【実施例】
【0025】
実施例1:生体防御のための分子擬態粘膜ワクチン-HIVの外被糖タンパク質(HIV Envgp120)に対する構造生物学的分子擬態生体成分(Molecular Mimicry Moiety)の同定
実施例1-1:分子擬態生体成分(Molecular Mimicry Moiety)の同定
本発明者らは以前に、粘膜M細胞にtargetingするTGDK(Misumi et al., J. Immunol. 182, 6061-6070 (2009))を作出し、さらにHIV co-receptor、CCR5およびCXCR4の特殊立体構造(UPA)に対する抗体を誘導する環状ペプチド抗原を創出した(Misumi et al., J. Virol. 75, 11614-11620 (2001), J. Biol. Chem. 278, 32335-32343 (2003))。この誘導された抗体により、免疫系のHIVによる破綻を防止できた。更に本発明者らは、HIVの変わりやすさに対処するために、HIVが変異しても、すなわち、抗原が少々変つても反応する結合特異性の広い抗体を得るために、用いる抗原の単量体および3量体を作出し、HIV変異による構造の「ゆらぎ」を水素結合減成により予測し、HIV変異による免疫系からの逃避に対応した。SIVmac239 Envタンパク質の3量体を形成しやすくするための方策として、gp130タンパク質のC末端側のEcto-domainのアミノ酸2残基を変え、生体のタンパク質分解酵素の作用を受けにくくした。また、C末端にNi結合ペプチドを産生する遺伝子を挿入し、他の部分はnativeなEnvタンパク質同様糖鎖修飾を受ける構造を維持した。
【0026】
このSIVmac239のEnv改変遺伝子をサルVero細胞に導入して、SIVmac239 Env gp140の単量体・3量体を生成する系を構築した。HIV/AIDSの粘膜免疫ワクチン創製の研究(Misumi et al., J. Immunol. 182, 6061-6070 (2009))の際に、サルを用いる免疫実験で交叉免疫誘導現象を次のように見出した。サルにHub抗原(glycerol-polyethylene glycol)にTGDK(粘膜M細胞targeting剤)、UPA(Undecapeptidylarch of CCR5 、免疫破壊防止抗体誘導抗原)、CpGODN(B細胞活性化剤)およびSIVmac239Env(gp140タンパク質)抗原並びにX-Protein(フェツイン:Fetuin)を共有結合したワクチンを作出して用い、基礎免疫後免疫応答がおこり、その後免疫の応答が静まり抗gp140抗体価が低下した時点(約1.5年後)に、gp140抗原の無いワクチンで免疫すると、gp140抗原が無いにもかかわらず、抗gp140抗体が誘導され、この抗血清はSIV・HIVおよびその亜種群を中和した。この交叉免疫誘導現象を引き起こす抗原分子を見出し、この抗原を電気泳動解析およびMALDI-TOF/MS/MS分析の結果、Fetuinと同定した(
図1A及び
図1B)。
【0027】
また、Fetuin単独を皮下注射し、抗gp140抗体の産生を同じサルで確認した。このタンパク質はubiquitous proteinでSIVmac239 Env gp140の単量体・3量体と構造生物学的にidentical part、homologous part、相同的moietyをもつ、極めてユニークな糖タンパク質分子で、SIVEnvだけに限らず、HIV Envにも同様な特徴をもつ抗原であつた。この分子をHIV分子擬態タンパク質(HIV Molecular Mimicry Protein)と名づけた。
【0028】
実施例1-2:HIV Molecular Mimicry Proteinの特徴
(1)アミノ酸の配列と化学修飾部位
HIV Molecular Mimicry Proteinのアミノ酸配列を
図2に示す。HIV Molecular Mimicry Proteinは、N-,O-glycosylation site、phosphorylation siteが存在し、6つのS-S橋、2個のfreeのSH基をもつタンパク質である。
【0029】
(2)HIV Molecular Mimicry ProteinおよびHIV Envのアミノ酸配列の比較
HIV Molecular Mimicry ProteinおよびHIV Envのアミノ酸配列を
図3に示す。糖鎖付加を受ける可能性があるmoietyを四角枠で示した。
【0030】
(3)HIV Molecular Mimicry Proteinの立体構造とHIV Env 3量体構造との比較
HIV Molecular Mimicry Proteinの立体構造とHIV Env 3量体構造との比較の結果を
図4に示す。立体構造的に相同なmoietyを黄色で示す。
図4に示すように、HIV Molecular Mimicry Proteinの立体構造とHIV Env 3量体構造との間には相同なmoietyが存在することが判明した。
【0031】
(4) HIV Molecular Mimicry ProteinのS-S橋による立体構造の特徴
HIV Molecular Mimicry ProteinのS-S橋の部位を
図5に示す。6カ所のS-S橋のうち、2カ所が10〜11アミノ酸残基を挟むarchを形成している、これらの2カ所のarch構造はHIV-1の第2受容体(co-receptor)CCR5およびCXCR4の第2細胞外ループ(ECL-2)のUndecapeptidyl arch(UPA構造、Misumi et al., J. Virol. 75, 11614-11620 (2001), J. Biol. Chem. 278, 32335-32343 (2003))と相同であることがわかる。
【0032】
(5) HIV Molecular Mimicry Proteinの特徴のまとめ
HIV Molecular Mimicry Proteinの立体構造はHIV Env3量体構造と極めて相同な構造をしており、かつHIV-1のco-receptor CCR5およびCXCR4のUPA構造を合わせもつ、極めてユニークな構造をもつ生体成分であることが分った。
【0033】
実施例2: HIV/AIDSの分子擬態粘膜ワクチン(Molecular Mimicry Mucosal Vaccine, MMMV)の調製法
実施例2-1:TGDKの化学構造式
TGDKの化学名:N
2, N
6-bis[ N
2, N
6-bis(3,4,5-trihydroxybenzoyl)-L-lysyl]- N-(2-aminoethyl)-L-lysine amide(TGDK)
Gal:Galloyl group(Trihydroxybenzoyl group)
【0034】
【化1】
【0035】
実施例2−2:TGDKの精製(MSチャート上は均質、この操作で塩を除去する。)
12 μmoleの TGDKを取り、これにDMF(脱水)(500 μl)を添加し、エーテル(脱水)(1500μl)を添加し、15000 rpmで1分間遠心する。沈殿に、100 % NMM(脱水) (600 μl)を添加し、1−2秒超音波処理し、15000 rpmで1分間遠心する。沈殿に、100 % TFA(100 μl)を添加し、その上清にエーテル(脱水)(900 μl)を添加し、15000 rpmで1分間遠心する。沈殿に、DMF (脱水) (600 μl)を添加し、100 % NMM(脱水)(100〜300μl)を加えた。この溶液のpHを次のように確認した。この溶液の1μlをとり、これに水4 μlを加え、pHを測定した(pH 8〜9)。これにより、精製TGDK DMF solution (TGDK 12 μmole,弱アルカリ)を得た。
【0036】
実施例2-3:Hub-TGDK-Fetuinの合成の概要
活性化polyethylene glycol(活性化PEG, PTE-100NP, 油化産業社製)をPNP4(10)と略記し、PNPは活性エステルを意味する。
(1)PNP-TGDKの合成
PNP4(10)(PTE-100NP,18 μmole,180 mg (総PNP 18 x 4 x 0.9 = 64.8 μmole)(180 mg)にDMF(脱水)(900 μl)を添加し、精製TGDK(12 μmole)(300〜600 μl)を添加し、室温で3時間反応させ、反応液中のpHは上記のように測定した。すなわち、反応液1 μlをとり、これに水4 μlを加え、pHを確認する(pH 8〜9)。これにより、PNP-TGDK溶液(1.5 ml, 残存PNP:18 x 3.6= 64.8-12=52.8 μmole)(193 mg)を得た。
【0037】
(2) Hub-TGDK-Fetuinの合成
Hub-antigen(A8-49, 1 μmole 168 mg, NH
2 49 μmole) にDMF(脱水)(22 ml)を添加し、PNP-TGDK(12 μmole)(1.5 ml)を添加した(残存PNP 52.8-49 = 3.8 μmole)。pHは反応液1μlをとり、水4μlを加えて、上記のとおり確認した(pH 7.6〜8.4)(193 mg)。これを室温で12時間放置して反応させ、反応終了後のpHを上記記載のとおり、測定し確認した(pH 7.3〜8)。これによりHub-TGDK-PNP(残存量3.8 μmole)(23 ml)を得た。
これに、Fetuin 50 mg(0.9 μmole)/23 mlPBS(-),pH 7.4〜7.8を速やかに滴下した(数分)。室温で1夜撹拌し、透析(Mw cut 3500)を以下の通り行った。
1: PBS(-)に対して、2リットルx 3 回、24 時間
2: 精製水に対して、2リットルx 3回、24時間
3: 2次水に対して、2リットルx 1回、12時間
これを凍結乾燥して、凍結乾燥粉末(約130 mg、Hub-TGDK-Fetuin粉末)を得た。
【0038】
実施例2-4:滅菌の方法
70 % EtOH滅菌、ゲル化が認められるので、常法に従い、ゲルをスタレットで撹拌しながら滅菌下に、均質にする。
【0039】
実施例3:HIV/AIDS分子擬態粘膜ワクチンのサルへの投与
(1)実験材料および方法:
カニクイザル6頭(コントロール3頭、免疫群3頭), ♀、体重:約3.5〜4.5 kgを用い、ワクチン5 mg(Hub-TGDK-Fetuin、実質Fetuin量約1 mg)/サル1頭/1 ml PBS(-)を両鼠経部に皮下注射し、2週毎に血清を調製した。
(2)抗体価の測定
抗gp140抗体価は従来の方法に従って、ELISA法によった。
【0040】
(3)結果および考察
抗体価の測定の結果を
図6に示した。
ワクチン投与群3頭において、皮下注射後、2週後から、抗gp140抗体価の上昇が認められ、4週で、最大になり、8週では最大の約40〜50 %に低下し、現在までその抗体価を維持している、8週における抗血清はHIV-1およびSIVmac239の感染を防止した。なお、サル#5においては、抗UPA抗体活性も認められた。
【0041】
(実施例のまとめ)
(1)Hub-TGDK-Fetuinワクチンの1度の皮下注射免疫により、HIV-1 EnvおよびSIVmac239 Envタンパク質と反応する抗体を誘導できた。
(2)サル#5の抗血清中にはHIV-1の第2受容体CCR5の特殊立体構造(UPA)と反応する抗体の誘導を認め、FetuinのS-S結合で形成されるMoietyがCCR5のUPAと非常によくマッチし、FetuinがCCR5の特殊立体構造に対する抗体を誘導できるという画期的な結果を見出した。
(3)これらのことから、交叉免疫現象を粘膜に誘導することにより、HIVの粘膜における感染を防止できる。
(4)Hub-TGDK-UPA-CpGODN-gp140-Fetuinのワクチンで免疫を行い、抗gp140抗体が血中から消失した後に、gp140のないHub-TGDK-UPA-CpGODN-Fetuinの皮下注射ブーストにより、抗gp140抗体を産出できた。同じ結果がFetuin単独皮下注射ブーストにより確認できた。
(5)Hub-TGDK-Fetuinワクチンをサルに免疫し、gp140抗原と反応する抗体、すなわち抗gp140抗体の産生を確認した。
(6)HIV Env外被糖タンパク質と構造分子生物学的にMolecular Mimicry Moietyをもつ抗原により、交叉免疫誘導現象を初感染の場に構築すれば、感染を未然に完全に防止できる。ジェンナーの種痘を超えるワクチンが完成する。