特許第6024401号(P6024401)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6024401
(24)【登録日】2016年10月21日
(45)【発行日】2016年11月16日
(54)【発明の名称】表面品質に優れる厚鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21B 45/08 20060101AFI20161107BHJP
   B21B 1/38 20060101ALI20161107BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20161107BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20161107BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20161107BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20161107BHJP
【FI】
   B21B45/08 A
   B21B1/38 A
   C21D8/02 B
   C22C38/00 301A
   C22C38/06
   C22C38/58
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-246923(P2012-246923)
(22)【出願日】2012年11月9日
(65)【公開番号】特開2014-94391(P2014-94391A)
(43)【公開日】2014年5月22日
【審査請求日】2015年8月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100099531
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 英一
(72)【発明者】
【氏名】寺澤 祐介
(72)【発明者】
【氏名】柚賀 正雄
(72)【発明者】
【氏名】林 謙次
【審査官】 酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭57−193222(JP,A)
【文献】 特開平09−253733(JP,A)
【文献】 特開2013−082979(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/096456(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 45/08,1/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼素材に、デスケーリングを施しながら熱間圧延を行って厚鋼板とするにあたり、
前記鋼素材を、質量%で、C:0.05〜0.20%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.025%以下、S:0.020%以下、Al:0.1%以下を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材とし、
少なくとも前記熱間圧延の最終パスの4パス前から前記熱間圧延の最終パス後までの範囲で、衝突圧が0.4MPa以上の高圧水で行う高圧デスケーリングを、i番目と(i+1)番目と相前後して実施する前記高圧デスケーリングの実施時間間隔Δti,i+1がいずれも、下記(1)式を満足するように調整して行い、かつ
前記熱間圧延を、該熱間圧延の最終パスの4パス前から該熱間圧延の最終パス後までの累積圧下率が30%以上である圧延と
することを特徴とする表面品質に優れた厚鋼板の製造方法。

90 >1.34×1011×exp(−28568/T)×Δti,i+1 ‥‥(1)
ここで、T:i番目の高圧デスケーリングの直前の鋼板表面温度(K)、
Δti,i+1=(ti+1−t)(s)、
t:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、i番目の衝突圧0.4MPa以上で
行う高圧デスケーリングを実施した時間(s)、
ti+1:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、(i+1)番目の衝突圧
0.4MPa以上で行う高圧デスケーリングを実施した時間(s)、
i番目の高圧デスケーリング:熱間圧延の最終パスの4パス前の圧延の直前に
衝突圧0.4MPa以上で行うデスケーリングを1番目の高圧デスケーリングとし、
その後、1番目の高圧デスケーリングから数えてi番目の衝突圧0.4MPa以上で
行うデスケーリングをいう。なお、iは1,2,3‥(自然数)。
【請求項2】
前記熱間圧延を終了した後の冷却を、最後に衝突圧:0.4MPa以上の高圧水で行う高圧デスケーリングを実施した時間tから鋼板表面温度が680℃以下となる時間tまでの時間間隔(t−t)が下記(2)式を満足するように調整した空冷または加速冷却とすることを特徴とする請求項1に記載の表面品質に優れた厚鋼板の製造方法。

90 >1.34×1011×exp(−28568/Tf)×(t−t) ‥‥(2)
ここで、Tf:最後に衝突圧0.4MPa以上の高圧水で行う高圧デスケーリングを実施
する直前の鋼板表面温度(K)、
t:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、最後に衝突圧0.4MPa以上
の高圧水で行う高圧デスケーリングを実施した時間(s)、
t:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、鋼板表面温度が680℃以下
となる時間(s)
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ni:0.1〜1.0%、Cr:0.1〜1.5%、Mo:0.1〜1.3%、Cu:0.1〜1.0%、V:0.020〜0.500%、Nb:0.010〜0.200%、Ti:0.005〜0.080%、B:0.0005〜0.0050%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の厚鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.0060%、REM:0.001〜0.020%、Mg:0.001〜0.008%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の厚鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記熱間圧延の後、あるいは前記冷却の後に、680℃以下の温度で焼戻処理を施すことを特徴とする請求項1ないしのいずれかに記載の厚鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建設機械、橋梁、建築等に使用される厚鋼板の製造方法に係り、とくに、スケール除去後あるいは塗装後の表面品質に優れた厚鋼板の製造方法に関する。なお、ここでいう「厚鋼板」とは板厚:6mm以上の鋼板を言うものとする。
【背景技術】
【0002】
建設機械、橋梁、建築等に用いられる厚鋼板には、ショットブラスト等により鋼板表面のスケールを除去した後、塗装を施されて使用されるものがある。スケール層と地鉄との界面に大きな凹凸が存在する場合には、スケール除去後に鋼板表面に唐草状の模様が発生し、鋼板の表面性状が低下するという問題がある。しかも、このような鋼板の表面に塗装を施すと、塗装後の美観性が大きく低下するという問題が生じる。このため、当初は、唐草状の模様が発生した箇所をグラインダー研削等による手入れを行っていたが、作業負荷が大きかった。
【0003】
このような問題に対し、例えば、特許文献1には、厚鋼板圧延時の二次スケール疵発生防止法が提案されている。特許文献1に記載された技術では、合金元素を少なくとも1.5%以上含有する厚鋼板を圧延するに際し、最終仕上げ圧延パス直前に、鋼板温度を650〜800℃に調整し、しかる後に最終パスを行うとしている。これにより、唐草状模様の二次スケール疵が全く発生せず、優良な表面性状の厚鋼板を製造できるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、スケール下の唐草状模様の発生を防止する厚鋼板の製造方法が提案されている。特許文献2に記載された技術では、被圧延素材を粗圧延又は粗圧延と中間圧延し、これに続いて全圧下率を40%以下の最終仕上げ圧延して厚鋼板とする際に、粗圧延又は粗圧延と中間圧延を960℃未満で完了し、最終仕上げ圧延を870℃以上で開始するか、あるいは粗圧延又は粗圧延と中間圧延を960℃以上で完了し、最終仕上げ圧延を870℃未満で開始するとしている。これにより、地鉄表面の凹凸を実質的に解消し、唐草状模様の発生が防止できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭49−90256号公報
【特許文献2】特公平06−021289号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
最近では、建設機械や、橋梁、建築等の構造物においても、加工後の美観性や、加工塗装後の美観性に加えて均一光沢性に優れるなど、構造物等の表面品質に対する要求がますます厳しくなっている。しかし、特許文献1、特許文献2に記載された技術では、このような美観性に対する要求を十分に満足することは難しいという問題があった。さらに、特許文献2に記載された技術では、鋼板の強度、靭性といった機械的特性に大きな影響を及ぼす仕上圧延条件を制限しているという問題がある。
【0007】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、唐草状模様の発生を防止し、表面品質に優れた厚鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、唐草状模様の発生に及ぼす各種要因について鋭意検討した。その結果、厚板圧延時の高圧水によるデスケーリング条件を適切にすることで、圧延条件を大きく制限することなく唐草状模様の発生を抑制でき、優れた美観性を有する厚鋼板を製造可能であることを見出した。
まず、本発明者ら行った本発明の基礎となった実験結果について説明する。
【0009】
質量%で、C:0.05〜0.20%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.1〜2.0%を含む各種厚鋼板から試験片を採取した。得られた試験片を700〜1000℃の各温度に保持された酸化抑制可能な熱処理炉(ガスシールド雰囲気)に装入し、各種時間保持したのち、取り出し、断面を観察し、スケールの形成状況を調査する、いわゆるスケール生成実験を行った。
その結果、試験片を熱処理炉で加熱保持することにより、地鉄が酸化され、スケールが成長し、スケール厚さが増加するが、増加するスケール厚さLと、加熱温度、保持時間との関係は、使用した鋼板組成の範囲、および700〜1000℃の温度域では、次式
(L)=1.34×1011×exp(−28568/T)×t
(ここで、L:スケール厚(μm)、T:鋼板(表面)温度(℃)、t:保持時間(s))
で表されることを見出した。
【0010】
また、スケールが成長し厚くなるに伴い、地鉄中に含有されていたSi、さらにはスケール中にはほとんど固溶できない合金元素が、スケール/地鉄界面に吐き出され、スケール/地鉄界面にSiをはじめ合金元素が濃化する。そして、700℃〜1000℃の温度域においては、スケール厚さLがおよそ9.4μmとなったときに,スケール/地鉄界面にFe2SiO4(ファイアライト)が生成することを知見した。
【0011】
このような実験結果から、本発明者らは、鋼板圧延時の唐草模様発生原因についてつぎのように考えた。
すなわち、鋼板圧延中に地鉄が酸化しスケールが成長するにともない、地鉄中に元々含有されていたSiをはじめスケール中にはほとんど固溶できない合金元素がスケール/地鉄界面に吐き出される。さらにスケールが成長するにしたがい、スケール/地鉄界面のSi濃化量が増加し、ある濃度に達したところでスケール/地鉄界面に、Fe2SiO4(ファイアライト)が生成する。
【0012】
なお、スケール/地鉄界面に濃化するSi量は場所によってばらつきがあり、生成するFe2SiO4量にも差が生じる。Si濃化量、Fe2SiO4量が多い箇所では、Feイオンの拡散が阻害されるためにスケール成長速度が遅くなる。一方、Si濃化量、Fe2SiO4量が少ない箇所では、スケール成長速度が速くなる。このようなスケール成長速度のばらつきに起因して、スケールと地鉄との界面に凹凸が生じ、それが顕著な箇所では、スケール除去後に唐草状模様として認識されると考えた。
【0013】
このようなことから、本発明者らは、唐草状模様の発生を抑制するには、スケール成長に伴うスケール/地鉄界面へのSi濃化とそれによるFe2SiO4生成とを、鋼板圧延中の適切なデスケーリングにより抑制することが有効であることに思い至った。
そして、スケール厚さL:9.4μmで、スケール/地鉄界面にFe2SiO4が生成するという事実から、
(9.4)>1.34×1011×exp(−28568/T)×Δt
を満足する鋼板表面温度T、デスケーリングの時間間隔Δtで,デスケーリングを行うことにより、スケール/地鉄界面へのFe2SiO4生成を抑制できることに思い至った。
【0014】
さらに、このようなデスケーリングを実施することに加えてさらに、熱間圧延(仕上圧延)の最終パス近傍の圧延パスで、高圧下率の圧延を施し、地鉄表面の凹凸を平坦化することを、組合わせて実施することにより、初めて唐草状模様の発生を確実に抑制することが可能となることを見出した。
本発明は、上記した知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨はつぎのとおりである。
【0015】
(1)鋼素材に、デスケーリングを施しながら熱間圧延を行って厚鋼板とするにあたり、前記鋼素材を、質量%で、C:0.05〜0.20%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.025%以下、S:0.020%以下、Al:0.1%以下を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材とし、少なくとも前記熱間圧延の最終パスの4パス前から前記熱間圧延の最終パス後までの範囲で、衝突圧が0.4MPa以上の高圧水で行う高圧デスケーリングを、i番目と(i+1)番目と相前後して実施する前記高圧デスケーリングの実施時間間隔Δti,i+1がいずれも、次(1)式
90 >1.34×1011×exp(−28568/T)×Δti,i+1 ‥‥(1)
(ここで、T:i番目の高圧デスケーリングの直前の鋼板表面温度(K)、Δti,i+1=(ti+1−t)(s)、t:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、i番目の衝突圧0.4MPa以上で行う高圧デスケーリングを実施した時間(s)、ti+1:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、(i+1)番目の衝突圧0.4MPa以上で行う高圧デスケーリングを実施した時間(s)、i番目の高圧デスケーリング:熱間圧延の最終パスの4パス前の圧延の直前に衝突圧0.4MPa以上で行うデスケーリングを1番目の高圧デスケーリングとし、その後、1番目の高圧デスケーリングから数えてi番目の衝突圧0.4MPa以上で行うデスケーリングをいう。なお、iは1,2,3‥(自然数)。)
を満足するように調整して行い、かつ前記熱間圧延を、該熱間圧延の最終パスの4パス前から該熱間圧延の最終パス後までの累積圧下率が30%以上である圧延とすることを特徴とする表面品質に優れた厚鋼板の製造方法。
【0016】
(2)(1)において、前記熱間圧延を終了した後の冷却を、最後に衝突圧:0.4MPa以上の高圧水で行う高圧デスケーリングを実施した時間tから鋼板表面温度が680℃以下となる時間tまでの時間間隔(t−t)が次(2)式
90 >1.34×1011×exp(−28568/Tf)×(t−t) ‥‥(2)
(ここで、Tf:最後に衝突圧0.4MPa以上の高圧水で行う高デスケーリングを実施する直前の鋼板表面温度(K)、t:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、最後に衝突圧0.4MPa以上の高圧水で行う高圧デスケーリングを実施した時間(s)、t:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、鋼板表面温度が680℃以下となる時間(s))
を満足するように調整した空冷または加速冷却とすることを特徴とする表面品質に優れた厚鋼板の製造方法。
【0017】
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ni:0.1〜1.0%、Cr:0.1〜1.5%、Mo:0.1〜1.3%、Cu:0.1〜1.0%、V:0.020〜0.500%、Nb:0.010〜0.200%、Ti:0.005〜0.080%、B:0.0005〜0.0050%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする厚鋼板の製造方法。
【0018】
)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.0060%、REM:0.001〜0.020%、Mg:0.001〜0.008%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする厚鋼板の製造方法。
)(1)ないし()のいずれかにおいて、前記熱間圧延後、あるいは前記冷却の後に、680℃以下の温度で焼戻処理を施すことを特徴とする厚鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、厚鋼板圧延時の高圧水によるデスケーリング(高圧デスケーリング)の条件を適切にすることにより、熱間圧延条件の大幅な制限なく、唐草状模様の発生を防止でき、表面品質に優れた厚鋼板を容易に製造でき、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明では、少なくともC、Si、Mn、Alを含有する鋼素材に、高圧水によるデスケーリング(高圧デスケーリング)を施しながら熱間圧延を行って厚鋼板とする。
本発明で使用する鋼素材は、少なくともC、Si、Mn、Alを含有する。
まず、鋼素材の好ましい組成限定理由について説明する。以下、組成に関する質量%は単に%で記す。
【0021】
C:0.05〜0.20%
Cは、鋼の強度を向上させる元素であり、このような効果を得るためには0.05%以上の含有を必要とする。一方、0.20%を超えて過剰に含有すると、溶接性が低下する。このため、Cは0.05〜0.20%の範囲に限定した。
Si:0.1〜0.5%以下
Siは、固溶強化によって鋼の強度を向上させる元素であり、このような効果を得るためには0.1%以上の含有を必要とする。一方、0.5%を超えて含有すると、スケール/地鉄界面へのSi濃化量が多くなり、Fe2SiO4(ファイアライト)が生成し易くなる。また、Fe2SiO4(ファイアライト)の生成により、デスケーリングに必要な高圧水の衝突圧力が増大する。このため、Siは0.1〜0.5%の範囲に限定した。
【0022】
Mn:0.1〜2.0%
Mnは、鋼の焼入れ性の向上を介して強度を向上させる元素である。このような効果を得るためには0.1%以上含有する必要がある。一方、2.0%を超えて過剰に含有すると、溶接性を著しく低下する。このため、Mnは0.1〜2.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.5〜1.8%である。
【0023】
P:0.025%以下
Pは、不純物として鋼中に不可避的に含有される元素であり、鋼の靭性を低下させるため、できるだけ低減することが望ましい。とくに、0.025%を超える含有は、著しく靭性を低下させる。このため、本発明ではPは0.025%以下に限定した。なお、好ましくは0.015%以下である。
【0024】
S:0.020%以下
Sは、不純物として鋼中に不可避的に含有される元素であり、鋼の靭性や延性、さらには板厚方向の絞りを低下させるため、本発明では、できるだけ低減することが望ましい。とくに0.020%を超える含有は、上記した特性の低下が著しくなる。このため、本発明ではSは0.020%以下に限定した。なお、好ましくは0.010%以下である。
【0025】
Al:0.1%以下
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、溶鋼の脱酸プロセスにおいて、もっとも汎用的に使用される元素である。このような効果を得るためには0.001%以上含有することが望ましい。一方、0.1%を超える含有は、粗大な介在物を形成して、鋼板母材の延性を著しく低下させる。このため、Alは0.1%以下に限定した。なお、好ましくは0.05%以下である。
【0026】
上記した成分が基本の成分であるが、本発明ではこの基本組成に加えてさらに、強度、靭性、溶接部特性改善のために選択元素として、Ni:0.1〜1.0%、Cr:0.1〜1.5%、Mo:0.1〜1.3%、Cu:0.1〜1.0%、V:0.020〜0.500%、Nb:0.010〜0.200%、Ti:0.005〜0.080%、B:0.0005〜0.0050%のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ca:0.0005〜0.0060%、REM:0.001〜0.020%、Mg:0.001〜0.008%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することができる。
【0027】
Ni:0.1〜1.0%、Cr:0.1〜1.5%、Mo:0.1〜1.3%、Cu:0.1〜1.0%、V:0.020〜0.500%、Nb:0.010〜0.200%、Ti:0.005〜0.080%、B:0.0005〜0.0050%のうちから選ばれた1種または2種以上
Ni、Cr、Mo、Cu、V、Nb、Ti、Bはいずれも、鋼板の強度を増加させる作用を有し、必要に応じて選択して含有できる。
【0028】
Niは、靭性を低下させずに強度を向上させる有効な元素である。このような効果を得るには0.1%以上含有することが必要である。一方、1.0%を超える含有は、スケール/地鉄界面に濃化したNiが、スケール密着性を増加させることでデスケーリング時のスケール取れ残りムラを促進する。このため、含有する場合には、Niは0.1〜1.0%の範囲に限定することが好ましい。
【0029】
Crは、焼入性を増加させることで鋼の強度を向上させる元素である。このような効果を得るためには、0.1%以上の含有を必要とする。一方、1.5%を超える含有は、溶接性を低下させる。このため、含有する場合には、Crは0.1〜1.5%に限定することが好ましい。
Moは、焼入性を増加させることを介して鋼の強度を向上させる元素である。このような効果を得るためには、0.1%以上含有することが望ましい。一方、1.3%を超える含有は、スケール/地鉄界面に濃化したMoが、スケール密着性を増加させ、デスケーリング時のスケール取れ残りムラを促進する。このため、含有する場合には、Moは1.3%以下に限定することが好ましい。
【0030】
Cuは、靭性を低下させずに強度を向上させる有効な元素である。このような効果を得るために、0.1%以上含有することが望ましい。一方、1.0%を超える含有は、熱間圧延時に表面疵を多発させる。このため、含有する場合には、Cuは0.1〜1.0%の範囲に限定することが好ましい。
Vは、母材の強度と靭性をともに向上させる元素である。このような効果を得るためには、0.020%以上含有することが望ましい。しかし、0.500%を超える含有は、かえって靭性の低下を招く。このため、含有する場合は、Vは0.020〜0.500%の範囲に限定することが好ましい。
【0031】
Nbは、母材の強度と靭性をともに向上させる元素である。このような効果を得るためには、0.010%以上含有することが望ましい。一方、0.200%を超えて含有すると、かえって靭性の低下を招く。このため、Nbは0.020〜0.200%の範囲に限定することが好ましい。
Tiは、析出強化により鋼板の強度を向上させるとともに、固溶Nを固定し、溶接熱影響部靭性を改善する有効な元素である。このような効果を得るためには0.005%以上含有することが望ましい。一方、0.080%を超えて過剰に含有すると、溶接熱影響部靭性が低下する。このため、含有する場合には、Tiは0.005〜0.080%の範囲に限定した。
【0032】
Bは、極微量の含有でも焼入れ性を向上させ、それにより鋼板の強度を向上させる有効な元素である。このような効果を得るためには、0.0005%以上含有することが望ましい。一方、0.0050%を超えて含有すると、溶接性が低下する。このため、含有する場合には、Bは0.0005〜0.0050%の範囲に限定することが好ましい。
【0033】
Ca:0.0005〜0.0060%、REM:0.001〜0.020%、Mg:0.001〜0.008%のうちから選ばれた1種または2種以上
Ca、REM、Mgはいずれも、板厚方向の絞り特性を改善する作用、または、溶接熱影響部靭性を改善する作用を有する元素であり、必要に応じて選択して含有できる。
Caは、Sを固定することによってMnSの生成を抑制して、板厚方向の絞り特性を改善する作用を有し、さらに、溶接熱影響部靭性をも改善する作用も有する。このような効果を得るためには、0.0005%以上含有することが望ましい。一方、0.0060%を超えて過剰に含有すると、母材靭性が低下させる。このため、含有する場合には、Caは0.0005〜0.0060%の範囲に限定することが好ましい。
【0034】
REMは、Sを固定することによってMnSの生成を抑制して、板厚方向の絞り特性を改善する作用を有し、また、溶接熱影響部靭性をも改善する作用も有する。このような効果を得るためには、0.001以上含有することが望ましい。一方、0.020%を超えて過剰に含有すると、母材靭性を低下させる。このため、含有する場合にはREMは0.001〜0.020%の範囲に限定することが好ましい。
【0035】
Mgは、溶接熱影響部においてオーステナイト粒の成長を抑制し、溶接熱影響部靭性の改善に有効に作用する元素である。このような効果を得るには0.001以上含有することが望ましい。一方、0.008%を超えて含有すると、効果が飽和して含有量に見合う効果が期待できず、経済的に不利となる。このため、含有する場合には、Mgは0.001〜0.008%に限定することが好ましい。
【0036】
上記した組成の溶鋼を転炉、電気炉等の常用の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の常用の鋳造方法でスラブ等の鋼素材とすることが好ましいが、これに限定されることはない。なお、鋳造方法は、連続鋳造法以外にも、造塊−分塊圧延により鋼素材としても何ら問題はない。
本発明では、上記した組成を有する鋼素材に、高圧水によるデスケーリングを施しながら熱間圧延を行って厚鋼板とする。
【0037】
熱間圧延は、最終熱間圧延パスの4パス前から最終熱間圧延パス後までの累積圧下率を30%以上とする。
本発明では、熱間圧延(仕上圧延)の最終パス近傍の圧延パスにおいて、高圧下率の圧延を施し、地鉄表面の凹凸を平坦化する。圧下率が30%未満では、それ以前から存在していた地鉄表面の凹凸を平坦化できず、圧延後に地鉄表面の大きな凹凸が残存することになり、所望の地鉄表面の凹凸抑制効果を十分に発揮できない。
【0038】
なお、最終的な地鉄の表面性状を支配するのは、熱間圧延の最終パス近傍の圧延粂件であるが、この熱間圧延による地鉄表面の凹凸の抑制(地鉄表面の平坦化)効果を十分に発揮させるために、高圧下率の熱間圧延を、最終パスから4パス前の圧延から最終パス後までの範囲に限定し、この範囲での累積圧下率を30%以上に限定した。なお、好ましくは累積40%以上である。
【0039】
そして、上記した熱間圧延(仕上圧延)を、高圧水によるデスケーリングを施しながら行う。
デスケーリングは、衝突圧:0.4MPa以上の高圧水で行う高圧デスケーリングとする。デスケーリングでの衝突圧が0.4MPa未満では、本発明の成分範囲内ではスケール取り残しが生じる。この取り残されたスケールが圧延時に、地鉄へ押し込まれて、唐草状模様の発生を促進する。このため、デスケーリングにおける高圧水の衝突圧を0.4MPa以上に限定した。なお、好ましくは0.8MPa以上である。
【0040】
本発明では、上記した高圧デスケーリングを、とくに最終熱間圧延パスの4パス前の圧延から最終熱間圧延パスの圧延までの間で、この高圧デスケーリングのうち、i番目と(i+1)番目という相前後する高圧デスケーリングで、実施する時間の間隔Δti、i+1を調整して行う。
本発明では、最終熱間圧延パスの4パス前の圧延の直前に行う、衝突圧:0.4MPa以上の高圧水によるデスケーリングを1番目の高圧デスケーリング(No.1高圧デスケーリング)とする。そして、1番目の高圧デスケーリング(No.1高圧デスケーリング)から数えてi番目に行う、衝突圧:0.4MPa以上の高圧水によるデスケーリング、すなわち、i番目の高圧デスケーリング(No.i高圧デスケーリング)を熱間圧延開始時間を起点(0s)とした時間tで行い、その後に行う衝突圧:0.4MPa以上の高圧水によるデスケーリング、すなわち、(i+1)番目の高圧デスケーリング(No.(i+1)高圧デスケーリング)を熱間圧延開始時間を起点(0s)とした時間ti+1で行う。この場合、本発明では、これらi番目と(i+1)番目という相前後する高圧デスケーリングの実施時間の間隔Δti,i+1(=(ti+1−t))(s)を、i番目の高圧デスケーリング(No.i高圧デスケーリング)の直前の鋼板表面温度Tとの関係で、次(1)式
90 >1.34×1011×exp(−28568/T)×Δti,i+1 ‥‥(1)
を満足するように、調整する。
【0041】
ここで、T:i番目の高圧デスケーリングの直前の鋼板表面温度(K)、Δti,i+1=(ti+1−t)、t:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、衝突圧0.4MPa以上で行うi番目の高圧デスケーリングを実施した時間(s)、ti+1:熱間圧延開始時間を起点(0s)とした、衝突圧0.4MPa以上で行う(i+1)番目の高圧デスケーリングを実施した時間(s)、i番目の高圧デスケーリング:熱間圧延の最終パスの4パス前の圧延の直前に衝突圧:0.4MPa以上で行うデスケーリングを1番目の高圧デスケーリングとし、その後、1番目の高圧デスケーリングから数えてi番目の、衝突圧:0.4MPa以上で行う高圧デスケーリングをいう。なお、iは1,2,3‥(自然数)である。
【0042】
(1)式の右辺値が、90以上となる高圧デスケーリングでは、熱間圧延中にスケールが成長し、スケール/地鉄間に唐草状模様の発生原因となるFe2SiO4が生成する。このため、(1)式の右辺値を90未満に限定した。なお、(1)式の右辺値は、好ましくは65未満である。
なお、このような高圧デスケーリングの実施時間間隔の調整は、少なくとも熱間圧延の最終熱間圧延パスの4パス前の圧延から最終熱間圧延パスの圧延までの間とする。本発明では、この範囲での高圧デスケーリング全てにおいて、上記した(1)式を満足する必要がある。上記した(1)式を満足しない高圧デスケーリングが存在すると、唐草状模様が現出し、所望の表面品質に優れた厚鋼板とならない。
【0043】
さらに、本発明では、上記した熱間圧延と上記した高圧デスケーリングとを施し厚鋼板としたのち、該厚鋼板を冷却する。
鋼板表面温度が680℃以下となると、スケール成長がほぼ起こらなくなる。このため、唐草状模様の発生を防止する観点からは、熱間圧延終了から680℃以下までの冷却の条件を特定の条件に限定することが好ましい。
【0044】
そこで、熱間圧延終了後の冷却に際しては、熱間圧延の開始時間を起点として最後に衝突圧:0.4MPa以上の高圧デスケーリングを行った時間tから鋼板表面温度が680℃以下となる時間tまでの時間の間隔(t−t)が、最後に衝突圧:0.4MPa以上の高圧デスケーリングを行う直前の鋼板表面温度Tとの関係で、次(2)式
90 >1.34×1011×exp(−28568/Tf)×(t−t) ‥‥(2)
(ここで、Tf:最後に衝突圧:0.4MPa以上の高圧デスケーリングを行う直前の鋼板表面温度(K)、t:熱間圧延開始時間を起点とした、最後に衝突圧:0.4MPa以上の高圧デスケーリングを行った時間(s)、t:熱間圧延開始時間を起点とした、鋼板表面温度が680℃以下となる時間(s))
を満足するように、空冷または加速冷却の冷却速度を調整して冷却することが好ましい。なお、tは、冷却開始直前の鋼板表面温度と冷却装置の冷却能(加速冷却の場合には水量密度)に基づく伝熱計算により求めた値を用いるものとする。
【0045】
(2)式の右辺値が90以上となると、冷却中のスケール成長に伴い、スケール/地鉄間に唐草状模様発生の原因となるFe2SiO4が生成する。このため、(2)式の右辺値が90未満を満足するように、空冷または加速冷却の条件を調整する冷却とすることが好ましい。なお、より好ましくは65未満である。
本発明では、上記した熱間圧延後、あるいは上記した冷却の後に、680℃以下の温度で焼戻処理を施してもよい。焼戻温度が680℃を超える高温では、焼戻時にスケールが生成され、スケール/地鉄界面にFe2SiO4が生成し、地鉄表面の凹凸が著しくなり、唐草状模様が生成される。このため、焼戻処理の加熱温度は680℃以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは650℃以下である。
【0046】
以下、実施例に基づいて、さらに本発明について説明する。
【実施例】
【0047】
表1に示す組成の溶鋼を転炉で溶製し、連続鋳造法で鋼素材(スラブ:肉厚250mm)とした。これらの鋼素材を出発素材とし、表2に示す条件でデスケーリングと熱間圧延を施して、表2に示す板厚の厚鋼板とした。なお、表2には、最終熱間圧延パスの4パス前から最終熱間圧延パスの間で実施した複数回の高圧デスケーリングのうち(1)式右辺値が最大となる場合の値のみを示した。
【0048】
そして、得られた厚鋼板にショットブラスト処理を施し、表面スケールを除去した。その後、塗料を塗布して鋼板表面に塗装膜(塗膜)を形成した。得られた塗膜付き厚鋼板を目視で表面外観を観察し、唐草状模様が発生した箇所の面積率を求めた。なお、正常部と凸凹性状の異なる箇所を「唐草」(異常部分)と判定し、異常部分の長径と短径を測定し、長方形近似して面積を算出し、唐草状模様が発生した箇所の面積率とした。得られた結果を表2に併記して示す。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
本発明例はいずれも、塗装後の表面における、唐草状模様の発生面積率がいずれも10%以下であり、塗装後に優れた美観性を呈する、表面品質に優れた厚鋼板となっている。一方、本発明範囲から外れる比較例では、唐草状模様の発生面積率が10%を超えて高くなり、表面品質が低下した厚鋼板となっている。
なお、Si含有量が本発明範囲から高く外れる比較例(厚鋼板No.10)、Ni含有量が本発明範囲から高く外れる比較例(厚鋼板No.11)、Mo含有量が本発明範囲から高く外れる比較例(厚鋼板No.12)では、いずれもスケール密着性が高いことに起因して、デスケーリング時にスケールが取れ残り、スケール/地鉄界面のSi濃化とそれによって生じるFe2SiO4の生成を抑制できず、唐草状模様の発生面積率が10%を超えて高くなった。また、デスケーリングの衝突圧が本発明範囲を低く外れた比較例(厚鋼板No.13)では、デスケーリング時にスケールを完全には除去できず、スケール/地鉄界面のSi濃化とそれによって生じるFe2SiO4の生成を抑制できず、唐草状模様の発生面積率が高くなった。また、デスケーリングの時間間隔が本発明範囲を高く外れる比較例(厚鋼板No.14)では、スケール/地鉄界面に生成したFe2SiO4に起因した大きな地鉄表面の凹凸が発生し、唐草状模様の発生面積率が高くなった。また、熱間圧延の最終熱間圧延パスの4パス前から最終熱間圧延パス後までの累積圧下率が本発明範囲を低く外れる比較例(厚鋼板No.15)では、熱間圧延における地鉄表面の凹凸の平坦化が不十分であるため、唐草状模様の発生面積率が高くなった。また、熱間圧延後の冷却が本発明範囲を高く外れる比較例(厚鋼板No.16)では、スケール/地鉄界面に生成したFe2SiO4に起因した地鉄表面の凹凸が発生し、唐草状模様の発生面積率が高くなった。また、焼戻温度が適正範囲から高く外れた比較例(厚鋼板No.17)では、焼戻処理時のスケール生成により、スケール/地鉄界面にFe2SiO4が生成し、大きな地鉄表面の凹凸が生成し、唐草状模様の発生面積率が高くなった。また、本発明範囲を満足する高圧デスケーリングを実施した範囲が本発明範囲より狭くなった比較例(厚鋼板No.18)では、地鉄表面凹凸を平坦化する効果が小さくなったため、唐草状模様の発生面積率が高くなった。また、本発明範囲を満足する高圧デスケーリングを実施した範囲が本発明範囲より狭く、かつ熱間圧延後の冷却が本発明範囲を高く外れる比較例(厚鋼板No.19)では、唐草状模様の発生面積率が高くなった。