(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
酸化剤ガスおよび燃料ガスといった反応ガスを電気化学反応させて電気エネルギを出力する複数のセル(10)が積層された固体高分子型の燃料電池(1)に適用され、前記燃料電池内部における前記反応ガスの拡散状態を診断する燃料電池診断装置であって、
前記燃料電池に対して、予め定めた基準周波数よりも低い低周波数の交流信号、および前記基準周波数よりも高い高周波数の交流信号を印加する交流印加手段(431)と、
前記交流印加手段にて所定周波数の前記交流信号を印加した際の前記燃料電池のインピーダンスを算出するインピーダンス算出手段(432)と、
前記交流印加手段にて前記高周波数の交流信号を印加した際の前記燃料電池のインピーダンス、および前記低周波数の交流信号を印加した際の前記燃料電池のインピーダンスに基づいて、前記燃料電池内部における前記反応ガスの供給状態に相関して変化する拡散インピーダンスを算出する補正手段(433)と、
前記燃料電池内部における前記反応ガスの拡散状態に相関性を有する拡散指標を算出する拡散指標算出手段(434)と、
前記拡散指標算出手段にて算出した前記拡散指標に基づいて前記燃料電池内部における前記反応ガスの拡散状態を診断する診断手段(435)と、を備え、
前記拡散指標算出手段は、前記補正手段にて算出した前記拡散インピーダンスの実数成分の値と虚数成分の値との比を前記拡散指標として算出することを特徴とする燃料電池診断装置。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、図中、同一符号を付してある。
【0015】
(第1実施形態)
本実施形態の燃料電池診断装置4は、電気自動車の一種である燃料電池車両の燃料電池システムに適用されて、車両に搭載された燃料電池1のセル10内部における反応ガスの拡散状態を診断するものである。
【0016】
図1の全体構成図に示すように、燃料電池システムは、水素と酸素との電気化学反応を利用して電気エネルギを出力する固体高分子型の燃料電池1を備えている。この燃料電池1は、車両走行用電動モータや二次電池といった各種電気負荷に供給される電気エネルギを出力する。燃料電池1は、基本単位となるセル10が複数積層され、各セル10を電気的に直列に接続した直列接続体として構成されている。
【0017】
図2に示すように、各セル10は、固体高分子からなる電解質膜100aの両側面に一対の電極100b、100cが配置された膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)100と、膜電極接合体100を狭持する一対のセパレータ101、102で構成されている。
【0018】
具体的には、各電極100b、100cは、
図3に示すように、それぞれ触媒作用を発揮する物質(例えば、白金粒子)100d、当該物質100dを担持する担持カーボン100e、担持カーボン100eを被覆するアイオノマー(電解質ポリマー)100fで構成されている。
【0019】
図2に戻り、一対のセパレータ101、102のうち、アノード電極100bに対向するセパレータ101には、燃料ガスとしての水素を導入する水素入口部101a、アノード電極100bに水素を供給する水素流路101c、水素流路101cから水素を導出する水素出口部101bが形成されている。
【0020】
また、一対のセパレータ101、102のうち、カソード電極100cに対向するセパレータ102には、酸化剤ガスとしての空気を導入する空気入口部102a、カソード電極100cに酸素を供給する空気流路102c、空気流路102cから空気を導出する空気出口部102bが形成されている。各セパレータ101、102は、水素流路101cを流通する水素の流れ方向と空気流路102cを流通する空気の流れ方向とが互いに対向流となるように、各入口部101a、102a、および各出口部101b、102bが形成される。
【0021】
各セル10は、水素および空気が供給されることで、以下に示すように、水素および酸素といった反応ガスを電気化学反応させて、電気エネルギを出力する。
(アノード電極)H
2→2H
++2e
−
(カソード電極)2H
++1/2O
2+2e
−→H
2O
図1に戻り、燃料電池1および各種電気負荷は、双方向に電力を伝達可能なDC−DCコンバータ2を介して電気的に接続されている。このDC−DCコンバータ2は、燃料電池1から各種電気負荷、あるいは、各種電気負荷から燃料電池1への電力の流れを制御するものである。
【0022】
また、各セル10のうち、診断対象となるセル10(以下、対象セル10とも称する。)には、燃料電池診断装置4が接続されている。この燃料電池診断装置4は、対象セル10における空気流れ下流側(酸化剤ガス流れ下流側)の局所部位である空気出口部102b(水素入口部101a)付近における空気(酸素)の拡散状態を診断するものである。空気流れ下流側の局所部位は、空気入口部102aよりも空気出口部102bに近い部位であり、他の部位に比べて、生成水の滞留(フラッディング)等が発生し易く、空気の拡散状態が悪化し易い傾向がある。なお、燃料電池診断装置4の詳細については後述する。
【0023】
燃料電池1には、空気を燃料電池1に供給する空気供給配管20、および燃料電池1にて電気化学反応を終えた余剰空気やカソード電極100c側に溜まった生成水を燃料電池1から外気へ排出する空気排出配管21が接続されている。なお、空気供給配管20は、燃料電池1の内部に形成された空気供給マニホールド(図示略)を介して各セル10の空気入口部102aに連通し、空気排出配管21は、燃料電池1の内部に形成された空気排出マニホールド(図示略)を介して、各セル10の空気出口部102bに連通している。
【0024】
空気供給配管20の最上流部には、大気中から吸入した空気を燃料電池1に圧送するための空気ポンプ22が設けられ、空気排出配管21には、燃料電池1内の空気の圧力を調整するための空気調圧弁23が設けられている。なお、本実施形態では、空気ポンプ22および空気調圧弁23によって、所定の流量および圧力の空気を燃料電池1に供給する空気供給手段が構成される。
【0025】
また、燃料電池1には、水素を燃料電池1に供給する水素供給配管30、および燃料電池1にて電気化学反応を終えた微量な水素やアノード電極100b側に溜まった生成水を燃料電池1から外気へ排出する水素排出配管31が接続されている。なお、水素供給配管30は、燃料電池1の内部に形成された水素供給マニホールド(図示略)を介して各セル10の水素入口部101aに連通し、水素排出配管31は、燃料電池1の内部に形成された水素排出マニホールド(図示略)を介して、各セル10の水素出口部101bに連通している。
【0026】
水素供給配管30の最上流部には、高圧水素が充填された高圧水素タンク32が設けられ、水素供給配管30における高圧水素タンク32と燃料電池1との間には、燃料電池1に供給される水素の圧力を調整する水素調圧弁33が設けられている。なお、本実施形態では、この水素調圧弁33によって、所望の圧力の水素を燃料電池1に供給する燃料ガス側のガス供給手段が構成される。
【0027】
水素排出配管31には、生成水を微量な水素とともに外気へ排出するために所定の時間間隔で開閉する電磁弁34が設けられている。なお、上述の電気化学反応では、アノード電極100b側において生成水は発生しないものの、アノード電極100b側には、カソード電極100c側から電解質膜100aを透過した生成水が溜まるおそれがある。このため、本実施形態では、水素排出配管31および電磁弁34を設けている。
【0028】
燃料電池システムには、各種制御を行う発電制御手段としての制御装置5が設けられている。この制御装置5は、各種入力信号に基づいて、燃料電池システムを構成する各種電気式アクチュエータの作動を制御するもので、CPU、各種メモリ等からなる周知のマイクロコンピュータとその周辺回路にて構成されている。
【0029】
本実施形態の制御装置5の入力側には、燃料電池診断装置4、制御装置5に対して燃料電池1の運転開始を指示する車両起動スイッチ(図示略)等が接続されており、燃料電池診断装置4、車両起動スイッチ等からの出力信号が入力される。
【0030】
一方、制御装置5の出力側には、上述の空気ポンプ22、空気調圧弁23、水素調圧弁33、電磁弁34といった各種電気式アクチュエータ等が接続されており、これら制御機器が制御装置5からの制御信号により制御される。
【0031】
次に、本実施形態の燃料電池診断装置4について説明する。
図2の概略構成図に示すように、燃料電池診断装置4は、局所電流センサ41、電圧センサ42、信号処理装置43を備えている。
【0032】
局所電流センサ41は、対象セル10における空気の拡散状態が悪化し易い空気流れ下流側の局所部位(本実施形態では、空気出口部102bおよび水素入口部101a付近)に隣接配置されて、空気流れ下流側に対応する局所部位に流れる電流(局所電流)を検出する局所電流検出手段である。なお、局所電流センサ41は、シャント抵抗やホール素子等を利用した周知の電流センサを用いることができる。
【0033】
また、電圧センサ42は、対象セル10のセル電圧を検出するセル電圧検出手段である。なお、局所電流センサ41および電圧センサ42は、信号処理装置43に接続されており、各センサ41、42からの各出力信号が信号処理装置43に入力される。
【0034】
信号処理装置43は、各種入力信号に基づいて、制御処理や演算処理を実行するもので、CPU、各種メモリ(記憶手段)等からなる周知のマイクロコンピュータとその周辺回路にて構成されている。
【0035】
信号処理装置43は、信号印加部431、インピーダンス算出部432、補正部433、拡散指標算出部434、診断部435を備える。
【0036】
信号印加部431は、燃料電池1の出力電流に対して所定周波数の交流信号を印加する交流印加手段を構成している。これにより、燃料電池1の出力電流は、
図4の説明図に示すように、直流成分(電流値I)に対して周波数fの交流成分(振幅ΔI)が重畳されることとなる。
【0037】
本実施形態の信号印加部431は、燃料電池1の出力電流に対して、予め定めた基準周波数(例えば100Hz)よりも小さい低周波数の交流信号、および基準周波数よりも大きい高周波数の交流信号を合成した交流信号を印加可能に構成されている。
【0038】
具体的には、本実施形態では、0.5kHz〜数百kHzとなる高周波数の信号と、0.1Hz〜100Hzとなる低周波数の信号とを合成した交流信号を信号印加部431にて印加するようにしている。なお、信号印加部431にて印加する交流信号は、燃料電池1の発電状態に影響しないように燃料電池1の出力電流の10%以内とすることが望ましい。
【0039】
ここで、燃料電池1の出力電流に付加する交流信号の周波数を低周波から高周波へ変化させた際の対象セル10におけるインピーダンスは、
図5に示すように変化する。なお、
図5は、交流信号の周波数f(ω=2πf)を低周波から高周波へ変化させた際の対象セル10におけるインピーダンスの実数部Re(Z)および虚数部Im(Z)を複素平面上に示した特性図(コールコールプロット)である。
【0040】
図2に戻り、インピーダンス算出部432は、信号印加部431にて燃料電池1の出力電流に所定の交流信号を印加した際に、対象セル10におけるインピーダンスを算出するインピーダンス算出手段を構成している。本実施形態のインピーダンス算出部432は、信号印加部431にて燃料電池1の出力電流に前述の交流信号を印加した際に、局所電流センサ41、および電圧センサ42の検出値に基づいて、対象セル10の局所部位における局所インピーダンスを算出する。
【0041】
具体的には、インピーダンス算出部432は、高速フーリエ変換処理等によって、高周波数の信号に対応する交流成分と低周波数の信号に対応する交流成分とを個別に抽出し、高周波数の信号に対応する高周波インピーダンスZ
H、および低周波数の信号に対応する低周波インピーダンスZ
Lそれぞれを算出する。
【0042】
補正部433は、高周波インピーダンスZ
Hおよび低周波インピーダンスZ
Lに基づいて、対象セル10への反応ガスの供給状態に応じて変化する拡散インピーダンスを算出する補正手段を構成している。
【0043】
具体的には、本実施形態の補正部433は、低周波インピーダンスZ
Lを基準インピーダンスとして算出し、高周波インピーダンスZ
Hを用いて当該基準ピーダンスからセル10の乾湿状態の影響を受ける電解質膜100aの膜抵抗Rp、および燃料電池1の負荷変動の影響を除去することで、拡散インピーダンスを算出する。本実施形態の補正部433では、対象セル10への空気の供給状態に応じて変化するカソード電極100cの拡散インピーダンスZcを算出する。なお、本実施形態の補正部433によるカソード電極100cの拡散インピーダンスZcの算出方法については後述する。
【0044】
拡散指標算出部434は、燃料電池1内部における反応ガスの拡散状態に相関性を有する拡散指標を算出する拡散指標算出手段を構成している。本実施形態では、拡散インピーダンスZcの実数成分の値、および虚数成分の値の関係が、燃料電池1内部における反応ガスの拡散状態を示す拡散抵抗と相関して変化することに着眼し、拡散指標算出部434において、拡散インピーダンスZcの実数成分の値、および虚数成分の値の関係から拡散指標を算出するようにしている。
【0045】
具体的には、本実施形態の拡散指標算出部434は、補正部433にて算出したカソード電極100cの拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)を拡散指標として算出する。なお、拡散インピーダンスZcの実数成分の値、および虚数成分の値の関係と、燃料電池1内部における反応ガスの拡散状態との相関性の説明については後述する。
【0046】
診断部435は、対象セル10内部における反応ガスの拡散状態を診断する診断手段を構成している。本実施形態の診断部435は、拡散指標算出部434にて算出した拡散指標(拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc))に基づいて、対象セル10内部における空気の拡散状態が悪化しているか否かを診断する。
【0047】
以下、本実施形態の補正部433によるカソード電極100cの拡散インピーダンスの算出方法について説明する。
【0048】
本実施形態に係るセル10の等価回路は、
図6に示すように、電解質膜100aの膜抵抗Rp、アノード電極100bの反応抵抗Ra(I)、拡散インピーダンスZa、アイオノマー抵抗Rai、電気二重層容量Ca、およびカソード電極100cの反応抵抗Rc(I)、拡散インピーダンスZc、アイオノマー抵抗Rci、電気二重層容量Ccにより表現できる。
【0049】
電解質膜100aの膜抵抗Rp、および各電極100b、100cのアイオノマー抵抗Rai、Rciは、セル10内部の乾燥に伴い抵抗値が上昇するといったように、セル10の内部の乾湿状態に相関して変化する成分である。
【0050】
また、各電極100b、100cの反応抵抗Ra(I)、Rc(I)は、燃料電池1からの出力電流(直流成分I)に応じて非線形に変化する成分であり、各拡散インピーダンスZa、Zcは、反応ガスの供給状態に応じて変化する成分である。
【0051】
なお、セル10内部における空気(酸素)の拡散状態が悪化すると、カソード電極100cの各成分(Rc(I)、Zc、Cc、Rci)が、アノード電極100bの各成分(Ra(I)、Za、Ca、Rai)に比べて大きくなることから、
図6におけるアノード電極100b側の各成分を無視できる。
【0052】
本実施形態の補正部433は、
図6におけるアノード電極100b側の各成分を無視した等価回路を前提とし、まず、セル10の乾湿状態の影響を受ける電解質膜100aの膜抵抗Rp、および燃料電池1の負荷変動の影響により変化するカソード電極100cのRc(I)を算出する。
【0053】
なお、電解質膜100aの膜抵抗Rpについては、相関性を有する高周波インピーダンスZ
Hから膜抵抗Rpを算出する。例えば、高周波インピーダンスZ
Hの実数部Re(Z
H)を膜抵抗Rpとして算出すればよい。
【0054】
また、カソード電極100cの反応抵抗Rc(I)については、低周波数の交流信号を印加した際のセル電圧の変化量に含まれる活性化過電圧の変化分を、局所電流の変化量で除算して算出する。
【0055】
なお、活性化過電圧の変化分については、以下の数式から算出できる。
【0056】
ΔVa=B×log{(I+ΔI)/ΔI}
但し、ΔVaが燃料電池1の出力電流に印加された交流信号に応じて変化する触媒電極層(カソード電極100c)の活性化過電圧の変化分を示し、ΔIが燃料電池1の出力電流に低周波数の交流信号を印加した際の交流成分の振幅(変化量)を示し、Iが燃料電池1の出力電流に低周波数の交流信号を印加した際の直流成分の電流値を示し、Bが燃料電池1のターフェル勾配を示している。なお、ターフェル勾配Bは、セル10の電解質膜100aの膜抵抗Rpによる電圧降下を補正した燃料電池1の電流−電圧特性をターフェルプロットで表した際に、所定電流値(例えば、0.1A/cm
2)以下の領域における電圧変化率を示している。
【0057】
そして、補正部433は、低周波インピーダンスZ
Lから、対象セル10の乾湿状態の影響により変化する膜抵抗Rp、燃料電池1の負荷変動の影響により変化する反応抵抗Rc(I)を除去して、カソード電極100cの拡散インピーダンスZcを算出する。
【0058】
具体的には、本実施形態では、カソード電極100cの拡散インピーダンスZcを以下の数式から算出する。
【0059】
Zc=1/[{1/(Z
L−Rp)}−j×ω×Cc]−Rc(I)
但し、jが虚数単位を示し、ω(=2πf)が印加する交流信号の角周波数を示し、Ccがカソード電極100cの電気二重層容量(コンデンサ成分)を示している。なお、カソード電極100cの電気二重層容量Ccは、セル10の局所部位における触媒電極層(カソード電極100c)の容量成分を用いることができる。なお、カソード電極100cの容量成分は、予めサイクリックボルタメントリ(CV)測定を用いて定量化した値(触媒電極層における電気二重層容量の値)を用いればよい。
【0060】
このように、本実施形態の補正部433は、高周波インピーダンスZ
Hを用いて、基準インピーダンスである低周波インピーダンスZ
Lから、対象セル10における空気の供給状態に応じて変化する拡散インピーダンスZcを算出する。
【0061】
続いて、拡散インピーダンスZcの実数成分の値、および虚数成分の値の関係と、燃料電池1内部における反応ガスの拡散状態との相関性ついて説明する。
【0062】
セル10内部におけるカソード電極100c付近では、
図7に示すように、膜電極接合体100までの距離δが小さくなるに伴って、酸素の拡散抵抗Ro
2が大きくなり、酸素濃度Co
2が減少する傾向がある。
【0063】
カソード電極100cの拡散インピーダンスZc、拡散抵抗Ro
2、および酸素濃度Co
2との関係は、フィックの第二法則、および、電極表面での拡散のフラックスと電荷移動速度等から、以下の[数1]、[数2]の数式で与えられる。なお、[数1]、[数2]の数式に関しては、板垣昌幸著、「電気化学インピーダンス法−原理・測定・解析(丸善株式会社発刊)」の124頁〜127頁の記載事項から導出したものである。
【0065】
【数2】
[数1]の左辺に、[数2]を代入すると、以下の[数3]、[数4]を導出することができる。なお、[数4]は、[数3]を実数成分および虚数成分(j)それぞれに整理したものである。
【0067】
【数4】
この[数4]から、拡散インピーダンスZcは、以下の[数5]に示すように、複素数成分(実数成分の値および虚数成分の値)が拡散抵抗Ro
2を変数とする関数で表現でき、複素数成分に係る係数が拡散抵抗Ro
2および酸素濃度Co
2を変数とする関数で表現できる。
【0068】
【数5】
従って、拡散インピーダンスにおける実数成分の値と虚数成分の値との関係は、反応ガスの拡散状態を示す拡散抵抗Ro
2に相関して変化することが分かる。
【0069】
ここで、
図8(a)は、単一のセル10の内部温度を変化させて当該セル10内部の液水滞留量を変えることで、当該セル10における反応ガスの拡散状態を変化させた際の拡散抵抗Ro
2、および拡散指標(位相φ(Zc))の実測値の関係を示している。一方、
図8(b)は、
図8(a)と同条件下にて、単一のセル10における反応ガスの拡散状態を変化させた際の拡散抵抗Ro
2、および拡散指標(位相φ(Zc))の理論値(理論結果)を示している。
【0070】
図8の各図に示すように、同条件下における拡散抵抗Ro
2、および拡散指標である位相φ(Zc)の実測値および理論値は、拡散抵抗Ro
2の増加に応じて、位相がマイナス側に大きくなるといった相関傾向があり、拡散指標である位相φ(Zc)は、拡散抵抗Ro
2に相関性を有することが分かる。
【0071】
また、
図9は、燃料電池1内部における反応ガスの拡散状態を変化させた際のセル10におけるセル電圧の変化、および20Hzの交流信号を付加した際のセル10における拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)の変化を示す特性図である。
【0072】
燃料電池1は、内部温度が上昇すると内部の乾湿状態が湿潤状態から乾燥状態となり、燃料電池1内部に存する水分が減少することにより、反応ガスが拡散し易くなることから、本例では、燃料電池1を温度調整する冷却水の温度(冷却水温)を低温から高温へ変化させることで燃料電池1内部の拡散状態が徐々に良好となるように変化させている。なお、
図9に示す拡散インピーダンスの位相φ(Zc)は、
図10に示すように、セル10における発電領域のうち、空気出口部からの距離が20%程度となる範囲に対応する検知領域での算出結果を示している。
【0073】
図9に示すように、冷却水の温度を低温域(35℃付近)に調整すると、燃料電池1内部は水分過多(フラッディング)となり、セル10における反応ガスの拡散が阻害されて、セル電圧が大きく低下する。これに伴って、拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)がマイナス側へ大きくなる。
【0074】
この状態から冷却水の温度を低温域(35℃付近)から高温域(90℃付近)へと徐々に上昇させると、燃料電池1内部の水分量が適正状態となり、セル電圧が高い値となる。この際、燃料電池1内部の水分の減少に伴ってセル10における反応ガスが拡散し易くなることから、拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)がプラス側へ移行する。
【0075】
そして、冷却水の温度を高温域(90℃付近)まで上昇すると、燃料電池1内部の水分が減少して乾燥状態となり、セル電圧が徐々に低下する。この際、セル10における反応ガスの拡散が阻害されないため、拡散インピーダンスの位相は、プラス側へ移行した状態が維持される。
【0076】
このように、拡散インピーダンスの位相φ(Zc)は、セル10内部の拡散状態の悪化に伴って、マイナス側へ大きくなる傾向があることから、拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)に基づいて、セル10における反応ガスの拡散状態を診断可能であることが分かる。
【0077】
次に、上記構成に係る燃料電池システムにおいて、燃料電池診断装置4で実行する対象セル10における空気の拡散状態を診断する処理について
図11のフローチャートを用いて説明する。なお、
図11に示す制御ルーチンは、車両起動スイッチが投入されて、燃料電池1が発電状態となるとスタートする。
【0078】
燃料電池1が発電状態となると、信号処理装置43の信号印加部431にて燃料電池1の出力電流に対して、高周波数の信号と低周波数の信号とを合成した交流信号を印加する(S10)。
【0079】
続いて、局所電流センサ41および電圧センサ42からの出力信号を読み込む(S20)。そして、局所電流センサ41、および電圧センサ42の検出値に基づいて、信号処理装置43のインピーダンス算出部432にて対象セル10の局所部位における局所インピーダンスを算出する(S30)。このステップS30の処理では、高周波インピーダンスZ
H、および低周波インピーダンスZ
Lそれぞれを算出する。
【0080】
信号処理装置43の補正部433にて、高周波インピーダンスZ
Hを用いて、基準インピーダンスである低周波インピーダンスZ
Lを補正することで、基準インピーダンスに含まれる拡散インピーダンスを算出する(S40)。
【0081】
具体的には、高周波インピーダンスZ
Hから算出した膜抵抗Rp、および低周波数の交流信号を印加した際のセル電圧および局所電流の変化量から算出した反応抵抗Rc(I)それぞれを、低周波インピーダンスZ
Lから除去することで、カソード電極100cの拡散インピーダンスZcを算出する。
【0082】
続いて、拡散指標算出部434において、拡散インピーダンスZcの実数成分の値および虚数成分の値の関係から、拡散指標としての拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)を算出する(S50)。
【0083】
続いて、信号処理装置43の診断部435にて、ステップS50の処理で算出したカソード電極100cの拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)(絶対値)が予め定めた位相判定閾値φrefより大きいか否かを判定する(S60)。この位相判定閾値φrefは、対象セル10内部の空気の拡散状態が悪化した際の拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)(絶対値)を基準に定められている。
【0084】
ステップS60の判定処理にて、カソード電極100cの拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)が位相判定閾値φref以下と判定された場合(S60:NO)には、セル内部における空気の拡散状態が適正であると診断し(S70)、診断処理を終了する。
【0085】
一方、ステップS60の判定処理にて、カソード電極100cの拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)が位相判定閾値φrefを超えたと判定された場合(S60:YES)には、対象セル10内部における空気の拡散状態が悪化して、ガス閉塞やフラッディングが生じている状態であると診断し(S80)、診断処理を終了する。この場合、例えば、一時的に空気調圧弁23を開放して、各セル10内部に滞留する水分を外部へ排出することで、拡散状態の悪化を解消できる。
【0086】
以上説明した本実施形態では、拡散インピーダンスZcの実数成分と虚数成分との関係から算出した拡散指標(位相)に基づいて、対象セル10内部における空気の拡散状態を診断する構成としている。これによれば、対象セル10内部のガス濃度の変化によって拡散インピーダンスが大きく変化したとしても、燃料電池内部における反応ガスの拡散状態を的確に診断できる。
【0087】
また、拡散インピーダンスZcを、低周波インピーダンスZ
Lから対象セル10の乾湿状態の影響を受ける電解質膜100aの膜抵抗Rp、および燃料電池1の負荷変動の影響により変化するカソード電極100cの反応抵抗Rc(I)を除去して算出する構成としている。これにより、対象セル10内部の乾湿状態の変化や燃料電池1の負荷変動の変化によって低周波インピーダンスZ
Lが大きく変化したとしても、燃料電池1内部における反応ガスの拡散状態を的確に診断できる。
【0088】
(第2実施形態)
次に、第2実施形態について説明する。本実施形態では、拡散インピーダンスの実数成分と虚数成分との関係から算出した拡散指標(位相)から対象セル10内部におけるカソード電極100c付近の拡散抵抗Ro
2を推定し、当該拡散抵抗Ro
2の推定値に基づいて、対象セル10内部における空気の拡散状態を診断する点が第1実施形態と相違している。本実施形態では、第1実施形態と同様または均等な部分についての説明を省略、または簡略化して説明する。
【0089】
図12に示すように、本実施形態の信号処理装置43は、拡散抵抗推定部436を備える。拡散抵抗推定部436は、拡散指標算出部434にて算出した拡散インピーダンスZcの位相(拡散指標)から対象セル10内部におけるカソード電極100c付近の拡散抵抗Ro
2を推定するもので、拡散抵抗推定手段を構成している。
【0090】
本実施形態の拡散抵抗推定部436では、予めカソード電極100cの拡散インピーダンスZcの位相と、拡散抵抗Ro
2との対応関係を規定した制御マップを信号処理装置43のメモリに記憶しておき、拡散指標算出部434にて算出した拡散インピーダンスZcの位相に基づいて、制御マップを参照して拡散抵抗Ro
2を推定する。
【0091】
次に、上記構成に係る燃料電池システムにおいて、燃料電池診断装置4で実行する対象セル10における空気の拡散状態を診断する処理について
図13のフローチャートを用いて説明する。
【0092】
図13に示すように、拡散指標算出部434にて、拡散指標としての拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)を算出した後(S50)、拡散抵抗推定部436にて、拡散インピーダンスZcの位相φ(Zc)から対象セル10内部におけるカソード電極100c付近の空気の拡散状態を示す拡散抵抗Ro
2を推定する(S90)。
【0093】
続いて、信号処理装置43の診断部435にて、ステップS90の処理で推定した拡散抵抗Ro
2が予め定めた抵抗判定閾値Rrefより大きいか否かを判定する(S100)。この抵抗判定閾値Rrefは、対象セル10内部の空気の拡散状態が悪化した際の拡散抵抗Ro
2を基準に定められている。
【0094】
ステップS100の判定処理にて、拡散抵抗Ro
2が抵抗判定閾値Rref以下と判定された場合(S100:NO)には、対象セル10内部における空気の拡散状態が適正であると診断する(S70)。
【0095】
一方、ステップS100の判定処理にて、拡散抵抗Ro
2が抵抗判定閾値Rrefよりも大きいと判定された場合(S100:YES)には、対象セル10内部における空気の拡散状態が悪化して、ガス閉塞やフラッディングが生じている状態であると診断する(S80)。
【0096】
以上説明した本実施形態では、拡散インピーダンスの実数成分と虚数成分との関係から算出した拡散指標(位相)から推定したカソード電極100c付近の拡散抵抗Ro
2に基づいて、対象セル10内部における空気の拡散状態を診断する構成としている。これによっても、第1実施形態と同様に、燃料電池内部における反応ガスの拡散状態を的確に診断できる。
【0097】
(第3実施形態)
次に、第3実施形態について説明する。本実施形態では、対象セル10内部におけるカソード電極100c付近の酸素濃度Co
2を推定する点が第2実施形態と相違している。本実施形態では、第1、第2実施形態と同様または均等な部分についての説明を省略、または簡略化して説明する。
【0098】
図14に示すように、本実施形態の信号処理装置43は、ガス濃度推定部437を備える。ガス濃度推定部437は、対象セル10内部の反応ガスのガス濃度を推定するガス濃度推定手段を構成している。
【0099】
ここで、第1実施形態の[数5]に示すように、拡散インピーダンスZcにおける複素数成分(実数成分および虚数成分)に係る係数は、拡散抵抗Ro
2および酸素濃度Co
2を変数とする関数で表現できる。
【0100】
このため、拡散インピーダンスZcにおける複素数成分に係る係数に相当する拡散インピーダンスZcの絶対値Abs(Zc)は、反応ガスの拡散状態を示す拡散抵抗Ro
2、および酸素濃度Co
2に相関して変化することが分かる。このような関係から、酸素濃度Co
2は、拡散インピーダンスZcの絶対値Abs(Zc)、および拡散抵抗Ro
2に相関して変化する変数と捉えることができ、拡散インピーダンスZcの絶対値Abs(Zc)、および拡散抵抗Ro
2から酸素濃度Co
2を推定できる。
【0101】
本実施形態のガス濃度推定部437では、予め拡散インピーダンスZcの絶対値Abs(Zc)、拡散抵抗Ro
2、および酸素濃度Co
2の対応関係を規定した制御マップを信号処理装置43のメモリに記憶しておき、ガス濃度推定部437にて推定した拡散抵抗Ro
2、拡散インピーダンスZcの絶対値Abs(Zc)に基づいて、制御マップを参照して酸素濃度Co
2を推定する。
【0102】
次に、上記構成に係る燃料電池システムにおいて、燃料電池診断装置4で実行する対象セル10における空気の拡散状態を診断する処理について
図15のフローチャートを用いて説明する。
【0103】
図15に示すように、拡散抵抗推定部436にて拡散抵抗Ro
2を推定した後(S90)、ガス濃度推定部437にて、拡散インピーダンスZcの絶対値Abs(Zc)、および拡散抵抗Ro
2から酸素濃度Co
2を推定する(S110)。
【0104】
続いて、ステップS100にて、拡散抵抗Ro
2が、予め定めた抵抗判定閾値Rrefより大きいか否かを判定し、その判定結果に応じて、対象セル10内部における空気の拡散状態が適正であると診断する(S70、S80)。なお、ステップS90にて推定した拡散抵抗Ro
2は、ステップS110にて推定した酸素濃度Co
2よりも、対象セル10内部における空気の拡散状態に対してより強い相関性を有することから、本実施形態では、前述の第2実施形態と同様に、拡散抵抗Ro
2を用いて対象セル10内部における空気の拡散状態の判定を行っている。
【0105】
以上説明した本実施形態では、拡散インピーダンスZcの絶対値Abs(Zc)、および拡散抵抗Ro
2に基づいて、酸素濃度を推定する構成としているので、第1、第2実施形態で説明した効果に加えて、専用のガス濃度センサを別途用意することなく、酸素濃度を精度よく推定することができるといった効果を奏する。
【0106】
(他の実施形態)
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、各請求項に記載した範囲を逸脱しない限り、当業者が通常有する知識に基づいて適宜変更できる。例えば、以下のように種々変形可能である。
【0107】
(1)上述の各実施形態では、セル10内部における水素および空気といった反応ガスのうち空気の拡散指標を算出し、当該拡散指標に基づいて、セル10内部における空気の拡散状態を診断する例について説明したが、これに限定されない。
【0108】
例えば、補正部433にて、アノード電極100bの拡散インピーダンスZaを算出すると共に、拡散指標算出部434にて、拡散インピーダンスZaにおける実数成分の値および虚数成分の値の関係から水素の拡散指標を算出し、さらに、診断部435にて、当該拡散指標に基づいて、セル10内部における水素の拡散状態を診断する構成としてもよい。この際、第2実施形態の如く、拡散抵抗推定部436にて、水素の拡散指標からアノード電極100bの拡散抵抗R
H2を算出する構成としてもよい。また、第3実施形態の如く、ガス濃度推定部437にて、アノード電極100bの拡散抵抗R
H2、およびアノード電極100bの拡散インピーダンスZaの絶対値Abs(Za)から水素濃度C
H2を算出する構成としてもよい。
【0109】
(2)上述の各実施形態では、補正部433にて算出した拡散インピーダンスの位相を拡散指標として算出する例について説明したが、これに限定されない。拡散インピーダンスにおける実数成分の値と虚数成分の値との比についても、燃料電池1内部における反応ガスの拡散状態に相関性を有する。このため、補正部433において、拡散インピーダンスにおける実数成分の値と虚数成分の値との比を拡散指標として算出するようにしてもよい。
【0110】
(3)上述の各実施形態では、対象セル10の局所部位におけるインピーダンスを算出し、当該インピーダンスを用いて、対象セル10の局所部位における反応ガスの拡散状態を診断する例について説明したが、これに限定されない。例えば、燃料電池1全体におけるインピーダンスを算出し、当該インピーダンスを用いて、燃料電池1全体における反応ガスの拡散状態を診断する構成としてもよい。また、対象セル10の複数の局所部位におけるインピーダンスを算出し、当該インピーダンスを用いて、対象セル10の各局所部位における反応ガスの拡散状態を診断する構成としてもよい。
【0111】
(4)上述の各実施形態では、各電極100b、100cの反応抵抗を理論式を用いて算出する例について説明したが、これに限らず、例えば、予め反応抵抗と燃料電池1の出力電流に含まれる直流成分および交流成分との関係を規定した制御マップを用いて反応抵抗を算出してもよい。
【0112】
(5)上述の各実施形態の如く、拡散インピーダンスを、低周波インピーダンスZ
Lから対象セル10の乾湿状態の影響を受ける電解質膜100aの膜抵抗、および燃料電池1の負荷変動の影響により変化する反応抵抗を除去して算出することが望ましいが、これに限定されない。例えば、燃料電池1の負荷変動の拡散インピーダンスへの影響が小さい場合、拡散インピーダンスを、単に高周波インピーダンスZ
Hの実数部Re(Z
H)を、低周波インピーダンスZ
Lから減算した減算値(=Re(Z
L)−Re(Z
H)+Im(Z
L))としてもよい。
【0113】
(6)上述の各実施形態では、信号処理装置43の信号印加部431にて燃料電池1の出力電流に対して、高周波数の信号と低周波数の信号とを合成した交流信号を印加する例について説明したが、これに限定されない。例えば、信号処理装置43の信号印加部431にて燃料電池1の出力電流に対して、高周波数の信号と低周波数の信号とを異なるタイミングで印加するようにしてもよい。
【0114】
(7)上述の各実施形態のように、電圧センサ42にて対象セル10のセル電圧を検出する構成が望ましいが、例えば、電圧センサ42にて燃料電池1全体の電圧を検出するようにしてもよい。
【0115】
(8)上述の各実施形態では、信号処理装置43の信号印加部431にて燃料電池1の出力電流に対して2つの異なる周波数の交流信号を印加する例を説明したが、これに限らず、例えば、3つ以上の異なる周波数の交流信号を印加するようにしてもよい。
【0116】
(9)上述の各実施形態では、信号処理装置43の信号印加部431にて燃料電池1の出力電流に対して交流信号を印加する例について説明したが、これに限らず、例えば、DC−DCコンバータ2にて燃料電池1の出力電流に対して交流信号を印加するようにしてもよい。この場合、燃料電池診断装置4の部品点数の低減を図ることができる。
【0117】
(10)上述の各実施形態では、本発明の燃料電池診断装置4を燃料電池車両に搭載された燃料電池1の状態を診断する装置に適用する例を説明したが、これに限らず、船舶およびポータブル発電機等の移動体や設置型の燃料電池1の状態を診断する装置に適用してもよい。