【文献】
Goodenowe DB et al.,Peripheral ethanolamine plasmalogen deficiency: a logical causative factor in Alzheimer's disease and dementia,J Lipid Res,2007年11月,48(11),2485-2498
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
工程(B)において、(i)と(ii)との比較を、高速液体クロマトグラフィーにより得られたクロマトグラムにおけるプラズマローゲンを示すピーク面積を比較することで行う、請求項2に記載の検査方法。
前記プラズマローゲンを示すピーク面積の比較を、エタノールアミンプラズマローゲンを示すピーク面積と、ホスファチジルエタノールアミンを示すピーク面積との比に基づいて行う、請求項3に記載の検査方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、認知症(特にアルツハイマー型認知症)を簡便に低コストでより安全に診断可能とするための検査方法やバイオマーカーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、驚くべき事に、赤血球に含有されるプラズマローゲンが認知症(特にAD)を診断するために有用なバイオマーカーとなることを見出し、さらに改良を重ねて本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は例えば以下の項に記載の方法、バイオマーカー、使用、及びキットを包含する。
項1.
被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であるかを判定するための検査方法であって、
(A)被験血液サンプルに含有される赤血球に含まれるプラズマローゲン量(すなわち、赤血球脂質中のプラズマローゲン量)を測定する工程、及び
(B)(i)被験血液サンプルに含有される赤血球に含まれるプラズマローゲン量と、(ii)被験血液サンプルを採取した哺乳動物と同一種の健常哺乳動物由来の赤血球に含まれるプラズマローゲン量とを、比較する工程
を含む、検査方法。
項2.
工程(A)が、被験血液サンプルに含有される赤血球の膜脂質に含まれるプラズマローゲン量を高速液体クロマトグラフィーにより測定する工程であり、
工程(B)が、(i)工程(A)で測定したプラズマローゲン量と、(ii)高速液体クロマトグラフィーにより測定した、被験血液サンプルを採取した哺乳動物と同一種の健常哺乳動物由来の赤血球の膜脂質に含まれるプラズマローゲン量とを、比較する工程である、
項1に記載の検査方法。
項3.
工程(B)において、(i)と(ii)との比較を、高速液体クロマトグラフィーにより得られたクロマトグラムにおけるプラズマローゲンを示すピーク面積を比較することで行う、項2に記載の検査方法。
項4.
前記プラズマローゲンを示すピーク面積の比較を、エタノールアミンプラズマローゲンを示すピーク面積と、ホスファチジルエタノールアミンを示すピーク面積との比に基づいて行う、項3に記載の検査方法。
項5.
前記(i)が前記(ii)より少ない場合に被験血液サンプルは認知症哺乳動物由来であると判定するための検査方法である、項1〜4のいずれかに記載の検査方法。
項6.
被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であるかを判定する方法であって、
項1〜4のいずれかに記載の検査方法における工程(A)及び工程(B)を含み、さらに
(C)前記(i)が前記(ii)より少ない場合に、被験血液サンプルは認知症哺乳動物由来であると判定する工程
を含む、判定方法。
項7.
赤血球に含有されるプラズマローゲンからなる、認知症検出用バイオマーカー。
項8.
赤血球に含有されるプラズマローゲンの認知症検出用バイオマーカーとしての使用。
項9.
赤血球溶血用低張液及び/又は脂質抽出用有機溶媒を備えた、血液サンプル検査用、認知症由来血液サンプル判定用、又は認知症診断用のキット。
項10.
被験血液サンプルを採取した哺乳動物を認知症であると診断する方法であって、
項6に記載の工程(A)、工程(B)、及び工程(C)を含み、さらに
(D)工程(C)で被験血液サンプルは認知症哺乳動物由来であると判定した場合に、当該被験血液サンプルを採取した哺乳動物を認知症であると診断する工程
を含む、診断方法。
項11.
哺乳動物が非ヒト哺乳動物である、項10に記載の診断方法。
項12.
認知症の診断における使用のための、赤血球に含有されるプラズマローゲン。
【発明の効果】
【0008】
本発明の検査方法によれば、被験血液サンプルが認知症(特にアルツハイマー型認知症)哺乳動物由来であるかを判定するためのデータを簡便、安全且つ低コストに取得できる。また、本検査方法の結果により、被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であるかを判定することができ、さらには当該判定結果から認知症を診断することができる。さらには、本発明の認知症検出用バイオマーカーやキットにより、上述の検査、判定、診断を簡便、安全かつ低コストに行い得る。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について、さらに詳細に説明する。
【0011】
本発明は、認知症(特にAD)に罹患すると、赤血球膜中のプラズマローゲン量が減少することを見出してなされたものであり、この特徴を利用した検査方法、判定方法、及び診断方法を包含する。また、これらの方法に用いるキットも包含する。また、本発明は、赤血球に含まれるプラズマローゲンからなるバイオマーカー、及び、赤血球に含まれるプラズマローゲンのバイオマーカーとしての使用、も包含する。
【0012】
プラズマローゲン
プラズマローゲンとは、通常、グリセロール骨格の1位にビニルエーテル結合を介した長鎖アルケニル基をもつグリセロリン脂質をいう。以下にプラズマローゲンの一般式を示す。
【0014】
〔式中、R
1及びR
2は脂肪族炭化水素基を示す。R
1は通常炭素数1〜20の脂肪族炭化水素基であり、例えばドデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、オクタデシル基、イコサニル基等が挙げられる。R
2は通常脂肪酸残基由来の脂肪族炭化水素基であり、例えばオクタデカジエノイル基、オクタデカトリエノイル基、イコサテトラエノイル基、イコサペンタエノイル基、ドコサテトラエノイル基、ドコサペンタエノイル基、ドコサヘキサエノイル基等が挙げられる。また、式中、Xは極性基を示す。Xは好ましくは、−CH
3CH
3NH
2、−CH
3CH
3N
+(CH
3)
3、−CH
3CH
2(NH
2)COOH、或いは、Xは好ましくは、XにHが結合した化合物(H−X)がイノシトール、又はグリセロールである。〕
【0015】
特に、上記式中Xがアミノエチル基(−CH
3CH
3NH
2)であるエタノールアミンプラズマローゲンと、Xがトリメチルアミノエチル基(−CH
3CH
3N
+(CH
3)
3)であるコリンプラズマローゲンが、自然界に存在するプラズマローゲンの中で主要である。赤血球には、プラズマローゲンとしては、エタノールアミンプラズマローゲンが特に多く含まれている。
【0016】
検査方法
本発明の検査方法は、以下の工程(A)、及び工程(B)を含む。
(A)被験血液サンプルに含有される赤血球に含まれるプラズマローゲン量を測定する工程
(B)(i)被験血液サンプルに含有される赤血球に含まれるプラズマローゲン量を、(ii)被験血液サンプルを採取した哺乳動物と同一種の健常哺乳動物由来の赤血球に含まれるプラズマローゲン量と、比較する工程
当該検査方法は、被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であるか否かを判定するために用いることができる。言い換えれば、本発明の検査方法は、被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であるかを判定するための検査方法(つまり、判定するためのデータを提供する検査方法)ともいえる。当該判定では、前記(i)が前記(ii)より少ない場合に被験血液サンプルは認知症哺乳動物由来であると判定される。
【0017】
なお、本明細書において、哺乳動物としては、ヒト及び非ヒト哺乳動物が挙げられる。非ヒト哺乳動物としては、例えばペット、実験動物、家畜等が挙げられる。具体的には、イヌ、ネコ、サル、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、等が例示できる。また、本明細書において、認知症としては、変性性認知症が好ましく、具体的には、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病(に伴う認知症)、前頭側頭型認知症、ピック病、びまん性レビー小体病等が例示できる。好ましくはアルツハイマー型認知症、パーキンソン病(に伴う認知症)であり、より好ましくはアルツハイマー型認知症である。
【0018】
〔工程(A)〕
被験血液サンプルとしては、哺乳動物から採取した血液そのもの、及び該血液に何らかの処理が施されたサンプルであって赤血球が含まれるもの、を用いることができる。ここでの血液に施される処理(処理後に赤血球が残存する処理)としては、遠心処理や抗凝固薬の添加等が例示される。抗凝固薬は公知のものを用いることができ、例えば、クエン酸、EDTA(エチレンジアミンテトラ酢酸)又はその金属塩(ナトリウム塩等)、フッ化ナトリウム、ヘパリン等が例示できる。なお、特に制限されないが、被験血液サンプルは通常の採血方法(例えばシリンジ採血又は真空採血)により得られる血液又は当該血液を処理して得られるサンプルであると好ましい。
【0019】
被験血液サンプルに含有される赤血球に含まれるプラズマローゲン量の測定は、例えばHPLC(高速液体クロマトグラフィー;高性能液体クロマトグラフィーとも呼ばれる)、GC−MS(ガスクロマトグラフ質量分析計)、TLC(薄層クロマトグラフィー)等を用いて行うことができる。中でも、HPLCを用いるのが好ましい。
【0020】
HPLCを用いた測定は、具体的には、被験血液サンプルを遠心し、上清(すなわち血清)を除去し、さらに血小板及び白血球を除去して、赤血球サンプルを調整し、当該赤血球サンプルを溶血させ、脂質を抽出して、これをHPLCにより解析することで行い得る。
【0021】
血清、血小板、及び白血球の除去は、例えば被験血液サンプルを遠心(例えば1000×g、5分間)した後、上清及び血球部の上層を除去することで行うことができる。血清、血小板及び白血球を除去したサンプルに生理食塩水を加えて混和し、遠心(例えば1000×g、5分間)し、血清成分及び血球部の上層の白血球と血小板をさらに除去するとより好ましい。血清、血小板、及び白血球を除去した後、生理食塩水を加えて任意の(例えば約10%)ヘマトクリット赤血球浮遊液(赤血球サンプル)を調製できる。この赤血球浮遊液中の赤血球数、ヘモグロビン値等を血球計測装置(シスメックス 800、シスメックス、神戸、日本)で計測することができる。
【0022】
また、赤血球サンプルを溶血させるためには、公知の方法を用いることができ、例えば浸透圧が低い溶液(低張液)を赤血球サンプルに加えることにより行い得る。低張液はバッファーであることが好ましく、例えばリン酸バッファーが好ましく例示される。赤血球を溶血させた後、脂質を抽出して、赤血球脂質サンプルを得る方法としては、公知の脂質抽出法を用いることができ、例えばメタノール及びクロロホルムを、赤血球を溶血させたサンプルに加えて混和し、クロロホルム層を回収する方法が例示できる。より具体的には、溶血した赤血球溶液(赤血球浮遊液)に1〜2倍容量のメタノール及び当該メタノールと同容量のクロロホルムを加えて混和し、10分〜2時間程度静置した後遠心して、クロロホルム層を回収する方法が挙げられる。回収したクロロホルム層は、乾燥させた後、−20℃〜−40℃程度で保存することができる。当該乾燥は、窒素ガスを用いて行い得る。
【0023】
例えば上記のようにして得られる赤血球脂質サンプルを、HPLCにより分析することで、赤血球膜に存在する各脂質成分(プラズマローゲンも含まれる)のピークが現れたクロマトグラムを得ることができる。ここでのHPLCによる分析では、試料の検出を蒸発光散乱検出(ELSD:Evaporative Light Scattering Detector)により行うことが好ましい。すなわちHPLC/ELSD法により分析を行うことが好ましい。具体的には、例えば赤血球膜脂質サンプルを、ヘキサン/イソプロパノール(1:1)に溶解させてHPLCのカラムに注入し、検出をELSDにより行うことで、赤血球膜に存在する各脂質成分を分析できる。また、移動相Aには例えばヘキサン/イソプロパノール/酢酸(82:17:1、体積比)、移動相Bにはイソプロパノール/水/酢酸(85:14:1、体積比)を用いることができる。得られるクロマトグラムの各ピークの面積が、各脂質成分の含有量を表す。例えば、プラズマローゲンを示すピーク面積がクロマトグラム全体のピーク面積の何%にあたるかを算出することで含有量を求めることができる。ELSDでは、類似した構造を有する物質であれば同様のエリアレスポンスを示すためである。なお、例えば溶媒として酢酸及びトリエチルアミンを用いて酸性脂質をチャージさせて分析することが好ましい。チャージさせることで、より同様のエリアレスポンスを示し得るからである。
【0024】
なお、工程(A)におけるプラズマローゲン量の測定では、必ずしも質量値等の絶対量を求める必要はなく、工程(B)において、被験血液サンプルを採取した哺乳動物と同一種の健常哺乳動物由来の赤血球に含まれるプラズマローゲン量と比較することができるデータが得られればよい。例えば、(i)被験血液サンプルに含有される赤血球に含まれるプラズマローゲン量(以下「被験赤血球PL量」ともいう)と、(ii)被験血液サンプルを採取した哺乳動物と同一種の健常哺乳動物由来の赤血球に含まれるプラズマローゲン量(以下「健常赤血球PL量」ともいう)とを、同じ測定方法により測定し、得られたデータどうしを比較することで、被験赤血球PL量及び健常赤血球PL量それぞれの絶対量を求めることなく、工程(B)における比較を行うことができる。
【0025】
〔工程(B)〕
工程(B)では、(i)被験血液サンプルに含有される赤血球に含まれるプラズマローゲン量(被験赤血球PL量)と、(ii)被験血液サンプルを採取した哺乳動物と同一種の健常哺乳動物由来の赤血球に含まれるプラズマローゲン量(健常赤血球PL量)とを、比較する。当該比較結果(すなわち被験赤血球PL量の健常赤血球PL量に対する多少)は、被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であるかを判定するために用いることができる。
【0026】
被験赤血球PL量としては、上述の工程(A)において求められたプラズマローゲン量を用いることができる。なお、以下被験血液サンプルに含有される赤血球を「被験赤血球」ともいう。
【0027】
“被験血液サンプルを採取した哺乳動物と同一種の健常哺乳動物由来の赤血球”(以下「健常赤血球」ともいう)とは、被験サンプルを採取した哺乳動物と同一の種であって、健常である哺乳動物の血液サンプルに含有される赤血球である。例えば、被験血液サンプルがヒトから得られたものである場合、健常人から採取した血液サンプルに含有される赤血球が、健常赤血球に該当する。また、健常哺乳動物とは、認知症を患っていない(好ましくは健康な)哺乳動物である。
【0028】
(i)被験赤血球PL量と(ii)健常赤血球PL量との比較は、異なった又は同一の測定方法により、それぞれの絶対量を求めた上で比較してよく、同一の測定方法を用いるのがより好ましい。また、上述したように、(i)と(ii)の比較ができるのであれば、(i)及び(ii)は必ずしも絶対量値でなくともよく、例えば相対値であってもよい。
【0029】
例えば、(i)及び(ii)が、ともに絶対量値(例えば質量値又はモル値等)として得られている場合は、測定に用いる赤血球量(すなわち測定に用いるサンプル量)を揃えることにより、(i)及び(ii)を比較することができる。赤血球量を揃えるのは、例えば、測定サンプルの赤血球の質量を揃える、測定サンプルの赤血球数を揃える、或いは測定サンプルのヘモグロビン値を揃える、等により行うことができる。このように、一定の赤血球量中に存在する被験赤血球PL量と、これと同量の赤血球量中に存在する健常赤血球PL量とを比較することにより、被験赤血球PL量の健常赤血球PL量に対する多少を決めることができる。
【0030】
また、(i)及び(ii)が同一の分析方法により測定されたデータとして得られている場合は、それらのデータどうしを比較することができる。
【0031】
例えば、HPLC(検出は好ましくはELSD)により、被験血液サンプルに含有される赤血球の膜脂質、及び、被験血液サンプルを採取した哺乳動物と同一種の健常哺乳動物由来の赤血球の膜脂質、を分析して得られるそれぞれのクロマトグラムにおける、プラズマローゲンを示すピークの面積を互いに比較することができる。この場合、HPLCの測定に用いる膜脂質を得る赤血球量を揃えることにより、被験赤血球PL量の健常赤血球PL量に対する多少を決めることができる。
【0032】
またさらに、HPLCの測定に用いる膜脂質を得る赤血球量を揃えなくとも、あるいは揃えた上で、プラズマローゲンを示すピーク面積を、他の特定の脂質成分を示すピーク面積と比べた場合の割合で表し、当該割合を比較することで、被験赤血球PL量の健常赤血球PL量に対する多少を決めることもできる。つまり、被験赤血球及び健常赤血球それぞれについてHPLC分析を行ってクロマトグラムを得、それぞれのクロマトグラムにおいて、ある特定の脂質成分量に対するプラズマローゲン量の割合(比)を求め、当該比の大小を比べることにより、プラズマローゲン量を比較することができる。当該比が大きい方が、プラズマローゲン量が多いことになり、当該比が小さい方が、プラズマローゲン量が少ないことになる。なお、当該比は、すなわち(プラズマローゲン量/特定の脂質成分量)と記載することができ、(プラズマローゲンを示すピークの面積/特定の脂質成分を示すピークの面積)で求めることができる。この比較方法では、当該比の分母に用いられる“特定の脂質成分”として、被験赤血球及び健常赤血球に含まれ、かつその含有量がほぼ同じである特定の脂質成分を選択することが好ましい。このような脂質成分としては、ホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリン、コレステロール、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール等が挙げられ、ホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリン、コレステロールが好ましく、ホスファチジルエタノールアミンがより好ましい。なお、HPLCの測定に用いる膜脂質を得る赤血球量を揃えた上、かつ特定の脂質成分量に対するプラズマローゲン量の割合(比)を求めることにより、より精度の高い比較結果を得ることができるので好ましい。
【0033】
本発明の検査方法により得られる、(i)被験赤血球PL量と(ii)健常赤血球PL量との比較結果は、被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であるか否かを判定するために好ましく用いられる。当該判定では、前記(i)が前記(ii)より少ない場合に被験血液サンプルは認知症哺乳動物由来であると判定される。つまり、本発明の検査方法は、前記(i)が前記(ii)より少ない場合に被験血液サンプルは認知症哺乳動物由来であると判定するための検査方法(すなわち、判定するための比較データ取得用検査方法)として好ましく用いることができる。
【0034】
特に、上述のHPLC分析で得たクロマトグラムから(プラズマローゲン量/特定の脂質成分量)の比を算出し、この比を用いてプラズマローゲン量を比較する場合、(エタノールアミンプラズマローゲン量/ホスファチジルエタノールアミン量)を比較することが好ましい。(エタノールアミンプラズマローゲン量/ホスファチジルエタノールアミン量)比は、健常哺乳動物(特に健常人)では0.85〜0.9程度であるのに対し、認知症哺乳動物(特に認知症患者)では0.7以下程度(0.7〜0.5程度)となる。認知症患者の(エタノールアミンプラズマローゲン量/ホスファチジルエタノールアミン量)比値は、健常者の当該比値の90%以下(好ましくは85%以下、より好ましくは80%以下)ともいえる。よって、当該比値を比較する場合、被験赤血球の当該比値が健常赤血球の当該比の90%以下(好ましくは85%以下、より好ましくは80%以下)になったときに被験赤血球が認知症哺乳類由来と判定することができると考えられる。
【0035】
以上のように、本発明の検査方法は、被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であるか否かを判定するために有用である。特に、必要となる試料が血液サンプルであって、一般的な機器を用いて実施することができるため、利便性、経済性、汎用性等の点で大きく改善されているといえる。本発明の検査方法は、例えば臨床検査会社において血液試料の検査を行うために用いることができる。また、例えば、認知症モデル動物を出荷する事業を行う場合に、出荷されるモデル動物が認知症を患っているかをチェックするために用いることができる。あるいは、正常動物を出荷する事業を行う場合には、出荷される動物が認知症を患っていないかチェックするために用いることができる。
【0036】
判定方法
本発明は、被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であるか否かを判定する方法を含む。当該判定方法は、上記の工程(A)及び工程(B)を含み、さらに
(C)(i)被験血液サンプルに含有される赤血球に含まれるプラズマローゲン量が、(ii)被験血液サンプルを採取した哺乳動物と同一種の健常哺乳動物由来の赤血球に含まれるプラズマローゲン量より少ない場合に、被験血液サンプルは認知症哺乳動物由来であると判定する工程
を含む。
【0037】
当該判定方法も、上記検査方法について述べたのと同様に用いることができる。
【0038】
診断方法
本発明は、哺乳動物が認知症であるか否かを診断する方法も含む。この、本発明の認知症診断方法は、上述の判定方法の結果に基づいて、被験血液サンプルを採取した哺乳動物が認知症であると診断する方法である。つまり、上述の判定方法により、被験血液サンプルが認知症哺乳動物由来であると判定された場合に、当該被験血液サンプルを採取した哺乳動物を認知症であると診断する方法である。より具体的には、本発明の診断方法は、上述の判定方法における工程(A)、工程(B)、及び工程(C)を含み、かつ(D)工程(C)で被験血液サンプルは認知症哺乳動物由来であると判定した場合に、当該被験血液サンプルを採取した哺乳動物を認知症であると診断する工程を含む、診断方法ということができる。
【0039】
なお、特に制限されないが、本発明の診断方法は、工程(A)の前に、認知症か否かを診断したい哺乳動物から被験血液サンプルを採取する工程を含むこともできる。被験血液サンプルを得るための血液採取方法としては公知の方法を用いることができ、例えばシリンジ採血法又は真空採血法が例示できる。
【0040】
バイオマーカー
本明細書において、認知症検出用バイオマーカーとは、認知症の発症を判定又は診断する指標となる生体分子をいう。認知症発症判定又は診断指標用生体分子とも言える。本発明は、赤血球に含有されるプラズマローゲンからなる、認知症検出用バイオマーカーも包含する。より詳しくは、赤血球膜に含有されるプラズマローゲンからなる、認知症検出用バイオマーカーも包含する。なお、生体中に存在するプラズマローゲンではなく、生体から単離された赤血球に含有されるプラズマローゲンが、本発明の認知症検出用バイオマーカーとして使用される。よって、本発明のバイオマーカーは、赤血球から抽出されたプラズマローゲン(赤血球抽出プラズマローゲン)からなる認知症検出用バイオマーカーともいえる。また、認知症診断用バイオマーカーともいえる。
【0041】
本発明の認知症検出用バイオマーカーは、認知症哺乳動物において、健常哺乳動物に比べその量が減少するという特徴を有する。よって、被験哺乳動物及び健常哺乳動物から当該バイオマーカーをそれぞれ単離して、その量を測定し、比較して、被験哺乳動物の方が少ない場合には、被験哺乳動物が認知症を患っていると診断することができる。
【0042】
なお、本発明の認知症検出用バイオマーカーとしては、プラズマローゲンの中でも特にエタノールアミンプラズマローゲンが好ましい。つまり、本発明は、赤血球に含有されるエタノールアミンプラズマローゲンからなる認知症検出用バイオマーカー(赤血球抽出エタノールアミンプラズマローゲンからなる認知症検出用バイオマーカー、又は赤血球抽出エタノールアミンプラズマローゲンからなる認知症診断用バイオマーカー、ともいえる)を好ましく包含する。
【0043】
キット
本発明は、上述の検査方法、判定方法、又は診断方法に用いるキット(検査用キット、判定用キット、又は診断用キット)も包含する。これらのキットは、より詳しくは、血液サンプル検査用キット、認知症由来血液サンプル判定用キット、認知症診断用キットということができる。
【0044】
本発明のキットには、赤血球に含まれるプラズマローゲン量を測定するために有用な試薬が備えられる。このような試薬としては、赤血球溶血用低張液や、脂質抽出用有機溶媒が挙げられる。具体的には、赤血球溶血用低張液としては低張リン酸バッファー等が、脂質抽出用有機溶媒としてはメタノール、クロロホルム、メタノール/クロロホルム(好ましくは1:1)液等が例示される。本発明のキットは、好ましくは赤血球溶血用低張液及び/又は脂質抽出用有機溶媒を備える。
【0045】
また、本発明のキットには、さらに、採血用器具又は試薬が備えられていてもよい。例えば、採血用シリンジ、採血用チューブ、抗凝固剤等が例示できる。また、本発明のキットには、さらに、HPLC分析用の溶媒が備えられていてもよい。このような溶媒としては、特に制限されないが、ヘキサン/イソプロパノール/酢酸(82:17:1)、イソプロパノール/水/酢酸(85:14:1)、トリエチルアミン等が例示できる。
【0046】
本発明のキットは、上述の検査方法、判定方法、又は診断方法に好ましく用いることができる。
【実施例】
【0047】
以下、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。
【0048】
測定サンプルの調製
<血液採取>
ラットの血液採取:注射器を用いた心臓穿刺により、血液を採取した。採取した血液には、抗凝固剤であるヘパリンを加えた。これをラット血液サンプルとする。なお、採血に用いたラットは、MF固形食(オリエンタル酵母工業株式会社)で4週間飼育したウィスターラット(12週齢)6匹である。
【0049】
ヒトの血液採取:注射器を用いて静脈血を採取した。採取した血液には、抗凝固剤としてEDTA−Na(エチレンジアミンテトラ酢酸ナトリウム塩)を加えた。これをヒト血液サンプルとした。
【0050】
<血清及び赤血球サンプルの調製>
上述のようにして得た血液サンプルを1000×g、5分間遠心して、上清(すなわち血清)を除去した。除去した血清は保存しておいた(これを血清サンプルとした)。さらに、血小板及び白血球を除去した。そして、血小板及び白血球を除去したサンプルに生理食塩水を加えて混和し、1000×g、5分間遠心し、血清成分および血球部の上層の白血球と血小板を除去した。当該操作をさらに2回繰り返した。この後、生理食塩水を加えて10%ヘマトクリット赤血球浮遊液を調製した。この赤血球浮遊液中の赤血球数及びヘモグロビン値等を血球計測装置(シスメックス 800、シスメックス、神戸、日本)で計測し、記録した。
【0051】
<脂質サンプルの調製>
上述のようにして得た赤血球浮遊液2.5mlを共栓付試験管にとり、遠心(1000×g、5分間)して、上清を除去した。こうして得られた赤血球に0.25mlの5mMリン酸バッファー(pH8.0)を加えて溶血し、4mlのメタノールを加えて混和後、30分間静置した。これに4mlのクロロホルムを加えて混和し、室温で20分間静置して脂質を抽出した。これを遠心(1000×g、5分間)して上清を採取後、残渣にメタノール/クロロホルム(1:1)液4mlを加え、脂質を再抽出した。その後、遠心(1000×g、5分間)して上清を採取し、これに先に採取しておいた上清を合わせ、さらに10mlの50mM塩化カリウム液を加えて混和し、遠心(1000×g、5分間)した。クロロホルム層を1ml採取して、窒素ガスを用いて乾燥させた後、−30℃に保存した。このようにして得られた脂質サンプルを赤血球脂質サンプルとした。ラット赤血球脂質サンプルと、ヒト赤血球脂質サンプルを調製した。
【0052】
血清サンプルから脂質を抽出する場合は、0.5ml血清サンプルにメタノール4mlを加え、その後4mlのクロロホルムを加えるところからは、赤血球と同様にして脂質を抽出した。このようにして得られた脂質サンプルを血清脂質サンプルとする。ラット血清脂質サンプルと、ヒト血清脂質サンプルを調製した。
【0053】
サンプル中のプラズマローゲン量の測定
<赤血球脂質サンプルのHPLC/ELSD法による分析:ラット>
ラット赤血球脂質サンプルを0.2mlのヘキサン/イソプロパノール(1:1)に溶解し、0.01mlをHPLCに注入した。HPLCは下記のDIOLカラム(250mm×4mm、シリカゲル平均粒径5μm)を用いた。下に測定条件を記載する。
【0054】
機器;Shimadzu LC-10AD (島津製作所,京都,日本)
カラム;LiChrospher Diol 100(250-4, Merck社)(プレカラム無し)
流速;1.0ml/min
検出;蒸発光散乱検出器(ELSD) (島津製作所,京都,日本)
移動相Aにはヘキサン/イソプロパノール/酢酸(82:17:1、体積比)、移動相Bにはイソプロパノール/水/酢酸(85:14:1、体積比)、(移動相A、Bともに0.08%(v/v)となるようにトリエチルアミンを加えた)を用いた。移動相A は、95%から直線的に減少し23分で63%、27分で15%、27分から28分まで15%を保ち、4分間で初期条件にもどし、5分間初期条件を継続して次の試料を注入した。各脂質の検出は蒸発光散乱検出器(ELSD)を用いた。結果を
図1示す(
図1上側のクロマトグラム)。各種脂質を示すピークが得られており、プラズマローゲンであるエタノールアミンプラズマローゲン(pl−PE)のピークも明確に読み取れることがわかった。
【0055】
なお、プラズマローゲンのビニルエーテル結合がアシル結合と比べて酸加水分解に敏感であることから、脂質サンプルを塩酸で処理すると、プラズマローゲンが選択的に分解される。塩酸処理したラット赤血球脂質サンプルを同様にしてHPLCで分析したところ、プラズマローゲン(pl−PE)由来ピークのみが消失することも確認できた(
図1下側のクロマトグラム)。このことからも、消失したピークがプラズマローゲンであることが確認できた。なお、クロマトグラムの各ピークが、どの脂質成分由来のピークであるかは、各種脂質成分の標品を予め同様に分析してピーク検出位置を確認しておくことで、決定することができる。
【0056】
以上の結果から、HPLC/ELSD法による分析により、赤血球脂質サンプルに含まれるプラズマローゲンを検出可能であることが確認できた。また、HPLC/ELSD法により、プラズマローゲンのみならず、その他の脂質成分についても一度に分離、検出することが可能であることが確認できた。
【0057】
また、同様にして、ラット血清脂質サンプルをHPLC/ELSD法で分析した。結果を
図2に示す(
図2下側のクロマトグラムは、
図2上側のクロマトグラムを拡大したものである)。当該結果から、血清中にはプラズマローゲンがほとんど存在しない(少なくとも上記HPLC分析の条件では検出が難しい)ことがわかった。
【0058】
<赤血球脂質サンプルのHPLC/ELSD法による分析:ヒト>
ヒト赤血球脂質サンプルを、上記ラット赤血球脂質サンプルの分析と同様にしてHPLC/ELSD法により分析した。結果を
図3に示す(
図3上側のクロマトグラム)。ラットの場合と同様、各種脂質を示すピークが得られており、プラズマローゲンであるエタノールアミンプラズマローゲン(pl−PE)のピークも明確に読み取れることがわかった。
【0059】
また、塩酸処理したヒト赤血球脂質サンプルを同様にHPLC/ELSD法で分析したところ、プラズマローゲン(pl−PE)由来ピークのみが消失することも確認できた(
図3下側のクロマトグラム)。
【0060】
以上の結果からも、HPLC/ELSD法による分析により、赤血球脂質サンプルに含まれるプラズマローゲンを検出可能であることが確認できた。また、HPLC/ELSD法により、プラズマローゲンのみならず、その他の脂質成分についても一度に分離及び検出することが可能であることも確認できた。
【0061】
図3上側のクロマトグラムの各ピーク面積を分析することにより、各種脂質成分量に対するプラズマローゲン量の比を求めたり、ヒト赤血球脂質中に占めるプラズマローゲン量の割合を求めたりすることができる。ヒト赤血球脂質中に占めるプラズマローゲン量の割合は約12%であった。
【0062】
なお、ヒト血清脂質サンプルも同様にHPLC/ELSD法で分析した。結果を
図4に示す。当該結果からも、血清中にはプラズマローゲンがほとんど存在しない(少なくとも上記HPLC分析の条件では検出が難しい)ことがわかった。
【0063】
ヒト認知症患者と健常者との比較
認知症患者(アルツハイマー病79歳男性、認知症を合併したパーキンソン病74歳男性)、及び当該患者と同性の老年健常者6人(68〜74歳:平均72歳)から採血し、上述のようにして、得られたそれぞれの血液から赤血球脂質サンプルを調製し、HPLC/ELSD法による分析を行った。
【0064】
そして、それぞれの血液から得られた各クロマトグラムの各脂質成分由来のピーク面積について分析し、エタノールアミンプラズマローゲン(pl−PE)のピーク面積とホスファチジルエタノールアミン(PE)のピーク面積との比(pl−PE/PE)を算出した。結果は次のようになった。
老年健常者・・・0.87±0.07
アルツハイマー病患者・・・0.58
パーキンソン病患者・・・0.63
【0065】
これらの結果から、認知症患者では、赤血球脂質中のプラズマローゲン量が低下していることが確認できた。なお、ここでは、健常者と認知症患者との赤血球に含有されるプラズマローゲン量の比較を行うために、赤血球膜に含まれる脂質の一つホスファチジルエタノールアミン量に対するエタノールアミンプラズマローゲン量の比率を算出し、比較をした(すなわち、ホスファチジルエタノールアミンを基準とした比較をした)が、他の脂質に対するエタノールアミンプラズマローゲン量の比率を算出して比較をすることも同様に行い得る。
【0066】
認知症モデルマウスを用いた検討
LPS(リポポリサッカライド;lipopolysaccharide)をマウスに腹腔内投与することで、認知症モデルマウスを作製できることが知られている(例えば、Jpn. J. Pharmacol. 87, 195-201 (2001)参照)。そこで、文献(Lee JW et.al, Neuroinflammation, 2008, Aug 29 ; 5 : 37)に記載の手法と同様にして、脳炎症を引き起こさせ、認知症モデルマウスを作製した。具体的には、8-12週齢C57BL雄性マウス(九動株式会社製)にLPS(250μg/kg、シグマ社製)を一日一回連続7週間腹腔内投与して、慢性的な脳内炎症を有する認知症モデルマウスを得た(当該マウス群をLPS群とした)。また、8-12週齢C57BL雄性マウスに、LPSのかわりに生理食塩水を7日間連続腹腔内投与したマウス群を対照群(Control群)とした。LPS群はn=5、Control群はn=5である。
【0067】
LPS最終投与(対照群は生理食塩水最終投与)24時間後に、各マウスにペントバルビタールを投与して麻酔を施し、開腹後、左心室より採血して被験血液サンプルとした。そして、上記と同様にして、当該被験血液サンプルから赤血球脂質サンプルを調製し、HPLC/ELSD法による分析を行い、エタノールアミンプラズマローゲン(pl−PE)のピーク面積とホスファチジルエタノールアミン(PE)のピーク面積との比(pl−PE/PE)を算出した。さらに、Steel test(ノンパラメトリック)検定を行った。結果を
図5に示す。
【0068】
当該結果から、認知症モデルマウスでは、正常マウスに比べ、赤血球脂質中のプラズマローゲン量が有意に低下していることが確認できた。
【0069】
アルツハイマー型認知症患者を用いた検討
改訂長谷川式簡易知能評価スケールにより複数の高齢者の評価を行い、30満点中、21点以上を正常(n=8)、20〜11点を軽度認知症(軽度AD;n=19)、10点以下を高度認知症(高度AD;n=14)と判定し、群分けした。
【0070】
なお、改訂長谷川式簡易知能評価スケールとは、HDS-Rとも標記され、一般の高齢者から認知症高齢者をスクリーニングするための方法として、臨床現場で広く用いられる方法である(老年精神医学雑誌,2:1339-1347 (1991)、高齢者のための知的機能検査の手引き,ワールドプランニング,(1991)等参照)。
【0071】
上記と同様にして、各患者から採血を行って被験血液サンプルを得、当該被験血液サンプルから赤血球脂質サンプルを調製し、HPLC/ELSD法による分析を行い、エタノールアミンプラズマローゲン(pl−PE)のピーク面積とホスファチジルエタノールアミン(PE)のピーク面積との比(pl−PE/PE)を算出した。さらに、Steel Test(ノンパラメトリック)検定を行った。結果を
図6に示す。なお、
図6の縦軸の単位は%である。
【0072】
当該結果から、アルツハイマー型認知症患者では赤血球脂質中のプラズマローゲン量が低下すること、特に、高度認知症患者では認知症ではない人(正常)に比べて有意に赤血球脂質中のプラズマローゲン量が低下すること、がわかった。