(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
高分子基材にN-ビニルイミダゾール誘導体を放射線グラフト重合して、前記N-ビニルイミダゾール誘導体の重合体をグラフト鎖として前記高分子基材に導入する工程と、前記グラフト鎖のイミダゾール部位を、炭素数3以上のハロゲン化アルキルでN-アルキル化してアルキル置換イミダゾリウム塩を形成する工程とを有することを特徴とするアニオン伝導電解質膜の製造方法。
高分子基材にN-ビニルイミダゾール誘導体及び共モノマーを放射線グラフト重合して、前記N-ビニルイミダゾール誘導体と共モノマーとの共重合体をグラフト鎖として前記高分子基材に導入する工程と、前記グラフト鎖のイミダゾール部位を、炭素数3以上のハロゲン化アルキルでN-アルキル化してアルキル置換イミダゾリウム塩を形成する工程とを有することを特徴とするアニオン伝導電解質膜の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のアニオン伝導電解質膜は、上記のとおり、高分子基材のグラフト鎖に、イオン交換基としてアルキル置換イミダゾリウム塩を有する。
【0017】
ここで、高分子基材のグラフト鎖は、N-ビニルイミダゾール誘導体をモノマーとする放射線グラフト重合により形成される。このグラフト鎖は、N-ビニルイミダゾール誘導体の単独重合体として構成することができる。また、N-ビニルイミダゾール誘導体及び共モノマーの放射線グラフト重合によって、N-ビニルイミダゾール誘導体と共モノマーとの共重合体として構成することもできる。N-ビニルイミダゾール誘導体は、後述するが、ハロゲン化アルキルと反応してアルキル置換イミダゾリウム塩を形成可能なイミダゾール環を有するビニルモノマーである。共モノマーは、後述するが、例えば、炭化水素系ビニルモノマーや炭化フッ素系ビニルモノマーなどのビニルモノマーである。この共モノマーが重合単位としてグラフト鎖に導入されると、スペーサーとして作用し、アルカリ置換イミダゾリウム塩の正電荷同士の反発が低下する。これによって、脱離反応が抑制される。結果として、高導電率かつ高アルカリ耐性を有するアニオン伝導電解質膜が得られる。
【0018】
前記アルキル置換イミダゾリウム塩は、前記グラフト鎖のイミダゾール部位を炭素数3以上のハロゲン化アルキルでN-アルキル化して形成される。すなわち、このアルキル置換イミダゾリウム塩は、イミダゾリウムカチオンとアニオンとから構成される塩であり、イミダゾリウムカチオンは、前記N-ビニルイミダゾール誘導体に由来するイミダゾール環上の3位の窒素原子に炭素数3以上のアルキル基が結合されている。
【0019】
このようなアニオン伝導電解質膜としては、その高分子基材のグラフト鎖を構成する重合単位として、例えば、下記式(1)で表わされるアルカリ置換イミダゾリウム塩を有する構造単位を含むものとして表わすことができる。
【0021】
ここで、式(1)中、R
1は、炭素数3以上のアルキル基である。R
2,R
3及びR
4は、互いに同一でも異なっていてもよく、水素原子、シアノ基、または置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。X
−は、陰イオンである。
【0022】
R
1のアルキル基は、直鎖状、分岐鎖状あるいは環状のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は、例えば3以上10以下とすることができる。本発明の所期の目的を実現するために、3以上8以下が好ましく、3以上6以下がより好ましい。
【0023】
アルキル基の具体例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、sec−ペンチル基、tert−ペンチル基、ネオペンチル基、n−ヘキシル基、イソヘキシル基、3−メチルペンチル基、2−メチルペンチル基、1−メチルペンチル基、1−エチルブチル基、2−エチルブチル基、1,2−ジメチルブチル基、2,3−ジメチルブチル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、n−ノニル基、n−デシル基、シクロヘキシル基、シクロペンチルメチル基、シクロヘキシルメチル基等の直鎖、分岐鎖あるいは環状のアルキル基が挙げられる。
【0024】
R
2〜R
4の炭化水素基は、例えば、アルキル基や芳香族炭化水素基などであり、アルキル基は直鎖状、分岐鎖状あるいは環状のいずれであってもよい。炭化水素基の炭素数は、例えば1以上10以下、好ましくは、1以上6以下である。炭化水素基は、置換基として、水酸基、シアノ基、カルボキシル基などを1個あるいは複数個有していてもよい。
【0025】
X
−は、アルカリ置換イミダゾリウム塩の対イオンである。例えば、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオンなどのハロゲンイオンである。ハロゲンイオンは、アニオン伝導電解質膜の用途に応じて、例えば、水酸化物イオン、炭酸イオン、重炭酸イオンなどと適宜置換することができる。
【0026】
高分子基材のグラフト鎖がN-ビニルイミダゾール誘導体と共モノマーとの共重合体で構成される場合において、特に共モノマーがスチレン系モノマーである場合には、アニオン伝導電解質膜は、例えば、上記式(1)で表わされる構造単位と、下記式(2)で表わされる構造単位とを含むものとして表わすことができる。
【0028】
ここで、式(2)中、R
5は、水素原子、ハロゲン原子、または置換基を有していてもよいアルキル基を示す。mは、1〜5の整数である。mが2以上のときは、R
5は同一でも異なっていてもよい。
【0029】
R
5のアルキル基は、直鎖状、分岐鎖状あるいは環状のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は、例えば1以上20以下、好ましくは1以上10以下とすることができる。アルキル基は、ハロゲン基などの置換基を有していてもよい。
【0030】
アニオン伝導電解質膜においては、導電率を上げるために、膜厚を薄くして膜抵抗を減少させることが考えられる。しかし現状では、アニオン伝導電解質膜の膜厚があまりに薄いとアニオン伝導電解質膜が破損しやすくなるため、通常、30μm〜200μm厚の範囲のアニオン伝導電解質膜が使われている。本発明の燃料電池用電解質膜においては、膜厚5μm〜200μmの範囲のものが有用である。
【0031】
本発明のアニオン伝導電解質膜は、
(A)高分子基材にN-ビニルイミダゾール誘導体を放射線グラフト重合して、前記N-ビニルイミダゾール誘導体の重合体をグラフト鎖として前記高分子基材に導入する工程と、
(B)前記グラフト鎖のイミダゾール部位を、炭素数3以上のハロゲン化アルキルでN-アルキル化してアルキル置換イミダゾリウム塩を形成する工程と、
を有する方法によって製造することができる。
【0033】
工程(A)では、上記のとおり、N-ビニルイミダゾール誘導体の重合体をグラフト鎖として高分子基材に導入する。
【0034】
ここで、高分子基材としては、フッ素系高分子からなるもの、オレフィン系高分子からなるもの、芳香族系高分子からなるものなどが用いられる。
【0035】
フッ素系高分子としては、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと略す)、テトラフルオロエチレン−六フッ化プロピレン共重合体(以下、FEPと略す)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(以下、PFAと略す)、ポリフッ化ビニリデン(以下、PVDFと略す)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(以下、ETFEと略す)、ポリフッ化ビニル(以下、PVFと略す)、ポリクロロトリフルオロエチレン共重合体(以下、ECTFEと略す)などが挙げられる。フッ素系高分子からなる高分子基材を用いる場合、フッ素系高分子を予め架橋しておくと、アニオン伝導電解質膜の耐熱性や膨潤抑制能をさらに向上させることができる。
【0036】
オレフィン系高分子としては、低密度、高密度、超高分子量のポリエチレンやポリプロピレンなどが挙げられる。また、トリメチルペンテンを重合単位とするポリマーを挙げることもできる。オレフィン系高分子からなる高分子基材を用いる場合、オレフィン系高分子をあらかじめ架橋しておくと、アニオン伝導電解質膜の耐熱性や膨潤抑制能をさらに向上させることができる。
【0037】
芳香族系高分子としては、高機能樹脂(スーパーエンジニアリングプラスチック)と称されるポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリエチレンナフタレート、液晶性芳香族ポリマー、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンスルフィド、ポリスルホン、及び、ポリエーテルスルホンなどが挙げられる。芳香族系高分子からなる高分子基材を用いる場合、芳香族系高分子を予め架橋しておくと、電解質膜の耐熱性や膨潤抑制能をさらに向上させることができる。
【0038】
なお、アニオン伝導電解質膜の耐久性向上や膨潤の抑制を目的に、熱可塑性樹脂と各種無機フィラーとのコンポジット材料、又は高分子アロイを高分子基材として使用することもできる。
【0039】
N-ビニルイミダゾール誘導体としては、ハロゲン化アルキルと反応してアルキル置換イミダゾリウム塩を形成可能なイミダゾール環を有するビニルモノマーが用いられる。例えば、下記式(3)で表わされるビニルモノマーを用いることができる。
【0041】
ここで、式(3)中、R
2,R
3及びR
4は、互いに同一でも異なっていてもよく、水素原子、シアノ基、または置換基を有していてもよい炭化水素基を示す。この式(3)のR
2〜R
4はそれぞれ、式(1)のR
2〜R
4に対応するものである。
【0042】
N-ビニルイミダゾール誘導体の具体例として、N-ビニルイミダゾール、N-ビニル-2-メチルイミダゾール、4,5-ジシアノ‐N‐ビニルイミダゾール、4,5-ジフェニル‐N‐ビニルイミダゾール、4,5-ジヒドロキシメチル‐N‐ビニルイミダゾールなどが挙げられる。
【0043】
放射線グラフト重合は、公知の方法によって行うことができる。例えば、高分子基材に対して先に放射線照射し、次いでその高分子基材をN-ビニルイミダゾール誘導体と接触させてグラフト重合させる前照射法がある。前照射法は、ホモポリマーの生成量が少ないので好ましい。前照射法においては、高分子基材を不活性ガス中で照射するポリマーラジカル法と、高分子基材を酸素存在下で照射するパーオキサイド法とがあるが、いずれも使用可能である。
【0044】
高分子基材への放射線の照射は、室温〜150℃の温度、不活性ガス又は酸素存在下で、1〜500kGy照射することにより行うことが好ましい。1kGy以下では十分な導電率を得るために必要なグラフト率を得ることが困難であり、500kGy以上だと高分子基材が脆くなることがある。
【0045】
N-ビニルイミダゾール誘導体のグラフト重合は、上記条件で放射線照射した高分子基材を、N-ビニルイミダゾール誘導体を含む溶液(以下、モノマー溶液とも称する)中に浸漬して行う。
【0046】
高分子基材のグラフト重合性や、グラフト重合して得られるグラフト高分子基材のモノマー溶液中での膜形状維持の観点から、モノマー溶液は、有機溶媒で希釈した溶液であることが好ましい。有機溶媒としては、ジクロロエタン、クロロホルム、N−メチルホルムアミド、N−メチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、γ−プチロラクトン、n−ヘキサン、メタノール、エタノール、1−プロパノール、t−ブタノール、トルエン、キシレン、シクロヘキサン、シクロヘキサノン、ジメチルスルホオキシドなどが挙げられる。このような溶媒は、単独で使用してもよく、あるいは、併用することもできる。
【0047】
グラフト率は、高分子基材に対し、5〜200重量%、好ましくは30〜130重量%であることが望ましい。5重量%以下では燃料電池として必要な導電率を維持することが困難である。200重量%以上では含水率が大きく、アニオン伝導電解質膜の強度や寸法安定性の維持が困難となる場合がある。
【0048】
放射線グラフト重合は、上記した前照射法に限定されるものではない。例えば、高分子基材とN-ビニルイミダゾール誘導体とを同時に放射線照射してグラフト重合させる同時照射法によって行うこともできる。
【0049】
以上のようにして、N-ビニルイミダゾール誘導体の重合体がグラフト鎖として高分子基材に導入される。このグラフト鎖は、N-ビニルイミダゾール誘導体の単独重合体であるが、N-ビニルイミダゾール誘導体及び共モノマーを放射線グラフト重合して、N-ビニルイミダゾール誘導体と共モノマーとの共重合体をグラフト鎖として高分子基材に導入することもできる。このような共重合体をグラフト鎖として導入した高分子基材を用いて製造したアニオン伝導電解質膜は、共重合体の共モノマーの部位がスペーサーとして作用し、アルカリ置換イミダゾリウム塩の正電荷同士の反発低下によって脱離反応が抑制される。結果として、高導電率かつ高アルカリ耐性を有するアニオン伝導電解質膜が得られる。
【0050】
このようなアニオン伝導電解質膜を得るために、N-ビニルイミダゾール誘導体と共モノマーとの共重合体において、共モノマーの導入量を70重量%未満とすることが好ましい。共モノマーの導入量が70重量%以上の場合、アルカリ置換イミダゾリウム塩の含有量が減少し、導電率が低下することがある。
【0051】
N-ビニルイミダゾール誘導体と共モノマーとの共重合体をグラフト鎖として高分子基材に導入する方法は、上記した放射グラフト重合と同様の方法が考慮される。例えば、まず、高分子基材に放射線を照射する。次いで、この高分子基材を、N-ビニルイミダゾール誘導体と共モノマーとを混合したモノマー溶液中に浸漬する。これによって、N-ビニルイミダゾール誘導体と共モノマーとの共重合体がグラフト鎖として導入された高分子基材を得る。
【0052】
共モノマーは、最終的に得られるアニオン伝導電解質膜においてアルカリ置換イミダゾリウム塩の正電荷同士の反発を減少可能なビニルモノマーであれば特に制限されない。共モノマーとして、例えば、下記式(4)で表わされるスチレン系モノマーを用いることができる。
【0054】
ここで、式(4)中、R
5は、水素原子、ハロゲン原子、または置換基を有していてもよいアルキル基を示す。mは、1〜5の整数である。mが2以上のときは、R
5は同一でも異なっていてもよい。この式(4)のR
5は、式(2)のR
5に対応するものである。
【0055】
共モノマーは、上記のようなスチレン系モノマーに限定されず、炭化水素系ビニルモノマーや炭化フッ素系ビニルモノマーなどのビニルモノマーを用いることもできる。
【0056】
前記炭化水素系ビニルモノマーとしては、スチレン以外のものとして、アクリロニトリル、ビニルケトン、イソブテン、ブタジエン、イソプレン、アセチレン誘導体などが挙げられる。
【0057】
前記炭化フッ素系ビニルモノマーとしては、ヘプタフルオロプロピルトリフルオロビニルエーテル、エチルトリフルオロビニルエーテル、ヘキサフルオロプロペン、パーフルオロ(プロピルビニルエーテル)、ペンタフルオロエチルトリフルオロビニルエーテル、パーフルオロ(4−メチル−3,6−ジオキサノン−1−エン)、トリフルオロメチルトリフルオロビニルエーテル、ヘキサフルオロ−1,3−ブタジエンなどが挙げられる。
【0058】
工程(A)において、放射線グラフト重合を行う際、多官能性モノマーなどの架橋剤を併用して、グラフト鎖を架橋してもよい。多官能性モノマーとしては、ビス(ビニルフェニル)エタン、ジビニルベンゼン、2,4,6−トリアリロキシ−1,3,5−トリアジン(トリアリルシアヌレート)、トリアリル−1,2,4−ベンゼントリカルボキシレート(トリアリルトリメリテート)、ジアリルエーテル、ビス(ビニルフェニル)メタン、ジビニルエーテル、1,5−ヘキサジエン、ブタジエンなどが挙げられる。
【0059】
架橋剤を併用して製造したアニオン伝導電解質膜は、架橋により化学結合が増えるため、機械的強度が上昇する。結果として、含水膨潤によるアニオン伝導電解質膜の変形が軽減され、燃料電池作動状態におけるアニオン伝導電解質膜の劣化を抑制できる。このようなアニオン伝導電解質膜を得るために、架橋剤は、N-ビニルイミダゾール誘導体との重量比で20%以下となるように用いることが好ましい。20%を超えて使用するとアニオン伝導電解質膜が脆くなることがある。
【0061】
工程(B)では、上記のとおり、グラフト鎖のイミダゾール部位を、炭素数3以上のハロゲン化アルキルでN-アルキル化してアルキル置換イミダゾリウム塩を形成する。これによって、アニオン伝導電解質膜を得る。
【0062】
ハロゲン化アルキルは、下記式(5)で表わされるハロゲン化アルキルが用いられる。
【0063】
R
1−X (5)
ここで、式(5)中、R
1は、炭素数3以上のアルキル基である。Xは、塩素原子、臭素原子、またはヨウ素原子を示す。この式(5)のR
1は、式(1)のR
1に対応するものである。
【0064】
このようなハロゲン化アルキルは、単独で使用してもよく、あるいは、併用することもできる。ハロゲン化アルキルの反応性、アルキル基の疎水性の観点から、ヨウ化プロピルやヨウ化ブチルが好ましく用いられる。
【0065】
グラフト鎖のイミダゾール部位のN-アルキル化は、グラフト鎖が導入された高分子基材と、有機溶媒で希釈したハロゲン化アルキルの溶液とを反応させることによって行うことができる。
【0066】
有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類、ジオキサンなどのエーテル類、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類が挙げられる。このような有機溶媒は、単独で使用してもよいし、併用することもできる。ハロゲン化アルキルの溶液の濃度は、例えば、1〜5モル濃度が好ましい。反応時間は、例えば、2〜48時間、好ましくは6〜24時間である。反応温度は、例えば、5〜100℃、好ましくは50〜95℃である。
【0067】
N-アルキル化後は、必要に応じて、高分子基材をアセトンに浸漬する。これによって、過剰のハロゲン化アルキルを除去することができる。その後、再度アセトンで洗浄し、真空乾燥することもできる。
【0068】
こうして得られるアニオン伝導電解質膜は、N-アルキル化の反応収率が、例えば、90〜100%である。
【0069】
このように製造されたアニオン伝導電解質膜は、イミダゾリウム塩の対イオンとして、ハロゲンイオンを有している。ハロゲンイオンは、アニオン伝導電解質膜の用途に応じて、例えば、水酸化物イオン、炭酸イオン、重炭酸イオンなどと適宜置換することができる。例えば、アニオン伝導電解質膜を固体高分子形燃料電池などに用いる場合には、対イオンを、ハロゲンイオンから水酸化物イオンに置換する。ハロゲンイオンを水酸化物イオンに置換するには、例えば、ハロゲンイオンを対イオンとするアニオン伝導電解質膜を、塩基性溶液に浸漬して、対イオンを、ハロゲンイオンから水酸化物イオンに置換する。塩基性溶液としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの水溶液などが挙げられる。このような塩基性溶液のなかでは、好ましくは、水酸化カリウム水溶液が挙げられる。塩基性溶液の濃度としては、例えば、0.1〜5mol/Lである。このような水酸化物溶液は、単独で使用してもよく、あるいは、併用することもできる。浸漬条件としては、浸漬時間が、例えば、5〜48時間、浸漬温度が、例えば、5〜60℃である。
【0070】
このようにして、高分子基材のグラフト鎖に、イオン交換基としてアルキル置換イミダゾリウム塩を有するアニオン伝導電解質膜が製造される。このアニオン伝導電解質膜は、導電性、含水特性、及びアルカリ耐性が良好である。
【0071】
従来のアニオン伝導電解質膜のイオン交換基は、強塩基性の水酸化アルキルアンモニウム塩であるが故に非常に不安定であった。このため、従来のアニオン伝導電解質膜は、高い含水性を示していた。これに対して、本発明のアニオン伝導電解質膜は、イオン交換基が、1,3−ジアザ化合物であるイミダゾールのN-アルキル化によって得られるアルキル置換イミダゾリウム塩(イミニウム塩)である。
図1に示すように、イミニウム塩の共役構造により正電荷が分散され、水酸化イミダゾリウム塩の塩基性度を低く抑えることできる。結果としてアニオン伝導電解質膜の安定化(低含水化)を図ることができる。なお、
図1中、R
1〜R
4は、置換基を有していてもよいアルキル基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、またはヨウ素原子を示す。また、本発明のアニオン伝導電解質膜は、アルキル置換イミダゾリウム塩が、高分子基材のグラフト鎖に直接、導入されている。これによって、
図2に示すように、ベンジル型構造を有する従来のアニオン伝導電解質膜で起こっていた求核置換反応による劣化を抑制できる。さらにまた、
図2に示すように、高分子基材のグラフト鎖に、スチレンなどのビニルモノマーをスペーサーとして共重合させることで、正電荷同士の反発低下による脱離反応が抑制できる。結果として、導電率及びアルカリ耐性をさらに高めることができ、高導電率かつ高アルカリ耐性のアニオン伝導電解質膜を実現できる。
【実施例】
【0072】
以下、本発明を実施例および比較例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
(実施例1)
膜厚50μmのETFE膜(旭硝子社製)を、アルゴン雰囲気下、室温において、50kGyのγ線を照射した後、60℃の恒温槽中で、N-ビニルイミダゾール(NVIm)のキシレン溶液中(NVIm:キシレン=1:1)に、18時間浸漬し、ETFE主鎖にN-ビニルイミダゾールをグラフト重合した(グラフト率52%)。
【0073】
得られたグラフト膜と、ヨウ化プロピルのジオキサン溶液(濃度1M)とを、スクリュー管に入れ、95℃の恒温槽中で24時間反応させた。アセトンで洗浄した後、真空乾燥を行い、N-アルキル化の反応収率100%でハロゲンイオンを対イオンとする単重合アニオン伝導電解質膜を得た。
【0074】
次いで、60℃の1Mの水酸化カリウムに48時間浸漬して対イオンを置換し、その後、窒素バブリングにより炭酸を除いた脱イオン水で2回洗浄し、さらに30分浸漬する操作を2回繰り返すことにより、水酸化物イオンを対イオンとする単重合アニオン伝導電解質膜を得た。
(実施例2)
30時間反応させてグラフト率80%のグラフト膜を得た以外は実施例1と同様にしてN-アルキル化の反応収率98%で単重合アニオン伝導電解質膜を得た。
(実施例3)
N-アルキル化試薬として、ヨウ化ブチルのジオキサン溶液(濃度1M)を用いた以外は実施例1と同様にして、N-アルキル化の反応収率100%でブチル基をアルキル基とする単重合アニオン伝導電解質膜を得た。
(実施例4)
膜厚50μmのETFE膜(旭硝子社製)を、アルゴン雰囲気下、室温において、50kGyのγ線を照射した後、60℃の恒温槽中で、NVImとスチレン(St)を混合したキシレン50重量%溶液(NVIm:St=8:2)に、18時間浸漬し、ETFE主鎖にN-ビニルイミダゾール−スチレン共重合体をグラフト重合した(グラフト率85%)。
【0075】
得られた共重合グラフト膜と、ヨウ化プロピルのジオキサン溶液(濃度1M)とを、スクリュー管に入れ、95℃の恒温槽中で24時間反応させた。アセトンで洗浄した後、真空乾燥を行い、ハロゲンイオンを対イオンとする共重合アニオン伝導電解質膜を得た。重量増加量から算出した共重合比はNVIm:St=1:1であった。
【0076】
次いで、60℃の1Mの水酸化カリウムに48時間浸漬して対イオンを置換し、その後、窒素バブリングにより炭酸を除いた脱イオン水で2回洗浄し、さらに30分浸漬する操作を2回繰り返すことにより、水酸化物イオンを対イオンとする共重合アニオン伝導電解質膜を得た。
(実施例5)
モノマー溶液としてNVIm:St=7:3溶液を用い、36時間反応させてグラフト率120%のグラフト膜を得た以外は、実施例4と同様にして共重合比NVIm:St=1:2の共重合アニオン伝導電解質膜を得た。
(比較例1)
膜厚50μmのETFE膜に、アルゴン雰囲気下、室温において、50kGyのγ線を照射した後、60℃の恒温槽中で、クロロメチルスチレン(CMS)のキシレン溶液中(CMS:キシレン=1:1)に、2時間浸漬させ、ETFEにCMSをグラフト重合した(グラフト率70%)。
【0077】
得られたグラフト膜と、1−メチルイミダゾール(MIm)のメチルエチルケトン溶液(10モル%)とを、スクリュー管に入れ、60℃の恒温槽中で42時間反応させた。脱イオン水で洗浄した後、1Mの塩酸に24時間浸漬し、その後、脱イオン水に2時間浸漬した後真空乾燥を行い、4級化の反応収率100%でハロゲンイオンを対イオンとするアニオン伝導電解質膜を得た。
【0078】
次いで、1Mの水酸化カリウムに10時間浸漬し対イオンを置換し、その後、窒素バブリングにより炭酸を除いた脱イオン水で3回洗浄し、さらに20分震とうする操作を3回繰り返して、水酸化物イオンを対イオンとするアニオン伝導電解質膜を得た。
(比較例2)
比較例1で用いたアミン溶液を30%トリメチルアミン(TMA)水溶液に変更し、室温で20時間反応させた以外は、比較例1と同様にして4級化の反応収率100%でアニオン伝導電解質膜を得た。
(比較例3)
N-アルキル化試薬として、ヨウ化メチルのジオキサン溶液(濃度1M)を用い、40℃の恒温槽中で3日間反応させた以外は実施例1と同様にして、N-アルキル化の反応収率95%でメチル基をアルキル基とする単重合アニオン伝導電解質膜を得た。
【0079】
実施例1〜5、比較例1〜3で製造したアニオン伝導電解質膜のN-アルキル化および4級化の反応収率は、いずれも90%を上回っていた。ハロゲン化アルキルのハロゲンの種類や溶媒の種類、そして反応温度を最適化することで、反応はほぼ定量的に進行した。
【0080】
実施例1〜5、比較例1〜3で製造したアニオン伝導電解質膜の各測定値を求めて、アニオン伝導電解質膜を評価した。
【0081】
このようなアニオン伝導電解質膜の評価は、本来、すべての水酸化物イオンを対イオンとして行うのが好ましい。しかし対イオンである水酸化物イオンは大気中の二酸化炭素と速やかに反応し重炭酸イオンへと変化してしまう。そこで、安定した測定値を得るために塩基性溶液の浸漬後に行う洗浄と電気伝導度の測定は、窒素バブリングにより炭酸を除いた脱イオン水下で行っている。
【0082】
各測定値は以下のようにして求めた。
(1)グラフト率(%)
高分子基材を主鎖部とし、ビニルモノマーとのグラフト重合した部分をグラフト鎖部とすると、主鎖部に対するグラフト鎖部の重量比は、次式のグラフト率(X
dg[重量%])で表される。
【0083】
X
dg = 100(W
2 − W
1)/W
1
W
1:グラフト前の乾燥状態の重量(g)
W
2:グラフト後の乾燥状態の重量(g)
(2)イオン交換容量(mmol/g)
アニオン伝導電解質膜のイオン交換容量(Ion Exchange Capacity, IEC)は次式で表される。
【0084】
IEC=[n(塩基性基)
obs]/W
3(mM/g)
[n(塩基性基)
obs]:アニオン伝導電解質膜の塩基性基量(mM)
W
3:アニオン伝導電解質膜の乾燥重量(g)
[n(塩基性基)
obs]の測定は、以下の手順で行う。水酸化物(以下OH型と記す)のアニオン伝導電解質膜を容量を正確に量りとった0.1M塩酸溶液中に室温で12時間浸漬し、完全に塩化物(以下Cl型と記す)とした後、残存の塩酸溶液の濃度を0.1M NaOHで逆滴定することで、アニオン伝導電解質膜の塩基性基濃度を求める。
(3)N-アルキル化の反応収率(%)
アニオン伝導電解質膜のN-アルキル化の反応収率は次式で表される。
【0085】
反応収率=100×((W
3−W
2)/M
g2)(mol/mol)/((W
1−W
2)/M
g)(mol/mol)
W
3:N-アルキル化後のアニオン伝導電解質膜の乾燥重量(g)
M
g:グラフトモノマーの分子量(g/mol)
M
g2:ハロゲン化アルキルの分子量(g/mol)
(4)含水率(%)
室温下、水中で保存のCl型またはOH型のアニオン伝導電解質膜を取り出し、表面の水を軽くふき取った後、重量を測定する(W
5(g))。この膜を40℃にて16時間、真空乾燥後、重量測定することでアニオン伝導電解質膜の乾燥重量W
4(g)を求め、W
5、W
4から次式により含水率を算出する。
【0086】
含水率=100(W
5−W
4)/W
4
(5)電気伝導度(S/cm)
交流法による測定:白金電極からなる膜抵抗測定セルとHIOKI製のLCRメータ、3522を使用した。室温で水中で飽和膨潤状態にあるアニオン伝導電解質膜を取り出し、白金電極間にはさみ、60℃の脱イオン水に浸漬2分後のインピーダンスによる膜抵抗(Rm)を測定した。アニオン伝導電解質膜の電気伝導度を次式を用いて算出した。
【0087】
κ=1/Rm・d/S
κ:アニオン伝導電解質膜の電気伝導度(S/cm)
d:アニオン伝導電解質膜の厚さ(cm)
S:アニオン伝導電解質膜の通電面積(cm
2)
また、作製したアニオン伝導電解質膜について、60℃に加熱した1M KOHに10日間浸漬した後の導電率の残存率(維持率)を調べ、アルカリ耐久性を評価した。
【0088】
実施例1〜5、比較例1〜3で製造したアニオン伝導電解質膜のグラフト鎖組成、グラフト率、IEC、含水率、60℃における電気伝導度、60℃に加熱した1M KOHに10日浸漬した後の電気伝導度の維持率を表1に示す。また、実施例1〜5、比較例1〜3で製造したアニオン伝導電解質膜について、高分子基材、グラフト鎖及びイオン交換基の関係を示した模式図を
図3に示す。なお、
図3中、n及びmは、それぞれ1以上の整数を示す。
【0089】
【表1】
【0090】
表1の結果から、実施例1〜5で製造したアニオン伝導電解質膜は、いずれも導電性、含水特性、及びアルカリ耐性が良好であることが確認できた。
【0091】
アルカリ耐久性の評価に関して、比較例1で製造したアニオン伝導電解質膜(ベンジル位にイミダゾリウム塩を導入した膜)の電気伝導度の維持率が0%であり、比較例3で製造したアニオン伝導電解質膜(メチルビニルイミダゾリウム塩を有するアニオン伝導電解質膜)の電気伝導度の維持率が13%であった。一方、実施例1、2及び3で製造したアニオン伝導電解質膜(プロピルブチルビニルイミダゾリウム塩またはブチルビニルイミダゾリウム塩をグラフト鎖に有するアニオン伝導電解質膜)の電気伝導度の維持率は、それぞれ95、92、94%と大幅に向上した。更に、実施例4および5で製造したアニオン伝導電解質膜(N-ビニルイミダゾールとスチレンとの共重合体からなる共グラフト鎖を有するアニオン伝導電解質膜)の電気伝導度の維持率は、それぞれ100、98%となり、共重合化することでアルカリ耐性がさらに向上することが確認できた。比較例2で製造したアニオン伝導電解質膜(ベンジル位にトリメチルアンモニウム塩を導入したアニオン伝導電解質膜)は90%の維持率を示したが、高い含水率のため膜はその形状を維持できていなかった。実施例1〜5で製造したアニオン伝導電解質膜はいずれも含水率が低く、浸漬10日後も形状を維持しており、十分な強度を有していることが確認できた。