【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明者は、アルミニウム−ケイ素系(Al−Si系)のアルミニウム合金の高温強度を改善するために、アルミニウム合金の固相線温度に及ぼす、主要成分のケイ素(Si)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、マグネシウム(Mg)の添加量の影響を把握した上で、銅(Cu)の添加量とマグネシウム(Mg)の添加量の関係を見つけ、各添加量を調整して適正化することにより、アルミニウム合金の固相線温度をできるだけ低下させないようにしつつ、アルミニウム合金の融点、強度、破断伸びを設計できる、耐熱高強度のアルミニウム合金を、特願2012−060633の特許出願において提案している。
【0009】
この耐熱高強度のアルミニウム合金は、ケイ素が10.5質量%(mass%)以上13質量%以下で、かつ、ニッケルが1.5質量%以上3質量%以下で、かつ、銅が2質量%以上5.5質量%以下で、かつ、マグネシウムが0.1質量%以上0.6質量%以下で、かつ、鉄が0質量%以上0.25質量%以下で、かつ、リンが0.002質量%以上0.02質量%以下で、かつ、チタンが0.05質量%以上0.3質量%以下で、かつ、ジルコニウムが0.05質量%以上0.2質量%以下で、かつ、バナジウムが0.05質量%以上0.2質量%以下で、かつ、残部がアルミニウムと不可避不純物からなる耐熱高強度のアルミニウム合金である。
【0010】
しかしながら、合金にピストン等のリターン材を使用する場合には、このリターン材に含まれている鉄(Fe)成分の混入を避けることができないという問題がある。つまり、この鉄の含有量が0.3質量%以上になると、針状アルミニウム−ケイ素−鉄(Al−Si−Fe)金属間化合物が析出し、破壊靱性及び高温強度を低下させるので、通常は、鉄の含有量は0.3質量%以下とする必要がある。特に、本発明の耐熱高強度のアルミニウム合金はピストン用耐熱合金としての使用も目指しているので、鉄の含有量を0.25質量%以下にする必要があるが、積極的に鉄を加えなくても、合金のピストン等のリターン材を使用する場合には、0.8(質量%)にならない程度ではあるが、ニッケル鋳鉄(ニジレスト)の耐磨環等に由来する鉄が混入してしまう。
【0011】
本発明は、上記の状況を鑑みてなされたものであり、その目的は、合金にピストン等のリターン材を使用して鉄(Fe)成分が混入するような場合であっても、マンガン(Mn)を適正な量添加することにより、アルミニウム合金の固相線温度のレベルアップと、疲労強度の向上を維持したまま、破壊靱性及び高温強度の低下を防止できる耐熱高強度のアルミニウム合金を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するためのアルミニウム合金は、ケイ素が10.5質量%(mass%)以上13質量%以下で、かつ、ニッケルが1.5質量%以上3質量%以下で、かつ、銅が2質量%以上5.5質量%以下で、かつ、マグネシウムが0.1質量%以上0.6質量%以下で、かつ、リンが0.002質量%以上0.02質量%以下で、かつ、チタンが0.05質量%以上0.3質量%以下で、かつ、ジルコニウムが0.05質量%以上0.2質量%以下で、かつ、バナジウムが0.05質量%以上0.2質量%以下で、かつ、鉄が0質量%以上0.8質量%以下で、かつ、マンガンを0質量%以上0.1質量%以下で、かつ、残部がアルミニウムと不可避不純物からなるように構成される。
【0013】
また、上記のアルミニウム合金において、マグネシウムの含有量をCmg質量%とし、銅の含有量をCcu質量%としたときに、「0.51−0.12×Ccu≦Cmg≦1.11−0.12×Ccu」の関係を満足するように構成される。
【0014】
また、上記のアルミニウム合金において、更に、鉄の含有量を0.4質量%以上0.5質量%以下の範囲に、かつ、マンガンの含有量を0.08質量%以上0.1質量%以下の範囲にし、鉄の含有量が0.4質量%未満の場合には、マンガンを添加しないようにすると、より、アルミニウム合金の固相線温度と、疲労強度と、破壊靱性及び高温強度とがバランスよく向上できる。
【0015】
この本発明は、本発明者が次の知見を得て想到したものである。つまり、内燃機関のピストン用のアルミニウム合金には、日本工業規格(JIS)のAC8A合金のようなアルミニウム−ケイ素系合金を基にしてその成分組成を変更したアルミニウム合金を使用している。
【0016】
このケイ素(Si)の含有量と固相線温度との関係に関しては、アルミニウム−ケイ素系二元合金の共晶点におけるケイ素の含有量は12.6質量%で、ピストン用アルミニウム合金中のケイ素の含有量は共晶点に近く、組織としては、亜共晶、共晶または過共晶の組織を有する。このアルミニウム−ケイ素系二元合金の共晶温度は577℃であり、ケイ素の含有量が1.65%以下の場合では、アルミニウム−ケイ素系二元合金の固相線温度はケイ素の含有量の増加に従い、アルミニウム融点の660℃から低下する。しかし、ケイ素の含有量が1.65%以上になると、固相線温度は共晶温度の577℃になる。つまり、アルミニウム−ケイ素系二元合金の場合は、1.65%以上のケイ素を添加しても固相線温度に影響しない。
【0017】
また、銅(Cu)の含有量と固相線温度との関係に関しては、アルミニウム−銅二元合金の共晶温度は548℃であり、銅の含有量が5.7質量%以下の場合では、アルミニウム−銅二元合金の固相線温度は銅の含有量に従い、アルミニウム融点の660℃から低下する。しかし、銅の含有量が5.7質量%以上になると、固相線温度は共晶温度の548℃になる。つまり、アルミニウム−銅二元合金では、銅の含有量が5.7質量%以下の場合には、1質量%の銅を添加すると、固相線温度は19.65℃位低下する。
【0018】
また、マグネシウム(Mg)の含有量と固相線温度との関係に関しては、アルミニウム−マグネシウム二元合金の共晶温度は450℃であり、マグネシウムの含有量が18.9%以下の場合は、アルミニウム−マグネシウム二元合金の固相線温度はマグネシウムの含有量に従い、アルミニウム融点の660℃から低下する。しかし、マグネシウムの含有量が18.9%以上になると、固相線温度は共晶温度の450℃になる。つまり、アルミニウム−マグネシウム二元合金では、マグネシウムの含有量が18.9%以下の場合には、1質量%のマグネシウムを添加すると、固相線温度は11.11℃位低下する。
【0019】
また、ニッケル(Ni) の含有量と固相線温度との関係に関しては、アルミニウム−ニッケル二元合金の共晶温度は640℃である。微量のニッケルを添加しても固相線温度は640℃になるが、しかし、数十%以上添加しても固相線温度は変化しない。つまり、一旦微量のニッケルを添加した後、ニッケルの添加量を増加しても、固相線温度は変化しない。
【0020】
また、少量のマグネシウムによる効果に関しては、鋳造性の良いアルミニウム−ケイ素系合金においては、少量のマグネシウムを添加することで、Mg
2Siの中間相の析出による熱処理効果で強度を高めている。また、アルミニウム−ケイ素系合金に銅を添加する場合は、α−Al(アルミニウム)への銅の固溶硬化とCuAl
2の中間相の析出硬化を利用してアルミニウム合金の強度を向上させている。
【0021】
また、銅とマグネシウムの添加量の関係に関しては、銅とマグネシウムの添加量を増やすと、引張強度は向上するが、破断伸びが小さくなるという問題がある。また、アルミニウム合金への強化効果においては、室温ではMg
2Siによる効果はCuAl
2による効果より大きいが、高温ではMg
2Siによる効果はCuAl
2による効果より劣る。そのため、アルミニウム合金の強度を向上させるためには、より多くの銅とマグネシウムを添加すればよいが、一定の添加量を超えると、晶出する金属間化合物が粗大化するため、強度は逆に低下する可能性がある。
【0022】
これらの結果を踏まえて、アルミニウムとの二元合金においては、固相線温度への影響に関しては、ニッケルの添加とケイ素の添加と比較すると、銅の添加とマグネシウムの添加による固相線温度の低下が非常に大きいことが分かる。一般にピストン用アルミニウム合金中のケイ素の含有量は12質量%で、ニッケルの含有量は1〜3質量%であるので、アルミニウム合金中でケイ素の含有量とニッケルの含有量を変化させてもアルミニウム合金の固相線温度への影響は非常に少ない。従って、アルミニウム合金の固相線温度への影響の大きい銅とマグネシウムの複合作用を見極めることで、先の特許出願の特願2012−060633で提案した耐熱高強度のアルミニウム合金を得ることができた。
【0023】
本発明においては、更に、チタン(Ti)、バナジウム(V)、ジルコニウム(Zr)、リン(P)の添加による疲労強度向上と、銅とマグネシウムの含有量の減少による固相線温度のレベルアップ及び疲労強度(SN曲線)の向上と、破壊靱性、耐摩耗性や強度の低下の防止を図るために鉄(Fe)とマンガン(Mn)との関係を加えている。
【0024】
本発明者が行った実験結果によれば、チタン、バナジウム、ジルコニウム、リンの添加の有無による引張強度(25℃)への影響は小さいが、疲労強度(350℃)への向上効果は大きい。特に、チタン、バナジウム、ジルコニウム、リンを添加していない合金の場合には、合金の組織で見た場合に、微量の初晶ケイ素粒子が析出されているが、組織は基本的に亜共晶で、デンドライト状のα−Al粒子は大きく成長しているという結果を得ているが、リンを僅か70ppm添加した合金の場合には、初晶ケイ素粒子が細かくなり、かつ、その数も多くなっている。そこで、リンに加えて、更に、微量のチタン、バナジウム、ジルコニウム、リンを添加した場合には、組織全体が細かくなり、最後に凝固する共晶部分は均一に分散され、更に細かくなっている。そのため、チタン、バナジウム、ジルコニウム、リンを添加した合金では、疲労強度向上が著しく向上している。
【0025】
また、銅とマグネシウムの関係に関しては、上記に加えて、銅とマグネシウムの含有量を増やした場合は、固相線温度が下がるが、銅は疲労強度に最も貢献できる元素である。一方、マグネシウムも引張強度と疲労強度に貢献できる元素である。しかし、銅とマグネシウムの両方を同時に高いレベルに添加すると、固相線温度が急激に低下し、引張強度は向上するが、疲労強度は低下する傾向になる。一方、チタン、バナジウム、ジルコニウム、リンを添加した合金は、疲労強度が向上し、SN曲線の傾きはより穏やかになっている。
【0026】
つまり、高温強度に最も貢献できる銅を多く添加する場合には、マグネシウムを減らすと、固相線温度を下げなくて済む。言い換えれば、銅を多く添加した場合、マグネシウムはある意味で過剰になるので、このマグネシウムを減らすことは、材料の固相線温度の向上につながり、材料の耐熱性を向上させる。特に、マグネシウムを減らすと、引張強度と疲労強度は共に向上する。また、銅を増やした場合には、マグネシウムを減らさないと、アルミニウム合金の高強度化はできない。銅とマグネシウムは似た効果があるので、銅を多く添加した場合、マグネシウムはアルミで過剰になり、それを減らすことは材料の固相線温度の向上にもつながり、材料の耐熱性を向上させることになる。
【0027】
一方、鉄(Fe)の増加に対して、不純物の鉄を結合して破壊靱性、耐摩耗性や強度の低下を軽減するマンガン(Mn)を適量加えることにより、鉄の増加による破壊靱性、耐摩耗性や強度の低下を防止することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明のアルミニウム合金によれば、銅とマグネシウムの添加量を調節することによりアルミニウム合金の固相線温度を最大限に高くすることができると共に、より耐熱性に優れ、高強度とすることができるので、優れた機械的特性と耐摩耗性を備えることができ、高強度軽量化部材としてピストンなどの自動車部品や他の広い分野に使用できるアルミニウム合金が得られる。
【0029】
また、ニッケルを、高温強度の向上に寄与させるために、つまり、高温疲労係数を向上させるために添加するが、その含有量が1.5質量%未満では十分な高温強度を得ることができず、3質量%を超えるとその効果が次第に小さくなるので、ニッケルの含有量を1.5質量%以上3質量%以下とすることにより、ニッケルを効率良く利用して高温強度を向上できるという効果を奏することができる。
【0030】
更に、チタン、バナジウム、ジルコニウム、リンの添加により高温の疲労強度(350℃)を向上させることができ、銅とマグネシウムの含有量を減らすことにより、固相線温度のレベルアップを図ることができる。また、高温強度に最も貢献できる銅を多く添加すると共に、過剰になったマグネシウムを減らすことで、材料の固相線温度の向上を図り、材料の耐熱性を向上させることができる。
【0031】
特に、鉄の増加に対して、マンガンを適量加えることにより、不純物の鉄を結合して破壊靱性、耐摩耗性や強度の低下を防止することができる。