(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6024901
(24)【登録日】2016年10月21日
(45)【発行日】2016年11月16日
(54)【発明の名称】植物の形質転換個体の取得方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20161107BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20161107BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20161107BHJP
【FI】
C12N15/00 A
C12N15/00 G
A01H1/00 A
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2012-547865(P2012-547865)
(86)(22)【出願日】2011年12月6日
(86)【国際出願番号】JP2011078150
(87)【国際公開番号】WO2012077664
(87)【国際公開日】20120614
【審査請求日】2014年11月21日
(31)【優先権主張番号】特願2010-271452(P2010-271452)
(32)【優先日】2010年12月6日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構、新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504229284
【氏名又は名称】国立大学法人弘前大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 幸史
(74)【代理人】
【識別番号】100087745
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 善廣
(74)【代理人】
【識別番号】100098545
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 伸一
(72)【発明者】
【氏名】原田 竹雄
(72)【発明者】
【氏名】葛西 厚史
(72)【発明者】
【氏名】山田 かおり
(72)【発明者】
【氏名】白 松齢
【審査官】
戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】
育種学研究,2010年 9月,vol.12, suppl.2,p.216
【文献】
Open Plant Sci. J.,2010年 2月,vol.4,pp.1-6
【文献】
Planta,2007年,vol.225, no.2,pp.365-379
【文献】
Science,2010年 5月,vol.328, no.5980,pp.872-875
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
A01H 1/00−7/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/
WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の形質転換個体の取得方法であって、転写型遺伝子サイレンシングを発動させるためのsiRNAを穂木において産生せしめ、穂木において産生されたsiRNAを接ぎ木を介して台木に輸送し、転写型遺伝子サイレンシングを台木において発動させることによって台木の形質転換を行った後、台木の主根の側根からの再分化個体、または根系不定芽体(Root sucker)を、形質転換個体として取得することを特徴とする方法。
【請求項2】
転写型遺伝子サイレンシングを発動させるためのsiRNAを穂木において産生せしめる方法として、標的遺伝子のプロモーター領域に相同な配列を有するsiRNAを産生することができる、CoYMVプロモーターを用いたベクターを導入したアグロバクテリウムを穂木に感染させる方法を用いることを特徴とする請求項1記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、台木と穂木の接ぎ木を介して行う植物の形質転換方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の品種改良の手段として、特定の標的遺伝子の発現を抑制することで植物の形質転換を行う方法が有効であることは当業者に周知の通りであり、近年、その方法の一つとして、遺伝子の発現機能を阻害する遺伝子サイレンシングが注目されている。遺伝子サイレンシングは、遺伝子の転写レベルで作用する転写型遺伝子サイレンシング(Transcriptional Gene Silencing:TGS)と、転写後に作用する転写後型遺伝子サイレンシング(Post−Transcriptional Gene Silencing:PTGS)に分類されるが、いずれもsiRNA(short interference RNA)によって発動できることが知られている。siRNAは、20〜25bpの低分子RNAであり、細胞内で形成された二本鎖RNA(dsRNA:double−strand RNA)がダイサーによって分断されて生成し、ヘリカーゼによって一本鎖に解離したものは、RNA誘導型サイレンシング複合体(RISC)を形成して標的のmRNAに結合し、これを切断することができるものであって、siRNAはこの機能によってPTGSを発動する。また、siRNAは、標的遺伝子のプロモーター領域のメチル化を誘導し(RNA−directed DNA Methylation:RdDM)、さらにその領域のヒストンタンパク質の修飾などにも関与して、その領域をリモデリング化することで、TGSを発動する。TGSはエピジェネティック変異と称され、サイレンシングが体細胞分裂や減数分裂を経ても維持されて後代へ遺伝することが知られている。
【0003】
siRNAは、伴細胞(companion cell)から篩管(phloem)への原形質連絡輸送を介して長距離輸送されることが知られており、こうした輸送は接ぎ木を介しても行われる。siRNAのこの性質を利用して、PTGSを発動させるためのsiRNAを穂木において産生せしめ、穂木において産生されたsiRNAを接ぎ木を介して台木に輸送し、PTGSを台木において発動させることによって台木の形質転換を行う方法が非特許文献1に記載されている。しかしながら、TGSを発動させるためのsiRNAを用いた場合の報告はこれまで存在せず、その作用は未だ不明のままである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Molnar A.ら、Science 328:872−875.2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、TGSを発動させるためのsiRNAを用い、台木と穂木の接ぎ木を介して植物の形質転換を行う方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の点に鑑みてなされた本発明の
植物の形質転換個体の取得方法は、請求項1記載の通り、TGSを発動させるためのsiRNAを穂木において産生せしめ、穂木において産生されたsiRNAを接ぎ木を介して台木に輸送し、TGSを台木において発動させることによって台木の形質転換を
行った後、台木の主根の側根からの再分化個体、または根系不定芽体(Root sucker)を、形質転換個体として取得することを特徴とする。
また、請求項2記載の方法は、請求項1記載の方法において、TGSを発動させるためのsiRNAを穂木において産生せしめる方法として、標的遺伝子のプロモーター領域に相同な配列を有するsiRNAを産生することができる、CoYMVプロモーターを用いたベクターを導入したアグロバクテリウムを穂木に感染させる方法を用いることを特徴とする
。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、TGSを発動させるためのsiRNAを用い、台木と穂木の接ぎ木を介して植物の形質転換を行う方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例におけるsiRNA産生ベクター(silencer)とその標的遺伝子産生ベクター(target)のコンストラクトの主要部の概略図である。
【
図2】同、接ぎ木個体のTGS発動の観察結果である。
【
図3】同、台木の主根からの側根の分岐部分のTGS発動の観察結果である。
【
図4】同、側根の先端のTGS発動の観察結果である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の台木と穂木の接ぎ木を介して行う植物の形質転換方法は、TGSを発動させるためのsiRNAを穂木において産生せしめ、穂木において産生されたsiRNAを接ぎ木を介して台木に輸送し、TGSを台木において発動させることによって台木の形質転換を行うことを特徴とするものである。
【0010】
本発明において、TGSを発動させるためのsiRNAを穂木において産生せしめる方法としては、標的遺伝子のプロモーター領域に相同な配列を有するsiRNAを産生することができるベクターを、例えば、Agrobacterium tumefacience EHA105株などのアグロバクテリウムに導入した後、siRNA産生ベクターを保持したアグロバクテリウムを穂木として用いる植物の葉片に自体公知の方法で感染させ、ベクター内のT−DNAの挿入によって目的とする形質転換が行われた細胞から再分化個体を取得し、この再分化個体を育成して穂木として用いる方法が挙げられる(必要であれば例えばBurow,M.D.ら、Plant Mol.Biol.Rep.8:124−139.1990やRatchlif,F.CG.ら、Plant Cell 11:1207−1216.1999などを参照のこと)。
【0011】
siRNA産生ベクターとしては、プロモーターとターミネーターの間に、標的遺伝子のプロモーター領域のセンス鎖配列(部分的であってもよい)とそのアンチセンス鎖配列との逆位方向反復塩基配列(Inverted Repeat Sequence)構造を組み込んだ構成を有するものが挙げられる(逆位方向反復塩基配列構造の間にスペーサーを連結してもよい)。穂木において産生されたsiRNAを篩管を通して台木に効率的に輸送するためには、プロモーターは、篩管輸送の起点である伴細胞で特異的に機能するプロモーター、例えば、CoYMV(Commelina yellow mottole virus)プロモーターを用いることが望ましい。なお、ターミネーターとしては、植物体内でターミネーターとして機能する例えばNOSターミネーターなどが挙げられる。
【0012】
本発明の適用対象となる植物は、台木と穂木のいずれについても接ぎ木が成立する植物であれば特段の制限はない。接ぎ木の手法は自体公知の手法であってよい。本発明によれば、ソース力が強い穂木からシンク力が強い台木に接ぎ木を介してsiRNAを輸送させることで、台木においてTGSが効果的に発動され、台木を形質転換することができる。台木において発動されたTGSは後代に遺伝するので、台木の主根の篩管に隣接する内鞘細胞(pericycle cell)が分裂して形成される側根から組織培養を通して再分化個体を取得したり、いわゆる「ひこばえ」が見られる植物(例えばブルーベリーやリンゴなどの果樹)においては根系不定芽体(Root sucker)を再分化個体として取得したりすれば、これらはサイレンシングが維持された形質転換個体であるので、品種改良個体として育成することができる。
【実施例】
【0013】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0014】
(1)TGS発動siRNAを穂木において産生させるためのsiRNA産生ベクターの作製
CaMV35Sプロモーターの−32〜−342bpの領域(Okano Y.ら、Plant Journal 53:65−77.2008)とそのアンチセンス鎖配列との逆位方向反復塩基配列構造の間にCAT1(カタラーゼ)遺伝子由来のイントロン(配列長:201bp、Ohta S.ら、Plant and Cell Physiology 31:805−813.1990)をスペーサーとして連結して組み込んだ。このユニットをバイナリーベクターpE2113−GUS(Mitsuhara I.ら、Plant Cell Physiology 37:49−59.1996.)のBamHI/SacI部位のGUS(beta−glucuronidase)遺伝子と入れ換えて35S:35S−IRを構築した。次に、伴細胞で特異的に機能するプロモーターであるCoYMVpをpCOI(Matsuda、Y.ら、Protoplasma 220:51−58.2002)によりPCR増幅し、これを35S:35S−IRのSalI/BamIH部位と入れ換えることで、目的のsiRNA産生ベクター(CoYMV:35S−IR)を得た(
図1のsilencerを参照)。
【0015】
(2)siRNA産生ベクターのアグロバクテリウムへの導入
アグロバクテリウムとしてAgrobacterium tumefacience EHA105株を用い、その単一コロニーをLB培地(組成は表1参照)に抗生物質(50mg/LのRifampicin)を添加した培地に植え付け、28℃で24時間振盪培養し、継代してさらに12時間振盪培養した。その後、4℃にて6000rpmで10分間遠心し、回収した菌を滅菌水および10%グリセロールで洗浄した。この菌のペレットを10%グリセロール1mLで懸濁し、そのうちの40μLを(1)で作製したsiRNA産生ベクター0.5〜1.0μgと混合し、混合液をキュベットに移し、20kV/cm,6msの条件でエレクトロポレーションすることで、siRNA産生ベクターをアグロバクテリウムに導入した。電圧をかけたキュベット内の反応液にLB培地1mLを加え、1.5mLチューブに回収し、28℃で24時間培養した。抗生物質(50mg/LのRifampicinおよび50mg/LのKanamycin)を含むLB寒天培地上に培養液を塗布し、28℃で3日間培養した。得られたコロニーを新しいLB培地で培養し、アグロバクテリウム感染に用いた。
【0016】
【表1】
【0017】
(3)siRNA産生ベクターを保持するアグロバクテリウムのタバコ科植物への感染
LB培地5mLに抗生物質(50mg/LのRifampicinおよび50mg/LのKanamycin)を添加し、siRNA産生ベクターを保持するアグロバクテリウムを28℃で一晩培養し、継代してさらに12時間振盪培養した。その後、室温にて3000rpmで20分間遠心し、回収した菌をOD600=1.0になるように懸濁液培地(組成は表2参照)に懸濁した。こうして調製したsiRNA産生ベクターを保持するアグロバクテリウムの懸濁液に、明所条件下で無菌的に栽培した発芽後15日目のNicotiana benthamianaの個体の葉片を浸漬することでアグロバクテリウム感染を行った後、常法に従って目的とする形質転換が行われた細胞から再分化個体を取得した。
【0018】
【表2】
【0019】
(4)台木と穂木の接ぎ木
明所条件下の温室にてMS agar(0.7%)で栽培した発芽後7日目のNicotiana benthamiana 16C(
図1のtargetに示されるこの実施例における標的遺伝子産生ベクターである35S:mGFPが導入された緑色蛍光タンパク質産生形質転換体。Jones L.ら、Plant Cell 11:2291−2301.1999)の個体の胚軸部位(子葉より約5mm下)を水平に剃刀で切断し、この根側を台木とした。一方、(3)でsiRNA産生ベクターを保持するアグロバクテリウムを感染させた発芽後7日目のNicotiana benthamianaの個体にも同様の処置を行い、この子葉側を穂木とした。両者の胚軸部位をシリコンチューブ(長さ:2mm×外径:0.5mm×内径0.4mm)内にて密着させて接ぎ木した。全ての操作は無菌的に顕微鏡下で行った。接ぎ木した個体は、無菌シャーレ内のアガロース(3mmキューブ)を利用して正立させた。7日後にチューブを外してロックウール(Nitto Boseki Co.)にて液体肥料(Otsuka House Nos.1 and 2,Otsuka Chemical Co.)を用いて栽培した。
【0020】
(5)TGS発動の観察
接ぎ木した7日後に行った。可視光下とUV下において接ぎ木個体を観察した結果を
図2に示す(35SIR/16c:左が可視光下で右がUV下。←は接ぎ木点)。なお、
図2には、siRNA発現ユニットを含まないベクターを用いて同様の操作を行って得た接ぎ木個体の可視光下とUV下において観察した結果をあわせて示す(Empty/16c:左が可視光下で右がUV下。←は接ぎ木点)。また、それぞれの接ぎ木個体のサンプルを7%低融点アガロースブロックに包埋し、ビブラトーム(Series 1500 Leica,St.Louis,MO)を用いて100μm厚の切片を作製し、共焦点レーザー顕微鏡(Confocal laser scanning microscopy system FluoVie 1000,Olympus,Tokyo)を用いて台木の主根からの側根の分岐部分を観察した結果を
図3に、側根の先端を観察した結果を
図4にそれぞれ示す(
図3の右側と
図4の下側が可視光下で
図3の左側と
図4の上側がUV下)。
図2から明らかなように、siRNA産生ベクターを用いて得た接ぎ木個体(35SIR/16c)は、siRNA発現ユニットを含まないベクターを用いて得た接ぎ木個体(Empty/16c)と異なり、接ぎ木点付近に若干の緑色蛍光が認められたが、この部分を除けば緑色蛍光は認められず、穂木において産生されたsiRNAが篩管を通して長距離輸送されて台木においてTGSを効果的に発動したことがわかった。また、
図3と
図4から明らかなように、siRNA産生ベクターを用いて得た接ぎ木個体では、台木の主根の篩管周辺でTGSが顕著に発動されること(別途の実験による主根の断面のTGS発動の観察によっても確認済み)、ここから形成される側根は全体にわたってTGSが発動していることがわかった。なお、TGSが発動している側根の切片を用いた組織培養によって得られたカルス由来の再分化個体について緑色蛍光の有無を確認したところ、TGSが後代に遺伝し、サイレンシングが維持されていることで、緑色蛍光は認められなかった。なお、比較実験として、台木において産生されたsiRNAを接ぎ木を介して穂木に輸送した場合、穂木の展開葉においてTGS発動が認められたが、TGSの発動部位は葉身全域ではなく葉脈に沿った箇所に限られていた。腋芽のシンク力を高めるための切り戻しを行っても葉身全域でのTGS発動は認められなかった。よって、穂木において産生されたsiRNAを接ぎ木を介して台木に輸送することによる台木におけるTGS発動の方が、台木において産生されたsiRNAを接ぎ木を介して穂木に輸送することによる穂木におけるTGS発動よりも効果的であり、サイレンシングが維持された形質転換個体を取得する上においても有利であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明は、TGSを発動させるためのsiRNAを用い、台木と穂木の接ぎ木を介して植物の形質転換を行う方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。