特許第6023812号(P6023812)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 全国農業協同組合連合会の特許一覧

特許6023812哺乳動物の胚又は受精卵の非凍結低温保存方法
<>
  • 特許6023812-哺乳動物の胚又は受精卵の非凍結低温保存方法 図000005
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6023812
(24)【登録日】2016年10月14日
(45)【発行日】2016年11月9日
(54)【発明の名称】哺乳動物の胚又は受精卵の非凍結低温保存方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/073 20100101AFI20161027BHJP
   C12N 5/075 20100101ALI20161027BHJP
   C12N 1/04 20060101ALI20161027BHJP
【FI】
   C12N5/073
   C12N5/075
   C12N1/04ZNA
【請求項の数】19
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-531409(P2014-531409)
(86)(22)【出願日】2012年8月21日
(86)【国際出願番号】JP2012071079
(87)【国際公開番号】WO2014030211
(87)【国際公開日】20140227
【審査請求日】2015年7月2日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年〜25年度、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター、イノベーション創出基礎的研究推進事業「不凍ペプチドを用いた牛生殖細胞と初期胚の超高性能保存液の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000201641
【氏名又は名称】全国農業協同組合連合会
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100088546
【弁理士】
【氏名又は名称】谷川 英次郎
(72)【発明者】
【氏名】出田 篤司
(72)【発明者】
【氏名】青柳 敬人
【審査官】 大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】 特表2007−530052(JP,A)
【文献】 特表2003−517276(JP,A)
【文献】 特開2001−089302(JP,A)
【文献】 特開平11−009139(JP,A)
【文献】 Theriogenology,1996年,46,1009-1015
【文献】 Journal of animal science ,1991年,69, 3,1147-1150
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 1/00
CAplus/BIOSIS/CABA/AGRICOLA/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
20〜80%(V/V)血清及び10〜100mMグッド緩衝剤を含有する培地にウシの胚又は受精卵を浸漬し、−1℃〜15℃で前記胚又は受精卵を保存することを含む、ウシの胚又は受精卵の保存方法。
【請求項2】
前記グッド緩衝剤がHEPESである請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記培地は、細胞延命活性を有するペプチドを含有しない培地である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記培地は、下記(a)及び(b)のいずれも含有しない培地である請求項1又は2記載の方法。
(a) そのアミノ酸配列が配列番号2に示されるペプチド。
(b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有し、細胞延命活性を有するペプチド。
【請求項5】
血清濃度が20〜60%(V/V)である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
血清濃度が30〜60%(V/V)である請求項5記載の方法。
【請求項7】
グッド緩衝剤濃度が12.5〜100mMである請求項1ないし6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
グッド緩衝剤濃度が20〜80mMである請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記血清がウシ血清である請求項1ないし8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記胚が桑実期から胚盤胞期の胚である請求項1ないしのいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
20〜80%(V/V)血清及び10〜100mMグッド緩衝剤を含有する培地で本質的に構成される、ウシの胚又は受精卵を−1℃〜15℃で保存するための保存液。
【請求項12】
前記グッド緩衝剤がHEPESである請求項11記載の保存液。
【請求項13】
前記培地は、細胞延命活性を有するペプチドを含有しない培地である請求項11又は12記載の保存液。
【請求項14】
前記培地は、下記(a)及び(b)のいずれも含有しない培地である請求項11又は12記載の保存液。
(a) そのアミノ酸配列が配列番号2に示されるペプチド。
(b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有し、細胞延命活性を有するペプチド。
【請求項15】
血清濃度が20〜60%(V/V)である請求項11ないし14のいずれか1項に記載の保存液。
【請求項16】
血清濃度が30〜60%(V/V)である請求項15記載の保存液。
【請求項17】
グッド緩衝剤濃度が12.5〜100mMである請求項11ないし16のいずれか1項に記載の保存液。
【請求項18】
グッド緩衝剤濃度が20〜80mMである請求項17記載の保存液。
【請求項19】
前記血清がウシ血清である請求項11ないし18のいずれか1項に記載の保存液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物の胚又は受精卵を非凍結低温下で保存する方法及び保存液に関する。
【背景技術】
【0002】
牛胚は日本国内だけでも年間6万個以上が流通している。さらに北米、南米、欧州ならびにアジア地域における牛胚の需要は年々増加している。そのため、牛胚の凍結保存に関する研究が世界中で行われており、多くの緩慢凍結法や急速凍結法が開発されて比較的安定した受胎率が得られるようになった。しかしながら、現在の技術レベルでは50%前後の受胎率しか得ることができず、さらなる受胎率向上への大きな改善策はこの20年以上報告されていない。このことは、哺乳類胚の凍結保存法がある程度の技術的限界に達したことを示唆しているかもしれない。
【0003】
また、凍結・融解のダメージに耐えることができる胚は高品質のものに限られ、過剰排卵処理によって複数の胚を生産しても様々な要因(例えば供卵牛の体調や供試精子の活力など)により、低品質胚しか得られないケースも多々ある。しかし、これらの低品質胚も、凍結処理を経験させなければ、受胚牛の子宮に移植して子牛を生産することができる。
【0004】
もしも、供卵牛から回収された牛胚を短期間、非凍結状態で発育を抑制しながら生かし続けることのできる方法があれば、宅配便等の輸送手段を利用し、凍結・解凍に伴う損傷を受けていない胚を極めて効率よく子牛生産に利用することができる。また、供卵牛と受卵牛の発情周期が数日ずれた場合、受卵牛の発情周期にあわせて移植時期を調整することができる。さらに、上記のような胚の保存法が開発されれば、液体窒素やディープフリーザーなどの高価な冷凍設備が不要になると考えられる。すなわち家庭用冷蔵庫で胚を保存することが可能になる。
【0005】
これまでに、牛胚の非凍結保存は3日間(非特許文献1)、羊胚では4日間(非特許文献2)が限界であることが報告されている。また、ナガガジ(Zoarces elongatus Kner)という魚種が有する熱ヒステリシスタンパク質(Nfe8)並びに熱ヒステリシス類似タンパク質Nfe11及びNfe6が低温環境下において細胞延命機能を発揮することが報告されており(特許文献1)、細胞延命剤としての実用化が期待されている。
【0006】
非凍結低温胚保存の対象として研究される動物種は、マウス、ブタ、ヒツジ、ウシ、希少種等様々だが、動物種ごとに胚の性質が大きく異なる。そのため、胚保存に有効な成分やそれらの配合率、有効濃度範囲も大きく異なり、動物種ごとに保存液成分を精査する必要がある。牛胚の非凍結低温下での保存法については、受胎率の向上、供卵牛−受卵牛間の発情同期化問題及び低品質胚の利用の観点から古くから検討されてきたが、未だ有効な保存法は開発されていなかった。
【0007】
このような状況下、非凍結低温下で哺乳動物胚をより有効に保護又は保存し、それらの延命をもたらすのみならず、孵化能力の保持や高い受胎率をもたらす哺乳動物胚の保存液の開発が待たれてきた。また、輸送に必要な日数の間保存でき、且つエネルギー消費の小さい汎用的な機器や容器での保存や輸送を実現するという条件も兼ね備えた哺乳動物胚の保存法の開発が強く望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010-248160号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Lindner GM and Ellis DE. Refrigeration of bovine embryos. Theriogenology 1985;23:202.
【非特許文献2】Baguisi A, Arav A, Crosby TF, Roche JF, Boland MP. Hypothermic storage of sheep embryos with antifreeze proteins: development in vitro and in vivo. Theriogenology 1997;48:1017-1024.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明の目的は、従来よりも長期間、非凍結状態で哺乳動物の胚及び受精卵を良好に保存でき、保存後の胚の孵化能力や受胎率も高く維持することができる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、血清とグッド緩衝剤とを特定の濃度で組み合わせて用いることで、Nfe11等のような細胞延命ペプチドを用いることなく哺乳動物細胞胚を長期間非凍結状態で保存することが可能になること、とりわけHEPESを用いた場合には特に優れた効果が得られ、7日間という長期間哺乳動物胚を非凍結保存したときでも、非常に高い生存率及び受胎率を達成できることを見出し、本願発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、20〜80%(V/V)血清及び10〜100mMグッド緩衝剤を含有する培地にウシの胚又は受精卵を浸漬し、−1℃〜15℃で前記胚又は受精卵を保存することを含む、ウシの胚又は受精卵の保存方法を提供する。また、本発明は、20〜80%(V/V)血清及び10〜100mMグッド緩衝剤を含有する培地で本質的に構成される、ウシの胚又は受精卵を−1℃〜15℃で保存するための保存液を提供する。

【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、保存液成分として特殊な成分を用いることなく、従来法よりも長期間、哺乳動物胚及び受精卵を非凍結状態で保存することが可能になる。グッド緩衝剤としてHEPESを用いた場合には特に優れた効果が得られ、7日間という長期間にわたって哺乳動物胚を非凍結保存したときでも、非常に高い生存率及び受胎率を達成できる。7日間にわたる哺乳動物の胚又は受精卵の非凍結保存を実現させた例はこれまでになく、本発明は、以下に述べる通り、優良家畜の育成に大いに貢献する。
【0014】
従来では、商品用の家畜受精卵(例えば黒毛和牛の7日齢胚(桑実胚))は、ストローと呼ばれる直径2mm、長さ15cm程度の筒の中に、保存液に浸漬した状態で封入され、当該ストローを液体窒素に浸漬した状態のものが商品として流通する。液体窒素に浸漬した状態では、航空法の規制により飛行機に乗せて運搬することができず、貨物列車又はトラックでの陸送により需要者(畜産団体や畜産農家)に配送される。輸送コストの増大が家畜受精卵の価格上昇に繋がるという問題が生じていた。本発明によれば、長期間の非凍結低温保存が可能になり、液体窒素を使用することなく、例えば小型クーラーボックス等に入れた状態で受精卵(胚)を運搬できるようになるので、飛行機による空輸も可能になり、遠方各地に低コストでより迅速に受精卵を輸送することが可能になる。胚の凍結保存では凍結及び融解時に胚が物理的損傷を受けるが、非凍結保存であればそのような心配がないので、受胎率の向上も期待できる。
【0015】
また、従来では、商品用牛受精卵の製造において、供卵牛と受卵牛の発情期の不一致や低品質のためにおよそ20%の牛胚が廃棄されている。家畜胚を非凍結状態で保存可能になることで、凍結・融解の物理的ダメージに耐えられない低品質胚も有効活用できるようになる。さらに、供卵親と受卵親の発情周期が数日ずれた場合であっても、受卵親の発情周期に合わせて移植時期を調整することが可能になる。本発明によれば、発情期の不一致や低品質のために廃棄されていた家畜胚をも有効に活用することができるようになる。
【0016】
さらに、本発明の方法によれば、保存液に浸漬させた胚又は受精卵を洗浄することなく、保存液ごと受卵動物の子宮に移植することができる。本願発明者らは、先に、細胞延命効果を有する特殊ペプチド(成熟型Nfe11)と20〜50%(V/V)程度の濃度の血清とを併用することで、牛胚を非凍結低温下で最長5日間まで保存可能であることを見出したが、細胞延命活性を有するペプチドとしては、産業利用する場合には、通常、遺伝子工学的手法により大腸菌等で発現させ精製したものが用いられる。しかしながら、組換えペプチドの安全性評価が十分に行なわれるまでは、組換えペプチドを含む保存液ごと受卵動物の子宮に移植することができないため、移植前に胚ないし受精卵の洗浄が必要になる。本発明では組換えペプチドを用いないので、低温保存後の胚をそのまま洗浄せずに受卵親に移植でき、より簡便で且つ胚への物理的ダメージも低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の保存液を用いてストロー内に牛胚を封入し非凍結低温保存する場合の1具体例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の方法では、特定の濃度で血清及びグッド緩衝剤を含有する培地に哺乳動物の胚又は受精卵を浸漬し、非凍結低温下で胚又は受精卵を保存する。
【0019】
グッド緩衝剤は、生体膜を透過しにくい、水への溶解性が高い、金属イオンとの錯形成能が小さい等の共通した特長を有しており、胚及び受精卵の保存中に培地のpHを安定化するほか、非凍結低温保存中の胚及び受精卵の細胞膜を保護する作用を有すると考えられる。下記実施例に記載される通り、グッド緩衝剤による非凍結低温下の胚及び受精卵の延命効果は、保存中に培地(保存液)のpHを安定化することそのものが重要なのではなく、pH安定化とは別個の細胞膜保護作用によるものと推察される。
【0020】
グッド緩衝剤として知られる緩衝剤の具体例としては以下のものが挙げられる。
MES [2-Morpholinoethanesulfonic acid]、
Bis-Tris [Bis(2-hydroxyethyl)iminotris(hydroxymethyl)methane]、
ADA [N-(2-Acetamido)iminodiacetic acid]、
PIPES [Piperazine-1,4-bis(2-ethanesulfonic acid)]、
ACES [N-(2-Acetamido)-2-aminoethanesulfonic acid]、
MOPSO [2-Hydroxy-3-morpholinopropanesulfonic Acid]、
BES [N,N-Bis(2-hydroxyethyl)-2-aminoethanesulfonic acid]、
MOPS [3-Morpholinopropanesulfonic acid]、
TES [N-Tris(hydroxymethyl)methyl-2-aminoethanesulfonic acid]、
HEPES [4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid]、
DIPSO [3-[N,N-Bis(2-hydroxyethyl)amino]-2-hydroxy-1-propanesulfonic acid]、
TAPSO [3-(N-tris[Hydroxymethyl]methylamino)-2-hydroxypropanesulfonic acid]、
POPSO [Piperazine-1,4-bis(2-hydroxypropanesulfonic acid)]、
HEPPSO [N-(Hydroxyethyl)piperazine-N'-2-hydroxypropanesulfonic acid]、
EPPS [3-[4-(2-Hydroxyethyl)-1-piperazinyl]propanesulfonic acid]、
Tricine [N-[Tris(hydroxymethyl)methyl]glycine]、
Bicine [N,N-Bis(2-hydroxyethyl)glycine]、
TAPS [N-Tris(hydroxymethyl)methyl-3-aminopropanesulfonic acid]、
CHES [N-Cyclohexyl-2-aminoethanesulfonic acid]、
CAPSO [N-cyclohexyl-2-hydroxyl-3-aminopropanesulfonic acid]、及び
CAPS [N-Cyclohexyl-3-aminopropanesulfonic acid]。
【0021】
本発明においては、これら公知のグッド緩衝剤のいずれでも使用可能であるが、細胞は通常pH6.8〜7.2が至適pHでこのpH域を保つのが理想とされていることから、非凍結低温下で中性域(pH6〜8)にて好適な緩衝能を発揮できるグッド緩衝剤を好ましく使用し得る。そのような好ましく使用し得るグッド緩衝剤としては、例えばMES、Bis-Tris、ADA、PIPES、ACES、MOPSO、BES、MOPS、TES、HEPES、DIPSO、TAPSO、POPSO、HEPPSO、EPPS、Tricine、Bicine及びTAPSから選択される少なくとも1種、あるいはHEPES、PIPES及びMOPSから選択される少なくとも1種を挙げることができる。本発明においては、特にHEPESを好ましく使用することができる。グッド緩衝剤は、1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
培地中の血清濃度(終濃度)は20〜80%(V/V)であり、例えば25〜80%(V/V)、30〜80%(V/V)、35〜80%(V/V)、40〜80%(V/V)、45〜80%(V/V)、20〜60%(V/V)、25〜60%(V/V)、30〜60%(V/V)、35〜60%(V/V)、40〜60%(V/V)、45〜60%(V/V)、又は45〜55%(V/V)であり得る。
【0023】
培地中のグッド緩衝剤濃度(終濃度)は10〜100mMであり、例えば12.5〜100mM、15〜100mM、20〜100mM、22.5〜100mM、12.5〜80mM、15〜80mM、20〜80mM、22.5〜80mM、20〜60mM、22.5〜60mM、20〜55mM、22.5〜55mM、又は22.5〜52.5mMであり得る。HEPESを単独で用いる場合、培地中のHEPES濃度はこれらの濃度範囲から好ましく選択し得る。他のグッド緩衝剤を用いる場合も同様である。2種以上のグッド緩衝剤を組み合わせて用いる場合には合計濃度が上記の範囲であればよい。
【0024】
ただし、上記の濃度範囲内でも、グッド緩衝剤を低濃度で使用する場合は、血清濃度を高めにすることが好ましい。例えば、グッド緩衝剤を15mM未満の濃度で用いる場合は、血清濃度を30%(V/V)程度以上、例えば40%(V/V)程度以上とすることが好ましい。
【0025】
上記のような濃度で血清及びグッド緩衝剤を組み合わせて使用することで、哺乳動物の胚及び受精卵を非凍結低温下で長期間保存することができる。本発明においては、特許文献1等に記載されるような細胞延命活性を有するペプチドを使用することなく、胚及び受精卵の非凍結低温保存後の生存率、孵化率等を向上することができる。
【0026】
細胞延命活性を有するペプチド(以下、「細胞延命ペプチド」と呼ぶことがある)とは、非凍結低温条件下で該ペプチドと細胞を共存させて保存した場合に、該ペプチドの非共存下で保存した場合と比較して有意に高い割合で細胞の生存が維持されるペプチドをいう。そのようなペプチドの具体例としては、特許文献1にも記載されるNfe11タンパク質を挙げることができる。本願発明者らは、先に、成熟型Nfe11と20〜50%(V/V)程度の濃度の血清とを併用することで、牛胚を非凍結低温下で最長5日間まで保存可能であることを見出し、特許出願を行なった。成熟型Nfe11は、前駆体Nfe11タンパク質のN末端側22残基の分泌シグナル配列が除去された66残基のアミノ酸配列からなるペプチドであり、そのアミノ酸配列を配列番号2に示す。配列番号1は成熟型Nfe11をコードするcDNAの塩基配列である。配列番号2に示すアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列からなるペプチドのほか、該アミノ酸配列のうち少数(例えば、1〜数個、2〜5個、又は2〜3個)のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列からなるペプチドであって、もとの配列番号2のアミノ酸配列と80%以上、例えば85%以上、90%以上、95%以上、あるいは98%以上の同一性を有するペプチドも、細胞延命活性を有する限り、「細胞延命活性を有するペプチド」に包含される。
【0027】
なお、任意のペプチドが細胞延命活性を有するか否かは、例えば、細胞をペプチドの存在下でインキュベートし、該ペプチドの非存在下の対照の細胞と比較して有意に細胞の生存が維持されるか否かにより評価することができる。当該評価は、例えば生細胞染色蛍光色素(例えば、Calcein-AM)と死細胞染色用蛍光色素(例えば、Propidium Iodide)を組み合わせて使用することにより生存率を測定する方法(De Clerck et al., Journal of Immunological Methods, 1994, 172(1), pp. 115-124;Nicoletti et al.,Journal of Immunological Methods,1991, 139(2), pp. 271-279)、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の量を指標として、細胞障害(すなわち、細胞膜の障害)を定量することにより、細胞の生存率を測定する方法(T. Decker and M.L.L. Matthes,Journal of Immunological Methods, 1988, 115(1), pp. 61-69)等の方法により行うことができる。
【0028】
本発明においては、特定濃度の血清及びグッド緩衝剤の組み合わせによって長期間の非凍結低温保存効果が達成されるので、培地に細胞延命活性を有するペプチドを添加する必要はない。例えば、本発明の方法の1態様として、20〜80%(V/V)血清及び10〜100mMグッド緩衝剤を含有し、下記(a)及び(b)のいずれも含有しない培地に哺乳動物の胚又は受精卵を浸漬し、非凍結低温下で前記胚又は受精卵を保存することを含む方法を挙げることができる。
(a) そのアミノ酸配列が配列番号2に示されるペプチド。
(b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有し、細胞延命活性を有するペプチド。
【0029】
本発明において使用する血清の具体例としては、ウシ血清、ブタ血清、ヤギ血清、ウマ血清等が挙げられ、特に限定されないが、ウシ血清を好ましく使用することができる。ウシ血清は、ウシ胎子血清、仔ウシ血清又は成ウシ血清であってもよい。
【0030】
本発明の方法で保存される哺乳動物の胚又は受精卵は、特に限定されないが、好ましくはウシ、ブタ、ヤギ、ウマ等の家畜の胚又は受精卵であり、中でもウシの胚又は受精卵に対して本発明の方法を好ましく実施できる。本発明の方法では、卵割が開始する前の受精卵と、卵割開始後の受精卵(胚)の両者が対象となる。
【0031】
本発明の方法に使用される培地は、哺乳動物胚の培養に一般的に使用される培地であってよい。哺乳動物胚の培養に使用可能な市販の培地の具体例としては、以下の培地を挙げることができるが、これらに限定されない。また、下記の各成分の濃度は代表的な市販品における例であり、成分濃度は下記の具体例にのみ限定されるものではない。
【0032】
<medium199培地>
組成:200mg/L 塩化カルシウム、0.7mg/L 三硝酸鉄9水和物、400mg/L 塩化カリウム、97.67mg/L 硫酸マグネシウム、6.1〜6.8g/L 塩化ナトリウム、2.2g/L 炭酸水素ナトリウム、1mM リン酸二水素ナトリウム(無水物又は1水和物)、10mg/L アデニン硫酸塩、1mg/L アデノシン-5-三リン酸、0.2mg/L アデノシン-5-リン酸、0.2mg/L コレステロール、0.5mg/L デオキシリボース、1g/L D-グルコース、0.05mg/L 還元型グルタチオン、0.3mg/L 塩酸グアニン、0mM又は25mM HEPES(任意成分)、0.4mg/L ヒポキサンチンナトリウム、20mg/L フェノールレッド、0.5mg/L リボース、50mg/L 酢酸ナトリウム、0.3mg/L チミン、20mg/L ツイーン80、0.3mg/L ウラシル、0.34mg/L キサンチンナトリウム、25mg/L L-アラニン、70mg/L 塩酸L-アルギニン、30mg/L L-アスパラギン酸、0.1mg/L 塩酸L-システイン1水和物、26mg/L L-シスチン2塩酸塩、75mg/L L-グルタミン酸、50mg/L グリシン、21.88mg/L 塩酸L-ヒスチジン1水和物、10mg/L L-ヒドロキシプロリン、40mg/L L-イソロイシン、60mg/L L-ロイシン、70mg/L 塩酸L-リシン、15mg/L L-メチオニン、25mg/L L-フェニルアラニン、40mg/L L-プロリン、25mg/L L-セリン、30mg/L L-スレオニン、10mg/L L-トリプトファン、58mg/L L-チロシン2ナトリウム2水和物、25mg/L L-バリン、0.05mg/L アスコルビン酸、0.01mg/L α-トコフェノールリン酸、0.01mg/L d-ビオチン、0.1mg/L カルシフェロール、0.01mg/L D-パントテン酸カルシウム、0.5mg/L 塩化コリン、0.01mg/L 葉酸、0.05mg/L i-イノシトール、0.01mg/L メナジオン、0.025mg/L ニコチン酸、0.025mg/L ナイアシンアミド、0.05mg/L パラアミノ安息香酸、0.025mg/L 塩酸ピリドキサール、0.025mg/L 塩酸ピリドキシン、0.01mg/L リボフラビン、0.01mg/L 塩酸チアミン及び0.1mg/L ビタミンA
【0033】
<修正medium199培地であるCR1aa培地>
組成:6.653g/L 塩化ナトリウム、0.233g/L 塩化カリウム、2.200g/L 重炭酸ナトリウム、0.545g/L 乳酸カルシウム、0.044g/L ピルビン酸ナトリウム、0.146g/L L−グルタミン、20mL/L MEM必須アミノ酸溶液、10mL/L MEM非必須アミノ酸溶液、及び0.2〜0.5%ウシ血清アルブミン
【0034】
<HP-M199培地>
組成:medium199からツイーン80及びパラアミノ安息香酸を除いた組成、HEPES不含
【0035】
また、哺乳動物胚の培養に一般的に使用される培地に他の培地類、例えばBME培地、CMRL1066培地、MEM培地、NCSU培地やこれらの修正培地等を混合して使用することもできる。なお、市販の培地の組成に既にグッド緩衝剤や血清が含まれる場合、そのグッド緩衝剤濃度及び血清濃度も含めた合計の濃度が上記したグッド緩衝剤濃度及び血清濃度の範囲内であればよい。
【0036】
培地には、必要に応じて抗酸化剤、安定化剤等の添加剤を適宜添加してもよい。そのような成分としては、リン酸塩、クエン酸塩、ピルビン酸塩又は他の有機酸;抗酸化剤(例えば、SOD、ビタミンE又はグルタチオン);pH調整剤(例えば、塩酸、酢酸、水酸化ナトリウム);低分子量ポリペプチド;親水性ポリマー(例えば、ポリビニルピロリドン);アミノ酸(例えば、グリシン、グルタミン、アスパラギン、アルギニン又はリジン);ビタミン類(例えば、ビタミンA、ビタミンB類、ビタミンC、ビタミンD類、ビオチン、葉酸);単糖類、二糖類及び多糖類の化合物(グルコース、マンノース又はデキストリンを含む);キレート剤(例えば、EDTA);糖アルコール(例えば、マンニトール又はソルビトール);塩形成対イオン(例えば、ナトリウム);非イオン性表面活性化剤(例えば、ポリオキシエチレン・ソルビタンエステル(Tween(商標))、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロック共重合体(プルロニック(pluronic、商標))又はポリエチレングリコール)等が挙げられる。
【0037】
さらにまた、胚の保存に用いる培地には、重炭酸緩衝液、リン酸緩衝液やこれらの修正液等のような公知の緩衝塩類溶液や抗生物質等を必要に応じて適宜添加してもよい。
【0038】
哺乳動物の胚及び受精卵は、この分野で公知の方法により準備することができる。例えば、哺乳動物の卵巣より吸引採取した卵胞卵子を体外培養し、同哺乳動物の精子と共培養(媒精)して受精させることで受精卵を得ることができ、さらにこの受精卵を発達させることで胚を得ることができる。一般に、商品として流通される胚は、形態的に桑実期から胚盤胞期の胚である。形態的に桑実期から胚盤胞期の胚であることは、当業者であれば容易に判定することができる。例えば、胚の顕微鏡画像を国際胚移植学会(IETS)マニュアルに掲載されている画像と比較することにより、容易に判定可能である。
【0039】
胚又は受精卵の保存のための容器としては、精液凍結用ストロー、受精卵移植用ストロー、サンプリングチューブ、クライオチューブ、細胞培養シャーレ、細胞培養プレート、各種バイアル等の、哺乳動物の胚又は受精卵に毒性を示さない容器であればいかなるものでも使用可能である。また、非凍結低温環境の保持には、恒温器、恒温容器、保温容器(方式は気槽式(通常は、空気)でも、液槽式(通常は、水)でもよい)、保温袋、低温室、家庭用冷蔵庫等を使用できる。胚又は受精卵の保存中は光を極力避けることが望ましいが、非凍結低温環境の保持のために用いられる一般的な手段によれば通常は暗所環境となるので、特別の配慮は不要な場合が多い。
【0040】
本発明では、血清及びグッド緩衝剤を上記の特定濃度で含有する培地に哺乳動物の胚又は受精卵を浸漬した状態で、適当な保存容器内に封入し、非凍結低温環境下で保存する。非凍結低温とは、培地及び哺乳動物の胚又は受精卵が凍結しない低温のことであり、例えば−1〜15℃、2〜10℃、又は4〜5℃の温度である。
【0041】
本発明の方法によれば、成熟型Nfe11等の細胞延命ペプチドを使用することなく、哺乳動物の胚又は受精卵を非凍結低温下で7日間もの長期間保存することができる。例えば、下記実施例では、50%(V/V)のウシ胎児血清と、グッド緩衝剤として25mM又は50mMのHEPESとを含むmedium199で、胚の保存成績(保存後の胚の生存率、孵化率、及び受胎率)がとりわけ優れていることが確認されている。従って、本発明の方法の特に好ましい態様として、血清を45〜55%(V/V)で、且つグッド緩衝剤としてHEPESを22.5〜52.5mMで用いる態様を挙げることができるが、これに限定されない。
【0042】
本発明の保存方法で使用する、血清及びグッド緩衝剤を上記した特定濃度で含有する培地は、哺乳動物の胚又は受精卵の非凍結低温保存用の保存液として提供することができる。すなわち、本発明は、20〜80%(V/V)血清及び10〜100mMグッド緩衝剤を含有する培地で本質的に構成される、哺乳動物の胚又は受精卵の保存液も提供する。
【0043】
特定濃度の血清及びグッド緩衝剤の組み合わせによって長期間の非凍結低温保存効果が達成されるので、培地に細胞延命活性を有するペプチドを添加する必要はない。例えば、本発明の保存液の1態様として、20〜80%(V/V)血清及び10〜100mMグッド緩衝剤を含有し、下記(a)及び(b)のいずれも含有しない培地で本質的に構成される保存液を挙げることができる。
(a) そのアミノ酸配列が配列番号2に示されるペプチド。
(b) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有し、細胞延命活性を有するペプチド。
【0044】
「本質的に構成される(essentially consisting of)」とは、発明の効果に影響しない限りにおいて他の成分が含まれていてもよいことを意味する。本発明の保存液においては、培地中に特定濃度の血清と特定濃度のグッド緩衝剤を含有する限り、細胞延命活性を有するペプチド以外の任意の成分を当該培地中に含んでいてよい。任意に含まれ得る他の成分については上記した通りである。血清濃度、血清の種類、及びグッド緩衝剤濃度等についての好ましい条件も上述の通りである。
【0045】
保存液は、調製後に適宜フィルター滅菌(通常は孔径0.2μm程度のフィルターを使用すればよい)等により滅菌し、冷暗所にて使用時まで保存することができる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0047】
<材料および方法>
1.牛胚の作出
過剰排卵処置後の黒毛和種あるいはホルスタイン種供卵牛より回収された胚は、国際受精卵移植学会の規定(IETS manual. Manual of the international embryo transfer society. In: Stringfellow DA, Seidel SM, editors. Savoy, Illinois, USA: IETS 1998.)に従い品質を評価し、低品質胚は7日間非凍結保存後の体外培養試験に、高品質胚は受卵牛に移植後の受胎率調査に供試した。
【0048】
牛胚の保存は次のようにして行なった(図1)。まず、保存液のみを容量0.25mlのストロー内に吸引し、続いて、空気の層を挟んで牛胚を含む保存液を吸引した。そして、空気の層を挟んで再び保存液のみを吸引した後ストローに封をした。次いで、予め4〜5℃に冷却したポリ容器(プラスチックチューブ)内の水に、牛胚を吸引したストローを浸漬し、ポリ容器ごと冷蔵庫内で7日間、4〜5℃で保存した。
【0049】
当該非凍結保存後、5%(V/V)ウシ胎子血清(FBS)を含むPBS(+)に牛胚を3回浸漬することで洗浄した。洗浄した牛胚を、5%CO2および38℃の条件下、5%(V/V)FBSを含むCR1aa培地中で48時間培養した。実体顕微鏡下で形態観察を行い、培養による卵割進行が確認でき、さらに細胞質膜が崩壊していない場合に胚が生存していると判断した。生存胚については、透明体からの孵化が観察されるか否かを確認した。また、5%(V/V)FBSを含むPBS(+)で洗浄した牛胚を、発情周期(発情日を0日目とする)が6〜8日目の受卵牛の黄体側子宮角深部に非外科的に移植し、発情周期30および60日目で妊娠診断を行った。本発明に係る胚保存液の効果を検証するための有意差検定にはχ2検定を用いた。
【0050】
2.非凍結保存液の調製
抗生物質(ペニシリンGカリウムおよび硫酸ストレプトマイシン)を添加したmedium199(インビトロジェン)に対して、FBSを20〜50%(V/V)、さらにHEPES濃度が0〜100mMとなるように添加した。受胎試験では、低温保護効果を有する特殊ペプチド(成熟型Nfe11、配列番号2)を添加した区も設けた。また、HEPES以外のグッド緩衝剤の効果の確認のため、FBS濃度を50%(V/V)とし、グッド緩衝剤(PIPES、MOPS)を25mMとなるようにmedium199に添加した保存液も調製した。これらの保存液は、孔径0.2μmのフィルターを通過させることで滅菌処理を行い、使用するまで冷蔵庫内で保管した。
【0051】
なお、特殊ペプチド(成熟型Nfe11)は、以下の手順で作製したものを用いた。
【0052】
特許文献1に記載された手順により、成熟型Nfe11(配列番号2)をコードするDNA配列(配列番号1)をpET20b(Novagen)に組み込んだプラスミドpET20NFE11を構築し、この発現ベクターで大腸菌BL21(DE3)(Novagen)を形質転換した。得られた形質転換体を、100μg/mlのアンピシリンを含む2×YT培地で28℃にて、24時間振盪培養した。
【0053】
24時間の振盪培養後、新たに調製した100μg/mlのアンピシリンを含む2×YT培地に体積比で1/100量の培養液を植継ぎ、28℃で振盪培養を行った。培養液の濁度がO.D.600=0.5の時点で、終濃度0.5mMになるようにIPTG(イソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシド)を培養液に添加して、Nfe11の発現を誘導し、さらに18時間培養した。
【0054】
上記培養液を5000rpm、15分、4℃で遠心分離に供し、菌体を回収した。ここに培養液の1/20量のTEバッファー(10mM Tris-HCl/1mM EDTA pH8.0)とPMSF(フェニルメチルスルホニルフルオリド)を0.1mMになるように加え、菌体を懸濁した。
【0055】
次いで、懸濁液を一度凍結し、融解後、菌体を超音波装置で破砕した。得られた破砕液を11,000rpm、20分、4℃で遠心分離に供し、上清を回収した。この上清にクエン酸一水和物(13.2g/L)と塩化ナトリウム(29.2g/L)を溶解し、4℃で一時間放置した。当該放置後、生じた沈殿物を6,000rpmで4℃にて、30分遠心分離に供し、目的のタンパク質を含んだ上清を回収した。
【0056】
移動相に5mMクエン酸ナトリウム溶液を用いた内径5.0cm及び高さ26cm(容量500ml)のSephadex G-25ゲル濾過カラム(GE Healthcare)に、上記の目的のタンパク質を含有する上清を通すことにより、5mMクエン酸ナトリウム溶液に置換されたタンパク質溶液を得た。続いて、クエン酸溶液でこのタンパク質溶液のpHを2.9に調整し、4℃で一晩静置することで、夾雑タンパク質を酸変性及び沈殿させた。この沈殿物を、6,000rpm、4℃、30分の遠心分離で取り除き、目的のタンパク質を含有する上清を得た。
【0057】
次いで、内径5.0cm及び高さ4.6cm(容量90ml)の陽イオン交換High-Sカラム(Bio-Rad)を50mMクエン酸ナトリウム緩衝液(pH2.9)で平衡化しておき、ここに回収した目的のタンパク質を含有する上清を通した。樹脂に吸着した目的のタンパク質を、50mMクエン酸ナトリウム/330mM NaCl(pH2.9)で溶離し、回収した。更に、精製物の水溶液を10倍量の超純水で5回透析した後、凍結乾燥に供し、成熟型Nfe11精製物の凍結乾燥粉末を得た。
【0058】
<結果および考察>
1.HEPES含有保存液の胚の保存効果
表1に示すように、HEPES濃度を12.5〜100mMに調整して牛低品質胚の非凍結保存液として用いることで、7日間保存後の生存率がHEPES不含区と比較して高くなることが明らかとなった。特にHEPES濃度を25〜50mMさらにFBS濃度を50%(V/V)に調整した保存液の透明帯からの孵化率が高くなった。
【0059】
【表1】
【0060】
HEPESを含む非凍結保存液の保存終了時のpHは6.9〜7.4の範囲内であったのに対し、HEPES不含区のpHは7.7〜7.9であった。細胞は通常pH6.8〜7.2が至適pHでこのpH域を保つのが理想とされている。HEPESはグッド緩衝剤の一種で緩衝能が高く、水溶液によく溶解しpHを安定化させることが知られている。また、グッド緩衝剤は、細胞膜を簡単に通過しないと考えられている。そこで、緩衝剤としてHEPESと共によく使用される、グッド緩衝剤ではない緩衝剤トリスヒドロキシメチルアミノメタン(tris(hydroxymethyl)aminomethane、以下トリス)の低温保護効果を検証するため、25mMトリスを添加した50%(V/V)FBSを含むmedium199(塩酸でpHを7.2に調整)中で牛胚を7日間低温保存したところ、その後の生存率と孵化率はそれぞれ10.0%、5.0%と極めて低率であった。低温保存終了後のpHは7.2であった。これらのことから、HEPESは非凍結保存液のpHの安定化効果を有するが、pHの安定化自体が胚の非凍結保存成績の向上に重要なのではなく、HEPESにはpH安定化効果とは別個の低温保存中の細胞膜保護効果があるという可能性が示された。
【0061】
2.受胎性の調査
次に、7日間非凍結保存した牛高品質胚の受胎性を調査した。一般的に、細胞培養に使用する場合のHEPES濃度は10〜25mMが推奨されているため(Luo S et al., Effect of HEPES buffer on the uptake and transport of P-glycoprotein substrates and large neutral amino acids. Mol Pharm 2010;7:412-420.)、今回の受胎性確認試験で使用する非凍結保存液のHEPES濃度は25mMとした。さらに、25mM HEPESを添加した50%(V/V)FBSを含むmedium199に低温保護効果を有する遺伝子組み換え特殊ペプチド(成熟型Nfe11ペプチド)を添加することで受胎性が改善するか調査した。結果を表2に示す。
【0062】
【表2】
【0063】
HEPES濃度を25mMに調整した50%(V/V)FBSを含むmedium199で7日間非凍結保存された牛高品質胚の受胎率は75.0%と高かった。妊娠30日目から60日目の早期胚の死滅は認められず、正常な子牛の誕生が確認できた。また、本研究における特殊ペプチドの受胎促進効果は認められなかった。本研究成果は、遺伝子組み換え特殊ペプチドの効果をHEPESや血清で代替できることを意味している。
【0064】
3.HEPES以外のグッド緩衝剤の効果の確認
HEPES以外のグッド緩衝剤の効果を確認するため、HEPESの他に下記表3に示すグッド緩衝剤を用いて以下の実験を行なった。
グッド緩衝剤を25mMとなるように添加したmedium199(FBS濃度は50%(V/V)FBS)を用いて、牛胚を7日間低温保存し、上記した方法にて生存率及び孵化率を調べた。コントロールとして、グッド緩衝剤を非添加とし、FBS濃度を50%(V/V)FBSとしたmedium199を用いた。結果を表3に示す。表3中の「pH」は、7日間の冷蔵保存が終了した時点での培地のpHを示す。
【0065】
【表3】
【0066】
HEPES以外のグッド緩衝剤を用いた場合であっても、7日間保存後の胚の生存率及び孵化率は向上する傾向があった。HEPESの効果が最も優れていたが、HEPES以外のグッド緩衝剤にも非凍結低温保存中に胚を保護する効果があることが確認された。
【符号の説明】
【0067】
10 牛胚
12 保存液
14 ストロー
16 プラスチックチューブ
18 空気層
20 水
図1
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]