれば、熱間圧延→酸洗→冷間圧延した冷延鋼板(焼鈍前の冷延鋼板)をX線回折分析(XRD)する方法が有効であり、下記式(2)に規定するIs/Ifは、ゲル状物質付着量の指標となるものであり、下記式(2)の関係を満足するものは、ゲル状物質が残存せず、最終の冷延鋼板において良好な化成処理性を有することが判明した。
Is/If≦2.0×10
-4・・・(2)
【0070】
上記式中、IsおよびIfは、上記冷延鋼板を後記するX線回折法(XRD)によって分析したときに得られる回折ピーク強度である。このうち、Ifは、素地鋼板のα−Fe(110)面(d=2.03Å)回折ピーク強度(cps)である。
【0071】
一方、Isは、冷延鋼板表面に存在するゲル状付着物のうち、MnSiO
3(310)面(d=2.94Å)の回折ピーク強度(cps)である。ゲル状付着物(主に、SiO
2とMnSiO
3とからなる)のなかでも、MnSiO
3の回折ピークに着目したのは、SiO
2のX線回折ピークはブロードとなるのに対し、MnSiO
3は、或る程度の結晶性を有しており、MnSiO
3(310)(d=2.94Å)は、低いながら回折ピーク強度が現れたためである。
【0072】
後記する実施例で実証したように、Is/Ifの比が、上記(2)式の関係を満足する冷延鋼板は、焼鈍→後酸洗を行なって化成処理性を評価すると、良好な化成処理性を有するのに対し、Is/Ifの比が、上記式(2)の関係を満足しない冷延鋼板の化成処理性は低下することが分かった。
【0073】
このことは、上記Is/Ifの比は、熱間圧延→酸洗→冷間圧延した冷延鋼板の表面に付着するゲル状物質の付着量を反映する指標となるだけでなく、上記(2)式の関係を基準として、冷延鋼板を焼鈍(必要に応じて、酸洗)した後の化成処理性を評価できることを意味する。すなわち、化成処理性評価のための実験を、わざわざ、実際に行って、ゲル状物質を含む粒界酸化層が除去されたかどうかを現実に確認しなくても、XRD法により上記Is/Ifの比を測定し、上記(2)式の基準を満足するか否かどうかの判定を行なうだけで、化成処理性の良否(化成処理性に悪影響を及ぼさない程度まで粒界酸化層を溶解除去できたかどうか)を、簡便、且つ精度良く、評価することができる。
【0074】
しかも、上述したように、ゲル状物質は冷間圧延によって除去されることはなく、単に冷延鋼板表面付近の凹部に押し込まれるだけであるため、冷間圧延の前後で上記Is/Ifの比は実質的に変化しない。そのため、上記Is/Ifの比は、熱間圧延→酸洗後の熱延鋼板表面に付着するゲル状物質の付着量を反映する指標となるということもできる。特に最近の冷延工場では、熱間圧延後の酸洗と、その後の冷間圧延とが同一ラインにて連続して行なわれていることが多く(すなわち、酸洗設備と冷間圧延機とが連続して設置された設備が多く)、酸洗後(冷間圧延前)のサンプルを採取することが困難であるとの実情を考慮すると、冷間圧延後のサンプルを用いてゲル状物質の付着に起因する化成処理性を評価できる上記手法は、最近の冷延工場に充分対応できるものとして、極めて有用である。
【0075】
以下、本発明の製造方法について、具体的に、工程順に説明する。但し、本発明の方法は上記の酸洗工程に特徴があり、それ以外の工程は、通常用いられるものであれば特に限定する趣旨ではない。
【0076】
本発明の高強度冷延鋼板は、鋼を転炉、電気炉などで溶製してスラブとした後、スラブを加熱し、熱間圧延して巻取りした後、酸洗し、冷間圧延、焼鈍(熱処理)、後酸洗を行なうことにより製造される。
【0077】
まず、本発明の高強度冷延鋼板を構成する鋼中成分について説明する。
【0078】
本発明の高強度冷延鋼板は、Siを1.0%以上、Mnを1.5%以上含有するものである。
【0079】
Siは鋼の強化元素であり、安価で加工性への悪影響が少ないほか、加工性向上に有用な残留オーステナイトが分解して炭化物が生成するのを抑制する元素である。このような作用を有効に発揮させるため、Si量を1.0%以上とする。好ましくは、1.6%以上である。Si量の上限は、上記観点からは特に限定されないが、Si量が多過ぎると固溶強化作用が顕著になって圧延負荷が増大するほか、表面欠陥が生じ易くなるため、Si量の上限を2.5%以下とすることが好ましい。
【0080】
Mnも、上記Siと同様、安価な鋼の強化元素であり、鋼板の強度向上作用のほか、オーステナイトを安定化し、残留オーステナイトの生成による加工性改善に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるため、Mn量を1.5%以上とする。好ましくは2.1%以上である。しかしながら、Mn量が多過ぎると鋼板の延性が低下し、加工性に悪影響を及ぼすほか、鋼板の溶接性も低下する。このような観点からは、Mn量の上限を3.0%以下とすることが好ましい。より好ましくは2.8%以下である。
【0081】
本発明の高強度冷延鋼板は、SiとMnを含有する他、基本成分として、好ましくはC:0.08〜0.25%、およびAl:0.5%以下(0%を含まない)を含有する。
【0082】
Cは、鋼板の強度向上元素であり、且つ、残留オーステナイトを確保して加工性を改善するのに必要な元素である。980MPa以上の高強度を確保するためには、C量を0.08%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.11%以上である。C量の上限は、鋼板の強度確保を考慮すると多い方が良いが、C量が過剰になると耐食性、スポット溶接性、加工性が劣化することを考慮すると、C量は0.25%以下が好ましく、より好ましくは0.20%以下である。
【0083】
Alは、脱酸作用を有する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Al量を0.005%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.02%以上である。しかしながら、Alを過剰に添加すると、アルミナ等の介在物が増加し、鋼板の加工性が劣化する恐れがあるため、Al量の上限は0.5%以下であることが好ましい。より好ましくは0.4%以下である。
【0084】
本発明の高強度冷延鋼板は、上記元素を含み、残部は、鉄および不可避不純物である。不可避不純物のうち、Pは、約0.2%以下(0%を含まない)、Sは約0.02%以下(0%を含まない)、Nは約0.01%以下(0%を含まない)に抑制することが好ましい。
【0085】
これらのうち、Pは、孔食が発生する際、孔食内部に濃縮してインヒビターとして作用し、耐孔あき腐食性の向上に寄与する元素である。また、鋼板中にCuを含む場合、PはCuと共存することによって、錆を非晶質化して緻密な保護膜を形成する作用も有する。これらの作用を有効に発揮させるには、P量の下限は0.001%以上であることが好ましく、より好ましくは0.003%以上である。しかし、Pは、過剰に添加すると鋼板の溶接性を劣化させるほか、粒界に偏析して粒界破壊を助長し、鋼板の加工性を劣化させる。そのため、P量の上限は0.2%以下であることが好ましく、より好ましくは0.1%以下である。
【0086】
Sは、過剰に添加すると腐食環境下で水素吸収を助長し、鋼板の耐遅れ破壊性を劣化させる。そのため、S量の上限は0.02%以下であることが好ましい。より好ましくは0.01%以下である。なお、Sは、通常、不可避的に0.0005%程度含有している。
【0087】
Nは、過剰に含有すると窒化物を形成して加工性を劣化させる元素である。特に、鋼板中に焼入れ性向上元素としてB(ホウ素)を含む場合、Nは、Bと結合してBN析出物を形成し、Bの焼入れ性向上作用を阻害する元素である。そのため、N量の上限は0.01%以下であることが好ましく、より好ましくは0.005%以下である。
【0088】
本発明では、更に、周知の強度向上元素を選択成分として添加し、所望の強度を確保することもできる。強度向上元素としては、Cu、Ni、Cr、Ti、Nb、V、B等が挙げられ、本発明では、これらの元素を単独で、または2種以上含有することができる。具体的には、Cu:0.2%以下(0%を含まない)、Ni:1.0%以下(0%を含まない)、Cr:1.0%以下(0%を含まない)、Ti:1.0%以下(0%を含まない)、Nb:0.1%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)、およびB:0.002%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有することが好ましい。
【0089】
上記元素のうち、Cu、Ni、CrおよびTiは、鋼板の強度を向上させる他、鋼板の耐食性も向上させる元素であり、鋼板が腐食して水素が発生するのを抑制する作用を有する。また、これらの元素は、大気中で生成する錆のなかでも熱力学的に安定で、保護性があるといわれている酸化鉄(α−FeOOH)の生成を促進させる作用も有している。このような錆の生成を促進することによって、発生した水素が鋼板へ侵入するのを抑制でき、過酷な腐食環境下(例えば、塩化物の存在下)で使用しても水素による助長割れを充分に抑制できる。これらの作用を有効に発揮させるには、Cuは0.003%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.05%以上である。Niは0.003%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.05%以上である。Crは0.003%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.01%以上である。Tiは0.003%以上含有することが好ましく、より好ましくは0.005%以上である。しかし、上記元素を過剰に含有すると、加工性が劣化する。従って、Cuは0.2%以下であることが好ましい。Niは1.0%以下であることが好ましく、より好ましくは0.5%以下である。Crは1.0%以下であることが好ましく、より好ましくは0.5%以下である。Tiは1.0%以下であることが好ましく、より好ましくは0.1%以下である。
【0090】
NbおよびVは、いずれも鋼板の強度向上に有用である他、焼入れ後のオーステナイト粒を微細化して靭性の改善に作用する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Nbは0.003%以上含有することが好ましく、より好ましくは0.005%以上である。Vは0.003%以上含有することが好ましく、より好ましくは0.005%以上である。しかし、上記元素を過剰に含有すると、炭化物や窒化物、或いは炭窒化物を多量に生成して加工性や耐遅れ破壊性が劣化する恐れがある。従ってNbは0.1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.08%以下、更に好ましくは0.05%以下である。Vは0.1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.08%以下、更に好ましくは0.05%以下である。
【0091】
Bは、焼入れ性および溶接性の向上に有用な元素である。これらの作用を有効に発揮させるためには、Bを0.0002%以上含有することが好ましい。より好ましくは0.0003%以上、更に好ましくは0.0004%以上である。しかし、Bを過剰に含有させても上記効果は飽和し、延性が低下して加工性が悪くなる恐れがある。従って、Bは0.002%以下であることが好ましい。より好ましくは0.0019%以下、更に好ましくは0.0018%以下である。
【0092】
更に本発明には、上記成分のほか、強度および化成処理性を阻害しない範囲で、他の周知の選択成分を更に添加することもできる。
【0093】
次に、上記鋼を転炉や電気炉等の公知の溶製方法で溶製し、溶鋼を得た後、連続鋳造や鋳造および分塊圧延を行なってスラブ等の鋼片を製造する。生産性を向上させる観点からは、連続鋳造することが好ましい。
【0094】
(熱間圧延工程)
次に、得られた鋼片を熱間圧延する。鋳造して得られた鋼片は、直接熱間圧延してもよいし、一旦適当な温度に冷却し、加熱炉で再加熱してから熱間圧延してもよい。
【0095】
鋼片の温度(加熱温度)は、1000〜1300℃としてから圧延し、仕上温度を800〜950℃、巻取温度を500〜700℃として熱間圧延を行なうことが好ましい。
【0096】
加熱温度を1000℃以上とすることによって、容易に熱間圧延でき、しかも鋼中のMnの一部を鋼板表面側に濃化させることができるため、鋼板表面近傍におけるMnの存在状態を最適化でき、最終的に得られる冷延鋼板の化成処理性を改善できる。しかし加熱温度が高過ぎると、鋼板表面にスケールが多く生成し、スケールロスが発生することがある。従って加熱温度は1300℃以下とすることが好ましい。
【0097】
仕上温度は800〜950℃とすることによって、フェライトの生成を抑制することができ、強度を高めることができる。即ち、この温度域は、過冷却オーステナイトが生成する温度域のうち低温側の領域であり、仕上温度をこの温度域に制御することによって、フェライトの生成を抑制でき、冷延鋼板の強度を高めることができる。また、仕上温度が800℃を下回ると、仕上圧延時の変形抵抗が大きくなるため金属組織が不均一となり、冷延鋼板の加工性が劣化する原因となる。一方、仕上温度が950℃を超えると、その後の冷却過程で結晶粒の成長が起こり、均一な金属組織が得られず、冷延鋼板の加工性が劣化する原因となる。
【0098】
次に、上記鋼板を、550℃以上の温度で巻取る。550℃以上の高温で巻取ることによって、熱延後の熱延鋼板の強度を、好ましくは1000MPa以下に低減できるため、SiやMnの多量添加による熱間圧延後の強度上昇に伴う種々の弊害(冷間圧延時の荷重が増加して冷延率や圧延速度が低下し、生産性が低下するほか、熱間圧延後の強度が高過ぎると冷間圧延自体が不可能になるなどの弊害)を解消でき、冷間圧延性が向上する。
【0099】
しかしながら、このように巻取り温度を高くすると、上述したとおり、粒界酸化層の厚さが厚くなり、ゲル状物質による化成処理性不良が発生し易くなる。本発明のように多量のSiおよびMnを含む場合、熱延後の巻取り温度が500℃程度以上でスケール層の下に粒界酸化層が形成され始め、巻取り温度の上昇と共に粒界酸化層の厚さが増加する傾向にある。粒界酸化層の厚さは、巻取り温度が550℃以上で、おおむね、5μm以上となり、巻取り温度が610℃以上になると、おおむね、10μm以上にもなると推察される。
【0100】
次に、上述した方法によって酸洗する。
【0101】
(冷間圧延工程)
酸洗して得られた熱延鋼板は、公知の条件で冷間圧延すればよい。
【0102】
(焼鈍工程)
冷間圧延後、焼鈍することにより980MPa以上の引張強度を有する冷延鋼板とする。980MPa以上の高強度を確保するためには、焼鈍工程の均熱後に急冷する必要があることを考慮すると、焼鈍設備は、連続焼鈍設備(CAL)で行なうことが推奨される。
【0103】
連続焼鈍工程での焼鈍条件は、本発明で要求される冷延鋼板の強度(980MPa以上)のほか、付与したい機械的特性(伸び、伸びフランジ性など)に応じて適宜適切に決定することができるが、本発明のような高Si高Mn鋼の場合、おおむね、均熱温度:750℃〜930℃、均熱時間:30秒〜600秒、均熱後の冷却速度:5〜200℃/秒の範囲に制御することが好ましい。
【0104】
また、焼鈍ガスは、通常用いられる還元性雰囲気となるようなガスを用いれば良く、例えば、水素濃度2〜20体積%、露点−20〜−40℃程度の水分を含む窒素雰囲気で行なうことが推奨される。
【0105】
焼鈍後、後酸洗することが好ましい。本発明では、冷延後の酸洗条件を特に限定するものではなく、通常用いられる方法を採用することができる。例えば、塩酸または硫酸を使用し、濃度2〜20%、温度60℃〜90℃にて、スプレー処理、または浸漬処理(浸漬時間2〜20秒程度)を行なうことが好ましい。
【0106】
後酸洗後、必要に応じて、化成処理性向上のため、Niフラッシュめっきなどのめっきを施しても良い。好ましいNi付着量は、おおむね、2〜20mg/m
2である。
【0107】
その後、保管中の腐食防止のため、表面に防錆油などを塗布しても良い。
【0108】
以上、本発明の製造方法について説明した。具体的には、鋼板に含まれるSi量およびMn量に応じて、熱間圧延後、冷間圧延前における酸洗条件、および焼鈍後における後酸洗条件を微調整することが好ましい。Si量とMn量のバランスによって鋼板表面の状態も変化し得、それによって適用される好適な酸洗条件も変化するためである。
【0109】
このようにして得られる高強度冷延鋼板の厚みは特に限定されず、おおむね、0.4〜3.0mm程度であることが好ましい。
【0110】
上記高強度冷延鋼板は、自動車用構造部品の素材として好適に用いることができる。自動車用構造部品としては、例えば、フロントやリア部のサイドメンバやクラッシュボックスなどの衝突部品をはじめ、センターピラーレインフォースなどのピラー類、ルーフレールレインフォース、サイドシル、フロアメンバー、キック部などの車体構成部品に使用できる。
【0111】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0112】
下記表1に示す鋼を転炉で溶製し、連続鋳造してスラブを製造した。得られたスラブを1000〜1300℃に加熱し、厚さが2.5mmとなるように熱間圧延した。熱間圧延における仕上温度は850〜900℃であり、表2に記載の温度で巻取り後、大気中にて冷却を行なった。
【0113】
このようにして得られた熱延鋼板について、JIS5号試験片を採取して熱延後の引張強度を測定した(引張速度10mm/分)。また、上記熱延鋼板の表面に生成したスケール層の厚さ、および粒界酸化層の厚さdを、以下のようにして測定した。
サンプルを樹脂埋め込み→断面をSEM観察(倍率2000倍)→スケール層および粒界酸化層の各厚さを、観察視野中の任意の5箇所で測定→その平均値を算出し、それぞれ、スケール層の厚さ、および粒界酸化層の厚さdとする。
【0114】
次に、このようにして得られた熱延鋼板を、下記酸洗液を用いて酸洗した。
酸洗液:7質量%の塩酸と500ppmのインヒビター(スギムラ化学製のスーパーヒビロン(登録商標)AS−30B)を含有
酸洗温度:70℃
【0115】
熱延鋼板の酸洗時間tは、表2に示すようにスケール層の溶解時間t
1との関係で種々変化させた。スケール層の溶解時間t
1は、上記熱延鋼板の一部から、別途、酸洗実験用のサンプルを切断し、上記と同じ条件で酸洗を行なったとき、スケール層が除去されるまでの時間を目視にて調べた。表2には、本発明で規定する式(1)の関係を満足するものに○、満足しないものに×を付した。
【0116】
酸洗後の熱延鋼板の一部を切断し、切断体の断面をSEM観察(倍率2000倍)し、粒界酸化層が除去されたか否かを確認した。粒界酸化層が除去されたものには○を、除去されなかったものには×を付した。
【0117】
更に、粒界酸化層の除去の有無を確認した上記切断体(熱延→酸洗後、冷延前のもの)について、下記条件のX線回折(XRD)法による鋼板表面観察を行ない、表面のゲル状物質を調べた。
【0118】
[X線回折(XRD)条件]
分析装置:理学電機製X線回折装置RAD−RU300
分析条件:ターゲット Co モノクロメータを使用(Kα線)
40kV−200mA
走査角度(2θ):15°〜110°
MnSiO
3(310)面(d=2.94Å)の回折ピーク強度Is(cps)、および素地鋼板α−Fe(110)面(d=2.03Å)の回折ピーク強度If(cps)をそれぞれ測定して比率Is/Ifを算出し、下記基準により、ゲル状物質の表面への付着の程度を評価した。
Is/If≦2.0×10
-4・・・ゲル状物質の付着なし
Is/If>2.0×10
-4・・・ゲル状物質の付着あり
【0119】
なお、MnSiO
3(310)面(d=2.94Å)回折ピーク強度Is(cps)は、α−Fe(110)面(d=2.03Å)回折ピーク強度If(cps)に比べて極めて小さく、Isが10cps未満では、バックグラウンドの影響でそのピークは検出できないため、その場合は「Is/If」の欄は0とした。
【0120】
酸洗後、冷間圧延機により板厚1.6mmに圧延し、冷延鋼板を得た後、以下の条件で、連続焼鈍を模擬した光輝焼鈍を実施した。
(冷延後の焼鈍条件)
焼鈍雰囲気:N
2−5体積%H
2、露点−35℃
均熱(焼鈍)温度:850℃
均熱(焼鈍)時間:4分
【0121】
焼鈍後、30℃/秒の平均冷却速度で冷却した後、下記酸洗液を用いて後酸洗し、焼鈍により生成した鋼板最表面のSi系酸化皮膜を除去した。
酸洗液:15質量%の塩酸
酸洗温度:80℃
酸洗時間:15秒
【0122】
後酸洗後、一部の鋼板にはNiフラッシュめっき(Ni付着量8mg/m
2)を行なった。
【0123】
上記のようにして得られた冷延鋼板(冷延→焼鈍→後酸洗)について、JIS5号試験片を採取して引張強度を測定した(引張速度10mm/分)。
【0124】
更に上記冷延鋼板(冷延→焼鈍→後酸洗)から50mm×50mmの試験片を切り出し、表面に防錆油(パーカー興産製のノックスラスト(登録商標)530)を塗布した後、以下の条件で化成処理性を評価した。
【0125】
(化成処理性の評価)
化成処理液としては、日本パーカライジング社製の化成処理液「パルボンド(登録商標)L3020」を用い、次の手順で化成処理を行った。
【0126】
上記試験片を、脱脂(日本パーカライジング社製の脱脂液「ファインクリーナー(登録商標)」を用い、45℃で2分間浸漬)→水洗(30秒)→表面調整(日本パーカライジング社製の表面調整液「プレパレン(登録商標)Z」に、室温にて15秒浸漬)→化成処理(上記化成処理液に43℃で2分浸漬)した。
【0127】
化成処理性は、試験片の表面を走査型電子顕微鏡(1500倍)で観察し、無作為に選択した10視野についてリン酸塩結晶の付着状況を調べ、スケ(リン酸塩結晶が付着していない領域)を測定した。本実施例では、○を合格(化成処理性に優れる)と評価した。
【0128】
[スケ(化成処理性)の評価基準]
○:10視野とも、観察視野内の全面にリン酸塩結晶が均一に生成(スケ無し)
△:10視野中、スケが認められた視野数が3個以下
×:10視野中、スケが認められた視野数が3個超
【0129】
これらの結果を表2にまとめて示す。
【0130】
【表1】
【0131】
【表2】
【0132】
表2には、表1の鋼種記号を付すと共に、参考のため、熱延鋼板の種類a〜nを付した。同一の熱延鋼板記号を有するものは、同じ条件で熱間圧延→巻取り(よって、粒界酸化層の厚さdも同じ)を行なったことを意味する。例えば表2のNo.4と5は、表1の鋼種Bを用い、表2に記載の条件で熱間圧延→巻取りを行なった熱延鋼板cであり、一方、表2のNo.6〜8は、表1の鋼種Bを用い、表2に記載の条件で熱間圧延→巻取りを行なった熱延鋼板dであり、No.4、5と、No.6〜8とは、熱延条件が相違している。
【0133】
表2より、以下のように考察することができる。
【0134】
No.2、5、8、11、13〜18、21、23は、いずれも本発明の要件を満足する表1の鋼種A〜G、Iを用い、550℃以上の温度で巻取った後、巻取り後の酸洗条件が本発明の要件を満足するように酸洗を行ない、冷延鋼板またはめっき鋼板を製造した例であり、いずれも、引張強度が980MPa以上と高く、化成処理性も良好であった。
【0135】
詳細には、巻取り温度を550℃以上に高くした上記例では、いずれも、熱延後に5μm以上の粒界酸化層が形成されたが、所定の酸洗条件を行なったため、粒界酸化層が除去されており、スケも発生せず、化成処理性が向上した。また、これらをXRDで測定したIs/Ifの比率は、いずれも、本発明の範囲(2.0×10
-4以下)を満足していることから、上記の比率と、化成処理性とは、良好な相関関係を有することが分かった。
【0136】
これに対し、本発明の要件のいずれかを満足しない下記例は、以下の不具合を有している。
【0137】
No.1、20は、本発明で規定する表1の鋼種Aを用いたが、式(1)の関係を満足せずに酸洗を行なったため、化成処理性が低下した。
【0138】
同様に、No.4、6、7、9、10、および12は、いずれも、本発明で規定する表1の鋼種Bを用いたが、式(1)の関係を満足せずに酸洗を行なったため、化成処理性が低下した。
さらに同様に、No.22は、本発明で規定する表1の鋼種Iを用いたが、式(1)の関係を満足せずに酸洗を行なったため、化成処理性が低下した。
【0139】
また、上記例をXRDで測定したIs/Ifの比率は、いずれも、本発明の範囲(2.0×10
-4以下)を満足しないことから、上記の比率と、化成処理性とは、良好な相関関係を有することが分かった。
【0140】
No.3は、本発明で規定する表1の鋼種Bを用いたが、熱延後の巻取り温度が低いため、熱延鋼板の強度が1050MPaと高くなった。そのため、冷間圧延の際、板厚1.6mmに圧下するための圧延パス数が増加し、冷間圧延性が低下した。
【0141】
No.19は、Si量およびMn量が少ない表1の鋼種Hを用いたため、冷延後の引張強度が低く、所望とする高強度冷延鋼板が得られなかった。