(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6027736
(24)【登録日】2016年10月21日
(45)【発行日】2016年11月16日
(54)【発明の名称】既設の鉄筋コンクリート中に埋設された鉄筋の腐食抑制方法
(51)【国際特許分類】
C23F 15/00 20060101AFI20161107BHJP
E02B 1/00 20060101ALI20161107BHJP
E04G 23/02 20060101ALI20161107BHJP
【FI】
C23F15/00
E02B1/00 Z
E04G23/02 A
【請求項の数】1
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2011-265932(P2011-265932)
(22)【出願日】2011年12月5日
(65)【公開番号】特開2013-117057(P2013-117057A)
(43)【公開日】2013年6月13日
【審査請求日】2014年12月4日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 平成23年8月5日 公益社団法人 土木学会発行の「土木学会 平成23年度全国大会案内」に発表
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004400
【氏名又は名称】オルガノ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】睦好 宏史
(72)【発明者】
【氏名】角田 敦
(72)【発明者】
【氏名】真田 修
(72)【発明者】
【氏名】上平 謙二
(72)【発明者】
【氏名】二戸 信和
(72)【発明者】
【氏名】山中 弘次
(72)【発明者】
【氏名】中橋 知美
【審査官】
内藤 康彰
(56)【参考文献】
【文献】
特開2002−275832(JP,A)
【文献】
特開平02−279851(JP,A)
【文献】
特開2005−067903(JP,A)
【文献】
特開2011−068969(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F11/00−11/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
既設の鉄筋コンクリート中に埋設された鉄筋の腐食抑制方法であって、塩害を起こした、または塩害を起こす可能性がある前記既設の鉄筋コンクリートの表面のコンクリートを前記鉄筋が露出するまではつり取り、前記はつり取った部分の少なくとも一部に、前記鉄筋と接触させて強塩基性陰イオン交換樹脂を含まないモルタルを充填した上で、前記露出させた鉄筋に接触しないようにOH型の強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを充填して断面補修すること、及び前記強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルは、セメント、骨材及び前記強塩基性陰イオン交換樹脂を乾燥状態で混合した後、水を加えて混合して調製することを特徴とする、前記腐食抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既設の鉄筋コンクリート中に埋設された鉄筋の腐食抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
既存鉄筋コンクリート(RC)あるいはプレストレストコンクリート(PC)構造物(総称してコンクリート構造物)の経年劣化による耐久性が社会的な問題となっている。特に、海中、海岸近傍や融雪剤を散布するような場所にあるコンクリート構造物の場合、塩化物イオンがコンクリート内部に浸入し、鉄筋が腐食して劣化が進む。そのため、種々の方法で補修や補強が行われている。損傷が著しい場合には既存のコンクリート構造物を壊して、新たなRC構造物が設置されることもある。
【0003】
既存のコンクリート構造物の塩害を抑制するための方法として、主に、次の工法が採用または提案されている。
(1)コンクリート構造物に侵入した塩化物イオンを電気化学的にコンクリート表面に排出する方法
(2)亜硝酸リチウム等を加えたモルタルでコンクリート構造物を断面修復する方法
(3)イオン交換樹脂を含有する処理剤でコンクリート構造物中の陰イオン等を抽出する方法
【0004】
(1)に分類される方法としては、例えば、特許文献1に記載の方法が挙げられる。この方法は、コンクリート構造物のコンクリート内部の鋼材を内部電極とし、コンクリートの表面部に設置した電極を表面電極とし、表面電極間、または表面電極と内部電極の間に電流を流す方法である。
【0005】
(2)に分類される方法としては、例えば、特許文献2に記載の方法が挙げられる。この方法は、コンクリート構造物の修復部分のコンクリートをはつり取った後、はつり取られた部分と断面修復モルタルとの接着界面、露出した鉄筋表面に亜硝酸塩水溶液を塗布し、かつ亜硝酸塩を含有するモルタルで断面修復する方法である。
【0006】
(3)に分類される方法としては、例えば、特許文献3に記載の方法が挙げられる。陰イオン交換樹脂と陽イオン交換樹脂と高吸水性ゲルの混合物からなる処理剤をコンクリートに塗布して、コンクリート部材の内部に含有される陰イオンおよび陽イオンを抽出する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−40784号公報
【特許文献2】特開2003−120041号公報
【特許文献3】特開2003−27262号公報
【特許文献4】特開平2−279851号公報
【特許文献5】特開平9−86997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
(1)の方法は、コンクリート構造物中の鉄筋の防食方法としては有効な方法ではある。しかし、鉄筋周辺のコンクリートから均一に塩化物イオンが除去され難くいという問題がある。また、電極設置や、通電など作業が大がかりになるので、費用がかかるという点も課題である。
【0009】
(2)の方法は、亜硝酸イオン(NO
2-)と鉄イオン(Fe
2+)との反応により不動態被膜が再生されるため、内部鉄筋の腐食防止に有効である。しかし、亜硝酸塩として亜硝酸リチウムを用いる場合、その毒性と亜硝酸リチウム含有モルタルの価格が極めて高いことが欠点である。
【0010】
塩水や融雪剤による鉄筋の腐食は、主に塩化物イオンの働きであることが知られている。そこで、(3)の方法のように、比較的安価なイオン交換樹脂を利用して、鉄筋を腐食させる塩化物イオンを吸着除去することは有効である。しかし、特許文献3の方法は、処理剤として高吸水性ゲルを用いるため、施工やハンドリングが容易ではなく、処理剤での抽出中は、処理剤を保護する工夫も必要である。
【0011】
さらに、(3)に関連する方法としては、例えば、特許文献4には、鋼材を内蔵するコンクリート面に、水硬性セメントと陰イオン交換樹脂を主成分とする塗材を塗布することを特徴とするコンクリートの保護方法が記載されている。さらに、特許文献5には、ポルトランドセメントと塩化物イオン吸着剤(例えば、カルシウム・アルミニウム複合水酸化物や合成ゼオライト)を主成分とする防錆モルタルが記載され、塩害による鉄筋腐食により劣化したコンクリート部分の補修や劣化抑制について記載している。いずれも、特許文献3の先行技術として記載されている。
【0012】
特許文献3の記載によれば、高吸水性ゲルを用いることで、高吸水性ゲルが保持する水分により、陰イオン交換樹脂と陽イオン交換樹脂が有するイオン交換能力を発揮して、コンクリートからの陰イオンおよび陽イオンの抽出をより迅速に行うことができる。一方で、水硬性セメントやポルトランドセメントを媒体とする場合には、高吸水性ゲルを用いる程の効果はないものと推察される。しかし、特許文献3の方法では、高吸水性ゲルからなる処理剤を補修期間中保持するための施工が必要であり、簡便な方法とは言えない
【0013】
そこで本発明の目的は、海水等の塩水や融雪剤に暴露される既設の鉄筋コンクリート構造物におけるコンクリート中に埋設された鉄筋に対する、工法としては比較的簡便であり、かつ化学的安全性に優れかつ安価な材料を用いる、新たな腐食抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記問題点を解決するために鋭意研究した結果、補修部分のコンクリートをはつり取った後に、強塩基性陰イオン交換樹脂を含有したモルタルを補修材として、断面修復することにより、既存鉄筋コンクリート中に埋設された鉄筋の腐食を抑制できることを見出し、本発明を完成させた。
【0015】
本発明は、既設の鉄筋コンクリート中に埋設された鉄筋の腐食抑制方法であって、塩害を起こした、または塩害を起こす可能性がある前記既設の鉄筋コンクリートの表面のコンクリートの少なくとも一部をはつり取り、はつり取った部分の少なくとも一部に、強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを充填して断面補修することを特徴とする、前記腐食抑制方法に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、塩害を起こした既存の鉄筋コンクリート構造物の表面のコンクリートをはつり、強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルで断面修復することにより、断面補修用モルタルに含まれる自由水により、内部の鉄筋周辺に存在する既存コンクリートに含浸した塩化物イオンが強塩基性陰イオン交換樹脂に吸着することにより、鉄筋周辺の塩化物イオンの濃度を下げることができる。また同時に、イオン交換樹脂からOH
-イオンが脱着することにより、鉄筋周辺のアルカリイオン濃度(pH)が高くなり、さらに腐食しにくくなることが期待される。
【0017】
強塩基性陰イオン交換樹脂は断面修復モルタルが硬化した時点で、塩化物イオンを吸着する能力が大部分残っているので、コンクリート構造物の外部から侵入する塩化物イオンを吸着し、また、鉄筋近傍の既存コンクリートに含まれる塩化物イオンを徐々に吸着することにより、長期にわたり内部の鉄筋を腐食から守ることができる。さらに前述したように、鉄筋周辺のアルカリイオン濃度(pH)が高くなり、腐食防止環境が保たれる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、既設の鉄筋コンクリート中に埋設された鉄筋の腐食抑制方法である。本発明の腐食抑制方法は、塩害を起こした、または塩害を起こす可能性がある前記既設の鉄筋コンクリートの表面のコンクリートの少なくとも一部をはつり取り、はつり取った部分の少なくとも一部に、強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工して断面補修することを特徴とする。
【0020】
本発明の方法の対象となる鉄筋コンクリートは、既設の鉄筋コンクリートであって、塩害を起こした、または塩害を起こす可能性があるものである。例えば、海水等の塩水や融雪剤に暴露される鉄筋コンクリート構造物であるが、特に限定されるものではない。さらに、本発明の方法は、炭酸ガスなどの酸性ガスで中性化が進んだ鉄筋コンクリート構造物にも有効である。
【0021】
本発明の方法においては、既設の鉄筋コンクリートの表面のコンクリートの少なくとも一部をはつり取る。鉄筋コンクリートの表面のはつり取る部分には、特に制限はないが、鉄筋コンクリート構造物の塩害によるダメージの状況あるいは想定される塩害によるダメージの状況を考慮して、鉄筋コンクリート構造物全体についてはつり取りを行うこともできるし、あるいは、塩害によるダメージが著しい箇所について部分的にはつり取りを行うこともできる。より具体的には、コンクリート表面のうきが目立っていたり、軽くたたいただけで剥離しそうな部位が全面積のうち概ね半分以上を占めていたり、内部の鉄筋の錆汁が表面にまで伝え流れているところが多くみられるような面を、はつり取る対象とすることが好ましい。特に、供用後数十年経過した鉄筋コンクリート構造物では、海側に面している面、海と反対側に面している面、山岳地帯の沢に建っている橋脚など、様々な「立地環境」によって、面ごとに劣化の進行具合が異なる。従って、上記のようにコンクリートの表面状態等を考慮して、コンクリートの外表面の一部について、例えば、四角柱の一部の面についてのみ、はつり取りを行う場合と、全部の面についてはつり取りを行う場合とがあり得る。コンクリートの複数の外表面についてはつり取りを行う場合には、コンクリート構造物の強度を維持するという観点からは、各外表面について段階的にはつり取り及びモルタル塗工を行うことが好ましい。
【0022】
また、はつり取る深さは、本発明の方法適用後の鉄筋の腐食抑制効果を考慮すると、鉄筋コンクリート構造物の耐荷性状や強度特性上、使用・供用上の問題を来たさない範囲内で、かつコンクリート中の塩化物量が発錆限界塩化物量(例えば、1.2〜2.4kg/m
3)を超えている深さまで、はつり取ることが好ましい。従って、強度に塩害を受けている場合には、コンクリート内部の鉄筋により近い位置まではつり取ることが好ましく、最も好ましくは鉄筋コンクリート内部の鉄筋が露出する部分まではつり取る。
【0023】
本発明においては、既設の鉄筋コンクリートの表面のコンクリートの少なくとも一部をはつり取り、かつはつり取った部分の少なくとも一部に強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工することで、コンクリート部分に含まれていた塩化物を除去でき、かつ、鉄筋近傍のコンクリート中に存在する塩化物を効果的に除去できるという利点がある。
【0024】
次いで、はつり取った部分の少なくとも一部に、強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工する。好ましくは、はつり取った部分をほぼ充填できるように強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工する。本発明においては、強塩基性陰イオン交換樹脂により鉄筋コンクリート内部に侵入した塩化物イオンを、塩害を起こしたコンクリートから吸着除去する。それにより、塩化物イオンによる鉄筋の腐食の進行を抑制する。強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工する部分は、塩化物イオンを、塩害を起こしたコンクリートから吸着除去するために、塩害を起こしたコンクリートに接していることが好ましい。はつり取る部分は、特に制限はなく、既設の鉄筋コンクリートの塩害の程度や塩害を受けている部分を考慮して適宜決定できる。例えば、コンクリート表面に近い部分は塩害を受けているが、鉄筋近傍及び鉄筋と表面との間の途中までは塩害を受けていない場合には、鉄筋と表面との間の途中までの塩害を受けた部分のコンクリートをはつり取り、はつり取った部分に強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工することができる。また、コンクリート表面に近い部分のみならず鉄筋近傍までも塩害を受けている場合には、表面から鉄筋近傍まで、または一番外側に配設された鉄筋が露出するまでコンクリートをはつり取り、はつり取った部分に強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工することができる。但し、強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工する部分は、強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルに塩化物イオンが吸着され鉄筋近傍に塩化物イオンが存在するため、鉄筋に接触しないことがより好ましい。このような観点から、一番外側に配設された鉄筋が露出するまでコンクリートをはつり取り、強塩基性陰イオン交換樹脂を含まないモルタルを塗工した上に、さらに強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工することもできる。外部からの海水や融雪剤による塩化物イオンの浸透を防ぐため、断面補修後の表面近傍に強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルを塗工してもよい。
【0025】
但し、強塩基性陰イオン交換樹脂による塩化物イオンのコンクリートからの効果的な吸着除去には、塩化物のイオン化を促進するために強塩基性陰イオン交換樹脂の分散媒に水が共存する必要がある。そこで本発明では、強塩基性陰イオン交換樹脂の分散媒としてはモルタルを用いる。モルタルは、セメントと砂と水からなるものであり、硬化中及び硬化後においてもモルタルは、乾燥するまでは水を内蔵するため、上記塩化物イオンの吸着除去を促進するために好都合である。
【0026】
強塩基性陰イオン交換樹脂は、イオン交換基として強塩基性を示す強塩基性陰イオン交換基を有する陰イオン交換樹脂であれば制限はない。重合度、形状等は特に限定されず、樹脂の形状は、ゲル形であっても、ポーラス形であってもよい。本発明の『強塩基性陰イオン交換樹脂』は、例えば、スチレンとジビニルベンゼン共重合体をクロロメチル化し、続いてアミノ化することによって得ることができる。強塩基性陰イオン交換基としては、例えば、トリメチルアンモニウム基、トリエチルアンモニウム基、トリブチルアンモニウム基、ジメチルヒドロキシエチルアンモニウム基、ジメチルヒドロキシプロピルアンモニウム基、メチルジヒドロキシエチルアンモニウム基等の四級アンモニウム基や、第三スルホニウム基、ホスホニウム基等が挙げられる。強塩基性陰イオン交換樹脂は、OH型でもCl型でもよく、Cl型の場合は、水酸化ナトリウム等で再生および洗浄することによりOH型にしてから使用すればよい。なお、Cl型からOH型に変化した場合、約20%膨潤し、その分、粒径も大きくなる。
【0027】
該強塩基性陰イオン交換樹脂の代表例としては、例えばアンバージェット4002(ローム・アンド・ハース・ジャパン社製)、アンバージェット4010(ローム・アンド・ハース・ジャパン社製)、アンバージェット4400(ローム・アンド・ハース・ジャパン社製)等の第4級アンモニウム基含有陰イオン交換樹脂等が挙げられる。
【0028】
強塩基性陰イオン交換樹脂が有するイオン交換容量には特に限定がないが、より多くの塩化物イオンを補足できるという観点からは、高いほど好ましい。但し、コストとのバランスも考慮すると、イオン交換容量は、例えば、2〜5ミリ当量/gの範囲であることが適当である。但し、この範囲に限定される意図ではない。
【0029】
強塩基性陰イオン交換樹脂の直径には特に限定がなく、モルタルとの混合時点において、例えば、0.1〜1.0mmの範囲が適当である。0.1mm以上であれば、モルタルに混合する場合に粉末として浮遊することなく容易に混合ができる。1.0mm以下であれば、モルタル中でイオン交換樹脂が異物となることなく、断面補修したコンクリート部分の力学特性を実用化に支障が出るほどに低下させることもない。強塩基性陰イオン交換樹脂は、異なる直径または平均直径を有するイオン交換樹脂の混合物を用いても良い。強塩基性陰イオン交換樹脂は、粒状であっても、適当な手段で粉砕した粉末状であってもよい。尚、強塩基性陰イオン交換樹脂の直径は、モルタルへの混合前後、及び補修完了直後においては、ほとんど変化はない。
【0030】
モルタルに混合される強塩基性陰イオン交換樹脂の混合量(容積比率)は、用いる強塩基性陰イオン交換樹脂の種類や処理対象のコンクリートの塩害の程度等を考慮して適宜決定することができる。例えば、モルタルに対する容積比で、例えば、0.1〜5.0%の範囲とすることができる。0.1%以上であれば、所定の防食効果が得られる。5.0%以下であれば、強塩基性陰イオン交換樹脂のモルタルへの混合のための分散も容易に行うことができ、またモルタルの補修のための施工も容易に行うことができる。
【0031】
本発明においてモルタルに使用されるセメントは、水との反応により硬化体を形成できる水硬性セメントである限り、特に限定されない。水硬性セメントとしては、例えば、ポルトランドセメント、高炉セメント、フライアッシュセメント、アルミナセメント等が挙げられる。ポルトランドセメントおよびアルミナセメントに高炉スラグ、フライアッシュなどの混和材と混合してもよい。また、ポリマーセメントも適用可能である。
【0032】
強塩基性陰イオン交換樹脂は塩化物イオンを吸着する能力を有するが、イオン交換樹脂に対する吸着能の序列はSO
42->NO
3->Cl
-である。普通セメントにはSO
42-が石膏(CaSO
4・2H
2O)として約5重量%含まれている。石膏は水に対する溶解度がCl
-(NaCl、CaCl
2)より低い。そのため、短期的には石膏に由来する硫酸イオンは少なく、イオン交換樹脂は硫酸イオンに妨げられずに、塩化物イオンに対して吸着能を発揮する。但し、長期的にはイオン交換樹脂はSO
42-を吸着し、塩化物イオンが遊離して、内部鉄筋が腐食する恐れがある。
【0033】
このことから、モルタルに用いるセメントとしては、ポルトランドセメントも用いることができる。しかし、長期寿命の観点から、好ましくは注水直後のセメントからSO
42-を遊離する可能性が実質的にない硫酸塩を実質的に含まないセメントが選ばれる。硫酸塩を実質的に含まないセメントとは、セメントの原料として硫酸塩を含む材料を用いないことを意味し、セメントの製造上不可避的にセメントに混入する不純物として硫酸塩を含有するセメントは、本発明における硫酸塩を実質的に含まないセメントに包含される。硫酸塩を実質的に含まないセメントとしては、具体的にはアルミナセメント、マグネシアセメント等が挙げられる。但し、アルミナセメントの場合、硬化体の圧縮強度が低下する可能性があるので、そのような場合には、高炉スラグを併用することが好ましい。尚、ポルトランドセメントには、普通セメント、早強セメント、中庸熱セメント、低熱セメント、耐硫酸塩セメント等が含まれる。断面補修モルタルには、早強セメントを使用することが好ましい場合がある。
【0034】
断面補修用のモルタルは、強塩基性イオン交換樹脂、セメント及び骨材である砂の混合物に適度の水を加えたモルタルである。骨材である砂は、塩化物を含まない川砂または海砂である場合には、付着した塩分を水洗したものを用いることが好ましい。骨材である砂の粒子径は、強塩基性イオン交換樹脂の粒子径と、類似していても、異なっても良い。モルタル作製時の混合と断面補修の施工の容易さを考慮すると、一般に断面補修用モルタルの砂は通常用いられるものであればとくに限定されない。骨材である砂の平均粒子径は、特に制限はないが、例えば、0.15〜5mmの範囲とすることができる。
【0035】
強塩基性イオン交換樹脂のモルタル中の含有量は上述のとおりであるが、セメントの含有量、骨材である砂の含有量及び水の含有量はそれぞれ以下のとおりである。モルタルの流動性、施工性、さらに硬化後の強度などを考慮すると、砂/セメントの質量比は0.8〜2.5の範囲が好ましく、水/セメントの質量比は0.15〜0.5が好ましい。
【0036】
本発明における断面補修用のモルタルは、上記成分以外に、補強用短繊維、水硬化型樹脂、減水剤、流動化剤、増粘剤、凝結遅延剤、凝結促進剤、膨張材等を添加することもできる。特に、補強用短繊維は断面補修モルタル自体の施工性を改良し、ひび割れ抑制し、外部からの塩化物イオンの浸透を防止するために、重要である。
【0037】
強塩基性イオン交換樹脂を含有するモルタルの調製方法としては、セメント、骨材(砂)及びイオン交換樹脂を乾燥状態で混合したのち、適量の水を加えて混合してもよく、市販の断面補修モルタルと適量の水と混練するときに別にイオン交換樹脂を添加して混合してもよい。ミキサーは、例えば、強制二軸練りミキサー、傾動ミキサー、パン型ミキサー、ハンドミキサーなどがあるがとくに限定されない。水との混合の前に、セメント、骨材(砂)及びイオン交換樹脂を乾燥状態で混合することが、イオン交換樹脂をモルタル中により均一に分散することができるためより好ましい。
【0038】
本発明の方法を
図1に基づいてさらに説明する。
Aは、既設の鉄筋コンクリート構造物を示す。内部に鉄筋を有する塩害を受けたコンクリート構造物である。Bで、この塩害を受けたコンクリート構造物の表面の鉄筋よりも外側のコンクリートをはつり取る。Bでは、コンクリート構造物の全ての表面のコンクリートを鉄筋が露出するまではつり取っている。Cでは、コンクリートをはつり取った部分に、上記断面補修用のモルタルを塗工することで補修して断面を修復する。尚、
図1では、図面右側の面をはつり取っている。図面左側の面、手前側の面、奥側の面についてもそれぞれはつり取り、かつ断面修復する場合には、この構造物全体の安全性を維持するという観点からは、各はつり取り及び断面修復は、順次実施することが好ましい。
【0039】
この状態で保持することで、断面補修用のモルタルに、少なくとも鉄筋近傍のコンクリートに存在する塩化物イオンが拡散して、モルタルに含まれる強塩基性イオン交換樹脂においてイオン交換される。このイオン交換によりモルタル中には、強塩基性イオン交換樹脂から、イオン交換樹脂が保有していた水酸化イオン(OH
-)が放出され、この水酸化イオンは鉄筋近傍のコンクリートに拡散すると考えられる(D)。さらに、鉄筋と鉄筋とに挟まれた部分に存在する塩化物イオンも、イオン交換樹脂の吸着性能により、イオン交換樹脂から脱着した水酸化物イオンの代わりにイオン交換樹脂に吸着する(鉄筋の外側へと移動)。尚、イオン交換樹脂による塩化物イオン吸着の反応式は、例えば、次式で表される。
R-CH
2N (CH
3) OH + Cl
- → R-CH
2N (CH
3) Cl + OH
-
【0040】
Cの断面補修用のモルタル塗工による断面補修の後に、Dで示すように、塗工された断面補修用のモルタルの上に、通常モルタルの塗工及び表面塗装を施すこともできる。
【0041】
このように断面修復後の鉄筋コンクリート構造物の表面から塩化物イオンの浸入を防止する目的で、短繊維を含む通常モルタルで被覆し、さらに樹脂で塗装するなど、すでに適用されている方法を併用することが望ましい。また、表面の塗装は定期的に更新されることが望ましい。
【0042】
本発明の方法で補修された鉄筋コンクリート構造物であっても、長期的にみるとイオン交換樹脂が塩化物イオンで完全に吸着すると、内部鉄筋の防食効果がなくなる。そこで、再び鉄筋表面のモルタルをはつり、上記と同じ方法で補修すれば長期にわたり鉄筋を腐食から守ることが可能である。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0044】
実施例1
【0045】
図2に示すように、最初に縦、横、高さがそれぞれ10cmの矩形の型枠に塩化ナトリウムを含む早強ポルトランドセメントを含むモルタルを高さ8cm打設した。これを14日湿潤養生したのち、続いて強塩基性陰イオン交換樹脂を含む早強ポルトランドセメントを含むモルタルを厚さ2cm追加して打設した。例えば、試験番号4記載において続けて打設したモルタルで使用した強塩基性陰イオン交換樹脂としては、アンバージェット4002(ローム・アンド・ハース・ジャパン社製、OH型、平均粒径0.50〜0.80mm)を用いた。上記モルタルは、強塩基性陰イオン交換樹脂30g、早強ポルトランドセメント5860g、及び砂(平均粒子径1.2mm)12560gを予め混合し、この混合物に水2930gを混合してモルタル10リットルを作製した。
【0046】
追加打設2日後に、追加したモルタル部分をカットして分離し、粉砕したのち、JIS A 1154「硬化コンクリート中に含まれる塩化物イオンの試験方法」に従って、全塩化物イオンを定量し、結果を表1に示した。これより、強塩基性陰イオン交換樹脂を加えたモルタルに多くの塩化物が定量された。すなわち、強塩基性陰イオン交換樹脂が最初に打設したコンクリート中の塩化物イオンを吸着したものである。すなわち、塩害を受けた既存コンクリート構造物の鉄筋近傍に存在する塩化物イオンが強塩基性陰イオン交換樹脂を含む断面補修材に移動し、鉄筋の腐食を防止できることを示している。
【0047】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0048】
塩害を受けた既設の鉄筋コンクリート構造物の表面のコンクリートをはつり、強塩基性陰イオン交換樹脂を含むモルタルで断面修復することにより、鉄筋近傍に存在する塩化物イオンや新たに浸透する塩化物イオンを吸着できるので、内部の鉄筋を腐食から守ることができる。結果として、海水等の塩水や融雪剤に暴露される鉄筋コンクリート構造物内部に埋設された鉄筋を長期間腐食抑制し、コンクリート構造物の寿命を延長することが可能となる。