【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度,独立行政法人科学技術振興機構,「知財活用促進ハイウェイ 大学特許価値向上支援」,及び,平成24年度,独立行政法人科学技術振興機構,「戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域」,産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、同じ構成要素には同じ符号を付しており、説明を省略する場合もある。また、図面は理解しやすくするために、それぞれの構成要素を主体に模式的に示している。
【0028】
なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも本発明の一具体例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、形状、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態などは、一例であり、本発明を限定する主旨ではない。また、以下の実施の形態における構成要素のうち、最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0029】
(本発明の基礎となった知見)
本発明の実施の形態について説明する前に、本発明の基礎となった知見について説明する。
【0030】
図1は、ダイナミックモードAFMの構成を示す概略図である。
図1に示すように、AFM101は、カンチレバー103と、試料ステージ105と、スキャナ107と、アンプ108と、励振部109と、信号検出回路111と、センサ113と、フィードバック回路115と、高圧アンプ116とを備えている。
【0031】
カンチレバー103は、例えば、シリコンで構成された片持ち梁の構造を有し、一端がシリコンチップ本体に接合され、他端に鋭くとがった探針(図示せず)を有している。カンチレバー103の探針は、試料ステージ105に配置された計測用の試料表面に当接され、または、試料表面と所定の間隔をあけて配置され、試料表面の凹凸等の情報(変位信号)を検出する。
【0032】
スキャナ107は、例えば、ピエゾアクチュエータで構成され、試料ステージ105上の試料をXYZ方向に移動して、試料とカンチレバー103とを相対的に走査する。
【0033】
励振部109は、例えば、ピエゾアクチュエータで構成されている。励振部109には、以下に説明する信号検出回路111からアンプ108を介して励振信号が印加される。これにより、励振部109は、所定の周波数でカンチレバー103を励振する。
【0034】
センサ113は、例えば、フォトダイオードで構成され、カンチレバー103の一部に光を照射して反射した光から、カンチレバー103の変位を検出する。検出された変位信号は、センサ113から信号検出回路111に出力される。
【0035】
信号検出回路111は、例えば、デジタルロックインアンプ等のデジタル回路を備える。信号検出回路111は、センサ113から出力された変位信号から、探針−試料間の相互作用量として振幅、位相及び周波数の少なくともいずれかの変化を検出する。検出された振幅、位相及び周波数の少なくともいずれかの変化に対応する信号は、フィードバック信号としてフィードバック回路115に出力される。また、フィードバック回路115から出力されたフィードバック信号は、高圧アンプ116を介してスキャナ107に出力され、スキャナ107の垂直位置を制御するために用いられる。これにより、探針−試料間の距離を一定に保つフィードバックループが構成される。
【0036】
なお、信号検出回路111は、振幅、位相及び周波数の少なくともいずれかの変化に対応する信号を検出するだけでなく、カンチレバー103の励振を制御するための励振制御機能を備えていてもよい。
【0037】
ここで、信号検出回路111の実装方法にはいくつかの種類がある。信号検出回路111は、例えば、アナログ方式とデジタル方式に分けることができる。柔軟に仕様を変更でき、かつ、複雑な信号処理を行うことができるので、現在ではデジタル方式が主に使われている。
【0038】
図2は、従来の乗算式位相比較器を用いた、AM−AFM及びPM−AFM用の信号検出回路の構成を示す概略図である。
図2に示す振幅位相検出回路の構成は、AM−AFM及びPM−AFMに対応しており、励振信号を生成すると共に、振幅信号及び位相信号を検出する。振幅信号はカンチレバーの振動振幅に対応する信号であり、位相信号はカンチレバーの励振信号と変位信号との位相差に対応する信号である。
【0039】
図2に示すように、信号検出回路121は、VCO(Voltage Controlled Oscillator)123と、振幅位相検出部125とを有する。
【0040】
VCO123は、励振周波数fで変化する励振信号cos(2πft)を生成する。この信号は、カンチレバーの励振信号として出力されるほか、デジタル回路で構成された振幅位相検出部125の参照信号としても利用される。
【0041】
振幅位相検出部125は、例えば、2相デジタルロックインアンプである。振幅位相検出部125には、カンチレバー103の変位信号Acos(2πft+φ)が入力される。この変位信号Acos(2πft+φ)は、本発明における入力信号に相当する。また、振幅位相検出部125には、VCO123から出力された参照信号cos(2πft)及びsin(2πft)が入力される。これらの参照信号は、それぞれ乗算回路124及びLPF(ローパスフィルタ)126を経て、それぞれX=Acos(φ)及びY=Asin(φ)へと変換される。乗算回路124は、X及びYの各信号を、入力された変位信号(入力信号)Acos(2πft+φ)と乗算する。乗算された変位信号は、LPF126に出力され、LPF126により高周波成分が除去されてベクトル演算回路127に出力される。
【0042】
ベクトル演算回路127は、複素入力X+jYの絶対値R及び偏角θを計算する。ここで、絶対値Rは、(X
2+Y
2)
1/2であり、偏角θは、tan
−1(Y/X)である。絶対値Rは、変位信号の振幅Aに相当し、偏角θは、励振信号に対する変位信号の位相差φに相当する。そこで、R及びθが、それぞれ振幅信号A及び位相差信号φとして出力される。
【0043】
図2に示す信号検出回路121では、AM−AFMモードにおいて、フィードバック信号として振幅信号Aが出力されてフィードバック制御に用いられる。この場合、フィードバック制御は、振幅信号Aが目標振幅と一致するように行われる。
【0044】
また、信号検出回路121では、PM−AFMモードにおいて、位相信号φがフィードバック信号として出力されてフィードバック制御に用いられる。この場合、位相信号φが目標位相差と一致するようにフィードバック制御が行われる。
【0045】
図3は、従来の乗算式位相比較器を用いたFM−AFM用の信号検出回路の構成を示す概略図である。
【0046】
図3に示す信号検出回路は、FM−AFMに対応しており、励振信号を生成すると共に、周波数信号を検出する。周波数信号は、上述したカンチレバーと試料の相互作用によるカンチレバーの共振周波数の変化を表す信号である。
【0047】
図3に示すように、信号検出回路131は、VCO133と、振幅位相検出部125(2相デジタルロックインアンプ)と、比例積分(PI)制御回路138とを備えている。振幅位相検出部125の構成は、
図2に示した振幅位相検出部125と同様であるため、詳細な説明を省略する。
【0048】
VCO133は、励振周波数fで変化する励振信号cos(2πft)を生成する。VCO133から出力された励振信号cos(2πft)は、カンチレバーの励振信号として利用されるほか、振幅位相検出部125に参照信号として入力される。また、振幅位相検出部125には、カンチレバーの変位信号(入力信号)Acos(2πft+φ)が入力される。振幅位相検出部125は、励振信号と変位信号の位相差φを出力する。ここでは、振幅位相検出部125が乗算式位相比較器として機能し、変位信号と参照信号の乗算による位相比較を行っている。
【0049】
振幅位相検出部125で検出された位相差φは、PI制御回路138へと入力される。PI制御回路138は、入力された位相差φが、目標値φ0に一致するように、出力2πΔfT(Tは、入出力信号のサンプリング周期)を制御する。この出力2πΔfTは、VCO133へと入力され、VCO133の出力信号(励振信号)cos(2πft)の周波数fを変化させる。周波数fは、VCOの自走周波数f0(入力が0のときの発振周波数)を中心として、Δfだけ変化する。
【0050】
図3の構成では、VCO133、振幅位相検出部125及びPI制御回路138により位相ロックループ(Phase Locked Loop:PLL)回路が構成されている。PI制御回路138は、PLL回路のループフィルタとして機能する。PLL回路は、変位信号と励振信号の周波数が一致するよう、すなわち、f=f0+Δfになるように、励振信号の周波数fの値を変化させる。したがって、PI制御回路138の出力値は、変位信号の周波数変化に比例する。そこで、PI制御回路138の出力値が、周波数信号として出力される。
【0051】
また、PI制御回路138においては、目標値φ0を変化させることにより、変位信号と励振信号の位相差を調整することができる。FM−AFMでは、この目標位相差が90°に設定される。これにより、位相差φが90°に保たれ、カンチレバー103が共振周波数で振動する。カンチレバー103と試料の相互作用によって共振周波数が変化しても、カンチレバー103は共振周波数で振動し続ける。周波数信号は、カンチレバーの共振周波数変化(シフト)Δfを表す値になり、この周波数信号がフィードバック制御に用いられる。
【0052】
ここで、
図2に示す信号検出回路121では、振幅位相検出部125が乗算式位相比較器として機能しており、振幅位相検出部125の内部で、乗算により励振信号と変位信号の比較を行っている。これは、不要な高調波成分の発生を招く。より詳細には、振幅位相検出部125の乗算回路124の出力は、入力信号の周波数の差の成分と、和の成分を含む。したがって、この和の成分が、不要な高調波成分になる。この高調波成分は、乗算回路124の後段にLPF126を配置して除去する。しかし、高周波成分を除去するためにカットオフ周波数の低いLPFを用いることから、乗算式位相比較器を用いた信号検出回路では、入力信号に対して出力信号が大きく遅延するという問題があった。
【0053】
また、
図3に示されるFM−AFMの回路構成でも、
図2の回路と同様に、振幅位相検出部125が乗算式位相比較器として機能し、不要な高調波成分が生じる。特に、FM−AFMの場合、高調波成分は、フィードバックゲインを制限するだけでなく、PLL回路においても不利に作用する。すなわち、
図3のFM−AFMの構成では、振幅位相検出部125がPLL回路の一部であるため、振幅位相検出部125は、不要な高周波成分を、PLL回路のループ内で発生する。したがって、この高調波成分は、後段のLPFで十分に除去する必要がある。しかし、このLPFはPLLのループ内に存在するので、PLLの応答特性と独立にLPFの設計をすることができないという制約もある。そのため、高調波成分の除去はAM−AFM及びPM−AFMの場合よりもさらに困難なものとなる。たとえば、高調波成分を十分に除去するために高次数のLPFを用いると、そこでの遅延が大きくなり、PLL回路の安定性を保つためにループフィルタのゲインを小さく保つ必要がある。そのため、従来のPLLでは高速かつ安定した周波数検出ができない。
【0054】
このように、FM−AFMの場合、LPFによる遅延がAFM全体のフィードバックゲインを制限するという問題に加えて、PLL回路のゲインをも制限するという問題があった。
【0055】
そこで、本願発明者らは、これまでに、減算式位相比較器を用いた信号検出回路を見出している。
図4は、従来の減算式位相比較器を用いたAM−AFM及びPM−AFM用の信号検出回路の構成を示す概略図、
図5は、従来の減算式位相比較器を用いたFM−AFM用の信号検出回路の構成を示す概略図である。
【0056】
図4に示す信号検出回路141が上記した乗算式位相比較器を用いた信号検出回路121と異なる点は、信号検出回路141が、上記した信号検出回路121の振幅位相検出部125に代えて、遅延回路145と、π/2移相回路146と、ベクトル演算回路147とを備え、さらに、減算式位相比較器148を備える点である。
【0057】
すなわち、信号検出回路141は、励振信号の位相を表す励振位相信号を生成するVCO149と、励振位相信号から励振信号を生成する励振信号生成回路143と、遅延回路145とπ/2移相回路(例えばヒルベルト変換器)146とで構成され変位信号から複素信号を生成する複素信号生成回路と、ベクトル演算により複素信号の絶対値及び偏角を計算するベクトル演算回路147と、偏角及び励振位相信号の位相比較を減算により行う減算式位相比較器148とを有する。
【0058】
VCO149は、励振周波数fで変化する励振位相信号2πftを生成する。励振位相信号は、励振信号の位相を表す信号であり、生成された励振位相信号2πftは、減算式位相比較器148に入力される。また、励振位相信号2πftは、励振信号生成回路143を介して励振信号cos(2πft)へと変換され、励振信号として出力される。
【0059】
VCO149は、デジタルVCO(電圧制御発振器)で構成されている。VCO149には、信号2πfTが入力される。Tはサンプリング周期である。
図4の回路に示されるように、デジタルVCOは入力2πfTを累積するループ154を有しており、信号が順次加算され、増大する。この信号は、モジュロ演算回路153により処理される。モジュロ演算回路153は、入力値をπで除算して、余りを出力する。モジュロ演算回路153により、出力範囲が[−π,π]へと制限される。その結果、励振位相信号2πftは、−πからπへの直線状の増加を周期的に繰り返す波形を有する。
【0060】
遅延回路145及びπ/2移相回路(例えばヒルベルト変換器)146には、それぞれカンチレバー103の変位信号(入力信号)Acos(2πft+φ)が入力される。π/2移相回路146は、90°位相を遅らせた信号Y=Asin(2πft+φ)を出力する。遅延回路145は、π/2移相回路146と同じ時間だけ遅延した信号X=Acos(2πft+φ)を出力する。これら信号X、Yが複素信号に相当する。
【0061】
複素信号X、Yは、ベクトル演算回路147に入力される。ベクトル演算回路147は、複素信号X+jYの絶対値Rと偏角θを計算及び出力する。絶対値Rは、(X
2+Y
2)
1/2であり、偏角θは、tan
−1(Y/X)である。絶対値Rは、変位信号の振幅Aであり、そのまま振幅信号として出力される。
【0062】
一方、偏角θは、減算式位相比較器148へと入力される。また、減算式位相比較器148は、VCO149から励振位相信号2πftを入力される。減算式位相比較器148では、偏角θが励振位相信号2πftと減算により比較される。より詳細には、図示のように、減算式位相比較器148は、減算回路150とモジュロ演算回路151とを有する。減算回路150は、偏角θと励振位相信号2πftにおける位相との差を求める(φ=θ−2πft)。さらに、減算回路150の出力は、モジュロ演算回路151により処理される。モジュロ演算回路151は、入力値をπで除算して、余りを出力することにより、出力範囲を[−π,π]へと制限する。
【0063】
このようにして、減算式位相比較器148は、偏角θと励振位相信号2πftに対して、減算による位相比較を行う。減算式位相比較器148の比較結果は、励振信号と変位信号の位相差φに相当し、位相差信号として出力される。
【0064】
同様に、
図5に示す信号検出回路161が上記した乗算式位相比較器を用いた信号検出回路131と異なる点は、信号検出回路161が、上記した信号検出回路131の振幅位相検出部125に代えて、遅延回路145と、π/2移相回路(例えばヒルベルト変換器)146と、ベクトル演算回路147とを備え、さらに、減算式位相比較器148を備える点である。
【0065】
すなわち、
図5に示すように、信号検出回路161は、概略的には、励振信号の位相を表す励振位相信号を生成する発振回路159と、励振位相信号から励振信号を生成する励振信号生成回路143と、遅延回路145とπ/2移相回路(例えばヒルベルト変換器)146とで構成され変位信号から複素信号を生成する複素信号生成回路と、ベクトル演算により複素信号の偏角を計算するベクトル演算回路147と、減算式位相比較器148と、減算式位相比較器148の出力に基づいて発振回路159を制御するループフィルタ158とを有する。
【0066】
発振回路159、減算式位相比較器148、ベクトル演算回路147は、
図4に示した発振回路159、減算式位相比較器148、ベクトル演算回路147と同様であるため、詳細な説明を省略する。
【0067】
ベクトル演算回路147は、複素信号X+jYの偏角θを計算及び出力する。ベクトル演算回路147は、FM−AFMに必要な偏角θのみを計算している。偏角θは、tan
−1(Y/X)である。
【0068】
偏角θは、ベクトル演算回路147から減算式位相比較器148へ入力される。減算式位相比較器148には、さらに、発振回路159から励振位相信号2πftが入力され、また、位相オフセットφ0が入力される。位相オフセットφ0は、既に説明した通り、励振信号と変位信号の位相差の目標値であり、90°に設定される。
【0069】
減算式位相比較器148は、位相差φと位相オフセットφ0の差である比較器出力Δφをループフィルタ158に出力する。
【0070】
ループフィルタ158は、出力2πΔfTを発振回路159へ送る(Tは入出力信号のサンプリング周期)。ループフィルタ158は、比較器出力Δφがゼロになるように出力2πΔfTを調整する。発振回路159は、入力2πΔfTの変化に応じて、出力である励振位相信号2πftの発振周波数fを変化させる。発振周波数fは、自走周波数f0(入力が0のときの発振周波数)に対してΔfだけ変化する。
【0071】
図5の構成では、発振回路159、減算式位相比較器148及びループフィルタ158によりPLL回路が構成されている。そして、変位信号と励振信号の周波数が一致するよう、すなわち、f=f0+Δfとなるよう、Δfの値が変化する。したがって、ループフィルタ158の出力値2πΔftは、変位信号の周波数変化に比例する。この信号が、周波数信号として出力される。
【0072】
また、位相オフセットφ0の値を変化させることにより、変位信号と励振信号の位相差を調整することができる。FM−AFMでは、位相オフセットφ0が90°に設定される。これにより、位相差φが90°に保たれ、カンチレバーが共振周波数で振動する。カンチレバー103と試料の相互作用によって共振周波数が変化しても、カンチレバーは共振周波数で振動し続ける。したがって、周波数信号は、カンチレバー103の共振周波数変化(シフト)Δfを表す値になり、この周波数信号がフィードバック制御に用いられる。
【0073】
ループフィルタ158は、上述にて説明したように、比較器出力Δφがゼロになるように、出力2πΔfTを制御する。この制御を実現するために、ループフィルタ158は、比較器出力Δφにゲインg
1を掛けた値と、比較器出力Δφの積分値にゲインg
2を掛けた値を生成し、これらの値を加算器にて加算する。上記において、比較器出力Δφは、位相差φと位相オフセットφ0の差を表している。ループフィルタ158は、比較器出力Δφをゼロにするように比例及び積分の処理を行っている。したがって、減算式位相比較器148とループフィルタ158が、PI制御回路として機能し、位相差φを位相オフセットφ0と一致させている。そして、ループフィルタ158の出力2πΔfTが、変位信号の周波数変化に比例しており、周波数信号が得られる。
【0074】
図4及び
図5に示した減算式位相比較器を用いた信号検出回路141及び151では、例えばヒルベルト変換器等のπ/2移相回路により、入力信号の位相を90°遅らせる信号処理が行われる。このとき、π/2移相回路は、一定の周波数範囲の信号に対してしか動作しないという問題があった。また、周波数範囲を拡張するために高次数の回路を用いると、入力信号に対して出力信号が遅延するという問題があった。また、入力信号に高周波ノイズが含まれる場合、LPFを用いた場合のように高周波ノイズを除去することができないため、高周波ノイズの影響により出力信号が安定しないという問題があった。
【0075】
そこで、以下の実施の形態に示すように、高速で、安定した出力信号を得ることができる信号検出回路及び走査型プローブ顕微鏡を見出した。
【0076】
(実施の形態1)
以下、本発明の実施の形態1について説明する。
【0077】
図6は、本実施の形態に係る信号検出回路の構成を示す概略図である。
図6に示すように、信号検出回路1は、VCO23と、振幅位相検出部25と、減算式位相比較器28と、乗算器29とを有する。
【0078】
VCO23は、本発明における第1発振回路に相当する。VCO23は、
図2に示したVCO123と同様、励振周波数fで変化する励振位相信号2πftを生成する。VCO23から出力される信号は、余弦波へと変換された後、カンチレバーの励振信号として利用されるほか、振幅位相検出部25の参照信号としても利用される。
【0079】
振幅位相検出部25は、本発明において位相検出器に相当する。振幅位相検出部25が
図2に示した振幅位相検出部125と異なる点は、振幅位相検出部25がLPF126に代えてHPF(ハイパスフィルタ)26を備える点である。
【0080】
振幅位相検出部25には、カンチレバー103の変位信号(入力信号)Acos(2πft+φ)が入力される。また、振幅位相検出部25には、VCO23において生成された励振位相信号2πftから変換された参照信号cos(2πft)及びsin(2πft)が入力される。これらの参照信号は、それぞれ乗算回路24及びHPF26を経て、それぞれX=Acos(4πft+φ)及びY=Asin(4πft+φ)へと変換される。なお、乗算回路24及びHPF26は、本発明における複素信号生成回路に相当する。
【0081】
乗算回路24は、X及びYの各信号を、入力された変位信号(入力信号)Acos(2πft+φ)と乗算する。乗算された変位信号は、HPF26に出力され、HPF26により直流成分が除去されて、Acos(4πft+φ)及びAsin(4πft+φ)成分の信号がベクトル演算回路27に出力される。
【0082】
ベクトル演算回路27では、複素入力X+jYの絶対値R及び偏角θが計算される。ここで、絶対値Rは、(X
2+Y
2)
1/2であり、偏角θは、tan
−1(Y/X)である。絶対値Rは、変位信号の振幅Aに相当し、偏角θは、励振信号に対する変位信号の位相差φに相当する。ベクトル演算回路27により、絶対値R及び偏角θは、それぞれ振幅信号A及び位相信号φとして出力される。
【0083】
ベクトル演算回路27から出力された偏角θは、減算式位相比較器28に出力される。減算式位相比較器28は、
図4に示した減算式位相比較器148と同様の構成であり、減算回路50とモジュロ演算回路51とを有する。
【0084】
減算式位相比較器28には、上記した偏角θが入力されるとともに、VCO23から出力された励振位相信号2πftを乗算器29により2倍の周波数の信号に変換した位相信号4πftが入力される。減算式位相比較器28では、偏角θと位相信号4πftとが減算により比較される。
【0085】
すなわち、減算式位相比較器28において、減算回路50は、偏角θと位相信号4πftとの差を求める(φ=θ−4πft)。モジュロ演算回路は、入力値φをπで除算して、余りを出力することにより、出力範囲を[−π,π]へと制限する。
【0086】
このように、減算式位相比較器28は、偏角θと励振位相信号4πftに対して、減算による位相比較を行う。減算式位相比較器28の比較結果は、励振信号と変位信号の位相差φに相当し、位相信号として出力される。
【0087】
このようにして、信号検出回路1から、振幅信号Aと位相信号φが出力される。
【0088】
表1に、
図6に示した本実施の形態に係るAM−AFM及びPM−AFM用の信号検出回路1と、
図2に示した従来方式の乗算式位相比較器を用いたAM−AFM及びPM−AFM用の信号検出回路121との、出力信号の帯域及び出力信号の入力信号に対する遅延時間の比較を行った結果を示す。なお、本結果は、信号検出回路1と信号検出回路121とをPM−AFM用として用いた場合に出力される位相信号について比較した結果である。
【0089】
本比較においては、信号検出回路1と信号検出回路121とをそれぞれFPGA(Field Programmable Gate Array)回路に実装し、出力信号の帯域及び出力信号の入力信号に対する遅延時間の比較を行った。ここで、入出力のAD(アナログ−デジタル)及びDA(デジタル−アナログ)変換レートは100MSPSで、FPGA回路の動作クロックは100MHzとした。また、カンチレバーの共振周波数は、液中高分解のAFMに用いられる一般的なカンチレバーの共振周波数である150kHzと、最も高速な小型カンチレバーの共振周波数である3MHzとを想定して、それぞれの周波数において計測を行った。
【0090】
すなわち、信号検出回路1と信号検出回路121との違いは、信号検出回路1でHPF26を用いているのに対し、信号検出回路121でLPF126を用いている点である。ここで、それぞれのフィルタで阻止すべき信号の減衰量を40dB以上、通過帯域でのリップルを0.1dB以下とした。また、各フィルタのカットオフ周波数及び各フィルタの次数は、それぞれのフィルタの入力信号の周波数に対して出力信号の遅延が最小となるように最適化した。
【0092】
表1に示すように、入力信号の周波数が150kHzのとき、出力信号の帯域については、従来方式の信号検出回路121では90.58kHz、本実施の形態に係る信号検出回路1では139kHzという結果が得られ、本実施の形態に係る信号検出回路1の方が帯域が広いことが分かった。また、出力信号の入力信号に対する遅延時間については、従来方式の信号検出回路121では9.14μs、本実施の形態に係る信号検出回路1では1.07μsであり、本実施の形態に係る信号検出回路1の方が遅延時間が短いことが分かった。
【0093】
また、入力信号の周波数が3MHzのとき、出力信号の帯域については、従来方式の信号検出回路121では1.78MHz、本実施の形態に係る信号検出回路1では2.84MHzという結果が得られ、本実施の形態に係る信号検出回路1の方が帯域が広いことが分かった。また、出力信号の入力信号に対する遅延時間については、従来方式の信号検出回路121では1.49μs、本実施の形態に係る信号検出回路1では0.88μsであり、本実施の形態に係る信号検出回路1の方が遅延時間が短いことが分かった。
【0094】
以上、本実施の形態に係る信号検出回路1によると、振動振幅の変調又は位相の変調を検出する検出回路において、高速で、安定した出力信号を得ることができる。
【0095】
また、入力信号に対して、それと同じ周波数の正弦関数及び余弦関数を乗算し、ハイパスフィルタにより直流成分を除去することで、2倍波への周波数変換と解析のための複素信号化とを同時に行うことができる。
【0096】
また、ベクトル演算により算出した位相と励振信号(参照信号)の位相とを減算比較することで、高速な位相検出を実現することができる。
【0097】
また、上記した信号検出回路1は、
図1に示した走査型プローブ顕微鏡の信号検出回路111として用いてもよい。すなわち、走査型プローブ顕微鏡は、信号検出回路1と、試料の表面の情報を検出するカンチレバー103と、カンチレバー103を励振する励振部109と、カンチレバー103の変位信号を検出するセンサ113と、カンチレバー103と試料の相互作用を一定に保つフィードバック制御を行うフィードバック回路115と、を備え、信号検出回路1は、センサ113で検出された変位信号を入力された変位信号とし、参照信号に基づいてカンチレバー103を励振するための励振信号を生成して、励振信号を励振部109に出力し、フィードバック回路115は、信号検出回路1からの出力信号に基づいて、フィードバック制御を行う。これにより、走査型プローブ顕微鏡は、高速かつ安定した信号検出を実現することができる。
【0098】
(実施の形態2)
次に、本発明の実施の形態2について説明する。
【0099】
図7は、本実施の形態に係る信号検出回路の構成を示す概略図である。
図7に示すように、信号検出回路2は、VCO33と、振幅位相検出部25と、減算式位相比較器28と、乗算器29と、比例積分(PI)制御回路を構成するループフィルタ38を有する。
【0100】
VCO33は、本発明における第1発振回路に相当する。VCO33は、
図3に示したVCO133と同様、励振周波数fで変化する励振位相信号2πftを生成する。VCO33から出力された励振位相信号2πftは、余弦波へと変換された後、カンチレバーの励振信号として利用されるほか、振幅位相検出部25に参照信号として入力される。
【0101】
振幅位相検出部25は、本発明において位相検出器に相当する。振幅位相検出部25が
図3に示した振幅位相検出部125と異なる点は、振幅位相検出部125がLPF126に代えてHPF26を備える点である。
【0102】
振幅位相検出部25には、カンチレバー103の変位信号(入力信号)Acos(2πft+φ)が入力される。また、振幅位相検出部25には、VCO33において生成された励振位相信号2πftから変換された参照信号cos(2πft)及びsin(2πft)が入力される。これらの参照信号は、それぞれ乗算回路24及びHPF26を経て、それぞれX=Acos(4πft+φ)及びY=Asin(4πft+φ)へと変換される。
【0103】
乗算回路24は、X及びYの各信号を、入力された変位信号(入力信号)Acos(2πft+φ)と乗算する。乗算された変位信号は、HPF26に出力され、HPF26により直流成分が除去されて、Acos(4πft+φ)及びAsin(4πft+φ)成分の信号がベクトル演算回路27に出力される。
【0104】
ベクトル演算回路27では、複素入力X+jYの絶対値R及び偏角θが計算される。ここで、絶対値Rは、(X
2+Y
2)
1/2であり、偏角θは、tan
−1(Y/X)である。絶対値Rは、変位信号の振幅Aに相当し、偏角θは、励振信号に対する変位信号の位相差φに相当する。ベクトル演算回路27により、偏角θは、位相信号φとして出力される。
【0105】
ベクトル演算回路27から出力された偏角θは、減算式位相比較器28に出力される。減算式位相比較器28は、
図5に示した減算式位相比較器148と同様の構成であり、減算回路50とモジュロ演算回路51とを有する。
【0106】
減算式位相比較器28には、上記した偏角θが入力されるとともに、VCO33から出力された励振位相信号2πftを乗算器29により2倍の周波数の信号に変換した位相信号4πftが入力される。減算式位相比較器28では、偏角θと位相信号4πftとが減算により比較される。
【0107】
すなわち、減算式位相比較器28において、減算回路50は、偏角θと位相信号4πftとの差を求める(φ=θ−4πft)。モジュロ演算回路51は、入力値φをπで除算して、余りを出力することにより、出力範囲を[−π,π]へと制限する。
【0108】
このように、減算式位相比較器28は、偏角θと励振位相信号4πftに対して、減算による位相比較を行う。減算式位相比較器28の比較結果は、励振信号と変位信号の位相差Δφに相当し、位相信号として出力される。
【0109】
振幅位相検出部25で生成された位相差Δφは、ループフィルタ38へと入力される。ループフィルタ38は、入力された位相差Δφが、目標値φ0に一致するように、出力2πΔfT(Tは、入出力信号のサンプリング周期)を制御する。この出力2πΔfTは、VCO33へと入力され、VCO33の出力信号(励振位相信号)2πftの周波数fを変化させる。周波数fは、VCO33の自走周波数f0(入力が0のときの発振周波数)を中心として、Δfだけ変化する。
【0110】
図7の構成では、VCO33、振幅位相検出部25及びループフィルタ38により位相ロックループ(Phase Locked Loop:PLL)回路が構成されている。ループフィルタ38は、PLL回路のループフィルタとして機能する。PLL回路は、変位信号と励振信号の周波数が一致するよう、すなわち、f=f0+Δfになるように、励振信号の周波数fの値を変化させる。したがって、ループフィルタ38の出力値は、変位信号の周波数変化に比例する。そこで、ループフィルタ38の出力値が、周波数信号として出力される。
【0111】
また、ループフィルタ38においては、目標値φ0を変化させることにより、変位信号と励振信号の位相差を調整することができる。FM−AFMでは、この目標位相差が90°に設定される。これにより、位相差Δφが90°に保たれ、カンチレバー103が共振周波数で振動する。カンチレバー103と試料の相互作用によって共振周波数が変化しても、カンチレバー103は共振周波数で振動し続ける。周波数信号は、カンチレバーの共振周波数変化(シフト)Δfを表す値になり、この周波数信号がフィードバック制御に用いられる。
【0112】
以上、本実施の形態に係る信号検出回路2によると、周波数の変調を検出する検出回路において、高速で、安定した出力信号を得ることができる。
【0113】
また、上記した信号検出回路2は、
図1に示した走査型プローブ顕微鏡の信号検出回路111として用いてもよい。すなわち、走査型プローブ顕微鏡は、信号検出回路2と、試料の表面の情報を検出するカンチレバー103と、カンチレバー103を励振する励振部109と、カンチレバー103の変位信号を検出するセンサ113と、カンチレバー103と試料の相互作用を一定に保つフィードバック制御を行うフィードバック回路115と、を備え、信号検出回路2は、センサ113で検出された変位信号を入力信号とし、参照信号に基づいてカンチレバー103を励振するための励振信号を生成して、励振信号を励振部109に出力し、フィードバック回路115は、信号検出回路2からの出力信号に基づいて、フィードバック制御を行う。これにより、走査型プローブ顕微鏡は、高速かつ安定した信号検出を実現することができる。
【0114】
(変形例)
次に、上記した実施の形態1及び2の変形例について説明する。
図8は、本変形例に係る信号検出回路の構成の一例を示す概略図、
図9は、本変形例に係る信号検出回路の構成の他の例を示す概略図である。
【0115】
具体的には、
図8に示すように、本実施の形態に係る信号検出回路3は、実施の形態1に係る信号検出回路1に対して、乗算器29に代えて、VCO43と減算器44とを備えている点が異なっている。VCO43は、本発明における第2発振回路に相当する。
【0116】
VCO23は、励振周波数fで変化する励振位相信号4πftを生成する。また、VCO43は、励振周波数fで変化する局部発振位相信号2πftを生成する。VCO23で生成された励振位相信号4πftは、減算式位相比較器28に入力され、偏角θと励振位相信号4πftの減算による位相比較が行われる。減算式位相比較器28の比較結果は、励振信号と変位信号の位相差φに相当し、位相信号として出力される。
【0117】
また、VCO43で生成された局部発振位相信号2πftは、減算器44に入力される。これにより、減算器44において、局部発振位相信号2πftと励振位相信号4πftの減算による周波数変換が行われ、変換結果が余弦波に変換された後、励振信号として振幅位相周波数検出回路3から出力される。
【0118】
本変形例に係る信号検出回路3によると、振幅位相検出部25の後段における構成要素が少なくなるので、実装の自由度を大きくすることができる。
【0119】
同様に、
図9に示すように、本変形例に係る信号検出回路4は、実施の形態2に係る信号検出回路2に対し、乗算器29に代えて、VCO43と減算器44とを備えている点が異なっている。これにより、減算器44において、局部発振位相信号2πftと励振位相信号4πftの減算による周波数変換が行われ、変換結果が余弦波に変換された後、励振信号として振幅位相周波数検出回路4から出力される。なお、本変形例に係る信号検出回路4は、FM−AFM用の信号検出回路であるため、VCO43で生成される局部発振位相信号2πftの周波数には誤差が生じる場合も含まれるが、局部発振位相信号2πftの周波数は変位信号の周波数とほぼ等しい。
【0120】
本変形例に係る信号検出回路4によると、PLL回路内に乗算器29が含まれないので、デジタル信号処理回路に実装する場合に、タイミング制約を満たすことが容易になる。
【0121】
なお、本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改良、変形を行ってもよい。
【0122】
例えば、上記した実施の形態では、AM−AFM及びPM−AFM用の信号検出回路とFM−AFM用の信号検出回路とを別々に構成したが、AM−AFM、PM−AFM及びFM−AFM用の信号検出回路を1つの回路として形成しても良い。この場合、必要な回路を構成するようにスイッチにより切り替える構成としてもよい。
【0123】
また、上記した実施の形態に係る信号検出回路は、プローブ顕微鏡に組み込んで使用してもよいし、信号検出回路単独で使用してもよい。また、他の装置等と組み合わせて使用してもよい。
【0124】
また、本発明に係る信号検出回路には、上記実施の形態における任意の構成要素を組み合わせて実現される別の実施の形態や、実施の形態に対して本発明の主旨を逸脱しない範囲で当業者が思いつく各種変形を施して得られる変形例や、本発明に係る信号検出回路を備えた各種機器等、例えば、プローブ顕微鏡、通信機器、制御機器等も本発明に含まれる。